【ベルリンIDN=ラメシュ・ジャウラ】
「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならないことを確認する」―1月3日に中国、フランス、ロシア、英国、米国の5核大国が共同声明で誓った内容である。加えて5カ国は、核保有国間の戦争を回避し、戦略的リスクを低減することが、我々にとって最も重要な責務だと述べていた。この5つの核保有国は、国際の平和と安全の維持に主要な責任を担っている国連安全保障理事会の常任理事国(P5)でもある。
P5が、「すべての国家の安全保障が損なわれずに『核なき世界』を実現するという究極の目標に向け、全ての国と協力して、軍縮の進展に資する安全保障環境を構築する」ことを約束してから3カ月も経たないうちに、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は核戦力の警戒レベルを引き上げる決断をした。
「ストックホルム国際平和研究所」(SIPRI)の2021年版の年鑑によると、米国の5500発に対して6375発という世界最大の核戦力を保有するロシアの決定だけに、このことは重要な意味を持っているという。
国連のアントニオ・グテーレス事務総長がこのロシアの決定を「背筋が凍る局面だった」と述べたのは当然だろう。グテーレス氏は、ウクライナ戦争に関する記者団への発言のなかで、「かつては考えられなかった核衝突の可能性が再び現実のものとなった。」と述べている。
その10日後の3月25日、米政府筋は『ウォール・ストリート・ジャーナル』に対して、ジョセフ・バイデン大統領は、核の脅威だけではなくて、通常兵器や生物・化学兵器などの攻撃に対しても核で反撃し得るとの従来の米政府の立場を踏襲することを決めたと伝えた。
「軍備管理協会」のダリル・G・キンボール会長は、この判断について、バイデン氏は選挙公約から一歩後退したと指摘した。
米政府筋の話として伝えたところによれば、バイデン氏の方針は核攻撃の抑止が核兵器の「根本的な役割」だとしつつ、通常兵器、生物・化学兵器の使用や大規模なサイバー攻撃などの「極端な状況」では核使用の余地を残すものとなっている。
「もしこの報道が正しいならば、バイデン大統領は、核兵器の使用条件をより明確化・限定化するとした2020年の大統領選の公約に反したということだ。核戦争の危機から世界を救う重要な機会を逃したということになる。」とキンボール会長は語った。
バイデン氏は前回大統領選期間中の2020年春、外交専門誌フォーリン・アフェアーズに寄稿した論文で、「米国が核兵器を保有する『唯一の目的』は、『核攻撃を抑止し、必要なら報復する』ことあるべきだ」と主張。「大統領として、米軍や我が国の同盟国と協議しながら、その信念を実務に変える努力をしたい。」と述べていた。
キンボール会長は、プーチン氏による破壊的なウクライナ戦争、核による威嚇、対NATO戦で核兵器を先制使用するオプションを保持するロシアの政策は「非核脅威に対して核兵器使用の脅しをかけることがいかに危険であるかを明確に示した」と語った。これはまちがいなく、「核兵器について、冷戦時代の危険な考え方から急速に脱却する」ことが必要であることを強調している。
「バイデン氏は核兵器の役割を有意義に狭める機会をとらえることができず、『核態勢見直し』(NPR)を通じて、非核脅威に対して核兵器先制使用の脅しをかけるロシアの危険な核ドクトリンから米国の核政策を隔てることに失敗した。」とキンボール会長は付け加えた。
「核兵器先制使用の脅しや使用ついては、もっともらしい軍事的シナリオも、道徳的に弁解できる理由も、法的に正当化できる根拠など、全く存在しない。」
キンボール会長は、レーガン、バイデン、ゴルバチョフ、さらにはプーチンという歴代の大統領は全員、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」と述べてきたと強調する。「核兵器が核保有国間の紛争でひとたび使用されたら、核報復や全面的な核交戦へとエスカレートしないとの保証はない。」
「軍備管理協会」はバイデン政権に対して「同政権の核の宣言政策がロシアの危険な核ドクトリンといかに異なり、いかなる状況であれば1945年以来初めての核兵器使用に意味があると考えているのかを説明するよう強く求める」とした。1945年、米国は世界で初の原子爆弾を広島・長崎に投下している。
「軍備管理協会」のシャノン・ブゴス上級政策研究員は、「バイデン政権の次の核態勢見直し(NPR)では、米国とロシアの核備蓄を検証可能な形でさらに削減することを積極的に追求し、中国や他の核保有国と軍縮協議に入ることを目指すという米国のこれまでの公約を再確認すべきだ」と述べた。
ブゴス氏は「わずか数百発の米国あるいはロシアの戦略核によって、他方の軍事能力を破壊し、数多くの無辜の民を殺戮し、地球上に気候の壊滅的な変化をもたらすことができるという恐るべき現実がある。」と指摘したうえで、「核兵器先制使用に関して曖昧性を維持することは危険かつ非論理的で不必要だ。」と警告した。
「アクロニム軍縮外交研究所」のレベッカ・ジョンソン所長は「オープン・デモクラシー」誌への寄稿のなかで、「核戦争が可能だという考えになぜ戻ってしまったのか。なぜ『核抑止』はこの事態を止めることができなかったのか。次はどうなるのか。」と問うている。
「まず最初に理解すべきことは、抑止はほとんどの防衛戦略の通常の要素であるということだ。抑止とは関係概念であり、核兵器に付与された魔法のような属性ではない。抑止戦略の成功・失敗の鍵を握るのは意思の疎通だ。つまり、どのような脅威や兵器を振りかざそうとも、1人以上の当事者が状況や他の当事者のシグナルや意図を読み違えるか誤解するかすれば、抑止は失敗する。しかし、核兵器に依存することは、世界全体を破壊しかねないギャンブルなのである。」
にもかかわらず、核保有国が核抑止政策を手放そうという兆しはない。したがって、インドやパキスタン、イスラエル、北朝鮮からしてみれば、それぞれ156発、165発、90発、40~50発保有している核兵器を手放す理由など見出しがたくなる。
5つの核保有国は1月初め、「核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行う」とした条約第6条の義務を含め、核不拡散条約(NPT)での公約を再確認した。しかし、この約束は果たされていない。
ブリティッシュ・コロンビア大学(バンクーバー)公共政策・グローバル問題大学校リュー記念国際問題研究所の教授で、軍縮・グローバル・人間安全保障問題の責任者であるM・V・ラマナ博士は、軍縮義務はNPT上の核兵器国だけではなくて、その他4つの核保有国にもあてはまると述べた。
1996年、国際司法裁判所は「厳格かつ効果的な国際管理の下におけるあらゆる側面での核軍縮につながるような交渉を誠実に追求し妥結させる義務が存在する」と判示した。この義務はすべての国に適用されるとラマナ博士は指摘した。
現在のゆきづまりを打開するひとつの明らかな方法は、核兵器禁止条約に署名し、数千発に及ぶ自国の核兵器を廃止することだ。ロシアや米国による核兵器配備の威嚇は、まったく有益ではない。
軍備管理の専門家であり、ジェイムズ・マーティン不拡散研究センター(ミドルベリー)のマイルズ・A・ポンパー上級研究員は、ウクライナでの戦争は「世界を核の破滅から遠ざけてきたシステムにとって、さらなる負担にはなったが、決定的な打撃が加えられたわけではない」と見ている。ポンパー氏は、「このシステムは何十年もかけて進化してきたもので、米ロの当局者は相手が核攻撃にどの程度近づいているのかを測る上で役に立ってきた。」と語った。(原文へ)
INPS Japan
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