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核実験禁止へ蝸牛の歩み

【ウィーンIDN=ジャムシェッド・バルアー】

インドのジャワハルラル・ネルー首相(当時)が1954年4月2日に核実験の「休止協定」を呼び掛けて以来、世界196か国のうち183か国が、地表、大気圏、水中、地中と、地球上のいかなる場所で誰が核爆発実験を行うことも禁じた包括的核実験禁止条約(CTBT)に署名している。

核兵器国3か国(フランス、ロシア、英国)を含めた157か国が条約を批准している。しかし、CTBTが発効するには、核技術を保有した特定の44か国が条約に署名し、批准する必要がある。そのうち、中国、エジプト、インド、イラン、イスラエル、北朝鮮、パキスタン、米国の8か国がまだ手続きを済ませていない。インド、北朝鮮、パキスタンは署名すらしていない。

にもかかわらず、CTBTが3年間の集中的な交渉を経てニューヨークの国連総会で署名に開放された1996年9月24日以来、世界はわずかながら安全な場所になった。というのも、CTBTには、核実験が気づかれずに実施されることのないよう、独特で包括的な検証体制が備わっているからである。

 CTBT以前の50年間で、2000回以上の核実験が地球を揺るがし汚染してきた。しかし、包括的核実験禁止条約機構(CTBTO)準備委員会によれば、CTBT以降はほんのわずかの核実験しか行われていない。インドとパキスタンが1998年に、北朝鮮が2006年と2009年に行っただけである。

国際社会はこれに対して、国連安保理による制裁をかけるなど、漏れなく非難を加えてきた。ティボール・トート(ハンガリー出身)氏を事務局長とするCTBTO(本拠:ウィーン)は、「核実験を絶対に許さないというスタンスは、CTBTの署名国の多さに表れています。183か国、すなわち世界のすべての国の90%以上が署名しているのです。」と語った。

共同の呼びかけ

しかし、これで満足はしていられない。ニューヨークの国連本部で9月27日に会合を開いた各国外相・高級代表が、CTBT発効促進のための共同声明を発したのは、このためである。

外相らは、共同声明において、CTBTの早期発効は「核兵器の開発及び質的改善を抑制することで核兵器の削減及び究極的廃絶につながる重要なステップ」であると述べ、「依然として条約に署名・批准していない国々、とりわけ附属書2にある残りの8か国[中国、朝鮮民主主義人民共和国、エジプト、インド、イラン、イスラエル、パキスタン、米国]は、すみやかに署名・批准を行うこと」を求めた。
 
国連の潘基文事務総長は、未署名・未批准国に対するこの声明に賛同し、「国際社会の一員としての責任を果たしていない」とこれらの国に呼びかけている

CTBTOのトート事務局長は、キューバミサイル危機50年という状況の下、歴史的経緯について会合で語った。核の危険を乗り越えるための政治的リーダーシップを呼びかけ、CTBTは核兵器なき世界に向けた道標であることを強調した。

国連本部での会合は、オーストラリア、カナダ、フィンランド、日本、メキシコ、オランダ、スウェーデンの外相が共催した。

レイキャビクでの出来事

演劇「レイキャビク」の作者でピューリツァー賞の受賞者リチャード・ローズ氏は、核絶滅の危機は人為的なものであり、したがって、1986年のレイキャビク・サミットが示すように、人為的な解決策を見つけることができると代表らに語りかけた。レイキャビクにおいてロナルド・レーガン米大統領(当時)とミハイル・ゴルバチョフソ連共産党書記長は核兵器廃絶に近づく合意を行った。これについてローズ氏は「核兵器なき世界はユートピア的な夢ではないのです。」と語った。彼はまた、同日夜にニューヨークのバルーク演劇アートセンターで行われる予定の「レイキャビク」の上演に代表らを招待した。

演劇は、リチャード・イーストン氏演じるレーガン大統領と、ジェイ・O・サンダース氏演じるゴルバチョフ書記長が、1986年10月にアイスランドのレイキャビクで開かれたサミットで、核兵器全廃に近づいた瞬間を描いている。この出来事から25年以上経過した今も、会合のもったドラマ性と、歴史の流れを根本的に変える可能性が、人々の想像力に火をつけ、未来への希望を掻き立てている。演劇はタイラー・マーチャント氏が演出し、プライマリー・ステージズ氏が製作している。

レイキャビク交渉の文書が公開された今、サミットの主要参加者は自由に発言することができる。観劇の後で開かれたパネル討論で、彼らは、この出来事の持つ教訓、失われた機会、核兵器廃絶に向けて今日何が必要とされているかについて議論した。

トート事務局長は、「依然として核の脅威に覆われた現在の政治的環境の下では、レイキャビク交渉を再考することで、政治的意思とビジョンを持った強力な指導によって、核軍縮の突破口を作り出せるという教訓を得ることができます。」「とりわけ、条約発効に必要な8か国にはそうしてもらいたい。」と語った。

他方、インドは、「最終的な(CTBTの)文言が、交渉で協議された義務に地位を与えていないことを遺憾に思う。CTBTは包括的な禁止ではなく、核爆発実験の禁止にとどまっている。それに、核軍縮への明確な誓約にも欠いている。」と主張している。

しかし、CTBTOによれば、CTBT交渉団の一員であったキース・ハンセン氏は、インドのCTBT署名拒否は、条約それ自体に対する不満もさることながら、核保有国の「核クラブ」に加入したいというインドの野望によるものでもあると考えているという。

翻訳=IPS Japan

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|UAE|15歳のUAE国籍の少年がキリマンジャロ山登頂に成功

【シャルジャWAM】

モアウィヤ・サレー・アル・シュナー君(15歳)が、キリマンジャロ山の頂に立ったUAE国籍最年少の人物として脚光を浴びている。

キリマンジャロ山(5,895メートル)は、アフリカ大陸でもっとも高い山で、山脈以外の山としては世界一の高さを誇る。また、世界七大陸最高峰の一つに数えられており、多くの登山家を魅了してきた山である。

ドバイ英語学院(DESC)の生徒モアウィヤ君は、8月に15人のチームで山頂に挑み、7日の行程を経て登頂に成功した。途中脱落したのは5名だった。

モアウィヤ君は帰国した際、記者に対して「山頂に到達した際の達成感は忘れられません。その際、とりわけ、山頂に至るまでの様々な障害や苦労が一気に脳裏に蘇りました。今回の旅は私にとってとても特別なものであり、この時に感じた様々な障害を乗り切ったという達成感こそが、山頂の光景よりもむしろ将来にわたって懐かしく思い出されるのだろうと思います。」と語った。

 
またモアウィヤ君は「最大の課題は、寒さ対策など何が起こるかわからない登山に備えて体を鍛えることでした。実際に到達した際の頂上の環境は、気温が零下15度から20度で、酸素レベルが海面の半分というもので、疲労困憊した体には過酷なものでした。そしてもうひとつの課題は、登山準備期間がラマダン月と重なったため日中断食をしながら登山訓練をしなければならなかったことです。」と付け加えた。

また今回キリマンジャロ山登頂に挑んだ動機について、モアウィヤ君は、父親の大きな励ましがあったと語った。父からこの話をされた時、モアウィヤ君は学校でちょうどオマーンの山々遠征を含むエジンバラ公賞(銅賞)プログラムを終えたばかりで、キリマンジャロ遠征は素晴らしい冒険であり挑戦の機会だと思ったという。

モアウィヤ君は、今回の成果を、祖国UAEといつも困難を克服するうえで手本となってきた同国の指導者らに捧げる、と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan 

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包括的核実験禁止条約批准へ核兵器国への圧力高まる

【国連IPS=ハイダー・リツヴィ】

米国とその他少数の核兵器国が、核実験を法的に禁止する国際社会の決意をすみやかに受け入れるよう、強い圧力を受けている。

スウェーデンのカール・ビルト外相は、包括的核実験禁止条約(CTBT)促進のために国連で開かれている高級閣僚会議において9月27日、「核兵器の廃絶は、核兵器を使用させないための究極の保証であり、最善の核不拡散メカニズムである」と演説した。

また、「核実験を終わらせることは、核軍縮に向けた重要なステップである」とも外相は述べ、これに、オーストラリア、オランダ、インドネシア、日本、フィンランド、カナダなども同調した。

CTBTは、「いかなる核兵器実験爆発、あるいはその他のいかなる核爆発」を世界のいかなる場所においても禁じている。1996年9月に署名開放されたCTBTは、これまで183か国が署名、157か国が批准している。しかし、CTBTが協議されていた時点で原子力を保有するか研究炉を持つ44か国の批准が発効に必要とされている。

 これらの国のほとんどがすでに批准しているが、米国、中国、インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエル、イラン、エジプトが依然として批准していない。2009年、米国のバラク・オバマ大統領が上院で条約批准を目指す意向を明らかにした。しかし、明確な時限を示したわけではない。

条項の遵守を検証するために、条約では監視施設の世界的ネットワークを確立し、疑わしい行為に関しては現地査察を許容している。合意の全体は、前文、17か条からなる本文、2つの附属書、検証手続きに関する1つの議定書から成っている。

外相らは今回、共同声明において、依然として署名あるいは批准を済ませていない国に対して、これ以上履行プロセスを遅らせるべきでないないと呼びかけた。包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備委員会のティボール・トート事務局長は、今年がキューバミサイル危機50周年にあたる背景を踏まえて、歴史的経緯について語った。

「50年前、ソ連と米国は世界を絶望の淵に陥れました。しかし、ワシントンやモスクワ、その他数えきれない世界の首都において緊張が沸点に達した時、そうした脅威が起こるのを防ぐ必要が認識され、明徴の時が訪れたのです。」とトート事務局長は語った。
 
危機のさなか、ソ連のニキータ・フルシチョフ首相は、米国のジョン・F・ケネディ大統領に対して、核実験の禁止を「同時並行的に」行うことでキューバミサイル危機を収めることを提案したのだった。トート事務局長は、「この(提案は)、人類にとっての大変な授け物であった」としたうえで、「(この出来事は)今日と同じように、当時にあっても、核実験によって自然環境及び政治的環境が毒されることを明白に示すものです。」と語った。

他方、国連の潘基文事務総長は、CTBT未加盟の国々に対して、「(あなたがたの国は)国際社会の一員としての責任を果たしていない。」と批判した。

演劇「レイキャビク」の作者でピューリッツァー賞の受賞者リチャード・ローズ氏は、核絶滅の危機は人為的なものであり、1986年のレイキャビク・サミットの先例が示すように、人為的な解決策を見つけることができる、と語った。

レイキャビクにおいて、ロナルド・レーガン米大統領とミハイル・ゴルバチョフソ連共産党書記長が核兵器廃絶に近づく合意を行ったことに言及して、ローズ氏は「核兵器なき世界の実現は、決してユートピア的な夢ではないのです。」と語った。

日本の玄葉光一郎外務大臣は、国連総会に合わせて行われた日本のメディアとの会合で、監視システムを強化する必要について強調した。日本は、1945年の米国による核攻撃の結果、生命の大量破壊を実際に経験した唯一の国である。

今回の会合では、イランと北朝鮮が核関連活動に関して痛烈な批判にさらされたが、数百発の核兵器を保有しながらCTBTに加入する意志を示していないイスラエル、インド、パキスタンについてはまったく言及されなかった。

また、米国が核兵器の近代化を行っているという報告についての討論もまったく行われなかった。

CTBT以前の50年間で2000回以上の核実験が地球を揺るがし汚染したとされているが、CTBT後の世界では数えるほどしか行われていない。それらはすなわち、1998年のインドとパキスタンによるものと、2006年と2009年の北朝鮮による核実験である。

CTBTは、大気圏、宇宙空間、水中、地中と地球のあらゆる場所で誰が核実験を行うことも禁じている。とくに、核兵器廃絶という究極的目標をもって、核兵器を世界的に削減していく必要をCTBTは強調している。

条約の前文は、「核兵器の開発及び質的な改善を抑制し、並びに高度な新型の核兵器の開発を終了させること」によって、CTBTを核軍縮と核不拡散の効果的措置たらしめることを謳っている。

条約第7条では、条約発効後に加盟国が条約の改正を提起する権利を定めている。改正が提起された場合は、採択されるには、いかなる締約国も反対票を投ずることなく、締約国の過半数の賛成票が必要になる。

オーストラリア、日本、インドネシアの外相がいわゆる「平和的核爆発」に関連する修正プロセスについて見解を問われたが、答えを持ち合わせていないようであった。外相らは顔を見合わせて、沈黙を保った。

しかし、オーストラリアのボブ・カー外相は、のちにIPSの取材に対して、「確認してみる」と答えた。

CTBTO準備委員会によると、条約第8条において、条約発効から10年後に、前文も含め、条項の履行状況を確認するための会議を開くものとされている。この再検討会議では、いわゆる「平和的核爆発」(PNEs)の問題を議題に乗せることを提起する加盟国が現れるかもしれない。

しかしCTBTO準備委員会は、「ある実質的に乗り越えがたい障害を越えない限り」、平和的核爆発は禁止され続けるであろうとみている。その根拠はすなわち、「(第7条の規定に従って)再検討会議において、平和的核爆発が認められると異論なく決定し、次に、条約の改正が承認されなくてはならない」からである。

またCTBTO準備委員会は、そうした改正は「そうした爆発から軍事的利益が生まれないことを証明しなくてはならない。この二重のハードルによって、平和的核爆発が条約の下で容認される可能性は限りなくゼロに近いと言えるだろう。」としている。

CTBTO準備委員会によると、1960年代から80年代末にかけて、とくにソ連と米国が経済的理由から「平和的核爆発」の理念を追求したが、「結果はさまざまであった」という。

1945年から1996年にかけての2050回超(その内大気圏内は502回)の核爆発のうち、150回超(全体の約7%)が平和目的であったとされる。

専門家らは、平和的核爆発は人体や環境へのマイナスの影響の点で核兵器の実験と質的に何ら変わるところはないとしている。もちろん、爆発装置自体も、同じ技術的特徴を有しているのである。


翻訳=IPS Japan

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|バングラデシュ|社会の調和を訴える仏教徒たち

【ダッカIPS=ファリード・アハメド】

バングラデシュ南東部で、イスラム教徒の群衆が仏教寺院十数カ所と多数の仏教徒の住居を焼き討ちしてから一週間が経過したが、仏教徒らの不安は収まりそうにない。むしろ彼らは、今後暴力行為が一層エスカレートするに違いないと見ている。

バングラデシュ政府は、宗教的マイノリティである仏教徒に対して国による保護と支援を繰り返し約束しており、国家人権委員会のミザヌール・ラーマン会長も、今回の仏教徒に対する残虐行為が発生したことを謝罪した。しかしこうした政府の公約をもってしても、数千人の仏教徒の間に広がっている「新たな暴動が起こるのではないか」との恐れを払拭するには至っていないようだ。

 ダッカにあるダルマ・ラジカ寺院でIPSの取材に応じたプラナップ・クマール・バルヤ博士は、「私たちは今回の予期しなかった暴動に大きなショックを受けています…全てのバングラデシュ人に対して、仏教は平和と非暴力を説く宗教であることを指摘しつつ、平静を保つよう訴えかけています。」と語った。

「私たちが望んでいるのは社会の調和です。(人口1億4200万人のバングラデシュで)仏教徒は僅か100万人ですので、政府と人口の大半を占める人々の支援が必要です。バングラデシュは私たちの故郷ですし、仏教が1000年以上に亘って信仰されてきた国でもあるのです。」とバルヤ博士は付け加えた。

政府に対して、今回の暴動について司法調査を始めるべきとの声が高まる中、バングラデシュの財界リーダーらからも、このような事態が繰り返されれば国のイメージの悪化につながり、投資や国際貿易にも支障がきたしかねないとの懸念の声が上がっている。

バングラデシュ商工会議所連合会は10月4日、政府に対して「このような不測の事態が(再び)起こらないよう」早急に対策を講じるよう要請した。

「仏教徒の人々は今なお恐怖に苛まれています。適切な治安環境を提供して、犯罪者に正義をもたらすのは政府の責任なのです。」と元政府高官のランジット・クマール・バルアー氏はIPSの取材に対して語った。

古い仏教遺物が破壊される

暴動はバングラデシュで最も仏教徒の人口が集中している南東部で9月29日に始まった。暴徒化したイスラム教徒数千人が、仏教寺院や仏教徒の家屋を次々と焼き討ちした。

暴徒たちは口々に仏教徒を非難するスローガンを叫びながら、観光地として名高いコックスバザール地区のラム村で、夜通し破壊行為を続けた。さらに暴動は、翌日には周辺地域へと広がった。

この事態に地方当局は、治安を維持するため、軍隊、国境警備隊、警察の出動を要請せざるを得なかった。

バルヤ博士によると、民間伝承や法話をシュロの葉に筆写した写本と共に仏教の遺物が焼かれ、数百体に及ぶ貴重な仏像が暴徒によって損傷や略奪にあった。

「精巧な彫刻で飾られた寺院や修道院の殆どはが焼き討ちされ損傷を免れなかった。多くが数百年の歴史を持つが、中には17世紀末から18世紀初頭に創建されたものもあります。」とバルヤ博士は語った。

セントラル・シマ・ビハール寺院(今回の焼き討ちで最も深刻な被害を受けた修道院の一つ)の常駐ディレクターであるプラギャナンダ・ビク氏は、IPSの取材に対して「被害は修復が不可能なほど深刻で、失われた価値を取り戻すことはできません。体の傷は癒えるかもしれませんが、心に受けた傷は深く血を流し続けていくでしょう。」と語った。

「寺院は仏教徒のものですが、同時に私たちの文化遺産であり、祖国バングラデシュの掛け替えのない宝でもあるのです。」と、ダッカ大学のネハール・アーメッド教授は語った。

警察や暴動の目撃者らの証言によると、今回の暴動は、ある仏教徒の若者が、一部が消失したコーランの写真をフェイスブックに掲載したことが発端とされている。

当初の報道によると、問題の少年は写真のタグを貼られていただけであり、自身が問題の写真をアップロードしたものではなかった。フェイスブックではその後、問題のユーザーアカウントを消去している。

アーメッド教授は、最近米国で制作された低予算映画「イノセンス・オブ・ムスリム」が預言者ムハンマドを侮辱したものであるとして暴力的な抗議運動が数カ国に広がりを見せた現象に言及して、「この比較的平和な南アジアの国(バングラデシュ)で、このような暴動が起きるとは全く受け入れられません。」と語った。

政治的膠着状態が続く

与党アワミ連盟と野党バングラデシュ民族主義党(BNP)の指導者らは、責任のなすり合いに終始しており、こうした中央政界の混迷に直面して、イスラム教徒が圧倒的な大多数(全人口の約90%)を占める同国において、人口の僅か1%に過ぎない仏教徒らはますます不安を募らせている。

暴動の直後に被害現場を訪れたモヒウディン・カーン・アランギール内務大臣は、焼け崩れた修道院や家屋から火薬や石油の痕跡が発見されたことから「暴動は事前に計画されたもの」と断定した上で、襲撃の責任は野党バングラデシュ民族主義党にあると非難した。

またアランギール内務大臣は首相と同じく、20年前に隣国ビルマの迫害を逃れてコックスバザールに移ってきたロヒンギャ族の難民が、今回の仏教徒襲撃を扇動した可能性があると示唆した。

一方、野党バングラデシュ民族主義党のカレダ・ジア党首(前首相)は6日、現政権自身が、今回の暴動の背後にあると主張した。

今週、バングラデシュ最高裁は、政府に対して仏教徒をはじめとする国内少数グループの保護に万全を期すよう命じた。

ビルマ、タイ、スリランカなど海外各国では、仏教僧らが、バングラデシュ大使館前に集まり、今回の仏教徒襲撃事件への怒りを表すとともに、襲撃事件に関する公正な捜査を行うよう要求した。

またアムネスティ・インターナショナルを含む国際人権擁護団体は、バングラデシュ政府に対して犯罪者を一刻も早く特定して裁きを受けさせるよう要請した。

バングラデシュの仏教徒の多くは、今回の捜査結果がたとえどんなものであったとしても、仏教に対するこれまでで最悪レベルの迫害で受けた恐ろしい記憶は長きにわたって忘れられないだろう、と感じている。(原文へ

翻訳=IPS Japan

|パキスタン|レンガ作りの奴隷にされる労働者

【ラホールIPS=イルファン・アフメッド】

必ずしも、過去に戻るのにタイムマシンが必要なわけではない。パキスタンのパンジャブ州にあるレンガ窯を訪ねてみれば、人間が家畜や奴隷のように扱われていた時代を思い起こすことができるだろう。

パキスタン国内の約1万8000のレンガ窯で、約450万人の労働者が借金返済を口実に家族ぐるみで奴隷同様の生活を強いられている。

たとえば、アタ・ムハマドさん(28)とその妻は、ラホール郊外の窯で1日に18時間も働いている。給与は出来高制で、レンガ1000個あたり450ルピー(約4.8ドル)しか支払われていない。パキスタン労働省の推計によると、これだけのレンガを作るには家族5人がかり(子供を含む)で丸一日かかる。また、「労働条件・環境改善センター」が実施した調査によると、「大人2人と子ども3人からなる家族が一日に生産できるレンガの数は、彼らの技術レベルや体調によるが、500個から1200個」との推計が報告されている。

レンガ作りには、2~3キロ離れたところから泥を運んで水洗いし、レンガの型に入れ、窯に運んで焼き上げ、成形するところまでが含まれる。

ところが天候が荒れたり、労働者が体調を崩して作業がすすまなければ、労働者の懐には一銭も入らず、その結果、窯の所有者からのさらなる借金に縛られることになる。労働者は前渡金が現金で返済されない限り、雇い主の元を離れることが許されないため、一旦借金を負うと、結局はその借金を返済するために働きづめになり、事実上の奴隷状態におかれてしまっているのである。

「レンガ焼成労働者たちは、ウルドゥ語で「ペシュギ」と呼ばれる前払金制度に苦しめられているのです。」とパキスタンで奴隷労働の廃止を目指して活動している人権団体「奴隷労働解放戦線(BLLF)」のグラム・ファティマ事務局長はIPSの取材に対して語った。

またファティマ事務局長は、「窯の所有者らは、結婚や出産、死亡といった機会を利用して労働者にさらなる借金をさせ、彼らをますます隷属的な状態に陥れるのです。しかし、こうした行為は、パキスタン最高裁が1988年に下した判決に従えば、違法である。なぜなら法律には、窯の所有者らは、賃金2週間分以上の借金をさせてはならないとされているからである。」と語った。

前出のアタさんの場合、賃金が400ルピー支払われるごとに、窯の所有者が150ルピー(約1.6ドル)を父親の借金の返済のためとして差し引いている。しかしアタさん自身には父親がそんな借金をしていた記憶がない。

ファティマ事務局長は、アタさんのケースについて「政府が設定した最低賃金は、レンガ1000個あたり665.7ルピーであり、全くの不正行為です。」と指摘するとともに、「多くの窯所有者が僅か300ルピー(3ドル)しか支払っていない現実があります。」「もし政府が、レンガ焼成労働者への最低賃金の支払いを保証し、支払いが法定基準を下回っている窯の所有者から正当な報酬を回収するならば、労働者の大半は借金を解消することができるだろう。」と語った。
 
またレンガ焼成労働者らは、未登録のため、大半が社会保障に加入できていない。窯の所有者らは、労働者の賃金の一部を非常事態に備えて取り置いたりしないため、労働者は財政難に直面してもセーフティーネットがないのである。

「もし窯の所有者が労働者に代わって社会保険料を支払うようになれば、『ペシュギ(前払金)制度』に終止符を打つことができる。」と語るのは全パキスタンレンガ焼成労働者(Bhatta Mazdoor)同盟のメフムード・ブット事務局長である。

「もし娘が結婚する際や家族が死亡した際に助成金を受け取ることができたり、社会保障病院で本人や家族が無料診療を利用できたならば、誰が好んで(窯の所有者が提供する)搾取的な融資を希望するでしょうか?」とブット事務局長は問いかけた。

ブット事務局長は、レンガ焼成労働者の家族は債務残高を明記した値札を持ち歩いており、レンガ窯の所有者たちは、その借財を支払うことで、実質的に労働者一家を買い上げる仕組みが出来上がっている現実を指摘した。

このような状況に耐え兼ねてもし労働者が窯から逃亡をはかっても、窯の所有者は、地元警察官や政治家の助けを借りて追跡し、いったん捕まれば、搜索に要した全ての費用が逃亡者の借金に加算されるという。

また身分証明書を持っていないことが、レンガ焼成労働者の社会的流動性を妨げる追加要因となっている。労働教育財団(LEF)のカーリッド・メフムード理事長は、コンピュータ管理された国民IDカード(CNIC)の所持は、全てのパキスタン市民の権利であるが、この恩恵は大半のレンガ焼成労働者に及んでいない点を指摘した。

「一旦CNICを取得すれば、社会保障登録を申請でき、有権者登録がなされ、社会保障プログラムの恩恵を得られ、銀行口座の開設や、仕事に応募することも可能となります。しかしレンガ焼成労働者には、こうした恩恵が及んでいないのです。」

メフムード事務局長はIPSの取材に対して、「今年既に政府(国民情報登録局・NADRA)は、レンガ焼成労働者へのCNIC発行を目的に、ラホール近郊のいくつかのレンガ窯付近で移動キャンプを設置しました。しかし窯の所有者が雇ったヤクザのために、殆どの労働者がキャンプに近づくことさえできませんでした。」と語った。

パンジャブ州労働局のシャウカット・ニザイ報道官は、教育を通じて労働者のエンパワーメントを行わない限り、奴隷労働は根絶できないと確信している。「レンガ焼成労働者たちに教育を通じたエンパワーメントがなされれば、彼らもこうした僻地の窯で一生を終えるのではなく、新たな人生に踏み出す力を身につけることが可能となります。教育を通じて新たな技術や知識を身につけなければ、こうした労働者と家族は、この奴隷労働の軛につながれたまま、灼熱の過酷な労働を一生強いられることになるのです。」と、ニザイ報道官はIPSの取材に対して語った。

ニザイ報道官は、具体的な施策として政府は「レンガ窯産業における奴隷労働根絶」(EBLIK)プログラムを2009年に開始し、ラホール州カスール地区にレンガ焼成労働者の子ども8000人を対象とした200校を設立し教育プログラムの提供に乗り出している、と語った。

「このプログラムを実施に移すのは容易ではありませんでした。レンガ窯の所有者らに、こうした教育プログラムが彼らにとっても有益だということを納得させるのに、多くの時間を要したからです。」

またニザイ報道官は、政府は奴隷労働の原因である『ペシュギ(前払金)制度』を根絶するため、レンガ焼成労働者を対象としたソフトローン(長期低利貸付)を開始した、と付け加えた。

また政府は、レンガ窯所有者らに労働者を社会保障省に登録させるよう働きかけている。さらに、レンガ焼成労働者が政府が定めた最低賃金やその他の権利を雇用者に要求できるように支援するヘルプラインや苦情相談室の設置も進めている。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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|グアテマラ|かつて性奴隷にされた女性たちが証言台に立つ

【グアテマラシティINPS=ダニーロ・バラダレス】

「駐屯地には、私たちをレイプするための部屋がありました。兵士は、時には3人、4人、5人といました。」こう法廷で証言したのは、グアテマラ内戦において国軍から性奴隷扱いを受けたローサ・ペレスさん(仮名)である。

顔を布で覆い、心理学者と通訳の助けを得て出廷したペレスさんは、国軍兵士が夫を拉致し、彼女自身は、北部イザバル県エル・エストール市のセプール・ザルコ国軍駐屯地において、性奴隷兼使用人として扱われた、と泣きながら証言した。

9月の最終週、グアテマラシティで行われた元軍人37人に対する容疑の予備的審問で、1982年から86年の間に性的虐待・奴隷労働を強いられたペレスさんを含む15名の先住民族ケクチマヤ族の女性が証言台に立った。

ペレスさんの証言によると、彼女ら女性たちは、駐屯地の指揮官ミゲル・アンヘル・カールから「駐屯地に行けば洗濯したり料理をしたりする人間が必要だ」と言われて連れてこられたという。その時は、軍駐屯地でその後長期に亘ってどんな恐ろしいことが待ち構えているか、考えてもみなかったという。

ペレスさんは、「当時は朝6時から兵士たちの食事を作り、洗濯をし、給仕したあと、様々な兵士にレイプされました。兵士たちは、『拒否すれば殺すぞ』と言ってレイプしながら銃を胸元に突き付けてきました。」と付け加えた。

「ある日、意を決して中尉に苦境を訴えたところ、『兵士らがそうする原因はあなたにあるのではないか』と言われました。」と証言したペレスさんは、日常的に強いられた性的虐待が原因で流産も経験した。

またペレスさんは、彼女自身が駐屯地に連れて行かれる前、3人の子どもの父親でもある夫が兵士たちに拉致された、と証言した。結局、ペレスさんは、数十年後に夫の遺体が発見されるまで、夫の消息がわからないまま不安な日々を過ごすこととなった。

1960年から96年にかけてのグアテマラ内戦の間、主に同国の高地に住むマヤの先住民族を中心に約20万人が殺害され、4万5000人が拉致された。国連の支援した「歴史解明委員会(Historical Clarification Commission)」の調査によると、遺体は秘密裏に指定された集団埋葬地や墓地の片隅、或いは国軍関連施設の敷地に埋められたという。

国連は、1999年に発表した同委員会報告の中で、それら犠牲者の90%以上が国軍の犯行によるものであり、人権侵害を受けた4人に1人は女性であった、と結論づけた。

山に逃げた母子を飢餓が襲った

なかでも、フアナ・モラレスさん(仮名)の証言は、最も悲惨なものであった。モラレスさん一家(夫婦と子供3人)はイザバル県とアルタ・ベラパス県の境に位置するサンマルコスという村で暮らしていたが、ある日、数人の兵士が突然家にやってきて夫を拉致し(夫の行方はいまだにわからない)、自身もレイプされたという。

「3人の兵士が入れ替わり立ち代り私の胸に銃を突きつけレイプしました。他の兵士たちはただその光景を見ていました。当時家の中には4才になる子どもがいたのですが、母親がレイプされている様子を見ながら泣き叫んでいました。」とモラレスさんは証言した。

モラレスさんは、自分と子ども3人の命を守るために近くの山に逃げ込んだ。「私たちには何も食べるものがありませんでした。トルティーリャ(トウモロコシ粉でできた主食)も何もないのです。まもなく子供たちは衰弱して病気に罹っていきました。」

「ある日娘が、『ママ。テーブルの上に卵があるよ。家に帰ろうよ。』って訴えたのを覚えています。3人の子供たちは一人、また一人と山の中で餓死していったのです。」とモラレスさんは、時々声を詰まらせながら、証言した。

モラレスさんは、結局6年間を山中で過ごした。ある日、サンマルコスの自宅に戻ると、家のあった場所には何もなくなっていた。「私は家を2軒所有していました。でも兵士たちはすべてを焼き払っていたのです。」

地元NGO「Women Transforming the World(女性が世界を変革していく)」のルシア・モランさんは、IPSの取材に対して、「グアテマラ法廷は、人類にとって歴史的に重要な先例を刻もうとしています。なぜなら世界のどこの国の法廷も、レイプや性奴隷に関する審問を開いたことがないからです。」と語った。

「性暴力は、戦争の武器として使われてきました。しかしこうした犯罪に対する正義の裁きが行われ始めたのは、ユーゴスラヴィア内戦及びルワンダ内戦を裁いた国際法廷が開かれた1990年代になってからです。」とモランさんは語った。

またモランさんは、1982年から88年の間、今回法廷で証言した女性たちが居住していた北部山岳地帯(Franja Transversal del Norte)では、国軍とゲリラ間の軍事衝突は起こっていない点を指摘した。にも関わらず国軍は、大地主や鉱業、石油産業の経済権益を保護するためとして、セプール・ザルコに駐屯地を設置した。

国軍は、1982年から83年にかけて、焦土作戦を敢行し、その結果少なくとも440の村が破壊され住民が殺害された。

「まさにこの時期に、国軍は自らの土地に対する法的な権利を主張していた農民リーダーたちのリスト作りを始めたのです。」とモランさんは語った。今回証言した女性15人に共通しているのは、夫がすべて農村活動家であったということ、そしていずれも国軍に拉致され、その後の消息が未明のままということである。

またある証言者は、彼女がいかにしてセプール・ザルコ国軍駐屯地でレイプされ使用人として酷使されたかを語った。

マルタ・ロペスさんは、「私は6ヶ月間、一日おきに朝8時から夕方5時まで駐屯地で働かなければなりませんでした。当時駐屯地では、いつも5人の兵士から性的虐待を受けました。」と語った。1982年に国軍兵士に夫を連行・殺害された彼女は、残された8人の子供たちを自宅に残したまま、駐屯地に出勤せざるを得なかった。夫は殺害された後、地中に掘られた穴に捨てられていたという。

国軍側の反論

女性たちが予備審問で証言を行う中、グアテマラ国軍の元予備役軍曹リカルド・メンデス・ルイス氏も法廷で証言に立ち、「たしかに国軍は内戦時にそのような人権侵害を行った。」「しかし同時に、ゲリラも同じことをやっており、正義は全ての人々に平等になされなければならない。」と証言した。

現在は実業家であるルイス氏は、2011年、左翼ゲリラによって自身が誘拐された事件について、当時事件に関与したとされる26人を告発する裁判を起こしている。今日、ルイス氏は、人権侵害の容疑で訴追された元軍人を支援する活動を行っている。

IPSの取材に応じたルイス氏は、証言台に立った女性達について、「検察が指定した証人や原告たちは、みんな教育レベルが低いのは明らかだ。正確な日付だって覚えちゃいない。つまり、彼女たちは、誰かに操られているかもしれないってことだ。」と語った。

ルイス氏は、検察のやり方は「偏見」に満ちており、「国軍に対する復讐を目論んでいるのは明らかだ。」と繰り返し語った。

そして、今回の予備審問の場合、「金儲け」も動機として作用している、と批判した。

「これまでにも米州人権裁判所は、グアテマラ政府に対して数百万ドルにおよぶ莫大な賠償金の支払いを命じているが、その大半は原告のポケットに入るだろう。」とルイス氏は語った。

翻訳=INPS Japan浅霧勝浩

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|UAE|真の慈善事業は、民族や宗教の違いに左右されない

【アブダビWAM】

慈善事業は特定の人種や宗教のみを対象にするものであってはならない。もしある人が自分よりも不幸な人や緊急に支援が必要な人に施しをすることが出来る立場にあるとしたら、支援の対象が特定のタイプの人に限定されるべきではない、とアラブ首長国連邦(UAE)の日刊紙が報じた。

英字日刊紙「ガルフニュース」紙は、10月2日付の論説の中で、慈善行為はそれを必要とする人々のニーズに応じて全ての人々に開かれたものであるべき。」と報じた。

 アブダビ首長国のムハンマド・ビン・ザイード・アール・ナヒヤーン皇太子殿下は、マイクロソフト社の創業者で著名な慈善家であるビル・ゲイツ氏を迎えて開催された評議会で、自身の経験を交えて、境界や制限を乗り越えて施しをする必要性について語った。同殿下は、「20年前にタンザニアを訪問した際、多くの人々が飢饉で亡くなっていくのを目の当たりにしました。しかし犠牲者らがイスラム教徒ではなかったので、なんら手を差し伸べることをしませんでした。帰国してこの経験を父ザイード・ビン・スルタン・アルナヒヤン首長(故人)に話したところ、彼は『我々を創造したもうた神が彼らも創造したのですよ。』と私を諭したのです。」と語った。

 それ以来、ビン・ザイード・アール・ナヒヤーン殿下は、どのような慈善事業でも必ずそれがもたらす全体的な人道上のインパクを最も重視するようになった。同殿下は、「真の慈善家になるには、限界を克服し、支援のレパートリーから民族、人種、宗教に関わる制限を取り払わなければなりません。」と語った。

ゲイツ氏は、慈善事業を管理運営するにあたっては、本当に支援を必要としている人々に援助の手が届くよう、細心の注意を払う必要がある、と指摘した。ゲーツ氏は、支援を受けた人々が健康で地域社会で成功を収められるよう励ます観点から、慈善事業の対象とする分野として、食料、ワクチン、薬、教育関連のプロジェクトを重視していると語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan 

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アラブの民主主義と西側社会(エミール・ナクレー:CIA政治的イスラム戦略分析プログラム元ディレクター)

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【ワシントンIPS=エミール・ナクレー】

米国で制作されたとされる反イスラム的な映像を非難する反欧米デモがアラブのイスラム世界を席巻しているが、これは、エジプト、チュニジア、リビア、イエメンなどの新しい民主政府にとって重大な試練となっている。

アラブの春を経て新しく誕生したこれらの民主主義国家は、西側諸国における個別の行動がいかに侮辱的であったとしても、西側社会全体、或いは各国政府の政策とは関係がないことを、明確に民衆に対して説明すべきである。

西側社会は多様かつ複雑である。イスラム社会と同じように、たとえ一つ一つの行為が宗教あるいは聖典に対して侮辱的なものであったとしても、西洋社会全体に一部の過激な人びとの行為の責任を負わせてはならない。

 アラブ民主主義の萌芽は、かつての独裁者たちが長年にわたってないがしろにしてきた新しい指導者、イデオロギー、権力の中心を生み出しつつある。もしアラブの民主主義が成功することを望むのであれば、憎悪と不寛容を教える狭量で排除的なサラフィ主義が蔓延る場所となってはならない。アラブの諸国家は、急進的なサラフィ主義の高揚を断固として抑えにかからねばならない。

少なくとも4つの要素が中東での大衆抗議の背景となっている。第一は、かつての独裁者たちが厳しく蓋をしていた民主主義とエンパワーメント(内発的な力の開花)を求める新たな感情が、民衆の間に芽生え、主張したいことがあればいつでも自由に街頭に繰り出せるようになった点である。集会の自由という考え方にひとたび慣れると、アラブの民衆は大義にかかわらず自らの職場を離れ街頭に押し寄せる傾向は少なくなるだろう。

第二に、ジョージ・W・ブッシュ政権からバラク・オバマ政権に到るまで、米国政府が反イスラム的な政策を採っているとみられているために反米主義が広がり、それが最近のデモの底流となっている。

第三に、人工的な民主主義と西洋との平和的関係を拒否する急進的なサラフィ主義が、抗議活動を利用して、エジプトやチュニジア、リビアで起こりつつある民主主義の実験を掘り崩し、アラブ諸国の「街頭」において反西洋感情を煽っている。サラフィのいわゆるジハーディストたちは、シリアの反アサド革命を乗っ取り、それを過激主義で塗り込めようとしている。

最後に、イエメン、北アフリカ、イラクなどのアルカイダやその関連集団が、街頭抗議を利用して、アラブの体制や、西洋の個人や西洋が中東で持っている権益に対するテロ攻撃を仕掛ける隠れ蓑に使っている。

アラブの民主主義が根付くにつれ、各国政府は、西洋民主主義の性格や、言論・表現・集会の自由といった民主社会の特徴について、自国の市民に教育しなければならない。

例えば、ユダヤ教徒やイスラム教徒、キリスト教徒、仏教徒、シーク教徒に対する米国での反宗教的な攻撃やヘイトスピーチに対しては、通常ほとんどの宗教信徒が非難の声を上げる。しかしこれらは、米国内のイスラム教徒ですら、同国の文化的・政治的モザイクの一場面として、渋々容認されているのが現状である。

長年にわたって、私は同僚たちとともに、政策決定者に対して、イスラム教徒の世界は多様かつ複雑であり、過激主義者やテロリストであるのはほんの一部に過ぎないと説明してきた。私たちは、16億人のイスラム教徒の圧倒的多数は中庸であり、オサマ・ビン・ラディンやアルカイダがイスラムの名の下に称揚してきたテロの言説を否定していると判断したのだ。

私たちは、国益のためにも、私たちの指導者はイスラム世界全体をテロリズムのレッテルで塗り込めてしまうべきではないと考えた。ブッシュ大統領とオバマ大統領は、ほとんどの場合、この分析を受け入れ、それにしたがって行動してきた。両大統領はしばしば、「アルカイダと世界的なテロに対する戦いはイスラムに対する戦いではなく、西洋とイスラム社会は多くの価値を共有している」と言及してきた。

同じように、今回の侮辱的なユーチューブの映像すらほぼ見たことのない暴発的な集団による暴力的なデモや無差別の破壊行為は、西洋の人々をして、イスラム社会全体が過激な言説にあふれ、荒れ狂う暴徒に満ち溢れた場所であるとの見方を取らせてしまうかもしれない。

ヒラリー・クリントン国務長官は、今回の反イスラム的なアマチュア映像を最大限の言辞を持って非難した。長官は、米国政府と米国民はこの映像とは何の関係もなく、その内容とメッセージを拒否すると強調した。

ベンガジにおけるクリス・スティーブンス大使の悲劇的な死に関する公的な情報はあまり出てきていないが、攻撃の差配の仕方や使われた武器などを見ると、アルカイダの行動様式が伺われる。アルカイダの関連集団あるいは下位集団が、同地域において同じような作戦を行ってきた。

スティーブンス大使の死に関してもっとも悲劇的なことは、言動いずれの面においても、大使がイスラム教徒との真剣な対話を行おうと真面目に取り組んでいたことであった。

スティーブンス大使は、家族への愛や、公正・正義へのコミットメントなど、米国人とイスラム教徒が多くの価値を共有していると信じていた。不幸なことに、サラフィ主義者であれアルカイダの関連テロ集団であれ、今回のデモの急進的な要素は、対話に反対し、非イスラム的な西洋社会を「異教徒」とみなしてきた。

ほとんどの主流のイスラム教徒はこうした見方を共有せず、実際には、米国を含めた西側社会との経済的、政治的、文化的関係を歓迎している。数千人のイスラム教徒学生が、米国やオーストラリア、カナダ、西欧の大学で学んでいる。

最近のデモにおいて暴力と破壊行為を容認し、奨励し、参加してきた急進的サラフィ主義の指導者や聖職者に対して、引き起こされた死傷や財産の破壊の責任を各国政府が取らせねばならない。これら急進的サラフィ主義の指導者や活動家らは、専制的なイデオロギーや行動ゆえに、民主主義への移行に参画する権利を失ってしまった。

数百万のアラブ人が、昨年、彼らの圧制を非難して街頭に集った。権力の座から引きずり落とされた独裁者らは、恐怖と拷問を使って、民衆に最も基本的な人権・市民権を与えることを拒んだ。彼らは、たとえ平和的に要求がなされていたとしても、民主主義を求める作家や詩人、映画監督、コメディアン、ブロガーを拉致・監禁し、殺害した。

急進的サラフィ主義は、こうしてようやく勝ち取られた民主的な権利を人質にすべきでない。

「アラブの春」が高揚する中で希望と楽観主義のメッセージ拡散に一役買った新しいソーシャル・メディアは、残念ながら落ち目である。「無知なイスラム教徒たち」という今回のユーチゥーブ映像が、こうした面の最新のシンボルとなってしまった。(原文へ

※エミール・ナクレーは、CIA政治的イスラム戦略分析プログラムの元ディレクター。著書に『必要な関与―米・イスラム教徒世界関係の作り直し』。

翻訳=IPS Japan

|リビア|「依然として不安定な状況が続いている」とUAE紙

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【アブダビWAM】

リビア政府は今日の不安定な治安状況に緊急に対処する必要がある、とアラブ首長国連邦(UAE)の英字日刊紙が報じた。

「もしこのまま状況が放置されるようなことになれば、リビアは危険な道に進みかねない。リビアは昨年長年に亘った独裁政権の崩壊という劇的な変革を経験したが、それはリビア国民にとってより良い未来を構築していくための機会とすべきである。従って、新政府(リビアを暫定統治する国民評議会)のリーダーシップと国の方向性がより鮮明に打ち出され、それを国民が感じられるようになることが重要である。」とガルフ・ニュース紙が報じた。

また同紙は、「暫定政府軍は、10月17日、西部のバニワリド(首都トリポ南方170キロ)を拠点とする故ムアンマール・カダフィ大佐派の残党勢力を攻撃し、少なくとも11名を殺害した。バニワリドは、故カダフィ大佐に対する忠誠心が依然として薄れていない地区の一つで、暫定政府軍との衝突が繰り返されている(5日後、残党勢力は国民評議会派民兵の拠点を攻撃し、再びバニワリドを掌握した:IPSJ)。バニワリドのケースは孤立した事件ではなく、暫定政府軍と国内各地の各種民兵組織(旧政権支持派とは限らない)の間で衝突が繰り返されている。」「このように衝突が頻繁に繰り返され、暫定政府が依然として反乱撲滅に追われている現状は驚くべきことである。」と報じた。

 「カダフィ独裁政権が崩壊して、リビアをとりまく現実が大きく転換してから既に1年以上が経過している。しかし、(当時内戦の原動力となった)各地の民兵組織が依然として勢力を温存し影響力を行使し続けるとすれば、新生リビアは間違いなく大きな危機に直面することになるだろう。またこうした民兵勢力が引き続き存在し続けていること自体、暫定政府の力が弱く、リビア全域に法と秩序を再構築することに失敗している証左でもある。また繰り返される衝突は、こうした民兵組織が政府を攻撃するという行動がもたらす結果について恐れを抱いていないという現実を示している。さらに、こうした民兵組織が武装したまま勢力を維持できている現状は、今後もリビアにとって脅威であり、大きな不安定要素となり続けるだろう。」

ガルフ・ニュース紙は、「暫定政府はリビアにおける唯一の正当な政権として、こうした勢力を抑え込み、自身の権力を確立することが極めて重要である。もしそれに失敗すれば、混乱が続き、将来の見通しも不確定なままとなるだろう。決して、独裁政権の終焉が、無法な国家を誕生させてしまったということにしてしまってはならない。」とガルフ・ニュース紙は結論づけた。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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|チェコ共和国|人権外交の原則を守るかビジネスを優先するか

【プラハIPS=パボル・ストラカンチスキー】

ダライ・ラマや投獄されたロシアのバンド「プッシー・ライオット」といった「派手な政治的大義」を追いかけるのはやめたらどうか、というチェコ首相(ペトル・ネチャス氏)からの呼びかけに対して、同国の外務省が、人権擁護は「売り物ではない」と主張し続けている。

ダライ・ラマは、チベットの宗教的・政治的指導者。プッシー・ライオットは、ウラジミール・プーチン大統領に対して批判的な歌を歌ったとして投獄されたロシアの音楽グループである。

近年の歴史においては、もっとも有名な抵抗者の一人ヴァーツラフ・ハヴェル前大統領を輩出し、人権と権威主義体制への抵抗者の擁護をビロード革命による共産体制崩壊後の外交政策の柱としてきたこの国で、首相からこうした発言が出たことに、怒りが噴出している。

 人権活動家らはペトル・ネチャス首相の発言を非難しているが、プッシー・ライオットの投獄を今年初めに批判していたカレル・シュワルツェンベルグ外相は、首相の発言について「恐るべきものだ」と述べた。

チェコ外務省は、「人権擁護は原則の問題であり売り物ではない」とする声明を発している。

しかし、財界や経済大臣は、首相発言を利用して、チェコ外交政策の再考を訴えるようになっている。活動家らは、こうした変更は誤っているだけではなく、あまりに単純なものであると批判している。

ハヴェル大統領(当時)も創設に尽力した「フォーラム2000財団」のヤクブ・クレパル氏は、「人権に関する原則的な立場は、経済的な利益と取り引きできるものではありません。首相の発言は、単純に間違っているとしか言いようがない。」と語った。

「しかし、それだけでなく、チェコ政府が外交政策や人権に関するスタンスを変えたところで、中国やロシアといった国の経済政策には何らの影響もない。こうした大国は、人口がたかだか1000万人の小国の意見によって経済政策を変えることはない。」

「チェコ共和国は人権に関する原則的な立場を長らく維持してきたが、これにも関わらず対中貿易は近年好調である。外交政策を変える必要はない。」

チェコの対中国・ロシア輸出は5%以下であり、輸出者協会は、ダライ・ラマやプッシー・ライオットを支持する外相の発言によって、チェコの輸出に悪影響はないだろうと述べている。

人権は、チェコのポスト共産主義外交政策の中心的な柱であった。ダライ・ラマを公に支持していたハヴェル前大統領を筆頭として、チェコ外交は、人権に関する強固なスタンスで知られていた。

チェコが共産主義の過去を持っていることは、人権、とりわけ少数派による抵抗への支持が、社会の中に強く根差していることを意味する。

このため、ネチャス首相の発言が、メディアや人権活動家だけではなく、思想の左右を問わず多くの政治家からの批判を招いていることは頷けることだ。

ロシア系・中国系企業も参加して行われたブルノ市での貿易フェアで、ネチャス首相は、「客観的に言って我々の輸出を阻害することになる派手な政治的言明は避けねばなりません。」と述べた。

チェコ共和国は「一つの中国」政策を支持しており、(ダライ・ラマへの)賞賛は、自由や民主主義の支持を意味しない、と首相は述べた。チベットの体制は、「半封建的、神権的な性格であり、強い権威主義的な要素を持つものであります」とも発言した。

ネチャス首相は、それ以来自らの発言を擁護し続けており、演説の後半では人権擁護を明確にしたと述べている。

しかし、人権という大義を支持することの経済的帰結について首相が疑問を呈したことで、経済界の中にも、とくに中国に対する従来の外交政策を表立って批判する傾向が出てきた。

経済・貿易の推進団体である「チェコ・中国商工会」のヤン・コフート代表は、地元の報道に対して、首相発言は「不況を乗り切る方法として、外交政策と輸出政策の関係に関する重要な公的議論の始まり」だと見なくてはならない、と述べた。

他方、ネチャス首相と同じ右派ODS党に所属するマルティン・クーバ経済相は、地元メディアに対して、政府は「チェコ共和国のある特定の国々との関係を速やかかつ真剣に考え直すべきだ。」と語った。

クーバ経済相は、「GDPに占める輸出のシェアは80%もあるわけですから、外務省は外交政策のためだけに存在し、それが輸出に依存している部分もあるという事実を尊重しないという哲学は理解できません」と発言した。

他の政治家らはこうした見解を否定し、貿易は国の繁栄にとって重要ではあるが、人権を守ることは経済的利益に常に優先されるべきものだと論じている。

前首相で次の大統領選の候補者であるヤン・フィッシャー氏は、チェコのメディアに対して、「チェコの経済的利益の推進は政府の義務の一つではあるが、世界の人権に関心を持つことが犠牲にされてはならない。ビジネスを自由に優先してはならないのです。」と語った。

しかし、人権侵害が疑われる国と付き合うときであっても、経済的利益の追求と人権擁護は相互に排他的なものではないという意見もある。

「フォーラム2000」のクレパル氏はIPSの取材に対して、「この国の歴史を知っている人なら、貿易という短期的利益のために外交政策の原則を捨て去るべきだという考えが出てきたことに驚いたと思う。私たちは、たとえ原則を曲げてまで貿易を優先しても、そこから得られる利益はきわめて短期的なものだということを理解しなければなりません。」「一方、外交政策の一翼として人権に関する原則的な立場を貫いていくことは、人権問題を抱える国と前向きに経済的関与をしていくことと両立し得るのです。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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