Multimedia女性として世界で初めてエベレスト登頂を果たした田部井淳子、映画でよみがえる

女性として世界で初めてエベレスト登頂を果たした田部井淳子、映画でよみがえる

カトマンズ国際山岳映画祭で伝記映画『Climbing for Life』上映へ

【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=ミキ・ウプレティ】

田部井淳子(1939〜2016)は、1975年に女性として初めてエベレスト登頂を成し遂げた登山家としてだけでなく、生涯を通じてネパールに寄り添い続けた、かけがえのない友人として記憶されている。

1975年は「国際婦人年」であった。そして2026年は、日本とネパールの外交関係樹立70周年に当たる。こうした節目の年に、5月30日、カトマンズ国際山岳映画祭(KIMFF)で田部井の伝記映画『Climbing for Life』が特別上映されることになったのは、まさに絶妙なタイミングと言える。

私はネパールに36年間暮らす日本人であり、田部井と同じ山岳会に所属していた。彼女に刺激を受けた世代の一人でもある。

田部井はエベレスト登頂後、世界的な称賛を浴びた。そして晩年、末期の病を患ってからも活動を制限することはなかった。家族に愛され、人生を全力で楽しみ、登山を続け、さらに2011年の東日本大震災で心に傷を負った若者たちを励まそうと、日本最高峰の富士山登山へと誘った。

伝説的女優・吉永小百合が、本作で田部井淳子を演じる。吉永にとって本作は出演124作目となる。長年にわたり第一線のスターであり続け、身体も鍛え続けてきた彼女の歩みは、頂点を極めた田部井の人生とも重なる。

Photo: © “Climbing For Life” Film Partner
Photo: © “Climbing For Life” Film Partner

若き日の田部井を演じるのは俳優・アーティストとして幅広く活躍する「のん」。彼女が田部井特有の何気ない仕草まで見事に再現していることに驚かされた。

さらに、佐藤浩市や天海祐希といった実力派俳優が、田部井の夫と生涯の親友を演じる。木村文乃と若葉竜也は子ども役として出演し、有名人の母を持つ家族が直面する葛藤を丁寧に描いている。

監督の阪本順治は、1989年以来、多くの日本映画の名作を世に送り出してきた人物で、日本アカデミー賞最優秀監督賞など数々の賞を受賞している。阪本監督は、「山に詳しくない人でも楽しめる作品を目指した」と語っている。

Director Junji Sakamoto. Photo: © “Climbing For Life” Film Partner
Director Junji Sakamoto. Photo: © “Climbing For Life” Film Partner

現代のヒマラヤ登山が商業化される以前、1975年の日本女子エベレスト隊は極めて特別な存在だった。本作は、黎明期の遠征登山が持っていた冒険精神を見事に映し出している。田部井家に残されていた登山道具から、若き日の淳子と後の夫が身につけていたシャツや登山靴、さらには家族の車に至るまで、細部が忠実に再現されている。

Junko Tabei at the summit of Mt. Everest in 1975.

私が知る田部井家の姿も、映画では驚くほどリアルに描かれていた。衣服や装備は、まるで本物そのもののようだ。もちろん、田部井がやや理想化されていると感じる人もいるかもしれない。しかしこれはドキュメンタリーではなく劇映画であり、それは自然なことだ。それでも本作は、現実の田部井淳子を誠実にスクリーンへ映し出している。

KIMFFの上映会には、カトマンズ在住の日本人たちも集う予定であり、この上映は、日本・ネパール外交関係樹立70周年記念事業の一つとして正式に認定されている。

田部井淳子はネパールとその人々を深く愛していた。晩年になっても、夫の政伸氏とともに、あるいは息子や娘とともに、何度もネパールを訪れトレッキングを楽しんでいた。幼い頃はアウトドアにほとんど関心を示さなかった子どもたちも、後には彼女を支える最大の理解者となった。

2015年、エベレスト登頂40周年の年、ネパールは大地震に襲われ、全国で約9000人が命を落とした。さらに地震による雪崩で、エベレスト・ベースキャンプでも多数の犠牲者が出た。

混乱が落ち着いた後、田部井と家族はカトマンズで記念イベントを開催した。大規模な集まりを催し、現地で消費活動を行うことで、ネパール経済の回復に少しでも貢献したいという思いからだった。同時に、困難な状況に置かれたネパールの友人たちの心を支えようと、語り合い、笑い合う場を作ろうとしていた。

Tabei family in Kathmandu in 2015.

このネパールへの思いやりは、彼女自身の経験にも根ざしていた。4年前、彼女の故郷もまた、地震と津波によって大きな被害を受けていたのである。私が田部井に最後に会ったのも、この2015年のカトマンズでのイベントだった。

彼女は翌年、亡くなった。病状がそこまで進行していたことを、周囲にはまったく感じさせなかった。今でも私は彼女にこう言いたい。「淳子さん、もう少し周囲に弱音を見せてもよかったのに。最後まで私はあなたに頼りっぱなしだった。でも、ネパールで暮らす今の私を支えてくれた恩返しを、結局何一つできなかった。」と。

この映画をKIMFFに招く企画は、映画祭ディレクターのラミヤタ・リンブーとの何気ない会話から始まった。「ぜひカトマンズで上映したい」という漠然とした願いを、私たちは共有していたのである。田部井家、日本大使館、キノフィルムズ、田部井淳子基金、そして田部井の親友であり私の恩師でもある北村節子氏など、多くの人々の支援に感謝している。

もし田部井が今も生きていたなら、この映画は制作されなかったかもしれない。だからこそ、この作品は彼女の魂からのメッセージなのだろう。今回の上映は、私たちにとっても、大スクリーンで田部井淳子の人生を見つめ直し、彼女との記憶を振り返る特別な機会となる。

INPS Japan

ミキ・ウプレティは、日本人作家、元登山家、トレイルランナー、開発援助活動家。1990年からネパール在住。本上映企画をKIMFFと共同で立ち上げた。

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