【東京INPS Japan=相島智彦】
2022年2月のウクライナ侵攻に端を発した危機は、いまだ収束が見えない。核戦争の脅威は、ありえない仮定の話ではなくなった。中東やアフリカなど各地で争いが深刻化し、目を覆う惨状が続く中、人類は危険な崖っぷちに立っている。
冷戦終結後、核兵器使用のリスクが今ほど高く、長期化した時はない。核兵器がもたらす壊滅的な結末に目が向けられているが、議論は対立している。軍事的対立をさらにエスカレートさせるのか、それとも多国間の交渉と対話に戻るのか。人類は厳しい選択を迫られている。
歴史を動かす駆動力は何か。私たちSGIのメンバーは市民社会の側から、次のように考える。
非人道的な被爆の実相をもっと「伝えること」(inform)だ。
悲劇を繰り返さない! 先人の誓いを「受け継ぐこと」(inherit)だ。
そして希望の未来へ「魂を鼓舞すること」(inspire)である。
歴史は、人々が衝撃的な出来事に遭っても悲観とあきらめを振り払って抗い、踏みとどまるならば、思いがけない発展と進歩がもたらされることを示している。つまり、最も暗く絶望的と思われる時こそ、人間社会を根本的に改革する好機となり得るのだ。
核兵器のない世界へ。
戦争のない世界へ。
私たちは、青年を主役として、無数の思いが込められた平和への精神遺産を胸に、あらゆる次元で訴え続けたい。その声を強め、広げたい。
その意味でも、良質のメディアが果たすべき役割は、いやまして大きい。
国連や草の根レベルで核軍縮に取り組んできた経験から、私たちは3つの点を強調したい:
第一に、伝えるという点では、核兵器がもたらす壊滅的な結末をより多くの人々に伝える必要がある。大惨事を食い止めるには、これが極めて重要だ。
核兵器の使用、拡散、実験を禁ずる規範が弱体化し、失われつつあることが憂慮されている。2026年2月に期限を迎える新戦略兵器削減条約(新START)の後継枠組みも見当たらない。核兵器の非人道性についての認識を共有することは、信頼醸成のための対話の基礎となろう。
人類が核戦争の瀬戸際に最も近づいた1962年のキューバ・ミサイル危機への対応から学ぶことは多い。このような経験を二度と繰り返さず、核軍縮を進めるという決意が、1968年の核兵器不拡散条約(NPT)採択の重要な契機となった。米ソ両国がNPT調印式当日に戦略兵器制限交渉を開催する意向を表明したことは注目に値する。この交渉は、両国が核軍拡競争を減速させ、NPT第6条による核軍縮義務を果たすための第一歩を踏み出したことを意味する。
そうした歴史を振り返り、池田大作SGI会長は2023年1月、次のような提言を発表した。
核戦争の寸前まで迫った危機を目の当たりにしたからこそ、当時の人々が示したような歴史創造力を、今再び、世界中の国々が協力し合って発揮することが急務となっています。
NPTの誕生時に息づいていた精神と条約の目的意識は、核兵器禁止条約(TPNW)の理念と通じ合うものであり、二つの条約に基づく取り組みを連携させて相乗効果を生み出しながら、「核兵器のない世界」を実現させていくことを、私は強く呼びかけたいのです。
私たちは、昨年11月に逝去された池田会長の志を継いで、“核抑止を前提とした核兵器の絶えざる増強”から“惨劇を防止するための核軍縮”へと世界全体の方向性を変える転機を創出していきたい。
第二に、受け継ぐという点では、グローバル・ヒバクシャの声にさらに耳を傾けるべきだ。
生存している広島、長崎の被爆者の平均年齢は、85歳を超えた。
それに加えて、世界には、核物質の採掘や核実験、核兵器の製造過程等で影響を受けた、たくさんのグローバル・ヒバクシャと呼ばれる人々がいる。その実相は、苦難は、まだまだ広く語られていない。その物語を知らなければならない。忘れてはならない。
G7広島サミットで、各国首脳に対面で被爆証言を話した広島の小倉桂子氏の映像(リンク1)を、私たちは制作し、NPT準備委員会のサイドイベントでも上映し、多くの若者が心に刻んだ。
また、カザフスタンのNGO「国際安全保障政策センター(CISP)」とともに制作した、同国の核実験被害者の証言映像「私は生き抜く~語られざるセミパラチンスク」(リンク2)。この作品は、TPNWの第2回締約国会議のサイドイベントで上映された。
恐ろしい体験と向き合い、それを語り伝える。日本だけでなく世界中のヒバクシャを突き動かしているのは、自らが被った苦悩を誰一人として味わわせたくないという決心である。他者に思いを巡らせるこうした心情は、核兵器の根底にある論理、すなわち自己の利益や目的のためには他者の殲滅をも辞さないという考えとは対照的だ。核兵器が絶対悪であることを際立たせるのは、この決心である。
そして最後に、行動に向けて魂を鼓舞するうえで、核兵器廃絶という問題が、気候変動をはじめとする地球的な課題と結びついていることについて意識啓発することが必要だ。
大規模な核戦争による「核の冬」に至らなくとも、限定核戦争による「核の飢饉」で20億人もの人々が亡くなる可能性があることは、以前から科学者たちによって報告されている。核実験が、“被植民地”や先住民に甚大な被害をもたらしてきている。核廃絶は、差別や人権、気候正義や環境、ジェンダー、包摂性、人道や倫理など、さまざまな分野を横断する問題であることに、さらに焦点を当てるべきだ。
ことし9月の国連の未来サミットに先駆けて、日本の青年が連合して、「未来アクションフェス」を行い、核兵器と気候危機を連結した問題として、参集した7万に近い若者たちに警鐘を鳴らした。
SGIは、第2の「民衆行動の10年」キャンペーン(リンク3)として、2027年を目指し、平和・軍縮教育に注力して、核廃絶への新たな潮流をつくろうと挑戦している。
多くの人が、分野や立場を超え、連帯して、核廃絶への声をあげていくことが、ますます肝要だ。そのためにも、宗教間の協働も強めていきたい。
核兵器禁止条約の第2回締約国会議では、核兵器を憂慮する、信仰を基盤とした115団体の一員として、SGIの代表が共同声明を読み上げた。その一節を引用して、この小論を結びたい。
私たちはこの瞬間の緊急性を認識し、私たち全員――愛する自然界と人類という愛する共同体にとって、何が危機に瀕しているかを認識しています。私たちの運命は絡み合っており、私たちの前に立ちはだかる脅威を無視することはできません…この恐怖は、今この瞬間だけのものではありません。私たちは、壮大な挑戦は、やり遂げるまでは常に不可能だと感じるものだという知恵に慰めを得つつ、正義のためになされた過去の闘いの大胆さとビジョンから勇気を得ましょう。(英文へ)
本記事は、INPS Japanが2009年以来創価学会インタナショナルと推進している核廃絶をテーマにしたメディアプロジェクト「Toward A Nuclear Free World」のうち、2023年4月から24年3月までに配信された関連記事を冊子にまとめた報告書に寄せられたメッセージである。
関連記事:
|視点|「平和の回復へ歴史創造力の結集を」―ウクライナ危機と核問題に関する緊急提言(池田大作創価学会インタナショナル会長)
「グローバル・ヒバクシャ:核実験被害者の声を世界に届ける」(寺崎広嗣創価学会インタナショナル平和運動総局長インタビユー)