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地域を問わず、報道の自由に賛同

【ワシントンIPS=ジム・ローブ】

5月3日報道の自由の日に先がけ、ワールド・パブリック・オピニオン(World Public Opinion. org )は、20ヶ国18,000人を対象に、メディアに関する世論調査を行った。(対象国は人口の多い中国、インド、米国、ロシア、インドネシア。ラテンアメリカからはメキシコ、ペルー、アルゼンチン。欧州から英、仏、ポーランド。その他アゼルバイジャン、エジプト、イラン、ヨルダン、パレスチナ自治区、トルコ、韓国、ナイジェリアなど) 

「メディアが政府の統制から自由であることは、どれくらい重要であるか」という質問に、「とても重要」または「どちらかといえば重要」と答えた人は、全体の8割に上る。その意見は、南米諸国、エジプト、韓国、ナイジェリアで特に強い。「報道の自由の原則は、幅広く力強い支持を得ている。」と、WPOを運営するメリーランド大学のメリーランド大学国際政策志向プログラム(PIPA)理事スティーブ・カル氏は、IPS記者に語った。 

「とても重要」と答えた人の比率だけで見ると、メキシコが約80%ともっとも高く、他の南米諸国ではアルゼンチン70%、ペルー65%が続く。その比率が低いのは、ロシア23%、イラン29%、インド34%である。 

インドは「敵とみなされている国も含めて、どんな国の出版物でも人々は読む権利があるか」という質問についても、イエスと答えた人の比率は低く、唯一70%以下であった。 

全体の56%が、「メディアは政府の統制なしに、ニュースや意見を発表する権利をもつべき」と答えたが、反対に「政府は、政治的不安定の原因となるものについては、発表を阻止する権利をもつべき」と答えた人も少なくなく、ヨルダン66%、パレスチナ自治区59%、インドネシア56%、エジプト52%、イラン45%などであった。 

世界の報道の自由については、フリーダム・ハウス(Freedom House)の調査もある。それによると、2001年同時多発テロ以来、6年間連続で、「明らかに後退」しているという。理事のジェニファー・ウィンザー氏によると、いくつかの国で前進が見られたものの、中国、中央欧州、東欧州、旧ソ連、南アジア、アフリカの何カ国かでは状況は悪化しており、報道の抑制、暴力、脅迫、記者に対する名誉毀損罪の適用が増加している。 

 前出のWPOによる調査では、インターネットについての質問もあった。全体の60%が「人々はインターネット上のすべてを見る権利がある」と答え、この答えが多くの国で多数派意見であった。7割以上がそう答えた国は、アゼルバイジャン、米国、ナイジェリア、中国である。一方、全体の32%は、「政府が一定のアクセス制限をすべき」と答え、イランとヨルダンではこちらの答えが上回った。 
 
 「自国により多くの報道の自由を望むか」という質問に対しては、10ヶ国で半数以上が「より多くを望む」と答えた。上位から、メキシコ75%、ナイジェリア70%、中国66%、韓国65%、エジプト64%、パレスチナ自治区62%である。 

多数派ではないが、「自由がより制限されることを望む」と答えた人の比率が高いのは、インド32%、トルコ30%であった。 

WPOの世界各地における世論調査には、報道の自由拡大を支持する傾向が表れている。(原文へ) 

翻訳/サマリー=IPS Japan 浅霧勝浩 

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アフガニスタンで死刑制度議論が再燃

【カブールIPS=タヒル・カディリ】

生存死刑囚、およそ100人。これまで秘密のベールに包まれていた死刑囚の人数をアフガニスタン政府が明らかにしたことで、同国の審理手続に重大な疑念を残す結果となった。 

アフガニスタン最高裁判所は16日、誘拐・強盗・殺人・強姦など重大犯罪を犯した約100人の刑事被告人に対して死刑判決を出したことを発表した。これは昨年10月、カブール郊外の刑務所で1日のうちに15人が(事前の予告なしに)銃殺刑に処せられた出来事を思い出させるものだ。 

「100人というのはアフガニスタンにおける全死刑囚のあくまで『推定の』数だ。最高裁は死刑囚の氏名および収監場所については未だ公表していない」と、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)のエレイン・ピアソン氏はIPSとの取材で答えた。

 北アフガニスタンの独立系の人権委員会も詳細については把握していないとした。同委員会のQazi Sayed Mohammed Sami氏はIPSの取材に対して「名前が判明すればメディアに公表するつもりだ。そうすれば、全ての裁判で国際的に公正な審理が行われているかどうかを判断できるようになるだろう」と述べた。 

一部の専門家は100人の死刑囚が公正な審理を受けてこなかったとして、最高裁が死刑判決を破棄するよう強く求めている。 

カブール大学の国際法の専門家、Wadi Safi教授はHRWに対して「全ての裁判は、立会人なしで(殆どが法定代理人もいない)非公開で行われたものである」 

「しかも、地方裁判所では被告人が(自分に有利な)証言を述べさせてもらえないのが普通だ」と話した。 

HRWも同教授の意見を支持した。ピアソン氏は「死刑裁判だけでなく多くの刑事裁判で正当な法の手続きが行われていない」と語った。 

一方、これらの批判に対して最高裁の関係者らは「死刑裁判では専門の判事が『透明性の確保された』裁判で審理を行っている」と主張。Abdul Rashid Rashed判事はアフガニスタン裁判所の見直し手続きを求める訴えを撥ね退けた。 

「我々は法律のプロ集団であり、確固たる公正な採決を行っただけである。全ての判決はイスラム法に従って下されるのだ」。 

昨年1月若いアフガニスタン人ジャーナリスト、サイード・パルウィッツ・カムバクシ氏が死刑判決を受けたことを期に近年、アフガニスタンの法制度は非難の的になっている。カムバクシ氏は女性の権利に関するコーランの論議を呼ぶ部分を指摘したインターネットの記事を印刷・配布したことで告発された。もちろん、裁判の内容は明らかにされなかった。 

ピアソン氏は同裁判の違法性を指摘した。「特殊な裁判にも拘らず、カムバクシ氏には弁護士が付けられなかった。彼の家族は、拘留中に彼が肉体的暴行や心理的脅迫を受けた可能性があると訴えている」。 

 (アフガニスタン北部バルク州の裁判所で最初に死刑判決を受けた)カムバクシ氏は現在、カブールに移送されたと報じられている。ハミド・カルザイ政権の関係者は「同氏は間もなく釈放される」と語った。 

HRWをはじめ西側諸国の人権擁護団体が取り上げたカムバクシ氏の裁判は、アフガニスタンの裁判官が過激で超保守的な信仰に基づき判決を下した例として、世界的にも広く報道された(特に、情報発信の手段としてインターネットが大きな役割を果たした)。 

最高裁が示した死刑判決確定の突然の発表は、再び、アフガニスタンの法制度をめぐり国際世論を喚起する結果となった。 

2006年、カルザイ大統領は最高裁に数名の若い新人判事を指名した。彼らは明らかに高齢で保守的なイスラム教徒とは無関係のようであった。また、カルザイ大統領は(保守派のFaisal Ahmad Shinwari氏に代わって)Abdul Salam Azimi氏を最高裁裁判長に任命した。 

最高裁の判事は裁判官の選定および下級裁判所への指令公布など重要な役割を担っている。新たな裁判長の任命は、タリバン崩壊以降、大きな変化を求め続けた政府の期待がAsimi氏の肩にかかっていることを示すものになった。 

「2001年のタリバン政権崩壊以降、莫大な資金が司法制度改革のためにつぎ込まれている。アフガニスタン政府は現在、司法関連の費用として3億6,000万ドルの追加資金を求めている」と、カルザイ大統領は昨年11月の米国訪問の際、USINFOの記者に語った。 

アフガニスタン最高裁による100人の刑事被告人への死刑判決は、同国の死刑制度について様々な議論を巻き起こしている。 

カルザイ大統領は最高裁の発表後の翌日の記者会見で、自分は死刑制度に反対の立場であると述べた。しかし、同政権は死刑執行を現在も実際に行っていることに変わりはない。アフガニスタン憲法では、死刑執行までに大統領の執行命令への署名が必要であると定められている。 

カルザイ大統領は16日の会見で今回の問題に触れた。「タリバンが囚人らの処刑に反対し、国際社会に囚人らの助命を嘆願していると聞いた。彼らにも慈悲があるのだなと感じた」。 

しかし、皮肉にも、27日のカブールで行われた軍事式典ではカルザイ大統領を狙った暗殺未遂事件が起こった。 

一方、HRWはカルザイ大統領に対してこれ以上の死刑執行命令に署名することのないよう強く求めている。 

HRWのピアソン氏は次のように述べた。「カルザイ大統領は即刻、死刑制度を撤廃するべきだ。アフガニスタン、米国、いかなる国であっても我々は断固として死刑制度に反対する」。 

「差し迫った死刑執行などない。もし大統領が『ある権力者』からの圧力に屈すれば、今年15名の囚人が処刑されることになると、アフガニスタンの多くの有識者からHRWに情報が寄せられた」。 

カルザイ大統領の記者会見後、IPSは100人の死刑囚に刑の執行延期が認められるか否かについて検討した。 

マザリシャリフ市のMohammad Usaman検事はIPSとの取材で「アフガニスタンは他国に依存しない独立した国であるため、裁判所の決定は絶対的である。アフガン最高裁は今回の裁判について適切な判決を下したと思う」と答えた。 

また、バルク大学のUstad Norollah教授は「私はこの判決に賛成である。アフガニスタンには同じような罪で罰せられるべき犯罪者が他にもたくさんいる」と述べた。 

一方、(少数派の意見として)ジャーナリズムを専攻する学生Arzoo Gesoは「私は死刑が怖い。かつてテレビで見たが、数日間は眠れなかった。死刑の代替刑として終身刑を導入するべきだ」とIPSとの取材に応じて語った。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩 

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|国連|飢餓で爆発寸前の地域

【国連IPS=タリフ・ディーン】

世界中で食糧の値段の高騰が続き、発展途上の貧しい国は社会的、政治的な騒乱の危機に瀕している。

小麦、米、ソルガム(コウリャン)、トウモロコシ、大豆など主食の値段が急上昇したことが引き金となり、およそ40カ国で動乱が広がると国連は見ている。

ハイチでは先週、食べ物を求める暴動が発生して4人の犠牲者を出した。潘基文国連事務総長は、カリブ諸国のなかで最も貧しいハイチのために緊急支援を世界の援助国に求めた。

ワシントンで週末に行われた各国蔵相会議は、政治・社会の安定にとって現在の国際資本市場の危機よりも、食糧価格上昇の方が大きな脅威だと警告を発した。

国連食糧農業機関(FAO)は「食糧の生産と供給が著しく不足する国」としてレソト、ソマリア、スワジランド、ジンバブエ、イラク、モルドバの6カ国を挙げた。

さらに「食糧不足が広がっている国」として、エリトリア、リベリア、モーリタニア、シエラレオネ、アフガニスタン、北朝鮮を列挙。

 エジプト、カメルーン、ハイチ、ブルキナファソでは基本的食糧の急騰がデモや暴動を引き起こし、インドネシア、コートジボワール、モーリタニア、モザンビーク、セネガルでは燃料と食糧の値上がりで政治社会不安が広がっている。

FAOはまた、家計の50から60%が食糧に費やされる国々では、政治社会不安がいつ起きても不思議でないと警告した。

「基本的な食糧需要を満たすことのできない貧しい人の数が膨大になり、放置されると、多岐にわたって福利が損なわれた人々は要求を『聞き入れてもらう』ために街頭で訴えざるを得ない事態となる」と最近まで世界銀行の国際農業研究協議グループ(CGIAR)でコンサルタントを務めたアーネスト・コレア氏は言う。

IPSの取材に応じたコレア氏は、これは歴史の中で繰り返されてきたことであり、食糧を巡る暴動は程度の差こそあれ幾つかの国で今すでに起きていると述べた。
 
 『CGIARの革命的発展』(Revolutionising the Evolution of the CGIAR)の共同執筆者であるコレア氏は、「暴力は顧みられることのない人々の声」という米公民権運動活動家マーチン・ルーサー・キング牧師の言葉を紹介した。

サンフランシスコに本部を置き、食糧貿易と農業問題について徹底的な研究を行うオークランド研究所のアヌラダ・ミッタル所長はIPSの取材に応じ、「政策担当者は現在の危機をもたらした様々な要因のひとつとして中国、インドなど新興国の需要増加を挙げ、一人当たりの国民所得が高い伸びを示した新興諸国では、食料需要が変化していることを指摘している」と語る。

「また、食糧価格の高騰には燃料や肥料の値上がり、気候変動などの要因に加え、バイオ燃料の増産が槍玉に上がっている。農作物を原料とするバイオ燃料は2006年から2007年の穀物消費増加分の半分を占めることが挙げられている。

反対に無視されていることがある。それは米国、欧州連合など豊かな国が後援する国際金融機関が数十年来、農業自由化を推進し、販売委員会などの国営機関の解体を進め、途上国に輸出用のコーヒー、ココア、綿、花卉などの換金作物に特化するよう奨励してきたことだ」と指摘。

これらの改革は、最貧国を急降下に追い込んだ。「第三世界の市場から関税障壁を取り除き、北側の一握りの国が多額の補助金をつぎ込んだ商品で牛耳って、現地の食糧生産の価値をおとしめた」

この結果、途上国は食糧輸出国から大量輸入国となり、1970年代に食糧輸出で得た10億ドルの黒字が、2001年には110億ドルの赤字に反転した。

「販売委員会の解体が事態を悪化させた」とミッタル氏は言う。販売委員会は従来、商品在庫を管理し、不作のときに放出して価格の乱高下から生産者と消費者を保護していた。

コレア氏は過去数年間の農業投資の不足、農業開発に対するODAの激減を危機の原因とする。

さらに、自然災害と食糧安全保障の基本である農業開発に対する人為的妨害を挙げる。「FAOが『食糧危機』に瀕して支援が必要と指定した37ヶ国のうち、21ヶ国が洪水、旱魃などの異常気象に見舞われている。さらに20カ国では最近の国内紛争あるいは内戦により、多くの国民が国内難民となっている」と指摘。

さらにコレア氏は「人口と収入の増加が食料需要を拡大させている」と言う。

「収入が増えると、食糧消費パターンが変化するのが常だ。たとえば、高収入の人は貧しい人よりも肉を多く消費する。このような傾向が備蓄食糧の家畜飼料化を招いている」とコレア氏は主張する。

さらに、「原油と石油製品が高騰し、米国ではバイオ燃料用の穀物を生産する農家に補助金支給が始まった。これも食品価格高騰の原因だ」とコレア氏は非難する。2008年には米国のトウモロコシ生産量の3分の1が食品加工ではなくエタノールの生産にまわされることになっている。燃料の高騰は、肥料や輸送費など農業関係の価格上昇にもつながっている。

食糧を燃料に加工することについて、途上国から『人類に対する犯罪行為』と非難の声がすでに上がってきている。

コレア氏は、「1960年代、1970年代にアジアとラテンアメリカで小麦生産の飛躍的増大をもたらし、ノーベル平和賞を受賞したノーマン・ボーローグ博士のような農業技術の画期的発明が見られない」と言う。そこで雑穀、自生植物、土着の根菜、塊茎(かいけい)作物などいわゆる『見捨てられた農作物』への注目を促す。これらの作物は米、小麦、トウモロコシなどのような商品性には欠けるものの、『食糧危機』に見舞われる37カ国のうち26カ国において重要な食糧となっている。

IPSがミッタル氏に食糧危機が激しくなると思うかと尋ねたところ、「この危機の原因、そもそも途上国を脆弱化させた原因を無視し続けるなら、状況はさらに悪化するだろう」という答えが返ってきた。さらに『食糧危機』を解決する最善策について尋ねると、ミッタル氏は国内外における幾つかの手段を挙げた。

「第1に、飢餓の拡大を予防するため、セーフティネットと公の配給制度を整備することが欠かせない。資源に乏しい最貧国には、このような制度を整備するための緊急支援を提供しなければならない。

貧しい国の政府を支援するために、援助国は直ちに支援拡大を表明して実行し、国連諸機関の求めに応じるべきだ。

また、貧しい国に西側市場向けの換金作物を奨励するのではなく、小規模で持続可能な農業を行う農家が現地作物を生産し、これを消費するよう開発政策で奨励していくべきだ。

このような『食糧危機』に対抗するためには食糧の在庫と価格調整を国が行い、食糧価格の変動を一定に保つ政策がきわめて重要である。途上国が極めて貧しい農家と消費者を保護するためには、食糧主権の考え方を採用することが必要だ」とミッタル氏は結んだ。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan

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|カンボジア|米国の景気後退が労働搾取工場撲滅運動に影響か

【プノンペンIPS=アンドリュー・ネット】

カンボジアでは繊維産業における労働搾取工場撲滅運動が展開されてきた。しかし米国の景気後退で、他に類を見ないこの実験的試みの先行きが危ぶまれている。 

カンボジアの繊維産業は、70%を米国に輸出している。また繊維産業の輸出は、カンボジアの総輸出高のおよそ80%を占める。産業の雇用数も多く、総人口1300万人のこの国で、100万人が直接・間接的に繊維産業に依存しているとする推定もある。 

「組織的に労働搾取工場の撲滅に取り組む唯一の国として、その成否は重要」と話すのは、プノンペンに本拠を置く作家Rachel Louis Snyderさんである。 

Snyderさんは最近米国で著書『Fugitive Denim: A Moving Story of People and Pants in the Borderless World of Global Trade』を刊行した。カンボジアの章では、カンボジアの対米繊維輸出の割当を労働搾取工場の撲滅に関連づけた貿易協定がカンボジア政府とクリントン政権の間で締結された背景を取り上げている。 

協定により、カンボジアは、労働法の改正、労働組合結成の容認、国際労働機関(ILO)による工場監視受け入れとその結果の公表が義務付けられた。 

Snyderさんによれば「これによりカンボジアは大きな実験場となった。うまくいくかどうか大きな疑問だったが、成功した。産業は成長し、労働・社会保障条件は大幅に改善した」 

この貿易協定は、カンボジアが世界貿易機関(WTO)に加盟した2005年1月に失効したが、米政権は、一定のカテゴリーにおいて中国が一定量以上の繊維製品を輸出できないように一連の暫定的割当を設定した。 

しかし、カンボジアの繊維産業保護のこうした施策も2008年末に終了する予定である。国際基準から見ればまだ未熟なカンボジアの繊維産業が、労働・社会保障条件がカンボジアほど良好ではない中国やベトナムなどの有力産業に圧倒されるのではないかとの危惧が生じている。 

「世界的景気後退の可能性が懸念される時期に、これらの施策が終了される。消費者がより安い衣類を求めるようになるのに。経済的圧力が強まれば、まず労働法と社会保障条件に手がつけられる。カンボジアにとって正念場となる。この素晴らしい実験を失う危機にある」とSnyderさんは述べている。 

カンボジアの労働搾取防止の試みを巡る動向を報告する。 

INPS Japan 浅霧勝浩

|ペルー|発祥地にジャガイモの遺伝資源バンク

【ペルー、クスコIPS=ミラグロス・サラザール】

世界最大のジャガイモの遺伝資源バンクがペルーにある。5,000品種の種子、組織培養、苗木が保存されている。 

1971年にリマでサンプルの収集を始めた非営利団体「国際ジャガイモ・センター」(CIP)に協力する生物学者、遺伝学者、農学エンジニアが、農村地域の助けを得て実験室および田畑で研究を行っている。 

CIPが保存する在来品種4,500種と改良品種500種のうち2,500種以上がペルー在来である。

 「私たちは、これらの有機ジャガイモを私たちの子どものため、家族のために栽培している。化学肥料を使わず、肥やしだけで育てている」。古代インカの都クスコにあるジャガイモ公園協会の副会長マリオ・パコ・ガレゴスさんは、IPSの取材に応えて述べた。 

ガレゴスさんが代表を務めるパラパラ・コミュニティは、CIPに協力して、科学的研究と先住民族の伝統的知識に基づいてジャガイモを保存し、持続可能な使用を保証する協定を2004年に結んだ6つのコミュニティのひとつである。 

この協定に基づき、ジャガイモ公園が創設された。インカの聖なる谷にある公園ではおよそ1万ヘクタールの畑で農民コミュニティが共同で働いている。 

IPSがジャガイモ公園を訪れた時には、パラパラ・コミュニティの農民たちが、IPSの取材に同行するCIPとNGO「アンデス協会」の研究者チームをつるはしと鍬を手に待っていた。種子保存のためのコミュニティの温室を建設するためだ。アンデス協会によれば、ジャガイモ公園には1,200家族6,700人が暮らす。 

 CIPのディレクター、パメラ・アンダーソンさんはIPSの取材に応えて「世界最大のジャガイモのコレクションを保護する責任が私たちにはある。この仕事は終わることはない。農村と協力して、ジャガイモの動的保存も行う。農民たちがジャガイモの多様性を保全できるように彼らの宝であるジャガイモを彼らの手に返すというのがその狙いである」と語った。 

この5年間にCIPは30の高地コミュニティからジャガイモの在来種の25%をウイルスのない状態で「帰還」させた。 

CIPは、8,000年前に栽培品種化され始めた7原種とともに、150種の野生のジャガイモを試験管、冷蔵庫そして畑で保全する。 

国連食糧農業機関(FAO)が「地球の食糧安全保障」に貢献する農作物と評価するジャガイモのペルーにおける遺伝子資源の保全について報告する。 (原文へ

翻訳/サマリー=IPS Japan浅霧勝浩

|米国|アグリビジネスに搾取される農民と消費者

【ニューヨークIPS=マット・ホーマー】

世界の穀物備蓄量が記録的な少なさになり、食物価格は各地で高騰している。この原因はいったいどこにあるのだろうか。

欧米では工業的農業の手法が定着している。この手法は確かに作物の生産量を増やすことはできるが、その代わりに、アグリビジネスによる独占と環境破壊という問題を引き起こしている。

先日発表された「開発のための農業科学技術国際評価」(IAASTD)の最終報告書では「巨大なアクターが食物の生産・加工・販売に圧倒的な影響を与えている」と評価されている。このために農家と消費者との関係が切れてしまうと同時に、巨大ビジネスが利益を独占する結果となっている。

 農業問題の専門家ラージ・パテル氏によると、この20年間で食物生産は毎年平均2%伸びているにもかかわらず、農民の収入は4割減ったという。また、全米農民同盟(NFU)の推計によると、米国の消費者が食物のために支払う1ドルのうち農民や牧畜業者の手に渡るのはわずか20セントである。その他の部分は、加工・流通・小売業者が手にする。

ミズーリ大学のメアリー・ヘンドリクソン氏の研究によれば、米国におけるアグリビジネスの影響力はとみに増している。大豆の粉砕においては上位4社が市場の80%を独占し、小麦製粉では上位4社が60%を独占している。

また、種子供給ではトップ2社が市場の58%を占め、食料小売部門の約半分はわずか5社が抑えている(ウォルマート、クローガー、アルバートソンズ、セイフウェイ、アホルド)。
 

このような市場の寡占状態は消費者にとって決してよい結果を生まない。競争がなくなって企業が食物価格を不当に釣上げることができるからだ。

消費者だけではなく農民も巨大アグリビジネスに支配されることになる。たとえば、農民は種子や肥料の入手に関して巨大企業に依存せねばならない。種子の知的財産権をこれらの企業が保有している場合、農民は種子を貯蔵しておくことを許されず、翌年新しい種子を買いなおすことを迫られる。

こうしたアグリビジネスの独占体質は、みえない外部環境を破壊することによってしか成立しえない。水資源の浪費、肥料の大量使用による土壌の破壊、モノカルチャーの推進による生物多様性の喪失など、さまざまな問題が発生している。

多くの科学者らは、現在のような手法を採らなくとも、伝統的な農法と近代的な農法を組み合わせることでじゅうぶんな量の食物を確保できると考えている。また、これによって、食物価格も下げられるし、環境への負荷も小さくなる。

まず何よりも、アグリビジネスの影響力を抑えて農民の手に決定権を取り戻すことが必要だ。それが多くの人々の結論である。(原文へ

翻訳=山口響/IPS Japan浅霧勝浩

│ネパール│毛派の国づくりは成功するか(クンダ・ディキシット)

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【IPSコラム=クンダ・ディキシット『ネパーリ・タイムズ』の編集長】

毛沢東は中国で死んだが、ネパールで甦った。ヒマラヤの毛派は武器の力ではなく、投票によって政権をとったのである。 

ネパールの毛派は、君主制の打倒を目指して1996年から2006年にかけて戦ったが、2年前に停戦に合意し、今年4月10日の制憲議会選挙に向けて準備を進めてきた。結果は、予想以上に毛派が勝利を収めた。

 ネパールから私たちが得た教訓とは、10年間にわたる内戦と1万5000人の殺害によって毛派が達成できなかったことを、非暴力的な選挙によって得ることができた、という事実である。 

国外の人びとにとっては、信頼を失ったイデオロギーになぜネパールの国民は賭けたのかといぶかしむ向きもあるかもしれない。しかし、選挙での毛派の勝利は、ネパールの国民すべてが毛派であるとか、彼らがもうひとつの「人民共和国」を目指しているとかいったことを意味しない。 

人びとが毛派に投票したのは変化を望んだからであり、他の民主諸政党の無能さに飽き飽きしていたからである。ネパールの貧困層は、自分たちの生活レベルを引き上げてくれそうな政党に賭けた。また、停戦に合意した毛派に報いたという側面もある。 

他方で、毛派のプラチャンダ書記長は、暴力をいまだに明確に否定していない。マハト財務大臣が選挙での勝利から2日後に毛派幹部によって殴打された事件は、毛派がいまだに暴力と脅迫に訴える政党であるとのイメージを植えつけた。 

毛派には、君主制の廃止、毛派軍と政府軍の統合などの課題が待っている。 

より長期的には、どんな政治体制を選択するのか(連邦制?)、国内103の民族集団の処遇をどうするのか、といった課題がある。 

アジアでも最も貧しいネパールでは人びとの期待はきわめて高く、国家再編の課題は容易には実現されない。人びとが自分たちの生活が向上したと感じられなければ、選挙で勝利した毛派の歓喜はすぐかき消されてしまうことになるだろう。 (原文へ

翻訳/サマリー=IPS Japan 

*クンダ・ディキシット氏は、『ネパーリ・タイムズ』の編集長・発行人で、元BBCラジオ国連特派員、元インタープレスサービスアジア・太平洋総局長。

|タンザニア|ゆりかごに辿り着くまで


【ダルエスサラームIPS=サラ・マクレガー】

「医者は卵管が細いといって、薬をくれました。でも、子どもが死んだのは近所のまじない師のせいだったと思います。」と、かつて3人の赤ん坊を続けて亡くした母親がIPS記者に語った。現在彼女は、10代の子どもが4人いる。 

2005年の統計によると、タンザニアの乳幼児死亡率は、15年前の24%にまで減少した。しかし依然として年間14万7千人の子どもが5才になる前に、さらに、その3分の1は生まれて間もなく死亡している。それは1000人に112人という比率である。

 また、2000年に世銀が発表した資料によると、10万人の新生児に対し、1500人もの妊産婦が出産前後に死亡している。その10年前は770人だったので、悪化したことになるが、04―05年の調査では578人に減少した。国連の2000年の数字を見ると、世界の平均で妊産婦死亡率は10万人に400人、富裕国では20人である。 

ミレニアム開発目標(MDGs)の4番目には、5才児未満の死亡率を3分の2にすること、5番目には妊産婦死亡率を4分の3にすることが掲げられている。 

 今週タンザニアを訪問した、ノルウェーのイェンス・ストルテンベルグ首相は、これらの目標達成のための国際的なイニシアチブ『Deliver Now(今こそ、出産)』を推進している。 

今週タンザニアの当局は、新しい政策を打ち出し、ジョカヤ・キクウェテ大統領は、『Deliver Now』に沿って、国の厚生予算の15%を投入すると述べた。 

子どもと妊産婦の死亡は、複合的原因による。人口3800万人のうち3分の1が1日1ドル以下の生活にあり、HIV罹患率は成人の6.5%である。さらに、安全な飲み水、衛生、十分な栄養が得られないために、子どもの多くは結核や下痢、母親たちはマラリア、貧血、エイズで、死に至る。違法な堕胎によっても、命をおとす女性がある。 

さらには、アフリカの国ではよくあることだが、近代医療よりも土着旧来のやり方で健康問題に対処しようとするため、有資格者が立ち会う出産は半分以下である。多くの場合、医療施設まで遠く、交通手段もない。病院には薬や器具が不足しているし、人材も乏しく、例えば英国では、440人に1人の医師がいるが、タンザニアでは2万人に1人である。 

専門家は、ワクチン接種やビタミン剤配布のような、コストのかからない手段によっても、死亡率を減少させることができると言う。 

平均6人の子どもを持つタンザニアの母親たちが抱える危険について、新たな対策が講じられつつある。(原文へ) 
 
翻訳/サマリー=IPS Japan浅霧勝浩

|アフガニスタン|グローバル危機、食糧暴動の引き金に

【カブールIPS=アナンド・ゴパル】

アフガニスタン全土で、食糧価格高騰による不満が燻っており、関係者は、このままでは数百万人が餓え、社会不安の引き金になるのではないかと危惧している。今年に入り、小麦の価格は約2倍に達した。米の価格も昨年既に38パーセント増加している。

東部の町ジャララバードでは今週、市民がカブールに通じる高速道路を封鎖し、政府に食料品の価格統制を要求する騒ぎが起こった。また北部のクンダズおよびカブール郊外では、商人達が小麦の盗難に悩まされている。

 多くの市民が価格高騰は政治家の責任と非難している。政府担当官の努力が必要なのは言うまでもないが、食糧問題はアフガン政府の政策を超えた問題でもある。アフガニスタン調査政策研究センターのハローン・ミル氏は、「食糧不安の背景には国内および国際的要因がある。国内農業復興の努力にも拘わらず、食糧の殆どは隣国のパキスタン、イランから輸入している。そのため、食糧市場は供給に左右されやすい」と語る。

パキスタンは最近国内市場の保護のため輸出の削減を決定。これによりアフガン国内の価格は更に上昇したため、同国に対するアフガニスタン市民の不満が高まった。ジャララバードの騒動でも、政府に対する抗議と共に反パキスタンのスローガンが叫ばれていた。

専門家は、戦争および麻薬も国内の食糧供給減の原因になっていると語る。最も肥沃な土地は採算性の高いケシの栽培に使われ、地雷の埋まった土地を農耕に使用することはできない。

しかし、アナリストは、最も大きな原因は国際的要因という。約400人の科学者で構成される農業科学技術国際評価(IAASTD)は、最近の報告書の中で、「近代農業により食糧生産は大幅に増加した。しかし、その利益は公平に配分されておらず、耐えがたい価格を生み出している」と述べ、貿易や補助金システムの変更に強硬反対している先進国を批判している。

アフガニスタン政府は今週、緊急輸入予算として5千万ドルを割り当てると発表したが、市民の多くは、必要なのは価格統制だとしている。アフガニスタンの食糧危機について報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=IPS Japan浅霧勝浩


|コンゴ民主共和国|戦禍にまみれ、ようやく訪れた静けさ

【ボゴロIPS=マイケル・ダイバート】

52才の農民マシュー・ニャクファさんは、2003年2月のある朝に起こった出来事をこう振り返る。「連中は銃やナタ、槍や矢で人間を殺していた。人がこっちの方向に走ってくるのが見えて自分も逃げたんだ。でも、3人の子供が家の中で殺されてしまった」。

イトゥリ地方の中央に位置するここボゴロで、この時推定200人が虐殺された。ヌギティ族・レンドゥ族が中心となった武装集団「イトゥリ愛国抵抗軍」(FRPI)がかやぶきの屋根と土壁で作られた家々を破壊し人々を殺して回ったのだ。ボゴロはゲゲレ族・ヘマ族が中心の「コンゴ愛国者同盟」(UPC)の根拠地であった。

ボゴロの虐殺は、金や木材などの天然資源が豊富なイトゥリ地方で数多く起こった殺害行為のひとつである。ウガンダやルワンダも介入したこの内戦は、1998年から2003年まで続いた。

 中心的だったのは、レンドゥ族とヘマ族の争いである。両民族は、ベルギーによってコンゴが植民地化される以前、互いに共生していた。農耕民族であったレンドゥは牧畜民族であったヘマに土地を貸し与えていた。

しかし、1880年代にベルギーによる侵略が始まってからは状況が一変した。ベルギーがヘマを重んじたためにレンドゥの間に不満が募るようになったのである。

1960年にベルギーから独立し、1965年から97年にかけて成立していたモブツ独裁体制の下でも、この状況はそれほど変わらなかった。というのも、モブツ政権下で農地問題を掌握していたカロギ農務大臣がヘマ出身であり、ベルギー植民者が保有していた土地の再分配に際して自民族を優先したからである。

現在のところ、軍縮・動員解除・再統合(DDR)プロセスが進行しかつての軍閥も選挙政治に舞台を移しているため、事態はいちおう沈静化している。

カトリックの聖職者であり、地域における和解を進めることを目的とした「正義と平和のための委員会」の代表でもあるアルフレッド・ブジュさんはこういう。「人々は、自分たちが操られて特定の人間の利益のために使われていたことに気づいたのです。この状況ではすべての人間が敗者であることがわかったのです」。
 
 他方で、元軍閥指導者たちへの裁きが進行しつつある。昨年10月に逮捕されたFRPIの指導者ジャーメイン・カタンガ氏は、国際刑事裁判所(ICC)において戦争犯罪と人道に対する罪に関して裁判を受ける予定だ。さらに、レンドゥ系「民族主義統合主義戦線」(FNI)のマシュー・ヌグジョロ氏、UPCのトーマス・ルバンガ氏も裁判を待っている。FNIのフロリバート・ヌジャブ氏もキンシャサで身柄を拘束されている。

これについて、FNIのシルベスター・ソンボ氏はこう語る。「もしイトゥリに平和が訪れるとすれば、それは国際レベルや地域レベルで裁判が行われるためではない。イトゥリの子供たちが自ら平和を作り出す方法を見つけ出すためだ」。

FRPIの部隊が散発的に政府軍と戦闘を繰り広げていたり、ウガンダの利害関係者が資源利権がらみで軍閥に支援を続けているなど、好ましくない動きもいまだにある。

しかし、10年近くにわたる激しい内戦を経て、人々は、大規模な戦闘を避けることにもっとも強い関心を注いでいるようである。

コンゴ民主共和国における内戦の歴史とその後処理の問題について報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=IPS Japan

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