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核兵器禁止条約を推進するために

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ティルマン・ラフ】

核兵器禁止条約(TPNW)は、2021年1月22日に発効した。多国間核軍縮条約の交渉が行われたのは25年ぶり(包括的核実験禁止条約<CTBT>以来)であり、そのような条約が発効したのは49年ぶりである(核兵器などの大量破壊兵器を海底に設置することを禁止する海底条約以来)。(原文へ 

これからはTPNWがあり、ゲームチェンジャーとなる。TPNWは、最悪の大量破壊兵器、人類と地球の健康に深刻な実存的脅威をもたらす唯一の兵器を、初めて包括的かつ絶対的に禁止する条約である。この条約はいまや、核兵器に関する行為や無為を評価する基準となった。この条約に盛り込まれている核兵器および核計画を廃絶するための枠組みは、国際的に合意され、条約として成文化されたもののみであり、期限を定めた、検証済みの枠組みである。また、この条約は、核兵器の使用や核実験の被害者を援助し、実行可能な場合には核兵器の使用や核実験により汚染された環境の修復を支援することをすべての締約国に義務付けた最初の条約である。

この歴史的条約の法的、政治的、道徳的効力を構築し、参加と実施を拡大し、また、この条約を可能な限り効果的に用いて核兵器の廃絶を進め、そのかたわらで核兵器使用の可能性と規模を削減するためには、多くのことを成し遂げなくてはならない。世界終末時計の針が今年はかつてなく危険なほど進み、「残り100秒」となっている今、暗さを増す核の風景において一条の明るい前進の光であるTPNWが実施され、影響力を発揮することは、きわめて重要であると同時に至急に必要とされている。核の近代化が継続され、九つの国が世界を巻き込む自爆兵器を廃棄する義務の履行を拒否している状況を許容し手をこまねいている時間の余裕はない。

各締約国は、自国で条約が発効してから30日以内(最初に批准した50カ国にとっては2021年2月21日まで)に、核兵器に関する自国の状況を説明する申告書を国連事務総長に提出しなければならない。

各締約国は、発効から18カ月以内に国際原子力機関との包括的保障措置協定を発効させなければならない。現時点でそれを履行していない締約国はパレスチナのみで、同国は2019年に保障措置協定を締結したが、まだそれを発効させていない。

 TPNWの第1回締約国会議は、オーストリア政府の主催により2022年1月22日にウィーンで開催されることになっており、この会議で決議するべき多くの事項が条約に定められている。

  • 締約国会議の手続き規則
  • 条約に参加する核武装国は、「(核兵器を)廃棄した後に参加する」か「参加した後に廃棄する」ことができる。後者の道筋で当該国が核兵器を廃棄するまでの猶予期間を、第1回締約国会議で決定する必要がある

 大雑把に言えば、第1回締約国会議において、条約の促進と実施を大幅に推進できるほど良い。決意があり、同じ志を持つ国々が集まり、周到に準備・運営された会議では、多くのことが達成できるだろう。しかし、TPNW専用の事務局がない現状では特に、第2回会議までの2年間とそれ以降も条約の実施と促進を継続する組織と手続きを、第1回会議で設置することが重要になる。TPNWの交渉は、国連総会の委託に基づく国連プロセスによって行われた。条約の寄託者は国連事務総長である。したがって、この条約を推進することは国連の仕事であり、これには国連事務総長、国連軍縮部および法務部などが関係する。

 第1回締約国会議は、以下によって、これらの作業を効果的に補強できるだろう。

  • 明確な目標と期限を設定した会期間作業プログラムを決定し、場合によっては、さまざまな分野で主導権を持つ作業部会を設置する。
  • 準備会合および/または会期間会合を開催する。
  • 以下のような主要課題に取り組む、継続的または期間を定めた専門諮問機関を設置する。
    • 条約の規定に従い、核兵器計画の不可逆的な廃棄の交渉および検証を担当する適格な国際機関
    • 核兵器の人道的影響と核兵器使用のリスクに関する新たな証拠やその進展について、締約国に定期的に報告する
    • 被害者援助と環境修復の義務に関する措置の根拠について技術的助言を提供する
    • 強力な国内実施措置の策定を支援する(また、優良実践例を共有する)ために、締約国に法的・技術的な支援や助言を提供する
  • TPNWをもたらした「人道イニシアチブ」の過程で進展した、政府、国際機関、市民社会の間の有意義な協力や相乗効果的なパートナーシップを継続する。これには、条約交渉において非常に建設的な役割を果たし、条約にも明記された世界最大の人道組織である赤十字・赤新月運動、TPNWに関して各国政府のアドボカシーパートナーとなった中心的な市民社会団体である核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)、そして核兵器の使用と核実験により直接被害を受けた世界中のヒバクシャが含まれる。

 こういったことすべてに資源、すなわち物資と資金の両方が必要である。締約国は、資金拠出に関してある程度の準備をしたうえで第1回締約国会議に出席するべきである。

核兵器の禁止は「核武装国の関与が得られなくても実現可能な、変革をもたらしうる唯一の手段であった」。今度は、この成果の力と価値を徐々に向上させていく必要がある。条約を支持するすべての者にとって重要な仕事は、条約調印国の数を増やし、さらにその調印国を批准国にすることである。一部の核武装国とその加担国によるネガティブな圧力(これは非難に値する)にも関わらず、159カ国が「人道の誓約」に賛同し、122カ国がTPNW採択に賛成票を投じたことを考えると、今後1~2年で批准国が100カ国に達することは可能なはずである。重要な瞬間が訪れるのは、歴史の流れに乗ってトラブルよりも解決に寄与することを選ぶ、最初の核武装国またはその加担国があらわれるときである。

締約国は、適時かつ有効な方法で自身の義務を履行し、その履行状況を定期的に報告するべきである。恐らく、核武装国とその加担国が参加する前に条約の影響力を拡大できる可能性が最も高い方法は、禁止された活動への援助、奨励、または勧誘を厳しく禁止することである。例えば、核兵器を製造する企業に事業売却を強制する、または奨励するなどである。また、条約を改定して適用範囲を拡大することも考えられる。例えば、条約を改定して批准国にCTBTの批准も義務付けるなどである。また、TPNWを用いて核分裂物質の管理と削減を進めることによって、より大きな影響を及ぼすことができるだろう。そのためには、締約国に対し、高濃縮ウランの製造を中止し、使用済み核燃料の再処理によるプルトニウム回収をやめ、分離プルトニウムを廃棄するか国際機関による厳重な管理下に置くよう義務付ければ良い。

TPNWは、最悪の兵器に対抗するためにわれわれが手に入れた最善のツールである。それを十分に活用しよう。

ティルマン・ラフ AO(Officer of the Order of Australia: オーストラリア勲章)は、医師、ICANおよびICANオーストラリアの共同創設者・初代議長、核戦争防止国際医師会議(IPPNW、1985年ノーベル平和賞受賞)の共同代表、メルボルン大学人口・グローバルヘルス学部(School of Population and Global Health)の名誉首席研究員である。また、オーストラリア戦争防止医療者協会(MAPW)の代表を務めた。MAPWは、IPPNWとともにICANを設立した。

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【ニューヨークIDN=セルジオ・ドゥアルテ

1月22日に発効した核兵器禁止条約(TPNW)について、積極的意味合いをもつ国際法に新たな条約が加わったことの重要性と意義に関して、さまざまな方面から多くのコメントが寄せられている。TPNWは、第15条1項に従って、50カ国目が批准書を寄託してから90日で発効する。これまでのところ、86カ国が署名、52カ国が批准している。

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、この条約を「核兵器のない世界に向けた重要な一歩」と称賛し、「共通の安全保障と集団的安全のために、このビジョンを実現するために協力する」ようすべての国に呼びかけた。世界各地のメディアは、TPNWがすべての核兵器を禁止する初めての条約であることに着目し、核保有国に強い反対論があることを指摘している。

核保有国やその同盟国を含む多くの国の市民団体や世論は、 最後まで(禁止されずに)残った大量破壊兵器にあたる核兵器を世界からなくす歴史的な一歩として、条約発効を歓迎した。

ウィリアム・ペリー元米国防長官は、『原子科学者会報』誌に寄せた1月22日付の文章の中で、「禁止条約は、将来の不確定な目標としてではなく、すべての国が積極的に達成に向けて取り組むべき基準として核廃絶を正しく確立した。」と述べ、「アメリカは草分けの国であることに誇りを持っている。私たちは、核兵器のない山の頂上に向けて新たな道を切り開く最初の核保有国となろうではないか。」と力強く締めくくっている。

大量破壊兵器の他の2つのカテゴリーである細菌(生物)兵器と化学兵器を禁止する条約の交渉と採択を成功裏に支持し促進したものと同じ発想が、核兵器の禁止を支えている。核不拡散条約第2条にある核兵器の部分的禁止と、核兵器の保有・非保有に関わらずすべての締約国に適用されるTPNWの全面的禁止との間にはかなりの違いがある。

TPNWは、核実験被害者への支援義務を含む独自の人道的アプローチを採っていることに加え、非核保有国がNPTなどの過去の条約ですでに成した公約を強化し、諸国家間の文明的関係を支える基本的な発想の下では核兵器は受け入れられないという原則を打ち出している。この条約は、核兵器の開発、製造、備蓄に対抗する強力な規範的、道徳的な力となる。

TPNWは、特定の国に向けられたものでも、一方的な軍縮を主唱するものでもない。条約に加盟した核保有国は、条約の第1条・4条に従って行動を取ることになるが、その軍縮プロセスの中で相互の安全を確保するために、核保有国間で協調的取り決めを成すことが排除されているわけではない。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

核兵器国は実際、自らの安全を守る共通の方法を探ることをまさに目的とした一時的な取り決めについて、過去に協議したこともあった。敵意と不信に満ちた何十年の間に蓄積されてきた多くの経験は、不安定な軍事的・戦略的優位を際限なく、かつ何の成果もないままに追い続けるよりも、核兵器の廃絶と有機的に結びついた形で漸進的な削減を図っていくことに安全を求める方向にシフトさせることが可能だ。

自らが核兵器を持ちつづけることを正当化するために他国の核兵器保有の陰に隠れることは合理的ではない。文明を消し去ってしまう兵器を保有することは、端的に言って正当化できるものではない。もし正当化できるなら、どの国でも核兵器を取得する正当な理由があることになってしまう。「核兵器が存在しつづける限り、我々は(核兵器を)保有し続ける」というしばしば繰り返される言い回しは、「核兵器なき世界」という自らが口にしている目標を達成する現実的な方法を編み出す常識的なオプションを検討することすらしようとしない利己的な姿勢を表したものだ。

核軍縮は、国際関係における強引な手法や脅しにとって代わることになるだろう。核兵器国は、TPNWに対して鈍い感覚しか持たず怒りに満ちた敵意を向けているよりは、条約に建設的に関与した方が、望ましい結果を得られるだろう。

一部の識者らは、既存の核兵器国を巻き込まない核軍縮条約は効果的でないという事実を強調している。TPNWは、実際に核兵器を保有する国々の誠実な参加なくしては、その目的を完全に達成することができないのは明らかだ。しかしTPNWは、武力衝突から、人類の生存に関わる問題に対処する広範なコンセンサスを生み出す必要性へと、わたしたちの関心をシフトさせるものだ。

核兵器の価値を熱烈に称揚する国々は、潜在的な脅威に対してなされる完全なる破壊(=核兵器)に依存することで自らや地球の安全が保たれるという理屈を、自国民はもとより世界の世論を納得させることに失敗している。核保有国の同盟国も含め、全世界で行われた世論調査を見れば、核兵器を完全廃絶するための、効果的で、法的拘束力があり、検証可能で時限を区切った措置に対して市民からの強い支持があることがわかる。

核兵器国の一部には、核兵器の開発・研究・生産を可能にする国家や機関、既得権団体に対してTPNWの発効が与えるプレッシャーは、世論が政府やその他の主体の行動に影響を及ぼす民主主義が確立された国でのみ効力を発揮するという意見がある。しかし、これは事実の半面でしかない。あらゆる社会において、人びとは自らの望みを行動に変換する方法を見出してきたのだ。

Sergio Duarte
Sergio Duarte

世界の歴史が明確に示しているように、人びとの意見や態度、信条が、専制的で抑圧的な体制が打ち立てた壁を突き破ってきた。国際法は、政治体制に関わりなくあまねく適用される。対内的なプレッシャーは市民社会からのみ起こるのではなく、他国の発表や個人の行動、国際組織、有名人のとる立場、民衆の良心の一般的な強さからも起こるものだ。無意味な軍拡競争と、進展のなさに対する不満が募る中、核軍縮の効果的な措置を求める世論はますます強くなるだろう。

発効51年を迎える核不拡散条約(NPT)のすべての加盟国は、核軍縮の方向に向かって効果的な措置を早期に達成するとの意図を明らかにした前文と、とりわけ、「核軍拡競争の早期の停止と核軍縮に関連した効果的な措置に関する交渉を誠実に追求する」とした第6条を履行する義務を負っている。

核兵器禁止条約を交渉し採択した122カ国は、まさにそれを実行することで範を示したのである。これらの国々の努力は称賛されるべきであり、否定したりするのではなく追随されるべきものだ。そうすることによって、核兵器の完全廃絶は最終的に達成される。

「核軍縮・核不拡散体制の要石」とされるNPTの加盟国は、核軍縮義務のこれ以上の軽視を認めてはならない。来るNPT再検討会議の機会を利用して、核兵器の脅威を世界から除去しようという重要かつ緊急の任務に対するTPNWの貴重な貢献を認識し、その点に関する効果的な行動に合意しなくてはならない。発効したTPNWは今や、この取り組みの不可欠の一部になったのである。(文へ

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多国籍企業とマリの児童奴隷組織の共謀疑惑

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

コートジボワールのカカオ農園でマリから拉致された児童たちが奴隷労働を強いられたとして、カカオ供給先のチョコレート製造大手(カーギル、ネスレ、ハーシーとマーズ等)を相手取った訴訟に焦点を当てた記事。米連邦最高裁判所は、この件について、国外での残虐行為に起因する訴訟を連邦裁判所が審理できるかを判断することに同意したが、カーギルとネスレは、既に児童奴隷労働対策に取り組んでおり、本件を審理する場として米最高裁は相応しくないとして審理却下を訴えている。一方、カカオ豆のサプライチェーンにおける児童労働は過去10年間で悪化しており、コートジボワールとガーナでは今も危険な労働を余儀なくされる18歳未満の児童労働者は約156万人にのぼることが明らかになっている。(原文へFBポスト

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ドイツの新法は、グローバルサプライチェーンにおける人権侵害に対して企業の責任を求める

【ベルリンIDN=リタ・ヨシ】

ドイツ政府が義務化に踏み切った人権デューデリジェンスの内容に対するNGOの声を取り上げた記事。バングラデシュのラナプラザ繊維工場の崩壊事故等、サプライチェーンの末端で起こる人権侵害を防止し責任追及するメカニズムとして、人権デューデリジェンスの義務化を訴えてきた国際人権NGO『ビジネスと人権リソースセンター(BHRRC)』は、国連のガイドラインを前進させる重要な一里塚としてドイツの決定を歓迎しつつも、ハイリスク分野(縫製業等)の中小企業が規制対象に入っていない等、内容は改善の余地が大いにあると指摘している。(原文へFBポスト

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NATO同盟国よ、TPNWを退けるなかれ

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

(この記事は、2021年1月21日にELN(European Leadership Network/欧州リーダーシップネットワーク)に初出掲載されたものです。ここに記載された意見は執筆者の見解であり、ELNまたはELNのいずれかのメンバーの立場を必ずしも反映するものではありません。)

【Global Outlook=トム・サウアー】

2021年1月22日の核兵器禁止条約(TPNW)発効は、深い感慨と複雑な感情を生み出す。支持者たちは、グローバル・ゼロの山頂を目指す歩みが加速することを期待している。反対者たちは、核武装国が条約に署名するわけがないと繰り返している。しかし、核武装国が核兵器を禁止する気がないのなら、核不拡散条約(NPT)の規定に基づいて核兵器の削減を約束した彼らの言葉を、他の国々はまず信用しないだろう。それは、核不拡散・軍縮体制の「礎石」であるNPTにとって幸先の悪いことである。(原文へ 

TPNWは、非核兵器国を代表してフラストレーションを表明したものである。核兵器国とその同盟国がNPTのもとで進める核軍縮は、削減のスピードが非常に遅く、過去20年間は特にはなはだしいからである。TPNWが発信するシグナルを核兵器国とその同盟国がキャッチしなければ、このフラストレーションはブーメランのように返ってくるだろう。その時に、また別の条約をフラストレーションのはけ口にするわけにはいかない。その手はもう使ってしまったのだから。考えられる次の手は、NPTから脱退することだ。イランはすでに、脱退も辞さない姿勢を見せている。それが実行されれば、サウジアラビア、ひょっとしたらトルコやエジプトも後に続くと思われる。2019年9月の国連総会で、トルコのエルドアン大統領は、NPTの差別的性質が好きではないと明言し、拍手喝采を浴びた。エジプトはすでに一度、NPT準備委員会を途中退場している。他の非核兵器国も、少なくとも彼らの認識では核兵器国がNPTの義務を遂行していないのに、なぜ自分たちが遂行しなければならないのかと自問している。NPT脱退の脅しは、非核兵器国が行使できる切り札である。核武装国とその同盟国は核兵器を手放すつもりはないと非核兵器国が本当に信じるならば、NPTを脱退することによって彼らが失うものは多くない。差別的なNPT体制は捨て置かれ、より公平な体制の構築を一から始めればよいのだ。

それは望ましいことだろうか? もちろん違う。それによって拡散がさらに進む恐れがある。幸いにもこのシナリオは、まだ阻止することができる。いまやボールは、核武装9カ国(公式な核兵器国である5カ国と、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮)の側にあり、次の段階ではそれ以上に彼らの同盟国の手にある。彼らはTPNWに対して否定的であり続け、今後の80年間も数兆ドルを費やして核兵器の近代化を続けるのだろうか、あるいはこのシグナルを理解するのだろうか?

そもそも、核兵器を持たない同盟国は自由に決断を下せるはずである。彼らは、このまま核武装国の後ろに隠れ続けるのか、あるいはNPTのもとで非核兵器国として行動し始めるのだろうか? さらに悪いことに、核同盟国は核武装国の後ろに隠れるだけでなく、核武装国が彼らの後ろに隠れる手助けもしており、おそらくそれを自覚すらしていない。米国、英国、フランスは、核兵器保有と核ドクトリンを正当化するために、外部の脅威を指摘するだけでなく、核同盟国の要請も引き合いに出している。これは、ロシアによるクリミア侵攻よりずっと前から、すでに長年にわたって行われてきた。ヨーロッパの核同盟国がなければ、米国で多額の費用がかかる核爆弾B61近代化計画(爆弾400発で100億米ドル以上)を提唱する人々は、議論に勝つことができなかったかもしれない。日本とヨーロッパの核同盟国がなければ、オバマ政権はほぼ間違いなく、先行不使用または唯一目的論をとっくに採用していただろう。NATOの核兵器政策が現在のような現状維持政策であることについて、核同盟国は、NATOの核武装3カ国と少なくとも同じぐらい責任がある。

核同盟国の世論は核軍縮とTPNWに対して非常に好意的であること、NPTが本質的に脆弱であることを考えると、今こそギアを切り替えるべきである。筆者の母国であるベルギーでは、米国の戦術核兵器の撤退に賛成する人が明らかに過半数を占め、77%の人がTPNWへの署名に賛成している。したがって、核同盟国は、今後策定するNATO戦略概念において核兵器を非合法化するべきである。TPNWのもとでは、他国の領土内に核兵器を配備することは違法と見なされる。米国の戦術核兵器がヨーロッパの領土内に1日長くとどまるごとに、ベルギー、オランダ、ドイツなどの国におけるNATOの合法性はさらに崩壊する。その一方で、ポーランドやバルト諸国(そしてプーチン)は、NATOがこれらの国を「守る」ために核兵器を使用することはないとわかっている。信頼できる(核兵器によらない)抑止力によって、彼らを安心させるべきである。それが双方の利益となる。

また、戦術核兵器を撤退すれば、結果的にNATOが先行不使用政策を宣言しやすくなる。もしそうでないなら、戦術核兵器(そして、おそらくミサイル防衛)は、新STARTをめぐる米露間のフォローアップ交渉に含めるべきである。

理想的には、核同盟国もできる限り早くTPNWに署名するべきである。いずれも核同盟国の元首相、元外相、元防衛相ら56名と元NATO事務総長2名も、それを薦めている。中間段階において核同盟国が取り得るいくつかのステップを以下に挙げる。

ベルギー政府が2020年9月30日に宣言したように、また、スペイン議会の外交委員会が12月に決議したように、TPNWに対する言葉遣いと論調を、否定的なものから少なくとも中立的な、あるいはポジティブなトーンへと変える。核同盟国の間で「TPNWを支持する有志グループ」を結成する。2022年1月に開かれる第1回締約国会議にオブザーバーとして出席し、まだ何も約束する必要なくTPNW締約国と交流する。核実験被害者を支援する(TPNWで求める通り)ために財政的貢献を行う。2021年秋の国連総会におけるTPNWに関する決議で賛成票を投じるか、棄権する。

TPNWの発効とともに、国際社会は、核兵器の未来にかかわる岐路に立たされている。核同盟国ではない非核兵器国は、その役割を果たした。いまや、米国、英国、フランスに限らず核武装国に圧力をかけるのは、核同盟国の役目である。さもなければ、核兵器のない世界はまさしくユートピア的目標と化し、核兵器はさらに広がるだろう。そのようなシナリオのもとで残る唯一の希望は、核兵器が決して使用されないことである。ちょうどわれわれが、コロナによる世界的パンデミックが二度と起こらないことを希望するように。

トム・サウアーは、ベルギーのアントワープ大学で国際政治学部教授として、国際関係、安全保障、軍備管理に関する講座を担当している。過去には、ハーバード大学ジョン・F・ケネディ行政大学院で研究員を務めた。2019年ロータリー学友世界奉仕賞を受賞した。‘The Nuclear Ban Treaty: A Sign of Global Impatience’ (Survival, 60 (2), 2018, pp.61-72) の共著者(ポール・メイヤー/Paul Meyerと)であり、また、Nuclear Terrorism: Countering the Threat (Routledge, 2016) の共編者(ブレヒト・フォルダーズ/Brecht Voldersと)でもある。

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【ナイロビIDN=フランシス・キニュア】

新型コロナウィルス感染拡大の影響でケニアの学校が休校になってから9カ月、学校が再開され、新学期が始まった。1月4日の朝、カラフルな制服を着て大喜びで学校へと向かう子供たちの姿が街角にあった。

学校に復帰した子供たちは興奮を隠しきれない。新プンワニ小学校に通う、ケイトの12歳の娘・チャーレーンは、家にずっといるのは退屈だったと言い、「勉強や友達、先生が恋しかった。学校に戻れてうれしい。」と語った。

若者たちが人生の難題に立ち向かえるよう支援しているカムクンジ準郡の地域団体「カムクンジ地域エンパワメント・イニシアチブ」(KCEI)は、複数の学校を訪問し、学校当局が、衛生器具を準備し、清潔な水を提供し、施設に立ち入る際はマスク着用を義務化していることを確認した。

学校関係者が熱を測ったり手に除菌スプレーをかけたりする順番を校門の外に並んで待つ子供達のほとんどはマスクをしていたが、実際に危険なのは校門をくぐってからだった。

親たちの心配

Francis Kinyua

子供たちに付き添う親たちには、嬉しさと心配が同居していた。ケニアでは依然として感染が広がっており、親たちは子供の安全を心配している。

保護者のイリーンは、「親としては、子供たちが学校に戻ることになって嬉しい。でも、同時に怖い面もある。どの子がウィルスを持っているかからないし、先生や支援員がウィルスを持っているかもしれない。心配はあるけれど、子供たちが安全でいてくれればと願っている。」と語った。

「政府は子供たちを学校に戻せと言うけれど、見たところ、子供は安全とは言えない。」と保護者の一人サイーダ(30)は言う。70人の子供が一つの教室にすし詰めにされ、どういう風にソーシャル・ディスタンスが取られているのかを見たうえでの判断だ。「教室も増設されていないし、机も増えていない。」コロナ禍以前と同じく、教室ではひとつの机あたり3人の児童が肩を寄せ合って座っていた。

「学校は混みすぎています。子供を学校に戻すにあたって、それが一番の心配だ。親の方だって苦しい。本を買うお金はないし、バス代も出せない。マスクや衛生用品を買うお金もない。子供たちの学校での安全を保証できない。心配だけど、政府の指示通り、子供たちを学校にやるしかない。」

不登校

2020年、世界保健機関国際連合児童基金は、新型コロナウィルスの影響で学校が長期休校になっていることに懸念を示し、休校によって、より貧しい国々において、若者の妊娠が増え、栄養不良が加速し、学校からのドロップアウトが増えるかもしれないとしている。

今週、1500万人の児童が学校に戻るものとみられるが、KCEIは、プンワニのスラムでは数百人単位の子供が学校には戻らず、その多くが少女であると考えている。子供が学校に戻らない理由は現時点では明らかではないが、妊娠や結婚を理由に戻らないというのが一つのありうる理由だ。「学校は、女子生徒が学業に集中し結婚を避けるうえで、一つの安全地帯となっていた」とKCEIのメンバーであるキニュアは語った。「しかし、コロナ禍によってセイフティーネットが破れ、少女が児童結婚のリスクに晒されやすくなっている。」

世帯の収入が減り、倦怠感が支配的になる中、一部の生徒たちは、学校閉鎖中の家計を補うために、売春や麻薬、酒、街での物売り、クズ金属・プラスチック集め、物乞いに走っている。これは、学校再開の際の不登校の原因になりやすい。

SDGs Goal No. 4
SDGs Goal No. 4

コロナ禍やそれに伴う行動制限のために仕事がなくなり、企業が倒産していることに多くの人々が不満を抱いている。多くの親たちはKCEIに対して、授業料等の支払い、新しい制服や教科書、マスクなどの購入が難しいとして、子供たちを新たに学校に送り出すのに前向きになれないと語っている。「もう1年も働けず、家に閉じこもりっきり。学校に行く子供たちをどう支えたらいいものやら。」とカムクンジ中学校の保護者の一人ジェーンは語った。

「学校は、手洗い場だけではなく、適切な水や石けん、手の除菌剤を教師や生徒のために準備しなくてはならない。教室や机も足りず、『生徒の間に1メートルの間隔を保つ』というルールも守れなくなっている」と、プンワニ小学校の校長は語った。

KCEIは、全体として7割の生徒が今週学校に戻ったとみている。高い数字に見えるかもしれないが、学校の教職員たちは、年間を通じて、さまざまな社会経済的理由によって子供たちが学校に来られなくなるかもしれないと懸念している。

国連の持続可能な開発目標(SDGs)第4目標(すべての人に質の良い教育)を達成するには、社会経済的地位に関わりなくすべての子供たちが教育を受けられるようにしなくてはならない。この目標を現実にするためのすべての利害関係者による協力が必須だ。(原文へPDF

ドイツ語 | ヒンディー語 | タイ語

※著者のフランシス・キニュアは、「カムクンジ地域エンパワメント・イニシアチブ」のメンバー。

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国家主権の「責任」と核兵器禁止条約

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

(この記事は、2020年12月8日に戸田記念国際平和研究所が主催したウェビナーを元に、「原子力科学者会報」 (2021年1月22日)に初出掲載された論考を改訂および加筆した。)

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

1984年、ロナルド・レーガン大統領は、核の王様は服を着ていないと述べた。「われわれ2カ国[米国とソ連]が核兵器を保有することの唯一の価値は、それらが決して使われないようにすることだ。だとしたら、核兵器を完全に廃止したほうが良くはないだろうか?」と。まったくその通りである。核兵器禁止条約(TPNW)は、核兵器の倫理性、合法性、正当性における新たな規範となる解決点を提供することで、それを実現しようとしている。(原文へ 

TPNWは、ホンジュラスが50番目の批准国となってから90日後、そして国連総会で採択されてから3年半後の1月22日に発効した。50番目の批准により、核兵器の保有、使用、配備、実験などを全面的に禁止する法的拘束力を有する初めての条約の発効に向けたカウントダウンが始まる直前、AP通信は、米国が条約締約国に宛てて送った書簡のコピーを入手した。米国政府は、核不拡散条約(NPT)が世界的な核不拡散努力の基礎として有効に存続するうえでTPNWは「危険」であると表現し、署名国は「戦略的誤り」を犯していると述べ、批准を取り下げるよう署名国に要求した。

書簡には、NPT締約国がTPNWに加盟する「主権的権利」は尊重すると書かれていた。これに対する的確な返答は、加盟は主権国家の責任でもあるということだ。NPT第6条によれば、核軍縮は、5核兵器国(NWS:つまり中国、フランス、ロシア、英国、米国)だけではなくすべての締約国の責任であり、「各締約国は、核軍備競争の早期の停止および核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、誠実に交渉を行うことを約束する」とあるのだ。国際司法裁判所は1996年7月8日に、裁判官全員一致で出した有名な勧告的意見において、第6条に基づく核軍縮義務の性質を、交渉を追求する約束から、かかる交渉を“誠実に追求し、完結させる”義務へと強化した。

NPTが1970年に発効して以来50年間にわたって運用される中で、NWSは事実上、第6条を再定義に持ち込んだ。NPTのもとで1基の核弾頭も廃棄されず、1回の多国間核軍縮交渉も開催されていない。第6条が実行されないだけでなく、本来NPTを構成する取り引きも骨抜きにされてしまっている。五つの核兵器国は、彼らの核兵器保有と配備はNPTによって認められていると主張していたのが、いつのまにか、核兵器を永遠に保有する権利がNPTによって与えられており、その独占的地位が無期限に正当化されていると主張するようになっている。この「偉そうな核兵器国」症候群を如実に示す事例は、トランプ政権で軍備管理担当のトップの座に就くクリス・フォードが2020年2月11日にロンドンで行ったスピーチである。彼は、軍備管理に取り組む人々を、美徳をちらつかせる現実を知らない人々だと見下した。

このような現状を踏まえるなら、責任ある主権国家としてNPT締約国は何をするべきだろうか? 一つの選択肢は、トム・ドイル、そしてジョリーン・プレトリウスとトム・サウアーも主張するように、NPTから脱退することである。そうすれば、間違いなくNPTは息絶えるだろう。しかし、誠意ある非核兵器国は、NPT第6条の核軍縮のアジェンダを遂行するために、補足的かつ補強的な条約という手段で、最後の戦いに挑むことを選んだ。戸田記念国際平和研究所の政策提言(Policy Brief No.104 The Humanitarian Initiative and the TPNW, Alexander Kmentt)において、アレクサンダー・クメントは、これに関連する二つの問いを投げかけている。核抑止論には、本質的につきまとう避けることのできないリスクが内在しているにも関わらず、なぜそれらを「責任ある政策と見なせるのだろうか? むしろ、核武装国が明らかに悪循環に陥っているとしたら……非核兵器国の“責任”とは何だろうか?」と。

核兵器禁止条約を支持する意見を、NPT締約国による主権国家としての責任の表れと理解するためには、2005年の世界サミット(国連首脳会合)において全会一致で採択された「保護する責任」(R2P=Responsibility to Protect)の原則を踏まえ、国家主権を責任として再概念化することに目を向ければよいだろう。この世界サミットは、世界の首脳が集まる過去最大の会合であった。R2Pが策定され、「人道的介入」に代わる新たな規範として採択された。NATO首脳が1999年のコソボ戦争を正当化するために主張した「人道的介入」は、非西側社会において、例えば非同盟運動によって、広く批判されていた。

もちろんR2Pという概念自体、国連が承認してNATOが主導した2011年のリビア介入以来、大いに論争の的となってきた。しかし、国連コミュニティーにおける論争は、実施の方法とその説明責任に限定されている。この原則そのものは、規範的基盤として国家主権を責任として再概念化することも含め、ほぼ普遍的に受け入れられている。旧来の人道的介入とR2Pの主な違いのいくつかは、NPTとTPNWの違いにも関係している。

第1に、通常、規範や法律は許容的機能(「許可」)と制約的機能(「拘束」)を持っている。人道的介入の場合、主要国は、この規範の権限付与的特性として、人道上の残虐行為を行っているとされる他国の主権領域内に介入する権利を主張した。しかし、誰が介入を決定するか、使用できる軍事力の範囲や種類、介入期間、介入国として行ってもよいことと行うべきではないこと等の、権限に相応する義務または制約は引き受けなかった。それに対しR2Pは、人間の保護を目的とするいかなる国際介入にも安全保障理事会の承認が必要であるとし、すべての国に対してこの新たな規範的枠組みを課している。

NPTについても5核兵器国は同様に、国連安全保障理事会の常任理事国(P5)として、他のすべての非核兵器国に対して核不拡散の義務を守らせる権利を主張してきた。1998年にはNPTに署名していないインドとパキスタンにもこれを強要し、制裁を課した。両国が核実験を行って、核拡散に反対する国際規範に違反したからだという。その一方で核兵器国は、自国の核軍縮を開始して完了するという、第6条に基づく拘束力のある義務を断固として拒否している。TPNWはNPTの先を行っており、すべての締約国に対する法的拘束力のある要件として、武装解除し、あらゆる核兵器関連活動を停止することを課している。

第2に、人道的介入は、介入国とその武力行使の対象となった国の関係を再定義しようとするものだった。そのような一方的な介入を行う権利があると主張しつつ、介入国は、国連が国際社会の代表として彼らの活動を統制する役割を果たすことについては、激しく拒絶した。それとはまったく対照的に、R2Pは、かたや個々の国家と、かたや国際社会の代理であり拠点でもある国連の関係を再定義した。しかし、R2Pは、国家同士の関係には直接手を付けないままだった。そのため、人道的介入は国家主権の侵害であるのに対し、R2Pは、国家主権の原則を侵害することなく主権の機能の執行を一時的に停止するものとなっている。

これは、主権を責任として再定義することで正当化される。それにより、国家主権の特権を構成する不可分の要素として、その領土管轄権内に住むすべての人々を、生命を脅かす危険から保護する義務が生じる。他のすべての国は、あらゆる脆弱な国家を支援し、彼らが“保護する責任”を遂行する能力と意思を形成できるようにする責務がある。その国が保護する責任を果たすことができない、またはその意思がないことが明らかで、残虐行為が大規模に行われている場合、あるいは国家自身が大規模な残虐行為を犯している場合は、残虐行為を被っている、またはそのリスクが非常に大きい国民を保護する責任は、国際社会へと移行する。その場合、国際社会は、国連安全保障理事会を通して断固とした措置を適時に講じることが求められる。

この点でも、TPNWは非常によく類似している。すべての締約国が核軍縮を推進する法的義務を有し、すべての国家がその道義的責任を有している。NPTの運用開始から50年が経ち、核兵器国が核軍縮の責任を果たしていないことは明らかである。核軍縮は彼らの間でのみ交渉するべき問題であり、他の国々はこれに関して発言も投票もする権利がないという核兵器国の主張は、主要国が一方的介入を行う権利を主張し、国連の調整的役割を認めないことと似ている。また、核戦争が起これば、想像もできないほど大規模な残虐行為となる。そのような壊滅的な出来事の人道的影響に対処する能力は、個々の国にも、集合的な国際体制にもない。

したがって、国連を通して行動する国際社会が、すべての人の生命と生活を守る責任の一環として、核兵器とそれに関連する活動を禁止する新たな条約を採択するのも当然のことといえる。TPNWへとつながった人道的影響をめぐるイニシアティブの表現を借りれば、核兵器が二度と使用されないことが人類の存続そのものの利益であり、使用されないことを保証する唯一のものは誰もそれを保有しないことである。もちろん、核兵器禁止条約は、核兵器を保有する9カ国すべてと、その核の傘に守られた同盟国を含む非締約国に法的義務を負わせることはできない。しかし、この条約は、核兵器に関する人道法、規範、実践、言説を取り巻く状況を再構築するものとなるだろう。

TPNWにはもう一つ、意図されなかった、しかし重要な結果をもたらす可能性がある。常任理事国P5が支配する安全保障理事会は、世界秩序の地政学的な操縦室であるが、国連総会は、すべての加盟国が参加するがゆえに規範的な重心といえる。現実には、規範や標準を決定する責任を総会が担い、執行する役割を安全保障理事会が担うということである。しかし、国際社会が核兵器保有に(禁止の)烙印を押すことに成功した今、5常任理事国は、どうやって核問題に関する執行機関として機能し続けることができるのだろうか?安全保障理事会に代わって合法的かつ正当にこの機能を果たせる機関はほかにないため、国際平和と安全保障に対する核兵器の脅威に関して、何がこの執行とのギャップを埋めることができるのだろうか?

ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、オーストラリア国際問題研究所研究員。R2Pに関わる委員会のメンバーを務め、他の2名と共に委員会の報告書を執筆した。近著に「Reviewing the Responsibility to Protect: Origins, Implementation and Controversies」(ルートレッジ社、2019年)がある。

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アフリカメディアに伝統的なステレオタイプ打破を促すイニシアチブ

【モスクワIDN=ケスター・ケン・クロメガー】

アフリカのメディアを対象にした調査、支援、アドボカシー活動を通じて、伝統的なステレオタイプ(貧困、病気、紛争、脆弱なリーダーシップ、腐敗)の枠に嵌められいるアフリカのイメージ打破を目指す新たなイニシアチブ「Africa No Filter」について、モキ・マクラ事務局長にインタビューした記事。ANFによると、アフリカ大陸で配信されている報道の約3分の1が依然として域外のニュースソース(情報源)によるものである。(原文へFBポスト

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【ウィーンIDN=トーマス・ハイノツィ】

核兵器禁止(核禁)条約は、1月22日の発効をもって、ますます増加する加盟国(現在は51カ国)を拘束する国際法となる。さらには、加盟する意思のない国に対しても効果を及ぼす。

核兵器国自体が、この条約に反対するという行為によって、条約の効果を証明してしまっている。核禁条約に署名・批准しないように他国に圧力をかけるのでなく、条約を単に無視することもできたはずだからだ。

核禁条約は、核不拡散条約(NPT)第6条における核軍縮義務を遵守しようとの意思が核保有国側に欠けていることを白日の下に晒した。NPTが50年前に発効して以来、核兵器国は軍縮を怠ってきただけではなく、軍縮の計画を練り始めることすらしてこなかった。

Ambassador Thomas Hajnoczi/ Photo by Katsuhiro Asagiri

それどころか、これらの国々が行ってきたことは、核戦力近代化のために数兆ドルを投資し、より洗練された次世代型の核兵器を開発し、その使用のハードルを下げることであった。

米国は、長年にわたって、自分たちは核兵器なき世界を目指しており、そのような世界の実現には法的拘束力のある禁止規範が必要だとの見方を国連で示してきた。であるならば、核禁条約の趣旨そのものが問題なのではなく、核兵器国の意向を待たずに多数の国家がこの条約を実現させてしまったことが問題なのだろう。

核兵器国は条約交渉に招かれたが、ボイコットすることを選んだ。核の傘の下にある国々に対して、交渉に加わらないよう圧力をかけることさえした。そうすることによって核兵器国は、「核軍縮を誠実に追求し、核軍縮につながる協議を妥結させること」を義務付けたNPT第6条に違反したということもできよう。

核兵器国は、核兵器がほぼなくなって初めて禁止規範を生み出すことができると主張して、協議に参加しなかった。こうした態度は、他の種類の大量破壊兵器を禁止した歴史とは、きわだった対照を成している。もしこうした考え方が支配的だったとしたら、化学兵器の禁止は成しえなかっただろう。なぜなら、化学兵器の廃棄はいまだに終了していないからだ。

化学兵器の禁止規範が存在しなかったならば、シリアなどによる近年の化学兵器使用は国際法違反とみなされなかったであろう。この事例は、通常兵器に関する他の事例とあいまって、ある種類の兵器の禁止がその廃棄に常に先行しているのはなぜかをよく説明してくれる。

核禁条約に反対する運動は、同条約ができても核弾頭は一発も減らないという主張を中心としている。しかしその批判は核兵器国自身に跳ね返ってくる。なぜなら、どの条約も、どの非核兵器国も、廃棄する核兵器など持たないからだ。核兵器国が核を廃棄しない限り、人類へのリスクは永続する。

核禁条約はその意味において、核兵器保有国がひとたび条約に加わった際にどのように核を廃棄しどう検証するかについての細かい手続きを将来的な規制にゆだねる、焦点を絞った禁止条約だといえる。交渉に与えられた任務に明らかなように、核禁条約は核兵器の完全廃絶へと導くべく作られたものであり、さらなる法的、実践的措置を作り出す不可欠の基盤となるものだ。

核禁条約が強調したことは、核兵器は人間の価値と国際法に根本から反するということだ。広島・長崎への原爆投下以来、過剰な苦しみを引き起こし数多くの民間人を殺戮する核兵器の使用は、国際人道法に違反していると正しくも論じられてきた。核兵器は違法であるという事実が明白にされることが望まれており、それがついに核禁条約で打ち立てられた形だ。

Photo: Hiroshima Ruins, October 5, 1945. Photo by Shigeo Hayashi.
Photo: Hiroshima Ruins, October 5, 1945. Photo by Shigeo Hayashi.

実際、核兵器が人間に及ぼす壊滅的な帰結と、それがもたらす受け入れがたいリスクは、核禁条約の採択につながったプロセスをもたらした主たる動機であった。たとえ限定的な核兵器による交戦でも、「核の冬」のような世界的な影響をもたらすだろう。

誤解や過失、あるいは技術的な障害が原因で核兵器の爆発する寸前までいった事例が数多く報告されている。核兵器が人間にもたらす被害に対して、人道危機の対応能力は存在しないし、そうしたものを生み出すこともできない。その意味で、そうした惨事を引き起こさないための唯一の保証は、核兵器の禁止とその完全廃絶である。

核禁条約は、冷戦期の二極対立の時代からつづく核抑止という概念が、事実によって疑問に付されるようになった時代において、まさにこの概念の合法性を否定した。多極的でデジタル化された世界において核抑止が効果的であり得ようか。 核システムのハッキングが起き、超音速兵器がその速度と非弾道的な飛行経路を活かして報復の心配なく第一撃を与えることができるかもしれない時代なのだ。

加えて、核抑止概念の信頼性を維持するには、核兵器を使用し、したがって、自らの国民を含めた数百万人の人々を殺戮する準備ができていなければならない、ということを意味する。ドナルド・レーガン大統領は、核兵器が決して使われることのないようにする手段としての核抑止について、かつてこう語った。「しかし、核兵器を完全になくしてしまった方がよくないか。」と。

核兵器の禁止とは、核兵器に依存した安全保障政策を各国が構築してはならないということを意味する。これは、核兵器国だけではなくて、他国の核兵器に自らの安全保障を依存する選択をしている国々に関してもいえることだ。核禁条約は、核兵器廃絶への努力を謳いながら、同時に自らの「保護」のために核の存在を継続的に求めている、いわゆる「核の傘」依存国の矛盾を明らかにした。

ほとんどの「核の傘」依存国において核禁条約への参加を世論の多数が主張しているように、このダイナミズムは、核軍縮に関する重大な議論につながり、軍縮に関する立場の変更へと導くかもしれない。核禁条約のもう一つの効果は、核兵器産業に関与する企業からの投資引き上げの流れができつつあることだ。大規模な公的ファンドがこうした路線をとっているだけではなく、銀行の投資ファンドもますますこの範に倣うようになってきている。

核禁条約の発効は、新型コロナウィルス感染症のパンデミック(世界的大流行)と時期を同じくすることになった。コロナ禍は、核兵器によって勝ち取ることが不可能な、世界・国家・個人の各レベルの安全への脅威となっている。気候変動に始まる現代の主要な難題の多くは、核兵器は言うに及ばず、兵器で対応できるようなものではない。逆に、核兵器の維持と近代化計画は、こうした安全への圧倒的脅威に対処するために必要とされている資金を吸い上げている。

Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en
Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en

安全保障に関するこのより広い概念が核禁条約の基礎を築いた。国家安全保障と人道的安全保障が意味するところは同じである。すなわち、ある国に住んでいる人々の安全という意味だ。自国が核兵器を使用したならば、民衆は恐ろしい形で被害に遭い、彼らの生存は危機に晒されることになる。第一に、攻撃された国からの予想される核での反撃によって、第二に、人類全体もそうであるように、核戦争が世界的に人間にもたらす帰結によって、である。これはもはや安全保障ではない。

核兵器が世界的にもたらす影響は、全ての国が利害関係や発言権を持つ問題という性格を核軍縮に持たせてきた。核禁条約は、すべての国家を平等のレベルで扱った点において、この事実を反映した初の核軍縮条約となった。

核禁条約は、別の面においても、「ニュー・ノーマル」となる新たな基準を設定した。市民社会は、核禁条約を成立させる上で決定的な役割を果たした。科学者が発見した知見のもたらしたインパクトが交渉に影響を与えた。NGOや国際赤十字委員会はプロセス全体を通じて大きな貢献を成し、その事実は、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)へのノーベル平和賞授与という形で現れた。

ICAN
ICAN

これまでにも、サイバー問題や環境問題など、複数の利害関係者を巻き込むアプローチが確立してきたが、今や対人地雷やクラスター弾問題に関しても当たり前のアプローチになっている。核禁条約によって、このアプローチは核軍縮分野にも到達した。安全保障の問題はもはや、軍や外交官の専権事項ではなくなった。

最後に、核禁条約は正しくも、1945年の原爆投下の被害者であるヒバクシャの容認しがたい苦しみに言及している。条約には、被害者支援と環境回復に関する義務も盛り込まれている。交渉時には、核兵器が現実に人間に及ぼす影響が、条約推進の強い動機となっていた。そうしたことから、核禁条約は、個人の運命の問題を中心に据えることに成功した。将来の軍縮諸条約はこの例に倣わねばなるまい。(文へ) 

※著者のトーマス・ハイノツィ大使(退任)はウィーン大学で1977年に法学博士号を取得し、90年代には既にオーストリア連邦政府欧州国際関係省軍縮・軍備管理・不拡散局長の要職にあった。大使のキャリアは長いが、とりわけ、国連副大使(ニューヨーク駐在)、駐ノルウェー大使、外務省安全保障局長、駐欧州評議会大使(ストラスブルク駐在)、国連欧州本部大使などを歴任。対人地雷禁止条約や核兵器禁止条約など複数の人道的軍縮プロセスに密接に関わる。

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ソーシャルメディアと「#ENDSARS」を駆使し、ナイジェリアの階層主義的長老支配の解体を目指す

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=メディナト・アブドゥラジーズ・マレファキス】

2020年10月3日、ナイジェリア警察の特別強盗対策部隊(SARS)が被害者を攻撃する映像がソーシャルメディアで拡散し始めた。映像には、射殺された若い男性とレクサスのSUVで走り去るSARS隊員たちが映っていた。この事件は、人々の激しい怒りに火をつけた。ハッシュタグ#ENDSARSは最初の週末には約2800万件のツイートを集め、Twitterトレンドで世界1位となった。2020年10月8日から若者たちが街に出て抗議活動を行い、SARSの廃止を平和的に訴えた。(原文へ 

2017年以降毎年、SARSによる特におぞましい襲撃事件が起こるたびに、Twitterのハッシュタグ#ENDSARSのもとで、部隊の廃止を求めるオンライン上の運動が行われてきた。ナイジェリア政府と警察部隊は、これらの声をあるときは無視し、またあるときは部隊の改革を主張したが、SARS隊員による人権侵害事件は続いてきた。

しかし、今回の抗議のうねりは何もかもが違っていた。2017年以降初めて、#ENDSARSはオンライン上の運動から大規模なオフラインの抗議活動へと発展したのである。著名人たちが平和的デモ行進を街で行うよう呼び掛けたのを受け、10月8日ラゴスで始まったデモは、ナイジェリア南部と東部の他の街にも広がった。その中にはナイジェリア連邦の首都アブジャも含まれていた。

 SARSは、強盗などの凶悪犯罪やサイバー犯罪に対処するため、1992年にナイジェリア警察内に設立された部隊である。しかし、部隊は次第に恐怖の法執行部隊となっていった。アムネスティ・インターナショナルは、2017年1月から2020年5月までの間に、少なくとも82件のSARSによる拷問、虐待、裁判を行わない処刑があったという報告書を発表した。

SARSは15~35歳の若年層をターゲットにし、彼らの服装、運転している車、使っている携帯電話、性的志向、さらには職種に基づいて捜査対象を決めていた。iPhone、高級車、破れたジーンズ、ピアス、ドレッドヘア、あるはタトゥーのある若者は、SARS隊員に制止させられた。若者がその年齢でそのような贅沢品を持っているはずはない、したがってインターネットの詐欺師か武装した強盗のどちらかだと決めつけるのである。正式に逮捕することも具体的な罪名を示すこともなく、SARS隊員たちは無差別に電話を捜査し、“逮捕者”の銀行からのテキストメッセージを調べて口座残高を確認するなどの行為を行っている。彼らは、被害者に銃を突き付けてATMまで連れて行き、持ち金すべてを引き出させてゆすり取ることで知られていた。また、SARS隊員たちは人々を無差別に逮捕、拷問、拘束、殺害し、被害者の自動車、電話、ノートパソコン、カメラを持ち去っていた。

#ENDSARS運動を主導するのは、怒りの矛先を真っ先にSARSに向ける若年層の人々である。しかし、より一般的なレベルでは、警察の残虐行為を終わらせることにとどまらない多くの要求があり、それらを通してナイジェリアの若者たちはこの国の階層主義的な長老支配を解体しようとしている。#ENDSARSの抗議活動におけるこのような最近のうねりは、ナイジェリアにおける若者と年長者の間のアイデンティティー紛争へと変質を遂げた。

若者たちは街頭デモを通して、不満と憤怒をナイジェリア社会の階層主義的な「ステータス・クオ(現状)」にぶつけた。年長者はコミュニティーの問題に関する知恵と知識があるため高く評価されるべきであるという、「権威主義的なにおい」を漂わせる社会の現状である。ナイジェリアの人口約2億人のうち、約1億3500万人は30歳未満である。SARSへの抗議運動が進展するにつれ、多くの若者たちが、ナイジェリアの社会問題の真の元凶は年長者世代である、なぜなら、彼らは臆病にも国家指導者たちに立ち向かうことなく、いつまでも祈って問題を解決しようとしてきたからだと、意見を口にするようになった。一方、年長者と政治エリート層は、若者たちを経験不足でいつも結論を急ぎ、インターネットばかり見て、スマートフォン中毒になっている世代と考えている。だからこそ彼らは、制度的に若年世代が政治参加できないようにしているのである。若者は、未熟であり政治的役職にふさわしくないと見なされている。

その若者たちがいわゆるインターネット中毒を駆使して正義を求めた時、彼らの要求は、高圧的な態度、暴力、侮蔑をもって迎えられた。ナイジェリア政府や政界の役職者に代表される年長者およびエリート層は、長老支配と払われることが当然の敬意という長年の伝統に則ってこの要求に対応したのである。最初は、この抗議運動を若年世代のいつもの騒ぎとして無視した。次に、SARSに代わる新たな警察部隊(特殊武装戦術部隊―SWAT)の設置を発表するなど、いつもの口先だけの改革を示し、いかにも丁寧そうな姿勢を示した。抗議者たちは使い古された策略に引っ掛からなかったため、次に待っていたのは暴力的な弾圧だった。2020年10月20日、抗議のデモが始まって12日目に政府は軍を出動させ、平和的抗議者への発砲を命じ、ラゴスで約12人の抗議者を殺害した(これは公式な数字に過ぎない)。

ナイジェリアにおけるSARSへの抗議活動は、既存の規範に異議を唱え、社会変革を求める手段として、ソーシャルメディアをいかに活用することができるかを示している。デジタル技術を活用することによって運動のリズムが変わり、毎年繰り返されるオンライン上の無駄話だったものが、ナイジェリアの長年の歴史の中で最も効率的かつ心をつかむ、若者主導の運動へと変貌を遂げたのである。運動の分散的な構造には、明確なリーダーシップは見られなかった。レッキにある料金徴収所といった、若者たちが集まる具体的な場所を計画するために、日々Twitterが利用された。ソーシャルメディアは、ラゴスの抗議活動の映像や進捗報告を共有するためにも利用された。その後に、ナイジェリア南部の他の地域にも抗議活動が広まった。ソーシャルメディアは、世界の著名人、政治家、外交官、メディア企業、その他の人々の注目を集めるためにも利用された。それはナイジェリア政府の面目を失わせ、抗議者やその要求に反応して注意を向けざるをえなくさせた。また、一時期、ナイジェリア国内の主流メディアは抗議活動を報道していなかったため、ソーシャルメディアは抗議運動に関する数少ない情報源の一つとなった。

デジタル技術も抗議活動への資金提供に重要な役割を果たした。現地のテクノロジースタートアップは、ほとんどが若者によって所有・経営されており、クラウドファンディングや寄付へのリンクによって運動を支援した。その結果、運動のために38万米ドルを超える資金が集まった。

ENDSARS運動を前にしても、政府の姿勢は変わらなかった。例えばブハリ大統領は、ラゴスでの虐殺を認めることを拒否した。なぜなら、抗議活動は(体制においても、効果においても)年長者とエリートを敬うというナイジェリアの文化を打ち砕いたからである。若者が正義を求め年長者やエリートの行為に疑問を呈することは予期されていなかったため、ENDSARSは年齢に基づくヒエラルキーという伝統的秩序に楯突き、それを容認しない権力に逆らう運動となった。

#ENDSARS運動のこのようなうねりは悲劇的な結末を迎えたが、ナイジェリアの若者たちは、ソーシャルメディアが社会運動を組織するための決定的な力になり得ること、そして年長者がいつも最善の解決をもたらすわけではないことに気付いた。若者たちはいまや、「老人が座ったまま見られるものを、子どもは屋根に上っても見ることができない」ということわざに対する答えを持っている。若者たちは、“ドローン”を使ってそれを見ようと決意したのだ!これは覚醒であり、将来、真の改革を模索するために必ずや生かすことができるだろう。

メディナト・アブドゥラジーズ・マレファキス博士は、ACAPSの情報アナリストである。マレファキス博士は、テロリズムと人道的避難民に関する研究を専攻し、チューリッヒ大学とナイジェリア防衛大学で国際関係学の博士号を取得した。マレファキス博士の研究上の関心は、テロリズム、暴力的過激主義、宗教的原理主義、人道的避難民(難民および国内避難民)、社会的および暴力的紛争、紛争後の再定住、社会復帰、再統合である。

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