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アフリカに新天地を見出す中国人労働者

【ナイロビIDN=マーク・カプチャンガ】

中国人にとってアフリカ大陸が新たな故郷になりつつある。4年前にケニアにきたリュウさん(3児の父)は、暫くは中国福建省の故郷に帰ることはないだろうという。

最近完成したばかりのティカ高速道路の建設に従事していたリュウさんは、今後はケニアで小売業を始めるか、違う仕事を探すつもりだという。

現在アフリカには新たな中国人移民の波が押し寄せているが、リュウさんの声はそうした中国人労働者の心情を代弁したものといえよう。今日までに中国からアフリカに渡航した労働者は81万人以上にのぼっている。そして彼らの大半が、アフリカ諸国では本国と比較して多くの収入が期待でき、ビジネスチャンスも多いことから、労働ビザの期限が切れた後も不法滞在を続けているのである。

また中にはアフリカの広大な耕作地に目をつけ、土地と農業ビジネスへの投資で一儲けを企図して渡航してくる者もいる。


中国輸出入銀行の李若谷総裁はかつて、「中国人農民が国を離れてアフリカで農民になることを認めても差し支えない。当銀行は、投資志向の農民の海外移住を支援する用意がある。」と発言したことがある。

それからばらくの間、中国のアフリカ進出に関する話題は大いに注目された。もっとも欧米諸国の見方には、中国の進出をアフリカにとっての機会というよりは脅威と受け止めているものが少なくない。

なかでも大きな懸念となってきたのが、中国ビジネスが現地の雇用に及ぼす影響である。巨額の中国資本が流入してきた結果、アフリカで数千におよぶ雇用が創出されたが、一方で地元の企業や労働者は、中国人企業家や中国人労働者に付随して持ち込まれる低価格製品や低く抑えた賃金体系との厳しい競争に晒されている。

中国人移住者や建設プロジェクトに従事していた元労働者(多くが不法滞在者)らは、本国とのコンタクトを梃に安い中国製品を仕入れて各地で商店を開業している。

こうした中国人労働者の進出は、既にアフリカ各地で不安材料として大きな懸念が浮上してきている。つまり彼らの進出が、地元では現地の企業の閉鎖や失業率の悪化とリンクして捉えられるようになってきているのである。

とりわけレソトザンビア、アンゴラ、南スーダンでは、反中国感情が高まっており、極端なケースでは、対立が暴力的なものに発展し、既に数名の中国人が殺害されたり重傷を負わされたりしている。

2012年8月、ザンビアの炭鉱労働者が、低賃金に対する抗議行動のさなか、中国人の炭鉱管理責任者を殺害するという事件があった。その2年前には、同じ鉱山で中国人監督2人が、低賃金と労働条件の改善を求め抗議したザンビア人炭鉱労働者に向けて銃を乱射し、ザンビア当局によって13人を殺害しようとした罪で起訴されていた。

中国人の人口増加に対して抵抗が大きいのは、中国人による小規模ビジネスが増えるとともに不十分な労働慣行が顕在化している経済規模が小さな国々に集中している。しかし、より経済規模が大きく安定している国については、様子が異なっている。

アフリカ最大の経済規模をもつ南アフリカ共和国(南ア)の場合、反中感情はそれほどでもない。この国では、むしろ中国製品が幅広く、多くの国民がより手ごろな値段で市場に流通していることを歓迎している。南アでは、アジア人が移民人口の大きな部分を占めており、現時点で約20万人の中国人が暮らしているとみられている。

こうしたなか、アフリカ各国では中国人の投資に対する国民感情に配慮して、地域住民のニーズを汲み取った労働法の改正作業が進められている。つまり改正内容の趣旨は、国内における中国人の就労を、労働許可証を保持した者に限るよう徹底するというもので、ガーナやタンザニアでは、中国人不法滞在者に対する厳しい取り締まりが既に実施に移されている。とりわけ、「ジャカリ(juakali)」と呼ばれる無許可の露天商など非公式経済で労働に従事している中国人移民は起訴されることになる。

昨年、タンザニア政府は、数百人におよぶ中国人違法滞在者に対して、彼らは投資家として滞在が認められていたにもかかわらず、実際には市場で露天商や靴磨き等の副業に勤しんでいるとして、30日以内に国内の労働市場から撤退するよう命令を出した。

また、アフリカ大陸全域に亘って、社内の労働力に占める中国人労働者の割合を減らすよう求める声は依然として大きい。

アフリカで中国の進出がもっと著しいアンゴラでは、アンゴラ人労働者が全体の労働力に占める割合は約75%である。しかし平均すれば、中国人労働者の方がアンゴラ人労働者よりも勤労意欲が高く、社内で同じ部署に配置されても生産効率が高い傾向にある。しかし興味深いことにこうした中国人労働者の生産性の高さには、それなりのコストが伴っているようだ。

つまり中国人労働者の所得レベルはアンゴラ人労働者のものよりも平均で6割高く、その他にも住宅、少なくとも年一回の中国帰郷の保障、労働許可証の取得手続き費用、医療費など雇用主に追加の負担がかかっているのである。

企業側でも政府の対応を受けて、新たな労働法のガイドラインのもとで、主に地元労働者の生産性を上げて雇用しやすくするなど、中国人労働者にかわって積極的に地元労働者をと採用する動きが出てきている。また中には、中国人に代わってアンゴラ人の管理職を積極的に登用して事業の統合や生産性の向上を図っている企業もある。

翻訳=IPS Japan

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被災地支援の取り組み:一冊の会『雪香灯』プロジェクト

【東京IPS=浅霧勝浩

今年1月26日、国会議事堂の向かい側にある憲政記念館(永田町1-1-1)で、ある女性の生誕100年を祝う集いが開催された。その女性とは、日本における「難民の母」「NGOのパイオニア」と呼ばれ、2008年に95歳で亡くなった相馬雪香(そうま・ゆきか)氏である。没後5年を経た今も、彼女の信念や生き方に励まされる者は多い。

相馬氏の父は、「憲政の神」「議会政治の父」と呼ばれた政治家・尾崎行雄(号は咢堂(がくどう):1858―1954)である。彼女自身は政治家にはならず、民間の立場で数々の平和・社会活動を展開した。「生誕100年を祝う集い」は、父・咢堂の名を冠した「咢堂塾」とその卒塾生団体「咢志会」が催したものである。そこでは、相馬氏の秘書を長年務め、彼女と共に「咢堂塾」を立ち上げた石田尊昭氏(尾崎行雄記念財団事務局長)による講演も行なわれた。

相馬氏は1979年、ボートピープルを支援する「インドシナ難民を助ける会」(現在の「難民を助ける会」)を立ち上げた。同会はその後、世界の難民・避難民支援、障害者支援や対人地雷廃絶などに取り組み、今や世界有数のNGOとなっている。97年には、同会が調整委員団体を務めるICBL(地雷禁止国際キャンペーン)がノーベル平和賞を受賞した。その他にも、アジア・太平洋地域の女性交流による平和促進を目指した「アジア・太平洋女性連盟」(FAWA)や、紛争地域の和解を促進する国際NGO「IC」(旧MRA)の日本協会、また日韓両国の草の根交流を通じて友好親善を促す「日韓女性親善協会」などを次々と設立し、自ら行動を起こしてきた。

去る3月11日、東日本大震災の発生からちょうど2年が経過した日、東京に事務所を置くNPO法人「一冊の会」を訪問した。同会は1965年、現在の大槻明子(おおつき・あきこ)会長が始めたボランティア団体で、相馬氏が晩年最も力を注ぎ、精力的に活動を共にした団体の一つである。一冊の会は、人権・平和・女性をテーマにした本の輪読・勉強会の開催、途上国や被災地への本・文房具・物資の寄贈などを行なっている。また、同会が母体となり「国連女性機関UN Women さくら」を設立し、途上国女性の地位向上やドメスティック・バイオレンス撲滅、さらには核兵器廃絶に向けた啓発に取り組んでいる。会の運営は、大槻会長と小山志賀子(こやま・しがこ)理事長を中心に、全国に広がるサポートメンバーとボランティアスタッフが行なっている。相馬氏は生前、同会の最高顧問として彼らと直接行動を共にしてきた。

2011年3月11日の震災発生以降、「一冊の会」と「UN Womenさくら」は協力・連携しながら被災地支援を積極的に行なっている。


「震災発生直後、相馬さんの顔が浮かびました。そして、相馬さんなら何をするだろうか…と。相馬さんが生前よく言っていた『あなたに出来ることから始めなさい』という言葉が浮かび、すぐに全国のメンバーに支援を呼び掛け、物資を集め、私と小山理事長で車に積み込んで東北に出発しました。相馬さんは今でも、私たちメンバー全員の精神的支えなんです。」と大槻会長はIPSJの取材で語った。震災発生直後から今日まで、大槻氏自らが車を運転し、小山理事長と共に「0泊2日」で55回にわたり東北に物資を届けている。

「(一冊の会とUN Womenさくらが)届けてくれる物資は、本当に私たちが必要としている、きめ細かなものが多く、とても助かっています。特に、支援者の顔やメッセージがわかる形で贈られるものが多く、単に物というよりも温かい心を感じられて元気が出ます。」と福島県相馬市内の仮設住宅に住む女性はIPSJの取材で語った。「本や図書カードの寄贈も、子供たちがとても喜んでいます。」

一冊の会が今最も力を注ぎ、UN Womenさくらがバックアップしている支援活動の一つに、相馬雪香の名を用いた『雪香灯』プロジェクトというものがある。それについて大槻氏は次のように語った。「これまで、福島県、宮城県、岩手県、青森県・八戸まで沿岸600キロをただひたすら走り回りました。悲惨な捜索活動、想像を超えた破壊…。思い出しても辛く悲しい。それでも、被災地で触れ合う人たちは、私たちに笑顔をつくってくれる。涙をこらえて復興に立ち上がろうとしている被災者の尊い姿を見るたびに、次に何かもっと役に立てることはないか、真剣に考えました。」大槻氏は震災発生直後から、文字通り「道なき道」を昼夜を問わず走り続けた。「真っ暗な東北の夜道を走っていて、つくづく思ったこと。『街路灯があれば…』『光が欲しい…どんなときにも消えない光が…』。それは本当に切実な願いでした。そして誕生したのが『雪香灯』プロジェクトなんです。」

雪香灯は昨年9月、福島県の災害公営住宅「相馬井戸端長屋」に第1号が設置された。送電インフラ(発電所)を必要とせず、風力と太陽光エネルギーのみで作動し、効率的な蓄電技術を備えた街路灯で、地球環境に配慮したものとなっている。「この『雪香灯』が世界に広まれば、被災地はもちろん、送電インフラの無い途上国にとっても希望の光になるでしょう。困っている人のため、そして世界の人々のために尽力した相馬雪香さんの名前と信念を広めつつ、その志を実現していきたい。」と大槻・小山両氏は語った。
 
相馬氏の遺志を継ぐ者は、彼女たちだけではない。前述の難民を助ける会をはじめ、相馬氏が設立したり、関わってきた多くの団体、また繋がりのあった多くの個人が、『出来ることから始める』をモットーに、さまざまな形で東北復興・被災地支援に乗り出している。相馬氏が亡くなって5年が経つが、その信念と行動は、今なお生き続けている。(IPS Japan)

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講演動画「尾崎行雄(咢堂)と相馬雪香」(石田尊昭:尾崎行雄記念財団事務局長)

今こそ「オープンガバメント」の推進を!-東日本大震災・被災者支援で必要な視点(谷本晴樹「政策空間」編集委員)

|UAE|大統領が出席して世界最大のCSP方式による発電所の操業が始まる。

【アブダビWAM】

アラブ首長国連邦(UAE)のハリーファ・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン大統領は、3月17日、アブダビ市の南西約120キロの砂漠地帯に建設した集光型太陽熱発電(CSP)としては世界最大となる発電所「シャムス1(Shams 1)」の操業開始を祝う式典に出席し、「この施設は、経済と依存するエネルギー源の多様化を推進するUAEのビジョンを体現した素晴らしい成果である。」と語った。 

また式典には、UAE首相でドバイ首長国のアミール(首長)であるムハンマド・ビン・ラーシド・アール=マクトゥーム殿下と、アブダビ首長国皇太子で連邦軍副最高司令官のムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン殿下が出席した。

 6億ドル(約570億円)を投じて建設された「シャムス1」発電施設(サッカーコート285面分に相当する敷地に放物面鏡が放射状に広がる:IPSJ)の発電規模は100メガワットで、UAE国内の2万世帯にクリーンエネルギー(年間で二酸化炭素17万5000トン(車両111万5000台分の排出ガスに相当)が削減)による電力を供給する計画である。 

「再生可能エネルギー源開発への進出は、世界有数のエネルギー供給国としての位置を維持していこうとするUAEのコミットメントの表われです。また、シャムス1の操業開始は、経済の多様化と長期に亘るエネルギーの安全保障に向けて邁進しているUAEにとって、大きな一里塚となります。」と大統領は語った。 

また大統領は、本発電所の建設に携わった若きUAE技術者らについて、「このような大規模プロジェクトにおける多国籍企業との協働作業を通じて体得した専門知識は、今後エネルギー分野においてUAEの長期的なリーダーシップを支える人的資源のバックボーンを形成していくでしょう。」と語り、彼らの活躍を称賛した。 

さらに大統領は、「シャムズ1発電所は、我が国の経済、社会、環境各方面における繁栄を目指した戦略的な投資である。…再生可能エネルギーを国内で生産することで、貴重な炭化水素資源(=石油、天然ガス等)の使用をセーブすることが可能となるほか、有望な新産業の成長を支援することになります。」と語った。式典では、国歌斉唱とコーランの朗読が行われた。

翻訳=IPS Japan 

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|UAE|未公開のピカソの「貴婦人像」がルーブル美術館アブダビで公開へ

【アブダビWAM】

パブロ・ピカソ作でこれまで未公開の「貴婦人像」がアラブ首長国連邦(UAE)のルーブル美術館アブダビで公開される。 

ルーブル美術館アブダビ事務局によると、同作品は4月22日から7月20日までサアディーヤート島(ルーブル美術館、グッゲンハイム美術館、ザイード国立博物館の建設が進む芸術・文化地区)で開催される「美術館の誕生(Birth of a Museum)」において初公開され、2015年のルーブル美術館アブダビの開館後は、永久保存される予定である。

 この作品はほとんど知られておらず、ピカソの友人で伝記作家でもあるジョン・リチャードソン氏が2007年に出版した「ピカソの生涯:輝かしい年月 1917-1932」の中で一度言及されているだけである。 

パブロ・ピカソ(1881年~1973年)は20世紀を代表する最も影響力のある芸術家の一人で、近代芸術におけるキュビズム運動の創始者として広く知られている。 

この作品は同じく未公開の約130点にのぼる芸術作品とともに、現在2015年のルーブル美術館アブダビの開館に向けて準備が進められているサアディーヤート文化地区芸術展示センター「マナラート・アル・サアディーヤート」にて来月から公開される予定である。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan 

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|アルゼンチン|独裁政権に加担したカトリック教会への批判高まる

【ブエノスアイレスIPS=マルセラ・バレンテ

Cardinal Jorge Bergoglio in Buenos Aires in 2008. Credit: 3.0 CC BY-SA
Cardinal Jorge Bergoglio in Buenos Aires in 2008. Credit: 3.0 CC BY-SA

アルゼンチンのホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿がコンクラーベ(法王選挙)で第266代ローマ法王フランシスコに選出される中、本国では軍事独裁政権時代(1976~83)のカトリック教会に役割について、教会内部からも公然と批判が噴出してきている。 

バチカンでベルゴリオ枢機卿の法王選出が発表されると、同氏が独裁政権に加担したのではないかとの疑惑報道が世界を駆け巡った。アルゼンチンでは2005年に最高裁が軍政下の犯罪を不問とする特赦法に違憲判決を下して以来、人権侵害に関与したとされる容疑者を裁く公判が各地で開かれているが、この報道も、過去数十年に亘って賛否両論を呼びながら未解決のまま経過してきた独裁政権時代の「汚い戦争」にまつわる数々の疑惑の氷山の一角に過ぎない。 

アルゼンチン司教会議は独裁政権時代の教会の対応について数か月前に謝罪と事実関係の究明を表明しているが、「貧者への選択肢を求める聖職者の会(Curas en la Opción por los Pobres)」「第三千年紀を求めるクリスチャンの会(Cristianos por el Tercer Milenio)」「解放の神学集団(Colectivo Teología de la Liberación)」などの団体は、こうした教会側の対応について、自己批判が足りないと批判を強めてきている。

「こうした議論が公に行われ、私たちが真実を明らかにするため実際に何が起こったかを追求している現在の状況は健全なものだと言えます。」と、ブエノスアイレス大学の研究者で「現代アルゼンチンの宗教と社会に関するワーキング・グループ」を主宰するクラウディア・トーリス氏はIPSの取材に応じて語った。 

アルゼンチンのカトリック教徒を2分することとなった、司教会議による声明は2012年11月に発せられた。同司教会議は「イエス・キリストへの信仰こそが、我らを真実と正義と平和に導く」と題された声明の中で、「独裁政権時代に本来であれば支援すべきであった人々を支援しなかったことを謝罪する」とともに、今後は「より徹底的な調査を行う」ことを約束した。 

しかしこの声明は、独裁政権によって当時遂行された「国家によるテロ」を非難する一方で、「反体制ゲリラの暴力によってもたらされた死と破壊についても我々は知っている。」という文言も含んでいたことから、当時の独裁政権に反対した人々から、司教会議の認識を批判する声があがっている。 

「第三千年紀を求めるクリスチャンの会」は、この声明は独裁政権と一部の高位聖職者の間の共謀関係について相変わらず否定していることから、「内容が不十分だ」と指摘したうえで、「教誨師として軍に従事していた聖職者達に情報を提供するよう要求するとともに、忠実な信徒を混乱させ苦しめたスキャンダルに満ちた状況に終止符を打つべきだ。」と語った。 

 一方、「貧者への選択肢を求める聖職者の会」は、クリスチアン・フォン・ウェルニヒ司祭が独裁政権に直接的に協力した人権侵害の罪で終身刑の宣告を受けたにもかかわらず、司祭職を解任されなかったことや、人道に対する罪で有罪判決を受けている元独裁者のホルヘ・ラファエル・ビデラ氏が、引き続き聖体拝領の儀式を受け続けている事実を挙げ、「カトリック教会がこれまで示してきた多くの姿勢は教義に反するものであり、憤りを覚える。」との声明を発した。 

アルゼンチン北部のサンティアゴ・デル・エステロ州のフランシスコ・ポルティ司教は、司教会議の声明を批判した「貧者への選択肢を求める聖職者の会」が作成した抗議書簡に連署したロベルト・ブレル神父を、他の教区に移転させた。 

ベルゴリオ枢機卿が新ローマ法王に選出される直前、アルゼンチンのスラム街で貧しい人々と生活や労働を共にしてきた神父らで構成する「貧者への選択肢を求める聖職者の会」は、このポルティ司教による報復ともとれる教会の措置に対して、激しく抗議の声をあげた。 

神父らが司教会議に送付した抗議書簡には、「私たちはあなた方を”Estimados”(スペイン語の手紙で用いられる敬称)とは呼びません。なぜなら私たちは卑怯者を尊敬することはできないからです。」「あなた方が司教職を去った際に残念に思うのはこの国の権力者のみでしょう。なぜなら、貧しい人々や農民や先住民族らはこぞってあなた方の退任を祝っていることでしょうから。」等の痛烈な批判が記されている。 

これが、3月13日にベルゴリオ枢機卿が史上初のラテンアメリカ出身のローマ法王に選出された頃の、本国アルゼンチンのカソリック教徒を取り巻いていた状況である。 

トーリス氏は、「司教会議の声明は、独裁政権時代に広く行われていた強制失踪や政治犯の子どもの誘拐に関する情報を持っているものは名乗り出るよう呼びかけるなど、斬新な内容も含まれていたが、多くのカトリック教徒にとって全体的な内容はあまりにも消極的なものと受け止められた。」と語った。 

「教会内の対立は今後も続くのか、また亀裂が一層深まるのか、見守っていかなくてはなりません。」とトーリス氏は付加えた。 

トーリス氏は、独裁政権時代、カトリック教会の中には、軍を思想的に支え「いわゆる社会に浸透している共産主義者を排除する」とした政権側の政策を手助けした聖職者がいた一方で、抑圧された人々の立場に立って活動した聖職者もいた、と指摘したうえで、その理由として、当時独裁政権に対するカトリック教会としての統一した立場が存在していなかった、と指摘している。 
 
前者の例が、ラウル・プリマテスタ枢機卿、ヴィクトリオ・ボナミン司教代理、そしてアドルフォ・トルトロ並びにアントニオ・プラザ両大司教のケースである。いずれも既に他界しているが、独裁政権が管理していた秘密収容所で彼らを目撃したとの証言が出てきている。 
 
 一方、ハイメ・デ・ネヴァレス、ホルヘ・ノヴァク、ミゲル・エサインら一部の司教と、数十人の神父や尼僧、神学生、在家信者が、独裁政権に抑圧されていた民衆とともに歩む選択をし、政権側による、拉致、強制失踪、殺害の対象にされたり、国外亡命を余儀なくされた。 

 その結果、2人の司教が独裁政権に反対して命を落とした殉教者と見做されている。一人目は、北部ラ・リオハ州のエンリケ・アンジェレリ司教で、1976年に当局による暗殺ではないかと疑われている交通事故で死亡した。2人目はブエノスアイレス・サンニコラス地区のカルロス・ポンセ・デ・レオン司教で、1977年に同じく疑わしい交通事故で死亡している。 

当時、ベルゴリオ枢機卿は、イエズス会のアルゼンチン管区長を務めていた。貧困地区で活動していたイエズス会の司祭2人が(おそらく独裁政権の関係者によって)誘拐されたが、これについて、ベルゴリオ枢機卿が2人の身柄拘束に関与したという見方と、むしろ彼の力によって2人が後に解放されたという見方が対立している。 

トーリ氏は、「イエズス会のペドロ・アルぺ第28代総長(広島の原爆直後に医師として被爆者の第一救護にあたった初代日本管区長)が、信仰と並んで社会正義の促進を掲げ、神父らに実践を促したため、貧しい人々とともに社会正義を求める一部のイエズス会士らの活動(=解放の神学運動)は、とりわけ1970年代のラテンアメリカ諸国の独裁政権による迫害(拷問、強制失踪)の対象になったのです。」と語った。 

しかし当時アルゼンチンのイエズス会は、ベルゴリオ管区長の指導の下、信仰と政治問題に発展しかねない社会正義の問題の間には一線を画すべきとする伝統的な立場をとる選択をした。事実、ベルゴリオ枢機卿自身が当時の行動について自己弁護した証言の中で、社会正義を求める活動に邁進していた神父らに対して、独裁政権からの迫害を回避するために、活動を放棄するよう強く促した、と述べている。 
 
 人権活動家で1980年にノーベル平和賞を受賞したアドルフォ・ペレス・エスキベル氏によれば、「当時のアルゼンチンのカトリック教会には、独裁政権に対する統一的な立場が存在しなかった」と指摘したうえで、「司教の中には独裁政権に共謀した者もいました…しかし、ベルゴリオ枢機卿は違います。」と語った。 

エスキベル氏は自ら設立した「奉仕、平和と正義の組織(Servicio de Paz y Justicia)」が最近発表した声明の中で、「ベルゴリオ枢機卿には、最も困難な時期に人権を守るための私たちの活動を支援する勇気がなかったと言えるかもしれませんが、独裁政権と協力したことはありません。」と述べている。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan 

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|中東|UAE紙、オバマ大統領の初のイスラエル訪問について論説を掲載

【アブダビWAM】

米国とイスラエルは歴史的に強固な同盟関係を有しているが、バラク・オバマ大統領とベンヤミン・ネタニヤフ首相は親友関係あるとはいえない、とアラブ首長国連邦(UAE)の英字日刊紙が報じた。 

ネタニヤフ首相は、(イスラエルとパレスチナの和平交渉の最大の障害となっている)ヨルダン川西岸におけるユダヤ人入植地の拡大を差し控えさせるよう意図したオバマ大統領の政策に公然と反対の意を唱えてきた。しかも、親イスラエルの米国議会にアプローチをかけ、先の米大統領選挙に際しては、オバマ氏の対立候補である共和党のミット・ロムニー氏を支持した経緯がある。

 「オバマ政権は、ユダヤ人入植地の拡大を推進するネタニヤフ政権の政策に公然と異議を唱えてはいないが、中東和平交渉が遅々として進まない現実に直面して、強硬派のネタニヤフ政権に対する対応を困難だと認識してきた。」と、UAEの英字日刊紙「カリージ・タイムス」は21日付の論説の中で報じた。 

一方、オバマ大統領の中東和平に対するこれまでの取り組みはパレスチナ人の期待には遠く及ばないものであった。オバマ大統領は一期目の2009年6月4日にエジプトのカイロ大学行った演説の中で、現状を「受け入れがたいものだ」と強調(米大統領として初めてイスラエルによるユダヤ人植民地の拡大を停止するよう呼びかけた)して、パレスチナ人の間に和平進展への期待を大いに掻き立てた。しかし、その後の行動は、中東和平を実現するという大義名分をあたかも放棄したかのようだ。昨年11月にハマスによるイスラエル領内へのロケット弾攻撃に対して、イスラエルがガザ地区に対する圧倒的な空爆で応酬し、女性子どもを含む100人以上のパレスチナ人が殺害された際、オバマ大統領は即座にイスラエルの「自衛のための努力」を支持する声明を発した。さらに、パレスチナが国連総会でオブザーバー国家承認を求めた際、反対にまわっている(決議そのものは、日本を含む138カ国の賛成多数で採決された)。 
 
 「今回のイスラエル公式訪問の内容から判断すると、オバマ大統領が今後イスラエル・パレスチナ2国家解決の進展に積極的に貢献することはないだろう。オバマ大統領は、再選を果たしたネタニヤフ首相に対して、米国はイスラエルの最大の同盟国だと語りかけるなど、両首脳の親密ぶりをアピールした(イラン核開発疑惑問題では、核爆弾製造までのタイムリミットを1年とするオバマ大統領の意見に従来今年春・夏をリミットち主張してきたネタニヤフ首相が同意、一方、オバマ大統領は対話による解決を主張しつつも、イスラエルの自衛のための軍事行動は否定せず、それに協力する可能性もオープンにした:IPSJ)。その後、ラマラのパレスチナ自治政府を訪問しマフムード・アッバス大統領とも面談しているが、既に失望感が広がっているパレスチナ人の間からは、オバマ大統領にはもはや前向きな進展は期待できないとの声が上がっている。」と同紙は付加えた。 

さらにカリージ・タイムス紙は、「オバマ大統領は引き続きパレスチナ人のための独立国家実現について口先では賛同しつづけているが、長年に亘るパレスチナ‐イスラエル間の紛争解決について諦めているのは明らかである。全く妥協する姿勢を見せないネタニヤフ首相との対立を避けて現状維持を選択するのは容易ではあるが、中東全体に和平をもたらす鍵は、このパレスチナ‐イスラエル紛争の友好的な解決にあることを、オバマ大統領は忘れてはならない。」と報じた。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan 

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核兵器禁止へ道を切り開く国際会議

【ベルリン/オスロIDN=ラメシュ・ジャウラ】

「核兵器なき世界」が実現するまでの道のりは、まだ何千里という長さだ。しかし、大量殺戮が可能な核兵器の禁止に向けた重要なステップが、北大西洋条約機構(NATO、加盟28か国)の熱心な加盟国であるノルウェーの首都オスロでとられた。

バラク・オバマ大統領が2009年4月にプラハで行った演説に応えて、NATOは「核兵器なき世界への条件を作り出すという目標」を掲げた。しかし、2010年11月のリスボン会合で承認された「戦略的概念」の一部として、「世界に核兵器がある限り、NATOは核同盟でありつづける」ことを再確認してもいる。

Espen Barth Eide/ By Magnus Fröderberg/norden.org, CC BY 2.5 dk
Espen Barth Eide/ By Magnus Fröderberg/norden.org, CC BY 2.5 dk

 
 ノルウェーのエスペン・バート・アイデ外相は、NATOの戦略的概念と、核兵器がもたらす人道的影響について検討するためオスロで3月4日・5日に主催した画期的な政府間会議との間に矛盾があるとは考えていない。アイデ外相は、圧倒的多数の国家が核不拡散条約(NPT)に署名した1968年以降では、今日ほど、核不拡散への懸念から、すべての核兵器がもたらし続けるリスクに対する認識が高まった時期はないとみている。 

2010年のNPT運用検討会議以来、まだ生まれたばかりではあるが、核兵器違法化を求める運動が大きくなりつつある。運用検討会議の最終文書は、「核兵器のいかなる使用も人間に与える壊滅的な結果に対する深い懸念」に留意し、「全ての国家が、国際人道法も含め、適用可能な国際法を常に遵守する必要性」を再確認している。 

これに、2011年11月の国際赤十字赤新月運動の代表者会議における決議が続いた。同決議は、「法的拘束力ある国際取り決めを通じて、核兵器の使用を禁止し、完全に廃絶するための交渉を誠実に追求し、緊急性と決意を持って妥結させること」をすべての国家に対して強く訴えた。 

その後、2012年5月に開かれた2015年NPT運用検討会議第1回準備委員会において、ノルウェーとスイスを中心とした16か国が、核軍縮の人道的側面に関する共同声明を発した。同声明は、「冷戦の終結した後でも、核による絶滅の脅威が21世紀の安全保障環境の一部であり続けていることに深い懸念を持つ」と述べている。 


オスロ会合の重要性は、核軍縮に関する67年間にも及ぶ公式・非公式の議論の中ではじめて、核兵器がもたらす人道的影響について議論するために127か国の代表が集ったという点にある。これに加え、さまざまな国連機関、赤十字赤新月運動、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)や創価学会インタナショナル(SGI)などの市民団体・宗教団体が集まった。 

緊急性 

ICAN
ICAN

人道的影響に関する緊急性は、米国が最初の原爆を広島・長崎に投下した1945年以来、公式・非公式の核兵器国が保有してきた1万9000発もの核兵器が、地球を何度も破壊する能力を持っていることからも明白である。 

ICANが3月2日~3日にノルウェー政府の支援を得て市民社会フォーラムを開催したのは、この衝撃的な事実ゆえだ。約500人の活動家、科学者、医師、その他の専門家らが集った。フォーラムは、すべての核兵器を違法化する世界的な運動に対して、熱気を与えることになった。 

ICANの代表らは、各国政府や国際赤十字赤新月社連盟、SGIなどのパートナーと協力して、新しい核兵器禁止条約に向けて取り組んでいくと述べた。 

SGIはすべての核兵器廃絶に向けて一貫して訴えてきているだけに、なおのことそう言える。創価学会・戸田城聖第2代会長の「原水爆禁止宣言」を原点に、池田大作SGI会長は、1983年以来毎年平和提言を発表しており、平和と人間の安全保障の実現に向けて地球社会が直面する様々な挑戦と、仏教の基本概念との相互の関係性に焦点を当てている。また、教育改革や環境問題、国連の在り方に関する提言もある。 

Photo: SGI president Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun
Photo: Dr. Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun.

池田会長は、2013年の平和提言の中で、NGO(非政府組織)と有志国による「核兵器禁止条約のための行動グループ」を発足させ、非人道的であり、毎年1,050億ドルをも費やす核兵器を禁止する条約づくりのプロセスを開始させること提案している。 

SGIの寺崎広嗣平和運動局長は、ICANの市民社会フォーラムもノルウェー政府主催の政府間会合も、核兵器なき世界をもたらす重要な機運を醸成したと語った。 

SGIは、2015年の主要国首脳会議(G8)と広島・長崎原爆投下70周年が、核兵器なき世界に向けた拡大首脳会議を開催する重要な節目になることを期待している。 

成功 

オスロ会議は、65か国が加盟するジュネーブ軍縮会議の枠外で行われた。「公式」の核兵器国である米国、ロシア、中国、英国、フランスと、非公式の核兵器国であるイスラエルと北朝鮮は会議に参加しなかったが、核兵器を保有しているとされるインドとパキスタン、それに、核開発疑惑があるイランは参加した。 

会議は、とりわけ、メキシコが次の会議を主宰すると発表したことから、ひとつの成功だと言えるだろう。核爆発が世界的に及ぼす人帰結について理解することは、核兵器を禁止し廃絶する緊急の行動にとって出発点になるという点で広範な国々や組織が合意した。 

Photo: The writer addressing UN Open-ended working group on nuclear disarmament on May 2, 2016 in Geneva. Credit: Acronym Institute for Disarmament Diplomacy.
Photo: The writer addressing UN Open-ended working group on nuclear disarmament on May 2, 2016 in Geneva. Credit: Acronym Institute for Disarmament Diplomacy.

ICANの共同議長であるレベッカ・ジョンソン博士は、メキシコによる発表は大いに評価すべきものだとして、「冷戦真っ只中の1967年、メキシコは、ラテンアメリカ・カリブ海地域全体において核兵器を禁止するトラテロルコ条約の主要な推進国でした。この『非核兵器地帯』は、その後アフリカ、南太平洋、東南アジア、中央アジアにおいて同じような核兵器禁止地帯の創設につながったのです。」と語った。 

これらの非核兵器地帯は、一部の核兵器国[による軍縮への努力]がおそろしく遅い歩みであることに比べれば、成功であることを示してきた、とジョンソン氏は言う。近年、核兵器国の軍縮努力は、保有する大規模な核戦力の近代化、改修、更新に対する多額の投資によって打ち消されている。 

オスロでの科学的発表、一般討論で出された主要な議論は、いかなる国家あるいは国際機関も、核兵器の爆発が直ちにもたらす人道面における緊急事態に十分に対応し、被害者に対して十分な救援活動を行うことは不可能。実際、そのような対応能力を確立すること自体、いかなる試みをもってしても不可能かもしれない、というものだった。実際、やろうとしても、そうした能力を作り出すことは不可能かもしれない。 

原因はどうあれ、核兵器爆発の結果は国境によって妨げられるものではなく、地域的にも世界的にも国家や市民に重大な影響を及ぼす。 

ICANと「社会的責任を求める医師の会(PSR)」のメンバーであり、核によって引き起こされる飢饉に関する報告書の著者であるアイラ・ヘルファンド博士は、核兵器が地域レベルで限定的に使用された場合でも、10億人が飢饉で死亡する可能性があると説明した。 

「小規模」あるいは「限定的」な核戦争後に起きると考えられる気候の大変動と「核の冬」に関する著名な気候学者アラン・ロボック氏らが行った研究を基礎として、ヘルファンド博士は、「放射能汚染が広範囲に広がって住宅や食料、水供給に深刻な影響を及ぼすだろう。また、物的損害をはじめ、世界的な貿易や経済活動一般が崩壊することに伴う財政的被害や、大量の難民が発生することに伴う開発への影響は甚大なものとなろう。」と語った。(原文へ) 

翻訳=INPS Japan 

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「憲法」今こそ国民的議論を―憲政擁護運動100年に思う(石田尊昭尾崎行雄記念財団事務局長)

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Takaaki Ishida, Secretary General of Ozaki Yukio Memorial Foundation.

【東京IPS=石田尊昭

憲法改正の「ハードル」は高い。日本国憲法第96条は、憲法改正要件として、衆参両院のすべての議員の3分の2以上の賛成を得て発議し、国民投票での過半数の賛成で承認することを定めている。

先の衆院選で、公約に改憲を掲げた自民党が圧勝し、同じく改憲を掲げた日本維新の会と合わせて、衆議院の3分の2以上の議席を確保した。そして、去る2月28日に安倍晋三首相は施政方針演説で「憲法改正に向けた国民的な議論を深めよう」と訴えかけた。安倍内閣への支持率は依然高く、このまま行けば今夏の参院選でも、自民党をはじめとする改憲派が優位に立つことが予想される。さらに、これまで高いとされてきたハードルそのものを低くしようとする動き(96条の発議要件の緩和)も出てきている。憲法改正が、これまで以上に現実味を帯びてきたといえるだろう。

今からおよそ100年前の1912年12月、「憲政擁護、閥族打破」を掲げ、憲政擁護運動が沸き起こった。翌13年1月、その運動は全国に広がり、一大国民運動となった。その先頭に立ったのが、犬養毅とならんで「憲政の神」と呼ばれた政治家・尾崎行雄である。尾崎が目指したのは、立憲主義に基づく政治の実現である。近代の立憲主義は、憲法によって権力者の恣意的支配を防ぎ、個人の自由と権利を保障しようとする考え方である。「人の支配」ではなく「法の支配」を、「力の支配」ではなく「道理の支配」を尾崎は主張し続けた。 

護憲であろうと、改憲であろうと、憲法によって国家権力を制限するという近代立憲主義の趣旨からすれば、権力側の「盛り上がり」ではなく、100年前のような国民的議論の喚起、一大国民運動が必要である。国民全体が憲法と向き合い、「熟議」の末に導かれるものでなければならない。 

Ozaki Yukio Memroial Foundation
Ozaki Yukio Memroial Foundation

自民党は「日本国憲法改正草案」を示し、民主党は「憲法提言」をまとめているが、他党も今後、憲法に対して、より明確な姿勢と具体的な内容を示していくことが求められる。われわれ国民も、つい「アベノミクス」に目を奪われがちだが、これから夏にかけて、好むと好まざるとにかかわらず、憲法と正面から向き合わなければならない。 

尾崎行雄は、日本に真の立憲政治を実現させるには、憲法(制度)だけではだめで、それを運用する立憲主義精神が国民に備わることが重要だと説いた。私は、現在の「憲法改正に向けた動き」を(改正の是非は別として)好機として捉えたい。「憲法とは何か、立憲主義とは何か」といった原理原則を踏まえつつ、左右・保革の枠を超えた国民的議論(熟慮と対話)が深まることが重要だと考える。 

最後に、少し長くなるが、日本国憲法が施行された1947年に尾崎行雄が著した『民主政治読本』より一部引用する。尾崎は日本国憲法を大いに歓迎したが、同時にその文言と現実との乖離を冷めた目で見ていた。 

 「新憲法(日本国憲法)はその前文において『日本国民は恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、…全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する』と宣言し、末尾において『日本国民は国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想を達成することを誓う』と結んでおる。この誓いは、日本国民が各々己れ自らの良心に誓った誓いばかりではない、世界の平和と人類の福祉の前に誓った厳粛な誓いでなければならぬ。われわれはこの神聖な誓いは断じて守らねばならぬ。じつに立派な憲法である、まぶしいまでに光りかがやく憲法である。請い願わくば、この憲法が猫に小判を、豚に真珠を与えたような、宝の持ち腐れにならないことを切に祈る。」 

IPS Japan 

石田尊昭氏は、尾崎行雄記念財団事務局長、IPS Japan理事、「一冊の会」理事、国連女性機関「UN Women さくら」理事。

反核運動、中東へ

【マナマIPS=バヘール・カーマル】

オスロで開催された政府間会合「核兵器の人道的影響に関する会議」に合わせて同地で約一週間に亘って活動を展開してきた反核活動家らが、3月10日、バーレーンの首都マナマに移動して、核兵器廃絶に向けたさらなる行動をとった。 

活動家らは、3月10日にマナマで開催された共同記者会見において、「核兵器は、あらゆる戦争の道具の中でもっとも非人道的で破壊的な存在であるにもかかわらず、ますます相互依存を深めるこの世界において暴力の頂点に位置づけられています。」と語った。

本展示会の主催者らは「原爆の脅威は過去のものではなく、今現在私たちが直面している大きな危機に他なりません。」と語った。 

 この展示会「暴力の文化から平和の文化へ:核兵器なき世界に向けて」は、バーレーン戦略国際エネルギー研究センター(DERASAT)創価学会インタナショナル(SGI)、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)、国連広報センター、国際通信社Inter Press Serviceが共催し、バーレーン外務省及び日本国外務省からの支援を得て、マナマで3月12日から23日まで開催される。 

Hirotsugu Terasaki/ SGI

SGIの寺崎広嗣平和運動局長はIPSの取材に対して、「アラブ国家で初めて開催されるこの展示は、核兵器なき世界に生きるという人間の希望を現実のものとするさらなるステップとなるものです。」と語った。 

世界で1200万人以上の会員を擁し、国際の平和と安全を推進しているSGIの日本組織の副会長でもある寺崎氏は、「あらゆるものの中で非人道性の最たるものである核兵器の存在そのものが、大きな危機を暗示しているのです。」と語った。 

核兵器の保有は安全と安心を保証するものであるという核兵器保有国が用いる議論(いわゆる「核抑止のドクトリン」)について寺崎氏は、「世界はこの神話を今こそ乗り越えて進むべきです。」と語った。 

「セキュリティ(=安心)」とは、住居、清潔な空気、飲み水、食べ物など、人間としての基本的なニーズを満たすことから始まります、と寺崎氏は言う。SGIの展示によれば、人間が安全で安心と感じられるためには、単に暴力から保護されているというだけではなく、人々が働き、自らの健康を気遣える環境が確保されている必要がある。 

寺崎氏は、核兵器は「通常」兵器とは2つの点で異なっていると考えている。 

「一つ目は、その圧倒的な破壊力です。広島に1945年に落とされた原爆は、 TNT火薬換算で13キロトンだったと考えられています。」 

「その年の末までに14万人が命を落としました。」 

「それ以降、広島に投下された爆弾の何千倍という威力を持つ50メガトン以上の核兵器が開発されてきました。」 

The atomic bomb dome at the Hiroshima Peace Memorial Park in Japan was designated a UNESCO World Heritage Site in 1996. Credit: Freedom II Andres_Imahinasyon/CC-BY-2.0

「通常兵器は、少なくともある程度は、軍事目標と民間目標を区別することができます。しかし、核兵器は無差別に殺戮し、大規模にすべての生命を破壊するのです。」と寺崎氏は語った。 

「さらに2つ目の点として強調すべきは、核兵器が残す放射能の問題です。爆発による火災が収まり、静寂が戻ったのちでも、放射能は何か月にも亘って残存し、白血病などの病気を引き起こします。そして爆弾投下後に爆心地に立ち入っただけの人でもその影響を受けるのです。またこれらの病気は、しばしば、被爆者の子孫にも受け継がれてしまうのです。」 

SGIは、今回バーレーンで中東地域初の反核展示会を開催するまでに、世界29か国・230か所で展示会を開催してきた。展示に使用されている言語も今回のアラビア語版も含めて8か国語に及んでいる。 (SGIの核兵器廃絶運動のあゆみ

バーレーン展示会の主要な目標のひとつは、中東の非核兵器地帯化に関する議論に貢献することである。 

バーレーンのガニム・ビンファドル・アル・ブアイネン外務担当国務大臣(副外務大臣)は展示会の開幕に合わせて開かれた11日の記者会見で、「我々が今日お届けするものは、イスラムの真の精神を真摯に表現したものに他なりません。」と語った。 

またブアイネン氏は、「イスラムの純粋な意味は『平和』です。しかし残念ながら、今日イスラムのイメージや原則は歪められてしまっています……」と語った。 

さらにブアイネン氏は北朝鮮が先月行った3回目の核実験にも言及し、「国際の平和と安全に対する最大の脅威は、世界規模や地域レベルでの軍拡競争、とりわけ核軍拡競争です。」と指摘した。また、イランの核計画にも触れ、「これまでのところ平和的な性格を維持している」と現状認識を述べたうえで、「しかし、この計画はもし軍事的な核計画に発展することがあれば、湾岸地域の安全保障上のリスクだけではなく、環境や野生動物、海洋生物に対して長期的な影響をもたらすことになるだろう。」と付け加えた。 

角茂樹・駐バーレーン特命全権日本大使は、同記者会見において、「日本は、第二次世界大戦中の核攻撃によって核兵器がもたらす悲惨な人道的帰結に苦しんだ唯一の国です。」と指摘したうえで、日本が引き続き核兵器の廃絶を目指していることを再確認した。 

バーレーンにおける反核展示会の開催に重要な役割を果たしたICANのバーレーン在住の地域活動家ナセル・ブルデスターニ氏は、いわゆる「人道外交」の取り組みを進める必要を強調した。 

生物兵器は1975年、化学兵器は1997年、地雷は1999年、そしてクラスター弾は2010年に禁止されました。今こそ核兵器を廃絶すべき時です。」とブルデスターニ氏は語った。 

この歴史的展示会に先立って、オスロで核兵器に反対する2つの重要なイベントが開催された。ひとつは、約500人の活動家、専門家、科学者、医者らが集まったICANが主催した「市民社会フォーラム」(3月2日~3日)である。これに、127か国の政府代表、国連諸機関に加え、国際赤十字委員会や市民団体など約550人が参加した「政府間会合」(3月4日~5日)が続いた。 

オスロ会議で目立ったのは、国連安保理の5常任理事国の欠席であった。 

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、2012年初頭の時点で、8つの国が約4400発の核兵器を作戦配備している。 

「これらのうち約2000発はいつでも発射可能な高度の警戒態勢下に置かれている。作戦配備されたものに加えて、予備弾頭(活性状態、不活性状態を含む)や解体予定のものなど、すべての核弾頭を数えると、米国、ロシア、英国、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエルの合計で約1万9000発の核兵器が保有されている。」とSIPRIは述べている。 

一方、SGI会長で著名な仏教指導者である池田大作氏は、2013年の平和提言の中で、2030年までに世界的な軍縮を達成するというより大きな目標に向けた出発点となる3つの提案からなる「平和と共生の地球社会の建設に向けた2030年へのビジョン」を展望している。 

池田会長は、この平和提言の中で、NGO(非政府組織)と有志国による「核兵器禁止条約のための行動グループ」を今年末までに発足させ、毎年1,050億ドルをも費やす核兵器を禁止する条約づくりのプロセスを開始させること求めている。 

ICANは、報告書『核兵器に投資するな』( Don’t Bank on the Bomb)で、30か国・300以上の銀行、年金基金、保険会社、資産管理会社が核兵器を製造している企業に巨額の投資を行い、米国、英国、フランス、インドの核兵器の製造、維持、近代化に20の企業が関わっている、と指摘している。(原文へ) 

翻訳=INPS Japan 

This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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