【東京/アスタナINPS Japan=浅霧勝浩】
中央アジアの広大なステップに築かれたカザフスタンの首都アスタナは、しばしば「未来都市」と呼ばれる。ガラスと鋼の高層建築、広々とした大通り、記念碑的な都市景観は、21世紀における自国の進路を切り開こうとする若い国家の志を映し出している。|英語版|
しかし日本にとって、アスタナは単なる遠い異国の首都ではない。この都市のマスタープランには、日本を代表する建築家の一人である故・黒川紀章氏が関わっていた。黒川氏は、カザフスタンの遊牧文化の遺産、厳しい自然環境、国家建設への意志、そして未来志向の都市設計を結び合わせようとした。今日、その歴史的なつながりは、スマートシティ、グリーン技術、エネルギー安全保障、そして核兵器のない世界を目指す共通の取り組みへと広がっている。

5月22日、カザフスタンのカシムジョマルト・トカエフ大統領はアスタナで小池百合子東京都知事と会談し、スマートシティ開発、デジタル技術、金融、教育、緊急対応、持続可能な都市運営などの分野での協力について協議した。東京は、世界有数の人口密集都市でありながら、安全、防災、交通、行政サービスの各分野で高度な都市システムを築いてきた。急速に発展するアスタナにとって、東京の経験は貴重な指針となる。
トカエフ大統領は、東京を世界で最も安全かつ効率的に運営されている都市の一つと評価し、日本のスマートシティ構想に対するカザフスタンの関心を示した。東京とアスタナの協力は、気候変動、災害リスク、行政効率、エネルギー利用といった共通課題に都市同士が直接取り組む、新たな都市外交の可能性を示している。
しかし、日・カザフ関係の深化は、都市協力だけでは説明できない。その背後には、より差し迫った地政学的現実がある。中東情勢の不安定化と、それに伴うエネルギー安全保障への懸念である。
日本は長年、原油の多くを中東に依存してきた。イラン情勢やホルムズ海峡をめぐる緊張は、日本経済と市民生活に直接影響を及ぼすリスクである。日本にとって、エネルギー供給源、重要鉱物の供給網、輸送路の多角化は、もはや単なる通商上の課題ではない。経済安全保障の中核をなす問題となっている。

この文脈で、カザフスタンの重要性は改めて高まっている。同国は石油、天然ガス、ウラン、重要鉱物に恵まれた資源国であると同時に、中央アジアと欧州を結ぶ物流の要衝でもある。2025年12月に東京で開かれた「中央アジア+日本」首脳会合では、重要鉱物の供給網強化と、ロシアを経由せずに中央アジアと欧州を結ぶトランス・カスピ回廊への支援が、地域協力の中心に据えられた。
日本にとって、レアアースやリチウムなどの重要鉱物は、蓄電池、電子機器、再生可能エネルギー関連設備、次世代産業に不可欠である。供給源と輸送路の多角化は、エネルギー政策であると同時に、産業政策であり、安全保障政策でもある。こうした国際環境の再編の中で、アスタナは日本の中央アジア関与における重要な拠点として浮上している。
アスタナの都市景観そのものも、国家のビジョン、資源戦略、技術革新が交差する場となっている。バイテレクタワーはカザフスタンの独立と未来への希望を象徴し、2017年アスタナ国際博覧会の遺産である球形建築「ヌル・アレム」は、再生可能エネルギーと持続可能性の象徴として知られる。
小池知事の訪問に合わせて開かれたカザフスタン・日本ビジネスイベントでは、脱炭素化、再生可能エネルギー、ドローン技術、カーボンクレジット関連のソリューションを手がける日本企業が参加した。カザフスタン側では、再生可能エネルギー、人工知能、デジタルトランスフォーメーション分野で日本の専門性への関心が高まっている。都市開発、環境技術、資源協力、物流インフラは、より広範な戦略的枠組みの中で結びつきつつある。
だが、日・カザフ関係には、さらに深い層がある。核被害の記憶である。

日本は、広島と長崎への原爆投下を経験した唯一の戦争被爆国である。一方、カザフスタンは、旧ソ連時代にセミパラチンスク核実験場で繰り返された核実験によって深刻な放射線被害を受けた。1949年から1989年にかけて同実験場では450回以上の核実験が行われ、地域社会と住民の健康に長期的な影響を及ぼした。
1991年、カザフスタンはセミパラチンスク核実験場を閉鎖した。ソ連崩壊後には、自国領内に残された世界最大級の核戦力を放棄し、非核兵器国としての道を選んだ。この決断は、カザフスタン外交を特徴づける重要な柱となっている。
日本とカザフスタンはいずれも、核兵器が人間、地域社会、環境、そして未来世代にもたらす被害を、抽象的な安全保障論としてではなく、歴史的経験として知っている。この共有された記憶は、両国関係に独自の倫理的基盤を与えている。
その記憶は、政府、市民社会、国際機関の間で続けられてきた協力にも反映されている。INPS Japanはこれまで、カザフスタン外務省、赤十字国際委員会、国際安全保障政策センター、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)、創価学会インタナショナル(SGI)などが関わる核軍縮関連の会議やイベントを報じてきた。
その一例が、SGI、ICAN、カザフ国際安全保障政策センター(CISP)がアスタナで共同開催した反核展示「核兵器なき世界への連帯―勇気と希望の選択」展である。同展は2022年9月、アスタナ中心部のケルエン・ショッピングモールで開かれ、若者に核兵器の危険性を伝えることを目的に、写真、イラスト、グラフを用いて、広島への原爆投下から今日に至る核の歴史と、核兵器が社会にもたらす壊滅的影響を示した。SGIによる同展示は2012年に広島で初開催され、その後、世界各地で展開されてきた。

展示では、核兵器が人間、環境、健康、経済、そして未来に及ぼす影響を、若い世代にも理解しやすい形で提示した。カザフスタン外務省関係者は、同国で1949年から1989年にかけて456回の核実験が行われ、約150万人が健康被害を受けたとされることに言及し、核兵器なき世界の実現をカザフスタン外交の中核に位置づけた。会場では、セミパラチンスク核実験被害者の二世である活動家が、自身と家族が受けた被害について証言し、核被害が世代を超えて続いている現実を訴えた。
2023年8月29日にアスタナで開かれた地域会議でも、核兵器の人道的影響、中央アジア非核兵器地帯、核実験被害者の証言、核兵器禁止条約に基づく被害者援助と環境修復について議論が行われた。核兵器を抑止力や国家的威信の観点から語る議論とは異なり、こうした場では、被害を受けた人びと、その家族、地域社会、環境が議論の中心に据えられてきた。
カザフスタンの核実験被害者を描いたドキュメンタリー「私は生きぬく:語られざるセミパラチンスク」も、セメイ地域の第2世代、第3世代の被害者の証言を国際社会に伝えてきた。国連軍縮部(UNODA)とのワークショップや、非核兵器地帯間の協力強化をめぐる議論とともに、こうした取り組みは、核兵器の人道的影響を国際的な軍縮論議の中心に据え続ける役割を果たしている。
2025年、トカエフ大統領は東京の国連大学で講演し、核リスクが再び高まっていると警告した。広島、長崎、そしてセミパラチンスクに言及し、日本とカザフスタンはいずれも核兵器がもたらす壊滅的な被害を理解している国であると強調した。
この発言は、二国間関係の本質をよく示している。両国の協力は、資源、輸送路、技術市場をめぐる利害だけで成り立っているわけではない。核被害の歴史を背負う社会として、両国は、不安定化する時代に世界がどのような安全保障を選ぶべきかという、より深い問いを共有している。
もちろん、日本とカザフスタンの立場は同一ではない。日本は安全保障政策の一環として米国の核抑止に依存し続けている。一方、カザフスタンは核兵器を放棄し、中央アジア非核兵器地帯の一員となった。それでも両国は、核被害の記憶を国際平和のための行動へと転換しようとする共通の土壌を持っている。

この基盤があるからこそ、スマートシティ、グリーン技術、エネルギー転換、重要鉱物、トランス・カスピ回廊をめぐる実務協力も、単なる取引を超えた意味を持つ。アスタナと東京の関係は、都市間協力であると同時に、核の時代を生き抜いてきた二つの社会が、より安全で持続可能な未来を模索する取り組みでもある。
中東の危機が世界のエネルギー秩序を揺さぶり、核リスクが再び国際政治の前面に浮上するなかで、日本とカザフスタンの関係は、もはや単なる友好の物語ではない。それは、不確実な時代に、都市、資源、技術、平和をどのように結び合わせるのかという、日本自身の選択を映し出す関係なのである。(原文へ)

This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International, in consultative status with the UN’s Economic and Social Council (ECOSOC).
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