【東京IDN=池田大作】
広島と長崎への原爆投下から、まもなく77年を迎える。
しかし、いまだ核廃絶に向けた本格的な軍縮が進んでいないばかりか、核兵器が再び使用されかねないリスクが、冷戦後で最も危険なレベルにまで高まっている。核兵器に対し、“決して使用してはならない兵器”として明確に歯止めをかけることが、まさに喫緊の課題となっているのだ。
本年1月3日、核兵器国であるアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の首脳は、「核戦争の防止と軍拡競争の回避に関する共同声明」を発表していた。
そこでは「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との精神が確認されていたが、世界の亀裂が深まった現在の情勢においても、“核戦争に対する自制”という一点については決して踏みにじる意思はないことを、すべての核兵器国が改めて表明すべきだ。
その上で、核兵器の使用という“破滅的な大惨事を引き起こす信管”を、現在の危機から取り除くとともに、核兵器による威嚇が今後の紛争で行われないようにするために、早急に対策を講じることが求められる。
そこで私は、国連で8月1日から行われる核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議で、以下の内容を最終文書に盛り込むことを、緊急提案として呼びかけたい。
一、1月の共同声明について核兵器国の5カ国が今後も遵守することを誓約し、NPT第6条の核軍縮義務を履行するための一環として直ちに核兵器のリスクを低減させる措置を進めること。
一、その最優先の課題として、「核兵器の先制不使用」の原則について、核兵器国の5カ国が速やかに明確な誓約を行うこと。
一、 共同声明に掲げられた“互いの国を核兵器の標的とせず、また、いかなる国も標的にしない”との方針を確固たるものにするため、先制不使用の原則に関し、すべての核保有国や核依存国の安全保障政策として普遍化を目指すこと。
NPTの枠組みに基づいて最優先で取り組むべき課題として、特に「核兵器の先制不使用」を挙げたことには理由がある。
「核戦争の防止」を追求するといっても、従来のような核抑止政策を維持したままでは、一時的にリスクを低減できたとしても、核の脅威が対峙する構造そのものは残されてしまうからだ。
実際、「核兵器の先制不使用」への方針転換が世界の安全保障環境の改善にもたらす効果には、きわめて大きいものがある。
2年前(2020年6月)に、中国とインドが係争地で武力衝突した時、数十名に上る犠牲者が出る状況に陥りながらも、両国が以前から「核兵器の先制不使用」の方針を示していたことが安定剤として機能し、危機のエスカレートが未然に防がれたという事例もある。
この方針が地球的な規模で定着していけば、核兵器は“決して使用されてはならない兵器”との規範意識が強まり、核軍拡を続ける誘因の減少につながるだけでなく、核の脅威の高まりが新たに核保有を求める国を生むという核拡散という悪循環、負の連鎖を断ち切ることにもつながっていくはずだ。
その上で私は、この方針転換がもたらす影響は、安全保障面での「ポジティブな循環」だけにとどまらないことを強調したい。
世界に緊張と分断をもたらしてきた“核の脅威による対峙”の構造を取り除くことで、核軍拡競争に費やされている資金を人道目的に向けていくことが可能となり、新型コロナのパンデミックや気候変動問題をはじめ、さまざまな脅威にさらされている大勢の人々の生命と生活と尊厳を守るための道が大きく開かれるに違いないと確信するからだ。
8月のNPT再検討会議という絶好の機会を逃すことなく、核兵器国による「核兵器の先制不使用」の原則の確立と、その原則への全締約国による支持、非核兵器国に対して核兵器を使用しないという「消極的安全保障」を最終文書に盛り込むことで、安全保障のパラダイム転換を促す出発点としていくことを強く呼びかけたい。
東洋の箴言に、「人の地によって倒れたる者の、返って地をおさえて起つがごとし」とある。危機を危機だけで終わらせず、そこから立ち上がって新たな時代を切り開くことに、人間の真価はあるといえよう。
NPTの目的は、核の脅威が対峙し合う状況を“人類の逃れがたい運命”として固定することにはないはずだ。
自らの悲痛な体験を通して「核兵器による惨劇をどの国の人々にも引き起こしてはならない」と訴え続けてきた、広島と長崎の被爆者や、核実験と核開発に伴う世界のヒバクシャの声と思いを、同じ地球に生きる人間としてどう受け止め、そこからどう学んでいくのかが、今まさに問われていると思えてならない。
これまでの核抑止政策の主眼は、核兵器の使用をいかに“他国”に思いとどまらせるかにあり、それが核軍拡競争を広げてきた。
その状況から一歩を踏み出して、“他国”の核兵器の脅威に向けてきた厳しい眼差しを、“自国”の核政策がはらむ危険性にも向け直していく必要がある。すべての国が核戦争の防止と核リスクの抜本的低減のために、どのような貢献を為しうるかについて真摯に検討を進めることを呼びかけたい。
その重要な柱となるものこそ、「核兵器の先制不使用」の原則の確立ではないだろうか。(原文へ)
翻訳=INPS Japan
This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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