地域アジア・太平洋オーストラリアに核兵器禁止条約署名・批准の圧力

オーストラリアに核兵器禁止条約署名・批准の圧力

【シドニーIDN=ニーナ・バンダリ

オーストラリア発祥の運動であり、2017年にはノーベル平和賞も受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が、同国は核兵器禁止(核禁)条約を署名・批准すべきであるとする報告書を発表した。

イラン核合意として知られる「共同包括的行動計画」(JCPOA、2015年)や、米ロ間の中距離核戦力(INF)全廃条約(1988年)などの重要な協定が損なわれ、国際的な緊張が強まる中、この報告書は出された。

イラン核合意は、国連安保理の常任理事国である中国・フランス・ロシア・英国・米国にドイツを加えた6カ国および欧州連合とイランとの長い協議を経て署名された。

ICANオーストラリアの代表で報告書を編纂したジェム・ロムルド氏はIDNの取材に対して、「INF全廃条約やイラン核合意が重大な危機に瀕し、核保有国間で軍縮を巡る協議がなされてないなど、核兵器を巡る国際的な法的仕組みが崩壊しつつあります。」と語った。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が6月17日に発表した2019年度版の年鑑によると、2018年には世界全体で弾頭の総数は減少しているものの、すべての核保有国が核戦力の近代化を進めていた。

SIPRIによれば、2019年初めの時点で、9カ国(米国・ロシア・英国・フランス・中国・インド・パキスタン・イスラエル・朝鮮民主主義人民共和国[北朝鮮])が、合計でおよそ1万3865発の核兵器を保有している。このうち、3750発が作戦配備の状態にあり、2000発近くが高度な警戒態勢下に置かれている。

オーストラリアは核兵器を保有していないが、米国との同盟関係に基づいて拡大核抑止ドクトリン(=米国による核の傘)を国家安全保障の要として受け入れる立場をとっている。

ロムルド氏は、「オーストラリアは米国の核戦略を支援する立場で振る舞っていますが、これは変えられるし、変えなくてはなりません。核禁条約はオーストラリアが従来の方向性を変え、核兵器に関する国際法を基盤とした秩序づくりに効果的に貢献するツールを提供するものです。」と語った。

国連で2017年7月に採択された同条約は、現在、署名70カ国、批准25カ国となっている(ボリビアが最近批准した)。50カ国が批准すると90日後に発効するが、それは2020年頃だと予想されている。

オーストラリア外務貿易省の報道官は、同国の政策について「我が国は核禁条約を支持しない。同条約は核保有国を巻き込んでいないし、核不拡散条約(NPT)体制という核軍縮に向けた国際協議の基盤を損なう危険性があるからだ。」と語った。

オーストラリア政府は、核禁条約では1発の核兵器の削減にもつながらず、同国が米国に対して持つ同盟上の義務にも反する、という見解だ。外務貿易省のウェブサイトは、とりわけ2020年NPT再検討会議に向けた取り組みなどを通じたNPTの強化や、地域を横断した12カ国による不拡散・軍縮イニシアチブ(NPDI)での協力を通じて、核軍縮に向けた実際的な措置を主唱し続けると述べている。

ICANの報告書『人道性を選ぶ:オーストラリアが核兵器禁止条約に加わるべき理由』は、核禁条約を巡る懸念や神話を取り上げ、署名・批准に向けた実践的な道筋について提案している。核禁条約に加わることで、核兵器を絶対悪とみなし核兵器を禁止・廃絶するためにオーストラリアが積極的に果たすべき役割について、説得力のある議論を展開している。

先住民族コカタ・ムラ(Kokatha-Mula)の女性スー・コールマン=ヘーゼルタイン氏は、オーストラリア西岸沖のモンテベロ島や南オーストラリアのエミュフィールドマラリンガで英国が大気圏内核実験を始めたころ、まだ3才だった。1952年から63年にかけて行われた12回の大規模な核実験で、同国南部セドゥナ近くのクーニッバを含む広大な地域が汚染された。ヘーゼルダインさんは5人の姉妹、2人の兄弟、親戚とと共に、その場所に住んでいたのである。

「『トーテム1』と名づけられた最初の原爆実験の汚染は広範だった。私の家族の奇形や先天性の障害、地域での乳幼児の死亡、がんや呼吸器・甲状腺の問題は、放射線による汚染が原因だと確信しています。先住民かどうかは関係ありません。この地域の人々は皆、乳幼児の病気や死亡に悩まされてきました。」と68才になるヘーゼルタイン氏は語った。彼女は、核実験以前は、野生の動物を捕えたり、自然の植物を採集したりする健全な生活を送っていたと地域の老人達から聞かされたことを覚えている。

Sue Coleman-Haseldine/ Kessie Boylan
Sue Coleman-Haseldine/ Kessie Boylan

「オーストラリア政府はすべての人々に謝罪すべきです。こんなことが二度と起こらないように、一刻も早く核禁条約に署名すべきです。」と、慢性的な甲状腺障害に苦しむヘーゼルタイン氏は訴えた。

Wikimedia Commons
Wikimedia Commons

ICANの報告書は、米国が広島(1945年8月6日)・長崎(8月9日)に原爆を投下してから74周年に併せて、今週発表された。

戦争防止医師会議豪州支部の代表でICAN運営委員でもあるスー・ウェアハム氏は、「オーストラリアは、核兵器を容認することで、北部准州のパインギャップを核兵器の標的にし、世界の危険に晒しています。」と指摘するとともに、「核攻撃がオーストラリアに向けられるリスクも高まります。」と語った。

「報告書は、パインギャップが持っているこうした機能を停止する実現可能で現実的な道筋を示している。道徳的にも、そして我々の安全保障の面から言っても、オーストラリアは、核の威嚇ではなく核軍縮の道を選ぶべきです。」

オーストラリアは、米国が建設・維持し米偵察局が運用しするパインギャップ共同防衛施設と、米空軍が運用する地震測定拠点である「共同地質・物理基地」を北部准州に抱えている。

2018年11月の「イプソス・アップデート」によると、世論の79%がオーストラリアの核禁条約加入を支持している。労働党は2018年12月の党大会で、翌年5月の連邦総選挙で勝利したら核禁条約を署名・批准すると公約していた。

ICANの共同創設者でICANオーストラリアの理事でもあるディミティ・ホーキンス氏はIDNの取材に対して、「核軍縮に関する勇気ある立場に回帰し、核兵器の廃絶を巡る新たな建設的対話を行う意思を持つ政府やメディア、民衆が必要です。この問題での行詰まりを打開するためには、新たな政治的意思が構築されなければなりません。世界中の人々が、オーストラリアが核禁条約にどのようなスタンスで臨むのか注目しています。拒絶と党派的立場を超えて問題を前進させることが重要です。」と語った。

Dimity Hawkins/ ICAN
Dimity Hawkins/ ICAN

「この条約を通じて、核兵器を禁止する包括的手段を提供するだけではなく、環境の回復や被害者支援の積極的な義務を伴った形で、核兵器が人間にもたらす問題に対処する道筋が与えられることになります。」と、ホーキンス氏は語った。

オーストラリアは過去に、とりわけ化学兵器の問題に関して、多国間軍縮条約の実現に重要な役割を果たしたことがある。また、米国が依然として反対していた時期に、地雷禁止条約クラスター弾禁止条約にも加わっている。

報告書では、医療機関や国際法曹界の関係者、さまざまな党派の議員、宗教指導者らが、オーストラリアが核禁条約を署名・批准すべきことを訴えている。

元最高裁判事で報告書の寄稿者であるマイケル・カービー氏はIDNの取材に対して、「オーストラリアでは、実際上初めて宗教が公的な空間に入り込み、政治指導者らが公的に祈りを捧げる姿が見られようになりました。私の見解では、彼らの公的な祈り(そして核兵器規制への敵意)を、核備蓄を解体し、その使用や使用の威嚇を禁止する効果的な国際的行動への緊急の関与に転換すべきだと思います。意気軒昂なニュージーランドのように、オーストラリアも核禁条約に署名・批准すべきです。」と語った。

ICAN
ICAN

ニュージーランドに加えて、タイとフィリピンが、米国との軍事協力に支障をきたすことなく核禁条約に署名している。

報告書は、1945年以来核兵器が使用されなかったのは、単に運が良かったからだと指摘している。過激主義者やハッカー、不安定な政治的指導者がいれば、状況は悪化する。

条約支持派は、核禁条約によって軍縮への新たな動きと実際的な道筋が与えられると主張している。核禁条約は、核兵器に関する既存の国際条約、とりわけ、南極条約(1959年)、宇宙条約(1967年)、NPT(1968年)、海底軍事利用禁止条約(1971年)、包括的核実験禁止条約(1996年)、5つの地域的非核兵器地帯条約を補完するものだ。

オーストラリアは、南太平洋非核兵器地帯条約(ラロトンガ条約、1985年)も含めた上記の条約すべての加盟国になっている。(原文へ

アラビア語 | タイ語

INPS Japan

関連記事:

カリブ海諸国、核兵器禁止条約の早期発効を誓う

|視点|核軍備枠組みが崩壊する間に…(タリク・ラウフ元ストックホルム国際平和研究所軍縮・軍備管理・不拡散プログラム責任者)

|オーストラリア|核兵器のない世界を求める核実験の被害者たち

最新情報

中央アジア地域会議(カザフスタン)

アジア太平洋女性連盟(FAWA)日本大会

2026年NPT運用検討会議第1回準備委員会 

「G7広島サミットにおける安全保障と持続可能性の推進」国際会議

パートナー

client-image
client-image
client-image
client-image
Toda Peace Institute
IPS Logo
The Nepali Times
London Post News
ATN
IDN Logo

書籍紹介

client-image
client-image
seijikanojoken