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国連総会決議第1号が採択されて75年

【ニューヨークIDN=セルジオ・ドゥアルテ】

Ambassador Sergio Duarte is President of Pugwash Conferences on Science and World Affairs, and a former UN High Representative for Disarmament Affairs. He was president of the 2005 Nonproliferation Treaty Review Conference.
Ambassador Sergio Duarte is President of Pugwash Conferences on Science and World Affairs, and a former UN High Representative for Disarmament Affairs. He was president of the 2005 Nonproliferation Treaty Review Conference.

創設間もない国連が、核軍縮を最優先目標であると確認した総会決議第一号から75年後の現在までの核軍縮を巡る系譜を振り返るとともに、パンデミック後の世界が核兵器による人類滅亡の結末を迎えることがないよう、核兵器が人類に及ぼしている厳しい現実を認識し、警戒心を怠らず連帯を広めていく重要性を訴えたセルジオ・ドゥアルテ元国連軍縮担当上級代表による寄稿文。著者は、主流メディアや核兵器国・依存国の媒体が、引き続き核兵器が第二次世界大戦以来の世界平和を守ってきたという「誤ったイメージ」を拡散することで、一般市民の核兵器に対する危機感を薄めている現実に警鐘を鳴らしている。創価学会インタナショナルとIDNが2009年以来推進している核廃絶メディアプロジェクトは、核兵器が実際に及ぼす脅威と核なき世界を目指す世界各地の活動を継続的に取材・配信して、ドゥアルテ氏が期待する「世界市民」に真実を提供し続けるイニシアチブである。(原文へ)

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持続可能な開発目標採択から5年、貧富の差が広がる

【ニューヨークIDN=J・ナストラニス】

2020年は、伝染性の強いウィルスが世界をシャットダウンし、貧富の差が広がり、この数十年で初めて貧困が急拡大し、より平等な社会を作るという国連の取組みが押し戻されて、2015年9月に国際的に合意された「持続可能な開発目標」が危機に瀕した年として記憶されることになるだろう。

12月初めの時点で、2億3500万人という記録的な数の人々が2021年に人道支援を必要とすることになるだろうと国連は警告していた。2020年からは40%近い増加になるが、そのほとんどがコロナ禍による影響と言えるだろう。

国連のマーク・ローコック事務次長(人道問題担当)兼緊急援助調整官は、「私たちが今見ている光景は、来たる時期の人道上のニーズに関して言えば、これまでで最も厳しく暗いものです。新型コロナウィルスの感染拡大が、最も脆弱な国々で数多くの人命を奪ってきました。」と語った。

Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en
Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en

ローコック事務次長は、「各地で赤信号が灯り、警告音が鳴っています。もし2021年を大きな飢餓を引き起こさずにやり過ごすことができたなら、それは大きな成果ということになるでしょう。」と述べ、人道支援関係者を待ち受けている問題は極めて大きく、さらに状況は悪化しつつあると警告した。

児童の貧困を削減する取り組みも、2020年は壁にぶつかった。国連児童基金(ユニセフ)と世界銀行は、約3億6500万人の児童が、新型コロナウィルスの感染拡大以前から貧困下にあり、コロナ禍によってこの数値はさらに拡大するものと見ている。このことは、児童の貧困を削減する取り組みにとって大きな試練となっている。

これは深刻な影響を及ぼすことになる。つまり、極度な貧困は、身体・認知面の発達に関連して何億人もの子どもたちから真の能力を発揮する機会を奪い、成人してから良い仕事に就く能力を脅かしてしまうのである。

「これらの数値を見るだけでも誰もがショックを受けることでしょう。各国政府は、長年見られなかったレベルの貧困が無数の子どもたちやその家族を襲う事態を防ぐために、子どもたちを対象にした救済計画を急いで策定する必要があります。」と、ユニセフの事業責任者であるサンジェイ・ウィジェセカラ氏は語った。

国連開発計画(UNDP)のアヒム・シュタイナー事務局長は、この状況の別の側面に着目して、「女性がコロナ危機の矢面に立たされています。つまり、(男性よりも)女性の方が、収入源を失ったり、社会的保護の措置から漏れてしまうことが起こりやすいのです。」と、9月時点の統計を念頭に指摘した。

統計によれば、女性の貧困率は9%(4700万人相当)以上上昇している。この結果は、この数十年に及ぶ、極度の貧困を根絶するための取り組みの成果を反転させてしまうものだ。

UNウィメンのプムズィレ・ムランボ=ヌクカ事務局長は、女性の中で極度の貧困が増えていることは、現在の社会や経済の構造に「根本的な欠陥があることを明確に示したものです。」と語った。

UNWOMEN
UNWOMEN

他方、シュタイナー事務局長は、この危機の現状にあっても、女性の生活を大幅に改善するための方法は存在すると指摘した。例えば、もし各国政府が、女性の教育機会を増やし家族計画を強化し、賃金を男性と比較しても公正かつ平等なレベルに保てるようにできるのであれば、1億人以上の女性・女児が貧困から抜け出すことが可能だという。

4月に国連が作成した報告書は世界の被害状況を明らかにし、貧困と飢餓が悪化しつつあること、食糧危機にすでに見舞われている国々は新型コロナウィルスの感染拡大に極めて脆弱な状態にあることを指摘した。

「私たちは、重要なフードサプライチェーンを稼働させ続け、命を救う食料に人々の手が届くようにしなくてはならない。」と報告書は述べ、「危機に直面している人々に食料を与え、命を繋ぐ」人道支援を維持する緊急の必要性を強調した。

地域社会は、感染予防のための移動制限がある中で、公共交通機関(市営バス)を移動フード・ハブとして利用したり、旧来からの宅配サービスや移動市場などを利用したりすることで、貧者や弱者に食料を与える革新的な方法を模索してこなければならなかった。

「これらはすべて、ラテンアメリカの諸都市が国連食糧農業機関(FAO)の警告を考慮しながら人口を支えている事例である。FAOは、多くの都市住民にとっての健康上のリスクはコロナ禍において非常に高く、とりわけ、スラムなどの無認可居住区に暮らす12億人が特に危険な状態にあると警告している。」とUNニュースは指摘している。

国際労働機関(ILO)は2月、非正規部門の20億人の労働者が特に感染リスクに晒されていると宣言した。さらに3月の追加発表では、数多くの人々が職を失うか、ワーキングプアの状況に陥りかねないとの見通しを示した。

「これはもはや、単なる世界的な健康上の危機であるというだけではなく、人々に大きな影響を及ぼす労働市場や経済面での危機でもあります。」とILOのガイ・ライダー事務局長は語った。ILOは、職場における労働者保護、経済・雇用刺激策、企業・雇用・収入の支援など、人々の生活へのダメージを軽減する提言を行っている。

コロナ渦はこの数十年で初めて極度の貧困を押し上げて、開発をめぐる重要な成果をわずか数カ月で台無しにしてしまったが、他方で、このパンデミックが、より強力な社会的保護のしくみを構築するのに必要な変革の起爆剤にもなりうる、と国連のアントニオ・グテーレス事務総長は語った。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

これは昨年12月に開催された「世界社会開発サミット」25周年記念のイベントでの発言で、グテーレス事務総長は、危機の長期的な影響を軽減するために指導者たちが大胆かつ創造的なアクションを取るよう呼びかけた。

グテーレス事務総長は、「コロナ禍は、不適切な社会保護のしくみ、医療など公共サービスへのアクセスの不平等、ジェンダーや人種、そして私たちが現在目の当たりにしているあらゆる不平等の拡大からもたらされる社会的・経済的リスクへの関心を高めました。」と語った。

そして、「従ってそれは、21世紀の課題に見合った形で、各国レベルでの『新たな社会契約』を構築するために必要な変革への扉を開きうるものです。」と付け加えた。

グテーレス事務総長は、コロナ禍発生前の1年前に行った、不平等に関する自身の発言を振り返って、「国際的な意思決定の場で権力や資源、機会がより適切に配分され、統治のメカニズムに今日の現実がより反映される新たなグローバル・ディールを世界は必要としています。」と語った。(原文へ

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タガが外れたリーダーたちと核兵器:今こそ行動を

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=タニヤ・オグルヴィ=ホワイト博士 】

私は、核兵器がもたらすリスクの研究に人生を費やしてきた。いつか核兵器保有国に、タガが外れた、そして核攻撃を開始する権限を持つリーダーが現れるのではないかとずっと心配だった。私にとっては常に、核兵器保有国のリーダーが理性的に行動するという前提は根本的に欠陥があり、危険なものだと思われた。かつて米国の国防長官を務めたロバート・マクナマラはこの問題を訴えて、「誤りを犯しがちな人類が核兵器をいつまでも持ち続ければ、国々の破滅をもたらす」と警告した。今日、私はこれまで以上にこの点を危惧している。そして、もっと多くの人が問題に目を向け、変化を強く求めることを願っている。(原文へ 

ドナルド・トランプが大統領に選出されるまで、私の核リスク評価において米国がこれほどまでに突出するとは思いもしなかった。確かに、核に関する米国の意思決定はこれまでもムラがあったが(事故や危機一髪の事態も含め)、相対的な核リスクという点では、他の核保有国のほうが危険な兆候を示していた。しかしここ数年、ドナルド・トランプ大統領の行動を見るにつけ、彼の野放図なナルシシズムが米国内と世界に及ぼす影響を考えると私の懸念は膨らむ一方である。

彼が大統領であることは多くの理由から不安を呼ぶ。パンデミックに対する無責任な態度。人種差別、過激主義、性差別、汚職。政治的暴力の目に余る扇動。陰謀説を焚きつけ、真実をあからさまに無視する姿勢……枚挙に暇がない。しかし、おそらく最も不安を呼ぶのは、普通なら無分別で無責任な行動を阻止するはずの人々が彼に権能を与えたことだろう。しかもそれは、トランプが米国で唯一、核兵器を発射する権限を持つと承知のうえである。

トランプの奇矯な行動を別にするとしても、冷戦時代の遺物である核に関する意思決定を「ただ一人の権限」に委ねるという手順が、いまだに米国に存続していることは私にとって信じがたい。これは、攻撃の警報を受けて数分以内に、他者に相談する必要なく大統領が核兵器を使用できるようにするために導入された。この手順は、数十年を経てもなお存続し、米国の核兵器はいつでも即時発射できる態勢にあり、大統領の核権限を制限する法規は存在しない。分かりやすく言うと、米国大統領は、議会に説明することなく、また、国防長官、国務長官、統合参謀本部議長、米戦略軍司令官、司法長官などからなる行政府に通知する必要すらなく、核攻撃を命令することができるのである。突き詰めれば、米国の核兵器を使用する決定は大統領が下し、かつ、大統領のみが下すということである。

この専権事項という手順が導入された時、ならず者の米国大統領が就任し、大統領権限を後先考えずに濫用するかもしれないという考えは、「ブラックスワン」的(予想外で非現実的)な事象、あるいはSFとさえ思われていた。しかし、そのような信頼はこれまでも揺らぐことがあったが(ウォーターゲート事件の際は、大統領顧問団がニクソン大統領の正気を疑い、彼の核権限を制限しようとした)、トランプ大統領の任期中に史上最低まで落ちたと言ってよいだろう。彼の多くのひどい教訓の中で、何も当たり前のものはないということを、われわれは思い知らされることになった。つまり、予想外のことが現に起こっている。政治指導者は、現に非合理的に振る舞っている。そして、タガが外れたリーダーの無謀な行為が野放しにされる恐れがあり、現に野放しになっている。例えば、かつて世界を導く光として掲げられた民主主義においてそれが起きている。

こういったことはすべて、世界の安全保障に深刻な影響を及ぼしている。私は、世界が米国による差し迫った核の脅威に直面していると主張しているわけではない。私が言いたいのは、急速に変化する現代社会において、冷戦時代の遺物が重要な特徴であり続けることを許してきた、いわば核をめぐる現状維持への安住から目を覚ます必要があるということである。今日、戦略的安定性を維持するというわれわれの共通の責任を政治的意思決定に反映すること、そして、戦略的安定性を脅かすものに対しては、人類と地球の未来を念頭に置いて対処することがかつてないほど重要になっている。

核兵器禁止条約(TPNW)が1月22日に発効することは、核軍縮に向けた長い道のりに踏み出すタイムリーかつ重要な一歩であるが、それは、もっかの核リスク、例えばタガが外れたリーダーたちがもたらす核リスクにはほとんど影響を及ぼさないだろう。より重大なことは、ジョー・バイデン次期大統領による大統領の発射権限への法的制限の導入決定だろう。トランプの権力濫用を考えると、新政権がこの一歩を踏み出すことはきわめて重要である。もしそうなればメディアの関心が高まり、当事者たちにとっては核リスク低減の問題にかつてない世界的注目を集めるチャンスとなるだろう。例えば、核兵器警戒態勢の緩和と先制不使用の誓約による安全保障上の共通利益を促進する、強力な基盤となり得る。また、核兵器保有国とその同盟国に対し、この予測不可能な世界における核抑止の論理と倫理を見直すよう促すものとなるかもしれない。

退任するトランプ大統領とワシントンDCにおける混乱に満ちた政権移行について、最後にひと言。米国のリーダーシップでさえ、混乱への突入を阻止する当てにならないのであれば、それは間違いなく、核兵器が存続し続けていることのリスクはあまりにも大きいため、それを禁止し廃絶する以外にないという主張の説得力を高めるものである。

タニヤ・オグルヴィ=ホワイト博士 は、ニュージーランド・グローバル研究センター(New Zealand Centre for Global Studies)の所長であり、オーストラリア国立大学戦略防衛研究センターの上級研究員である。過去には、核不拡散軍縮センターの研究理事、およびオーストラリア戦略政策研究所のシニアアナリストを務めた。直近の発表物に、“The Logic of Nuclear Deterrence: Assessments, Assumptions, Uncertainties and Failure Modes” (UNIDIR, 2020) がある。

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【ロンドンIDN=チャンパ・パテル】

東南アジアの人権状況は、新型コロナウィルス感染症(新型コロナ)の発生前から決して良くはなかった。民主主義と人権の価値を重んじるというASEAN諸国の建前に反して、自由のない民主主義国が増え、基本的な自由が危険にさらされてきた。東南アジアのほとんどの国々が、一部が植民地時代に端を発する圧政的な法律や、新たな弾圧立法を通じて、異議申し立てを犯罪化している。コロナ禍はこの傾向を強化している。

国際的な基準では、公衆衛生を理由にして人権に制限を加えるには明確な目的がなくてはならず、目的と均衡がとれ、非差別的で、時限的なものでなくてはならない。しかし、多くの東南アジア諸国が、時限がなく、広い解釈を許す曖昧な条項を持った緊急措置を通している。為政者たちは、通常のチェック・アンド・バランスの手続きを飛ばした緊急の権限をますます利用し、新しい措置の是非を検討する可能性を狭めている。

フィリピンでは、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領が、大統領府が停止あるいは撤回しない限り公衆衛生に関する緊急措置が有効であるとする布告922号を成立させた。また、緊急措置を執行するために警察と軍隊を派遣し、ロックダウンに違反する者に対しては射殺を軍に認めている。

東南アジアの他の国々では、情報公開や表現の自由、集会の自由を制限する数々の法を通過させている。タイでは、3月末から4月末まで戒厳令が発せられた。タイ軍政は、移動と集会の制限を含む特別な権限を行使し、情報の自由な流れを制限した。これらの措置はしばしば、新型コロナ対策においては逆効果となる。バンコクでは、食料や衛生用品を配布しようとした人々が逮捕された。

新しい措置を採ってはいないが、単に既存の弾圧的な法律を利用している国もある。インドネシアが2008年に制定した「電子情報・取引法」は、サイバー空間上のコンテンツを検閲する権限を広く政府に与えている。そうした法はしばしば、必要な措置を越えて、信じられないような使われ方をしている。カンボジアのあるジャーナリストは、フン・セン首相の新型コロナに関するコメントを正確に引用しただけで逮捕された。ミャンマーでは、新型コロナとそれが社会にもたらす影響に関する壁画を描いたことで、ストリートアーティストが逮捕された。

東南アジア各国の政府は、「フェイクニュース」の取り締まりを口実に、政府に批判的な人々をターゲットにしている。ベトナム政府は、政府に批判的な書き込みをフェイスブックに投稿したとして数百人に対して罰金が科し、フェイスブック社が反政府的な内容をブロックすることに応じるまでの7週間にわたって、サイトへのアクセスを遅らせた。インドネシアでは、政府を批判した人々が各種の通信法違反のかどで逮捕されている。

From insider a Cell/ Aliven Sarkar

インターネットへのアクセスを制限するという戦術もある。ミャンマーでは接続が遮断されてラカイン、チン両州の140万人が影響を受け、新型コロナに関して必要な情報を入手することができなかった。

新型コロナ対策の緊急措置を巡っては、データ収集や監視、プライバシーの懸念も出されている。危機管理を専門とするコンサルティング会社ベリスク・メープルクロフトの「プライバシー権インデックス」は、新型コロナ関連の監視措置によってプライバシー権をめぐる状況が悪化しているアジアは、世界で最もリスクの高い地域の一つだとしている。また、カンボジアやタイ、フィリピンは、問題のある監視措置を採っている国だと指摘している。

権威主義的な為政者たちが自らの権力の拡大・深化・確立目指そうとする政治的なご都合主義は、懸念すべき動向だ。マレーシアは、感染拡大以前から、パカタン・ハラパン連立政権の解体後の難しい政治的舵取りを強いられている。2020年11月、2人の閣僚が同国議会に対して、選挙の一時停止を検討していると述べた。他方、シンガポールの与党・民衆行動党は、権力を維持しようとして感染拡大の中で選挙を強行したことを批判されている。

東南アジアにおけるもう一つの流れは、立場が弱く社会の片隅に追いやられた人々に対する汚名や差別の問題であり、彼らの人権を擁護する取り組みが不在であることだ。2020年3月、カンボジア保健省の報告書は、クメール・イスラムなどの集団が新型コロナに感染したと発表し、少数派のイスラム教徒コミュニティーに対する差別につながってしまった。

SDGs Goal No.10
SDGs Goal No. 10

新型コロナのパンデミック対策として一見積極的な措置と思われるものであっても、しばしば難民や亡命申請者の立場を無視しているものもある。タイは、非正規部門への景気刺激策を発表したが、タイ政府の発行するIDカードを保有していることが要件であった。つまり、ほとんどの難民や亡命申請者はここから排除されてしまうのである。これらの措置はまた、こうしたコミュニティーに対する支援を難しくしてしまった。難民たちは、逮捕や脅迫、差別を恐れて、必要な医療サービスを利用しなくなっているからだ。

こうした措置の全てが、すでに縮小している市民団体による活動の余地を狭めている。ウィルスの拡散を防ぐための行動の制限策は、基本的なサービスを提供し、草の根レベルでの対応を支援する市民団体の役割を考慮に入れた条項を欠いている。東南アジアの数多くの市民団体が、立場が弱く社会の片隅に追いやられたほとんどの人々の医療や社会、福祉の上でのニーズを制限的な環境の下で実現しようと努力している。

ロックダウン(都市封鎖)と集会の禁止によって、平和的な異議申し立てもまたやりにくくなっている。集会の制限は、医療危機への対処という目的に見合ったものでなくてはならない。東南アジアの多くの国々が集会を完全に禁止し、ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)を保ったうえでの平和的な抗議を行うことさえ認めていない。こうした施策は、反対勢力や批判的な声、活動家、その社会の片隅に追いやられた集団を封じる目的で用いられている。

ASEAN member countries/ Astore international

人権の擁護は、自由で開かれた、説明責任が果たされる社会において必須のものだ。コロナ禍は、人権を危機にさらす抑圧的な傾向を加速し、強化している。これらの分断線は感染拡大の前から存在したが、人権擁護に反するさまざまな措置を各国政府が取るようになってから、深化したと言える。

各国政府が、新型コロナのパンデミック対応から経済回復へと関心を移しつつある中で、民主主義やよい統治、人権を危機に陥れる措置を強力に跳ね返すことが肝要だ。東南アジアの傾向は、今後厳しい闘いが待ち受けていることを予示している。(原文へ

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新型コロナウィルス感染症が拡大するなか「二重の脅威」に直面する移民たち

子どもたちのために、2021年をより公平で安全で健康的な世界に

【ニューヨークIDN=キャロライン・ムワンガ】

国際連合児童基金(ユニセフ)によれば、2021年の元旦、世界では推定37万1,504人の赤ちゃん生まれる。「子どもたちは、1年前とでさえ全く異なる世界に生まれてきます。新年は、その世界を新たに創造する機会でもあります。」と、ユニセフのヘンリエッタ・フォア事務局長は語った。

OFFICIAL PORTRAIT: On 29 December 2017, UNICEF Executive Director Henrietta H. Fore at UNICEF House. Ms. Fore, who begins her tenure on 1 January 2018, is UNICEF’s seventh Executive Director. Official portrait of UNICEF Executive Director Henrietta H. Fore at UNICEF Headquarters

新年最初の赤ちゃんは太平洋のフィジーで、最後の赤ちゃんは米国で生まれるとみられるが、この日に生まれる赤ちゃんの半数以上が以下の10カ国で生まれると推定されている。インド(59,995)、中国(35,615)、ナイジェリア(21,439)、パキスタン(14,161)、インドネシア(12,236)、エチオピア(12,006)、米国(10,312)、エジプト(9,455)、バングラデシュ(9,236)、コンゴ民主共和国(8,640)

2021年には合計で約1億4000万人の赤ちゃんが生まれ、彼らの平均余命は84歳になるとみられている。

2021年はユニセフ創立75周年の年でもある。ユニセフはパートナーとともに、紛争、病気、排斥から子どもたちを守り、彼らの生存、健康、教育の権利を擁護してきた75年間を記念してイベントや発表などを行う予定だ。

「今日生まれる子どもたちは、私たちが彼らのために作り始めた世界を受け継ぐことになります。2021年を、子どもたちのために、より公平で、より安全で、より健康的な世界の構築に着手する年にしましょう。」と、フォア事務局長は語った。

このところ、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)に罹患した人々の数は急増し続けており、これに伴い、子供たち家族のニーズも高まっている、とユニセフは述べている。

命を救うヘルスケア用品の提供から、水道・衛生施設の建設、少女や少年たちに教育と保護を提供する活動まで、ユニセフは、新型コロナウィルス感染症の蔓延を遅らせ、世界各地で子供たちへの影響を最小限にするための取組みを行っている。(原文へ

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「2021年を共に癒しの年としよう」(新年に寄せるアントニオ・グテーレス国連事務総長ビデオ・メッセージ)

皆様、

Antonio Guterres/ Public Domain
Antonio Guterres/ Public Domain

2020年は試練と悲劇、そして涙の年でした。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が私たちの暮らしを一変させ、世界を苦悩と悲嘆に陥れました。

あまりにも多くの人々が大切な人たちを失いました。COVID-19の世界的大流行(パンデミック)は収まらず、何波にもわたって病人と死者が増大しています。

貧困や不平等、飢餓も広がっています。雇用は消え、債務が増えています。子どもたちも苦しみにあえいでいます。

家庭内暴力が増加し、あらゆる場所で不安が広がっています。

しかし、新しい年はやって来ます。そして、次のようなことに希望の光も見えます。

– 人々が隣人や見知らぬ人々に救いの手を差し伸べていること

– 最前線の職業に就く人々が全力で使命を果たしていること

– 科学者たちが記録的な短時間でワクチンを開発していること

– 各国が気候変動による惨禍を防ぐため、新たな公約を掲げていること

私たちが連帯し、力を合わせれば、こうした希望の光を世界中に広げることができます。

それこそが、この困難に満ちた年が与えた教訓です。

気候変動とCOVID-19パンデミックはいずれも、包摂的で持続可能な未来への移行を図る中で、すべての人がともに取り組まなければ解決できない危機です。

国連は2021年、カーボンニュートラル、すなわち温室効果ガスの正味ゼロ・エミッションを2050年までに達成するための世界連合を構築するという大きな野心をその中核に掲げています。

すべての政府、都市、企業、そして個人が、このビジョンの達成に向けて役割を果たすことができます。

人間同士、そして自然との平和を実現し、気候危機に対処し、COVID-19の蔓延を止めることで、2021年をともに癒しの年としようではありませんか。

恐ろしいウイルスによる影響から人々を癒し、壊れた社会と経済を癒し、分断を癒すとともに、地球の癒やしも始めようではありませんか。

私たちはそれを、2021年の新年の誓いとしなければなりません。

皆様の新年のご多幸と平穏をお祈りしています。(原文へ

海洋法で小島嶼国を気候変動から守れるか?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=エリシア・ハロウド‐コリブ&マーガレット・ヤン】

本稿の初出はThe Conversationで、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下に再掲載しています。

気候変動は、太平洋やその他の地域の小島嶼開発途上国に大きな被害をもたらすと考えられる。海面上昇によって水没する島もあるだろう。これらのコミュニティーは、これまで以上に異常気象、進行する海洋酸性化、サンゴの白化、漁業への悪影響に直面している。食料供給、人の健康、生計も危機に瀕している。その責任の大部分は、化石燃料を燃やしている他の国々にあることは明白である。(

とはいえ、島嶼国は才覚を備えている。彼らは、気候変動への適応策を講じるだけでなく、司法の助言も求めている。国際社会は海洋法に基づき一定の法的義務を負っている。海洋法は、海洋を海域に分けるとともに、一定の自由と義務を認める規則や慣習である。

そこで島嶼国は、気候変動に対処する義務が国連海洋法条約に含まれ得るのではないかと問うている。国際的な気候交渉において海洋に関する問題にはしかるべき注意が向けられていないため、これは特に重要な動きである。

海洋環境にダメージをもたらす温室効果ガス汚染を抑制する具体的義務を各国が有するのであれば、これらの義務に対する違反には法的結果が生じることになる。いずれ、小島嶼国が受けた損害に対して賠償を受けることもあり得る。

なぜ勧告的意見を求めるのか?

国際海洋法裁判所は、国連海洋法条約によって設立された独立司法機関である。同裁判所は、条約の解釈または適用に関する紛争、および裁判所に回答を要請されるある種の法的質問に対して管轄権を有する。これらの質問に対する回答は、勧告的意見として知られている。

勧告的意見は法的拘束力を持つものではなく、法的問題に関する権威ある声明である。それらは、国家や国際機関に対し、国際法の実施について指針を与える。

同裁判所は、これまでに二つの勧告的意見を出している。深海底における採掘違法、無報告、無規制の漁業活動に関するものである。これらの手続きでは、国家、国際機関、そして世界自然保護基金(WWF)のような非政府組織から陳述書の提出があった。

2022年末、新たに設立された「気候変動と国際法に関する小島嶼国委員会」は、同裁判所に勧告的意見の要請を提出した。海洋環境への影響を含む気候変動に対処する国家の義務に関する要請である。

同裁判所には、国家や機関から、彼らがどのような対応を取るべきかに関する見解を述べる50件以上の陳述書が提出された。これらの陳述書、なかでもオーストラリアニュージーランドによる陳述書が、近頃公開された。

海洋法は気候変動を規制するメカニズムとして作られたものではないが、その権限は、気候と海洋の関連性を検討するには十分なほど幅広い。これを立証するためには、この40年の歴史を持つ枠組み合意を、公海におけるレジリエンスを強化する義務など、世界情勢の変化や法の変化という観点から解釈しなければならない。これを実現する一つの方法が、同裁判所による勧告的意見の発行である。

国際海洋法裁判所に提出された質問

同裁判所に提出された質問は、以下のために締約国が負う具体的な義務は何かというものである。

(a) 大気中への人為的な温室効果ガスの排出に起因する海洋の温暖化、海面上昇、海洋酸性化などの気候変動から生じる、または生じる可能性のある有害な影響に関連して、海洋環境の汚染を防止、軽減、規制するため。

(b) 海洋温暖化、海面上昇、海洋酸性化などの気候変動の影響に関連して、海洋環境を保護および保全するため。

この質問には、国連海洋法条約の具体的文言が用いられている。それらは、裁判所がその意見において条約のいずれの条項を参照すれば良いか、手掛かりとなる。

この質問では、条約の「海洋環境の保護および保全」と題する部分に明示的に言及している。この部分は、海洋環境を保護および保全するという締約国の一般的義務と、「汚染を防止、軽減、規制する」措置を定めている。また、締約国に対し、損害や危険を移転してはならず、ある類型の汚染を別の類型に変えてはならないと求めている。

海洋環境の汚染は、条約で次のように定義されている。

人間による海洋環境(三角江を含む)への物質またはエネルギーの直接的または間接的な導入であって、生物資源及び海洋生物に対する害、人の健康に対する危険、海洋活動(漁獲およびその他の適法な海洋の利用を含む)に対する障害、海水の水質を利用に適さなくすること、ならびに快適性の減殺のような有害な結果をもたらし、またはもたらす恐れのあるものをいう。

締約国が義務を果たさない場合はどうなるか?

国際海洋法裁判所は、海洋法に対する重大な問いに答える必要がある。「海洋法条約は、気候変動の促進要因や影響に言及するものとして理解され得るか? もしそうであるなら、同条約は、締約国がそれらに対してどのように対処することを求めているか?」という問いである。

小島嶼国委員会の質問で問われていないことは、締約国がその義務を果たさない場合はどうなるかということである。その答えは小島嶼国にとって特に重要であり、彼らは、気候変動の影響に伴う損失と損害への対処に関する現在継続中の交渉に不満を抱いている。

気候変動に関連する義務は、国連気候変動枠組条約パリ協定といった他の条約や規則において定められている。小島嶼国は、これらの義務を明確にするため、さまざまな裁判所に助言を求めている。

国際司法裁判所は、2024年に、気候変動に関する義務についてより幅広い法的課題を検討する予定である。

国際司法裁判所がこの別個の勧告的意見要請に小島嶼国委員会が参加することを承認したという事実は、国連の主要な司法機関が国際海洋法裁判所の意見を考慮に入れるつもりがあることを示唆している。また、最初に国際海洋法裁判所が海洋法に関する見解を述べ、大気汚染の責任を取ることについて国際法をより幅広く解釈する素地を作ると見込まれることも、注目すべき点である。

小島嶼国による継続的圧力により、気候変動に対処する各国の義務に関するわれわれの理解が進んでいる。

エリシア・ハロウド‐コリブは、メルボルン大学で海洋ガバナンスの講師、リサーチフェロー。また、東フィンランド大学法科大学院の博士研究員。
マーガレット・ヤンは、メルボルン大学教授。

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イランが中国・ロシア・EU・フランス・ドイツ・英国と共に核合意の有効性を再確認

【ブリュッセルIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

イランの有名な核科学者モフセン・ファクリザデ氏が11月27日にテヘラン近郊の街頭で暗殺された事件に対するイランの反応についての憶測が広がる中、イラン核合意(JCPOA)の当事国は、合意を尊重するとの意向を改めて表明するとともに、それぞれの責任ある関与を維持し続ける必要性を強調した。

この意向表明は12月21日、E3/EU+2(中国・フランス・ドイツ・ロシア・英国・欧州連合外務・安全保障政策上級代表)とイランとの間で行われたオンライン形式の閣僚会合で確認された。会合の議長はジョセップ・ボレルEU外務・安全保障政策上級代表が務めた。

閣僚らは、すべての当事国によるJCPOAの完全かつ効果的な履行が依然として重要であることに合意し、核拡散の防止や、制裁解除の約束など、合意履行をめぐる問題に対処する必要性を強く主張した。

Killing of Mohsen Fakhrizadeh/ By Fars News Agency, CC BY 4.0

ドイツ外務省によると、閣僚らは、JCPOAにおける核不拡散に関するコミットメントの履行を監視・検証するよう国連安保理に義務付けられた唯一の公正かつ独立の国際組織として国際原子力機関(IAEA)が持つ重要な役割を強調し、IAEAと誠実に協力し続けることが重要であると述べた。

閣僚らは、国連安保理決議第2231号(2015)で承認されたJCPOAは、世界の核不拡散の取り決めの主要な要素であり、地域と国際の平和に貢献する多国間外交の重要な成果であると述べた。

閣僚らは、米国が合意から離脱したことへの深い遺憾の意を繰り返し表明し、国連安保理決議第2231号は完全に有効であると述べた。米国は、「イラン核合意」あるいは単に「イラン合意」として知られるJCPOAからの離脱を2018年5月8日に表明していた。

閣僚らは、米国をJCPOAに復帰させるように対話を継続することに合意し、この問題に対して前向きに共同で取り組んでいく用意があることを強調した。

専門家らは、ファクリザデ氏の死がイランの核開発プログラムに与える影響について確信を持てずにいる。ファクリザデ氏は、2000年代前半にイランが秘密裏に行っている核兵器開発を主導したとされる。最近では、イラン国防省・軍兵站部門における准将であり、同省の国防技術革新研究機関(DRIO)のトップの地位にあった。また、イスラム革命防衛隊と関係のあるイマム・ホセイン大学で物理学を教えていた。

ファクリザデ氏は、何らかの立場で核合意交渉に関わり、その仕事ぶりによってイランで最高の勲章を授与されたとされている。しかし、彼がイランの核計画において生前に何らかの積極的な役割を果たしていたとしても、それがどんなものであったのかは判然としない。

Mohsen Fakhrizadeh/By Tasnim News Agency, CC BY 4.0

ムハマド・サヒミ氏によると、イランの先進的な防衛開発研究を監督する立場にあるDRIOにファクリザデ氏の死が与える影響は、彼自身の役割と、同機関の人材状況について把握できない限り、どの程度のものになるかわからないという。しかし、研究開発プロジェクトの性質や、イランの軍産複合体における知識の制度化、DRIOが比較的豊かな人材を擁していたことを総合すると、ファクリザデ氏の死は限定的な意味合いしか持っていない、とサヒミ氏は外交専門ニュースサイト「Responsible Statecraft」に記している。

またサヒミ氏の分析は「イラン・レビュー」に転載されている。このサイトは、「非国家・非党派の主要な独立系ウェブサイトで、イランの政治、経済、社会、宗教、文化、外交政策、地域・国際問題に対する科学的・専門的なアプローチを代表して分析を提供するもの。」である。

サヒミ氏は南カリフォルニア大学ロサンゼルス校の教授で、この20年間、イラン政治と核計画に関する論文を多数発表してきた。

今回の襲撃の首謀者は、任期が残り数週間となったドナルド・トランプ政権の間にイラン政府を米国との軍事紛争に引きずり込みたかったのかもしれないが、イランの意向が変化した兆しはない、とサヒミ氏は述べている。

イランの指導層や政界各派が復讐を呼びかけているが、イランは、「戦略的忍耐」政策の下で2018年5月以来の米国の「最大の圧力」攻勢に耐えてきた、とサヒミ氏はいう。近年では最も厳しい制裁、激しいサイバー攻撃、核施設を含めたイランの重要インフラに対するサボタージュ攻撃、政府幹部の暗殺などが、この攻勢の中で行われてきた。

イスラエルと米国が、イランの核・ミサイル計画を遅らせる目的をもった秘密戦争の一環として、ファクリザデ氏を少なくとも15年間に亘って追い続けてきたという見方で、専門家らは一致している。イスラエルは、イランが核兵器とその運搬手段の製造を実際に目指していると主張してきた。しかし、欧州連合が「犯罪的」とみなし、「司法外執行に関する国連特別報告者」のアグネス・カラマード氏が非難した複数回に及ぶ暗殺は、その目的を達したのだろうか。

答えはノーだ。なぜなら、「科学者が一人、また一人といなくなっても、イランの核計画は前進し続いているからだ。」

電磁気学とその核開発への応用に関する権威であるアルデシール・ホセインプル博士は2007年1月15日に、暗殺された初の主要なイラン人科学者となった。イランの核開発に関するIAEAの最新の報告書は、暗殺のちょうど2か月前にあたる2006年11月15日に発表されていた。

報告書は、イランは濃縮ウランを製造しておらず、濃縮に必要な数の遠心分離機も建設していないと確認していた。その後、2010年1月から2012年1月までの間に、4人のイラン人科学者が暗殺された。

サヒミ氏は、しばしば無視されている事実を指摘している。それは、①イランがJCPOAの規定に従って、低濃縮ウランの97%をロシアに輸出したこと、②1万3000基以上の遠心分離機を非稼働状態にしたこと、③フォルドウ施設から遠心分離機を撤去したこと、④アラクの研究炉を破壊したこと、⑤NPTの追加議定書の履行を開始し、それにより、イランのNPT順守を確認するために同国の核施設へのより積極的な査察を行う権利がIAEAに与えられたことである。

こうしたイラン側の努力にもかかわらず、「トランプ政権は2018年、国連安保理決議第2231号に違反してJCPOAから離脱し、イランに対する最も厳しい経済制裁を課した。」とサヒミ氏は記している。

Photo: Trump ending U.S. participation in Iran Nuclear Deal. Credit: White House.

それに加えて、この20年間、米国とイスラエルは、あらゆる手段を使ってイランのミサイル計画を妨害しようとしてきた。イランには、近代的な空軍がなく、ミサイル計画が唯一の通常兵器による防衛手段となっている。

イランの核濃縮施設の破壊を狙ったマルウェアを含む「スタックスネット攻撃」を例外として、イラン関係者の暗殺やサボタージュの攻撃ははどれとして「イランのミサイル・核計画を遅らせることができなかった。」実際のところ、イランの科学は自力で前進しており、あるプログラムの指導者が殺害されても、他にそれを引き継ぐ者が多くいるのである。

「イランの戦略的な重要性を考えるならば、米国やイスラエルに対するイラン民衆の態度の変化が、こうしたサボタージュや殺害行為の最も考えられる帰結であろう。しかし、そうした行為は、将来的に何も生み出さない。」とサヒミ教授は警告した。

『ニューヨーク・タイムズ』紙のデイビッド・E・サンガー氏は、ファクリザデ氏暗殺の別の側面に着目して、今回の暗殺は「ジョセフ・バイデン次期大統領が、対イラン外交を開始すらしていない段階で、イラン核合意を復活させる努力を座礁させかねないものだ。」と警告した。しかしそれこそが、今回の作戦の主要な目標だったのかもしれない。

Joe Biden in his West Wing Office at the White House/ By The White House from Washington, DC – V011013DL-0556, Public Domain

サンガー氏は、諜報筋の話として、イスラエルが今回の暗殺の裏で糸を引いていることはほぼ間違いないと記している。イスラエルのスパイ機関モサドは、その正確にタイミングを計った活動で有名だからだ。「そのうえ、イスラエル側は、こうした見方を否定していない。」とサンガー氏は指摘している。

実際、ベンヤミン・ネタニヤフ首相は、イランはイスラエルの生存上の脅威であり、今回暗殺されたファクリザデ氏は、人口800万のイスラエルを脅威にさらす爆弾を製造できるイスラエル最大の敵だと名指してきた経緯がある。

「しかし、ネタニヤフ氏にはまた別の目論見もあった。」とサンガー氏は記している。「決して過去の核合意へと回帰させてはならない。」まさにイラン核合意への回帰を公約していたジョー・バイデン氏が次期大統領になることが明らかになった直後に、ネタニヤフ氏が名言にしていたことである。

他方で、ジョナサン・パワー氏のような専門家は、イランの第13回大統領選挙が来年6月18日に予定されていることに着目している。穏健派のハサン・ロウハニ大統領が退任し、核合意回帰への交渉に熱心でない強硬な保守派が新大統領に就任する可能性が高い。

パワー氏は、新たな核合意は1か月もあればまとめることが可能であるという。「トランプ大統領が反故にした前の状態に即時回帰するという主張を双方が尊重できれば、それは可能だ。それにより、中東はより安全で平穏になる。そして、同じような誠実さをもって、より対立の大きい別の問題に関して交渉をすることで、中東をより安全な場所にすることができるだろう。」と、ジョナサン・パワー氏は記している。(原文へ

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軍縮に向けた議会の行動に関する新たなハンドブック発行

【ジュネーブIDN=ジャムシェッド・バルーア】

国連のアントニオ・グテーレス事務総長が2018年5月に「私たち共通の未来を守る:軍縮へのアジェンダ」を発表してから約1年半、安全保障と持続可能な開発に向けた軍縮を促進する新たなハンドブックが出された。そのアプローチと焦点は主に「軍縮アジェンダ」を基礎としたものである。「私たち共通の未来を確実にする」と題されたこのハンドブックは、4つの国際的な議会組織と2つの国際的な政策団体が11月5日に発行したもので、軍縮の広範な問題に関する効果的な政策や議会の行動について、その背景と事例を示したものである。

そうした軍縮問題には、大量破壊兵器、通常兵器、小型武器、未来の兵器技術、宇宙やサイバー空間における軍縮問題などが含まれる。そのことは、軍縮問題が、持続可能な開発の問題や、新型コロナウィルス感染症のようなパンデミックの問題といかにつながっているかを示している。

国連軍縮部の協力を得て作られた同書は、軍縮の重要性を再確認し、効果的な軍縮政策を策定し、監視・履行する上で議員が果たすきわめて重要な役割について述べている。

ガイドブックは「議会と議員には、軍縮協定を批准し、国の履行措置を採択し、軍縮を支援する予算を割りあて、政府の軍縮履行義務を監視し、模範的な政策と実例に焦点を当てて広め、地域及び世界において議員・議会間の協力を構築する責任がある」と指摘し、「議会の行動は、国家安全保障の優先事項を、軍事安全保障に主眼を置いたものから、協力と人間の安全保障に重点を置いたものへとシフトさせる上で、極めて重要である。」と付け加えている。

中満泉 国連事務次長・軍縮担当上級代表は、「議員らは、国連事務総長の『軍縮アジェンダ』を履行していくための重要なパートナーです。このハンドブックは、豊富な実例を通じて議員らに指針となる原則を示すことで、『私たち共通の未来を確保する』ための議会の行動に向けた貴重な資料を、議員や有権者に提供している。」と語った。

ハンドブックは、国連事務総長の「軍縮アジェンダ」に沿って、次のような内容を盛り込んでいる。

人類を救う軍縮核兵器、生物兵器、化学兵器、宇宙兵器に焦点。

命を救う軍縮人道主義的で、安全保障や法的側面に関わる原則を基礎とした兵器の規制に焦点を当て、通常兵器や小型武器、非人道的兵器(地雷やクラスター弾など)、人口密集地での爆発性兵器の使用、適用可能な国際法の概要について記述。

将来世代のための軍縮自立型兵器システムやサイバー空間での戦力の使用など、新たな兵器技術に焦点を当てる。

パートナーシップの強化軍縮における様々な有権者や利害関係者について、議員が軍縮に関するイニシアチブに関していかに彼らと連携できるかに焦点を当てる。

ハンドブックにはまた、軍縮や気候変動、持続可能な開発、パンデミックと軍縮、公衆衛生、経済的な持続可能性に関連した議会の行動に関する内容も盛り込まれている。

全体で53項目にのぼる議会による行動のための提言と、85項目の効果的な政策や議会による行動例が紹介され、リスト化されている。これらの事例は世界のすべての地域をカバーしており、この問題が包摂的で党派を超えたアプローチを必要とすることを反映している。

ハンドブックの作成に際して、「核不拡散・軍縮議員連盟」(PNND)と「列国議会同盟」(IPU)は、議員や軍縮専門家、国連軍縮部関係者、包括的核実験禁止条約機関準備委員会(CTBTO)などの条約機関の関係者、国連加盟国の代表、主要な市民団体関係者などと、オンラインや対面を通じて協議している。これらの協議を通じたフィードバックが、効果的な政策や議会の行動の実例など、ガイドブックの内容に反映されている。

ハンドブックは「ジュネーブ安全保障政策センター」「列国議会同盟」「地球規模問題に取組む国際議員連盟」「核不拡散・軍縮議員連盟」「小型武器に関する議員フォーラム」「世界未来評議会」の共同の取り組みとして、国連軍縮局からの後援を得て出版された。

これらの組織のリーダー等が、以下のような言葉をハンドブックに残している。

マリア・エスピノーサ(世界未来評議会メンバー、第73回国連総会議長)

「軍縮に関する必携のハンドブック。各国で効果的な軍縮政策・軍縮法を前進させ、地域・国際レベルで協力を促進しようという議員にとって貴重な資料です。」

マーティン・チャンゴン(列国議会同盟事務局長)

「さまざまな政治的立場の政治家を巻き込むことが、世界中の人々にとっての平和・安全・民主主義・経済的幸福を高め、地球を守るための軍縮措置を前進させる上で肝要だ。軍縮の重要性は、新型コロナウィルスの感染拡大に照らしても明らかになってきている。よい公衆衛生システムや科学、エビデンス重視の政策、国際協力、知識を蓄えた市民社会、平和は、銃や爆弾などとはまた違った意味で、パンデミックと闘う『武器』になる。」

ナビード・カマール議員(「地球規模問題に取組む国際議員連盟」国際の平和・安全プログラム責任者、パキスタン元国防相)

「『安全と持続可能な開発のための議員軍縮ハンドブック』の発行を強く支持する。このハンドブックは、主唱者でもあり立法者でもある議員が、軍縮目標を前進させる決定的かつ媒介的な貢献を成すための数多くの方法を紹介したすばらしい資料だ。」

デイジー・リリアン・トルネ・バルデス(「小型武器に関する議員フォーラム」議長)

「国連事務総長が2018年に発表した『軍縮アジェンダ』は、今日の世界にとって極めて重要かつ必要とされているものだ。議会の行動が、軍縮や平和、持続可能な開発を世界で推進し、小型兵器の野放図な移転を防ぐうえで決定的だ。このハンドブックは、議員が今後進めていく軍縮への取り組みを刺激する歓迎すべき書である。」

フィル・トワイフォード議員(ニュージーランド軍縮・軍備管理相、元PNNDニュージーランド支部議長)

「人間の安全保障や外交、国際的な紛争解決、法と強い結びつきを持った適切な軍縮措置は、武力紛争を減らし、命を救い、世界全体で1兆9000億ドルに上る軍事予算を削減するのに役立つ。これによって、気候保護や公衆衛生を促進し、持続可能な開発目標(SDGs)を達成するためのさらなる予算を捻出することができる。」

クリスチャン・ダシー大使(「ジュネーブ安全保障政策センター」所長)

「ジュネーブに集まる各種国際機関のひとつとしての『ジュネーブ安全保障政策センター』が、軍備管理と軍縮に関する議会の行動に関するこの有益なハンドブック作成のパートナーになれたことを喜ばしく思う。この分野で大いに必要とされている進展を可能ならしめるエネルギーと革新的な思考を私たちは必要としている。」

アレクサンドラ・ワンデル(「世界未来評議会」事務局長)

「政策決定者には、現在及び将来世代に対する責任がある。このハンドブックは、より平和的な世界の構築に向けて議員らが取り組むための完璧なツールだ。」(原文へ

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サバクトビバッタ大発生:「アフリカの角」地域への脅威続く

【ローマIDN/FAO】

国連食糧農業機関(FAO)は、2020年を通じて実施されてきたサバクトビバッタ防除への集中的な取り組みにもかかわらず、サバクトビバッタの新たな世代の成虫の群れが、「アフリカの角」地域とイエメンの何百万ものの農家と牧畜民の生計と食料安全保障を脅かしている、と発表した。

国際的な支援とFAOの調整による、これまでにない大規模な対応活動により、今年1月以来10か国において130万ヘクタール以上の被害地域で駆除作業が行われた。

防除作戦により、すでに急性食料不安と貧困により大打撃を受けている国々で、推定270万トンの穀物(約8億ドル相当)の損失が免れた。これは年間1800万人の人々を養うのに十分な量である。

Cyclonic Storm Gati on November 22, 2020/ By The National Aeronautics and Space Administration (NASA) – EOSDIS Worldview, Public Domain

しかし、バッタにとって好条件な気候と広範囲にわたる季節的降雨により、エチオピア東部とソマリアでは大規模な繁殖の発生が確認されている。先月、ソマリア北部に洪水をもたらしたサイクロン「ガティ」によって、この状況は悪化しており、今後数か月でバッタの発生をさらに拡大させる模様。新たな成虫の群れがすでに形成されており、ケニア北部に再び侵入する恐れが高まっている。同時に、紅海をはさんだ両岸で繁殖が広まりつつあり、エリトリア、サウジアラビア、スーダン、イエメンに新たな脅威をもたらしている。

FAOの屈冬玉事務局長は、「私たちは多くを成し遂げたものの、この執拗な害虫との闘いはまだ終わっていません。」と指摘したうえで、「私たちは見放してはいられません。バッタは昼夜を問わず成長を続けており、被害地域全域の脆弱な家庭の食料不安の悪化が懸念されます。」と語った。

FAOは政府やその他のパートナー機関に対して、監視と調整、技術的アドバイス、物資と設備の調達を支援している、被害国の食料生産を保護し、食料不安の悪化を防ぐためには、取り組みをさらに強化する必要がある。

これまでにドナー国とパートナー機関から得た防除活動への資金援助額は、2億ドル近くに上る。このおかげで、FAOと各国政府は、過去何世代もの間、この規模でのバッタの大発生に直面していなかった地域においても、バッタへの対応能力を迅速に拡大することが可能となっている。地上偵察・防除要員1500人以上に対して訓練が実施され、現在、地上噴霧器搭載車両110台と航空機20機が稼働している。

FAOは現在、最も被害を受けている国(エチオピア、ケニア、ソマリア、スーダン、イエメン)での監視・防除活動を強化するため、さらに4000万ドルの呼びかけをしている。これら5か国では、すでに3500万人以上が急性の食料不安に陥っている。 今期の発生に対する制御活動がなされなければ、この数値はさらに350万人増加する可能性がある、とFAOは推定している。


農村の生計を守ることは必須

FAOは、政府やパートナー機関と協力して防除活動を実施しているだけではない。FAOは、被害を受けた生産者には栽培パッケージ、牧草地が不足している地域では家畜への獣医療や飼料、作物を損失した家庭には、次の収穫期までの期間を乗り越えるための資金を提供することで、農村部の生計保護の活動を行っている。

Desert locust (Schistocerca gregaria) laying eggs during the 1994 locust outbreak in Mauritania/ Christiaan Kooyman – public Domain

すでに20万世帯以上の家庭が生計支援を受けており、この数値はさらに増えると予想されている。 FAOは、2012年初頭にさらに9万8000世帯を支援し、主に人道対応計画を通して、継続的な支援を呼びかけている。

追加資金がなければ、防除への取り組みは2021年1月末から減速または停止せざるをえない状況が予想され、作物を食い尽くす害虫数が急増する地域も出てくる可能性がある。 生計への被害を受ける農家は一層の支援を必要とし、各国のバッタの監視・対応能力もさらに強化する必要がある。

これまでに、ベルギー、カナダ、中国、デンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ノルウェー、ロシア連邦、サウジアラビア、スウェーデン、スイス、アラブ首長国連邦、イギリス、アメリカ合衆国、アフリカ開発銀行、アフリカ連帯信託基金、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団、ルイ・ドレフュス財団、マスターカード財団、国連人道問題調整部(OCHA)内の中央緊急対応基金(CERF)、および世界銀行グループから資金提供をいただいている。

サバクトビバッタの監視、予測、防除は、FAOの任務の中核の一つである。サバクトビバッタ情報サービスは約50年間、運用され続けている。FAOは、現在の東アフリカでの危機などのバッタ大発生への対応において、現場での確固たる存在、各国政府の連携を図る能力、サバクトビバッタ管理の専門知識により、主要な役割を果たしている。(原文へ

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