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|国連|ワクチンを世界の公共財に

【ニューヨークIDN=J・ナストラニス】

最新の調査報告書が、各国が自国民優先でワクチンを抱えこもうとする「ワクチン・ナショナリズム」に向けた流れが強まっていることに対して警鐘を鳴らしている。報告書は、新型コロナウィルスワクチンの供給を独占することで富裕国は経済的破壊をもたらそうとしているが、その被害は途上国にとどまらず、ほぼ同様に深刻な被害が富裕国も直撃することになると警告している。

富裕国で今年半ばまでにワクチンが行き渡り、途上国の大部分がそこから排除されていたとしても、世界経済は、日本とドイツの国内総生産(GDP)の合計を上回る年間9兆ドル超を失うことになるだろうと、同報告書は予想している。そしてこの経済損失の半分近くは、米国やカナダ、英国といった富裕国が吸収することになる。

また別の最新研究では、ワクチン・ナショナリズムによって、新型コロナウィルスワクチンの分配が不平等になり、GDP換算で年間最大1.2兆ドルの損失を世界経済にもたらすことになると推計されている。これは、たとえ一部の国が国民に免疫を与えることに成功したとしても、世界のあらゆる地域で新型コロナウィルスがコントロールされていない限り、コロナ禍に伴う世界経済への損失が増え続けていくからだ。

Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en
Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en

ランド研究所によるこの報告書の著者らは、「新型コロナウィルス感染症とその経済的影響に伴う損失は世界全体で年間3.4兆ドルにも達する可能性がある。その内、欧州連合が被る損失は年間9830億ドル(GDPの約5.6%相当)、英国が被る損失は年間1450億ドル(GDPの4.3%相当)、そして、米国の損失は4800億ドル(GDPの約2.2%相当)になる。」と述べている。

自国中心主義的な行動が避けられないとしても、世界全体でワクチンを提供しようとの経済的インセンティブはある。報告書は、過去の推計に基づいて、低所得国にワクチンを提供するには250億ドルかかるとした。

米国、英国、欧州連合やその他の高所得国は、貧困国へのワクチン提供を拒んだ場合、年間合計で1190億ドルを失う可能性がある。「これらの高所得国がワクチン提供の資金を拠出すれば、ベネフィット(便益)対コスト(費用)の比率は4.8対1となる。つまり、高所得国は、1ドルの費用を負担するごとに4.8ドルのリターンがあるということだ。

こうした数字が意味するところは明白である。しかし、国連のアミナ・J・モハメド副事務総長は、「この1年間、会食をしたり、抱擁し合ったり、学校や仕事に行くという、私たちが人との関わりの中で好んでやってきたことができなくなってきている。」と語った。

Amina J. Mohammed/ UN Photo
Amina J. Mohammed/ UN Photo

同時に、数多くの人々が愛する誰かを失ったり、自らの生活を壊されたりしている。世界保健機関によると、世界で250万人以上が新型コロナウィルス感染症のために死亡した。新型コロナウィルスワクチンは、この死の連鎖に歯止めをかけ、変異株の登場を妨げ、経済を再活性化して、パンデミックを終焉させる希望をもたらすであろう。

「力を合わせて初めて、パンデミックを終わらせ、新しい希望の時代を切り開くことができます。」と、モハメド副事務総長は語った。国連は、こうしたことを背景に、世界中で新型コロナウィルスワクチンの公正かつ平等な利用を呼びかける「オンリー・トゥゲザー」という新たなグローバルキャンペーンを始めた。

このキャンペーンは、医療従事者や最も脆弱な立場にいる人々から始めて、全ての国において新型コロナウィルスワクチンの予防接種を行き渡らせるためのグローバルな協調行動の必要性を強調するものだ。

モハメド副事務総長は、ワクチン開発に向けた前例のない世界の科学界の努力によって、新型コロナウィルスに打ち勝つ希望が出てきたと指摘した。実際、公平にワクチンを分配するための国際的な枠組み「COVAXファシリティ」を通じて、史上最大規模のワクチン供与事業が進行中で、最貧国の一部も含めて世界全体で数多くのワクチンが提供されようとしている。

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は3月11日、キャンペーン開始にあたって、「一部の先進国がワクチンの大多数を独占しようとしている。」ことへの懸念を示し、「新型コロナウィルスワクチンは世界の公共財とみなされるべきだ。」と強調した。

さらに、「新型コロナウィルスワクチンは『誰でも、どこでも』利用可能なものでなくてはなりません。今年の危機は、大波のような苦難をもたらしました。しかし私たちは、『オンリー・トゥゲザー』の取り組みによって、パンデミックに終止符を打ち、我々のよく知る日常へと戻ることができます。」と語った。

現在の新型コロナウィルスワクチン供給量では、医療従事者と社会的弱者など(途上国の)人口の一部をカバーできるに過ぎない。したがって、COVAXファシリティでは、2021年末までに、参加国の人口の3割近くにまでワクチンを投与できるように準備を進めている。しかし、このペースは新型コロナウィルスワクチンの8割近くを独占している富裕国10か国の現状と比較すれば、著しく見劣りする。こうした富裕国の中には、今後数カ月で全人口への予防接種を完了する見通しの国さえあるのだ。

SDGs Goal No. 3
SDGs Goal No. 3

世界保健機関、GAVIアライアンス、国連児童基金(ユニセフ)、CEPI(感染症流行対策イノベーション連合)が共同で主導するCOVAXファシリティには190の参加国がある。新型コロナウィルスワクチンを最も必要とする人々に今年末までに投与を完了するには20億ドル以上が必要だ。

国連は、COVAXファシリティに新たな資金を獲得することが極めて重要だが、余剰ワクチンの流用や技術移転、生産ライセンスの提供、知的財産権申し立ての一時停止などの手段によって、新型コロナウィルスワクチンの供与を大幅に増やすことも可能だと考えている。

「もし世界の科学者らが安全かつ効果的なワクチンをわずか7カ月で開発することができたのなら、世界の指導者らは、これと同じく、歴史的な速さでもって、地球上の全ての人々にワクチンを届けるために製造を加速する資金を提供することを目標とすべきです。」と国連のメリッサ・フレミング事務次長(グローバルコミュニケーション担当)は語った。(文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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|アフガニスタン|国連の支援で女性たちの声なき声を届ける

【ニューデリー|クンドゥーズIDN=デヴィンダ・クマール】

国連安保理が3月14日の審議で、アフガニスタンで民間人を意図的に狙った襲撃が急増している事態を「最も強い言葉で非難」するなか、同国東北部のクンドゥーズ市では、女性活動家らが市内各地の親戚や隣人、住民の軒先を訪問して、2つの質問をして回っていた。それらの質問は、「あなたにとって和平プロセスはどのような意味を持ちますか?」「その中にあなた自身の役割があるとしたらどのようなものでしょうか?」というものだった。

国連安保理は、2020年9月にアフガニスタン和平協議が開始されてから数カ月の間に民間人を狙った襲撃が増加していることに深い懸念を示すとともに、「持続可能な平和は、永続的かつ包括的な停戦を目的とした、アフガン人主導のアフガン人自身による、誰もが参画できる平和プロセスを通じてのみ実現が可能だ。」と認めた。

国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)によると、UNAMAの支援を得たアフガニスタン女性ネットワーク(AWN)がこの冬に3カ月に亘ってクンドューズ市で実施した個別訪問プログラムを通じて、約1500人のアフガン人女性が、平和に関する意見を表明した。彼女たちの多くが、メディアへのアクセスがなく、外の世界と隔絶された自宅に籠る生活を送っていた。

戸別訪問調査員が集めた女性たちの意見は、全国レベルに届けるとともに、アフガニスタン和平交渉チームの女性メンバーと共有すべく、まずは首都カブールのAWN本部とUNAMAに提出された。一方、AWNのクンドゥーズ支局は、女性達の意見を、同州の市民社会組織や人権擁護団体と共有した。

Map of Afghanistan
Map of Afghanistan

AWNクンドューズ支局長で活動家のマルザ・ルスタミさんは、「この調査の目的は、自宅に閉じこもる生活スタイルゆえに外の世界との繋がりが僅かか或いは皆無な環境に置かれている女性達を関与させていくことでした。」と説明した。そして、「私たちは、彼女たちが、現在行われているアフガニスタン和平交渉に対して抱いている期待や不安など様々な見解に耳を傾けました。この調査は、和平交渉の先にある最終合意は、全てのアフガン人の意見を反映したものであるべきという私たちの強い信念に突き動かされて実施しました。」と語った。

調査に応じた女性の多くが、国の重要な問題について自身の意見が求められるという経験は人生で初めてのことだった、と調査員に語っていた。

彼女たちには、回答用紙に名前を提供するか匿名にするかの選択肢が与えられていた。

クンドューズ市第二地区在住の専業主婦ナシマさんは、「私たちが望んでいるのは平和です。和平交渉の当事者は、私たちが平和に暮らせるように、戦闘を終わらせることに合意すべきです。」というシンプルなメッセージを伝えた。

シャリファさんは、「和平を語りながら殺し合う現状は何の解決にもなりません。暴力をやめ停戦が守られない限り、和平を語り合っても無益な試みだと思います。」と語った。

夫と子供たちをタリバンに殺害された未亡人のマリアムさんにとって、平和は復讐よりも重要だという。「もしタリバンが暴力を止め、平和を受入れるならば、私は彼らを赦し、夫と子供たちを奪った報いを求めない用意があります。」

他にも調査に応じた多くの女性たちが、永続的な平和とあらゆる人々を対象にした開発が実現するのであれば、マリアムさんのように進んで加害者を赦すつもりだという意見を述べている。

アフガニスタン全土を通じて、多くの人々が、和平交渉の妥結が最終的に数十年に亘った戦争の終結につながることを期待している。しかし一方で、和平交渉に多様で幅広い層からの参加が十分確保されていない現状を、引き続き懸念しているアフガン人も少なくない。とりわけ若者と女性は、和平交渉に十分関与できていないことが、最終的な合意がなされても、若者と女性の権利は顧みられず不利益を被るのではないかと懸念している。

Photo: The July 7-8 talks between the Taliban and Afghan delegates in Doha. Credit: MEMR

UMANAは、和平交渉を含む政治、社会、経済などあらゆる生活面における、女性の参画とリーダーシップを支援している。

クンドゥーズ市にあるUNAMAの現場事務所は、和平交渉と和平プロセスに多様な意見を取り込もうとするアフガン政府の取組みの一環として、AWNとの連携のもとにこの調査キャンペーンを計画した。とりわけ、調査対象として、自宅が街の中心地から遠く離れているとか、教育を十分受けていない、あるいは地元の社会規範等の理由から、従来から脇に追いやられてきた女性たちに注目した。

この調査キャンペーンは、メディアパートナーであるウラノステレビやクンドューズラジオが、各々のソーシャルメディアも活用しながら、番組で取り上げたことから、調査に応じた女性達の声は、20万人以上の視聴者に届けられた。(原文へ

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国連のYouth4Disarmamentが「10億の平和の行為」特別賞に選ばれる

【ニューデリーIDN=デヴィンダー・クマール】

軍縮は、「将来の世代を戦争の惨禍から救う」という目標をもって、国連憲章に規定された集団的安全保障システムの中心的な要素である。国連創設と広島・長崎への原爆投下から75年を迎えるにあたって、国連軍縮局は「軍縮を75単語で若者チャレンジ」キャンペーンを開始した。8月12日の「国際青少年デー」に始まって9月26日の「核兵器の全面的廃絶のための国際デー」まで続いた。

キャンペーンは、13~18歳の中高生、19~24歳の大学生・大学院生、25~29歳のキャリアの浅い若者と年齢層を3つに分け、13~29歳の若者の参加を求めた。

キャンペーンを通じて、世界の若者たちは、軍縮が自分や自分のコミュニティーにとって何を意味するのかを75の単語で表現するように求められた。62カ国から198件の応募があった。

国連軍縮局が2019年に立ち上げた別のキャンペーンである「#Youth4Disarmament」は、軍縮・不拡散分野において若者を関与させ、教育し、エンパワーすることを目的としたものだ。

国連軍縮担当事務次長・上級代表の中満泉氏は、「このキャンペーンは、若者のリーダーシップと行動が、人々を勇気づけ、集団的な平和と安全を守る上で肝要なものであることを大いに示しています。」と指摘したうえで、「史上最大規模の世代である現在の若者は、大量破壊兵器や通常兵器の拡散も含め、その脅威を削減する変化をもたらすための意識を喚起し、新しいアプローチを生み出すうえで、極めて重要な役割を担っています。」と語った。

「#Youth4Disarmament」は、「10億の平和の行為」によって、2020年の「ベスト連携構築プロジェクトに選ばれている。800万件以上の平和活動の中から選ばれた他の11のプロジェクトとともにノミネートされたものだ。

ピースジャム財団」が主催する世界市民のキャンペーンである「10億の平和の行為」は、「一つの平和の行為とは、地域や学校、職場、組織の中で平和を広げる思慮に富んだ活動であり、世界平和をもたらす上で肝要な『10億の活動領域』の一つ以上に影響を与えるべく行われているもの。」と説明している。2014年に開始したこのキャンペーンは、2021年までに10億の活動を達成するという大胆な計画を推進しており、これまでに171か国で8298万7610件の活動が生み出されている。

このキャンペーンは、一度にひとつの「平和の行為」という形で、一般の人々に世界を変える力を与えるものだ。ノミネートされた活動を選考できるのは、気候変動問題で活躍しているグレタ・トゥーベリ氏など、過去の受賞者だけである。

今年のイベントに関連して、インドの大学生らが、彼らのコミュニティーや個人レベルにおいて、ジェンダーが兵器の効果にどう影響を与えるかについて意見を出すよう、国連アジア太平洋平和軍縮地域センター(UNRCPD)から求められた。

UNRCPDは、アジア太平洋地域の43カ国で活動することを任務としている。実質的支援の提供や、サブリージョナルからグローバルレベルにわたる活動の調整、それらの活動に関する情報の共有などを通じ、アジア太平洋地域の平和、安全保障・軍縮の目標を達成できるよう、地域の各国を支援している。

大学生たちは、インドの市民団体「プラジュニャ財団」と「サンスリスティ」主催の「ジェンダーと平和」をテーマにした第4回講演会(ウェビナー)に参加していた。

UNRCPDの関係者らは、軍縮や不拡散、軍備管理のプロセスがジェンダーのような領域といかに関わっているのかについて、参加者の注意を促した。こうした認識が、より効果的な政策や事業、プロジェクトの遂行を促進するのである。

実際、国連安保理が約20年前に決議1325(2000)を採択した際に、ジェンダーと武力紛争の関連に焦点を当てた政策と活動が開始されている。

この画期的な決議は、紛争の予防や解決、平和交渉、平和構築、平和維持、人道支援、紛争後の構築における女性の重要な役割を再確認したもので、平和と安全の維持と促進のためのあらゆる努力における女性の平等な参加と完全なる関与の重要性を強調した。

国連安保理決議1540(2004)に関するUNRCPDのプロジェクト・コーディネーターであるスティーブン・ハンフリーズ氏は、核兵器などの大量破壊兵器は本質的に無差別的なものであるが、放射線は女性に特有の影響を与えることが知られていると説明した。

電離放射線は、細胞内で化学変化を起こしDNAを傷つける高エネルギーの放射線だ。原子力発電所の事故や核兵器によって高いレベルの電離放射線が発せられる。

核軍縮と核不拡散における進歩を追求するには、いわゆる「ジェンダー目線」でものを見て、多様な声に耳を傾け、権力関係のジェンダー編成を変えていくことが必要だとハンフリーズ氏はしめくくった。

決議1540の重要性は、全ての加盟国が、とりわけテロ行為に使用する目的をもって核兵器や化学兵器、生物兵器、及びその運搬手段を開発・取得・製造・所有・輸送・移転・利用しようとする非国家主体に対するいかなる形態の支援も差し控えるべきであると決定している点にある。

同決議は、とりわけテロ行為に使用する目的をもってこれらの兵器やその運搬手段を非国家主体に拡散させることを予防する効果的な措置を採るために、適切な法律を制定し実行することを全ての国家に義務づけている。

国連軍縮局によると、市民社会と民間部門は、決議1540の履行に重要な貢献を成すことができる。国連軍縮局は、市民社会や民間部門、産業部門との積極的なパートナーシップを促進して、この決議の目的を満たすための国別、国際的取り組みを支援している。

Izumi Nakamitsu/ UNODA
Izumi Nakamitsu/ UNODA

国連軍縮局は2012年、ドイツと協力して、「国連安保理1540に関する国際・地域・サブ地域産業組織会議」を開催した。核・化学・生物・金融・運輸・宇宙部門の産業団体や民間企業が参加した。

2013年1月、国連軍縮局はオーストリアと協力して、決議1540に関する初の市民社会フォーラムを開催した。フォーラムには、南北アメリカ、アジア、東欧、西欧、中東、北アフリカ、アフリカ南部と世界各地から45の市民団体が集まった。

また、効果的かつ協力的なパートナーシップの事例として、ジョージア大学の国際貿易・安全保障センター、同大の公共・国際問題大学校と国連軍縮局の間のものが挙げられる。同センターは「1540コンパス」と題する11番目の出版物を発行した。非国家主体への大量破壊兵器の拡散とテロリズムを予防する国連安保理決議1540の効果的な履行に関する見解・コメント・アイデアを披露する学術誌である。

ハンフリーズ氏の発言の後、2021年1月に発効し、この20年以上で初の多国間軍縮条約となった核兵器禁止条約の意義と履行に関して、学生らと実のある議論が交わされた。

軍事化の人的、経済的コストについてもまた、イベントの中で話し合われた。

国連の「軍縮に向けたユースチャンピオン」は、将来を見据えて、「#Youth4Disarmament」キャンペーンの立ち上げをイベントの参加者に宣言した。これは、現在の国際安全保障の課題、国連の機能、積極的な参加の仕方について専門家から学ぶために、世界各地の若者をつなぐためのプロジェクトである。(原文へ) 

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核兵器禁止条約参加への障壁―市民団体がモニター

|視点|核兵器禁止条約は非核兵器世界への道を切り開く(セルジオ・ドゥアルテ科学と世界問題に関するパグウォッシュ会議議長、元国連軍縮問題上級代表)

若者を核兵器禁止運動の前面に

|インド|利益追求のモディ政権は飢饉のリスクを冒す用意がある

【トロントIDN= ジャスティン・ポドュール】

農作物取引を自由化する新法巡って農民らによる大規模な抗議デモに発展しているインド農業が抱える構造的な問題点を分析したジャスティン・ボデュール氏による視点。大英帝国による植民地支配以前のインド(清帝国治下の中国の場合も同じ)では、凶作に際して為政者が可能な限り国民に最低限の食料を無償で提供する仕組が存在していたが、英国がこれを廃し食料を国際市場と連動した商品として徴収したために、その後の大英帝国領インドでは、必ずしも食料不足が原因ではなく、「貧しいから餓死する」大規模な飢饉が頻発した。ポデュール氏は、独立後のインドは大英帝国時代のような大規模な飢饉は回避してきたが、1億9500万人の栄養不足人口(世界の25%)を抱え、過去5年間に364,000人の農民が自殺する状況のなかで導入されようとしている新法は、数百万人の農民を破滅させ、インドを空腹を抱えた国(Country of humger)から、再び飢餓の国(country of famine)に逆行させることになりかねないと警鐘を鳴らしている。(原文へ)FBポスト

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国連事務総長選出プロセスの透明性を求める取り組み

【ニューヨークIDN=ステファニー・フィリオン】

再選を目指すグテーレス氏の対抗馬として女性有力候補をたて、前回史上初めて実現した国連事務総長選出プロセスの透明性と公開性を確保しようと取り組んでいる草の根キャンペーンに焦点を当てた記事。5年前の事務総長選挙では、従来密室(=国連安保理5カ国)で決められてきた慣行への非難が高まった結果、国連総会決議69/321に基づいて国連総会の関与を深め、すべての候補者たちを国連総会に招いて、加盟国および市民社会との「非公式対話」が行われるなど、史上初めて選挙プロセスが公開議論された。しかし、今回は、安保理の支持を得ているとされるグテーレス氏の再選が確実視される中、再び5大国間の利害調整で事務総長が決められる旧来の慣行に戻るのではないかという懸念が広がっている。(原文へ) FBポスト

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岐路に立つ安保理事会:気候の「 安全保障問題化」か、安全保障の「気候問題化」(Securitisation or Climatisation)か?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=チェザーレ・M・スカルトッツィ】

2021年2月23日、国連安全保障理事会(UNSC)は、気候変動と安全保障の問題に関するハイレベル公開討論を開催した。英国の国連常駐代表により開催されたこの会合は、気候変動が国際安全保障にもたらす脅威に対処するためのUNSCの役割を定義することを目的とする一連の公開討論およびアリア・フォーミュラ会合(非公式会合)の直近回である。10年にわたる議論にもかかわらず、UNSCはいまなお一連の「概念」と「手続き」の問題について意見が割れており、本稿で示すように、気候変動に関するUNSCの役割を定義することができずにいる。(原文へ 

UNSC内での議論から、二つの際立った、しかし重なり合うトレンドが浮かび上がってきた。第1は気候の「安全保障問題化」、つまり、気候変動を社会環境的な問題ではなく国家安全保障上の問題として捉え直すことである。トレンドとしての「安全保障問題化」は地球温暖化を政治問題化し、それを実存的な脅威として描く。その目的は、気候の緊急事態に対処するための通常と異なる行動指針(防衛装置の使用を含む)を正当化することである。もう一つのトレンドは、安全保障の「気候問題化」、つまり、安全保障政策、戦略の策定また実践において、気候変動を主流に位置づけていくことである。ルシール・メルテンス(Lucile Maertens)が2021年にInternational Politics誌で発表した論文において主張したように、UNSCはこの「安全保障問題化」のプロセスから「気候問題化」のプロセスへと移行している最中である。しかし、そうする間も、依然として「安全保障問題化」として提起される事例が発生し、理事国間に分断をもたらしている。

「安全保障問題化」は厄介な問題をはらんでいる。なぜなら、気候変動に関する議論を、UNSCの任務と正当性に異議が申し立てられている分野の議題へと誘導するからである。気候が本当に脅威の増幅要因で、国際平和を損なうのであれば、UNSCは拘束力のある決議を出し、予防措置を講じる任務があるということになる。したがって、英国、米国、フランスといった理事国が地球温暖化を「安全保障上の実存的危機」と表現する場合、彼らは実際には気候変動をUNSCの責任とするための前提条件を作り出しているのである。しかし、このような「安全保障問題化」の推進と対照的な立場を取るのがロシア、中国、インドである。彼らは、気候変動が紛争の主な原因であるという点に異議を唱えており、そのような捉え方をすることは将来的な解決を妨げると主張している。

注目すべきは、紛争と気候変動の結び付きに関する科学的証拠には、いくぶん一貫性がないことである。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、第5次評価報告書において、「まとめると、研究により温暖化と武力紛争との間に強い正の関連性があるとは結論付けられていない」と評価している。実際、少数の理事国が積極的立場を取っているにもかかわらず、UNSCは全体として、地球温暖化の安全保障上の影響に対処することにかなり慎重である。これまでのところ、可能性の範囲で、気候変動の悪影響と国際平和および安全保障との間に仮説的な関連性があるかもしれないと認めているのみである。また、UNSCはいくつかの文書において、紛争は多面的な現象であり、一つの変数(すなわち、気候)に単純化することはできないと明記している。しかし、UNSCにおけるいつもの政治的論議においては、このようなニュアンスはしばしば影が薄くなり、気候と社会・環境的紛争との間の複雑な関連性を誤まって解釈する、センセーショナルな過度の単純化に押しのけられてしまうのである。

英国の事例が、「安全保障問題化」の危険をよく示している。2月23日の公開討論に先立って英国が配布した意見書は、気候変動、国家の脆弱性、暴力的紛争の間の相関関係に言及することにより、UNSCが予防措置を講じることを主張した。この単純な相関関係はその後の公開討論でさらに単純化され、ボリス・ジョンソン英首相はたとえ話を修辞技法として用いて、気候変動が紛争を引き起こす可能性をさらに劇的に表現した。例えば、ジョンソンは、「ふるさとが砂漠化したために路上生活を強いられ」、その後「なんらかの武装集団に加わり」、「暴力的過激派の良いカモになる」若者について考えるよう促した。あるいは、別の例を挙げ、「干ばつのためにどんどん収穫が減り、より丈夫な作物であるケシに乗り換える」農家について考えるよう主張した。どちらの例も国際安全保障の脅威となると、彼は言った。過激主義もケシも、最終的には「われわれのあらゆる都市の街路」に入り込むからだという。

英国が示した例は心をつかむが、根拠がない。暴力には常に複数の原因があることを無視しているだけでなく、気候変動への適応的対処がポジティブな調整と協調をもたらす場合も多いことを考慮に入れていない。UNSCにおける一部の政治的発言に見られる、気候と安全保障の関連性をあまりにも単純化するこのような姿勢は、最終的には、恐怖心の利用や「安全保障問題化」を非難する人々に格好の材料を提供することになる。このような非難は、ひいてはUNSCの正当性を損ない、安全保障の「気候問題化」という健全なプロセスを弱体化する。

「安全保障問題化」への抵抗として、ロシア、中国など数カ国の理事国が、UNSC以外の場所、恐らく多国間フォーラムのほうが気候変動の問題により有効に対処できるだろうと提案している。もしそうなれば、それは全員にとっての損失となる。平和と安全保障は、環境的要因を考慮に入れて初めて持続可能なものとなり得る。例えば、平和構築は将来志向のプロセスであり、気候変動に目をつぶるわけにはいかない。実際、気候問題に取り組むことへの抵抗があるにもかかわらず、UNSCはすでに、いくつかの決議(決議番号2349240824232429)に気候変動への考慮を盛り込んでおり、関係する各国政府や機関に対して、リスク評価に気候変動を組み込むよう求めている。

しかし、これらの決議が標準というわけではない。例えば、2020年3月の南スーダンに関するUNSC決議には、同国が地球温暖化の悪影響に大いにさらされているにもかかわらず、気候変動への考慮は盛り込まれなかった。UNSCは気候変動に対処するためのベンチマークや基準をいまだに持っていないため、このような不一致は驚くべきことではない。この方向で作業を重ね、ドイツおよび「気候と安全保障を守る有志グループ(Group of Friends of Climate and Security)」は、2020年に気候変動を取り扱うことを可能にするための行動計画を理事会で提案した。この計画では特に、「気候と安全保障に関する特使」の任命、気候変動に関する定期報告、気候に配慮した平和構築が要請された。残念ながら、UNSCはこの行動計画をまだ採択していない。というのも、一部の理事国がこれをUNSCの責任の危険な拡張と見なしているからである。

結論として、UNSCは岐路に立っていると思われる。紛争と気候の関連性に関するハイレベルな政治討論は、何の結論も出せずにいる。それどころか、理事国との関係を悪くし、UNSCの正当性を弱体化させている。その一方で、平和維持と平和構築における現実的かつ具体的な側面への適切な対処が行われていない。したがって、理事国が今後、気候変動の潜在的脅威を憶測するよりも、気候変動による現実的な安全保障上の影響への対処に向けて取り組むことが望まれる。言い換えれば、UNSCは「安全保障問題化」をさらに抑制し、「気候問題化」をさらに促進する必要があると思われる。

チェザーレ・M・スカルトッツィは、東京大学の博士候補生で、気候変動と安全保障について研究している。また、Global Politics Review誌の編集長および、社会科学・研究・イノベーション協会(Association for Social Sciences, Research and Innovation)の理事も務めている。近年の著作一覧はこちら(https://scartozzi.eu/)。

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新START延長も核兵器の近代化競争つづく

【トロント/ワシントンDC・IDN=J・C・スレシュ】

米国がロシアとの間で結んでいる新戦略兵器削減条約(新START)を2026年2月4日まで延長することを米国のジョー・バイデン大統領が決めて、軍備管理の専門家らは胸をなでおろしたが、ペンタゴンは「これは核兵器拡散にさらなる制約を課すためのロシア・中国とのより大きな協議の始まりに過ぎない」としている。

ペンタゴンは、米国国防総省の本部が入った建物の名称である。ペンタゴンの名称は、米軍の象徴として、国防総省とそのリーダーシップを指すものとして使われている。

The Pentagon, headquarters of the US Department of Defense, taken September 2018/ By Touch Of Light – Own work, CC BY-SA 4.0

米統合参謀本部副議長のジョン・E・ハイテン空軍大将は、オンラインで開催された2月26日の米空軍協会航空宇宙戦シンポジウムで、ロシアとの新STARTは「核兵器に制限を課し、その履行を検証する手続きがある点で、望ましいものだ。」と語った。

新STARTは、ロナルド・レーガン、ジョージ・H・W・ブッシュ両大統領が開始した、米ロの戦略核戦力を検証可能な形で削減する二国間プロセスを継続するものだ。新STARTは、1994年に発効した第一次戦略兵器削減条約(START I)以来、米ロ間で初の検証可能な核軍備管理条約となった。

「戦略攻撃兵器のさらなる削減・制限に向けた措置」に関する条約として公式に知られる新STARTは、2011年2月5日に発効した。元々の有効期限は2021年2月5日までの10年間で、双方が合意すれば5年間の延長が可能だった。

ハイテン大将は、米ロ両国ともに2018年2月5日までに条約の定める制限以内に戦略核を削減し、それ以来、制限を順守していると語った。その制限とは以下のようなものである。

・配備済みの大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、核兵器搭載能力を持つ重爆撃機の合計を700基機以内。

・配備済みのICBM、SLBM、核兵器搭載能力を持つ重爆撃機に搭載した戦略核弾頭の合計を1550発以内。各重爆撃機は、この場合、戦略核弾頭1発と換算する。

・配備済みおよび未配備のICBM発射基、SLBM発射基、核兵器搭載可能な重爆撃機の合計を800基機以内。

核兵器を運搬する能力のあるICBM、重爆撃機、潜水艦が、米国の核戦力の三本柱である。

「核の三本柱は、ロシアや中国、また、ある程度までは北朝鮮やイランを抑止して、米国やその同盟国に対して核攻撃をさせないために重要なものだ。」と統合参謀本部副議長のジョン・E・ハイテン空軍大将は語った。

U.S. Air Force, Gen. John E. Hyten, 11th Vice Chairman, Joint Chiefs of Staff, poses for a command portrait in the Army portrait studio at the Pentagon in Arlington, Va., Nov. 27, 2019. (U.S. Army photo by Monica King)

第二次世界大戦中の1942年1月に戦略面の調整強化を図るために創設された統合参謀本部は、以来、米国の軍事計画の中心にあり続けてきた。

しかし、新STARTの延長は「核兵器拡散にさらなる制約を課すためのロシア・中国とのより大きな協議の始まりに過ぎない。」核魚雷や核巡航ミサイル、海上発射弾道ミサイルのような新兵器をロシアは開発しつつあり、米国防総省はこれらを「米国にとっての脅威であり、新STARTの規制を受けないもの」と捉えている。

ハイテン大将は次に中国問題に言及して、「中国は世界で最も急速に軍備強化を進めている核兵器保有国だ。地球上のどの国よりも速いペースで新型核兵器を生産している。新たな運搬プラットフォームも構築しつつある。また、新しい施設や航空機、様々な種類のミサイル、そして我々が防護手段を持たず、かつ核兵器を搭載可能な極超音速兵器を生産しつつある。」と語った。

「そして、中国との間ではいかなる形でも軍備管理協定が存在しておらず、彼らの核ドクトリンがどうなっているのかも窺い知ることはできない。これは非常に難しいところだ。」とハイテン大将は付け加えた。

米国防総省は、ロシアは核兵器の近代化プロセスを完了しつつあり、中国はその最中にあるが、米国は未だに緒に就いたばかりという問題認識を持っている。

米国は、ロシアに対抗するために信頼性の高い海上発射巡航ミサイルを持ち、新STARTによっては規制を受けないままロシアが製造し続けている低出力核兵器と戦術核兵器に対抗するために、潜水艦に搭載できる少数の低出力核兵器を持つ必要がある、とハイテン大将は語った。

Hypersonic Technology Vehicle HTV-2 reentry (artist’s impression)/ By David Neyland, Public Domain

「三本柱への投資を継続し、敵国の能力を注視し続ける必要がある。なぜなら、我々は核の対立と核戦争を避けたいと考えているからだ。それを避ける唯一の方法は、敵方を抑止することだ。」とハイテン大将は語った。

これは「質的な意味での核軍拡競争が進行中」であるとみなしうる明確な証拠であり、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が警告していることである。『ブルームバーグ』のアンドレアス・クルース論説委員は「核の大惨事の危険が迫っている」と警告している。

実際、ペンタゴンは、「ロシアと中国が能力の高いシステムをそれぞれに開発している」という認識の下、近代化計画の中で極超音速兵器に最も力を入れている。

極超音速兵器は、超高層大気(8万~20万フィート)を、音速を遥かに超えるマッハ5以上の速度で飛翔することができ、防衛側が予測不能な形で攻撃を加えることができる。

米国防次官(研究・工学担当)室で極超音速兵器の責任者を務めるマイク・ホワイト氏は「超高度における作戦は、航空防衛と弾道ミサイル防衛との間に空隙を生み出す」とオンライン開催の米空軍協会航空宇宙戦シンポジウムで語った。

この部署は、変革的な戦争遂行能力を開発・実施する極超音速兵器近代化戦略を策定している。ホワイト氏は、この戦略は、戦術的な戦場において、死活的な重要性を持つ海上・沿岸・内陸部の標的を、自らの損害を最小化しつつ、長距離を移動し、極めて短い時間の中で叩く通常型極超音速攻撃兵器を空・陸・海に展開することを要素としていると説明した。(原文へ) 

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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新たな優先順位の設定: EUは国内平和と開発プロジェクトから軍事政策に移行

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】

EUの外交・安全保障政策は、不明確な概念、矛盾する利害、加盟国間の激しい論争に苦しんでいる。もっかのところ、軍事的・防衛的役割を強化することに優先順位が置かれている。10年前によく言われた「平和の力」としてのEUは脇へ押しやられ、地政学的野心が最前線に移動した。これは、国際平和と安全保障に逆行するステップであり、特に国連の優位性がすでに揺らぎつつある現在においては残念なことである。(原文へ 

2012年、EUはノーベル平和賞を受賞し、激しい武力紛争によって荒廃した数世紀の後に、休戦のみでなく真の平和を欧州にもたらすために果たした役割を特に称賛された。これは、紛争により分断された他の多くの地域にとって啓発的な模範となった。今日、エマニュエル・マクロン仏大統領は、特に軍事戦略と軍事力という点でEUには「戦略的自律」が必要であるという自説を繰り返している。グローバル戦略や近隣諸国との紛争解決には、時に“ハードパワー”が必要である。おおまかに説明すると、「現在のような対立的な世界秩序において、もはや米国が料理をしてEUが皿洗いをするという場合ではないのでは?」ということである。そしてEU委員会は、より断固とした外交・安全保障・防衛政策を呼び掛けることによって援護している。この考えを裏付けるものとして、米国の撤退がもたらす真空状態をEUが埋めなければならないと見なす地政学的考察がしばしばなされる。一方では、EUが国際危機に際して行動する政治的能力も軍事的能力も不足しているという不満が頻繁に聞かれる。他方では、各国政府は防衛政策における国家主権を慎重に堅持しており、それをEU本部に委ねてはいない。

EUがより強力な軍事的役割を果たすことを重視する考え方は、二つの問題に直面している。第1に、全ての加盟国がこの方向性に同意しているわけではない。第2に、資源不足を考えると、長期的に見れば、この政策はいわゆる「欧州平和ファシリティ」を犠牲にすることになる。ブレグジットが完了する前、英国はEUが強力な防衛的役割を果たすことに反対していた。いまや、防衛政策はEU中核国においておおむね推進されている。より正確に言えば、フランスが強力に推進し、ドイツ政府がそれを補完している。しかし、他の多くのEU加盟国は、脇に追いやられることを喜んではいない。EU拡大に伴って加盟国が増えており、なかでもバルト3国は、実のところEU加盟国以上にNATOの防衛力を当てにしていた。EU加盟27カ国は、シリア、リビア、ウクライナなどにおける紛争解決に関して、それぞれ異なる政策を表明し、追求している。中国のシルクロード構想への対応や自律型兵器の使用について意見の不一致があり、核兵器禁止条約(TPNW)には欧州諸国のほとんどが反対しているが、オーストリアは同条約を推進する原動力であったし、アイルランドは同条約に署名し、批准している。また、フランスの核兵器がEUの安全保障政策において果たす役割は、依然としてタブー視されている問題である。したがって、EUとしての政策に至る道は、明確と言うには程遠い。

より強力な軍事的役割を果たすことを主張する人々でさえ、それをいかに実施するかについては意見が異なる。フランス政府が「レアルポリティークの再発見」について語るとき、彼らは主に軍事的介入を念頭に置いている。そして、フランス政府が考える介入は、圧倒的にテロに対抗することを目的としている。ドイツの立場は、それと異なる。ドイツ国民は、圧倒的多数がドイツ連邦軍による海外での軍事介入に反対しており、被介入国における“安定”の名のもとに関与が必要なのだと常に“レクチャー”されている。かくしてフランス軍は、例えばマリにおいて、そしてリビアではハリファ・ハフタルの国民軍に軍事的支援を行うことによって、陰に陽に戦闘に従事しており、一方ドイツ軍は、アフガニスタン、マリ、イラク、アフリカの角、南スーダン、コソボにおいて治安部隊の訓練と装備提供に専念している。このような姿勢の不一致が、その結果である。ドイツ政府の顧問を務めるウォルフラム・ラッハーは、「マリとリビアの危機的状況におけるドイツとフランスの政策の成果は、嘆かわしいものだ。ドイツの関与はおおむね効果がないものにとどまり、フランスの政策はさらなる不安定化に寄与することが多かった」と結論づけている。また、共通安全保障防衛政策を支援する軍事部隊であり、2007年から存在している欧州連合戦闘群が展開されたことはない。

EUによる過去の軍事介入を振り返ると、2003年に東コンゴでアルテミス作戦を最初に展開して以来、EUは、自ら定めた責任において動きが遅く、かなり自制的である。全体的に見れば、西側の軍事介入はせいぜい功罪相半ばといったところである。アフガニスタン(2001年)からイラク(2003年)、リビア(2011年)、マリ(2013年)に至るまで、軍事的成功の後に不安定な状況が長期にわたって続いた。これらの軍事的関与は全て、いまや面目を保つことができる出口戦略を模索している。バルカン諸国への(NATOの指揮下における)介入は、やはり非常に物議をかもしたものの、比較的良好な結果をもたらし、旧ユーゴスラビア諸国のいくつかは現在EUの加盟国となっている。

文民危機防止と平和促進におけるEUの実践は、それよりはるかに積極的である。その能力と可能性は極めて大きい。興味深いことにEUは、主にアフリカ諸国とバルカン諸国における開発プログラム、文民平和ミッション、民主政策に、軍事介入よりもはるかに多くの資金を費やしている。EUの資料に記された海外ミッションは、現在進行中のものが18件、完了したものが2ダース近く0ある。EUによる海外ミッションの3分の2は文民ミッションであるが、人員数に占める割合はわずか20%である。2021~2027年のEU予算案では、1000億ユーロ近くが近隣政策と開発政策、人道支援、人権、国際協力、安定性に配分されている。これらのプログラムは、EU市民の間では軍事介入よりはるかに人気がある。反軍国主義の潮流、軍事作戦の高いコストへの懸念、過去の悲惨な経験、長びく、あるいは永遠に続くかと思われる海外軍事関与といった複合的要因により、EUの軍事的野心に対する支持は低い。

そのような過去の経験にもかかわらず、EUエリート層の間で交わされる安全保障論議の主な懸念と焦点はいまや軍事介入であり、いずれもEUの世界的役割という名目で論じられている。防衛問題は、数十年にわたり欧州委員会にとって「不可侵」領域だったが、加盟国に防衛協力を促すリスボン条約が2009年に発効するに伴い、変化が訪れた。以降、欧州委員会は拡張的役割を担い、現在のEU予算ではその目的のために財務資源が配分されている。近頃では、防衛問題に関するロビー活動が平和ファシリティにまで入り込むことに成功している。「欧州平和ファシリティ」は、その名称にもかかわらず、軍事介入資金源としても利用することができる。

「欧州平和ファシリティ」は全体的にはポジティブな影響を及ぼしているが、国連とEUのより良い協調努力によって、また、地政学的野心や軍事的野心と関わりを持たないことによって、さらに強化することができるだろう。防衛費をGDPの2%以上とする公約に固執するのではなく、EUは、GDPの0.7%を開発に配分するという長期目標を達成するために努力するべきである。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。

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女性があらゆる意思決定に参画することで未来はよくなる

【ニューヨークIDN= プムズィレ・ムランボ=ヌクカ 】

今年の国際デーに際して、プムズィレ・ムランボ=ヌクカUN Women事務局長が発表したコラム「The Future Is Better with Women in Every Decision-Making(女性があらゆる意思決定に参画することで未来はよくなる)」(英語、アラビア語、ロシア語、中国語、スペイン語、フランス語で閲覧可能)。コロナ禍で数千万人の女性と女児が一層厳しい苦境(学校閉鎖による退学、家庭内暴力、児童婚、男性よりも高い失業率等)に追い込まれているにも関わらず、彼女たちの声を代弁する仕組みが圧倒的に欠如している今日の世界のの状況を明らかにしている。2020年現在、世界平均で女性が占める割合は企業の最高経営責任者(CEO)の4.4%、役員の16.9%、国会議員の25%、平和交渉担当者の13%。女性が元首又は政府首脳に就任している国は22カ国で、119カ国は依然として女性リーダーを経験したことがない。このままのペースでは世界で男女平等が実現するには2150まで待たなければならないだろうと警鐘を鳴らしている。(原文へFBポスト

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