【ワシントンIPS=レスター・R・ブラウン】
水不足は従来、地域に限定された問題であった。水の需要と供給を調整するのは、一国の政府の役割だった。今、その性格が変わりつつある。国際的な穀物取引の形で水不足問題は国境を超えている。
1トンの穀物を生産するには水1,000トンが必要となる。従って穀物を輸入することで、水を最も効率的に輸入することができる。実際に各国は穀物輸入をもって、水不足を補っている。同様に、穀物先物取引は、水の先物取引とも言うことができる。
地下水が減少すれば、穀物生産量は減る。世界最大の穀物生産国である中国も例外ではない。華北平原では過剰揚水が原因で浅い帯水層の枯渇が広がっている。農民は大深度の化石帯水層(氷河期に長い間かけて蓄えられた地下水:IPSJ)に頼らざるを得なくなっている。化石帯水層には水が補給されることはない。華北平原の一部では、地下300メートルの深さから水を汲み上げる小麦生産農家も出るようになった。
中国の穀物生産量は1998年には史上最多の3億9,200万トンを記録したが、昨年は3億5,800万トン。3,400万トンの減収は、ちょうどカナダ一国の小麦生産量に匹敵する。中国は減収分の大部分を2004年までの膨大な備蓄の切り崩しで補うと共に、700万トンの穀物を輸入した。
実際の食糧消費量と生存の関係が不安定で余裕がないという理由で、インドの水不足はより深刻である。現時点で、インドの主食である小麦と米の収穫量は増え続けている。しかし、これから数年のうちに灌漑用水の不足が技術の進歩では補うことができないほど拡大し、中国で見られたように、収穫量が減少する地域が出てくると考えられる。
中国とインドに次いで、水が大量に不足する国々はアルジェリア、エジプト、イラン、メキシコ、パキスタンである。アルジェリア、エジプト、メキシコの3国は、すでに大量の穀物を輸入している。一方、水不足に見舞われたパキスタンは中国と同様、2004年に突如として国際市場で150万トンの小麦輸入に転じた。輸入量は数年のうちに拡大することが予想される。
西はモロッコから東はイランにいたる中東、北アフリカ地域は、世界で最も急速に成長する穀物輸入市場である。穀物の需要を拡大させる要因は、人口の急速な増加と石油輸出で得た富の増加である。この地域の国々は、水を供給量ギリギリまで使っていて、都市部の水需要の増加は、農業の灌漑用水を減らして補うしかない。
人口7,400万のエジプトは、近年小麦の一大輸入国となり、世界最大の小麦輸入国日本とトップの座を争うようになった。現在、エジプトは穀物供給量全体の4割を輸入に頼っている。ナイル川の水で生産する穀物収量が人口増加に追いつかず、輸入の割合は徐々にではあるが、確実に増加している。
人口3,300万のアルジェリアは、穀物の5割以上を輸入している。すなわち輸入穀物に体現される水輸入が、国内を水源とする様々な用途の水の使用量を凌ぐということだ。輸入への依存が大きいアルジェリアは、世界の穀物が不足して輸入が途絶えるようなことがあれば、きわめて困ることになる。
中東、北アフリカ地域が昨年輸入した穀物などの農産物を生産するのに必要な水の量は、アスワンにおけるナイル川の年間流水量に匹敵する。すなわち、当地域の水不足を補うために、ナイル川がもう1本、輸入穀物の形で流れ込んでいると考えることができる。
石油をめぐる中東紛争は、将来、水をめぐる闘いに代わるだろうと言われている。しかし水の獲得競争の舞台は世界の穀物市場である。この競争に勝ち抜くのは、経済的に強い国であり、必ずしも軍事的に強い国ではない。
穀物の輸入需要が明日はどこに集中するか知りたければ、今日どこで水不足が拡大しているか見定めることが必要である。これまでは、穀物の大方を輸入に頼るのは小国であった。今、私たちは、10億を超える人口の中国とインドで水不足が急速に拡大するのを目撃している。
世界の水消費量と持続可能な水供給量の差は、毎年拡大している。帯水層の枯渇、都市部への水供給は灌漑用水の不足を拡大し、水不足に悩む多くの国々で穀物生産の不足を招く。
拡大する食料需要を満足させるために地下水を過剰に汲み上げると、地下水が枯渇し、将来確実に食糧生産が落ち込む。要するに、多くの国は地下水を持続不能なほど汲み上げて食糧生産を人工的につり上げる「食料バブル経済」となっている。
数十年前に農家が大規模な地下水汲み上げを始めた時点では、過剰揚水の影響は明らかではなかった。地下水利用の利点は、大規模な地表水システムと比べて、農家は必用な時に正確に穀物に水を与えることができ、水を最大限に効率よく利用できることである。地下水は乾季にも利用でき、温帯地域では多くの農家が収穫を倍増させた。
アメリカでは、灌漑用水全体に占める地下水の割合は37%である。残りの63%は地表水である。しかしながら、大穀倉地帯のテキサス、カンザス、ネブラスカ3州は灌漑用水の7割から9割をオガララ帯水層に頼っている。オガララ帯水層は化石帯水層で、水が補給されることはほとんどない。地下水を使った灌漑できわめて高い生産性を上げているということは、とりもなおさず、この地下水が枯渇したときには過度な大打撃を食糧生産に与えるということだ。
どの時点で、水不足が食糧不足に代わるのか?帯水層の枯渇による灌漑用水の損失で、穀物生産の減収がもたらされるのはどの国か?
この問題を上手に要約したのが世界随一の水研究組織である国際水管理研究所(International Water Management Institute:IWMI)のセクラー(David Seckler)氏と同僚の研究員である。「中国、インド、パキスタン、メキシコなど世界でも最大級の人口を抱える国々の多く、また中東、北アフリカのほとんどの国々は、過去20年から30年、地下水資源を文字通りただで使ってきた。今、この貴重な資源の管理を誤ったツケが回ってきた。その結果は、これら諸国にとって壊滅的といっても過言ではなく、その重要性から、壊滅的影響は全世界に及ぶだろう」。
灌漑の拡大により、1950年から2000年の間に世界の穀物収量は3倍になった。従って、水不足で収量が減っても驚くべきことではない。灌漑用水について言えば、多くの国が古典的な「乱獲による減少」状態に陥っている。過剰揚水を行っている国々が、迅速に水使用を控え、地下水位を安定させなければ、食糧生産が落ち込むことは必至である。(原文へ)
レスター・R・ブラウンは地球政策研究所(Earth Policy Institute)代表であり『Plan B 2.0: Rescuing a Planet Under Stress and a Civilization in Trouble(ストレス下にある地球と問題を抱える文明を救うB2.0プラン)』の著者。
翻訳=IPS Japan
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