映画『オッペンハイマー』を観た日本人ジャーナリストが、本編に描かれなかった核兵器が長期にわたって人体に及ぼす人道的な影響について考察した。
【アスタナNepali Times/INPS Japan=浅霧勝浩(Katsuhiro Asagiri)】
「核実験に反対する国際デー」を記念する中央アジア地域会議の取材で訪れたカザフスタン共和国の首都アスタナで、映画『オッペンハイマー』を観た。この映画はデリケートな内容であるため、被爆国日本ではまだ公開されていない。
日本やカザフスタンのように、原爆投下や核実験による深刻な健康被害がいまだに残っている国々の人々にとって、この映画は、一抹を不安を掻き立てるものになるだろう。なぜなら、この映画の本編では、原爆がもたらす大量死や放射能による病気をわずかに仄めかしているだけで、原爆被害の実相を描くことを避けていたからだ。
クリストファー・ノーラン監督は、史上初の原子爆弾の製造と核爆発の背後にある政治と、物理学者J・ロバート・オッペンハイマーが直面した道徳的ジレンマを赤裸々に描き、ハリウッド映画として素晴らしい作品に仕上げている。ただ、1945年7月のトリニティー核実験以来、核兵器が人類に及ぼした人道的な側面や、映画で登場した核爆弾が実際に使用された広島と長崎の壊滅的な破壊、そして今日まで続く想像を絶する核爆発が人々にもたらした危険性についても描いてほしかった。
この映画は、トリニティー核実験後、ネバダ砂漠のロスアラモスから風下に住んでいた約15,000人のアメリカ人が被った放射性降下物による健康被害や長期にわたった苦しみについてさえ触れていない。米国政府の公式説明では、実験場は人里離れた場所にあったということになっているが、この映画ではこの歴史的事実について掘り下げていない。
驚くべきことに、モスクワのソ連中央政府も同じような正当化を行い、当時ソ連領であった中央アジアのカザフの大草原にあるセミパラチンスク核実験場(ベルギーまたは日本の四国の大きさ)を「人里離れたところ」として、実に456回にも及ぶ核実験を繰り返した。
興味深いことに、1961年に北極圏で実施されたソ連最大の大気圏水爆実験「ツァーリ・ボンバ」に参画した主任科学者アンドレイ・サハロフも実験後に良心の呵責から、核実験禁止を訴えるようになり、国家から迫害される道を歩んでいる。
今日、カザフスタン北東部のセミパラチンスク核実験場周辺では、今日も核実験による悲劇的な後遺症が続いている。ガンや奇形などの健康問題を抱えた子どもたちが生まれ続け、核兵器の非人道的な結果を痛ましい形で証明している。ここでは1949年から89年まで、150万人以上のカザフ人が核実験によって降り注いだ放射性降下物により被曝した。
1991年8月29日、セミパラチンスク核実験場は、まだソ連の一部であったにもかかわらず、カザフスタンによって永久に閉鎖された。その後、カザフスタンは独立し、当時世界第4位だった核兵器を廃絶することで、核兵器保有国から非核兵器保有国へと自主的に転じた世界初の国となった。
2009年、カザフスタンの提唱により、国連総会は8月29日を「核実験に反対する国際デー」とする決議を採択し、この歴史的な閉鎖の意義を強調した。
核実験は、今日に至るまでカザフスタンの人々の生活に深刻な影響を与えている。著名な画家であるカリプベク・クユコフは、母親の胎内で放射線を浴び、両手がない状態で生まれた。クユコフは、セミパラチンスク核実験場の閉鎖に重要な役割を果たした民衆による反核運動(ネバダ・セミパラチンスク運動)に初期から参加し、今日に至るまで彼の作品を通して核実験が人々に及ぼした実相を伝えている。
地域会議で被爆証言をしたディミトリー・ヴェセロフは、セミパラチンスク出身の被爆3世だ。彼は鎖骨がないのが特徴の肩鎖関節異骨症を患っており、彼の手はわずかに筋肉と靭帯でのみつながっている状態で、本格的な作業ができない。核実験が世代を超えて人々を苦しめている実相について語った彼の痛切な言葉は、小型戦術核兵器の使用や限定的な核戦争を擁護する人々に対する厳しい警告であり、被爆者の切実な願いを代弁したものだ。
40年に亘ってセミパラチンスク核実験場で爆発した核兵器の威力は、広島・長崎に投下された原爆の2500倍と推定されている。ウクライナ紛争と中米の緊張を背景に、終末時計の不吉な音は真夜中に近づいている。人類は、核兵器の使用と核実験がもたらす重大な結果を記憶しておく必要がある。
地球規模での全面的な核対立がもたらす脅威は、地球上の生命にとって、予測される気候危機の影響よりもはるかに深刻なものであることを再認識する必要がある。
カザフスタン外務省が国際的なパートナーと協力してアスタナで開催した地域会議では、参加者が核兵器の人道的影響ついて掘り下げた議論を行った。この核兵器の人道的影響こそが、先にウィーンで開催された核兵器不拡散条約(NPT)2026年再検討会議準備委員会における核保有国間の軍縮議論や、映画「オッペンハイマー」で顕著に欠けていた側面であった。
この地域会議の共同主催者である創価学会インタナショナル(SGI)の寺崎広博嗣平和運動総局長は、核兵器禁止条約(TPNW)の第6条と第7条をめぐる国際社会で進行中の議論を強調した。これらの条文は、締約国に対し、核被害者への援助、被害地域の修復、国際協力の促進を求めている。カザフスタンはキリバスとともに、この重要な議論の中心となる作業部会の共同議長に任命された。
核兵器を保有する9カ国がTPNWを無視し続け、核抑止力の必要性を国民に納得させようとしている一方で、次に誰が核兵器を使用しようとも、この非人道的な兵器の被害を受けるのは、私たちのような一般市民であり、その後遺症は世代を超えて残るものであると認識する必要がある。
私たちは、アメリカ、ロシア、カザフスタン、オーストラリア、アルジェリア、南太平洋諸島、中国、北朝鮮、コンゴ民主共和国など、核兵器の使用や実験、製造の犠牲となった「グローバルヒバクシャ」に対する核兵器の影響という人間的側面に注意を払わなければならない。
第2回TPNW締約国会議が11月27日から12月1日にかけてニューヨークの国連本部で開催され、世界は核兵器使用の脅威に直面している。締約国は、NGOや世界のヒバクシャ代表とともに、TPNWを支持し批准することによって、核兵器のない世界の実現を訴える構えだ。(原文へ)
浅霧勝浩は、INPSジャパンの日本人ジャーナリストであり、「Towards a World without Nuclear Weapons(核兵器のない世界へ)」と「SDGs for All(すべての人のためのSDGs)」のプロジェクトディレクター。
INPS Japan
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