【ロンドンIPS=アンドリュー・ファーミン】
インドの強権的指導者ナレンドラ・モディ首相は、ついに自らが最も嫌うことを強いられた。抗議運動を受けて譲歩することである。
すべては5月15日に始まった。インド最高裁長官のスーリヤ・カント氏が法廷で、失業して抗議活動を行ったり、ソーシャルメディアで声を上げたりする若者たちは「ゴキブリのようなものだ」と発言したのである。
この発言は、支配層が若者たちをどれほど軽視しているかを如実に示すものだったが、結果は完全に裏目に出た。数日のうちに全国的な運動へと発展し、「コックローチ・ジャンタ党(Cockroach Janta Party=ゴキブリ人民党)」が誕生した。
運動の中心的な要求は、ダルメンドラ・プラダン教育相の辞任だった。プラダン氏は7月25日に辞任した。しかし、それだけでは、この運動が解き放った変革への要求を収めるには不十分かもしれない。
運動の誕生
インドには、世界のどの国よりも多くのZ世代が暮らしている。14歳から29歳までのインド人は約4億700万人に上り、人口のおよそ30%を占める。
彼らは、教育を受けるために激しい競争を強いられ、卒業後も仕事を見つけるのに苦労している。
カント氏の発言は、若者たちの怒りに火をつけた。
コミュニケーション戦略家のアビジート・ディプケ氏は、ソーシャルメディア上でこう問いかけた。
「もし、すべてのゴキブリが団結したらどうなるだろうか?」
この問いかけをきっかけに、「コックローチ・ジャンタ党」という名称の運動が瞬く間に広がった。この名前は、与党のヒンドゥー民族主義政党「インド人民党(Bharatiya Janata Party=BJP)」をもじった風刺的なものだった。
当初は風刺的なウェブサイトにすぎなかったが、たちまち社会運動へと成長し、わずか2週間でインスタグラムのフォロワーは2200万人に達した。
この「ゴキブリ運動」は、世界的に広がるより大きな潮流の一部でもある。
近年、多くの国でZ世代が大規模な抗議行動に立ち上がっている。共通するのは、政府が若者の現実からかけ離れ、経済や政治制度が若者たちの期待に応えられていないことである。
こうした運動は、特定の指導者に依存しない集団的リーダーシップ、大規模な抗議行動、そしてソーシャルメディアの戦略的活用を特徴としている。
インドにも、その波が押し寄せる時が来たのである。
やがて、この運動には人々を結集させる明確な争点が生まれた。
インドの教育制度では、人生を左右する入学試験への依存度が極めて高く、その結果が数百万人の将来の進路を決定する。
医学部入学試験では、約220万人の受験生が13万の定員を争う。家族は大きな犠牲を払い、学生たちは何年もかけて試験勉強を続ける。
ところが、汚職によって試験問題が賄賂と引き換えに漏洩することが珍しくない。
カント氏の「ゴキブリ」発言のわずか2週間前にも、全国医学部入学試験の問題が漏洩し、試験そのものが中止された。
学生たちは絶望した。
そして、怒りに変わった。
抗議が政府を動かす
抗議者たちは数週間にわたりニューデリー中心部に野営し、プラダン教育相の辞任を要求した。
ボランティアたちは食料、水、医薬品、キャンプ用品などを提供した。
運動はやがてZ世代の枠を超え、あらゆる年代の人々が参加するようになった。
環境活動家であり教育改革運動にも取り組み、過去に抗議活動を理由に投獄されたこともあるソナム・ワンチュク氏が、数週間にわたるハンガーストライキを行ったことで、運動への注目はさらに高まった。
政府は7週間にわたり抗議者を無視し続けた。
しかし、それが通用しないと分かると、今度は暴力に訴えた。
当局がワンチュク氏を強制的に病院へ搬送すると、数千人の抗議者が抗議拠点から国会へ向けて行進した。
治安部隊はペレット銃や催涙ガスを使用し、抗議者や通行人を警棒や木の棒で殴打し、多数を拘束した。
その暴力はソーシャルメディア上で広く記録され、「世界最大の民主主義国」を自任するインドにとって衝撃的な光景となった。
政府はもはや無視できなくなった。
抗議は他の都市にも広がり、政府はついに協議に応じざるを得なくなった。
今後の展望
政府は、試験問題漏洩事件を迅速に裁く特別法廷の設置と、試験制度および教育制度全体の見直しを約束した。
これを受けて運動側は抗議活動を終了した。また、抗議参加者に対して一切の報復措置を取らないとの約束も取り付けた。
しかし、これは長年にわたり異論を抑圧してきた政府の体質とは相いれない。
モディ政権には、活動家の拘束、抗議活動への実力行使、批判的な言論の検閲、そして市民の権利を制限する法律の制定といった前歴がある。
市民社会の活動空間が悪化しているとして、インドは最近、国際的な市民社会ネットワーク「CIVICUS」の監視対象リストにも加えられた。
「ゴキブリ」抗議が終結した後も、警察は数百人の学生を拘束・嫌がらせの対象とし、その家族まで標的にしていると報じられている。
プラダン教育相の辞任は、極めて異例の出来事だった。
これまで政府が世論の圧力を受けて、不人気な閣僚を退任させたことはなかったからである。
しかし、BJPがそこから多くを学んだ形跡はない。
最近の補欠選挙の選挙運動中、BJP全国総裁のニティン・ナビン氏は、抗議者たちを「国を壊すことに取りつかれたウイルスであり、ゴキブリ集団だ」と呼んだ。
モディ首相は一時的に時間を稼いだかもしれない。
しかし、根本的な問題は何も解決していない。
一つは経済問題である。若年層の高い失業率と明白な格差がある。
もう一つは政治問題である。若者の声に耳を傾けず、異議を唱える権利も尊重しない高圧的な政府の存在だ。
さらなる抗議が起きる可能性は高い。
すでにジャールカンド州では、公務員採用試験をめぐる同様の汚職疑惑をきっかけに、新たな抗議運動が広がっている。
モディ政権が圧力に屈したのは、今回が初めてではない。
2021年には、長期にわたる農民の抗議運動により、政府は農業関連法の改正を撤回せざるを得なかった。
2024年総選挙ではモディ氏への支持が低下し、政権維持のため連立政党に依存することになった。
その後、BJPは勢いを取り戻したようにも見えた。4月には、選挙人名簿の変更を経て、西ベンガル州で初めて政権を獲得したからである。
しかし、その選挙人名簿変更では900万人以上の名前が削除され、その影響はイスラム教徒やBJPを支持しない可能性が高い有権者に偏っていたとして物議を醸した。
そして今、ニティン・ナビン氏が再び「ゴキブリ」発言を繰り返した補欠選挙で、BJPは敗北した。
「ゴキブリ運動」は、モディ政権にとってこれまでで最大の挑戦となる可能性がある。
なぜなら、この運動は階級、政党、宗教の違いを越えて広がっており、政府にとって単純に切り捨てることが難しいからだ。
BJPは長年、イスラム教徒を敵視することでヒンドゥー教徒の支持基盤を固めてきた。
しかし、デリーの抗議現場では、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒が並んで祈りを捧げた。
また、この運動がソーシャルメディアを通じて広がったことも重要である。
それによって、BJPの影響下に置かれ、政府の主張をそのまま繰り返し、異なる意見を軽視しがちな既存メディアを迂回することができたからである。
政府は、社会の空気を読み取るべきだ。
しかし実際には、誤った教訓を引き出し、抗議運動の指導者たちへの弾圧に乗り出す可能性も十分にある。
そうなれば、さらなる抗議と、国家による暴力、そして抗議活動の犯罪視が繰り返される悪循環を招くだろう。
インドが「世界最大の民主主義国」としての可能性を真に実現するためには、民主的自由をさらに深め、異議申し立ての価値を認めなければならない。
そして何より、政府が「ゴキブリ」と呼んだ若者たちこそが、インドの未来に大きく貢献し得る存在であることを認める必要がある。
アンドリュー・ファーミン(Andrew Firmin):CIVICUS編集長。CIVICUS Lens の共同ディレクター兼執筆者であり、State of Civil Society Report の共著者でもある。
INPS Japan/ IPS UN Bureau Report
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