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世界が核兵器の淵から動くにはまだ時間がかかる

【ベルリンIDN=アール・ジェイ・ペルシウス】

米国のジョー・バイデン大統領とロシアのウラジミール・プーチン大統領は、6月16日にジュネーブで開いたサミットで、「核兵器に勝者はなく、戦われてはならない」とするロナルド・レーガン大統領とソ連の指導者ミハイル・ゴルバチョフが1985年に合意した原則を再確認した。両大統領はまた、「将来的な軍備管理とリスク軽減措置に向けた下準備をするため」の強力な「戦略的安定」対話を行うことを決めた。

しかし、2017年のノーベル賞受賞団体「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)が指摘するように、「ジュネーブサミットの結果は、現在の核のリスクの重大さを反映したものになっていない。」プーチン、バイデン両大統領は「核兵器禁止条約や世界の世論に従って自国の「核戦力を削減する公約を何ら行っていない」とICANは述べた。

ロシア(保有数6255発)と米国(5500発)は世界全体の9割の核兵器を保有しており、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、1945年8月に広島に投下された核兵器よりもはるかに強力な核兵器が世界には約1万4000発も存在するという。他の核兵器国は、英国・フランス・中国・インド・パキスタン・イスラエル・北朝鮮である。その他31カ国が、核兵器の存在を是認している。

「軍備管理協会」のダリル・G・キンボール事務局長は、ジュネーブサミットのコミュニケは、「内容が穏健で遅きに失したものではあるが、現状は危険であり持続不可能であるとの明確な認識を示したものだ」との見解を示した。それは、世界を核の破滅の淵から救う軌道修正をするチャンスを提示している。

6月16日の会合に続いて発表された戦略的安定に関する共同声明で、米大統領とロシアのプーチン大統領はさらに、「戦略的安定対話は、『総合的に』『よく考えられた』『強固なもの』になるだろう。」と述べた。しかし、それぞれの当事者がどの程度歩み寄るかは不透明だ。米ロ両国は来たる戦略的安定対話に異なった思惑を込めている模様だ。

バイデン大統領は、この対話は「反応時間を短くし、偶発的戦争の可能性を高める危険で先進的な新型兵器が現れてきており、その規制につながるようなメカニズムについて話し合うもの。」だと述べたが、どの特定の兵器を念頭に置いているのかについては触れなかった。

両大統領は、対話の日程や場所はまだ決まっていないが、米国務省と、ロシア外務省によって間もなく決定されることになる。

軍備管理協会のキングストン・ライフ氏、シャノン・ブゴス氏、ホリス・ラマー氏は、6月22日の「カーネギー国際核政策会議」におけるロシアのセルゲイ・リャブコフ副外相の発言に注意を促している。同氏は、ロシア政府は米国に対して「第一歩として、互いの安全保障上の懸念について共同で検討すること」を提案した、と発言している。

次のステップは「この懸念に対処する方法を検討すること」であり、「結果として、実際的な協定や取決めにつながる交渉への関与を促す」ような合意された枠組みが目標になるという。

重要なことは、ジュネーブサミットの共同声明が、10年に及ぶ停滞の末に核軍備管理の分野で進展をもたらす長いプロセスの第一歩を記したということだ。世界最大の核大国間の最後の軍備管理協定があと5年で失効するだけに、なおさらだ。

前回の戦略的安定対話はトランプ政権下の2020年8月に行われており、新戦略兵器削減条約(新START)の失効が翌年2月に迫っていた。しかし、条約失効2日前に、バイデンとプーチン両大統領は、新STARTを2026年まで延長することを決めたのであった。

2020年6月の戦略的安定対話においては、米ロ両国が3つの作業部会を立ち上げることを決め、同年7月に会合が持たれた。米政府筋は当時、作業部会のテーマは、核弾頭・ドクトリン、検証、宇宙システムの3つであるとしていた。

それ以降、これらの作業部会が活動してきたかどうかははっきりしない。

軍備管理の専門家は、戦略的安定対話は、新STARTの後継となる軍備管理協定に関する協議とは別物であるとしつつも、そうした正式な後続協議の基礎を築くことにはなるかもしれない、としている。

米政府で新STARTの交渉責任者であったローズ・ゴットモーラー氏は、6月14日の『Politico』紙への寄稿で、戦略的安定対話の目標は「条約よりも、むしろ充実した議論でなくてはならない。もちろん、のちには、相互理解と信頼、予測可能性を築くための何らかの措置に両者が合意するかもしれないが。」と述べている。

Official portrait of United States Assistant Secretary of State for Verification, Compliance, and Implementation Rose Gottemoeller./ Public Domain

新STARTに替わる今後の協議に関してゴットモーラー氏は、米ロ首脳に対して「新条約が何を対象とし、いつまでに協議を終わらせるかについて、明確かつ簡潔な指針を示すべきだ。」と促した。

「軍備管理協会」は、バイデン政権は「両国が直面している極めて複雑な一連の核戦力問題」について議論することを目指しているとする、ジェイク・サリバン国家安全保障問題顧問の6月10日の発言に注目している。その問題とは例えば、新STARTの後継条約はどうなるのか、中距離核戦力(INF)全廃条約がもはや存在しないという事実をどう考えるか、ロシアの新核兵器システムに関する我々の懸念にどう対処するか、といったことである。

1987年に署名されたINF全廃条約によって、米ソが保有する射程500~5500キロの核搭載及び通常型の地上発射及び巡航ミサイルが2692基廃棄された。

米国政府は、ロシアの非戦略核兵器の問題に対処し、中国を軍備管理プロセスに巻き込みたいとの意向を表明している。サリバン氏は「宇宙やサイバーといった領域において戦略的安定対話に新しい要素が持ち込まれるかどうかは、今後の成り行きによって決まってくるだろう。」と述べている。

On November 25, 2019, Prime Minister Abe welcomes the State Councillor and Foreign Minister of the People’s Republic of China Wang Yi at the Prime Minister’s Office./ By 首相官邸ホームページ, CC BY 4.0

ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は6月9日、「戦略的安定に影響を与えるどんな問題でも対話の対象となる」と述べた。例えば、「核兵器、非核兵器、攻撃的兵器、防御的兵器」がそこには含まれるという。加えて、ロシアは、中国だけではなくフランスや英国も協議に含めるよう提案しているという。

リャブコフ副外相は6月22日の「カーネギー国際核政策会議」で、「両者は、必要とあらば、異なったステータスの相互に関連した取決め或いは協定を採択することを決定するかもしれない。さらに、他の主体が参加する余地を残すための要素を検討することも可能かもしれない。」と語った。

中国の趙立堅外交部報道官は、ジュネーブサミット翌日の17日、「中国は、戦略的安定に関する二国間対話における関与に関して米ロ間で成された合意を歓迎する」と述べた。

趙報道官は「中国は常に核軍備管理における国際的な取り組みを積極的に支持してきた。また、5つの核兵器国の協力メカニズムやジュネーブ軍縮会議、国連総会第一委員会といった枠組みの中で、関連する主体とともに、戦略的安定に影響のある幅広い問題について議論を継続していきたいと考えている」と約束した。

さらに趙報道官は「相互の尊重をもって、平等な立場であるのならば、関連する主体と二国間対話をもつ用意は我々の側にはある」と述べた。この数日前、中国の王毅外相は5核兵器国に対して、「核戦争に勝者はおらず、戦われてはならない」とするレーガン=ゴルバチョフの原則を再確認するよう訴えていた。(原文へ

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「歴史は勝者によって記され、この(=広島への原爆投下)ような悲惨で残酷な大量虐殺の行為でさえも歴史の中で正当化されます。…市民を大量無差別に殺傷し、しかも、今日に至るまで放射線障害による苦痛を人間に与え続ける核兵器の使用が国際法に違反することは明らかであります。」1995年国際司法裁判所における平岡敬広島市長の陳述より。

【オークランドIDN=ジャクリーン・カバッソ】

 2021年7月8日は、国際司法裁判所が刻兵器の法的位置づけに関して勧告的意見を出してから25周年にあたる。

国際司法裁判所では「徹底的かつ効果的な国際管理の下、全面的な核軍縮へと導く交渉を締結させることを誠実に追及する義務が存在する」という点で全ての裁判官が一致同意した。

同裁判所はまた、核兵器の使用と威嚇は、民間人や自然環境に無差別かつ不相応な被害をもたらすことを禁じた国際法に「一般的に」違反するという判断を下した。しかし、核兵器が国際法の下で審議されたのはこの時が初めてではない。

Photo: Wide view of the General Assembly Hall. UN Photo/Manuel Elias
Photo: Wide view of the General Assembly Hall. UN Photo/Manuel Elias

国連総会は1946年1月24日に全会一致で採択した第一号決議で、国連原子力委員会の設置と、核兵器および大量破壊が可能なすべての兵器の廃絶を目指す事を定めた。

1961年に米国・英国・フランス・中国が反対したものの、ソ連を含む国連総会加盟国の3分の2が採択した「核兵器使用禁止宣言」は、核兵器の使用は「戦争の枠さえ超えて人類と文明に無差別な苦しみと破壊をもたらすものであり、国際法とりわけ人道法に違反すると宣言している。」

1970年に発効した核不拡散条約(NPT)には、「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき…誠実に交渉を行うことを約束する。」と明記した条項があり、5つの核兵器国(米国、英国、ロシア、フランス、中国)に軍縮義務を課している。

NPTの軍縮義務は、同条約の無期限延長が決められた1995年の再検討・延長会議、1996年の国際司法裁判所の勧告的意見、そして2000年及び2010年のNPT再検討会議における合意を通じて、繰り返し確認・強化されてきた。

1984年、国連人権委員会は、「核兵器の設計、実験、製造、保有及び配備が、生命に対する権利にとって、今日人類の直面する最大の脅威であることは明白である。」と決議した。生命に対する権利は、中国(署名したが批准していない)を除いて核兵器国9カ国が加盟している市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)に明記されている。

2018年、国連の人権委員会はこの問題を再び取り上げ、「大量破壊兵器、特に核兵器による威嚇または使用は、その効果が無差別的であり、壊滅的な規模で人間の生命を破壊する性質のものであり、生命の権利の尊重とは相容れず、国際法の下で犯罪に該当する。」と宣言した。

同委員会は国際司法裁判所の勧告的意見を引用して、ICCPRの全ての加盟国は「徹底的かつ効果的な国際管理の下、全面的な核軍縮へと導く交渉を締結させることを誠実に追及する義務が存在することを尊重しなければならない。」との判断を下した。

最近幅広く称賛されたもう一つの進展は2017年に国連総会で採択された核兵器禁止(核禁)条約である。この条約は2021年1月22日に発効した。核禁条約は締約国に対して核兵器の開発、取得、保有、使用及び使用の威嚇を禁じている。この条約は、核兵器の使用や使用の威嚇を違法とする従来の規範を全ての国にあてはめ強化するとともに、NPTや各地域における非核兵器地帯条約で明記されている核兵器の開発と所有も禁止するもう一つの法的規範を付け加えた。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

核禁条約は、核兵器を保有しない世界の大半の国々が核兵器を完全否定する姿勢を示して発効したのに対して、米国と核兵器を保有する8カ国、さらに米国の核の傘のもとにあるほとんどの国が、条約交渉そのものを拒否した。2017年7月7日に条約が採択された直後、米国、フランス、英国は、「我々は(核禁条約に対する)署名も批准も、あるいは締約国になるつもりもない。」と宣言した。

国際司法裁判所が、誠実な交渉を通じて核軍縮を追及する義務が存在するという判断を下してから25年、今世界はどこに位置しているのだろうか。2021年1月27日、原子力科学者会報は、地球滅亡までの時間を示す「世界終末時計」の針が残り100秒だと発表し、「世界が核戦争に遭遇する可能性は、2020年の間に増加した」と述べた。

米国とロシア、そして米国と中国の間の緊張関係は危険水域にまで増しており、ウクライナや台湾という紛争の火種が、核兵器を使用する衝突に発展する可能性がある。

米国の新政権に対する期待をよそに、バイデン政権は2022年度予算要求で、トランプ政権下で含まれていた全ての核弾頭及び運搬手段のアップグレードをはじめ、今世紀後半まで続く核兵器の研究、開発、製造、配備計画を網羅する核兵器のインフラ開発への莫大な投資を求めた。

全ての核兵器国が、質の面で核戦力の近代化を推進しており、中には量的にも核戦力の増強を図っているケースもある。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が発表した最近の報告書によると、2020年の間、新型コロナウィルス感染症のパンデミックの最中で、9つの核兵器保有国は合計で726億ドルを核兵器に支出していた。最大の支出国である米国の支出額は実に374億ドルに上り、この額は1分当たり7万881ドルを核兵器に支出している計算となる。

6月21日の共同声明で「核戦争には勝者はなく、絶対に始めてはいけない」という原則を再確認したバイデン大統領とプーチン大統領は、米国・ロシア・中国が中心となって集中的な外交努力を行う新時代の始まりを告げるべきだ。米ロ間が核兵器を大幅に削減できれば、他の核保有国との包括的な軍縮交渉に繋がる可能性がある。

世界終末時計の針は時を刻んでいる。核保有国と核依存国は、核禁条約に対する反対姿勢を転換すべきだ。それどころか、核禁条約が発効する数十年も前から国際法が示してきた規範や国際司法裁判所の勧告的意見に準拠する形で、長年の懸案であった「核兵器なき世界」を実現し永続的に維持する包括的な合意に向けた、前向きなステップとして歓迎すべきである。(原文へ

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【ニューヨークIDN=J・ナストラニス】

ドナルド・トランプの予測不能の大統領任期が終了して5カ月近く、米国のジョー・バイデン大統領は、6月11日から15日にかけて開催されたG7や北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)とのサミットで中国に対抗する「体系的な」協定を発動した。

NATOの同盟国30カ国は「(我々は)同盟の安全保障上の利益を擁護するという目的をもって中国と関与する。…中国の明らかな野心と強引な行動は、ルールに基づいた国際秩序と同盟安保に関する領域に構造的挑戦をもたらしている。」

NATO加盟国はまた、イェンス・シュトルテンベルク事務総長に対して、マドリッドで来年開かれるサミットで採択される新たな戦略概念を作成するよう求めた。「米国政府にとっては、米国の同盟ネットワークの要であるNATOが、中国の投げかける問題を認識し、大西洋を越える地域へと焦点を広げていくことは意義深いことだ。」とカーネギー国際平和財団の上級研究員で、2013年から17年まで欧州安全協力機構(OSCE)の米大使を務めたダニエル・バエル氏は述べている。OSCEには、欧州、中央アジア、北米から57が加盟している。

このNATO声明に続いて、G7(コーンウォル、6月11~13日)は、安全と法秩序に対する中国からの脅威に加えて、人権が守られていないと指摘した。「我々は中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求めること等により、我々の価値を促進する。」とサミットのコミュニケは述べている。

President Joe Biden takes a G7 leaders family photo on Friday, June 11, 2021, at the Carbis Bay Hotel and Estate in St. Ives, Cornwall, England. (Official White House Photo by Adam Schultz)

バエル氏は、今回のコミュニケは、2019年に開催された前回のG7サミットから一歩踏み込んだものとなっていると述べた。この時は、人権と自由の尊重を呼びかけるのではなく、共同声明と基本法について言及し、暴力の回避を呼びかけただけであった。また、前回のサミットのコミュニケは、新疆のイスラム教徒のウイグル人を標的とする中国政府の政策について触れていなかった。バイデン大統領とアントニー・ブリンケン国務長官は、これを大量虐殺だと主張している。

米・EUサミット共同声明は、政策の調整を行うことを相互に約し、台湾海峡における中国の威圧的な行動に対して直接言及した点で、G7声明と歩調を合わせている。「米大統領とEU指導部の間の共同声明でこのことが言及されたことはこれまでになかったことだ。」

しかし、ロイター通信が報じたように、中国は6月16日、同国を批判した米・EU共同声明を拒絶し、遺憾の意を示した。中国外交部の趙立堅報道官は定例記者会見で、中国政府は他国に自らの要求を押し付けるようないかなる国にも反対すると述べた。これは、対中問題も含めて、グローバルな問題で協力していくことを謳った米・EU声明に反応したものであった。

「料理したてで熱いスープは飲めない」とある人はいった。EUは中国の最大の貿易相手であり、2020年、中国は米国を抜き去ってEUの最大の貿易相手となった。この貿易のほとんどは工業製品である。2009年から10年にかけてだけで、EUの対中輸出は38%伸び、中国の対EU輸出は31%伸びた。

加えて、中国は、イタリアがコロナ禍に見舞われEUが医療支援を行うことができずにいた際に、イタリアを支援した。

「軍備管理協会」のダリル・G・キンボール事務局長は、こうしたことを背景に、「警告の発し過ぎ」に注意を促し、中国を軍備管理問題で巻き込んでいくことを呼びかけた。

キンボール事務局長が念頭に置いていたのは最近リークされた文書で、そこには、60年以上にわたって、米国が中国の地域的影響力や軍事活動、核能力について懸念してきたと書かれていた。例えば、1958年、米当局は核兵器を使用して、台湾支配下の島嶼部に対する中国軍の砲撃を抑止しようとした。「今と同じように、米中間の核の紛争は壊滅的な結果をもたらすだろう。」とキンボール氏は指摘した。

また、米戦略軍司令官のチャールズ・リチャード提督は「ロシアあるいは中国との地域衝突が発生した場合、もし(いずれかの国が)通常兵器による戦闘での敗北が体制あるいは国家そのものを危機に晒すと見なした場合、核兵器が絡む紛争に即座に発展する危険性がある。」と述べた。

さらに悪いことに、「米中間の緊張が強まるにつれ、多くの米議会議員や米国の核兵器当局が、中国の核兵器近代化が続いていることを新たな脅威だと誇張している。」とキンボール事務局長は指摘している。

リチャード提督は、4月の米議会証言で、「中国軍は約300発の核兵器の戦力を『圧倒的に強化』しようとしている。」と指摘したうえで、「これに対抗するため、すでに中国の10倍以上の規模をもつ米核戦力をさらに強化しなければならない。」と論じた。

これに対してキンボール事務局長は、「米国の政策決定者は、中国との核競争を刺激するような措置を取ることを回避し、計算違いを予防し紛争のリスクを低減するための協議を真剣に追求すべきだ。」と主張している。米国はまた、核軍縮プロセスに中国やその他の主要な核保有国を巻き込む現実的な戦略を立てる必要がある。

米国の予想では、中国は核戦力の規模を拡大する見込みだ。旧型の液体燃料ミサイルよりも迅速に発射可能な新型の固形燃料のミサイルを配備し、多弾頭を搭載した長距離ミサイルの数を増やし、より多くの大陸間弾道ミサイル(ICBM)を移動型にし、海洋配備の核戦力の能力向上を継続していると見られている。

Daryl Kimball at UN Office in Vienna/ photo by Katsuhiro Asagiri

「これらの動きは懸念材料ではあるが、警告の発し過ぎを正当化するものではない。中国は米国の核戦力に追いつこうとしているわけではなく、核戦力を多様化して、米国の核攻撃あるいは通常攻撃に耐えうるように核抑止力を維持しようとしているだけだ。」とキンボール事務局長は述べている。

「中国の核計画はまた、進歩を遂げる米国のミサイル能力に対する防御でもある。例えば、海上発射の『SM-3 ブロックIIA』システムは、中国の核による反撃能力を無力化する恐れがある。」とキンボール事務局長は付け加えた。

中国の核戦力の規模は小さいかもしれないが、それでも危険ではある。中国の核戦力近代化は、核軍備管理において意味ある進展をもたらす努力がより重要であることを示している。とりわけ、中国の指導層が、非差別的な軍縮と最小限の抑止を主張していることを考慮するば、なおさらである。「しかし中国は、より大きな核戦力をもつ米国やロシアが大規模な核削減を実現して初めて軍備管理に関与するとしている。」

「米国とロシアは、膨らんだ核備蓄を削減するためにできることがもっとあるはずだ。しかし、核不拡散条約上の核保有加盟国として、中国もまた、すぐにでも軍拡競争を終わらせ軍縮を達成するために貢献する義務を負っている。」と、キンボール事務局長はさらに主張する。

インドの元外相で元駐中国大使のビジェイ・ゴカール氏は別の見解を持っているようだ。著名な『ヒンドゥー』紙への2020年3月20日付の寄稿で同氏は、中国は中国外交の「マントラ(自説)」を放棄したと指摘したうえで、「かつて中国の外交官は言葉を選び尊厳を保っていた。力を誇示することがあっても、声高になることはなかった。交渉の要諦は相手方よりも多くのことを知ることにあるというのが周恩来首相の教えであり、かつての中国外交官は説明の天才であった。」と論じた。

1971年7月、周恩来首相は、米大統領の安全保障補佐官であり、中国への密使を務めていたヘンリー・キッシンジャー氏と会談した。両者は、米国のリチャード・ニクソン大統領が間もなく訪中することを発表した。

周の政策は、鄧小平が権力を掌握した1980年代まで続いた。「鄧は1997年に亡くなった。中国は鄧が想像したように繁栄した。…英語を話す能力を持ち、職業人的な発想を持った中国の新世代の外交官たちが、周や鄧が敷いた路線を少しずつ切り崩していった。その過程で傲岸が謙遜にとって替わり、中国の意思に反する行動を別の国々がとるとき、説得は放棄されて力が用いられるようになった。」とゴカール氏は論じている。(原文へ

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|視点|夢がかなった―中央アジア大学第一期生卒業へ(ニサール・ケシュヴァニシンガポール大学大学教養・社会科学部広報責任者)

【シンガポールIDN=ニサール・ケシュヴァニ】

想像してみてほしい。ここは海抜2000メートルのアジアで最も辺鄙なシルクロード沿いの山間部、中国からは240キロ離れている。人口が15万人になろうかというキルギス共和国の地方都市だ。その中に、全寮制の荘厳な大学がそびえたち、実家の財政状況に関わりなく入学してきた中央アジアの次代を担う若者たちが世界クラスの教育を受けている。

6月19日、中央アジア大学(UCA)(世界で初めての国際協力による高等教育施設)は歴史に名を刻んだ。開学時の57人の学生が、コンピューター科学部、コミュニケーション・メディア学部、経済学部、地球環境科学部を卒業するのである。

UCAのキャンパスは、キルギスのナルン、タジキスタンのホログにあり、現在カザフスタンのテケリに第3キャンパスを建設中である。

University of Central Asia
University of Central Asia

大学設置の計画は1997年に始まった。ソ連崩壊後、質の高い国際標準の教育が、中央アジアの進歩のために切望されていた。単純な計画のようにも聞こえるが、ある人たちに言わせれば「不可能を可能にした」のである。

2000年、アーガー・ハーン開発ネットワークとキルギスタジキスタンカザフスタン各政府との間で条約が署名・批准され、このプロジェクトが始動した。その歩みは、あたかも流れに逆らうかのように、一歩一歩が厳しい取り組みだった。その中心にあったのはイノベーションである。

この20年、少なくとも1000人の人々がこのビジョンを実現すべく貢献してきた。最も重要なことは、多くの地元の市民らが、学び、成長し、地元に戻って、手足となり働いたことだ。キャンパス建設のために元々の住民に道路の反対側へと移ってもらい、道路を建設し、水道や電気、インターネットを引き、古代の遺跡を発掘・保存し、気候変動に配慮した計画を立て、大学の居住・学習施設を世界標準にまで引き上げた。

では、私はどうしてこの大学と出会うことになったのか?

学部生活の最終年、中央アジアに貢献したいとの強い思いが抑えきれなくなった。私が最初に大学設置計画について聞いたのは、アーガー・ハーン財団の欧州事務所で任務を終えようとしている時のことだ。それから10年、私に教育休暇の機会が持ち上がった。私はUCAの広報活動を支援するためこの大学に行くことを決め、次の8年間は広報機能を構築することが私のフルタイムの仕事となった。その後2年は、メディア関係のカリキュラムをリモートで検討するボランティアを行っている。

中央アジア大学は、良質の幼児教育や近代的な医療施設、生涯教育、市民教育、公園などによって、立地都市の変革に寄与している。このプロジェクトを通じて、雇用が創出され、ビジネスが花開き、生活の質が改善され、将来は驚くほど明るくなった。また、山間部の気候と地域に関する研究は、この分野における知識を前進させる最先端の出版物の刊行に帰結した。

入学希望者やその親から大学のパートナー、研究者、教員、政府、メディアに至るまで、最先進国から最も辺鄙な村落に至るまで、多様な面をもった利害関係者と関われたことを光栄に思っている。コミュニケーションはしばしばロシア語と、私の知らない中央アジアの諸言語で行われた。

広報の専門家に、自分の役割は何かと尋ねてみるとよい。すると、情報を送り受け取る、メッセージを作る、意見を交換する、創造的に関わり聴衆を増やす…等、十人十色の答えが返ってくるであろう。しかし、私にとっては、中央アジア大学のような未来に長く続く組織を作ること自体が、自分の役割であったと思っている。

建物を建設するかのごとく、職員を雇用し、事業を遂行する。同様に大事なのが広報だ。あらゆる書かれた言葉、映像、話し言葉が慎重に生み出される。企業の最高幹部から補助職員に至るまで、あらゆる個人が(中央アジア大学の)「大使」としての役割を担っている。ビルのあらゆる看板が、その組織のアイデンティティを示している。

私の心の奥底には1983年以来、アーガー・ハーン卿の含蓄のある言葉がいつもあった。

「世の中には貧困の中で、生きる手段と、それを改善しようという動機を奪われた世界に生きている者がいる。自らで何かを成し遂げようという精神と決意に火をつける火花でもって、こうした不幸に対処していかない限り、彼らは再び、無気力と転落、絶望の中に沈み込んでしまうであろう。より恵まれた立場にある私たちこそがその火花を散らさねばならないのだ。」

その後、2016年の開学イベントでハーン卿は、「私たちがここで成し遂げようとしていることは、この地域だけではなく、はるか遠い地域の人々にとっても役立つ国際協力の価値ある模範となることです。」と語った。

中央アジア大学は、カナダ・英国・ロシア・スウェーデン・オーストラリアの大学とパートナーシップを組んで策定したカリキュラムを用いて、地域の山岳地帯における社会的・経済的開発の触媒となるべく創設された。

私にとっての最も誇らしい瞬間は、学生たちが初めてキャンパスに到着した時のことだ。多様な民族、背景、土地から集まった学生たちが、何日もかけて、ある者は徒歩で、ある者は馬で、またある者はバスでやってきた。しかし、いったんキャンパスに着くと、教育上の目標を目指して彼らは連帯したのである。希望と熱情、学びたいという意欲に満ちていた。

その一人ひとりと知り合いになれたのは光栄なことだった。自信をもって目撃してきたことなのだが、彼ら各々が夢を実現したのである。この若者たちは(コロナ禍の中でも)今や立派に卒業して、自分たち自身に、家族に、そして自分の故国に対して、近い将来、何らかの変化をもたらすべく準備を進めている。彼らの夢が実現したのと同じく、私の夢も実現した。

ある友人が私に「光栄なこととは何か」と尋ねた。

ある人にとっては資産を相続して生活を安定させること、ある人にとってはアイビー・リーグでの教育、またある人にとっては家族や友人からの支援を十分に得ていることであったりするだろう。私にとっては、来たる世代の、一人ではなく多くの生活が今後変わっていくし、永遠に変わり続けるという信念を持ちながら、伝説の組織の誕生に立ち会ってささやかな役割を果たす機会を得ることである。(原文へ

※著者のニサール・ケシュヴァニはシンガポール生まれ。同地に戻るまで5つの大陸で生活し働いた世界市民である。中央アジアでは8年間生活し、現在はシンガポール大学教養・社会科学部で広報の責任者。中央アジア大学はINPS東南アジア総局がコミュニケーション・メディア学部の学生を対象に研修プログラムを実施した。

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【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

ロシアが近年アフリカ重視の外交姿勢を強める中、軍事協力(武器輸出、軍事アドバイザー、傭兵派遣等)にも積極的に乗り出しており、中には中央アフリカ共和国のような内戦が続く国で、ロシア人傭兵による残虐行為が国連の調査で指摘されるケースも浮上している。(原文へ

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Annual Compilations of Two SGI-Supported Project Articles

‘Toward A Nuclear Free World’

This Report is a compilation of independent and in-depth news and analyses by IDN from April 2020 to March 2021. 2020-2021 was the fifth year of the INPS-IDN media project with the SGI, a lay Buddhist organization with headquarters in Tokyo.

But IDN has been a party to the joint project, first launched in 2009 in the wake of an agreement between the precursor of the International Press Syndicate (INPS) Japan and the SGI.

We are pleased that meanwhile, we are in the sixth year of the INPS-IDN’s joint media project with the SGI. This compilation comprises 33 articles analysing the developments related to proliferation and non-proliferation of nuclear weapons at multiple levels – governmental, intergovernmental and non-governmental. All articles have been translated into Japanese. Some have been translated into different languages, including Arabic, Bahasa, Chinese, German, Italian, Hindi, Korean, Malay, Norwegian, Swedish and Thai. 

The backdrop to these articles is that nuclear-weapon states have been fiercely opposing the Nuclear Ban Treaty (TPNW), which has meanwhile entered into force. The nuclear weapons states argue that TPNW ignores the reality of vital security considerations. At the same time, the complete elimination of nuclear weapons is increasingly becoming a global collaborative effort calling for relentless commitment and robust solidarity between States, international organisations and civil society.

This compilation also includes an in-depth analysis of eminent Buddhist philosopher, educator, author, and nuclear disarmament advocate Dr. Daisaku Ikeda, who released his latest 39th annual peace proposal, titled “Value Creation in a Time of Crisis”, released on January 26. Dr Ikeda calls for further global cooperation to address the key issues of our time: extreme weather events that reflect the worsening problem of climate change and the onslaught of the novel coronavirus (COVID-19) pandemic which continues to threaten social and economic stability throughout the world.

TOWARD a Nuclear Free World メディアプロジェクトニュースレター(2020.4 – 2021.3)

‘Striving for People, Planet and Peace’

This Report is a compilation of independent and in-depth news and analyses by IDN from April 2020 to March 2021. 2020-2021 is the fifth year of the INPS Group’s media project with the SGI, a lay Buddhist organization with headquarters in Tokyo.

But IDN has been a party to the previous joint projects on ‘Education for Global Citizenship’ and ‘Fostering Global Citizenship’ respectively—as the result of an agreement between the precursor of the International Press Syndicate (INPS) Japan and the SGI.

We are pleased that at the time of writing these lines, we are already in the sixth year of the INPS Group’s ‘SDGs for All’ joint media project with the SGI.

This compilation comprises 33 articles analysing developments and events related to a sustainable world, peace and security on the whole and its 17 Goals with 169 targets at multiple levels—governmental, intergovernmental and non-governmental. Some of the articles have been translated into several European and non-European languages. The 17 Sustainable Development Goals (SDGs) of the 2030 Agenda for Sustainable Development—adopted by world leaders in September 2015 at a historic UN Summit—officially came into force in January 2016.

The SDGs, also known as Global Goals, are unique in that they call for action by all countries, poor, rich and middle-income to promote prosperity while protecting the planet. They recognize that ending poverty must go hand-in-hand with strategies that build economic growth and address a range of social needs including education, health, social protection, and job opportunities while tackling climate change and environmental protection.

SDGs for All メディアプロジェクトニュースレター(2020.4 – 2021.3)

on https://www.sdgsforall.net/documents/Striving_for_People_Planet_and_Peace_2021.pdf

Top image: Collage by Katsuhiro Asagiri, INPS Japan President

|視点|国連のグローバルな目標を達成するには脱中央集権が必要だ(ヨセフ・ベン・メイル ハイアトラス財団理事長)

【マラケシュIDN=ヨセフ・ベン・メイル】

国連の持続可能な開発目標(SDGs)は、きわめて大胆な普遍性を持っており、誠実な目標とともに世界的に関連ある問題に対処しようとするものである。根本的に良いものを提供しているが目標には根本的な問題がある。目標は処方箋を欠いている。地元の人々の参加という、持続可能性の実現にとって必要不可欠だと思われるような内容すら、明確には盛り込めていない。

関連して言えば、17項目のSDGsが選ばれたプロセス自体が、世界の地域社会が表明したニーズ全体を反映したものではなかった。結果として、SDGsが生活改善を支援する対象となる人々は、ほとんどSDGsの存在そのものを知ることがなく、同時に、17項目を行動のための有益なガイドとして利用するために、彼らは力を与えられる必要があるのである。

SDGsのもつ性格は、部分的には、パンデミックを含め、非常に広い文脈において世界的に適用可能なところにある。我々の文化が無限のバリエーションを持っていることを考えれば、あらゆる状況において適切かつ効果的なアプローチを処方することなど不可能だ。しかし、達成の手段に関する何らかの指示がない限り、SDGsは、行動可能な目標ではなく、人心から離れたビジョンと堕してしまうかもしれない。

Yossef Ben-Meir, High Altas Foundation

SDGsの履行を進めるために、各国は、地域の特性や個別の目標を超えるようなアプローチを考え出さねばならない。SDGsはグローバルかつ普遍的なものである一方で、地域レベルで実行されるものだ。したがって、意思決定と、受益者に対する管理を脱中央集権化することで、持続可能な発展につながる文化横断的な主要な要素を後押しすることになるのだ。すなわち、人々の参加ということである。

SDGsは、地域が主導した研究やデータ取集を含め、地域の実情に適応可能なものでなければいけない。これが、文化や政治、環境の多様さを認めることになる。そうした民族的な方法論や参加型研究は、人々自身の観点から地域の状況を浮き彫りにすることになる。この集団的分析プロセスを通じて、地域の人々は、自らが主張する直接的なニーズを超える実行可能なプロジェクトを見出すために、より強力な立場を得ることになる。

この目標のもつ普遍性は、一般的に言ってポジティブなものだ。人々は、生活の全ての側面に触れ、地域のもつ理想を反映させることができるのだから、自分たちの声がSDGsに盛り込まれていると見ることができるのである。しかし、だからと言って、SDGsによってやる気が出たり、あるいは、SDGsは行動可能な枠組みであると人々が積極的に考えることを意味しない。彼らが、SDGsの実行のために一肌脱ごうとやる気を出せるかどうかは、目標のデザインと策定そのものにどの程度参加できたかにかかっているからだ。

要するに、人々が自分自身の原則がそこに反映されていることを見て取ることができるように、ある程度までは、幅広い目標が採択されているのである。しかし、また別の人々にとっては、概念の立て方が問題となる。目標への感情的なつながりが欠けていることで、応用された指標としてSDGsを使うことが妨げられるのだ。SDGsは、世界全体で公的にそれを受け入れさせようとするのであれば、地元の参加によってその概念が実行され、さらには「概念の読み替え」が行われたときに、最も深い意味で受け止められたということができる。

Photo: High Atlas Foundation works in rural areas of Morocco to target the most marginalized communities. Credit: High Atlas Foundation.

SDGsの国別の実施を支援すべく国連が促進できるかもしれないもうひとつの導きの糸は、単一の開発プロジェクトによって複数の目標を促進することだ。そうした例をモロッコに見ることができるが、同時にまたそれは、世界全体の社会経済や環境の現状を示すものでもある。

多くの社会や文化においては、果樹農業は伝統的に男性の生産領域だとされてきた。残念なことに、農業が女性の完全な参加なしになされた際は、収入と利益が男性の手にのみ握られ、女性識字率や成長機会の向上などの間接的な利益は満たされないままになる。

従って、自信や自尊心をつけさせ、変化に向けた農業に関する考えを発展させるなどの能力強化を含め、女性を初めからプロセスに統合することで、ジェンダー平等(SDGs第5目標)だけではなく、強化された食料安全保障(第2目標)、適用可能な水・環境管理システム(第6目標)、教育(第4目標)、人間らしい労働と経済成長(第8目標)、責任感のある消費と生産(第12目標)、貧困の削減(第1目標)にも資することになる。

実際、持続可能な開発は、複数のニーズや関心が満たされ、民衆を生きながらえさせ利益を与えるイニシアチブをバランスよく促進する程度に依存している。国連はしたがって、どの地元や地域におけるプロジェクトによっても、広範な成果を達成するために多面的な開発を常に是認し、そのことによって、単にSDGsを達成するだけではなく、成功の基礎そのものを構築しなくてはならない。

Sustainable Development Goals

17項目のSDGsが、地球上のどの社会や国においても意味をもつのと同じく、その履行に向けた原則についてもそうである。SDGsの達成が求められる際にはいつでも、開発への人々の参加が強調されねばならない。世界の民衆が成長の道筋を決める。従って、脱中央集権化が、なんらかの形や程度において、全ての場所で必要となってくる。

最後に、地域のニーズを満たすパートナーシップが成長を促進するならば、より大きな利益がもたらされるであろうし、より多くの集団がその継続を強く望むことであろう。SDGsとその象徴あるいは前文がものを言うことであろう。そうすることで、SDGsは、私たちが集団的に向かうべき方向だけではなく、そこに向かう方法をいかにして考えるべきかを体現するものとなろう。それはSDGsそのものの指標となるもの、あるいは、SDGsに即応するものとなろう。しかし、どこへ行くか、何をするかだけでは十分ではない。それぞれの人間集団にとって意義のある形で「どうやるか」ということがなければ、エネルギーは湧いてこないのである。(原文へ

INPS Japan

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カナダ・フランスの核兵器政策、「生命への権利」違反を問われる

【ジュネーブIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

市民団体に促されて、カナダとフランスの核兵器政策が「市民的及び政治的権利に関する国際規約の第6条に規定された『生命への権利』に違反している」と国連自由権規約人権委員会が主張した。これらの権利は、人間の固有の尊厳に由来するものである。

カナダ・フランスに加えて、市民団体はアイスランド・北朝鮮・ロシア・米国の核政策に対して異議を申し立てている。デンマークの核兵器政策もまた、女子差別撤廃条約の下での義務の定期的見直しの一環として、異議を受けている。

国連自由権規約人権委員会でこの問題が取り上げられることの重要性は、たった一発の核兵器でも数十万人を殺戮し、人間や環境に永続的で破壊的な影響をもたらすであろうという事実の中にある。

UN Human Rights

ロシア・米国・英国・フランス・中国・インド・パキスタン・イスラエル・北朝鮮が合計で1万4000発近い核兵器を保有しており、そのほとんどが広島に投下された核兵器よりも遥かに強力なものだ。その他31カ国もまた、この問題の一部を成している。

加えて、ベルギー・ドイツ・イタリア・オランダ・トルコが米国の核兵器を配備している。米国は、これらの核の運用面での管理を握っているが、こうした国々に配備することで米国の戦争計画に有益であるとしている。

26カ国(プラス米核兵器を配備する5カ国)もまた、北大西洋条約機構(NATO)や集団的安全保障条約機構(CSTO)などの防衛同盟の一環として、自らに代わって核兵器を使用する可能性を認めることで、核兵器の保有・使用を「是認」している。

国連人権委員会での追及は、市民団体からなされた。カナダとフランスが市民権規約の下でもつ義務に関する定期的見直しの一環としてなされた申立てにおいて、市民団体は両政府に対して、核兵器の使用及び使用の威嚇から「生命への権利」を守るために両政府が取ることのできる措置を勧告したのである。

カナダは自ら核兵器を保有していない。しかし、カナダの核兵器政策と「生命への権利」に関して、申立ては「カナダがNATOの政策に参与し、核兵器使用の威嚇を実行していること、核戦争開始のオプションを保有していることを含め、核兵器使用の可能性がNATOによって準備されていることは、カナダが市民権規約の下でもつ『生命への権利』擁護の責任に違反するものだ。」と述べている。

国連人権委員会に申し立てを行ったのは、「平和を求めるアオテアロアの弁護士」「バーゼル平和オフィス」「平和を求めるカナダ女性の声」「平和カナダを求める宗教人の会」「世界連邦運動カナダ支部」「世界未来評議会」「若者フュージョン」である。

NATO Member States

国連人権委員会は2018年10月に「一般コメント36号」を採択し、核兵器の使用及び使用の威嚇は、「生命への権利の尊重と両立せず、国際法の下の犯罪を構成することになるかもしれない。」と確認している。

コメントはさらに、自由権規約の締約国は「そのすべてが国際的な義務に従って、核兵器を開発・製造・実験・取得・備蓄・販売・移転・使用することを控え、既存の備蓄を廃棄し、偶発的な使用に対する適切な防護措置を採らねばならない。」と指摘している。

人権委員会の声明は、締約国は「厳格かつ効果的な国際管理の下での核軍縮の目的を達するために誠実に交渉を追求し、この大量破壊兵器の実験あるいは使用によって、その生命への権利が悪影響を受けた、あるいは現に受けつつある人々に対して適切な賠償をなすという国際的義務を尊重しなくてはならない。」と述べている。

フランスは290発の核兵器を保有している。申立人らは、フランスは、核兵器の開発・実験・製造・維持によって、そして、(武力紛争における核兵器の先制使用も含め)安全保障上の広範なシナリオにおける核兵器の配備、使用の威嚇、使用の準備によって、自由権規約の下での生命への権利を擁護する義務に違反している、と主張している。

これら市民団体は、生命への権利を擁護する義務は、フランスの核実験によって影響を受けた人々に適切な賠償を提供していないことや、多国間核軍縮の構想やプロセスに反対していることによっても、蔑ろにされていると述べている。

Test nucléaire Gerboise bleue/ By Unknown author – Archive CEA, CC BY-SA 4.0

「カナダ核兵器廃絶ネットワーク」や「カナダパグウォッシュグループ&リドゥー研究所」の申立書は、「カナダは核抑止政策を放棄し、NATO内外においてそうした政策やそれに伴う核戦力を支持する活動をやめる方向へと全国的に進まねばならない」と述べている。

「平和を求めるアオテアロアの弁護士」「バーゼル平和オフィス」「平和を求めるカナダ女性の声」「平和カナダを求める宗教人の会」「世界連邦運動カナダ支部」「世界未来評議会」「若者フュージョン」が提出したより詳細な申立書は、カナダは核兵器禁止条約の趣旨に賛同し、同条約の第1回締約国会議にオブザーバーとして参加することを勧告した。会議は来年1月12日~14日の日程でウィーンで開催されることになっている。

さらに申立書は、カナダに対して、①全ての核兵器国による先制不使用政策の採用を支持すること、②この政策を次のNATOサミットで採用し今後10年以内に安全保障政策から核抑止の要素を除去すること、をNATOの方針とするよう提案することを求めた。

これら市民団体はさらに、「核戦争に勝者はなく、戦われてはならない」という1985年のレーガン・ゴルバチョフ共同声明を再確認し、核不拡散条約(NPT)の締約国もまたこの方針に沿い、NPT発効75年と国連発足100年にあたる2045年までの核兵器の世界的禁止と廃絶を目指して、先制核不使用などの措置を取るよう提案している。(原文へ

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC on 21 May 2022.

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人類が核時代を生き延びるには、核兵器がもたらす厳しい現実と人類の選択肢を報じるジャーナリズムの存在が不可欠(ダリル・G・キンボール軍備管理協会会長)

|米国|「核兵器予算をコロナ対策へ」と呼びかけ

核関連条約に対抗して核戦力を強化する英国

|インド|クラウドベースのCoWINプラットフォームと ユニバーサルワクチン接種への道

【ニューデリーIDN=アルジュン・クマール】

システム上の不備や不正利用の問題、さらには最高裁から農村部のデジタルディバイドに配慮した柔軟な対応を勧告されるなど、様々な批判に晒されながらも、15億人への2回の接種を目指して急ピッチで実施されているITを活用したワクチン接種戦略(CoWINプラットフォーム)に焦点を当てた記事。6/17現在、1回目のワクチン接種を完了した国民は2億1500万人(内、2回目完了者は4850万人)にのぼる。(原文へ

INPS Japan

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SDGs意識を高めるための学界・大学の役割(カハ・シェンゲリア世界大学総長協会会長、コーカサス大学学長)

【トビリシ、ジョージアIDN=カハ・シェンゲリア】

世界中で人々の生活を改善するために2030年までに達成すべき17項目の具体的目標を定めたのは、2015年のことだった。社会的不平等の問題から、私たちが暮らしている地球に関することまで、人間という存在のあらゆる側面に関連したものだ。しかし、そうした共通の問題が存在するという認識や、それを定義する専門知識、その解決を計画する知識は、数世紀にもわたる活動や知識、認識の集積によるものであった。

持続可能性の重要性を十分理解するには、長期にわたる歴史的感覚を必要とした。すなわち、人間と私たちが住む環境の双方に配慮する形で社会を調整する火急の必要性である。これは、一つの種として私たち人類が継続的に成功を収めるべき、困難ではあるが必要な行動なのである。世界中の学界や大学、その他のナレッジセンターなど、いわゆる教育産業の取り組みなしにこのことは不可能であった。一般論から具体論まで、根本的なレベルで学界がSDGsに関与できる多くの方法がある。

教育産業は、多くの形において、世界全体の科学・産業機構を運営するのに必要な技術的・技能的ノウハウを訓練し、研究し、打ち立てていくことに責任がある。研究大学や学界を通じて、SDGsを評価し、それを達成する科学的方法を策定するために必要なデータを定着させ分析することがここには含まれる。この関連で、私は、一般市民と大学との間のコミュニケーション・チャンネルの重要性をさらに強調したい。

インデプスニュース(IDN)のようなメディアは、2009年以来、利害関係者間で情報を伝える重要なプラットフォームとなってきた。IDNはこの産業の重要なプレイヤーであり、この情報時代において重要なサービスを提供している。

さらに、実に数多くのSDGsの項目が教育産業に関連している。例えば、第4目標「すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」がそれである。教育の質は、世界中の教育機関が直接的に責任を負う部分だ。官民双方の教育機関が、最高の結果を提供できるように日夜努力している。

その後、学習のコストを押し下げ、世界中で知識へのアクセスを飛躍的に拡大させた「e教育」とオンライン技術の進歩によって、変化に勢いがもたらされるようになった。「e学習」の採用において一部の国は他国に後れを取っているものの、コロナ危機は将来の教育のあるべき姿について明確に示した。教育産業は、オンライン教育法のおかげで、パンデミックに伴う制約下にあっても機能を果たすことのできた数少ない部門のひとつであり、多くの大学や教育センターが凄まじい速さでこの技術を採用しつつある。

教育産業が直接的に責任を負うSDG第4目標を超えて、SDGsはさまざまな措置において教育との関連性を持っている。定式化された教育は世界中で私たちの日常生活において普遍的な意義をもたらしているが、情報やスキル、ノウハウの提供は学校や大学の責務となりつつある。大学や学界は、産業界や統計機関とも協力して、SDGsの発展をモニターし、その達成方法を描いてきていることも忘れてはならない。たとえば、以下のような例がある。

Image credit: UN

第3目標(あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する)は、医学教育や医学系大学の成否にかかっている。医師・看護士の教育や、研究開発の相当の部分は、医学系大学・学界の肩にかかっている。

第6目標(すべての人々に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する)は、工学や技術イノベーションや発展に加え、専門的な水管理教育コースの発展にも依っている。

第7目標(すべての人に手ごろで信頼でき、持続可能かつ近代的なエネルギーへのアクセスを確保する)は、電気工学や化学、物理学、その他の科学領域が大学で強化され研究されていることに依っている。

第8目標は、「すべての人々のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用および働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を推進する」である。ソ連崩壊後のジョージアにあるコーカサス経営大学校のような経営系の大学が途上国のバックボーンとなる一方、コーカサス大学の「C10起業支援センター」のような革新的な起業支援センターが新しいアイディアと若い起業家を育てている。

第9目標(強靱なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る)は、適切な設計と利用される技術に関する建築・工学教育に依存している。大学や専門家が管理する複雑なサプライチェーンや建設作業の役割は言うまでもない。

第12目標(持続可能な消費と生産のパターンを確保する)は、適切なサプライチェーンの設計や環境調査、それに適切な研究を行い、専門家を育てる多くの農業系・環境系・経営系・工学系の大学によって支えられている。

第13目標は「気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる」である。気候変動の測定やモニタリングは、概して、世界中の研究大学や学者らに支えられている。

第16目標(持続可能な開発に向けて平和で包摂的な社会を推進し、すべての人に司法へのアクセスを提供するとともに、あらゆるレベルにおいて効果的で責任ある包摂的な制度を構築する)は、法学系大学や行政大学校、平和研究のセンターが直接に責任を持つ部分である。これらの全てがコーカサス大学にはあり、維持・発展している。

まとめると、大学や学界は世界全体でSDGsを達成する上できわめて重要な役割をもっている。目標がどんなものであれ、信頼性のある情報を持ち、訓練された専門家を確保するには、教育や研究が必要だ。大学は、知識産業の活力であり、あらゆる知的労働の基盤となる部分である。若者の関心を高め方向付けるという、きわめて大きいがあまり評価されていない仕事も、世界中の大学が担っているのである。(原文へ

INPS Japan

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*この記事は、国連SDGメディアコンパクトの正式加盟通信社IDN-InDepthNewsを主幹メディアに持つInternational Press SyndicateがSoka Gakkai Internationalと推進しているSDGs for Allメディアプロジェクトの最新レポートの序文としてカハ・シェンゲリア氏から寄稿されたものである。