韓国の労働倫理を、ネパール人労働者の現実から描くドキュメンタリー
【カトマンズNepali Times=シュリスティ・カルキ】
ネパールでは、人びとが移住を始めた時代から、農村から都市へ、そして国外へと向かう移動の歴史が、音楽や詩に映し出されてきた。ドホリの掛け合い歌から民謡、ガンダルバの吟遊詩、故郷や家族への思慕を歌う歌まで、その表現は多岐にわたる。|ENGLISH|
ネパール人は、愛する人との別離の痛み、新しい世界に溶け込む苦闘、遠い異国で戦い命を落としたグルカ兵、そして英領インドの「ムグラン(異郷の出稼ぎ先)」で働いた労働者たちについて詩を書いてきた。
おそらく、すべてのネパール人の心には詩人が宿っているのだろう。あるいは、郷愁を芸術へと昇華したいという願いは、人間に普遍的なものなのかもしれない。
韓国で働くスニル・ディプタ、ディリップ・バンタワ、ジワン・カトリもまた、移民としての現実を詩に託すネパール人の伝統を受け継いでいる。
彼らの詩は、現在韓国で働く、あるいはすでに帰国したネパール人たちの作品とともに、『Yo Machineko Sahar Ho(これは機械の街だ)』と題する詩集として出版された。
この詩集に着想を得て、キム・オクヨン監督(右下の写真)は、2025年の胸を打つドキュメンタリー『In the Land of Machines(機械の国で)』を制作した。同作は、ジワン、ディリップ、スニル、そして彼らと同じネパール人労働者たちの物語を描いている。2026年の KIMFF で上映されるこの作品は、大衆メディアがしばしば描く美しく先端的な技術の楽園としての韓国と、労働者たちが日々直面する現実との鮮烈な対比を観客に突きつける。

スニルはキノコ栽培用の培地工場で働き、何時間も有機物を混ぜ、袋詰めする作業に従事している。仕事を始めるとすぐ、彼は頭からつま先まで粉じんに覆われる。昼休みになると、ポケットからビニールで何重にも包んだ携帯電話を慎重に取り出し、故郷にいる妻と、まだ一度も会ったことのない幼い娘に電話をかける。
ディリップが故郷に電話をかけると、娘はうれしそうに「BTS を知っている?」と尋ねる。彼は笑顔でうなずく。K-pop のミュージシャンたちが巨大なデジタル広告板からほほ笑む華やかな都市から遠く離れ、ネパールでは教師だったディリップは、韓国の農村で牛の世話をする孤独な仕事に就いている。今では、世話をする牛たちに深い愛着を抱くようになった。
ジワンは板金工場で働くネパール人労働者の中で最古参であり、同僚のネパール人と雇用主の間をつなぐ役割を担っている。しかし、ネパールで放送に携わっていた過去を忘れたわけではない。現在も韓国のネパール人ディアスポラについて取材し、国営ラストリヤ・サマチャル・サミティ通信を通じて故郷に発信している。
故郷から数千キロ離れた地で、彼らは詩を通じて友情と共通の基盤、そして連帯を見いだしてきた。時間が許せば直接会い、あるいはビデオ会議で、韓国で働く、またはかつて働いていたネパール人仲間とつながり続けている。
韓国での彼らの生活は、自らの経験を記録する詩の背景となっている。なかでも胸を打つのは、ネパールで得た学位を家畜の世話と引き換えにしなければならなかった当初の屈辱、傷んだスーツケースと狭い部屋の中に押し込められた生活、そして外国人に対する雇用主の冷酷な扱いを詠んだ作品である。
詩は画面上で英語と韓国語に訳されるが、言葉に込められた衝撃や微妙なニュアンスの一部は、翻訳の過程でどうしても失われてしまう。
ドキュメンタリーには、韓国で働く中で命を落としたネパール人たちについてジワンが取材する場面も織り込まれている。死因は事故、自殺、睡眠中の突然死などさまざまである。
ネパール人労働者たちの経験は、韓国の急速な戦後経済発展と、同国特有の階層的な社会文化が結びつき、感情を排した、容赦のない、ひたすら効率を求める労働倫理を生み出してきたことを浮き彫りにする。そこには、思いやりや人間性のための余地はほとんど残されていない。
「ほとんどの韓国人は、外国人を機械のように見ている。殴っても痛みを感じないと思っている。私たちの心が傷つき、泣いていることが見えていないのです。」と、あるネパール人労働者は、仲間たちとレストランで集まる場面で語る。
それでも彼らは、絶望の中で、自分たちが頼らざるを得ないこの国の現実を何とか理解しようとする。
「人を機械のように扱わなければ、この国はここまで発展できなかったでしょう。」と、別のネパール人労働者は淡々と言う。「機械は私たちに苦痛を与える一方で、機会も与えてくれるのです。」
だからこそ、ジワン、ディリップ、スニル、そして彼らの仲間たちは、翌日もまた職場へ向かう。韓国経済というエンジンを動かす歯車として。そして、小さなアパートの部屋では、空白のページが彼らを待っている。そこに、つかの間の安らぎがある。

シュリスティ・カルキは『Nepali Times』の記者。2020年にインターンとして同紙に加わり、カトマンズ大学芸術学部を卒業後、編集部の正規メンバーとなった。政治、時事問題、芸術・文化を取材している。
INPS Japan/Nepali Times
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