【ウィーンIDN=ラインハルト・ヤコブソン】
国連の核監視機関である国際原子力機関(IAEA)が3月3日に発表したイランに関する四半期報告によれば、前回の報告よりも相当程度に濃縮ウランの量が増している。2019年11月の備蓄量372.3kgから、この2月には1020.9kgまで増えたと『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』誌が報じている。
648.6kgの増加は、2015年7月14日にイランと「P5+1」(中・仏・独・ロ・英・米)が署名した包括的共同行動計画(JCPOA)が設定した備蓄量制限である300kgに大きく違反するものである。この核合意は、2015年7月20日に採択された国連安保理決議2231によって追認されている。
「濃縮レベルは4.5%を超えていないなど、イランの核関連活動のその他の指標には大きな変化がない。JCPOAは濃縮レベルを3.67%に制限している」と『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』は書いている。
JCPOAには、イランの核計画に関する合意済の制限について、長期的計画が盛り込まれている。また、貿易や技術、金融、エネルギー分野へのアクセスに関する措置など、イランの核計画に関連したすべての国連安保理の制裁や、多国間制裁、一国による制裁の包括的解除をもたらすものであった。
『ニューヨーク・タイムズ』紙は、「イランには核爆弾製造に十分な物質がある。しかし同時に、これまでのところ、イランの最近の行動は、核兵器製造に走るというよりも、トランプ政権や欧州に対して圧力をかける計算づくのものであるようだ。」と報じている。
さらに同紙は、「米国が2015年の核協定を放棄してから初めて、イランは核兵器1発を製造するのに足る濃縮ウランを保有したように見えるが、実際に弾頭を製造し、それを長距離運搬できるようになるまでには、数カ月、あるいは数年かかるだろう。」と報じた。
同紙は明らかにイランの体制支持ではないが、この報道はマイク・ポンペオ国務長官の出鼻を挫くものとなった。ポンペオ長官は3月5日の報道発表でIAEA事務総長に就任まもないラファエル・グロッシ氏が3月3日に発表した2本の報告書について「イラン・イスラム共和国が核物質と核活動を隠匿しているとの重大な懸念を強めるものとなった」と述べていた。
ポンペオ長官は、「イランは核不拡散条約(NPT)の署名国である」と指摘したうえで、「イランには、NPTの保障措置協定に従って核物質をIAEAに申告し、IAEA査察官に対して検証のためのアクセス権を与える義務がある。」「イランがそうした核物質に関する申告を意図的に怠っていることは、核不拡散条約が義務づける保障措置協定の明確な違反だ。イランはIAEAと速やかに協力して、IAEA保障措置の義務に完全に従わねばならない。さもなくば、NPTはただの紙切れ同然ということになる。」と語った。
ポンペオ長官によれば、IAEAの最新の報告書は、ますます問題含みであるという。その理由として長官は、「イランは過去の核兵器計画について嘘をつき続け、核協定がまとまった際に、こうした過去の行いに関する記録の大部分を秘匿した。民間航空機を撃墜した件に関連する嘘のみならず、新型コロナウィルスの爆発的拡大の規模に関しても真実を隠匿している。イランの過去の秘密の核兵器計画と恥ずべき二枚舌の歴史を考えれば、今日のイランにおけるいかなる未申告の核物質や核活動もきわめて重大な問題だと言えるだろう。」と語った。
経歴の大半を核問題に捧げてきたアルゼンチンの外交官であるグロッシ事務局長は、イランが疑惑のある場所へのアクセスを許可して「IAEAに即時かつ完全に協力すること」が肝要であり、「未申告の核物質および核関連活動に関連した」さらなる疑問に答えることが必要だと語った。
これに対してイランは、IAEAからのさらなる疑問に答えることを拒絶した。なぜなら、過去の核活動に関する疑問に答える義務はすでに果たしているからである。IAEA報告によれば、イラン政府は「過去の活動に関する疑惑については承知せず、そうした疑惑に答える義務はないと述べた」としている。
1年前の3月4日、グロッシ氏の前任者で評判の高かった日本の外交官・天野之弥氏は、IAEA理事会の場で「イランは核関連の約束を果たしている」と発言していた。2019年7月に亡くなった天野氏はイラン政府に対して、JCPOAとして知られる核協定を引き続き順守していくよう求めていた。
イランの核計画に関するIAEAの2019年3月の四半期報告は、この天野事務局長の発言の数日後に公にされたが、イランが核協定の条件に従っていることを示す追加の詳細が盛り込まれていた。報告書によれば、イランの濃縮ウラン備蓄はJCPOAが設定した上限300kgを下回っており、ウラン235の濃縮レベルは、兵器製造目的に必要だとみられる90%をはるかに下回り、3.67%の制限を超えていなかった。
報告書は、IAEAは「訪問が必要なイラン国内のすべての場所」へのアクセスを確保されていると述べていた。
天野事務局長はまた、平和的な核活動を監視する取り組みに関連して情報を評価するIAEAの独立性がいかに重要であるかを擁護しつづけた。彼は、IAEAは「分析を行い、中立で、独立で、客観的な方法で行動する。」と強調していた。
天野事務局長の3月4日の声明は、IAEAの検証作業を指図しようとする一部の国々の企図に対する反撃であるが、そうしたことはこれが初めてではなかった。「もしそうした試みが、核検証作業においてIAEAに事細かい指図を出し圧力をかけようとするものならば、それは逆効果であり、きわめて有害である」と述べ、「独立で、中立で、事実に即した保障措置の履行が、IAEAの信頼性を維持する上で重要だ」とした。
天野事務局長は特定の国名を挙げることを避けたが、イスラエル当局がIAEAに対して、イランの未申告サイトを訪問し、イスラエルが2018年1月にイランの記録保管所から盗み、のちにIAEAと共有した文書に関するフォローアップを行うよう繰り返し求めていた事実があった。9月の国連総会でイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、過去の核兵器計画に関連した資料や文書をイランが保管しているとイスラエルの諜報当局が認識するサイトを訪問するよう、IAEAへの特別の呼びかけを行った。
これらを考え合わせると、『ニューヨーク・タイムズ』紙が強調するように、より介入的な査察を求める知見と要求は「米国政府とイラン政府間の膠着状態を新しい領域へ持ち込む」ものだと言える。
トランプ米大統領が「ひどい協定だ」としてイラン核協定から離脱した決定は、今のところ裏目に出ている。イランは、ウラン生産に対する核協定の厳格な制限に従っていたが、今や備蓄を再び増やし始めている。イランの指導者らは、IAEAがこれらの違反行為を記録するのをあえて認めているようであり、このことは結局、イランがトランプ大統領の圧力キャンペーンに対抗しているのだという事実を強く印象付けることになる。
IAEA就任直後のワシントンでのインタビューでグロッシ事務局長は、「この状況はパラドックス以外のなにものでもありません。なぜなら、私たちが検証しているのは、本来検証すべき合意の履行義務を段階的に停止している状況なのだから。」と語った。
専門家らは、これまでの情報からは、イランの行動は漸進的なものであり、実際に核爆弾製造に走ろうというよりも、欧州各国政府やトランプ政権にプレッシャーをかけるための計算された行動であるとみている。(原文へ)
INPS Japan
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