SDGsGoal16(平和と公正を全ての人に)軍拡競争と新たな冷戦への途上か?

軍拡競争と新たな冷戦への途上か?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】

ちょうど1年前、コロナ禍初期の2020年3月23日に、アントニオ・グテーレス国連事務総長は世界的停戦を呼びかけた。彼は、「今こそ力を合わせ、平和と和解に向けた新たな努力を行うべき時だ。そこで私は、今年末までに世界的停戦を実現できるよう、安全保障理事会を中心に一段と強化した国際努力を求める。……世界は、全ての『ホットな』紛争を止めるために全世界的な停戦を必要としている。同時に私たちは、新たな冷戦を防ぐためにあらゆることをしなければならない」と述べた。彼の緊急アピールは、無視されたままである。イエメン、シリア、リビア、エチオピア、そのほか多くの場所で続いている紛争、その紛争への武器供給、かつてないほど膨れ上がった軍事費、にわかに景気づいている武器産業、ほぼ皆無の軍備管理交渉、激化する地政学的対立に目を向けると、「平和と和解に向けた新たな努力」の対極に見える。われわれは、新たな軍拡競争と、おそらくは新たな冷戦のとば口に立っている。(原文へ 

コロナ禍の勃発は実のところ、警鐘であり、世界的協調への要請である。この危機は、国レベルでは解決することができない。コロナ禍の経済的影響を受けて、多くの国々で景気が悪化し、公的予算の負債が増加した状況では、軍事費の戻し入れを期待してもおかしくない。コントラストは、これ以上ないほど明確である。

2021年3月の全国人民代表大会で、習近平中国国家主席は軍に対し、「安全保障がますます不安定化する状況」において常に準備を整えておくよう要請した。中国の軍事費は過去10年間で2倍以上に増加し、今後も増加し続けると思われる。その1週間後、イェンス・ストルテンベルグ NATO事務総長は、「2020年に防衛費は6年連続で増額となり……2020年は2019年と比較して実質3.9%の増加となった」と誇らしげに発表した。リストの圧倒的トップに位置する米国は、2020年に、ライバルと目する中国とロシアの防衛費を合わせた額の3倍近くを支出した。ロンドンの国際戦略研究所が2021年3月に行った調査は、コロナ禍にもかかわらず、軍事費が世界中で過去最高額を記録したことを裏付けた。ボリス・ジョンソン英国首相が言うところの、懐古主義的な「過去最高の防衛費による[……]グローバル・ブリテン」も、他の多くの国々と同様、軍事力を背景にした戦略地政学的外交政策に依存している。英国政府はトライデント用備蓄核弾頭数の上限を引き上げ、180発から260発に増やすことを計画している。これにより、30年かけて徐々に進められた核軍縮プロセスは終わる。1990年代初め以降、全世界の所得に対する軍事費の割合が今ほど高くなったことはない。現在の傾向を考えると、今後さらに軍事費の割合は高くなると予想される。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の新たな調査によれば、武器移転も高水準にとどまっている。米国が依然として最大の武器輸出国であり、全世界に占める割合を37%に拡大し、96カ国に輸出している。米国の武器輸出のほぼ半分が中東向けであり、イエメン内戦で中心的役割を果たしているサウジアラビアが米国からの輸出の4分の1を受け取っている。米国の武器輸出は前報告期間から増加し、その結果、米国と武器輸出額第2位のロシアとの差が広がった。ロシアはいささか気分を害したようで、国営防衛企業ロステックがSIPRIの統計の手法を批判した。世界の輸出額に占めるロシアの割合は、実際にはSIPRIの報告より高いとロステックは主張した。フランスとドイツはいずれも、報告期間中に主要な武器の輸出額を大幅に増やし、輸出額が減った中国を第5位に押しやった。

武器輸出の大部分が危機地域、特に中東に売られているのは驚くべきことではない。危機が世界の武器取引を促進している。世界最大の武器輸入国はサウジアラビアであるが、他の中東諸国も輸入大国である。エジプト、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)、そして、イスラエルとNATO加盟国トルコもそうである。これには、中東の不安定さとともに、地域紛争や地政学的紛争、戦略的利害関係が反映されている。形式上は抑制的な武器輸出規制があるドイツでさえ、大量の武器をサウジアラビア、エジプト、UAE、カタール、さらにはアルジェリアに輸出している。いずれも、民主主義や人道主義の価値(ドイツの武器輸出における判断基準とされるもの)を重視しているとはいえない国々である。

大手武器製造企業は、主に米国、西欧、ロシア、中国に所在しているが、南の発展途上国においても武器産業は徐々にその存在を拡大している。武器製造企業の大躍進は、武力近代化を図る巨額投資の結果である。高所得国の政府は特に、人工知能、自動戦場管理システム、無人ドローン、軍用可能な宇宙技術などの最新技術に投資しているが、核兵器および運搬システムの近代化にも投資している。このような傾向は特に憂慮すべきことである。なぜなら、軍拡競争を阻止する本格的な軍備管理イニシアチブが存在していないからである。

われわれは、バイデン新政権に強力なイニシアチブを期待できるだろうか? 希望の兆しはいくつかある。イラン核合意への復帰や北朝鮮に対する慎重な働きかけであるが、今のところどちらも成果が得られていない。中国との関係は、貿易摩擦が大きな影を落としており、前途洋々とはいえない。雰囲気は対立的である。バイデン政権は「アメリカ・ファースト」から脱却し、欧州とアジアにおいてないがしろにされてきた同盟関係を再構築することに熱心である。そこには、中国の強引な、時に攻撃的な外交政策や、領土問題の解決に用いられる恐れもある強力かつ近代的な軍事力の開発に対する危惧がある。

暗澹とした傾向が見られるが、グテーレス国連事務総長は2020年3月の呼びかけを声高に繰り返すべきである。国連は交渉の場である。その一方で安全保障理事会そのものに問題が内在していることは明らかであり、したがって、国連はそれを解決するべき場である。安全保障理事会の五つの常任理事国は、13,400発の核弾頭のうちほぼ全てを保有し、武器取引の4分の3以上を占め、世界の軍事費の60%以上を占めている。それはたやすいことではない。しかし、東西冷戦時代、相互破壊の差し迫った脅威は今よりいっそう暗澹とした、危険なものだった。バイデン政権が安全保障政策における核兵器の役割縮小を検討している今こそ、そのような国連イニシアチブと「一段と強化した国際努力」を行うべきであろう。現在の傾向が逆転すれば、コロナ禍、気候変動、世界的貧困といった真の世界的問題に対処するために資源を使うことができるようになるだろう。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRIの科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。

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