【ニューヨークIDN=ラム・ラモダラン】
核兵器禁止条約(TPNW)発効に際して国連アカデミックインパクトのラム・ダモダラン事務局長が発表したコラム。核禁条約発効に至った歴史的な系譜と世界的な連帯の広がりについて解説した中で、創価学会インタナショナル(SGI)の池田大作会長が1983年以来毎年発表してきた平和提言についても言及している。(原文へ)
INPS Japan
関連記事:
【ニューヨークIDN=ラム・ラモダラン】
核兵器禁止条約(TPNW)発効に際して国連アカデミックインパクトのラム・ダモダラン事務局長が発表したコラム。核禁条約発効に至った歴史的な系譜と世界的な連帯の広がりについて解説した中で、創価学会インタナショナル(SGI)の池田大作会長が1983年以来毎年発表してきた平和提言についても言及している。(原文へ)
INPS Japan
関連記事:
この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=リサ・シャーク】
米国在住の右翼過激主義者たちは、ソーシャルメディアのプラットフォームを利用して偽情報を拡散し、新メンバーを集め、連邦議会議事堂襲撃を計画し、国内の憎悪と分断をいっそう煽った。2021年1月6日の議事堂襲撃以前も、対テロおよび対反乱の専門家たちは、ソーシャルメディアを駆使した陰謀による米国人の「大衆過激化」を指摘していた。ロイターの世論調査によれば、米国の人口の13%が議事堂襲撃を支持していた。(原文へ 日・英)
1月6日の襲撃に責任があるのはソーシャルメディアだけではない。米国の新たな反乱を激化させている要因は、過激主義的なラジオのトーク番組、分断を煽る大統領、白人の優越性が脅かされているという感覚など、さまざまである。これらの要因すべてが、何十年にもわたって米国社会でくすぶり続けてきた。ソーシャルメディアは、問題を作り出したのではなく、増幅させたのである。
1月6日の議事堂襲撃を主導したのは、極右陰謀論「Qアノン」のソーシャルメディアフォロワーのようである。2020年9月の時点で、新たに選出された議員を含め共和党員の60%近くがQアノンを信じていると伝えられる。8月には、ウォール・ストリート・ジャーナルが、新型コロナウイルスによるパンデミックの最初の5カ月で、Qアノン関連のFacebookグループのうち最大で10グループのフォロワー数が600%増加したと報じた。
米国で平和を構築するには、暴徒を駆り立てるあらゆる種類の問題に対処する必要がある。この泥沼から抜け出す解決策を見いだすには、Qアノンという新たな現象、そして大衆のデジタル過激化におけるソーシャルメディアの役割について分析する必要がある。
信頼できる情報源を持たない大衆は、容易に操作することができる。虚偽の陰謀論は、大衆の混乱に乗じて広まる。何が真実で、何が真実でないかを人々が知らなければ、真実の伝達者と称する情報源の言い分を受け入れやすくなる。民主主義や多文化主義を弱体化させようとするなら、真っ先に、ニュースメディアの正当性を否定する必要があるのだ。
ラジオのトーク番組のホスト、ラッシュ・リンボーは、トランプ主義の基礎を築いた。リンボーは自身の信奉者たちに対して、「四大ペテン」は政府、学界、科学、メディアだと訴え、事実を非正当化した。このような不信感を創出することによって、トランプとQアノンは忠実な信奉者を獲得し、大衆をコントロールしたのである。
ニュースジャーナリストたちがトランプの性格、腐敗、無能を暴露する一方、大統領は連日ニュースメディアを攻撃し、彼の言う「フェイクニュース」の被害者を演じた。トランプ信者たちは、「もうひとつの事実」を求めるようになった。2017年、Qアノンはあらゆることについて「主流メディア」に取って代わる右翼的見解を発表し始めた。
1月6日の襲撃以前から、FBIはQアノンの陰謀論者を「過激主義者」であり、国内テロの脅威となりうると分類していた。機密情報にアクセスできる政府高官とされる「Q」は、トランプが政治と「主流メディア」を牛耳る民主党員に率いられた悪魔崇拝主義の小児性愛者からなる腐敗した世界的ネットワーク「ディープステート」から、人類を救おうとしていると主張する。度々トランプをキリストになぞらえつつ、Qの語りは、民主党員、ユダヤ人、ハリウッドのエリートからなる邪悪な「カバル(秘密結社)」を中心に展開する。彼らは老化を防ぐために、赤ん坊を殺し、その血を飲んでいるというのである。
Qは、ソーシャルメディアに自身の立ち位置を示す「パンくず」を投稿し、人々をしてそれを「健全な批判的思考」へと誘導している。事実の断片と排外主義的な嘘を混ぜ合わせ、アノンたちはニュースジャーナリストの信頼性を傷つけようとする。操作されたQアノン動画は、過去の反ユダヤ主義的な虚偽を再燃させ、新型コロナウイルス感染症、世界的な人口移動、性的虐待、人身売買、乳児殺害、その他多くの問題をカバルのせいにしている。Qは、小児性愛者ネットワークを運営する者どもが大量に逮捕される「嵐」や、人々がこぞってQを信じるようになる「大覚醒」を予言しているのだ。
「アノン」とはQの信奉者であり、Qアノンのグループに温かく迎え入れられ、「いいね」や肯定でお互いに報いを与え合っている。暴力的な過激主義の生態系の中で、孤立と混乱を深めるこうした個人的要因は、パンデミック下のソーシャルディスタンスとロックダウンによって、いっそう大きな役割を果たしているように思える。
Qアノンのソーシャルメディアへの投稿は、有機栽培農家、性的虐待問題に関心を持つ人々、政治に無関心な母親たちのグループからハーバード出身者など教養ある人々まで、多様なグループの心に訴えかけようとしている。自分は2020年の大統領選に勝利したが、邪悪な世界規模のカバルが選挙を「盗んだ」のだというトランプの主張を、アノンたちは支持している。Qは、民主党員と多文化的な民主主義を実存的脅威として描いている。
ソーシャルメディアは、「テックトニックシフト(techtonic shift=テクノロジーを震源とする地殻変動)」の進行とともに、世界中の国々で紛争と民主主義に影響を及ぼしている。ソーシャルメディアプラットフォームの利益モデルとアルゴリズムは、虚偽の過激な陰謀論を増幅することにより、分極化を促進し、米国の民主主義を弱体化させているようである。
ソーシャルメディア各社は、広告主に消費者を提供するためにユーザーにより多くのQアノン関連コンテンツを表示し、人々をプラットフォームにもっと長く滞在させることが利益につながる。アルゴリズムは、Qアノン関連コンテンツがユーザーの注意を引き付けることを正確に予測し、その表示数を増やす。
Qアノンが大勢の人々を過激化させているという警告を受けると、IT企業は「言論の自由」を主張した。しかし、権利擁護の活動家たちは、虚偽や扇動的なコンテンツの増幅に「到達する自由」などというものはないと指摘する。
議事堂襲撃事件の後、FacebookとTwitterは、トランプをプラットフォームから排除し、Qアノンに関連する何万件ものアカウントを凍結した。人権活動家や民主主義活動家の警告を何年間も無視した後に、ようやく下された決断である。
プラットフォームから排除したことによって、将来的なソーシャルメディア上の害を防ぐことはできるかもしれないが、カルト陰謀論信者の解体または洗脳解除には役に立たない。すでに何百万人もの人々が、より小規模で規制の少ないソーシャルメディアプラットフォームに乗り換えている。
米国の平和構築者たちは、今後、手ごわい課題に直面する。今回の反乱は年月をかけて形作られてきたものであり、いまや米国の民主主義と人命への持続的な攻撃を行うために必要な大衆の支持を集めているようである。平和構築者にとっては、陰謀論と虚偽の霧から米国人を脱出させることが新たな任務となるだろう。
第1に、世界が急速に変化しているときほど、人々は陰謀論を受け入れやすくなる。そのようなストーリーが世界を理解するために役立つからである。平和構築者は、政治的分析と心理的分析を融合し、デジタルフォークロア、平和に関連するミーム、メタストーリーを織り込んで、すべての人にとって人間性、帰属、尊厳への信頼を呼び起こす新たな言説を作り上げることができる。
第2に、平和構築者はこの反乱を民主主義の失敗というより、米国の多文化主義の前進に対する揺り戻しと見ることを選択することができる。アナンド・ギリダラダスの言葉を借りれば、「バックラッシュは歴史の原動力ではない。それは原動力への抵抗なのである」ということだ。米国人は、インドとジャマイカにルーツを持つ初めての女性副大統領を選んだ。そして、歴史的に奴隷貿易の中心地であったジョージア州から、新たにユダヤ系米国人とアフリカ系米国人の2人の上院議員が選出された。「ブラック・ライブズ・マター」は、社会正義を求める歴史上最大規模の抗議運動となった。2020年、米国人はかつてないほどに投票し、抗議した。米国人は、ピープルパワーを見いだしたのだ。
そして最後に、パンデミックの真っただ中にあり、また、内省する十分な機会がある今、米国は白人至上主義、気候危機、消費中心の経済の脆弱さについて国民的議論を交わしている。パンデミックは、我々が変化し、適応できることを示した。それは、Qアノンの恐怖利用を打ち消し、懸念を払拭するために重要な教訓である。2020年は、厳しい一年となった。しかしそこには、コロナワクチンの開発に寄与する米国のイノベーションと想像力、平和的な選挙、気候危機への新たな注目、そして歴史の傷もそれを白日の下にさらすことによって癒すことができるという認識が織りなす、素晴らしいストーリーも含まれている。
リサ・シャークは、戸田記念国際平和研究所の上級研究員、米国の非営利団体Alliance for Peacebuilding(平和構築のための同盟)の上級研究員、およびジョージ・メイソン大学 紛争分析解決学部の客員研究員を務めている。これまでに10の書籍と、数多くの査読付き論文や学術誌掲載論文を執筆した。国家と社会の関係や社会的結束を向上させる、テクノロジーを活用した対話や調整を模索するこれまでの研究成果を生かし、2018年には編著“The Ecology of Violent Extremism(暴力的過激主義の生態学)”を出版した。
INPS Japan
関連記事:
【アブジャIDN=アズ・イシクウェネ】
ナイジェリアのある知事夫人が本国から遠く離れた米国ヒューストンへの医療ツーリズムに参加して自身のコロナワクチン接種を誇らしげに撮影させていたスキャンダルに焦点を当てた記事。知事夫人は、米国でのワクチン接種を、本国の一部に根強いワクチンを悪と捉える偏見を打破するためと説明しているが、変種も含めてCOVID-19による被害が拡大している(感染者87,000人、死者13,000)中での行動に、国内で批判が高まっている。コロナワクチンの大半を富裕国が買占め、ワクチン供給が後回しにされる開発途上国の富裕層の中には、この知事夫人のように先進国に出向いて優先的にワクチン接種をするケースが報告されている。「民衆のワクチン連盟」は、現状では経済力に劣る70近い国で、国民の1割ほどしかワクチン接種を受けられなくなるとしている。(原文へ)
INPS Japan:
【ジュネーブIDN=ジャムシェッド・バルーア】
世界のほとんどの国が、既存の政策や運用に何の変更を加えることなく核兵器禁止(核禁)条約に加盟し、遵守することができる、と『核兵器禁止モニター』は述べている。しかし、世界の42カ国が、この新たな核兵器禁止の枠組みと両立しない行動を現在取っている。実際のところ、欧州は、この条約に抵触する行動をとっている国が最も多い地域である。
2018年に創刊された『核兵器禁止モニター』(以下、「モニター」)は、2017年のノーベル平和賞受賞団体である「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のパートナー組織であるノルウェー・ピープルズエイド(NPA)が編集・発行している。

「モニター」は、国連事務総長が批准書の寄託先となっているこの世界的な条約の当事国となりうる197カ国に関して、核兵器関連の政策と運用を評価している。197カ国には、国連の193の加盟国すべてと、2つの国連オブザーバー国(バチカン市国とパレスチナ国家)、さらに、クック諸島とニウエが含まれる。
「モニター」は、核軍縮の進展と主要な課題をめぐる分析に関する正確な情報を容易に入手できる長期的な情報源となることを目指している。その中心的な目的は、国際社会と、核兵器の廃絶という最も緊急かつ普遍的に受け入れられた目標の達成との間に立ちはだかる活動に焦点を当てることだ。
「モニター」は、核禁条約を、核兵器なき世界に向けた進展に関する指標として利用しながら、条約の普遍化に関連した最新情報を記録している。
また、核不拡散条約(NPT)や非核兵器地帯の諸条約、包括的核実験禁止条約(CTBT)、部分的核実験禁止条約(PTBT)、国際原子力機関(IAEA)の保障措置協定や追加議定書、生物兵器禁止条約、化学兵器禁止条約などの大量破壊兵器に関するその他の関連条約や体制に関して各国がいかなる状況にあるのかも追跡している。
「モニター」は、核禁条約の禁止諸条項や積極的義務に関する明確な解釈を提示し、条約に拘束されることに同意しているか否かに関わらず、世界各国が同条約に従ってどの程度行動しているかどうかを評価している。これは、現在は条約を批准あるいは加盟している国々や、加入を検討している国、将来的に加入することが可能な国に対して指針を示すことを念頭に置いている。
「モニター」の2020年版は、核禁条約が2021年1月22日に発効するのを前に、「米国だけが今日、他国に核兵器を配備しているとされているが(ベルギー・ドイツ・イタリア・オランダ・トルコ)、ロシアや英国も過去にはそうしていた」と述べている。
次の計19カ国が以前に核兵器のホスト国になったと見られている(一部はその事実を知らなかった):ベルギー、カナダ、チェコスロバキア、キューバ、キプロス、デンマーク(グリーンランド)、フランス、東ドイツ・西ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイスランド、イタリア、モンゴル、トルコ、英国。

この数には、関連する期間において、核兵器国の直接統治下にあった地域(グアム、沖縄、マーシャル諸島)は含まれていない。
ほとんどの核配備協定は1950年代・60年代に結ばれたものだが、上述の欧州の5カ国以外では、この協定は無効化していると考えられる。
2020年版の「モニター」は、欧州から残りの核兵器を撤去しようとの試みが欧州の政策決定者によってなされてきたことが指摘されている。例えば、2005年には、ベルギー上院が、同国領土からの核兵器の撤去を呼びかける決議を全会一致で採択している。
2009年、ドイツの連立政権はその政策協定において、ドイツに残る核兵器を撤去させることで合意した。当時のギド・ヴェスターヴェレ外相は、一時は熱心にその方針を追求したが、米国の否定的な対応を見て、翌年には静かに方針を撤回してしまった。
2018年のNATOサミットで加盟国は、NATOの抑止態勢は「米国が欧州に前進配備する核兵器と、関連する同盟諸国が提供する能力及びインフラに依存している」と宣言した。
2020年、NATOの核共有協定におけるドイツの役割に関する議論が再燃した。社会民主党の議員団議長であるロルフ・ミュツェニッヒ氏がドイツからの米核兵器撤去を要求したからだ。NATOのイェンス・ストルテンベルク事務局長は、ドイツによる核共有協定の支持は「平和と自由の擁護のために肝要だ」とすぐさま応じた。
現在、核兵器禁止の新しい流れに抵触する行動をしている42カ国には、9つの核保有国(中国、フランス、インド、イスラエル、北朝鮮、パキスタン、ロシア、英国、米国)が含まれる。これらの国は合計で1万4000発近い核兵器を保有しており、そのほとんどが1945年8月に広島・長崎に投下された原爆よりも遥かに強力である。
残りの33カ国は非核兵器国で、そのうち27カ国は欧州にあり、アルバニア、ベラルーシ、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、チェコ、デンマーク、エストニア、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイスランド、イタリア、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、モンテネグロ、オランダ、北マケドニア、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロバキア、スロベニア、スペイン、トルコである。これらの国々はすべて、核兵器禁止条約第1条(1)e項で禁じられている、核兵器の継続的な保有を支援・勧奨する行為をしている。

これらの国々は、自国領土に核兵器を配備することを認めたり、核攻撃演習に参加したり、兵站・技術支援を行ったり、核搭載可能なミサイルの実験を許容したり、核兵器の主要部品の開発・生産・維持に協力したり、核兵器ドクトリン・政策・声明を是認したりといったさまざまな形で、核保有国による核兵器の維持を支援・奨励している。
欧州外では、さまざまな形で核兵器の保有を支援・勧奨している非核兵器国として、アジアではアルメニア、日本、韓国、米州ではカナダ、オセアニアではオーストラリアとマーシャル諸島がある。
これら42カ国は、核禁条約への参加を認められていないわけではない。しかし、「もし同条約の要求を満たそうとするならば、様々な程度で自らの政策や運用を変えなくてはならない。」と、2020年版「モニター」の編集者でNPAのアドバイザーであるグレテ・ラウグロ・エスタン氏は語った。

「モニター」によれば、核禁条約への支持は欧州以外では高い。欧州では47カ国中31カ国が核禁条約への参加を拒んでいる。同条約発効2週間前の時点で、世界の国々の70%にあたる138カ国が同条約を支持していた。
51カ国が既に核禁条約加盟国であり、37カ国が条約に署名はしているものの未批准である。「したがって、世界の国々の半数が、核禁条約の下における国際法の法的拘束力のある義務を受け入れるという状態が間もなく現れることになる。」とエスタン氏は語った。
「モニター」は、さらに別の50カ国を「その他の支持国」と分類している。アンドラ、エリトリア、モンゴル、ニューギニア、シエラレオネなど、このグループの多くの国々が、核禁条約への加盟の手続きを開始している。
ロシアとの拡大核抑止協定を持つアルメニア、ベラルーシの2カ国を含んだ、様々な地域の17カ国の態度は依然として未確定である。核禁条約に反対しているのは42カ国である。中でも一部の国は、他の国々と比べて核禁条約に抵触する程度が甚だしい。一方、この新条約に参加するメリットに関する議論が、これらの国々の一部で始まっている。(原文へ)
INPS Japan
関連記事:
この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
この記事は、2021年1月12日に「The Strategist」に最初に掲載されたものです。
【Global Outlook=ラメッシュ・タクール 】
核兵器を批判する人々は、ずっと以前から二つのリスクを指摘してきた。第1は、核抑止の安定性は、全核保有国のすべてのフェイルセーフ(安全制御)機構がいつ何時も機能していることに依存しているということだ。それは、核による平和をいつまでも維持するにはあまりにも高いハードルである。第2は、世界の9核保有国において、理性的な意思決定者が政権を握る必要があるということである。(原文へ 日・英)
過去4年の間に、特に問題の9人のリーダーのうち2人の性格的特徴により第2のリスクが高まっている。ドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮のリーダーである金正恩(キム・ジョンウン)が、国連の核兵器禁止条約のゴッドファーザーと評されたのもそのためである。かつて核ミサイル発射管理官を務め、尊敬される反核運動家であった故ブルース・ブレアは、2016年にこう述べている。「ドナルド・トランプに核兵器を持たせることを考えると、心底ぞっとする」
この問題は、2020年大統領選の勝利者としてジョー・バイデンが正式に承認された後、議会内外で醜悪な事態が展開する中、予想外の緊急性を帯びた。1月8日、ナンシー・ペロシ下院議長がマーク・ミリー統合参謀本部議長と、「不安定な大統領が軍事攻撃を開始する、あるいは発射コードにアクセスして核攻撃を命令することを防ぐ」予防措置について協議した。ミリーの執務室は「ニューヨーク・タイムズ」紙に対し、核発射命令権限に関するペロシの質問にミリーが回答したことを認めた。
米国には現在、ペロシの懸念に対処できる法的メカニズムはない。ジョージ・W・ブッシュ大統領の任期終盤の2008年12月22日、ディック・チェイニー副大統領が、大統領権限に歯止めがないことを認め、こう述べた。50年間にわたり、米国大統領には「常時、1日24時間、フットボール(最初の核攻撃計画を指すコードネームが「ドロップキック」だったことによる通称)を携帯する武官が同行しており、その中には、大統領により使用を承認される核兵器発射コードが収められている……彼は、誰にも相談する必要はない。議会を招集する必要もない。裁判所に相談する必要もない。大統領は、われわれが住むこの世界の性ゆえにその権限を有する」と。
米国の核体制は高度警戒状態で核兵器の警報即発射態勢を取っているため、最高司令官の発射命令に即応するようにできている。攻撃を承認する大統領命令が発せられたわずか4分後にはミサイルがサイロから出され、敵のミサイルに破壊される前に発射され、発射から30分以内に標的を捉えられるようになっている。
大統領の絶大な権力が問題視された唯一の歴史的出来事は、ウォーターゲート事件の渦中にあったリチャード・ニクソンの政権末期に起こった。ジャーナリストのガレット・グラフは、2017年に政治誌「Politico(ポリティコ)」に寄稿した際、ジェームズ・シュレシンジャー国防長官が前例のない命令を発した件を振り返った。それは、ニクソンが核兵器発射命令を出したら、軍司令官らはそれを実行する前に国防長官に確認するか、またはヘンリー・キッシンジャー国務長官に確認するよう命じるものだった。それに先立ち、アラン・クランストン上院議員がシュレシンジャーに電話し、「逆上した大統領がわれわれをホロコーストに陥れるのを防ぐ必要」について警告していた。どうやらニクソンは会議の際、「私が執務室に入って電話をかければ、25分後には何百万人も死ぬんだ」と発言して、議員たちを震え上がらせたようである。
1973年、核ミサイルサイロの制御訓練を行っていた米空軍ハロルド・ヘリング少佐は、「受け取ったミサイル発射命令が正気の大統領から出されたものであるかどうか、どうしたら分かるのですか?」と尋ねた。良い質問である。答えを得る代わりにヘリングは除隊させられ、1975年に上告が退けられて、長距離トラックの運転手に転職することになった。ジャーナリストのロン・ローゼンバウムは著書‘How the end begins: the road to a nuclear World War III’ の中で、ヘリングの「禁断の質問」を回想し、このように述べている。
そのような疑問、つまり核兵器発射命令を出す大統領が正気かどうかという問いは、とりわけ厳密に精査するべきことだと思われるかもしれない。しかし、ヘリング少佐の不都合な質問は、歴史上最も恐ろしい決定が、15分もかからず、1人の人間によって、考え直す時間もないままに下されるという事実を如実に浮かび上がらせた。
法学教授のアンソニー・コランゲロ(Anthony Colangelo)によれば、武官は「違法な核攻撃命令に従わない法的義務」があり、核兵器の使用は、国際人道・人権法のもとでは合法性の基準を満たさないという。しかし、2020年12月3日付けの議会調査局覚書は、「米国大統領は、米国の核兵器の使用を承認する唯一人だけの権限を有する」という、支配的なコンセンサスを繰り返し述べるものだった。
元米戦略軍司令官のロバート・ケーラー大将は、武官は統一軍事裁判法により、「命令が合法で、権限ある機関から発せられたものならば、命令に従う」義務があると述べている。世界の紛争地域を主な関心分野とする国際危機グループでさえ、2021年1月7日の声明でトランプからバイデンへの混乱に満ちた政権移行に伴う様々な危機の中から大統領の「核兵器を発射する自由な権限」を特に指摘している。
選挙の結果を認めず、怒りと報復心に燃え、しかし核のボタンに指を置いたままの大統領。しかも金正恩より「大きく、強力だ」と自慢するような大統領が、人心に緊迫感をもたらす役割を果たした。1962年のキューバミサイル危機において、悪名高いカーティス・ルメイ大将のような大統領軍事顧問らが核兵器の展開とキューバ侵攻を望むなか、ジョン・F・ケネディ大統領は冷静さを保った。
2017年1月のトランプ就任以来、世界は戦略面で弱みのある大統領の予測不可能性と信頼性の欠如を考えると、政権内の大将経験者が危機的な状況で手綱を握ってくれることを心から願ってきた。トランプの最初の国務長官であったレックス・ティラーソンが、トランプを「とんでもないバカ」と評した有名な発言は、大統領が核の本質的な現実を把握していないことを踏まえてのものだった。
大統領だけが持つ核の発射権限は、あまりにも強大であまりにも抑制不能であるために、大きな恐怖を抱かせる。ブルース・ブレアは、短期的には先制不使用政策を採用し、中期的には「グローバルゼロ」を通してすべての核兵器を完全に廃絶するという2段階の提言を行った。バイデンは大統領就任後、核攻撃が合法であることの承認を得るために、自分以外に少なくとも1人の政権幹部の合意を求めるように、核兵器の指令体系を変更することができる。また、そうするべきである。
米国に関してこれが単なる理論的懸念にとどまることがないとすれば、核のボタンに指を置く他国のリーダーたちにより核兵器が無責任に使用される可能性について、より深刻な懸念をわれわれが抱くのも無理はないといえる。「核兵器を発射する……米国大統領のみ唯一人の権限をガードレールで取り囲む」ことによって、バイデンは、世界の核リスクを減らす緊急の必要性に焦点を当てることができるだろう。
ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、核軍縮・不拡散アジア太平洋リーダーシップ・ネットワーク(APLN)理事を務める。元国連事務次長補、元APLN共同議長。
INPS Japan
関連記事:
|視点|トランプ大統領とコットン上院議員は核実験に踏み出せば想定外の難題に直面するだろう(ロバート・ケリー元ロスアラモス国立研究所核兵器アナリスト・IAEA査察官)
【ニューヨークIDN=ラヴィ・アービンド・パラト】
連邦議会議乱入事件を経て米国の民主主義に関する議論が高まる中、米国内の多くの政治家やコメンテーターが主張する「民主主義の模範」の実態について、米国の対外活動の実例を挙げながらその二重基準を検証したラヴィ・アルヴィンド・パラトNY州立ビンガムトン大学教授による視点。比較事例として、ロシアのエリツィン大統領による議会議事堂砲撃事件や、イランやラテンアメリカの指導者を失脚させたクーデターに際しての米国の反応や関与を挙げている。(原文へ)
INPS Japan
関連記事:
【ニューヨークIDN=J・ナストラニス】
国連のアントニオ・グテーレス事務総長が繰り返し指摘するように、人類は「決定的な時」に直面している。これは、人間開発報告書(HDR)30周年を記念した『新しいフロンティアへ:人間開発と人新世』で強調された警告である。人類は目覚ましい進歩を成し遂げてきたが、私たちは地球の存在を当然のものと考え、自分たちが生存のために依存しているシステムそのものを不安定化している。
動物から人間に広がったとみてほぼ間違いないと思われる新型コロナウィルスは、不平等と、社会・経済・政治システムの脆弱性をすぐさま白日の下にさらし、それに寄生する形で拡がった。また、人間開発の成果を反転させる脅威が訪れている、と報告書は指摘した。

「人間開発の新しいフロンティアとは、人間と木のどちらかを選ぶことではない。それは、大量の炭素排出を引き起こす不平等な成長によって牽引される人間の成長が行き着くところまで行ったという認識を持つことを意味する」と述べるのは、国連開発計画(UNDP)人間開発報告書室長で、同報告の主著者であるペドロ・コンセイソン氏である。
「不平等に取り組み、イノベーションを活用し、自然と協調することにより、人間開発は社会と地球をともに支えるという目標に向け、大きな転換を遂げることができる」とコンセイソン氏は語った。
報告書は、人間の活動が地球に重大な影響を及ぼす支配的な力となった歴史上前例のない時代に私たちが生きていることを示している。こうした影響は、既存の様々な不平等と相互作用しあって、開発上の重要な成果を反転させかねない。
私たちの生活や労働、協力のあり方に関して、私たちがたどっている道筋を変えるのに必要なのは大きな変革に他ならない。報告書は、そうした変革に向けていかに飛躍できるかについて検討している。
実際、今回の人間開発報告書は、より公正な世界において地球と調和をとって生きようとするならば、人々をエンパワーすることで必要な行動をもたらすことができるという信念を強調している。
気候危機。生物多様性の崩壊。海洋の酸性化。リストはますます長くなっている。こうした現状に多くの科学者たちが、地球が人類に影響を及ぼしているのではなく、どうやら人類の方が意図的に地球の地質や生態系に重大な影響を及ぼしているらしいということを初めて認めた。これこそが、人新世、ヒト中心の時代であり、新たな地質学的時代を画するものだ。

UNDPのアヒム・シュタイナー総裁は「人間は地球に対し、かつてなく大きな力を振るっている。新型コロナウィルスや記録的な気温の上昇、拡大する一方の不平等を受け、私たちの炭素と消費によるフットプリントを隠すことなく、進歩というものが何を示すのか定義し直すことに、その力を使うべき時が来ている。」と語った。
シュタイナー総裁はさらに、「この報告書が示すとおり、地球に大きな重圧をかけることなく、高度な人間開発を達成した国は地球上に一つもない。しかし、私たちはこの間違いを正す初めての世代となることができる。それこそ、人間開発の新しいフロンティアだ」と語った。
報告書は、人間と地球が人新世、すなわちヒト中心の時代という、まったく新しい地質時代に足を踏み入れる中で、人間が地球に及ぼす危険な圧力を十分に考慮することにより、各国が進歩への道のりを描き直し、変化を妨げる力と機会の不均衡を解消すべき時が来たと論じている。
私たちは、この新しい時代にどう対応すべきか。 地球への重圧を軽減しつつ人間開発を継続しつづける大胆かつ新しい道を見つける選択をするだろうか。あるいは、いつものやり方に回帰しようとして結局は失敗し、危険な未知状態へと押し流されてしまうのだろうか。
人間開発報告書が明確に採るのは第一の選択だ。しかし報告書は、何をすれば目標が達成できるのかということについて、よく知られたことをリスト化するに留まっていない。報告書は、その年次人間開発指数(HDI)に実験的な新しい観点を導入している。
地球への圧力が、社会が直面している圧力を反映しているような将来が、この報告書によって垣間見える。コロナ禍の破壊的な影響が世界の注目を集める中で、気候変動や拡大する不平等といったその他の危機への注目が犠牲になっている。地球と社会の不均衡という難題はお互いに関連し合っており、互いを悪化させる負のスパイラルに陥っている。
30年前、国連開発計画は、進歩を定義し測定する新たな方法を生みだした。開発の唯一の指標であった国内総生産(GDP)を用いるのではなく、人間開発によって、すなわち、各国の人々が価値のある生活を送っているかどうかによって、各国を順位付けしたのである。

調整済みHDIは、国民の健康、教育、生活水準を測定し、さらに、二酸化炭素排出量とマテリアルフットプリント(=消費された天然資源量を表す指標)という2つの要素を新たに付け加えている。この指数は、民衆の福祉と地球の健全性のいずれもが人間の進歩を定義するにあたって中心的なものであると想定して、世界の開発の展望がどのように変わるかを示すものだ。
結果として生み出されたプラネタリー圧力調整済みHDIにより浮上した世界像は、人間の進歩について楽観視はしておらず、より明確な評価を下すものとなっている。例えば、この指数によって化石燃料とマテリアルフットプリントへの依存度を勘案した結果、人間開発最高位グループから転落する国は、50カ国を超えている。
この調整にもかかわらず、コスタリカやモルドバ、パナマといった国々が30位以上も順位を上げていることは、地球への圧力緩和が可能であることを示唆している。

報告書発表のホスト国となったスウェーデンのステファン・ロベーン首相は、「人間開発報告書は、国連の重要な成果物です。行動が必要とされる時代に、新世代の人間開発報告書は、気候変動や不平等といった、現代を特徴づける問題をさらに重視することで、私たちが望む未来に向けた取り組みの舵取りを助けてくれます。」と語った。
人間開発の新しいフロンティアでは、自然を敵に回すのではなく、これと協力しながら、社会規範、価値観、政府や財政のインセンティブを転換することが必要になると、報告書は論じている。
例えば、新しい推計によると、世界の最貧国は2100年までに、気候変動による異常気象に見舞われる日が年間でさらに延べ100日も増加するおそれがあるが、気候変動に関するパリ協定を全面的に履行すれば、この数を半減させることができる。
それでも、化石燃料への補助は続いている。報告書で引用されている国際通貨基金(IMF)の数字によると、公金による化石燃料補助金が社会に及ぼすコストは、間接的費用も含む合計で年5兆米ドルと、全世界のGDPの6.5%に達している。
植林と森林管理の改善だけでも、地球温暖化を産業革命以前の水準から2度未満の上昇に抑えるために私たちが取らねばならない行動の約4分の1を占める。
ジャヤトマ・ウィクラマナヤケ・ユース担当国連事務総長特使は次のように語っている。「人類は信じられない進歩を実現したものの、私たちが地球を当たり前のものとみなしていたことは明らかです。こうした行動が私たち皆の将来を危険に陥れていることを認識した若者たちは、世界中で声を上げています。2020年版人間開発報告書が明らかにしているとおり、私たちは地球との関係を転換する必要があります。それは、エネルギーと物的消費を持続可能なものにすること、そして、健全な世界が作り出す素晴らしさを享受できるよう、一人ひとりの若者の教育とエンパワーメントを確保することに他なりません。」
報告書は、植民地主義と人種主義に根差した国際的、国内的な不平等により、持てる者が自然の恩恵を独占し、そのコストを他に押し付けていることを示している。このことによって、より持たざる人々の機会が押しつぶされ、対応する能力も最低限にまで削られている。
例えば、アマゾンの先住民が管理する土地は、1人当たりのベースで、世界の最富裕層1%が排出する二酸化炭素を吸収している計算になる。しかし、報告書によると、先住民は苦難や迫害、差別に直面し続け、政策決定に対する発言力もほとんど持っていない。
また、民族性を理由とする差別で、有毒廃棄物や過度の汚染といった、高い環境リスクに晒され、深刻な影響を受けるコミュニティも多くあるが、報告書の著者は、こうした傾向がどの大陸の都市部でも広がっていると論じている。
報告書によると、この新しい時代にすべての人が豊かさを享受できるようにする形で地球への圧力を緩めるためには、転換を妨げている力と機会の巨大な不均衡を解消する必要がある。
報告書は、公的なアクションで、こうした不平等に取り組むことができると論じている。そして、その例として、課税の累進性強化のほか、予防的な投資と保険を通じた沿岸コミュニティの保護により、全世界の沿岸部で暮らす8億4000万人の暮らしを守れることを挙げている。「しかし、対策によって人間が地球とさらに敵対することのないよう、協調的な努力も行わなければならない。」(原文へ)
INPS Japan
This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
関連記事:
【オスロIDN=テメスゲン・カサイ】
私たちはこの戦争(連邦軍が北部ティグレ州に武力侵攻したエチオピア内戦)は一般のティグレ人を対象にしたものではないと聞かされていたが、実際には多数の一般民衆が苦しめられており、同胞たちは沈黙を守っている。
私は1980年代に(当時エチオピア領で現在はエリトリアの首都)アスマラで子供時代を過ごした。両親は「大きくなったら何になりたい」とよく聞いてきたものだ。私の答えはいつも決まっていて、戦闘機のパイロットか陸軍の将軍になりたいと答えた。理由は単純で、父が当時エチオピアを支配していたメンギスツ政権下で軍人だったことから、自分も将来兵士になって国家の「敵」をやっつけたいと思っていた。

戦時下に育った私にとって、ミサイルや弾丸が飛び交う音は日常の一部で、国の支配下にあるメディアは政権にとって都合のいい世界観を国民に垂れ流していた。例えば、当時の内戦については、正義のエチオピア人愛国者と憎むべき反乱軍の間の戦いという対立構図でみるように教えられた。
当時の私は軍歌を暗記し、戦争の英雄を礼賛する詩を書く軍国少年だった。残酷なメンギスツ政権の末期には、緑と黄と赤色のエチオピア国旗を掲げて叫んでいたのを今でも鮮明に覚えている。
当時私が知らなかったのは、父が戦っていた「敵」には、彼の従妹や隣人の子供たちも含まれていたという事実だ。内戦は、エチオピアを構成していた多くの異民族間の社会的文化的絆に深い亀裂をいれることになった。北部ティグレ地域出身の父は、当時反乱軍であったティグレ人民解放戦線(TPLF)やエリトリア解放戦線人民解放軍(EPLF)に参画していた同民族出身の兵士らと戦っていた。
当時は私の家族のようなティグレ系エチオピア人にとって危険な時代だった。メンギスツ政権の支持者の間では、私たちは信用ならない存在でTPLFのスパイではないかという疑いがかけられていた。一方、ティグレ人の間では、私たちは中央政府側についた民族の裏切者とみられていた。他の何千もの家族同様、私たち一家は(ティグレ人としての)民族的なアイデンティティーとエチオピア人としてのアイデンティティーの間で折り合いをつけようともがく中で、双方から虐げられた。
1991年、抑圧的なメンギスツ政権が崩壊し、ティグレ人民解放戦線(TPLF)がエチオピアの政権の座に就いた。一方、エリトリア解放戦線人民解放軍(EPLF)はエリトリア州を掌握してエチオピアから独立した。その結果、私の家族は(エリトリアの首都となった)アスマラからアジスアベバに移り、そこの難民キャンプで10年間を過ごした。ティグレ人主導の新政府は、かつて自分たちと戦った兵士の家族を急いで救済しようとはしなかった。
この政変でエチオピアでは全て変わってしまったが、私たちの帰属の問題はますます複雑なものとなった。まず故郷のエリトリア州が独立したため私たちは外国からの難民とみなされた。同時に、ティグレ人としては、同胞が多数派を占める新政府から恩恵を受けていると見られた。
それから27年間に亘り、ティグレ人民解放戦線(TPLF)が率いる与党連合がエチオピアを支配した。新政権は統治形態として多民族による連邦制を敷いたため、各グループ毎の民族意識が助長された一方でエチオピア人としての共通のアイデンティティーは薄れていった。しかし時間が経つにつれ、ティグレ人主導の非民主的な統治に対する諸民族の抵抗が次第に盛んとなり、各地で大規模な抗議活動が行われる中で求心力を失っていった。
2018年、与党連立政府は、希望、平和、統一を公約に掲げたオロミア州出身のアビー・アハメド氏を新たな指導者を選んだ。しかし連立与党間の協力関係は長くは続かず、それまで権勢をふるっていたTPLFとの関係が破綻、TPLFは本拠地の北部ティグレ州に引き上げていった。そして2020年11月4日、アビー首相はティグレ州に対して宣戦を布告した。
現在の内戦により、ティグレ人たちは再びエチオピア政局の中で翻弄されることとなった。今次の内戦は、TPLFを最大の敵に据えた汎エチオピア主義の復興という文脈の中で進行している。アビー政権は、(ティグレ州に侵攻した)エチオピア連邦軍の行動について、一般のティグレ人を対象としたものではなく、あくまでのTPLFに対する「法執行作戦」であると説明している。しかし、多くのティグレ人が被害に苦しんでいるのが現実だ。

アビー政権が違法とみなしている昨年9月に実施されたティグレ州の地方選挙でみられたように、多くのティグレ人が同州を率いてきたTPLFを支持している。さらに、TPLF指導部を捕獲するために開始された「法執行作戦」の下で、何千人ものティグレ人住民が連邦軍に殺害され家を追われている。一方で、エチオピアのティグレ人以外の諸民族の多くは、連邦軍によるティグレ州の首都メックエル占領を祝い、政府が同胞であるはずのティグレ州の一般住民に援助物資が届かないように妨害しても沈黙を守っている。また、エチオピア各地で、人種に基づく選別とティグレ人を標的にした嫌がらせが増えてきている。
この内戦により無数の家庭に計り知れない破壊と苦難がもたらされているにも関わらず、長年の友人や家族の中にも、この戦争を支持すると表明するものが出てきている。私の社会的な絆は希薄になっていく一方だ。一般のティグレ人が人道危機に直面しているにも関わらず、政府が意図的に援助物資の搬入を拒否し、そうした政府の所業を大半のエチオピア人が暗黙のうちに認めているという現実に、私がかつて持っていたエチオピア人としての帰属意識は次第に遠のいていった。
中でも最も悲しいのは、常にエチオピア人であることを誇りにしてきた父が、人生の28年間を犠牲にして尽くしてきた国によって、再び差別され孤独に苦しんでいる現状だ。私自身は、今のエチオピアの状況下で、ティグレ人とエチオピア人の双方でいられるのは不可能だと思っている。今回の戦争とティグレ人の苦難に対する多くの同胞の反応を目の当たりにして、かつて私が抱いていたエチオピアとの絆は、もはや修復できないほど壊れてしまったと感じている。(原文へ)
INPS Japan
関連記事:
【アンマンIDN=バーナード・シェル】
(新型コロナウィルスの感染拡大のために2021年8月に延期されている)核不拡散条約(NPT)再検討会議は、核兵器国どうしや、核兵器国と非核兵器国との間の深い分断で特徴づけられたものになるであろうと見られている。非核兵器国は、NPTそのものと過去のNPT再検討会議で公約された核軍縮に前進が見られないことに深く失望している。
こうした状況を背景に出された16カ国の共同声明は「すべての核兵器国が、NPTの下における公約を履行するための意味のある措置を取ることにより、リーダーシップを発揮し、核のリスクを低減し、核軍縮を前進させるべきだ」と訴えた。これらの国々は、ヨルダンの首都アンマンで開催された「核軍縮とNPTに関するストックホルム・イニチアチブ」第3回閣僚会合に参加した国々である。
ヨルダンは、アラブ諸国で同グループに唯一参加している国であり、アラブ世界で軍縮外交をリードし、核兵器国に対して、世界の安全保障を強化する建設的なプロセスに参加するよう求める機会を持っている。

声明は「(2020年2月25日にベルリンで採択された)宣言『核軍縮を前進させ、我々の未来を確保する』を想起しつつ、その宣言の中に盛り込まれた、核兵器なき世界に向けた道筋において前進を勝ち取るための22項目の具体的な提案が『足場』になるということを再確認する。」と述べた。
ヨルダンのアイマン・サファディ副首相兼外相は、世界(とりわけ中東)は、核兵器の脅威がそこに加わらなくとも、「既に十分な危機や緊張、騒乱を経験しています。」と語った。
「我が国は、引き続き核軍縮及び核不拡散条約を支持していきます。隣国との良い関係を基盤とした核兵器のない中東地域を構想しています。」とサファディ外相は述べ、アラブ諸国はおしなべて「イランとの友好的な関係を構築する意思を表明してきました。」と語った。
他方で、ドイツのハイコ・マース外相は、「イランは最近、ウランの濃縮レベルを20%に引き上げたが、こうした行動で効果的な不拡散条約のもつ可能性から遠ざかるような賭けをすべきではない。」と語った。
マース外相はさらに、「イラン政府は態度を軟化させて、ウラン濃縮という危険な決定を取り下げるべきだ。」と述べ、米国のジョー・バイデン新政権のリーダーシップによって「2021年は非核世界への道筋が開かれる年になるかもしれない。」との見方を示した。
マース外相は、この数年間の技術的進歩により「核兵器生産は減速するどころかむしろ加速されてきた。」と指摘し、1月6日の閣僚会合で16カ国が行った作業は「多国間主義の最善のあり方であり、核の秩序が正しい方向に向かいつつある兆候に他ならない。」と語った。
スウェーデンのアン・リンデ外相は、同国が共催した今回の閣僚会合は「軍縮をめぐる協議に女性と若者を巻き込むための方法」でもあったと語った。
リンデ外相は「国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)と、同機関がパレスチナ難民に提供している事業へのスウェーデンの支持」を強調した。

ヨルダンのサファディ外相は、ドイツとスウェーデンの外相による同国訪問は「ヨルダンとの二国間関係や、ヨルダンがシリアやパレスチナの難民を受け入れる取り組みに関する協議を行う機会でもあった。」と語った。
サファディ外相は『ヨルダン・タイムズ』の取材に答えて、今回の閣僚会合では、国家による核不拡散をめぐる議論を行ったが、このイニシアチブでは、非国家主体による核兵器取得予防にも取り組んでいると語った。
「私たちは、テロ組織が、混乱と、希望の欠如に乗じていることを知っています。もし核の危機の脅威を取り除こうとするのならば、すべての当事者を満足させ、混乱を終結させるような形で中東地域の危機を解決しなくてはなりません。」とサファディ外相は語った。
国連のアントニオ・グテーレス事務総長はビデオメッセージで、「信頼の欠如という危険な状態」を乗りこえようとするストックホルム・イニシアチブを称賛した。
「核軍縮のためのストックホルム・イニシアチブ」はスウェーデンが始めたもので、2019年6月に16の非核兵器国がストックホルムで第1回閣僚会合を開き、核兵器の問題に効果的に対処しうる建設的で革新的、創造的なアプローチを用いて「いかにして核軍縮外交を前進させるか」を討議した。
安全保障問題アナリストで「ジュネーブ安全保障政策センター」OGであるディナ・サアダラー氏が指摘するように、この会合の主な目的は、NPTの価値を再確認し、NPT再検討会議を建設的なものにする可能性を高めることにある。
イニシアチブに参加した16カ国は、NPTをとりまく様々な難題についても認識しているが、あえて「NPTの否定しえない成功」について注目することとした。すなわち、第一次戦略兵器削減条約(START I)を通じて世界的に核戦力の規模を縮小し、中央アジアやアフリカなどで非核兵器地帯を創設して緊張を緩和し、「原子力供給国グループ」設立のように、核物質の拡散を抑える諸条約に署名してきたNPTの成果である。ストックホルム・イニシアチブは「私たちはともに、この画期的な条約(=NPT)の将来を確実にしなくてはならない。」と述べている。
このイニシアチブによれば、現在の真の危険は、世界の安全保障環境にマイナスの影響を与える「潜在的な核軍拡競争」の存在にあるという。米国は2019年初め、1987年に締結された中距離核戦力全廃条約から離脱した。ストックホルム宣言は、軍備管理をめぐる他に3つの主要な懸念について触れている。
第一は、2021年2月と間近に迫った新戦略兵器削減条約(新START)が失効する問題がある。同条約は、米露間に残る唯一の軍備管理条約である。
第二は、イラン核合意(正式には「包括的共同作業計画:JCPOA」)である。米国が2018年に同合意から離脱し、欧州の同盟国を含む他の当事国との間に摩擦が生じた。また、同合意に定められた核活動の制限に関するイランの遵守が一時停止されたことは、中東に核拡散を引き起こしかねない。
第三は、1974年以来国連で議論されながら、遅々として進展しない中東非大量破壊兵器地帯創設の問題である。
閣僚らは、2020年2月にベルリンで、さらに同6月にはオンラインで会合を持っている。

その間に、多くの国が核兵器禁止(核禁)条約に加わった。核兵器なき世界に向けた願望の表明でもあり、NPTとともに、この願望を定式化し履行する法的枠組みが必要であるとの考えの表明でもある。
核禁条約は2021年1月22日に発効する。
核兵器国は、核禁条約はNPTプロセス内におけるコンセンサスを危険にさらすと非難している。また、中東非大量破壊兵器地帯構想がながらく停滞していることも、不満の原因のひとつとなっている。
中東非大量破壊兵器地帯化は、1995年に開催された NPT 運用検討・延長会議で決定されたもので、NPTの無期限延長と同地帯創設の不可分のつながりが生み出された。国連総会は、NPTに並行して、同地帯創設に関する協議の枠組みを設定しているが、2019年11月に一度だけ協議の開催に成功しているに過ぎない(2回目の会期は2021年に延期されている。)(原文へ)
INPS Japan
関連記事:
|視点|広島・長崎への核攻撃75周年を振り返る(タリク・ラウフ元ストックホルム国際平和研究所軍縮・軍備管理・不拡散プログラム責任者)(前編)
この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=アレクサンダー・クメント】
1945年に核の時代が幕開けして以来、核兵器に対する各国の認識や戦略的立場には常に相違がある。2017年の核兵器禁止条約(TPNW)は、このような既存の分断を白日のもとにさらした。この条約は、核兵器の人道的影響やすべての人類にもたらす持続的リスクを、非核兵器国がますます重大視するようになった結果である。また、TPNWは、核不拡散条約(NPT)のすべての締約国が全会一致で約束した、信頼できる核軍縮措置および行動が欠如していることへの懸念の表れでもある。TPNWを通して、支持国は核兵器問題に対する明確な態度を示した。すなわち核兵器の爆発がもたらす人道的影響は、あまりにも重大で受け入れ難く、そして恐らく全世界に及ぶものであり、核兵器と核抑止態勢の実行のリスクはあまりにも大きいと考える態度である。したがって、このような事態を防ぐために、また世界が核兵器に基づく安全保障の概念から脱却するための概念的前提条件として、核兵器は禁止されなければならない。(原文へ 日・英)
驚くには当たらないが、核武装国はTPNWを手厳しく批判しており、核兵器を手放す意思はまったく見せていない。過去数十年にわたってこれらの国が主導してきた核兵器をめぐる議論は、核抑止を維持する“必要”を前提条件とし、優先させるものである。核抑止は価値があり必要であるとされ、それが当然と見なされている。これまでのところ、核抑止の前提概念の信ぴょう性に疑問を投げかける考え方や取り組みは、ナイーブであるとか異端であるなどと反論され、それ自体の真価をもって考慮されていない。核抑止のドグマの壁を突破することは、これまでのところ不可能だった。2013年にオスロで開催された核兵器の人道的影響とリスクに関する第1回国際会議以降、提起された実質的な議論に核兵器国が参加することができない、あるいは参加する用意がないという事実も、それを示している。そのような議論はまさに核抑止論の信ぴょう性に異議を唱えるものであるため、核武装国と依存国は、代わりに核兵器禁止という考え方、ひいてはTPNW自体を批判することによって矛先をかわす策を講じてきた。
TPNWを支える論理的根拠も、核依存国すなわち核武装国との拡大核抑止の取り決めを結んでいる国を難しい立場に追い込む。核依存国がうわべの核軍縮支持を主張しながら、同時にTPNWを批判し核兵器の“必要性”と核の現状維持を擁護することは、いっそう難しくなっている。2016年の国連オープンエンド作業部会や2017年のTPNW交渉会議といったTPNWに至るプロセスには、いずれの核武装国も参加していないため、これらの会議で核兵器の安全保障上の価値と核兵器を保持する必要性を声高に訴える役目は核依存国に委ねられた。そのためTPNWは、核依存国が核軍縮や広義には多国間主義を支持しながら、同時に、自国が属するNATOのような軍事同盟の現行の核兵器と核抑止政策を黙認するという、信頼性の問題をあらわにする。この状況は今後さらに厳しいものになるだろう。なぜなら、TPNWが法的に発効すれば、必然的に彼ら自身の国でTPNWとその論理的根拠に関するより幅広い、より市民参加的な議論が湧き起こり、市民社会の関与へとつながっていくからである。
とはいえ、核依存国がこの課題を認め、TPNWの支持に向けて建設的な準備を進めるために取り得るステップはある。例えば核依存国は、核リスクや現行の核抑止政策のせいで非核兵器国の大部分が感じている脅威に対し、理解を表明することができる。彼ら自身も核抑止に基づく安全保障構造からの脱却を望んでおり、それが長期的に持続可能な安全保障政策ではないと理解していることを表明することができる。核依存国は政治的な理由により、今すぐにはTPNWに署名できないと考えているかもしれないが、核抑止への依存を減らし、そこから脱却し、他の形の抑止に置き換えることを明確な政策目標として、また緊急の優先事項として掲げることができるだろう。核依存国は個別に、または集合的にそのような政治目標を設定し、核抑止の持続可能性に関するより建設的な対話への門戸を開くことができるだろう。そのような対話の中で、すべての人類に対する核兵器の人道的影響とリスクを、安全保障上の利益と知覚されているものと比較検討すればよい。
核兵器と集団安全保障に関して、このようなより広範かつ包括的な議論が必要であり、核兵器が構成する世界的脅威に見合ったペースでその議論の重要性を認識し、国際レベルで追求されるべきである。
2010年、NATOはその戦略概念において、「核兵器が存在する限り、NATOは核同盟であり続ける」と表明した。これは、TPNWに反対するNATOの姿勢を強調するために、しばしば引用される文言である。この声明の論理的帰結は、当然「NATOが核同盟であり続ける限り、核兵器は存在する」である。しかし、NATOの戦略概念でその前に書かれている文は、「核兵器のない世界のための条件を創出するという目標に向けて、NATOは全力を尽くす」である。核兵器への依存と核抑止から脱却する信頼性のある動きを開始することが、恐らくほかの何よりも、その条件を創出すると言っていいだろう。これまでのところ、より軍縮賛成派の核依存国の間で、核抑止に関するそのような幅広い議論を開始する、または参加するような動きはあまり見られない。それは、この大西洋を横断する同盟の未来や米国による安全の保証といった、核兵器問題にとどまらない政治的理由による部分もある。ワシントンにおけるさまざまな政治的状況や、TPNW発効を受けていくつかの核依存国がいわゆる橋渡しの努力を行うことで、より大きな可能性を見いだせるかどうかは、今後を待たねばならない。
アレクサンダー・クメントは、オーストリアの外交官であり、同国外務省軍縮・軍備管理・不拡散局長を務めている。軍縮・不拡散問題に関する幅広い取り組みを行っており、核兵器の人道的影響に関するイニシアチブや核兵器禁止条約(TPNW)の立案者の1人である。2016年よりEU政治・安全保障委員会のオーストリア常駐代表を務めた後、サバティカルで2019~2020年にキングス・カレッジ・ロンドンで上級客員研究員を務めた。著作 ‘The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons: How it was achieved and why it matters’ が2021年春に Routledge Taylor & Francis Group から出版される予定である。
本論説に表明された見解は執筆者の見解であり、オーストリア外務省の立場を必ずしも反映するものではありません。
INPS Japan
関連記事: