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次期国連事務総長が重要である理由

国際機関への信頼が低下するなか、国連のリーダーシップをめぐる問題は民主主義そのものと切り離せない 【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=アマンダ・スーレック】 次期国連事務総長は、単に複雑な機構を管理するだけの人物ではない。代表性、説明責任、参加という民主主義の根幹をなす原則に支えられた国際システムにおいて、最高行政官であると同時に、道義的支柱としての役割を担わなければならない。国連憲章にはこうした価値が暗黙のうちに織り込まれているが、実際には民主主義そのものが常に優先され、十分に議論されてきたわけではない。だからこそ、事務総長のリーダーシップは今、とりわけ重大な意味を持つ。|ENGLISH| しかし、国連事務局ビル38階への道のりは決して平坦ではない。世界で最も困難な職務の一つとされる国連事務総長の選出は、国連加盟国による一般選挙ではなく、公平とは言い難い外交上の難関である。国連事務総長は、安全保障理事会の勧告に基づいて、総会によって任命される。この仕組みは、中国、フランス、ロシア、英国、米国という常任理事国5か国(P5)に、それぞれの政治的優先事項に基づく絶対的な拒否権を与えている。候補者が民主主義を擁護しようとするなら、民主主義の促進を西側による押しつけ、あるいは主権の侵害とみなす拒否権保有国を遠ざけることなく、それを行わなければならない。民主主義は国連加盟の正式な条件ではないが、多国間主義の正統性と有効性の中核にあるからである。 包摂的な統治、市民社会の参加、説明責任を果たす制度は、民主主義の重要な柱であり、持続可能な平和と開発に不可欠である。それらはまた、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」など、国際的な公約の信頼性を支える基盤でもある。実務的に見れば、民主主義は国連を三つの面で強化する。第一に、各国政府が国民の意思を反映することで正統性を高める。第二に、透明性と監視を通じて説明責任を強化する。第三に、包摂的な制度を可能にすることで、長期的な開発成果をより効果的に実現できるようにする。だが、これらの原則が世界各地で圧力にさらされるなか、国連が集団として行動する能力も弱まりつつある。次期指導者は、国連が掲げる民主主義への志向と、民主主義国、君主制国家、一党支配国家、軍事政権を含む加盟国の現実との隔たりを埋めなければならない。 したがって、事務総長はこの状況のなかで独自の立場に置かれている。その役割は必ずしも政治的に中立なものではない。加盟国の利害の均衡を図りながら、国連システムに刻まれた価値を守ることが求められるからである。この緊張関係のなかでこそ、民主的なリーダーシップが決定的に重要となる。民主主義の原則にコミットする事務総長は、市民社会の声を高め、選挙の公正性と法の支配を守り、人権とより広範な政治参加を訴え、多国間行動に必要な合意形成を損なうことなく、権威主義的な傾向に慎重に歯止めをかけることができる。そのような取り組みを通じて、国連事務総長は、国際協力への信頼回復に貢献し得る。いま、それは喫緊の課題である。 国連総会による事務総長候補者との非公式対話、各候補者のビジョン・ステートメント、履歴書を踏まえると、有力候補たちは、多国間リーダーシップにおける民主主義に対して、それぞれ異なるアプローチを示している。 ミチェル・バチェレ(チリ)は、人権とジェンダー平等の推進に長く携わってきた経験に裏打ちされた、強い規範的志向を持つ。彼女の実績は、民主的価値への明確なコミットメントを示している。一方で、その姿勢は、人権に基づく監視を警戒する国々の反発を招く可能性もある。 ラファエル・マリアーノ・グロッシ(アルゼンチン)は、核外交での経験に形づくられた、より技術的・実務的なアプローチを提示している。これは大国に受け入れられやすく、実務的協力を促進する可能性がある。その一方で、彼のビジョンでは民主主義や人権への明示的な言及は比較的弱く、これらの課題が彼のリーダーシップにおいてどの程度重視されるのかという疑問も残る。 レベカ・グリンスパン(コスタリカ)は、多国間主義への信頼再構築に焦点を当て、統治を経済的包摂と開発に結びつけてきた経歴を持つ。分断が深まる環境において、合意形成を重視する彼女の姿勢は強みとなる。ただし、民主主義が常に明確に前面に打ち出されているわけではない。 マッキー・サル(セネガル)は、グローバル・サウスの公平性と代表性を強調し、最高レベルの政治・外交経験を備えている。しかし、国内における民主的統治の実績には評価が分かれる面がある。そのため、彼のアプローチは制度的な民主改革よりも、開発や構造的不平等の是正を優先するものとなる可能性がある。 同時に、誰が国連を率いるのかという問題は、代表性そのものの問題と切り離せない。次期事務総長に女性を任命することは、単なる象徴的な節目にとどまらず、民主主義の原則を実質的に確認する行為となる。ジェンダー平等は、政治制度が平等な参加、代表、発言権をどの程度保障しているかを示すものであり、機能する民主主義の決定的な特徴である。数十年にわたる公約にもかかわらず、国連ではこれまで女性が事務総長を務めたことがない。この空白を埋めることは、国連が世界に向けて掲げる価値と自らの指導体制を一致させる意思を示す力強いメッセージとなる。また、ジェンダー平等と包摂的統治に関する国連の取り組み、とりわけSDG5に関する活動の信頼性を高めることにもつながる。より広く見れば、それは民主主義が社会のあらゆる層の意味ある参加を必要とし、その原則がグローバルなリーダーシップの最高位にも及ぶべきであることを改めて示すものとなる。 国際民主主義・選挙支援機構(International IDEA)の知見も、民主主義が国連システムにとって周辺的な課題ではなく、その強靱性と存立に不可欠であることを示している。民主的制度は、紛争の可能性を低下させ、平和的な紛争解決を可能にすることにより、平和と安定に直接貢献する。また、世界的に統治への信頼が低下するなかで、制度への信頼を支える役割も果たす。さらに、多様な声が意思決定に反映されることを可能にし、包摂性を確保する。国際的な公約の進捗を検証するために必要な説明責任の仕組みも提供する。おそらく最も重要なのは、国連の場で民主主義を積極的に擁護する加盟国が減少するなか、これらの原則を守る責任が、国連システム内の独立した機関にますます委ねられているという点である。 したがって、次期事務総長の選択は、国連の実務面での有効性だけでなく、その規範的方向性をも左右する。世界外交において民主主義という言葉が影を潜めつつあるいま、多国間主義が、共有された原則を前進させる枠組みではなく、権力の調整に重きを置く、より取引主義的なモデルへと傾いていく現実的なリスクがある。参加、説明責任、包摂、平等を通じて民主主義を擁護することは、任意の政策課題ではない。それは、有効で正統性ある多国間主義が依拠する基盤である。それを欠いても、国連は機能し続けることはできるかもしれない。しかし、世界を導き、その存在意義を保ち続けることは困難になるだろう。 アマンダ・スーレックは、ニューヨークにおける International IDEA の国連リエゾンを務めた。 INPS Japan 関連記事: チリは先に手を引き、モルディブは扉を閉ざした―国連事務総長選が映す静かな淘汰 「フェミニスト国連キャンペーン」、国連事務総長に有言実行を求める 国連、世界で最も多言語化された組織のひとつ

米・イスラエルの対イラン戦争、阻止を掲げる核拡散を逆に助長する恐れ(H・M・G・S・パリハッカラ元スリランカ駐国連大使・元国連事務総長軍縮諮問委員会議長)

【コロンボIPS=H・M・G・S・パリハッカラ】 国連安全保障理事会の常任理事国5カ国を含む191カ国の代表が4月下旬、核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議に出席するため、1カ月にわたる外交協議の場となるニューヨークの国連本部に集まった。そこで問われているものは、これ以上ないほど重大である。 各国代表は、米国とイスラエルがイランに対して仕掛けた「自ら選んだ戦争」の影の下で会合に臨んでいる。その名目は核拡散の阻止である。しかしこの戦争は、悲劇に満ち、同時に痛烈な皮肉を帯びている。人的被害と世界経済への代償の大きさは、もはや多言を要しない。|英語版| その皮肉は、いっそう鮮明である。 NPTの寄託国の一つである米国は、イランが非核兵器国であることを検証するため、自ら主導して成立させた国連承認の合意、すなわち包括的共同行動計画(JCPOA)を一方的に崩壊させた。そのうえで米国は、NPTに加盟していないイスラエルとともに、それまでNPTを遵守していたイランを爆撃し、同じ目的、すなわち「非核のイラン」を実現しようとしている。 この矛盾に満ちた皮肉こそ、米国による「自ら選んだ戦争」の核心にある。核不拡散の名の下に遂行されるこの戦争は、阻止しようとしているはずの結果を、むしろ加速させかねない。核兵器を保有していない国でさえ、国連の承認を得ない一方的な武力行使の対象になり得ることを示すことで、ワシントンは極めて厳しいメッセージを発している。すなわち、生存を左右するのは自制や外交ではなく、核兵器を持つことなのかもしれない、という冷厳なメッセージである。 この逆説は、世界の核秩序が長年抱えてきた脆弱性を露呈している。NPTと国際原子力機関(IAEA)の保障措置体制を中心に築かれたこの秩序は、基本的な取引の上に成り立っている。すなわち、非核兵器国は核兵器を放棄する。その見返りとして、安全保障上の保証、平和的核技術へのアクセス、そして軍縮に向けた誠実な努力が約束される、という取引である。 この体制は差別的でありながらも、機能してきた。ただし、それが信頼に足るものと見なされている限りにおいてである。条約を遵守している非核兵器国が、核開発への疑念を理由に軍事行動の標的となるなら、その信頼性は根底から揺らぐ。 この信頼の揺らぎの中心にあるのが、核抑止論である。今回の紛争以前、イランの姿勢は広く「ヘッジング」と理解されていた。すなわち、兵器化の一線を越えることなく、核関連の技術的能力を高める戦略である。 この姿勢により、テヘランは兵器化に伴う全面的なコストを避けながら、交渉上の影響力を維持することができた。しかしヘッジングは、ある共通理解に依存している。しかしヘッジングは、曖昧さは許容され、少なくとも違法な武力行使によって罰せられることはない、という共通理解に支えられている。 戦争は、その前提を打ち砕いた。そこから導かれる教訓は明白である。核潜在能力は攻撃を抑止しないが、核兵器の保有は抑止し得る。北朝鮮との比較は示唆的である。北朝鮮の公然たる核戦力は、ワシントンとの数十年にわたる敵対関係にもかかわらず、同国を大規模な介入からおおむね守ってきた。 テヘラン、そして他国の政策決定者にとって、この含意を無視することは難しい。曖昧さが脆弱性を招くのであれば、抑止力という形で明確さを持つことが合理的に映る可能性がある。核兵器は、政治的負債から戦略的必需品へ再定義される危険がある。 その影響はイランにとどまらない。核不拡散体制は長らく、条約を遵守しても罰せられることはないという信頼に支えられてきた。しかし近年の歴史は、すでにその前提を揺るがしている。ウクライナは1990年代、安全保障上の保証と引き換えに、当時世界第3位の核兵器を放棄した。しかし数十年後、ロシアの侵攻に直面した。 リビアも自国の核計画を放棄したが、その後まもなく、米国主導の外部介入を経て体制崩壊を経験した。こうした前例は、核不拡散体制への信頼を少しずつ損なってきた。 こうした背景の下、イランとの戦争は憂慮すべき構図をいっそう強めている。核兵器を持たない国は脆弱に見え、核兵器を持つ国は安全に見える。これは、核不拡散体制が本来支えるべき理念とは正反対である。 IAEA当局者は、こうした力学が「ドミノ効果」を引き起こし、複数の国が自国の選択肢を再検討する事態につながりかねないと警告してきた。中東全域、そしてその外側でも、各国政府は自国の前提を静かに見直している。 軍事的侵略はまた、核不拡散をいっそう困難にする形で国内政治を変化させる。外部からの圧力は強硬派を勢いづかせ、対話を重視する勢力を周縁に追いやる。これは意図せざる結果ではなく、予測可能な帰結である。強硬派は妥協に応じにくく、核兵器を生存に不可欠なものと見なしやすい。 核武装への誘惑が強まるにつれ、外交の余地は狭まる。言い換えれば、戦争は能力だけでなく、国家の選好そのものを変えてしまうのである。 軍事的解決には、現実的な限界もある。空爆によって施設を損傷させ、あるいは「壊滅」させることはできるかもしれない。しかし、知識そのものを消し去ることはできない。科学的専門性を爆撃で消滅させることは不可能である。実際、介入は、止めようとしているプロセスを地下に押し込み、むしろ加速させる可能性がある。かつて査察官の目に見えていた計画が、より秘密化し、監視はいっそう困難になるかもしれない。 地域への影響も同様に深刻である。中東はすでに、対立と脆弱な安全保障体制に特徴づけられている。イランが核兵器取得へと傾けば、とりわけそれが紛争によって加速される場合、周辺国の対抗措置を誘発する可能性が高い。 サウジアラビアとトルコはいずれも、静観することはないと示唆してきた。その結果、連鎖的な軍拡競争が起こり、すでに不安定な地域が、多極的な核環境へと変わる恐れがある。 これは典型的な安全保障のジレンマである。ある国が自国の安全を高めようとする行動は、他国に不安を抱かせ、相互の対抗措置を招き、結果としてすべての国をより悪い状況に置く。国連の承認を得ない一方的な武力行使によって潜在的脅威を排除しようとすることで、米国はむしろそうした脅威を増やす可能性がある。その結果、この地域は、イラン一国だけでなく、複数の国が核兵器開発の一歩手前に立つ事態に直面しかねない。 こうした力学は、より深い欠陥を浮き彫りにしている。すなわち、軍事力によって核拡散を解決できるという思い込みである。核開発への志向は、単なる技術的問題ではない。それは不安に対する政治的反応である。爆撃は症状に対処するだけで、原因には向き合わない。 国家を核能力の獲得へと向かわせる安全保障上の懸念に取り組まない限り、強制だけで持続的な成果を生むことはできない。NPTからJCPOAに至るまで、核不拡散上の成果はいずれも、軍事的手段ではなく、緻密な外交交渉によって達成されてきた。 過去の経験もそれを裏づけている。不完全ではあっても、外交合意は核計画を制約してきた。JCPOAの崩壊は、イランの活動を制限していた仕組みを取り除いた。信頼に足る外交的代替策がない中で、軍事行動は遅延策にすぎない。短期的な時間を稼ぐ代わりに、長期的には核兵器追求への誘因を強めるのである。 この戦争はまた、国際法が権力政治に従属しているとの認識を強める危険がある。強大な国々がルールを迂回できるのであれば、弱い国々は国際法に信頼を置かなくなるだろう。代わりに、容易には無力化されない軍事能力に頼ろうとする可能性がある。核兵器は抑止の道具であるだけでなく、主権と生存の象徴にもなる。 おそらく最も長く残る影響は、心理的なものだろう。国家は前例から学ぶ。イラク、リビア、ウクライナ、そして今やイランに至るまで、一つのパターンが浮かび上がっている。脆弱性は介入を招き、核能力はそれを抑止する。この結論は不快かもしれないが、国際政治の冷徹な論理を反映している。いったんこうした認識が定着すれば、それを覆すことは難しい。 その意味で、この戦争はイランだけでなく、世界の核不拡散体制にとっても分水嶺となる可能性がある。戦争はリスクと安全保障に関する認識を変え、抑制よりも拡散を促す方向に作用する。現時点で核兵器を追求する意図を持たない国々でさえ、国際的な保証の信頼性が揺らぐ将来に備え、ヘッジングに踏み出すかもしれない。 悲劇は、拡散を防ぐはずの政策が、むしろ拡散を加速させかねない点にある。信頼を損ない、強硬派を勢いづかせ、抑止の論理を強化することで、米国は自ら掲げる目的とは逆の結果を招く危険を冒している。たとえ軍事行動が短期的にイランの計画を後退させたとしても、長期的な帰結ははるかに深刻なものになり得る。 より秘密裏に進められ、より強固な決意を伴い、より広く模倣される核兵器追求は、核不拡散の勝利ではない。それは、核不拡散体制が徐々にほどけていくことを意味する。地政学的に言えば、「オウンゴール」である。 核不拡散の目的が核兵器の役割を低減することにあるなら、この紛争はその反対方向を示している。条約や規範だけでは安全を確実に保証できず、不確実な世界における究極の保険は依然として核兵器である、というメッセージを発している。 そのメッセージは、イランをはるかに越えて響くだろう。その帰結は、今後数十年にわたり、各国の核をめぐる選択を形づくる可能性がある。 イラン戦争が世界に突きつけている問いは、論争的なものではなく、極めて明白である。すなわち、NPTの寄託国である米国と、同条約に加盟していない事実上の核保有国であるイスラエルが、外交を退け、爆撃によって核不拡散を実現しようとすることが、新たな常態となるのか、という問いである。 ニューヨークで開かれている今回のNPT再検討会議が、過去の会議と同様に、条約の三本柱――核不拡散、主権平等に基づく平和的核協力、そして軍縮――の今後の道筋について合意に至ることができなければ、それはこの問いに肯定で答えるに等しい。その場合、NPTが最終的な衰退局面に入る兆候となるかもしれない。 H・M・G・S・パリハッカラ氏は、スリランカの元外務次官、元駐国連大使・国連常駐代表。国連事務総長の軍縮諮問委員会の議長・委員を務めたほか、国連軍縮会議、NPT再検討・延長会議、核兵器に関する国連政府間パネルなど、軍縮・不拡散分野で長年にわたり活動してきた。 INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: 核兵器の遺産は世代を超えてなされてきた不正義の問題である(メリッサ・パークICAN事務局長インタビュー) カザフスタン、非核化の成功例を国連で示す―なお難題として残る中東 NPTの信頼性が重大な試練に

|御木本真珠島|世界初の真珠養殖に成功した島

【東京/志摩INPS Japan=浅霧勝浩】 「『世界中の女性を真珠で美しく飾りたい。』これは1954年に96歳で他界した御木本幸吉が終生望んだ夢でした。」と、株式会社御木本真珠島の柴原昇取締役は、同社が経営する「ミキモト真珠島」の島名の由来でもある創業者の銅像の前で、私たちに説明してくれた。 柴原氏はさらに、「御木本幸吉は、その夢を実現するには、尾崎行雄が目指した民主主義の理念に基づく平和と信頼関係が諸外国との間になければならないことを理解していました。」と語った。 三重県旧宇治山田市(現伊勢市)選出で、雅号「咢堂(がくどう)」でも知られる尾崎行雄は、衆議院議員を63年務め(1890年~1953年)、「憲政の神様」「日本の立憲民主主義の父」として今なお尊敬を集めている。一方、御木本幸吉は、尾崎行雄の最大の理解者の一人であり、両者は奇しくも同じ1858年に生まれ、1953年に他界している。 「私は、いえ私たち社員は、二人の意志を引き継ぎ、関係機関・団体のみなさまと連携協力し、これからも民間外交の一端を担っていきます。」と柴原氏は語った。 尾崎行雄とも縁が深い日米親善の伝統的行事であるワシントン「桜まつり」では、1957年以来、新たに選出される「全米さくらの女王」の頭上に、ミキモトが寄贈した「真珠の王冠」が載せられている。ミキモトはまた、「全米さくらの女王」一行が親善使節団として来日(内閣総理大臣や国会議長等を表敬訪問)する際には、三重県鳥羽市(名古屋から南西150キロ)にあるミキモト真珠島でも一行を歓迎し、女王に真珠を贈呈している。 全米さくらの女王一行の三重県訪問については、2010年以来伊勢市の委託で「尾崎咢堂記念館」を運営管理しているNPO法人咢堂香風(2006年設立)が、受入・日程調整等全般を担当している。 記者らも、G7伊勢志摩サミット取材のため三重県を訪問した際に、咢堂香風の土井孝子理事長の案内でミキモト真珠島を訪問した。ここは御木本幸吉が1893年に世界で初めて真珠の養殖に成功したゆかりの島であり、現在はパールブリッジで本土とつながっている。伊勢湾の美しい景観に囲まれた緑豊かな島内には、株式会社御木本真珠島が運営する、真珠博物館(養殖過程等の展示・真珠宝飾品・美術工芸品の展示)、御木本幸吉記念館、パールプラザ(真珠製品などミキモトブランド商品・オリジナル商品等の販売、レストラン)、海女スタンド(海女によるアコヤ貝の採取実演を見学)などの建物があり、ゆったりと真珠の魅力に浸ることができる。 ミキモト真珠島はまた、G7伊勢志摩サミットにおける配偶者プログラムの訪問地に選ばれ、5月26日午後には、カナダのドルトー夫人、ドイツのザウアー夫君、トゥスク欧州理事会議長夫人、安倍昭恵総理夫人が同島を訪問した。 その2日後、記者らは柴原氏の案内で、海底に潜ってアコヤ貝を採取する海女の実演を見学した。ミキモト真珠島では、真珠養殖を支えた海女の活躍を記念するために、年間を通じて海女の実演を行っている。昔ながらの白い磯着の海女がみられるのは今ではここミキモト真珠島だけになったと言われている。 御木本幸吉記念館は、幸吉の郷土との深い関わりと、波瀾に富んだ生涯と業績をテーマに、生家「阿波幸」の復元、鳥羽に残る幸吉の足跡、当時(明治時代)の鳥羽の様子が一目でわかるジオラマなど、数多くの写真や実物、説明パネルを時代順に展示している。ここに展示されている幸吉愛用の日常品やコレクションなど、遺品の数々は、幸吉独特の人生哲学や暮らしぶりを伝えている。 御木本幸吉は1958年に鳥羽市で代々うどんの製造・販売を営む「阿波幸」の長男として生まれた。郷里の志摩地域で採れる真珠の美しさと価値を理解していた幸吉は、当初しばらくあこや貝の増殖に取り組んだ後、前人未到の真珠の養殖実験に取り掛かった。そして1893年には、ついに真珠の養殖に成功(5粒の半円真珠の誕生)、1908年には真円真珠養殖法の特許を取得している。 柴原氏は、ミキモトが1926年のフィラデルフィア万博に出品した「法隆寺五重塔」の縮尺模型(12,760個の真珠を使用)等、真珠博物館に展示されているいくつかの精巧な作品を見せてくれた。 「パールクラウン1世」は、1987年の『養殖真珠誕生85周年』を記念して制作された作品で、デザインは、1911年の英国王ジョージ5世とメアリー王妃の戴冠式のために作成された「メアリー王妃の王冠」をモデルにしており、18金地金700グラムに872個のミキモト養殖真珠と188個のダイヤモンドが鏤められている。 「パールクラウン2世」は、中世ビザンチン様式の王冠をモデルに制作された作品で、王冠のトップに16ミリの真珠をあしらい、18金地金950グラムに796個のミキモト養殖真珠と17個のダイヤモンドが鏤められている。また王冠上部のベルベット地の表面にピンクの真珠をあしらっている他、真珠の一部は固定されずペンダント状に付けられているため、動くと漣のように揺れる構造となっている。 そして「真珠の地球儀」。幸吉は、事務所の部屋に大きな地球儀を置いて、客が来るとそれをくるくる回して『わしは毎日世界を飛び回っているのだ』と言ったといわれている。つまり、「地球儀」は、広い視野で世界を見据えて真珠の事業を進めてきた幸吉の精神を象徴するものだった。 アメリカ独立の象徴でもある「自由の鐘」(真珠12,250個、ダイヤモンド366個を使用)も、真珠博物館に展示されている代表的な作品である。有名な鐘の「ひび割れ部分」も、実物と同じような青真珠で表現されている。「ミキモトがこの作品を、1939年(昭和14年)にニューヨーク万国博覧会に出品した際には、『百万ドルの鐘』として大評判になりました。」と柴原氏は語った。 柴原氏は、「この『地球儀』は、人類の地球環境への関心を高めるために、1990年(平成2年)に制作された、ミキモトの職人芸の粋を凝らした作品例です。このユニークなデザインと宝飾を施した地球儀は、それまでに作られたどの地球儀にも似ていません。」と、解説してくれた。 この「地球儀」は、一見すると不安定に感じるが、回転する姿は角度によって様々な表情を見せる。地球本体を支える軸はブロンズ製黒紫仕上げの円柱で、地軸に合わせた傾斜角が付けられている。円柱には黄道十二宮の各星座が真珠と金の高肉象嵌技法(地板面より金線を高く出す技法)で表されており、これにより、真珠の球形と相まって立体的な効果を出している。また、台座はブロンズ鋳造による直径70cmの12角形で、それぞれの面には日本の季節を代表する草花を銅版に彫金し、美しい金銷技法で仕上げた花卉文薄肉彫が取りつけられている。 また御木本幸吉記念館では、米国の著名な発明家で事業家のトーマス・エジソンが御木本幸吉に宛てた手紙を見かけた。これはエジソンと幸吉が、ニュージャージー州ウエスト・オレンジにあるエジソンの研究所を一緒に訪れたあとに書かれたものだ。 エジソンは、「親愛なる幸吉」としたためたこの手紙の中で、「真珠の養殖という、生物学的に不可能とされていたことを可能にしたあなたの業績は、世界の不思議の一つですね。」と述べている。これに対して幸吉は、「あなたが世界の発明家たちの仰ぐ月ならば、私は小さな星の一つに過ぎません。」と返答している。 真珠は、数千に及ぶカルシウムの結晶と真珠層タンパク(コンキオリン)が交互に重なった層状をなしており、その価値は、大きさ、形、色、光沢、キズによって決められる。中でも最も重要な要素は真珠層の厚さである。またネックレスやマルチパールブローチでは、全体の調和・バランスも重要な要素となる。 パールプラザには、1階にミキモト製の豊富な真珠製品・オリジナル製品を取り揃えた「パールショップ」、2階には鳥羽湾の絶景を眺めながら食事が楽しめる「レストラン」がある。 「世界中の女性を真珠で美しく飾りたい。」という御木本幸吉の夢は実現された。ミキモトの店舗は、日本国内はもとより、パリ、ニューヨーク、シカゴ、ボストン、ロサンゼルス、サンフランシスコ、上海、シンガポール、ムンバイ他にも出店をはたし、世界の一流宝石店として高い評価を得ている。柴原取締役は、新たな顧客と市場を求めて世界に熱い視線を注いでいる。 またミキモトでは、企業の社会的責任(環境CSR)を念頭に、自然環境の保全と永続的な養殖事業のために、排出物ゼロ(=真珠の養殖過程での排出物を全て活用すること)を目指した、ゼロ・エミッション型の真珠養殖を推進している。具体的には、真珠を採収した後の貝肉や貝殻からコラーゲンや真珠層タンパク(コンキオリン)、パールミネラルなどの有用成分を抽出して化粧品や健康食品の原料として利用している。さらに、貝殻を装飾品や土壌改良剤として、また貝肉残渣物や養殖中の貝殻の付着生物を堆肥(コンポスト)として活用している。(原文へ) 翻訳=INPS Japan 関連記事: 尾崎咢堂の精神を今日に伝える日本のNGO |日本|「神都」の伝統を守る若き市長 世代を超えて受継がれる平和と友情の絆

フィリピンの先住民族指導者、古来の知恵を世界の舞台へ

【サマルカンド(ウズベキスタン)IPS=キジト・マコエ】 毎年、フィリピンの深い森の上空に黒雲が立ちこめる季節になると、アプライ・カンカナエイ族の56歳、ミニ・バエイエンスは、注意深く空を見守る。 ある日の午後、薬草を採りに森へ入ろうとしていたとき、堂々たるフィリピンワシが樹冠の中から姿を現し、上空を舞った。外部の人々にとっては、それは希少な鳥が飛んでいる光景にすぎなかった。しかし、バエイエンスにとっては、それは「使者」だった。|ENGLISH| 祖父は彼に、自然を注意深く観察することを教えていた。ワシが普段とは異なる時刻に現れることや、飛んでいく方向は、しばしば天候の変化や危険の兆しを示す。 その日、バエイエンスは森へ向かうのをやめた。数時間後、山々は激しい雨に打たれ、洪水と地滑りが相次いで発生し、近隣の集落を襲った。 フィリピンの先住民族は何世代にもわたり、環境破壊によってますます脅かされる土地で生き抜くため、伝統的知識に依拠してきた。 「ワシが現れる時間帯、曜日、月には特定の意味がある。そして、その地域の先住民族コミュニティだけが、フィリピンワシという野生生物が伝えるメッセージを読み解くことができるのです。」フィリピンの先住民族指導者ジョヴァンニ・レイエスは、バエイエンスの体験に基づくこの逸話をこう説明した。 レイエスはIPSの取材に対し、こうした警告は野生生物と人々の間に相互扶助の関係を生み出すと語る。 「ワシが人々に警告を与えると、人々はその見返りとして生息地を守るようになります。」とレイエスは言う。「その生息地を守ることが、結果として領域全体の保全につながるのです。」 ワシの出現が危険を告げることもある、と彼は説明する。 「ワシが現れたことで、大きな嵐が来ると人々は判断します。だから、危険を避けるため、誰も外へ出てはならないと言うのです。」 今週、ウズベキスタンのサマルカンドでは、第8回地球環境ファシリティ(GEF)総会が開かれている。各国閣僚、環境専門家、市民社会の代表らが集まり、地球規模の環境危機に対する資金調達の解決策を探る中、先住民族指導者たちは、バエイエンスのような物語が、しばしば見過ごされてきた真実を示していると訴える。すなわち、先住民族の知識は単なる文化遺産ではなく、生き残るための実践的な手段でもあるということだ。 国際的な環境資金の歴史において初めて、先住民族は保全事業の単なる受益者としてではなく、世界の気候・生物多様性目標の達成に不可欠な知識体系を持つパートナー、助言者、権利主体として、ますます認識されるようになっている。 GEF第9次増資サイクルは、大きな転換点を示している。先住民族は、世界に残された自然生態系を守り、その貢献を地球規模の保全活動に組み込むうえで、重要なパートナーとして正式に認められ、関与していく見通しである。 この転換の中心にいるのが、ジョヴァンニ・レイエスである。彼は、世界最大級の環境資金メカニズムの一つであるGEFに対する先住民族諮問グループ(IPAG)の議長を務めている。 フィリピン北部の山岳地帯コルディリェラ地方のサガダに生まれたレイエスは、カンカナエイ先住民族に属する。彼の権利擁護活動は、先住民族の領域で起きてきた「開発による侵害」を目の当たりにした経験から生まれた。 「先住民族コミュニティのために、そしてその代表として立場を築かなければならないと考えた大きな理由の一つは、私たちの地域で開発による侵害が起きてきたからです。大規模伐採や、コミュニティを水没させかねなかったダム建設も含まれます」と彼は語る。 彼の活動は、山奥の村々から地球規模の環境交渉の場へと広がっていった。そこで彼は、先住民族コミュニティは開発の障害ではなく、生態系の守り手として認識されるべきだと訴えている。 転機となったのは2011年である。レイエスは、フィリピン全土の先住民族の領域を地図化する取り組みに参加した。 先住民族コミュニティにとって、地図化とは単に境界線を引くことではない。何世紀にもわたって口承で受け継がれてきた知識を、政府や制度が認める証拠へと翻訳することを意味する。 「私たちは、地形、景観、境界に関する先住民族の知識を翻訳し、それを地図という物理的な形にしなければなりません。」とレイエスは説明する。 その地図は、法的・政治的闘いにおいて強力な道具となった。 「地図化は、私たちが自分たちが何者であるかを口頭で説明できるだけでなく、先住民族自身が作成した地図という形で、その領域を示す証拠を持っていることを政府に示すものです。」 そこから生まれたのは、古来の知識と現代科学との稀有な協働だった。 「そこには、伝統的知識と科学の調和があります。」とレイエスは言う。 今日、この組み合わせは、GPSによる地図作成などの技術を用いて、先住民族コミュニティが森林を監視し、炭素貯蔵量を測定し、生態系の健全性を評価するうえで役立っている。 「伝統的知識と実践を科学と調和させれば、森林の健康状態を判断するための一覧表を作成することができます。」と彼は語る。 しかし、そうした領域を守ることは依然として容易ではない。 レイエスによれば、先住民族が土地と結ぶ深い精神的なつながりは、しばしば開発事業との対立を生む。 「先住民族には、それぞれ聖地や神聖な儀礼の場があります。カトリック教徒や教会にとって大聖堂があるのと同じことです。」 川や小川、森林は、単なる天然資源ではない。それらは、生きた文化的景観の一部である。 「こうした宗教的・精神的価値が、どのような手段を用いてでもこれらの地域を守ろうとする強い意思を形づくってきたのです。」 しかし、抵抗にはしばしば代償が伴う。 「彼らの地域で開発が進められ、文化や精神的価値を理由にそれを拒むと、彼らは犯罪者扱いされ、テロリストと見なされるのです。」 レイエスは、フィリピンの先住民族が直面する闘いは、世界各地の先住民族コミュニティが直面する課題と重なっていると指摘する。 世界的に、土地収奪は先住民族、牧畜民、小規模農民にとって深刻化する課題となっている。とりわけ途上国では、土地保有制度の脆弱さ、所有権に関する文書の不足、統治の失敗により、コミュニティは土地を奪われやすい状況に置かれている。 アフリカからアジア、中南米に至るまで、農地、鉱物資源、保全地域、大規模投資事業への需要の高まりが土地をめぐる競争を激化させ、地域コミュニティを政府や民間投資家と対立させるケースが増えている。 何世代にもわたって土地を占有し管理してきたコミュニティであっても、正式な権利証書を持たない場合が多い。そのため、有力な利害関係者が、疑わしい取引、汚職、法の抜け穴を通じて広大な土地を取得しやすくなっている。 東アフリカのタンザニアには、農業やその他の商業事業のために土地を求める外国投資家から大きな関心が寄せられてきた。しかし、土地保有の安全性が欠如しているため、多くの農村コミュニティが土地喪失の危険にさらされている。分析者によれば、一部の投資家は正式な取得手続きを迂回し、村の当局と直接交渉してきた。このことが紛争を助長し、信頼を損ない、土地収奪との非難を引き起こしている。 伝統的な土地保護の仕組みが弱体化する中、影響を受けるコミュニティは、権利を守り、祖先伝来の土地や共同体の土地に対する法的承認を得るため、裁判、抗議行動、参加型の土地地図化にますます頼るようになっている。 ブラジルでは、先住民族グループがアマゾンで違法伐採、採掘、森林破壊に直面し続ける一方、気候変動と関連する干ばつや火災の激化にも耐えている。 かつてスワジランドと呼ばれたエスワティニでは、農村コミュニティが、繰り返される干ばつ、水不足、農業生産性の低下に苦しむようになっている。 文化的背景には大きな違いがあるにもかかわらず、先住民族は共通の現実を抱えている。彼らは世界で最も生物多様性に富む景観の中に暮らす一方で、環境劣化と気候変動による混乱の最も重い負担を背負っているのである。 レイエスがいまGEF評議会で提起しているのは、まさにこうした懸念である。 「ここでの先住民族の役割は、先住民族コミュニティに影響を及ぼす事項について、評議会に助言することです。」と彼は言う。 重要な課題の一つは、GEFを通じて資金提供される事業が、「自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)」の原則を尊重するよう確保することである。 「私は、自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意を含む一定の権利について評議会に助言しています。どのGEF機関が実施する事業であっても、先住民族の領域に入る事業は、自由意思による事前の十分な情報に基づく同意を経なければなりません。」 GEF内で先住民族に対する認識が高まっていることは、重要な節目である。歴史的に、主要な環境資金機関は主に政府や国際機関によって設計され、先住民族が意思決定に参加する余地は限られていた。 今日では、先住民族代表が正式な助言の役割を担っている。これは、地球規模の環境目標は先住民族による管理なくして達成できないという、より広範な認識を反映している。 実際、レイエスは、先住民族はすでに世界で最も野心的な生物多様性目標の一つを上回っていると主張する。 昆明・モントリオール生物多様性枠組は、2030年までに地球上の陸域と水域の30%を保護することを求めている。 「しかし、それは先住民族によってすでに達成されています」とレイエスは言う。「現在、先住民族が管理している地域は、およそ32%から40%に達しています。」 言い換えれば、多くの先住民族コミュニティは、各国政府がようやく達成を目指し始めた規模で、生態系を守り続けてきたのである。 この成果は、数十億ドル規模のプログラムによって生まれたものではなく、文化、信仰体系、伝統的実践に根ざした何世紀にも及ぶ管理の積み重ねから生まれたものだとレイエスは強調する。 「先住民族の領域は、保護されてきた流域や山々によって、炭素を吸収する能力という点で最も大きな貢献をしています。」とレイエスは言う。 サマルカンドで代表団が資金配分の優先順位、生物多様性目標、気候への野心について議論する中、レイエスは簡潔で力強いメッセージを発している。 「気候であれ、生物多様性であれ、条約の締約国に申し上げたい。先住民族の領域は、地球の心臓を形づくっているのです。」 彼は一呼吸置き、その比喩をさらに広げた。 「人の心臓が破壊され、傷つけられれば、身体は崩壊します。それと同じように、先住民族の領域が傷つけられれば、生態系は崩壊し、生物多様性も崩壊するのです。」 フィリピンの森では、コミュニティが今もワシの導きを仰いでいる。その地では、この真実は長い間理解されてきた。 先住民族指導者たちがいま訴えている課題は、世界の残りの人々がその声に耳を傾けるようにすることである。 第8回地球環境ファシリティ総会は、2026年6月6日までウズベキスタンのサマルカンドで開催されている。本特集記事はGEFの支援を受けて掲載された。編集内容についてはIPSが単独で責任を負うものであり、必ずしもGEFの見解を反映するものではない。 INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: 先住民の知識は解決策をもたらすが、その利用は先住民コミュニティーとの有意義な協働に基づかなければならない 北極圏会議で注目を浴びる先住民族 |タンザニア|土地収奪を狙う投資家と闘う先住民族社会

すべての人に教育を、教育にすべての力を

教育の構造改革は、場当たり的な決定だけでは実現しない 【カトマンズNepali Times=スディクシャ・トゥラダール】 バレンドラ・シャハ首相率いる政府は、学校教育の改善に向けた一連の施策を発表し、発足直後から矢継ぎ早に動き出した。しかし、その1か月後にあたる今週、政府はブルドーザーを投入し、少なくとも4校の地域運営の学校を含む河岸沿いの集落を一帯ごと取り壊した。|ENGLISH| マノハラ川とバグマティ川の河岸沿いの一画は、まるで戦場のような惨状を呈していた。学校の建物は瓦礫と化し、床は異様な角度に傾いていた。ある学校では、地元の区役所が2015年の地震時に国際赤十字委員会(ICRC)から提供されたテントを使い、運び出した机や椅子を並べて授業を続けていた。 1年生から8年生までの児童・生徒たちは深いショックを受け、自分たちの学校がなぜ取り壊されたのか理解できずにいた。教師たちにも答えはなかった。政府は、住まいを失った人々を移住させると説明し、住む場所を追われた子どもたちを受け入れるよう私立学校に求めた。 一方、河岸沿いの集落の取り壊しとは別に、全国の学校現場でも混乱が広がっている。先月就任したサスミット・ポカレル教育相が、就任直後から相次いで新たな方針を打ち出したためだ。 ポカレル教育相は、中等教育修了試験(SEE)後の進学準備講座を禁止した。続いて、5年生以下の児童については、上級学年に進むための年次試験を不要とする方針を示した。さらに、児童・生徒が教室で過ごす時間を減らし、屋外活動により多くの時間を充てるよう指示した。 「教科書を使わない金曜日」 ポカレル教育相は、バレンドラ・シャハ氏がカトマンズ市長だった当時の顧問であり、児童・生徒に実践的な技能や、芸術、音楽、農業などの創造的活動を学ばせる「教科書なしの金曜日」構想を主導した人物である。 もちろん、彼の決定には一定の合理性がある。大学進学のための「橋渡し」講座は過度に商業化され、生徒たちは入試準備のために高額な受講料を支払わざるを得なかった。保護者からは、小学生の子どもたちが年次試験にストレスを感じているとの声も上がっていた。また、屋外活動を義務づけることは、丸暗記中心の学習に代わる選択肢として位置づけられている。 大学における政党系の教職員組合や学生組織をすべて解体する計画も、広く歓迎された。これらの組織は政党の出先機関と見なされ、大学の日程を乱してきたと批判されていたためだ。 教育省がSEEの結果発表を従来の3か月後から1か月以内に短縮したこと、学士課程までの入学に市民権証明を必須とする規定を撤廃したこと、私立学校に10%の奨学枠を義務づけたことも、高く評価されている。 しかし、RSP政権の報道官も務めるポカレル教育相は、その後、一部の決定を撤回、または部分的に取り消した。そのため、教育現場には戸惑いが広がっている。さらに、旧政党が支配する自治体議会は、地元の学校は自分たちの管轄だとして、連邦教育省の新たな指示に従うことを拒んでいる。 「善意に基づくものであっても、決定は場当たり的で、断片的で、実行が難しい」と、ティーチ・フォー・ネパールの元代表キラン・ネパール氏は語る。「試験をなくすのであれば、子どもたちを評価する基準や仕組みは何になるのか。」 新政府の命令はあまりに拙速で、詰めが甘いとの指摘もある。試験なしに子どもを評価したり、教室の外で学ばせたりするには、教師に対するより充実した研修が必要である。 ポカレル教育相による進学準備講座の禁止には、強い反発も起きた。公立学校だけでは、生徒が自力で大学入学に備えるには十分ではないからだ。実際、全国のSEE合格率は2024年の48%から2025年には62%へ改善したが、その進展は全国の学校に均等に行き渡っているわけではない。 専門家は、政府がまず優先すべきだったのは、各地で非営利団体が進めている教員研修の充実や、公立学校の教員の意欲向上を後押しすることだったと指摘する。 「公立学校の教員の多くは正規の研修を受けているが、その技能を時代に即した効果的なものに保つには、定期的な再研修が必要である。」と、トリブバン大学の元副学長ケダル・マテマ氏は語る。 ネパールの子どもの約75%は公立学校に通っている。しかし、公立学校は資金も人員も不足しがちで、教師は暗記中心の教育に頼っている。公立学校の施設や教育の質が十分な水準に達していないため、多くの保護者は、より費用のかかる私立学校を選んでいる。一方、公立学校の質が高い地域では、私立学校への入学者は少ない。 「公立学校は、結束と寛容を備えた社会を築くうえで重要な役割を果たしている」とマテマ氏は付け加える。「公立学校は、経済的背景、民族、カーストの異なる子どもたちを一つの場に集め、共に学ぶ場である」 ネパールの農村部では、多くの生徒が教育を修了することに困難を抱えている。女子生徒の中退率は、児童婚や月経をめぐるタブーのため、依然として高い。娘を公立学校に、息子を私立学校に通わせる家庭も少なくない。 同時に、より良い学校を求めて都市部に子どもを送る家庭が増え、農村部の学校では児童・生徒数が減少している。専門家の推計によれば、ネパールの家庭は月々の支出の6.8%を学費に充てている。先進国ではこの割合は1.3%にとどまる。 「わが国では、多くの家庭が質の高い教育を求め、かなりの経済的負担を抱えながらも子どもを私立学校に通わせざるを得ないと感じている」とマテマ氏は言う。「公立学校の質を高めれば、この負担は軽減される。家庭は授業料を徴収する私立学校への依存を減らし、所得の相当部分を節約できるようになる」 実施を阻むギャップ ネパールの識字率は80%に上昇し、多くの郡では、ほぼすべての子どもが就学するようになった。しかし、教育の質はそれに追いついていない。過去50年に誕生した歴代政権は、カリキュラムの改善や教員研修を通じて教育の質を高め、平等を確保するため、善意に基づく計画を打ち出してきた。だが、それらは途中で放棄されるか、適切に実施されなかった。 歴代政権は教育分野の問題を把握し、改革のための予算項目まで設けてきたように見える。しかし、どこかの段階で実施が行き詰まってきたのである。 課題は、政治的な不備、計画を最後まで遂行しない体質、何が機能し、何が機能しなかったのかを検証する監視・評価の不足にある。過去には、政治的不安定と頻繁な政権交代が学校教育に影響を及ぼしてきた。 「政府と学校の間にある隔たりが、あらゆる決定の実施にも隔たりを生んでいる」とキラン・ネパール氏は語る。 期待されているのは、RSPが3分の2の多数を占めることで、政策の実行力が高まることだ。ポカレル教育相はまた、学校を週休2日とする方針を発表し、所定の履修内容を終えられるよう、冬休みやその他の祝日を削減することも決めた。これは妥当な判断だったが、教育関係者は、年間の学校暦がすでに公表された後に決定が出されたと指摘している。 先週、シャハ首相の政令により、政府内の政治任用職1,500人が解任された。その中には、大学や教育関連機関の教員、理事会メンバーも含まれている。 今後の大きな課題は、空席を適格な人材で埋めること、そして前政権が任命した役職者を、単にRSP系の人物に置き換えるだけに終わらせないことである。 新政府はデジタル化を強く推進しており、テクノロジーを活用して、教室での授業の質を飛躍的に高めることもできるはずだ。また、教育の質向上に実績を持つ国内外のパートナーとも連携すべきである。 初等教育を無償化した「学校セクター改革計画」と「学校セクター開発計画」は、改革の出発点となり得る。ただし、その際には外国援助への過度な依存を減らす必要がある。 マテマ氏はこう語る。「最優先すべきは、公立学校の質を高めるための投資である。同時に、新政府が地方自治体の能力を強化し、その管轄下にある学校を効果的に管理・監督できるようにすることも、同じく重要である。」 This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC. INPS Japan 関連記事: 草の根にSTEMを 隔離を禁止するだけでは不十分 日本生まれのネパール人の子どもたち、アイデンティティに揺れる

次期国連事務総長が重要である理由

国際機関への信頼が低下するなか、国連のリーダーシップをめぐる問題は民主主義そのものと切り離せない 【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=アマンダ・スーレック】 次期国連事務総長は、単に複雑な機構を管理するだけの人物ではない。代表性、説明責任、参加という民主主義の根幹をなす原則に支えられた国際システムにおいて、最高行政官であると同時に、道義的支柱としての役割を担わなければならない。国連憲章にはこうした価値が暗黙のうちに織り込まれているが、実際には民主主義そのものが常に優先され、十分に議論されてきたわけではない。だからこそ、事務総長のリーダーシップは今、とりわけ重大な意味を持つ。|ENGLISH| しかし、国連事務局ビル38階への道のりは決して平坦ではない。世界で最も困難な職務の一つとされる国連事務総長の選出は、国連加盟国による一般選挙ではなく、公平とは言い難い外交上の難関である。国連事務総長は、安全保障理事会の勧告に基づいて、総会によって任命される。この仕組みは、中国、フランス、ロシア、英国、米国という常任理事国5か国(P5)に、それぞれの政治的優先事項に基づく絶対的な拒否権を与えている。候補者が民主主義を擁護しようとするなら、民主主義の促進を西側による押しつけ、あるいは主権の侵害とみなす拒否権保有国を遠ざけることなく、それを行わなければならない。民主主義は国連加盟の正式な条件ではないが、多国間主義の正統性と有効性の中核にあるからである。 包摂的な統治、市民社会の参加、説明責任を果たす制度は、民主主義の重要な柱であり、持続可能な平和と開発に不可欠である。それらはまた、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」など、国際的な公約の信頼性を支える基盤でもある。実務的に見れば、民主主義は国連を三つの面で強化する。第一に、各国政府が国民の意思を反映することで正統性を高める。第二に、透明性と監視を通じて説明責任を強化する。第三に、包摂的な制度を可能にすることで、長期的な開発成果をより効果的に実現できるようにする。だが、これらの原則が世界各地で圧力にさらされるなか、国連が集団として行動する能力も弱まりつつある。次期指導者は、国連が掲げる民主主義への志向と、民主主義国、君主制国家、一党支配国家、軍事政権を含む加盟国の現実との隔たりを埋めなければならない。 したがって、事務総長はこの状況のなかで独自の立場に置かれている。その役割は必ずしも政治的に中立なものではない。加盟国の利害の均衡を図りながら、国連システムに刻まれた価値を守ることが求められるからである。この緊張関係のなかでこそ、民主的なリーダーシップが決定的に重要となる。民主主義の原則にコミットする事務総長は、市民社会の声を高め、選挙の公正性と法の支配を守り、人権とより広範な政治参加を訴え、多国間行動に必要な合意形成を損なうことなく、権威主義的な傾向に慎重に歯止めをかけることができる。そのような取り組みを通じて、国連事務総長は、国際協力への信頼回復に貢献し得る。いま、それは喫緊の課題である。 国連総会による事務総長候補者との非公式対話、各候補者のビジョン・ステートメント、履歴書を踏まえると、有力候補たちは、多国間リーダーシップにおける民主主義に対して、それぞれ異なるアプローチを示している。 ミチェル・バチェレ(チリ)は、人権とジェンダー平等の推進に長く携わってきた経験に裏打ちされた、強い規範的志向を持つ。彼女の実績は、民主的価値への明確なコミットメントを示している。一方で、その姿勢は、人権に基づく監視を警戒する国々の反発を招く可能性もある。 ラファエル・マリアーノ・グロッシ(アルゼンチン)は、核外交での経験に形づくられた、より技術的・実務的なアプローチを提示している。これは大国に受け入れられやすく、実務的協力を促進する可能性がある。その一方で、彼のビジョンでは民主主義や人権への明示的な言及は比較的弱く、これらの課題が彼のリーダーシップにおいてどの程度重視されるのかという疑問も残る。 レベカ・グリンスパン(コスタリカ)は、多国間主義への信頼再構築に焦点を当て、統治を経済的包摂と開発に結びつけてきた経歴を持つ。分断が深まる環境において、合意形成を重視する彼女の姿勢は強みとなる。ただし、民主主義が常に明確に前面に打ち出されているわけではない。 マッキー・サル(セネガル)は、グローバル・サウスの公平性と代表性を強調し、最高レベルの政治・外交経験を備えている。しかし、国内における民主的統治の実績には評価が分かれる面がある。そのため、彼のアプローチは制度的な民主改革よりも、開発や構造的不平等の是正を優先するものとなる可能性がある。 同時に、誰が国連を率いるのかという問題は、代表性そのものの問題と切り離せない。次期事務総長に女性を任命することは、単なる象徴的な節目にとどまらず、民主主義の原則を実質的に確認する行為となる。ジェンダー平等は、政治制度が平等な参加、代表、発言権をどの程度保障しているかを示すものであり、機能する民主主義の決定的な特徴である。数十年にわたる公約にもかかわらず、国連ではこれまで女性が事務総長を務めたことがない。この空白を埋めることは、国連が世界に向けて掲げる価値と自らの指導体制を一致させる意思を示す力強いメッセージとなる。また、ジェンダー平等と包摂的統治に関する国連の取り組み、とりわけSDG5に関する活動の信頼性を高めることにもつながる。より広く見れば、それは民主主義が社会のあらゆる層の意味ある参加を必要とし、その原則がグローバルなリーダーシップの最高位にも及ぶべきであることを改めて示すものとなる。 国際民主主義・選挙支援機構(International IDEA)の知見も、民主主義が国連システムにとって周辺的な課題ではなく、その強靱性と存立に不可欠であることを示している。民主的制度は、紛争の可能性を低下させ、平和的な紛争解決を可能にすることにより、平和と安定に直接貢献する。また、世界的に統治への信頼が低下するなかで、制度への信頼を支える役割も果たす。さらに、多様な声が意思決定に反映されることを可能にし、包摂性を確保する。国際的な公約の進捗を検証するために必要な説明責任の仕組みも提供する。おそらく最も重要なのは、国連の場で民主主義を積極的に擁護する加盟国が減少するなか、これらの原則を守る責任が、国連システム内の独立した機関にますます委ねられているという点である。 したがって、次期事務総長の選択は、国連の実務面での有効性だけでなく、その規範的方向性をも左右する。世界外交において民主主義という言葉が影を潜めつつあるいま、多国間主義が、共有された原則を前進させる枠組みではなく、権力の調整に重きを置く、より取引主義的なモデルへと傾いていく現実的なリスクがある。参加、説明責任、包摂、平等を通じて民主主義を擁護することは、任意の政策課題ではない。それは、有効で正統性ある多国間主義が依拠する基盤である。それを欠いても、国連は機能し続けることはできるかもしれない。しかし、世界を導き、その存在意義を保ち続けることは困難になるだろう。 アマンダ・スーレックは、ニューヨークにおける International IDEA の国連リエゾンを務めた。 INPS Japan 関連記事: チリは先に手を引き、モルディブは扉を閉ざした―国連事務総長選が映す静かな淘汰 「フェミニスト国連キャンペーン」、国連事務総長に有言実行を求める 国連、世界で最も多言語化された組織のひとつ

|報道の自由|奪われた命、削られる予算、失われる地位

【トロント、カナダIPS=ファルハナ・ハク・ラーマン】 世界の多くの地域で、報道の自由が後退している。 国連やメディア関連機関が近年発表した世界的な調査が示すように、独立し、権力を恐れず、多様性を備えた報道機関の衰退は、10年以上にわたって悪化し続けてきた。 この報道の自由をむしばむ流れは、民主主義の弱体化と独裁的指導者の台頭、ジャーナリストを標的にした暴力や迫害の急増、政府資金の削減、人工知能(AI)によって増幅されたフェイクニュースの拡散を助長する、ほぼ無規制のソーシャルメディア大手の台頭、そして権力中枢に近い縁故者へのメディア所有の集中と軌を一にして進んできた。 3月9日に「2026年ロイター記念講演」を行った、エルサルバドルの独立系メディア『エル・ファロ』の編集者カルロス・ダダ氏は、現在は亡命先で活動している。同氏は、次のように厳しく指摘した。 「極右的でポピュリスト的、かつ独裁的な波が世界を席巻し、あらゆるルールを打ち破っている。そして、いかなる権威主義体制や独裁体制においてもそうであるように、そのイデオロギー的基盤が何であれ、ジャーナリストは敵とみなされる。ジャーナリズムは犯罪化され、私たちの同僚は投獄され、あるいは殺されている。」 そのわずか数日前、バルセロナ自治大学は、エルサルバドルのナジブ・ブケレ大統領について、「テクノ・ポピュリズム型権威主義」のモデルを通じて、ラテンアメリカで最も報道の自由が制約された環境の一つを作り出していると評した。 https://www.youtube.com/watch?v=rakHuzi5Vc8 5月3日の「世界報道自由デー」は、今年のテーマに「平和な未来を形づくる―人権、開発、安全保障のための報道の自由の促進」を掲げている。しかし、戦争や混乱、経済危機が世界各地で続くなか、このテーマはきわめて困難な課題を突きつけている。 ユネスコは、5月4、5日にザンビア政府とともにルサカで2026年会議を共催する。同機関はまた、世界的に表現の自由が急速に後退していることを明らかにしている。ユネスコの『2022/2025年世界動向報告書:平和な世界を形づくるジャーナリズム』は、ジャーナリストに対する身体的攻撃、デジタル上の脅迫、そして自己検閲の急増を指摘している。 ユネスコはこの危機を「歴史的に重大かつ前例のない変化」と表現している。20年ぶりに、非民主的体制の数が民主主義体制を上回ったのである。世界人口の約72%が「非民主的な支配」の下で暮らしており、その割合は1978年以来、最も高い水準に達している。 ユネスコの報告書は、報道の自由、多元性、多様性の後退について、「より広範な傾向を反映している。すなわち、議会や司法機関の弱体化、社会的信頼の低下、分断の深化である。また、平等の後退とともに、環境問題を取材するジャーナリストや科学者、研究者への敵意の高まりとも重なっている」と指摘している。 さらに同報告書は、「大手テクノロジー企業の影響力が強まり、その政策や慣行が変化するなかで、ヘイトスピーチや偽情報がオンライン上で拡散しやすい土壌が生まれている」と警告している。 国境なき記者団(RSF)は「2025年世界報道自由度ランキング」で、ジャーナリストへの身体的攻撃は報道の自由に対する最も目に見える侵害である一方、「経済的圧力もまた、より目に見えにくい重大な問題である」と指摘している。 RSFは、「その多くは、メディア所有の集中、広告主や資金提供者からの圧力、さらに、公的支援が制限されている、存在しない、あるいは不透明に配分されていることに起因している」と指摘する。「今日のニュースメディアは、編集上の独立性を守ることと、経営を維持することの間で板挟みになっている。」 「ランキング史上初めて、世界の半数を超える国々で、ジャーナリズムを取り巻く環境が『困難』または『非常に深刻』と評価され、『満足できる』とされた国は4分の1未満にとどまった。」 世界報道自由デーは、1993年の国連総会決議に由来する。この日は、1991年にアフリカのジャーナリストたちが採択した、自由な報道の原則をうたう「ウィントフック宣言」を記念するものである。 しかしRSFが指摘するように、サハラ以南アフリカでは報道の自由が憂慮すべき後退を見せている。同地域では、80%の国々でランキングの経済指標が悪化した。 なかでもエリトリアは180位で、最下位にとどまった。コンゴ民主共和国は10ランク下落して133位となり、経済指標が急落した。ブルキナファソ、スーダン、マリなどの紛争地域では報道の自由が大きく後退し、報道機関は自己検閲や閉鎖、国外での活動を余儀なくされている。 RSFは、カメルーン、ナイジェリア、ルワンダの事例を挙げ、「編集上の独立性を守る仕組みがないまま、政治家や財界エリートの手にメディア所有が過度に集中することは、依然として繰り返される問題である」と述べている。 それでもRSFは、南アフリカ、ナミビア、カーボベルデ、ガボンなど、比較的上位に位置する国々は「希望の光」を示していると付け加えた。 独裁的なポピュリスト、権力に近いメディア所有者、そして縮小する予算という有害な組み合わせによって、明らかな犠牲となっているのが気候変動報道である。本来なら力強い報道を展開する有力メディアでさえ、世界的な気候危機に関する報道を縮小しており、情報への公共アクセスを促進するというSDGsの重要なターゲットにとっても、新たな打撃となっている。 中国は依然として「世界最大のジャーナリスト監獄」であり、RSFの世界報道自由度ランキングでは178位と、北朝鮮の一つ上に位置している。 バングラデシュは世界報道自由度ランキングで149位だった。今年2月の議会選挙を受け、RSFはバングラデシュの新政権に対し、恣意的拘束、司法制度の政治利用、ジャーナリストに対する犯罪の不処罰に終止符を打つよう求めている。こうした人権侵害は、同国の報道の自由に長期的な打撃を与えてきた。 4月にイタリアのペルージャで開かれた年次国際ジャーナリズム祭を受け、報道界の現状を総括した調査報道ジャーナリストのキャロル・キャドワラダー氏は、女性が創設した、恐れを知らない真に独立した英国メディア『ザ・ナーヴ』に寄稿し、2023年10月のハマスによるイスラエル攻撃以降、イスラエル軍によって200人を超えるパレスチナ人ジャーナリストやメディア関係者が殺害されたことに触れながら、「この暗い時代に光は多くない」と述べた。 それでも同氏は、イタリアの丘上都市で開かれた同フェスティバルに「熱気」を感じたという。 「世界各地には、権力に説明責任を求めようと、地道な努力を続けるジャーナリストたちがいる」と彼女は書いた。「そして近年、その役割を担うのは、既存メディアが残した空白を埋めるために生まれた、小規模ながらも既存勢力に挑む新興メディアであることが増えている。」 また、亡命先で活動するエルサルバドルの独立系メディア『エル・ファロ』の編集者ダダ氏が講演で述べたように―「私たちは抵抗するジャーナリストである。私たちの権利の侵害に抵抗し、公的情報へのアクセス封鎖に抵抗し、歯止めのかからない権力に抵抗している。私たちは四半世紀にわたり、民主主義の下でジャーナリズムを実践してきた。しかし、その時代は終わった。今日、私たちは抵抗する編集部として活動している。」(原文へ) INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: アフガン報道の危機 逮捕・検閲・崩壊 国家による殺人事件が過去最高を記録 ファクトチェック:フェイクニュースへの反撃

WHO:移民・難民の健康リスク深刻化 世界の保健体制はなお不十分

【国連IPS=オリトロ・カリム】 世界で人の移動が過去最高水準に達するなか、移民や難民の健康リスクが一段と深刻化している。世界保健機関(WHO)によれば、現在、世界では約8人に1人に当たる約10億人が移動の途上にある。多くは貧困や不安定な生活、基礎的サービスへのアクセス不足など、厳しい環境に置かれている。国際移民の数が1990年以降で倍増するなか、WHOは、拡大する需要に対応するため保健システムの抜本的強化が必要だと訴えている。 WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は、「難民や移民は、支援を受ける対象であるだけでなく、医療従事者であり、ケアの担い手であり、地域社会のリーダーでもある」と指摘した。そのうえで、「保健システムが真に普遍的であると言えるのは、すべての人に行き届くときだけだ。難民や移民もまた、他の誰と同じように、どこにいても、途切れることなく、手頃な費用で、公平に保健医療サービスを受けられなければならない」と強調した。 WHOによると、世界の国際移民は約3億400万人に上り、このうち1億7000万人が移民労働者である。さらに約1億1700万人が強制移動を余儀なくされた人々で、4900万人は子ども、230万人は難民として生まれた人々だという。 こうした国際移民の71%以上は低・中所得国で暮らしている。しかし、これらの国々の多くは、深刻な資源不足と脆弱な保護体制を抱えている。なかでも、周縁化された人々への影響は深刻だ。女性や少女はジェンダーに基づく暴力にさらされやすく、必要な支援にもアクセスしにくい。保護者のいない子どもは搾取や虐待、ネグレクトの危険に直面しやすく、障害のある人々は利用面での障壁や差別にいっそうさらされている。 難民や移民は、移動の制限や医療へのアクセスの阻害、根強い差別、言語・文化の壁などによって、健康リスクにさらされやすいことが明らかになっている。こうした脆弱性は、紛争や気候関連災害によってさらに深刻化し、感染症や慢性疾患、メンタルヘルス上の問題に加え、危険な生活環境や労働環境にさらされる人々を世界各地で増やしている。 WHO緊急事態対応部門のチクウェ・イヘクウェアズ事務局長は、「難民と移民の健康を語るなら、緊急事態にも目を向けなければならない」と述べたうえで、「紛争であれ、気候危機であれ、あるいは人の移動を引き起こす感染症の流行であれ、こうした危機は保健システムの脆弱さを露呈させ、もともと危険にさらされていた人々の脆弱性をさらに拡大させる」と警鐘を鳴らした。 WHOは3月26日、「難民と移民の健康促進に関する世界報告書―WHOグローバル・アクション・プランの進捗モニタリング」を公表した。93を超える加盟国のデータに基づくこの報告書は、包摂的で移民に配慮した保健システムの進展を測る初の世界的な指標であり、各国の対応に前進が見られる一方、公平な医療アクセスを阻む構造的な欠陥が依然として残っている実態を示した。 報告書によると、移民・難民コミュニティ向けに緊急時の備えや災害リスク軽減、対応プログラムを整備している加盟国は42%にとどまった。文化的背景に配慮したケアについて医療従事者への研修を実施している国は40%、移民関連の健康データを収集・監視・分析する仕組みを備えている国は37%にすぎなかった。こうした情報基盤はなお脆弱で、より協調的な国際対応を支えるには不十分だという。 また、難民や移民を多数受け入れている低・中所得国では差別が依然として広がっており、誤情報や偽情報が否定的な認識を助長している。そうした誤解や差別的言説に対抗するための広報キャンペーンを実施している国は、調査対象国の30%にとどまった。 反移民感情もなお根強い。国内避難民や移民労働者、留学生、不法滞在状態にある移民は、保健サービスにアクセスできる可能性が著しく低い。加えて、多くの国では、難民や移民自身が、自らの健康に関わる制度設計や意思決定の過程からほとんど排除されている。 WHOの「保健と移民に関する特別イニシアティブ」責任者で、同報告書の主執筆者でもあるサンティーノ・セヴェローニ氏は、「人の強制移動は残念ながら、制度も経済も脆弱で、国内資源も限られている国々で、より頻繁に起きている」と指摘した。そのうえで、「非正規移民については、緊急対応計画や疾病リスク軽減策のなかでほとんど触れられておらず、制度が実際にどのように機能しているのか、その効率性や有効性を体系的に検証する仕組みも欠けている」と述べ、「緊急事態への対応責任を分かち合うという約束を果たすための行動が求められている」と訴えた。 この1年で、難民の健康支援に対する国際的支援は大きく後退している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2025年の対応計画は、目標額106億ドルのうち23%しか資金を確保できていない。このため、今年だけで1280万人を超える避難民が、命を守る医療支援を受けられなくなるおそれがあるという。 各国の対応は二極化している。たとえばチリでは、移民や難民の地域代表を自治体の保健評議会に参加させるなど、包摂的政策を進めている。一方、米国やカナダでは、非正規滞在移民に対する医療保険の適用が削減され、命に関わる治療であっても自己負担を強いられるケースが増え、保護上のリスクを高めている。 WHOは報告書のなかで、難民や移民の声を意思決定により広く反映させることと、各国政府間の連携強化を求めた。加盟国間でデータ共有が円滑になれば、保健、雇用、住宅、保護などの分野で、より効果的な政策立案と実施が可能になるとしている。 WHOはまた、対応策は移民の多様な立場や実情に応じて具体的に設計されるべきだと強調した。そのうえで、「根拠に基づく行動」によって誤情報と差別に対抗し続ける必要があると訴えている。難民・移民の健康への投資は、社会的・経済的結束を高めるだけでなく、脆弱な保健システムの立て直しや世界全体の安全保障の強化にもつながる。さらに、移民や難民が社会に貢献できる環境を整えることで、長期的なコスト削減にも資するという。 セヴェローニ氏は、「難民と移民の健康は周縁的な問題ではない。現代を象徴する課題である」と述べた。そのうえで、「今こそ行動を起こすことで、各国は難民や移民を取り残すことなく対応でき、保健システムをより強靱で、より公正で、将来に備えたものにすることができる」と呼びかけた。(原文へ) INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: 1日で過去最多の1,200人超が英仏海峡を渡る 英国防相「国境管理は崩壊した」 |視点|人道の試練:内向きになる世界で移民の権利はどうなるのか(イネス・M・ポウサデラCIVICUSの上級研究員、「市民社会の現状報告書」の共同執筆者) 奴隷制と不自由労働 — ネパールの人権・ジェンダー論議に刻まれた長い影

ウズベキスタン―日本:戦略的パートナーシップの境界を広げる

【タシケントINPS Japan/London Post】 両国が1992年1月26日に外交関係を樹立して以来、ウズベキスタンと日本の協力関係の発展は、ウズベキスタンの対アジア太平洋外交の重要な柱であり続けてきた。相互尊重と信頼を基盤に、タシケントと東京は現在、政治、安全保障、経済、投資、イノベーション、教育、文化、観光に加え、地域協力の枠組みでの連携まで、幅広く活発な協力関係を築いている。 日本はこれまで、産業・エネルギーインフラの近代化、デジタル変革の推進、持続可能な開発の促進において、ウズベキスタンにとって主要な戦略的パートナーとなってきた。教育、科学、文化、人的交流の分野でも、前進を後押ししてきた。 二国間協力は多岐にわたり、近年は一段と弾みがついた。転機となったのは、2019年12月のシャフカト・ミルジヨエフ大統領の公式訪日である。この訪問は、主要な共同の経済・投資・人道(人的)プロジェクトの実施を強く後押しし、二国間関与の長期的な方向性を示した。 国際舞台でも、ウズベキスタンと日本は国際機関で緊密に連携し、互いの立場を支え合っている。ウズベキスタンはこれまで、日本の国連機関などのポストへの立候補を40回以上支持してきた。他方、日本は、中央アジア非核兵器地帯、教育と宗教的寛容、若者支援、持続可能な開発目標(SDGs)達成における議会の役割など、ウズベキスタンが主導した国連総会決議の共同提案国となってきた。 関係の戦略性は、議会間協力にも表れている。両国議会には友好議員連盟が設置され、ウズベキスタン―日本議員フォーラムも定期的に開かれている。相互訪問に加え、オンラインでの協議や折衝も進む。 外務省間の連携も緊密だ。2002年以降、両国外務省は19回にわたり政治協議を実施してきた。 大きな節目となったのが、2025年8月25日にタシケントで開催された、両国外相による初の「戦略対話」である。この新たな枠組みは、二国間関係の長期性と、あらゆる分野で互恵的協力を広げる双方の意思を明確にした。 外相間の定期的な接触—電話会談や国際会議の場での会談、相互訪問—は、二国間・多国間の課題で立場をすり合わせ、協力を他分野にも波及させる役割を果たしている。 また、日本におけるウズベキスタン名誉領事も、両国協力の推進で重要な役割を担い、経済・文化面の取り組みを後押ししている。 経済面では、産業、エネルギー、通信、インフラ、イノベーション、輸送、「グリーン経済」まで幅広い分野で協力が進む。貿易は最恵国待遇の下で行われており、二国間貿易額の着実な伸びにつながってきた。 2024年には「ウズベク・日本トレードハウス」が名古屋に開設され、日本側で対ウズベキスタン貿易拡大への関心が高まっていることを示した。 二国間経済プロジェクトの調整の要となっているのが、ウズベキスタン―日本、ならびに日本―ウズベキスタンの経済協力委員会による合同会合である。 現在、ウズベキスタンでは日本資本の合弁企業が84社活動し、日本の主要企業13社が現地代表部を置く。石油・ガス、化学、機械、物流、教育、観光などの分野で事業を展開している。 日本の政府系協力機関を含む金融分野の支援も、ウズベキスタン経済の近代化で重要な役割を果たしている。2025年1月には、国際協力機構(JICA)との間で、神経内科・脳卒中共和国センターの建設・設備整備に向けた1億5000万ドルの円借款契約がタシケントで署名された。医療体制の高度化に向けた重要な一歩となるプロジェクトだ。 文化・人道面の交流は層が厚く、人的な結びつきも強い。20年以上にわたり、ウズベキスタン―日本友好協会をはじめ、福島―ウズベキスタン協会、日本―ウズベキスタン協会などの友好団体が活動を続けてきた。タシケントに設置された「広島平和の石」や、首都中心部の日本庭園は、両国の友好を象徴する存在となっている。 ウズベキスタンでは日本文化フェスティバルや映画上映、舞台公演、展覧会が定期的に開かれている。一方、日本でもウズベキスタンの食文化や民族衣装、音楽、舞踊などが幅広く紹介されている。こうした相互交流が、尊重と信頼に基づく長期協力の土台を形づくっている。 近年は現代的な文化プロジェクトも、人道交流の象徴となってきた。2022年4月、東京で「シルクロードの精神―友情の架け橋」が開催され、2024年には日本のアンサンブル「Japanese Pearl」が伝統的なボイスン・バホリ祭で3位に入賞した。 教育は、人道協力の中でも特に伸びが大きい分野である。ウズベキスタンでは7大学で2500人以上が日本語を学び、ウズベキスタン―日本人材開発センターが運営されている。日本開発奨学金(JDS)プログラムも実施され、東京、名古屋、筑波、慶應、豊橋などの大学との共同プロジェクトが進む。JDSでは400人以上のウズベキスタン人学生が奨学金を得ており、日本で研修を受けた人材は約2500人に上る。交換留学や教員交流も活発で、大学学長フォーラムも開催されている。 共同研究は、古代史、考古学、東洋学、農業、気候過程など多分野に及ぶ。 日本はウズベキスタンの医療分野の発展にも資金・技術支援を提供してきた。医療施設の機器整備、専門人材の育成、ワクチン供給などに6000万ドル以上が拠出されている。日本人ボランティアは100人以上がウズベキスタンで活動し、ウズベキスタンの医療従事者200人以上が日本で研修を受けた。 地方自治体レベルの交流(地域間交流)も、二国間関係で比重を増している。姉妹都市・姉妹地域関係は、リシタンと舞鶴、タシケントと名古屋、サマルカンド州と奈良県の間で結ばれた。この枠組みの下、日本では「サマルカンド・デー」が定期的に開催され、名古屋でも文化行事が行われている。 日本人旅行者の間でウズベキスタンの文化・歴史への関心が高まり、観光分野の協力も促されている。航空便の拡充、文化観光の発信強化、インフラ改善を追い風に、日本人訪問者数は増加傾向にある。 とりわけ関心を集めているのが、ウズベキスタンの仏教遺産である。カラ・テペ、ファヤズ・テペ、ダルヴェルジン・テペ、テルメズおよび周辺の寺院遺跡群が注目されている。日本人研究者の調査を背景に、これらの遺跡は国際的な認知を高め、世界各地から観光客や研究者を呼び込んでいる。 日本国内の関心の高さを示す例として、2025年の大阪・関西万博でのウズベキスタン館「知の庭:未来社会の実験室」の成功が挙げられる。ウズベキスタン館は印象的な展示の一つとして評価され、金賞を受賞した。両国友好に捧げたウズベキスタン国立交響楽団の公演「Celestial Dance(天空の舞)」の世界初演も、日本の観客を魅了した。 ミルジヨエフ大統領が今回の訪日で参加する「『中央アジア+日本』対話」(Central Asia–Japan Dialogue)の首脳会合は、ウズベキスタンの地域優先課題と合致し、中央アジア諸国の政治的結束の高まりを映し出す枠組みでもある。 この枠組みは、2004年8月24日に川口順子外相(当時)がタシケントを訪問した際に提起された。当時の優先目標には、地域の平和と安定の確保、改革と社会発展の支援、域内連携の強化、周辺地域および国際社会とのパートナーシップ拡大、地域・地球規模課題への協力が含まれていた。 現在、この対話は、持続可能な開発をめぐる議論と信頼に基づく協力を進める、安定した枠組みへと発展している。 実務面を充実させるため、局長級など高官実務者による定期会合や分野別の専門家協議、「東京知的対話」などが開かれている。近年では、2023年から2025年にかけて東京で閣僚級として行われた経済・エネルギー対話が、特に重要な柱となった。 インフラ支援は、対話枠組みにおける日本の優先分野の一つであり続けてきた。JICAや国際協力銀行(JBIC)など日本の機関は、輸送回廊、物流拠点、道路、関連施設、空港、鉄道インフラの近代化に体系的に関与している。これらの事業は地域の接続性を高め、中央アジアが東アジア・中東・欧州を結ぶ要衝として果たす役割を強めている。 デジタル化と自動化で先行する日本は、地域諸国と知見を積極的に共有している。ウズベキスタンにとってこの協力はとりわけ重要である。同国はIT産業を急速に育成し、ITパークやテクノパークを整備し、デジタル経済の取り組みを進める中で、日本の専門家を招いて人材育成を進めている。 日本が環境配慮型開発や省エネ技術で長年の実績を持つことから、環境協力もパートナーシップの中核要素となっている。 地域最大の人口を抱え、主要な輸送・物流ハブでもあるウズベキスタンは、対話枠組みの議題形成で中心的役割を担う。近年は多分野で新規プロジェクトを提起し、協力の実務面の強化に大きく寄与してきた。 この20年余りで、中央アジア+日本対話は、地域諸国と日本が幅広い分野で体系的に協力を進めるための、安定した実効的な枠組みとして定着してきた。 したがって、ミルジヨエフ大統領の今回の訪日と中央アジア+日本首脳会合への参加は、二国間および多国間の政治対話を深化させ、経済・投資協力を拡大し、教育・科学分野の結びつきを一段と強めることになるだろう。相互利益に資するパートナーシップ拡大に向けた大統領の取り組みは、地域統合と開かれた建設的な国際対話へのウズベキスタンのコミットメントを改めて示すものとなる。(原文へ) INPS Japan/London Post Original URL: https://londonpost.news/uzbekistan-japan-expanding-the-boundaries-of-strategic-partnership/ 関連記事: 中央アジア・日本首脳会合、トランス・カスピ回廊を後押し トカエフ大統領は核リスク再上昇に警鐘 日本とウズベキスタンが労働力交流を拡大へ―今後5年間で1万人受け入れオンライン就職支援 中央アジア:混乱から恒久平和へ

札束外交、見返り、豪華クルーズ――かつて国連選挙を汚した舞台裏

【国連IPS=タリフ・ディーン】 2026年は、国連にとって節目の多い年になりそうだ。9月中旬に第81回国連総会を正式に主宰する新たな国連総会議長(PGA)が選出されるほか、現職のアントニオ・グテーレス事務総長(SG)が10年に及ぶ任期を終えて2027年1月に退任するのに伴い、新たな事務総長の選出と任命も行われる。|英語版| 国連加盟国が安全保障理事会や各種国連機関の理事国入りを目指して選挙戦を繰り広げたり、票の獲得を図ったりしていた1960年代から70年代にかけて、投票はしばしば「札束外交」によって大きく汚された。世界の貧しい国々への援助拡大を約束する一方で、その多くには厳しい条件が付けられていたのである。 1950年代から60年代には、特に委員会室では挙手による投票が行われていた。しかしその後は、総会議場の高い位置に設置された、より高度な電子掲示板によって票数が集計されるようになった。安全保障理事会や国際司法裁判所の選挙では、秘密投票が行われた。 はるか昔、激しい選挙戦となったある投票では、石油に潤う中東のある国が、票の見返りとして、国連外交官らに高級なスイス製腕時計や、当時世界最大級の石油会社だった旧アラビアン・アメリカン石油会社の株式を配っているとの噂が流れた。 そして委員会室で投票の時間になると、右利きの代表も左利きの代表も手を挙げたが、石油に恵まれた候補への賛成票として最も多く掲げられた手には、スイス製腕時計が光っていたという。 逸話として語られるこの話は、国連を含む政府間機関の投票にかつてはびこっていた腐敗を象徴している。おそらくそれは、世界各国の多くの国政選挙と大差なかったのかもしれない。 重要な選挙を目前に控え、ある西欧の国は票の見返りに地中海の豪華クルーズを無料で提供した。また別の国は、総会議場で堂々と、高価なスイス製チョコレートのギフトボックスを配った。 モルディブの元国連大使で、後に同国外相を務めたファトゥラ・ジャミール氏は、国連によって小島嶼開発途上国(SID)に分類される資源の乏しい島国が、インフラ事業の資金支援を豊かな国々に求めていた当時のことを、IPSの取材に応じて語った。 少なくとも伝統的な援助国であるアジアの豊かな国の一つが、真っ先に、しかも寛大に応じたという。その事業は全額無償で支援されることになった。文字通り、ただで、無償で、何の負担もなく―ただし条件が一つあった。 「国連で投票が行われ、それが貴国の国益に関わらない場合には、貴国の票をいただきたい。」 その国の外務省は、そう伝えてきたという。 おそらくそれは、半永久的な約束を意味していた。しかも、その「期限」は、海面上昇に脅かされ、地球上から消滅しかねない島国そのものが存続する限り、ということだった。この申し出は、巧妙な政治的見返りを伴うものだった。表向きには、何の条件も付いていないように見える開発援助である。 国連で最高の政策決定機関である総会の議長が、同数票の末にくじ引きで選ばれた例も少なくとも一度ある。 アジア・グループが単一候補の擁立に失敗したため、政治的に記憶されるこの争いは、1981年の第36回国連総会を前に行われた。議長職を争ったのは、イラクのイスマット・キッターニ、シンガポールのトミー・コー、バングラデシュのカワジャ・モハメド・カイザーの3人である。この選挙は、キッターニ、コー、カイザーの頭文字にちなみ、「3人のKの戦い」と呼ばれた。 第1回投票では、キッターニが64票、カイザーが46票、コーが40票を獲得した。しかしキッターニは、投票した加盟国総数に基づく必要多数には届かなかった。第2回投票では、キッターニとカイザーがそれぞれ73票を獲得し、同数となった。当時、出席し投票した加盟国は146カ国だった。 この同数を解消するため、退任する総会議長は、議長選出手続に関する第21条に基づき、くじを引いた。この手続は『国連総会実行集』にも記録されている。 そして、まったくの偶然に左右された前例のない総会議長選挙で、くじ運はキッターニに味方した。ただし当時出回っていた冗談によれば、勝者はコイン投げで決まったという噂もあった。もっとも、その投げられたコインは、どうやら表が二つで裏がなかったらしい。 しかし近年では、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ・カリブ、そして西欧その他グループ(WEOG)を含む地域グループの間で、事実上の「停戦」が成立している。各グループは地理的ローテーションに従って順番に候補を立て、対立候補なしで選出されるようになった。 とはいえ、国連が担う広範で重大な使命の重みは、時折、イースト川沿いの「ガラスの館」を笑いに包む軽妙な瞬間によって和らげられてきた。国連は逸話の宝庫である。その中には実話もあれば作り話めいたものもあり、国連総会(UNGA)が主役を務め、安全保障理事会(UNSC)が政治的な脇役を演じる。 国連大使や各国代表が、投票の時間に広大な総会議場に集まるとき、選択肢は三つある。賛成、反対、棄権である。 しかし、最も興味深いのは第4の選択肢である。突然、トイレに駆け込みたくなることだ。席を空け、結果として「欠席」とみなされようとする慌ただしい動きは、問題が政治的に敏感である場合に起こる。 代表たちが自らの良心に従って投票できないとき、主に西側の援助国の怒りを買いたくないとき、あるいは本国から具体的な指示を受けていないまま不意の投票に直面したとき、彼らは席を離れ、トイレへ向かうのである。 マンハッタンのパーク・アベニューに隣接するタウンハウスで開かれた記者向け昼食会で、鋭いユーモア感覚を持つイタリアのフランチェスコ・パオロ・フルチ大使は、この第4の選択肢を、国連投票における「トイレ要因」と表現した。 この邸宅について、同大使は「ここはかつてグッチの所有だったが、今はフルチのものだ」と冗談を飛ばした。 さらに同大使は、この問題を解決する唯一の方法は、総会議場の後方に仮設トイレを設置することだと冗談めかして提案した。そうすれば代表たちは、便座に座って考え込みながらでも投票できるというわけである。だが当然ながら、この案に賛同する者はいなかった。 多くの場合、77カ国グループ、ラテンアメリカ・カリブ諸国、アフリカ連合(AU)、西欧その他グループ(WEOG)など、さまざまな地域グループや連合体は、投票に先立って非公開の場で方針を決め、合意に基づいて投票した。 1970年代から80年代にかけて、116カ国が加盟する非同盟運動(NAM)は、国連で最大かつ最も強力な政治連合の一つだった。NAMは1961年にベオグラードで創設され、ユーゴスラビア、インド、エジプト、ガーナ、インドネシア、ザンビア、キューバ、スリランカなどの国々が主導した。 原則として、116カ国は国連総会決議において足並みをそろえて投票し、隊列を乱すことはめったになかった。あるスリランカ大使は、コロンボの外務省から送られてきた、新任代表向けのある指示を振り返った。その文面はこうだった。 「予定外の突然の投票に直面し、外務省からの指示がない場合は、右を見てユーゴスラビアがどう投票しているかを確認し、左を見てインドがどう投票しているかを確認せよ。もし両国の大使が席を立って走り出したのが見えたら、そのまま彼らの後についてトイレへ向かえ。」 本稿には、IPS通信のシニアエディターであるタリフ・ディーン氏の著書『No Comment – and Don’t Quote Me on That』からの抜粋が含まれている。同氏は、かつて国連総会会期に参加したスリランカ代表団の一員であり、ニューヨークのコロンビア大学でジャーナリズム修士号を取得したフルブライト奨学生でもある。また、国連記者協会(UNCA)が毎年授与する国連報道優秀賞の金メダルを、2012年と2013年の2度にわたって共同受賞している。同書はAmazonで入手可能である。著者のウェブサイト経由のAmazonリンクは以下の通りである。 INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: チリは先に手を引き、モルディブは扉を閉ざした―国連事務総長選が映す静かな淘汰 初の女性国連事務総長をどう選出するか:国連が直面する困難な課題 国連80周年:成功と失敗が交錯する混合の遺産

2030年への最後の追い込みを「自然保全への資金動員の転換点」に――第8回GEF総会

【サマルカンド(ウズベキスタン)IPS=セシリア・ラッセル】 「公的予算への圧力が高まり、地政学的緊張が増すなかで、環境資金を任意のものと見なしたくなるかもしれない。しかし、それは誤りである。」地球環境ファシリティ(GEF)のクロード・ガスコン暫定CEO兼議長は、ウズベキスタン・サマルカンドで開催された第8回GEF総会の閉会本会議で、こう訴えた。|ENGLISH| 開発途上国、後発開発途上国、小島嶼開発途上国(SIDS)、そして脆弱で不安定な国々にとって、政府開発援助(ODA)は依然として支援の礎である。 「問われているのは、単なる国際目標の達成ではない。この地球上での生活の質の未来である。子どもたちが、清らかに流れる川、豊かに立つ森林、地域社会を守る海岸線、そしてすべての繁栄を支える自然システムを破壊することなく発展できる経済を受け継げるかどうかが問われている。」 総会議長を務めたアジズ・アブドゥハキモフ・ウズベキスタン大統領環境顧問兼国家生態・気候変動委員会議長は、今回の総会について、50を超えるサイドイベントや二国間会談、非公式協議が行われた極めて生産的な会合だったと評価した。 「GEF理事会は、GEF-9のプログラム方針やGEF-8最後の作業計画を含む重要決定を審議し、改善した。」と同氏は語った。また、統合的なプログラム編成、革新的資金調達、包摂的な参加に強い焦点が当てられたことを歓迎し、GEF-9資金の少なくとも20%を先住民族および地域コミュニティに振り向ける目標にも言及した。 さらにアブドゥハキモフ氏は、ウズベキスタンのシャフカト・ミルジヨエフ大統領が示した、同国が支援受入国から支援供与国へ移行するとの方針について、環境の持続可能性に対する同国の強い意思を示すものだと語った。 「これは、われわれが協力の恩恵を受けるだけでなく、地球環境分野の取り組みに貢献する用意があることを示している」 これに先立つハイレベル・パネル討論では、GEF科学技術諮問委員会(STAP)のロジーナ・ビアバウム議長が、世界のGDPの半分が自然に依存している一方で、生物多様性資金には年間7000億ドルの不足があると指摘した。 一方で同氏は、コンサルティング大手マッキンゼーの分析を引用し、2030年までに地球の陸域と海域の少なくとも30%を効果的に保全する「30by30」目標を実行に移せば、保全と社会経済の両面で大きな成果が得られ、貧困削減にもつながると述べた。 資金調達をめぐる議論は厳しい環境下で行われているが、ロッククリークのシニア・マネージング・ディレクターで、元世界銀行財務総長のケネス・レイ氏は、民間部門が課題解決に貢献できることは明るい材料だと語った。 同氏は、過去15年間の好調な市場環境に支えられ、世界の貯蓄資産は大きく拡大したと説明した。年金基金、政府系ファンド、保険部門の準備金などには数兆ドル規模の資金が存在し、それらを自然への投資に振り向けることは可能だとした一方で、「資産所有者がこの場にいない」と指摘した。 レイ氏は、GEFが中央銀行、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、証券規制当局などの主要関係者を招集し、「自然への投資がインフラ投資と同じくらい当たり前になる」環境を整えるべきだと提案した。 世界銀行グループ環境局長のバレリー・ヒッキー氏は、GEFには、民間部門がリスクを管理できるよう、規制環境の整備と政策の予見可能性向上を支援する役割があると述べた。同氏は、譲許的資金と商業資金を過不足なく組み合わせる「ゴルディロックス型」のブレンド・ファイナンスが重要だと指摘した。投資の失敗を一定程度吸収しながらも、商業的収益性と財務的な健全性を確保することで、測定可能な環境成果を伴う民間資本を呼び込むことができるという。 一方で、警鐘も鳴らされた。 英国のレイチェル・カイト気候担当特別代表は、英国が「生態系崩壊に対して極めて脆弱である」とする研究結果を紹介した。 「それは何を意味するのか。英国の家庭が、子どもの健康を守るために必要な食料をスーパーで買い物かごに入れられるかどうかは、コンゴ盆地の健全性と完全に結びついているということだ。もしそこにさらなる脅威が及べば、安全保障や防衛上の影響をもたらすことになる。」 セントクリストファー・ネービスのジョイエル・クラーク持続可能開発・環境・気候行動・地域社会強化担当大臣は、地域社会や先住民族の参画を得るには、人間中心で包摂的かつ経済的に実行可能な解決策が鍵になると述べた。同氏は、ブルーカーボン市場は十分に評価されておらず、その意義も理解されにくいと指摘した。 その一例として、ウミガメを保護するユネスコ世界遺産地域を挙げた。その地域では、漁業コミュニティの食生活にウミガメが含まれていた。そこで観光産業における代替的な雇用機会を提供したところ、地域住民の保護活動への支持を得ることができたという。 閉会本会議でガスコン氏は、環境は「周辺的な課題」ではないと改めて強調した。 「第一に、各国への公的開発援助を守り、強化しなければならない。ODAの継続は、単なる道義的責任ではない。世界の安定、人間の安全保障、そしてすべての国々が共有する未来への投資である」 次に同氏は、各国が自ら求める環境成果と国家政策を整合させる必要があると述べた。 「持続可能性へのコミットメントを掲げながら、生態系の破壊、天然資源の過剰利用、大気・土地・水の汚染をなお促す政策を続けることはできない。」 第三に、GEFは民間資本の力を最大限に引き出し、民間部門を単なる資金源ではなく、地球環境目標のガバナンスと実施を担う真のパートナーにしなければならないとした。 最後に同氏は、環境目標の達成には「内閣全体のコミットメントと社会全体の参加」が必要だと訴えた。 「国家レベルのリーダーシップが必要である一方、地域に根差した主体的な取り組みも必要である。つまり、地域社会、先住民族、女性、若者、市民社会、科学者、地方自治体、農業従事者、労働者、起業家の声に耳を傾け、ともに取り組むということだ。持続的な解決策は押し付けられるものではなく、共につくり上げるものであることを認識しなければならない」 ガスコン氏は最後に、2030年へ向けた最後の追い込みは「単なるカウントダウンであってはならない。それは転換点でなければならない。」と締めくくった。 第8回地球環境ファシリティ(GEF)総会は、2026年6月6日、ウズベキスタン・サマルカンドで最終本会議を開いた。本特集記事はGEFの支援を受けて制作された。編集内容についてはIPSが単独で責任を負い、必ずしもGEFの見解を反映するものではない。 https://www.youtube.com/watch?v=TmElK5Egrls INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: フィリピンの先住民族指導者、古来の知恵を世界の舞台へ インドのLED化が示す、環境対策を支えるブレンデッド・ファイナンスの力 ウズベキスタン―日本:戦略的パートナーシップの境界を広げる

少数の漁師が示す、銛漁の持続可能性

【インド・ティルヴァナンタプラムIPS=バラト・タンピ】 インド南部ケララ州の海辺の町コヴァラムで、わずかな漁師たちが実践する「銛漁」が、海洋資源の持続可能な利用のあり方として注目されている。対象を見極めて仕留めるこの漁法は、乱獲や混獲、放置網による海洋汚染を避けやすく、専門家からも環境負荷の低い漁法の一つと評価されている。|英語版|スワヒリ語| スディ・クマールは、銛の使い方を説明しながら、まるで舞を演じるように両手を動かしてみせた。最近は海が荒れているため銛漁をしばらく休んでおり、この日は道具を手元に持っていなかった。それでも、30年以上にわたって銛を扱ってきた経験は、その身ぶりからも十分に伝わってくる。 51歳のスディは、インド最南部ケララ州ティルヴァナンタプラム県にある観光地コヴァラムの漁師である。沿岸部の人口が多いこの地域でも、彼は特異な存在だ。地元で初めて銛漁を学び、実践した人物であり、州内でもごく少数しかいないこの珍しい漁法の担い手の一人だからである。 「銛漁とヤス漁は、部外者には似て見えるかもしれないが、実際には大きく異なる」とスディは語る。「祖先たちは丈夫な木などで作ったヤスを使っていたといわれているが、銛はこの地域の漁師にとってまったく未知の道具だった。」 1990年代、コヴァラムは人気のビーチ観光地としてにぎわっていた。当時、10代を出たばかりだったスディは、すでに泳ぎと潜水に長けており、父親の漁を手伝う一方で、外国人観光客のシュノーケリングガイドも務めていた。 「ある時、フランス人の観光客が銛を持ってきて、海での漁を手伝ってほしいと言った。あの道具を見たのは、生まれて初めてだった。」スディは、35年ほど前の出来事をそう振り返る。 その観光客が漁を終えた後、スディは一度その銛を使わせてほしいと頼んだ。相手は、初めて銛を手にしたとは思えないほどのスディの潜水技術と道具さばきに驚いたという。その日、スディは大きなヴェラ・パーラ(シルバー・ムーニー)まで仕留めた。 「彼がコヴァラムを離れる前、その銛を私に贈ってくれた。本当に驚いたし、うれしかった。ここで銛を持っているのは私だけだったからだ。」 それ以来、スディは銛漁を頻繁に行うようになった。その姿は、当初、コヴァラムのほかの漁師たちにとって物珍しいものだったという。「父の船に乗って漁を手伝うより、銛漁のほうがはるかに稼げることにも気づいた。」 もっとも当時、銛はケララ州内はもちろん、インド全体でも入手が難しい道具だった。高価で、多くの漁師には手が届かなかったからである。スディ自身も、銛を壊したり失ったりすることを恐れ、大型魚を狙うことは控えていた。 インド農業研究評議会・中央海洋漁業研究所(ICAR-CMFRI)の硬骨魚類漁業部門責任者、ショーバ・ジョー・キジャクダン博士も、銛漁は科学的に見ても最も持続可能な漁法の一つと評価されていると話す。ただし、かつてはその漁法に「残酷」という印象がつきまとっていたという。 「たとえば、銛はかつてジンベエザメやほかのサメ類を捕獲する主要な手法の一つだった。禁止される以前は、銛が刺さった魚が命がけで抵抗するなか、生きたまま岸まで引きずられることもあった」とキジャクダン博士は説明する。 SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」は、海洋の保全と海洋資源の持続可能な利用を掲げ、過剰漁獲や違法・破壊的な漁業慣行の是正を重要な課題としている。その観点から見れば、スディの実践する銛漁は、この理念にかなう漁法の一つといえる。 もっともスディ自身も、一度の銛打ちで仕留めきれないような大型魚は狙わないという。それは残酷で、道義的にも許されない行為だと考えるからだ。ただ、若い頃からそうした考えを持っていたわけではない。 「若かった頃、ポールという観光客と海に出たことがある。彼は水中の生息環境や、私の銛漁の様子を撮影していた。ポールは、明らかに求愛行動をしているように見えるブルーフィン・トレバリーのつがいに見入っていた。私は待ちきれず、そのうちの一匹を銛で仕留めてしまった。すると彼は、悲しそうな表情で振り返り、静かに首を振った。私は強い後悔を覚えた。その気持ちは今も残っている。」 スディによれば、銛漁は決して容易な技術ではない。それが実践者の少ない大きな理由でもある。魚が十分近づき、その動きを見極めて狙えるようになるまで、水中で何分も息を止めて待たなければならないからだ。 ティルヴァナンタプラムを拠点とする沿岸先住民の市民団体「フレンズ・オブ・マリンライフ(FML)」は、地域の海洋生物多様性、とりわけ自然の岩礁生態系の映像記録を長年続けてきた。FML創設者で認定スキューバダイバーでもあるロバート・パニッピラ氏は、スディによる銛漁の記録にも取り組んできた。 「銛漁は岩場のある海域でしか成り立たない。その意味で、コヴァラムは理想的な場所だ」とパニッピラ氏は話す。さまざまな漁法を記録してきた経験から、銛漁は最も独特で、しかも難度の高い技能の一つだとみている。 「優れた水中での持久力と機動力だけでなく、海底地形や魚の行動に対する十分な理解も欠かせない。単に銛を持っているだけでは、効果的に使いこなすことはできない。」 パニッピラ氏によれば、コヴァラムの銛漁師と、近隣のビジンジャムに点在する少数の実践者を除けば、ケララ州で銛漁が行われている場所はほとんどないという。彼は、銛漁が非常に持続可能な漁法である理由として、その高い選択性を挙げる。 「乱獲の危険が少なく、ほかの魚に交じって稚魚が捕れることもない。網漁のように、海底に放置されたゴーストネットが生態系に悪影響を及ぼす問題も起きにくい。」 かつてはスディだけが銛を持っていたが、いまでは地域内にもこの漁法に携わる漁師が増えてきた。その多くは、中東から帰国した人々を通じて海外製の銛を入手したという。独立して漁を始める前に、スディから手ほどきを受けた者も少なくない。 現在、コヴァラムとその周辺では、およそ25人の漁師が銛漁に従事しているとスディはみている。ただ、彼の知る限り、銛漁はいまなおインド全体で見ても珍しく、実践されているとしても島しょ部などに限られる可能性が高い。 スディによれば、ケララ州では南西モンスーンの時期、とりわけ8月が銛漁に最も適している。ティルヴァナンタプラム沿岸ではハタ類が豊富で、豊漁の季節には数十万ルピー相当の水揚げを得たこともある。エイやバラクーダも、よく狙う魚種だという。スディは銛漁のほか、ムール貝の潜水採取やロブスターのかご漁にも従事している。 This article is brought to you by IPS NORAM, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International in consultative status with the UN’s Economic...

大迂回路:サウジアラビアの紅海構想がホルムズ海峡の優位性に挑む

【イスラマバードINPS Japan/London Post=モハマド・ラーシド】 世世界の目がホルムズ海峡に注がれるなか、サウジアラビアは紅海経由の代替ルートを静かに整備し、MSCとの提携を進めるとともに、巨大な東西パイプラインを最大限に活用していた。イランにとって最強の切り札は、いまや大きく弱体化している。|英語版| ホルムズ海峡をめぐる緊張が高まるなか、イランは長年、世界の石油・LNGのおよそ5分の1が通常通過するこの重要なチョークポイントの支配を、決定的な戦略カードとみなしてきた。テヘランは、封鎖や通航妨害を行えば、世界はイランの優位を認めざるを得ず、譲歩を迫られると考えていた。 しかし、国際社会の関心が同海峡に集中する一方で、サウジアラビアは代替ルートの整備を静かに進め、ホルムズ海峡を威圧の手段として使う有効性を大きく低下させていた。危機下において主流メディアの報道ではほとんど見過ごされてきたこれらの動きは、エネルギーと貿易の流れに重要な迂回手段を提供している。サウジアラビアは、世界のサプライチェーンの冗長性と強靭性を高める3つの主要施策を実行した。 紅海海運ネットワークの拡充 サウジアラビアは、ヤンブー、ジッダ、キング・アブドラ港など、紅海沿岸のインフラ整備と活用を加速させてきた。NEOMのような野心的なプロジェクトも、その一環である。これにより、輸出入のための実用的な西側回廊が形成され、貨物は紅海を経由し、可能な場合にはスエズ運河、あるいは南方ルートへと振り向けられる。 紅海ルートにも、バブ・エル・マンデブ海峡周辺におけるフーシ派の脅威など、固有のリスクはある。それでも、一定量の貨物についてはペルシャ湾を完全に迂回できる戦略的な代替手段となっている。 世界最大のコンテナ船会社MSCとの提携 世界最大のコンテナ船会社であるMediterranean Shipping Company(MSC)は、2026年5月、欧州・紅海・中東を結ぶ新たなエクスプレスサービスを開始した。この海陸複合輸送による「ランドブリッジ」ルートでは、船舶がスエズ運河を通過し、サウジアラビアの紅海側の港湾であるジッダ港とキング・アブドラ港に寄港する。その後、貨物はサウジ国内をトラックで輸送され、湾岸側のダンマームへ運ばれ、そこから他の湾岸拠点へフィーダー輸送される。 この海上輸送と陸上輸送を組み合わせたモデルは、コンテナ貿易においてホルムズ海峡を事実上迂回するものであり、欧州と中東地域全体の物流網の接続性を高めている。 東西原油パイプライン(ペトロライン)の最大活用 サウジアラビアが講じた最も有力な手段は、全長1200キロに及ぶ東西パイプライン、通称ペトロラインの稼働を拡大したことである。同パイプラインは、東部の湾岸油田地帯にあるアブカイク周辺を起点に、アラビア半島を横断し、紅海側の輸出拠点ヤンブーまで原油を輸送する。 このパイプラインは、もともと1980年代のイラン・イラク戦争時に同様の目的で建設されたものだが、現在の危機下で輸送能力は日量700万バレルまで引き上げられている。これにより、サウジ産原油、さらには将来的には他の湾岸諸国の原油も、ホルムズ海峡を通過せずに紅海経由で国際市場へ届けることが可能になった。 同パイプラインの持続的に運用可能と確認された輸送能力は大きいものの、危機以前にホルムズ海峡を通過していた地域全体の原油輸送量、歴史的には日量2000万バレル超と比べれば限界がある。また、攻撃や物流上の制約にも直面しており、イラン、イラク、クウェートなど、同海峡への依存度がはるかに高い湾岸輸出国にとって、完全な代替手段とはなり得ない。紅海ルートにも、フーシ派の脅威といった新たな脆弱性が伴う。 それでも、ホルムズ海峡が大きく混乱するなかで、サウジアラビアのこれらの取り組みが相当量の原油輸送を継続させてきたことは明らかである。 サウジアラビアの動きから利益を得る国と関係者 サウジアラビア自身は、信頼できるエネルギー供給国としての地位を強化するとともに、Vision 2030および国家交通戦略に沿って物流ハブ化を進め、イランからの圧力に対する脆弱性を低下させている。 欧州、インド、中国、日本、韓国などの主要石油輸入国にとっては、サウジ産原油、さらには迂回ルートで輸送される湾岸産原油へのアクセスが維持されることで、国際的な価格と供給の安定につながる。これにより、エネルギー価格の世界的な急騰を招きかねない供給不足を緩和できる。例えばインドは、代替輸送ルートという選択肢を得ている。 エジプトは、スエズ運河、SUMEDパイプラインとの接続、関連する紅海回廊を通じた通航量の増加によって恩恵を受け、物流ハブとしての役割を高めている。 UAE、バーレーン、カタール、クウェート、オマーンなど他の湾岸諸国も、MSCのランドブリッジ、共通インフラの強靭化、代替的な輸出入経路への潜在的なアクセスを通じて、間接的な利益を得ている。UAEもまた、フジャイラを活用した独自の迂回ルートを有している。 世界の海運・貿易においては、MSCをはじめとする事業者が新たな実用的ルートを確保し、サプライチェーンの安定化を通じて各国の産業を支えている。 欧州にとっても、バルト海沿岸などの港湾と中東地域をサウジアラビアの拠点経由でより迅速に結ぶ新たなMSCサービスから、直接的な恩恵を受けることができる。 これらのサウジアラビアの取り組みは、より大きな構造変化を示している。ホルムズ海峡はいまなお極めて重要であるものの、代替性を備えたインフラを構築するという戦略的先見性が、その「武器化」の効果を鈍らせている。情勢が変化するなか、パイプライン、港湾、複合輸送回廊へのさらなる投資は、中東におけるエネルギーと貿易の地図を恒久的に塗り替える可能性がある。 戦略的・地政学的影響 イランの影響力低下:イランはもはや、ホルムズ海峡の封鎖によってサウジアラビアを麻痺させ、国際社会から即時の譲歩を引き出せると前提にすることはできない。サウジアラビアの動きは代替手段の存在を示し、イランの「優位性」というナラティブを切り崩している。 世界市場の強靭化:代替ルートは供給の全面的崩壊を防いできた。ただし、価格はなお急騰し、在庫も大幅に取り崩されている。 長期的な変化:これらの取り組みは、サウジアラビアのVision 2030に掲げられた物流分野の目標を前倒しで進めるとともに、パイプライン、鉄道、将来的なランドブリッジ、紅海インフラへの追加投資を促している。その結果、ホルムズ海峡の優位性は恒久的に低下する可能性がある。 INPS Japan 関連記事: 日本と韓国、台湾・北朝鮮・ホルムズをめぐる視点からトランプ・習近平会談を注視 日本とカザフスタンが接近―イラン危機がエネルギーと安全保障の優先課題を再編 勝利ではなく持久―イランの消耗戦略が鮮明に

紛争と住民避難が続くコンゴ民主共和国でエボラ流行、国際的懸念高まる

【国連IPS=オリトロ・カリム】 5月16日以降、コンゴ民主共和国(DRC)では、エボラ出血熱の検査確定例および疑い例が大幅に増加している。主な発生地はイトゥリ州で、ウガンダの首都カンパラでも、これとは別系統とみられる症例が確認された。流行は現時点で主にDRC東部に限られているものの、不安定な治安状況、住民の避難、鉱山労働に伴う人の移動と深く結びついている。このため、国際的な保健専門家の間では、十分な監視と対応が講じられなければ、感染がさらに拡大する恐れがあるとの懸念が高まっている。|英語版| 5月17日現在、世界保健機関(WHO)は、DRCおよびウガンダで確認されたブンディブギョ型ウイルスによるエボラ出血熱の流行について、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」に該当すると判断した。一方、米疾病対策センター(CDC)は、この地域での感染拡大を受け、医療従事者や渡航者に対して健康警戒情報を発出している。ただしWHOは、現時点で他大陸への感染拡大リスクは低く、2005年の国際保健規則(IHR)で定義される「パンデミック」の要件には該当しないとしている。 WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は5月22日、ジュネーブで開かれた国連記者会見で、「リスク評価を改訂し、国家レベルでは『非常に高い』、地域レベルでは『高い』、世界レベルでは『低い』と判断している」と述べた。同氏によれば、DRCではエボラ出血熱の確定症例が82件、死亡者が7人確認されている。しかし実際の感染規模はこれを大きく上回るとみられ、疑い症例は約750件、疑い死亡例は177件に達している。 また、DRCから移動した人に関連する確定症例がウガンダでも2件報告され、そのうち1人は死亡した。さらに、長期間にわたり「高リスク接触」があったとされる米国人2人が、感染の疑いにより欧州へ搬送され治療を受けている。 対応活動は、広範な住民避難と長期化する紛争によって大きく制約されている。国連によると、5月21日にはイトゥリ州の病院が放火される事件が発生した。警察が感染防止上の理由から死亡した感染者の遺体を家族に引き渡すことを拒否したことに対し、親族らが反発したためである。 今回の流行は、とりわけイトゥリ州と北キブ州で深刻化している。これらの地域は長年にわたり武力衝突と人道危機の中心地となってきた。ここ数カ月だけでも暴力行為によって10万人以上が避難を余儀なくされており、人道支援活動に深刻な支障をもたらしている。 国連人道問題担当事務次長兼緊急援助調整官のトム・フレッチャー氏は、SNS「X」に投稿した声明で次のように述べた。 「私たちが人命救助活動を行っている現場は、世界でも最も厳しい環境の一つである。紛争が続き、人々の移動も非常に活発だ。武装勢力が支配する地域を含め、最前線で活動する対応要員が安全かつ継続的にアクセスできるよう取り組んでいる。対応活動が妨害されてはならない。影響を受けた地域全体において、空路、陸路、水路のすべてへのアクセスが不可欠である。」 ゲブレイェスス事務局長によれば、約400万人が緊急の人道支援を必要としており、200万人が避難生活を送り、1,000万人が深刻な食料不安に直面している。女性は介護、家事労働、最前線のサービス業務を担うことが多く、感染リスクが特に高い。妊婦も極めて脆弱な立場にあり、隔離措置の実施に伴ってジェンダーに基づく暴力の増加も報告されている。 こうした危険性は、最も深刻な被害を受けている北キブ州とイトゥリ州における保健医療システムの崩壊によってさらに悪化している。WHOによると、2025年には両州で150万人以上が基礎的な医療サービスへのアクセスを失った。また、医療施設の約85%が深刻な医薬品不足に直面している。 WHO人道支援活動部門責任者のテレサ・ザカリア氏は次のように語った。 「たとえ体調を崩していても、感染疑いがある人々は医療サービスを受けられず、結果として発見も診断もできない状況にある。流行対応と並行して、両州のすべての住民に対する基本的な保健サービスを確実に維持しなければならない。特に強制的に避難させられた人々や極めて脆弱な立場に置かれている人々への支援が重要である。」 人道支援の専門家らは、今後の流行封じ込めには、支援機関が感染拡大を抑制できるという住民の信頼を回復することが不可欠だと強調している。2013年から2016年にかけて西アフリカで発生したエボラ出血熱の大流行の記憶は今なお根強く、多くの地域社会が深いトラウマと人道支援への不信感を抱えている。 国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)のガブリエラ・アレナス氏によれば、一部の住民は治療を求めている一方で、エボラ出血熱そのものを「でっち上げ」と考える人々も存在する。 アレナス氏は次のように語った。 「人々はあの恐怖を覚えている。村々に広がった噂を覚えている。近隣住民が治療センターへ運ばれていったことを覚えている。エボラ流行時には、信頼と地域社会の受容こそが、封じ込め成功と感染拡大の分かれ目となる。」 5月22日、フレッチャー氏は、国連中央緊急対応基金(CERF)から最大6,000万ドルを拠出し、DRCおよび周辺国での封じ込め、治療、監視活動を支援すると発表した。またWHOは、最前線での支援のため国際スタッフ22人を派遣し、緊急対応基金から390万ドルを拠出したことを明らかにした。さらにWHOはアフリカCDCと連携し、現場対応要員の支援と脆弱な地域社会の保護を目的とした大陸規模のインシデント管理チームを設置している。 フレッチャー氏は次のように述べた。 「私たちは過去の流行から得た教訓を生かしている。封じ込めは地域レベルでの迅速かつ連携した対応にかかっている。各国政府との強力な連携と、影響を受けた国々における効果的な早期警戒・検知システムが必要だ。地域社会からの信頼は不可欠である。今後も影響を受けた人々に幅広い人道支援を提供し、彼らのニーズを理解するため緊密に対話を続ける。また可能な限り事前に物資を配備し、軍事的手法による支援提供は避けていく。」 INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: |視点|エボラ出血熱、人権、貧困―そのつながりを見い出す(アリシア・エリー・ヤミン米ハーバード大学公衆衛生大学院グローバル・ヘルス専任講師) WHO:移民・難民の健康リスク深刻化 世界の保健体制はなお不十分 4年を経てもなお不明確 WHO報告が浮き彫りにした国際協力の欠如

WHO:移民・難民の健康リスク深刻化 世界の保健体制はなお不十分

【国連IPS=オリトロ・カリム】 世界で人の移動が過去最高水準に達するなか、移民や難民の健康リスクが一段と深刻化している。世界保健機関(WHO)によれば、現在、世界では約8人に1人に当たる約10億人が移動の途上にある。多くは貧困や不安定な生活、基礎的サービスへのアクセス不足など、厳しい環境に置かれている。国際移民の数が1990年以降で倍増するなか、WHOは、拡大する需要に対応するため保健システムの抜本的強化が必要だと訴えている。 WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は、「難民や移民は、支援を受ける対象であるだけでなく、医療従事者であり、ケアの担い手であり、地域社会のリーダーでもある」と指摘した。そのうえで、「保健システムが真に普遍的であると言えるのは、すべての人に行き届くときだけだ。難民や移民もまた、他の誰と同じように、どこにいても、途切れることなく、手頃な費用で、公平に保健医療サービスを受けられなければならない」と強調した。 WHOによると、世界の国際移民は約3億400万人に上り、このうち1億7000万人が移民労働者である。さらに約1億1700万人が強制移動を余儀なくされた人々で、4900万人は子ども、230万人は難民として生まれた人々だという。 こうした国際移民の71%以上は低・中所得国で暮らしている。しかし、これらの国々の多くは、深刻な資源不足と脆弱な保護体制を抱えている。なかでも、周縁化された人々への影響は深刻だ。女性や少女はジェンダーに基づく暴力にさらされやすく、必要な支援にもアクセスしにくい。保護者のいない子どもは搾取や虐待、ネグレクトの危険に直面しやすく、障害のある人々は利用面での障壁や差別にいっそうさらされている。 難民や移民は、移動の制限や医療へのアクセスの阻害、根強い差別、言語・文化の壁などによって、健康リスクにさらされやすいことが明らかになっている。こうした脆弱性は、紛争や気候関連災害によってさらに深刻化し、感染症や慢性疾患、メンタルヘルス上の問題に加え、危険な生活環境や労働環境にさらされる人々を世界各地で増やしている。 WHO緊急事態対応部門のチクウェ・イヘクウェアズ事務局長は、「難民と移民の健康を語るなら、緊急事態にも目を向けなければならない」と述べたうえで、「紛争であれ、気候危機であれ、あるいは人の移動を引き起こす感染症の流行であれ、こうした危機は保健システムの脆弱さを露呈させ、もともと危険にさらされていた人々の脆弱性をさらに拡大させる」と警鐘を鳴らした。 WHOは3月26日、「難民と移民の健康促進に関する世界報告書―WHOグローバル・アクション・プランの進捗モニタリング」を公表した。93を超える加盟国のデータに基づくこの報告書は、包摂的で移民に配慮した保健システムの進展を測る初の世界的な指標であり、各国の対応に前進が見られる一方、公平な医療アクセスを阻む構造的な欠陥が依然として残っている実態を示した。 報告書によると、移民・難民コミュニティ向けに緊急時の備えや災害リスク軽減、対応プログラムを整備している加盟国は42%にとどまった。文化的背景に配慮したケアについて医療従事者への研修を実施している国は40%、移民関連の健康データを収集・監視・分析する仕組みを備えている国は37%にすぎなかった。こうした情報基盤はなお脆弱で、より協調的な国際対応を支えるには不十分だという。 また、難民や移民を多数受け入れている低・中所得国では差別が依然として広がっており、誤情報や偽情報が否定的な認識を助長している。そうした誤解や差別的言説に対抗するための広報キャンペーンを実施している国は、調査対象国の30%にとどまった。 反移民感情もなお根強い。国内避難民や移民労働者、留学生、不法滞在状態にある移民は、保健サービスにアクセスできる可能性が著しく低い。加えて、多くの国では、難民や移民自身が、自らの健康に関わる制度設計や意思決定の過程からほとんど排除されている。 WHOの「保健と移民に関する特別イニシアティブ」責任者で、同報告書の主執筆者でもあるサンティーノ・セヴェローニ氏は、「人の強制移動は残念ながら、制度も経済も脆弱で、国内資源も限られている国々で、より頻繁に起きている」と指摘した。そのうえで、「非正規移民については、緊急対応計画や疾病リスク軽減策のなかでほとんど触れられておらず、制度が実際にどのように機能しているのか、その効率性や有効性を体系的に検証する仕組みも欠けている」と述べ、「緊急事態への対応責任を分かち合うという約束を果たすための行動が求められている」と訴えた。 この1年で、難民の健康支援に対する国際的支援は大きく後退している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2025年の対応計画は、目標額106億ドルのうち23%しか資金を確保できていない。このため、今年だけで1280万人を超える避難民が、命を守る医療支援を受けられなくなるおそれがあるという。 各国の対応は二極化している。たとえばチリでは、移民や難民の地域代表を自治体の保健評議会に参加させるなど、包摂的政策を進めている。一方、米国やカナダでは、非正規滞在移民に対する医療保険の適用が削減され、命に関わる治療であっても自己負担を強いられるケースが増え、保護上のリスクを高めている。 WHOは報告書のなかで、難民や移民の声を意思決定により広く反映させることと、各国政府間の連携強化を求めた。加盟国間でデータ共有が円滑になれば、保健、雇用、住宅、保護などの分野で、より効果的な政策立案と実施が可能になるとしている。 WHOはまた、対応策は移民の多様な立場や実情に応じて具体的に設計されるべきだと強調した。そのうえで、「根拠に基づく行動」によって誤情報と差別に対抗し続ける必要があると訴えている。難民・移民の健康への投資は、社会的・経済的結束を高めるだけでなく、脆弱な保健システムの立て直しや世界全体の安全保障の強化にもつながる。さらに、移民や難民が社会に貢献できる環境を整えることで、長期的なコスト削減にも資するという。 セヴェローニ氏は、「難民と移民の健康は周縁的な問題ではない。現代を象徴する課題である」と述べた。そのうえで、「今こそ行動を起こすことで、各国は難民や移民を取り残すことなく対応でき、保健システムをより強靱で、より公正で、将来に備えたものにすることができる」と呼びかけた。(原文へ) INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: 1日で過去最多の1,200人超が英仏海峡を渡る 英国防相「国境管理は崩壊した」 |視点|人道の試練:内向きになる世界で移民の権利はどうなるのか(イネス・M・ポウサデラCIVICUSの上級研究員、「市民社会の現状報告書」の共同執筆者) 奴隷制と不自由労働 — ネパールの人権・ジェンダー論議に刻まれた長い影

アスタナと東京、スマートシティ・エネルギー安全保障・核軍縮を軸に未来への絆を強化

【東京/アスタナINPS Japan=浅霧勝浩】 中央アジアの広大なステップに築かれたカザフスタンの首都アスタナは、しばしば「未来都市」と呼ばれる。ガラスと鋼の高層建築、広々とした大通り、記念碑的な都市景観は、21世紀における自国の進路を切り開こうとする若い国家の志を映し出している。|英語版|アラビア語| しかし日本にとって、アスタナは単なる遠い異国の首都ではない。この都市のマスタープランには、日本を代表する建築家の一人である故・黒川紀章氏が関わっていた。黒川氏は、カザフスタンの遊牧文化の遺産、厳しい自然環境、国家建設への意志、そして未来志向の都市設計を結び合わせようとした。今日、その歴史的なつながりは、スマートシティ、グリーン技術、エネルギー安全保障、そして核兵器のない世界を目指す共通の取り組みへと広がっている。 5月22日、カザフスタンのカシムジョマルト・トカエフ大統領はアスタナで小池百合子東京都知事と会談し、スマートシティ開発、デジタル技術、金融、教育、緊急対応、持続可能な都市運営などの分野での協力について協議した。東京は、世界有数の人口密集都市でありながら、安全、防災、交通、行政サービスの各分野で高度な都市システムを築いてきた。急速に発展するアスタナにとって、東京の経験は貴重な指針となる。 トカエフ大統領は、東京を世界で最も安全かつ効率的に運営されている都市の一つと評価し、日本のスマートシティ構想に対するカザフスタンの関心を示した。東京とアスタナの協力は、気候変動、災害リスク、行政効率、エネルギー利用といった共通課題に都市同士が直接取り組む、新たな都市外交の可能性を示している。 しかし、日・カザフ関係の深化は、都市協力だけでは説明できない。その背後には、より差し迫った地政学的現実がある。中東情勢の不安定化と、それに伴うエネルギー安全保障への懸念である。 日本は長年、原油の多くを中東に依存してきた。イラン情勢やホルムズ海峡をめぐる緊張は、日本経済と市民生活に直接影響を及ぼすリスクである。日本にとって、エネルギー供給源、重要鉱物の供給網、輸送路の多角化は、もはや単なる通商上の課題ではない。経済安全保障の中核をなす問題となっている。 この文脈で、カザフスタンの重要性は改めて高まっている。同国は石油、天然ガス、ウラン、重要鉱物に恵まれた資源国であると同時に、中央アジアと欧州を結ぶ物流の要衝でもある。2025年12月に東京で開かれた「中央アジア+日本」首脳会合では、重要鉱物の供給網強化と、ロシアを経由せずに中央アジアと欧州を結ぶトランス・カスピ回廊への支援が、地域協力の中心に据えられた。 日本にとって、レアアースやリチウムなどの重要鉱物は、蓄電池、電子機器、再生可能エネルギー関連設備、次世代産業に不可欠である。供給源と輸送路の多角化は、エネルギー政策であると同時に、産業政策であり、安全保障政策でもある。こうした国際環境の再編の中で、アスタナは日本の中央アジア関与における重要な拠点として浮上している。 アスタナの都市景観そのものも、国家のビジョン、資源戦略、技術革新が交差する場となっている。バイテレクタワーはカザフスタンの独立と未来への希望を象徴し、2017年アスタナ国際博覧会の遺産である球形建築「ヌル・アレム」は、再生可能エネルギーと持続可能性の象徴として知られる。 小池知事の訪問に合わせて開かれたカザフスタン・日本ビジネスイベントでは、脱炭素化、再生可能エネルギー、ドローン技術、カーボンクレジット関連のソリューションを手がける日本企業が参加した。カザフスタン側では、再生可能エネルギー、人工知能、デジタルトランスフォーメーション分野で日本の専門性への関心が高まっている。都市開発、環境技術、資源協力、物流インフラは、より広範な戦略的枠組みの中で結びつきつつある。 だが、日・カザフ関係には、さらに深い層がある。核被害の記憶である。 日本は、広島と長崎への原爆投下を経験した唯一の戦争被爆国である。一方、カザフスタンは、旧ソ連時代にセミパラチンスク核実験場で繰り返された核実験によって深刻な放射線被害を受けた。1949年から1989年にかけて同実験場では450回以上の核実験が行われ、地域社会と住民の健康に長期的な影響を及ぼした。 1991年、カザフスタンはセミパラチンスク核実験場を閉鎖した。ソ連崩壊後には、自国領内に残された世界最大級の核戦力を放棄し、非核兵器国としての道を選んだ。この決断は、カザフスタン外交を特徴づける重要な柱となっている。 日本とカザフスタンはいずれも、核兵器が人間、地域社会、環境、そして未来世代にもたらす被害を、抽象的な安全保障論としてではなく、歴史的経験として知っている。この共有された記憶は、両国関係に独自の倫理的基盤を与えている。 その記憶は、政府、市民社会、国際機関の間で続けられてきた協力にも反映されている。INPS Japanはこれまで、カザフスタン外務省、赤十字国際委員会、国際安全保障政策センター、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)、創価学会インタナショナル(SGI)などが関わる核軍縮関連の会議やイベントを報じてきた。 その一例が、SGI、ICAN、カザフ国際安全保障政策センター(CISP)がアスタナで共同開催した反核展示「核兵器なき世界への連帯―勇気と希望の選択」展である。同展は2022年9月、アスタナ中心部のケルエン・ショッピングモールで開かれ、若者に核兵器の危険性を伝えることを目的に、写真、イラスト、グラフを用いて、広島への原爆投下から今日に至る核の歴史と、核兵器が社会にもたらす壊滅的影響を示した。SGIによる同展示は2012年に広島で初開催され、その後、世界各地で展開されてきた。 展示では、核兵器が人間、環境、健康、経済、そして未来に及ぼす影響を、若い世代にも理解しやすい形で提示した。カザフスタン外務省関係者は、同国で1949年から1989年にかけて456回の核実験が行われ、約150万人が健康被害を受けたとされることに言及し、核兵器なき世界の実現をカザフスタン外交の中核に位置づけた。会場では、セミパラチンスク核実験被害者の二世である活動家が、自身と家族が受けた被害について証言し、核被害が世代を超えて続いている現実を訴えた。 https://www.youtube.com/watch?v=fapgfaBfmFQ&t=1s 2023年8月29日にアスタナで開かれた地域会議でも、核兵器の人道的影響、中央アジア非核兵器地帯、核実験被害者の証言、核兵器禁止条約に基づく被害者援助と環境修復について議論が行われた。核兵器を抑止力や国家的威信の観点から語る議論とは異なり、こうした場では、被害を受けた人びと、その家族、地域社会、環境が議論の中心に据えられてきた。 カザフスタンの核実験被害者を描いたドキュメンタリー「私は生きぬく:語られざるセミパラチンスク」も、セメイ地域の第2世代、第3世代の被害者の証言を国際社会に伝えてきた。国連軍縮部(UNODA)とのワークショップや、非核兵器地帯間の協力強化をめぐる議論とともに、こうした取り組みは、核兵器の人道的影響を国際的な軍縮論議の中心に据え続ける役割を果たしている。 2025年、トカエフ大統領は東京の国連大学で講演し、核リスクが再び高まっていると警告した。広島、長崎、そしてセミパラチンスクに言及し、日本とカザフスタンはいずれも核兵器がもたらす壊滅的な被害を理解している国であると強調した。 この発言は、二国間関係の本質をよく示している。両国の協力は、資源、輸送路、技術市場をめぐる利害だけで成り立っているわけではない。核被害の歴史を背負う社会として、両国は、不安定化する時代に世界がどのような安全保障を選ぶべきかという、より深い問いを共有している。 もちろん、日本とカザフスタンの立場は同一ではない。日本は安全保障政策の一環として米国の核抑止に依存し続けている。一方、カザフスタンは核兵器を放棄し、中央アジア非核兵器地帯の一員となった。それでも両国は、核被害の記憶を国際平和のための行動へと転換しようとする共通の土壌を持っている。 この基盤があるからこそ、スマートシティ、グリーン技術、エネルギー転換、重要鉱物、トランス・カスピ回廊をめぐる実務協力も、単なる取引を超えた意味を持つ。アスタナと東京の関係は、都市間協力であると同時に、核の時代を生き抜いてきた二つの社会が、より安全で持続可能な未来を模索する取り組みでもある。 中東の危機が世界のエネルギー秩序を揺さぶり、核リスクが再び国際政治の前面に浮上するなかで、日本とカザフスタンの関係は、もはや単なる友好の物語ではない。それは、不確実な時代に、都市、資源、技術、平和をどのように結び合わせるのかという、日本自身の選択を映し出す関係なのである。(原文へ) This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International, in consultative status with the UN’s Economic and Social Council...

ガエタン博士、被爆地長崎を取材

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米国桜寄贈110周年記念集会

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