この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています
【Global Outlook=和田 大樹】
今日の国際政治経済においては、国家間の対立や外交的摩擦と、経済的な相互依存関係がますます複雑に絡み合うようになっている。特に、サプライチェーンが少数の国々に大きく依存している場合、貿易制限や輸出管理は、政府が戦略的な影響力を行使するための強力な手段となり得る。中国による日本向け輸出規制の強化は、こうした国際環境の変化を象徴する事例といえる。|英語版|
その一つの解釈として、中国政府が、全面的な禁輸措置を直ちに発動するのではなく、規制を段階的に拡大する「サラミ・スライシング戦術」を用いている可能性が考えられる。この手法を取れば、さらなる規制強化の余地を残しながら、相手国に継続的な圧力をかけることができる。ただし、政治的な報復や戦略的なシグナルの発信など、別の解釈についても検討する必要がある。
中国が日本に対する輸出規制を強化している背景には、日中関係の悪化、とりわけ台湾問題と日本の安全保障政策の変化が密接に関わっている。
2025年11月、高市早苗首相は台湾有事の可能性に関する発言を行い、中国政府はこれを強く批判した。その後、中国は貿易・輸出規制の強化を、日本による台湾問題への干渉と結びつけて説明するようになった。
2026年1月6日、中国は日本向けの軍民両用(デュアルユース)品目に対する輸出管理の強化を発表した。その理由の一つとして、台湾海峡における武力介入の可能性に言及した日本の指導者の発言を明示的に挙げた。
このことから、一連の措置は政治的なシグナルの発信、あるいは報復として理解することもできる。中国政府は、単に日本に経済的損害を与えようとしているのではなく、自国が安全保障上の重大な一線を越えたとみなす行動には、具体的な経済的代償が伴うことを示そうとしている可能性がある。
したがって、輸出規制には二つの目的が同時に存在すると考えられる。一つは日本の政策に対する対抗措置であり、もう一つは、台湾有事への日本の関与がさらに深まれば、追加的な経済的負担が生じ得るという警告を発することである。
もう一つの解釈として、中国のことわざである「殺鶏儆猴(鶏を殺して猿を脅す)」に通じる戦略が考えられる。これは、特定の相手に不利益を与えることで、より広い範囲に警告を発するという考え方である。
中国は、日本との貿易全体を直ちに制限するのではなく、特定の日本企業や団体を規制対象とすることで、全面的な禁輸措置に伴う混乱を避けながら、経済的な圧力を行使する能力を示すことができる。この解釈は、最近の規制対象に日本の防衛・安全保障分野に関係する企業や団体が複数含まれていることからも、特に重要である。
中国は、こうした措置を段階的に拡大してきた。
2026年2月24日、中国政府は日本の企業・団体20件を輸出管理リストに、さらに20件を監視対象リストに追加した。対象には、航空宇宙、防衛、海洋システム、先端技術などの分野に関わる企業や団体が含まれていた。
続く6月29日には、日本の企業・団体20件を輸出管理リストに、さらに20件を監視対象リストに追加した。中国政府は、これらの措置について、国家安全保障を守り、日本の軍事能力の強化につながり得る活動を防止するために必要だと説明している。
こうした規制強化の進め方には、「サラミ・スライシング戦術」に共通する特徴が見られる。
中国は、一度に全面的な禁輸措置を発動するのではなく、規制を段階的に導入し、その対象を拡大してきた。この手法によって、中国政府は日中関係の動向に応じて圧力の強さを調整しながら、将来さらに規制を強化する選択肢を確保できる。
ただし、規制が段階的に強化されているという事実だけで、その背後にサラミ・スライシング戦術が存在すると断定することはできない。こうした動きは、日中関係で相次いで生じた出来事に対する、中国政府の個別の対応を反映しているにすぎない可能性もある。
この違いを見極めることは重要である。経済的な規制措置は、直接の対象となる製品や企業の範囲を超えて、広範な影響を及ぼし得るからだ。
日本は、レアアース(希土類)、重要鉱物、機械、電子機器、その他の産業用資材をめぐる製造・供給網を通じて、中国と密接に結びついている。
中国によるレアアースの輸出規制は、すでに日本の産業界に不確実性をもたらしている。ロイター通信は2026年6月、日中間の外交的対立が続くなか、複数の重希土類について、日本向けの輸出が引き続き厳しく制限されていると報じた。
こうした規制は、中国からの供給に大きく依存する産業に対して、経済的な措置がいかに影響を及ぼし得るかを示している。
したがって、戦略的に重要なのは、個々の規制が直ちにもたらす経済的影響だけではない。規制によって生じる不確実性そのものも重要なのである。
企業が、今後の輸出許可の判断は外交関係の動向によって左右される可能性があると考えれば、中国の供給業者への依存に一層慎重慎重になるだろう。
たとえ輸出が正式に禁止されていなくても、審査の厳格化、許可の遅延、さらなる規制強化の可能性が存在するだけで、企業はサプライチェーンの多角化を進める動機を持つことになる。
つまり、経済的圧力は、正式な規制措置を通じてだけでなく、重要な資材を将来にわたって安定的に調達できるかどうかという企業の見通しが変化することによっても生じ得るのである。
このため、日本が直面する課題は、中国の個々の規制措置に対応することだけにとどまらない。
日本政府は、それぞれの規制が一時的な外交的対抗措置なのか、日本の安全保障政策に影響を与えようとする試みなのか、あるいは経済的依存関係を利用した長期的な戦略の一環なのかを見極める必要がある。
しかも、これらの解釈は必ずしも相互に排他的ではない。
政治的な報復は、戦略的なシグナルの発信と同時に行われ得る。また、規制を段階的に実施することは、それ自体がサラミ・スライシング戦術に共通する特徴を生み出すことにもなる。
したがって、中国による対日輸出規制を、単一の戦略概念だけで説明するべきではない。
「サラミ・スライシング戦術」は、経済的圧力が段階的に強化される過程を理解するうえで有用な分析の枠組みの一つである。しかし、台湾問題に関する日本側の発言への報復、戦略的なシグナルの発信、そして国家安全保障を重視する中国の輸出管理政策全体の方向性も、別の説明として、あるいは相互に補完し合う要因として考慮する必要がある。
一連の措置は、単一の固定された戦略に基づくものではなく、複数の目的が重なり合って生じている可能性がある。
日本にとって中心的な課題は、外交、国家安全保障、そして経済的相互依存が交差する状況に、いかに対応するかということである。
そのためには、サプライチェーンの強靱性を高め、重要資材の調達先を多角化し、リスクを早期に察知する能力を強化するとともに、中国との対話の経路を維持することが、ますます重要になるだろう。
経済的相互依存が国家間の戦略的競争と一層深く結びつくなか、日本の経済安全保障を確保するためには、目に見える輸出規制の内容だけでなく、その背後に込められた政治的なシグナルを正確に読み解くことが不可欠である。
Original URL:China’s Export Controls on Japan: Salami-Slicing or Strategic Signalling? | INPS JAPAN
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