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|視点|原子力潜水艦拡散の危険(タリク・ラウフ元ストックホルム国際平和研究所軍縮・軍備管理・不拡散プログラム責任者)

【ニューヨークIDN=J・ナストラニス、タリク・ラウフ】

海軍が保有する核燃料を検証し、高濃縮ウランを低濃縮ウランに転換することについて、法律・技術・政策の側面から多くの専門家が真摯な検討を重ねてきているが、残念なことに現実は、高濃縮ウランを使うどの海軍も、それを低濃縮ウランへと転換したり、国際原子力機関(IAEA)を初めとした査察官を1スカンジナビアマイル(10キロメートルに相当)に近づけることにすら関心を持っていない。

米海軍は、ノーチラス級の原子力推進攻撃潜水艦(SSN)に始まって、高濃縮ウランを使った燃料と原子力船推進用原子炉の先陣を切ってきた。1955年1月17日、ユージン・ウィルキンソン指揮の下、米潜水艦「ノーチラス」(SSN-571)が原子力艦船として初就航した。ウェスティンハウス社製70MWthの加圧水型原子炉(S2W)を推進力としていた。ウィルキンソンは大西洋潜水艦隊司令官に「原子力にて航行中」という歴史的なメッセージを打電した。以来、艦船推進と海軍技術におけるこの革新は、今日まで続いている。

「ノーチラス」就航後の海軍原子力推進の歴史を見ると、1958年6月4日にソ連海軍のSSN「K-3」、英国海軍の弾道ミサイル潜水艦(SSBN)「ドレッドノート」が1963年1月10日、中国人民解放軍の海軍SSN「漢」が1971年8月23日、仏海軍のSSBN「ル・ルドゥタブル」が1971年12月1日にそれぞれ就航。1988年、ソ連がSSNをインド海軍に貸与、2014年12月14日、インド海軍のSSBN「アリハント」が就航(ソ連型をモデルに原子力推進部分を製作)している。

Tariq Rauf
Tariq Rauf

残念なことに、原子力推進かつ核兵器を搭載した潜水艦の拡散は既に起こっている。核巡航ミサイル潜水艦(チャーリー級)を1986年に初めてインドに「貸与」を決定したのはソ連であった。さらに2004年2月、ロシアはアクラ級攻撃型原潜をインドに「貸与」、2019年にも、また別のアクラ級攻撃型原潜を2025年までに「貸与」することを決めている。

伝えられるところでは、インドはアクラ級SSNの設計情報をコピーし自らの原潜を建造した。ちなみにその原子炉はロシア起源の設計でロシアからの相当の支援があったという。インドで稼働中もしくは建設中の22基の加圧重水型原子炉はすべて、カナダが提供した加圧重水型原子炉「CANDU」の無許可コピー、あるいはその派生型であることが想起される。

インドは核不拡散条約(NPT)の加盟国ではないため、IAEAとの包括的保障措置協定(INFCIRC/153)を結んでいない。インドが結んでいるのは「個別」の「INFCIRC/66/Rev.2」型の保障措置協定であり、インドには、保障措置を受けている民間の原子力活動と、明らかに保障措置の外にある核兵器活動が並行して存在していることになる。

民生部門では、ソ連/ロシアが提供した原子力砕氷船と新型の海上浮揚式原子炉に加えて、原子力艦船が4隻ある。1958年7月21日、米国の原子力推進旅客・貨物運搬船「サバンナ」が就航し、原子力によって初めて航行したのは1962年のことであった。

サバンナ号は、1962年から運行が停止される1970年の間に、およそ50万海里を航行した。計74キログラムのウラン235(濃縮度4%)を燃料とする74MWthの加圧水型原子炉を動力としていた。原子炉と燃料のコストは2830万米ドルだった。

ドイツは1969年10月11日に「オットーハーン」号を、日本は同年「むつ」号を、ソ連は1986年2月20日に「セブモルプーチ」号をそれぞれ就航させている。セブモルプーチは、2016年の改修を経て、今日でも現役で活動している。動力は、出力135MWthの加圧水型原子炉「KLT-40」(砕氷船用)であり、その中心には150キログラムの高濃縮ウランが装填されている。その変異型である150MWthの「KLT-40S」は現在、ロシアの海上浮揚式原子力発電所「アカデミック・ロモノソフ」で使用されている。小規模の「KLT-40S」は14%濃縮の低濃縮ウランを3年毎のサイクルで使用する。

バイデン政権の国家安全保障補佐官(ジェイク・サリバン)が率い、秘密裏に設置された小規模のチームが、米海軍に事前に相談することなしに、オーストラリア海軍に対して巡航ミサイル搭載原子力潜水艦(SSGN)を供与すると発表したという未確認の報道がある。

オーストラリアであれ他の非核保有国であれ、INFCIRC/153(修正)型の保障措置協定をIAEAと結んでいる国が、協定の存在に関わらず、海軍の核燃料を保障措置の対象外としている問題にIAEAは直面している。協定第14条には免除の定義あるいは解釈が存在せず、何が「非平和的」「非違法」軍事活動にあたるのかの合意もない。まして、第14条の状況を履行するにあたっての諒解や手続きも定まっていない。

インド太平洋地域に関する豪英米三国間協定(AUKUS)が2021年9月15日に発表されたが、この中で、IAEA事務局が関わるか関わらないかに関係なく、第14条の解釈・定義を行うとされているが、IAEAの関係国や専門家との適切な協議なしに信頼を得ることは不可能だろう。

第14条に由来した保障措置の免除の履行は、IAEAのすべての加盟国との協議の上で共通の理解に到達し、理事会に提示して判断と承認を得なければならない。オーストラリアあるいはAUKUSだけが問題なのではない。問題はそれよりも大きなものであり、IAEAの全加盟国と事務局が関わっているものだ。

IAEA保障措置の内外に2つの並行した核計画をある国が運用するような、「NPT以前」あるいは「非NPT的」協定の新システムをNPT/IAEA体制の内部に作り上げることによって、オーストラリアはこの構造の統一性と、NPT上の非核保有国におけるIAEA包括的保障措置の履行を弱めることになるだろう。NPT加盟国でないインドがその核活動の一部を保証措置の下に置き、一部をその外部に置いているやり方をまねたものだ。

オーストラリアが、海軍で使う兵器級高濃縮ウランを保障措置の下に置かなくてよいのであれば、例えば、アルゼンチンやブラジル、カナダ、イラン、日本、韓国はどうなるのだろうか。

長年にわたって、ブラジルは、原子力推進の研究開発だという理由で、IAEAとの追加議定書の締結を回避してきた。ブラジル・イラン両国は、ウラン濃縮活動の一つの要件は、原潜を取得する可能性にあると主張してきた。

伝えられるところによると、AUKUSを構成する三国は、IAEA理事長にSSGNを豪海軍に提供する意図を伝えたという。つまり、近い将来、オーストラリアがNPT保障措置協定の14条を発動して、海軍の核燃料用の高濃縮ウランの相当量(1.6~2.0トン以上の兵器級高濃縮ウラン)を協定の対象から外すよう求めるかもしれないということである。

AUKUS協定によってオーストラリアがSSGNを取得することで、パンドラの函が開かれるかもしれない。アルゼンチン・ブラジル・カナダ・イラン・日本・サウジアラビア・韓国などといった非核兵器国、さらには台湾が、原子力艦船や潜水艦を開発あるいは取得し、核燃料(低濃縮及び高濃縮ウラン)をIAEAの保障措置協定の外部に置こうと試みる可能性があるからだ。

AUKUSの三国は明らかに、IAEA保障措置協定の「グレーゾーン」や「抜け道」を利用して兵器級高濃縮ウランを保障措置の対象外にしようと、IAEAとの不透明で秘密裏の協議を開始している。この「グレーゾーン」の解釈と履行の技術的・政策的態様の理解と解釈については、明確な合意が存在しない。

IAEA
IAEA

中国とロシア連邦は、オーストラリアに原子力潜水艦を供与するAUKUS計画を批判する外交的攻勢をIAEA理事会の内部ですでに繰り広げている。AUKUS同盟の圧力を受けその影響下にあって威嚇されている多くの西側諸国は、一歩下がって、AUKUS当事国とIAEAとの間で成される協定がどのような色合いのものになるのかを注視している。

こうして、オーストラリアはとりあえず信用を獲得し、中国と対決する米国には共感が寄せられることになる。非同盟諸国はまだ旗幟を鮮明にしていないが、その多くが、中国の反感を買いたくないし、他方で米国やアジア太平洋地域におけるその同盟国とも関係を悪化させたくないという八方ふさがりの状況に陥っている。

いまこそ、IAEA保障措置システムの効果を強化し、その効率性を向上させる時だ。保障措置を弱め、それを通じて原子力潜水艦を容認するようなことではない。(原文へ)

INPS Japan

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|韓国|カトリック教会は仏教の遺産を正しく伝えていない

【ソウルIDN=エミ・ハヤカワ】

学僧たちへの言及も、また「反政府思想の違法拠点」とみなされて焼失した仏教寺院群への記述も見当たらない。さらに、天眞庵の本来の漢字表記である「庵」さえ、「祠」を意味する「菴」と誤記されている。古刹・天眞庵と舟魚寺は、いまや朝鮮王朝中期の史料や古地図の中にのみ、その痕跡をとどめている。仏教は4世紀、中国から朝鮮半島にもたらされ、20世紀後半に至るまで、この地の主要な宗教として根づいてきた。

朝鮮王朝期にまかれた韓国カトリックの種

朝鮮王朝初期から末期にかけて、カトリックが朝鮮に伝来するはるか以前から、王朝は「崇儒抑佛」、すなわち儒教を尊び仏教を抑える政策を採っていた。朝鮮王朝を築いた性理学者たちは、先行する高麗王朝の衰退の一因を仏教勢力の過度な拡大に求め、仏教教団に強い圧力を加えた。その結果、僧侶や寺院の数を制限する政策が進められた。

カトリックが初めて朝鮮にもたらされたのは17世紀で、当時は「西学」と呼ばれていた。しかし、それが若く進歩的な知識人たちに大きな影響を与えるようになったのは、18世紀後半に入ってからである。

朝鮮の知識人や学者たちは、カトリック教義を論じ合い、「講学会」と呼ばれる研究集会を通じてその教えを広めていった。彼らは官憲の監視を避けながら密かに集まり、その主要な舞台となったのが天眞庵と舟魚寺であった。

韓国カトリックの萌芽を育んだ韓国仏教の土壌

天眞庵と舟魚寺の僧侶たちは、仏法の精神に基づき、自らの修行の場を講学会に提供した。自らの生命や寺そのものを危険にさらす重大なリスクを承知のうえで、僧侶たちは心を開き、信仰に身を捧げる西学の知識人たちを受け入れたのである。

朝鮮後期を代表する知識人の一人、茶山・丁若鏞(1762―1836)も、1779年に天眞庵で開かれた講学会に参加していた。彼は自身や兄弟たちが天眞庵にたびたび通ったことを詠んだ詩を複数残しており、そこにはこの地の濃厚な仏教的雰囲気が映し出されている。

これらの詩は、「天眞庵は1779年当時すでに廃墟であった」とする近年のカトリック側の主張への反証となるだけでなく、茶山と天眞庵の僧侶たちとの交流を裏づける史料でもある。

天眞庵と舟魚寺は、仏教僧とカトリック知識人の双方にとって、瞑想し、議論し、真理を探究する場となった。

そこには、異なる二つの信仰が一つの場所で共に実践されるという、明確な歴史的結びつきがあった。それは、信仰を守ろうとしたカトリック側の切実な思いと、利他の智慧、すなわち大乗仏教の核心概念である菩提心に基づいて彼らを受け入れた仏教側の慈悲とが交わる、宗教間連帯の実例であった。

カトリック迫害とともに弾圧された仏教寺院

1801年、朝鮮王朝第23代国王・純祖は、カトリックを「邪学」と位置づけ、その信仰実践を禁じた。政府は全国規模でカトリック弾圧を進め、茶山を含む多くの知識人が辺境の地へ流罪となった。

こうした迫害の中で、カトリックの学者たちをかくまい守った天眞庵と舟魚寺の僧侶たちは、国家反逆の罪で拘束され、おそらく捕らえられたカトリック信徒たちとともに処刑されたとみられる。天眞庵と舟魚寺もまた、放火によって焼失した。

辛酉迫害は、単にカトリックに対する迫害にとどまらなかった。それは同時に、カトリック共同体を守った天眞庵と舟魚寺への迫害でもあった。

忘れ去られた韓国カトリックの仏教的ルーツ

菩提心の精神が実践された天眞庵と舟魚寺の仏教寺院群は、灰となって消え去り、時の流れの中でほぼ完全に忘れられた。そして現代の韓国において、この仏教遺産の存在そのものと、カトリック知識人を守った僧侶たちの犠牲は、彼らを守ったはずのカトリック共同体によって、無視され、歪曲され、覆い隠されつつある。

僧侶たちや遺跡に関する記録の大半は歴史の中から消えかけている。だが、幸いにも、茶山・丁若鏞の『茶山文集』、朝鮮王朝の記録である『承政院日記』、さらに中期朝鮮の古地図などに、その痕跡がわずかに残されている。

1818年、茶山は18年に及ぶ流罪生活を終えて故郷・広州に戻った。1827年、66歳となった彼は天眞庵についての詩を詠み、30年ぶりに再訪したその地が、すでに焼け落ち、荒廃していたことを描いている。

その詩には、自分たちをかくまってくれた天眞庵と舟魚寺の僧侶たちへの深い感謝がにじむ。この重要な記述は、すべての人々にとって生きやすい社会を求めて真理を探究した若きカトリック知識人たちの純粋な志と、韓国仏教の慈悲と利他の精神を今に伝えている。

顧みられない宗教共生の現場

2021年8月、京畿道広州市は水原カトリック教区と協定を結び、天眞庵から南漢山城に至るカトリック巡礼路の造成を進めることを決めた。この事業は、韓国カトリック発祥の地という地域的特性とともに、韓国のカトリック殉教者を顕彰することを目的としていた。

しかし、そこには天眞庵の仏教僧たちの犠牲への言及がなかった。加えて、僧兵によって築かれ守られた南漢山城という、仏教の護国精神を象徴する歴史的価値も十分に考慮されなかった。

さらに、水原カトリック教区は、韓国カトリックを象徴する新たな大聖堂を天眞庵跡地に建設し、韓国カトリック300周年に当たる2079年までの完成を目指す構想も打ち出した。つい最近まで舟魚寺跡に残されていた仏塔さえ、韓国カトリック共同体が管理する切頭山殉教聖地へ移された。

こうした動きに対し、韓国仏教界は強く反発した。その後、韓国カトリック側は正式に謝罪し、計画の再検討を表明している。

韓国のカトリックが韓国仏教と真に共存していくためには、韓国でカトリック信仰が受け継がれることを可能にした僧侶たちの犠牲を認め、顕彰しなければならない。そのためには、天眞庵と舟魚寺を本来の姿に即して復元・保存する取り組みを支える必要がある。

そして天眞庵が、韓国仏教と韓国カトリックの宗教的調和を象徴する礎であることを、世界に向けて明確に示していく必要がある。(原文へ

INPS Japan

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新型コロナウイルス感染症の世界的流行により世界の保健サービスが混乱

【ジュネーブIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

世界保健機関(WHO)と世界銀行がまとめた相互に補完する2巻の報告書によると、新型コロナウイルス感染症の世界的流行により、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)達成に向けた20年来の歩みが中断される可能性が高いことが指摘されている。UHCデー(12月12日)に発表された同報告書はまた、今回の危機により、医療費負担のために極度の貧困または一層深刻な貧困に陥った人は5億人を上回っていると述べている。

WHOと世銀による今回の新報告書はまた、貧困の悪化、所得の減少、財政状況の悪化に伴い、経済的困窮は一段と深刻化する可能性が高いと警告している。

SDGs Goal No. 3
SDGs Goal No. 3

「新型コロナウイルス感染症危機の前でさえ、家計の10%以上を医療費に費やす人は10億人近くに上っていました。特に最貧困層が最も深刻な打撃を受ける中で、こうしたことはあってはなりません。財政的制約がある中、政府は保健予算を確保し、増やすために難しい選択を迫られることになります。」と、フアン・パブロ・ウリベGFFディレクター兼世界銀行保健・栄養・人口グローバル・プラクティス・ディレクターは語った。

2つの報告書は、今回の感染症危機の結果、保健医療サービスを受けることやその代金を負担することが極めて困難になっていると強調している。 2020年、感染症の世界的流行により保健サービスが混乱に陥り、各国が新型コロナウイルス感染症の影響への対応に苦戦する中で、保健システムは限界を超えるに至った。その結果、例えば予防注射の接種率は10年ぶりに低下に転じ、結核とマラリアによる死者が増加した。

報告書によると、新型コロナウイルス感染症の世界的流行はまた、1930年代以降で最悪の経済危機を引き起こし、医療費の自己負担を一段と難しくしている。今回の危機以前にも、医療費負担のために極度の貧困または一層深刻な貧困に陥った人は5億人に上っていた。報告書は、その数が大幅に増えたとみている。

「一刻の猶予も残されていません。」と、WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は語った。「全ての国の政府がただちに、国民の誰もが経済的負担を感じることなく保健サービスにアクセスできるようにする取組みを再開・加速しなければなりません。そのためには、保健・社会的支援への公共支出拡大に加え、近所で基本的な保健医療が受けられるようプライマリ・ヘルスケア・システムの強化が求められます。」

「新型コロナウイルス感染症危機の前には、多くの国で進歩が見られたものの、十分とは言えませんでした。今こそ、次なる感染症の世界的流行などのショックにも持ちこたえ、UHCの達成に向け邁進できるだけの強力な保健システムを構築しなければなりません。」とテドロス事務局長はつけ加えた。

Tedros Adhanom Ghebreyesus, Directr General, WHO at the AI for Good Global Summit 2018/ by ITU Pictures from Geneva, Switzerland, CC BY 2.0

今世紀の最初の20年間、多くの政府が保健サービスの対象拡大を進めた。今回の危機が始まる前の2019年には、産前・産後ケアや性と生殖に関する健康サービス、予防注射、HIVや結核、マラリアなどの病気の治療、がんや心臓病、糖尿病など非感染性疾患の診断や治療といった基礎的保健サービスを受けている人は、世界人口の68%に上った。

ところが、安価な医療費の確保という意味ではそのような進歩は見られなかった。そのため、最貧困層や農村部住民は保健サービスを最も受けにくく、医療費の家計への影響に最も対応が難しかった。医療費の自己負担が原因で貧困に陥った世帯の最大90%が既に貧困ライン上にあるか同ラインを下回っているため、貧困層の医療費免除や、そうした措置を現場で適正な医療が実施できるような保健財政政策で支える必要性が高まっている。

貧困・脆弱層を対象とするサービスを優先し、的を絞った公共支出や、人々を経済的苦境から守る政策と組み合わせるほか、サービスへのアクセス、対象範囲、医療費自己負担、総支出に関するデータの収集、即時性、分析もまた重要となる。保健システムの実態を正確に把握して初めて、国は全国民のニーズに応えるための改善に向け効果的に的を絞った措置を講じることができる。

新型コロナウイルス感染症危機が始まって以降、世銀グループでは、過去に例を見ない迅速かつ大規模な危機対応として、1570億ドル以上を提供し、感染症による保健、経済、社会面への影響と戦ってきた。世界銀行グループの資金は、100ヶ国以上において、感染症予防の強化、貧困層の保護と雇用の維持、気候変動に配慮した回復の活性化に充てられている。世界銀行はまた、60か所以上の低・中所得国(半数以上がアフリカ諸国)による新型コロナウイルス感染症ワクチンの調達・配布を支援しており、2022年末までにこのための資金200億ドルを提供する用意がある。(原文へ

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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終戦宣言への懐疑論を受けて

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=チャンイン・ムーン】

われわれがいまだ選んだことのない道について、恐怖のために何も行動を起こさないならば、何も変わらない。

文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領が2021年9月21日の国連総会演説で、朝鮮戦争の正式な終戦宣言を実現するために国際社会の協力を求めて以来、この問題は、文大統領の任期終了が近づく中で政府の外交努力の最前線にある。(原文へ 

2021年11月26日、金富謙(キム・ブギョム)首相はアジア欧州会合(ASEM)参加国に支援を呼びかけ、「終戦宣言は、朝鮮半島に暮らす全ての人が願う平和のために、決して放棄できない目標である」と強調した。また、李仁栄(イ・イニョン)統一部長官は近頃、終戦宣言は「韓国、北朝鮮、米国が相互の敵意と対立を棚上げし、対話を開始し、平和を目指して信頼を確立するために有益な手段である」と述べた。

しかし、韓国にも国際社会にも、終戦宣言を追求することへの大きな懐疑論と不支持が存在する。終戦宣言は単なる紙切れであり、何も変えられないと皮肉を込めて主張する者もいる。朝鮮半島の和平プロセスが終了するまで、つまり北朝鮮の非核化が完了し、真の平和が根付き始めるまでは、終戦宣言を控えるべきだと言う者もいる。

また、終戦宣言は現状を変更し、朝鮮半島の安全保障を危機にさらす恐れがあるという懸念も存在する。評論家は、終戦宣言によって国連司令部の解体、米軍の撤退、米韓合同軍事演習の停止につながる恐れがあると言う。

より実務的なレベルでは、文政権はこの問題について関係国と十分な協議を行うことなく、あまりにも強引に正式な終戦を目指していると考える者もいる。関係国の見解を考えると、これは特に問題であると彼らは言う。北朝鮮は、対話の場に戻る前に米国と韓国が“ダブルスタンダード”と“敵対政策”を撤回しなければならないと主張する。米国は、名目上は終戦宣言を支持しているものの、実際には懐疑的である。中国は傍観している。日本は、正式な終戦は時期尚早だと主張している。

もう一つの論点はタイミングである。文大統領の任期満了まで残り5カ月、大統領選まで残り3カ月しかないことから、文は、正式な終戦という重大な一歩を踏み出すことによって次期政権に重荷を負わせるべきではないと言う者もいる。

このような見解や批判には見るべきものがないわけではないが、誇張していると思われる点がいくつもある。

第1は、終戦宣言の性質についてである。文政権が提案していることは、戦争の終了を確認するというより、70年以上にわたって続いている戦争を終わらせなければならないと断言することである。

そのような仕事が1枚の紙切れで終わることはない。終戦宣言は、現在の行き詰まりを終わらせ、信頼を醸成し、非核化に向けた突破口を見つける努力を象徴するものといえる。それは、当事者の誰もが最初に行動を起こそうとしない膠着状態において、終戦宣言が出発点になり得るという考え方に信憑性を与える。

次に、現状を変更することへの懸念について考えてみよう。確かに終戦宣言は、半戦争状態のような現状を終わらせ、恒久的平和に移行しようとすることにより、現状を変更しようとする試みといえる。しかし、文がすでに表明した通り、終戦宣言は国連司令部の解体、米軍の撤退、あるいは米韓合同軍事演習の停止をもたらすものではない。

これらの事項は全て、韓国が主権国家として下す決定であって、それらは北朝鮮が長年要求してきたことではあるが、終戦を宣言したからといって、ただちにそのような構造的変化をもたらすわけではない。

韓国政府は、米国との同盟と安全保障体制を維持しつつ、敵対関係を改善し、北朝鮮の非核化を促進する足掛かりとして終戦宣言を考えている。それは、和平プロセスの長い旅の暫定的な第一歩でしかない。それは、交渉がいかに難しいものとなるかを示しているが、かといって安全保障上の脅威が増大すると結論づけるのも行き過ぎと思われる。

同じことが、環境の分析にもいえる。北朝鮮が主張している前提条件は、いつも同じである。しかし、北朝鮮の指導者である金正恩(キム・ジョンウン)の近頃の前向きな発言を見ると、北朝鮮政府も終戦宣言がこれらの要求を実現するマスターキーではないことを分かっているようだ。

米国が“永遠の戦争”を望んではいないと仮定すると、終戦宣言は間違いなく米国にとって検討に値する選択肢である。中国も、朝鮮戦争の交戦国という立場を考えると、終戦宣言には自国も加わることを前提としており、反対する理由は何もない。もちろん日本については十分な検討が必要であろうが、日本は終戦宣言の当事者ではないため、主要変数ではない。

懐疑的な人々は、今が適切なタイミングなのかと問う。しかし私は、終戦宣言が早すぎるということはなく、それどころかあまりにも遅すぎたと考えている。この戦争は、冷戦が終焉した30年前とはいわないまでも、遅くとも2018年には終結しているべきだった。

文にとって、任期が残り少ないというだけの理由で、朝鮮半島に平和をもたらす外交努力をやめるなどということは、憲法上の任務をあからさまに放棄することであろう。文は大きな政治判断的な行動は次期政権に委ねるべきだという主張については、私はそれを政治的スピンだと考える。平和と安全保障を国内政治のエサにしようとする言い分である。

終戦宣言は平和への道をいっそう複雑にするという懸念がある。しかし、われわれがいまだ選んだことのない道について、恐怖のために何も行動を起こさないならば、何も変わらない。

70年間引きずってきた戦争を終わらせるべき時が来たと宣言することは、分別があり、心ある行いである。そして、われわれは、能力の面でも制度の面でも、それに対処する十分な用意がある。核兵器と永遠の戦争が、朝鮮半島において若い世代に残すレガシーでないことは間違いない。

この話題に関するより詳しい議論については、ストックホルム国際平和研究所のダン・スミス所長と本論考の筆者である世宗研究所の文正仁(チャンイン・ムーン)理事長が出演したこちらの動画(Special Roundtable: Ending the Korean War)を視聴されたい。

チャンイン・ムーン(文正仁)世宗研究所理事長。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。

この記事は、2021年12月6日に「ハンギョレ」に初出掲載されたものです。

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|アフリカ|森林景観を復興するには大きな後押しが必要

【ヨハネスブルクINPS Japan/IDN|Africa Renewal】

アフリカの指導者たちは6年前、アフリカの農地の65%が劣化している現実が、何百万人もの農民に経済的・環境的な破綻の危機をもたらし得ると認識した。

その認識は、気候変動の影響—収量の低下、不規則な降雨、長期化する干ばつ—が、農村の農民コミュニティや牧畜民、都市住民の暮らしを一段と厳しくしていた時期と重なった。

この破壊的な流れを反転させるために生まれたのが、AFR100イニシアチブである。地域主導で進める同プログラムは、健全な農村コミュニティと豊かな生態系を支える多様な手法を通じ、2030年までに1億ヘクタールの土地回復を開始することを目標に掲げる。

アフリカの指導者たちには、その目標を裏づける根拠があった。土地回復への投資は、1ドル当たり7〜30ドルの経済便益を生み得る。さらに、自然を回復できれば、地球温暖化を2℃未満に抑えるために必要な費用対効果の高い排出削減の最大3分の1を賄える可能性があるという。回復した景観は食料生産を増やし、砂漠化、干ばつ、洪水に対する地域の強靱性も高める。

実現可能性も示されていた。例えば、先駆的農民ヤクーバ・サワドゴ氏は、乾燥したサヘルでコミュニティを動員し、500万ヘクタールを再び緑化した。ノーベル平和賞受賞者ワンガリ・マータイ氏が率いたグリーン・ベルト運動では、死の脅迫を受ける状況下でも、4,000を超える女性グループが自らの農地とケニアの森林を守り、回復させてきた。

その遺産はいまも人々を鼓舞している。セネガルでは、元閣僚ハイダル・エル・アリ氏の指導の下、湿地帯で1億5,000万本以上のマングローブの苗が育てられた。

こうした草の根の成功の歴史が、32のアフリカ諸国政府をAFR100運動へと後押しした。各国は若者の雇用を生む国家レベルの回復プログラムを整え、地域の起業家、非営利組織、協同組合など数千の主体がコミュニティを動員し、生態系の保全と再生に取り組んでいる。

しかし、目標達成にはまだ遠い。資金提供者はAFR100と「グレート・グリーン・ウォール(緑の長城)」に160億ドル以上を拠出すると約束したが、最前線のコミュニティには資金がほとんど届いていない。森林減少と生態系劣化は高いペースで続いている。

グローバル・フォレスト・ウォッチによれば、2020年だけでアフリカは400万ヘクタールの樹木被覆を失った。政治的不安定や紛争は、これまでの脆弱な成果を脅かしている。加えて、計画が不十分な植林事業の一部は、侵略的な外来種の導入や在来草原の破壊を招き、生態系と地域社会に被害を与えてきた。

だが、問題の核心は別にある。気候変動への寄与が最も小さい大陸であるにもかかわらず、最悪の影響を受けるアフリカに対する資金支援が乏しいことだ。先進国の政府、民間企業、そして富と権力を握る人々—世界の排出の大部分を生み出してきた側—は、アフリカの気候イノベーターに対して責任を負っている。

地域主導が鍵になるのは、コミュニティがアフリカの土地のほぼ70%を管理しており、生態学的にも社会的にも持続可能なプロジェクトを各地で実装していく知恵と経験を持つからである。2050年までのネットゼロ達成に、公平な道筋はない。土地回復に取り組む起業家や地域リーダーへの投資なしに、その目標は達成できない。

いま必要なのは、アフリカの回復運動に対する「ムーンショット」—規模の大きい資金動員と、それを現場へ届ける仕組み—である。しかも、今日から始めなければならない。グラスゴーで開かれたCOP26で、アフリカ各国首脳は民間資金提供者と政府ドナーに行動を求めた。2022年末までに、地域主導のアフリカ土地回復プログラムに20億ドルを動員せよ、という呼びかけである。

その資金があれば、数百の地域の担い手に投資し、成功に必要な技術支援を提供できる。さらに追加資金を呼び込み、2026年までに推計2,000万ヘクタールの再生を始動させ、4,000万人に推計1,350億ドルの便益をもたらすことも可能になる。進捗を追跡する透明なモニタリング体制を組み合わせれば、1億ヘクタール目標は現実の射程に入る。

AFR100の新局面を立ち上げるため、ベゾス・アース・ファンド、One Tree Planted、フェイスブックは、まず2,000万ドルの初期拠出を発表した。2022年に、より大きな投資を呼び込むことを視野に入れている。アルバーティン・リフト自然保護協会への助成金は、女性主導の協同組合ネットワークが小規模農家の農地で数十万本の樹木を育てる取り組みを可能にする。

南アフリカでは、融資により起業家シヤブレラ・ソコマニ氏が苗木生産施設を拡張し、社会的に周縁化された都市部の地域や農村部で、在来樹種を数十種類植える取り組みを広げる。シエラレオネのフリータウンでは、地域団体への助成によって樹木被覆が増え、路上の気温が下がる。イヴォンヌ・アキ・ソーヤー市長が構想する「トゥリータウン」への転換を後押しする狙いだ。

私たちは、アフリカ連合と国際研究機関の立場から、土地回復に取り組む人々のための現場に合わせた解決策を、ドナー、技術専門家、アフリカ各国政府が共に築くよう呼びかける。

柔軟な資金をより利用しやすくし、進捗をほぼリアルタイムで追える信頼性の高い監視・評価の仕組みを整え、農民が土地回復に取り組める強固な公共政策をつくる必要がある。

そして何より、公的ドナーと民間資金提供者は、AFR100を通じてコミュニティ組織と起業家への投資を大幅に拡大しなければならない。アフリカの未来を信じるという言葉を、実行で裏づけるために不可欠な一歩である。

2030年、私たちは誇りをもって、アフリカの農村と都市の景観に希望と繁栄を取り戻すために行動したと振り返りたい。失敗は許されない。(原文へ

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ドイツからTPNWに重要なシグナル――しかし、それ以上ではない

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】

ドイツの連立新政権は、ドイツの外交・安全保障政策の基盤を揺るがすつもりはない。新政権は、EUとNATOにおける信頼できるパートナーであり続けることを望んでいる。しかし、軍縮と軍備管理努力については重要なシグナルを送っている。177ページに及ぶ連立合意文書には、核兵器禁止条約(TPNW)に関する次のような一節がある。「核不拡散条約(NPT)再検討会議の結果に照らして、また、同盟国と密接に協議したうえで、われわれは、核兵器禁止条約締約国会議へオブザーバーとして(締約国ではなく)参加し、条約の意図に建設的に寄り添っていく」。これは、新しい、重要な考え方である。新政権樹立の前でさえ、米国、フランス、NATOは、彼らがTPNWになびいていると批判していた。NATO全般にいえることだが、ドイツのこれまでの安全保障政策の立場は、NPTのほうが重要度が高く、TPNWは蛇足であり、NPTに関する審議に混乱をもたらすというものだった。TPNWに反対する根拠は、ハイコ・マース前外相によると、ドイツは、「この世界における核弾頭の数を減らすことを目指して努力する」ために、NATOにおいて、また米国の同盟国として自国の影響力を行使することを望んでいるというものだった。(原文へ 

ベルリンの連立政権パートナーは、NATO、EU、そして安全保障専門家の間でTPNWがいかに微妙な問題であるかを分かっている。それが、TPNW会議でオブザーバーの地位しか求めない理由、また、NATOの核の概念において引き続き役割を果たしたいと連立合意文書に明記した理由の一つである。ドイツの立場を明確にするために、連立合意文書には、「欧米の同盟関係は中心的要素であり、NATOはドイツの安全保障の不可欠な部分である」とも記載されている。しかし、TPNWにおけるオブザーバーという立場は決して中立的とはいえない。なぜなら、2022年3月に初めて開催される会議の費用は、オブザーバーも負担しなければならないからである。

今までのところ、全ての核兵器保有国はTPNWを拒絶しており、条約締約国会議へのオブザーバーの地位を受け入れることも拒否している。NATOは自らを核同盟と呼んでおり、同盟の究極的な目標は核兵器のない世界であるものの、NATOの核抑止力は「最大限の抑止力」であると述べている。また、米仏の大統領が2021年10月にローマで会談した際に調印した共同声明では、各国の集団防衛における中心的要素として抑止力をさらに強化するという目標が繰り返し述べられた。

TPNWに関して欧州の意見は分かれている。欧州の4カ国、具体的にはオーストリア、アイルランド、マルタ、サンマリノは条約を批准している。ノルウェーはこれまでのところ、オブザーバーとして参加することを約束した唯一のNATO加盟国である。したがって、TPNWが受け入れられるためには、もう1カ国のNATO加盟国がオブザーバーの地位獲得を望むことが重要である。しかし、NATOに加盟するフランスと英国は核兵器を保有しており、EUに加盟する4カ国(ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ)とトルコは、NATOの核共有制度のもとで領土内に米国の核兵器を受け入れている。これは当然ながら、「いかなる状況においても、核兵器またはその他の核爆発装置を開発、実験、生産、製造、その他の方法で取得、保有、または保管しない」ことを締約国に求めるTPNWとは両立し得ない。

そのため、ドイツの核抑止力に関する他の二つの問題、すなわちドイツの核共有制度とドイツ領内に配備された米国の核兵器という問題は、TPNWにおけるドイツの立場と密接に関連している。ドイツのビューヒェル空軍基地には、約15発の米国製B-61 戦術核が配備されている。それらは、近代化される予定である。核共有制度では、緊急事態の場合、米空軍ではなくドイツ空軍がこれらの核爆弾を標的に落とすことを想定している。新政権の主要な代表者(緑の党出身のアンナレーナ・ベアボック新外相、社会民主党(SPD)のロルフ・ミュッツェニヒ院内総務)は、選挙運動中から、近い将来これらの核兵器を撤去することを求めている。

できないことを、どうやるというのか? 軍備管理と米国の核兵器の撤去については明確なシグナルを送りながら、核抑止力と完全かつ絶対的なNATO加盟国としての地位を固守するとは。それに加えて新政権は、「欧州の戦略的主権の拡大」を望んでいる。これは、エマニュエル・マクロン仏大統領が繰り返し使っている言葉である。マクロンは、欧州の独立性の強化とNATOへの軍事依存度の低下を訴えている。ドイツの新政権がドイツの核関与に関する決定を先延ばしにする余地はほとんどない。ドイツ連邦軍の核ミッションに使用されるトーネード戦闘機は老朽化している。トーネード85機のうち実際に運用可能なのは4分の1に満たない。核共有制度を継続するなら(政権がNATO加盟国という立場を疑問視したくないなら、継続は必須と思われる)、新たな戦闘機が至急に必要である。ドイツの前政権は、この任務のために米国製戦闘機を購入することを発表し、意思決定プロセスを進めていた。しかし、連立与党三つのうち二つ(SPD、緑の党)に強い反発が見られ、両党とも、ドイツ領内における米国の核兵器受け入れと、新たな核搭載可能戦闘機を調達する莫大な費用に反対している。しかし同時に、いささか理解しがたいが、新政権は「同盟内の公平な分担」を訴えている。簡単に言えば、GNPの2%という約束した目標を達成するための軍事費増額である。興味深い余談として、政府はこの具体的比率の軍事費にコミットすることを控え、代わりに外交、開発援助、防衛を合わせた支出を3%とする目標を掲げることを決定した。このような姿勢は、安全保障が軍事活動のみに依存するのではないというシグナルである。

ドイツがTPNWにオブザーバーとして参加する希望を発表したことで、核兵器の有用性に対する明確な疑念が表明された。しかし同時に、NATOとEUの重要な同盟国を疎外するわけにはいかない。もちろん、連立合意文書は確定事項ではなく、現実において成果を示さなければならない。しかし、安全保障政策の概念は完全に一貫しているとはいえない。なぜなら、そこには核政策に対する賛成派と反対派が入り交じっているからである。新政権は、統治のリアルポリティークだけでなく、緑の党の平和主義的伝統や社会民主党の反射的な軍批判を反映し、さまざまな方向に引っ張られているようである。その結果最も起こり得ることは、軍備管理や軍縮の重点化(願わくばイニシアチブをとり)、それと同時に(全ての選択肢を使えるようにするために)核兵器ミッションに対応できる戦闘機の調達である。また、特に米国やNATOからの(さらには、ロシアの軍隊とその意図を特に懸念しているポーランドやバルト三国といった東側諸国からの)批判を避けるために、軍事費の増額は起こり得る。

TPNW会議への参加意向を発表したことは、核政策への批判と疑問を表す明確なシグナルであり、それは他の国々にTPNWへの同意表明を促すことになるかもしれない。それは、パリ、ワシントン、ブリュッセルに警鐘を鳴らすシグナルでもある。近い将来、それが重要なシグナル以上のものとなるかどうかが分かるだろう。いずれにせよ、このドイツのイニシアチブについてはさらなる議論が交わされ、恐らくNATO内には混乱と動揺も生じると予想される。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRIの科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。

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バイデン政権の10の問題点と1つの解決法

【ニューヨークIDN=メデア・ベンジャミン、ニコラス・デイヴィス】

政権発足後10カ月間のバイデン政権の外交政策を、オバマ、トランプ政権の政策と比較しながら評価したメディア・ベンジャミンとニコラス・デイヴィス氏による視点。バイデン氏は、トランプ前政権下で損なわれた外交力を回復させることを公約に掲げて就任したが、新START更新やアフガン和平プロセスといった成果を除いては、概ね軍産複合体が望む軍事・経済制裁(対キューバ・ベネズエラ・イラン制裁、シリア・アフガン空爆、イエメン内戦への武器支援等)、軍備拡大路線(対中ロ軍拡競争)を進めている。(原文へFBポスト

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【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス

ガンビアのヤヒヤ・ジャメ前大統領政権下で行われた人権侵害疑惑を調査する真実和解委員会が3年間に亘る公聴会を経て結審し、数百人のガンビア人及び外国人が政府の迫害により殺害されたと認定した。しかし、ジャメ前大統領は隣国の赤道ギニアに亡命しており、同国の大統領は、他の元首が任期終了後に迫害を恐れなくともよいようにするとして、ジャメ元大統領を保護する意向を宣言している。(原文へ

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グラスゴー気候変動会議: コップは半分空

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=イアン・フライ

グラスゴー気候変動会議、通称COP(コップ)26は、多くの人にとって大きな失望をもたらすものだった。英国政府は多くの約束をしたが、石炭火力の段階的廃止への言及をめぐる土壇場での紛糾は、多くの人にとって後味の悪いものとなった。グラスゴーは、世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1.5°Cに抑えるというパリ協定の目標に向けて国際社会の方向性を定めるチャンスだった。太平洋の小島嶼開発途上国にとって、グラスゴー会議は、気候変動に対するグローバルな行動を促す転換点となるはずだった。(原文へ 

中国とインドの強い要請により、土壇場で会議の全体決議(グラスゴー気候協定と呼ばれる)が変更され、「石炭火力発電の段階的廃止」という文言が削除され「排出削減対策が取られていない石炭火力発電の段階的な削減」に置き換えられたことは、多くの人に、世界は本気で気候変動に取り組む気があるのだろうかという気持ちを抱かせた。

この文言変更の背景にあるストーリーは重大であり、考察に値する。インドと中国は、1990年に気候変動交渉が始まって以来一貫して、排出量を削減し気候変動に取り組む主要な責任は先進国にあると主張してきた。この考え方は国連気候変動枠組条約の「それぞれ共通に有しているが差異のある責任、各国の能力」という文言に明確に盛り込まれている。インドと中国は、自国の開発は全人口に安価な電力が供給されるかどうかにかかっていると主張する。現時点で、石炭火力発電はこの開発戦略の主要な要素であるようだ。言うまでもなく、他の多くの開発途上国は、気候変動の影響に対して極めて脆弱であり、石炭や他の化石燃料の段階的廃止が自国の開発と存続にとって不可欠だと考えている。

他の開発途上国にとって、安価な電力に至る道は、別の方向に進むことである。COP期間中、南アフリカ、ドイツ、英国、米国、EUは、南アフリカの経済、特に電力供給部門における脱炭素化を目指す公正なエネルギー転換のための国際パートナーシップを締結した。85億米ドルの資金を投じ、20年間で排出量を1~1.5ギガトン削減し、低排出で、気候レジリエンスのある経済への移行を目指す。インドと中国が文言をめぐって騒いでいる陰で、南アフリカは彼らの未来のために重大な取引を着々と進めていたようである。他の人々より上手に振る舞うことを知っている人々もいるものだ。

そうはいっても、米国と中国も、2020年代の気候行動強化に関する米中グラスゴー共同宣言と呼ばれる協定を締結した。宣言の大部分は願望的な内容で、いずれの側の重要な協働努力も約束されていない。

最後に、「排出削減措置を講じていない」という言葉についてひと言述べよう。この言葉は、「化石燃料への非効率的な補助金の段階的廃止」の「非効率的な」と同様、米国の法律家たちが持ち込んだようである。グラスゴー気候協定にも、この言葉が使われている。気候変動交渉における言葉の推敲を研究し、実践している者から見ると、この二つの言葉は、石炭や化石燃料への補助金を廃止することにあまり乗り気でない人々にとって、解釈の余地が非常に大きい表現である。「排出削減措置を講じていない」という言及は、石炭火力発電と炭素回収・処分技術を使用したいと思っている人々への承認である。一方、化石燃料への「非効率な」補助金という言及は理解し難い。化石燃料への効率的な補助金ならまだ大丈夫という意味だろうか?

 メディアの大々的な報道に反して、グラスゴー気候協定は、COP26の注目すべき唯一の成果ではない。パリ協定の「ルールブック」が完成し、協定の全面的実施が可能になったのである。パリ協定の炭素市場(第6条)に関するルールが完成したことは、重要な成果である。それにより今や、1.5°Cの目標達成に向けた取り組みを強化するための市場を促進する手段として、国同士が排出削減量を取引する方法が導入された。ただし、これは理論的な話である。コンセンサスによる意思決定に基づいて国際的に合意された一連のルールがどれもそうであるように、悪魔は細部に宿るのである。全員が勝つわけでもなく、全員が負けるわけでもない。これは妥協のプロセスである。この炭素取引協定には、重大な抜け道が存在する。例えば、ブラジルが強く主張したため、京都議定書に基づいて2020年より前に発行された炭素クレジットを2020年以降の新たな炭素市場に移管することができるようになった。これは需給バランスに大きな影響を及ぼし、市場を弱体化させる可能性がある。

各国がパリ協定に基づく国別目標(「国が決定する貢献」<NDC>)の達成努力を報告する方法に関するルールも、グラスゴーで合意された。これは、「強化された透明性枠組み」(ETF)と呼ばれる。これによって、鋭い目をもった人々は、誰が排出量削減に本気で取り組んでいるか、誰が制度の抜け道を利用しようとしているかを見張ることができるようになった。今後に注目である。

グラスゴーでは、損失と損害の問題も大きな論争の的となった。開発途上国は、損失と損害に関する新たな補償制度を設立する案を提出した。これは、米国によって全面否定された。このような制度を設立すれば、世界最大の温室効果ガス汚染国がもたらした損害に対する補償責任を認めることになると考えているのである。制度案は、日の目を見ずに終わった。この制度が実現するには、いっそう厳しい交渉が必要だろう。

各国がパリ協定のルールをめぐって論争を繰り広げる一方で、諸団体、企業、一部の政府は、公式な国連プロセスの外で多くの興味深い誓約、宣言、協働を行っていた。これらには、森林と土地利用に関するグラスゴー首脳宣言、ビヨンド石油・ガス連合、ファースト・ムーバーズ・コアリション、国際航空気候野心連合、グリーン海運回廊の開設を目指す「クライドバンク宣言」などがある。恐らく最も注目するべき成果は、ネットゼロのためのグラスゴー金融連合である。この連合は、金融部門が一致団結してネットゼロ経済への移行を加速することを目的としている。95を超える金融機関がこの連合に参加している。これがグローバル経済の脱炭素化を目指す真の努力なのか、気候変動の影響に関する株主や一般の人々の増大する懸念を和らげるための見せかけに過ぎないのか、今後を興味深く見守りたい。

もう一つの注目するべき誓約は、17億米ドルを拠出して先住民族や地域コミュニティーを支援し、生物多様性に富む熱帯林の保護を目指す、英国、ノルウェー、ドイツ、米国、オランダ、そして17の資金提供者による宣言である。資金提供者たちによれば、これは、土地保有制度を強化し、先住民族と地域コミュニティーの土地保有権と資源利用権を保護するために用いられる。

脆弱な太平洋島嶼国から見ると、グラスゴー会議は、パリ協定で定めた1.5°Cの目標を達成する方法について決定的な宣言を出すことができなかった。英国政府がCOP議長国としての1年間に、グラスゴーで達成できたものよりはるかに多くのことを実現するかどうかに、全ての目が注がれる。現時点で、コップは半分空である。但し書きや難解さの余地を与えることのない新たな約束によってコップがいっぱいになることを期待しよう。

イアン・フライ博士は、1997年のCOP3以来、ツバル政府派遣団の一員として気候変動交渉に参加してきた。2015年にツバル政府の気候変動・環境大使に任命され、2019年まで同職に就いた。COP26にはソロモン諸島政府の顧問として出席した。オーストラリア国立大学フェナー校環境・社会学(Australian National University’s Fenner School of Environmental and Society)の非常勤講師も務めており、国際環境政策を専門としている。また、国連太平洋地域代表として国際環境法委員会に参加している。

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人工知能の倫理に関する国際的な規範が採択される

【ニューヨークIDN=キャロライン・ムワンガ】

国連教育科学文化機関(ユネスコ)が11/25に発表した、人工知能(AI)の倫理に関する史上初の国際的な規範に焦点を当てた記事。ユネスコが同月開いた総会で、全193加盟国が採択した。規範は「いかなる人も、AIによって経済、政治、精神的に傷つけられてはならない」と明記。AIを開発、利用する際に尊重すべき価値として①人権、②環境保全、③多様性、④平和や公正さを掲げ、基本的自由やプライバシー保護など10の原則を規定している。また、文化や言語、性別の違いで差別を生まないような配慮も必要だとしている。(原文へFBポスト

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