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「言葉より行動」を促したIPCC報告書の警告にオーストラリアとニュージーランドが反応

【シドニーIDN=カリンガ・セレヴィラトネ】

気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が出した最も包括的な報告書が、海水面と気温の上昇によって島々が水没し居住空間が失われかねない太平洋地域の国々に厳しい警告を発した。しかし、オーストラリアとニュージーランドというこの地域2大国の反応は、即座に地域を救う行動に移るというよりも、自己弁護に終始するものだった。

温暖効果ガス削減のための行動をとるように環境運動からプレッシャーを受けている豪州のスコット・モリソン首相は次のように反応した。「計画もなしに(温暖効果ガスを減らすための)目標に関して豪州が白紙委任することはない。豪州は新たな技術をもって問題に対処する。」しかしこの発言については、豪州が新たなグリーン技術を世界に売り込めるようになるまでの単なる時間稼ぎ戦略ではないかとの見方もある。

他方、ニュージーランドでは、温暖効果ガス削減に向けた今の政府の目標は「ふた政権も前」に決められた目標だと科学者は批判している。これに対してジャシンダ・アーダーン首相は、現在「排出削減と気候変動関連予算」を作成してIPCCの知見に対応しようとしている最中であり、そうした批判は当たらないと反論している。

New Zealand Prime Minister Jacinda Ardern, photographed in Tauranga, New Zealand, 29 August 2018./ By Newzild – Own work, CC BY-SA 4.0

アーダーン首相は「目標を大幅に引き上げ、削減を大幅に進める努力をしようとしている時に、暫く前に立てられた目標だからということでニュージーランドの取組みを判断するのは不公平だ。」と述べるとともに、同国は農業を排出権取引スキームに入れ込むことを決定しており、「これはまだどこの国でもやっていないことだ。」と指摘した。

排出権取引は、汚染物質の排出削減に向けた経済的なインセンティブを与えることで汚染を抑えようとする市場を基盤としたアプローチである。

ビクトリア大学ウェリントンの教授(雪氷学)で、今回のIPCC報告書のうち海洋に関する章の執筆を主に担当したニック・ゴリッジ氏は、「最悪のシナリオが訪れるかどうかは現時点では不透明だが、間違いないのは、地球の海水面の高さの平均は今後数世紀で上がり続けるということだ。」と指摘したうえで、「私たちが今すぐに温室効果ガスの排出を集団的に抑制できるかどうかに、このことの帰趨はかかっている。背後にあるメッセージは同じものだ。すなわち、待てば待つほど、悪い結果が訪れる。」と説明している。

この間、ツバルキリバスのような南太平洋の小島嶼国は、21世紀が終わる前に国が海面下に沈んでしまうことを懸念し、人口を移転させる計画を練っている。

2017年10月、アーダーン首相率いる労働党新政権は、太平洋の島嶼国からニュージーランドに毎年100人の環境難民を受け入れる人道ビザの発行を実験的に行うと発表した。しかし、島嶼国側がそのようなビザを望んでいないことが明らかとなりまもなく撤回している。島嶼国側は、そうしたビザ発行を考えるよりも、温室効果ガスの削減と、対応策実施への支援を行うこと、難民の地位を与えるのではなく法的な移住の道を探ることの方が重要だとニュージーランドに訴えている。

18カ国で構成される「太平洋諸島フォーラム」のヘンリー・プーナ事務局長は、世界は気候大惨事の瀬戸際にあり、太平洋を含めた世界全体で壊滅的な影響を引き起こすと予想される動向を反転させるための行動には、僅かな余地しか残されていないと警告している。太平洋島嶼国の人々は、100年に1度しか起きないような極端な海水面の上昇が、21世紀の末にかけて毎年起きるというIPCC報告書の知見を受けて、慄いている。

プーナ事務局長は、政府や大企業を含めた世界の主要な温室効果ガス排出者は、進行中の環境危機に既に直面している人々の声に耳を傾けるべきだと訴えた。同氏はラジオ・ニュージーランド(RNZ)の番組の中で、「口先ばかりで行動を伴わないのはもうたくさんだ。もはや言い逃れは許されない。今日の私たちの行動が直ちに帰結をもたらし、将来にあっては、人類すべてが背負わなければならない帰結をもたらす。」と指摘したうえで、「人々が行動すれば、気候変動をもたらしている要素を反転させることができる。」と語った。

IPCC最新報告書は、前回出された7年前以降に世界で起こった環境の変化を考慮に入れ、(産業革命前に比べて世界の平均気温が)「1.5度以上の上昇」に伴って起きる最悪の環境災害を避けるために今後急速に温室効果ガスを削減する必要性を強調した。豪州の現在の削減目標は、2~3度の気温上昇を引き起こしてしまうもので、IPCC報告書は自然災害の連鎖を引き起こすレベルだと警告している。

僅か1年前、豪州ではこの100年で最悪の山火事が発生し、推定34人が死亡、1860万ヘクタールが焼け、農地や地域コミュニティーに数十億ドルの損害を出した。今年初めには、豪州政府が世界遺産であるグレートバリアリーフを「危機遺産」に格下げする勧告をユネスコから受けたが、強力なロビー活動を展開してかろうじてその動きを阻止することに成功している。

Photo: Australian bushfires: Source: East Asia Forum

他方、豪州で「ブラバス鉱業資源」として運営されているインド企業「アダニ」社は、クイーンズランド州で地域社会からの激しい反対運動にあっている。同社は6月、カーマイケル炭鉱の操業を始めており、インドへの初めての海上輸送が今年末に開始されると発表した。年間1000万トンの石炭を輸出するだけの買い手はすでに確保されており、この石炭は「クリーンエネルギー」ミックスに資する高品質の石炭であると同社は主張している。「インドは必要なエネルギーを手にし、豪州はこの中で雇用と経済的な利益を手にする」とブラバス社のCEOデイビッド・ボショフ氏はウェブサイトで述べている。

IPCC報告書が発表される以前ですら、モリソン政権のスタンスは、世界を救うために豪州の納税者に負担を強いるようなことはしない、インドや中国のような国々がグローバルな温室効果ガス削減のためにより大きな役割を果たすべきだ、というものであった。

豪州石油生産探査協会のアンドリュー・マコンビル会長が『シドニー・モーニング・ヘラルド』に寄せた文章は、こうしたモリソン政権の立場を反映したのものだ。マコンビル会長は、豪州の石油産業は、彼が言うところの「クリーンエネルギーミックス」を提供するものであり、単純に炭化水素を禁止して楽観できるものではない、というのである。

「あまりにも長い間、気候変動をめぐる議論は単純な『善悪対立』のそれであった」「SUV車に乗るのを諦め、飛行機で世界を旅するのをやめ、働き方や料理・暖房の仕方を変える、―それに資源産業全体を参加させろ。さもなくば排出実質ゼロは達成できないというものであった。」とマコンビル会長は指摘した。

マコンビル会長はまた、石油産業がなくなれば、政府は「病院や警察署、道路、学校を建設する」ための同産業からの納税660億ドル、農村開発に必要な投資4.5億ドル、8万人の直接・間接雇用が失われると主張した。

マコンビル会長は、温室効果ガス削減技術に関する産業からの利益を得て操業を多様化することを示唆しながら、石油産業は排出削減技術に多くの投資を行っていると述べた。なぜなら、「もし排出を減らそうと思うのなら、中国やインドのような主要な排出国においてより多くの対処が求められる」からだ。

IPCC報告の主要な著者の一人であるカンタベリー大学のブロンウィン・ハーワード教授は、先進国には行動へのプレッシャーがかかっており、11月にグラスゴーで開かれる第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)において耳障りのいい発言をするだけではもはや十分ではない、と述べた。同教授はまた、「もし世界が私たち(ニュージーランド)と同じ行動を取ったとしたら、地球の温度は3度上昇する。」と指摘したうえで、「必要なのは、都市での公共交通の無償提供、渋滞税の導入、カーボンニュートラルな雇用の創出などの行動をとることだ。」と語った。

「したがって、考えをつなぎ合わせ、社会開発省がやっていることを環境省とつなぎあわせ、人々のために意味のある新しい低炭素経済とはどんなものかを考え始めなくてはならない。」と、ハーワード教授は論じた。

Photo Credit: climate.nasa.gov
Photo Credit: climate.nasa.gov

太平洋地域の科学機構である「パシフィック・コミュニティ」の上級顧問であるコーラル・パシシ氏は、「この地域にとってこれからの10年がカギを握る」と指摘したうえで、「今日までになされた研究の全てが、気温が1.5度以上上昇すれば大変なことになると示している。そして、つい最近まで、各国が公約を果たしたとしても、今後10年以内に2.5度以上上昇してしまうことが明らかになっている。」と警告した。

「もし2度以上上昇すれば、世界のサンゴ礁の99%が死滅することになるだろう。これに食料を依存している太平洋地域の人々の生態系全体に影響を及ぼすことになる。」パシシ氏は語った。(原文へ

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日本政府は、核抑止に代わる新しい考え方、安全保障の基盤を率先して考えていくべき(斉藤鉄夫公明党副代表インタビュー)

【東京IDN=浅霧勝浩】

広島と長崎は、8月6日と9日に、核兵器禁止条約が今年1月22日に発効してから初の「原爆の日」を迎える。国際法に初めて「核兵器は違法」の規範が確立した歴史的偉業の背景には、ヒバクシャをはじめ様々な市民社会による積極的な貢献があった。

米国の核の傘に安全保障を依存している日本政府は、これまでのところ核兵器禁止条約に加盟しない立場をとっている。しかし、2020年中旬から21年1月の間に日本で実施された世論調査によると、明らかに大多数(最高値で72%)の国民が、日本政府は核禁条約に加盟すべきと回答していた。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

こうした状況を背景に、連立与党を組む公明党からも、日本政府に対して、核抑止に代わる新しい考え方、安全保障の基盤を率先して考え、核兵器禁止条約の第一回締約国会合にも、少なくともオブザーバーとして当初から参加するよう求める声がでてきている。

インデプスニュースの浅霧勝浩アジア・太平洋総局長の電子メールによるインタビューに対して、斉藤鉄夫公明党副代表は、日本は唯一の戦争被爆国という立場であり、核禁条約参加への世界からの理解を得られるよう努力すべきだと語った。

インタビューの全文は次の通り:

浅霧:高校時代、そして公明党広島県本部代表として18年間を広島で過ごされていますね。広島の有権者からは「なぜ被爆国である日本が核禁約に参加できないのか」との声が続いていると伺っています。この重要な疑問に対して、どのように回答されてきたのでしょうか。

斉藤:個人的には「核禁条約に参加すべき。それがすぐできないのであれば少なくとも当初から締約国会議にオブザーバー参加すべき。」と考え、そのように国会で主張してきました。と、同時に核抑上論をベースとした日米安保条約に日本の安全保障を委ねている日本政府として条約への参加を躊躇していることは理解できないわけではない、とも感じているところです。

浅霧:公明党は連立与党の一員として、発効済みである同条約の締約国会議にオブザーバー参加をと政府に訴えています。その締約国会議は2022年1月に開催予定となっております。まさに公明党は、日本が被爆国としての役割を果たそうとするならば、同条約と真摯に向き合い受け入れるべきとの立場を取っているわけですが、その訴えに対する日本の行動を阻んでいるものは何であるとお考えでしょうか。

斉藤:上記に述べたように、隣国に価値観を共有しない核保有国を持つ極めて厳しい安全保障環境の中で日本の安全保障をアメリカの核の傘に全面的に依存しているという現実が、条約への参加を阻んでいる最大の障壁と考えています。しかし日本は唯一の戦争被爆国という立場であり、条約参加への世界からの理解を得られるよう努力すべきと考えます。

Tetsuo Saito, Vice Representative of Komei Party Credit: Tetsuo Saito

浅霧:中満泉国連事務次長も「日本は世界唯一の戦争被曝国として、核禁条約に関する対話に参加する機会を逃すべきではない」と述べています。連立与党のパートナーである自民党は、中満氏の言葉には心を動かされなかったのでしょうか。

斉藤:自民党の中にも中満氏の発言に賛同される方はいらっしゃいます。そういう方と連携していきたいと考えています。

浅霧:政府がこういった訴えに耳を傾けるよう働きかける計画はおありでしょうか。

斉藤:令和3年2月22日(月)の予算委員会での私の質問に対する茂木敏充外務大臣の答弁は画期的なものでした。即ち、核抑止論を越える新しい考え方について考えていかなければならない、というものでした。議論の糸口がつかめたと考えています。

核禁条約の締約国会議では、例えば「被爆者」の定義など、ヒロシマ、ナガサキの経験を持つ日本人だからこそ正確な議論に貢献できる分野がたくさんあります。これは核保有国にとっても知りたい議論だと考えます。少なくとも当初から日本はオブザーバー参加すべきです。(原文へ

INPS Japan

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核兵器禁止条約に一刻も早く批准を(松井一實広島市長)

広島市は毎年8月6日に、原爆死没者への追悼とともに核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を願って平和記念式典を行い、広島市長が「平和宣言」を世界に向けて発表している。これは、広島・長崎の悲惨な体験を再び世界の人々が経験することのないよう、核兵器をこの地球上からなくし、いつまでも続く平和な世界を確立しようとする広島の取組みの一環である。

【広島IDN=松井一實】

76年前の今日、我が故郷は、一発の原子爆弾によって一瞬で焦土と化し、罪のない多くの人々に惨たらしい死をもたらしただけでなく、辛うじて生き延びた人々も、放射線障害や健康不安、さらには生活苦など、その生涯に渡って心身に深い傷を残しました。

被爆後に女の子を生んだ被爆者は、「原爆の恐ろしさが分かってくると、その影響を思い、我が身よりも子どもへの思いがいっぱいで、悩み、心の苦しみへと変わっていく。娘の将来のことを考えると、一層苦しみが増し、夜も眠れない日が続いた。」と語ります。

「こんな思いは他の誰にもさせてはならない」、これは思い出したくもない辛く悲惨な体験をした被爆者が、放射線を浴びた自身の身体の今後や子どもの将来のことを考えざるを得ず、不安や葛藤、苦悩から逃れられなくなった挙句に発した願いの言葉です。被爆者は、自らの体験を語り、核兵器の恐ろしさや非人道性を伝えるとともに、他人を思いやる気持ちを持って、平和への願いを発信してきました。

こうした被爆者の願いや行動が、75年という歳月を経て、ついに国際社会を動かし、今年1月22日、核兵器禁止条約の発効という形で結実しました。これからは、各国為政者がこの条約を支持し、それに基づき、核の脅威のない持続可能な社会の実現を目指すべきではないでしょうか。

今、新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、人類への脅威となっており、世界各国は、それを早期に終息させる方向で一致し、対策を講じています。その世界各国が、戦争に勝利するために開発され、人類に凄惨な結末をもたらす脅威となってしまった核兵器を、一致協力して廃絶できないはずはありません。持続可能な社会の実現のためには、人々を無差別に殺害する核兵器との共存はあり得ず、完全なる撤廃に向けて人類の英知を結集する必要があります。

核兵器廃絶の道のりは決して平坦ではありませんが、被爆者の願いを引き継いだ若者が行動し始めていることは未来に向けた希望の光です。あの日、地獄を見たと語る被爆者は、「たとえ小さなことからでも、一人一人が平和のためにできることを行い、かけがえのない平和を守り続けてもらいたい。」と、未来を担う若者に願いを託します。これからの若い人にお願いしたいことは、身の回りの大切な人が豊かで健やかな人生を送るためには、核兵器はあってはならないという信念を持ち、それをしっかりと発信し続けることです。

若い人を中心とするこうした行動は、必ずや各国の為政者に核抑止政策の転換を決意させるための原動力になることを忘れてはいけません。被爆から3年後の広島を訪れ、復興を目指す市民を勇気づけたヘレン・ケラーさんは、「一人でできることは多くないが、皆一緒にやれば多くのことを成し遂げられる。」という言葉で、個々の力の結集が、世界を動かす原動力となり得ることを示しています。

為政者を選ぶ側の市民社会に平和を享受するための共通の価値観が生まれ、人間の暴力性を象徴する核兵器はいらないという声が市民社会の総意となれば、核のない世界に向けての歩みは確実なものになっていきます。

被爆地広島は、引き続き、被爆の実相を「守り」、国境を越えて「広め」、次世代に「伝える」ための活動を不断に行い、世界の165か国・地域の8000を超える平和首長会議の加盟都市と共に、世界中で平和への思いを共有するための文化、「平和文化」を振興し、為政者の政策転換を促す環境づくりを進めていきます。

核軍縮議論の停滞により、核兵器を巡る世界情勢が混迷の様相を呈する中で、各国の為政者に強く求めたいことがあります。それは、他国を脅すのではなく思いやり、長期的な友好関係を作り上げることが、自国の利益につながるという人類の経験を理解し、核により相手を威嚇し、自分を守る発想から、対話を通じた信頼関係をもとに安全を保障し合う発想へと転換するということです。

そのためにも、被爆地を訪れ、被爆の実相を深く理解していただいた上で、核兵器不拡散条約に義務づけられた核軍縮を誠実に履行するとともに、核兵器禁止条約を有効に機能させるための議論に加わっていただきたい。

日本政府には、被爆者の思いを誠実に受け止めて、一刻も早く核兵器禁止条約の締約国となるとともに、これから開催される第1回締約国会議に参加し、各国の信頼回復と核兵器に頼らない安全保障への道筋を描ける環境を生み出すなど、核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たしていただきたい。

また、平均年齢が84歳近くとなった被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により、生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、黒い雨体験者を早急に救済するとともに、被爆者支援策の更なる充実を強く求めます。

本日、被爆76周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と手を取り合い、共に力を尽くすことを誓います。(原文へ

INPS Japan

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「私たちの証言を聞き、私たちの警告を心に留めなさい。」(サーロー節子、反核活動家)

東京オリンピックに合わせ、若者向け映像「核のゲーム」発表

【ニューヨークIDN=タリフ・ディーン】

日本の首都で7月23日に始まった東京オリンピックが広くテレビで映し出されているが、東京で行われているイベントはそれだけではない。

五輪開会式に合わせて、非政府組織(NGO)や反核活動家、青年リーダーたちが、核の歴史と核兵器及び核エネルギーのリスクと影響に関する革新的な映像・オンラインプラットフォーム「核のゲーム」を発表した。

世界の9カ国(米国・英国・フランス・中国・ロシア・インド・パキスタン・北朝鮮・イスラエル)が核軍拡競争に再び興じて、平和と人道というオリンピックの原則にもとる騙し合いの戦いを長きにわたって行ってきたことが、このイニシアチブが立ち上げられた背景にあるのだろう。

Arms Control Association

このイニシアチブの主催団体は、「『核のゲーム』は、コロナ禍のために無観客でオリンピックを主催している日本を含む各国政府が、意図的に過小評価しようとしている核の問題に光を当てたものだ。」と述べた。

日本は1945年に原爆投下を経験し、2011年には世界でも未曽有の原発事故も体験した。今もその深刻な影響から立ち直っていない。

「核のゲーム」は、マンガ、歴史的映像、双方向のオンラインコンテンツを組み合わせた主に若い視聴者の取り込みを狙った構成で、キューバミサイル危機チェルノブイリ原発事故、ウラン採掘や核実験の被害者、北朝鮮の核計画といった核の問題を扱っている。

「核のゲーム」を見たタリク・ラウフ元国際原子力機関検証・安全保障政策局長はIDNの取材に対して、「若い女性のプレゼンターがプロジェクト立ち上げの際に語った言葉が印象的だった。」と語った。

ラウフ氏は、「核兵器の問題に関する多くの集まりでは、参加者はほとんどが若い人々よりも30歳以上年配者だった。」というこのプレゼンターの言葉を引用した。

「ニュース番組の報道や学術スタイルに比べて、マンガがより効果的に使われている。今日のビジュアル的な素材は、活字をかなりの程度まで上回っている。」とラウフ氏は指摘した。

核の危険が増し永続化する中で、冷戦期の核軍拡競争や核紛争があと一歩で起こりかねなかった現実を目の当たりにした人々の話を語ることは重要だ、とラウフ氏は語った。

Tariq Rauf
Tariq Rauf

しかし、気候変動と森林破壊が続く中では、核兵器を核エネルギーと混同することは賢明ではない、とラウフ氏は警告した。

バンダ・プロスコワ氏はスター的な存在だ。昨年10月に『核軍縮に関する国連ハイレベル会合』の場で若者代表として発言した。インタビューする価値のある人物だ。」

プロジェクト立ち上げイベントで基調講演をしたケカシャン・バス氏にしてもそうだ。バス氏も(3年前の)「核軍縮に関する国連ハイレベル会合」で青年代表として発言している。

この時のスピーチは以下で聞くことができる。(映像

このNGO連合はプレスリリースで、核の危険と緊張は今日強まっていると述べた。米国防総省によると、核戦争のリスクは増している。『原子力科学者会報』の2021年の「世界終末時計」の針は、依然として「真夜中(=地球絶滅)まで100秒」を指している。前回真夜中に向けて時計の針が進められたのは2020年のことだ。

「しかし多くの若者はキューバミサイル危機なんて知らないし、まして、1962年当時よりも今の方が核の危険が増している事実は知られていない。」「だからこのような核をめぐる教育の取り組みが重要なのです。事実と歴史を知れば、多くの若者たちが行動に移りたいと思うでしょう。」とバンダ・プロスコワ氏は語った。彼女は「ユース・フュージョン」を主宰し、核問題について活動する国際法専攻の大学院生である。

「『核のゲーム』は核軍縮に若者を巻き込むための素晴らしいツールです。」とプロスコワ氏は語った。彼女は「持続可能な安全のためのプラハビジョン研究所」の副所長でもあり、「核不拡散・軍縮議員連盟」ジェンダー・平和・安全保障プログラムの共同責任者でもある。

「核のゲーム」は、双方向ビデオブック作りのパイオニアであるスイスのドクマイン社が制作し、「バーゼル平和事務所」「ユース・フュージョン」「会的責任を果たすための医師団スイス支部」「世界未来評議会」が後援した。

英語版とドイツ語版があり、普段は政治関連のドキュメンタリーを見たり反核運動に加わったりはしないような、通常とは違ったターゲットを念頭に置いている。

「若い人たちへの反響があることでしょう。若者の多くが、核の惨事やニアミス、現在も続いている脅威や影響など、『核のゲーム』が伝える歴史を知らないですから。」

この動画のダイジェストはここから見ることができる。

「平和・軍縮・共通安全保障キャンペーン」の代表で、「国際平和ビューロー」副代表のジョセフ・ガーソン氏はIDNの取材に対して、「76回目の広島・長崎原爆記念日を迎えるにあたり、この動画が、現在も続く核兵器の危険性に焦点を当てていることを評価したい。また、この動画に関するプレスリリースが、パンデミックの最中で五輪を開く偽善について指摘していることも評価したい。」と語った。

Joseph Gerson
Joseph Gerson

ガーソン氏は、日本政府はオリンピックのために数兆円を使い、大半の国民の意見に反して開催を強行したと語った。

「日本の人口のわずか4分の1しかコロナワクチンを接種していない。世界で最も進んだ軍隊の一つを構築するお金をワクチンの開発・購入に充てることができていたら、今日どれだけの人々が生き残ることができたかを考えてみなくてはならない。日本の有権者が、この秋の総選挙の時にこのことを念頭に置いてくれるといいのだが。」とガーソン氏は主張した。

7月23日のオリンピック開会式に向けたオリンピックの聖火リレーのルートは(復興への思いも込めて:INPSJ)福島県各地(原子炉があった町を抜け、原発事故によって放棄された近隣の町を含む)も通った。野球とソフトボールの競技は福島県内のスタジアムで行われている。

しかし「核のゲーム」プロジェクトの創始者でバーゼル平和事務所の所長でもあるアンドレアス・ニデッカー氏は、「これは、原発事故の影響を小さく見せ、福島で今も続く影響と、安全への脅威を無視するものだ。オリンピックを視聴している数十億人が、『福島は大丈夫。メルトダウンはすぐに抑え込まれた。』というメッセージを受け取っているが、将来的に核の惨事を起こさないために、核の危険に関する基本的なリテラシーを高める教育を世界的に展開すべきだ。」と語った。(原文へ

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人類にとっての厳戒警報—摂氏1.5度を超える差し迫った危険

【ニューヨークIDN=アントニオ・グテーレス】

地球温暖化の科学的根拠をまとめたIPCCの作業部会報告書(第6次評価報告書)に関するグテーレス国連事務総長の声明を紹介した記事。同報告書は、現時点で地球の温度はすでに産業革命以前のレベルから1.1度上昇しており、今後二酸化炭素の排出量が大幅に減らなければ21世紀中に、地球温暖化は摂氏1.5度及び2度を超えるとの判断を示した。グテーレス事務総長は、「この報告書は、人類への赤信号」だと指摘したうえで、「私たちが今、力を結集すれば、気候変動による破局を回避できる。しかし今日の報告がはっきり示したように、対応を遅らせる余裕も、言い訳をしている余裕もない。各国政府のリーダーとすべての当事者が、11月にグラスゴーで開催予定のCOP26の成功を確実にしてくれるものと頼りにしている。」と語った。(原文へ

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【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

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日本政府は、核抑止に代わる新しい安全保障政策を率先して考えていくべき(斉藤鉄夫公明党副代表インタビュー)

【東京IDN=浅霧勝浩

広島と長崎は、8月6日と9日に、核兵器禁止(核禁)条約が今年1月22日に発効してから初の「原爆の日」を迎える。国際法に初めて「核兵器は違法」の規範が確立した歴史的偉業の背景には、ヒバクシャをはじめ様々な市民社会による積極的な貢献があった。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

米国の核の傘に安全保障を依存している日本政府は、これまでのところ核禁条約に加盟しない立場をとっている。しかし、2020年中旬から21年1月の間に日本で実施された世論調査によると、明らかに大多数(最高値で72%)の国民が、日本政府は核禁条約に加盟すべきと回答していた。

こうした状況を背景に、連立与党を組む公明党からも、日本政府に対して、核抑止に代わる新しい考え方、安全保障の基盤を率先して考え、核禁条約の第一回締約国会合にも、少なくともオブザーバーとして当初から参加するよう求める声がでてきている。

インデプスニュースの浅霧勝浩アジア・太平洋総局長の電子メールによるインタビューに対して、斉藤鉄夫公明党副代表は、日本は唯一の戦争被爆国という立場であり、核禁条約参加への世界からの理解を得られるよう努力すべきだと語った。

インタビューの全文は次の通り:

浅霧:高校時代、そして公明党広島県本部代表として18年間を広島で過ごされていますね。広島の有権者からは「なぜ被爆国である日本が核禁約に参加できないのか」との声が続いていると伺っています。この重要な疑問に対して、どのように回答されてきたのでしょうか。

斉藤:個人的には「核禁条約に参加すべき。それがすぐできないのであれば少なくとも当初から締約国会議にオブザーバー参加すべき。」と考え、そのように国会で主張してきました。と、同時に核抑上論をベースとした日米安保条約に日本の安全保障を委ねている日本政府として条約への参加を躊躇していることは理解できないわけではない、とも感じているところです。

浅霧:公明党は連立与党の一員として、発効済みである同条約の締約国会議にオブザーバー参加をと政府に訴えています。その締約国会議は2022年1月に開催予定となっております。まさに公明党は、日本が被爆国としての役割を果たそうとするならば、同条約と真摯に向き合い受け入れるべきとの立場を取っているわけですが、その訴えに対する日本の行動を阻んでいるものは何であるとお考えでしょうか。

斉藤:上記に述べたように、隣国に価値観を共有しない核保有国を持つ極めて厳しい安全保障環境の中で日本の安全保障をアメリカの核の傘に全面的に依存しているという現実が、条約への参加を阻んでいる最大の障壁と考えています。しかし日本は唯一の戦争被爆国という立場であり、条約参加への世界からの理解を得られるよう努力すべきと考えます。

Tetsuo Saito/ Komeito
Tetsuo Saito/ Komeito

浅霧:中満泉国連事務次長も「日本は世界唯一の戦争被曝国として、核禁条約に関する対話に参加する機会を逃すべきではない」と述べています。連立与党のパートナーである自民党は、中満氏の言葉には心を動かされなかったのでしょうか。

斉藤:自民党の中にも中満氏の発言に賛同される方はいらっしゃいます。そういう方と連携していきたいと考えています。

浅霧:政府がこういった訴えに耳を傾けるよう働きかける計画はおありでしょうか。

斉藤:令和3年2月22日(月)の予算委員会での私の質問に対する茂木敏充外務大臣の答弁は画期的なものでした。即ち、核抑止論を越える新しい考え方について考えていかなければならない、というものでした。議論の糸口がつかめたと考えています。

核禁条約の締約国会議では、例えば「被爆者」の定義など、ヒロシマ、ナガサキの経験を持つ日本人だからこそ正確な議論に貢献できる分野がたくさんあります。これは核保有国にとっても知りたい議論だと考えます。少なくとも当初から日本はオブザーバー参加すべきです。(原文へ

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洪水と旱魃ーそして銃器ーにより加速する広範な飢餓

【ニューヨークIDN=タリフ・ディーン】

国連の食糧援助機関(FAOとWFP)が発表した世界の飢餓状況は国連をして「ホラー映画を見ているような状況だ」を言わしめた衝撃的な内容だった。極端な不平等、紛争・内戦、援助資金不足、気候変動等の影響により2020年に飢餓に直面した人口は、前年から1.6億人増えて7.2~8.1億人にのぼり、2021年は新型コロナ(それに続くデルタ株の蔓延)のパンデミックの影響で一層悪化している。なかでも気候変動の影響は確実に迫ってきており、国連の報告によると、マダガスカルは、極端な気候が原因で飢餓状態に陥った最初の国となった(同国南部では続く旱魃で食料が枯渇し、生き残った人々はイナゴやサボテンの葉、泥まですする事態に追い込まれている。)(文へFBポスト

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【ルンド(スウェーデン)IDN=ジョナサン・パワー】

20世紀末に亡くなる直前、偉大なる思想家アイザイア・バーリンは、「欧州にとって最悪の世紀だった。フン族襲来の時代よりも悪かったのではないか。なぜか?ナショナリズムは現代に蘇ったものではない。それは元々死んではいないからだ。人種差別にしてもそうだ。多くの社会体制を超えて、これらは今日の世界において最も強力な運動となっている。」と語った。

バーバード大学教授だった故ダニエル・パトリック・モイニハンはその著書『パンデモニアム』の中で、「第一次世界大戦がはじまった1914年に存在し、それ以来暴力によって政府形態を変更していない国は、現在の世界では7つしか残っていない」と書いている。米国・英国・オーストラリア・カナダ・スイス・スウェーデン・ニュージーランドがそうである。

「来る時代における紛争形態で支配的になるのは民族紛争だ。それは野蛮なものになるだろう。今後50年間で50の国が新たに誕生するかもしれない。そのほとんどが、流血の事態の結果として生まれることになろう。」とモイニハンは記している。

この加速度的に力を増す民族自決をみて、ビル・クリントン米大統領期の国務長官だったウォーレン・クリストファーは、もう降参といった様子でこう嘆いた。「一つの国で異なる民族集団が共存する道を見出すことができないならば、いったいどれだけの国が必要になるのか? きっと5000は必要だ。」

Charter of the United Nations and Statute of the International Court of Justice.

しかし、何が問題なのだろうか。1000の花が咲けばいいのではないか。残念ながらそれは単純に過ぎる。そんなことが起きるのは阻止しなくてはならない。難しいのは、AからBへと戦争なしに移行するのが難しいという人間の心理である。困ったことは、1990年代の旧ユーゴスラビアや今日のソマリア、ミャンマー、シリア、イエメンがそうであるように、より大規模で支配的な民族集団は、国内の少数民族集団が自治を獲得したり独立して国が小さくなるのを好まないということだ。かりに分離に成功したところで、世界の他の国々がそれを承認するだろうか? コソボに関してそうであったように、承認は、今日の国際法において最も難しいトピックだと見なされている。

国連憲章は「人民の自決」を承認している。しかし、主権という長きにわたって保たれてきた原則を相当程度に損なうものでもあるため、この民族自決権を適用してその結果を受け入れることは、国際法学者を二分する問題になっているのである。

概して、ほとんどの場合において、諸国のコミュニティは国際連盟の意見を基に動いてきた。1920年、バルト海にあるオーランド諸島のスウェーデン系住民が、フィンランドからの「自決」を認めよと国際連盟に要請し、連盟はこの要請を検討した。連盟の顧問らは「それが彼らの望みであるとか大きな喜びであるとかいったことを理由に、言葉の問題にしても、宗教の問題にしても、あるいは人口の一部分に対して、自らの属している社会からの離脱の権利をマイノリティに対して認めることは、国家の中の秩序と安定を破壊し、国際社会に無政府状態を生み出すことになろう」と述べている。

安保理五大国の連帯

1960年代、分離・独立を求める東部州(自称ビアフラ共和国)の武力反抗をナイジェリアが鎮圧する権利を、本国での批判の強まりを受けて英国政府が支持したのはこのためだ。今日、安保理の五大国がイラクやシリア、ソマリアの領土の一体性を主張しているのもこのためである。安保理五大国によるこの立場は、民族自決の常識に反すると思われる、国を持たない最大の民族集団クルド人問題についてでさえ同じである。

Dr. Lyle Conrad – Centers for Disease Control and Prevention, Atlanta, Georgia, USAPublic Health Image Library (PHIL); ID: 6901,Public Domain

しかし、明らかに態度に変容がみられる。米国と欧州連合は、スペインやロシアの反対にも関わらず、コソボの独立を強く後押しした。スペイン政府は、独立をめざすバスク地方のテロリストと、カタルーニャ州の激しい独立運動に直面して、国の統一が脅かされることを恐れていた。かたや、コソボの独立に反対票を投じたロシアは、世界各地のマイノリティも同じことを主張するようになるかもしれないと論じていたが、その数年後には、クリミア半島に侵略してウクライナから分離併合した。ロシアが自らの行動を正当化するコソボの先例がなかったら侵略などしなかったのではないかと思う人もあるかもしれないが、そんなことはないだろう。

西側諸国は1920年の立場からどれだけ変わったのだろうか? いったん球が転がり始めたら、クリストファー国務長官が警告したように、その球はいったいどこで止まるのだろうか? 民族紛争が勃発するためには、フロイトが「ナルシスト的に小さな違い」と呼んだように、大きな違いは必要なく、ほんのわずかの違いでよいのである。

国連は、西サハラの統治を目指してモロッコと闘うポリサリオや、ロシアのチェチェンの抵抗勢力、ミャンマーにおけるシャン族の反乱、シリア軍に包囲されたイドリブの人々、あるいは、インド北東部の一部分の独立をめざして戦っている人々を承認するのだろうか。リストはどこまでも続く。

今後ますます大きな問題になるかもしれない民族紛争について、私がながく考えてきたことは、国際民族紛争裁判所の設置というアイディアである。

分裂しようとしている国、あるいは脅威にさらされている民族集団がこの裁判所に訴え、人権宣言の原則が順守されているかどうかを問う判決を求めるのである。行政の境界線は公正なものか? 多数を占める民族が少数民族に与えた言語や教育、政治的代表の権利は適正なものか? 状況をより公正なものにするために裁判所が提示することのできる、法律や行政の改善案はあるか?

実際のところ、1920年代のオーランド諸島紛争の際に仲介者が行ったことがこれなのである。当時、これはきわめて大きな問題だった。しかし今日ではそうでもない。当時は国際連盟の裁定(新渡戸裁定)により、オーランド諸島はフィンランド領のままだが、島民がスウェーデン語を使う権利は強められている。

UN Photo
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民族紛争裁判所は、21世紀を流血の事態から救うかもしれない。50の新たな紛争、あるいは、50の新たな国の誕生は必要なくなる。(原文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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国連、サイバー犯罪撲滅と、平和と安全の確保を誓う

【ニューヨークIDN=J・ナストラニス】

デジタル技術の進化が人間の生活を革新しつづける中、国連が「将来世代の安全を危機に晒しかねない」悪意のある技術に「警戒し続ける」よう呼びかけている。現在、世界には46億人以上のインターネットユーザーがいる。

したがって、国連のミシェル・バチェレ人権高等弁務官が7月19日に次のように述べたことは驚くにあたらない。「さまざまな国でジャーナリストや人権活動家、政治家などを監視するためにスパイウェア『ペガサス』が広範に使用されていたことが明らかになったが、極めて懸念すべきことだ。人権を侵害する監視技術の濫用に対する最悪の懸念を確認した形だ。」

国連で軍縮を担当する中満泉事務次長は、平和と安全に関する国連安保理の最近の会合で「デジタル技術はますます、既存の法的・人道的・倫理的規範に制約を与え、不拡散、国際の安定、平和と安全に制約を与えるようになってきている」と述べたが、この発言のもつ重要性が際立ってきた。

Photo: Michelle Bachelet of Chile, newly-appointed as the next UN High Commissioner for Human Rights by Secretary-General António Guterres. UN Photo/Jean-Marc Ferre.
Michele Bachelet, Presidente of Chile speaks during Special Session of the Human Rights Council. 29 March 2017. UN Photo / Jean-Marc Ferré

中満氏はさらに、デジタル技術は、アクセスへの障壁を引下げ、国家や非国家主体に国境を越えた攻撃能力を与えることで、紛争の新たな領域を開きかねないと述べた。

2022年までに285億台のネットワークデバイスがインターネットに接続されると推測されているが、これは2017年の180億台よりも格段に増えていると中満氏は指摘する。

最近では、意図的に誤った情報を流したり、故意にネットワーク障害を引き起こす等、情報通信技術(ICT)を標的とした悪意のある事件が急増し、国家間の不信を増大させ、各国が依存する重要なインフラを危機に晒している。

中満氏は、新型コロナ感染症のパンデミック下で医療施設に対するサイバー攻撃が増えていることへのアントニオ・グテーレス国連事務総長の懸念を想起しつつ、こうした攻撃を予防し撲滅するよう、国際社会に一層の努力を訴えた。

「オンラインによる暴力的過激主義や人身取引きは、サイバー上のストーキング行為や親密なパートナーからの暴力、親密者の情報や画像を同意なしに拡散する行為といった他のICT関連の脅威と同様に、しばしば見過ごされがちな悪影響を、女性や男性、子どもに及ぼしている。」

デジタル領域の意思決定における男女の「平等で完全、かつ効果的な参加」が優先されるべきだと中満氏が述べるのはこのためだ。

サイバー犯罪との闘い

ICTの脅威が高まる中、それに対処するための取り組みも強化されている。10年以上にわたって、政府レベルの専門家グループが、国際安全保障に対するICTの既存および新規の危険性を研究し、それに対処する方法、例えば信頼醸成措置や能力開発、協力措置などを勧告してきている。いわゆる「公開作業グループ」は「具体的で行動指向の勧告」を採択していると国連当局は述べている。

他方で、地域機関も取り組みを進めている。国家が自発的で法的拘束力のない規範を採択することから、地域での信頼醸成措置の発展、ICTリスク軽減のための地域的ツールの採択などがここには含まれる。

国際安全保障を守る第一義的な責任主体は国家である。しかし、ICTは社会の統合的な部分であり、そこへの参加者もまた、安全なサイバースペースを守るための役割を担っていると国連人権高等弁務官は語った。

「民間部門や市民社会、学界からの視点が、国際社会が求めているサイバーセキュリティへの集団的な解決策に独自かつ重要な要素を与えることになるだろう。」

UN Secretary General’s Roadmap for Digital Cooperation

中満氏は、平和的なICT環境を促進するにあたって国連は「国家やその他の主体を支援する用意がある」と述べ、国連事務総長の「デジタル協力に関するハイレベルパネル」とその後の円卓会議について指摘した。

2020年6月11日、グテーレス事務総長は、あらゆる人々が接続でき、尊重され、保護されるデジタル社会を構築するために国際社会が取るべき行動について勧告した。国連事務総長の「デジタル協力へのロードマップ」は、インターネットや人工知能(AI)、その他のデジタル技術に関連した幅広い問題に対処する、多くの当事者による長年に亘るグローバルな取り組みの帰結である。

行動指向のこのロードマップは、次のような領域において、グローバルなデジタル協力を促進する多様な利害関係者による具体的な行動を勧告している。

・2030年までの普遍的な接続の確立:誰もがインターネットへの安全かつ安価な接続を可能とすること。

・より公正な世界を導くデジタル公共財の促進:インターネットのオープンソース化を促進し、公的な起源を取り込み支持すること。

・社会的弱者も含めてすべての人々にデジタル技術を提供する:開発を促進するために、現在はサービスを受けていない集団もデジタルツールに平等にアクセスする必要がある。

・デジタル能力開発の強化:スキル開発と訓練が世界中で必要。

・デジタル時代における人権の擁護:人権がオンライン・オフライン両方で適用されること。

・信頼でき、人権を基盤とし、安全で、持続可能で、平和を促進するような人工知能に関してグローバルレベルでの協力を支援する。

・デジタルの信頼と安全を促進:持続可能な開発目標を前進させるグローバルな対話を呼びかけ。

・デジタル協力へのより効果的な仕組みの構築:デジタルガバナンスを優先し、国連のアプローチに焦点を当てる。

国連事務総長の「ロードマップ」は、「デジタル協力に関するハイレベルパネル」の勧告と、加盟国・民間部門・市民社会・技術者・その他の利害関係者からの意見を基にしている。

中満氏は、国連事務総長の「軍縮アジェンダ」もまた、「既存の法的・人道的・倫理的規範や、不拡散、平和と安全」に対する挑戦となっている新世代の技術に対処するものであると指摘した。

Photo: Izumi Nakamitsu, the UN High Representative for Disarmament Affairs (UNODA). Credit: UNODA

軍縮アジェンダは、平和目的の技術革新に関して科学者や技術者、産業界と協力し、「サイバースペースにおける責任ある行動に関する新たな規範やルール、原則に関するアカウンタビリティと遵守の文化を生み出す」ために加盟国と関与することを呼びかけた。

デジタル空間が日常生活のほとんどの側面を支えるようになっているなか、ICTがサイバー攻撃された場合の被害の大きさ広がりは重大な懸念だ、と中満氏は語った。

中満氏は、「意図しない武力対応や事態のエスカレーションなど重大な帰結」を引き起こしかねないサイバー攻撃の責任国を追及する動きや、国々が敵対国の技術利用に対して「攻撃的な態勢」を採用する動き、さらには、非国家主体や犯罪集団が「責任を取ることから高度に逃れた状態で社会を不安定化する能力」を開発する動きに対して、強い警告を発した。(原文へ

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