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|バルカン半島|かつてユーゴスラビアという国があった

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【ベオグラードIPS=ベスナ・ペリッチ・ジモニッチ

何十年にもわたって、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国(旧ユーゴ)は人間の顔をした共産主義国家であった。教育と医療は無料で、雇用は保証され、家や小規模ビジネスの個人所有が認められていた。人びとは、他の東欧諸国に比べて高いレベルの生活を享受し、ビザなしに海外にわたることができ、政府は市民に開かれていた。そして非同盟運動を率いる盟主国として、国際社会において確固たる地位を占めていた。しかし、20年前の6月25日にすべてが終わった。

この日、旧ユーゴで最も先進的なクロアチアとスロベニアの両共和国が一方的に独立したのである。両国は、(現在のセルビア共和国の外に在住する)全てのセルビア人の保護者を自認し「すべてのセルビア人はひとつの国に住む必要がある」とするスロボダン・ミロチェビッチ(当時)を悪の権化だとみなしていた。

「(90年代の内戦で)15万人もの人命を失い、莫大な経済的損失をこうむった今、旧ユーゴに住んでいた2400万人にとって独立して何の利益があったかを語るのは非常に難しい。確かに彼らは自らの国を持ったことを誇りにしています。しかし、旧ユーゴと比べれば、ほぼ全ての国に独立国としてやっていくために不可欠な要素が欠けているのです。」と歴史家のプレドラグ・マルコヴィッチは語った。

現在のスロベニア(200万人)、クロアチア(460万人)、ボスニア・ヘルツェゴビナ(420万人)、セルビア(750万人)、モンテネグロ(65万人)、マケドニア(200万人)は、かつての旧ユーゴとはかなり異なる場所である。ユーゴスラビア内戦で各国を率いた3人の指導者、クロアチアのフラニョ・トゥジマン、ボスニア・ヘルツェゴビナのアリヤ・イゼトベゴヴィッチ、セルビアのミロシェビッチはすでに死亡している。

旧ユーゴの構成国の中で欧州連合(EU)に加盟しているのは、最も経済水準が高いスロベニアだけである(2004年)。クロアチアは2013年に加盟予定、モンテネグロとマケドニアがその次の候補である。一方セルビアは、依然としてEU理事会による加盟候補国承認待ちであり、ボスニア・ヘルツェゴビナは1992円から95年に亘った内戦の被害から未だに回復していない。

「EU加盟は私たちにとって自然な選択肢でした。しかし旧ユーゴスラビア連邦時代と比べてEUにおける我々の声は小さなものと言わざるを得ません。」とスロベニアの経済学者であるジョゼ・メンシンガ-は語った。

社会学者のミラン・ニコリッチは、「1991年から95年にかけての戦争は、人命などの直接的な被害に加えて、共感や連帯、犯罪への非寛容といった価値観を崩壊させてしまいました。しかし世界も1991年から大きく変化しています。私たちは皆、未来を向いていかなければならないのです。」と語った。

旧ユーゴ解体がもたらした多くの壊滅的な結果の中でも、経済危機は特に深刻である。生産力は下がり、輸入依存の経済になってしまった。また、市場経済への転換により大量の失業者を出した。さらに世界的な経済危機が、こうした苦境にさらに追い打ちをかけている。

スロベニアの失業率は、旧ユーゴの中でもっとも低く約10%。しかし、ボスニア・ヘルツェゴビナでは40%にも達する。生産力は1989年のレベルにいまだ達していない。

旧ユーゴ構成国6か国の対外債務は1710億ドルで、旧ユーゴ時代の240億ドルを大きく上回っている。その内訳は、最も低いマケドニアで25億ドル、最も高いクロアチアは640億ドルにのぼっている。

(スロベニアを除いて)旧構成国における生産レベルは内戦前の最高レベルであった1989年水準(旧構成国の統計学者はこの年をベンチマークに使っている)にまで未だに回復されていない。

「もし内戦がなかったら、ユーゴスラビアはEUにとっくの昔に加盟し、発展のレベルは少なくとも1989年の2倍にはなっていただろう。」とニコリッチ氏は嘆く。

しかし、多くの人びと、とりわけ若者にとっては、こうした嘆きはほとんど意味をなさない。旧構成国の教科書の記述内容はまちまちで、きわめて皮相な歴史しか記述されておらず、若者たちはかつてユーゴスラビア社会主義連邦共和国という国があったこともほとんど知らないのが現状である。

セルビアのKraljevo出身のボジャン・スタンチッチ(22歳)は、クロアチアのアドリア海沿岸地域で最も有名な観光地について聞かれて「ドブロクニクってなに?クロアチアの街だって?それじゃあ外国の街だね。いつか行ってみるよ。」と語った。

しかしより年配の世代については、多くの人々が今でも旧ユーゴへの郷愁の念を抱いている。

クロアチアのザグレブでペンションを経営しているダラ・ブンチッチ(65歳)は、「ベオグラード(旧ユーゴの首都で現在はセルビア共和国の首都)には親族がおり、よく訪れます。ベオグラードには今でも大国の首都を思わせる輪郭が残っています。旧構成国は今は小さな独立国家になったが、友人にはベオグラードを見学にいくように勧めています。それは私たちクロアチア人が独立した祖国をいかに誇らしく思っているかという感情とは別に、ベオグラードが私たちにとっての共通の歴史の一部ということに違いがないからです。」と語った。

「20年前まで、私は2歳のとき以来毎年、2か月間を親族がいるクロアチアの海岸沿いの町で過ごしました。だから私は、旧ユーゴ時代の35年間の内、6年間という年月をクロアチアで暮らしたのです。何者もこうした事実や、古き良き旧ユーゴ時代の思い出を、私から奪うことはできないのです。」とベオグラード出身のサーシャ・ジャクシッチ(55歳)は語った。

旧ユーゴの記憶について報告する。(原文へ

IPS Japan戸田千鶴

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|軍縮|核兵器なき世界には核実験禁止が不可欠

【東京IDN=浅霧勝浩】

国際社会にとって、「核実験に反対する国際デー」が制定されて2周年となる8月29日は、核兵器のない世界に向けたそれまでの進展を喜ぶとともに、目標が達成される前に依然として様々な障害が前途に横たわっている現実を再認識する機会となるだろう。

国連が指摘するとおり、「喜べる理由」とは、それまでに南半球のほぼ全域が、一連の地域条約により、既に一つの非核兵器地帯を形成しているという事実である。

Image: Nuclear-Weapon-Free Zones (Blue); Nuclear weapons states (Red); Nuclear sharing (Orange); Neither, but NPT (Lime green). CC BY-SA 3.0
Image: Nuclear-Weapon-Free Zones (Blue); Nuclear weapons states (Red); Nuclear sharing (Orange); Neither, but NPT (Lime green). CC BY-SA 3.0

これらの非核化条約は、ラトロンガ条約(南太平洋)、ペリンダバ条約(アフリカ大陸)、バンコク条約(東南アジア)、トラテロルコ条約(ラテンアメリカ及びカリブ地域)、アトランティック条約(南極)である。さらに2009年3月には、初めて対象の非核兵器地帯全体が赤道以北に位置する、「中央アジアに非核兵器地帯を創設するセメイ条約」(カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンの五カ国が加盟)が発効している。

 「核実験に反対する国際デー」の重要性は、2009年12月2日の国連総会で(この記念日制定を問う)決議64/35号が全会一致で採択されたことからも明らかである。同決議の前文には、「人類の生命と健康への破壊的で有害な影響を回避するために、核実験を終わらせるためのあらゆる努力がなされるべきである。」「核実験の終焉は、核兵器のない世界を実現するための鍵となる方策の一つである。」と記されている。

「核実験に反対する国際デー」が宣言されて以来、その目標や目的に関する数多くの重要な進展、議論、イニシアチブがなされてきた。しかし核軍縮をめぐる今日の状況は、7月28日に長野県松本市で開催された国連軍縮会議に出席した須田明夫軍縮会議(CD)日本政府代表部大使がいみじくも指摘したように、むしろ複雑である。

第23回国連軍縮会議in松本」は、7月27日から29日まで、国連軍縮部(アメリカ・ニューヨーク)・国連アジア太平洋平和軍縮センター(ネパール・カトマンズ)主催で開催され、政府関係者、有識者、シンクタンク、国際機関、NGO、マスコミ関係者等約90名が出席した。この会議は他の国連会議とは異なり、「軍縮・核不拡散問題に対する一般市民の理解と支持を高める方策として」従来から一般に公開されてきている。

国連軍縮会議は1989年以来、毎年日本の地方都市で開催されているが、今回は主要テーマである「核兵器のない世界に向けた緊急の共同行動」の下、議題として「2010年NPT運用検討会議行動計画の実施」、「核兵器保有国による核軍縮に向けた方策」、「軍縮会議と兵器用核分裂性物質生産禁止条約交渉(FMCT)の展望」、「核兵器禁止条約交渉(NWC)に向けた具体的方策」、「平和と軍縮に向けた機運の促進と市民の役割」が話し合われた。

今年の会議では、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、原子力の安全と保安についての議論も焦点の一つとなった。また、開催地の高校生と軍縮・不拡散分野の専門家が軍縮を通じた平和と安全保障を推進する重要性について話し合う特別セッション:「高校生との平和・軍縮トーク」も開催された。

日本政府の公式見解

Map of Japan
Map of Japan

須田大使は、今回の会議の主要テーマに関する日本政府の見解を説明して、「核軍縮に関する現在の進捗状況についてお話をするとするならば、ここ2・3年にみられたいくつかの重要かつ前向きな動きを列挙することができます。今日における核兵器のない世界に向けた機運は高いといえるでしょう。こうした中、私たちは核兵器廃絶に向けた核軍縮プロセスをめぐる協議を深めていくべきです。」と語った。

また須田大使は、「しかし同時に現実も直視しなければなりません。確かに非核兵器地帯包括的核実験禁止条約(CTBT)への批准国拡大という面では、ある程度の進展が見られましたが、多国間協議を通じた核軍縮の分野では、既に2年以上前になる(バラク・オバマ大統領による)プラハ演説や、昨年5月のNPT運用検討会議以来、ほとんど動きが見られないのが現実です。」と警告した。

須田大使は会議参加者に向かって、「核兵器を削減し最終的には廃絶へともっていくプロセスの中で、核兵器製造目的に使用する基本原料の生産を禁止すること、すなわち原料を遮断(カットオフ)することが、さらなる軍縮を実現するための確固たる不可欠な基礎となるのです。」と語った。

しかしジュネーブにおける軍縮会議(CD)は、まさに兵器用核分裂性物質生産禁止条約(カットオフ条約:FMCT)を巡ってパキスタンが「同条約は差別的であり隣国インドを利する」とまで主張して反対していることから、(既に15年にわたって)交渉が停滞している。しかし須田大使はFMCTの有効性について、NPT体制の枠外にある国々による更なる核拡散を防止できるほか、「この条約は、少なくとも核兵器保有国に対しても核分裂性物質の生産を禁止し、それに関する査察を受け入れることを義務付けることにより、NPT体制下における(核保有国と非保有国の間の)差別的な構造を緩和することができる」点を指摘した。

須田大使はさらに、FMCTが軍縮プロセスを不可逆的なものとすることによって、世界に存在する核兵器の総量を継続的に削減するための確固たる法的基礎を築くものとなること、そして、核兵器保有国が核分裂性物質の備蓄量を一旦自主的或いはなんらかの理由で削減すれば、再び元のレベルに戻ることはできなくなる点を指摘した。

米国政府の見方

スーザン・バーク米国不拡散担当大統領特別代表は、喜ぶべき理由として、2010年5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議で採択された64項目の行動計画と中東に関する決定(中東の非核兵器地帯化を話し合う会議を2012年に開くとした決定)を挙げ、これらが実行されればNPT体制を強化することになると語った。

また軍縮について、バーク特別代表は、新戦略兵器削減条約(新START)が2011年2月5日に米露両国政府間で発効し、合意事項が実施に移されている点を指摘した上で、「米国政府は、引き続き段階的なプロセスを経て、ロシア政府との将来的な合意を目指す中で、戦略、非戦略、配備、未配備を含む全体的な核兵器の数を削減していきたい。」と語った。
 
もう一つの前向きな動きは、6月30日と7月1日にパリで開かれた核兵器国5カ国(米国、英国、中国、フランス、ロシア:いわゆるP5)による、第1回NPT運用検討会議フォローアップ会合である。ここでP5諸国は、NPT運用検討会議最終文書第5項に規定されているステップや行動計画が求めている報告、努力義務を含む、核軍縮という共通の目標にむけた協議を行った。この会合はまた、2009年9月にロンドンで開かれた、軍縮と不拡散に向けた信頼醸成措置に関する会議のフォローアップでもあった。「これらの会議をP5諸国間の通常の対話の枠組みへと発展させるため、P5諸国は第3回会合を2012年(次のNPT運用検討サイクルが開始される)5月にウィーンで開くことで合意しました。」とバーク特別代表は語った。

またバーク特別代表は、米国政府は引き続き包括的核実験禁止条約(CTBT)批准にコミットしており、議会上院と米国民に対して同条約のメリットを説明していること、また、FMCT交渉を前進させるよう、パートナー諸国と引き続き協力していくと断言した。

IAEA
IAEA

国際原子力機関(IAEA)の定例理事会は2010年12月、原子力の平和利用を支持する立場から、IAEA主導で緊急の際に原子力発電に使用する低濃縮ウランを提供する「核燃料バンク」の設立案を承認した。これはIAEA加盟国の原子力発電所に対する燃料供給が紛争による輸送ルートの途絶などでストップし、国際市場での購入も不可能な場合に、IAEAが市場価格での供給を保証するのが目的である。

バーク特別代表によると、米国政府は2015年NPT運用検討会議までに5000万ドルの拠出を表明している「平和利用イニシアチブ」を実施するためにIAEAと密接な協力を行っている。米国は既に80カ国以上が関与するプロジェクトに900万ドル以上を拠出している。このイニシアチブには日本と韓国が資金拠出に同意しているが、米国は引き続き他の国々にも資金拠出を積極的に呼びかけている。

バーク特別代表は、NPT運用検討会議で合意された2012年に中東非核地帯化に向けた国際会議を開催する件について、「まず着手すべきは開催国とファイシリテーターを決定することですが、それはまもなく実現の見込みです。米国は、英国、ロシアとともに2012年の会議を成功させる方策について中東諸国と密接に協議を重ねているところです。」と語り、米国政府として中東会議の成功にコミットしている旨を指摘した。

またバーク特別代表は、(会議のあり方に関する懸念に配慮して)「会議の成功や同様の努力は、外部から押し付けられるものではありません。(2012年の)中東会議の成否は、全ての関連事項について建設的な対話を行える雰囲気作りを、中東域内の国々が積極的に行えるかどうかにかかっているのです。」と語った。

青年ピースフォーラム2011

「第23回国連軍縮会議in松本」(7月27日~29日)に続いて、広島・長崎・沖縄の青年ら900人が集い、「ピースフォーラム2011」が、7月31日、長崎市の原爆資料館・平和会館ホールで開催された。創価学会青年部の代表は、核兵器廃絶に向けた市民社会による一層の努力を呼びかける「3県サミット平和宣言」を発表した。同平和宣言は、世界の指導者が核兵器のもたらす現実を自らの目で確かめるとともに核時代に終止符を打つための「核廃絶サミット」の意義を込め、2015年NPT運用検討会議の広島・長崎での開催を訴えている。

同宣言は、「核兵器は人類の生存権を根源的に脅かす『絶対悪』であり、その廃絶こそが平和の文化構築のために欠かせない。」と述べている。同宣言はまた、核兵器は国際人道法に反するとしたうえで、核兵器禁止条約(NWC)を準備する会議を出来るだけ早く招集するよう訴えている。この宣言は、池田大作創価学会インタナショナル会長が本年の平和提言の中で述べている見解に基づくものである。
 
フォーラムの席上、浅井伸行青年平和会議議長は、田上富久長崎市長に57,000羽を超える「平和の折鶴」を贈呈した。これらの折鶴は、SGIがタイ文化省の協力を得て今年の2月までに同国内20ヶ所で開催した「核兵器廃絶への挑戦」展の来場者の手で、一羽一羽折られたものである。

Tomihisa Taue, Mayor of Nagasaki City, attended the United Nations Conference on Disarmament Issues at the Hotel Buena Vista in Matsumoto City, Nagano Prefectureon July 27, 2011.
Tomihisa Taue, Mayor of Nagasaki City, attended the United Nations Conference on Disarmament Issues at the Hotel Buena Vista in Matsumoto City, Nagano Prefectureon July 27, 2011.

創価学会のイニシアチブを歓迎しつつ、田上市長は「広島と長崎の人々だけが核兵器に反対する声をあげるのではなく、同様の気持ちを持つ世界中の多くの人々の声を結集することが大事です。その意味で、タイの人々が思いをこめたこれらの折鶴を受け取ることができ、本当に嬉しく思います。」と挨拶した。

また今年のピースフォーラムには、長崎総合科学大学(NIAS) 長崎平和文化研究所の大矢正人所長、「長崎の証言の会」代表委員の広瀬方人氏、その他、核兵器廃絶に向けた活動を展開している市民社会組織の代表が参加した。

創価学会の広島、長崎、沖縄の青年平和会議と女性平和文化会議は、1989年以来ほぼ毎年8月、一堂に集い、青年の手で平和運動を推進する諸行事を開催してきた。また彼らは長年にわたって核兵器の脅威に関する数多くの意識調査を行ってきた。

日本で800万世帯以上を擁する仏教系NGOである創価学会は、50年以上にわたって核廃絶に向けた取り組みを行ってきた。2007年、SGIは「核兵器廃絶へ向けての民衆行動の10年」キャンペーンを開始し、世論を喚起し、核兵器のない世界に向けて行動する世界的な草の根ネットワークの形成を支援している。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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すべての形態の平等に銃を向けた男(ウテ・ショープ)

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ムスリムを極端に嫌っていただけではない。彼は、多文化主義を忌み嫌い、女性を嫌っていた。それが、彼の自称「マニフェスト」を貫く赤い糸である。

アンネシュ・ブレイビク[7月22日にノルウェーで起きたテロ事件の容疑者]のイスラム教への敵視は、国家人民主義、原理主義的なキリスト教の考え方に由来している。彼の目的は、男性が女性の上位に、白人が非白人の上位に、キリスト教徒がイスラム教徒の上位に来る階層的な秩序を、崩壊の危機から救うことにあった。

ブレイビクは、男女平等と「ジェンダーの主流化」を達成し男性のアイデンティティーを抹消しようとする「全体男女同権主義」の撲滅を訴えるブロガー”Fjordman”を自身の思想的模範と仰いて、自称「マニフェスト」の中に同氏の主張を数多く引用している。離婚、経口避妊薬、同性愛…これらはブレイビクにとって、神の天罰が下るべき憎悪の対象であった。

Norwegian terrorist Anders Behring Breivik’s fake police ID (forged police identification card) in plastic bag as evidence item on display at 22 July Information Center in Regjeringskvartalet, Oslo, Norway. / By Wolfmann – Own work, CC BY-SA 4.0

【ベルリンIDN=ウテ・ショープ】

 ブレイビクは、伝統的な家父長的家族秩序を守って、「ベビーブーム」を再興する必要があると考えていた。「女性は、大学の学士号以上をとってはならず、外界から孤立した「性特別区」を創設せねばならない―彼はそのように考えていた。

マルクス、レディー・ガガ、メンズ・ヘルス誌

ブレイビクは、「フランクフルト学派の『文化的マルクス主義』が、多文化主義への道を開き、『全体主義的な』ラディカル・フェミニズム(急進的男女同権主義)を呼び込んだ、と主張している。マルクスはブルジョア家庭を破壊し、『女性コミュニティー』の建設を切望した。ヴィルヘルム・ライヒヘルベルト・マルクーゼらが、女性上位の社会を作り上げた。結果として、『欧州文化の女性化』がいまや『完成の域に達している』」と主張している。

また、「男性優位の最後の砦である、警察、軍隊も今や脅威に晒されている。それでも物足りないかのように、『メンズ・ヘルス(Men’s Health)』誌のような男性雑誌でさえも、『女性化された男性』を公開している、また、ハイディ・クルム、マドンナ、レディー・ガガのような人間は「人種の混交」と道徳の最悪の弛緩を体現する人びとである。」との主張を展開している。

ブレイビクはまた、若い女性の性行動を判断基準に欧州諸国を「性道徳」に基づいてランク付けしている。それによるとノルウェーを最低ランクに、マルタ(かつてテンプル騎士団の本拠地があったところ)を最高ランクに位置づけている。彼は性病というテーマにもとらわれている。それは、彼の母親と血のつながらない姉妹が性病に冒されていたことと関連しており、「私の姉妹と母親は私と私の家族を恥にさらしただけではなく、自分たち自身も恥じていた。男女同権主義者達が引き起こした性革命の影響で、私の家族は崩壊したのだ。」と書いている。それにしても、ブレイビクはなぜ女性だけを悪者扱いするのであろうか?

コントロールを失うことに対する恐怖
 
 
ブレイビクの自称「マニフェスト」には、事態の成り行きについて制御できなくなることを極端に恐れている彼自身の心理が反映されている。彼は、性的関心、柔軟さ、男性アイデンティティーの解体は全て女性化(feminization)がもたらしたのとみなしている。まさにこの点に、詳細に違いはあっても、ナチス(国家社会主義)、急進イスラム主義、その対極にあるイスラムを敵視する保守勢力等、全ての独裁的・全体主義的なイデオロギーに共通して見られる核心部分をみてとることができるのである。

クラウス・テーヴェライトは代表作『男たちの妄想』の中で、20世紀初頭の右翼「義勇軍」やナチス信奉者の心理を支配した「(女性との)肉体的混合」に対する病的な恐れを分析している。当時彼らは、「銃を持つ女性」を恐れたものが、ブレイビクにとってこの恐れの対象は「男女同権主義者」に変化している。かつてナチスは、「男らしくない」ユダヤ人を軍隊的な男らしい役割モデルを衰退させた元凶とみなした。今日、ノルウェーでこれにあたる偏見の対象がイスラム教徒と男女同権主義者ということになる。

モハメド・アタの鏡像

おそらくブレイビクは女性に対するある種の嫉妬を抱いているのだろう。彼の自称「マニフェスト」には、あらゆる犠牲を払っても「名誉」を守ろうとするムスリム戦士に対する深い賞賛の気持ちが随所に記されている。「名誉」こそ「最も重要なもの」とブレイビクは記している。

ブレイビクは、言葉や写真で自らを厳格な修道士にたとえているが、彼の姿は皮肉にもイスラム原理主義に殉じた(9・11同時多発テロの首謀者とみなされている)モハメド・アタのそれに近づいている。アタもまた、極端に女性を恐れ、集団虐殺を招く「純潔のカルト」を喧伝していた人物である。またブレイビクは、アタと同じく、自身を公共の大儀のために殉じる「殉教者」とみなしている。
 
ブレイビクは、男女間や社会の幅広い階層や民族間において高いレベルの平等が実現している今日のノルウェー社会にあって、欧州の歴史の中で国民国家の興隆を背景に軍隊階級組織の中で育まれてきた「男らしさの模範」が消失しつつあると嘆いている。

軍事訓練は、兵士が殺戮という「仕事」を遂行できるように、自らの感情を完全に封じ込め肉体を支配できるよう鍛えあげることを目的としている。そこでは感情移入は「女性的なもの」すなわち弱さと臆病を象徴するものとみなされ、封殺の対象となるのである。これが世界のほぼ全ての軍隊及び専制的なイデオロギーが追求するパターンであり、「コントロール狂(control freak)」のブレイビクもこのパターンに分類できる。
 
しかし欧州諸国の中で、どうしてノルウェーのような国から、ブレイビクのような「殉教者」が生まれてしまったのだろうか?ノルウェーは、バイキングの時代(8世紀~11世紀)以降、他国に戦争を仕掛けたことはなかった。事実スカンジナビア諸国では、男女間の平等を図ることが、男性優位主義と「戦士の英雄視(Heldenkriegertum)」に対する最大の防御と考えられてきた。しかし、こうした政策も、個々の病理に対しては、必ずしも効果が無いということは明らかである。

しかし比較的平等主義的な社会が確立したノルウェーでは、暴力と支配妄想に囚われたブレイビクのような人物は孤立した存在とならざるを得ず、ブレイビクは結局、単独で凶行に及ぶ決断をしたのだ。(原文へ

※ウテ・ショープは、ドイツ在住のフリーのジャーナリスト。

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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|パレスチナ|独立を巡る国連採決に合わせて大規模抗議行動を計画

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【ベイト・ウマールIPS=メル・フライクバーグ】

ヨルダン川西岸地区(ウエストバンク)のパレスチナ人民委員会の主要メンバーが、国連でパレスチナを国家として承認するかどうかの決議採択が行われる9月に、イスラエル占領当局に対する大規模なデモ・不服従行動をおこす計画を進めている。

「私たちは大挙して街に繰り出し、イスラエルの違法な入植地につながる道をすべて封鎖し、入植地でデモを行う予定です。しかし、これらは全て非暴力的な抗議行動として取り組む予定です。」とベイト・ウマール(Beit Ummar:ウエストバンク南部ヘブロンから11キロ北の街)の人民委員会の主要メンバーであるムサ・アブマリア氏は語った。

「私たちはイスラエルによる占領について、国際社会や世界のメディアの注目を徐々に集めるよう創意工夫を凝らした戦略を練ってきました。パレスチナ問題をとりまく形勢が有利に展開している今日、欧米の支援者と連携しながら、パレスチナ人の苦境に対する国際社会の理解を一層広めていく活動を行っていきます。」とアブマリア氏は付加えた。

イスラエル政府、諜報機関、治安機関当局は、国連総会は圧倒的多数の加盟国がパレスチナの独立を支持すると予想しており、9月の採決に合わせてパレスチナ人が起こすであろう抗議行動に備えて、着々と準備を進めている。

 イスラエル政府は、パレスチナ人との大規模衝突に備えて治安部隊の軍事訓練を実施する一方、大急ぎで欧州各国を歴訪し、イスラエル政府の言う「欧州の一流諸国」からパレスチナの独立動議に反対票を投じるよう協力を引き出す外交工作を進めている。

イスラエル政府は、国連加盟国のうち約140カ国を占める「途上国或いは第三世界の国々」はパレスチナの独立に賛成すると見られることから、政治・経済的により強力な立場の加盟国がイスラエル側に賛同することを期待している。

パレスチナ暫定自治政府(PA)による9月の国連総会に向けた動きに懸念を深めたイスラエル政府は、決議が通るようなことがあれば1993年のオスロ合意の破棄を含め、一連の政治的対抗策をとる用意があるとの脅しをかけている。

しかしパレスチナ側は9月に向けて着々を準備を進めている。

先週、ベイト・ウマールに、パレスチナ諸派から横断的に1000人以上の活動家や指導者が集まり、3日間にわたってイスラエルの占領に終止符を打つための戦略作りを話し合った。これはパレスチナ自治政府やハマス指導部とは独立した動きであり、政治的に画期的な出来事であった。会議は3つの村で開催され会期中の金曜日には、イスラエルの違法入植地政策に対する大規模な抗議デモがおこなわれた。

この会議の中で、ハマスファタハパレスチナ解放人民戦線(PFLP)、パレスチナ解放民主戦線(DFLP)などの代表が、9月にウエストバンク全域で、大規模な市民的不服従運動(civil disobedience campaigns)を行うことで合意した。

「私は諸派の指導者たちにこう言ったのです。もしあなた方が、パレスチナの解放よりも党派の利益を優先するのならば、この会議に参加する必要はありません。しかしあなた方がもし、パレスチナの解放と、ウエストバンクガザ地区の政治的・地理的統一に向かって運動する決意でしたら、私たちは全面的に支援しますと。」とアブマリア氏はIPSの取材に応じて語った。

ファタハの主要メンバーでウエストバンク人民委員会指導部のユニス・アラール氏は、「今回の会合で、全てパレスチナ諸派の指導者から支持の確認を取ることができました。これにより、今のような散発的な抗議行動とは異なり、各指導者の合図で、数千人単位の大規模な抗議行動がパレスチナ全土で展開されることになります。」と語った。

またアラール氏は、「イスラエルは非暴力的な市民蜂起を何よりも恐れています。彼らは、パレスチナ人が暴力に訴えることを望んでいるのです。そうすれば、これまでもそうだったように、優勢な軍事力で弾圧することができるからです。しかし私たちは、非武装の抵抗を貫徹していくつもりです。」と語った。そして、「イスラエル当局は、いままで通常そうしてきたように、高速催涙ガス弾を直接パレスチナ人の頭部に投げつけたり、実弾による射撃を行って少なくとも数人の死者をだすように挑発してくるでしょう。」と語った。

ウエストバンクで計画されている抗議行動の中には、政治的なテーマを掲げた自転車ラリーやその他のデモ行進がある。ウエストバンクのナビサレー村では、村人がエジプト革命時のスタイルにあやかって、隣接するユダヤ人入植地ハマミシュによる継続的な土地収奪に抗議するテント村を設置している。

人民委員会は、大規模行進や抗議活動の他にも、並行してイスラエル製品のボイコット運動や抗議行進を計画している欧州の草の根諸団体との連携を進めている。

アブマリア氏は、「もし現在のパレスチナ指導部が近い将来、人々を積極的に引っ張っていかない事態が起こったとしても、私たち自身が自力で革命を組織するだろう。」と語った。事実、過去においても1987年に勃発した第一次インティファーダの際には、亡命中のパレスチナ解放機構(PLO)が、パレスチナ各地で推移した現地の展開に追従せざるを得なかった先例がある。

「私は15歳の時から政治活動に関わり同年に初めてイスラエル当局によって投獄されました。私には多くのコンタクトがありますし、現在起こっていること、パレスチナ人が考えていることが理解できるのです。私はパレスチナの独立が実現し民族の自由を獲得するまで決して活動をやめません。」とアブマリア氏は語った。(原文へ

翻訳=山口響/IPS Japa戸田千鶴


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パキスタン、核分裂性物質生産禁止条約に強硬に反対

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【トロントIDN=J.C.スレッシュ】

兵器用核分裂性物質の生産を禁止する世界的な条約(カットオフ条約:FMCT)を支持すべきとの国際的な圧力が高まる中、パキスタンがまるで高波の中の岩のように強硬に抵抗している。パキスタンは、米国が後押しするこの条約交渉について、唯一の多国間軍縮交渉機関で、行き詰まりを見せているジュネーブ軍縮会議(CD)以外のところですすめられるいかなるプロセスにも参加を拒否すると警告し続け、かたくなな反対姿勢を貫いている。

敵対国であるインドと原子力協力協定と締結しながら、パキスタンと同種の協定に入ることを拒否した米国の決定に衝撃を受けたパキスタンは、欧米核保有国の政策を「差別的である」と批判しており、ジュネーブ軍縮会議の長年にわたる行き詰まりを打開しようとしている国連の潘基文事務総長の意見にも耳を貸そうとする気配はない。

 潘事務総長は、ニューヨークでの国連総会において、行き詰まりを見せているジュネーブ軍縮会議を打開するための方策として、有識者パネルや総会アドホック委員会の創設、国連会議の開催を提案した。

日本の長野県松本市で「第23回国連軍縮会議in 松本」が開催されていた7月27日、潘事務総長は国連総会で演説し、「私たちは、信頼の危機が高まる中こうして集まりました」と語った。

この国連総会は、2010年9月に国連本部で開催された国連事務総長主催軍縮会議(CD)ハイレベル会合のフォローアップとして開催されたものである。「長きにわたって、国連の多国間軍縮機関、とりわけジュネーブ軍縮会議は失敗に終わってきた。」と潘事務総長は語った。

1979年に国際社会にとっての、唯一の多国間軍縮交渉機構として設置されたジュネーブ軍縮会議は、主に核軍拡競争の終結と核軍縮の促進、核戦争の防止、宇宙における軍備競争防止に取り組んできた。

「もし(ジュネーブ軍縮会議において)意見の相違が埋まらないならば、すでに述べてきたように、有識者パネルの任命を検討することになるかもしれません。あるいは、国連総会のアドホック委員会、または国連の会議において国家間の交渉を行ってもよいかもしれません。」と潘事務総長は語った。

潘事務総長は、国際社会は多国間主義を決して放棄してはならないと主張し、軍縮問題に取り組むためには、少数国の利益を図ることではなく、全体の利益を促進することが目標に置かれるべきだと語った。

「もしジュネーブ軍縮会議の行き詰まりが今後も打開できないならば、国連総会にはこれに介入する義務があります。ジュネーブ軍縮会議をいつまでも1・2カ国による人質状態においておくことはできません。懸念があれば交渉を通じて解消すべきです。世界は(FMCTの制定と採択に向けた交渉が)前進することを望んでいます。もう先送りはやめ、この長い停滞のサイクルにピリオドを打とうではありませんか。」と、潘事務総長は語った。

米国は国連事務総長を支持
 
米国はこの国連事務総長の方針を支持している。ローズ・ゴットモーラー米国務長官補佐官は、7月27日の国務省での報道発表において、「今日、軍備管理と軍縮の他の領域で大きな前進が見られているだけに、たった1カ国の反対によって、ジュネーブ軍縮会議が再び機能不全に陥り、長く待ち望まれた目標(核分裂性物質生産禁止条約:FMCTの制定と採択)に向かって交渉を開始することさえできないでいるのは、一層遺憾なことです。」と語った。
またゴットモーラー補佐官は、「米国政府は、できればFMCTをジュネーブ軍縮会議の場において交渉することを望んでいます。我々は、今年のジュネーブ軍縮会議に合わせる形で、FMCTに関する技術的議論を進めていこうとする日豪両政府の動きを歓迎しています。この活動は、生産的、実質的かつ教育的でありました。しかし、このことをもって、ジュネーブ軍縮会議が行き詰まっており、2年前より全く進展がないという事実が曖昧にされることがあってはなりません。」と付け加えた。

またゴットモーラー補佐官は、「国連安保理常任理事5か国とその他の関連パートナー国が、国連総会が9月に招集される前にさらなる協議を行う計画です。」と指摘した。

さらにゴットモーラー補佐官は、「有識者パネルやジュネーブ軍縮会議それ自体、あるいはその他の交渉舞台において、ジュネーブ軍縮会議改革の可能性を評価し、国連軍縮委員会の改編について示唆するところがあるかもしれません。」と語った。

ゴットモーラー補佐官は、考えうる検討内容として「ジュネーブ軍縮会議において合意された作業内容に年を越えてどう継続性を持たせるか、たとえば、合意された作業計画を自動的に次年も継続審議にすること」、「全会一致ルールの乱用を防ぎつつどうやって国家安全保障を守るか」、「ジュネーブ軍縮会議の拡大がジュネーブ軍縮会議の効率性を増すことになるのかどうか、普遍的な軍縮目標の実効性を守り、国家の安全保障上の懸念を尊重し守る一方で、どうやってその目標を審議し交渉を進める機構の中に乗せていくのか」といったことを挙げた。

「警告書」

国連事務総長と米国のこうした動きに反応して、パキスタンのラザ・バシール・タラール国連次席代表は、65カ国からなるジュネーブ軍縮会議の外部においてFMCT交渉に入ることへの「警告書」を発表し、「パキスタンは、そのようなプロセスに加わることもないし、そうしたプロセスの結果として出てきた条約への加盟を検討することもない。」と語った。

タラール次席代表は、パキスタンのこれまで2年間の方針を踏襲する声明の中で、「これらの政策は、権力と利益によって国際的な不拡散という目標を犠牲にすることで、我々の地域(南アジア)における核分裂性物質備蓄の非対称性をさらに強めるものです。」と主張した。

またタラール次席代表は、「残念なことに、こうした政策は、原子力供給国グループ(NSG)の反対にあうこともなく継続されてきています。NSG加盟国の中には、核不拡散条約(NPT)を最も熱心に支持している国々や、『ジュネーブ軍縮会議において進展がないこと』を最も厳しく批判している国々が含まれるにも関わらずです。」と語った。

さらにタラール次席代表は、「列強は、ジュネーブ軍縮会議の改革、さらには機能不全に陥ったこの機構を廃止するというオプションまで検討し、すべての国家に事実上の拒否権を与えて前進を妨げる全会一致方式の意思決定ルールを非難していますが、ジュネーブ軍縮会議が機能不全に陥っている真の理由は、核兵器保有国の中に公正かつバランスの取れた形での交渉に入る政治的意思を持たない国が存在する点にあるのです。」と語った。

「ジュネーブ軍縮会議が直面している問題は、組織上、あるいは手続き上のものではありません。むしろ、最も強力な国の利益に奉仕する形でのみ交渉が進むという明確なパターンがあるのです。」とタラール氏は語った。

この点について、タラール氏は、「ジュネーブ軍縮会議では、すでに機は熟していると思われることについても交渉に入ることができないのです。すなわち、列強の安全保障上の利益を脅かしたり損なったりしないような合意内容についてしか交渉できないという明確なパターンが存在するのです。」と指摘し、具体的な例として、生物・化学兵器禁止条約、包括的核実験禁止条約(CTBT)を挙げた。

タラール氏はさらに続けて、「同じことがFMCTについても言えます。大量の核兵器、それに(すぐに核兵器に転用可能な)核分裂性物質を備蓄した列強にとって、これ以上核分裂性物質は必要ないわけですから、将来の核分裂性物質生産のみを禁止する条約を締結する準備が整っているということです。つまり、このアプローチは列強にとって『ノーコスト』であり、自国の安全保障を脅かしたり損なったりしないパターンを踏襲しているのです。」と語った。

これらの理由により、パキスタンは、核問題で選択的かつ差別的な取り扱いを受けることに「強固に反対」しているのである。「他の関連諸国にとってノーコストな取り決めのために、自国の基本的な安全保障上の利益を損なう用意のある国はありません。」とタラール次席代表は指摘したうえで、軍縮機構を活性化するための「誠実かつ客観的なアプローチ」を作り出すために採られるべきステップについて言及した。

例えば、核軍縮を最重要課題として、公正かつバランスの取れた形でジュネーブ軍縮会議において主要議題を検討すること、また、非核兵器保有国に対する消極的安全保障(=核兵器の使用禁止措置)に関する法的拘束力ある取り決めを作り上げること等を挙げた。

FMCTはもし採択されれば、兵器級の核分裂性物質に課せられた既存の制約に、法的拘束力ある国際取り決めを加えることで、核不拡散規範を強化することになるだろう。この条約は、核兵器あるいは他の核爆発装置用核分裂性物質の生産を禁止する一方、非爆発目的のプルトニウムや高濃縮ウランには適用されない。また、トリチウムのような非核分裂性物質にも適用されない。さらに、既存の核分裂性物質の備蓄分も禁止の対象とならない見込みである。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

|エチオピア|世界遺産地域の開発で諸部族が危機に

【ナイロビIDN=ジェローム・ムワンダ】

東部アフリカが過去60年で最悪といわれる旱魃にみまわれ、数百万人が苦しむ中、エチオピア政府が同国内でもっとも豊かな土地を地元の部族から奪い、外国の企業に譲り渡そうとしている。

世界中の部族の人びとの権利を擁護する団体「サバイバル・インターナショナル(サバイバル・インターナショナル: SI)」の調査によると、エチオピア南西部オモ川沿いの肥沃な土地が、イタリア・マレーシア・韓国の企業に貸与され、輸出用作物の栽培が進められている。また、貸与用の土地を少なくとも24万5000ヘクタールまで拡大し、広大な輸出用砂糖黍プランテーションにする計画もある。SIによると、エチオピア政府は諸部族を「遅れた」人々と見なしており、彼らの自給自足の農耕、遊牧、狩猟というライフスタイルを改めさせ、プランテーションの労働者に変換する「近代化」政策を推進する意向である。

 しかし、「下オモ谷」(Lower Omo Valley)には約90,000人の諸部族(ボディ族、ダサネッチ族、カロ族、クェッグ族、ムルシ族、ニャンガトム族)が、長年に亘る伝統・慣習を守りながら土地がもたらす恵みに依存して生活している。ここには草地、火山帯など手付かずの美しい土地が広がっており、数千年前にはさまざまな文化や民族集団が出会う場所であったと考えられている。

オモ川の定期的な氾濫は地域の生物多様性をより豊かにする。雨量の少ないこの地域で諸部族の人びとが食料を確保するには、この氾濫こそが必要なのである。

この地域に普段は居住していない部族(ハマー族、チャイ族、トゥルカナ族)も、他の諸部族との取り決めによって、とりわけ食糧不足の時期には平原に入って食料を確保することができる。

しかしながら、SIによると、政府が多くの土地を部族から奪うにつれ、部族間の資源争いが近年激しくなってきた。さらに火器の導入で部族紛争はより苛烈なものになった。
 
さらにエチオピア政府は、オモ川沿いにアフリカ大陸最大規模となるギベ第3ダム(Gibe III)を含む一連のダム建設と、数百キロにわたる灌漑用水路の建設を計画している。SIは、この計画が進められれば、オモ側の水系が変化し諸部族が生活の基盤としてきた地域の生態系を変えてしまう、と警告している。つまり、ダムが川の氾濫を減らし、土地の肥沃さがなくなってしまうのである。

2006年7月、エチオピア政府は、イタリアの企業「サリーニ建設」とダム建設の契約を結んだ。しかし、業者の選定に際しては同国の法律の規定にも関わらず競争入札はなされなかった。また、この建設承認当初には環境アセスメントが終了しておらず、事後的にアセスメントが承認されたのは2008年7月のことであった。しかもアセスメントを実施したイタリアの会社CESIにはエチオピア電力公社のみならず「サリーニ建設」も支払いを行っていることから報告書(環境や諸部族への影響は殆どなく、むしろポジティブと結論)の中立性が疑われている。一方、独立専門家によるアセスメントによると、水量の激減により下流の生態系が大きな影響を受け、河川の枯渇と河川沿いの森林が消滅する危険性が指摘されている。「このことは、従来の自然洪水がもたらす肥沃な土が失われることを意味し、少なくとも下流に住む100,000人の諸部族が食糧難に直面することになる。」とSIは警告している。こうした事情を背景に、国際人権団体のグループが2008年、人権問題の見地からダム建設に反対するオンラインキャンペーンを開始した。

2011年8月現在、建設は3分の1まで進行しているが費用は当初予算の14億ユーロから大きく膨れ上がっている。

一方エチオピア政府は、開発に反対する勢力との対話の道を断ち、弾圧を強めている。部族民が反対意見を口にしたり、外部の人間やジャーナリストに訴えないよう、違法な投獄、拷問、女性に対するレイプなどの手段を駆使している。その結果、部族民達は政府に対する恐怖の中で日々を生きねばならない状況にある。

しかし、下オモ谷は、考古学的・地理的重要性を有しているということでユネスコの世界遺産に指定されている地域である。エチオピア政府は、このような土地の開発を許そうとしている。

「サバイバル・インターナショナル」のスティーブン・コーリー代表は、「オモ谷の部族の人びとは『遅れた』人びとでもないし、『近代化』を必要としてもいません。彼らは、土地を取り上げようとしている多国籍企業と同じく、21世紀の一部なのです。悲劇なのは、彼らを肉体労働者に変えてしまえば、他の多くのエチオピア人がそうであるように、ほぼ確実に彼らの生活の質を低下させ、彼らを飢餓と窮乏の淵に追いやってしまうことになるのです。」と語った。

エチオピアにおける世界遺産地域の開発問題について報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=山口響/IPS Japan浅霧勝浩

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【アブダビWAM】

アラブ首長国連邦(UAE)の日刊紙が、独自のスピードで軍備の規模や役割の拡大を図っている中国に対して自制を呼びかけた。

ガルフ・ニュース紙は、「中国の軍備拡大を追跡」と題した8月12日付論説の中で、「中国が自らの影響力拡大と国益の保護を図ろうとする中、成長を続ける同国の経済に軍事力が追従しようとするのは避けられないことである」と報じた。

中国は軍事費を大幅に増大させ軍備の質的向上につとめてきている。そして今では同国初となる航空母艦の建設にも着手した。

 「(国産)航空母艦が実戦配備されるにはなお何年もの歳月を要するが、建設に着手したということは、中国がハイテクの民間及び軍事プロジェクトを独自に開始する能力を獲得しつつあることを意味している。」と同紙は報じた。

この点についてガルフ・ニュース紙は「中国は2003年には宇宙への有人飛行に成功し(米ソに続いて世界で3番目)、高速鉄道ネットワークの拡大に着手してきた。」と具体的事例を挙げた。

「しかし中国はあまりにも急速に技術導入と開発を推し進めてきたため、7月23日に浙江省温州市で起きた高速鉄道事故で見られたような様々な事故を引き起こしてきた。中国は自国の軍事力の規模と役割についても急速に増強を図っているが、慎重を期するべきである。」と同紙は注意を促した。

「中国も国際社会も緊張関係が高まっている地域(南シナ海)で軍事衝突事故をおこす余裕はない。」とガルフ・ニュース紙は強調した。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴

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|国連-北朝鮮|支援食糧がようやく飢えた国民のもとへ

【バンコクIPS=マルワーン・マカン・マルカール

「北朝鮮ではたとえ10万人が餓死したとしても、国内で働く外国人はそれを目の当たりにすることはないでしょう。」とこの貧困に喘ぐ共産主義国家で3年にわたって人道援助活動に携わったある人物が語った。

「北朝鮮国内で活動する外国の諸機関は、どこに行くにも政府に対して7日前に通知をしなければなりません。それだけあれば、証拠を隠ぺいするには十分な期間があるということです。」とIPSの取材に応じたその人物は匿名を条件に語った。

 慢性的な食糧不足が続いている今日の北朝鮮の現状は、かつて50万人から100万人の死者を出したと報じられた1990年代半ばの飢饉を想起させるものである。

その結果、この秘密主義の北朝鮮で活動を許される数少ない国際援助スタッフに対して従来設けられていた様々な制約・条件が緩和されてきている。

こうした背景から、人道支援に携わる人々は、4か月前に国連世界食糧計画(WFP)と北朝鮮政府の間で合意された、飢餓にあえぐ北朝鮮国内の350万人の人々(その大半が母子並びに高齢者)に対する食糧支援計画について説明するにあたり、あえて「前例のない」或いは「革新的」という言葉を使っているのである。

北朝鮮政府は、4月初頭のWPFとの合意に基づいて、WFP職員が食糧援助の状況をモニタリングするため208郡の内、107郡に立ち入ることを許可している。「現場視察」への事前通知も(1週間前ではなく)24時間前に緩和しており、援助車輛のモニタリングに必要なインターネット接続や、食糧支援に携わる韓国語を話すスタッフへの査証発給についても「国籍を問わない」としている。

「私たちは北朝鮮における過去15年の支援経験の中で、最も厳格な条件を政府に認めさせることができました。農村地帯の地元市場を訪問し現地の食糧事情を把握するのは私たちにとっても新たな経験です。」と、バンコクに拠点を置くWFP東アジア事務所のマーカス・プライヤー報道官は語った。

北朝鮮は1948年の建国以来独裁体制を敷いており国内で活動を許されている国連機関もWFPを入れて僅か4機関に過ぎない。しかしWPFは、今回北朝鮮政府から譲歩を引き出したことで、南浦に陸揚げした援助食糧物資を援助対象者のところまで確実に届けられるようになった。

「WPF職員は、食糧援助物資の配達・運搬過程の全て-港湾、倉庫、トラック、さらに最終目的地の学校、病院、孤児院における健康診断-にアクセスできるようになっています。」とプライヤー報道官は語った。

5月以来のWFPの支援活動は、大半が北朝鮮の険しい山間部に在住している「緊急支援を要する350万人の食糧ニーズ」に対応するための緊急措置の一環である。

国連は今年3月、人口2400万人の北朝鮮で危機に直面している600万人を超える人々の食糧問題に対処するためには約430,000トンの食糧援助が必要と見積もった。

「今回北朝鮮政府がWFPに食糧支援活動のモニタリングを許可したことは歓迎すべきことです。これは国連が従来から主張してきたノーアクセス、ノーフード(モニタリングの受け入れ態勢のない所に食物は与えない)の原則に合致したものです。」と北朝鮮の人権状況調査を担当したビティット・ムンタボーン前特別報告官は語った。

「人道援助は無条件で実施されるべきで、食糧が被災者の元に確実に届くよう透明性を確保することが重要です。北朝鮮は、以前にも定期的に規制を緩和したことがあります。」と6年に亘る国連特別報告官時代に北朝鮮への入国を拒否された経験をもつムンタボーン教授(法学)は語った。

北朝鮮の食糧危機は、今年1月に同国政府がWFPに対して食糧備蓄が枯渇している旨を報告したことにより明らかとなった。今年の食糧不足の主要原因は、韓国による食糧援助削減というよりも天候不順によるものである。

国連諸機関が実施した北朝鮮の食糧事情に関する特別報告によると、昨年の夏に農耕可能な平野の2割を襲った豪雨が原因で、同国で人気があるキムチを作るための野菜を含む季節の農産物が深刻な被害を受けた。

「さらに厳しい冬がそれに続いたため、大麦・小麦畑が凍りつき、冬季に保管していた種イモも被害を受けた。」と同報告書は記している。

この事態に対して、2008年から北朝鮮に対する年間400,000トンの米支援を停止している韓国は、動きを見せなかった。韓国の李明博政権は、北朝鮮が核兵器開発を引き続き継続していく意思を表明している事態を受けて、同国に対する強硬姿勢を崩していない。

さらに昨年には北朝鮮側からの2度にわたる攻撃(天安沈没事件延坪島砲撃事件)により50名の韓国人が死亡する事件が勃発し、両国間の関係は一層悪化した。

李明博政権は、対北朝鮮支援に殆ど条件を付けない「太陽政策」を推進した先の2つの政権とは異なり、対北朝鮮援助を同国の核軍縮と関連付ける方針をとっている。

あるアジアの外交筋によると、北朝鮮にとって最大の同盟国である中国でさえ、金正日総書記が昨年8月に北京を訪問した際に要請した50万トンの穀物支援に積極的に応じていない。

「金総書記はこの1年で3度中国を訪問しているが、中国政府は、韓国が穀物支援を停止した結果生じた北朝鮮の食糧不足分を埋める手助けを行っていない。」とその外交官は語った。

「もし米国と韓国政府が今回のWPFによるモニタリングを伴う食糧支援が機能していると判断すれば、さらに多くの食糧支援が北朝鮮に対して行われることでしょう。」とその外交官は付加えた。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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【モガデイシュIPS=アブドゥルラーマン・ワルサメ】

国連世界食糧計画(UNWFP)による支援食糧の第一便が7月27日にモガディシュに空輸されてきたが、カディジャ・アリさんの2歳の息子ファラちゃんにとっては手遅れの支援となった。

アリさんは、ファラちゃんと8人の子どもたちとソマリア南部シャベリ川下流のWanlaweyn 地区を発ち、16日間にわたる長旅を経てやっとモガディシュにたどり着いたが、ファラちゃんはアリさんの腕の中で既に死亡していた。

「私はこの子が既に亡くなっているのに気付かず、ただ寝ているものだとばかり思い込んでいて、一日中抱いたまま歩き続けてきました。私たちにはこの3日間、水も食糧もなく、この子にもなにも与えてやることができませんでした。」と首都モガディシュの郊外にあるバドバド難民キャンプでIPSの取材に応じたアリさんは泣きながら語った。

アリさんの家族は、既に2年に及ぶソマリア南部を襲った今回の旱魃が始まる前には50頭の牛、20頭の山羊、5頭のラクダを所有していた。牧畜が農村経済の主流を占めるこの地域では多くの家畜を所有することは富の象徴で、アリさん一家は地元でも裕福な家庭であった。
 
「旱魃は最初3期連続で降雨量が不足するところから始まりました。それから全く雨が降らなくなったのです。牧草は枯れ、井戸や川は干上がりました。そして家畜が飢えて次々と死んでいったのです。」と、アリさんはかろうじて生き残った3人の幼い息子の内の一人を抱きながら語った。

バオバオ(ソマリ語で:救済)キャンプは、ソマリア南部における旱魃による難民を収容する最大の施設である。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、現在約5000家族、28,000人が収容されている。

しかしアリさんは一家揃って難民キャンプに辿りついた訳ではない。アリさんの夫は、家族の残りの財産を守るために村に残る選択をした。その後、夫がどうなったかアリさんにはわからない。アリさんは他の数百家族とともに、厳しい旱魃と飢餓から逃れ助けを求めて厳しい旅に出た。

しかしせっかくの援助も、命を救うには遅すぎたケースが少なくない。

難民キャンプに到着した子ども達の中には、栄養失調で衰弱しきっているため医師も手の施しようがないものも少なくない。そうした子供達の中には何日にも亘って水も食糧も一切摂取していないものもいる。

大半の子ども達は、例えば、3歳児でも体格は1歳程度のままであるなど、飢餓による明らかな発育不良の兆候をしめしている。

「彼らは空腹と疲労から弱り果ててここに到着しています。モガディシュでは毎週2~3名の子どもや大人が亡くなっています。しかし難民キャンプは街中に点在しており、難民全体の正確な人数は把握できていません。」とバオバオキャンプで看護婦として従事しているムナ・イゲーさんは、キャンプで栄養失調の子どもの体重を量りながら語った。

7人の子どもの父であるダーヒル・バボウさんは、モガディシュに到着直後、2人の子どもが深刻な栄養失調で倒れるのをただ見ているしかなかった。

「モガディシュの主要医療センターであるバナディール病院の医師と看護婦は最善を尽くしてくれましたが、2番目の子どもにあたる娘は助かりませんでした。」とバボウさんは語った。

バボウさんは家族とともに旱魃をやり過ごそうと努力したが、今回は耐え切れず助けを求めて家を出るしかなかったという。

「私たちは今までしてきたように今回の旱魃も雨の到来を待ってやり過ごそうと努力しました。しかし再び雨が降る前に私たちの家畜が全滅してしまったのです。近隣住民の多くも同様の状況で全ての家畜を失った後、村を去っていきました。だから私たちも諦めて家を去る時が来たと判断したのです。」とガボウさんは栄養失調で亡くなった娘の葬儀の準備をしながら語った。

「私たちは21日間歩きました。道中、見つけられるものを飲み食いし日が落ちれば睡眠をとりました。今回の旱魃は父から聞かされていたものとも、私がこれまで経験したものとも異なる(大変厳しい)ものです。今は試練の最中にあり、私たちは忍耐力をもって自分を強く待たなければなりません。」とガボウさんは語った。

国際連合児童基金(UNICEF)の東南アフリカ地域事務所長のエリハジ・アス・シ氏は、今回の飢餓を「子どもの生存が危ぶまれる危機」と呼んだ。

ソマリアは、人道支援を必要とする被災者が1100万人にものぼるとみられる「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ東部諸国で猛威を振るっている深刻な旱魃の影響を最も受けている国である。隣接するケニアエチオピアジブチも過去60年で最悪といわれる危機に直面している。7月20日、国連はソマリア南部のバクールとシャベリ川下流地域の2つの地方で飢饉が起きている、と宣言した。

ユニセフは、ソマリア、ケニア、エチオピアにおいて合計で223万人の子どもが深刻な栄養失調状況に陥っていると見積もっている。国連は、66,000人を超える栄養失調児童を治療する糧食を含む1,300トンの緊急食糧支援をソマリア南部に対して行ったと発表している。

一方、ソマリア南部では各地の村からの住民流出が続いている。国連によると、これまでに100,000人近い難民がモガディシュに流入しており、その内40,000人近くが先月到着した人々である。
 
 「UNHCRの統計によるとこの一か月間に旱魃と飢餓により、食糧、水、住居、その他の支援を求めてモガディシュに集まってきた難民の数は40,000人近くに上っています。」とUNHCRのヴィヴィアン・タン広報官は7月28日に発表した声明の中で語った。

国連は、難民の数は増え続けており、7月には一日平均1,000人が新たにモガディシュに到着していたとみている。

地元の非政府組織も大いに必要とされている人道支援を行っているが、難民キャンプの収容者によると、援助物資は限られたものであり、ソマリア政府も緊急支援を増加するよう求めている。

UNWFPは7月27日、モガディシュへの最初の食糧空輸を開始した。この支援はイスラム過激派組織アル・シャバブが、(ソマリア南部の)支配地域における国際援助機関の活動を禁止して以来、最初のものとなった。

UNWPFはモガディシュの難民キャンプに収容されている栄養失調に陥っている子供たちのために14トンの栄養強化食品を空輸した。

UNWPFのデイヴィッド・オア広報官はモガディシュ国際空港で記者団に対して、もっと多くの緊急支援物資がこれから数日にわたって空輸されます、と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

サウジアラビアの対イラン軍備増強を後押しするドイツ

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【ベルリンIPS=ジュリオ・ゴドイ】

ドイツ政府によるサウジアラビアへの最新鋭戦車売却は、国内、周辺国における民衆蜂起を抑圧するためのものではなく、イランとの有事に備えて同国の国防能力を増強することを意図したものである、と外交・軍事専門家は語っている。

サウジアラビアに最新鋭主力戦車(レオパルト2)200輛を売却するとのドイツ政府の決定(取引総額は推定18億ユーロ)に対して、ドイツ国内では、野党、評論家、教会、人権団体等各方面から批判の声が高まっている。

こうした批判にも関わらず、ドイツ政府は、サウジアラビアの政体は専制君主制とはいえ中東地域における「安定の柱」であるとして、今回の決定を擁護した。

またドイツ政府は、米国とイスラエルからの反対がないこともサウジアラビアとの武器取引を正当化する根拠としている。

 野党指導者、評論家、人権団体から表明されている懸念に反して、外交・軍事専門家は、サウジアラビア当局はドイツ製戦車を民主化を要求する国内反対勢力の鎮圧に使用するのではなく、イランとの有事に使用するものを確信している。

この点について、週刊誌Die Zeitの編集者ヨセフ・ヨフェ氏は、「サウジアラビア政府は、2000輌の兵員輸送装甲車等、国内の敵を鎮圧する目的ならば、(戦車より)より適した装備を投入できる。」と語った。
 
 ヨッフェ氏は、ドイツメディア界において、米国と西欧諸国の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)の存在意義を最も熱心に擁護している人物の一人である。またヨッフェ氏は、米国及びイスラエル政府とのつながりをもつ人物である。

またヨッフェ氏は、サウジアラビアにレオパルト2戦車を売却することで、「ドイツは、米国、イスラエルとともに、中東地域、とりわけイランに対して『ここにさらなる(軍事)抑止力があるぞ。このことは軽視されるべきではない。』とのメッセージを送っているのです。」と付け加えた。

ヨッフェ氏は、「2009年には、ドイツ政府はカタールにレオパルト2戦車を36輛売却しています。」と語り、ドイツが最近他のアラブ諸国に類似の軍事装備を売却した点を指摘した。

またドイツ連邦軍も、アラブ首長国連邦(UAE)において、レオパルト2戦車の砂漠における戦闘能力を検証するための軍事訓練を実施した事実を認めている。その検証テストの結果は明らかに満足のいくものだった。

他の西側政府、とりわけ米国、英国、フランスは過去数十年に亘ってサウジアラビアの軍備強化を支援してきた。

元駐ベルリンイスラエル大使で現在イスラエル外交協会会長をつとめるアヴィ・プリモール氏は、「サウジアラビア政府は、国内の民衆蜂起を抑える際には、より適した軍事装備を使用します。」「最近サウジアラビアがバーレーンで勃発したアルハリーファ家支配に対する民衆蜂起の鎮圧に介入した際、サウジアラビア政府はより重装備の米国製のM1A2エイブラムス戦車ではなく、AMX軽戦車を使用しました。レオパルト2戦車のサウジアラビア導入は、明確にイランに対抗するためのものです。」と語り、ヨッフェ氏と同様の見解を示した。

またプリモール氏は、サウジアラビアとイスラエルは公式には今も戦争状態にある点を指摘した上で、「しかしイスラエルとサウジアラビアにはイランという共通の敵がいます。サウジアラビアはイランを同国にとって最大の脅威と見做しているのです。」「イスラエルは、サウジアラビアをイランの脅威に対する砦として、また、今日の不安定なアラブ世界における安定勢力として、緊急にサウジアラビアの軍事力を増強したいという国益上の思惑があります。」と語った。

プリモール氏はその一方で、「サウジアラビアの政権は旧態依然とした」ものであり、人権団体が、同国に対する武器売却を批判するのは「理解できる」と語った。

このような議論にも関わらず、戦車輸出を巡る批判の声は暫く止みそうにない。昨年までドイツ連邦軍の議会監督官をつとめたラインホールト・ロッベ氏は、サウジアラビアは「明らかに西側民主主義国家が考える民主主義と人権の基準を満たしている国ではありません。軍事援助を含むドイツの外交政策は、こうした民主主義・人権基準をガイドラインとして進められるべきです。」と語った。

またカトリック教会も、今回の武器売却を批判した。「ドイツ政府は軍事的な危機を孕んでいる地域や人権を抑圧している政権に対して武器を売却すべきではありません。」と『Justitia et Pax』委員長のステファン・アッカーマン司教は語った。

ヒューマンライツウォッチ(HRW)は、サウジアラビアにおける人権状況を「恐るべき状況にある」と評価しており、今年初頭から中東全域を席巻している民衆蜂起に直面してからの人権状況の改革を表明しなかった数少ない政府の一つである点を強調した。

HRWサウジアラビア上席研究員のクリストフ・ウィルケ氏は、「サウジアラビア軍の戦車がバーレーン領に侵入する光景が、バーレーン政府による、平和的な民衆化抗議活動に対する弾圧の狼煙となりました。ドイツ政府がこのタイミングでサウジアラビア政府に戦車を売却すると行為は、ドイツが抑圧的な政権を支持していると、同国の改革支持者に解釈される恐れがあります。」と語った。

しかしドイツ政府は、このような批判に耳を傾ける気配はない。それどころか、ドイツ政府はサウジアラビアと類似した人権実績を持つ他の国々に対しても軍事装備の売り込みを行っている。

アンゲラ・メルケル首相は、7月中旬にアフリカ南西部のアンゴラを訪問した際、ジョゼ・エドゥアルド・ドス・サントス大統領に対して哨戒艇その他のドイツ製武器の売却を持ちかけている。

「哨戒艇が実際にアンゴラに売却されるか否かは今の段階では明らかではありませんが、ドイツ国内の評論家たちは、メルケル首相がサウジアラビアへのレオパルト2戦車売却に対して高まった批判を無視したうえに、(アンゴラで)「軍事産業の販売マネージャー」として振る舞ったことに衝撃を受けています。」と野党「緑の党」のクラウディア・ロス党首は語った。

ドイツの日刊紙「Die Sueddeutsche Zeitung」の外交アナリストであるトールステン・デンクラー氏は、「アンゴラは、憲法さえも一党独裁制を追認するような、世界でも有数の腐敗した政権であり、メルケル首相の感覚を疑わざるを得ない。」と語った。

またデンクラー氏は、アムネスティ・インターナショナルがアンゴラにおける人権抑圧を繰り返し非難している点を指摘した。

デンクラー氏は、メルケル首相が訴えている軍事輸出に関する「現実的かつ政治的な理解」というものには、外交政策を実施するにあたって踏まえるべき基本的な倫理的前提条件が蔑になれていると嘆いた。「私はドイツが武器を輸出してはならないと言っているのではありません。もし輸出するとすれば、民主主義と法の統治が保障されている国々に限定すべきだと言っているのです。」とデンクラー氏は語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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