広島・長崎への原爆投下は、本土侵攻なしに戦争を終わらせるために必要ではなかった
【INPS Japan/The Other News=ミッチェル・ジマーマン】
核の時代は、ひとつの嘘とともに始まった。
1945年8月6日、ほとんど気づかれることなく日本のある都市の上空を飛んでいた1機の米軍機が、1発の爆弾を投下し、広島を破壊した。3日後、別の米軍機が2つ目の都市長崎を破壊した。両都市に投下された原子爆弾は、10万人を即死させた。その年の末までに、さらに10万人が放射線障害や火傷、爆風による負傷で命を落とした(広島市・長崎市の推計では、1945年末までの死者は広島で約14万人、長崎で約7万4000人とされる。)犠牲者の90%以上は民間人だった。
これほど多くの人々を殺したことの公式の理由は、嘘だった。日本本土への侵攻で米兵が被るはずだった甚大な損失を避けるために原爆を投下する必要があったという主張は誤りであり、しかも米国の政策決定者たちは、原爆投下を決めた時点でそれを承知していた。
米国は日本軍の暗号を解読していたため、米情報機関は1945年7月、日本政府がすでに、第二次世界大戦における米国の同盟国であったソ連に接触し、和平の仲介を依頼していたことを把握していた。日本側が何よりも望んでいたのは、連合国が求める無条件降伏が天皇の退位を伴わないことの保証であった。この条件は、最終的に米国があっさり受け入れたものである。
ガー・アルペロビッツがその著書『原爆外交―広島とポツダム』で説得力をもって論じているように、2つの日本の都市の破壊は、日本本土侵攻の回避ではなく、台頭しつつあった冷戦の政治と関係していた。
決定を下した者たちは、日本が戦争終結を模索していることを知っており、欧州での連合国の勝利後にソ連が対日参戦すれば、それだけで日本の降伏を早めるのに十分だろうと考えていた。
長く秘匿されていた1946年の米国の極秘情報調査は、戦争を終わらせたのは原爆ではなく、1945年8月8日のソ連による対日宣戦布告とソ連軍の進攻であったことを裏付けている。〔注3〕
ソ連はナチス・ドイツとの生死をかけた戦いに忙殺されていたため、それまで対日戦には参加していなかった。だが1945年7月、占領下のドイツ・ポツダムで開かれた会談で、ハリー・トルーマン大統領はスターリンから(先のヤルタ会談での)対日参戦の約束を再確認した。
「そうなればジャップはおしまいだ」―トルーマンは1945年7月、戦時中の手書きの日記にこう記した。「これで戦争は1年早く終わる」と、トルーマンは同じ頃の手紙に書いている。「殺されずに済む若者たちのことを思ってごらん」
米国の戦争指導者たちも、原爆投下が必要なかったことを認めている。連合国軍最高司令官ドワイト・D・アイゼンハワー将軍(のちの大統領)は、「日本はすでに敗北しており、原爆の投下はまったく不要だった……米国人の命を救う手段として、もはや必須ではなかった。」との結論に達していた。
当時トルーマンの参謀長を務めていたウィリアム・リーヒ元帥も同意見だった。「日本はすでに敗北し、降伏する用意ができていた……この野蛮な兵器の使用は……対日戦争において実質的に何の助けにもならなかった。」
それでもトルーマンは、ためらうことなく原爆を投下した。「原爆は『重大な決断』などではなかった」と、彼は15年後に語っている。
第二次世界大戦の時代は、残虐行為の時代だった。日中戦争―1937年から1945年にかけての日本による中国への侵略戦争――では、推定1000万~2000万人が死亡した。ナチス・ドイツは欧州のユダヤ人600万人を殺害した。ドイツはまた、捕虜としたソ連兵200万人を餓死によって殺害した。さらに南京での虐殺、ドレスデンの破壊、1943年のベンガル飢饉、そして東京をはじめ60以上の日本の都市への焼夷弾爆撃があった。
こうした言語に絶する惨禍のなかにあっても、20万人の日本の民間人が原爆によって命を奪われたことは際立っている。彼らは世界で最初の核戦争の犠牲者であり、一連の嘘によって正当化された彼らの不必要な死は、全人類を危険にさらす時代の幕開けとなったからだ。
嘘と危険は、第二次世界大戦の終結とともに止んだわけではなかった。私たちが学ぶべきだったように、核兵器には嘘を生み出す性質がある。
9・11同時多発テロを受け、2003年、ジョージ・W・ブッシュ政権はイラクが核兵器を保有しているという虚構をつくり上げ、石油資源の豊富な同国への侵攻と占領の口実とした。しかし、イラクは核兵器も、その他の大量破壊兵器も保有していなかった。イラク侵攻を推進した(そしてブッシュにイランへの侵攻も迫った)ネオコンたちは、疑わしい情報を操作して、架空の脅威への恐怖をあおったのである。
その嘘の代償は大きかった。結局、米国によるイラク占領は、米国に数兆ドルの費用と数千人の米兵の命をもたらし、数十万人のイラク民間人の死を招いた。
そして今年、ドナルド・トランプ大統領はイラン政府の打倒という右派の夢に回帰し、またしても核兵器について嘘をつき、まったく不必要な戦争を正当化しようとした。トランプ大統領と側近らは、イランが核爆弾の製造寸前にあり、間もなく米国を攻撃できる長距離ミサイルを開発中だと主張した。米情報機関は、これらの主張がいずれも虚偽であることを確認していた。
架空の核の脅威をめぐる大統領たちの嘘が繰り返されているからといって、核拡散というあまりにも現実的な危険から目をそらしてはならない。
地球上での人類の存続に対する脅威を憂慮する市民は、当然ながら気候変動に注目してきた。しかし、気候変動とその影響――極端な気温、海面上昇、巨大な暴風、制御不能な火災、農作物の壊滅、干ばつ、飢饉、難民の流入、排外主義的な政治――にますますさらされる世界とは、追い詰められた支配者や誇大妄想的な支配者が、熱核兵器の使用に誘惑されかねない世界でもある。そして核の時代は、始まったときと同じように、嘘とともに終わるかもしれない。
弁護士、長年にわたる社会運動家。反人種差別スリラー小説『Mississippi Reckoning』(2019年)の著者。
INPS Japan
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