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│中国│鉛汚染で子どもたちに健康被害

【東京IDN=浅霧勝浩】

鉛精錬所や電池工場の近くにある中国の貧しい村に住む数十万人の子どもたちが、深刻な鉛中毒による

健康被害に苦しんでいる。しかも被害者に対してまともな治療がなされていないうえに、真相を求める家族や記者が不当な妨害、圧力に直面している。

これは国際人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」が、河南、雲南、山西、湖南省における鉛汚染被害を報告したレポート『私の子どもは毒を浴びせられた―中国四省での健康危機』(全75頁)に記載されている内容である。このレポートは、中国中央政府が公害規制を強化し、散発的ながら違反工場に対する取り締まりをおこなっているにも関わらず、地方政府当局が、命を脅かすレベルの鉛に晒されている子供たちの健康被害を無視している現状を報告している。

 鉛は毒性が強く人体の神経、生体、知覚機能に悪影響を及ぼす。医療専門家によれば、多量の鉛が体内に摂取・蓄積されると、脳、肝臓、腎臓、神経、胃に作用し、貧血、昏睡、痙攣等の症状を引き起こすほか死に至る場合もある。とりわけ子どもが影響を受けやすく、回復不能な知能・発達障害(学習障害、注意欠陥障害、聴覚障害、多動、死角・運動機能障害等)を引き起こす。

「血中に危険なレベルの鉛が検出された子供たちが治療を拒否され、汚染された村の自宅に帰って行っています。また、鉛の毒性の問題について告発しようとした被害者、両親や新聞記者、コミュニティーの活動家は当局に身柄を拘束されたり、嫌がらせをうけたりして、最終的には声をかき消されているのです。」とHRWのジョー・アモン健康・人権ディテクターは語った。

また同レポートは、過去10年間で多くの大規模な鉛中毒の事例が中国各地で報告されている点を指摘した。こうした事態に中央の中国環境保護部は、地方の役人に対して鉛関連工場の監督を強化し既存の環境法を施行するよう指示してきた。また、同環境保護部は、環境規制に違反した企業や地方役人に対しては刑罰を適用する意向を表明している。

しかし、こうした中央政府の対応も問題の大きさにまったく追いついていない。HRWレポートは、中国政府当局に対して、鉛汚染に晒されている村民たちに対する長期的な視点に立った医療対策を直ちに実施するとともに、鉛鉱毒の除去を行うよう強く訴えている。

「村の鉱毒被害が深刻になってから工場の所有者や地方役人を罰するだけでは不十分です。政府は鉱毒被害者に対して治療の手を差し伸べるとともに、子どもたちが有毒な鉛に再び晒されないよう必要な措置をとるべきです。」とアモン氏は語った。
 
HRWレポートによれば、地元当局は、住民が血液検査を受けられる範囲を狭く区切るなどの恣意的な対応をしているという。それどころか、検査の結果を本人に知らせなかったり、血液中の鉛濃度が高く医師の治療が必要と判明した子どもに対して、単にリンゴ、ニンニク、牛乳、卵など特定のものを食べるよう勧めることですませたりと、人権侵害の例に枚挙に暇がない。

HRWは2009年末から2010年初頭にかけて河南、雲南、山西、湖南省で聞き取り調査を実施し、鉛中毒に苦しむ子供を持つ数十組の両親の経験を克明に記録し、北京、上海で研究調査を合わせて今回のレポートを作成した。

雲南省での聞き取り調査である母親は、「この村で子供たちを診療した医師は、全員が鉛中毒に罹っていると告げました。しかし数か月後、当局は一転して子供たちは全員健康と伝えてきたのです。そして私たちがどんなにお願いしても血液検査の結果をみせてくれないのです。」と証言した。

また山西省での調査では、孫に治療を受けさせようと試みた年配の女性の証言を記録している。彼女は、「政府担当者は私たちにニンニクを渡して孫に大目に食べさせるよう言いました。私たちは孫の病気を治せる薬をお願いしました。すると彼らは鉛中毒用の薬は効かないので提供できないと答えたのです。」と語った。

近年中国中央政府は、各地に広がった産業公害を抑え環境と公衆衛生を守る目的で数々の環境関連の法令を通し普及につとめてきた。

しかしそうした法令の執行状況は一様でなく、既に深刻な鉱毒被害がでている村落で鉛汚染のレベルを軽減する措置はほとんど実行に移されていない。HRWは、こうした被害村落住民が健康的な環境を奪われ適切な健康管理を享受できない状況におかれている現状は、中国政府が「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」及び「子供の権利条約」で規定されている義務を履行していないことを意味すると警告している。

TRWレポートは、今日世界最大の人口を抱え第二位の経済大国となった中国について、過去15年で国内総生産を10倍に伸ばしたと指摘している。まさに公正な目で見て、こうした急速な国内総生産の伸びが、1978年以来実に2億の人々の生活を絶対的貧困レベルから引き上げたのである。

「しかしこの急速な経済発展は一方で、深刻な環境破壊という代償を伴うものであった。この時期広がった産業公害は水や土壌、空気を汚染し数百万人~数億人の人々の健康を危険に晒してきた。実に今日の世界で最も汚染された30都市のうち、20は中国の都市である。」とHRWレポートは記している。

「中国政府はこうした大規模な毒物公害がもたらす環境被害は受け入れられないものだと理解し始めている。しかし残念ながら、政府が無視し続けた結果数十万人もの子供たちが深刻な健康被害に直面している問題については未だに取り組んでいない。」

「中国政府の人権軽視の姿勢は、これまで同政府が、環境汚染から健康被害を最も受けやすい貧しい人々を含む自国の市民に責任を負わないで済む経済開発モデルを推し進めてきたことを意味している。」とHRWレポートは記している。

「しかし産業公害とそれに伴う責任の不在は、もはや健康問題の範疇をはるかに超え、中国においてはたして人権(生存権、適切な生活水準を享受する権利、情報取得の権利、正義へのアクセス権等)を確保できるかどうかに関わる深刻な問題である。」とHRWレポートは記している。

一方でHRWレポートは、鉛中毒危機に対処するための多くの提案を記載している。

まず、世界保健機構(WHO)に対して、中国疾病予防センターに専門知識を提供して、血液検査態勢の充実を図るとともに、中国衛生部と協力して高い鉛の血中濃度が認められた患者に対する包括的な治療計画を策定するよう求めている。

また、中国から天然資源などを得ている外国企業に対しては、取引きのある中国側企業が諸法令を実際に遵守し、人権上の問題がないかどうか、現地工場の訪問や第三者機関による調査を含む監視体制を確立すべきだと提言している。

また、中国における健康、環境、人権問題に財政支援或いは関心を持つ米国、欧州連合を含む各国政府及び国際援助機関に対して、中国国内の産業公害の深刻な現状について中国政府に明確に懸念を伝えるよう呼びかけている。

さらにHRWレポートは、各国政府・機関は、産業公害と鉛中毒に関して正当な権利の行使として政府に抗議した結果、多くの市民が逮捕、拘留されている現状について中国政府を非難するよう記している。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

「復興へ創造的応戦を」(池田大作創価学会インタナショナル会長)

【IPS コラム=池田大作

人間の心は、妙なる力を秘めている。それは、いかなる絶望からも、「希望」を生み出す力である。最悪の悲劇からさえも蘇生し、「価値」を創造する力である。3月11日に東日本を襲った大震災においても例外ではない。

大地震・大津波の発生後、世界中の方々から、ありとあらゆる形で励ましのお見舞い、真心あふれる救援、支援をいただいた。私たち日本人は、この恩義を決して忘れることなく、道は遠くとも、未来を見つめて、復興への歩みを断固として進めていきたい。それが、世界の皆様から寄せていただいた無量の善意への御恩返しと確信するからだ。

歴史家アーノルド・トインビー博士は、「挑戦と応戦」という法則を強調されていた。

「文明というものは、つぎつぎに間断なく襲いきたる挑戦に対応することに成功することによって誕生し、成長するものである」

 人類にとって、こうした苦難との戦いは今後も止むことはあるまい。未曾有の甚大な被害をもたらした大震災に対し、私たちはいかにそこから立ち上がり、「応戦」していくか。試練が大きいからこそ、一つ一つの課題に真摯に粘り強く立ち向かう中で、創造的な人間の英知と前進の軌跡を、後世に示し残せるはずだ。

そこで私が強調したいのは、崩れざる人間の共同体の建設である。
 
想像を絶する大地震と大津波の襲来から、九死に一生を得た体験の多くには、近隣住民のとっさの「助け合い」があった。さらに、通信・水道・電気・ガス等のライフラインが断たれたままの数日間から数週間、被災者の方々の命をつないだ大きな力も、日常生活圏に存在する地縁や地域の共同体の「支え合い」であった。
 
自ら被災し、家族を亡くされ、家や財産を失いながら、手元のわずかな食糧等を惜しまず分かち合い、他者の救援や生活再建のため奮闘する気高き方々を、私も数多く存じ上げている。いざという時に発揮される崇高な人間性の真髄の光に、あらためて感動を禁じ得ない。

私ども創価学会も被災地の全会館を避難所として開放し支援に当たってきたが、そこにも無数の善意の協力があった。震災直後、首都圏からの交通網が混乱する中、新潟の有志が別ルートから被災地へ支援物資を即座に届けてくれたことも、忘れ難い。中越地震(2004年)、中越沖地震(2007年)と度重なる震災と戦ってきた方々は、被災者に何が必要かを痛いほどわかっている。水、おにぎり、非常食、発電機、重油、簡易トイレ等が、夜を徹して準備され、迅速に続々と運ばれた。「新潟の地震の際も、多くの人の支えによって復興できました。今度は私たちが応援する番です」と、友は語っていた。

いうまでもなく、災害は忌まわしい惨禍に他ならない。しかし、近年のスマトラ島沖地震・インド洋大津波(2004年)、中国・四川省地震(2008年)、ハイチ地震(2010年)なども含め、幾多の災害に際して、世界のいずこでも、勇敢にして思いやりに満ちた民衆による相互援助の共同体が現出することは、何と荘厳な光景であろうか。ここに、人間生命に本源的に内在する誇り高き善性を見出すのは、私だけではあるまい。

行政による「公助」は、当然、復興支援の大動脈である。とともに、地域共同体による「共助」が、最前線の現場にあって、隅々に至るまで人々を救う命脈となることを銘記したい。

被災地で復興への努力が続く中、「心のケア」がますます重要となっている。その意味においても、常日頃から、草の根のレベルで、一人一人を大切にし、相手の心の声に耳を傾け、励まし合う庶民の連帯にこそ、不慮の災害にも崩れぬ人間の安全保障の起点があるといって、決して過言ではないだろう。

大災害への応戦は、まさしく「悲劇からの価値創造」である。そのためには、人間の幸福に対する価値観の深化が欠かせないだろう。それは、エネルギー政策も含めた人類の未来像にも影響を与えるに違いない。
 
 あのチェルノブイリ原発事故(1986年)は、人類に多くの教訓を投げかけている。今回の福島の原発事故もまた、世界に大きな衝撃を与えた。

今後の具体的な選択は、それぞれの国で多岐にわたるであろうが、再生可能エネルギーの積極的な導入や、一層の省エネルギー化を図るための技術開発や資源の節約など、新たな歴史の潮流が生まれていることは確かだ。

そこには、持続可能な社会の建設へ、人間の欲望の肥大化を抑え、聡明にコントロールし、昇華させゆく価値観の確立が強く要請されている。

「生活の復興」「社会の復興」「文明の復興」、そして、その一切を支える基盤となる「人間の心の力強い復興」に向けて、私たちは、いやまして衆知を結集し雄々しく応戦していきたい。(原文へ

池田大作氏は日本の仏教哲学者・平和活動家で、創価学会インタナショナル(SGI)会長である。3月11日の大震災に対する創価学会の活動の詳細は www.sokanet.jpで。池田会長による寄稿記事一覧はこちらへ。

│セネガル│もっと簡単に手を洗う

【ダカールIPS=アマンダ・フォルティエ】

もし手を洗うのが楽しいことだとしたら?セネガルでは、ユニークなしくみを使って、簡単に、安く、環境に優しい形で手を洗う試みが始まっている。それどころか、手を通じた感染症の予防にも役立つという。

ダカール市内のクレア・ソレイユ小学校の休み時間。子どもたちが、色の褪せたぶかぶかのベストを着て、追いかけっこをしたり、砂場で遊んだり、泥を蹴り上げたりしている。世界中のどの学校でも見られる光景だ。そこにベルギー人医師のベノワ・ファンエルッケ博士が正面ゲートから入ってくる。

 「ベノワ先生だ!」子供たちは「ワー」と大喜びでファンエルッケ医師の周りに駆け寄った。そして医師の手を取って、モザイクタイルの壁に掛かったカラフルな鉄の箱が並んだ所に連れて行った。箱の中は水で満たされている。アンタ(Anta)という名の女の子が、茶色の石鹸を手にとって泡を出す。すると、クラスメイトが箱のレバーを3回引いて、出てきた水で手を洗うのだ。子どもたちは出てきた水に狂喜して「カナクラ(Canacla)!」と口々に叫んでいる。手を洗うことがこんなに楽しかったとは。

「カナクラ(Canacla)」とは、レストラン、学校、モスクの外など、ダカール各地で広く見かけるようになったセラミックと鉄でできた手洗い用の噴水のことを指す。この名前は、アフリカ大陸の多くの地域で水を蓄えるために一般に使用されている陶器製の水瓶「カナリ(Canari)」と弁(バルブ)のフランス語「クラペット(Clapet)」に由来している。

これは、ファンエルッケ医師の息子ジャックが考案したものである。ある日ジャックは父の手を引いて、砂に仕組みのデザインを指で書いたのである。これによって、アフリカの水不足、手を通じた感染症の拡大、環境汚染などの問題に解決策がもたらされることになった。しかも、地元の資源を使い、地元の職人の雇用にもつながる。

「私はこの30年間、便利、安価で、かつ環境に優しい方法で公衆衛生の問題に取り組むことができないか思案を続けてきました。」と言うファンエルッケ博士は、今は定年退職しているが、熱帯病の専門医として長年に亘ってアフリカ各地で活動してきた。

「カナクラ(Canacla)」は、まさにそうした解決策を提供するものかも知れない。ファンエルッケ博士によると、「カナクラ」はダカール市内の戦略的に便利な個所に設置されているため、通行人はさして意識することなく自然に「適切なタイミングで」手洗いができる。またその際、石鹸を使う習慣も身につけられるのである。ファンエルッケ博士は、「30秒あれば、健康に害を及ぼすバクテリアを手から除去することができる。」と語っている。

「ポイントは、手を洗う際に水を出しっぱなしではないということです。通常私たちは水道で手洗いをする際に、約3リットルの水を消費します。ところが、このしくみを使えば、30分の1の水量で済むのです。つまり『カナクラ』を使うことで水と費用を節約でき、しかもより衛生的にできるメリットがあるのです。」とファンエルッケ博士は実際に目も前で「カナクラ」で手洗いを実演しながら語った。

ファンエルッケ博士は、石鹸で泡立てた手を水で流すと手を振って水を切り、さらに両手の指を組んで素早く擦り合わせながら耳の高さまで両手を持ち上げた。その際、「キュッ、キュッ」と音が鳴った。博士は「これは手が喜んでいる音なのです。」と笑みを浮かべて語った。

すると子供たちは、石鹸を次々と手渡ししながら泡立てると、交代で「カナクラ」のレバーを上げ下げし手洗いを始めた。そして手を乾かす際に手を振ってはしゃぎながら水しぶきをお互いに散らした。この様子をクレア・ソレイユ小学校のレオニー・サディオ副校長は、温かく見守っていた。サディオ副校長は、「2007年に『カナクラ』が5台設置されてから、子供たちの手洗いに対する態度が変化してきています。」と語った。

「私たち教師が最も関心を寄せている点は教育的効果です。今日、持続可能な開発について盛んに議論がされており、中でも水が開発プロセスに重要な役割を担っていると見られています。アフリカの水不足は深刻であり、皆が協力して対処していかなければなりません。そうした対処法の一つが水保全に関する重要性を教育していくことです。基本は衛生に関することですので、そうした教育を早期に開始することで、成長しても水保全の重要性を踏まえた手洗い習慣を身に付けさせることが可能です。」とサディオ副校長は語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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映画が明らかにするスリランカ内戦最後の数ヶ月

【ワシントンIPS=ナシーマ・ノール】

スリランカ国軍とタミル・イーラム解放のトラ(LTTE)の2009年の内戦最終段階(1月~5月)を克明に記録したドキュメンタリー映画「スリランカのキリング・フィールド」が、7月15日、米議会において上映された。映画を紹介したトム・ラントス人権委員会のジェームズ・マクガバン下院議員は「(この記録は)人間の恐るべき最悪の側面を示す実例である」と語った。


ジャーナリストで映画監督のカラム・マクラエ氏(Callum Macrae)が制作したこのドキュメンタリー(50分)は、初め英国の「チャンネル4」で放映された。ヒューマン・ライツ・ウォッチアムネスティ・インターナショナル、国際危機グループ(ICG)、オープン・ソサエティ財団などが制作を支援した。

 スリランカ軍は2009年1月、ゲリラ勢力掃討のため、既にスリランカ北東部の狭い地域に追い詰められていたLTTEに対する総攻撃を開始した。その結果、LTTEに対する決定的な勝利を収めたが、その過程で少数民族のタミル系一般住民多数が戦闘に巻き込まれて死亡した。映画には戦闘を目撃した人々の証言と生々しい虐殺の映像(両勢力の軍人や戦闘に巻き込まれた民間人等がビデオカメラ、携帯で記録し、国連が本物と認証した)が映し出されている。

映画のあるシーンは、軍による病院砲撃後の状況を映し出している。人体が粉々になり、雨で死体から流れた血が目に入ってくる。

国連専門家パネルが今年4月に報告したところでは、スリランカ軍は総攻撃に際してとりわけ砲撃を重視し、安全地帯区域として宣言していた地域にも砲撃を行ったことから4万人が殺害された。当時の目撃者や人権団体は、当時スリランカ軍は、病院や食糧配給所で並んでいた民間人を意図的に狙って砲撃したと主張している。

また別のシーンでは、小さな女の子が壕の中から母親に向かって何かを叫んでいる。わずか数メートル離れたところにいる母親は血を流し、息も絶え絶えなのだが、通常スリランカ軍は負傷者を助けに駆け寄る人々を狙って2次砲撃を行うため、女の子はまわりの人々に引き止められて母親の元に駆け寄ることができずにいる。

他にも、即決で処刑される捕虜の様子、性的に暴行されたとみられる女性の死体なども記録されている。

他方で映画は、LTTEによる民間人攻撃も描いている。国連は、LTTEは民間人を人間の盾として使い、逃亡しようとした民間人を殺害したとの信頼できる証言を得ている。

マクガバン下院議員は、「これらの映像は、単に衝撃的な事実を伝えるということに止まりません。これらはこうした虐殺を犯した責任者の罪を追及する独立調査の必要性を訴える強力な証拠でもあるのです。」「もしスリランカ政府が真相解明に行動をおこせない或いはおこしたがらないということであれば、国際社会はそれに代わって行動をおこさなければなりません。」と語った。

上映会に引き続いて、この映画製作を支援した国際人権団体の専門家たちによる討論会が開かれ、スリランカ政府の責任を追及する取り組みや、最近の国連関連レポート、この問題への米国の対応等について協議がなされた。

国際危機グループのマルク・シュナイダー副代表は、スリランカ軍の行動に関する政府調査を批判し、真実を明らかにし責任の所在を明確にすべきだと発言した。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのワシントン地区責任者トム・マリノウスキー氏は、反乱軍対策は、米軍では民間人と戦闘員を区別して戦闘員のみを攻撃対象とするものと指摘した上で、「スリランカ政府は、反乱軍を掃討するために、まず国際監視団やジャーナリストを追放し、民間人もろとも圧倒的な武力で攻撃し殲滅するという非常な戦略を実行しました。このようなことをすれば、当然国際的な非難に晒されるわけですが、スリランカ政府は勝ちさえすれば歴史は書き換えられるという態度に出たのです。米国は決してこのような戦略がまかりとおることを許さないでしょう。」と語った。

またマリノフスキー氏は、スリランカ内戦とリビア内戦に対する国際社会の対応について言及し、「リビア上空に飛行禁止区域を設けたのは、まさにスリランカで起こったような惨劇を防止するためだったのです。私たちはスリランカ紛争を生き延びた人々に対して、何が起きたかを私たちがきちんと理解しており、虐殺の責任者の罪を追及することを重要視していると伝えることが少なくとも必要です。」と語った。

スリランカ内戦に関するドキュメンタリー映画について報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=山口響/IPS Japan浅霧勝浩

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貧困国が難民受け入れ負担の大半を負っている(アントニオ・グテーレス国連難民高等弁務官)

タリバンの武装グループがカブール市内のホテルを襲撃

【ドーハIPS/Al Jazeera】

アフガニスタン治安当局の発表によれば、28日深夜のタリバン武装グループによるカブール市内の高級ホテルに対する襲撃は、警察治安部隊との戦闘の末、武装グループ全員の死亡と最大10名の犠牲者を出して終息した。

事件から一夜明けてアルジャジーラの取材に応じた内務省報道官のデセィック・セディキ氏は、「自爆テロ犯を含む8名の武装グループは全員死亡。現時点で作戦は終了しており、地域の安全も確保されました。しかし残念ながら、警察官2名と民間人8名の合計10人の犠牲者がでました。」と語った。

それより先、カブール警察の犯罪対策班長ムハンマド・ザヒール氏は、ロイターの取材に対して、犠牲者にはホテルの従業員が含まれていると語っている。

北大西洋条約機構(NATO)主導の国際治安支援部隊(ISAF)によると、同部隊のヘリコプター2機が28日未明に出動し、襲撃を受けた「インターコンチネンタル・ホテル」の屋上から銃撃していた武装グループメンバー3人を殺害した。

 セディキ氏は、武装グループの襲撃は5時間に及びその間ホテルは停電状態にあったが、ようやく電気が復旧したと語った。襲撃中のホテルの様子を捉えた映像には、ホテルの窓から炎と煙が立ち込めていた(下の映像資料参照)。

「警察当局は、今でも各部屋を捜索し怪我人と危険の有無を確かめています。」とカブール警察署長のアユーブ・サランギ氏は記者たちに語った。

タリバンの広報官ザビウラ・ムジャヒッド氏は、メディアにコンタクトをとり、今回の襲撃はタリバンの犯行であるとの声明を発した。

今回襲撃を受けた「インターコンチネンタル」はカブール市を見下ろす丘に位置する高級ホテルで、アフガニスタン在住の外国人や政府関係者に人気がある。名称は「インターコンチネンタル」だが、ホテルそのものは1980年以降、インターコンチネンタルホテルグループとの関係はない。

カブールから報道しているアルジャジーラのバーナード・スミス氏は、「ホテル入り口に続く道路には4つのセキュリティチェックがあるが、ホテルの敷地へのアクセスは比較的容易だ。」と述べている。

「ホテル入り口に続く主要道路にはセキュリティチェックはあるものの、丘に位置し雑木林に囲まれていることから、その気になれば誰でも、フェンスを越えて道路を回避しながら丘を登っていけます。」とスミス氏は語った。
 
襲撃当時、ホテルにはアフガニスタンにおける治安権限を外国勢力あらアフガン治安部隊に移譲する件について話し合う会議が予定されていたため、アフガン全土から集まった多くの地方行政官が宿泊していた。

「偶然かもしれませんが、このホテルには、ちょうど翌日から2日間にわたって開催予定のアフガン治安部隊への権限移譲に関する会議に出席する行政関係者がアフガン全土から集まっていました。」とスミス氏は語った。

「火曜日の深夜、いくつか爆発音がした後、武装グループはホテル内のボールルームまで侵入してきました。襲撃犯の一人はタリバンの戦争音楽をかけたテープレコーダを抱えており、目に入る人間を無差別に撃っていました。混乱状態の中で2階、3階の宿泊客達は惨事から逃れようと飛び降りでいました。」とあるホテルスタッフは匿名を条件にロイターの取材に応じて語った。

警察当局がアルジャジーラに語ったところによると武装グループはホテルに侵入する前に治安部隊と銃撃戦になった模様である。少なくとも犯行グループの一人がこの時点で自爆している。

アフガン警察はホテルを包囲し、犯行グループとの間にマシンガンその他の武器を使用した銃撃戦へと発展した。また現場は緊迫していたため、傍観者たちは警察の命令で地面に伏せさせられた。

この銃撃戦ではロケット推進擲弾や曳光弾の使用が確認されている。現場に居合わせた記者達は砲弾が炸裂する音や5階建てのビルの屋上から銃撃音が聞こえたと述べている。

内務省保安職員のサモンヤル・ムハンマド・ザマン氏は、武装グループはマシンガン、ロケット推進擲弾、地対空兵器、手榴弾で武装していたと語った。

ザマン氏は、襲撃時ホテルには60名~70名の客がおり、ホテル入り口で自爆した2つの死体を見たと語った。

現場に居合わせた独立ジャーナリストのベッテ・ダム氏は、アルジャジーラの取材に応じ、「銃撃戦は何時間にもわたって続きました。また、ロケット推進擲弾が発射されるのも見ました。」と語った。

またダム氏は、原因はわからないが現場で2回にわたって大きな爆発音を耳にしたと語った。そして今回の武装グループの襲撃を「よく連携がなされたものだった」と語った。

ホテルの宿泊客ジャウィッド氏は、銃撃をのがれるために1階の窓から飛び降りで逃げたと語った。

「私は家族と逃げました。銃撃が始まりましたが、ホテルのレストランは客でいっぱいでした。」と語った。

アフガニスタンでは、5月2日に米軍がパキスタンに潜伏中のアルカイダの指導者オサマ・ビンラディン氏を殺害して以来、武力衝突が増えており、また、この時期はタリバンが毎年攻勢を強める時期にあたる。しかし今回のように首都カブールが攻撃されるのは比較的稀である。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧千鶴

「インターコンチネンタル」を会場にIPS主催で開催したアフガンメディアフォーラム出張時の映像資料はこちらへ

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|アフガニスタン|タリバンの武装グループがカブール市内のホテルを襲撃

【ドーハIPS/Al Jazeera】

アフガニスタン治安当局の発表によれば、28日深夜のタリバン武装グループによるカブール市内の高級ホテルに対する襲撃は、警察治安部隊との戦闘の末、武装グループ全員の死亡と最大10名の犠牲者を出して終息した。

事件から一夜明けてアルジャジーラの取材に応じた内務省報道官のデセィック・セディキ氏は、「自爆テロ犯を含む8名の武装グループは全員死亡。現時点で作戦は終了しており、地域の安全も確保されました。しかし残念ながら、警察官2名と民間人8名の合計10人の犠牲者がでました。」と語った。

それより先、カブール警察の犯罪対策班長ムハンマド・ザヒール氏は、ロイターの取材に対して、犠牲者にはホテルの従業員が含まれていると語っている。

北大西洋条約機構(NATO)主導の国際治安支援部隊(ISAF)によると、同部隊のヘリコプター2機が28日未明に出動し、襲撃を受けた「インターコンチネンタル・ホテル」の屋上から銃撃していた武装グループメンバー3人を殺害した。

 
セディキ氏は、武装グループの襲撃は5時間に及びその間ホテルは停電状態にあったが、ようやく電気が復旧したと語った。襲撃中のホテルの様子を捉えた映像には、ホテルの窓から炎と煙が立ち込めていた(下の映像資料参照)。

「警察当局は、今でも各部屋を捜索し怪我人と危険の有無を確かめています。」とカブール警察署長のアユーブ・サランギ氏は記者たちに語った。

タリバンの広報官ザビウラ・ムジャヒッド氏は、メディアにコンタクトをとり、今回の襲撃はタリバンの犯行であるとの声明を発した。

今回襲撃を受けた「インターコンチネンタル」はカブール市を見下ろす丘に位置する高級ホテルで、アフガニスタン在住の外国人や政府関係者に人気がある。名称は「インターコンチネンタル」だが、ホテルそのものは1980年以降、インターコンチネンタルホテルグループとの関係はない。

カブールから報道しているアルジャジーラのバーナード・スミス氏は、「ホテル入り口に続く道路には4つのセキュリティチェックがあるが、ホテルの敷地へのアクセスは比較的容易だ。」と述べている。

「ホテル入り口に続く主要道路にはセキュリティチェックはあるものの、丘に位置し雑木林に囲まれていることから、その気になれば誰でも、フェンスを越えて道路を回避しながら丘を登っていけます。」とスミス氏は語った。
 
襲撃当時、ホテルにはアフガニスタンにおける治安権限を外国勢力あらアフガン治安部隊に移譲する件について話し合う会議が予定されていたため、アフガン全土から集まった多くの地方行政官が宿泊していた。

「偶然かもしれませんが、このホテルには、ちょうど翌日から2日間にわたって開催予定のアフガン治安部隊への権限移譲に関する会議に出席する行政関係者がアフガン全土から集まっていました。」とスミス氏は語った。

「火曜日の深夜、いくつか爆発音がした後、武装グループはホテル内のボールルームまで侵入してきました。襲撃犯の一人はタリバンの戦争音楽をかけたテープレコーダを抱えており、目に入る人間を無差別に撃っていました。混乱状態の中で2階、3階の宿泊客達は惨事から逃れようと飛び降りでいました。」とあるホテルスタッフは匿名を条件にロイターの取材に応じて語った。

警察当局がアルジャジーラに語ったところによると武装グループはホテルに侵入する前に治安部隊と銃撃戦になった模様である。少なくとも犯行グループの一人がこの時点で自爆している。

アフガン警察はホテルを包囲し、犯行グループとの間にマシンガンその他の武器を使用した銃撃戦へと発展した。また現場は緊迫していたため、傍観者たちは警察の命令で地面に伏せさせられた。

この銃撃戦ではロケット推進擲弾や曳光弾の使用が確認されている。現場に居合わせた記者達は砲弾が炸裂する音や5階建てのビルの屋上から銃撃音が聞こえたと述べている。

内務省保安職員のサモンヤル・ムハンマド・ザマン氏は、武装グループはマシンガン、ロケット推進擲弾、地対空兵器、手榴弾で武装していたと語った。

ザマン氏は、襲撃時ホテルには60名~70名の客がおり、ホテル入り口で自爆した2つの死体を見たと語った。

現場に居合わせた独立ジャーナリストのベッテ・ダム氏は、アルジャジーラの取材に応じ、「銃撃戦は何時間にもわたって続きました。また、ロケット推進擲弾が発射されるのも見ました。」と語った。

またダム氏は、原因はわからないが現場で2回にわたって大きな爆発音を耳にしたと語った。そして今回の武装グループの襲撃を「よく連携がなされたものだった」と語った。

ホテルの宿泊客ジャウィッド氏は、銃撃をのがれるために1階の窓から飛び降りで逃げたと語った。

「私は家族と逃げました。銃撃が始まりましたが、ホテルのレストランは客でいっぱいでした。」と語った。

アフガニスタンでは、5月2日に米軍がパキスタンに潜伏中のアルカイダの指導者オサマ・ビンラディン氏を殺害して以来、武力衝突が増えており、また、この時期はタリバンが毎年攻勢を強める時期にあたる。しかし今回のように首都カブールが攻撃されるのは比較的稀である。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧千鶴

「インターコンチネンタル」を会場にIPS主催で開催したアフガンメディアフォーラム出張時の映像資料はこちらへ

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米国の核兵器予算増額は不拡散に水を差すと活動家が警告

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David Krieger

【国連IPS=ハイダー・リツヴィ】

米国の核政策に関する独立の専門家らが、核兵器予算を増やす国防総省(ペンタゴン)の計画は軍縮に向けた世界の努力に深刻な悪影響を及ぼす、と警告している。

核時代平和財団のデイビッド・クリーガー会長は、米軍が核兵器維持に予算の増額を求めていることに関して、「これは明らかに核軍縮義務に直接抵触します。」と語った。

報道によれば、米軍は、今後10年間にわたって核兵器とその運搬手段を「近代化」するために、2130億ドルを承認するよう米議会に求めている。しかもこの要求額は、年間540億ドルにのぼる核兵器システムの維持費に上乗せするものである。

 予算増額分のほとんどが、新型の無人機、潜水艦、大陸間弾道ミサイル、及び新世代核兵器製造のインフラに投資されると専門家は見ている。

議会は現在、来年度予算のカットを審議している。現在のところ、議員の多数とバラク・オバマ政権が新型核兵器システム開発の意義を疑っている様子はない。

オバマ大統領は、2009年1月に政権をとって以来、世界的な核軍縮の大義を謳う演説を行っているが、実際には、歴代の前任者と同じく、国内外における完全なる核兵器廃絶の時限を設定していない。

「オバマ大統領は核軍縮について口当たりのいいことは言っていますが、明らかに、核兵器の近代化に2000億ドル以上を使うことに同意しているのです。」とクリーガー氏は語った。

またクリーガー氏は、いわゆる「新型」核兵器計画には、核兵器を搭載した無人機も含まれていることを指摘した。

「これは紛れもなく長距離殺人兵器です。核兵器を搭載した無人機など間違っています。これは核のカオスへの招待状となるでしょう。」とクリーガー氏は付け加えた。クリーガー氏は、こうなると、核兵器を所有や核兵器開発計画を疑われている国々は、今後ますます頑なになるのではないかと懸念を抱いている。

米国の核兵器サークルは、10年以上にわたって、イランと北朝鮮を敵視し続けてきた。イランは核兵器開発を進めようとし、北朝鮮は核兵器保有を宣言した、という言い分である。しかし、米国自らがその膨大な核兵器をいつ廃棄する用意があるのかについては、明確なシグナルを与えてこなかった。

世界の8つの主要な軍縮団体の横断組織である「中堅国家構想」(MPI)の傘下団体である核時代平和財団は、核不拡散と完全軍縮に向けた国連主導のプロセスを加速するようロビー活動を続けている。

MPIは、「検証可能、不可逆的で、実行可能な、核兵器の法的禁止」を主唱し、国連の潘基文事務総長による核軍縮に関する五項目提案について緊急の行動を求めている。潘事務総長は、「相互に補強しあうような」枠組み合意、すなわち核兵器禁止条約の策定を呼びかけていた。

MPIのリチャード・バトラー議長は、先週IPSに送付された声明において、「核兵器廃絶を求める政府と市民の切なる願いは、実際的な行動です。核兵器が存在し続けることは、すべての人々にとっての脅威であり、受け入れがたいリスクなのです。」と述べた。

MPIは、核兵器国が自国の核兵器削減の義務を受諾した核不拡散条約(NPT)第6条の履行を支持するよう、世界の外交官らに求めてロビー活動をつづけている。

オーストラリアで長く外交官の職にあり、国連の核兵器査察官も勤めたバトラー氏は、先週、NPTでの合意履行を求めるMPIのプロジェクトの一環として、国連で各国政府にブリーフィングを行った。

バトラー氏が先週ニューヨークの国連本部で他の外交官らと軍縮行動に関する協議に備える一方で、MPIの創設者であるカナダのダグラス・ロウチ上院議員は、同じ目的での世界ツアーを開始した。

ノーベル賞にノミネートされたこともあるロウチ氏は、欧州、ロシア、中国、インドへの歴訪の前に発表した声明の中で、地雷とクラスター弾が、「その継続的使用が人間に及ぼす影響についての理解が人々の間に浸透した結果」、条約で禁止されることになった点を強調した。

さらにロウチ氏は、「いまや、同じように、核兵器の使用だけではなく、使用の威嚇、保有、拡散もまた、人間への脅威になるという認識が出てきているのです。」と語った。

一方クリーガー氏は、ロウチ氏の核軍縮・平和に対する努力を賞賛しつつ、同時に、米議会とオバマ政権が今後取るかもしれない行動の帰結について憂慮している。

「米国が世界を支配し続けようとするならば、これは大変な問題です。」とクリーガー氏は語った。クリーガー氏は、ワシントンの政策立案者たちは、米国の安全保障は軍事予算の拡大によってではなく、その大幅削減によって確保できることを認識すべきだとみている。

「核兵器(への予算を)増やすことは、米国は核軍縮に熱心でないというメッセージを世界に送ることになるのです。」とクリーガー氏は結論付けた。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩



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|モロッコ|「憲法改正の動きは良き先例となるだろう」とUAE紙

【アブダビWAM】

モロッコにおける憲法改正の動きは同国にとって重要な一里塚となるだろう。ムハンマド6世国王(1999年即位:右の写真)は17日、新たに民主的な憲章をそなえた「市民に立脚した君主制度」への移行プロセスが開始されたと発表した。

「民主化勢力からは、改革内容が十分でないとして批判する声がでているが、大半のモロッコ国民は、国王の改革提案をより透明性の高い政府の実現に向けた動きとして支持しているようである。」とアラブ首長国連邦(UAE)の日刊紙は報じた。

「特筆すべきは改革提案(3月に国王の指示で設立された委員会で審議がなされてきた)が即時実施を前提とした計画を擁している点である。国王の改革提案は7月1日に国民投票にかけられこととなっており、それによりモロッコは改革の道を前進していくだろう。」とガルフ・ニュース紙は6月22日付の論説の中で報じた。

提案内容の目玉は、国王自身が自らの権限の一部を放棄することに同意する一方、首相と議会の権限を大幅に強化した点である。首相は総選挙で最大の票を獲得した政党から選出され、閣僚の任命権を持つことになる。

立法府の権限も強化され、議会の5分の1の賛成があれば政府関係者に対する調査を実施でき、3分の1の賛成があれば閣僚に対する譴責決議を行うことができる。一方国王は、今後も、治安・国防・宗教関連の最高責任者であり、閣議の議長と軍の最高司令官にとどまる。

「モロッコには伝統的に権威主義的な政府と強大な権限をもった治安当局が国王を補佐して国内の政治世論を統制してきた歴史がある。現国王のムハンマド6世は、先王から相続した強力な権限の緩和に踏み切ってきたが、今回の憲法改正提案はこうした改革の流れを大きく前進させるものとなるだろう。」とガルフ・ニュース紙は付け加えた。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴

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今こそ「オープンガバメント」の推進を!-東日本大震災・被災者支援で必要な視点(谷本晴樹「政策空間」編集委員)

阪神淡路大震災があった1995年、後にこの年が「ボランティア元年」といわれたように、東日本大震災のあった本年は、いずれ「オープンガバメント元年」と振り返られる時がくるのではないだろうか。

今回の震災を契機として、「オープンガバメント」と呼ばれる、政府の情報公開と官民の新たな連携が、急速に進んでいる。この流れをより強固なものとし、さらに拡大していくことが、現在の支援活動をより効果的なものにするだろう。そして長引く避難生活での二次被害を防ぐことに繋がるはずである。そこで本稿では、この震災で登場した「オープンガバメント」の萌芽について紹介しつつ、これから乗り越えるべき課題について検討していきたい。

 
1.「オープンガバメント」とは何か

オープンガバメントとは、分かりやすく一言で言えば、インターネット技術を活用し、政府を国民に開かれたものにしていこうとする取組みである。以前から政府が進めている「電子政府」との違いは、電子政府の取組みが、主として従来の行政の手続きを、簡素化する、あるいは利用者の利便性を高めるというところに重点が置かれているのに対し、「オープンガバメント」は、それだけでなく、政府が持っているデータベースを、API(application programming interface)などの形で提供することで、新たな公共サービスを民間ベースで生み出すことを促し、そうして生まれた新しい公共サービスを通じて、政治への市民参加も促そうというものである。政府は公共サービスを生み出す「自動販売機」ではなく、民間が公共サービスを競う「プラットフォーム」であるべきだという。これまでの政府あり方そのものに変更を迫るものであることから、「Gov2.0」とも呼ばれている。

オバマ大統領は、このオープンガバメントを政策の柱として誕生した。そして「透明性(transparency)」、「市民参加(participation)」、「協働(collaboration)」という三原則掲げ、これまでに様々な取り組みをしている。日本でも、内閣府の「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT本部)」が2010年5月に出した報告書「新たな情報通信技術戦略」において、オープンガバメントが明記された。そしてその後、タスクフォースが設けられ、具体的な展開について議論されていた。ただ長年の縦割り行政に伴う、これまでの慣行を打ち破るには、多くの課題があることが認識されていた。

2.震災ではじまった、民・官の連携とオープンガバメント

3月11日に震災が起こってから5日後、政府は内閣官房内に「震災ボランティア連携室」を設置した(室長:湯浅誠内閣府参与)。これは、政府が集めた情報を、現地で活動する、あるいはこれから活動しようと考えているNPOやボランティアに正確な情報を届け、窓口を一本化することにより、縦割り行政による弊害を未然に防ごうとするものである。そして22日に発足した民間の「助け合いジャパン」に対し情報提供を開始した。民間のプロジェクトに国がこのような形で協力するのはおそらく初めてだろう。

助け合いジャパン」のサイトでは、政府・省庁などからの最新情報が見られるほか、先行して情報の発信をしていた、様々なソーシャルメディアの情報を組み入れている。

例えば、サイト内の「ボランティア情報ステーション」のページでは、災害地にある社会福祉協議会からの、ボランティア募集情報をみることができるが、これは、そもそも有志がwikiを通じて作った「東日本大地震地震『災害ボランティア情報』まとめサイト」という独立したサイトであった。また震災情報マップもあるが、こちらは「sinsai.info」の情報を組み入れている。

sinsai.infoは、地震発生からわずか7時間後には立ち上げられている。オープンソースであるushahidiを使うことで、場所から情報を得たり、場所に関連させて情報の発信ができる。例えば、選択した特定の地点から20キロの範囲内で、安否確認、店舗の開店情報などの新しい「レポート」が入ると、「アラーム」を受け取ることが出来る。そのほか、消息情報確認用に、Google パーソンファインダーが埋め込まれている。これは、名前を入力すると、パーソンファインダー内にある消息情報が表示され、携帯電話番号を入力すると、各携帯電話会社の災害伝言板の登録情報が表示されるようになっている。4月1日現在、約60万件超の記録が登録されている。こちらでも、行政からの情報提供による協働が進んでいて、岩手県や福島県、警察などが情報を提供している(ただ、避難所にある消息情報は多くが「紙」である。多くの方がそれを、デジタルカメラで写して、デジタルデータとして公開し、被災地の外に住むボランティアが手作業で情報を打ち込み、チェックし、パーソンファインダーにアップロードしている。中には行政が作ったであろうプリントアウトされた資料を一から打ち込んでいるものもある。このようなものであれば、まさしくテキスト形式で公開してもらうだけで、手間も時間も大分節約できるのではないだろうか)。

さらに、行政の提供する情報を利用することで、既存の地域SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)も、被災者支援に役立っている。例えば、盛岡の地域SNS「モリオネット」では、岩手県から提供された情報をもとに、Googleマップに避難所や安否情報を掲載している。この「モリオネット」から、全国の地域SNSに協力が広がり、「学び応援プロジェクト」という、ノートや鉛筆などを被災地の子どもらに送る活動がされている。

またネットを中心とした、節電の運動も話題になっているが、こちらでも官民の協力が始まっている。3月23日、東京電力が電力使用状況について公開している画像やcsv形式でのデータから、金本茂氏(@ssci)が東京電力の電力消費量を返すAPIを作成、翌日、経済産業省情報プロジェクト室(@openmeti)は、これを活用したアプリを作ったら知らせてほしいと呼びかけ、優れたアプリは国でも取り上げていきたいと宣言した。実際に、このAPIを使って、計画停電対策アプリや、東京電力の消費電力情報表示ツールなどが開発されている。

そのほか、行政のデータベースがまとめられたサイトがHack for Japanにあるし、ALL311:東日本大震災協働情報プラットフォームは、公的機関が提供している地図・地理空間情報のデータベースを紹介している。このように、公共機関が持っているデータを公開し、それをもとに民間が優れた公共サービスを開発し、これをまた、国が積極的に取り上げることこそ「オープンガバメント」の中心であって、実際にオープンガバメントに熱心なアメリカなど欧米各国では、「民」から多様な「公共サービス」が生まれている。広範な被災地対策と、福島の原子力発電所対策という二正面作戦を強いられている中で、行政が住民に対してきめ細かな対応をすべて担うことは不可能である。であるならば、やはりここは「民のチカラ」の出番ではないだろうか。「民のチカラ」を引き出すために、政府の果たすべき役割は多いはずである。しかもそれは、行政に対し過大な負担を強いるものではない。行政が持っている情報をもっと公開する、それだけでも、様々な被災者支援に繋がるサービスが生まれるはずである。

3.見えてきた今後の課題と求められる行政の対応

ただ、すでに様々な課題も見えてきている。まずHack for Japan等で紹介されている行政のデータベースをみれば、「利用できるデータ」がまだまだ少ないことがわかる。

また、「量」の問題だけでなく、「質」にも大きな問題がある。多くの情報がPDFあるいはExcelのデータである。例えば、全国社会福祉協議会・全国ボランティア・市民活動振興センターも、避難所の避難者数と災害ボランティア設置状況など、貴重な情報を発信しているが、こちらもPDFである。そこで財団法人地方自治情報センター(LASDEC)は、PDFやExcel形式でのファイルを避け、テキスト形式やCSV形式でのファイルの公開を推奨している。LASDECによれば、PDFやExcelのファイルが比較的容量が大きいため、すでに「サーバー・回線リソースを圧迫し、重要情報が閲覧できない事象が頻出」していると報告している。

一方で、支援する側の問題でもあるが、支援サイトが乱立気味である。現状、「支援サイトのまとめサイト」まであって、どこに必要な情報があるのか、どこがベストなのか分からない。そこで、情報が本当に必要な利用者に、結果的に時間を割いて、色んなサイトを見て廻るという負担をかけているかもしれない。もちろん現時点では、過少よりも過剰のほうが望ましいのであって、どれかを削除すべき、というわけではない。しかし、どこのサイトに上げられた情報でも集約され、かつ本当に重要な情報は、どのサイトでも共通してみられるという仕組み(データベースの一元化)が必要であるし、その点で、プラットフォームとしての政府の役割は大きいはずである。

また、これは特にジャーナリストの佐々木俊尚氏がこちらで指摘しているが、今回の震災では阪神大震災の教訓でできていた緊急時の情報伝達網が破壊されてしまっている。また、被災した地域は軒並み高齢化率が25%を越える地域であり、これまでの震災以上に、現地は「アナログ」なのである。佐々木氏が指摘されているように「アナログ」の情報を「デジタル」に、そして「デジタル」の情報をまた「アナログ」に変換していく作業が必要になっていくだろう。現場での活動との連携が必要とされているところである。
 
おわりに

「オープンガバメント」の掲げるプラットフォームとしての政府の役割は、このような緊急事態だからこそ、非常に大きいはずである。惜しむらくは、震災前にもっとこのような視点が行政に取り入れていたならば、スムーズな支援ができたと思うが、今からでも遅くはない。ぜひとも問題を解消しつつ、「オープンガバメント」を実効あるものにしてほしい。そのことによって、必ず被災者支援に役立つサービスがもっと生まれるはずである。今回の震災で、数多くのIT関係者が手弁当で献身的な活動を続ける姿をみるにつけ、私はそう確信している。

最後に、被災に遭われた方々に、心よりお見舞いを申し上げます。もし本稿がすこしでも被災者や支援に関わる方の一助になれば幸いです

谷本晴樹プロフィール:
(財)尾崎行雄記念財団研究員、INPS Japan理事、「政策空間」編集委員。日本大学大学院国際関係研究科博士前期過程修了。国際政治学会、臨床政治学会所属。

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【サントドミンゴIPS=エリザベス・イームス・ローブリング】

Macadamia integrifolia/ Wikimedia Commons

32年前にドミニカ共和国を襲ったハリケーン「デービッド」がもたらした森林破壊は、貧困を生んだ。いま、被災後に行われたかつての植林計画を見直して、グルメ向けのアイスクリームを導入することにより、貧困に喘ぐ小規模コーヒー農家を支援するユニークなプロジェクトが進行している。

ハリケーン「デービッド」(カテゴリー5)は、1979年にドミニカ共和国に襲来し、約2000人が死亡、国の農業の70%を破壊した。翌年、起業家のマニュエル・アルセニオ・ウレナが、森林を再生し表土を補強するため、オーストラリアからマカダミア・ナッツの木を導入した。マカダミアの木は浅くしか根を張らないため、貴重な表面土壌を保持するのに役立つと考えられたのである。

 その後15年間にわたってマカダミア・ナッツの木はただ植えられただけであった。やがて実をつけるようになったが、殻が非常に硬く、ナッツが食べられるものだとは現地の人々に知られていなかった。その結果、世界市場で最も高価なマカダミア・ナッツが、収穫されることもなく放置されていた。そして地元の人々はマカダミア・ナッツの木を価値のない木と認識していたことから、やがて薪作りのために伐採するようになった。

そこへやってきたのが、地元アイスクリーム製造会社「エラドス・ボン」の創業者ヘスス・モレノ氏である。環境保全にも関心が深いモレノ氏は、新たにグルメ向きアイスクリーム路線の第一弾として、マカダミア・ナッツ入りアイスクリームを思いつき、放置されてきたマカダミア・ナッツの市場確保に乗り出した。

それから10年が経過した2005年、国産マカダミア・ナッツの生産量はアイスクリーム向け需要を上回り、モレノ氏は新たに「ラ・ロマ」というブランド名でマカダミア・ナッツのパッケージの販売を始めた。今日、「ラ・ロマ」のマカダミア・ナッツ缶は、ドミニカ共和国各地の食料雑貨店や観光地の売店で販売されている。ちなみに商品チラシには、「ドミニカ共和国で愛情を込めて育てました」と謳われている。

モレノ氏は、こうした成功に満足せず、マカダミア・ナッツの木をもっと祖国のために活用できるのではないかと考えた。
 
マカダミア・ナッツの木は、高さ15メートル程まで成長し作付けから6年後にナッツの収穫が可能となる。初年度における1本当たりの収穫量は5ポンド(約2.26キロ)程度だが、樹齢を重ねると年間40ポンド(約18.1キロ)程の収穫を見込めるようになる。また、マカダミア・ナッツの木の根は浅いため、コーヒーの木のそばに植えても害をもたらさず、コーヒーの生育に必要な日陰を提供する役割も期待できた。

こうしたことから、モレノ氏はマカダミア・ナッツの木を導入することで作付面積が1ヘクタール以下で貧困に喘いでいる約10,000件の小規模コーヒー農家を支援できるのではないかと考えた。

「ラ・ロマ」プロジェクトの主任をつとめているエディソン・サントス氏は、会社のトラックを駆使して首都サントゴミンゴから北へ約1時間のボナオ郊外の丘陵地帯を巡っている。彼はそこで現地のコーヒー農家にあたかも金鉱を発見したかのような情熱をもってマカダミア・ナッツの木を栽培するメリットについて説いて回っている。

「私たちには持続可能な農業を実践していくためのビジネスプランがあります。まず、会社側でマカダミア・ナッツの苗木を2年間育てます。そしてプロジェクトに参加を希望する小規模コーヒー農家に対して、必要な技術支援とともに木を提供しています。」とサントス氏はIPSの取材に応じて語った。

「その際、私たちは農家に対して将来収穫されるナッツを買い取る保障をしています。現在はナッツ1ポンド(約0.45キロ)あたり2.7ドルで買い上げています。提供している若い木からナッツを収穫できるようになるにはさらに4年間を要するため、農家が適切に栽培できるよう指導が欠かせません。マカダミア・ナッツの木は樹齢6年になれば向こう100年はナッツの収穫が期待できるのです。」

「栽培といってもたいした手間がかかるわけではありません。6カ月ごとに肥料を与え、ナッツが好物のネズミから木を保護すればよいのです。また、マカダミア・ナッツは、コーヒ豆のようにケアする必要はなく、木に実ったまま乾燥するため、市場への出荷も容易です。」とサントス氏は付け加えた。

マカダミアの木は、1ヘクタール当たり200本を植えることができる。植樹1年目で2500ドルを、将来的には2万1000ドルを稼ぐことも可能だという。1日あたりの収入が1ドルにも満たない小農が多いこの地では、夢物語にも聞こえる。

しかしこうした夢を実現した農家が出てきている。

セルビオ・マルチネス氏は、マカダミア・ナッツの木を栽培して12年になる。植えつけ時期が異なる合計250本を栽培している

「私はこれらの木の栽培をコーヒープランテーション敷地内で始めました。このプロジェクトには満足しており、もし尋ねられれば、私は確実に将来性がある作物をプランテーションで育てていると答えますよ。他の農家にもこのプロジェクトに参加するよう勧めます。」

マルチネス氏はマカダミア・ナッツの収穫で昨年8000ドル以上を売り上げた。しかもナッツの収穫まで成長していない木もあるので今後もっと多くの収穫を期待できる。
 
 「ラ・ロマ」プロジェクトは海外から援助金を獲得し、それを原資に農家への苗木提供と、無料の技術支援を行っている。一方、サントス氏は将来的に援助資金に依存することなくこのプロジェクトを維持していく取り組みについて説明した。

「私たちは、プラスチックの木をしつらえた(プロジェクトの趣旨を記したラベル付の)小さな箱を制作しています。そしてそれを置いてもらう地元のホテルを選定しています。つまり、ホテルの宿泊客は、それを買うことでマカダミア・ナッツの苗木のスポンサーとなり、農民の支援者になれるという仕組みです。なお、提携ホテルにはマカダミア・ナッツの殻を提供しています。またプロジェクトで支援をうけた農家はマカダミア・ナッツの木から収穫ができるようになると、5年~6年かけて元の苗木代をプロジェクト事務局に返済していきます。こうしてプロジェクト事務局は、次の農家に苗木の提供を行うことができるのです。」とサントス氏は語った。

またプロジェクトにはフェイスブックやツイッターのアカウントもあって、さらに支援の輪を広げようとしている。

マカダミア・ナッツで農民を救うドミニカ共和国のプロジェクトについて報告する。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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