【東京INPS Japan=浅霧勝浩】

東京・戸田記念国際平和会館の上映室が静まり返る中、カザフスタンの映画監督で人権擁護活動家のエイゲリム・シチェノヴァ氏が黒いTシャツと緑のスカート姿で壇上に立ち、31分のドキュメンタリー作品『ジャラ ― 放射能の下の家父長制:カザフスタンの女性たち』を紹介した。この上映会は、「カザフ核フロントライン連合(ASQAQQNFC)」、創価学会平和委員会、ピースポートが共催、核兵器をなくす日本キャンペーンが後援して開催された。
この会館自体が、日本の平和運動の象徴的な存在である。ここは仏教団体・創価学会の戸田城聖第2代会長の名を冠している。1957年、戸田会長は5万人の青年の前で「原水爆禁止宣言」を発表し、以後、創価学会の平和・軍縮運動の道徳的支柱となった。|ENGLISH|ARABIC|HINDI|
女性たちの声を取り戻すために

「この映画は、長く沈黙を強いられてきた女性たちの声を可視化するために作りました。彼女たちは被害者ではなく、語り手であり、変革者です。」とシチェノヴァ氏は、外交官、記者、学生、平和活動家らが集う会場で語った。
『ジャラ(カザフ語で傷という意味)』というタイトルの通り、この映画は、ソ連時代の1949年から1989年の間に456回の核実験が行われたセミパラチンスク(現セメイ)の女性たちの物語を描く。
従来の作品が核実験の肉体的被害を映し出してきたのに対し、映画『ジャラ』は、見えない世代間の傷―烙印、心の痛み、そして母になることへの恐怖―を静かに問いかけている。
「多くの映画がセメイを“地球上で最も被爆した場所”として描いてきました。私は恐怖ではなく、レジリエンス(困難を乗り越える力)を描きたかった。自分たちの声で、自分たちの物語を取り戻すために。」と彼女は言う。
沈黙を破るということ

シチェノヴァ氏にとって、この問題は屈辱的な経験から始まった。
カザフスタン最大の都市アルマトイの大学に入学した際、自己紹介で「セメイ出身」と言うと、同級生に「尻尾があるのか」とからかわれたという。
「その瞬間が今でも忘れられません。核兵器の被害は肉体的なものにとどまらず、偏見や沈黙という形でも今も生き続けているのだと痛感しました。」
この体験が、沈黙を破る映画を制作する原動力となった。
家父長制と核権力構造
映画『ジャラ』に登場する女性たちは、無力な被害者ではなく、地域社会で、差別や沈黙の文化に立ち向かう主体的な存在として描かれている。
「軍事化した社会では、核兵器は他を支配する力の象徴とされます。一方、平和や協調は“弱さ”、つまり“女性的”と見なされます。そうした思考こそ、私たちが変えていかなければならないのです。」とシチェノヴァ氏は語る。
彼女のフェミニズム的視点は、核兵器と家父長制の共通構造―支配と他者への力の行使―を結びつけて分析している。
カザフのステップから世界へ――連帯の旅路
放射線被曝の影響を受けた家系の三世代目として生まれたシチェノヴァ氏は、沈黙の中で耐え続けてきた人々の姿こそ、自らの活動の原点だという。
2018年には、カザフ政府主催の「Youth for CTBTO/GEM国際青年会議」に参加。核保有国・非保有国・核依存国の若者たちとともに、専門家らと夜行列車でカザフスタンの首都アスタナからクルチャトフへ向かい、旧核実験場を視察した。(左のドキュメンタリー参照)
「初めて、(悲劇や試練を含む)自分たち民族の歴史を形作ってきた不毛の大地を目の当たりにしました。」と振り返る。
数年後、映画『ジャラ』の撮影で再びセミパラチンスク旧核実験場の爆心地に立ったとき、それは彼女にとって、沈黙を抱えた記憶への静かな抵抗でもあった。

彼女は、トグジャン・カッセノワの『Atomic Steppe』や、レイ・アチソンの『Banning the Bomb, Smashing the Patriarchy』を、核政策とジェンダー不平等の関係を言語化する上での重要な書として挙げている。
共有された苦しみ、共有される希望

2024年10月、シチェノヴァ氏は長崎で開催された第24回「核戦争防止国際医師会議(IPPNW)」世界大会に参加し、広島・長崎の被爆者たちと出会った。
「日本とカザフスタンは、核被害という共通の経験を持っています。けれども、その痛みを対話へ、そして平和へとつなげることができるのです。」と彼女は語る。
東京の上映会でも、外交官やジャーナリスト、平和活動家が、核の正義、ジェンダー平等、若者の役割について意見を交わした。
痛みを力に変える

シチェノヴァ氏は、自らが設立した「カザフ核フロントライン連合(ASQAQQNFC)」を通じて、核被害地域のコミュニティと核兵器禁止条約(TPNW)の実施に携わる政策担当者を結ぶ活動を続けている。
「核の正義を求める闘いは、過去のものではなく、未来のための闘いです。もう誰も、核兵器の犠牲を背負って生きることがないように。」と語った。
戸田創価学会第二代会長の名を冠した会館に響いた拍手は、かつて核を断罪した同会長の言葉と、(放射性降下物を帯びた)風に傷ついたセメイの大地を結ぶ共鳴となった―そこから、女性たちの声が静かに立ち上がり始めている。

This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International, in consultative status with the UN’s Economic and Social Council (ECOSOC).
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