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著名なケニア人「キクユ語」作家が「ブッカ―賞」にノミネートされる

英国の権威ある文学賞「ブッカ―賞」に初のキクユ語作品「The Perfect Nine」(著者が自ら英訳)がノミネートされたケニア人作家、グギ・ワ・ジオンゴ氏に焦点を当てた記事。植民地政府により母を強制収容所に入れられ、兄がケニア独立を求めた「マウマウ団」に参加、自身も政府による言論弾圧で投獄された経験を持つジオンゴ氏は、「植民地主義からの心の脱却」を唱えてキクユ語作家に転身した。真のアフリカ文学はアフリカ民族諸言語で書かれるべきとの信念を表明している。(原文へ

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コロナ禍が引き起こした船員たちの太平洋諸島への困難な帰還

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=エッカルト・ガルベ】

太平洋の船員たちは、何カ月も母国を遠く離れるのが常だった。しかし、その旅は突如として、多くのドラマとほとんど壮大ともいえるフラストレーションを伴うものとなった。コロナ禍が始まった時、ほとんどいたるところで船員たちは立ち往生した。契約期間を完全に越えても船上に留め置かれ、交代の船員が来るまで待っている者もいた。交代要員が来なければ、船員たちは休みなく働き続けた。また、世界中で渡航制限が行われたために帰宅できない者もいた。感染拡大を抑えるために各国が国境を閉ざすなか、国境を越えた移動は困難になり、高価になり、ときには不可能になった。海で船の乗組員を交代させることは、陸にいるわれわれが見ることのない悪夢となった。これは、われわれが依存する海運による需給連鎖を脅かし、ひいてはグローバル化した貿易全般を脅かした。(原文へ 

昨年秋以降、この船員交代危機によりキリバス出身の船員グループとツバル出身の数名がドイツの主要港ハンブルクに取り残された。ハンブルクには550人近いキリバス人の船員を雇用する海運会社があり、船員たちは、これらの会社が54年前にキリバスのタラワに設立した海洋訓練センターで訓練を受けた。低地の環礁国であるキリバスは、太平洋のただなかの広大な海域に散らばっている。少ない人口の現金収入という点では、オセアニアで最も貧しい国の一つである。近年は漁業権収入の増加により大きな利益をあげているものの、依然としてコプラ(乾燥ココナツ)の輸出、海外からの援助、そして特に船員たちからの送金に依存している。船員の収入はキリバスのGDPの10%近くを占める。

キリバスとツバルは、WHOがパンデミックを宣言した際にいち早く徹底した国境封鎖に踏み切った国であり、今日に至るまで新型コロナの感染が発生していない。しかし、その代償として、学生や船員などの在外キリバス人のほとんどが足留めを食らい、帰国できなくなった。政府は適用除外をほとんど認めず、本国送還便の運航もわずかであった。この状況が長引き、海運会社は、雇用する船員が家族とともに休暇を過ごせるよう、国際海事規則に従って彼らを本国に送還する方法を見つけられなかった。そこで海運会社は、船員を世界中に散らばらせておく代わりに、全員をハンブルクに呼び集めることにした。

太平洋諸島の船員たちは、船ではなく航空便でハンブルクに入った。到着時の天候は寒く、じめじめして、暗く、霧がかっており、船員たちは2週間の隔離期間を経た後、町はずれにあるユースホステルに移され、そこでもまたドイツのコロナ関連の制限措置を厳格に守らなければならなかった。現地に留め置かれた人々はクリスマスまでに100人に達し、中には2年近くも故郷を離れている者もいた。カトリック船員ミッション「ステラ・マリス」(Stella Maris, the Catholic’s Seamen Mission)と(プロテスタントの)ドイツ船員ミッションが彼らの世話をし、靴、暖かい衣服、多少の快適性を提供し、海運会社が費用を支払った。しかし、船員の出身国である太平洋諸国の政府は、彼らを島に帰還させる努力をあまりしていないように見えた。恐らく、それによって島国にウイルスが持ち込まれることへの懸念があまりにも大きかったからだろう。

家族と再会できる見込みがまったくないまま外国に留め置かれ、言葉も分からず、不慣れな食べ物を食し、船上の慣れた生活とはあまりにも異なる生活を送ることは、船員たちの心理に深刻な悪影響を及ぼし、アルコール依存症のような問題をもたらした。また、船員たちは仕事を失うことも心配していた。そうなれば故郷の親族は大変なことになる。なぜなら、船員たちは、良い稼ぎがある唯一の働き手だからである。額が減っているとはいえ、小さな島国キリバスにとって、船員たちの送金が国家収入に占める割合はいまなお大きい。

ハンブルク滞在中、現地の人々は「イ・キリバス」(キリバス人)船員たちの運命に関心を持つようになった。おそらく、気候変動の影響によりこれらの環礁国が今後直面する試練も話題になったからであろう。人々は寄付をし、ボランティアが支援をし、医師たちは無償で医療を提供し、「南ドイツ新聞」、「デア・シュピーゲル」、「ディー・ツァイト」といったドイツメディアがリポートし、現地テレビ局が船員たちの運命について月2回の特集番組を放送した。船員たちは、現地のコロナ対策規則を厳守しながら、クリスマスを祝い、教会の礼拝に出席することができた。2021年1月22日に核兵器禁止条約が発効した際、彼らはドイツ人の仲間の助けを借りて平和記念式典を開催し、太平洋地域のさまざまな場所が過去の核実験により被害を受けたこと、そしてこれまでにキリバスとツバルを含む10カ国の太平洋島嶼国が核兵器禁止条約を批准したことを改めて訴えた。厳しい寒さにもかかわらず、式典はユースホステルのガーデンエリアで開催され、伝統的なダンスの素晴らしい演技が披露された。その後、子豚の丸焼きなどのごちそうが振る舞われた。

船員たちにとってハンブルクは安全な避難場所であり、彼らの人数は140人を超えるまでに増えたが、いつになったら帰国できるのかは誰にも見当がつかなかった。夜、島にいる妻や親族とチャットをする中で、彼らはさまざまなうわさが流されていることを知った。そこで彼らは、もっと積極的になり、出身国の政府に圧力をかけることを決めた。ドイツ人司教たちが島嶼国政府の注意を喚起する書簡を送り、大使館が外交レベルで関与を行った。海運会社が再度支援を提供し、キリバス船員の妻と家族の会(Seaman’s Wife and Family Association in Kiribati)もいくぶん声高になった。キリバスは少なくとも2021年3月まで国境を封鎖することを宣言していたが、ツバルは足留めされていた残りの船員たちの本国送還を開始した。3月半ばにはキリバスも後に続き、船員たちはさまざまなルートでフィジーに向けて発つことができた。現在、約300人の船員がフィジーのナンディに足留めされており、キリバスへの定期便の席は確保されていない。この驚くべき旅路からついに帰宅する頃には、彼らは3~5回の検疫や隔離と十数回の検査陰性を経ていることだろう。

彼らと話していると、「なぜ彼らの島の政府は、家に戻りたいという彼らの切羽詰まった要望に対応するのに、こんなにも信じられないほど長くかかったのだろうか?」という疑問が残る。2019年にキリバスが台湾と断交し、突如として北京に忠誠心を切り替えたことを知っているため、この遅さは意図的なものではないかと疑う船員も少なからずいる。船員たちが欧州の海運会社でのまともな仕事を失うことを政府がそれほど気にしていないのだとしたら、彼らはそのうち、中国船や、果てはとんでもない条件を提示し、ひどい賃金を支払う低水準の会社が運航するトロール船や漁船に流れ着くことになるのだろうか? 国際海運業における中国の支配がますます拡大するなか、そのような可能性は、たとえ将来的な懸念に過ぎないとしても、船員たちを怯えさせているようだ。

エッカルト・ガルベは、ハンブルクを本拠とする広報専門家。40年近くにわたり太平洋地域の各地でコンサルタントとして活動しており、特にオセアニアとメラネシアに地理的重点を置いている。その間、ドイツの2国間支援プログラムの責任者を務め、政府、教会、非政府組織との協力を行ってきた。経済学と社会学の学位を有する。

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新型コロナで多くの人々が貧困に

【ジュネーブIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

100年に一度の危機ともいわれる、新型コロナウィルスのパンデミックがもたらした大不況が、2020年の世界経済を直撃した。パンデミックは地球上のあらゆる場所に拡散し、これまでに1億2000万人以上が感染し、270万人近い人々が死亡した。

高い失業率と収入源の喪失により数多くの人々が貧困に陥っている。貧困下に暮らす人々の数は、2020年だけでも1億3100万人も増加したと見られている。このまま推移すれば2030年時点で、依然として7億9700万人が極度の貧困下にあるものと予想されるが、これは世界の全人口の9%にあたる。

国連の『世界経済状況・予測2021』は、「2030年までに極度の貧困を根絶するという持続可能な開発目標(SDG)の第1目標は、達成が困難になるとみられる。サハラ以南のアフリカ諸国や多くの内陸国では貧困が支配的であり続けるだろう。またその他のSDGsも、貧困が拡大する結果、付随的な影響を受けるだろう。」と、警告している。

UNDESA

アフリカは、長期的な開発への大きなマイナスの影響を受けて、これまでにない経済不況を経験しつつある。東アジアでは、2020年に経済成長が急速に鈍化し、アジア金融危機以来最低の成長率となった。

パンデミックと世界の経済危機は南アジアにも傷跡を残し、かつての世界の経済成長センターだった同地域は2020年、世界で最悪の成長率を記録した。同地域の全ての国が例外なくこの危機による悪影響を受けているが、既存のマイナス要素のために、コロナ禍の影響は増幅され加速している。

西アジアでは、パンデミックとそれへの対応策が地域全体で経済活動を停滞させている。パンデミックの影響は、同地域の成長を牽引してきた観光部門を直撃し、住宅、運輸、卸売・小売部門もかなり弱体化している。

ラテンアメリカ・カリブ海地域は、人的被害の大きさと甚大な経済損失に見られるように、パンデミックの深刻な悪影響を被っている。この数年の経済成長はそもそも満足のいくものではなかったが、さらに今回の危機で歴史的な経済的打撃を受けている。

この重大な状況について、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、「我々はこの90年で最悪の保健上の危機、経済危機を迎えている。ますます増える死者を悼みつつも、我々が今採る選択が我々の将来を決めることを肝に銘じておかねばなりません。」と語った。

グテーレス事務総長がここで言及しているのは、1929年から39年まで続いた世界恐慌だ。西側の工業先進国が経験した最も長く最も厳しい不況で、経済の仕組みやマクロ経済、経済理論に根本的な影響を及ぼした。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

一部のエコノミストらは、第二次世界大戦につながった再軍備政策が1937年から39年にかけて欧州経済の活性化に役立ったと考えている。米国が1941年に参戦した際、世界恐慌の最後の影響が取り除かれた。

2020年、数カ月間にわたって、将来の不確実性とパニックが、先進国と途上国の双方においてほとんどの経済活動を麻痺させた。貿易と観光は停止し、世界恐慌以降のあらゆる危機をはるかに上回る水準で雇用と生産が失われた。わずか数カ月の間に、貧困下に生きる人々の数が急拡大し、収入と富の不平等が記録的な拡大を見せた。

世界各国は、この危機が健康や経済に与える悪影響を回避するために、迅速かつ大胆に対応した。経済を救済するための金融・通貨刺激策が、急速に展開された。

タイムリーかつ大規模な財政出動により、最悪のシナリオは回避できたが、社会で最も脆弱な立場に追いやられた人々が抱いている社会的不満と、「持つ者」と「持たざる者」とを分断する厳しい不平等を緩和するには至らなかった。

さらに、『世界経済状況・予測2021』が強調しているように、「財政出動の余地が限られ、高水準の公的債務を抱える多くの途上国は大規模な景気刺激策に打って出ることができなくなっている。」

実のところ、今回の大恐慌の短期的な経済コストは、雇用や生産性、生産能力への長期的な影響を完全には説明できない。大規模な財政刺激策が経済の完全崩壊を防ぎ、数多くの人々の収入を支えてきたが、これらの措置が長期的な投資を加速させ、新たな雇用を生む兆しはない。

2020年に世界の総生産が推定4.3%減少し、大恐慌以来最大の生産縮小になったとみられる中、このようなことが起こっているのである。対照的に、2009年の大不況の際の世界の生産縮小は1.7%減であった。

しかし、GDPばかり見ていては、パンデミックが雇用にもたらした危機の深刻さを見失うことになると国連の報告書は警告している。2020年4月までに、全面的あるいは部分的な都市封鎖(ロックダウン)によって、世界の労働力全体の約81%にあたる27億人が影響を受けた。

Photo: Downtown Johannesburg is deserted. Credit: Kim Ludbrook/EPA
Photo: Downtown Johannesburg is deserted. Credit: Kim Ludbrook/EPA

経済協力開発機構(OECD)諸国全体における失業率は2020年4月に8.8%に達したが、11月には6.9%に落ちた。全ての途上国において、失業率はコロナ禍以前よりも高い。

コロナ禍は途上国の労働市場に特に悪影響を及ぼしている。2020年半ばまでに、失業率は記録的な高さを示した。ナイジェリアでは27%、インドで23%、コロンビアで21%、フィリピンで17%、アルゼンチン・ブラジル・チリ・サウジアラビア・トルコで13%超である。

コロナ禍はまた、女性の雇用を直撃している。それは、労働をリモートで行うことが難しい小売りや観光業のような労働集約的な部門において、女性が占める割合が5割を超えるからだ。

一部の犯罪は減少してきているが、ロックダウンが実施される状況下で女性・女児が暴力犯罪の被害に遭う事件が増加している。女性の労働市場への参加率が下がり、貧困が増大する中、児童婚が世界的に増加する見通しだ。

国連経済社会局国連貿易開発会議や5つの国連地域委員会と共著したこの報告書は、「危機の長期的な影響もまた同様に厳しいものになるだろう。」と述べている。

国連世界観光機関(UNWTO)や国連後発開発途上国・内陸開発途上国・小島嶼開発途上国担当上級代表事務所(UN-OHRLLS)もまた、この報告書の作成に関わっている。

Image credit: Adventist Review

報告書は、コロナ禍がデジタル化や自動化、ロボット化の流れを加速し、中期的には労働需要を押し下げる働きがあると警告している。「自動化を取り入れた経済部門では生産性がある程度向上するだろうが、平均生産性上昇率は鈍化するだろう。固定資本への投資の減少、生産性上昇率の鈍化、低い労働参加率は、世界経済が持つ潜在的な生産性を一層押し下げる要因となるだろう。」

成長の回復が遅れ先延ばしになれば、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の実現も危うくなるだろう。コロナ禍は世界経済の構造的な脆弱性を顕在化させた。また、包摂的で平等な成長の促進、貧困の削減、環境の持続可能性の強化などの持続可能な開発は、将来的な危機に対する防護策であり強みとなることも示されてきた。

国連の報告書は、これに関連して、「新たな財政・債務面の持続可能な枠組みを備えた経済的レジリエンス(強靭性)と、普遍的な社会保障の仕組みを備えた社会的レジリエンス、さらには、グリーン経済への投資を拡大した気候レジリエンスが、力強い回復への構成要素とならねばならない。」と述べている。

「これには、世界を持続可能な開発の軌道へと乗せるための国別の努力を損なうのではなく、それを補完し強化するような、より強力で効果的な多国間システムを必要とするだろう。」と報告書は指摘している。(原文へ

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ミャンマーにおける残虐なクーデターと「保護する責任」

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、「保護する責任に関するグローバルセンター」によって、2021年3月25日に最初に発表され、許可を受けて再発表されたものです。

【Global Outlook=サイモン・アダムス】

2021年3月5日(金)、国連安全保障理事会がニューヨークの厳粛な会議場で会合を開いている間、ミャンマー各地の人々が同国における血塗られた軍政復活に抗議するため、夜を徹して平和的デモを行っていた。厳しい夜間外出禁止令にもかかわらず、ヤンゴンとマンダレーの通りにはデモ参加者たちが集まり、キャンドルの明かりで “We Need R2P”(われわれはR2Pが必要だ) “R2P – Save Myanmar”(R2P―ミャンマーを救え)という文字を浮かび上がらせた。(

その後数週間にわたり大規模な抗議デモが毎日のように続くなかで、さらに何千人ものデモ参加者が、同様のR2P(“responsibility to protect”、すなわち「保護する責任」)メッセージを書いたプラカードを掲げる姿がカメラに捉えられた。はるか北西部のインド国境に近い町タムーでは、「R2P」と大きくプリントした白いTシャツを着た人々が列をなして行進した。カチン州のファカントでは、人々がバラとR2Pのプラカードを掲げて平和的抗議を行った。コンチャンコンでは、若いデモ参加者がステンシルを使って路上に“We Need R2P, We Want Democracy”(「われわれはR2Pが必要だ。われわれは民主主義を求める」)とスプレーペイントした。水路でさえも即席のデモ会場となった。静かな農村の畑付近の水路に、R2Pを訴えるメッセージが浮かんでいる写真がある。

要するに、ミャンマー中の人々が2月1日のクーデターに抗議するために動員され、国際社会に対し、ミャンマーで起きていることを非難するだけでなく行動するよう求めているのである。彼らのメッセージがR2Pを訴えるもので、ミャンマーの人口の約5%しか話さない言語である英語で書かれているという事実は、彼らが世界の人々に訴えていることを示している。

R2Pの原則は2005年に国連によって採択されたもので、国際社会は人道に対する罪、戦争犯罪、民族浄化、大量虐殺から人々を保護する責任があると定めている。それは、1990年代にルワンダとスレブレニツァで起きた大量虐殺を止められなかったことを受け、その恥辱と不名誉を乗り越えるために追求された概念である。R2Pは、無関心と無為の政治をきっぱりと終わらせようという共同の誓約であった。

R2P概念が生まれてから15年の間に、R2Pは90件を超える国連安全保障理事会決議に盛り込まれ、中央アフリカ共和国南スーダンなどの場所で市民を保護する平和維持活動をもたらした。また、リビアにおける残虐行為を終わらせるために2011年に行われて物議をかもした軍事介入や、それよりは物議をかもさず、より成功を収めたコートジボワールへの介入にもつながった。ファトゥ・ベンソーダ国際刑事裁判所(ICC)検察官は、ICCを「R2Pの法務部門」とも述べている。過去20年にわたりICCは、残虐行為の悪名高い加害者たちに裁きを受けさせることによって、国際社会の保護する責任を支えるために重要な役割を果たしてきた。

広く行き渡っている誤解とは逆に、R2Pは軍事介入を主体とするものではない。R2Pは、残虐行為の防止または停止を目的とするさまざまな手段に目を向けており、それには合意に基づくものもあれば強制的なものもある。また、他の全ての人権規範と同様、R2Pを意義ある形で実施することは政治的意思に依存する。

クーデター以来、ミャンマーの人々が人道に対する罪の被害を受ける恐れがあり、保護を受けてしかるべきであることは間違いない。治安部隊は非武装のデモ参加者に対して殺傷力のある武力を行使し続けており、320人以上を殺害している。政治犯支援協会(Assistance Association of Political Prisoners)によれば、2,900人以上が逮捕され、少なくとも4人の政治犯が警察による拘留中に死亡しており、その遺体には明らかな拷問の跡があった。

現在のミャンマーの危機は、過去に国際社会が軍部(ミャンマー語で「タトマダウ」)に犯罪行為の責任を取らせなかったことに端を発している。2011年に軍事独裁政権から文民主導の政権への移行が始まったにも関わらず、タトマダウは強大な権力を振るい続けた。彼らはまた、残虐行為も犯し続けた。

この点で最も顕著だったのは、ラカイン州のロヒンギャ住民に対する2017年の虐殺である。2018年、ミャンマーに関する国連事実調査団は、大量虐殺、ならびにラカイン州、カチン州、シャン州における人道に対する罪および戦争犯罪について、軍上層部(2月1日のクーデターを主導したミン・アウン・フライン司令官を含む)を訴追するべきだと結論づけた。

中国は、国連安全保障理事会でミャンマーの司令官らを擁護し、国際行動を承認するいかなる決議にも拒否権を行使すると内密に脅しをかけた。その結果、ロヒンギャ虐殺に対する安全保障理事会の正式な対応は、2017年11月に採択された形式的な議長声明のみとなった。クーデターへの対応としても、理事会は2021年3月10日に再び、「民主的な制度とプロセスを支持し、暴力を控え、人権と基本的自由を完全に尊重する必要性を強調する」議長声明を採択した。しかし、現在の危機を終わらせるには外交的な懸念声明では十分ではない。そのためには断固とした行動が必要である。

すでに一部の国々は、制裁措置を実施している。オーストリア、カナダ、英国、米国はいずれも、ロヒンギャ虐殺に関して軍高官に対象を絞った制裁を課しており、クーデター以来その一部が拡大されている。英国と米国は、武器輸出の新たな制限も設けている。EUは、ミン・アウン・フライン司令官を含む11名の軍高官を対象に制裁を課しており、全ての開発援助を停止している。韓国は防衛交流を停止した。ニュージーランドは全ての政治的および軍事的関係を断ち、ノルウェーは開発援助を中止した。世界銀行も、ミャンマーの新たな軍事政権による全ての資金拠出要請に応じないこととした。

ウッドサイド・エナジー、マースク・シッピング、H&M、ベネトンなど、多くの大手国際企業も、ミャンマーでの事業を停止するか撤退している。ウッドサイドの決定は特に重大なものである。なぜなら、エネルギー産業におけるミャンマーの収入は年間9億米ドルにのぼり、軍部による弾圧の資金源となり得るからである。他の外国企業や政府も米国の後に続き、軍部が支配する巨大コングロマリットであるミャンマー・エコノミック・ホールディングスとミャンマー・エコノミック・コーポレーションとのビジネス上のつながりを完全に断つべきである。弾圧の手段であるだけでなく、タトマダウは巨大な経済事業体でもあり、軍高官に富と腐敗をもたらしている。

クーデター翌日、軍部はニューヨークの銀行口座から10億米ドルを引き出そうとして阻止された。そのような措置はミャンマーにおける危機を終わらせるわけではないが、クーデター主導者たちに「普段通り」はしないという重要なシグナルを送ったのである。軍高官の国内利益と海外資産へのアクセスを奪うことにより、上品な言葉遣いの記者声明よりもはるかに大きなダメージを彼らに与えることができる。

結局のところ、ミャンマーにおける残虐行為を止めるには、地域の大国による行動も必要となる。3月2日、東南アジアの地域組織ASEANは、「全ての加盟国が暴力をやめること」を求めた。これは、ミャンマーの治安部隊が街角で非武装のデモ参加者を撃ち殺している現実とは、ぞっとするほど食い違う声明である。ミン・アウン・フライン司令官は、ASEANの伝統的な「内政不干渉」原則により国交を正常化できると当てにしているが、ASEANは違法な軍事政権との貿易や政権の承認を断固として拒否するべきである。シンガポール、マレーシア、インドネシアのような主要国による外交圧力や対象を絞った制裁は、なおも大きな影響を及ぼすだろう。

また、もう一つの地域大国であり、ミャンマーと国境を接し、現在国連安全保障理事会のメンバーとなっているインドの無関心な態度も注目に値する。隣接するインドのミゾラム州は近頃、ミャンマーの治安部隊からの離反者を温かく迎え入れたが、クーデターに対するインド政府の反応は驚くほど消極的である。

アジアにおける明確なリーダーシップがなければ、国連安全保障理事会が措置を講じるとしても、それがどのようなものになるかは不透明である。ロシアは、クーデターにも弾圧にも知らん顔をすることに満足している。しかし、中国の状況は、見た目以上に深刻である。何にもまして、中国は国境地帯の平和と繁栄を望んでいるが、クーデターはどちらももたらさない。継続するストライキと全国的な抗議運動により、ミャンマーは軍部が統治できない状態になっている。まさに、だからこそ、ミャンマーの近隣国は中国政府に対して、中国の利益を危機にさらす残忍な司令官たちを保護するか、グローバルなパワーブローカーの役割を果たし、ミャンマーにおける軍政統治を終わらせる交渉を支援するかを選ぶよう迫る必要がある。

いずれにせよ、国連安全保障理事会の他のメンバーも、武器禁輸措置を確立し、ミン・アウン・フライン司令官とその追随者たちに制裁を課す決議案をただちに提出するべきである。また、安全保障理事会はミャンマーの状況をICCに付託するべきである。中国がかかる措置への拒否権発動をちらつかせるなら、世界の目の前でそうさせるべきであり、彼ら自身が非難を受けることなく内密にミャンマーの司令官たちを擁護することを許してはならない。

クーデターからほぼ2カ月が経つが、市民的不服従運動の勇敢さと不屈の精神は、R2Pメッセージの広がりとともに、世界に向けて力強いシグナルを送っている。「保護する責任に関するグローバルセンター」のジャクリーン・ストライテンフェルド=ホールはTwitterで、「R2Pはニューヨークの国連本部だけで使われる抽象的な言葉で、それが保護するはずの人々にとって現実的な意味はないと考えたことがある人へ。今月ミャンマーで見られたR2Pを掲げるプラカード、シャツ、その他のものは、逆のことを示している。彼らは、世界の国に責任があることを知っている」と書いた

今こそ、保護を求めて叫ぶ人々の声に耳を傾け、ついにはミャンマーの軍司令官たちに犯罪の責任を取らせるべき時である。さもなくば、あるミャンマー人の抗議者が近頃私に送ってきたメッセージを引用すると、「みなさんができる限りのことをしてくださっているのは分かっていますが、どうか強く訴え続けてください。伏してお願いします。私たちの命は危機に瀕しています」ということになる。

サイモン・アダムズ博士は、「保護する責任に関するグローバルセンター」所長である。

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核関連条約に対抗して核戦力を強化する英国

【ジュネーブIDN=ジャムシェッド・バルーア】

2020年1月31日に欧州連合のあらゆる機関と欧州原子力共同体から英国が完全脱退してから3カ月もたたないうちに、英国のボリス・ジョンソン首相は、同国の核戦力を4割増の260発まで拡大して「欧州において北太平洋条約機構(NATO)を主導する同盟国でありつづける」意思を示した。軍縮活動家や専門家、世界の議員らはこの決定を非難した。

核兵器から発生する危険は、原爆が一発爆発しただけでも多数の人命が失われ、人間や環境に永続的かつ壊滅的な結末をもたらすという事実によって裏書きされている。現在の核兵器の大多数は、広島型原爆よりもはるかに強力である。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、世界の核兵器国は合計で1万3500発近い核兵器を保有しており、そのうち9割以上をロシアと米国の保有している。およそ9500発が作戦使用可能であり、残りは解体待ちである。

英国の核戦力「トライデント」は1980年に運用開始となり、その運用のために毎年28億ドルが投入されている。3月16日に発表された111ページの安全保障・外交政策の包括的見直し「統合レビュー」は、英国は核戦力に関する自己規制を解いて、保有核を260発に拡大すると述べている。以前の上限は225発であり、2020年代半ばまでに180発まで縮小することが目指されていた。

英国は現在、高価で長期間にわたる、核兵器搭載可能な新型潜水艦の開発プロジェクトを推進している。英国の潜水艦は、スコットランドの反対があるにもかかわらず、スコットランド沖に配備されている。2019年だけでも、英国は核兵器に89億ドルを投じている。

加えて、この英国の発表は、世界の多数の国々が核兵器は違法であると宣言しているタイミングでなされた。これにより、英国は、大量破壊兵器の備蓄を増やすという誤った方向に向かっている。

また、この決定は、核不拡散条約(NPT)によって軍縮義務を英国が負っているにも関わらずこれに反しているし、核兵器の保有・開発・生産を禁じた核兵器禁止(核禁)条約に関しても同様である。

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のベアトリス・フィン事務局長は、新型コロナウィルの感染拡大の中で大量破壊兵器の備蓄を増やす英国の計画は「無責任で危険」「国際法に違反する」として非難した。「英国の人々が、感染拡大や経済危機、女性への暴力や人種差別と闘っている時に、その政府は、安全を損ない、世界に脅威を与える方策を取ろうとしている。まさに、有害な男らしさ(Toxic Masculinity)が露わになった事例だ。」

Beatrice Fihn
Beatrice Fihn

2017年にノーベル平和賞を受賞したICANの事務局長であるフィン氏はまた、「世界の大多数の国々が、核禁条約に加わることによって核兵器のないより安全な未来を導こうとしているのに、英国は危険な核軍拡競争を引き起こそうとしている。」と語った。

他方で、世論の多数は、英国は核禁条約に加入すべきだとする議員らや、マンチェスター市やオックスフォード市のような自治体と考えを同じくしている。英国の政策は、民衆の意思と国際法に従い、核兵器を永遠に拒絶するものでなくてはならない。

ICANのパートナー団体であるUNA-UKのキャンペーン責任者であるベン・ドナルドソン氏は、「この決定は、軍事主義と過剰な自信の最悪の組み合わせに毒されたものだ。英国政府は、危険な核軍拡競争を新たに引き起こすのではなく、気候変動とパンデミックと闘う措置に資金を投じる必要がある。」と指摘したうえで、「核戦力強化という英国の決定は衝撃的なもので、それがなぜ国益や世界の利益に資するのかの説明なしになされたものだ。スコットランドの首相や政府が明確に核禁条約を支持し、マンチェスターやエジンバラ、オックスフォード、ブライトン、ホーブ、ノーウィッチ、リーズなどの都市が条約の履行支持を表明し、英国のシンクタンクの多数が英国の核禁条約署名を訴えている。こうした中で、国内での同意もなしにこうした決定を下したことは、政治感覚が鈍いと言わざるを得ない。」と語った。

同じくICANのパートナー団体で、国連で核兵器を世界的に禁止するためのキャンペーンを成功させた「核軍縮キャンペーン」(CND)もまた、英国の決定を非難した。核禁条約は、2021年1月に発効している。

他方、ハンブルク大学平和・安全保障政策研究所(IFSH)のオリバー・マイヤー氏もまた、核戦略の方向性を大きく変える一方で、NATO・米国の両方の方針とぶつかる可能性のある今回の英国の決定を非難した。

マイヤー氏はまた、「英国は、核不拡散条約の下で、核兵器の数と役割を減らす義務を負っている。」「今回の決定とは相いれない、核なき世界という目標に向かって努力する義務が英国にはある。」と、ドイツの国際放送局「ドイチュ・ヴェレ」の取材に対して語った。

統合レビュー」は、もし他国が「大量破壊兵器」を英国に対して使用したなら核兵器を使用すると警告している。そうした兵器には、化学兵器、生物兵器、その他の核兵器に「比する損害をもたらしうる新技術」を用いたものも含まれる。

国防省筋によると、報告書は明確に述べていないものの、「新しい技術」とはサイバー攻撃のことを意味するという。しかし、シンクタンク「英国王立防衛安全保障研究所」のトム・プラント所長は、CNBCの取材に対して「サイバー攻撃をそれ単体として意味するとは私自身は解釈していない」と語った。

プラント所長また、は、「『新しい技術』に関する理解は、政府の中でも様々だ。サイバーは明らかに『新しい』技術ではないが、すでに実質的に存在するものだ。」と語った。いずれにせよ、プラント氏は、用語法の変化は重要だと考えている。

彼の見方では、この用語は、新たなリスクを生み出す技術と行動の組み合わせが将来的に生まれるかもしれないことを暗示したものだ。「これは恐らく、一つの技術が単体で発展することによっては生まれないもの」で、その登場を予測することが困難であり、「これらの一つ以上の未知の新しい問題が、その脅威の大きさにおいて大量破壊兵器に並び立つものになる可能性があります。」とプラント氏は語った。

今回の英国の決定は世界に懸念を引き起こした。例えば、アジア太平洋核不拡散・核軍縮リーダーシップ・ネットワーク(APLN)の議長で元オーストラリア外相のギャレス・エバンス氏は、3月19日に「核兵器拡大における世界的な責任を英国は放棄した」とする声明を出している。

By Gareth Evans, CC BY 1.0
By Gareth Evans, CC BY 1.0

エバンス氏はこの声明の中で、今回の英国の方針はとりわけ「核不拡散条約の下で核軍縮を追求する条約上の義務に明確に反し、来たるNPT再検討会議において全会一致の決定をもたらす見通しを暗くするものだ。」と指摘した。

また、今回の決定は「これまでに発明されたものの中で最も無差別的で非人道的な兵器を廃絶する道義的な義務に明確に反する。こうした兵器が核戦争において使用されれば、この地球上における我々の知る生命全ての生存を脅かすものとなる。」と述べた。

エバンス氏は、世界の核保有国は、「『核戦争に勝者はなく、決して戦われてはならない』とする1985年のレーガン=ゴルバチョフ宣言の持つ意義への認識を新たに」し、「備蓄核兵器の削減、高度警戒態勢の解除、核先制不使用政策の採用、そして最も重要な備蓄数の削減など、核リスク低減の重大な措置へと踏み出すべき時だ。」と強調した。

エバンス氏も、英貴族院議員で核不拡散・軍縮議員連盟(PNND)の共同代表であるスー・ミラー卿も「核兵器なき世界をめざすアピール」に署名している。(原文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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人工知能戦争

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=デニス・ガルシア】

21世紀3番目の十年紀は、消耗をもたらすパンデミックに祟られたスタートを切った。2020~21年の世界経済における損害は10兆ドルにのぼる。今は、軍事力をひけらかしたり、破綻した戦略を売り込んだりする時ではない。米国が先陣を切って推進している人類の共通利益のためのAI活用を目指す、真に画期的な21世紀の青写真は整っている。(原文へ 

人工知能国家安全保障委員会(NSCAI)は、報告書を発行したが、変革的な道筋を描くチャンスを逃し、代わりに自身のプラットフォームを用いて時代遅れな筋立てを大々的に発表した。世界の軍事費ならびに軍事用知力は、世界の平和と安全保障を強化する協力の構造や枠組みをさらに構築するために用いられるべきである。しかし、NSCAIは、冷戦時代に採用され破綻した、おそろしく費用がかかる戦略の焼き直しを描いて見せた。

NSCAIは、「われわれはAI競争を受け入れるべき」であり、「ワクチン開発のように人類に利益をもたらす快挙を目指してAI競争が行われる場合、われわれはパートナーと切磋琢磨するべき」だと提言し、「AIは世界を再編する。米国は努力の先頭に立つべきだ」と述べる一方で、AI軍拡競争につながりかねない提言も行っている。過去において、競争や敵との闘争という考え方は人類の役に立たなかった。冷戦時代、この考え方に基づいて非常に高コストで使用不可能な7万発の核兵器が蓄積された。そのほとんどは後に解体・廃棄され、現在国際社会には13,410発の弾頭が残されている。

コロナ禍後の世界で再び軍拡競争、つまりAI軍拡競争を行うことは、正当性がなく、無益なことに思える。新しい武器システムの開発を絶えず追求することは、人類の安全保障に役立たない。むしろ、次なるパンデミックや一連の気候危機による災害を防ぐための投資や関心が減じられることになる。経済平和研究所の「生態系への脅威登録」によれば、1990年以降、米国はどの国よりも多くの気候被害を受けており、山火事、干ばつ、極端な気温、嵐、洪水が704件発生し、100万人近くが避難を余儀なくされた。このデータは、米国が気候変動に最も脆弱な国の一つであることを示している。気候危機に向き合うことは急務であり、費用がかかる。誰の安全保障にもならない途方もなく無益な軍拡競争に再び乗り出すのではなく、気候変動の最悪の影響を予防し、緩和するために投資を行うべきである。

AI軍拡競争を回避するために、米国の新大統領でありグローバルな視点を持つジョー・バイデンは、世界を代表して革新的な取り組みを行い、戦時における人間の判断を放棄して機械に委ねることがないようにするべきである。そのために、バイデンは科学界の助言に耳を傾けることができる。2015年に発表され、約4,500人のAI/ロボット工学研究者と26,000人以上の個人が署名した「AIおよびロボット工学研究者からの公開書簡(Open Letter from AI & Robotics Researchers)」において、研究者らは自分たちがAI兵器の開発に関心を持っておらず、それは化学者と生物学者のほとんどが化学兵器や生物兵器の製造に関心を持たないのと同様であると述べている。NSCAIの提言と対照的に、科学者たちは、「要約すれば、われわれは、AIが多くの形で人類に利益をもたらす膨大な可能性を持っており、その実現をこの分野の目標とするべきだと考えている。AI兵器の開発競争を始めるのは間違ったアイディアであり、人間が実効的にコントロールできない自律型攻撃兵器を禁止することによって防ぐべきである」と主張した。

その後、科学者たちは別の書簡も発表した。これは誓約の形を取り、その中で彼らは繰り返し、人命を奪う決定を決して機械に委ねるべきではないと訴えている。彼らは、倫理と実利の両方の立場を説明している。機械が人命を奪った場合、機械を罪に問うことはできない。そこで実際問題として、AI軍拡競争は国際安全保障を不安定化させ、その過程で迫害の強力な手段になると考えられる。したがって、そのような軍拡競争に烙印を押して阻止することは全ての国の利益になると、科学者たちは示唆している。これまでに247団体と3,253人が署名した誓約書は、自律型兵器に対抗する確固とした規範と規制手段の確立を求めている。

世界のほとんどの国は、戦争におけるAI利用を規制する新たな統制体制をもたらす国際規則を実現する意図がある。アントニオ・グテーレス国連事務総長は、「人間の関与なしに標的を選定して命を奪う能力と裁量を備えた自律型機械は、政治的に受け入れられず、道徳的に嫌悪感を引き起こすものであり、国際法により禁止されるべきである」と考えている。国連が持つ最も強力な能力は、国際法の規則のもとで法の支配を尊重する枠組みを構築し続けることである。それは1945年に始まり、世界の歴史上最も長期にわたる平和を導き、第三次世界大戦を防いできたのである。今は、そのような世界規模の対立につながる道を作り出す時ではない。

デニス・ガルシア は、ボストンのノースイースタン大学教授である。著作 “When A.I. Kills: Ensuring the Common Good in the Age of Military Artificial Intelligencea” が刊行予定。また、戸田記念国際平和研究所「国際研究諮問委員会」のメンバーである。ロボット兵器規制国際委員会副議長も務めている。

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西アフリカのサハラ砂漠南部に広がる半乾燥地域(サヘル地域のマリやブルキナファソ、ニジェール)で、イスラム過激派による(子供を含む)民間人を標的にした襲撃、誘拐、虐殺が頻発している現状を取材した記事。この地域には国連、EU、フランス軍による平和維持部隊が展開しているにも関わらず、民間人や兵士を狙ったテロが増加する等、近年急速に治安が悪化している。(原文へ

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タンザニアでは、港湾都市のダルエスサラームの病院に心疾患で入院していたジョン・ポンベ・ジョセフ・マグフリ大統領が3月17日にの逝去したのを受けて、半旗が掲げられている。マグフリ氏は享年61歳であった。

サミア・スルフ・ハッサン副大統領が、国営テレビで大統領の悲報を伝えた。ハッサン副大統領は憲法の規定に従い第6代大統領に就任し、マグフリ大統領の二期目(昨年11月~2025年)を努めることになる。サミア氏はタンザニアで初の女性大統領となる予定である。

Map of Tanzania
Map of Tanzania

「マグフリ氏は3月6日からジャカヤ・キクウェテ心臓病研究所に短期入院したが、3月14日に再び体調を崩して病院に緊急搬送された。」と、サミア副大統領は語った。

アフリカ各国の首脳から追悼のメッセージが寄せられる中、タンザニア国内の反応は、野党議員らがマグフリ大統領の下で民主主義が後退したと指摘する等、賛否入り混じったものとなっている。マグフリ氏は、頑強な新型コロナウィルス感染症否定論者で知られ、マスク着用やソーシャルディスタンスに反対する一方で、効果が証明されていない薬草療法を勧めたり、神の恩恵でタンザニアは新型コロナウィルス感染症を克服したと主張していた。

「ワクチンは機能しない」

マグフリ氏は、最後まで保健省に対して、新型コロナウィルスワクチンをタンザニアに確保しないよう働きかけていた。また1月下旬には、「ワクチンは機能しない。もし白人が本当に(新型コロナウィルス)ワクチンを開発できていると言うなら、エイズワクチンだって開発できていただろうし、結核のワクチンは既に過去のもので、マラリアワクチンや癌のワクチンも既に発見されていたはずだ。」と主張していた。

マグフリ氏の死因は心疾患とされているが、公に姿を現さなかった3週間と最後の状況から、新型コロナウィルス感染を疑う声も少なくない。

野党指導者のトゥンドゥ・リス氏は「マグフリ氏の死因は新型コロナウィルス感染症だ。」「彼は、新型コロナウィルス感染症と闘う国際社会を無視しました。…東アフリカコミュニティー、近隣諸国、科学を無視したのです。世界中の人々が新型コロナウィルス感染症と闘うために実践するように言われている基本的な注意事項を拒否しました。」と語った。

リス氏はさらに、「彼はマスクを着けず、着用している人を中傷しました。また、科学やワクチンの存在も信じませんでした。一方、信仰による治癒と医学的に疑わしい薬草の調合を信じていました。」と指摘したうえで、「その結果、何が起こりましたか。新型コロナに感染して倒れたのです。そして今になって、私たちは、マグフリ氏が新型コロナ感染症について理解していた事実を知るのです。」と語った。

マグフリ氏は亡くなる少し前、ザンジバル島の副大統領が新型コロナウィルス感染症で死亡したのを受けて、タンザニアに新型コロナウィルス感染症が依然として蔓延しているという事実を渋々と認めていた。

マグフリ氏は2015年に腐敗と闘い、インフラ開発を進めることを公約にタンザニア第5代大統領に当選した。

権威主義的な政治

しかしまもなく権威主義的な傾向を強め、メディア、市民社会、野党に対する弾圧を始めたため、同盟諸国や人権団体の間で、懸念が広がっていた。

昨年10月の大統領選挙では再選を果たしたが、野党や一部の外交官の間から、票の不正操作や外国メディアやオブザーバーチームに対する妨害行為、軍による威圧的な行動があったとして選挙の正当性を疑う指摘がなされていた。

なかには、マグフリ氏は、アフリカで最も安定した国の一つであるタンザニアの民主主義に深刻な打撃をもたらしたと分析している専門家もいる。

John Magufuli, President of Tanzania/ Issa Michuzi
John Magufuli, President of Tanzania/ Issa Michuzi

一方で、マグフリ氏は、無償教育と農村の電化を拡大したり、鉄道や、電力出力を倍増させた水力ダム建設に投資したこと、さらには国営航空を復活させた実績が称賛されている。

マグフリ政権はまた、タンザニアの鉱山資源への政府の関与を高める一連の法律を通過させ、諸外国が所有する鉱山会社に数百万ドル相当の税金不足分を支払うよう要求した。

マグフリ氏はタンザニア北西部のビクトリア湖に面したゲイタ州チャト地区で生まれ育った。彼の実家は草葺屋根の家で、家畜の世話をしながら、牛乳や魚を売って、家族を支えた。「貧しいということがどういうこと私はよく知っている。」としばしば語っていたという。

マグフリ氏はダルエスサラーム大学で化学の博士号を取得したほか、英国のアルフォード大学にも留学している。

マグフリ氏は1960年代初頭の英国からの独立以来、同国の政権を担い続けているタンザニア革命党(CCM)のメンバーであった。また、1995年に国会議員に選出されてからは、畜産漁業開発大臣や土地集落住宅大臣を歴任し、「ブルドーザー」の異名をとった。あとには、小学校の教師をしている妻のジャネットと2人の子息が残された。(原文へ

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