地域アジア・太平洋│キルギス│花嫁誘拐禁止法、一夫多妻主義者の妨害で否決

│キルギス│花嫁誘拐禁止法、一夫多妻主義者の妨害で否決

【ビシケクINPS=クリス・リックルトン】

女性を誘拐して花嫁にしてしまう違法行為を抑えるための法案(イスラム婚姻法案)がキルギス国会に提出されていたが、1月26日に行われた採決で否決されてしまった。

ある国会議員は、同法案が支持されなかった理由として、「法案に含まれている条項が、表面的には違法でありながら暗黙の内に許容されてきた一夫多妻婚を取り締まる手段となりかねない」という危惧があったとしている。

 この法案は、役所に婚姻届けをおこなっていないカップルに結婚式を執り行ったムラー(イスラム教の聖職者)に対する罰金刑を規定していた。キルギスの村落社会では、花嫁を誘拐したり複数の女性を妻としたりする慣習が古くから行われてきており、こうした慣習を禁じたソ連崩壊後も社会的なタブーとして存在している。ムラーは宗教的な儀式を施すことで、こうしたタブーに社会的な正当性を与える重要な役割を果たしているのである。

花嫁の誘拐は違法行為のため、大半の場合、役所に対して婚姻届が提出されることはない。また、裕福な男性の間で広く行われている一夫多妻の慣習についても、キルギス国内法は違法行為として2年間の懲役刑を規定している。しかし、ムラーがイスラム法に基づく婚姻(nikaah)儀式を執り行うことで、村人たちの目には、強制された婚姻や違法な婚姻であっても、正当な婚姻関係が成立したと映ってしまうのである。

国会に出されていた法律はこうした行為を抑制することを目指していたが、ある女性議員によると、「男性支配の議会(議員120人中94人が男性)は一夫多妻制を残すことを明らかに指向していた」という。

一方、アタ・メケン(Ata-Meken 「社会党」)のアシヤ・サシクバエワ議員は、「キルギス国会には、花嫁を誘拐する慣習を抑制しようとする政治的意思が確かに存在しています。例えば、国会は2011年に女性の法定婚姻年齢を16歳から17歳に引き上げる法案を通過させましたが、これは花嫁を誘拐する事件が最も深刻な農村部において、就学年齢層の少女達を早期の結婚から保護することを意図したものものでした。」と語った。

またサシクバエワ議員は、「(1月26日の法案採決に際して)それまで進歩的と思っていた多くの(男性)国会議員が反対票を投ずるのを目の当たりにして驚きました。しかし、この国では非公式に一夫多妻が黙認されているという実態は、良く知られていることです。こうした国会議員の多くは、個人の利益を守るため、法案に反対したのだと思います。

一夫多妻制をめぐっては、キルギス国内でかねてより議論がなされていた。リークされた米国務省の2007年4月当時の公電によると、一夫多妻制を合法化する法案が1990年代中盤に国会で成立しかかったことがあるという。

その公電には、「当時キルギスではクルマンベク・バキエフ大統領やフェリクス・クロフ首相を含む、多くの著名な政府関係者も、妻が2人以上いると見られていた。」と記されている。

現在尊厳(アル=ナムィス)党を率いているクロフ議員は、イスラム婚姻法案に反対票を投じた。一方バキエフ氏は、2010年に発生した騒乱の最中、政権を追われ、国外に亡命した。

花嫁の誘拐問題根絶を目指して活動してきた非政府組織(NGO)にとって、今回の法案否決は大きな痛手となった。キルギスの現行法では、「婚姻を目的に人を誘拐したものは、最高3年間の禁固刑に処される」とあるが、実際のところ、花嫁の誘拐を防止する効果をほとんど挙げていない。

「キズ・コルゴン研究所」が昨年10月に行った調査によると、カラコルという町の既婚女性のうち45%が、誘拐されてきた女性だったという。今回のイスラム婚姻法案が採択されていたら、こうした女性たちの婚姻儀式を行ったムラー達には、罰金刑が適用されていただろう。

花嫁誘拐の犠牲者を支援しているビシュケクに拠点をおくNGO「オープンライン」のムナラ・ベクナザロヴァ氏は、「村に在住のムラーの多くは、花嫁を誘拐するという行為がイスラムの戒律に違反していると気づいています。しかし、新婦が婚姻に同意しているとの意思表示を示している場合は、婚姻の祝福を施しているのです。」と語った。

またベクナザロヴァ氏は、「ムラーが式のために到着するころまでには、誘拐された女性は暴力で脅されたり、ときにはレイプされたりして、結婚に『同意』せざるを得ない状況に追い込まれているのです。」と指摘した上で、「(このような状況に置かれている女性は)もちろん、ムラーの質問に対して婚姻に同意していると答えます。」と語った。

またベクナザロヴァ氏は、「こうした役所への婚姻届がないまま非公式な婚姻状態に置かれた女性やその女性が生んだ子供には、法的な保護が適用されないことから、婚姻状態を離れても配偶者に対して慰謝料や保障を求める権利が認められていないのです。キルギスの農村部で花嫁の誘拐が一般的な現状の背景には、こうした男性に有利な社会状況があるのです。」と語った。

「国会議員の大半は農村出身で、彼らの心情に配慮せざるを得ない立場にあります。そして彼らには別の優先事項があるようです。」「昨年の夏、キルギス国会は、家畜を盗んだ犯人の刑事罰を重くする法案を通過させました。もちろんこのニュースを聞いて、女性団体は憤慨しました。農民にとって家畜がいかに大事なものか、たしかに理解できます。しかし、それならば国会議員たちは、娘達を誘拐するという犯罪行為について、どうして家畜並みの危機意識すら持たないのでしょうか?」とベクナザロヴァ氏は付加えた。

イスラム婚姻法案を巡る投票内容は、「キルギス国会全体として花嫁の誘拐問題を深刻にとられていない」とするベクナザロヴァ氏の懸念を裏付けている。120人の国会議員中、同法案への投票に参加した議員は僅か73人であった。法案に賛成した議員43人のうち、女性議員は17人(女性国会議員の総数は26人)、一方法案に反対した議員30人のうち、女性議員は3人だった。そして、法案の採決を欠席した議員47人のうち41人が男性議員だった。

この法案を共同提出した9人の国会議員の中で唯一の男性議員であるダスタン・ベケシェフ氏は、今回の国会議員達の投票行動について、「ジェンダーに配慮した法案に対して極めて保守的」と指摘した上で、「多くの国会議員がこの種の法案を通過させるには時期尚早だと主張していますが、私は納得できません。キルギスではこうした問題について既に20年も議論してきているのです。」と語った。(原文へ

翻訳=INPS Japan浅霧勝浩

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