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|ネパール|子どもの権利を守るには、児童労働に関する社会認識を打破することが必要

【カトマンズIPS=マリッカ・アルヤル】

昨年12月のある日、ネパールの首都カトマンズに本拠を置くNGO「社会サービスと人権における児童と女性」(CWISH)に勤める児童保護官プラディープ・ドンゴルさんは、市内に多数構えている事務所のうちのひとつから緊急連絡を受けた。

その事務所に急行したドンゴルさんが目にしたのは、CWISHのスタッフが保護した11才の少女だった。彼女の目は落ちくぼみ、両手は痣(あざ)だらけで、頭は所々で髪の毛が抜け落ちていた。

話を聞いてみると、この少女(リーマさん:仮名)は、働いていた家での虐待に耐えきれず逃げてきたことがわかった。

リーマさんは、カトマンズから400kmほど離れた村で3年生として小学校に通っていたが、両親の判断で、カトマンズに住む見ず知らずの若い夫妻の下で働くことになった。

その夫妻はリーマさんの両親に、リーマさんを自分たちの家に同居させたうえで、良い学校にも通わせ、幼い息子の「姉」として家族同様に面倒を見ると約束していた。

しかし、リーマさんを待ち構えていた現実は全く違っていた。学校に通わせてもられないどころか、与えられた食事は残飯ばかりで、しかも夫妻の子どもの世話をはじめあらゆる家事をさせられたうえ、給料は一切もらえなかった。

また、リーマさんは家族との連絡もほとんどとれないなかで、殴られたり髪を引っ張られたりと、日常からさまざまな暴力を受けていた。

ある日、リーマさんは夫妻の息子を学校に送って行く途中、その近くの学校で教鞭をとっているCWISHのスタッフに出会った。リーマさんは帰宅後、夫妻にその学校に通いたいと相談したところ、殴られる始末だった。

翌日、リーマさんは夫妻に家を飛び出し、CWISHの事務所に保護を求めて駆け込んだのだった。

ネパールの5~17歳の児童770万人のうち、314万人が労働に従事しており、しかもその3分の2は14歳以下の子どもたちである。

また、児童擁護団体の「プラン・インターナショナル」と「ワールド・エデュケーション」が行った緊急調査によると、児童労働者のうち16万5000人以上が家事労働をしているという。

「子どもたちが直面しているこうした苦境は、個人の家という密室のなかで起こっていることから、表沙汰になりにくく、残念ながら社会の注目を集めるに至ってはいません。」とSWISHチームリーダーのビシュニュ・ティミシナさんは語った。

ビシュニュさんは、この問題の背景として、農村の子どもたちを都市部の個人宅に連れて帰って働かせるという慣習の存在を指摘した。それは具体的には、裕福な家庭の夫妻が、農村部の貧しい家庭を廻り、都会でのより良い生活と進学・就職を保障するという約束と引き換えに、子供の中から一人を引き受けて連れ帰るというものである。

国連開発計画(UNDP)の2023年度人間開発報告書によると、ネパールの貧困状況は近年改善傾向を見せてきているものの、国際比較では依然として調査対象187か国のうち157位である。こうした申し出があった場合、生活苦にあえぐ両親にとって、自分の子どもを働きに出す誘惑には抗しがたい。

ネパール中央統計局が発行した2010年―11年版「生活水準調査」報告書によると、ネパール国民の3割以上が1月当たり14ドル以下の生活を送っていた。

また全国民の約8割が、リーマさんの実家のように農村部で自給自足の生活を営んでおり、子供たちには両親の農作業や家事仕事を手伝うことが期待されている。

さらにネパール農村部に暮らす5歳以下の子どもの約半数は、栄養失調状態にあり、コミュニティーには、一次医療(プライマリーヘルスケア)や初等教育、安全な飲み水へのアクセスといった基本的なサービスが欠けている状態にある。

農村部から都市部へと児童を引き寄せるこうした慣習が、勢いづいた背景には、1990年代の産業化の進展がある。この時期、中間層が成長していたことに加えて、政府軍とネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)ゲリラ間の内戦(人民戦争=1996年~2011年)に伴う人口の国内移動が活発になったことから、低賃金労働者への受容が生じたのだった。

子どもたちは、母親たちが現金収入を求めて伝統的な家事(料理、洗濯、幼児・高齢者の世話等)を放棄していくなかで生じた空白を、瞬く間に埋めていった。

先述の「プラン・インターナショナル」と「ワールド・エデュケーション」が行った緊急調査によると、都市部と農村部で家事仕事に従事している子供たちの数は、それぞれ62,579人と61,471人で、ほぼ拮抗している。

子どもの権利擁護に取り組んでいる活動家によると、児童労働問題に組むうえで最大の障害の一つが、ネパール社会に広く見られる、「児童労働は必ずしも悪いことではない」とする社会認識である。

「ネパールには元々、子どもは働くことで『労働の価値』を学ぶ、という考え方が根強くあり、それも一つの背景となっています。」と、中央児童社会福祉委員会(CCWBのプログラムマネージャーのニタ・グルン氏は語った。

その結果、ネパールでは、児童労働を禁止する関連法規を実行するのが、困難な状況にある。

国際連合児童基金(ユニセフ)ネパール事務所の子ども保護担当官のダニー・ルハール氏はIPSの取材に対して、「人々は、子どもたちが近所の知人や親戚や友人の家で働いているのを見てもそれをごく普通の生活の一部と受け入れてしまっています。」と指摘したうえで、「ネパール社会が児童の家内労働を受け入れないようになるためには、まずはこの意識を打破する必要があります。」と語った。

ネパールはすでに「子どもの権利条約」、国際労働機関(ILO)の「最悪の形態の児童労働の禁止と撤廃を確保する即時の効果的な措置を求めた」138号条約及び「就業の最低年齢を義務教育終了年齢以上とするよう規定した」第182号条約に批准しており、こうした国際協定は2007年の暫定憲法を通じて国内の諸法令(1992年児童法、2000年児童労働禁止法、2002年カマイヤ〈=債務労働者〉労働禁止法)に反映されている。

しかしこうした国際法や国内法を制定したものの、それに伴う執行体制の整備がなされなかったため、家庭内児童労働の問題について、どの政府機関がどの法律の執行を担当するかについて明確になっていないのが現状である。

現在、人口3049万人のネパールに児童保護観察官は、わずか10人しかいない。

しかも彼らの担当はフォーマルセクター(鉱業、観光業、タバコ団行、カーペット工場他)のみで、政府のどの部署が個人の家のようなインフォーマルな職場で働かされている児童の保護や社会復帰を担当するかについては、明確になっていない。

「(インフォーマルセクターで)暴行や搾取があった場合、まず政府のどこの部署が担当するか、そして、どの法律・法令が適用されるかについて混乱がおこるので、極めて深刻な問題です。」とユニセフのルハール氏は語った。

例えば、リーマさんが雇用主のもとから逃れた際は、一時避難所に連れて行かれ、事件は政府の労働事務所に対して届け出がなされた。

その後リーマさんを搾取した夫妻は、当局からの強い勧めにより、彼女に210ドルの金銭的補償を行い彼女を解放すると約束した。こうしてリーマさんは安全に故郷の村に戻ることができたが、未だに夫妻からの補償金を受け取っておらず、労働事務所における事件のステータスも依然として手続き中のままである。

「書類上は、加害者に責任をとらせる法規があるのですが、実際に適用されることはほとんどありません。つまり被害者の保護は、未だに優先されていないのが実態です。」と、子どもの権利活動家のカーマル・グラゲインさんはIPSの取材に対して語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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【シアトルIPS=ピーター・コスタンティーニ】

米国における移民を巡る議論に困惑している人は、あの「マジノ線」を思い出してみたらどうだろうか。

マジノ線」とは、1930年代に、当時のフランス陸軍大臣アンドレ・マジノ(André Maginot、1877年―1932年)の提唱で、来るドイツの侵攻に備えてフランス政府がドイツ―フランス国境沿いに構築した長大な要塞線のことである。しかしナチスドイツは、第二次世界大戦初期の対仏電撃戦において、マジノ要塞の北限(フランスは中立国のベルギーとの国境にマジノ線を延長していなかった:IPSJ)をやすやすと迂回して英仏連合軍を圧倒、わずか6週間でフランスを降伏させた。

残念なことに「マジノ線」は、こうした経緯から、過去の戦略思考に基づいて作られた「無用の長物」の代名詞のように語られるようになってしまった。しかし当時マジノ氏は、少なくとも、フランスの生存を脅かす差し迫った脅威に立ち向かおうとしていたのである。

一方、我が国(=米国)の「マジノ氏ら」は、米国とメキシコの国境沿いに1130キロに及ぶ長大な壁を構築し、国境警備隊を増員(約1万8000人→3万8405人)し、(米軍がアフガニスタンで使用していた)無人偵察機(ドローン)や振動・画像・赤外線による地上無人センサー等まで配備して、「恐るべき」不法入国外国人による「侵攻(=流入)」と阻止しようと躍起になっているが、実際には米国への不法移民の入国数は2000年にピークに達しており、その後は下降線をたどっている。つまり、脅威として捉える時期はとうに過ぎ去っているのだ。

2008年に世界同時不況が始まって以来、米国からメキシコに帰国した人数は、メキシコから新たに米国に入国した人数を僅かながら上回った。そして現時点で、両国間の純移動率(特定の時期、場所における移入民と移出民の差)はほぼゼロである。また、米国における不法滞在移民の数も、2007年のピーク時と比較すると、今日では約8%減少している。

結局のところ、こうした移民の流入は、悪影響どころか、むしろささやかながら、米国の経済・社会の幅広い分野において利益をもたらしているのである。

メキシコから米国への大量の人口移動は1990年代半ばに始まるが、その背後には強力な「プッシュ要因」と「プル要因」が作用していた。メキシコでは、1994年に発効した北米自由貿易協定(NAFTAにより、多くの貧しい農民が(安価な米国産農産物に対抗できず)耕作を放棄して土地を離れていった。また同年発生した通貨(ペソ)危機により、実質賃金は約20%下落した。一方、同時期の米国経済はIT分野を牽引力とする好景気(戦時下を除けば史上最長の景気拡大)を経験しており、低賃金労働者に対してさえ、賃金の引き上げが行われていた。

これほどの経済の一極集中は、将来再び起こりそうにない。現在では両国の景気循環は、より密接に連動するようになっている。現在メキシコでは、教育、就業機会が増える一方で、出生率が低下し続けており、メキシコ人を米国への出稼ぎへと駆り立てる「プッシュ要因」は、中長期的には、今後も縮小していくかもしれない。

しかし我が国の「マジノ氏ら」は、依然として幻の敵(=不法入国外国人)に対する強硬な構えを崩しておらず、費用対効果が低く、時には非生産的ですらある様々な対処策を要求し続けている。

世界で最も豊かな国と比較的貧しい国(中進国)の間に横たわる米国=メキシコ国境の全長は、2000マイル近く(=3141キロ)に及び、その大半はソノラ砂漠(日本の本州がそっくり入る)北限を通過している。つまりいかに国境線を武装化したとしても、移民の流入からこの長大な国境を完全に守りことは不可能である。また、国境警備に費やされる莫大な予算、技術、人員に対する費用対効果が疑問視されるようになって既に長い年月が経過している。

一方、米国=メキシコ国境線が「マジノ要塞化」されたことで、越境は以前よりもより危険で過酷なものとなっている。しかし、成功するまで繰り返し越境を試みようとする者たちを止めることはできない。また、米国内の不法移民労働者の30%から40%は、合法的に米国に入国し、そのまま滞在期限を過ぎで生活しているものたちである。つまり、米国への移民の流入を効果的に抑制する唯一の要因は、米国の労働市場が冷え込むか、反対にメキシコの労働市場が改善するか、である。

また国境強化措置は、想定外の悪質な結果をもたらしている。「コヨーテ」と呼ばれる悪名高い不法移民の密輸業者(越境時のガイド役)の費用が3倍に跳ね上がり、移住希望者に大きな負担としてのしかかる一方で、その追加利益は主要な国境地帯を支配している麻薬密売組織に流れ込んでいる。また、人口密集地に近い国境地帯の警備が大幅に強化された結果、越境が試みられるポイントはますます自然環境が過酷な砂漠地帯へとシフトしており、引き続き夥しい数の人々が命を落としている。

また国境の要塞化は、従来の循環型移住を妨げる結果をもたらしている。メキシコから米国への移住パターンの大半は、昔から1年か2年ごとに国境を行き来する出稼ぎ型で、最終的にはメキシコに戻ってよりよい生活を構築することが目的であった。ところが、越境に伴う費用と危険性が大きくなったため、米国での滞在期間を長くするか、あるいは、帰国を諦めてそのまま米国に永住し、家族を呼び寄せる選択をする不法移民がこのところ増加している。

不法移住は、一世紀以上に亘る米国・メキシコ両国の経済の浮き沈みを通じて、両国の文化・経済に、深く根付いてきたものである。つまり、違法ではあるが、スピード違反や駐車違反と同じように捉えられているのが実情である。

あるいは違法移住の問題は、国際的な不法侵入の一種と見ることもできるだろう。つまり、悪意なく不法侵入したものの、長期にわたって滞在し続けた場合、米国のコモン・ロー(慣習法)は、「時効取得」の概念に基づいて権利の取得を認めているのである。

不法移民がもたらす経済効果については、大半の労働経済学者が、米国生まれの労働者に総合的に恩恵をもたらしているほか、経済全般を活性化し、財政バランスの改善にも貢献しているとの見解を示している。

さらに低賃金労働者の利益を代表している労働組合やコミュニティー組織も、不法移民を暗闇から引き出して適切な法的地位を付与し、労働で連帯していくことで、米国の労働市場全体を健全化できるという考えを、圧倒的に支持している。

それでは、不法移民がいかなる罪も犯しておらず、しかも米国社会に貢献しているのならば、彼らが市民権を取得するための道筋は、どうして、移民排斥派の議員らが頻繁に言及する「恩赦」ということになるのだろうか?

私たちは、「マジノ線(=米国とメキシコ国境の壁)」をあと何マイル延長させるかという議論よりも、むしろ、全ての低所得世帯の生活水準の向上を図りながら、不法移民を米国経済に統合していく最善の方法を議論することに心血を注ぐべきである。

また、国境を武装化し罪もない移民らを収監するためにボーイングレイセオンといった軍需産業や矯正施設運営企業に膨大な予算を惜しげもなく投入する代わりに、その予算のほんの一部でもメキシコや中央アメリカの移民送出地域に雇用、住宅、教育、医療保健対策費として送ったほうが、よっぽど支出に見合った成果を得ることができるだろう。そして私たちが圧倒的に賢明な人間でありたいと思うならば、その残りの予算を米国本国で同じように使うこともできるだろう。

米国への不法移民の数が10年前や15年前の水準に再び戻ることは、ほとんど考えられない。しかし、もし本当の意味での経済復興が実現して再び不法移民の数が増加に転じるようなことがある場合は、既に国内にいる低所得労働者を搾取することなく、適正な労働需要を満たす新たな未熟練労働者に十分なビザ(査証)を発行する移民改革が実施されなければならない。

そのような移民改革を実現するには、この問題について常に協議と調整を図れる態勢が構築されなければならない。そのための具体的な方策としては、既にコミュニケーション、貿易、金融など他の分野において実現している、移民問題に関わる全ての利害関係者(労働者、経営者、コミュニティー活動家、学識経験者)が参画した政府委員会を創設することが挙げられる。

また、真の意味で、米国=メキシコ国境に関する安全保障問題に対処するには、前アリゾナ州司法長官のテリー・ゴダード氏の主張に耳を傾けるのも悪くない。ゴダート氏は、報告書の中で、不正資金をマネーロンダリングしたり、国境を越えて不正資金や商品(麻薬など)を運搬する能力を攻撃するなど、(国境地帯に勢力を張っている)多国籍犯罪カルテルの急所を突く方策を詳細に説明している。

米国の著名なコメディアンで風刺作家のスティーブン・コルベア氏は、移民排斥派の議員が提唱している「国境のセキュリティーを強化する(Border Surge)」方策について、「それはイラクではうまく機能しましたよ。なにせ、バグダッドへの潜入を図ろうとするメキシコ人はほとんど見かけないからね。」とコメントした。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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【ドバイWAM】

世界には治療可能な失明症(白内障緑内障ビタミン欠乏症等)で苦しんでいる人が4千万人いる。これは世界の全盲人口の実に8割に相当する。しかし患者の大半は途上国に暮らす貧しい人々で、治療費が払えないか、あるいは、治療という選択肢があることを知らないために、失明の状態で放置されているのである。

中東のドバイを拠点にこれまで様々なチャリティーキャンペーンを展開してきたオンラインプラットフォーム「juuduu.com」は、UAEのヌールドバイ財団と連携して、失明症に関する啓蒙活動と巡回眼科診療キャラバン(Mobile Eye Camps)活動を支えるための資金集めを開始した。

「途上国の貧しいコミュニティーで暮らすことに伴う様々な不便、しかも四六時中暗闇に囲まれていなければならないというハンディキャップを負った状態を想像してみてください。」とjuuduu.comマーケティング部長のタリク・マゾルカ氏は語った。
 
「そのような全盲患者にとって治療を受けるということは、単に視力が回復するということにとどまらず、まさに再び生きる望みを与えられるようなものなのです。私たちは、地域コミュニティーの協力を得ながら、パートナーであるヌールドバイ財団が実施している巡回眼科診療キャラバンを通じてできるだけ多くの盲目患者に治療を受ける機会を提供したいと考えています。」

juuduu.comでは、このキャラバン運転資金を集めるために特製Tシャツをはじめとしたキャンペーン商品を販売している。また、特設ウェブサイトを通じて、この治癒可能な失明症に関する基本情報と、この病が比較的容易に予防・治療できる事実を発信し、この問題に対する一般の人々の認識を高めるキャンペーンを展開している。

ヌールドバイ財団のマナル・タルヤムCEOは、「当財団は世界の支援を必要とする数百万の人々に援助の手を差し伸べてきました。これまで、一次医療施設が整っていない村々に対しては、病気予防キャンペーンや巡回治療キャラバンを実施してきました。当財団は、CSR(企業の社会的責任)に取り組む企業との協力を通じて得た支援や資金をもとに、多くの国々で(2013年現在、アジア・アフリカ10か国:IPSJ)で、単に治療を施すだけではなく、患者の人生を変え、周りのコミュニティー全体が成長・繁栄するような持続可能なプログラムを展開しています。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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【カトマンズIDN=シャイリー・バンダリ】

2008年5月23日、10人のネパール人女性が、史上初めて女性だけのチームとしてエベレスト登頂に成功した。この歴史的な成功は、ネパールの女性たちにひとつのメッセージをもたらした。「女性が征服できない頂上は世界にはない」。

本国のネパールでは世界最高峰登頂というこの快挙を「ネパールの女性にとっての大躍進」として大いに祝福された。一躍時の人となった遠征隊のメンバー(シュシミタ・マスキ、シャリリ・バスネ、ニンドマ・シェルパ、マヤ・グルン、ポージャン・アチャルヤ、ウシャ・ビスタ、アシャ・クマリ・シン、ナワン・フティ・シェルパ、シュヌ・シュレスタ、ペマ・ディキ・シェルパ)は、その知名度を生かして国内各地の学校を訪問し女性の機会均等を訴えるキャンペーンに参加している。

 
長年に亘って女性がつねに周縁的な役割ばかりを持たされてきたネパール社会では、このことは非常に大きな意味を持つ。今日ネパール女性は、不人気な王政と10年に亘って戦ったネパール共産党統一毛沢東主義派(マオイスト)率いる内戦の参加者として、そしてギャネンドラ前国王の独裁政治に終止符を打った2006年の大衆デモの参加者として、文字通りその役割が改めて見直されつつある。
 
 1996年の内戦勃発まで当時のネパール王国において女性や少女が武装して戦う光景は想像できないものであった。しかしマオイストの人民解放軍では、兵士の3分の1以上を女性が占めており戦力の大きな部分を担っていた。ネパール女性たちは、政治に深く関与するのみならず、彼女たちの多くが家計の唯一の稼ぎ手となっており、こうした中で、女性の地位は改めて評価されはじめている。

「変化の担い手」

ネパールでマオイストと王党派の和平調停に関与したスイスのギュンター・バチェラー氏は、2006年に平和と民主主義を叫んで大衆デモを引き起こしたネパール人女性たちを「変化の担い手」と呼び、彼女たちが民衆革命を成功裏に導いた立役者であったと述懐している。

「人権侵害や免責、人間の安全保障の問題が、国中で女性運動を生み、国家機関の中だけではなく、カトマンズなどの街角で女性たちが声を上げることになった。」バチェラー氏はこうした見解を、「人間対話センター」が2010年8月に発行した報告書「ある調停者の見方―女性とネパールの和平プロセス」のなかで展開している。

こうした活躍にも関わらず和平交渉の席に多くのネパール女性を参加させるという目標は達成できなかった。しかし、主要政党の女性議員や個々の女性活動家の中には、準備会合や諮問会議、キャパシティビルディング活動への参加や包括和平合意(CPA)後に平和復興省となった平和復興事務局との協議への参加を果たした者もいた。

「とりわけ、各政党代表、平和復興事務局、地域代表、国際アドバイザーで構成された『平和タスクフォース』(ネパール平和移行イニシアチブ支援)には多くの女性が参画した。」とバチェラー氏は述懐している。

2006年に和平合意が成立する以前から、女性運動は成功を収めていた。2002年には、中絶が合法化され、女性が誕生と同時に財産を相続することができるようになった。2006年には、最高裁が、妻が不妊の場合に夫は妻と離婚できるとする法律を破棄した。そしてまもなく女性が子供に市民権を付与する権利が認められた。また同年には、国家公務員の3分の1を女性とするよう定められたほか、選挙制度は比例代表制が導入され政界進出への門戸が大きく開かれた。

その結果、南ネパール制憲議会(定員601議席)には、将来の憲法上の女性の権利にかかわる重要案件に関しては声を一つにして行動する197名の女性議員が誕生した。また、サハナ・プラダン氏がネパール初の女性外務大臣に就任した。

また、2009年には、ネパール議会は、ドメスティック・バイオレンス(家庭内暴力)を犯罪化する法案を通過させた。

こうした一連の進展により、ネパールは国連安保理決議1325号を具体的に実施に移した数少ない国となった。同決議(今年10月31日に10周年を迎えた)は、平和・安全に向けての取り組みの中での女性の平等な権限及び参加、並びに性的虐待を含むあらゆる暴力から女性を保護するよう求めている。

現場の実情

またこうした成果の背景には1990年代にネパールの民主政治復活を求めて最前線で活動したビンダ・パンデイ氏のような女性の活躍があった。「ネパールの新憲法に男女平等が明記されることは極めて重要なことです。」と女性・平和活動家でFundamental Rights and Directives Principle Committeeの議長をつとめるパンデイ氏は語った。同委員会は将来におけるネパールの市民権のありかたを示し新憲法に具現化する任務を課されている。

パンデイ氏は未解決の数多くの問題について、「ネパール女性はアドボカシー活動においては今のところ成功を収めています。しかし政治制度は圧倒的に男性に支配されている世界ですから、具体的な主張を、とりわけ女性に対する性暴力の防止や犠牲者に対する支援を法制化するということになると、より説得力をもつスキルを身に着ける必要があります。」と語った。

明らかにこの見解を共有するネパール最高裁判所は、政府に対して、性差に基づく暴力撲滅年と宣言した2010年を有効に活用し、女性に対する暴力を犯した者を不必要な遅延なく罰する「裁判所」を設置するための必要前提条件を検討するよう求めた。

しかし、ネパールでは女性への暴力に関する統計は整備されておらず、問題の実態を把握することは難しい状況にある。人権問題に関するネパール初のポータルサイトである「INSEConline.org」によれば、2008年には国内で225件の強姦事件があったという(未遂を含む)。犠牲者は33カ月から63歳の233人の女性でその内162人が16歳の少女であった。いくつかの事件では犠牲者は強姦の後に殺害されている。また、31件については犠牲者は複数の男性に暴行を受けていた。

法の不在

INSEConlineは当該事件の犯人についてもプロフィール分析をおこなっている。これによると犯人の年齢層は13歳から79歳で大半が犠牲者の身近にいるものであった。また、彼らの大半が法律の抜け穴ゆえに罪を追求されることはなかった。このことについてネパール最高裁判所のスリカント・パウダー報道官は、「法の不在」という観点から、こうした犠牲者に対して補償したり社会復帰を支援したりする方策が不在な点を批判している。

もう一つの未解決の問題は、毎年ネパールからインドに数千人の単位で若い少女たちが家族によって主に家政婦等の名目で「売られる」人身売買の問題である。人権団体によると、彼女たちの多くは売春婦にさせられ、残酷な搾取に晒されている。

またもっとも酷い人権侵害に晒されているのは未亡人と(不可触賤民カースト)ダリットの女性たちである。国連女性開発基金(UNIFEM)によれば、ネパール国内に未亡人は80万人でその内76%が35歳未満である。夫を失うことによって女性は社会的に孤立し、法律が執行されない環境の中で、差別や暴力、性的な搾取の餌食になりやすくなる。

最も貧しいダリットの未亡人ともなると、時にその環境そのものが女性の不幸や死因にもなりえるのである。このような実態はカトマンズの南約40キロにあるラリトプール地区で起こった事件の犠牲者の事例が端的に物語っている。彼女は家畜が数匹死んだことを咎められ、激しく殴打された後に投獄され無理やり自分の排泄物を食べされられる虐待をうけた。彼女は強制的に罪を認めさせられたのち、ようやく釈放された。彼女は裁判所に訴えでたが、結局彼女を虐待した人々は罰金を支払っただけで断罪されることはなかった。

ビンダ・パンデイ氏のような女性活動家は、ネパールの男性議員達に対して性差に基づく暴力を公に糾弾するよう求め続けている。しかし彼女たちの声が聞かれるかどうかは未知数である。バチェラー氏はネパールの各党国会議員たちは制憲議会を党利党略と自身の勢力拡張のための駆け引きの舞台に利用していると非難している。

「女性国会議員達は‐その多くが初めて政界に足を踏み入れた人々‐当然ながら、こうした各政党の男性指導者たちによる不毛な争いを止めることはできなかったのです。」とバチェラー氏は嘆いた。

翻訳=IPS Japan戸田千鶴

|UAE|今年のラマダンキャンペーンが広範な支持を獲得

【ドバイWAM】


アラブ首長国連邦(UAE)の「100万人の貧しい子供たちに衣服を」キャンペーンにより、これまでに、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、アルバニア、イエメン、レバノン、エジプト、ジブチ、セネガル、タンザニア、マラウィ、ヨルダン、パキスタン、インド、ウガンダ等で、貧しい子供たちの間に笑顔が広がっている。

UAE副大統領でドバイ首長のムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム殿下は、7月11日、今年のラマダンキャンペーンの一環として世界の貧しい子供たち100万人に衣服を寄付するための資金集めキャンペーンを開始した。

資金集めキャンペーンは、故ザイード・ビン・スルタン・アルナヒヤン首長(UAE初代大統領)の9年目の命日でUAEの「人道活動の日」にあたるラマダン19日目(=7月28日)まで実施される予定である。

各方面からの支援は、これまでの予想を上回るペースで集まっており、100万人分の服を寄付するための目標額とされた4000万ディルハム(約10億6500万円)は、開始から最初の10日間(7月21日まで)で達成された。そこでマクトゥーム殿下は、支援対象国を、新たにサウジアラビア、ドイツ、タンザニア、その他中南米及びアフリカ諸国(合計46か国)に拡大するよう指示した。

キャンペーンの実施機関である赤新月社UAE支部によると、これまでに衣服が寄付された子どもたちの数は国別で、ボスニア・ヘウツェゴヴィナが10,000人、イエメンが100,000人、レバノンが50,000人、エジプト100,000人、タンザニア100,000人、インドでは200,000人であった。また、ヨルダンではシリア人難民キャンプの子どもたち5000人に衣服が寄付された。またキャンペーン事務局は次のステップとして、レバノン、ヨルダンのシリア難民の子供たちや、フィリピンの貧しい子どもたち(推定80,000人から100,000人)等に衣服を届ける予定である。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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【バンコクAPIC/IPS Japan=浅霧勝浩

「私はミャンマーの少数民族シャン族出身の17歳で、タイのメーサイと国境を挟むビルマ(ミャンマー)のタチレイで家族は母と義父の2人がいます。人身売買の被害にあった当時、私は15歳で、結婚させられて20日ほど経ったところでした。

そこにブローカーの女性が『バンコクに行って働く気がないか?』と誘いをかけてきました。私は夫と別れて出稼ぎに行きたかったので、そのブローカーから10,000バーツの手切れ金を前借して離婚し、地元の友人と一緒にブローカーについてタイに行くことにしました。

 しかし、後で分かったことですが、働き始めてから返す借金はその10,000バーツに留まらず、ブローカーの手数料(10,000バーツ)、移動費、アパート代など合計50,000バーツに膨れ上がっていました。
 
 友人と私はメーサイ経由でタイに越境しました。国境を越えると男が待ち構えており私たちは森の中にある小屋へ連れて行かれました。そこには私たちの他に10名ほどの女性がいました。私たちは全員バンに乗せられ一旦バンコクまで運ばれそこから様々な目的地に分かれていきました。

私は他の2人の少女達とバンコク市南部のBang Kaeに連れて行かれました。2・3日すると一人の女性が訪ねてきました。私たちは裸になるように言われ、身体をチェックされました。彼女は『肌の色が白くかわいいから客が気に入るだろう』と言って私を気に入ったようですが、隣にいた子は気に入らなかったようです。

後で聞かされましたが、その娘はそれからどこかよそに送られたそうです。その後、Melrose Massage and Saunaという所に連れて行かれました。職種については、ブローカーはMassage and Saunaとのみ伝えてきただけで詳しい説明はしてくれませんでした。私は伝統的マッサージのようなものだろうと考えていました。

その職場には200人程の女性が働いていましたが、仕事の内容が売春であることは到着して初めて知らされました。ただし、ミャンマーの故郷を出発するに当たって契約書に署名されられており、『もし逃げたら故郷の両親に危害を加える』と脅されたため、どうすることもできませんでした。マッサージパーラーでは、ます、新入りの研修と称して、ポルノビデオを見せられ、複数の男性スタッフ相手に様々な性行為をさせられました。

職場に投入されて最初の3カ月は、一回のサービスあたり2,000バーツの値段がつけられ、その内500バーツが取り分でした。しかし、その後少し太ったせいもあり、私の値段は500バーツ(取り分は400バーツ)に落とされました。時々ある警察の巡回に際しては、私のように身分証明書をもたない売春婦は建物の裏に隠されました。

HIV/AIDSのことはミャンマーで聞いていました。村の中にもバンコクに出稼ぎにでた人がエイズで死にました。バンコクにでてきてこの仕事をさせられるようになって、HIV/AIDSに感染しないかと不安でした。しかし、どうしようもないので、自分は大丈夫だと言い聞かせながら、早く借金を返して故郷に帰ることだけを考えていました。
 
 コンドームはエイズ感染から体を守ってくれると聞いていたので、客にはいつも使用するよう頼みました。また、店側も、コンドームの使用を拒否する客に対してはサービスをしなくてもいいように規則を決めていましたので、そのような客に遭遇した場合は、ママさんに連絡して対処してもらうことができました。ただし、顧客の中には性行為に際して乱暴な人もおり、コンドームが破れるのではないかと心配することが少なくありませんでした。

店には毎週水曜日と土曜日に医者が検診に廻ってきていました。売春婦には3カ月ごとに血液検査が義務付けられており、感染が判明するとその場で追い出されました。私たちは、借金を返して生きていくためにも、健康には気を遣うようにアドバイスされていました。結局、その店に連れてこられて約1年後の8月に警察が事前通告なしに店を捜索し、私は他の12人の娘達と共に保護されました。

ここでは(人身売買の犠牲者を収容する更生施設)、職業訓練の一環で裁縫を学んでいます。この技術は故郷に帰ってからも役に立つと思います」

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与党に厳しい目を向け、野党を育てるという姿勢 (石田尊昭尾崎行雄記念財団事務局長)

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【IPS東京=石田尊昭

Mr. Takaaki Ishida
Mr. Takaaki Ishida

今のように「液状化」したままの野党では、ここまで強く大きくなった与党に対して緊張感を与えることは難しいかもしれません。かといって放置してよいはずもなく、やはりここは、私たち国民が現政権・与党に対して常に厳しい目を向け、声を上げていくことで、緊張を促すことが必要だと思います。

厳しい目を向ける、というのは、何でもかんでも批判したり、単に不支持を表明することではありません。政策の具体的内容や進め方に対して、「白紙委任」で「お任せ」するのではなく、良いものは良いと評価し、おかしいものはおかしいと評価する姿勢です。同時に、野党を、ただ「腐す」のではなく、「育てよう」とする姿勢も求められるでしょう。

野党は、そうした国民の声を、与党以上に真摯に汲み上げながら、単なる数合わせではない、理念と政策による再編を行なうことが求められます。それがあって初めて健全野党の第一歩が踏み出せるのかもしれません。

政権・与党に厳しい目を向け、かつ、野党を育てるという姿勢は、現政権を支持する人にも、支持しない人にも、共通して求められることだと思います。

Ozaki Yukio Memroial Foundation
Ozaki Yukio Memroial Foundation

日本の政党政治のあり方に失望しつつ、最期まで政党政治を諦めなかった尾崎行雄。民権闘争70年の末に出した答えは、政党間の健全な競争こそが政党を鍛え、政治・政策をより良いものにしていく、というものでした。そして、それを促すのは、ほかでもない「有権者自身である」と。

第23回参院院議員通常選挙の結果は、大方の予想どおり、自由民主党公明党の圧勝、そして民主党の惨敗でした。

現政権への支持と期待の現れという側面もありますが、それ以上に、野党に対する失望感が大きかった気がします。自公に投票した人の中には、「仕方なく」という消極的支持もあったのではないでしょうか。

しかし、健全な野党がなければ、政治も政策も、より良いものにはなっていきません。
与野党間に緊張があり、互いに政策を競い合う環境が必要です。

IPS Japan

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イスラエルがイランへの威嚇を再開するなか、専門家は自重を求める

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【ワシントンIPS=ジム・ローブ】

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が、再びイランの核施設に対する攻撃を示唆する中、米国の専門家・元外交官ら29人がバラク・オバマ大統領に対して、新たにイラン大統領に選出されたハサン・ロウハニ師の政権誕生後の交渉において、最大限柔軟に対応するよう求めている。

大統領宛ての書簡は「あらゆる懸念を解決する合意に到るには時間がかかるが、イランとの外交交渉は、我々が既存の制裁やその他の措置を、あくまでもイラン側からの互恵的な妥協を引き出す目的で活用する用意がある場合にのみ、成功するだろう。」と述べている。

この書簡の署名者には、トーマス・ピカリング元米国務次官(政治担当)、ブルーノ・ペイヨ元国際原子力機関(IAEA)副事務局長がいる。

「さらに、ロウハニ政権発足までに、すべての当事者が、この外交的機会を危機にさらす挑発的な行為は控えることがきわめて重要だ」と書簡は述べている。この書簡には、ピーター・ジェンキンス元英国IAEA大使や、米中央情報局(CIA)で2000年から05年まで近東・南アジア担当の情報分析官を務めたポール・ピラー氏も署名している。

「米国は現段階において追加制裁を実施したり検討したりすべきではない。なぜならそのような動きは、政策をより穏健な方向に転換しようとする(イラン国内の)勢力を犠牲にして、核の問題で譲歩することに反対している強硬派を勢いづけることになるからだ。」と書簡は述べている。

この書簡は、2006年以来核問題に関してイランと交渉しているいわゆる「P5+1」(米国、英国、フランス、中国、ロシア+ドイツ)の高官が会談を行う予定の7月16日の前夜に出されたものである。

この書簡は、日曜日の人気番組「CBSニュース」でのネタニヤフ発言と並んで、オバマ政権が、エジプトで7月3日に発生した軍のクーデターの問題、米国の支援する反体制派にとって風向きが悪くなりつつあるシリア内戦の問題、アフガニスタンからの米軍撤退のペースとタイミングに関する新たな不確実要素の問題、ますます悪化するタリバンとの和平協議の見通しといった諸問題に取り組んでいるなかで、出てきたものである。

ネタニヤフ首相は、こうしたオバマ政権が直面している諸問題についてイラン核問題以外の重要性は比較的低いと指摘したうえで、「米政権にはイラン核問題に関する危機感がなさすぎる」とオバマ政権の姿勢に不満を表明した。

ネタニヤフ首相は、「これらの問題は重要ではありますが、核兵器を保有しようとしているこの救世主的かつ終末論的で過激な(ロウハニ)政権に比べれば、大した問題ではないと言わざるを得ません。」と述べ、昨年はほとんど控えていた激しい口調を復活させて、イランを非難した。

ネタニヤフ首相はまた、単独軍事行動を取るという従来からの威嚇を改めて繰り返して「私は手遅れになるまで待つつもりはありません。」と述べた。

そのうえでネタニヤフ首相は、「P5+1」に対して、核濃縮作業の全面停止、コム近くの地下濃縮施設の閉鎖、既存の濃縮ウラン備蓄の海外への移送、をイランに要求するよう求めた。

さらにこれらの要求について、「制裁の段階的強化によって裏付けられる必要があります。もし制裁の効果がないときは軍事行動をとる準備があることをイランに知らしめなければなりません。そうして初めて、制裁にイランの目を向けさせることができるのです。」と語った。

米国の専門家らは、先月のイラン大統領選挙の結果が、明確に穏健派や改革主義的な有権者の支持を背景としたロウハニ師の選出に終わったことを、驚きと警戒を含んだ楽観主義で迎えていたが、ネタニヤフ首相は、このロウハニ師を評して、「羊の皮をかぶったオオカミだ。」と語った。

またネタニヤフ首相は、ロウハニ師の外交的手腕と戦略的目的についても言及し、(ロウハニ師は)「笑顔で核兵器を作る人間だ。」と語った。

オバマ政権の中にはこうしたネタニヤフ発言を快く思わない向きもある。ある政府関係者は匿名を条件に、「このCBSニュースによる(ネタニヤフ首相の)インタビューはあまりよい効果を生まなかった。」と語った。

たしかに、7月1日にイランに対して新たな経済制裁を課したばかりのオバマ政権は、ロウハニ政権が発足する8月4日から少なくとも1か月以内の9月に行われると予想される次の「P5+1」との交渉以前に追加制裁を行うことに反対する意向を、ロウハニ師選出以来密かに伝えている。

米国政府高官らは、先週末の記者会見で、4月にカザフスタンのアルマトイでイランと行った前回の交渉で提示した提案に対する公式の反応を米国と「P5+1」パートナー諸国が受け取らないかぎり、新たな譲歩をする用意はない、と明らかにした。

「P5+1」は前回の交渉で、イランが20%ウラン濃縮を停止し、20%濃縮ウランの備蓄を海外移送することと引き換えに、信頼醸成措置(CBMs)として、金・レアメタル取引、及び石油化学輸出の一部に対する制裁を解除することを提案している。

同高官らは記者団に対して、この提案は「条件を飲むか飲まないか二者択一を迫る」といった類のものと見るべきではなく、もしイラン政府がより包括的な合意を求めているのならば、「P5+1」側も検討する用意がある、と語った。

その際、ある高官は、「もしイラン側がイエスと言えば、我々もCBMに関心があるが、より大きなことを議論してもかまわない。」「もしイランが20%(濃縮ウラン)に関する3つの措置全てに関心があるが、制裁もさらに解除してほしいというのなら、(我々の反応は)『そちらの目的は何か?これが見返りに我々が望むことだ』と言うだろう。それが交渉というものだ。」と語った。

高官らはまた、オバマ政権は「P5+1」の枠内でイランとの二国間直接協議を呼び掛けてきたが、イラン政府はそれまでのところこの提案を無視してきている、と強調した。

「二国間協議には価値があると我々は考えている。」「できるだけ適切な方法で努力を強化したいと思う。」とある高官は語った。

ロウハニ師は選挙期間中、対立候補のサイード・ジャリリ氏が率いる現在の交渉チームは柔軟性に欠けていると批判した。ロウハニ師は、当選後初めての記者会見で、米国との関係は「癒すことが必要な古傷」だと述べたが、二国間協議については言及しなかった。

イランの核計画と米国との二国間関係について最終的な決定権を有すると考えられている最高指導者アヤトラ・ハメネイ師は、米国政府との直接協議の価値については懐疑的な立場を示してきたが、一方で完全否定もしていない。

一方、イスラエル・ロビーがかなりの影響力を持っている米議会においては、ここ数週間、ネタニヤフ首相のタカ派的発言に共鳴する声が聞かれるようになった。

今月初め、共和党が多数を占める下院外交委員会の委員46人のうち1人を除く全員が、ロウハニ師の当選にも関わらず、既存の対イラン制裁の抜け穴をふさぎ制裁を追加することで、イランへの圧力を強化するよう求める書簡をオバマ大統領に送った。この書簡は、下院においては、ロウハニ政権が始動する前にさらなる制裁案を通す動きが出てくることを予測させるものである。

しかし同時に、チャールズ・デント下院議員(共和、ペンシルバニア州)とデイビッド・プライス下院議員(民主、ノースカロライナ州)が共同提出したオバマ大統領への超党派書簡は、「ロウハニ師の当選が、イラン核計画に関する検証可能で執行可能な合意に向けた進展への真の機会となるかどうかを試してみないのは誤りだ。」と警告している。

このデント=プライス書簡は、米政府は「ロウハニ師の主張する『和解と和平の政策』に反対するイラン体制内の強硬派に対して、ロウハニ師の立場を弱めるような行為」は避けるべきだ、としている。

これまでのところ、定員435人の下院において決して少なくない61人の議員が、この書簡に署名している。

オバマ政権の関係者は、こうした取り組みにも関わらず、次の「P5+1」協議の前に下院が新たな制裁を承認するかもしれないが、上院は恐らくそれに追随しないだろう、と語った。

29人の専門家と元政府高官らが7月15日に発表した書簡の内容は、デント=プライス書簡の内容と共鳴するもので、米国政府はロウハニ大統領誕生というせっかくの「大きな機会」を無駄にすべきではないという点を強調している。

(本記事の冒頭で触れた)「全国イランアメリカ協議会」が発表したこの書簡には、「この機会が真の結果を生み出すかどうかはわからない。しかし、米国、イラン、そして国際社会には、我々の目前にある機会を逃したりつぶしたりする余裕はないのである。」と述べられている。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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【ドバイWAM】

「パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス大統領は、中断されているイスラエルとの中東和平交渉を再開するためのジョン・ケリー米国務長官による提案に同意したとしても、ベンヤミン・ネタニヤフ右派政権はヨルダン川西岸(ウエストバンク)からユダヤ人入植地を撤退させることには決して同意しないと知るべきである。」とアラブ首長国連邦(UAE)の英字日刊紙が報じた。

7月19日付ガルフ・ニュース紙は、「ケリー国務長官は、ネタニヤフ首相に対して、イスラエルはパレスチナ占領地域からの完全撤退と引き換えに、アラブ諸国によるイスラエルとの紛争終結・和平合意、および正常な関係の構築を約束したアラブ和平提案を再検討すべきだと語った。」と報じた。

「条件の中に曖昧な領土交換を含むなど骨抜きにされている部分があるものの、米国務長官が、このアラブ和平提案を新たな交渉のスタートポイントとして取り上げたのは驚くべきことである。もしケリー長官が今回の提案内容を主張し続けた場合、ウエストバンクからのいかなる撤退案にも反対してきたネタニヤフ首相と意見が衝突することになるだろう。」
 

「もし今後米国政府が、これまでのようにイスラエルの主張に屈するようなことになれば、ケリー長官とバラク・オバマ大統領はアラブ世界からの尊敬を失うことになるだろう。一方、もし米国政府がネタニヤフ政権に対して主張を曲げない姿勢を貫けば、中東に和平が訪れる可能性がでてくるだろう。」
 

「ケリー長官がアッバス大統領とアラブ連盟の代表と会談した同じ週に、欧州連合(EU)は、ウエストバンクや東エルサレムで活動するイスラエルの機関・団体について、2014年以降、援助対象から正式に除外する方針を決定した。これにはイスラエルに対して、ユダヤ人の入植地建設を自制するよう国際的な圧力を強める狙いがあるとみられている。そもそもこうした不法入植地の機関・団体に援助が行われてきたこと自体、憂慮すべきことだが、今回の決定は、今後も同地に違法な入植地建設を継続していくとするネタニヤフ政権の政策に、EUが同意しない意向を示唆したものである。」

「パレスチナ人の多くは、イスラエルがウエストバンクへの違法入植と占領を止めるという究極の要求はもとより、ウエストバンク在住のイスラエル人に対する旅行規制や占領地域で生産された製品に対する包括的なボイコットなどEUにはさらなる行動を期待しているが、今回の決定に対して歓迎の意を示している。(原文へ

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【国連IPS=タリフ・ディーン】

性暴力をけっして許さないとの国連の方針にも関わらず、南スーダンやコンゴ民主共和国、ウガンダ北部、ソマリア、中央アフリカ共和国といった紛争地帯において、そして最近では、政治的に問題を抱えたエジプトやシリアなどにおいて、性暴力関連の犯罪が多発している。

国連の潘基文事務総長は、昨月、安全保障理事会の会合において、レイプは「戦争の武器」であり、紛争があるところ必ず性暴力が多発し、「被災者を物心両面で打ちのめし、地域社会の構造そのものを破壊してきました。」と指摘したうえで、「こうした紛争下の性暴力は、国際人道法及び国際人権法に違反する犯罪であり、国際の平和と安全に対する脅威にほかなりません。」と訴えた。

国連は、この許すべからざる犯罪の大半が、国連が平和維持活動を実施している紛争地帯で発生していることから、紛争地帯で性暴力防止を任務とする「女性保護アドバイザー」の一団を派遣することを決定した。まずは、南スーダン、中央アフリカ共和国、コートジボワール、コンゴ民主共和国、マリ、ソマリアに派遣される予定である。

派遣先がアフリカ大陸に限定されることになるのかという記者の質問に対して、国連平和維持活動局/フィールド支援局のアンドレ=ミシェル・エスング広報官は、「派遣先について特定の地域に限定するという決まりはありません。たまたま当面の派遣先がアフリカ大陸の平和維持活動地域となっただけです。」「現在、女性保護アドバイザーの採用プロセスを進めています。」と語った。

人道支援団体「難民支援協会」で女性や少女の権利擁護に取り組んできたマーシー・ハーシュ氏は、「私たちは、国連に対して、女性保護アドバイザーを現地派遣する前に、十分な訓練を実施し、現地では既に活動を展開している諸団体と積極的に協力するよう促すような緊急対策をとるよう要請しています。また、紛争地で性暴力事件の捜査を担当する女性保護アドバイザーには、犠牲者の安全と尊厳を守っていくために、確固たる倫理・安全基準が備わっていなければならないと考えています。」と語った。

またハーシュ氏は、6月24日に国連安保理にて全会一致で可決された決議2106号(戦時下の性的暴行及び暴力禁止に関する新たな決議案)にも、「女性保護アドバイザー」に関連して、適切なタイミングでの派遣、適切な訓練の実施、様々な分野を跨った調整の必要性といった、「難民支援協会」の要請内容と一致する文言が含まれている点を指摘した。

ハーシュ氏は、この安保理決議に加えて、複数の国連加盟国からも、全ての政治・平和維持活動に対して「女性保護アドバイザー」を派遣すべきとの意見が出ている点を考えれば、「国連は、女性保護アドバイザーの展開に際して、必ず緊急に質的な向上をはかる措置をとるだろう。」と語った。

またハーシュ氏は、国連は、「女性保護アドバイザー」が性暴力事件の防止及び対策プログラムの基礎となる、時宜を得た、客観的かつ正確で、信頼のおける情報を収集するとともに、性暴力事件の被害者の安全と尊厳を守るような体制を構築していくだろうと期待している。

潘基文事務総長は、U.N. Women(ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関)と国連平和維持活動局(PDKO)が、UNアクション(紛争下の性暴力問題に取り組む国連13機関のネットワーク)を代表して「史上初の具体的なシナリオに基づいた国連平和維持部隊向け訓練プログラム」を作成した、と語った。これは、これまでに国連平和維持部隊の一部(具体的には南スーダン、コンゴ民主共和国、ハイチに派遣された隊員の一部)による現地住民に対する性的虐待が確認された事態への対応策である。

国連はまた、紛争当事国の法制度と法的枠組みを強化する目的で、「法の支配・紛争下の性的暴力専門家チーム」を設立しており、同チームはこれまでに中央アフリカ共和国、コロンビア、コートジボワール、ギニア、ソマリア、南スーダン政府に対して、法律面における技術的なアドバイスを行っている。

紛争時における性暴力に関する国連事務総長特別代表のザイナブ・ハワ・バングーラ氏は、「国連は20年前に旧ユーゴスラヴィア諸国の広範な地域でレイプが組織的に行われている『決定的な証拠』を提供しました。」と指摘したうえで、「最近その内の一つで、内戦中に5万人の女性が性暴力の被害にあったとされるあるボスニア・ヘルツェゴヴィナを訪問したが、同国では今日に至るまでに、性暴力の容疑者が起訴されたケースはほんの僅かに過ぎないことがわかりました。」と語った。

「こうして、性暴力の被害者らは、過去に折り合いをつけて前に進むこともできず、引き続き恥辱に苛まれながら、人目を避ける生活を余儀なくされているのです。」

つい最近では6月下旬に、コンゴ民主共和国で幼い少女らが犠牲となったいくつかのレイプ事件について、国連は「全く受け入れられない。」との声明を出している。コンゴ民主共和国の南キヴ州では、生後18か月から12歳までの9人の少女が性暴力にあい、体中に深刻な傷を負った状態で病院に運び込まれ、そのうち2人が死亡した。

国連コンゴ民主共和国ミッション(NUMOC)のロジャー・ミース特別代表は、これらの事件について、「こうした虐待は、村々から幼い子供を誘拐して結婚する(誘拐結婚)という有害な伝統的慣習と関わりがあると言われています。」と指摘したうえで、「しかし、このような暴力と虐待は全く受け入れられないものであり、終止符が打たれなければなりません。」と、語った。

また2012年には、コンゴ民主共和国東部のミノヤにおいて、135人の女性・少女が政府軍の兵士によって集団レイプされたとの報道が広範囲でなされている。

フランスのナジャット・バロー・ベルカセム女性権利相は、先月国連本部で開いた記者会見において、(性暴力のような)犯罪については、非難するだけでは不十分であり、犯人は起訴されるべきだ、と記者らに語りかけた。

「フランス政府は、こうした犯行が反乱軍兵士によるものか政府軍兵士によるものかに関わらず、このような残虐行為が起こっていることを深く憂慮しています。」とベルカセム女性権利相は付け加えた。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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