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国連の未来は、敵対姿勢を強める米国に左右されるのか

【国連IPS=タリフ・ディーン】 国連が創設81周年を迎える中、なお答えの出ていない一つの大きな問いがある。国連の未来はどうなるのか、という問題だ。 敵対姿勢を強める米国は、国連における活動を縮小させ、拠出金を削減し、分担金の未払いを続け、さらには最終的に国連そのものから脱退するのだろうか。|英語版| これまでに米国は、世界保健機関(WHO)、国連教育科学文化機関(UNESCO)、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の3つの国連機関に加え、国連人権理事会からも離脱している。 では、国連そのものが次の標的となる可能性はあるのだろうか。 来月開かれる国連総会に出席するパレスチナ代表団に対し、米国が査証(ビザ)の発給を拒否するとの報道を受け、先週の国連記者会見では、次のような質問が相次いだ。 「国連本部を世界の別の場所に移転することを検討すべきではないでしょうか。事務総長は、そのような手続きを開始できるのでしょうか。もし可能なら、どのような手続きになるのでしょうか。そして、米国が国連を『人質』に取ることになるのではありませんか。」 これに対し、ステファン・デュジャリック国連報道官は記者団にこう答えた。 「これは加盟国が判断すべき問題です。私の記憶が正しければ、国連の所在地については憲章に規定されています。このニューヨークという都市と国連は、過去81年間にわたり歴史を共有してきました。全体として見れば、それは良好な歴史だったと思います」 さらに記者から、「米国は、国連総会に出席するパレスチナ代表団へのビザ発給を拒否するとしています。国連はこの件を把握していますか。また、何らかの対応を取っていますか。」と問われると、デュジャリック報道官は、「そうした報道は承知しています。米国が国連本部協定に基づく責任を果たすことは、私たちにとって極めて重要です。その点について引き続き働きかけていきます。ただ、現時点で私たちが確認しているのは報道だけです。」と述べた。 ある報道によれば、米国は2026年1月7日に署名された大統領覚書に基づき、国連関連の31の機関・組織から離脱したという。これは、世界保健機関(WHO)やUNESCOといった主要機関からの従来の離脱に加わるものだ。 2026年1月のこの離脱指令では、とりわけ気候変動、開発、社会政策に関連する取り組みが対象とされた。 主な離脱先には、気候変動分野の国連気候変動枠組条約(UNFCCC)や気候変動に関する政府間パネル(IPCC)、社会・保健分野のUN Women(国連女性機関)や国連人口基金(UNFPA)、貿易分野の国連貿易開発会議(UNCTAD)、さらに国連人間居住計画(UN-Habitat)を含む各種地域委員会や事務所などが含まれている。 国連政治について幅広く執筆してきたサンフランシスコ大学政治学教授で中東研究プログラム部長のスティーブン・ズーンズ氏は、インタープレス・サービス(IPS)の取材に対し、安全保障理事会の構成や、国連本部が米国に置かれていること自体が「第2次世界大戦の時代の遺物になっている」と指摘した。 ズーンズ氏によれば、国連の歴史の大部分を通じて、米国は他のどの国よりも、米国以外の理事国がすべて賛成していた安全保障理事会決議案に拒否権を行使してきた。また、米国政府は国連に対する財政上の義務を繰り返し履行してこなかったという。 共和・民主両党の政権下で、米国は国連の司法機関、人道支援機関、調査委員会などを繰り返し攻撃してきたとズーンズ氏は指摘する。特に、国際人道法の履行をめぐって、その傾向は顕著だったという。 「米国によるイラクやイランでの戦争、さらに軍事力によって占領された領土について、イスラエルやモロッコによる併合を米国が承認したことは、国連憲章の基本原則をあからさまに軽視していることを浮き彫りにしている。」 さらに、「常任オブザーバー国であるパレスチナの代表団の入国を認めないことは、ニューヨークを国連本部所在地と定めた米国・国連間の協定に直接違反するものだ。」と述べた。 とはいえ、国連本部をニューヨークから移転することが現実的ではないと考えられる物流面、財政面、制度面での重大な理由が存在することも確かだ。 「それでも、この問題そのものが議論されるようになったという事実は、米国が国際社会でますます孤立しつつあり、国連のホスト国として皮肉な存在になっていることを示している。」とズーンズ氏は語った。 国際人道支援団体「コンシャンス・インターナショナル」のジェームズ・E・ジェニングス代表はIPSの取材に対し、米国が今後も国連への資金拠出を削減していく可能性は高いとの見方を示した。 特定の国連機関への資金提供を停止し、国連をさらに米国の影響下に置こうとする動きは、すでに始まっているという。 それが成功しなければ、トランプ大統領は米国が主導する別の国際機構を設立し、各国にどちら側につくのか選択を迫ることで、国連を脇に追いやろうとする可能性もあるとジェニングス氏は指摘する。 「今日の状況下で、国連を中心とするルールに基づく国際秩序が崩壊すれば、それは世界的な紛争を引き起こす確実な引き金となるだろう。」と語った。 Q:米国は、国連を自国の意向に従うよう再編することができるのでしょうか。 A:米政府が国連とその諸計画を再編しようとする動きを今後も続ける可能性は、国連本部そのものをニューヨークから移転させようとする動きよりも高いでしょう。 安全保障理事会はワシントンにとって有用な存在です。冷戦時代には、東側諸国による長期にわたる「ニェット(ノー)」に象徴されるように、世界の不満をぶつける対象として利用することができました。 一方、より最近では、ワシントンが中東で戦争を始めようとした際に、安全保障理事会が事実上それを止められない状況をつくることもできました。 多くの人々は、トランプ大統領が国連への影響力を強めるために攻撃的な姿勢を取っているだけだと考えています。しかし、それは彼という人物と、その手法を著しく見誤った判断でしょう。 実際には、彼が求めているのは単なる国連改革ではなく、国連そのものを完全に支配することです。 今年初め、自分は「これまで生きた中で最も強力な人物として認められるべきだ」と彼が豪語したことに注目した人なら、その言葉を文字どおり受け止めるべきでしょう。 彼の自我は、『ヨハネの黙示録』に描かれる底なしの淵のように、深さに限界のないブラックホールさながらです。 その目標がどれほど現実的かは、また別の問題です。 しかし、資金が多くの物事を動かす以上、そして長年にわたり国連の円滑な活動を支えてきた重要な要素の一つが米国の潤沢な資金提供だったことを考えれば、米議会が大統領の方針を覆す勇気を持つまでは、何が起きても不思議ではありません。 国連の主要な制度が試練にさらされていることは間違いありません。 大国による国連の政治的操作がもたらす長期的な影響は深刻です。その第一の実例として挙げられるのが、過去4分の3世紀にわたって、パレスチナ人の民族的権利が事実上消し去られてきたことです。 トルーマン政権が弱小国に圧力をかけ、1947年11月29日のパレスチナ分割決議に賛成させたことは、現地のアラブ住民の意思に反してイスラエル建国を強いることにつながり、国連憲章の精神にも反するものだったといえます。 国連憲章に抜本的な変更が加えられない限り、総会の影響力が安全保障理事会による世界政策への支配的影響力に取って代わることはできません。 もし米国が国連から完全に脱退したり、ワシントン主導の別の国際機構を創設したりすれば、現在の国連は、かつて存在した国際連盟と同じ運命をたどることになるでしょう。」とジェニングス氏は語った。 ある報道によれば、国連は現在、「UN@80」改革イニシアチブの一環として、ニューヨークに集中してきた機能の分散化を進めており、複数の世界規模の事務所や数百人分のポストを地域拠点へ移転している。 移転が進む国連の主要事務所・機関 ・ユニセフ(UNICEF/国連児童基金):ニューヨークにある世界本部機能の一部を、ケニアのナイロビへ移転。 ・国連人口基金(UNFPA):ニューヨークの世界本部機能をナイロビへ移転。 ・UN Women(国連女性機関):世界本部機能と本部予算で賄われるポストの一部を、ナイロビおよびドイツのボンへ移転。 ・国連開発計画(UNDP):ニューヨークから数百人規模のポストを欧州、主にボンとマドリードへ移転するとともに、その他の地域への機能移管も進めている。 一方、1988年、ヤセル・アラファト氏が国連で演説するためニューヨークを訪問しようとした際、米国がビザの発給を拒否したことがある。これに対し国連総会は米国に反発し、おそらく国連史上初めて、国連の最高政策決定機関である総会を一時的にジュネーブへ移した。これによって、パレスチナ解放機構(PLO)の指導者アラファト氏には、ニューヨークより政治的に敵対的でない環境と、演説の場が提供された。 1974年に初めて国連で演説したアラファト氏は、ジュネーブでの演説の冒頭、米国を皮肉るようにこう述べた。「1974年以来、私がこの名誉ある総会に2度目に出席する場所が、もてなしの街ジュネーブになるとは思ってもみなかった。」 1974年に国連総会で演説した際には、国連本部の外でアラファト支持派と反対派の数百人がデモを行っていたため、アラファト氏はそれを避けるようにヘリコプターで到着し、イースト川に面した国連本部敷地内のノース・ローンに着陸した。 ちなみに、ニューヨークのファースト・アベニューで反アラファト派のデモ参加者が、「アラファト、故郷へ帰れ(Arafat Go Home)」と叫んだ際、アラファト氏の支持者たちは、「それこそ、彼が望んでいることだ。」と応じたという。つまり、パレスチナ人が「帰ることのできる故郷」を持つことこそが、アラファト氏の求めていたものだったのである。 INPS Japan/ IPS UN Bureau Report 関連記事: 米国は国連の『出口』に向かっているのか? 米国の国際機関離脱、世界に警鐘 米国は“ブラックリスト”で国連創設80周年サミットから政治指導者や代表を排除するのか?

ネパール中部の洪水、その翌日

衛星画像が示す「ランタン北壁の氷河崩壊」はネパール国内で発生 【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=クンダ・ディクシット】 首都カトマンズの真北約45キロに位置し、標高7245メートルを誇る雄大なランタン・リルン峰には、悲劇の歴史がある。 2015年4月、ネパール中部を襲ったマグニチュード7.8の大地震によって、同峰南壁で巨大な雪崩が発生した。雪崩は眼下の氷河へ崩れ落ち、ランタン村を埋め尽くした。少なくとも300人が死亡した。 そして8月26日、ネパール時間午前8時37分ちょうどに、中国との国境付近でマグニチュード4.4の地震が発生した。今回は、それとほぼ同時にランタン峰北壁で巨大な雪崩が起きた。 ランタン・リルン峰は全体がネパール領内にある。雪崩による大量の土砂と氷は、中国との国境をなすレンデ・コラ川をせき止めた。同川はモンスーンの雨で増水していた。 せき止められてできた湖は間もなく決壊し、泥と巨石が壁のようになってトリスリ川を猛スピードで流れ下り、ネパール国内を襲った。 少なくとも、プラネット・ラボの衛星画像を確認した専門家たちは、そのように分析している。 ただし科学者の間では、地震が北壁の斜面崩壊を引き起こしたのか、それとも雪崩そのものがあまりに巨大だったために地震波として観測される揺れを引き起こしたのかについて、なお見解が分かれている。 仮に地震が引き金だったとしても、崩壊した山では地球温暖化の影響によって雪と氷がすでに不安定な状態にあった。 さらに発生時期はモンスーン終盤で、山の斜面には大量の雪が積もっていた。氷河の後退によって取り残されたモレーン(氷河堆積物)は、かつて永久凍土によって固く固定されていたが、すでに大量の水を含んだ状態になっていた。 今回の災害自体はネパール国内の氷河に起因したとみられている。しかしそれでも、チベット高原を起点として国境を越える災害につながり得る、氷河湖決壊洪水(GLOF)、永久凍土の融解、モレーン崩壊という長期的な脅威が増大していることを浮き彫りにしている。 地震が引き金にならなくても、近年のヒマラヤでは、同じような複数の要因が重なって発生する「ヒマラヤの津波」ともいうべき大規模災害が相次いでいる。 2021年のチャモリ、同年のメラムチ、2023年のシッキム、2024年のタメ、2025年のボテ・コシ、そして2026年の今回の災害である。そのほぼすべてがモンスーン期に発生している。 昨年7月8日の洪水(下図参照)では18人が死亡した。ネパールと中国の貿易・観光にとって最も重要な国境検問所が押し流され、ネパール国内の幹線道路、水力発電所、送電線も破壊された。これらは最近になってようやく復旧工事が始まったばかりだった。 科学者たちは昨年の洪水について、氷河表面に形成された複数の池が拡大して一体化し、やがて決壊したことで、大量の土砂や岩石が壁のようになって下流へ押し寄せたと分析している。 昨年は、中国側からネパールの地方当局に危険が警告されていたと報じられている。しかし今年は、事前の警告はまったくなかった。 しかも今回は、雪崩と洪水の発生地点が国境に非常に近かった。このため、土石流がラスワの国境検問所に到達するまでには、わずか数分しかなかったとみられる。 木曜日の朝までに、公式の死者数は160人を超え、その後さらに増加して数百人に達する可能性がある。 夜の間には、200キロ下流のナワルパラシ郡を流れるナラヤニ川で、人の遺体や家畜の死骸、さまざまな瓦礫が流れていくのが目撃された。 今回の災害によって、ネパールが国際的な気候変動交渉の場で訴えてきた「損失と損害(Loss and Damage)」の問題が、改めて大きく取り上げられることになるだろう。 とりわけ脆弱な山岳国において、気候危機が経済にもたらす損失は深刻である。今回のインフラや財産への被害額は、数十億ドル規模に達するとみられる。 わずか数分のうちに、ボテ・コシ川とトリスリ川沿いにある少なくとも6か所の主要水力発電所、送電線、変電所が破壊されるか、大きな損傷を受けた。 ヌワコットにあるネパールの象徴的な25メガワット級大規模太陽光発電所も、土砂に埋没した。 建設中の他の事業も壊滅的な被害を受けた。 ボテ・コシ川とトリスリ川に架かる少なくとも12本の橋が流され、その中には被災地点から70キロ下流に位置するものもあった。北部へ向かう幹線道路も各地で寸断された。 今回の災害は、2025年9月の「Z世代(GenZ)抗議運動」によって早期選挙が実施されてから、ほぼ1年後にネパールを襲った。 その選挙では、バレンドラ・シャー首相率いるRSPが地滑り的勝利を収めた。政権発足からまだ半年もたっていないなか、政府は今、緊急の捜索・救助活動と、壊滅的な被害を受けたトリスリ渓谷の復旧・復興という大きな試練に直面している。 長期的に見れば、ネパールは今後、発生頻度がほぼ確実に増えるとみられる地震や気候変動に起因する災害に対処するため、実効性のある戦略を構築しなければならない。 クンダ・ディクシットは『Nepali Times』の元編集長で、現在は同紙発行人。著書に『Dateline Earth: Journalism As If the Planet Mattered』、ネパール紛争を扱った3部作『A People War』がある。コロンビア大学でジャーナリズム修士号を取得。メディア教育にも携わり、ネパール調査報道センター(Centre for Investigative Journalism Nepal)の理事長を務めている。 Original URL: https://nepalitimes.com/central-nepal-flood-the-day-after INPS Japan 関連記事: チベット高原の下流に暮らすという危険 アジア太平洋地域、新たな災害リスク時代への備え |防災|ネパールとブータン、地震緊急対応で連携

国連での平和フォーラム、核廃絶を訴える

【ニューヨークIDN=ジャムシェッド・バルーア】 国連「文明の同盟」(UNAOC)上級代表のナシル・アブドゥルアジズ・アルナセル大使が、「核兵器の使用がもたらす破滅的な人道的帰結と、それが国際の平和と安全に及ぼす脅威」について深い懸念を表明している。ニューヨークの国連本部で開催された、新刊『平和のためのフォーラム―池田大作 国連提言選集』(I・B・トーリス社)の出版を記念するシンポジウム「世界市民と国連の未来」を開始するにあたって、アルナセル大使は、平和の文化の重要性についても強調した。 この書籍には、創価学会インタナショナル(SGI、本部:東京)の池田大作会長が国連に対して30年以上にわたって提言してきた内容が含まれている。議論されたテーマは、核兵器廃絶の必要性、世界市民教育、人間と環境とのつながりなどである。このイベントはUNAOCの支援を得て、SGIと国際通信社インタープレスサービス(IPS)、戸田記念国際平和研究所(東京、ホノルル)が共催して、2月20日に開催された。 書籍を編集した戸田研究所のオリビエ・ウルバン所長は、池田会長の、民衆の力に対する深い確信と、連帯に備わる潜在的な力に対する信頼に感銘を受けたと語った。戦争のない世界の実現を目指す池田会長の活動は、現実の核弾頭の廃絶にとどまるものではなく、世界が依然としてこの大量破壊兵器を保有しているという現実の背後にある人間の考え方をも問題にしている、とウルバン所長は語った。 「他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはできません。このことは国家に関しても言えることで、兵器の脅威に慄く他国の不幸と恐怖の上に真に永続的な国家安全保障を築くことはできないのです。」とウルバン氏は語った。 世界には依然として様々な紛争や脅威があるが、この本を読んで「大いに希望が湧いてきました」と言うウルバン氏は、「私たちの心の中に創造性と連帯の空間があるかぎり、人類に乗り越えられないものはありません。」と付け加えた。従って国連は、民衆の声が活動に反映されるチャンネルやメカニズムを作り出し、それによって民衆が国連を支援する体制を構築する必要がある。 シンポジウムの議長を務めた元国連事務次長のアンワルル・K・チョウドリ博士は、「これは私たちみなが読むべき書籍です。」と語った。チョウドリ博士はまた、「世界の歴史の中で、国連の活動について、池田会長ほど一貫かつ実質的な形で書いてきた人物はいません。」と指摘したうえで、平和を創り出すうえでの女性や若者のエンパワーメント(社会的地位の向上、権限付与)など、池田会長がこれまで行ってきた提言の多くが、国連の運営の中に反映されています、と語った。 チョウドリ博士は、対話と非暴力を通じて平和を推進する池田会長の「平和の文化」に関する考え方は、将来世代のために世界を安全な場所にするうえで不可欠なものです、と指摘した。 アルナセル上級代表は、平和と対話は国連「文明の同盟」の使命でもあると指摘したうえで、「民衆と国家が平和と繁栄のもとに共存できるようにすることは、国連の任務の礎となる部分です。私たちは国際社会として、文化や言語、宗教の違いに関わらず、人間性の基礎となる根本的に共通した価値観や原則があるとの信念で、結び付けられています。」と語った。 「私たちは国連ファミリーとして、多様性を重視し、寛容を推奨し、『他者』への恐怖を打ち破ることを通じて、より平和な世界を構築していくとの共通認識で、結び付けられています。また私たちは、世界的な解決策を必要とする共通の問題を世界の市民が共有していることを理解している点で、結び付けられています。ここにおいて、『核兵器の廃絶』と世界市民教育が役割を果たすようになるのです。」とアルナセル上級代表は付け加えた。 またアルナセル上級代表は、「国際社会は、文化の違いに関わらず、核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道的帰結と、それが国際の平和と安全に及ぼす脅威について、深い懸念をしばしば表明してきました。」と、会場を埋めた外交官やジャーナリスト、学者、非政府組織の代表らに語りかけた。 国連加盟国は、これまでに生産された中で最も破壊的な兵器の大量かつ競争的な集積によって起こる未曾有の自己破滅の脅威に人類が直面している、と『軍縮機関の成果』において明言してきた。アルナセル上級代表は、「原子力の非平和的利用が人類に重大な脅威を及ぼし、これらの兵器の拡散によって状況がさらに悪化してきたことは言うまでもありません。」と付け加えた。 こうした背景の下に、国連加盟国の多数は「核兵器の完全廃絶こそが、核兵器の使用あるいはその威嚇に対する唯一の保証となる」と何度も再確認してきた。これらの国々は、「すべての非核兵器国に対して安全を保証する普遍的で無条件かつ法的拘束力がある取り決め」がこれに続かねばならない、との見解を持っている。 アルナセル上級代表は、1996年7月8日に出された核兵器使用の威嚇あるいは使用の合法性に関する国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見を想起した。ICJは、核兵器使用の威嚇あるいは使用を特別に認めた慣習法はなく、核兵器使用の威嚇あるいは使用は、武力紛争に適用される国際法の規則に一般的に違反し、とりわけ人道法の原則と規則に反すると判断した。 「核軍縮は、国際社会にとって最も高いプライオリティー(優先事項)の一つと信じます。」とアルナセル上級代表は語った。 世界市民教育 アルナセル上級代表は、平和の文化とつながりがある「世界市民教育」(GCE)の話題に移って、「もし平和の文化を私たちの中に、そして私たちの間に深く根付かせようとするならば、成長過程にある若い人たちの心に効果的に働きかけて、私たちの世界における平和という、人々を結びつける価値観を育み、それに関して教育しなければなりません。」と説明した。 またアルナセル上級代表は、「私たちは平和教育に大きな価値を置かなければなりません。今日の若い世代にはこれまでとまったく違った教育を受ける権利があります。つまり戦争を賛美するのではなく、平和を教えるような教育です。そうしたものとして、国連の潘基文事務総長は、2年前に立ち上げた運動『グローバル・エデュケーション・ファースト』の中で、『地球市民の育成』を3つの柱の一つに掲げています。」と付け加えた。 このイニシアチブは、この概念を、共通の価値観に息吹をもたらす変革的な教育と説明したうえで、人々がより平和で、寛容で、包括的な社会を構築するのを支援するうえで中心的な役割を果たすような教育を呼び掛けている。 アルナセル上級代表は、「国連『文明の同盟』は、私たちの中に、私たちの家族に、そして私たちの社会と国家の間に平和を作り始めることができる理想的なフォーラムなのです。」と語った。 ノーベル賞受賞者のベティ・ウィリアムズ氏は、「世界をよりよくしていくために、私たちには国連しかないのです。」と指摘したうえで、「(国連も)ある特定の領域においてはもっと多くを改善する余地があることを承知しています。しかしはたして、円滑に運営されている組織というものが世界にあるでしょうか? これまで国連がなかったら、私たちは何をなし得たでしょう?どれほど世界の情勢は悪化したでしょう?」と問いかけた。 平和な社会を推進したとして1976年にノーベル平和賞を受賞したウィリアムズ氏は、個々人が、世界市民として、世界に平和をもたらす役割を担っていると考えている。「私たちは、『私がやる必要はない。誰かがやればいい』などと言うことはできません。世界で子どもたちが、栄養不良や病気、戦争によって亡くなっていることに対して、私たちにはみな責任があるのです。人間の一員として、私たちにはみな責任があるのです。」とウィリアムズ氏は語った。(原文へ) 翻訳=IPS Japan This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service and Soka Gakkai International in Consultative Status with...

死刑をめぐる「賛否」の先へ―日本で問われるいのちの尊厳と司法

【東京INPS Japan=浅霧勝浩】 日本の死刑制度を「いのちの尊厳」の視点から考えるシンポジウム「死刑制度を考える―いのちの尊厳を見すえて―」が9月5日、東京・四ツ谷の聖イグナチオ教会ヨセフホールで開かれた。|英語版|アラビア語|中国語| 主催は「死刑制度を考える宗教者・宗教研究者の会」、共催は死生学・共生社会研究所。イエズス会社会司牧センター、現代における宗教の役割研究会(コルモス)、公益財団法人全日本仏教会、国際宗教研究所、上智大学グリーフケア研究所、世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会、創価学会平和委員会、臨床仏教研究所の8団体が後援した。 シンポジウムには、刑法学者、ノンフィクション作家、犯罪被害者遺族、元刑務官、若い世代、宗教者らが参加し、それぞれの経験や立場から死刑制度を問い直した。 宗教学者の島薗進氏は、死刑を廃止するかどうかを決めるためではなく、互いの声を聞き、学び合うための場であると強調した。 そこで問われたのは、刑罰のあり方だけではない。被害者をどう支え、冤罪や暴力をどう防ぎ、人の生死を左右する判断について、制度を担う機関にどう説明責任を果たさせるかという問題だった。 国際情勢には相反する動きがある。アムネスティ・インターナショナルによると、2025年末までに145カ国が法律上または事実上、死刑を廃止した。一方、同年に確認された執行数は少なくとも2,707件に増加した。この数字には、実数を確認できない中国、北朝鮮、ベトナムの執行は含まれていない。 日本の法務省は、国民世論や凶悪犯罪の存在を理由に死刑の存続を支持してきた。しかし、国民の支持があることと、人権保障の観点から制度を正当化できることは、別の問いである。 取り返しのつかない刑罰に必要な保障 刑法学者の井田良氏は、日本が死刑制度の法的・憲法的な根拠を十分に検討してきたのかと問いかけた。特に問題視したのは、死刑判決の下で数十年を過ごす場合もある一方で、執行は当日になって告知されるという状況だった。 井田氏は、無実の人を有罪とする誤判と、刑の重さを決める際の誤りを区別した。犯罪が認定された場合でも、被告人に有利な事情が見落とされ、無期刑ではなく死刑が選択されることがある。 絞首刑についても、憲法上の残虐な刑と考えるべきだとの、自身の法的見解を示した。 「即時の死刑廃止だけが選択肢なのではありません。」 誤判防止策の強化、執行方法の見直し、一時的な執行停止など、取り組める改善はあるという。遺族の悲しみや怒りを認めつつ、その処罰要求だけで死刑を正当化することはできないと論じた。 抑止力についても慎重さが必要だ。米国の全米研究評議会(NRC)は2012年、検討した研究からは、死刑が殺人を増やすのか、減らすのか、影響しないのかを判断できないと結論づけた。これは、効果がないことを証明したという意味ではない。 一方、井田氏は市民の不安を真剣に受け止めるよう求めた。改革は単に刑罰を置き換えるのではなく、組織犯罪や再犯への対応も含めて考えなければならない。 死刑執行が人々に残すもの ノンフィクション作家の堀川惠子氏は、20年近くに及ぶ取材経験を語った。取材から見えてきたのは、遺族の思いは一様ではないということだった。死刑判決を歓迎する人もいれば、加害者に生きて罪と向き合ってほしいと願う人もいた。 堀川氏は、死刑か無期刑かを判断する際の考慮要素を示した永山基準について、その基となる最高裁判決の作成に関わった元調査官への取材も振り返った。元調査官は、それらの要素を機械的に死刑を導く基準として扱うことに異を唱えたという。 堀川氏の著書『教誨師』は、死刑囚と向き合った仏教僧の歩みを描いている。堀川氏は、その僧侶の言葉を紹介した。 「死刑が執行されても幸せになった人間は誰一人いません。」 これは僧侶自身の実感であり、すべての遺族の経験を一括りにする判断ではない。それでも、刑の執行が終わることと、犯罪をめぐる苦しみが終わることは、必ずしも同じではないという重要な区別を示している。 堀川氏は執行を停止し、被害者支援、刑務官の心理的負担、費用、そして絞首刑そのものを、情報を公開して検討するよう求めた。 兄を失った遺族が投げかけた問い 2021年の大阪・北新地の心療内科放火事件で、院長だった兄を失った伸子さんが登壇した。その後、更生とは何かを理解し、新たな悲劇を防ぐために、受刑者や出所者との対話を始めた。 「再犯を防ぎ、悲しい思いをする人を増やしたくない。」 伸子さんは、賛否いずれかの立場に括られることを避けた。死刑を望む遺族もいれば、加害者に生きて罪を背負ってほしいと願う人も、事件について考えることに耐えられない人もいる。 「どれもその人の抱いている悲しみの形だと思っています。」 犯罪を犯した人にも人権はあると、伸子さんは認める。「加害者の人権を認めること自体は、被害者の人権を否定することにはなりません。」 しかし、命を奪われた人の権利や、残された家族の必要に、誰が応えるのか。支援は、遺族が死刑に賛成するかどうかによって左右されるべきではない。 国連が1985年に採択した犯罪被害者等のための司法の基本原則に関する宣言も、司法へのアクセス、公正な取扱い、原状回復や賠償、補償、援助を含んでいる。処罰だけが、被害に対する応答のすべてではない。 伸子さんはさらに問いかけた。 「死刑になる人を作らない社会とは、どんな社会なんでしょう。」 受刑者との対話からは、虐待や孤立の経験が浮かび上がった。背景を理解することは、犯罪を正当化することではない。しかし、暴力が起きた後の処罰だけでは、もっと早く支援があれば防げたのではないかという検討の代わりにはならない。 伸子さんは、保護者が経験を語り合う場づくりも始めている。それは本人が選んだ活動であり、他の遺族に求めるべき義務ではない。犯罪予防には、個人の善意だけでなく、制度による支えも必要だ。 「私は死刑に賛成でも反対でもなく」と伸子さんは述べ、命と罪と苦しみについて考え続けたいという決意を語った。 司法には誤りを正す力が必要 元刑務官の坂本敏夫氏は、外部との接触制限により、死刑確定者の変化が社会に見えにくくなっていると指摘した。 また、長年交流してきた袴田巖氏についても語った。袴田氏は死刑判決の下で数十年を過ごし、2024年の再審で無罪となった。この事件は、取調べ、証拠開示、そして遅滞なく救済を得られるかという問題を提起している。 司法への信頼は、判断を下す権限だけではなく、取り返しのつかない被害が生じる前に、誤りを認め、正せるかどうかにもかかっている。 坂本氏は無期刑の長期化にも疑問を投げかけた。日本の無期刑には法律上、仮釈放の可能性がある。問われるのは、社会の安全、被害者の思い、更生を示す事情が、実際にどのように評価されるかである。 沖縄出身の大学院生、崎浜空音氏にとって、死刑は被害者のための正義だという考えを初めて揺さぶったのは、フランス留学だった。その後の国際的な交流を通じて、冤罪による死刑判決の影響を受けた人々の声に直接触れた。 崎浜氏は沖縄の「命どぅ宝」―命こそ宝―という言葉を挙げ、死刑と戦争に反対する思いのつながりを語った。そして、結論が出ていなくても、若者が難しい問題について話し合える場をつくることの重要性を強調した。 対話から制度の説明責任へ 堀川氏は、従来とは異なる声が入り、固定化した立場を超えようとした今回のシンポジウムを評価した。島薗氏も、対話の継続を願った。 持続可能な開発目標のSDG16は、死刑廃止を明文で求めてはいない。一方、暴力の削減、子どもの保護、司法への平等なアクセス、説明責任ある制度、包摂的な意思決定を掲げている。 そこから、具体的に制度を検証する視点が得られる。被害者に継続的な支援は届いているか。疑いのある有罪判決を十分に検証できるか。刑務官の負担は把握されているか。犯罪予防は被害を減らしているか。市民は制度を判断するために必要な情報を得られるか。 死刑の存廃について意見が違っても、これらの問いを検証することはできる。 人は変わることができるのか。罪を償うとはどういうことか。社会は被害者をどう支え、暴力をどう防ぐのか。そして、人の生死を左右する権限を、国家にどこまで認めるのか。 その問いに向き合う新たな対話が、東京の一つの教会から始まった。 This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC. INPS Japan 関連記事: |日本|ローマ教皇の来訪を機会に死刑制度を巡る議論が再燃 ローマのコロッセオで宗教指導者が平和を訴える―戦争に引き裂かれた世界に向けた連帯の祈り 国家による殺人事件が過去最高を記録 世界の「右利き」と「左利き」の拷問者たち

深刻化する紛争とデジタル脅威の中、国連特別報告者が子どもの権利保護を訴え

【国連IPS=オリトロ・カリム】 国連のアントニオ・グテーレス事務総長は7月7日、「子どもの売買、性的搾取、性的虐待に関する国連特別報告者」を務めるキハラハント愛氏の報告書を国連総会に提出した。報告書は、世界各地で子どもを守るための措置を実施していく上で、同氏が掲げる目標と優先課題を明らかにしている。|英語版| 国連人権理事会と連携して提出された報告書は、子どもを性的搾取や性的虐待の危険にさらしている構造的な障壁として、政府による監督の不十分さ、被害者への支援や司法サービスの不足、長期化・深刻化する危機などを挙げている。 「子どもの売買、性的搾取、性的虐待は複雑で、表面化しにくく、国境を越えて行われる。そのため、これらの問題に対処するには、強固な子ども保護制度と、各国内および国境を越えた実効的な協力が不可欠である。」と報告書は指摘している。 「子どもの売買、性的搾取、性的虐待への対応には、子どもの最善の利益を基礎とし、その尊厳、主体性、回復力を尊重する人権に基づくアプローチが必要である。」 報告書は主に、国連加盟国、国際機関、市民社会組織、人道支援機関から寄せられた情報をもとに、協力や説明責任を確保し、子どもに対する人権侵害を防止するための主要な仕組みを提示している。また、多様な関係者の世界各地からの視点や被害を生き延びた人々の実体験を取り入れ、ジェンダーへの配慮、障害の包摂、被害者中心、トラウマへの配慮、そして何よりも子どもの権利を基盤とする枠組みを通じて、保護、回復、リハビリテーション、司法へのアクセスを優先している。 これに先立つ3月10日の国連人権理事会第61会期では、前特別報告者のママ・ファティマ・シンガテ氏が、新たなデジタル技術によって加害者の虐待手法が一変し、オンライン空間が子どもにとってますます危険な場所になっていると警告した。 シンガテ氏は、デジタル技術の進歩が人権侵害の「新たな経路」を生み出すことを防ぐため、人道支援関係者、各国政府、その他の関係者が一層緊密に協力するよう求めた。 また同氏は4月20日、人権理事会に提出した最後の報告書について、子ども向けに分かりやすくした版を公表した。子ども自身が、自分たちに最も大きな影響を及ぼす議論に有意義な形で参加できるよう、情報へのアクセスを確保する重要性を強調したものである。 キハラハント氏は今後、歴代の特別報告者の取り組みをさらに発展させるとともに、これまで国連で十分な注目や継続的な取り組みがなされてこなかった問題にも焦点を当てる方針である。主な優先課題には、相互に絡み合う世界的危機に伴う「複雑、あるいは急速に変化する」問題や、デジタル環境における性的搾取の憂慮すべき増加が含まれている。 特別報告者は、オンライン空間では、子どもも発達しつつある能力に応じてさまざまな同意や意思表示を行うことができる一方、新たな技術の登場によって、その意味や取り扱いがますます複雑になり得ると指摘している。 とりわけ人工知能(AI)の急速な普及は、人道支援機関にとって大きな懸念となっている。AIによって、子どもを害するコンテンツの作成や拡散が容易になっているほか、本人の許可を得ない画像の収集や個人データの悪用も助長されているためである。 さらに報告書は、ソーシャルメディアやメッセージングアプリ、暗号資産などのデジタル技術が、武装集団への子どもの勧誘や人身取引、搾取を容易にする一方、加害者が捜査機関による摘発を免れる手段にもなっていると指摘した。 ユニセフ(UNICEF)の子ども保護専門官、アフルーズ・カヴィアニ・ジョンソン氏はIPSの取材に対し、「子どもの性的搾取や性的虐待の背景には、有害な社会規範、偏見、ジェンダー不平等、力関係の不均衡、貧困、子どもの保護・支援制度の脆弱さなど、さまざまな要因がある」と語った。 「今日では、デジタル環境がこうした被害にますます深く関わるようになっている。子どもたちは、デジタルプラットフォームを介したグルーミング、強要、性的搾取、性的虐待などの危険にさらされている。生成AIをはじめとする新興技術も、こうしたリスクの規模と深刻さを拡大させている。」 キハラハント氏の任務の柱の一つは、民間企業に対し、人権と子どものプライバシーを基礎とした、より厳格な安全対策を導入するよう求めることである。その責任は企業・組織そのものだけでなく、従業員、ボランティア、取引先など広範な関係者に及ぶ。 報告書はまた、市場原理や商業化、利益追求型の仕組みが、とりわけオンライン上で子どもの性的搾取を助長する有害な環境を生み出していないか、あるいはその防止にどのように貢献できるのかについても検証していくとしている。 「安全性を設計段階から組み込む『セーフティ・バイ・デザイン』のアプローチでは、プラットフォーム、メッセージングサービス、ゲーム環境、AIシステムが、子どもの売買や性的搾取、性的虐待を助長しかねない予見可能なリスクを評価し、軽減する必要がある。また、児童性的虐待コンテンツを積極的に検知し、通報し、削除することも求められる」と報告書は述べている。 「こうした責任にとどまらず、特別報告者は、企業が各国政府やその他の関係者と連携しながら、予防、安全確保、通報、子どもへの支援において、どのような積極的役割を果たすことができるかについても検討する考えである。」 報告書はさらに、武力紛争や人道危機の影響を受ける地域で暮らす子どもは、売買や性的搾取の危険が著しく高く、子ども時代にレイプや性的暴行を経験する可能性が世界平均のおよそ2倍に上ると指摘している。 このほか、強制的な避難や移住、自然災害、気候変動なども性的搾取のリスクを高める要因となっている。こうした状況では人道支援が大幅に制約されるため、子どもの保護措置や市民社会による介入も困難になることが多い。 ジョンソン氏は、「紛争、避難・移住、気候関連災害、公衆衛生上の緊急事態といった人道危機は、子どもの安全を守るための制度や仕組みを機能不全に陥らせる可能性がある」と指摘した。 「こうした危機は、子どもが危険にさらされる機会を増やす一方で、必要不可欠なサービスや支援へのアクセスを低下させる。」 さらに同氏は、「貧困や経済的困窮も、とりわけ金銭や物品、その他の利益と引き換えに搾取が行われる状況では、子どもの脆弱性を高める可能性がある」と語った。 「避難を余儀なくされた子ども、移動の途上にある子ども、障害のある子ども、人道危機の影響を受けている子どもは、複数のリスクが重なり合う状況に置かれることが多い。」 経済的不安定と格差も、子どもの性的搾取を引き起こす主要な要因である。報告書によれば、無国籍状態にある子どもなど、「公的な保護網の外側」に置かれた子どもたちは、成人や同年代の子どもから虐待を受けることが多く、場合によっては法執行機関の職員から被害を受けることさえある。 避難や移住を余儀なくされた子どもも同様に脆弱な立場に置かれており、拘禁や強制送還を恐れて犯罪被害を申告できない場合も少なくない。無国籍の子どもや移民の子どもは、支援サービスを利用するために必要な公的身分証明書を持っていないことが多いうえ、家族と離ればなれになっている場合も多い。その結果、保護してくれる大人の目が届きにくくなり、被害に遭う危険が大幅に高まる。 キハラハント氏は、歴代の特別報告者による取り組みを引き継ぎ、さらに発展させるため、子どもや若者の参加を優先し、子ども自身の力を高めることを重視した活動を進める方針である。 また、各国政府やテクノロジー企業、その他の関係者に対し、より安全なオンライン環境を構築するよう働きかける。さらに、公衆衛生や教育分野をはじめ、分野を越えた連携の強化を求めていく考えだ。 報告書は次のように指摘している。 「子どもの被害者やサバイバーのリハビリテーションにおける公衆衛生部門の役割は、単なる回復や社会復帰にとどまらない。刑事司法を中心とした対応から、子どもの健康と幸福を中心に据えた対応へと転換していくことも、その役割に含まれる。一方、教育部門は、以下でさらに詳しく述べるように、予防、保護、対応のあらゆる段階で重要な役割を果たす。」 INPS Japan/ IPS UN Bureau Repor 関連記事: すべての子ども、すべての権利のために-危機的な影響を受けた子どもたちに心理社会的支援を届ける 「『ディープフェイクによる虐待は虐待だ』―生成AIが広げる新たな児童搾取危機にユニセフが警鐘」 シリアの移動文化バス―文化的公正を掲げ、戦禍の子どもたちに芸術と文学を届ける

国連の未来は、敵対姿勢を強める米国に左右されるのか

【国連IPS=タリフ・ディーン】 国連が創設81周年を迎える中、なお答えの出ていない一つの大きな問いがある。国連の未来はどうなるのか、という問題だ。 敵対姿勢を強める米国は、国連における活動を縮小させ、拠出金を削減し、分担金の未払いを続け、さらには最終的に国連そのものから脱退するのだろうか。|英語版| これまでに米国は、世界保健機関(WHO)、国連教育科学文化機関(UNESCO)、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の3つの国連機関に加え、国連人権理事会からも離脱している。 では、国連そのものが次の標的となる可能性はあるのだろうか。 来月開かれる国連総会に出席するパレスチナ代表団に対し、米国が査証(ビザ)の発給を拒否するとの報道を受け、先週の国連記者会見では、次のような質問が相次いだ。 「国連本部を世界の別の場所に移転することを検討すべきではないでしょうか。事務総長は、そのような手続きを開始できるのでしょうか。もし可能なら、どのような手続きになるのでしょうか。そして、米国が国連を『人質』に取ることになるのではありませんか。」 これに対し、ステファン・デュジャリック国連報道官は記者団にこう答えた。 「これは加盟国が判断すべき問題です。私の記憶が正しければ、国連の所在地については憲章に規定されています。このニューヨークという都市と国連は、過去81年間にわたり歴史を共有してきました。全体として見れば、それは良好な歴史だったと思います」 さらに記者から、「米国は、国連総会に出席するパレスチナ代表団へのビザ発給を拒否するとしています。国連はこの件を把握していますか。また、何らかの対応を取っていますか。」と問われると、デュジャリック報道官は、「そうした報道は承知しています。米国が国連本部協定に基づく責任を果たすことは、私たちにとって極めて重要です。その点について引き続き働きかけていきます。ただ、現時点で私たちが確認しているのは報道だけです。」と述べた。 ある報道によれば、米国は2026年1月7日に署名された大統領覚書に基づき、国連関連の31の機関・組織から離脱したという。これは、世界保健機関(WHO)やUNESCOといった主要機関からの従来の離脱に加わるものだ。 2026年1月のこの離脱指令では、とりわけ気候変動、開発、社会政策に関連する取り組みが対象とされた。 主な離脱先には、気候変動分野の国連気候変動枠組条約(UNFCCC)や気候変動に関する政府間パネル(IPCC)、社会・保健分野のUN Women(国連女性機関)や国連人口基金(UNFPA)、貿易分野の国連貿易開発会議(UNCTAD)、さらに国連人間居住計画(UN-Habitat)を含む各種地域委員会や事務所などが含まれている。 国連政治について幅広く執筆してきたサンフランシスコ大学政治学教授で中東研究プログラム部長のスティーブン・ズーンズ氏は、インタープレス・サービス(IPS)の取材に対し、安全保障理事会の構成や、国連本部が米国に置かれていること自体が「第2次世界大戦の時代の遺物になっている」と指摘した。 ズーンズ氏によれば、国連の歴史の大部分を通じて、米国は他のどの国よりも、米国以外の理事国がすべて賛成していた安全保障理事会決議案に拒否権を行使してきた。また、米国政府は国連に対する財政上の義務を繰り返し履行してこなかったという。 共和・民主両党の政権下で、米国は国連の司法機関、人道支援機関、調査委員会などを繰り返し攻撃してきたとズーンズ氏は指摘する。特に、国際人道法の履行をめぐって、その傾向は顕著だったという。 「米国によるイラクやイランでの戦争、さらに軍事力によって占領された領土について、イスラエルやモロッコによる併合を米国が承認したことは、国連憲章の基本原則をあからさまに軽視していることを浮き彫りにしている。」 さらに、「常任オブザーバー国であるパレスチナの代表団の入国を認めないことは、ニューヨークを国連本部所在地と定めた米国・国連間の協定に直接違反するものだ。」と述べた。 とはいえ、国連本部をニューヨークから移転することが現実的ではないと考えられる物流面、財政面、制度面での重大な理由が存在することも確かだ。 「それでも、この問題そのものが議論されるようになったという事実は、米国が国際社会でますます孤立しつつあり、国連のホスト国として皮肉な存在になっていることを示している。」とズーンズ氏は語った。 国際人道支援団体「コンシャンス・インターナショナル」のジェームズ・E・ジェニングス代表はIPSの取材に対し、米国が今後も国連への資金拠出を削減していく可能性は高いとの見方を示した。 特定の国連機関への資金提供を停止し、国連をさらに米国の影響下に置こうとする動きは、すでに始まっているという。 それが成功しなければ、トランプ大統領は米国が主導する別の国際機構を設立し、各国にどちら側につくのか選択を迫ることで、国連を脇に追いやろうとする可能性もあるとジェニングス氏は指摘する。 「今日の状況下で、国連を中心とするルールに基づく国際秩序が崩壊すれば、それは世界的な紛争を引き起こす確実な引き金となるだろう。」と語った。 Q:米国は、国連を自国の意向に従うよう再編することができるのでしょうか。 A:米政府が国連とその諸計画を再編しようとする動きを今後も続ける可能性は、国連本部そのものをニューヨークから移転させようとする動きよりも高いでしょう。 安全保障理事会はワシントンにとって有用な存在です。冷戦時代には、東側諸国による長期にわたる「ニェット(ノー)」に象徴されるように、世界の不満をぶつける対象として利用することができました。 一方、より最近では、ワシントンが中東で戦争を始めようとした際に、安全保障理事会が事実上それを止められない状況をつくることもできました。 多くの人々は、トランプ大統領が国連への影響力を強めるために攻撃的な姿勢を取っているだけだと考えています。しかし、それは彼という人物と、その手法を著しく見誤った判断でしょう。 実際には、彼が求めているのは単なる国連改革ではなく、国連そのものを完全に支配することです。 今年初め、自分は「これまで生きた中で最も強力な人物として認められるべきだ」と彼が豪語したことに注目した人なら、その言葉を文字どおり受け止めるべきでしょう。 彼の自我は、『ヨハネの黙示録』に描かれる底なしの淵のように、深さに限界のないブラックホールさながらです。 その目標がどれほど現実的かは、また別の問題です。 しかし、資金が多くの物事を動かす以上、そして長年にわたり国連の円滑な活動を支えてきた重要な要素の一つが米国の潤沢な資金提供だったことを考えれば、米議会が大統領の方針を覆す勇気を持つまでは、何が起きても不思議ではありません。 国連の主要な制度が試練にさらされていることは間違いありません。 大国による国連の政治的操作がもたらす長期的な影響は深刻です。その第一の実例として挙げられるのが、過去4分の3世紀にわたって、パレスチナ人の民族的権利が事実上消し去られてきたことです。 トルーマン政権が弱小国に圧力をかけ、1947年11月29日のパレスチナ分割決議に賛成させたことは、現地のアラブ住民の意思に反してイスラエル建国を強いることにつながり、国連憲章の精神にも反するものだったといえます。 国連憲章に抜本的な変更が加えられない限り、総会の影響力が安全保障理事会による世界政策への支配的影響力に取って代わることはできません。 もし米国が国連から完全に脱退したり、ワシントン主導の別の国際機構を創設したりすれば、現在の国連は、かつて存在した国際連盟と同じ運命をたどることになるでしょう。」とジェニングス氏は語った。 ある報道によれば、国連は現在、「UN@80」改革イニシアチブの一環として、ニューヨークに集中してきた機能の分散化を進めており、複数の世界規模の事務所や数百人分のポストを地域拠点へ移転している。 移転が進む国連の主要事務所・機関 ・ユニセフ(UNICEF/国連児童基金):ニューヨークにある世界本部機能の一部を、ケニアのナイロビへ移転。 ・国連人口基金(UNFPA):ニューヨークの世界本部機能をナイロビへ移転。 ・UN Women(国連女性機関):世界本部機能と本部予算で賄われるポストの一部を、ナイロビおよびドイツのボンへ移転。 ・国連開発計画(UNDP):ニューヨークから数百人規模のポストを欧州、主にボンとマドリードへ移転するとともに、その他の地域への機能移管も進めている。 一方、1988年、ヤセル・アラファト氏が国連で演説するためニューヨークを訪問しようとした際、米国がビザの発給を拒否したことがある。これに対し国連総会は米国に反発し、おそらく国連史上初めて、国連の最高政策決定機関である総会を一時的にジュネーブへ移した。これによって、パレスチナ解放機構(PLO)の指導者アラファト氏には、ニューヨークより政治的に敵対的でない環境と、演説の場が提供された。 1974年に初めて国連で演説したアラファト氏は、ジュネーブでの演説の冒頭、米国を皮肉るようにこう述べた。「1974年以来、私がこの名誉ある総会に2度目に出席する場所が、もてなしの街ジュネーブになるとは思ってもみなかった。」 1974年に国連総会で演説した際には、国連本部の外でアラファト支持派と反対派の数百人がデモを行っていたため、アラファト氏はそれを避けるようにヘリコプターで到着し、イースト川に面した国連本部敷地内のノース・ローンに着陸した。 ちなみに、ニューヨークのファースト・アベニューで反アラファト派のデモ参加者が、「アラファト、故郷へ帰れ(Arafat Go Home)」と叫んだ際、アラファト氏の支持者たちは、「それこそ、彼が望んでいることだ。」と応じたという。つまり、パレスチナ人が「帰ることのできる故郷」を持つことこそが、アラファト氏の求めていたものだったのである。 INPS Japan/ IPS UN Bureau Report 関連記事: 米国は国連の『出口』に向かっているのか? 米国の国際機関離脱、世界に警鐘 米国は“ブラックリスト”で国連創設80周年サミットから政治指導者や代表を排除するのか?

悲嘆と希望が交錯するネパール

生存者や行方不明者の家族が求めているのは、愛する人が生きているのか、亡くなったのか、その消息だ 【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=ソニア・アワレ】 カトマンズの病院の敷地内では、至るところで死についての会話が聞こえてくる。「まだ顔は判別できますか?」「遺体の腐敗をどう防げばいいのでしょう?」|英語版| 「もう4日もたっている。生きている可能性はないでしょう」 ここには、奇跡的な生還を伝える話はほとんどない。それでも、夕方の雨の中、ティーチング病院の外で待ち続ける家族たちは、わずかな望みにすがっている。多くの人はすでに運命を受け入れつつあり、最悪の事態に備え始めている。今、彼らが求めているのは、せめて遺体が見つかったという知らせだ。それによって、ようやく区切りをつけることができるからだ。 一方、何度も同じ話を繰り返し聞かれることに疲れ果て、カメラを持った記者たちを避ける人もいる。私たちは距離を置き、生存者たちのプライバシーを尊重し、その心の傷に配慮する。彼らの多くもまた、紙一重で死を免れた人々だからだ。 「あなたたちのカメラで、私たちの家族が戻ってくるんですか?」一人の女性が、涙を撮影しようと押し寄せる外国人記者団にそう問いかけた。親族が彼女をなだめようとしていた。 ディル・クマリ・マスランギ・マガルさんは、病院の門の近くで、義理の兄と甥の写真を掲示していた。その周囲には、亡くなった人々の写真が何十枚も並び、行方不明者の名前を記した長いリストが張り出されている。彼女は、「このことを世界に伝えてほしい。どこかで誰かが2人を見かけているかもしれない」と話した。 「もう、希望を持つことしかできません」彼女は静かに言った。「たとえ遺体だけでも、見つかれば少なくとも何が起きたのか分かります。」 そばにいたディルガ・マヤ・クラミ・マガルさんも会話に加わった。彼女の甥も行方不明になっている。洪水が襲う前のその朝、彼女は3回電話をかけたが、甥は出なかった。 2人の女性とその家族は、もともとウダイプル出身だ。親族たちは8月26日の朝、ラスワで働いていた。現在も消息が分からないネパール国内の約2500人以上の中に、彼らも含まれている。トリスリ川をのみ込んだ泥流によって、中国側でもさらに約500人が行方不明となっている。 わずかに残る生還の知らせ それでも、ごくわずかではあるが、生還の物語もある。8月28日夜、中国国境に近いティムレで、救助隊が倒壊した家屋のがれきの下から、かすかな泣き声を聞いた。隊員たちは必死に泥を掘り進め、6歳のマニシャちゃんを救出した。 ネパール軍は、水力発電所のトンネル内から80人以上の作業員を救助した。しかし、トリスリ川とその支流沿いにある12カ所の発電事業では、今も数百人が行方不明のままだ。 特殊装備を備えた中国とインドの救助隊も、取り残された人々の救出を急いでいる。 押し寄せた「泥の壁」 中には、行方不明の家族を探すため、自費でヘリコプターをチャーターしようと考えるほど追い詰められている人もいる。しかし政府は、限られたヘリコプターを救助活動に優先して使用する必要があるとして、民間による捜索は資源の浪費になる可能性があると自制を求めている。 スバシュ・タマンさんは、行方不明になった親族を探すためドゥンチェへ向かった。親族はいずれも観光バスの運転手だった。 そのうち2人は、国境で観光客を降ろした後、帰路についていた。午前8時31分までは連絡が取れていたという。巨大な泥流が押し寄せる約30分前だった。 タマンさんは、遺体が下流まで流されていないか確かめるためチトワンにも足を運び、現在はカトマンズにいる。私たちは、彼が警察官にこう話すのを耳にした。「ある場所で、みんなが救助を待っている夢を何度も見るんです。ヘリさえ使えれば……」 そして私たちの方を向き、切迫した声で言った。「あなたたちジャーナリストの力を借りて、少しでも早く見つけたいんです。」 ネパール政府が発表する公式の死者数は、発見された遺体の数を基にしている。死者数は700人に迫っているが、最終的には数千人規模に達する可能性が高い。そうなれば、同じ地域にも甚大な被害をもたらした2015年の大地震以来、最悪の災害となる。 ようやく家族の死を受け入れ始めている人もいる。ケサリ・タマンさんは毎日病院を訪れている。この日の夕方、私たちは彼女が1枚の遺体写真を食い入るように見つめている姿を目にした。遺体の指には指輪があった。兄のサンカ・ブダさんが身につけていたものとよく似ているという。 兄はベトラワティで、流失した橋の近くにあるレストランを経営していた。警察の窓口では、遺体の身長は約5.6フィートで、比較的色白だったと説明された。遺体はカピルバストゥで発見されたため、タマンさん一家は身元を確認し、葬儀の手続きをするため、ピプラ病院の遺体安置所へ向かう準備を始めた。 「明日の早朝に出れば、10~11時間くらいで着くでしょう。もし本人でなければ、そのまま戻ってくるだけです。でも、たぶん兄だと思います」親族の一人が深いため息をつきながら話した。 公開されている遺体写真は目を背けたくなるほど痛ましく、こうした生々しい写真を人目に触れる場所に掲示することに疑問を呈する声もある。しかし今のところ、家族にとっては、それが身元を確認するほぼ唯一の手段なのである。 その後、私たちは顔立ちのよく似た若い女性たちの一団に出会った。全員が、たった一人の弟、サントシュ・ティン・タマンさん(23)の消息を探していた。8人姉妹の長女、シャンティ・マヤ・タマンさんによると、その日に新たに搬送された遺体の写真が病院から掲示されるのを待っているという。 サントシュさんはネパールと中国の国境近くにあるカフェでバリスタとして働いていた。災害が発生した時は休暇を取り、ケルン経由でカトマンズへ向かっていた。ネパール時間午前7時30分に出発しており、洪水が襲った時刻には国境付近にいたとみられている。 「姉妹たちとラクシャ・バンダンを過ごすために、5日間の休みを取ってくれていたんです。」シャンティ・マヤさんは話した。「両親から何度も電話がかかってきて、『弟は見つかったか』と聞かれます。私たちはずっと探し回っていますが、ここには弟の写真も、名簿に名前もありません。ビドゥルの避難所にもいませんでした。TikTokでも探しました」 姉妹たちはカトマンズで働いたり学んだりしながら、賃貸の一室で暮らしている。両親はラスワのボトレにいる。村は山の上にあるため両親は無事だが、村へ通じる道路は流失し、行き来することができない。 シャンティ・マヤさんはもう涙も枯れ、希望さえ使い果たしたようだった。そして淡々とした声で、こう付け加えた。「家族は無事です。でも村々はすべてなくなってしまいました。もう誰も残っていません。」 ネパールの洪水被災地を支援したい方は、首相災害救援基金への寄付が可能です。詳細については関連情報をご確認ください。 ソニア・アワレ:『Nepali Times』編集長。健康、科学、環境分野の記者も務める。気候危機、防災、開発、公衆衛生について、それぞれの政治的・経済的なつながりに注目しながら幅広く取材してきた。公衆衛生を学び、香港大学でジャーナリズムの修士号を取得している。 INPS Japan 関連記事: 「次が起きるか」ではなく、「次はいつ起きるのか」 エベレストを頂上から麓まできれいに ヒマラヤ山脈の氷河、融解速まる

深刻化する紛争とデジタル脅威の中、国連特別報告者が子どもの権利保護を訴え

【国連IPS=オリトロ・カリム】 国連のアントニオ・グテーレス事務総長は7月7日、「子どもの売買、性的搾取、性的虐待に関する国連特別報告者」を務めるキハラハント愛氏の報告書を国連総会に提出した。報告書は、世界各地で子どもを守るための措置を実施していく上で、同氏が掲げる目標と優先課題を明らかにしている。|英語版| 国連人権理事会と連携して提出された報告書は、子どもを性的搾取や性的虐待の危険にさらしている構造的な障壁として、政府による監督の不十分さ、被害者への支援や司法サービスの不足、長期化・深刻化する危機などを挙げている。 「子どもの売買、性的搾取、性的虐待は複雑で、表面化しにくく、国境を越えて行われる。そのため、これらの問題に対処するには、強固な子ども保護制度と、各国内および国境を越えた実効的な協力が不可欠である。」と報告書は指摘している。 「子どもの売買、性的搾取、性的虐待への対応には、子どもの最善の利益を基礎とし、その尊厳、主体性、回復力を尊重する人権に基づくアプローチが必要である。」 報告書は主に、国連加盟国、国際機関、市民社会組織、人道支援機関から寄せられた情報をもとに、協力や説明責任を確保し、子どもに対する人権侵害を防止するための主要な仕組みを提示している。また、多様な関係者の世界各地からの視点や被害を生き延びた人々の実体験を取り入れ、ジェンダーへの配慮、障害の包摂、被害者中心、トラウマへの配慮、そして何よりも子どもの権利を基盤とする枠組みを通じて、保護、回復、リハビリテーション、司法へのアクセスを優先している。 これに先立つ3月10日の国連人権理事会第61会期では、前特別報告者のママ・ファティマ・シンガテ氏が、新たなデジタル技術によって加害者の虐待手法が一変し、オンライン空間が子どもにとってますます危険な場所になっていると警告した。 シンガテ氏は、デジタル技術の進歩が人権侵害の「新たな経路」を生み出すことを防ぐため、人道支援関係者、各国政府、その他の関係者が一層緊密に協力するよう求めた。 また同氏は4月20日、人権理事会に提出した最後の報告書について、子ども向けに分かりやすくした版を公表した。子ども自身が、自分たちに最も大きな影響を及ぼす議論に有意義な形で参加できるよう、情報へのアクセスを確保する重要性を強調したものである。 キハラハント氏は今後、歴代の特別報告者の取り組みをさらに発展させるとともに、これまで国連で十分な注目や継続的な取り組みがなされてこなかった問題にも焦点を当てる方針である。主な優先課題には、相互に絡み合う世界的危機に伴う「複雑、あるいは急速に変化する」問題や、デジタル環境における性的搾取の憂慮すべき増加が含まれている。 特別報告者は、オンライン空間では、子どもも発達しつつある能力に応じてさまざまな同意や意思表示を行うことができる一方、新たな技術の登場によって、その意味や取り扱いがますます複雑になり得ると指摘している。 とりわけ人工知能(AI)の急速な普及は、人道支援機関にとって大きな懸念となっている。AIによって、子どもを害するコンテンツの作成や拡散が容易になっているほか、本人の許可を得ない画像の収集や個人データの悪用も助長されているためである。 さらに報告書は、ソーシャルメディアやメッセージングアプリ、暗号資産などのデジタル技術が、武装集団への子どもの勧誘や人身取引、搾取を容易にする一方、加害者が捜査機関による摘発を免れる手段にもなっていると指摘した。 ユニセフ(UNICEF)の子ども保護専門官、アフルーズ・カヴィアニ・ジョンソン氏はIPSの取材に対し、「子どもの性的搾取や性的虐待の背景には、有害な社会規範、偏見、ジェンダー不平等、力関係の不均衡、貧困、子どもの保護・支援制度の脆弱さなど、さまざまな要因がある」と語った。 「今日では、デジタル環境がこうした被害にますます深く関わるようになっている。子どもたちは、デジタルプラットフォームを介したグルーミング、強要、性的搾取、性的虐待などの危険にさらされている。生成AIをはじめとする新興技術も、こうしたリスクの規模と深刻さを拡大させている。」 キハラハント氏の任務の柱の一つは、民間企業に対し、人権と子どものプライバシーを基礎とした、より厳格な安全対策を導入するよう求めることである。その責任は企業・組織そのものだけでなく、従業員、ボランティア、取引先など広範な関係者に及ぶ。 報告書はまた、市場原理や商業化、利益追求型の仕組みが、とりわけオンライン上で子どもの性的搾取を助長する有害な環境を生み出していないか、あるいはその防止にどのように貢献できるのかについても検証していくとしている。 「安全性を設計段階から組み込む『セーフティ・バイ・デザイン』のアプローチでは、プラットフォーム、メッセージングサービス、ゲーム環境、AIシステムが、子どもの売買や性的搾取、性的虐待を助長しかねない予見可能なリスクを評価し、軽減する必要がある。また、児童性的虐待コンテンツを積極的に検知し、通報し、削除することも求められる」と報告書は述べている。 「こうした責任にとどまらず、特別報告者は、企業が各国政府やその他の関係者と連携しながら、予防、安全確保、通報、子どもへの支援において、どのような積極的役割を果たすことができるかについても検討する考えである。」 報告書はさらに、武力紛争や人道危機の影響を受ける地域で暮らす子どもは、売買や性的搾取の危険が著しく高く、子ども時代にレイプや性的暴行を経験する可能性が世界平均のおよそ2倍に上ると指摘している。 このほか、強制的な避難や移住、自然災害、気候変動なども性的搾取のリスクを高める要因となっている。こうした状況では人道支援が大幅に制約されるため、子どもの保護措置や市民社会による介入も困難になることが多い。 ジョンソン氏は、「紛争、避難・移住、気候関連災害、公衆衛生上の緊急事態といった人道危機は、子どもの安全を守るための制度や仕組みを機能不全に陥らせる可能性がある」と指摘した。 「こうした危機は、子どもが危険にさらされる機会を増やす一方で、必要不可欠なサービスや支援へのアクセスを低下させる。」 さらに同氏は、「貧困や経済的困窮も、とりわけ金銭や物品、その他の利益と引き換えに搾取が行われる状況では、子どもの脆弱性を高める可能性がある」と語った。 「避難を余儀なくされた子ども、移動の途上にある子ども、障害のある子ども、人道危機の影響を受けている子どもは、複数のリスクが重なり合う状況に置かれることが多い。」 経済的不安定と格差も、子どもの性的搾取を引き起こす主要な要因である。報告書によれば、無国籍状態にある子どもなど、「公的な保護網の外側」に置かれた子どもたちは、成人や同年代の子どもから虐待を受けることが多く、場合によっては法執行機関の職員から被害を受けることさえある。 避難や移住を余儀なくされた子どもも同様に脆弱な立場に置かれており、拘禁や強制送還を恐れて犯罪被害を申告できない場合も少なくない。無国籍の子どもや移民の子どもは、支援サービスを利用するために必要な公的身分証明書を持っていないことが多いうえ、家族と離ればなれになっている場合も多い。その結果、保護してくれる大人の目が届きにくくなり、被害に遭う危険が大幅に高まる。 キハラハント氏は、歴代の特別報告者による取り組みを引き継ぎ、さらに発展させるため、子どもや若者の参加を優先し、子ども自身の力を高めることを重視した活動を進める方針である。 また、各国政府やテクノロジー企業、その他の関係者に対し、より安全なオンライン環境を構築するよう働きかける。さらに、公衆衛生や教育分野をはじめ、分野を越えた連携の強化を求めていく考えだ。 報告書は次のように指摘している。 「子どもの被害者やサバイバーのリハビリテーションにおける公衆衛生部門の役割は、単なる回復や社会復帰にとどまらない。刑事司法を中心とした対応から、子どもの健康と幸福を中心に据えた対応へと転換していくことも、その役割に含まれる。一方、教育部門は、以下でさらに詳しく述べるように、予防、保護、対応のあらゆる段階で重要な役割を果たす。」 INPS Japan/ IPS UN Bureau Repor 関連記事: すべての子ども、すべての権利のために-危機的な影響を受けた子どもたちに心理社会的支援を届ける 「『ディープフェイクによる虐待は虐待だ』―生成AIが広げる新たな児童搾取危機にユニセフが警鐘」 シリアの移動文化バス―文化的公正を掲げ、戦禍の子どもたちに芸術と文学を届ける

都市・気候テック・メディアが交わる未来―持続可能な社会の新たな設計図

スマートシティ、気候テクノロジー、人工知能(AI)、そして新たなメディア環境――。それぞれの領域で進む革新が互いに結びつくとき、私たちが暮らす都市と社会はどのように変わるのか。CitiPlatは、これらの分野における将来的な融合と連携の可能性を検証し、持続可能で公平、かつ人々が相互につながる未来への道筋を探る。 【ミラノINPS Japan/CitiPlat(気候変動と持続可能な世界のための市民プラットフォーム)編集部】 気候変動への対応と急速な都市化という、相互に深く関係する二つの課題に人類が直面するなか、従来の発想を超えた革新的な解決策への期待が高まっている。|英語版| 新興テクノロジー、変化する環境に適応した都市計画、そしてデジタル化によって変容するメディア。この三つの潮流が交差することによって、持続可能性、包摂性、社会のつながりそのものを再構築する可能性が生まれている。 しかし、技術革新だけで望ましい未来が保証されるわけではない。誰が新たな技術の恩恵を受けるのか。誰がデータを管理するのか。そして、その導入が新たな格差や環境負荷を生ますことはないのか。 今後数十年の都市生活、気候対策、そしてメディア環境を展望すると、技術の可能性とともに、こうした問いへの答えを探ることが不可欠になっている。 スマートで強靱な都市へ 2050年までに世界人口の3分の2以上が都市に暮らすと予測されている。 それだけに都市は今後、経済活動の中心であるだけでなく、気候変動、人口増加、社会格差、エネルギー安全保障など、人類が直面する重要課題への解決策を試す最前線となる。 未来の都市には、単に最新技術を導入する「スマートシティ」を超えて、環境や社会の変化に対応しながら進化できる強靱な都市システムを構築することが求められる。 垂直型都市開発―限られた空間をどう活かすか 都市を水平方向に際限なく拡大する従来型の開発が持続困難になるなか、「垂直型都市開発(Vertical Urbanism)」が注目されている。 高層建築の内部や外壁を利用した都市農業、垂直庭園、住宅・商業施設・公共空間を組み合わせた複合型超高層建築などによって、限られた土地を有効活用しながら環境負荷を抑えようという考え方だ。 シンガポールの「CapitaSpring」は、その一例である。51階建ての建物の中にオフィス、商業施設、緑地など複数の機能を取り込み、都市の高密度化と環境への配慮を両立させようとしている。 こうした取り組みは、人口密度の高い大都市が抱える土地不足への一つの答えとなる可能性がある。 一方で、高層・高密度化が地域社会の分断や住宅価格の上昇を招かないよう、誰もがアクセスできる公共空間や住宅をどのように確保するかも重要な課題となる。 分散型エネルギー―都市をより強靱にする エネルギー分野でも大きな変化が起きている。 従来の大規模発電所から一方向に電力を供給するモデルに代わり、家庭や地域社会が再生可能エネルギーを自ら生産し、蓄電し、共有する「分散型エネルギーシステム」が広がりつつある。 米ニューヨークの「Brooklyn Microgrid」は、地域内で発電された電力を住民同士で取引するピア・ツー・ピア型システムの可能性を示してきた。 こうした仕組みは、中央の送電網に障害が発生した際にも地域内で一定の電力を確保できる可能性があり、災害への備えという点でも注目される。 将来的には、Teslaの「Megapack」のような大規模蓄電システムと地域の再生可能エネルギーを組み合わせることで、消費する以上のエネルギーを生み出す「エネルギー・ポジティブ」な地域社会も現実味を帯びてくる。 気候適応型インフラ―水と闘うのではなく共存する 気候変動によって豪雨、洪水、海面上昇などのリスクが高まるなか、都市インフラにも発想の転換が求められている。 その代表例がオランダのロッテルダムだ。 浮体式施設や、豪雨時には一時的な貯水池として機能する「ウォーター・プラザ」、水位の上昇に対応できる浮体式・水陸両用住宅など、「水を完全に排除する」のではなく「水と共存する」都市づくりが進められている。 こうした考え方は、海面上昇や洪水リスクにさらされる世界の沿岸都市や河川流域都市にとって、有力な適応モデルとなり得る。 気候テクノロジーはどこまで地球を救えるか 都市の変化と並行して、気候変動そのものに対処するテクノロジーも急速に発展している。 再生可能エネルギー、水素、二酸化炭素除去、さらには地球の気候システムそのものに働きかけようとするジオエンジニアリングまで、その範囲は広い。 だが、技術が高度になるほど、その費用、社会的影響、倫理的責任をめぐる議論も重要になる。 大気直接回収―空気からCO₂を取り除く 大気直接回収(Direct Air Capture=DAC)は、大気中から直接二酸化炭素(CO₂)を回収する技術である。 スイス企業Climeworksは、アイスランドで「Orca」をはじめとする施設を稼働させ、大気中から回収したCO₂を地中に固定する取り組みを進めてきた。 DACは、排出削減だけでは避けることのできないCO₂を除去する手段として期待され、ネットゼロ達成に向けた技術の一つとして位置づけられている。 ただし、現在のところコストや必要なエネルギー量は大きい。気候変動対策の主役はあくまで排出そのものを削減することであり、DACを大量排出の継続を正当化する手段にしてはならないとの指摘もある。 本格的な普及には、さらなる技術革新に加え、適切な政策支援と明確なルールづくりが欠かせない。 グリーン水素―脱炭素化が難しい分野への切り札 再生可能エネルギーを利用して水を電気分解し製造する「グリーン水素」も、カーボンニュートラル社会を支える技術として期待されている。 特に、鉄鋼や化学など電化だけでは脱炭素化が難しい産業や、航空・海運などの輸送分野で重要な役割を果たす可能性がある。 欧州では「Hydrogen Valley」と呼ばれる構想を通じて、生産、輸送、貯蔵、利用を一体化した水素エコシステムの構築が進められている。 しかし、大規模なインフラ整備や製造コストの低減、安全性の確保など、普及に向けた課題は少なくない。 ジオエンジニアリング―気候危機への「最後の手段」か 最も議論を呼んでいる分野の一つがジオエンジニアリング(気候工学)である。 例えば「太陽放射改変(Solar Radiation Modification=SRM)」では、地球に届く太陽エネルギーの一部を宇宙へ反射させることで、地球温暖化を一時的に抑えようとする。 理論上は急速な気温上昇を抑える可能性がある一方、降雨パターンや生態系への予測困難な影響、国家間の利害対立など重大な問題を伴う。 さらに、「誰が地球全体の気温を決めるのか」という根本的な問いも生じる。 そのため、この分野では科学研究だけでなく、透明性の高い国際的ガバナンスと、特に気候変動に脆弱な国々を含む幅広い議論が不可欠である。 デジタル時代に変貌するメディア 都市と気候テクノロジーが変わる一方、人々が世界を知り、理解するためのメディアも劇的な転換期を迎えている。 人工知能(AI)、仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、ブロックチェーンなどの技術は、情報を「誰がつくるか」だけでなく、「どのように伝わるか」「誰が所有するか」まで変えつつある。 没入型メディア―ニュースを「体験する」時代へ VRやAR技術の進歩によって、情報を読む、見るだけではなく、その出来事を疑似的に「体験する」メディアが現実になりつつある。 教育、報道、人道支援、気候変動啓発などへの応用も考えられる。 例えば、海面上昇に脅かされる島嶼国や森林破壊が進む地域を仮想空間で再現すれば、遠く離れた場所にいる人々にも気候危機をより身近な問題として伝えることができる。 こうした技術は、従来の記事や映像とは異なる形で共感を生み出し、人々の行動を促す可能性を持っている。 AIとジャーナリズム―効率化の先にある責任 AIはすでにジャーナリズムの現場に入り込んでいる。 文章作成、翻訳、データ分析、情報検索、画像やグラフの作成など、報道機関がAIを利用できる領域は急速に拡大している。 こうした技術は小規模な報道機関にも高度な分析能力を提供し、ジャーナリズムへの参入障壁を下げる可能性がある。 その一方で、AIが生成した誤情報、アルゴリズムの偏り、著作権、情報源の透明性、そして最終的な編集責任を誰が負うのかといった問題も浮上している。 AIが高度化すればするほど、人間のジャーナリストに求められるのは単なる情報の生成ではなく、事実を検証し、文脈を提示し、権力を監視し、社会に対して説明責任を果たす役割になるだろう。 https://www.youtube.com/watch?v=XiEN8CknZfg ブロックチェーンと分散型メディア―「誰が所有するのか」を問い直す ブロックチェーン技術は、コンテンツの所有権や報酬のあり方を変える可能性も持っている。 「Mirror」などの分散型プラットフォームでは、クリエーターが自らの作品を直接公開・管理し、従来の広告依存型モデルとは異なる方法で収益を得ることが模索されてきた。 こうした仕組みが成熟すれば、大規模プラットフォームがコンテンツ流通と広告収益を独占する現在の構造に変化をもたらす可能性がある。 しかし、技術的な複雑さ、価格変動、ガバナンス、違法コンテンツへの対応など、解決すべき課題も多い。 技術革新だけでは解決できない三つの課題 未来の都市、気候テクノロジー、メディアには大きな可能性がある。 しかし、それらが社会にとって本当に望ましいものになるかどうかは、技術そのものよりも、その設計と利用の仕方に左右される。 とりわけ重要なのは次の三つの課題だ。 公平性とアクセススマートシティや先端技術の恩恵が富裕層や一部の地域だけに集中すれば、新たな「デジタル格差」や「気候格差」を生みかねない。高齢者、低所得層、障害者、移民など、社会的に取り残されやすい人々も利用できる設計が不可欠である。 データとプライバシーAI、センサー、監視カメラ、IoT機器が都市空間に広がるほど、市民の行動に関する膨大なデータが収集される。利便性や安全性と引き換えに、過度な監視社会を生み出さないための法制度と透明性が求められる。 環境面でのトレードオフ気候問題を解決するための技術であっても、エネルギーや鉱物資源を大量に消費し、新たな環境負荷を生み出す可能性がある。DACや水素、ジオエンジニアリングなどについても、技術の利点だけでなく、そのライフサイクル全体を評価する必要がある。 未来は「予測するもの」ではなく「つくるもの」 都市の革新、気候テクノロジー、そして新たなメディアの融合は、より持続可能で、公平で、人々が互いにつながる社会を築く大きな可能性を秘めている。 しかし、その未来が自動的に訪れるわけではない。 必要なのは、政府、企業、研究機関、市民社会、メディア、そして地域社会の協働である。 技術が何を可能にするのかを問うだけでは不十分だ。 その技術を何のために使うのか。誰のための都市をつくるのか。そして、どのような社会を次の世代に残すのか。 こうした問いこそが、未来を左右する。 気候変動、都市化、AI革命という大きな転換期を迎えるなか、未来とは単に予測する対象ではない。 政策、市民参加、国際協力、そして社会的責任を通じて、人類自身が意識的に「つくるもの」である。 技術的な創造力と人間の倫理的判断を結びつけることができるかどうか。 そこに、持続可能で包摂的な明日を実現できるか否かがかかっている。 Original URL:Envisioning Tomorrow’s Cities, Climate Tech and Media Landscapes INPS Japan 関連記事: アスタナと東京、スマートシティ・エネルギー安全保障・核軍縮を軸に未来への絆を強化 コミュニティーラジオが支えるタンザニアの気候レジリエンス 混迷を越え、行動を促す―リカルド・グラッシが描くジャーナリズム

パキスタンのジャーナリスト弾圧に厳しい批判

【国連IPS=タリフ・ディーン】 民主政権と権威主義体制の間を揺れ動いてきた南アジアの数少ない国の一つ、パキスタンで、ジャーナリストに対する締め付けが強まっている。その対象には、同国の政治情勢を取材する外国特派員も含まれる。パキスタンは推計人口2億5000万人を超え、インド、中国、米国、インドネシアに次ぐ世界第5位の人口大国である。|英語版| ある報告によれば、パキスタンは形式上、シャバズ・シャリフ首相率いる文民連立政権下にある。しかし政治アナリストや専門家は、軍部が広範な権限を掌握する実態を「立憲的軍部支配」、あるいは軍による根深い支配と評している。 政府によるジャーナリストへの弾圧に対しては、ジャーナリスト保護委員会(CPJ)、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、国境なき記者団、パキスタン連邦ジャーナリスト組合から批判が相次いでいる。 CPJのアジア太平洋地域ディレクター、ベー・リー・イー氏はIPSの取材に対し、「国内の広範な地域でジャーナリストの取材活動を制限することにより、パキスタンは自らの国際的評価を傷つけている。」と語った。 「今回の新たな報道検閲の試みは、同国における報道の自由が悪化している現状を浮き彫りにするものだ。パキスタンは依然として、報道関係者の殺害や強制失踪が多発する、ジャーナリストにとって世界で最も危険な国の一つである。」 「シャバズ・シャリフ首相率いる政府は、こうした制限措置を撤回し、拘束や尋問を通じたジャーナリストへの圧力を直ちにやめなければならない。民主国家としての信頼を得ようとするのであれば、パキスタンは報道の自由を守るという憲法上および国際法上の義務を果たす必要がある。」 『ニューヨーク・タイムズ』8月10日付によると、政府は新たな規制を導入し、外国報道機関で働くすべてのジャーナリストに対し、パキスタンの主要3都市以外へ取材に赴く際、事前許可を得ることを義務付けた。 この規制は、パキスタン実効支配下のカシミール地方で行われた選挙を海外メディアが相次いで報じたことを受けて導入された。同地域は帰属をめぐる係争地で、6月初旬以降、さらなる政治的自治を求める抗議行動が続いている。 同紙によれば、パキスタンのジャーナリストは近年、検閲の強化や経済的圧力に直面している。ジャーナリストや人権団体によると、銀行口座の凍結、政府広告の停止、報道内容の強制削除、恣意的な逮捕や投獄などが行われているという。 国連教育科学文化機関(UNESCO)は2026年8月時点で、パキスタンによる最新のメディア規制について、個別の声明や直接的な批判を発表していない。 一方、新たに導入された「外国メディア活動円滑化ガイドライン2026」に対しては、CPJ、パキスタン人権委員会(HRCP)、アムネスティ・インターナショナルなど、報道の自由や人権を擁護する団体から強い反発が起きている。 ニューヨークに本部を置くCPJは、外国報道機関で働くジャーナリストに対し、イスラマバード、カラチ、ラホールの3都市以外で取材する際に事前許可を得るよう義務付ける新たなガイドラインを「強権的」と批判し、パキスタン当局に撤回を求めた。 この措置は、パキスタン実効支配下のカシミールで続く混乱に関する報道の検閲につながりかねない。 CPJが確認したガイドラインによると、国際メディアのジャーナリストに加え、ソーシャルメディアやウェブ媒体を含む外国報道機関に寄稿するパキスタン人ジャーナリストも対象となる。 これらのジャーナリストは、「正式な取材活動、特にイスラマバード、ラホール、カラチ以外での業務」を行う際、情報省から無異議証明書(NOC)を取得しなければならない。 CPJのアフガニスタン・パキスタン担当代表、ワリウラ・ラフマニ氏は次のように語った。 「外国メディア活動円滑化ガイドラインは、パキスタン当局が国際メディアの報道をさらに制限し、国内3大都市以外でジャーナリストが自由に取材することを妨げる道を開くものだ。さらに、ジャーナリストを行政的な報復措置にさらす危険もある」 「このガイドラインは、パキスタンにおける報道の自由に対する、またしても深刻な打撃である。とりわけパキスタン実効支配下のカシミールでの混乱を報じるジャーナリストは、すでに激しい弾圧に直面している。」 全5ページからなるこのガイドラインは、カシミールでの選挙や抗議行動に関する国際メディアの報道を政府が批判した数日後に導入された。 政府は、国際放送局アルジャジーラが、扇情的な報道を意味する「イエロー・ジャーナリズム」を行っていると非難した。アルジャジーラのウェブサイトへのアクセスも制限されている。 ガイドラインによれば、当局は「パキスタンの国家理念、主権、安全保障または公共秩序に反する行為」を理由に、ジャーナリストや報道機関の取材認定を停止または取り消すことができる。 国際メディアがデモ参加者と警察の衝突における警察側の暴力を報じた後、当局は、カシミールで選挙制度改革を求める抗議行動に関する報道を禁止した。また、携帯電話とインターネットの通信サービスも停止した。 CPJによれば、国際メディアは、7月27日に始まった投票を前に、少なくとも40人が死亡したと報じている。 CPJは、情報省に電子メールでコメントを求めたものの、回答はなかったとしている。 INPS Japan/ IPS UN Bureau Repor 関連記事: アフガン国境で緊張激化、パキスタンが反撃 |報道の自由|奪われた命、削られる予算、失われる地位 外国エージェント法―市民社会を抑圧する新たな権威主義の武器

ダッカはなぜモンスーンのたびに浸水するのか

【ダッカ(バングラデシュ)IPS=モハマド・ザマン】 原因は、政治、都市計画、生態系管理の失敗にある。すなわち、湿地の消失、水路の不法占拠、無秩序な都市拡大、不十分な法執行、行政機関の縦割り、そして短期的な土木工事頼みの対策である。ダッカが水没するのは、雨が降るからではない。雨水の行き場を顧みず都市を築いてきたからである。|英語版| かつてダッカは、河川、水路、池、氾濫原、低地の貯留区域が織りなす「水の景観」の一部だった。こうした場所は決して空き地ではなく、雨水を蓄え、流出を緩やかにし、余分な水を周辺の河川へ流すために欠かせない排水インフラだった。しかし都市の拡大に伴い、水域と緑地から成るこの「ブルー・グリーン・ネットワーク」は埋め立てられ、狭められ、あるいは分断された。その結果、排水施設は中程度の雨にさえ対応できなくなった。 都市化は、雨水を吸収する土地をコンクリートで覆うことで、事態をさらに悪化させた。道路や建物、舗装された中庭は、雨水の地中への浸透を妨げ、地表を流れる水の量と速度を増大させる。ダッカの内水氾濫を扱った2023年の研究は、土地利用の変化によって自然水路が失われ、浸水への脆弱性が高まっていると指摘した。都市の拡大が続けば、将来の浸水リスクはさらに増大するとみられている。湿地や洪水流下区域に建造物が一つ建つたびに、その危険は周辺地域へ転嫁される。 排水路や水路の機能も低下している。その多くはごみで詰まり、違法建築物によって狭められ、小規模な排水路との接続も絶たれている。近代化の手段としてしばしば推進されてきたボックスカルバート(箱型暗渠)は、一部では水路を生きた排水回廊として再生するどころか、地下に埋めてしまった。排水が機能しないのは、管渠の容量が小さいからだけではない。より広範な水文システムそのものが寸断されているからである。 気候変動は、雨をより短時間に集中させ、激しさと予測困難性を増すことで、さらなる圧力を加えている。しかし、それを劣悪な都市計画の言い訳にしてはならない。世界銀行は、ダッカ都市圏の都市洪水に関する調査で、同市がすでに深刻な「適応不足」を抱えていると警告してきた。真の問題は、ダッカが衝撃を吸収する自らの力を削いできたことである。浸水を都市全体の水管理の課題ではなく、排水管の口径を調整すれば済む季節的な問題として扱ってきたのだ。 その影響は、まず交通のまひとなって表れる。ミルプール、ダンモンディ、グリーン・ロード、モティジール、シャンティナガル、旧市街をはじめとする地域で主要道路が冠水すると、通勤者は何時間も足止めされ、公共交通は滞り、企業活動も打撃を受ける。車両や商品在庫の損傷、物流の遅延、生産性の低下に加え、雨が降るたびに機能を失う都市を移動しなければならない日々のストレスも、その代償に含まれる。 浸水は格差も深刻化させる。非正規居住地や低地に暮らす低所得層は、汚水の家屋への流入、日々の収入の喪失、家財の損傷、疾病リスクの増大に直面する。下水やごみ、汚染物質が混じった水は、感染症や水系疾患を広げる。貧困層は二重の代償を払わされる。被害にさらされる度合いが大きいうえ、医療や蓄えに乏しく、政治に声を届ける力も弱いからである。 影響の大きさを見れば、これが季節的な不便にすぎないとは言えない。GIS(地理情報システム)とリモートセンシングを用いた2023年の研究によると、ダッカ市域の約35%が、冠水への脆弱性が「高い」または「非常に高い」区域にあり、スラム世帯はこうした区域に不均衡に集中している。近年の豪雨は、このリスクを裏付けている。2024年7月12日には、ダッカで6時間に130ミリの雨が降った。2025年にも24時間で196ミリを記録し、大規模な排水対策への投資にもかかわらず、主要道路が水没した。 インフラへの支出は、都市の強靱化につながっていない。ダッカの二つの市当局は、2024年までの4年間に、排水路やボックスカルバートなど計334・19キロの関連インフラ整備に26億2000万タカ以上を投じたとされる。それでも広範な地域が浸水した。 都市計画に関するデータによると、1995年の詳細地域計画で洪水流下区域、雨水貯留区域、水域に指定された9556エーカーのうち、3440エーカーが失われた。また、中心市街地で水域が占める割合は、1995年の20・57%から2023年には2・9%まで低下したと報告されている。ダッカは、排水を可能にしてきた仕組みの消滅を容認しながら、水を排出するために巨額の資金を投じているのである。 こうした失敗をさらに深刻にしているのが、行政機関の縦割りである。責任はダッカ上下水道公社(Dhaka WASA)、二つの市当局、ダッカ首都圏開発庁(RAJUK)、バングラデシュ水資源開発庁などに分散している。それぞれが問題の一部を所管しているが、排水路、水路、雨水貯留区域、排水ポンプ、河川への放流口、土地利用規制を含む流域全体を一元管理する機関は存在しない。その結果、つぎはぎの対策が繰り返され、そのたびに浸水が再発している。 法執行の弱さは、計画そのものを有名無実にしている。マスタープランや詳細地域計画は、洪水流下区域、雨水貯留池、湿地を指定してきた。それにもかかわらず、こうした場所は住宅、道路、商業施設の開発にのみ込まれ続けている。不法占拠がなくならないのは、それが利益を生み、政治的な庇護を受け、あるいは行政によって黙認されているからである。 説明責任も不十分である。支出額は公表される一方、成果が検証されることはほとんどない。ダッカに必要なのは、排水だけに焦点を当てた新たな事業ではない。既存の計画を実行し、水路を取り戻し、残された湿地を守る政治的勇気である。 市は、水路、湿地、池、洪水流下区域を、不可欠な公共インフラとして扱わなければならない。残された湿地を保護し、不法占拠された水路の境界を確定して取り戻すとともに、主要水路を周辺河川につながる開放型の排水回廊として再生する必要がある。 ダッカにはまた、土地利用の承認、水路の回復、排水事業への投資、ポンプの運用、廃棄物管理、緊急対応を一元的に担う、明確な権限を備えた統合的な洪水管理体制が必要である。 今後の都市計画では、脆弱な地域社会を中心に据えなければならない。非正規居住地や低所得地域の住民、露天商、学童、日雇い労働者は最も深刻な影響を受けているにもかかわらず、計画づくりの当事者として扱われることはほとんどない。地域住民による排水路の詰まりの通報、衛生上の注意喚起、緊急時の輸送計画、繰り返し被る損失への補償を、防災・減災政策に組み込むべきである。浸水に強いダッカを実現するには、生態系の再生、行政組織の規律、そして社会正義が欠かせない。 ダッカの浸水は、自然に逆らう都市計画への警鐘である。同市は、土地転用、制度的な弱さ、生態系の軽視が招いた危機を、土木技術だけで切り抜けようとしてきた。ブルー・グリーン・ネットワークを不可欠なインフラとして再生し、適切に管理しない限り、モンスーンのたびに同じ光景が繰り返される。かつて共存するすべを知っていた雨によって、巨大都市の機能が停止するのである。 もはや選択すべきなのは、開発か排水かではない。人々を守るのか、それとも進歩の名の下に人々を水害にさらすのかである。 モハマド・ザマン博士は国際開発コンサルタント。アジアとアフリカで、社会的セーフガード、住民移転、再定住、包摂的開発を中心に活動してきた。カナダのバンクーバー在住。連絡先:mqzaman.bc@gmail.com INPS Japan/ IPS UN Bureau Report 関連記事: 私の名はダッカ 「雨が降ると、心臓の鼓動が速くなる」 アジア太平洋地域、新たな災害リスク時代への備え

ネパールは食料安全保障を「国家安全保障」の問題として直ちに位置づけよ

【カトマンズNepali Times=シュリスティ・カルキ】 気候危機がもたらす異常気象、世界的なサプライチェーンの混乱、そして国内の不適切な行政運営が重なり、ネパールの食料安全保障を脅かす「パーフェクトストーム」が生じている。水・エネルギー・食料の密接な結びつきが、今年ほど鮮明に表れたことはない。ネパールの農地の60%以上が雨水に依存しているうえ、毎年繰り返される肥料不足は西アジアでの戦争によってさらに深刻化している。一方、農村からの人口流出により、耕作放棄地も増えている。|英語版| 先週6月29日の「田植えの日」は、例年に比べて静かなものとなった。泥の中でふざけ合う恒例の光景はほとんど見られず、田植え自体もあまり進まなかった。平年より雨の多いプレモンスーン期に多くの農家が早めに田植えを始めたものの、肝心の本格的なモンスーンの到来は2週間遅れた。 不規則なモンスーンは、ネパール各地で毎年のように繰り返される問題となっている。雨を待ち続けることを諦め、仕事を求めて移住した農家も少なくない。 降雨不足により、コメの収穫量は2023/24年度の600万トンから、2024/25年度には570万トンへ減少した。スーパー・エルニーニョを追跡する気象モデルは深刻な干ばつを予測しており、肥料不足も重なることで、穀物の収穫量はさらに落ち込むとみられている。 ネパール開発研究所で生計・食料安全保障を担当する専門家、クリシュナ・パハリ氏は、次のように説明する。 「ネパールのコメをはじめとする主食の生産は、気候変動による衝撃に左右されています。今年はエルニーニョ現象の影響で、降雨量が平年を下回ると予想されています」 国際栄養会議に出席するため滞在しているローマから『ネパリ・タイムズ』の取材に応じたパハリ氏は、さらにこう語った。 「気候危機に加え、西アジアでの紛争が燃料と肥料の不足を引き起こしています。こうした問題が続けば、ネパールの食料安全保障は一層悪化するでしょう」 かつてネパールは食料の純輸出国だったが、それは遠い過去の話となった。農業が抱える構造的問題の多くは気候危機以前から存在していたが、不安定なモンスーンと灌漑設備の不足が、状況をさらに深刻なものにしている。昨年、ネパールは600億ルピー相当、100万トン以上の穀物を輸入した。 カトマンズの総合開発研究所で食料安全保障とガバナンスを研究するヤムナ・ガレ氏は、次のように指摘する。 「ネパールは気候危機から深刻な影響を受けています。しかし、気候変動に起因する災害が頻発し、農業資源や森林資源が失われた際の、確固たる復旧計画がありません」 「気候変動に対応し、栄養価にも優れた種子や品種を開発するための資源配分も不十分です。その結果、私たちは輸入や援助に依存せざるを得なくなっています」 ネパールでは国民の60%が農業に従事し、農業は国内総生産(GDP)の4分の1を占めている。しかし、農村部の若者は大量に流出しており、農村に残る人々も換金作物に見合った価格を得られずにいる。 6月中旬、韓国政府は韓国国際協力団(KOICA)を通じ、タライ地域における気候変動に強いコメ生産と食料安全保障を促進する6年間の事業に、1,200万ドルの無償資金協力を行うと表明した。 専門家によると、灌漑を整備すれば、ネパールの農業生産性を最大30%向上させることができる。しかし、大規模な灌漑事業は、汚職や不適切な管理のため数十年にわたって停滞している。 生産性の向上は優先課題だが、まず、生産された農産物を守り、無駄なく利用する必要がある。収穫後の損失率は、穀物では15%、野菜や果物では40~50%にも達する。野生動物による農地への侵入も、収穫前の作物に被害を与え、農村からの人口流出をさらに加速させている。 パハリ氏は、「収穫後の損失を減らすことは、人々が利用できる食料を増やすことを意味します。そのためには、コールドチェーンや貯蔵施設を拡充し、穀物貯蔵用サイロを改良する必要があります」と指摘する。 食料を長期保存できるよう、加工方法を多様化することも重要だ。果物は乾燥させたり、ジャムに加工したりできる。また学校給食では、子どもたちの好みに合わせてレシピや献立を工夫することも可能である。 「飢餓をゼロに」 ネパールはこれまで、子どもの発育阻害や消耗症の削減で一定の成果を上げてきた。しかし近年の開発援助の撤退によって、その成果が損なわれ、持続可能な開発目標(SDGs)が掲げる「2030年までに飢餓をゼロにする」との約束の実現も難しくなっている。 先月、ヘレン・ケラー・インターナショナルの支援を受け、ネパール全土の5歳未満児100万人を対象に実施された調査の結果が公表された。それによると、米国国際開発庁(USAID)が資金を拠出していた食料・栄養プログラムの打ち切りにより、子どもの栄養不良が増加している。 急性栄養不良の割合は2025年の6.6%から今年は7.8%に上昇し、マデシ州では全国で最も高い12.3%に達した。 パハリ氏は、次のように語る。 「私たちは、2030年までに『飢餓をゼロに』という目標を達成できる軌道には乗っていません。世帯当たりの平均食料消費量が改善しているのは、海外からの送金と社会保障制度のおかげです」 こうした状況を踏まえれば、国民独立党(RSP)政権が、食料生産の拡大と子どもの飢餓の削減に向けて何をしてきたのかが問われる。 スワルニム・ワグレ財務相は5月の予算演説で、農業部門の再生を「最優先課題」と位置づけた。しかし、農業に配分された470億ルピーは国家予算全体の3%にも満たず、過去9年間で最低の水準である。 その半分以上は化学肥料の輸入に充てられる。それでも、コメの作付け時期になると、毎年のように尿素肥料が不足する。 一部の専門家は、商業的農業の促進と中間層の所得向上を重視するワグレ財務相の方針について、農村部に雇用を創出し、バリューチェーン全体の生産性を高める可能性があると評価する。一方、貧しい農家が取り残されるとの批判もある。 パハリ氏は、次のように話す。 「今回の予算は、ネパールの中間所得層を動かすことに重点を置いています。それには一定の合理性がありますが、ネパールの農家の大半は小規模農家です。この層の問題に取り組まない限り、国全体の生産量を増やすことはできません」 ガレ氏は、他の多くの問題と同様、解決の鍵は政治的な優先順位と政策の実行にあると考えている。 「政策は政治そのものです。新たな政策と予算規模が示しているのは、この政権が農業を優先課題としていないということです。その影響を最も強く受けるのは、社会的に疎外され、排除されてきた人々です」 州政府の農業予算は、中央政府よりは幾分充実している。世帯の食料不安が最も深刻なカルナリ州は、予算の21%以上を農業に充てた。一方、急性栄養不良率が高いルンビニ州とマデシ州は、予算の4%以上を農業に配分している。 ガレ氏は今月初め、アーメダバードで開催された世界銀行の地域政策対話において、「南アジアの食料の未来を共につくるための地域協力と政策行動」をテーマとするパネル討論の司会を務めた。 この会合には南アジア各国から専門家、イノベーター、民間企業の関係者らが参加したが、他国とは対照的に、ネパール政府の代表者は姿を見せなかった。「国内問題の解決」を優先する新政権にとって、こうした招待を辞退することは既に常態化している。 出席者からは、ネパールの新指導部が参加しなかったことについて、奨励策、生産、市場をバリューチェーン全体で結び付け、農業のパラダイム転換を促す貴重な機会を逃したとの声も上がった。 興味深いことに、クリシュナ・パハリ氏とヤムナ・ガレ氏は、共に同じ言葉で結論を語った。 「食料安全保障は、国家安全保障です」 シュリスティ・カルキ氏は『ネパリ・タイムズ』の特派員。2020年にインターンとして同紙に加わり、カトマンズ大学芸術学部を卒業後、正式に編集部の一員となった。政治、時事問題、芸術、文化などを取材している。 This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC. INPS Japan 関連記事: エベレストの麓まで到達した蚊たち AIが変えるモンスーン予測―インド発の成功が30か国の農業を動かす 気候の崩壊がネパール西部の苦境を拡大

戦争経済―紛争はいかに企業利益を膨らませるのか

【メルボルンINPS Japan/London Post=マジッド・カーン】 中東上空でミサイルが発射され、ロシアの無人機がウクライナの都市を攻撃するとき、世界が目にするのは炎上する建物、避難所へ向かう市民、そして破壊された都市の姿である。しかし戦場から遠く離れた金融市場では、まったく異なる反応が起きている。投資家たちは、防衛関連株の値動きを注視している。 2026年、戦争と金融市場の結びつきは、世界経済を特徴づける重要な現象の一つとなった。ウクライナや中東で大量の兵器が消費されるなか、各国政府は備蓄を補充し、軍事予算を拡大し、兵器調達を加速させている。 その結果、防衛企業は生産能力を増強し、工場を拡張し、業績見通しを引き上げている。危険な世界は、防衛産業にとって大きな市場にもなっているのである。 戦場と企業収益を結ぶメカニズム もちろん、防衛企業が戦争を引き起こしているわけではない。また、軍需関連株を購入するすべての投資家が、人々の苦しみに賭けているわけでもない。戦争には複雑な政治的、歴史的、戦略的背景がある。 しかし、いったん戦闘が始まれば、一つの強力な経済メカニズムが作動する。兵器が消費される。備蓄が減少する。 政府が補充を決定する。 企業が生産を拡大する。 契約が増える。そして売上高と利益が伸びる。 こうして、戦場と企業の貸借対照表が結びついていく。 7月23日、米防衛大手ロッキード・マーティンは、ウクライナ戦争やイランをめぐる軍事的緊張によってミサイルなどの需要が拡大していることを背景に、2026年通期の売上高と利益見通しを上方修正した。 同社の第2四半期の売上高は201億ドルに達し、前年同期比11%増加した。受注残高は約2300億ドルとなり、ミサイル・火器管制部門の売上高は約20%増の41億ドルに達した。 また、高高度迎撃ミサイルシステム「THAAD」の迎撃ミサイル増産に関連する350億ドル規模の契約も、同社の成長を支えている。 株式市場もすぐに反応した。ロッキード・マーティンとRTXが業績見通しを引き上げると、ロッキード株は10.6%、RTX株は7.7%上昇した。投資家が、軍事需要の長期化を織り込んだ結果である。 レイセオンを傘下に持つRTXも、2026年第2四半期に247億ドルの売上高を記録した。前年同期比14%増で、防空・ミサイル防衛システムへの旺盛な需要が業績を押し上げた。同社の受注残高は2890億ドルに達し、その後、2026年通期の売上高と利益予想も上方修正された。 ミサイル1発が新たな需要を生む こうした数字は、単なる企業決算ではない。戦争が経済の中をどのように伝わっていくのかを示している。航空機を撃墜するために迎撃ミサイルが1発使用されれば、その分を補充するために新たなミサイルが必要になる。ウクライナで砲弾が1発発射されれば、その砲弾を補充するための発注が、欧州や米国のどこかで行われる。 無人機が防空システムによって撃墜されれば、迎撃弾や関連装備の追加調達が検討される。戦争が兵器を消費し、政府が追加発注し、企業が増産し、投資家が将来の収益増加を予測する。現代の防衛産業が、戦争を始める政治的決定そのものに関与しなくても、紛争によって経済的な恩恵を受けることができるのはこのためである。 停戦後も続く「再軍備サイクル」 さらに重要なのは、戦争が終わったからといって軍事需要が直ちに消えるわけではないことである。戦闘によって兵器備蓄の不足を経験した政府は、停戦後も従来の軍事予算に単純に戻るとは限らない。むしろ、「以前の備蓄量では足りなかった」と判断する可能性が高い。その結果、より多くのミサイル、無人機、航空機、レーダー、砲弾を保有しようとする。 つまり、停戦そのものが新たな軍事支出を生み出すこともある。戦争が終われば、防衛企業の株価に織り込まれていた目先の地政学的リスクは低下するかもしれない。しかし同時に、停戦は長期的な兵器補充サイクルの始まりにもなり得る。 軍関係者は戦場で使われた兵器の性能を分析する。高い効果を示した兵器は追加発注される。十分な成果を上げなかった兵器は改良され、場合によっては新しいシステムへ置き換えられる。こうして戦争は、将来の軍事調達を決める「実験場」としての役割も果たす。 世界規模で進む軍備拡大 世界の防衛産業は、最近の米国とイランをめぐる軍事的対立が激化する以前から、すでに拡大を続けていた。 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が公表している最新の包括的データによれば、2024年の世界の軍需・軍事サービス企業上位100社の兵器関連売上高は6790億ドルに達し、当時として過去最高を記録した。 そのうち77社が前年より兵器関連売上高を伸ばした。SIPRIは、旺盛な需要と巨額の受注残高を背景に、軍需企業の売上高は今後も増加する可能性が高いとみている。 2026年の世界を見ると、その構造はさらに鮮明になっている。 欧州ではロシアへの警戒から再軍備が進む。中東では、イランや地域情勢の不安定化を背景に、各国がミサイル備蓄や防空能力を拡充している。アジアでも、中国をめぐる安全保障上の懸念や将来の軍事衝突の可能性を背景に、防衛支出が増えている。 世界規模の軍事調達サイクルが形成されつつあるのである。 恐怖が需要を生む。→需要が契約を生む。→契約が生産を生む。→生産が利益を生む。→そして金融市場が、その利益を評価する。 雇用と安全保障、そして倫理的ジレンマ 数十億ドル規模の防衛契約を獲得した企業は、数千人の雇用を生み、生産設備を拡張し、長期間にわたる安定した収益を投資家にもたらすことができる。地域社会にとって、新しい軍需工場は雇用と税収を意味する。政府にとって、国内の防衛産業基盤は国家安全保障に不可欠な存在でもある。 しかし、そこには大きな倫理的問題がある。戦争が巨大な商業的機会を生み出すとき、その利益構造は政治にどのような影響を及ぼすのか。 軍需企業が特定地域の主要な雇用主となれば、政治家には軍事計画や防衛予算を守ろうとする動機が生まれる。軍需産業が地域経済を支えるようになれば、防衛支出の削減は政治的に難しくなる。投資家の資産が防衛企業の収益に依存するようになれば、地政学的不安定そのものが、金融市場において利益を期待される要因となる。そこには、無視できない「経済的利害関係」が形成される。 「戦争に備えること」が恒常的産業に こうした現象が示しているのは、現代の経済が軍事支出と深く結びついているという現実である。もはや戦争への備えは、一時的な非常措置ではない。それ自体が恒常的な経済部門となっている。 しかし、戦争のただ中で暮らす市民にとって、この議論は決して抽象的なものではない。彼らが経験するのは、破壊された住宅やインフラ、避難、物価上昇、物資不足、そして家族や友人の死である。政府にとって、戦争は莫大な支出である。 防衛企業にとっては、莫大な需要である。 金融市場にとっては、各国政府が次にどこへ資金を投じるのかを示すシグナルである。これが、2026年の戦場と株式市場を結ぶ、居心地の悪い現実である。中東の空を飛ぶミサイルや、ウクライナ上空を飛行する無人機は、単なる軍事的出来事ではない。それらは政府予算、企業の受注台帳、そして投資家のポートフォリオへと伝わっていく経済的なシグナルでもある。 戦争は、朝に都市を破壊し、数カ月後には新しい軍事調達契約を生み出すことがある。停戦は戦闘を止めても、その後何年にもわたる兵器補充を引き起こすことがある。そして新たな脅威は、最初のミサイルが発射される前から需要を生み出すことさえある。 世界はこれからも、戦争が一刻も早く終わることを願い続けるだろう。しかし防衛産業はますます、戦争が長期化する可能性、あるいは次の戦争が起きる可能性に備えることを前提として構築されている。そこにこそ、現代の戦争がこれほど大きな経済力を持ち、その周囲に形成された企業利益や政治的利害から切り離すことが困難になっている理由がある。 INPS Japan 血と巨利―米・イラン衝突の背後にある戦争ビジネス 欧州兵器生産のグリーンウォッシング 軍事衝突と内戦の続発で、武器売上と死者数が急増

80歳からさらに長く生きる時代

【米オレゴン州ポートランドIPS=ジョセフ・チャミー】 80歳を迎えた後も、人々は男女とも、かつてないほど長く生きるようになっている。|英語版| 80歳に達した人々のこうした長寿化は、人口学上の目覚ましい成果である。寿命が延びたことで、高齢者とその家族には新たな可能性が開かれる一方、社会・経済・医療の各面で重要な課題も生じている。 1950年、世界全体の80歳時平均余命は、男性4.8年、女性5.3年だった。その後数十年にわたって着実に延び、2026年には男性7.7年、女性9.1年に達していると推計される。この傾向は今後も続き、2050年には男性8.8年、女性10.1年まで延びると予測されている。(図1)。 しかし、こうした世界平均の背後には、国による大きな違いがある。日本やフランスなどの先進国では、80歳時の平均余命が比較的長く、男性はさらに10年、女性は約12年生きると見込まれている。 これに対し、ナイジェリア、ニジェール、マリなどの開発途上国は分布の下位に位置し、80歳に達した男女の平均余命はいずれも約5年である(図2)。 世界人口に占める80歳以上の割合は、ここ数十年にわたって着実に上昇している。1950年には世界人口の約0.6%だったが、2026年には1.2%と倍増し、2050年にはさらに2.1%まで上昇すると予測されている(表1)。 80歳以上の人々が世界人口に占める割合は依然として比較的小さいものの、その人数と割合は急速に増えている。これは、生存率の継続的な向上と、世界各地で進む人口高齢化を反映したものである。 人口に占める80歳以上の割合は、国によって大きく異なる。先進国では高く、開発途上国では低い傾向にある。例えば2026年には、日本では人口の11%、イタリアでは8.1%が80歳以上となっている。これに対し、インドでは1.1%、ナイジェリアでは0.3%にとどまる。 世界保健機関(WHO)によると、80歳以上の人々の健康には遺伝も一定の影響を及ぼすが、健康状態の差の大部分は、物理的・社会的環境に加え、性別、民族的背景、社会経済的地位といった個人の特性によって左右される。 高齢になっても健康を保てるかどうかは、生涯を通じて健康的な生活習慣を維持できるかに大きく左右される。具体的には、バランスの取れた食事、定期的な運動、喫煙や薬物使用の回避、飲酒の節制、人とのつながりの維持などである。 こうした健康的な生活習慣は、慢性疾患のリスクを減らし、身体機能と認知機能を保つとともに、長期介護が必要となる時期を遅らせる。その結果、寿命を延ばすだけでなく、高齢期の生活の質を高めることにもつながる。 しかし、80歳代の多くの人々は、慢性疾患の管理、必要な長期介護の確保、経済的安定の維持、社会的孤立への対処など、深刻な課題に直面している。 80歳以上の人のうち、独り暮らしをする人の割合は、文化的規範、家族構成、所得水準、公的支援制度の違いを反映し、国によって大きく異なる。多くの開発途上国では10%未満であるのに対し、高所得国では通常30~50%に達する。 高齢者は、年齢に基づく偏見や差別にもさらされがちである。高齢者を虚弱で他者に依存する存在、あるいは社会の負担とみなす固定観念があるためだ。こうした見方は差別を招くだけでなく、健康で活動的に年齢を重ねる機会を狭めるような政策につながりかねない。 80歳代の後半になっても身体的・精神的能力を保ち、数十歳若い人々と同程度の機能を維持する人もいる。しかし、大半の人は身体機能や認知機能がある程度低下し、少なくとも一つの慢性疾患を抱えている。 慢性疾患を抱える人の増加と長期介護需要の高まりは、政府、医療制度、家族に大きな影響を及ぼす。急速に増える80歳以上の人々のニーズに応えるには、医療、長期介護サービス、高齢者に配慮した地域づくりへの投資を拡大する必要がある。 同時に、高齢者介護をめぐっては、政府と家族が責任をどのように分担すべきかという重要な問題も生じる。人口の高齢化が進むにつれ、この責任分担のあり方は、ますます重要な政策課題となる。 政府は、高齢の親族を介護する中心的な役割を家族が担うことを期待しがちである。一方、家族は、介護に必要な資金、サービス、支援を政府が提供すべきだと考えている。こうした議論が続いていることは、政府が負うべき公的責任と家族による介護との適切な均衡を図る、持続可能な政策の重要性を浮き彫りにしている。 包括的な公衆衛生対策では、80歳以上の人々が置かれた多様な状況とニーズに対応する必要がある。高齢者の暮らしを支える物理的・社会的環境が整えば、加齢によって身体機能や認知機能が低下しても、本人にとって意義のある活動を続けることができる。 そうした環境には、安全で利用しやすい公共施設、高齢者に配慮した交通システム、手頃な価格の住宅、地域に根差した保健・福祉サービスなどが含まれる。 80歳以上の人々が健康を保ち、支援の行き届いた環境で高齢期を過ごせれば、自立を維持し、家庭生活や地域社会に積極的に関わり、より若い人々と同程度の生活の質を享受できる。 一方、寿命が延びても、その年月が身体的虚弱、認知機能障害、精神的な健康問題を伴うものとなれば、影響は本人だけにとどまらず、家族、医療制度、社会全体に及ぶ。 80歳代の多くの人々は、複数の慢性疾患、心身機能の低下、加齢に伴うさまざまな障害によって生じる、健康・生活両面の複雑な課題に直面している。 世界では、80歳以上の多くの人々が、身体の慢性疾患、認知機能障害、老年症候群、心理面の変化を複合的に抱えている。こうした問題は重なり合い、相互に関連していることが多い。そのため、疾病予防、ケアの継続性、多職種連携、高齢者本人と介護者双方への継続的支援を重視した、本人中心の一体的な保健医療・福祉ケアが求められる。 世界的に見て、80歳の男女が直面する主な健康課題には、心臓発作や心不全などの心疾患、アルツハイマー病を含む認知症、老年症候群がある。老年症候群には、フレイル(虚弱)、骨粗しょう症、聴覚・視覚障害、尿失禁、転倒リスクの上昇など、加齢に伴うさまざまな状態が含まれる。 転倒は、高齢者の負傷、障害、入院、自立の喪失、けがによる死亡の主な原因の一つである。加齢による筋力や平衡感覚の低下、視覚障害、薬剤の副作用、認知機能の低下、神経疾患などが、転倒リスクを高めている。 多くの疾患は男女双方にみられるが、生物学的な違い、生活習慣上の要因、女性の方が長寿であることなどにより、80歳時の健康状態には男女で異なる特徴がみられる。 80歳の女性が直面する主な課題は、移動能力の維持、骨粗しょう症や骨の脆弱化による骨折の予防、社会的孤立への対処であることが多い。女性は一般に男性より長生きするため、配偶者に先立たれたり、独り暮らしになったりする可能性が高い。また、孤独や経済的不安を抱え、長期的な支援を必要とすることも多い。 また、アルツハイマー病を含む認知症患者に占める女性の割合は高い。その一因は女性の方が長寿であることにあり、認知機能の低下は、高齢期の女性にとって特に重要な健康課題となっている。 こうした深刻な課題にもかかわらず、多くの高齢者は前向きな姿勢とユーモアの精神を保っている。誰の言葉かは定かでないが、年長者の言葉としてしばしば紹介される次の一節は、そうした心意気をよく表している。 「年を取ると正気を失う、と人は言う。だが、失ってもさほど惜しくはないとは、誰も教えてくれない」 80歳代の男性が直面する主な健康リスクには、命に関わる急性の心血管障害、代謝性疾患、深刻な心理的危機などがある。多くの国や地域では、この年齢層の男性は同年齢の女性に比べ、一部のがんや2型糖尿病の罹患率も高い。高齢男性に多く診断されるがんには、前立腺がんと膀胱がんがある。 うつ病と診断される割合は女性の方が高いものの、自殺率は80歳以上の男性の方が大幅に高い。こうした死の背景には、配偶者との死別、身体的健康の悪化、社会的孤立、慢性疼痛のほか、人生の大きな変化に伴ってアイデンティティーや生きる目的意識が薄れることなどがある。 80歳以上の多くの人にとって、運転を続けられるかどうかも重要な問題である。大半の国では、運転できる年齢に一律の上限を設けていない。その代わり、定期的な健康診断や視力検査、通常より短い間隔での運転免許証の更新を義務付け、高齢者が安全に運転できる状態にあるかを判断している。こうした措置は、運転によって得られる自立性や移動の自由を保つことと、公共の安全を守ることとの均衡を図るものである。 こうした世界的な対応の例外として注目されるのがペルーである。同国では、80歳以上になると運転免許証の更新が認められない。この政策は、視力、聴力、反応時間、認知機能、身体の運動機能が加齢とともに低下することへの懸念を踏まえ、交通事故を減らすための政府の取り組みの一環として導入された。 80歳を迎え、過去の世代よりも長く生きるようになったことは、人口学上の目覚ましい成果である。これは、医学、公衆衛生、栄養、教育の大幅な進歩と生活水準の向上を反映したものである。 同時に、長寿化は、個人、家族、医療制度、社会に新たな可能性をもたらす一方、重大な課題も生み出している。 こうした課題に対応するには、健康な高齢化を促進し、高齢者の自立を支え、質の高い医療・長期介護へのアクセスを拡充するとともに、増え続ける80歳以上の人々の生活の質を高める政策や事業が必要である。 80歳以上の多くの人々は、自立を失うこと、慢性疾患を発症すること、家族の負担になること、独りで死を迎えることを不安に感じている。しかし、思いやりのあるケアを受け、できる限り安楽に過ごし、治療や終末期ケアに関する本人の希望が尊重されれば、死に至る過程への不安は和らぐ。 一方、多くの80歳以上の人々にとって、死は近づくにつれて次第に恐ろしいものではなくなっていく。配偶者、親族、友人、同世代の人々との死別を経験するうちに、死を理解し難い謎ではなく、人生の自然で避けられない一部と捉えるようになるためである。 こうした見方は、自らもいつか死を迎えるという事実を、より深く受け入れることにつながる。恐怖にとらわれるのではなく、今に目を向け、大切な人とのつながりを慈しみ、残された時間に感謝することを選ぶ人も多い。 死を受け入れることで、人生の自然な終わりが近づくなか、より深い感謝の念と生きる目的、心の安らぎを得る人もいる。 ジョセフ・チャミーは人口問題を専門とするコンサルタントで、国連人口部の元部長。人口問題に関する著作を多数発表している。 INPS Japan/ IPS UN Bureau Report 関連記事: 高齢者の惑星(Planet of Aged)の台頭 人類共通のグローバル・フィールド―持続可能な開発目標(SDGs)を達成するためのゲーム パリから車椅子へ:ギラン・バレー症候群、リハビリ、そして連帯の力

南アフリカの反移民暴力、SDGs達成を遅らせ、アフリカ域内「自由移動」の理念を揺るがす

南アフリカでマラウイ人、ナイジェリア人、ジンバブエ人をはじめとするアフリカ諸国出身者を標的に広がった排外主義的な抗議行動は、人道危機を引き起こしただけでなく、いくつかの持続可能な開発目標(SDGs)の達成を危うくし、アフリカ大陸が掲げる「人の自由な移動」という理念にも深刻な打撃を与えている。 【マラウイ・ブランタイヤ IPS=チャールズ・ンパカ】 マラウイ政府は2026年8月12日、南アフリカで外国出身のアフリカ人を標的とした反移民暴力に巻き込まれていた自国民の帰還事業を完了したと発表した。マラウイ災害管理局によると、帰国した国民は5万6723人に上った。これは、約4カ月にわたって続いた異例の大規模帰還に終止符を打つものだった。約900台のバスが数万人をマラウイへ運び、中にはより良い暮らしを求めて南アフリカへ渡ってから数十年ぶりに故郷へ戻る人もいた。 マラウイ中部ドワ県出身のラヒム・アリさんも、7月下旬、そのうちの1台のバスに乗って帰国した。|英語版| 「ほっとしています。政府が無事に故郷まで連れ戻してくれたことに感謝しています」と、アリさんは8月2日、自宅の村からIPSの電話取材に答えた。 「南アフリカの状況はひどく、多くの人があの暴力から逃れる手段を持っていませんでした。」 現在33歳のアリさんが南アフリカへ渡ったのは2019年6月だった。父親を亡くして2年後、母親を亡くしてからは約4年がたっていた。2011年に中等教育を終えたものの、小規模なトウモロコシ農家だった両親には、大学など高等教育へ進ませるだけの余裕がなかった。 世界銀行の最新データによると、マラウイでは毎年最大27万人の若者が労働市場に参入する一方、国内経済が年間に生み出す正規雇用は約4万件にすぎない。 安定した仕事を見つけられなかったアリさんは、地元で他人のトウモロコシ畑やタバコ畑の開墾や収穫作業を請け負って生計を立てていた。2013年には資金を工面して理髪店を開き、携帯電話の充電サービスのほか、充電器やバッテリーも販売した。 収入は多くなかったが、それでも小さな家を借り、自活することはできたという。 しかし、2017年に父親が亡くなると、それまでの自立した生活は一変した。一家の長男として、2人の妹と弟の食費、学費、衣服代を負担しなければならなくなった。 「理髪店の収入だけでは、本当に厳しくなりました」とアリさんはIPSに語った。 そんな時、南アフリカへ渡った元同級生から一緒に来ないかと誘われた。アリさんはすぐに応じ、友人とともにヨハネスブルクのイチゴ農園で働き始めた。当時の賃金は週412ランドだった。 その後5年間、アリさんはいくつもの農場を渡り歩いた。 仕事は過酷だったという。監督者たちは「理由もなくむちでたたき、私たちには分からない言葉で罵倒した」。休憩はほとんどなく、病気で休めば賃金は支払われず、雇用の保障もなかった。 「それでも、同じような仕事をマラウイでするよりは給料が良かったのです」とアリさんは言う。 「それに、向こうは生活費がずっと安かったので、お金を貯めて弟や妹たちを支えることができました。」 2024年には、ソーラーパネルを販売するインド人経営の商店で助手として働き始めた。 しかし2026年5月、南アフリカ人の一団が店に押しかけ、経営者に対し、そこで働いている他のアフリカ諸国出身者を解雇するよう要求した。 仕事を失ったアリさんは、生活必需品を買うことも家賃を払うことも難しくなった。やがて家主から退去を命じられ、マラウイ領事館に避難していた同胞たちに加わった。そこでマラウイ政府による帰国手続きが進められていた。 「マーチ・アンド・マーチ(March and March)」運動に動員された南アフリカ市民は、2026年4月から6月にかけて外国人を住宅や職場から追い出した。彼らは、この取り締まりについて、不法滞在者を排除することが目的だと主張した。 南アフリカでこうした排外主義的な暴力が起きたのは、今回が初めてではない。 2008年には、2週間にわたる反移民暴力で60人以上の外国人が死亡し、少なくとも10万人が国内各地で避難を余儀なくされた。 2019年には、南アフリカのトラック運転手組合から分裂した一派が、外国人トラック運転手を排除するよう要求し、数百台のトラックに放火した。 南アフリカ国内の排外主義的差別を監視する「Xenowatch」によると、2022年から2025年にかけて、406件の排外主義的な襲撃事件が記録され、そのうち75件で死者が出た。2025年だけでも151件に上った。 2026年1月から5月までには22件が確認され、そのうち14件が暴力を伴うものだった。 最新の暴力が激化するなか、南アフリカのシリル・ラマポーザ大統領は、南アフリカ国民の経済的不満につけ込んだ「便乗者」が抗議行動をあおっていると述べた。また、この暴力は外国人に対する南アフリカ政府の政策を反映するものではないと強調した。 一方でラマポーザ大統領は、不法移民が国内の住宅や医療制度に負担を与えているとも指摘し、政府として「法の枠内で」対応していくと述べた。 Xenowatchの共同創設者、ローレン・ランドー氏は、南アフリカ政府は排外主義的暴力に対し、実効性のある対応を取っていないと指摘する。 「政府はまず、『これは外国人嫌悪ではなく、不満や誤情報、犯罪者の問題であり、それに対処する』と言います。しかし同時に、マーチ・アンド・マーチが提起した問題の一部、つまり国境管理の強化、国外退去の拡大、職場管理の強化については対応すると言っています。」 「実際、政府はそうした措置を進めています。しかし、2008年以来続いてきた行進やその他の動員を主導してきた人々の責任を追及することはしていません。」 ランドー氏はIPSの電話取材にこう語った。 外国人に対する恐怖と暴力を仕組み、実行した者たちの責任を問わなければ、彼らは今後も自らの利益や権力獲得の手段として移民を利用し続けるだろう、とランドー氏は警告する。 今回の排外主義的襲撃の深刻さと、その結果としての大規模な帰還は、南アフリカのアフリカ大陸における評判を「大きく傷つけ」、労働、貿易、投資を通じた地域統合の取り組みを後退させたという。 「個々の人々が犠牲になったことに加え、マラウイ、モザンビーク、レソトなどに対して、『自国民は自国で面倒を見て、自分たちの問題は自分たちで解決しろ』と言わんばかりの政府の発言も、極めて侮辱的だと思います」とランドー氏は述べた。 研究論文「南アフリカの外国人嫌悪とSDG8実現の現実(Xenophobia in South Africa and the Realities of Actualising SDG 8)」を執筆したケスター・チュウマ・オノール氏は、南アフリカがこの問題を解決しない限り、他国との平和と協力を確立することは難しく、とりわけ「働きがいも経済成長も」を掲げるSDG8の達成は困難になると論じている。 ほかの研究でも、外国人嫌悪は「貧困をなくそう」を掲げるSDG1を脅かすと指摘されている。 ジャスティス・K・ムシャ氏とエリック・ブランコ・ニイトゥンガ氏は、論文「南アフリカ国家開発計画とSDGsの障壁としての外国人嫌悪(Xenophobia as a Barrier to South Africa’s National Development Plan and...

戦争経済―紛争はいかに企業利益を膨らませるのか

【メルボルンINPS Japan/London Post=マジッド・カーン】 中東上空でミサイルが発射され、ロシアの無人機がウクライナの都市を攻撃するとき、世界が目にするのは炎上する建物、避難所へ向かう市民、そして破壊された都市の姿である。しかし戦場から遠く離れた金融市場では、まったく異なる反応が起きている。投資家たちは、防衛関連株の値動きを注視している。 2026年、戦争と金融市場の結びつきは、世界経済を特徴づける重要な現象の一つとなった。ウクライナや中東で大量の兵器が消費されるなか、各国政府は備蓄を補充し、軍事予算を拡大し、兵器調達を加速させている。 その結果、防衛企業は生産能力を増強し、工場を拡張し、業績見通しを引き上げている。危険な世界は、防衛産業にとって大きな市場にもなっているのである。 戦場と企業収益を結ぶメカニズム もちろん、防衛企業が戦争を引き起こしているわけではない。また、軍需関連株を購入するすべての投資家が、人々の苦しみに賭けているわけでもない。戦争には複雑な政治的、歴史的、戦略的背景がある。 しかし、いったん戦闘が始まれば、一つの強力な経済メカニズムが作動する。兵器が消費される。備蓄が減少する。 政府が補充を決定する。 企業が生産を拡大する。 契約が増える。そして売上高と利益が伸びる。 こうして、戦場と企業の貸借対照表が結びついていく。 7月23日、米防衛大手ロッキード・マーティンは、ウクライナ戦争やイランをめぐる軍事的緊張によってミサイルなどの需要が拡大していることを背景に、2026年通期の売上高と利益見通しを上方修正した。 同社の第2四半期の売上高は201億ドルに達し、前年同期比11%増加した。受注残高は約2300億ドルとなり、ミサイル・火器管制部門の売上高は約20%増の41億ドルに達した。 また、高高度迎撃ミサイルシステム「THAAD」の迎撃ミサイル増産に関連する350億ドル規模の契約も、同社の成長を支えている。 株式市場もすぐに反応した。ロッキード・マーティンとRTXが業績見通しを引き上げると、ロッキード株は10.6%、RTX株は7.7%上昇した。投資家が、軍事需要の長期化を織り込んだ結果である。 レイセオンを傘下に持つRTXも、2026年第2四半期に247億ドルの売上高を記録した。前年同期比14%増で、防空・ミサイル防衛システムへの旺盛な需要が業績を押し上げた。同社の受注残高は2890億ドルに達し、その後、2026年通期の売上高と利益予想も上方修正された。 ミサイル1発が新たな需要を生む こうした数字は、単なる企業決算ではない。戦争が経済の中をどのように伝わっていくのかを示している。航空機を撃墜するために迎撃ミサイルが1発使用されれば、その分を補充するために新たなミサイルが必要になる。ウクライナで砲弾が1発発射されれば、その砲弾を補充するための発注が、欧州や米国のどこかで行われる。 無人機が防空システムによって撃墜されれば、迎撃弾や関連装備の追加調達が検討される。戦争が兵器を消費し、政府が追加発注し、企業が増産し、投資家が将来の収益増加を予測する。現代の防衛産業が、戦争を始める政治的決定そのものに関与しなくても、紛争によって経済的な恩恵を受けることができるのはこのためである。 停戦後も続く「再軍備サイクル」 さらに重要なのは、戦争が終わったからといって軍事需要が直ちに消えるわけではないことである。戦闘によって兵器備蓄の不足を経験した政府は、停戦後も従来の軍事予算に単純に戻るとは限らない。むしろ、「以前の備蓄量では足りなかった」と判断する可能性が高い。その結果、より多くのミサイル、無人機、航空機、レーダー、砲弾を保有しようとする。 つまり、停戦そのものが新たな軍事支出を生み出すこともある。戦争が終われば、防衛企業の株価に織り込まれていた目先の地政学的リスクは低下するかもしれない。しかし同時に、停戦は長期的な兵器補充サイクルの始まりにもなり得る。 軍関係者は戦場で使われた兵器の性能を分析する。高い効果を示した兵器は追加発注される。十分な成果を上げなかった兵器は改良され、場合によっては新しいシステムへ置き換えられる。こうして戦争は、将来の軍事調達を決める「実験場」としての役割も果たす。 世界規模で進む軍備拡大 世界の防衛産業は、最近の米国とイランをめぐる軍事的対立が激化する以前から、すでに拡大を続けていた。 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が公表している最新の包括的データによれば、2024年の世界の軍需・軍事サービス企業上位100社の兵器関連売上高は6790億ドルに達し、当時として過去最高を記録した。 そのうち77社が前年より兵器関連売上高を伸ばした。SIPRIは、旺盛な需要と巨額の受注残高を背景に、軍需企業の売上高は今後も増加する可能性が高いとみている。 2026年の世界を見ると、その構造はさらに鮮明になっている。 欧州ではロシアへの警戒から再軍備が進む。中東では、イランや地域情勢の不安定化を背景に、各国がミサイル備蓄や防空能力を拡充している。アジアでも、中国をめぐる安全保障上の懸念や将来の軍事衝突の可能性を背景に、防衛支出が増えている。 世界規模の軍事調達サイクルが形成されつつあるのである。 恐怖が需要を生む。→需要が契約を生む。→契約が生産を生む。→生産が利益を生む。→そして金融市場が、その利益を評価する。 雇用と安全保障、そして倫理的ジレンマ 数十億ドル規模の防衛契約を獲得した企業は、数千人の雇用を生み、生産設備を拡張し、長期間にわたる安定した収益を投資家にもたらすことができる。地域社会にとって、新しい軍需工場は雇用と税収を意味する。政府にとって、国内の防衛産業基盤は国家安全保障に不可欠な存在でもある。 しかし、そこには大きな倫理的問題がある。戦争が巨大な商業的機会を生み出すとき、その利益構造は政治にどのような影響を及ぼすのか。 軍需企業が特定地域の主要な雇用主となれば、政治家には軍事計画や防衛予算を守ろうとする動機が生まれる。軍需産業が地域経済を支えるようになれば、防衛支出の削減は政治的に難しくなる。投資家の資産が防衛企業の収益に依存するようになれば、地政学的不安定そのものが、金融市場において利益を期待される要因となる。そこには、無視できない「経済的利害関係」が形成される。 「戦争に備えること」が恒常的産業に こうした現象が示しているのは、現代の経済が軍事支出と深く結びついているという現実である。もはや戦争への備えは、一時的な非常措置ではない。それ自体が恒常的な経済部門となっている。 しかし、戦争のただ中で暮らす市民にとって、この議論は決して抽象的なものではない。彼らが経験するのは、破壊された住宅やインフラ、避難、物価上昇、物資不足、そして家族や友人の死である。政府にとって、戦争は莫大な支出である。 防衛企業にとっては、莫大な需要である。 金融市場にとっては、各国政府が次にどこへ資金を投じるのかを示すシグナルである。これが、2026年の戦場と株式市場を結ぶ、居心地の悪い現実である。中東の空を飛ぶミサイルや、ウクライナ上空を飛行する無人機は、単なる軍事的出来事ではない。それらは政府予算、企業の受注台帳、そして投資家のポートフォリオへと伝わっていく経済的なシグナルでもある。 戦争は、朝に都市を破壊し、数カ月後には新しい軍事調達契約を生み出すことがある。停戦は戦闘を止めても、その後何年にもわたる兵器補充を引き起こすことがある。そして新たな脅威は、最初のミサイルが発射される前から需要を生み出すことさえある。 世界はこれからも、戦争が一刻も早く終わることを願い続けるだろう。しかし防衛産業はますます、戦争が長期化する可能性、あるいは次の戦争が起きる可能性に備えることを前提として構築されている。そこにこそ、現代の戦争がこれほど大きな経済力を持ち、その周囲に形成された企業利益や政治的利害から切り離すことが困難になっている理由がある。 INPS Japan 血と巨利―米・イラン衝突の背後にある戦争ビジネス 欧州兵器生産のグリーンウォッシング 軍事衝突と内戦の続発で、武器売上と死者数が急増

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中央アジア地域会議(カザフスタン)

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