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著名な仏教指導者、核軍縮サミット開催を求める

【ベルリン/東京IDN=ラメシュ・ジャウラ、浅霧勝浩】

日本の仏教哲学者・平和活動家である池田大作氏は、世界の核兵器の90%以上を保有している米国とロシアの首脳会談を早期に開催し、核軍縮に向けた世界的なうねりを生み出すことを提唱した。

仏教団体である創価学会インタナショナル(SGI)の池田会長の提案は、2017年1月26日に発表された第35回平和提言「希望の暁鐘 青年の大連帯」に盛り込まれている。

この提言は、ミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領が「まるで世界が戦争の準備を進めているかのようだ」と警告する中で出されたものである。ゴルバチョフ氏は『タイム』誌に寄稿した記事の中で、「今日の世界は問題で溢れかえっている。

政策当事者たちは困って、どうしたらいいか分からないようだ。しかし、政治の軍事化と新たな軍拡競争ほど、今日において緊急の問題はないだろう。この破滅的な競争を止め、反転させることが、私たちの最優先課題であるべきだ。現在の状況はあまりにも危険だ。」と述べている。

ゴルバチョフ氏は、国連安保理が「元首級」の会合を開き、「核戦争は許されず、決して遂行されてはならないと謳う決議を採択する」よう求めた。

池田会長の平和提言はまた、米国のドナルド・トランプ大統領が核の危険を減らすのか、それとも自滅的な軍拡競争につながる行動に訴えるのかについて、専門家が読み切れずにいる中で発表されたものでもある。

トランプ大統領が1月20日に第45代米国大統領に就任する5日前、『サンデー・タイムズ』紙は、「トランプ大統領の初外遊として恐らくはアイスランドの首都レイキャビクでロシアのウラジミール・プーチン大統領との首脳会談を計画している、とトランプ大統領の側近が英国当局に対して語った。」と報じた。同紙は、匿名筋の情報として、トランプ大統領が核兵器を制限する協定の策定を始めることを計画し、ロシアも会談開催に合意したと報じている。

同紙によれば、トランプ大統領はアイスランドの首都で1986年にロナルド・レーガン大統領(当時)がソ連のゴルバチョフソ連共産党書記長(当時)と行った首脳会談に追随しようとしているという。米ソ両首脳は、冷戦の最中、重要な核軍縮条約を策定すべく会談を行った。しかし、トランプ政権のショーン・スパイサー報道官はこの報道を否定し、ツイッターで「100%事実無根」と述べている。

池田会長は平和提言で、師である創価学会の戸田城聖第2代会長が60年前の1957年に発表した「原水爆禁止宣言」を想起している。戸田会長は、核抑止は幻想に過ぎないことを明らかにしようとし、核兵器の使用は決して正当化されないと力説した。

池田会長は12月23日に国連総会で採択された決議を歓迎している。これは、(軍縮と国際安全保障問題を扱う)国連総会第一委員会が10月27日に採択した決議を受けたものである。同決議は、一部の核保有国からの強い反対を受けながらも、核兵器禁止条約に関する交渉を開始することを決定したものである。

国連総会は、「核兵器を禁止しその完全廃絶につなげるような法的拘束力のある文書」を交渉するすべての加盟国に開かれた会議を2017年3月から開始することを決めた。ニューヨークの国連本部で開催される予定のこの会議は、3月27日~31日と6月15日~7月7日の2つの会期に分かれている。

池田会長は、この交渉に核保有国の参加が厳しい予想ではあるが、唯一の戦争被爆国である日本には、できるだけ多くの国々に参加を働きかける道義的責任がある、と強調している。

池田会長は、そうした法的文書の制定は、いかなる国にも核戦争による惨劇が絶対に繰り返されないための地球的共同作業である、と指摘したうえで、核兵器禁止条約は、核不拡散条約(NPT)に一致すると強調している。NPTの第6条は、完全な核軍縮に向けて誠実に交渉を行うことを締約国に求めている。

池田会長は、この交渉プロセスにおける市民社会の行動は、核兵器禁止条約を「民衆の主導による国際法」として確立する流れを作り出す力になると見ている。

SGIの35回目の平和提言の重要性は、この提言が『原子科学者紀要』の科学・安全保障理事会が、「世界終末時計」の70年の歴史上初めて、この象徴的な時計の針を、午前0時(=人類の絶滅)に向けて30秒進めた(=あと2分30秒)日と同じ1月26日に発表された点にある。

世界終末時計の針を動かす決定は、『原子科学者紀要』科学・安全保障理事会が、15人のノーベル賞受賞者を含む同誌の支援者会議との協議のうえで行っている。

『原子科学者紀要』は「理事会は、米国の新大統領であるドナルド・トランプ氏というたった1人の言葉を元にこの決定をなしたが、これもまた初めてのことだ。」と述べている。

終末時計に関する科学・安全保障理事会の声明全文は、2016年1月には時計の針は動かされず「午前0時まで3分」に留まったと指摘している。なお、2015年には時計の針が「午前0時まで5分」から「3分」に進められ、1980年代の軍拡競争の時代以来、午前0時に最も近づいていた。

理事会はさらに、「2016年を通じて、核兵器と気候変動という人類の存在を脅かす最も緊急の脅威に効果的に取り組むことに国際社会が失敗する中で、世界の安全保障環境は悪化した。」と述べている。

「この既に危機的な世界情勢は、2016年にナショナリズムが世界的に高揚したことが背景にある。例えば、米国大統領選で勝利を収めることになるドナルド・トランプ氏は選挙期間中、核兵器の使用と拡散について不安感を煽る発言をし、気候変動に関して科学的に圧倒的な一致を見ている事柄についての不信を表明した。…」

「史上初めて、針を1分未満動かすという理事会の決定は、この声明を発表する時点で、トランプ氏が米国大統領に就任してほんの数日であるという、単純な事実を反映している。…」

こうした背景により、核兵器を禁止し「核兵器なき世界」を導くための重要なステップとして、核軍縮に向けた世界的な流れを構築するよう繰り返し訴えてきた池田会長の提言に、さらなるスポットライトが当たることになる。

また池田会長は、こうすることで、アントニオ・グテーレス国連新事務総長をはじめとする勢力と、手を携えていくことになる。グテーレス事務総長は、「軍縮は、既存の紛争を終わらせ、新たな紛争の発生を予防するうえで、重要な役割を担いうる。」と論じ、「すべての大量破壊兵器の廃絶と通常兵器の厳格な規制を積極的に追求する」ことを誓っている。

グテーレス事務総長は、1月23日に2017年(全3会期)の第1会期を開始したジュネーブ軍縮会議へのビデオメッセージで、「私は核兵器なき世界の実現に向けて最大限努力します。」と宣言している。(原文へ)

INPS Japan

 

1発の銃弾も撃つことなく存続するイラン核合意

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【ワシントンDC・IDN=ロドニー・レイノルズ】

昨年の米大統領選挙の真っ最中、共和党のドナルド・トランプ候補はテレビの生放送で、159ページに及ぶイラン核合意を破棄すると脅しをかけた。

トランプ氏はイラン核合意の正式名称である「共同包括的行動計画」(JCPOA)を、「愚か」「面汚しの一方的合意」「これまでの交渉で最悪」などと特徴的な「トランプ語」で非難した。

Donald Trump/ The White House
Donald Trump/ The White House

トランプ氏は1月20日に第45第アメリカ合衆国大統領に就任するが、彼はこれまでの自身の脅し文句やレトリックを押し通すだろうか、それともそれらは全て政治的な大言壮語なのだろうか。

あるいは、彼がしばしばツイッターでつぶやいているように、「言葉だけで行動が伴わない」ことになるのだろうか。

イラン核合意から1年となる今年1月16日、主な交渉当事者のひとりで、間もなく退任するジョン・ケリー米国務長官は、イラン核合意に完全なる信頼を寄せる点で揺るぎない態度を見せた。

「イラン核合意は、1発の銃弾も撃つことなく、1人の兵士も戦場に送ることなく、深刻な核の脅威の問題を解決したのです。しかも、この核合意は、国連安保理において全会一致で承認され、世界100カ国以上の支持を得ています。」とケリー長官は語った。

「イラン政府との間には、なお重大な意見の隔たりがあり、同国によるテロ支援や、人権の軽視、中東地域を不安定化させる活動を食い止めていかなくてはなりません。しかし、米国や、中東におけるパートナーや同盟国、そして国際社会全体は、イラン核合意によって、より安全になったのです。」とケリー長官は力説した。

米国では誤解があるが、イラン核合意はイラン・米国の二国間合意ではない。それどころか、国連安保理の常任理事国である世界の5大国(米国・英国・フランス・ロシア・中国)とドイツ(P+1)、さらには、欧州連合が当事者として関与している。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)軍縮・軍備管理・不拡散プログラムの責任者タリク・ラウフ氏はIDNの取材に対して、「あらゆる合理的、技術的根拠から見ても、イラン核合意は順調に履行されています。」と語った。

イランは、合意に基づいて核措置の一部を履行し、現在も継続している。このことは国際原子力機関(IAEA)も、四半期報告で定期的に確認している。

IAEA
IAEA

ラウフ氏は、「イラン核合意に代わる合理的な案などあり得ません。まともな精神の持ち主ならば『よりよい合意』などないことがわかるはずです。」と語った。

2002年から2012年まで核査察や不拡散、軍縮問題を取り扱うIAEAの主席職員だったラウフ氏は、「イスラエルの軍・諜報部門やサウジアラビアのトゥルキ・ファイサル王子(サウジ諜報部門の元トップ)などがイラン核合意の継続をいまや支持しています。それは、この合意がイランの核計画を制約するうえで効果的であり、明らかに機能していると彼らがみなしているからです。」と語った。

ケリー長官は、国務省が1月16日に発表した声明で、イラン核合意は「イランによる核兵器取得を阻止し、重大な国際的難題に対処する継続的で、原則的で、多国間の外交の力を示した歴史的了解」であると述べた。

「このきわめて高度に技術的な協定を履行するには、P5+1、欧州連合、イランというすべての当事者による相当な努力が必要とされます。」とケリー長官は指摘した。

IAEAが、集中的なアクセスと監視に関する規定を通じて合意の検証を続ける中、合意が機能しており、すべての当事者が約束を果たしているのは疑いない、とケリー長官は断言した。

ケリー長官はまた、合意履行における詳細についてもいくらか触れた。

イランは濃縮ウランの98%をすでに移出し、遠心分離器の3分の2を解体し、プルトニウム炉にコンクリートを注入し、これまでで最も厳密な核査察体制を履行している。

1月16日、IAEAは、イラン核合意における別の約束を果たすために、合意された1年の期限が来るのを前に、イランがフォルドウ燃料濃縮工場の機器を撤去したことを確認した。

「米国と我々のパートナーは、核関連制裁の解除という約束を完全に履行してきています。イランが合意に従うかぎり、我々も約束を守り続けます。」とケリー長官は明言した。

Tariq Rauf
Tariq Rauf

しかし、SIPRIのラウフ氏はIDNの取材に対して、「米国とイランの両国において、イラン核合意に強硬に反対する勢力は依然として強力です。」と語った。

「ドナルド・J・トランプ氏が当選し、米議会内のイデオロギー的な共和党勢力と、イランの強硬な保守的宗教勢力と革命軍勢力は黙っておらず、イラン核合意に関して障害を生み出すかもしれない。」とラウフ氏は語った。

「イランのハサン・ロウハニ政権が名実ともにイラン核合意を良心的かつ誠実に履行するようにさらなる努力をすることで、米共和党内における親イスラエル勢力をいたずらに挑発しないようにすることが絶対必要だ」とラウフ氏は指摘した。

 共和党勢力は、人権や地域安全保障、石油輸出などの問題で一歩踏み出し、イラン核合意の崩壊につながるような反応をイランから引き出そうとする可能性が高い。

「ロウハニ政権が挑発に乗って報復することなく自制し、イラン核合意を完全に履行することで、米国内の共和党強硬派からの否定的な行動や挑発を国際社会が非難するように仕向けてくれるといいのだが。」とラウフ氏は語った。(原文へ

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|御木本真珠島|世界初の真珠養殖に成功した島

【東京/志摩INPS Japan=浅霧勝浩】

「『世界中の女性を真珠で美しく飾りたい。』これは1954年に96歳で他界した御木本幸吉が終生望んだ夢でした。」と、株式会社御木本真珠島の柴原昇取締役は、同社が経営する「ミキモト真珠島」の島名の由来でもある創業者の銅像の前で、私たちに説明してくれた。

柴原氏はさらに、「御木本幸吉は、その夢を実現するには、尾崎行雄が目指した民主主義の理念に基づく平和と信頼関係が諸外国との間になければならないことを理解していました。」と語った。

Ozaki Yukio Memorial Foundation
Ozaki Yukio Memorial Foundation

三重県旧宇治山田市(現伊勢市)選出で、雅号「咢堂(がくどう)」でも知られる尾崎行雄は、衆議院議員を63年務め(1890年~1953年)、「憲政の神様」「日本の立憲民主主義の父」として今なお尊敬を集めている。一方、御木本幸吉は、尾崎行雄の最大の理解者の一人であり、両者は奇しくも同じ1858年に生まれ、1953年に他界している。

「私は、いえ私たち社員は、二人の意志を引き継ぎ、関係機関・団体のみなさまと連携協力し、これからも民間外交の一端を担っていきます。」と柴原氏は語った。

尾崎行雄とも縁が深い日米親善の伝統的行事であるワシントン「桜まつり」では、1957年以来、新たに選出される「全米さくらの女王」の頭上に、ミキモトが寄贈した「真珠の王冠」が載せられている。ミキモトはまた、「全米さくらの女王」一行が親善使節団として来日(内閣総理大臣や国会議長等を表敬訪問)する際には、三重県鳥羽市(名古屋から南西150キロ)にあるミキモト真珠島でも一行を歓迎し、女王に真珠を贈呈している。

全米さくらの女王一行の三重県訪問については、2010年以来伊勢市の委託で「尾崎咢堂記念館」を運営管理しているNPO法人咢堂香風(2006年設立)が、受入・日程調整等全般を担当している。

記者らも、G7伊勢志摩サミット取材のため三重県を訪問した際に、咢堂香風の土井孝子理事長の案内でミキモト真珠島を訪問した。ここは御木本幸吉が1893年に世界で初めて真珠の養殖に成功したゆかりの島であり、現在はパールブリッジで本土とつながっている。伊勢湾の美しい景観に囲まれた緑豊かな島内には、株式会社御木本真珠島が運営する、真珠博物館(養殖過程等の展示・真珠宝飾品・美術工芸品の展示)、御木本幸吉記念館、パールプラザ(真珠製品などミキモトブランド商品・オリジナル商品等の販売、レストラン)、海女スタンド(海女によるアコヤ貝の採取実演を見学)などの建物があり、ゆったりと真珠の魅力に浸ることができる。

ミキモト真珠島はまた、G7伊勢志摩サミットにおける配偶者プログラムの訪問地に選ばれ、5月26日午後には、カナダのドルトー夫人、ドイツのザウアー夫君、トゥスク欧州理事会議長夫人、安倍昭恵総理夫人が同島を訪問した。

Mikimoto Pearl Island
Mikimoto Pearl Island

その2日後、記者らは柴原氏の案内で、海底に潜ってアコヤ貝を採取する海女の実演を見学した。ミキモト真珠島では、真珠養殖を支えた海女の活躍を記念するために、年間を通じて海女の実演を行っている。昔ながらの白い磯着の海女がみられるのは今ではここミキモト真珠島だけになったと言われている。

御木本幸吉記念館は、幸吉の郷土との深い関わりと、波瀾に富んだ生涯と業績をテーマに、生家「阿波幸」の復元、鳥羽に残る幸吉の足跡、当時(明治時代)の鳥羽の様子が一目でわかるジオラマなど、数多くの写真や実物、説明パネルを時代順に展示している。ここに展示されている幸吉愛用の日常品やコレクションなど、遺品の数々は、幸吉独特の人生哲学や暮らしぶりを伝えている。

御木本幸吉は1958年に鳥羽市で代々うどんの製造・販売を営む「阿波幸」の長男として生まれた。郷里の志摩地域で採れる真珠の美しさと価値を理解していた幸吉は、当初しばらくあこや貝の増殖に取り組んだ後、前人未到の真珠の養殖実験に取り掛かった。そして1893年には、ついに真珠の養殖に成功(5粒の半円真珠の誕生)、1908年には真円真珠養殖法の特許を取得している。

柴原氏は、ミキモトが1926年のフィラデルフィア万博に出品した「法隆寺五重塔」の縮尺模型(12,760個の真珠を使用)等、真珠博物館に展示されているいくつかの精巧な作品を見せてくれた。

「パールクラウン1世」は、1987年の『養殖真珠誕生85周年』を記念して制作された作品で、デザインは、1911年の英国王ジョージ5世とメアリー王妃の戴冠式のために作成された「メアリー王妃の王冠」をモデルにしており、18金地金700グラムに872個のミキモト養殖真珠と188個のダイヤモンドが鏤められている。

「パールクラウン2世」は、中世ビザンチン様式の王冠をモデルに制作された作品で、王冠のトップに16ミリの真珠をあしらい、18金地金950グラムに796個のミキモト養殖真珠と17個のダイヤモンドが鏤められている。また王冠上部のベルベット地の表面にピンクの真珠をあしらっている他、真珠の一部は固定されずペンダント状に付けられているため、動くと漣のように揺れる構造となっている。

そして「真珠の地球儀」。幸吉は、事務所の部屋に大きな地球儀を置いて、客が来るとそれをくるくる回して『わしは毎日世界を飛び回っているのだ』と言ったといわれている。つまり、「地球儀」は、広い視野で世界を見据えて真珠の事業を進めてきた幸吉の精神を象徴するものだった。

Kokichi Mikimoto/ Mikimoto Pearl Island

アメリカ独立の象徴でもある「自由の鐘」(真珠12,250個、ダイヤモンド366個を使用)も、真珠博物館に展示されている代表的な作品である。有名な鐘の「ひび割れ部分」も、実物と同じような青真珠で表現されている。「ミキモトがこの作品を、1939年(昭和14年)にニューヨーク万国博覧会に出品した際には、『百万ドルの鐘』として大評判になりました。」と柴原氏は語った。

柴原氏は、「この『地球儀』は、人類の地球環境への関心を高めるために、1990年(平成2年)に制作された、ミキモトの職人芸の粋を凝らした作品例です。このユニークなデザインと宝飾を施した地球儀は、それまでに作られたどの地球儀にも似ていません。」と、解説してくれた。

この「地球儀」は、一見すると不安定に感じるが、回転する姿は角度によって様々な表情を見せる。地球本体を支える軸はブロンズ製黒紫仕上げの円柱で、地軸に合わせた傾斜角が付けられている。円柱には黄道十二宮の各星座が真珠と金の高肉象嵌技法(地板面より金線を高く出す技法)で表されており、これにより、真珠の球形と相まって立体的な効果を出している。また、台座はブロンズ鋳造による直径70cmの12角形で、それぞれの面には日本の季節を代表する草花を銅版に彫金し、美しい金銷技法で仕上げた花卉文薄肉彫が取りつけられている。

また御木本幸吉記念館では、米国の著名な発明家で事業家のトーマス・エジソンが御木本幸吉に宛てた手紙を見かけた。これはエジソンと幸吉が、ニュージャージー州ウエスト・オレンジにあるエジソンの研究所を一緒に訪れたあとに書かれたものだ。

The Pearl Globe/ Mikimoto Pearl Island
The Pearl Globe/ Mikimoto Pearl Island
Thomas Edison/ Public Domain

エジソンは、「親愛なる幸吉」としたためたこの手紙の中で、「真珠の養殖という、生物学的に不可能とされていたことを可能にしたあなたの業績は、世界の不思議の一つですね。」と述べている。これに対して幸吉は、「あなたが世界の発明家たちの仰ぐ月ならば、私は小さな星の一つに過ぎません。」と返答している。

真珠は、数千に及ぶカルシウムの結晶と真珠層タンパク(コンキオリン)が交互に重なった層状をなしており、その価値は、大きさ、形、色、光沢、キズによって決められる。中でも最も重要な要素は真珠層の厚さである。またネックレスやマルチパールブローチでは、全体の調和・バランスも重要な要素となる。

パールプラザには、1階にミキモト製の豊富な真珠製品・オリジナル製品を取り揃えた「パールショップ」、2階には鳥羽湾の絶景を眺めながら食事が楽しめる「レストラン」がある。

SDGs Goal No. 14
SDGs Goal No. 14

「世界中の女性を真珠で美しく飾りたい。」という御木本幸吉の夢は実現された。ミキモトの店舗は、日本国内はもとより、パリ、ニューヨーク、シカゴ、ボストン、ロサンゼルス、サンフランシスコ、上海、シンガポール、ムンバイ他にも出店をはたし、世界の一流宝石店として高い評価を得ている。柴原取締役は、新たな顧客と市場を求めて世界に熱い視線を注いでいる。

またミキモトでは、企業の社会的責任(環境CSR)を念頭に、自然環境の保全と永続的な養殖事業のために、排出物ゼロ(=真珠の養殖過程での排出物を全て活用すること)を目指した、ゼロ・エミッション型の真珠養殖を推進している。具体的には、真珠を採収した後の貝肉や貝殻からコラーゲンや真珠層タンパク(コンキオリン)、パールミネラルなどの有用成分を抽出して化粧品や健康食品の原料として利用している。さらに、貝殻を装飾品や土壌改良剤として、また貝肉残渣物や養殖中の貝殻の付着生物を堆肥(コンポスト)として活用している。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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【チェンナイIDN=ジェヤ・ラニ】

どこであれ読者がこの記事を読んでいる間に、インドのどこかで、誰かが殺され、あるいは強姦され、辱められ、権利を侵害されている。しかもそれは、その人物が「ダリット」と呼ばれる下層カーストの出身というだけの理由でそのような目に遭っているのである。

全国犯罪記録局の「代わり映えのしない」統計によると、インドでは2時間ごとに1人のダリットが暴行を受けている。また少なくとも、24時間ごとに、3人のダリット女性が強姦され、2人のダリットが殺害され、2軒のダリットの家屋が放火されている。

インド各地で横行しているダリットに対する蛮行を取り扱った報道に関しては、速報で伝えられることもなければ、高い視聴率を獲得することもない。しかし、しばしば「世界最大の民主主義国」と称されるこの国(=インド)において、なぜこうした問題が取り上げられることがないのだろうか?

暴力がポルノビデオよりもセンセーションを引き起こすこの時代にあっては、ダリットに対する暴力を伝える唯一の有益な手段は、コマーシャリズムの活用だろう。インドの60万の村落が、支配的なカーストの住むウール(oors)とダリットの住むチェリ(cheris)に隔離されているかぎり、そして、支配的なカーストだけがものを書き、カープ・パンチャーヤト(全員男性からなる無選挙の村の長老会)を通じてダリットに対して慣習法を強制しているかぎり、本来ならば、ダリットに対する暴力に関連したニュースには事欠くことがないだろう。

Illustrated Proverb: Blind men and the Elephant/ Pawyi Lee – Phra That Phanom chedi, Amphoe That Phanom, Nakhon Phanom Province, northeastern Thailand., Public Domain

インドの主流メディアが現実に目覚め、今日のインドにおけるカースト支配がいかに醜悪なものかを真に理解することを願う。インド各地でカーストに起因するどのような蛮行が実際に起きているのか、私たちはその全貌を知る由もない。今日のインド社会が、カーストに起因する蛮行の実態に対して無知なさまは、まさにあたかも、「群盲象をなでる(盲人らが象を撫でて感想を言い合っている様子=真実の全貌や多様性が理解されない様子を比喩したもの)」がごとしである。

数千にのぼる紙媒体のメディアと数百のテレビメディアは、今後も読者や視聴者に常に新しいものを提供し続けていくだろう。しかし、ダリットに対する蛮行の実態を、メディアはいかにして認識するのだろうか? メディア各社は、1日に、1週間に、ひと月に、或いは1年間に、ダリットに対する暴力にどれだけのスペースを割くのだろうか?

ダリットに対する犯罪は、毎年10~20%の割合で増えている。公正な社会なら、ダリットに対する暴力を取り扱うメディアのスペースも、これと比例して伸びていなくてはならないはずだ。しかし、実際はどうか? 私たちはそうはなっていないことを知っている。では、なぜそうなのかを考えてみよう。

厳格なカースト秩序がある社会のように、メディアやジャーナリストもまた、カースト秩序の上で活動しているのだ。つまり、民主主義の4本目の柱が、本来は正義の灯を高く掲げるべきにもかかわらず、カースト秩序の圧力に負けて崩れてしまっている。

主流メディアは、貧困層のため、抑圧された者のためには存在していない。権力や官僚制、支配への忠誠から業界を作り上げてきた。紙媒体やテレビを含む主流メディアのオーナーの95%以上が、支配的なカーストの出身だ。最上位の地位にある者の約7、8割は支配的なカーストの男性によって占められている。ダリットは、この国のメディアの決定権に関して言えば、その1%も占めていない。

英語メディアは、時々ではあるが、カーストの蛮行に関する報道も行ってきた。しかし、ダリットに対する暴力にほんのわずかでも関連するような報道は、地元言語のメディアでは完全に排除されている。ダリットのジャーナリストは、最終的には、家族や社会など様々な要因からこうした地元言語のメディアに行きつくことになる。

The Three Wise Monkeys carved on a stable housing sacred horses at Tōshōgū shrine, Nikkō, Japan
The Three Wise Monkeys carved on a stable housing sacred horses at Tōshōgū shrine, Nikkō, Japan

ほとんどのダリット出身のジャーナリストは、第一世代の輩出者だ。彼らは「望ましい肌色(=支配カーストに多い、色素が比較的薄い皮膚の色)」を持たず、英語もうまく使えない。地元メディアは彼らを採用しても、その扱いの実態はひどいものである。これは私自身の経験からも言えることだが、彼らは昇進や昇給に関しても、他の(支配)カースト出身のジャーナリストらとは同等とみなされず、差別的な扱いを受けている。

私が働いたメディアグループでは、10年勤務したのちでもわずか1万8000ルピーしか支払われなかった。私はデイリー番組の放送作家を務め、昼夜を分かたず働き、仕事で尊敬を集めてもきた。しかし、昇給の時期になると、わずか100ルピーの昇給さえなかった。ある後輩は、仕事量も少ないのに、他のカースト出身だということでより高い昇給を得ていた。彼女の給与は4万ルピーだった。これが、ダリットが主流メディアで直面する現実である。ダリット出身のジャーナリストには、メディアが提供する限られた空間に合わせて身を縮めて働き続けるか、仕事を完全に辞めてしまうかの選択肢しかないのである。

私がジャーナリズム専攻の大学生だった頃、マンジョライ茶農園におけるダリット労働者の抗議運動と、17人の死につながった、警察当局による暴力について、記事を書いたことがある。

これが大学発行の雑誌に掲載されたために、私は停学処分を食らいかけた。これが私にとって初めての記事であり、この経験から、カーストに関連した残虐行為についてもっと書きたいという情熱にかき立てられるようになった。しかし、仕事の口を求めて主流メディアに移ると、私は大きなショックを受けた。意気阻喪させることが2つあった。一つは、地元出身のジャーナリストは、社会・政治ネタを扱う記者としては「好ましからざる人物」とみられていた現実である。そしてもう一つは、大量殺人でもないかぎり、ダリットに対する暴力に関して、主流メディアの目は決して向けられない、という現実であった。取材についてアイディアを出しても採用されることはなく、私はまるで「反抗者」とでも見られているかのようだった。

仕事を始めて間もなく、ものの数か月もしないうちに、私は女性雑誌の記者職に回された。私は、パンチャーヤトの女性代表についての連載を提案した。女性雑誌にはそぐわないとして何度も提案は却下されたが、私は諦めなかった。ようやく提案が受け入れられたとき、私は、面談が可能そうな5人のリーダーのリストを作成し、第一弾として、メナカという名の女性代表とのインタビューを設定した。彼女は当時、カンチプラム地区のオーラパッカム・パンチャーヤトの代表だった。当時私は、彼女がダリット出身者だとは想像もしていなかった。

私は、彼女が女性として直面する困難について語ってもらおうと考えていた。しかし、メナカが語ってくれたのは、ダリットとして直面していた困難についてであった。彼女は、支配的なカーストの人々が、パンチャーヤトの代表として彼女が座るはずの椅子に絶対に座らせてくれないと語っていた。殺人の強迫も受けたという。支配カーストの人々は、彼女を辞めさせたがっていた。そこで彼女は警察に告発したが、警察は動かなかった。

私は彼女の取材に1日を過ごし、翌日に出社して記事をまとめた。しかしこの原稿もボツにされた。記事は明らかに、その女性雑誌には不向きだった。編集長は代わりに「料理のレシピを書け」と要求してきた。

その夕方のことは、今でもはっきり覚えている。強い心理的なプレッシャーの中、私は、もしレシピだけを書けと言われるような職場を辞めたらどうなるか、と考えながら道を歩いていた。その時、夕刊の広告欄が目にとまった。そこには、あるパンチャーヤトの代表が殺害されたと書かれていた。その新聞を買いながら私の手は震えた。最悪の恐れが実際のものになったのだ。メナカは、パンチャーヤト事務所の代表席に座ったために殺害されたのだった。

International newspaper by Stefano Corso, Wikimedia Commmons

私は、この新聞を編集者に突き付けて、抗議した。しかし彼女は表情一つ変えず、早くレシピの記事を済ませろ、と命じてきた。

私はその夜、上司の許可をとらずにオーラパッカムに向かい、メナカの葬式に参列した。チェンナイに戻ってくると、同じグループによって発行されている調査報道を主とする雑誌の編集者を訪ねた。彼は、メナカのインタビューを掲載することに同意してくれた。結局この記事が、メナカが殺害される前の最後のインタビューとなった。皮肉にも、その記事は、彼女が殺害されたことで、ニュースとしての価値が認められたのだ。

私は、もはやこのメディアグループで働くことができないと感じた。さんざん考えたあげく、主流メディアの実態が理解できた。経済的な自立を確保し、反カーストのジャーナリズムを前進させる必要性を痛感した。しかしそれは主流メディアでは不可能だった。そして私は、オルタナティブ・メディアに活動の場を見出した。

カースト撲滅を唯一の目的に掲げる雑誌『ダリット・ムラス』が私の活動拠点になった。主流メディアでは扱えなかったカースト問題について書いた。しかし、私はこれを別のペンネームで出版した。15年に及ぶ『ダリット・ムラス』誌上での私の記事は、「ジャアティヤトラバリン・クラル」(Jaathiyatravalin Kural、「カーストなき女性の声」の意)という名前で書かれ、一定の評価も得ている。

SDGs Goal No. 16
SDGs Goal No. 16

これはあくまで私の個人的な経験であり、すべてのダリットのジャーナリストが、必ずしも私のように幸運でなかったことはわかっている。編集会議で提案を拒否され続けても、私はあえて、カーストに起因する蛮行の実態について提案し続けた。このことで他人の目を気にするのはやめた。声なき人々の声になることがジャーナリストとしての私の使命だと自分に言い聞かせた。しかし、ダリット出身のジャーナリストがダリット問題について書いたり発言したりすると、同僚たちは、それは「カーストへの親愛」だとか「カーストの誇り」だとか言う。しかし、ダリットが自分のカーストにどうして誇りを感じたりできるものだろうか?

ダリットに関するニュースを、制作の現場により多く持ち込む戦略を立てねばならない。報道機関は、他の権利と並ぶ要求の一つとして、ダリットの実態を公正に取り上げなければならない。ダリットのジャーナリストに対する人権侵害を監視し、そうしたことが起こった場合に行動を起こすようにしなくてはならない。メディア業界は、ダリットのジャーナリストにもっと門戸を開く、独立した存在になってほしい。職場は、ダリット出身者にとっても尊厳と尊重を享受できる場となるべきだ。(原文へ

※ジェヤ・ラニは、タミル・ナドゥ出身で15年以上の経験を持つジャーナリスト。現在、チェンナイの主要なタミル語日刊紙『ライフスタイル』の編集者。

翻訳=INPS Japan

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【シドニーIDN=ニーナ・バンダリ】

ビンカ・バルンガさんは、オーストラリア西部の遠隔地ダービーで、先住民族モワンジャムのウォーララ族の一員として生まれた。彼女は幼少期から、病気に苦しみ自殺する同胞を目の当たりにしてきたことから、いつの日か医者になって、この苦しみの連鎖を断ち切りたいと決意した。バルンガさんは、西オーストラリア大学医学部を今年卒業したトレス海峡諸島民(ATSI)出身の医学生6人のうちの一人だ。

オーストラリアには先住民の医者が300人弱しかいないが、状況は少しずつ改善しつつある。バルンガさんは、州都パースから北に約2400キロのキンバリー地区にある彼女の出身地で初めての常駐医師になりたいと考えている。この町は、2つの極端な季節を持ち三方を干潟に囲まれた、資源豊かな北部地域への入口に位置している。

熱帯性で非伝染性の疾病、腎臓病、皮膚や耳の感染症がここではよく見られる。「また、ここには外来の病気に苦しめられてきた長い歴史もあります。ダービーにはかつてハンセン病療養所があったため、ハンセン病に罹患した多くの先住民が暮らしていました。」とバルンガさんは語った。彼女は、アルコールと高糖度の食事が同胞である先住民に大きな悪影響を及ぼしているとみている。

ダービー・アボリジニ医療サービス(DABS)は一般医によるアポなし診療を提供しているほか、全長670キロに及ぶギブリバー・ロード沿いの遠隔地における出張サービスも行っている。小さな村々の診療所を訪問する看護師がおり、医師もできるだけ頻繁に巡回診療を行っている。

「この地域の先住民はもっぱら移動生活を送っており、集団の遠さが24時間体制の医療を困難にしています。医療が利用できる場合でも、あえて利用しないケースが少なくありません。というのも、彼らはたとえ同じ診療所に通っても、全然知らない医者に診てもらうことになるからです。信頼を築くのは難しく、これは人々の健康維持にとってきわめてよくない状況です。」とバルンガさんは語った。彼女は、非先住民族である母親を18歳の時に脳腫瘍で亡くし、医学部5年生の時に、アルコール過剰摂取で悪化した病気を長年患っていた父を亡くしている。

バルンガさんは、ダービー地域診療学校での10カ月の研修期間中、子どもたちが彼女を憧れの目で見つめ、老人たちが彼女を誇らしげに思っていることに気付いた。先住民の多くの患者たちが、バルンガさんをはじめとする先住民の医師たちを、実際には親戚でないにも関わらず、叔母や叔父として、あるいは姪や甥として接してきたのである。

「みんなが無意識のうちに拡大家族の一員になったのだと思います。先住民の患者の入院や病気、癒しの経験に同じ先住民の医師たちが及ぼす好影響は計り知れません。わずかな社会的、精神的支援があれば、不思議と機能するものです。従って、先住民の医者を増やせば、先住民やオーストラリアの医療に良好な影響を及ぼすことになると思います。」と27歳のバルンガさんは語った。彼女は、様々な困難があるものの、先住民族と非先住民族の間の医療格差は彼女が生きている間に縮小されるだろうと期待している。

「私たちは前向きな面に目を向けなくてはなりません。こうした前向きな変化に私達は貢献できるし、私としても何とか貢献していきたいと考えています。一番うれしかったのは、キンバリーのフィッツロイ・クロッシングの女性たちがアルコール摂取を制限し、胎児性アルコール症候群を抱える子どもや家族の診断や健康管理、セラピーに大きな前進が見られたことです。」とバルンガさんはIDNの取材に対して語った。

先住民はオーストラリアの全人口2400万人のうち、わずか3%しか占めていない。しかし彼らの健康状況は圧倒的に悪く、自殺率、ドラッグ・アルコール消費率、収監率、ホームレスの割合、貧困率等どれをとっても、人口全体の平均よりもかなり劣悪な状況にある。

首相による2016年の「格差縮小レポート」によれば、児童死亡率の格差を2018年までに半減させる目標は達成の過程にあり、先住民の子どもが予防接種を受ける確率は高くなっているという。もっとも、先住民全体の死亡率は1998年よりも16%減少しているものの、2031年までに平均余命の格差を縮小する目標の進捗は遅れている。先住民は、オーストラリアの非先住民よりも寿命が平均して10年短いのである。

Department of the Prime Minister and Cabinet

トレス海峡諸島民の保健に関する研究を行っている国家機関「ロウィトジャ研究所」(メルボルン)のロミリー・モカック所長は、「先住民族の健康状況が好ましくないのは、植民地化という長年の負の遺産に原因があります。」と語った。

植民地化に由来する諸政策は、(白人)植民者を優遇し、『ファースト・ピープル』(先住民族)の非人間化を推し進めるという、本質的に人種差別主義に基づくものでした。先住民は、文化や言語を奪われ、長く住み慣れた土地を追われ、子供たちは家族から強制的に引き離されました。こうした植民政策が先住民に残した爪痕は、今日でも世代を超えたトラウマとして語り継がれています。」とモカック所長は語った。

英国が1700年代にオーストラリアに上陸した際、そこは「無主の地」であるとの宣言がなされ、この大陸に7万年近く住んできた先住民の存在は無視された。1900年から1970年の間に、アボリジニの血を「洗浄」し、彼らに「より良い生活」を与えるとの名目のもと、政府はトレス海峡諸島民の子どもたち数万人を親元から引き離した。その多くは施設に送られ、そこで虐待を受けたり放置されたりした。

「こうした先住民の家族や文化に対する妨害と破壊は、常に存在しています。また、公然と、さらには体系的あるいは制度化された形の人種差別が蔓延している事態にも私たちは対処しなくてはなりません。多くの研究によれば、これは(先住民の)健康と厚生に悪影響を及ぼしています。」と、オーストラリア西部ヤウル民族の一員で、ドジュグン出身のモカック氏は語った。

Detail of the Great Australian Clock, Queen Victoria Building, Sydney/The original uploader was Bjenks at English Wikipedia – Transferred from en.wikipedia to Commons.

モカック氏は、「第二に、これはサービスの提供、あるいは国家の資源配分や政策決定の平等の問題で、本質的に見れば権力がいかに行使されるかという問題です。権力の回廊において、私達先住民は見えない存在です。先住民はたいていネガティブなものとして描かれ、彼らとの実際の接触あるいは緊密な接触がないほとんどの人々は、先住民をきわめて狭いレンズを通じて眺めているのです。」と指摘したうえで、「先住民政策は、草の根の先住民社会を政策決定のトップに置いた『逆ピラミッド型』でなくてはなりません。」と語った。

以前より多くの先住民族の子どもが高等学校までの教育課程を終了し、とりわけ医学の分野で大学を卒業するようになっており、改善はみられている。

Map of Australia
Map of Australia

カタリーナ・ケラーさんは、彼女の家族の中で初めて看護の学位を取得した。オーストラリア南部の西端にある荒涼としたナラボー平原の入口にあるセドゥナで育ったケラーさんは、新鮮な海の幸を楽しみ、先住民族のコカタ社会で伝統的に使われてきた、低木から作る薬に魅せられてきた。しかし一方で、合併症のために若い人々が亡くなっていく現実も苦い思いで目の当たりにしていた。

ケラーさんは、部族の人々が寿命を延ばし、より健康的な生活を送れるような仕事をしようと決意した。「私にとって、同じような文化的背景を持つ先住民の患者さんたちとつながりを持つのは容易なことでした。彼らは気兼ねなく自分たちの問題を話し、私も彼らのニーズによりよく応えることができます。もし先住民族と非先住民族の間の健康格差を縮めようとするならば、先住民族の歴史と文化に理解のある医療関係者を大幅に増やす必要があるでしょう。」とケラーさんはIDNの取材に対して語った。(原文へ

INPS Japan

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世界市民教育の重要性が増している

【ニューヨークIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

国連の潘基文事務総長が2012年9月にグローバル・エデュケーション・ファースト・イニシアチブ(GEFIを開始したとき、「世界市民の育成」が、「全ての子どもに学校教育を」と「学習の質の向上」にならぶ三大目標の一つであった。

潘事務総長は、「教育は単に労働市場に入ること以上のことを意味します。それは、持続可能な将来とより良い世界を形づくる力を持っているのです。教育政策は、平和や相互の尊重、環境への配慮を促進するものでなくてはなりません。」と語った。

国際社会が「持続可能な開発目標」(SDGs)として広く知られる2015年以降の開発アジェンダの策定に動く中、世界市民教育の必要性が高まっている。

Global Education First Inititative
Global Education First Inititative

なぜなら、地球とその住民に影響を及ぼす目標のどれ一つとして、狭い国益を超え地球の利益のために行動する世界中の民衆や諸政府の存在なくしては達成しえないからだ。

2012年6月にブラジルのリオデジャネイロで開催された「国連持続開発な国際会議(リオ+20)」は、SDGsは国連のポスト2015年開発アジェンダに一致し、そこに統合されねばならないという点で合意した。

リオの成果文書によって創設されたオープン・ワーキング・グループ(OWG)は、17の目標と169のターゲットに合意した。これは、貧困削減、消費・生産の非持続可能から持続可能なパターンへの転換、経済・社会開発に資する天然資源基盤の保護・管理を目標とするものである。

これらは、2014年12月4日に発表された潘事務総長の統合報告書『2030年までに尊厳の道を』で述べられている、持続可能な開発の全体的な目標であり必要条件である。

UN Secretary-General anouncing the Synthesis Report that proposes 6 Elements for Post-2015 Agenda
UN Secretary-General anouncing the Synthesis Report that proposes 6 Elements for Post-2015 Agenda

潘事務総長は、9月25日から27日の「持続可能な開発に関する国連特別サミット」を前にして加盟国による検討を促進し、リオ+20によって求められた簡潔かつ野心的なアジェンダへの到達を可能にする、6つの根本的要素から成る統合的な提案を行っている。

その6つの根本的要素とは、(1)貧困を終わらせ不平等と闘うこと、(2)健康な生活、知識、女性・子どもの包摂を確実にすること、(3)強く、包摂的で、変革をもたらす能力を備えた経済を育むこと、(4)すべての社会と子どものために生態系を保護すること、(5)安全で平和な社会と強力な機構を促進すること、(6)持続可能な開発に向けたグローバルな連帯の触媒となること、である。

ESDとEGC

「持続可能な開発のための教育」(ESD)と「世界市民教育」(EGC)は、提案されているポスト2015年持続可能な開発アジェンダにおける重要な要素となっている。

「目標4」(2015年以降の教育目標)は、「すべての人に対する包括的、公正かつ良質な教育の確保、生涯学習の機会促進」を目指している。また「目標12」は、「持続可能な消費および生産形態の確保」を目標とし、「目標13」は「気候変動およびその影響と闘うための緊急の行動」の必要性を述べている。

ESD(とEGC)は、これらの目標達成に資する3つの提案されたターゲットの中に含まれている。

第一に、「2030年までに、持続可能な開発を促進するために必要な知識やスキルを、全ての学習者が得られるようにすること。とりわけ、以下に関する教育を通じたものを含む(持続可能な開発、持続可能なライフスタイル、人権、ジェンダー平等、平和・非暴力の文化の促進、世界市民、文化的多様性と文化の持続可能な開発への貢献に対する認知)。」

ESD関連の第二のターゲットは、2030年までに「あらゆる場所の人々が、自然と調和した持続可能な開発・持続可能なライフスタイルに関する情報と意識を持てるようにすること」を提案している。

最後に、第三のターゲットは、気候変動問題に対処するために、「気候変動の緩和、適応、影響軽減、早期警戒に関する教育や意識喚起、人的・組織的能力の向上」を提案している。

「ESDに関するユネスコ世界会議」のウェブサイトに掲載されたこの分析は、創価学会インタナショナル(SGI)池田大作会長が世界市民のための教育プログラムの基礎として示唆した3つの要素と重なっている。

1996年6月、池田会長は、コロンビア大学ティーチャーズカレッジでの講演で、既に次のような要素が世界市民にとって肝要だと述べていた。

・「生命の相関性を深く認識しゆく『智慧の人』

・「人種や民族や文化の〝差異〟を尊重し、理解し、成長の糧としゆく『勇気の人』」

・「遠いところで苦しんでいる人々にも同苦し、連帯しゆく『慈悲の人』」

Daisaku Ikeda/ Photo Credit: Seikyo Shimbun
Daisaku Ikeda/ Photo Credit: Seikyo Shimbun

池田会長は2014年の「平和提言」の中で、世界市民教育プログラムの骨格に据えることが望ましいと考える次の3つの観点を提起している。

人類が直面する様々な問題への理解を深め、その原因に思いを馳せる過程を通じて、「どんな困難な問題でも人間が引き起こしたものである限り、必ず解決することはできる」との希望を互いに共有していくための教育

グローバルな危機が悪化する前に、それらの兆候が表れやすい足元の地域において、その意味を敏感に察知し、行動を起こしていくための力をエンパワーメントで引き出しながら、連帯して問題解決にあたることを促す教育。

他の人々の苦しみを思いやる想像力と同苦の精神を育みながら、自国にとって利益となる行動でも、他国にとっては悪影響や脅威を及ぼす恐れがあることを常に忘れず、「他国の人々の犠牲の上に、自国の幸福や繁栄を追い求めない」ことを、共通の誓いに高め合うための教育。

2014年11月に愛知県名古屋市で開催された「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するユネスコ世界会議」は、「ESDに関するグローバル行動計画(GAP)」を策定し、現場での行動に焦点を当てた。

UNESCO
UNESCO

ユネスコ世界会議におけるGAPをはじめとした成果は、仁川(韓国)で2015年5月19日から22日にかけて開催される「世界教育フォーラム」での討議の基盤となる。この会議は、ポスト2015年における新たな教育アジェンダに関する合意に到達し、今後のグローバルな行動枠組みを採択することを目的としている。

翻訳=INPS Japan

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国連、核兵器禁止条約交渉会議に道開く

【ジュネーブ/ニューヨークIDN=ジャムシェッド・バルーア】

国連総会が、「核兵器を禁止しその完全廃絶につなげるような法的拘束力のある文書」を交渉するすべての加盟国に開かれた会議を2017年3月から開始することを決定した。ニューヨークの国連本部で開催される予定のこの会議は、3月27日から31日と6月15日から7月7日の2つの会期に分かれている。

「この歴史的な決定は、多国間の核軍縮努力が20年にわたって麻痺している状態に終わりを告げるものであり、(米ロ)二大核武装国が核兵器を巡ってさや当てを続ける状況の中でなされたものだ」と「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)はコメントした。

ICANがここで言及している「さや当て」とは、ロシアのウラジミール・プーチン大統領と米国のドナルド・トランプ次期大統領がそれぞれ自国の核能力を「強化する」意思を示したことを指す。

Beatrice Fihn
Beatrice Fihn

「ロシア大統領と米次期大統領によるこうした無謀で攻撃的な行動によって、世界は選択を迫られています。すなわち、核戦争の危険性が高まるのを座視するか、行動を起こしてこの非人道的で容認しがたい大量破壊兵器を禁止するかという選択です。」と、ICANのベアトリス・フィン事務局長は語った。

オーストラリアの反核団体「核軍縮を求める人々」のジョン・ハラム氏は、「現在米ロは各々約7000発の核兵器を保有していますが、これは冷戦期と比較すれば大幅に縮小されています。しかしその内、わずか数分で発射可能な地上配備型のICBM(大陸間弾道ミサイル)を各々が1000発弱維持しています。」と指摘した。

「これらの核戦力のうち一部分でも(おそらくは米ロがお互いに対して)使用することになれば、今日の文明は終焉することになるだろう。(諸大陸に対して大型の核兵器をわずか5発使用するだけでも、これが現実になる可能性がある)」とハラム氏は語った。

こうしたなかで国連は、12月23日に歴史的な決議を採択した。(軍縮と国際安全保障問題を扱う)国連総会第一委員会が、一部の核武装国の強固な反対を押し切って、核兵器禁止条約など核兵器の.法的禁止措置について交渉する会議を開催する決定を10月27日に行ったことを受けたものだ。

10月27日の採決では、113の国連加盟国が賛成、35カ国が反対、13カ国が棄権した。ICANが指摘しているように、アフリカやラテンアメリカ・カリブ海地域、東南アジア、太平洋諸国から強い支持があった。

オーストリア、ブラジル、アイルランド、メキシコ、ナイジェリア、南アフリカ共和国といった地域横断的なグループがこの決議を推進した。このグループが2017年の交渉をリードしていくことになるだろう。

ICANによれば、12月23日に国連総会が同決議を採択する直前に、国連の予算委員会において、核兵器禁止条約交渉のために4週間の会議を開く予算を確保することに米国が反対したという。

UN Secretariate Building/ Katsuhiro Asagiri
UN Secretariate Building/ Katsuhiro Asagiri

「しかし、核軍縮支持派からの強い圧力によって、米国は最終的に反対を取り下げ、委員会が予算を認めることになった」と、100カ国で活動している市民ネットワークであるICANは説明した。

ICANは、第一委員会の決定を前にした10月に米国が北大西洋条約機構(NATO)全加盟国に送った文書を公表していた。約7000発の核兵器を保有する米国は同盟国に対して、決議に反対し交渉をボイコットするよう呼びかけていた。

この文書は、核兵器を廃絶する条約は、ある国々にとっては核兵器が正当なものであるとの認識を阻害し、NATOが核戦争計画を立てるのをより困難にすると警告していた。

ICANによれば、10月に決議に反対あるいは棄権した米国の緊密な同盟国の多くが、条約交渉会議に参加する意向を示しているという。

領内に米国の核兵器を置くことを認め、採決を棄権したオランダも交渉会議に参加することを確認している。また、日本の岸田文雄外相も、決議には反対したものの、交渉会議には参加する意向を示している。

ICANは、すべての国に対して、来年の条約交渉会議に参加するよう呼びかけている。「核兵器が二度と使われないようにすることについては、すべての国が関心を持っています。しかしそれは、核兵器の完全廃絶によってしか達成されない。私たちはすべての政府に対して、来年の条約交渉に参加し、強力かつ効果的な条約の策定に取り組むよう求めています。」とフィン事務局長は語った。

ICAN
ICAN

ICANは、核兵器国が参加するか否かにかかわりなく、交渉を始めるべきだと訴えている。「原則として、本性的に無差別的で人間に対して壊滅的な被害をもたらすことを意図した兵器は、国際法の下で禁止されるべきです。この新条約は、核兵器を他の大量破壊兵器と同じ法的立場に置くことになるでしょう。」とフィン事務局長は付け加えた。

フィン事務局長はまた、「核兵器禁止条約は、規範の力によって、たとえ参加を拒むにせよ核保有国の行動に影響を与えることを期待しています。また、領内に核兵器を配備することを認めている欧州諸国のように、核兵器によって保護が得られていると考える同盟国の多くの行動にも影響を与えることでしょう。条約は、核兵器なき世界の達成に向けて相当の貢献をするにちがいありません。」と語った。

核兵器禁止条約には、生物兵器や化学兵器、対人地雷、クラスター弾を禁止している既存の諸条約と同じような条項が盛り込まれることになるとみられる。たとえば、(核兵器の)使用、開発、生産、取得、貯蔵、保持、移転の禁止に加え、こうした禁止行為に関わるいかなる者に対しても、援助、勧奨、誘導を行うことを禁ずる、という内容である。

生物兵器や化学兵器対人地雷、クラスター弾はすべて、国際法の下で明確に禁止されている。

核兵器は、人間や環境に及ぼす壊滅的な影響が広く知られているにも関わらず、包括的かつ普遍的な形での違法化が依然としてなされていない唯一の大量破壊兵器である。最近の研究は、核兵器の偶発的あるいは意図的な爆発の危険性は不当なまでに過小評価され、あるいは誤解されていることを示している。

Setsuko Thurlow/ ICAN
Setsuko Thurlow/ ICAN

核実験を含めた核爆発の被害者や生存者は積極的に貢献してきた。広島原爆の被爆者、サーロー節子氏は、核兵器禁止を先頭に立って訴えている人物だ。

「これは全世界にとって本当に歴史的な瞬間です。」とサーロー氏は12月23日の投票を受けて語った。「広島長崎の原爆投下を生き延びた私たちは、核兵器が非人道的で、非差別的で、受け容れがたいものであることをよく知っています。すべての国が、核兵器違法化のための2017年の交渉に参加すべきです。」(原文へ

翻訳=INPS Japan

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希望と絶望の間で揺れる非核スローガン

共通の未来のためにヒロシマの被爆体験を記憶する

|視点|核時代最悪の行為

|長崎国際会議|ユース非核特使、核兵器のない世界を求める

【長崎IDN=浅霧勝浩】

岸田文雄外務大臣が2013年に創設したユース非核特使経験者が集う「第二回ユース非核特使フォーラム」(会場:長崎大学医学部)が開かれ、非核ユース特使らは、世界の人々に対して、核兵器は膨大なコストがかかる兵器であると同時に、その存在により国際平和や安全保障、地球環境、さらには人類の存続そのものが脅かされている現実を認識するよう訴えた。

今回非核ユース特使らは、71年前に広島とともに原爆の惨禍に見舞われた長崎に集い、核なき世界の実現に向けて動く緊急の必要性を訴えていくことを誓うとともに、その目標を達成するための一連の提言(「若者による核兵器のない世界を求める声明と提言」)を発表した。

ユース非核特使らは、フォーラムで発表した提言の中で、「私たちは、人間や都市、自然を脅かす核兵器と人類とは、平和的に共存することはできないと確信しています。広島や長崎の原爆を辛うじて生き延びたにも関わらず、 放射線の後遺症による肉体的な苦しみや、差別による精神的な苦しみを味わってきた被爆者は、核兵器保有の危険性について世界に警鐘を鳴らす存在です。」と語った。

そして日本政府に対しては、「日本は、唯一の戦争被爆国として、『核の傘』に頼ることをやめ、国際社会に対して 核兵器の恐ろしさや非人道性について強いメッセージを発信し、また、核兵器を禁止する法的拘束力のある条約の交渉において積極的な貢献を行うべきです。」と訴えた。

「第二回ユース非核特使フォーラム」は、日本の外務省が国連と共催で開催した「核兵器のない世界へ 長崎国際会議」における第26回国連軍縮会議(12月12日・13日)のプレイベントとして、日本及び海外のユース非核特使経験者14名の出席を得て12月11日に開かれた。

第26回国連軍縮会議/ MOFA
第26回国連軍縮会議/ MOFA

ユース非核特使らはまた、この声明の中で、「核兵器を巡る情勢は、今大きな転換を迎えようとしています。今年は、広島で G7 外相会合が開催され、米国のバラク・オバマ大統領が広島平和記念公園を訪れ、印象的な演説を行いました。来年には、今年の国連総会での決議に基づいて、核兵器を禁止する、法的な拘束力のある条約についての交渉が始まります。」と語った。

岸田外務大臣は、被爆者の高齢化が進む中、核兵器による惨禍の実相を国際社会や将来の世代に継承することを目的に「ユース非核特使」制度を2013年4月に発足させた。これまでに174人が「ユース非核特使」として、国内外で軍縮や核不拡散等に関する活動を行ってきた。2016年3月、日本政府は第一回ユース非核特使フォーラム(ユース非核特使OB・OG広島フォーラム)を翌月に開催されるG7広島外相会議のプレイベントとして開催し、ユース特使らは、自らの活動経験や意見を共有するとともに、外相会議に対するメッセージを発表した。

国連軍縮会議は1989年以来、日本政府と国連アジア太平洋平和軍縮センター(UNRCPD、バンコク)が共催し、日本の地方都市でほぼ毎年開かれており、世界各国の軍縮・不拡散専門家、外交官、マスコミ関係者等が集い、軍縮・不拡散等について幅広い議論を行っている。

Kazutoshi Aikawa, Director General for Disarmament, Non-Proliferation and Science Department, MOFA/ K.Asagiri of INPS

2015年8月に広島で開かれた第25回国連軍縮会議では、2015年核不拡散条約(NPT)運用検討会議の総括と今後の展望、核兵器の非人道性、アジアにおける非核地帯の意義と核軍縮・不拡散、市民社会と軍縮・不拡散教育等のテーマが議論され、核なき世界の実現に向けた世界的な気運を再活性化させる重要な役割を果たした。

閉会後に記者会見した外務省の相川一俊軍縮不拡散・科学部長は、「すべてのセッションで核兵器禁止条約が取り上げられ、国際社会での対応の難しさも示されました。(長崎国際会議は)来年のNPT運用検討会議準備委員会に向け準備する良い機会となりました。」と総括した。

キム・ウォンス国連軍縮担当上級代表は、開会式の挨拶の中で、「今年は、最初の国連総会決議が採択されて70年目の節目を迎えます。皆さんご存知の通り、国連総会決議第一号は、人類の存続そのものを脅かす核兵器を含むすべての大量破壊兵器の廃絶を呼びかけています。それから70年が経過しましたが、この目標は未だ実現していません。それどころか、核兵器の廃絶に向けた交渉は行き詰っています。」と語った。

Kim Won-soo, UN High Representative for Disarmament Affairs/ UN Photo

ユース非核特使らが発表した提言は、全ての国々に対して、「NPTに含まれている約束も含めて、核軍縮・不拡散に対するコミットメントを十分に果たすこと」さらに、「核軍縮を加速させるため、NPTの執行機能の改善や、核兵器を禁止する法的拘束力のある条約の交渉などを通じて国際的な法的枠組みの強化をすること」を訴えている。

同提言はまた、核兵器保有国に対して、「核兵器保有の必要性について、安全保障や政治、経済性などの観点から再考し、国家の安全保障と国際的な地位を維持するための他の方法を模索すること」そして、「保有する核兵器の数を削減するための具体的な行動を取ることでNPT上の義務を果たすこと」を訴えている。

また、NPT非締約国に対して、「速やかに非核兵器国としてNPTに加入すること」「少なくとも1つの国が、自国の核兵器プログラムを放棄することで模範を示し、核兵器のない世界の実現に向けた取組に参加すること」を訴えている。

さらに核兵器保有国に対して、「国際的な安全保障環境の安定化に繋がらない、核兵器の近代化をやめること」「不必要なリスクと危険をもたらしている即時発射警戒態勢から全ての核兵器を外し、また誤発射を防ぐこと」、さらに、「核兵器の管理には経験豊富な人員を配置し、事故を起こさないよう厳格に管理し、兵器利用可能な物質が、テロリストなど、それを盗もうと企てる人の手に渡らないようにすること」を訴えている。

一方、核の傘の下にある国を含む、非核兵器国に対しては、「非核兵器国であり続け、『核兵器のない世界』の実現に向けたリーダーシップを発揮すること」を求めるとともに、とりわけ「核の傘」に頼っている国に対して、「その有効性や信頼性、リスクなどを踏まえて、現行の政策をやめ、非核兵器地帯の設置を含めて、核兵器に頼らない安全保障の枠組みを構築すること」を訴えている。

Tomihisa Taue, Mayor of Nagasaki City/ IAEA

ユース非核特使らは、「非核兵器国が一丸なって、核兵器国が核軍縮の努力を加速させるように働きかけたり、核兵器を禁止する条約を策定することなど、核兵器のない世界の実現に向けた取組みを行い、それらの取組を核兵器国も巻き込んで国際社会全体で行うようにすること」と訴えた。

長崎市で被爆し、両親を亡くした田川博康氏(83)は、フォーラム終了後、「私たちが、被爆の経験を伝えられる時間は限られています。今日は若者たちの思いに触れ、感動しました。彼らの活動に期待しています。」と語った。

被爆者の平均年齢は現在80歳を超えている。長崎市の田上富久市長はこの点を念頭に、「被爆者に依存することなく反核メッセージを発信していく方法を見出すことが重要です。」と語った。

こうしたなか、広島・長崎の原爆を生き延びた被爆者らが、「後世の人々が生き地獄を体験しないように、生きている間に 何としても核兵器のない世界を実現したい。」との思いから、核兵器禁止条約への支持を求める「ヒバクシャ国際署名キャンペーン」を開始した。

同キャンペーン(2016年8月に本格始動)は、核兵器禁止条約が締結されるまで国際署名活動を継続していく計画である。8月と9月に集まった初年度分の署名(総計564,240筆)は、10月6日、国連本部にて第一委員会の議長に提出された(10月1日以降に集められた署名は2017年9月末締切の2017年度分としてカウントされる)。(原文へ) 

Toshiki Fujimori, Deputy Secretary General, Nihon Hidankyo (left) and Ambassador Boukadoum, Chair of the First Committee. Credit: UNODA
Toshiki Fujimori, Deputy Secretary General, Nihon Hidankyo (left) and Ambassador Boukadoum, Chair of the First Committee. Credit: UNODA

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欧米豪民主主義諸国の制裁でフィジー中国に接近

【スバIPS=シャイレンドラ・シン】

民主選挙で選出されたライセニア・ガラセ首相に対する軍事クーデターを受けて米英豪民主主義諸国が発動した対フィジー制裁は、新軍事政権をアジア隣国、特に中国に接近させることになるかもしれない。

南太平洋大学の元講師ガネシュ・チャンド氏は、「制裁は、フィジーというよりクーデター実行者を標的としたものであるが、この措置で軍事政権はオーストラリア、ニュージーランド、英国、米国といったこれまでの貿易相手国に背を向けることになるのではないか」と語る。

同氏は、1987-2000年に起こったクーデターを例にあげ、ラツ・サー・カミセセ・マラおよびカラセ暫定政権は、新たな市場/投資を求めて「北寄り政策」を取ることで西側制裁に対抗したと指摘する。

軍司令官フランク・バイニマラマ准将は既に、オーストラリア、ニュージーランドを非難し、軍事介入に警告を発している。その一方で、昨年訪問を果たし、最近は南太平洋において積極的外交を展開している中国を誉めそやしている。

チャンド氏はIPSに対し、「西側勢力の制裁は、貿易関係の恒久的停止、大型投資の被害を避けたいとの思いから、限定的なものになるのではないか」と言う。

同氏はまた、「西側は同地域へのアジア勢力進出を注視。特に米国は中国の影響力拡大を警戒している」と語った。

オーストラリア、ニュージーランドからの2006-2007年支援(6億2百万ドル)は留保され、軍事協力の停止、クーデター関係者の渡航も禁止されていることから、関係は冷え込み、軍部が指名したジョナ・セニラガカリ首相は、怒りに満ちた挑戦的態度を示している。

セニラガカリ首相は、新政権はアジア諸国との関係強化を目指すとして、「1987年のクーデター時も当時のラトゥ・マラ首相とこれら諸国を訪れた」と語っている。

1987-1990年のマラ暫定政権は、日本の国連安全保障理事会メンバー就任、中国のWTO加盟を支持。中国は、フィジー軍に180万ドルの支援を行うと共に、日本の対フィジー支援も増加した。

またマレーシアとの政治/貿易関係も強化され、クーデター時代に形成された両国の関係は維持されている。チャンド氏はIPSに対し、フィジーおよび太平洋地域の輸入は、過去20年間で欧州世界からアジアへ大きく移動しているという。同氏は、「これはフィジーの意図的政策転換というより、アジア経済が急成長し、殆どの日用品生産で欧州諸国と競争できるようになったことが原因」と語る。

また、「輸出業者は民間セクターであり、価格に比して価値の高いところに集まる。アジア諸国はそれができるようになってきているのだ。オーストラリア、ニュージーランドは、民主選挙後は全面的に関係復活を図るだろうが、暫定首相の語るところでは、それには2年かかる」と言う。

この間、オーストラリア、ニュージーランドは、所謂「スマート制裁」により軍事政権隔離を図っていくだろうが、経済および対フィジー投資に害を及ぼすような経済制裁を加えることはなさそうだ。

オーストラリアの対フィジー輸出は、年間6億ドル。これはフィジー全輸入の46%強に当たる。一方オーストラリアの対フィジー輸入は年間約4億ドル。これは、フィジー全輸出の23%強に相当し、オーストラリアはフィジー製品最大の輸入国となっている。

チャンド氏によれば、関係国のビジネス界は一様に貿易制裁に反対。特にオーストラリア、ニュージーランドは、利害関係の大きい観光セクターに注意を払っているという。

「公式レベルで観光抑制の司令がでれば、経済に大きく影響するだろう。これは、個人観光および国際会議ツアーに害を及ぼす。法と秩序を考慮しなければ、観光業界の抗議は避けられまい」と同氏は言う。

観光はフィジーの最大産業であり、2005年には訪問者54万9千人、1人当り514米ドルの外貨獲得を記録している。

オーストラリアは南太平用地域の主導者としての地位保持を欲しており、外交筋は中国の影響力拡大を警戒している。オーストラリア外交官は、中国は外交ミッションの数ではオーストラリアに及ばないが、世界最多の外交官を同地域に配置していると見ている。

オーストラリア国防アカデミーのジョン・マクファーレン氏によると、中国外交官の流入に伴い南太平洋地域への中国民間ビジネス参入(不法あるいは犯罪行為も含まれる)も増え、国営/民間企業3千社強が企業登録を行っているという。

フィジーは、他の太平洋諸島国同様、「1つの中国政策」を承認。北京政府との緊密関係を築いており、中国移民の増加に伴い北京政府の支援も大幅に増加している。

チャンド氏は、「同地域における中国の影響力拡大を危惧する米国は、オーストラリアに対して最終的に、フィジー政府および市民の隔離政策は機能しないとの強いメッセージを発するだろう。米国は国務省の年次報告を通じ、間接的ではあるが既にその旨明らかにしている」と言う。

また、「米国は遅かれ早かれオーストラリアに対し、同国のフィジー(および太平洋)政策は地域諸国を西側の影響から遠ざけていると知らせることになろう。中国は既に、諸手を上げ、小切手帳を掲げて西側諸国の肩代わりをしようとしているのだから」と言う。

オーストラリアは、ソロモン諸島およびパプア・ニューギニアに対する干渉政策により両国から「再植民地化」との非難を受けるという厄介な外交問題から抜け出したばかりである。(原文へ


翻訳=IPS Japan


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アジアのSDGs実現、欧米の活動家に乗っ取られる恐れ

【バンコクIDN=カリンガ・セネビラトネ】

12月初め、国連開発計画(UNDP)、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)、国際連合人口基金(UNFPA)の3つの国連機関が、「ケース・フォー・スペース(#Case4Space: SDGsの中心に若者を)」(C4S)と題したユースフォーラムを、3日間にわたって国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)の施設(バンコク)で開催した。これは、アジア太平洋地域において持続可能な開発目標(SDGs)を促進するための意識喚起を図り、その重要性を訴えるために、同地域における60以上のパートナーが主導したキャンペーンとうたわれているものだ。

しかし、フォーラムの中身は、主に欧米の発表者やコンサルタントが多数を占め、プロジェクトは英国の活動家集団「弛みなき発展」が主導するものであった。このため、アジア・太平洋地域から参加した多くの活動家らは、SDGsに関する議題そのものが、まるで欧米の活動家に乗っ取られたかのように感じていた。

C4Sキャンペーンは、アジア太平洋地域の若者たちを、SDGsを履行していくうえでの「重要なステークホールダー」として動員すべく展開されたものだった。また、ソーシャルメディアやデジタルコミュニケーションを通じて新たな空間を創出することで、従来「社会的に排除されてきた」人々をも関与させることも目的としていた。C4Sは、若者を関与させるネットワークと能力を構築するものとされた。

UN ESCAP
UN ESCAP

このように理念は立派に聞こえるが、バンコクでフォーラムが開かれると、アジア・太平洋地域の若者の関与のあり方を巡って多くの疑問の声が上がった。同地域の若者にSDGsへの関与を呼びかけた全体会の発言者の多くは欧米の出身者であり、発言者の中に、デジタル分野・ソーシャルメディア分野で注目に値するアジア出身の専門家は見当たらなかった。しかし実際には、「マレーシアキニ」のスティーブン・ガン氏や、「ラップラーズ」(フィリピン)のマリア・レザ氏など、アジアにはこうした分野で才能を認められた専門家が少なくない。

フォーラムにはアジア・太平洋地域から200人以上の若者が参加したが、ほとんどがいわば活動家の傾向を持った人々であった。4人の欧米人が主催・コーディネートしていた「若者によるニューズルーム」ですら、約15人の若いジャーナリストを集めつつも、主流メディアに属する人は1人もいなかった。彼らの語り口は主に「異議申し立ての声」のそれであり、SDGsの達成に向けてより協力的で平和的な道を生み出すことに貢献しうるコミュニケーションの方法論について検討するものではなかった。

カンボジア農村部出身のある参加者は、匿名を条件にIDNの取材に応じ、「こうした『公に異議申し立てする』タイプの方法論では、私の国ではうまくいきません。私の国では、土地がしばしば開発の名のもとに取り上げられており、これに対して抗議のスローガンを掲げたりデモ活動を行おうものならば、刑務所に叩き込まれるか、警察によって打ち据えられることになります。」と指摘したうえで、「私はむしろ、あまり対立的でない方法で政府下部組織と意思疎通を図る方法を学びたいのです。」と語った。

UNDPのアジア太平洋地域政策・プログラム支援の責任者であるケイトリン・ウィーゼン氏は、開会式の挨拶で「エンパワーされた若者は、私たち皆が目指している進歩の推進力となります。」と指摘したうえで、「現代の若者は、以前の世代よりもはるかに相互に繋がりを保ち、より創造的で、より多くの知識を持ち合わせ、より説得力があることを、私たちは日々の活動を通じて、気づかされています。」と語った。

UNDPは「若者戦略2014年~17年」を策定し、ソーシャルメディアの主導的な役割を定義したうえで、若者がSDGs問題に関心を寄せる戦略的な入口を特定している。フォーラムでは、若者が自己表現できるサーバースペースを縮小させるアジア・太平洋地域の立法の波に関しても、多くの議論があった。

UNDP Youth Strategy 2014-2017 : Empowered Youth, Sustainable Future/ UNDP

「ソーシャルメディア上で仲間と集い情報を共有することは、問題に関する意識を喚起する一方で、変化をもたらす行動へとつながる第一歩になります。」とシンガポールの若い活動家サミラ・ハッサン氏は語った。彼女は、自身の学校の移民の権利を擁護する地域団体で活動している。「若者として、私たちが重要だと考える社会問題に関する対話を始める必要があります。」とハッサン氏は付け加えた。

2日間のワークショップで、周縁化された集団、オンライン上の自由、若い人権活動家の訓練など、多くのセッションがあった。しかし、こうしたものが、アラブ世界の若者を動員し、「アラブの春」の蜂起とそれに伴う社会的・政治的混乱をもたらしたものと同じメニューだとしたらどうだろうか?

英国の駐タイ大使ダニエル・フィーラー氏が司会を務め、4人の欧米人と1人のアフリカ人、カナダ在住の1人のアジア人がパネリストとなった最終日の全体会では、こうしたメニューが盛んに売り込まれた。彼らは「具体的な行動とパートナーシップ」について語ったが、主に語られていたのは、発表者らの団体から資金を獲得するための、プロジェクトの売り込み方、という点であった。

「私たちは若者との研究作業に投資しています……私たちは考えを広める役割を担っています。」と、「弛みなき発展」のペリー・マドックス氏は語った。ハインリッヒ・ボル財団のマンフレッド・ホムンク氏は「私たちは、身分に関係なく、若者が私たちにもたらす考え方を基準に資金を提供しています。」と語った。またフィーラー大使はある時点で、「民主的で言論の自由を認めている国の場合、SDGsを達成しやすい。」と論じたが、中国やシンガポール、台湾、韓国といったような、既に多くの開発目標を達成しているこの地域の国々は、成功に向けてそうした道を採らなかったことを大使は都合よく忘れていたようだ。

こうして、アフリカからの唯一のパネリストで、コモンウェルス事務局青少年課プログラム担当のレイン・ロビンソン氏が、こうしたこと全てにおいて政府が重要な利害関係者になっていると指摘する役を担うことになった。ロビンソン氏は「多くの政府が青年に焦点をあてた政策を実行しようとしています。」と指摘したうえで、「皆さんはSDGsを達成するために政府と協力する必要があります。政府は、若者にとっての空間を広げる決定的な役割を担っているのです。」と語った。

中国からの参加者ウェイペン・ワン氏は会議終了後、IDNの取材に対して、「情報を地元の言語に翻訳することが、SDGsを知らしめるうえできわめて重要」と指摘したうえで、「これまでブログをたくさん書いてきた経験がありますので、ウェチャット(Wechat)を通じてものを書き、情報を共有することができます。」と語った。

フィリピンからの参加者レジネル・バルヌア氏は、「若者だけがこうした問題を語るだけでは不十分です。大学教員もSDGsを促進すべきです。また、C4Sのための特別日を設けるべきです。」と語った。

C4Sは、「弛みなき発展」がUNDPに持ち込み、アジアに導入すべきだとした考え方で、UNDPはこれをユネスコやUNFPAとともに取り上げ、「フォーラムアジア」とともにバンコクでこのユースフォーラムを開催する流れとなった。運営資金のほとんどは欧米諸国から集められた。

SDGs Goal No. 4
SDGs Goal No. 4

UNDPのウィーゼン氏は閉会式の挨拶で、「50のパートナー団体がC4Sをこの地域で広める戦略を練るための会議を今後開催する予定です。私たちは、縮小しつつある(市民社会の)空間を(アジアの)若者のために拡げたい。若者たちのための空間を創出したい。制限的な慣行に反対するためにあなた方とともに立ち上がりたい。」と語った。

閉会の挨拶の後、様々なユース組織と活動しているアセアンからのある参加者はIDNの取材に対して、「このユースフォーラムの内容・構成は、終始欧米主導によるもので、アジア・太平洋地域の自主性は微塵も見受けられません。」と腹立たしげに語った。「このイベントは英国の活動家集団『弛みなき発展』のプロジェクトそのものであり、彼らは自分たちの方針を(アジアからの参加者に)押し付けているに過ぎません。アジアでこんなやり方がまかりとおってはなりません。」と匿名を希望したこの女性はこう語った。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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