【ニューヨークIPS= アロン・ベン=メイアー】
過去30年余りを振り返っても、一人の米国大統領にこれほどまで自らの外交・安全保障戦略を賭けた外国首脳はいないだろう。ベンヤミン・ネタニヤフ首相ほど、ドナルド・トランプ大統領に深く依存した指導者はいなかった。|英語版|
トランプ大統領は米国大使館をエルサレムへ移転し、2015年のイラン核合意(JCPOA)から離脱し、ゴラン高原に対するイスラエルの主権を承認した。そして2026年2月には、ネタニヤフ首相が30年以上にわたり米国に働きかけ続けてきた対イラン戦争の口火を切る攻撃に、米国もイスラエルとともに踏み切った。
両者の蜜月関係は揺るぎないものに見えた。しかし、その関係は決して無条件ではなかった。両者の利害が一致していることが、その前提だったのである。
ところが2026年6月、その利害は決定的に食い違った。この決裂は、ネタニヤフ首相が長年目を背けてきた現実を浮き彫りにした。イスラエルの安全保障と自身の政治的延命が相反する局面では、彼は国家ではなく、自らの生き残りを優先するという現実である。
両者の決裂の引き金となったのは、一通の覚書だった。
6月17日、トランプ大統領は、パキスタンの仲介によってまとめられた「イスラマバード覚書」に署名し、自ら開戦を後押ししたイランとの戦争に正式な終止符を打った。
14項目から成るこの枠組みは、レバノンを含むすべての戦線での恒久的な敵対行為の停止、ホルムズ海峡の再開放、イラン港湾に対する米海軍の封鎖解除、イラン産原油輸出への制裁免除を盛り込んでいる。さらに、米国と地域諸国が総額3,000億ドル規模の復興基金を設立し、世界各地で凍結されているイラン資産の段階的解除に向けた交渉を進めることも明記された。
しかし、この合意には、イスラエルが戦争によって達成しようとしていた核心的な目的が欠けていた。
イランの核開発問題をめぐる交渉は後日に先送りされ、弾道ミサイルや地域の代理勢力については何も盛り込まれていなかった。
要するに、トランプ大統領が望んだのは、短期戦によってイランを交渉の場に引き出すことだった。一方、ネタニヤフ首相が望んでいたのは、イランを中東の地域大国として再起不能なほど弱体化させることだった。
戦闘が続いている間、この二つの構想は共存できた。しかし、和平が現実味を帯びた瞬間、両者の両立は不可能となった。
そこでネタニヤフ首相は、この和平を葬ろうと動き出した。
ベザレル・スモトリッチ財務相は、この合意を「イスラエルにとっても自由世界にとっても悪いものだ」と非難した。イタマル・ベン=グヴィル国家安全保障相も、「トランプ氏の合意はわれわれを拘束しない」「イスラエルは米国に従属しているわけではない」と公言した。そしてイスラエル軍は、レバノンへの空爆を続けた。
6月14日、合意文書への署名が数時間後に迫る中、イスラエルはベイルートを攻撃した。これに激怒したトランプ大統領は、直ちにネタニヤフ首相へ電話をかけた。
その電話は、外交儀礼とは程遠いものだった。
トランプ大統領はネタニヤフ首相に対し、「ビビ、気を付けた方がいい。さもないと、近いうちに本当に孤立することになる」と警告した。
さらにその後の電話では、やり取りはいっそう激しさを増した。米政府関係者の説明によれば、トランプ大統領はネタニヤフ首相を「正気ではない」と非難し、恩知らずだと責めたうえで、「私がいなければ、君は今ごろ刑務所にいただろう」と突き放したという。
この最後の一言こそ、すべてを物語っている。
ネタニヤフ首相に残された唯一の政治的命綱は、戦争である。
イスラエルが戦争を続けている限り、選挙は行われない。選挙がなければ、彼は政権にとどまり続けることができる。そして政権の座にある限り、失脚の時まで、自らに対する汚職裁判を先送りし続けることができる。
ネタニヤフ首相にとって、和平は単に不都合なものではない。それは、自らの政治生命を脅かす存在なのである。
米情報機関は、ネタニヤフ首相がトランプ大統領のイラン和平構想を積極的に破綻させようとしているとホワイトハウスに警告したと報じられている。また、複数の分析者は、トランプ大統領が自国の同盟国を相手に仲介役を務めなければならない状況に追い込まれていると指摘した。
戦争を求め続けてきた人物が、今や和平実現の最大の障害となったのである。
そして、世界に向けて示されることになった決定的な場面が訪れた。
6月18日、J・D・ヴァンス副大統領はホワイトハウスの演壇に立ち、近年の米政権がイスラエルに向けたものとしては異例の厳しい叱責を行った。
「ドナルド・J・トランプ大統領は、今この世界でイスラエルに理解を示している唯一の国家指導者である。」
「もし私がイスラエル政府の閣僚なら、自国に残された唯一の強力な同盟国を攻撃するようなことはしない。」
さらに彼は、警告とも脅しとも受け取れる言葉を続けた。
「過去3か月間、イスラエルの本土を守ってきた防衛兵器の3分の2は、米国人の手によって造られ、米国の納税者の負担によって賄われたものだ。」
そして、イスラエルの問題はトランプ大統領にあると考えている者は、「現実を直視すべきだ」と付け加えた。
それは、イランとの和平合意を守るために、イスラエルの空を守る兵器を誰が供給しているのかを突きつける警告だった。
しかし、この警告は聞き入れられず、その代償は膨らみ続けている。
6月19日には、米国とイランの実務者協議がスイスのビルケンシュトックで開かれる予定だった。しかし、その前夜、イスラエル軍がレバノン南部を空爆し、レバノン保健省によれば47人が死亡、多数が負傷した。
イランは、戦闘停止が保証されない限り協議には応じないと主張した。
ヴァンス副大統領は訪問を取りやめ、協議は決裂した。
翌20日、イランは、イスラエルの攻撃は合意違反に当たるとして、ホルムズ海峡を再び封鎖すると発表した。
ヴァンス副大統領が和平合意の維持に奔走する一方で、スモトリッチ財務相は公然とこう述べた。イスラエルは、ヒズボラが武装解除するまで「必要な限り何年でも」レバノン南部に駐留し続け、撤退するつもりはない。そして、この方針には首相も同意している、と。
それは、イスラエル最大の後ろ盾である米国が自らの外交的威信を懸けて築こうとしていた和平を、意図的に妨害するための発言だった。
ここに問題の核心がある。そしてそれは、ネタニヤフ首相、スモトリッチ財務相、ベン=グヴィル国家安全保障相が理解しようとしない点でもある。
イスラエルは、財政面でも、軍事面でも、外交面でも、米国にほぼ全面的に依存している。
ワシントンは、国際社会からの批判を受け止め、国連安全保障理事会で拒否権を行使し、イスラエルの兵器庫を補充し続けてきた存在である。
トランプ大統領自らが署名した和平合意に公然と反旗を翻すことは、大胆な国家戦略ではない。
それは、イスラエルが決して失うことのできない唯一の同盟国に対する侮辱であり、自らの政権維持と国家利益を混同した政府による危険な誤算である。
その影響は、この一件だけでは終わらない。

いま米国が求めているのは、安定した中東、開かれた海上輸送路、そして終わりなき戦争ではなく、イランとの管理された外交関係である。
一方、ネタニヤフ首相が必要としているのは、戦争そのものだ。
これは、一時的な政策の違いではない。
両者は構造的に相容れず、ネタニヤフ首相が権力の座にある限り、この衝突は繰り返されるだろう。
長年にわたりイスラエルの安全保障を支えてきた米イスラエル関係の構図は、静かに反転した。
かつての敵は交渉相手となり、不可欠だった同盟国は足かせとなったのである。
この関係は、首脳会談や友好を演出する写真撮影によって修復されるものではない。
修復されるとすれば、それは、自らの政治生命を戦争の継続に依存しない指導者がイスラエルに誕生した時だけである。
それまでは、この亀裂は一時的に耐え忍ぶべき危機ではない。新たな常態である。
ネタニヤフ首相の傲慢な厚顔さは、ついに自らに跳ね返ってくることになるだろう。
アロン・ベン=メイアー博士は、人道的紛争解決研究所(Institute for Humanitarian Conflict Resolution)所長。
INPS Japan/IPS UN Bureau Report
関連記事:
米・イラン外交が変える新たな中東の勢力図―誰が利益を手にするのか
米・イスラエルの対イラン戦争、阻止を掲げる核拡散を逆に助長する恐れ(H・M・G・S・パリハッカラ元スリランカ駐国連大使・元国連事務総長軍縮諮問委員会議長)













