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|視点|新型コロナウィルス感染症と中国伝統医療からの教訓(ジャヤスリ・プリヤラルユニ・グローバル・ユニオンアジア太平洋支部財務部長)

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【シンガポールIDN=ジャヤスリ・プリヤラル

人類は、目に見えない敵と闘う「いばらの道」を歩んでいる。新型コロナウィルス感染症の世界的大流行(パンデミック)が猛威を振るう中、多くの国々が、自国の状況をまるで戦争のようだと感じている。こうした中、パンデミックと闘うヒーローも、まさに戦場の最前線に立たされている。

こうしたヒーローたちの職業は、罹患患者を治療する医療従事者をはじめ、治安、運輸、郵便、金融、小売関係者など実に多岐にわたり、彼らはコミュニティーを機能させるために、病院や遺体安置所、墓場などで日夜必要不可欠なサービスを提供している。

しかし、自身や家族への感染リスクに直面しながら激務をこなしている医療従事者らの貢献は、しばしば過小評価されている。残念なことに、こうした無名のヒーローたちに与えられている労働環境は、社会ピラミッドの底辺にあり、他の人々が享受している基本的な人権さえ満たされていない。

Photo: A mother and doctor tend to a young girl with COVID-19 at an intensive care ward in the western region of Chernivtsi, Ukraine. © UNICEF/Evgeniy Maloletka

世界で4470万人が新型コロナ感染症に罹患し、117万人が死亡している今日、事態はおおよそ制御困難な状況に陥っている。パンデミックの状況を制御することが、主要な指導者たちに求められていることだ。しかし多くの国では、それどころか、感染拡大が状況を支配してしまっているようだ。

困難な状況に対処するために、米国の退役軍人ジョージ・S・パットン将軍の言葉を引用しよう。パットン将軍は、「未知のものに備え、過去の人々が予見・予測不可能なものにいかに対処してきたかに学べ。」と述べている。現状で見えてくるものは、多くの政治指導者らが、「既知の未知」と「未知の未知」の領域を混同し、自分の都合のために喜んで科学や医学的な助言を無視している事態だ。多くの国々で、過去の経験に学ぶことはもとより、状況を抑え、危機を乗り越えるいかなるヒントも戦略的計画もないままに無責任にリーダーシップを振るう様子が見られる。

1918年から19年にかけて、今回と同じようなパンデミックが世界で猛威を振るった。H1N1インフルエンザが引き起こした通称「スペインかぜ」で、極めて致死率が高い(死者数5000万人~1億人)恐るべきパンデミックだった。公正を期して言うならば、このインフルエンザはスペインを発祥とするものではない。当時の世界人口の3分の1にあたる約5億人がこのインフルエンザに罹患した。欧州の列強諸国が帝国主義的な支配を巡って争った第一次世界大戦が世界に拡大する中で、このインフルエンザは各地に広まった。当時の科学はそれほど進歩しておらず、病原体がバクテリアであれウィルスであれ隔離することができなかった。

Emergency hospital during influenza epidemic, Camp Funston, Kansas./ Public Domain

当時でさえ、インフルエンザは中国が起源だとする陰謀論があった。実際は、他の地域に比べると、パンデミックや、それによる死亡は中国ではほとんどなかったのである。中国各地での記録が入手困難であったことから、そうした統計は正確でないと考える者もいる。中国で当時感染が広がらなかった理由として考えられるのが、中国伝統医療の存在である。土着の治療方法が病気の拡大に対抗するために利用される伝統がこの地にはあった。

中国の湖南省武漢で新型コロナウィルス感染症の制御に成功した西洋医学の医師たちは、中国伝統医療の担い手による貢献が高かったことを強調している。

したがって、パンデミックを抑制する上で中国伝統医療にどんな影響力があるのか、どういう意義があるのかについて検討することは有益だろう。その起源は3000年前にさかのぼる。中国伝統医療の担い手たちは、伝統的な薬草の煎じ薬で患者を治療し、患者の症状を克明に観察した記録を代々継承してきた。

13世紀に中国を訪れたイタリア人探検家のマルコ・ポーロは、元王朝の皇帝の従者らが、皇帝が食事をする際には、絹の布で口と鼻を覆わなければならなかったことを記録している。中国の医療科学者である伍連徳氏は、清王朝(1644~1911)末期に中国東北部で発生した疫病対策として2層のガーゼから成る「伍マスク」を発明した。様々な国の専門家らが、入手が容易な材料で安価で製造でき、目的にかなうこのマスクを称賛した。

Dr. Wu Lien teh, Public Domain

依然として多くの人々が、新型コロナウィルス感染症の起源解明に取り組んでいるが、歴史的記録から一つ確かなことは、私たちが現在使用しているマスクの起源は中国(=伍マスク)にあるということだ。したがって、中国に疑念を抱く人々が、たとえマスクが中国製でなくても、健康を守るために(中国起源のマスクで)口や鼻を覆う行為に抵抗を感じていたのは明らかだ。

筆者には中国伝統医療に関する基本的な知識がある。中国伝統医療の病因論においては、病気とその原因を把握するうえで適用される8つのカテゴリーと原則がある。症状と症候群が医学的に検証され、陰、陽、外、内、冷、熱、過剰、不足の不均衡の観点から診断される。そのため、中国伝統医療では、今日私たちが知っているようなバクテリアとかウィルスといった病原体を把握することはなかった。中国伝統医療で、新型コロナウィルス感染症のようなパンデミックが外部の病原体によって引き起こされたとみなされているのはそのためである。

これらの外部の病原体は、皮膚や鼻や口の粘膜を通じて人体に入り込んでくる。鼻は肺への入り口であり、口は脾臓への入り口、舌は心臓への入り口である。病気の拡大を予防するためにマスクが使われた理由は、中国伝統医療に従って、病原体が風によって外部から運ばれてくるという見方が採られたことによる。従って、マスクをすることによって、すでに感染していたとしても病原体の拡散を防ぎ、他人から伝染させられることも予防できるのである。

マスクをするということは、責任ある市民としてこうした価値観を尊重する日本や台湾などの東アジア文化圏ではとても一般的な習慣となっている。

中国伝統医療で用いられる治療法と(スリランカの伝統医術である)アーユルヴェーダやヘラウェダカムの間には多くの共通点がある。外部から風に乗って病原体が侵入してきた際、治療法は主に免疫の強化と、身体から病原体を追い出すことに焦点を当てている点である。

治療に使われる芳香性ハーブの多くには、身体から病原体を追い出し、(中国伝統医療ではある種の内部的なエネルギーとされる)「」を充実させ、血行を促す作用がある。

スリランカや中国の伝統医療で使われているハーブの材料には多くの類似点があるが、その効能はさまざまだ。中国伝統医療は、これらの原則とは別に、さまざまな疾病を引き起こすパターンを認識するために、感情的な要素や気候条件などを考慮に入れている。

新型コロナウィルス感染症のパンデミックの到来で、SNS上では、こうした議論の正しさを確かめるように、免疫を強化し心身の幸福感を高めることの重要性を指摘する書き込みが増えている。たしかにこれらは意味のあることだが、最も重要なことはソーシャル・ディスタンスを保ち、マスクをすることだ。

パンデミックを抑えてきた方法と中国伝統医療の原則に関する歴史的事実は、新型コロナウィルス感染症対策が、中国以外の国々で失敗した事例を説明する際に有効だ。中国の場合、その権威主義的な統治スタイルと、国内各地を断固都市封鎖(ロックダウン)する習近平国家主席の指導により、ウィルスの拡大防止と状況を収拾することに成功した。また、中国の一般市民が規律を守って指導に従った背景には、中国社会に根付いた文化的な側面や信条が作用したものと考えられる。

Photo: China opened Wuhan early April after 76-day lockdown. Credit: Anadolu Agency.

この点を明らかにするために、改めてジョージ・S・パットン将軍の言葉を引用しておきたい。「(部下に)どうやるかを教えるな。何をするかを教えろ。そうすれば思いがけない工夫をしてくれるものだ。」こうしたやり方が、中国では機能したが、他の国々ではうまくいかなかったのではないか。

新型コロナウィルス感染症対策に失敗している国々では、中国の場合と異なり、民衆は何をなすべきかについて明確なメッセージを受け取っていない。優先順位はバラバラで、不明確なメッセージが民衆を混乱に陥れている。今日、一部の民主主義国の指導者らは、選挙で民衆のナショナリズムを煽り、その人気に乗じて権力の座に就いている。こうしたポピュリスト政治家らは、選挙で勝つための情報操作が巧みだ。しかし、何をなすべきかについて人々にメッセージを発することは不得手であり、過去に予見・予測不可能な事態にうまく対処した先人の経験から学ぶことはなかった。さらに、科学や専門医からの助言もあえて無視した。こうして、新型コロナウィルス感染症の問題を通じて、多くの政治家の指導力が試されることになった。

少なくともこれからは、こうした指導者らは、過去に類似した状況下で効果的に対処した解決法に難癖をつけるのではなく、問題の解決策を探る必要がある。この記事は、有権者である読者が、パンデミック対策に失敗している指導者たちに影響力を行使し、正しい道に導く参考とするために、史実や問題、別のオプションを提示したものである。(原文へ

※著者は、世界150ヵ国・900の労働組合・2,000万人の技能労働者・サービス労働者で構成される国際組織「ユニ・グローバル・ユニオン」アジア太平洋支部(シンガポール)の財務部長。

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板挟みになって:NATOの非核兵器保有国、NPT、そしてTPNW

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ポール・マイヤー】

多くのNATO加盟国にとって、この数年間は、核政策の面で困難な時期だった。ジレンマの元は、核兵器禁止条約(TPNW)の登場である。この条約は、いわばホブソンの選択をNATO加盟国に突き付けた。2017年7月に採択された同条約は、(発効要件である50カ国の批准を(2020年)10月24日に達成したことを受けて)2021年1月22日に発効する。世界の核ガバナンスにおいて初めて、TPNWは、核兵器の使用または使用の威嚇に加えて、その保有を非合法化した。また、条約締約国の領内に核兵器や関連インフラを受け入れること、あるいは条約に違反するいかなる「支援」を提供することも、具体的に禁止している。(原文へ 

新条約のこれらの規定は、核不拡散条約(NPT)の原初的な多国間核ガバナンス合意を大きく超えるものである。1970年に発効したNPTは、190カ国が加盟し、現存する国際安全保障合意の中で最も広く支持されているものの一つである。NPTは、3本柱からなる「一括交渉」を明文化したものである。すなわち、米国、ロシア、英国、フランス、中国の5核兵器国(NWS)は、核軍縮を実現するための交渉に全力を傾ける。非核兵器保有国(NNWS)は、核兵器の製造や取得をしないことを誓う。そして、全締約国が原子力の平和利用を支持する。NPT第6条に定める核軍縮の約束は、かなり一般的な言葉で表現されており(「核軍備競争の早期の停止および核軍備縮小のための効果的な措置、……について、誠実に交渉を行う」)、そのため、NWSは自国がこの義務を尊重していると主張することが可能になっている。その一方で、多くのNNWSは、この部分における本格的な進捗の証拠をほとんど見いだせていない。さらに、NPTは核兵器の保有を認めており(撤廃に向けた途上において。しかし、NWSは折に触れ、同条約は彼らの永続的な核兵器保有を正当化するものだと示唆している)、また、核兵器の使用については言及していない。NPTのこのような欠落があるからこそ、禁止条約の支持者は、国際法上の核兵器の地位と包括的な禁止条約(化学兵器禁止条約、生物兵器禁止条約など)の対象である大量破壊兵器に適用される地位に差をつける“法的ギャップ”を埋めることを主張しているのである。

TPNWは、明示的にNPTを支持しており、一部のNWSの主張にもかかわらず、NPTと完全に両立可能である(第6条は目標を規定しているが、それを達成するための手段は規定していない)。しかし、TPNWの登場は、核軍縮を目標として掲げる人々に、より高度な法的基準を盛り込んだ合意を紹介するものとなった。また、そのようなNATO加盟国や同盟を結ぶNNWSにとって、TPNWは特別なジレンマをもたらすものとなった。TPNWは核兵器の使用の威嚇を禁止しているため、ある種の不特定の不測事態において核兵器を使用すると威嚇する核抑止政策とは相いれないのである。さらに問題となるのは、NATOの5カ国のNNWS(ドイツ、ベルギー、オランダ、イタリア、トルコ)が米国の核兵器を領土内に受け入れているが、TPNWはそのような「核配備」を禁止しているという点である。また、オーストラリア、カナダ、日本、ドイツ、オランダなど、長年にわたり核軍縮を強力に提唱してきた“核の傘下”国は、いっそう居心地の悪い思いをしている。TPNWを前にして、これらの国は、長年の核軍縮支持に基づいて行動し、TPNWに署名するか、またはNATOの核抑止政策に忠実であり続けるかという選択を迫られている。これまでのところ、NATOのNNWSのすべてが後者の立場を取っている。

とはいえ、NATOの核抑止政策は、変更される可能性がある政策であることを念頭に置くことが重要である。1949年のNATO創設条約のどこにも核兵器に関する言及はなく、NATO加盟国が核抑止を支持しなければならない法的要件はない。事実、NATOは多様な核政策を経てきており、個別の加盟国はさまざまな場面において、同盟の核政策と自国の姿勢が異なる点を共同声明の脚注によって表明してきた。

同盟の核政策は、2010年に最新版が発行された包括的政策文書「Strategic Concept(戦略概念)」と、隔年で開催されるNATO首脳会議後に発表される共同声明に、きわめて厳然と記載されている。核問題に関するNATOの表明には、いくぶん矛盾した点が見受けられる。一方、NATOは、加盟30カ国すべてがNPTに加盟していることを強調しており、「核不拡散条約の完全実施に向けた加盟国の強い決意……」を定期的に言明している。オバマ大統領が2009年に行った名高いプラハ演説に呼応して、NATOも、「核兵器のない世界を実現する条件を創出する」ために尽力すると誓い、NPTが掲げるこの長期目標への支持を示した。とはいえ、その条件がどのようなものか、あるいはその創出にどのように貢献するつもりかについては、具体的な表明は行っていない。

一方、NATOは今なお、その防衛力を通常戦力と核戦力の組み合わせに依存しており、「戦略概念」において「核兵器が存在する限り、NATOは核同盟であり続ける」と宣言している。この表明から導かれる推論、すなわち“NATOが核同盟であり続ける限り、核兵器は存在し続ける”という点を、加盟国は懸念していないようである。

NATOの核政策の“両陣営に通じる”という性格に加盟国は満足していたかもしれないが、TPNWが登場して、核抑止を真っ向から攻撃し核兵器を不道徳かつ違法な兵器と表現したことから反応を余儀なくされた。2017年9月、NATOはTPNWを拒絶する声明を発表し、条約は「分断をもたらし」、「NPTを弱体化させ」、「国際安全保障環境がますます厳しくなっているという現実を無視している」と批判した。これらの異議はいずれも効果的に反論されうるものだが、NATO加盟国にとっては、この立場に加勢するほうが好都合なのである。というのも、懐疑的な国民に向けてTPNWの拒絶を正当化するために、同盟の結束の必要性を引き合いに出すことができるからである。

核に依存する同盟国にとって、このような立場が時を経てどの程度持続可能であるかは今後を見なければ分からない。NNWSの核軍縮を熱心に擁護してきた市民団体らは、TPNWに対して敵対的な姿勢はとれないという圧力を受けるだろう。例えば、パグウォッシュ会議カナダ支部は政府に対し、TPNWに署名して条約の目標への支援を示すとともにカナダの条約加盟を可能にする条件を整備するよう要請した。そのためには、NATO内での外交活動によって、核政策を修正してTPNWと両立させる、あるいはそのような修正を実現できない場合は、国レベルで核抑止を否認する必要がある。NNWS同盟国は、自国が困難な状況に陥っていることを認識しているが、TPNWに関して歴史(および道徳)の正しい側に回るための時間と選択肢は、まだある。

ポール・マイヤーは、元カナダ軍縮大使であり、現在はバンクーバーのサイモン・フレーザー大学で国際関係学の非常勤教授および国際安全保障の研究員を務めている。また、パグウォッシュ会議カナダ支部の現支部長を務めるほか、ICT4Peaceの上級顧問、OuterSpaceInstituteの創設メンバーでもある。

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|オーストラリア|環境活動家らが作った市場、40年を経てもなお盛ん

【チャノンIDN=カリンガ・セネビラトネ】

西側諸国でヒッピー運動が盛り上がっていた1976年、風光明媚なこの昔ながらの農村は、伐採業者と環境活動家らとの激しい闘いの場であった。環境活動家たちは、近くにあるテラニア川沿いの熱帯雨林の伐採を阻止するために、オーストラリア全土から集まっていたのだった。これがこの国での初めての活動家らによる直接行動と言えるものであった。

環境活動家たちの多くは安価な農地を手に入れてその場に住みつく決意をした。「土地へ帰れ」という理念をもったコミュニティを立ち上げたのである。

SDGs Goal No. 12
SDGs Goal No. 12

「70年代に夫とこの場に移り住み、貧しい自給自足の生活をしてきました。ここに住み始めてまもなく、テラニア川周辺の熱帯雨林が間もなく伐採されると知りました。私たちは、その森を皮切りに長年にわたって熱帯雨林を守るために闘ってきました。」と語るのは、熱帯雨林植物学者であるナン・ニコルソン氏である。彼女はチャノンに40年以上も住み、熱帯雨林の植物やハーブに関する著作も多くてがけている。

職人や木工業者など、ニコルソン氏のような新たにこの村に移り住んできた者たちは、小さなホールで伝統的な村市場を始めた。ここでは物々交換がなされ、厳格な「作るか、焼くか、あるいは育てるか」といった理念が支配的だった。44年経っても依然として市場は盛んで、200以上の露店が軒を連ね、毎月2000~3000人が訪れている。

「この市場は私たち地元文化の一部です。人々はここで雇用の機会を得たり、芸術的な作品を含め、自分たちの作ったものを売ったりすることができます。」と、市場の管理組合のクリス・マクファデン事務局長はIDNの取材に対して語った。

毎月第2日曜日に開かれるチャノン手工芸市場は、100以上の地域のグループ、零細業者、個人を支えている。市場は40年前に環境活動家たちのミーティングの場として生まれ、今日に到っても同様の役割を果たしている。事実、IDNの取材を受けていたニコルソン氏は、近くで建設が予定されているダムに反対する新たな環境キャンペーンを広めるためのブースの番をしていたのだった。

A closer view of the Channon market | Kalinga Seneviratne

市場は人気を博し、手狭になったチャノン・ホールから、屋外の市場で買い物が楽しめるコロネーション公園へと移転した。9人のボランティアと多くの有償スタッフから成る管理組合が運営している。

マクファデン事務局長は、「この土地は地元の地主から村に寄付されたもので、現在はクリケット場と市民の憩いの場として地元自治体が管理しています。私たち(月に1回開催する)市場の管理組合は行政とは別の非営利団体で、出展者から会費を募り、経費を差し引いた後、そこからスタッフの賃金を支払っています。先日、会費から2つ目のトイレを設置しました。」と語った。

チャノン市場は創設以来拡大を続けてきたが、その理念に変わりはなく、オーストラリアで最も活発な市場との評判を受けてきた。露店の多くで、地元農家が作った作物や植物、地元住民による美術作品や手工芸品が売られているほか、地域住民が出店した多くの屋台が軒を連ねている。中には、インドやタイからの服や、ニュージーランドのマオリ族やペルーで作られた手工芸品などの輸入品も売られている。

輸入品がどうして「作るか、焼くか、あるいは育てるか」の理念に合致するのかという点についてマクファデン事務局長は、「この場所に移転して、市場がどんどん大きくなってきたとき、人々は様々なものを売るようになりました。それでも、依然としてここは美術品や手工芸品の市場です。自分が作るものを売る。一部には輸入品もありますが、それを推奨しているわけではありません。」と答えた。

素晴らしい美術品や商品に加えて、メインステージでは「今日のバンド」による演奏も楽しむことができるし、公園のあちこちでは即席の音楽演奏が行われている。市場の最後までいれば、様々な楽器に合わせて参加者が踊る「ドラムダンス」を経験することも出来る。

しかし、今月はこうしたアトラクションを楽しむことはできない。新型コロナウィルス感染症の蔓延に伴う封鎖措置とソーシャル・ディスタンス規制で当面こうした娯楽活動が禁止されたからだ。

チャノン市場は、北部のニューサウスウェールズ海岸沿いのリゾート地区を含む「ノーザン・リバー」として知られる地域全体で日曜市場が拡がるきっかけを作った。こうした市場の多くは、日曜あるいは土曜に開催されている。そこで、ひと月を通じて生計を立てることができるように、こうした市場から市場を渡り歩く出店業者もいる。

Sunlighters | Kalinga Seneviratne”

そうした出店者の一人がチャノンから車で2時間のウルンガ村に住むアドリアネ・メルニツクさんである。彼女は、ガラス窓に張るとステンドグラスのような効果が得られる色とりどりのプラスチックを「サンライターズ」という名前を付けて売っている。自分のテントをカラフルに飾っているその商品を指さしながら、「私はアーティストでこれは全部手作りです。ここに来たのは4回目。ノーザン・リバーの市場はあちこちで出店しています。」と語った。メルニツクさんはまた、彼女の製品は無害な材料でできており、再利用が可能だ、と指摘した。

色のついた様々な石を切って宝石やネックレスを作っている地元のあるアーティストは、自分の商品を売るためにこの市場を利用している。「私は、天然の岩石を買って、それをカットして磨いてこれを作っています。車に住んでいるので家賃はかかりません。これを市場で売って生計を立てています。」サムと名乗ったこのアーティストは、ネックレスを50~150ドルの価格で売っている。

ジョン・アルクラン氏は、かつてバナナ生産者だったシーク系オーストラリア人の三世である。インド料理屋台の付いた車をウールグルガの自宅から3時間かけて運転してきて、バターチキンカレーやダールカレーに米やナンなどを付けて売っている。「ここは素晴らしい環境です。雰囲気がよく、食べ物もよく売れます。料理するものなら何でも受け入れられますし、人々の外見もいろいろです。」と、アルクラン氏は語った。

Third-generation John Arkan | Kalinga Seneviratne

政府は、この市場が地域の人びとや文化にもたらした貢献について認識しており、新型コロナウィルス感染症の拡大に伴う封鎖措置で働けなくなった人々に賃金を支払う「ジョブ・キーパー」の仕組みにこの市場のスタッフを取り込んでいる。

「市場を閉鎖した時は、スタッフたちがレールやトイレの壁を塗るなど、施設の向上に協力してくれました。また、スタッフは地元の業者のためにオンラインマーケットの開発を始めましたが、商品の配送料が高くうまくいっていません。」とマクファデン事務局長は語った。

「ブリスベンのような遠い地域からも、毎月(11月に)多くの人々がやってきます。しかし、現在は出店業者をチャノンから100キロ以内の業者に制限しようとしています。できるだけ、地元の農民やアーティストに対して、直接商品を売るチャンスを与えたいからです。」と、マクファデン事務局長は語った。(原文へ

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禁止の力:核兵器活動を非合法化

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ジョリーン・プレトリウス】

2021年1月に発効する核兵器禁止条約(TPNW)は、多くの活動を非合法化することにより核兵器を禁止するものである。これには、核兵器の保有、開発、実験、貯蔵、移譲、使用、使用の威嚇、奨励、配備などがある。なぜ核兵器の禁止が、核兵器に対する人々の考え方に心理的転換をもたらす歴史上重要な転換点であるかを理解するためには、何かを非合法化することが意味するものを理解する必要がある。(原文へ 

ある活動を非合法化するということは、それがコミュニティーにより受け入れられないものと見なされており、そのため、それを非合法化、非正当化することによりその活動を終わらせる(あるいは廃止する)法律が作られるということを意味する。それは、誰もその活動に二度と従事しないということを意味するわけではないが、従事すれば、彼らは法律の間違った側(あるいは法律の“外側”)にいるということになる。誰かが非合法化された場合、彼/彼女はもはや、コミュニティーの法律によって与えられる保護や便益を受けられなくなる。核兵器禁止の力はそこにある。核兵器(その延長でいえば、核戦争や原子力事故)を可能にする活動に従事する、あるいは従事することを考えるインセンティブが、これによって変化する。国の指導者だけでなく、核兵器に関する意思決定、支援、運用の過程に関与する個人の心理に影響を及ぼす。これには、核科学者、研究者、政治家、ビジネス関係者、技術者、軍司令官、その他、核兵器活動を支援する人々が含まれる。

第一に、ほとんどの個人、さらには個人を取り巻くコミュニティーである国家でさえ、法律の正しい側にいたい、道徳的に受け入れられることをしたいと望む。核兵器禁止が立脚する人道的アプローチの道徳的説得力は、核兵器を可能にする活動、そしてそのような活動に従事する人々に公式な非難を付す根拠となる。しかし、TPNWの影響は道徳的説得力にとどまらず、核兵器を可能にする活動に参加する人々に具体的な影響を及ぼす。非合法化された活動の結果として取得したものは、将来、押収され、破壊され、あるいは喪失する恐れがある。核兵器の製造や近代化のために巨額の投資をする国家は、国際社会から糾弾され、制裁を受け、最終的には核兵器を放棄せざるを得なくなるかもしれない。核兵器技術に投資する企業は、違法かつ不道徳な活動から利益を得ていることにより訴訟を起こされるかもしれない。核兵器技術者は、選んだキャリアと評判を失うかもしれない。

国家や個人へのインセンティブを変化させるTPNWの力は、物質的および評判上の傷がつくリスクだけにとどまらない。関係するすべての者にとって懲罰的影響も及ぼす。個人が核兵器活動に従事した場合、国際裁判所で裁判にかけられるかもしれない。核兵器禁止は、国際法制度に適合することを忘れてはならない。したがって、それが禁止する活動は、TPNWの文脈だけでなく、これを補完する国際法の文脈においても裁かれることになる。このような国際法の分野として、紛争における戦闘員と文民の区別、均衡のとれた戦力行使、不必要な苦痛の禁止を求める武力紛争法や、生存権と安全な環境への権利を保護する人権法がある。TPNWは、これらの国際法ですでに成文化された人道的根拠に基づいて兵器を禁止している。

人道的根拠に基づいて禁止されている他の二つの国際的行為、具体的には奴隷制と侵略戦争を禁止する国際法の影響力を見れば、禁止の力がよく分かる。かつては当たり前のように行われ、合法的だった奴隷制と侵略戦争は、逸脱とされるようになった。国際法の機能に関するより具体的な例は、この分野に存在する。1961年、アドルフ・アイヒマンは、アルゼンチンでイスラエルの特務員に捕らえられた後、ホロコーストで果たした役割によりイスラエルで裁判にかけられた。彼の捕捉と裁判は、奴隷制や海賊行為を廃止した法律により確立された主導原理、すなわち、人類の敵はいずれの国家でも捕捉して裁判にかけることができるという原理によって正当化された。アイヒマンは有罪とされ、処刑された。アウトロー(人類の敵)である彼は、いかなる法律によっても保護されることはできなかった。ニュルンベルク裁判と東京裁判のいずれにおいても、被告は、戦時中の残虐行為に加え、侵略戦争を非合法化した1928年のケロッグ・ブリアン条約を根拠とする平和に対する罪にも問われた。ロシアのクリミア併合は、ロシアに対する制裁と国際的な非難を引き起こした。また、重要な点として、クリミアに対するロシアの主権については不承認が示された。なぜなら、違法な行為、すなわち侵略戦争によってクリミアを獲得したからである。

このような法的前例は、TPNWが非合法化する活動に従事する個人や国、大国にとってさえも、意欲をそぐ強力な要因となるはずである。米国やロシアの指導者、あるいは核兵器を運用し、核戦略を策定する個人が、ハーグ裁判所で核兵器活動の罪により裁判にかけられることになるとは今は想像もできないかもしれない。しかし、第二次世界大戦終結前のドイツは大国だったことを忘れてはならない。ナチスが思い知った通り、きょう手出しができない大国も、あすは敗者として法に向き合わなければならないかもしれない。意図的であるか否かを問わず、核戦争とそれがもたらした想像を絶する人道的災害に責任がある国家とその指導者を思い浮かべて欲しい。そのような出来事の後で、核の抑止力はそのような惨事のリスクを正当化するものだったという弁明を世論は受け入れないだろうし、裁判所も受け入れないだろう。

確かに、現時点では、TPNWが拘束力を持つのは条約加盟国のみになる見込みである。しかし、核兵器禁止は徐々に力を拡大し、国際慣習法、つまり法律として認められる一般的慣行となり、どこでも、誰にでも拘束力を持つようになる可能性がある。それは、どのように機能するだろうか?国際慣習法は、慣行のパターンの実践にかかわるものであり、また、法的期待のパターン、つまり、あるものが法律としても受け入れられるとはいかなることであるのかという認識にもかかわる。核兵器保有国は、TPNWが核兵器に対抗する国際慣習法に寄与することを否定するために四苦八苦してきた。しかし、問題は、政府高官が何を言うかだけではなく、一般の人々が核兵器についてどう考えるかが、国際慣習法の形成にとって重要だということである。パウスト(Paust)は、こう論じている。「……特定の国家は、特定の規範が慣習法であることに同意せず、そのような規範を破りさえするかもしれない。しかし、一般に共有された法的期待のパターンとコミュニティーに現存する同調行動によってその規範が支持されているのなら、その国家はなおも拘束を受けるといえる」。

TPNWに加盟していない国に対して核兵器禁止に拘束力を持たせる根拠は、すでに構築されている。核兵器に反対する規範は、ほぼ普遍的な条約である1970年の核兵器不拡散条約(NPT)において明確になっている。残念ながら、NPTには法的抜け穴があり、核兵器保有国は核軍縮を無期延期することができる(1995年に同条約が無期限延長された時以来)。NPTは、第6条に核軍縮交渉を拘束力のある義務と定めているにも関わらず、1967年までに核実験を行った国家に対し、かかる交渉を行う期日を定めていない。核兵器保有国は、したがってNPTは彼らに核兵器を保有し、自国の思い通りに管理する国家主権を認めているのだと不誠実な解釈をしている。NPTに加盟していない4カ国は、核兵器保有国の例にならい、核兵器を獲得した。このような行為と解釈は、核兵器禁止とその慣習法としての地位に反するものである。私が考えるに、核廃絶に真剣に取り組む国々にとって、NPTに対するこのような解釈を無効化し、条約の本来の意図を改めて訴え、核兵器禁止の慣習法としての地位を強化する唯一の方法は、NPTを脱退してTPNWに加盟することである。脱退は、核兵器保有国が第6条に違反していることを正当な根拠とすることができる。

核兵器禁止の慣習法としての地位は、1986年のレイキャビク・サミットでレーガンとゴルバチョフが表明したように、幾度となく世界各国の首脳が公然と核兵器に遺憾の意を示していることによっても裏付けられる。国家首脳が核兵器を使用する可能性があったものの、その人道的影響(核のタブー)ゆえに、実際には使用しなかったという事例は、核兵器使用に反対する国家行動のパターンであることが明らかである。

TPNWは、積極的な国家や市民社会が、核兵器活動は人類全体にとって一般的に受け入れられないという法的事例を強化するために、必要な政治的取り組みを行うための手段である。近頃、NATO加盟20カ国と日本および韓国の元大統領、元首相、元外相、元防衛相、合わせて56人が公開書簡により、現職の首脳に対してTPNWに加盟するよう呼びかけたことは、このような取り組みの一例である。

ジョリーン・プレトリウスは、南アフリカのウェスタンケープ大学で国際関係学を教えている。1995年に核不拡散・核軍縮における業績によりノーベル平和賞を受賞した「科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議」の南アフリカ支部会員。

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シリアを巡るバイデン大統領のジレンマ

【ルンドIDN=ジョナサン・パワー】

第一次世界大戦後に英仏が既存の民族、宗教分布を無視して国境を確定した(=今日の内戦の火種)モザイク国家シリアの歴史と、米歴代政権のシリア内戦への関与の系譜(CIAが後に敵になるISISやアルカイダ支持者を含む反アサド勢力を支援)を解説したジョナサン・パワー(INPSコラムニスト)による視点。トランプ政権はシリアからの米軍全面撤退を打ち出したが、シリア担当の外交官らがサボタージュして依然として600人以上の米軍がシリアにとどまっていることが最近明らかになっている。シリアからの全面撤退は、従来米国と同盟してアサド政権・ISISと闘ってきたクルド勢力を見捨ててトルコの攻撃に晒すことになる、として反対を表明してきたバイデン氏が、大統領就任後に再びシリアへの関与を強めるのか否かに注目している。また、アサド政権を支援するイランとの核合意を破棄したトランプ政権に代わってバイデン政権は合意を復活される可能性があり、米国の中東外交の変化がシリア情勢に及ぼす影響についても考察している。(原文へFBポスト

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TPNWはNPTと矛盾するか、あるいは弱体化させるのか?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=タリク・ラウフ

核兵器禁止条約(TPNW)は、必ずしも、条約を支持する非核兵器保有国(NNWS)と核兵器保有国の大半および米国の核の傘に守られた米同盟国との間に争いをもたらす種となっているわけではない。TPNWに反対する人々は、TPNWに関する多くの懸念や欠点を指摘している。この短い論稿は、そのいくつかに答えるものである。(原文へ 

批判的な人々は、TPNWには以下のような欠陥があると主張する。

  1. 核兵器の定義がない: 確かにその通りであり、定義がない。しかし、不拡散条約(NPT)における非核兵器地帯(NWFZ)条約五つのうち四つにおいても定義はなく、定義があるのはトラテロルコ条約のみである(第5条)。
  2. 核不拡散条約(NPT)(第6条)に定める核軍縮の「効果的措置」を構成しない: TPNWは、核軍縮に関してNPT第6条で求められる「効果的措置」であり、1996年の包括的核実験禁止条約(CTBT)および2010年の新START(新戦略兵器削減条約)や1987年の中距離核戦力全廃条約(INF)のようなソ連/ロシアと米国の2国間協定(これらはNPTではなく国家安全保障を理由として締結されたが)、ラテンアメリカ・カリブ諸国、南太平洋、東南アジア、アフリカ、中央アジアで運用される五つの非核兵器地帯条約と肩を並べるものである。NPTは自動執行条約ではなく、執行を可能にする措置を必要とする。例えばNPT第2条および第3条に定める不拡散の誓約を検証するためには、NNWSと国際原子力機関(IAEA)との間で保障措置協定を締結する必要がある。第7条を執行するためにはNWFZ協定が必要である。また、原子力の平和利用に関する第4条を執行するためには原子力協力協定が必要である。
  3. 最新のIAEA保障措置(追加議定書)が含まれていない:正確には、TPNWの第3条に、NNWSの各締約国は「少なくとも、本条約発効時に効力を有する[IAEA]保障措置義務を守るものとする。ただし、これは、当該締約国が将来追加的な関連文書を採択する事を妨げない」と規定している。一方、IAEA理事会が1997年モデル追加議定書(AP)(INFCIRC/540)をNPT加盟NNWSに対するIAEA NPT包括的保障措置協定(INFCIRC/153)の必須項目にできなかったことは非常に残念なことであり、IAEA総会は、保障措置に関する年次決議において「追加議定書の締結は、各国の主権的決定である」と述べた。TPNWは、加盟NNWSに対して、少なくとも既存の保障措置協定を維持するよう求め、さらに強化した保障措置を規定した。これによりNPT加盟NNWSの80%が追加議定書を実施しているため、TPNWは不拡散の検証に関する現行の事実上の標準を確保している。これは、NPTが定める標準より厳しいものとなっている。
  4. 核軍縮の検証が含まれていない: 確かにその通りである。しかし、NPTにもNWFZ条約にも、検証の技術的詳細は含まれていない。現実には、検証は「機関[IAEA]の保障措置制度」に委ねられている。IAEAは、1970年のNPT発効を受けて1970~1971年に加盟国との共同作業により包括的保障措置(INFCIRC/153)を策定し、1993~97年に追加議定書(INFCIRC/540)を策定した。TPNW/IAEA加盟国は、TPNW発効後1年以内に開催されることになっている第1回締約国会議にIAEAを招待し、検証アプローチを策定する技術作業部会を設置するとともに、この目的のため、2021年IAEA総会で決議案を提出するべきである。また、慣習的な国際法の地位を獲得し、かつ検証に関する規定がない1972年署名(75年発効)の「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約(BTWC)」とは異なり、TPNWは、実際には検証アプローチを規定している。

 このほかの批判には、次のようなものがある。

  1. TPNWは、核兵器保有国の加盟を認める一方で、核兵器を保有していたが 武装解除した国の参加も認めるという点で矛盾している: 化学兵器禁止条約(CWC)は、化学兵器保有国も過去に備蓄化学兵器を廃棄した国もCWCに加盟することを認めていることを思い起こすことが有益である。したがって、TPNWも同様のロジックに従い、核兵器保有国もTPNWに加盟することができ、そのうえで、締約国により指名される権限ある国際当局の援助を受けて検証可能な形で核兵器を廃棄することができる。
  2. TPNWは、「核兵器の非保有に関する法的規範が存在しないことを示している」: TPNWの目的の一つが、核兵器保有を禁止する法的規範を確立することであり、これは、BTWCとCWCがそれぞれ生物兵器と化学兵器を違法化したことと同様である。
  3. TPNWは、「NPTに対する競合体制」を確立するもので、「NPTからの離脱」を招きかねない: トラテロルコ条約が初めてその適用地帯における核兵器を「禁止」し、その後、核兵器を否定する四つのNWFZ条約が締結されたが、いずれもNPTに対抗する、または取って代わるものとはみなされておらず、むしろ補い合うものと考えられている。TPNW締約国がNPTから「離脱」して、その不拡散義務を「縮小」しようとする可能性があると示唆することは、まったくもって筋の通らない話である。なぜなら、すでに上に述べた通り、TPNW自体が各締約国に対して「少なくとも、本条約発効時に効力を有する国際原子力機関の保障措置義務を守るものとする。ただし、これは、当該締約国が将来追加的な関連文書を採択する事を妨げない」(第3条)と求めているからである。
  4. TPNWは、「拡大抑止に基づく同盟関係を非正当化する」ものであり、そのため、同盟に加わるNNWSが自前の核兵器計画を策定する誘因になる: そのような主張は、同盟に加わるNNWSのNPTに対する誠実さと責任感を疑問視し、彼らが拡大核抑止に依存しているというだけの理由でその不拡散の信用性は疑わしいと示唆するものである。“ケーキを手元に残そうとし、同時にケーキを食べようとする”状況、つまり、核兵器の恩恵を被りながら(実際に核兵器を保有していなくても領土内に核兵器が配備されている場合を含む)、他のNNWSには不拡散を説いており、その結果、実質的にはNPTへの信頼を損なっているというのである。

 結論として、TPNWが発効し、賛成票を投じた122カ国のうち、さらに多くの国が批准手続きを完了し、それによって強行規範を確立して、すべてのNPT締約国だけでなく他の核兵器保有国にも対世的義務(訳者注=国際社会全体に対して負う義務)を生じさせたとき、慣習的国際法の下でTPNWが核兵器の禁止を生じさせる(create)ことはきわめて明白である。

タリク・ラウフは、国際原子力機関(IAEA)検証・安全保障政策課長(2002~2011年)、NPT運用検討会議へのIAEA代表団団長代理(2002~2010年)であった。日本の「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」委員(2017~2020年)、2015年NPT運用検討会議において主要委員会I(核軍縮)議長上級顧問を務めた。また、1987年よりすべてのNPT会合に公式代表者として出席している。

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核兵器禁止条約の軍縮プロセスに核保有国を取り込むために

世界の市民団体がNPT加盟国の大胆な行動を要求

カリスマ的指導者で汎アフリカ主義の信奉者ローリングス氏を偲ぶ

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

「よく響く太い声でクマのような大男(大柄で髭を生やした風貌)。」ガーナのジェリー・ジョン・ローリングス元大統領をそのようなイメージで思い出す人々もいるだろう。地元紙によると、ローリングス元大統領は11月12日、コルレ・ブー教育病院で亡くなった。享年73歳だった。

「巨木が倒れました。ガーナにとって計り知れない損失です。」と、ナナ・アクフォ・アド現大統領は語った。12月7に予定されている大統領選に向けた選挙活動は、ローリングス前大統領を偲んで一時休止となった。

Jerry John Rawlings
Jerry John Rawlings

ローリングス氏は、1947年6月22日にアクラで、スコットランド出身の薬剤師の父ジェームズ・ラムゼイ・ジョンとガーナ人(エウェ人)の母ビクトリア・アグボトゥィのもとに生まれた。首都の名門アチモト学校を卒業後、1967年8月にガーナ空軍(テシエの士官学校)に入隊した。

69年の卒業時には、空軍の最優秀士官候補生に授与される「スピードバード賞」を獲得。77年には幼なじみのナナ・コナドゥ・アゲマンと結婚して、4人の子供を儲けた。

ツイッター上でも多くの哀悼の言葉が寄せられたが、そうした一人でナイジェリアの起業家チェチェフラム・イケブイロ氏は、「ジェリー・ローリングス氏に憧れて育ちました。子どもの頃、彼がいかにして自力で政府から権力を奪取し腐敗を一掃したかについて聞かされていたからです。つまり当時のガーナ国民の生活は耐え難いほど悲惨なものとなっており、軍事独裁政権を倒すしかなかった。そして汚職・腐敗を止めるため、いわゆる『大掃除』作戦を断行したのだ、と。」

ガーナはサブサハラアフリカで欧州の宗主国から独立した初めて黒人国家だが、20年間に亘って政情不安(4回のクーデター)と経済停滞が続いた。ローリングス空軍大尉(当時)がその後長期にわたる政治の表舞台に出てきたのは1979年に軍事クーデターを率いたときで、当初は不正・腐敗に関与していた前政権の元首や高官を裁判にかけて銃殺刑に処すなど、厳しい政策を断行した。

ローリングス氏は当時、「もし権力の座にある人々が、私利私欲のために地位を利用するならば、民衆の抵抗に遭い追放されることになる。私自身も、これから行うことについてガーナの民衆の了承が得られなければ、銃殺隊の前に立つ覚悟はできている。」と宣言して、チームとともに腐敗一掃に着手した。ただし後年、いくつかの処刑については後悔していると回想している。

ローリングス氏は当時、自由アフリカ運動(FAM)など幅広い層の民衆の支持を得ていた。FAMは、独立後も支配的な影響力を及ぼしてきた欧州の旧宗主国政府や西側ビジネスの利権に近い腐敗した政治指導者らから、一致団結してアフリカ大陸を解放することを夢見る若者達の運動である。

1980年までに、既に軍で10年のキャリアを積んでいたローリングス氏は、若い兵士たちや貧困に喘ぐ都市部の労働者層の間で高い人気を誇るカリスマ的なリーダーになっていた。政権を掌握したローリングス氏は、ガーナ独立後の初代大統領クワメ・エンクルマを彷彿とさせる反帝国主義的な外交政策を推進した。

キューバ政府は、エンクルマ時代の友好関係を復活させてローリング政権に対して、とりわけ保健と教育分野の支援を表明した。そして、同国の青年の島にアンゴラ、モザンビーク、ナミビア、エチオピアの人民解放運動の子供たちのために設立した学校と並んで、ガーナの子供たちに向けた学校を開校した。

Map of Ghana

ローリング政権はまた、米国と南アフリカ共和国のアパルトヘイト政権が支援するゲリラ勢力の攻撃に晒されていたアンゴラ政府と友好関係を維持した。また、自身と同じく軍人出身のカリスマ的な指導者で1983年に政権を握ったブルキナファソのトーマス・サンカラ氏とも密接な関係を築いた。

冷戦が終結すると、ローリングス氏は民主化を推進して複数政党制を導入、選挙に勝利して大統領を2期務めた。2000年の大統領選挙では、憲法の三選禁止の規定に従い出馬しなかった。引退後は、アフリカ連合ソマリア特使、オックスフォード大学講師を務めたほか、2019年7月にはトーマス・サンカラ記念委員会の委員長に就任している。

「ローリングス氏は神がガーナに遣わした賜物でした。心から彼の冥福を祈ります。」とかつての盟友コジョ・ボアキェ・ギャン少佐が語ったと報じられた。(原文へ

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【ベルリンIDN=ラメシュ・ジャウラ】

核兵器禁止(核禁)条約の批准国が50カ国目に達したという知らせを受けたとき、サーロー節子さんは、「椅子から立ち上がることができず、両手に顔を埋めて喜びの涙にくれました。…私の心の中に生きている、広島長崎で命を失った多くの魂に思いを馳せました。愛する魂に『やっとここまでこぎ着けましたよ』と語りかけました。かけがえのない命で究極の犠牲を払わされた彼らに、最初にこの素晴らしいニュースを報告しました。」と語った。

広島原爆の被爆者であるサーロー節子さんは核兵器の廃絶を訴えて長年にわたって活動してきた。2017年のノーベル平和賞受賞団体である「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のウェブサイトに掲載された声明の中でサーローさんは、「私はこのことに達成感と満足感、そして感謝の思いでいっぱいです。この気持ちは、広島・長崎で原爆を生き延びた人々や南太平洋の島々やカザフスタン、オーストラリア、アルジェリアで行われた核実験で被爆した人々、さらにカナダ、米国、コンゴのウラン鉱山で被爆した人々も同じような気持ちでいると思います。」と語った。

Photo: Setsuko Thurlow, Source: Wikimedia Commons

広島・長崎への原爆投下75年にあたり、「核兵器を憂慮する信仰者のコミュニティー」は、世界189団体の賛同を得て8月6日に発表した共同声明の中で、「核兵器は、たった一発であっても、私たちの信仰の伝統と全く相容れないものであり、私たちが愛するすべてのものに想像を絶する破壊をもたらす脅威である」ことを改めて確認した。

「世界各地の多様な信仰を基盤とする団体(FBO)の連帯として、私たちは声を一つに人類の存続を脅かす核兵器の脅威を拒絶する」と共同声明は宣言している。

それから4カ月も経過しないうちに、教会や仏教団体を含む幅広い非政府組織(NGO)が、核兵器の包括的な禁止を初めて定めた核禁条約を歓迎した。

全ての核兵器を廃棄しその使用を永久に禁止することを目的とした核禁条約は、10月24日に決定的な節目(発効要件となる50カ国目が批准)を迎え、来年1月22日に発効することになった。

「ローマ教皇庁と歴代の教皇は、核兵器に反対する国連と世界の取り組みを積極的に支援してきました。」と『バチカン・ニュース』は報じている。教皇フランシスコは、国連75周年を記念した9月25日のビデオメッセージで、核軍縮や不拡散、核兵器の禁止に関する主要な国際的・法的枠組みへの支持を改めて呼びかけた。

Pope Francis in a meeting with President Christina Fernandez de Kirchner of Argentina in the Casa Rosada./ By Casa Rosada (Argentina Presidency of the Nation), CC BY-SA 2.0

主に英国国教会、正教会、プロテスタント系のキリスト教徒5億5000万人以上が加盟する世界教会協議会(WCC)も、10月26日、核禁条約の批准を歓迎した。

「条約が発効する90日の期間がついに動き出しました。すなわち、国際法における新たな規範的基準が創設されたということであり、締約国は条約を履行し始めなければならないということを意味します。」とWCCの「国際問題に関する教会委員会」担当局長であるピーター・プローブ氏は語った。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)年鑑によると、2020年初めの時点で推定1万3400発の核弾頭が人類の生存を脅かしている。しかし、核兵器を保有・開発し続けている9カ国の政府(ロシア・米国・中国・フランス・英国・パキスタン・インド・イスラエル・北朝鮮)が、核禁条約を厳しく批判している。

世界の192の国・地域に広がる、コミュニティーを基盤とした仏教団体である創価学会インタナショナル(SGI)の寺崎広嗣平和運動総局長は声明の中で、「条約の発効によって、核兵器が史上初めて全面的に『禁止されるべき対象』との根本規範が打ち立てられます。このことは、誠に重要な歴史的意義があります。」と述べ、これから発効までに、さらに多くの国が核禁条約に批准し、この規範がさらに強化されることに期待を寄せ、「世界の民衆に条約の意義と精神が広く普及されることを願ってやみません。」と語った。

寺崎氏はさらに、「条約発効後1年以内に開催される第1回締約国会合に、核保有国、日本を含む依存国も参加(注=条約未批准国も参加可能)し、核軍縮義務の履行も含め、核廃絶への具体的なあり方について幅広く検討することを強く祈念するものです。」と期待を寄せた。

同氏はまた、「核禁条約は、現実的な安全保障の観点を考慮せず、核保有国・依存国と非保有国との間の溝を深める」との批判が存在することを指摘したうえで、「しかし、核兵器に私たち市民の生命と財産の保証を託すことはできません。両者の間に溝があるとすれば、それは、核不拡散条約(NPT)で掲げられている『核保有国による核軍縮義務』の履行の停滞に原因があり、その履行のための具体的措置として、核禁条約が誕生したといえます。」と語った。

現在、世界では一層深刻な軍拡競争が始まっており、核兵器の近、小型化が進み、「使える兵器」となろうとしていることからも、核禁条約発効の持つ意味はきわめて大きい。

寺崎氏は、「人類を人質にする核兵器の存在を容認し続けるのか、それとも禁止し廃絶させるのか。この方向性を決めるのは市民社会の圧倒的な『声』です。私たち創価学会、SGIは、『核兵器のない世界』の実現へ向け、世界の民衆の連帯を更に広げるべく、より一層尽力してまいります。」と結論付けた。

SGIの声明は「核兵器なき世界への一歩前進に、これまで尽力されてきたヒバクシャの皆さま、有志国、国連、国際機関、共に汗してきた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)をはじめとするNGOの友人など、全ての関係者に深い敬意を表したいと思います。」と述べている。

1995年にノーベル平和賞を受賞した「科学と世界問題に関するパグウォッシュ会議」のセルジオ・ドゥアルテ会長と、パウロ・コッタ・ラムジーノ事務局長は声明の中で、核禁条約は「核兵器が使用されれば、人間や環境に受け入れがたい影響が及ぶという常識的な考えに基づいている。」と語った。

Sergio duarte
Sergio duarte

パグウォッシュ会議は、近い将来に核禁条約の加盟国数が、とりわけ既存及び計画されている非核兵器地帯に属する国々を含む形で拡大することに期待を寄せている。パグウォッシュ会議の声明は、「核禁条約はNPTと完全に両立するものであり、加盟国が他国に属する核兵器をホストすることを明確に禁止した唯一の条約である。核兵器国と非核兵器国は、核兵器の完全廃絶を成し遂げて核兵器があらゆる国の安全保障にもたらす脅威をなくすよう、協力していかなければならない。」と述べている。

モンゴルのNGOでICANのパートナー団体である「ブルーバナー(青旗)」は、 核禁条約批准国が50か国に達したことについて、「この最も危険な大量破壊兵器を国際法の下で違法化するうえで、大きな政治的推進力であり重要な一歩となった。」として歓迎した。

ブルーバナーは声明のなかで、「核禁条約の発効により、核兵器と核保有が『絶対悪であるという烙印』が押されることとなり、最終的な完全廃絶という目標を前進させることになるだろう。」と指摘したうえで、国際的な非核地位を認められ「人道の誓約」に加わり核禁条約の交渉に参加して採決に賛成したモンゴルが、「核禁条約に早期に加盟」するよう引き続き努力すると誓った。

さらに声明は、「ブルーバナーが、地域レベルでは、北東アジアにおける信頼を醸成するために地域の他の市民団体と協力し、核兵器が完全に廃絶されるまで、朝鮮半島の非核化と北東アジア非核兵器地帯の創設に向けて引き続き努力していくこと。さらに、全ての国に対して、核禁条約の署名・加盟を訴え、世界平和と持続可能な開発目標(SDGs)の実現に向けて同条約のもつ重要性に関して意識喚起すべく、引き続き他の諸団体と協力していく。」と述べている。

ブルーバナーは、核不拡散と、モンゴルを非核兵器地帯化する同国の取組みを後押しすべく、2005年に創設された。このNGO団体の議長は、モンゴルの元国連大使であるジャルガルサイハン・エンクサイハン博士である。

核政策法律家委員会(LCNP)西部諸州法律協会(WSLF)は米国政府に対して、「核禁条約への反対を取り下げ、核兵器に役割を与えない、より民主的な世界を実現し、国家の安全保障よりもむしろ人間の安全保障に向けたパラダイムシフトをはかるという核禁条約のビジョンを認める」よう強く要請している。両団体は、ICANのパートナー団体でもある国際反核法律家協会(IALANA)に加入している。(原文へ) |ドイツ語

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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核実験禁止条約の次期監督者選出に寄せて

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ラメシュ・タクール

世界的パンデミックの悪夢と核兵器管理の支柱崩壊のただなかで、反核運動の天空に今なお明るく輝く数少ない星の一つのリーダーが、11月25~27日にウィーンで選出されることになっている(訳者注=パンデミックのため、2021年以降に延期された)。(原文へ 

包括的核実験禁止条約は、変わり種である。化石と化したジュネーブ軍縮会議で交渉が膠着状態になったとき、オーストラリアが救出作業を主導し、1996年、国連総会での採択を実現した。すべての条約でないにせよ、一連の軍備管理協定の中では珍しいことに、この条約は法的には未発効であるものの、実務的には完全に機能している。これまでに184カ国が署名し、168カ国が批准している。附属書2には44カ国がリストアップされており、これらの国の批准が発効の要件となっている。44カ国のうち、中国、エジプト、イラン、イスラエル、米国は、署名したものの批准しておらず、インド、北朝鮮、パキスタンは署名もしていない。

批准を保留している8カ国すべての批准が私の生きている間に実現する見込みは皆無であり、儀式的再確認以上に気にすることは時間と労力の無駄である。この方式は、条約の発効を妨害するために巧妙に仕組まれたものかもしれない。標準的な方式では、発効に必要な批准数とその後の発効までの日数が指定される。そのため、2017年に採択された核兵器禁止条約では、発効に必要な批准数は50カ国のみであった。50カ国目の批准が10月24日に受理され、核兵器保有国は1カ国も署名していないにもかかわらず、条約は2021年1月22日に発効することになっている。

核実験禁止条約は、これとは根本からかけ離れている。当時も我々の一部が問うたことであるが、明白な疑問は、「他の条約が同様の方式を採ったなら、どうなっていただろうか?」である。その明らかな答えは、「どの条約も、世界の核秩序の基盤である核不拡散条約ですら、今日に至っても法的に発効していないだろう」である。

包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)は、核実験禁止条約の実施機関である。条約が発効するまでの間、暫定技術事務局が301の施設の国際監視制度と現地査察により、核実験禁止の遵守状況の検証に責任を負っている。オーストラリアには国際監視制度の一環として22の観測所と一つの研究所があり、施設数は世界で3番目に多い。

暫定事務局を率いる事務局長は、260人の職員と年間約1億3000万米ドルの予算を監督する。事務局長は、条約の検証制度に関連する取り組みを主導し、観測所のデータが、特に核実験(または地震)を検知した場合は、すべての締約国に通知されるようにする。歴代の事務局長は、ドイツのヴォルフガング・ホフマン氏(1997~2005年)、ハンガリーのティボル・トート氏(2005~13年)、ブルキナファソのラッシーナ・ゼルボ氏(2013年~現在)である。

ゼルボ氏の2期目の任期は2021年7月31日に終了する。彼の後任として10月9日の推薦期日までに名前が挙がったのは、オーストラリアのロバート・フロイド氏のみだった。しかし、理事会議長を務めるアルジェリアのファウジア・メバルキ(Faouzia Mebarki)氏の質疑を受けて、ゼルボ氏は6月に、締約国が望むのであればもう1期務めてもよいと述べた(実を言うと、私はフロイド氏ともゼルボ氏とも知り合いである。キャンベラ在住なので、当然ながらフロイド氏との接触がはるかに多い)。

国連中心のグローバルガバナンスを研究する者として、私は、すべての国際機関の最高責任者は任期を2期までとすることを強く提唱している。CTBTOの場合、前任者たちもこれを守り、条約の第2条D-49にも条約発効後の事務局長の任期は2期までと定められている。事務局と機構の制度的一貫性を保つためにも、成功を収めた模範的な最高責任者の尊厳ある選択肢は、職務を立派にやり遂げ、国際社会の感謝を受けたうえで、品位をもって退場することである。条約の任期制限条項は現在の状況には適用されないという詭弁を弄して、現職者が条約に違反するなら、事務局長として核実験禁止条約の規定の遵守を徹底させる道義的および政治的権威は、致命的に損なわれるだろう。

締約国は、あたかも条約がすでに発効しているかのように、実際上のあらゆる点において国際監視制度を運用に取り入れることによって、発効を妨げる法的障害を回避してきた。その一環として、条約に定められた任期制限の適用も含まれなければならない。ゼルボ氏は、機構の運用監視制度をきわめて信頼性の高いレベルまで強化したという点で、非常に優れた業績を挙げている。ふさわしい有望な候補者がいないというのであれば、今回に限り、締約国はゼルボ氏の3期目続投を考えても良いだろう。

フロイド氏は、CTBTOの重要な業務を担う候補としてふさわしく、実に素晴らしい経歴を有している。科学者として教育を受けた彼は、現在、核実験禁止条約を含むさまざまな大量破壊兵器管理条約の実施を担う国家機関である、オーストラリア保障措置・不拡散局の局長を務めている。技術的課題と政治的課題が交わる場において、技術面、運営面、外交面のハイレベルなリーダーシップを発揮してきた実績を有するフロイド氏は、事務局長に選出されれば、核不拡散・軍縮を推進する国際的努力におけるコンセンサス構築を構想している。これまでも現在も、国際組織における主導的地位に就くオーストラリア人が多すぎたということもないはずである。

インド太平洋地域では、1945年より、中国、フランス、インド、北朝鮮、パキスタン、英国、米国により、7回の核実験が実施されている。核実験に関しては、オーストラリアには葛藤の歴史がある。1956年から1963年までの間、英国は、オーストラリア領内で数回の核実験を実施し、それは長期にわたる傷跡を、特に先住民の人々に残した。1966年から1996年までの間、フランスは、フランス領ポリネシアにおいて200回近い大気圏内および地下核実験を行った。これは、太平洋地域全体に核実験への反発を引き起こし、オーストラリアとニュージーランドを核実験完全禁止の国際キャンペーンへと向かわせた。

CTBTOは今後、すぐにも核実験を再開する恐れがある北朝鮮の情勢を密接に監視する必要がある。逆に、北朝鮮が予想に反して非核化した場合、CTBTOはその後の検証メカニズムにおいて重要な役割を果たすことになる。いずれの場合にせよ、インド太平洋地域における経験豊富な人物が指揮を執ることは有益である。

この記事は、2020年11月17日にASPIの「The Strategist」に最初に掲載されたものです。
https://www.aspistrategist.org.au/choosing-the-next-overseer-of-the-nuclear-test-ban-treaty/

ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、核軍縮・不拡散アジア太平洋リーダーシップ・ネットワーク(APLN)理事を務める。元国際連合事務次長補、元APLN共同議長。

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この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ジョセフ・カミレリ】

数週間前にホンジュラスが50番目の批准国となり(2020年10月24日批准)、核兵器禁止条約がまもなく発効する運びとなったことは、重大な出来事である。条約は、1個の核弾頭も削減しないが、核兵器が倫理的に許されず、国際法に反するという原則を強化するものである。(原文へ 

核兵器保有9カ国あるいは国連安全保障理事会の常任理事国がいずれも条約の署名や批准を行っていないことは、さして驚くべきことではない。これらの国の政府はいずれも、2017年7月の条約採択を喜ばず、いくつかの国、なかでもトランプ政権は激しく反対した。

状況をさらに物語るように、G7参加国とNATO加盟の諸国はいずれも、条約の批准はおろか署名すらしておらず、いずれも近い将来署名する見込みはない。G20については、参加20カ国のうち6カ国のみが採択に賛成票を投じ(アルゼンチン、ブラジル、インドネシア、メキシコ、サウジアラビア、南アフリカ)、そのうち署名と批准を行ったのは南アフリカのみ、そのほかに署名したのはインドネシアのみであった。

このほか2カ国が、国際舞台における特筆すべき対応を見せた。EU加盟27カ国のうち、比較的影響力の小さい5カ国(オーストリア、キプロス、アイルランド、マルタ、スウェーデン)のみが条約の採択に賛成し、3年後にアイルランドとマルタのみが締約国となった。

経済協力開発機構(OECD)の場合、加盟37カ国のうち、採択に賛成したのはわずか7カ国、批准手続きを完了したのはオーストリア、アイルランド、ニュージーランドの3カ国のみである。

このような分析がなぜ重要なのか? なぜなら、経済的、軍事的に力を持つ国家はほぼ例外なく、核兵器の開発、保有、威嚇、使用を違法化する動きへの参加を拒否していることが分かるからである。もっとも、必死の努力にもかかわらず、核兵器保有国が条約を阻止できなかったことは紛れもない事実である。忠実な同盟国や従属国の支援と励ましを受けて、彼らは現在、条約を牙のないトラのままにしておこうともくろんでいる。

このような悪質な戦略は、必ずしも成功するとは限らない。条約がわずか3年で必要な批准を獲得できたのは、心強い話である。いまや目指すべきことは、今後3年間で批准国を倍増させることである。それにより、条約の道義的力を増強し、核依存症を手放すよう、各国政府や一般の人々への圧力も高めていくことができる。

条約への支援を広げることはきわめて重要である。しかし、それだけでは十分ではない。条約に加盟するには程遠いにもかかわらず、各国、とりわけ核抑止が自国の安全保障の鍵になると考えている国は、実質的で検証可能な、期限を区切った核軍縮合意の見込みを高めるかのような振る舞いをすることがある。

例えば、包括的核実験禁止条約の発効は、同条約第14条に指定された44カ国すべての批准を条件としており、36カ国は粛々と批准したものの、主要国、具体的には米国、中国、インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエル、イラン、エジプトは、まだ批准していない。

その他の重要なステップには、次のようなものがある。

  • 核兵器使用に対する作戦即応性の引き下げや先制不使用方針など、核兵器保有国による核リスク低減策や核の透明性に関する対策
  • 核保有国による核備蓄削減と核兵器近代化計画の中止の合意
  • 中東非核兵器地帯を確立する国連プロセスの再開
  • 北東アジア非核兵器地帯を確立する前段階としての信頼醸成措置

核保有国が核軍縮に向けて動くという責任は、議論の余地がない。それでも、米国の影響力の強い同盟国や友好国が果たしうるきわめて重要な役割がある。ロシアと中国の場合、同盟国や友好国は数が少なく、影響力も概して小さいが、だからといって彼らを看過するべきではない。

これらの中小国は、核兵器不拡散条約の締約国のほぼすべてを占める。その多くは、さまざまな場面で、自らを核軍縮の熱心な提唱者であると表明してきた。現在、米国の同盟国で核兵器禁止条約を批准しているのは、ニュージーランドとフィリピンの2カ国のみである。ロシアが主導する集団安全保障条約機構では、禁止条約を批准した加盟国はカザフスタン1カ国のみである。

これらの国の少なくとも一部から一定の支援を引き出すことは、戦略的に重要であり、政治的に実行可能である。核兵器禁止条約に現在欠けているものは、他の多国間合意、特にオタワ条約(対人地雷禁止条約)、クラスター弾禁止条約、(国際刑事裁判所に関する)ローマ規程に対して欧州諸国が示したような力強い支援である。京都議定書からパリ協定まで、気候変動対策についても同様のことがいえる。

核兵器の話となると、米国の一部同盟国の態度を変えることは難しいだろう。特にフランス、また、それほどでもないが英国もそうである。しかし、NATO内では、カナダ、ノルウェー、オランダ、ギリシャ、イタリア、さらにはドイツやトルコなど、かなり多くの国が時間をかければ説得に応じてくれるかもしれない。アジア太平洋地域でも、日本、韓国、オーストラリアに同様のことがいえるだろう。

これらの国の1カ国あるいは何カ国かが兄貴分に逆らって条約に署名するようもっていくことを、戦略的優先事項とみなすべきである。それにより、条約が切に必要としている地政学的影響力を獲得して、他の同盟国が後に続くための先例を作り、核兵器保有国が条約への姿勢を再考して実質的な核軍縮アジェンダを支援するよう、圧力をかけることができる。

このようなことは、国民感情(「世論」とは別に)の大きな転換がなければ、ほとんど、あるいはまったく起こらない。確かに、いくつかの組織は広範囲にわたる啓発キャンペーンやアドボカシーキャンペーンを実施している。その中には、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)、PragueVision、核軍縮・不拡散議員連盟、バーゼル平和事務所、グローバル・セキュリティ・イニシアティブ、平和首長会議2020ビジョン、アボリション2000がある。これらのうち最も大きな成果を挙げているのが、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)であり、設立後わずか10年で、2017年ノーベル平和賞を受賞した。ICANは、共感を得られそうな国の政府に集中的なロビー活動を行い、政府間プロセスや政府間交渉にまで介入し(成功の度合いはさまざまであるが)、国連においてより強固な足場を築いてきた。

しかし、彼らは、冷戦終結の前触れとなった1970年代後半から1980年代前半の大衆の熱狂と動員を再現することはできなかった。核兵器が実存的脅威をもたらすという命題は、抽象的には広く認められているが、緊急の集団行動を要請するものとしては受け止められていない。ここでの問題は、「あまりにも多くの不吉な暗雲が頭上に漂う状況にうんざりしている一般の人々を、いかに活性化できるか?」である。この点について、特に米国と密接な同盟関係にある欧州およびインド太平洋地域の国々において、我々は持続的な国民的対話を行う必要がある。

そのような対話は、大胆かつ創造的な思考を養うものでなければならない。それは、我々が抱える核の苦境の症状だけでなく、その原因を探るものでなければならない。核の脅威が、他の問題や危機、とりわけ気候変動と密接に絡み合っており、それらの問題はいずれも単独で十分に理解することはできないし、まして対策を講じることもできないということを明確にしなければならない。きわめて重要なこととして、我々は安全保障への分別あるアプローチを妨げる障害を特定し、目的に合わない考え方や制度を疑う姿勢を持たなければならない。そして、これらはすべて、包括的なアウトリーチプログラムの一環として、職業団体、企業、労働組合、コミュニティーや宗教団体、スポーツおよび文化的ネットワークなど、さまざまな組織と連携しながら行う必要がある。

道はまだ始まったばかりである。

ジョセフ・アンソニー・カミレリは、ラ・トローブ大学名誉教授であり、1994年から2012年まで国際関係論の講座を担当した。また、2006年から2012年まで同大学Centre for Dialogueの初代センター長を務めた。オーストラリア社会科学アカデミーのフェローである。執筆または編集に携わった主要な著書は約30冊、執筆した書籍の章および学術誌の論文は100本を超える。テーマは、安全保障、対話と紛争解決、社会における宗教と文化の役割、オーストラリアにおける多文化主義、アジア太平洋地域の政治などの分野に及ぶ。最近の共著には、マイケル・ハメル・グリーンとの “The 2017 Nuclear Ban Treaty: A New Path to Nuclear Disarmament” (2019年)、デボラ・ゲスとの “Towards a Just and Ecologically Sustainable Peace: Navigating the Great Transition” (2020年)がある。

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