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スポットライトを浴びる先住民族の語り

【ベルリンIPS=フランチェスカ・ジアデク】

近年、「ベルリナーレ」として知られるベルリン国際映画祭が、さまざまな場を横断して先住民族の声を発信する欧州のハブ機能を果たしつつある。さまざまな場とは例えば、「NATIVe:先住民族映画への旅」シリーズや、先住民族のアーティストが語りをし、次に参加者からの発言を求める「語りのスラム」などである。

ラテンアメリカを特集した今年のベルリナーレでは、グアラニーウィチョルシャヴァンテウィチクイクロマプチェツォツィルケチュアなどの先住民族からのさまざまな声や観点を盛り込んで、ベルリンが1年で最も曇りがちなこの時期を先住民族の天賦の才で彩った。

そして、グアテマラの先住民族のストーリーである『イクスカヌル火山』(監督:ジャイロ・ブスタマンテ[37]、パカヤ火山地帯におけるマヤの社会を描く)が、「映画芸術に新たな境地を開いた」映画として今年のベルリナーレの銀熊アルフレッド・バウアー賞を獲得した。

Berlinale 2015
Berlinale 2015

『イクスカヌル火山』は、グアテマラのイクスカヌル活火山の山麓でコーヒー豆を栽培して暮らすマヤ族の女性マリア(17)の物語である。彼女は、外の世界を見たいと思っていたが、しきたりに従い、間もなく両親が決めた地元の名士との結婚をしなければならなかった。そんなある日、火山地帯を出て北に向かい新しい生活を送ろうと夢を語って彼女を誘う地元の若者ペペに出会い苦悩する。

マリアは、ペペとの駆け落ちに失敗した後、10代で望まない妊娠をした過酷な現実に直面する。マリアと(マヤ社会の演劇俳優で活動家でもあるマリア・テロンさん演じる)彼女の母親は、まもなくドラマチックな状況の中で崖っぷちに立たされる…。

実話を基にした『イクスカヌル火山』は、ブスタマンテ監督が地元の女性を討論グループとマヤ地域の12の言語のひとつであるカクチケル語で脚本を書くワークショップに参加させるなど、地域コミュニティーとメディアによる物語プロジェクトの中から生まれたものである。従って、物語は必然的に、マヤ族の人々がこれまで直面してきた、人権侵害と貧困、無力感との間にある明白なつながりに焦点をあてるものとなった。

Jayro Bustamante/ Wikimedia Commons

「私は、人々が置かれている無力な状況、何の権限も認められていない先住民の女性が直面している現実の状況を、彼女たち自身の観点で、そして自らの言葉で語ってもらいたいと考えたのです。」と、自身もマヤ社会で育ち、カクチケル語を話すブスタマンテ監督は語った。

医療関係者と国家当局を巻き込んだ児童の人身売買をめぐる悲劇について最初にブスタマンテ監督に教えてくれたのは、地域医療に従事していた彼の母親であった。この事件はグアテマラ内戦期(1960~96)の最も暗い一面であった。

国連は、毎年400人もマヤ先住民の子どもや幼児が拉致されていたと報告している。グアテマラ軍事政権の下で罰せられることなく実行された人権侵害スキャンダルであった。

「最貧困層の人々を救うふりをしながら束縛し騙す、狡猾な社会的・法的枠組みが存在します。これが人々を無力で従順な状態に追いやっているのです。もっとも(このような状況下に直面すれば)他に選択肢がないのが現実ですが…。」とブスタマンテ監督は語った。

しかし、ベルリンでは、マリア・テロンさんと、主演のマリアを演じたメルセデス・コロイさんが、「物語を気に入って」くれたこと、耳を傾け賞賛してくれたことへの感謝の意を述べた。またテロンさんは、「先住民の女性や社会にとってこのような賞賛を受けることはめったにありません。」と語った。

グアテマラ内戦では、多数のマヤ先住民が虐殺され、その被害はこの内戦による犠牲者全体の85%を占めている。こうした残虐行為が引き起こした恐怖と人権侵害の実態については、フンボルト大学(ベルリン)の教授(公共国際法)でドイツの法律家クリスチャン・トムシャット氏ら3人の報告者が起草し、グアテマラの「歴史の真実究明委員会」がまとめた『沈黙の記憶』と題した報告書に詳述されている。

記憶は、水に関する先住民族の観点をつなぐ糸であった。水は地球において生命を維持するかけがえのない要素であり、ベルリナーレの銀熊賞(脚本賞)を獲得したチリの映画監督パトリシオ・グスマン氏のドキュメンタリー『真珠貝のボタン』の主題であった。

過去を否定する国は集団的健忘症に囚われているのであり、「ドキュメンタリー映画を持たない国は家族写真のない家族のようなもの」と語るグスマン監督は、こうした信念を、自国の植民地時代の歴史と先住民を絶滅に追いやった事実を否定するチリに適用したのであった。

この映画の題名は、真珠貝のボタン1つ分の値段で1830年に英国の海軍人に売られたヤガン族の若者ジェミー・ボタンの伝説から採られたものである。

このドキュメンタリーは、かつてパタゴニアの入江を拠点にした「海の民」であり今はほぼ絶滅したヤガン先住民3人と、かつてこの水域を自由に行き交い何世紀にもわたって人間の生活を支えた彼らの祖先たちの智恵に哀悼を捧げた作品である。

ピノチェトによる悪名高い「拷問競技場」(1973年)で15日間の拘束を経験し、ドキュメンタリー三部作『チリの闘い』(1975~78)で国際的に有名なグスマン監督によるインタビューに登場する(絶滅寸前のカウェスカル語を話す)先住民のガブリエラ・パテリトさんは、12才の時に母親と一緒に水を求めて600マイルも旅をしたことを回想した。

スペイン語の単語を自分の母語であるカウェスカル語に翻訳するよう言われたパテリトさんは、「水」「太陽」「ボタン」など多くの単語を思い出した。さらに「警察」を意味する言葉について問われた彼女は、頷きながらこう答えた。「いいえ、そんな単語は必要ありません。」また、神に関する彼女の見解は毅然としたものだった。「いいえ、神などいません。」

そう答えたパテリトさんが属する先住民族がたどってきた運命は、チリの植民地時代に決定づけられたが、その歴史はほとんど顧みられることなく忘れ去られようとしている。事実は、この海域に長年暮らしていた5つの先住民族は、この地に進出してきたカトリック教会の宣教師とスペイン人征服者らによって絶滅に追いやられたのである。

ユネスコは、「土着の智恵とは、ある文化あるいは社会に特有の局所的な知識のことであり」、自然界の知識は長年にわたって自然界との相互作用において人間社会を維持してきた蓄積された知識であることから、科学に限定することはできない、との認識を示している。

UNESCO
UNESCO

『真珠のボタン』のもうひとりの主人公は、チリ政府が表向きは彼自身(=先住民)の「保護」を名目にして、いかにして自作のカヌーの使用を禁じたか、そしてその結果として、いかに彼らの伝統的な生活様式を禁じていったかについて語っている。…このドキュメンタリー作品は、土着の海の民を絶滅に追いやったことで、2670マイルにも及ぶ海岸線の持つ潜在力を自ら利用できなくした国の姿を浮き彫りにしている。

メキシコの映画配給会社「マンタラーヤ・ディストリビュシオン」のレオ・コルデロ氏は、「『イクスカヌル火山』は、ラテンアメリカ発の作品にとっては重要なステップです。上映作品の8割がアメリカ発の大ヒット映画であり、欧州発の作品や、ましてやラテンアメリカの作品にはごく僅かなニッチ(=隙間)しか残されていません。」と指摘したうえで、「逆説的ですが、映画が欧州や世界で受けて初めて、ここラテンアメリカで上映のチャンスが出てくるのです。」と語った。

グアテマラの和平プロセスとマヤ先住民の解放に強く関心を寄せた映画『イクスカヌル火山』は、地元民による歴史の語り直しと映画制作は「共有財」であるとする新たな理解によって先住民族のメディアが花開こうとする中で生み出された作品である。

ボリビアとエクアドルは、母なる地球への権利の法という聖なる概念を基盤とした先住民族の世界観への理解を示してきた。個人的な利得よりも集合的な善を優先した「パチャママ」という概念がそれである。

ベルリナーレのNATIVeや「語りのスラム」では、先住民族の観点が中心を占めた。ベネズエラの映像アーティストで、アマゾン流域の川を守る先住民族の運動についてのドキュメンタリー『水の所有者』のプロデューサーであるデイビッド・アルベルト・ヘルナンデス・パルマー氏は、「母なる大地は悲しんでいる」と語り、ペモン族の土地であるベネズエラのグラン・サバナ自然保護区に元々はあったクエカ・ストーンは、ベルリン中心部の広大な公園であるティーアガルテンから返還されるべきだと主張した。

ドイツ政府が先住民族の資産の返還に関与することになるかどうかはわからないが、先住民族の芸術やメディア、通信はますます(対話の)橋を架けつつある。

「映画という媒体は、理解に対する重要な道筋を提供することができます。なぜなら、(映画を通して)他者の観点に対して心を開くことが可能になるからです。」と、異なる文化や民族集団間の関係に対する関心を強調したブスタマンテ監督は語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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時には一本の木の方が政府より助けになることもある

【バルディアIPS=マリカ・アルヤル】

ネパール中西部バルディア郡パドナハ村。ラジ・クマリ・チョウダリさんは、毎朝村を通り抜けたところに立っている一本のマンゴーの大木を訪れては、祈りを捧げている。

視界いっぱいに四方に枝を伸ばして聳え立つ巨木は壮観である。「この木には果樹はなりませんが、私たち家族の命を救ってくれたのです。」とチォウダリさんは言う。彼女の眼には、この木は、家族が困ったときにネパール政府よりも大きな救いをもたらしてくれたと映っているのである。

昨年8月14日からネパール中西部で断続的に続いた豪雨により、チョウダリさん一家が暮らすバルディア郡をはじめ、インド国境に近い5つの郡を巻き込む広い範囲で大規模な洪水が発生した。

チョウダリさん一家は、奔流を逃れて村を一気に駆け抜けたが、その先が行き止まりになっていることに気づいた。そこで一家は最寄りの木によじ登り辛うじて難を逃れたのである。その際、他にも11人の村人が同じ木によじ登って避難してきたのを覚えている。

「当時生後6か月の赤ちゃんが最年少でした。私はショールを脱いで赤ちゃんを木に縛りつけて落ちないようにしました。」とカルパナ・グルンさん(27歳)は語った。

バルディア郡はこの洪水で最も深刻な被害を受けた。同郡の災害救援委員会は、被災者数は93,000人を上回ったと推定している。

チョウダリさん一家が暮らすパドナハ村では約5000人の人々が被災した。奔流は32人の村人を呑み込み、今でも13人が行方不明のままとなっている。

2014年はネパールにとって自然災害による死者が史上最悪を記録する年となった。ネパール内務省によると、2014年4月から2015年2月の間に492人が災害に巻き込まれて死亡し、37,000を超える世帯が被災していた。

専門家らによると、ネパール政府はこのような状況にもかかわらず、依然としてチョウダリさん一家のようにこうした大惨事を生き延びた人々のための長期的な対策を策定していない。

Credit: Mallika Aryal/IPS

ラジ・クマール、ヒラ・ラル・チョウダリ夫妻、11歳になる長女(右)、双子の娘たち(中央)は、2014年8月にネパール中西部を洪水が襲った際、マンゴーの木によじ登り、水位が下がるまで避難することで難を逃れた。(資料:マリカ・アルヤル/IPS)

Credit: Mallika Aryal/IPS

パドナハ村の人々が以前の生活を取り戻すには約5か月を要した。「大洪水のあと、村一帯はあたかも砂漠のような状態でした。」と、災害を生き延びたラジ・クマリ・チョウダリさんは当時を振り返った。(資料:マリカ・アルヤル/IPS)

「(ネパール)政府には明確な方針がなく、被災者に対する支援計画すらありません。その結果、(災害で)土地を流された人々は、実質的に無国籍者のような状態におかれているのです。」と、流域・土砂管理の専門家であるマドゥカール・ウパダヤ氏は語った。

ネパール政府は2008年に東部を襲ったコシ川大洪水のあと、災害訓練センターを創設し、現在では警察に防災課、国軍にも防災局を設置している。しかし防災専門家らは、政府の焦点は被災者の復興や再定住支援ではなく、災害時の救出・救援活動のみに向けられている、と指摘している。

災害が多発するネパールで不安定な生活を余儀なくされる

チョウダリさんの家族を含む住民の大半はネパール西部山岳地帯の先住民タルー族出身者である。彼らはつい最近の2002年に政府が法律で禁止するまで「カマイヤ」と呼ばれる過酷な債務奴隷制度の下で数世代にわたって虐げられてきた人々である。

しかし彼らは法的には奴隷身分からは解放されたものの、かつての主人によって住み家から追い立てられ、その後何年にもわたって戸外で生き延びていくしかなかった。2年前になって政府はようやく対策に乗り出し、チョウダリさんたちはパドナハ村に家を構えることができたのだった。

「(そのような背景から)私たちが自身の家を持つには長い年月がかかりました。ここパドナハ村にきて、子どもたちもようやく落ち着きを感じてきたところでした。そこに昨年の大洪水が襲ってきて全てを押し流していったのです。」とチョウダリさんはIPSの取材に対して語った。

チョウダリさん一家は、濁流が渦巻くなか、大木の枝の上で24時間を過ごし、機を見て近くの学校に避難した。そして水が引いた後に彼らが見たものは、全てが押し流されたあとの、荒涼とした村の風景だった。

「大洪水で自宅と家財道具は流されてしまいましたが、洪水や崖崩れに遭遇した他の生存者とは異なり、私たち一家の場合、戻れる土地が残されていました。」と同じくマンゴーの木によじ登って助かったサンギタさん(18歳)は語った。

パドナハ村の住民は、セーブ・ザ・チルドレンからの復興物資支援と、「13日間キャッシュ・フォー・ワーク」(被災者自らが復旧・復興のために働き、1日当たり3.5ドルの対価が支払われるプログラム)の支援を得て、村の復興に着手した。

Credit: Mallika Aryal/IPS

裏庭の野菜園の様子を見るカルパナ・グルンさん。彼女はこの春に緑の葉物野菜が十分な量収穫できることを願っている。生後9か月の乳飲み子を抱えるグルンさんは、赤ちゃんに十分な栄養を与えられないのではないかと心配している。(資料:マリカ・アルヤル/IPS)

Credit: Mallika Aryal/IPS

学校に行く準備をする、11歳のサラスワティ・チョウダリさんと、双子の妹プジャちゃんとラクシミちゃん。活動家らは、ネパール政府は、災害多発地域で生活する家庭を保護するための包括的な防災計画を策定すべきだ、と訴えている。(資料:マリカ・アルヤル/IPS)

18歳のサンギタさんは、夜目が覚めると自分のベッドの周りが既に水浸しになっていた大洪水当日のことを良く覚えている。彼女はその際避難した木を指差して、「あの木のお蔭で私の命は助かりました。でもあの日の恐ろしい記憶は忘れてしまいたいです。」と語った。(資料:マリカ・アルヤル/IPS)

今日、チョウダリさんは庭の畑に、家族にとっての新たな栄養源となる野菜の種を蒔いた。彼女は、昨年経験した大洪水が再び起こるのではないかと危惧しており、それに向けた準備をしなければならないと気付いている。

気候問題の専門家らは、パドナハ村のような小さなモデル村落は立ちいかないだろうと見ている。なぜなら、天気傾向が変化し、ネパールの災害多発地帯では、全てのモンスーンが洪水と崖崩れを伴うと予想されているからだ。

気候開発知識ネットワーク(CDKN)が昨年発表した調査報告書によると、気候変動性と異常気象事象(=大雨、洪水等)がネパール経済に毎年及ぼしている被害規模は、国内総生産(GDP)の1.5%から2%にのぼっている。

過去40年にネパールを襲った12の大洪水が被災家族に及ぼした被害額は、一世帯当たり平均で約9000ドル(=約108万円)にのぼる。

Map of Nepal
Map of Nepal

2011年現在でネパールにおける一世帯当たりの平均年収が約2700ドル(=約324,000円)であることを考えれば、このことは、とりわけ災害が多発する地域に暮らすチョウダリさん一家のような貧困層には、途方もない負担がのしかかっている現実を示している。

ネパールでは1983年以降毎年、洪水により平均で283人が死亡し、8000軒以上が破壊され、30,000戸近くの被災家族が災害の副次的な影響に苦しんでいる。

チョウダリさんはあのマンゴーの大木を遠くに眺めながら、「私たちは生活を再建する術を経験から学びました。しかし、子どもたちには私たちのように、生活基盤を奪われては再建するという経験を何度も繰り返すようなことがないことを祈っています。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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「全ての人への尊重」を教える国連枠組みは差別と闘う

【パリIDN=A・D・マッケンジー

「今、世界が求めているのは愛、やさしい愛…」これは、バート・バカラック氏が1965年に作曲した「世界は愛を求めている」の歌詞である。しかし愛を教えることは、不可能とは言えないまでも困難である。そこで教育の専門家らは別の解決策を思いついた。つまり、「全ての人への尊重」を教えるということだ。

「『すべて』という言葉のとおり、(この教育イニシアチブの対象は)文字通り『すべて(の人々への尊重)』を意味しているのです。」と国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)保健・世界市民教育班の主席プロジェクト担当を務めるクリストフ・コルヌ氏は語った。

世界の多くの地域で憎悪と不寛容が広がりをみせる中、ユネスコは米国・ブラジル政府と協力して、教育を通じて、さらには教育の内部において差別や暴力と闘う特定のツールや資源を作成してきた。

例えば、300ページにのぼるプロジェクト実施要領、数多くの国連の関連文書、オンラインの双方向フォーラム、記事の執筆や演劇といった学生活動の提案などがそうだ。これらは、第2回「世界市民教育(GCED)に関するユネスコフォーラム」(1月28日~30日、パリで開催)で紹介された。

「全ての人への尊重を教えることは、相互的な寛容の基本を強化し、全ての人々への尊重を養うことで、差別や暴力と闘うための教育的な取組み促進する方法です。」とコルヌ氏はIDNの取材に対して語った。

ユネスコはそのマニュアルの中で、このプロジェクトは「普遍的な価値と人権の根本的な原則」に則ったものであり、8歳から16歳までの学習者を対象として、「他者を尊重する素養を涵養し、あらゆるレベルにおける差別を止める」ためのスキルを彼らに与えることを目的とするものであると、述べている。

教育機関は、「学校環境のすべての側面が非差別を確実なものにするような」「包括的な」アプローチを採用する必要がある、とユネスコは述べている。

また、「カリキュラムは、固定観念を議論し不正義を認識するといった、センシティブな問題に対して時間を割り当てるべきだ。」としている。教員養成もまたこのアプローチの主要な部分である。というのも、(差別の被害者になる可能性もある)教育者は、紛争解決を教え、「差別の問題に敏感に」対処するうえでスキルを獲得する必要があるからだ。

パリを本拠とするユネスコのこの任務は、特定の集団や個人を標的とした過激主義と不寛容がはびこる中、急を要するものとなっている。

Irina Bokova/ UNESCO/Michel Ravassard - UNESCO - with a permission for CC-BY-SA 3.0
Irina Bokova/ UNESCO/Michel Ravassard – UNESCO – with a permission for CC-BY-SA 3.0

ユネスコのイリナ・ボコヴァ事務局長によれば、同機関は差別の「世界的な拡大」に対処する取り組みを強化し、とりわけ世界市民教育を促進している。

「知識と情報を交換する機会が今日ほどは多くなった時代はかつてありませんが、一方で、不寛容がとりわけ暴力的で破壊的な過激主義の形をとって強まってきています。」とボコヴァ事務局長は会議で語った。

「変化を求めるのはしばしば若い人々ですが、最初の被害者になるのも若い人々です。」「全ての人々にとってより平和で持続可能な未来を創るには、どのような教育が必要なのでしょうか?」とボコヴァ事務局長は語った。

ユネスコによれば、「世界市民教育」の目的は、「人権や社会正義、多様性、ジェンダー平等、環境の持続可能性への尊重を基盤としそれらを浸透させ、学習者をして責任ある世界市民へと育てるような価値観や知識、スキルをすべての年齢層の学習者に与える」ことである。

他方、「全ての人への尊重を教える」プロジェクトは、親から生徒、そして政策決定者にいたる社会のステークホールダー(利害関係者)のすべてを巻き込むことを目指している。そして、メディアにもその中で果たすべき役割がある。

メディアの役割

ユネスコのプロジェクト実施要領には、「メディアには世論の喚起を図る責任がある。」「メディアの専門家には、否定的な固定観念と闘い、多様性の尊重を涵養し、一般市民の中に寛容を促進するうえで、特別の責任がある。」と記されている。

この実施要領は、ジャーナリストなど12人が殺害された1月7日の仏風刺週刊誌『シャルリ・エブド』襲撃事件以前に草案が出されたものである。「シャルリ・エブド」誌に対しては、イスラム恐怖症や民族差別を煽ったとして批判がある一方で、漫画家や支持者らは、表現の自由の権利や、宗教や政治を含めたテーマを風刺する自由を擁護した。

フランスやその他多くの国における現在の分断は、宗教や世俗的な価値の両方に対する理解不足を示したものであると一部の識者が論じる一方、今回の襲撃事件が契機となり、欧州社会の主流から取り残された若者の実態やこれまでの教育の失敗に注目が集まっている。

「全ての人への尊重を教える際、誰しも偏見を持っている事実を認め、偏見について話し合い、スティグマ(=汚名、烙印)を打ち消すような場を設けなくてはなりません。」とコルヌ氏はIDNに取材に対して語った。

こうした対話は、「平和の文化、人権、寛容、尊重といった価値を中心にして構築された」カリキュラムとともに、公式・非公式両方の教育機会において行うことができる、とこのプロジェクトに関わっている専門家らはいう。

Dr. Helen Bond/ UNESCO
Dr. Helen Bond/ UNESCO

こうした価値観は「普遍的なもの」として認識されるべきだが、同時に、地域の仕組みや文化に適応させ、そこから経験を引き出すようなものでなくてはならない、とユネスコは推奨している。

ハワード大学(ワシントンDC)の助教授で『全ての人への尊重を教える』プロジェクト実施要領の著者の一人でもあるヘレン・ボンド博士は、「『差別の兆候は』は多くの形をとって現れます。」と指摘した。

「こうした差別には、例えば、いじめ、罵倒、固定観念化した見方、スティグマ(=汚名、烙印)、反ユダヤ主義、イスラム恐怖症、ジェンダー(=性差)や貧困を根拠とした偏見などがあります。」と、ボンド博士はGCEDに関するユネスコフォーラムで語った。

また参加者からは、「差別は、対象を絞り込んだ法律、すなわち、特定の政府の施策の利用から特定の集団を排除する法律という形でも現れる。」「差別や非寛容はたいてい『ミクロな場面での攻撃』から始まり、政策決定者が必要な行動をとらなければ暴力が悪化する可能性がある。」等の指摘がなされた。

「全ての人への尊重」

フランスでは、シャルリ・エブド襲撃事件とそれに関連して起こったユダヤ食品専門スーパーマーケット襲撃事件ののち、政府が要請していた1分間の全国黙祷に一部の学校の生徒たちが参加を拒否した。彼らは、フランス社会の主流から排除されてきた人々の心情と、(彼らのような少数派市民に対して)シャルリ・エブド誌が固定観念とスティグマを助長してきた事実に注目を集めようとしたのである。

さらに、フランス南部のニースでは、「テロリスト」への「連帯」を表明した8歳の男子児童を学校が警察に通報するという事態が生じた。その児童は「テロリズム」の意味を分かっていない様子だったが、このニュースに多くの人々が衝撃を受けた。

GCEDに関するユネスコフォーラムがちょうどパリで開かれているころに起きたこの事件は、学校において「全ての人への尊重」を議論し、この領域で教員を養成することの重要性を浮き彫りにすることとなった。

「この悲劇は、従来の学校のカリキュラムに何が欠けているのかについて、人々の目を見開かせる契機となりました。」「私たちは、全ての学生に対して、いかに共存するか、そして一つの宗教にだけ注目することは正しいアプローチではないということを、教えていかなければなりません。」とコルヌ氏はIDNの取材に対して語った。

ユネスコの枠組みは、「全ての人への尊重」がいかにして学校のカリキュラムに「統合され」、「すべての科目と学校文化全体に組み込まれる」かについて検討してきた。

「全ての人への尊重」に関するパイロット・プロジェクトが、ブラジルやコートジボワール、グアテマラ、インドネシア、ケニアで実施され、この問題のさまざまな側面が検討されている。ケニア政府は平和教育の策定に力を入れ、コートジボワールは障害を持つ人々への差別を防ぐ手立てについて検討している。

「全ての人への尊重」プロジェクトを通じて提示された問いの中には、「教室における難しい議論や状況に如何にして対処するか」、「差別や偏見、いじめに立ち向かう」ためにどのように生徒をエンパワーし動機づけられるか、というものがあった。

プロジェクト実施要領の子どもや若者を対象にした章には、「たとえそれが『容易なことではない』としても勇気を出して『ノー』を言おう。…全ての人に、尊重を持った扱いを受ける権利がある。それがどのようなものであれ、差別されることは決して許されない。」と記されている。

翻訳=IPS Japan

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|二つの朝鮮|経済的成功と核の脅威の間で

【ソウルIPS=アン・ミヨン】

二つの朝鮮は奇妙な符号を成している。両者ともに対話の可能性を口にしながら、その条件については異なった考えを持っている。この違いは、朝鮮戦争(1950年~53年)後の62年に及ぶ分断からきている。

この間、北朝鮮は核の脅威になった。プラウシェア財団の世界の核備蓄に関する報告書によれば、世界全体の核兵器1万6300発のうち、北朝鮮は最大10発の核を保有している(他方で、ロシアは8000発、米国は7300発)。一方で韓国は世界有数の経済的サクセス・ストーリーを体現する国へと成長した。

韓国の朴槿恵大統領は1月16日、国民に向けた演説の中で、韓国語の「daebak」(「大成功」を意味する)という言葉を使って、朝鮮半島統一へのビジョンを「もし二つの朝鮮が統一されることがあれば、統一朝鮮は朝鮮だけではなく、世界全体にとっての『daebak』になるであろう。」と語った。

朴大統領は、2013年に保守的な与党(セヌリ党)の党首になって以来、統一朝鮮から生まれる新しい世界について語ってきた。彼女の議論は、もし二つの朝鮮が統一されれば、北朝鮮の核の脅威がなくなって世界は政治的により安全な場所になり、韓国の経済力・文化力と北朝鮮の天然資源や規律を組み合わせることで統一朝鮮は経済的により繁栄できる、というものだ。

つまり朝鮮半島の非核化が「daebak」実現の主要な条件だとされてきた。2月9日に韓国政府高官と共にフォーラムに出席した朴大統領は、「北朝鮮は、もし進行中の経済プロジェクトを成功に導きたいというのならば、非核化について真摯な態度で臨むべきです。」と指摘したうえで、「北朝鮮を救うために韓国政府が用意している諸計画がいかに優れたものであったとしても、北朝鮮が核計画を放棄しないかぎり、事業の実施はあり得ません。」と語った。

しかし、北朝鮮がその政治的生き残りをかけて核能力を交渉のテコとして使おうとするかぎり、北朝鮮に核兵器を放棄する理由はないと識者らはいう。「核能力は、韓国の経済力と対峙している北朝鮮がその体制を維持するために唯一持っている軍事的テコだ」と語るのは、韓国戦略問題研究所(KRIS)のムン・スンムク氏である。

実際のところ、変化の兆しはほとんど見えない。北朝鮮は、武器貿易のチャンネルを部分的に干上がらせている米国による制裁に抵抗して、3回の核実験に加え、一連のミサイル発射実験を行っている。

追加制裁をめぐる米朝間の緊張が高まる中、核爆弾用の燃料を製造している寧辺原子炉(5メガワット)が再稼働されないかどうか、厳しい監視がなされている。

他方、韓国は、2008年以来の(ハンナラ党→セヌリ党)保守政権の下、北朝鮮に対する食料や肥料の提供を拒み続けている。

2004年から07年の盧武鉉ウリ党)リベラル政権の下では、韓国は北朝鮮への最大の食料・肥料提供国だった。

そうしたなか、北朝鮮の謎めいた若き指導者金正恩総書記が、朝鮮中央テレビが今年の元日に報じた新年の演説のなかで、韓国に対して異例の和解姿勢を見せたことから、一縷の希望が出てきたように思われた。

「北と南はこれ以上、無意味な口論とくだらない問題で時間と精力を無駄にせず北南関係の歴史を新たに書かねばならない。…二つの朝鮮の間で対話を行うことで、断ち切られた絆を取り戻し大きな変化をもたらすことができる。」と金総書記は語った。

この演説の中で金総書記は、韓国大統領との「最高レベルの会談」の可能性すら示唆している。「もし韓国が対話を通じて南北関係を改善しようとの立場ならば、ハイレベルの接触を再開するだろう。また、状況と雰囲気次第では、(韓国との)最高レベルの会合を持たない理由はない。」

しかし韓国では、南北協議の可能性への期待は既に萎んできている。「北朝鮮が韓国との対話によって望んでいることは、核問題や人権問題に関する協議ではなく、韓国から再び経済支援を如何にして引き出すかということです。」と語るのは、国営「北朝鮮戦略情報センター」(NKSIS)のイ・ユンゴル所長である。

韓国政府は北朝鮮政府による平和攻勢に慎重な姿勢を崩していない。「私たちは『daebak』のビジョンに向けた準備に取り組んでいるが、近い将来において南北関係にバラ色の未来が訪れることになるとは期待していません。」と柳吉在統一相は2月4日の記者会見で語っている。

北朝鮮の専門家らは、北朝鮮政府は経済的苦境のために農場私有に対する厳しい国家統制を緩和しつつあるとしている。北朝鮮の農民は生産物の一部を全国の市場で売ることができ、同国は市場の民営化に少しずつ動きつつある。

さらに、韓国の「聯合ニュース」が外交問題に関する中国の学術誌『Segye Jisik』を引用したところによると、北朝鮮経済は2012年に指導者が交替して以来、改善しているという。2011年、2000万人の北朝鮮国民を食べさせるために食料備蓄が108万トン不足していたが、現在では不足が34万トンにまで圧縮されている。

識者によれば、この報告が事実であれば、北朝鮮は経済状況が改善されれば、政治的にも韓国との交渉プロセスにおいて核カードへの依存度を引き下げる政治的効果があるかもしれないという。

米国による制裁は、北朝鮮の貿易を制限することで北朝鮮の非核化を図ろうとしてきた。さらに米政府は、今年1月2日、ソニー・ピクチャーズ・エンターテイメントを標的としたサイバー攻撃に対する報復措置として、北朝鮮に対して新たな制裁を課した。連邦捜査局(FBI)は、北朝鮮の指導者・金正恩総書記の暗殺を描いたコメディ映画「インタビュー」への報復として北朝鮮がサイバー攻撃を仕掛けたと非難している。

しかし、制裁は日々の食料を満たそうとする一般の北朝鮮国民を苦境に陥らせることはあっても、北朝鮮政府への影響はほとんどない。「北朝鮮の対中貿易はより盛んになっており、北朝鮮の外国パートナーとの取引のほとんどは水面下で行われている。」と世宗研究所のホン・ヒュンイク主任研究員は語った。

北朝鮮の人権状況に関する国連の知見を基にして、同国を国際刑事裁判所(ICC)に告発するかもしれないとの動きに対して、金正恩総書記は、「我々の思想と体制は揺るがない」と繰り返し表明している。

米国と国連がともに人権問題で北朝鮮に対して強硬な立場を採る中、韓国は北朝鮮にとっての唯一の希望であるかもしれない。韓国は、強硬な姿勢を強める同盟国である米国と、北朝鮮国民への同情の間で、「二面外交」を余儀なくされることになるかもしれない。

この数十年、北朝鮮は米国・韓国との間で熾烈な駆け引きを繰り広げてきた。「近年では米国が北朝鮮に対して『ムチの外交(強硬路線)』を推進しており、韓国としては『アメの外交(柔軟路線)』へと移行することを望むかもしれません。」と韓国戦略研究所のムン・スンムク氏は語った。

「韓国政府は、北朝鮮への接近の速度が国連と米国の動きに制約されることを理解しています。」とムン氏は付け加えた。(原文へ

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【ジュネーブIDN=ジャムシェッド・バルーア】

4月27日から5月22日までニューヨークで開催される予定の2015年核不拡散条約(NPT)運用検討会議を前にして、ラテンアメリカ・カリブ海諸国共同体(CELAC)が核軍縮の将来に向けて明確なビジョンを表明した。

CELAC(加盟33か国)はサンホセで1月28日から29日に開催された第3回年次総会で、ウィーンで昨年12月に開催された第3回「核兵器の人道的影響に関する国際会議」閉会にあたって表明された「オーストリアの誓約」に対する賛同を公式に表明した。

Generalsekretär Michael Linhart/ BMEIA/D. Tatic

オーストリアのミヒャエル・リンハルト外務事務次官が昨年12月9日に発表した「オーストリアの誓約」は、オスロ(ノルウェー、2013年3月4~5日)とナヤリット(メキシコ、2014年2月13~14日)で開催された過去の「核兵器の人道的影響に関する国際会議」(非人道性会議)に加え、ウィーン会議で得られた事実と知見は、さらなる外交努力が必要であることを示している、と述べている。

「オーストリアの誓約」は、核兵器を規制する国際法の枠組みには「法的ギャップ」が存在すると述べ、核兵器を悪だと捉え、禁止し、その廃絶につながるような措置を追求することによって、この法的ギャップを埋める努力に加わることを全ての国家に求めた。

リンハルト次官はまた、「オーストリアの誓約」を発表する中で、「核兵器の作戦上の地位の低下、配備された核兵器の貯蔵状態への移行、軍事ドクトリンにおける核兵器の役割の低減、全ての種類の核兵器の急速な削減など、核兵器爆発のリスクを減らすような具体的で中間的な措置」を取るように「核兵器保有国」に求めた。

CELAC

CELACの首脳らは、サンホセ(コスタリカ)で1月28日から29日に開催された第3回年次総会で宣言を出し、ウィーン会議の成果を完全に支持した。そうすることでCELACは、核兵器禁止条約がその法的ギャップを埋めるうえで最適のオプションであることを表明した最初の地域国家グループとなった。

「被爆者の証言や、証拠、科学的データによって示されたように、核兵器は、安全保障や人間の発展、文明一般にとって重大な脅威となる。私たちの宣言と一致するように、この目的において、私たちは、核兵器禁止のための国際的に法的拘束力のある手段に向けた外交交渉プロセスを開始すべきとの、ウィーンとナヤリットでなされた呼びかけに対して強力な支持を繰り返し表明する。」

核戦争防止国際医師会議」(IPPNW)コスタリカ支部のカルロス・ウマーニャ氏はこのサンホセ宣言について、「ラテンアメリカ・カリブ海諸国は、このCELAC宣言によって、私たちを『核兵器なき世界』により近づける取り組みの最前線に立ち続ける意図を持っていることを表明しました。この地域に非核兵器地帯を設置したトラテロルコ条約は、この地域で核兵器を禁止した初めての多国間条約であり、今やラテンアメリカ・カリブ海諸国は、国際的に核兵器を禁止する同様のプロセスを促進する努力をするとの意図を示したことになります。」と語った。

「プラウシェアズ財団」によれば、ロシア、米国、フランス、中国、イギリス(国連安保理の五常任理事国)とパキスタン、インド、イスラエル、北朝鮮は合計で1万6300発の核兵器を保有している。「これらの中で、約4100発が作戦配備されていると考えられている。うち、米国とロシアの1800発が高度な警戒態勢、すなわち直前の通告で使用可能な状態にある。」と、米国科学者連盟は述べている。

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)によれば、核兵器に関するこれまでの議論は一部の核保有国だけが仕切ってきたが、核兵器の非人道性をめぐる議論が始まって、非核保有国が、核兵器がもたらす現実の影響をめぐる議論をリードするという根本的変化が起きているという。

「オーストリアの誓約は、受け入れがたい法的ギャップを埋めるための行動を要求するよう諸国に呼びかけたものです。核の非人道性議論によって生み出された推進力が、核兵器禁止のプロセス開始への道を切り開きつつあります。CELAC諸国はこの呼びかけに呼応したものです。他の地域もこれに倣ってくれることを望みます」と語るのは、ICANのダニエル・ホグスタ氏である。

英国で高まる支持

英国においても核兵器禁止の支持が高まる兆候がある。ICAN英国支部と「核兵器と民間人保護に関する全党グループ」は1月21日、英国自身の核兵器のもたらす意味について国会議員に対する説明会を開いた。

この会合は、トライデント・ミサイルの更新に関する議会審議の翌日に行われた。スコットランド国民党、プライド・カムリ(ウェールズの地域政党)、緑の党が要求したこの審議で、多くの議員が、意図的および偶然的な爆発による核兵器の壊滅的なリスクについて指摘した。

労働党のケイティ・クラーク氏は、トライデントの放棄は核軍縮に向けた重要かつ象徴的ステップになるだけではなく、国際的にも非常に大きなインパクトになると指摘した。

別の労働党議員ポール・フリン氏は、ある国家が核兵器を保有し続ければ、他国が自らの核兵器を開発し維持する誘因を暗に与えることになり、軍縮の取り組みを阻害することになる、と指摘した。

他の発言者も、英国には、国連安保理の常任理事国として核軍縮を誠実に追求する義務があり、その義務は核兵器を禁止することによって果たされるべきだと述べた。「核不拡散防止条約第6条の下における私たちの軍縮義務に見合うように、核兵器を禁止する新たな法的枠組みへの支持を政府は今こそ表明すべきです。」と、スコットランド国民党のアンガス・ロバートソン議員は語った。

MP Angus Robertson/ Wikimedia Commons

会合参加者の多くが、ウィーン会議を経て、ニューヨークの国連本部でのNPT運用検討会議を前にした今こそ、この課題を前面に押し出す時だと主張した。

1970年のNPTは、「核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに、厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うこと」をすべての条約加盟国に義務づけている。NPTは、核兵器を削減し究極的に廃絶する義務を核保有国に課した、世界で唯一の法的拘束力を持つ義務である。2000年のNPT運用検討会議では、条約加盟国が、軍縮義務を果たすべく「13の実際的措置」に合意した。

実際的措置とは例えば、包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効、CTBT発効までの間の核爆発実験モラトリアム、非差別的で多国間、効果的に検証可能な核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)を5年以内にジュネーブ軍縮会議で交渉することなどである。FMCTは、高濃縮ウランとプルトニウムという核兵器の2つの主要要素の生産を禁じるものである。(原文へ

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核兵器ゼロを待ちわびて

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|イスラエル|中東における核独占への強迫観念

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【国連IPS=タリフ・ディーン】

イラン核協議の期限が3月24日に迫る中、政治的に白熱した議論を呼んでいるこの問題に内在する欧米諸国のあからさまな二重基準と、なにより、長年先送りにされてきた中東非大量破壊兵器(WMD)地帯創設提案の復活に関する議論が、活動家の間で再燃している。

エルサレムに拠点を置く『パレスチナ・イスラエル・ジャーナル』の共同編集人であるヒレル・シェンカー氏は、周辺国(とりわけ警戒対象はイランだが、サウジアラビアやエジプトも含む)の核武装を防ごうとのイスラエルの強迫観念について、「これは専ら、ベンヤミン・ネタニヤフ首相のやり口です。彼は国民の恐怖を煽る一方で、『イスラエルは(彼のような)強力なリーダーとともに困難に立ち向かい、確固とした立場を守らねばならない。』と主張することで、自身の政治的キャリアを構築してきました。」と語った。

そしてこれこそが、イスラエル総選挙を目前に控えてネタニヤフ首相が米議会で行う予定の、極めて論争的で党派的な演説の基本的な動機である。「予定されているネタニヤフ演説は、既にイスラエルの野党、米国内のユダヤ人社会、米国社会全般で強い反発を引き起こしています。」と、シェンカー氏は指摘した。

Hillel Schenker
Hillel Schenker

核兵器を取得する計画を一貫して否定し続けているイランは、ドイツおよび国連安保理五大国である米・英・仏・中・ロ(まとめて「P5+1」と呼ばれている)との協議の最終局面を継続することになる。

先週、イランのハサン・ロウハニ大統領は、いずれも核保有国である米国とイスラエルに対して、ややあてこすった調子で「あなたがたの国は、原子爆弾で自国に安全をもたらすことができましたか?」と問いかけた。

『ニューヨーク・タイムズ』紙は、「ワシントンに拠点を置く『軍備管理協会』が、イスラエルは100発~200発の核兵器を保有していると述べた。」と報じている。

イスラエルは、長年の政策として、核保有を肯定も否定もしないという立場を通してきた。しかし、米国・イスラエル両国とも、中東地域に非大量破壊兵器地帯を創設するという提案については、消極的な態度に終始してきた。

化学兵器禁止機関(OPCW)の元主任編集者であるボブ・リグ氏は、IPSの取材に対して、米国政府は、13にのぼる自国の諜報機関の一致した見解をとりまとめた報告書「国家諜報評価」を都合よく無視しています。」と指摘した。これらの報告書は、「2004年以降、イランが核兵器を取得しようとの意思を持った証拠はない」との見解を示している。

「イスラエルが中東地域で唯一の核保有国だとすれば、米国の核・通常兵器の能力を併せると、この2か国が中東地域において極めて強力な戦略的影響力を持っているということになります。そしてイスラエルにとって唯一の現実的な脅威であったシリアの化学兵器が廃棄された今となっては、こうした状況は、より現実のものになっています。」

「一方で、シリアの化学兵器が廃棄されたという側面は、奇妙なほどに無視されています。シリアは、イスラエル全体の人口稠密地域を目標にできるロシア製のミサイルを保有していました。」と、ニュージーランドの軍縮諮問委員会の元委員長でもあったリグ氏は語った。

軍事評論家らが提示している問いは、「核兵器を保有し、さらには米国が提供した先進的な通常兵器も保有しているイスラエルが、なにゆえに周辺国の大量破壊兵器を恐れる必要があるのか?」あるいは、「核武装するかもしれないイラン、あるいはサウジアラビアやエジプトが、イスラエル占領地域に暮らすパレスチナ人をも根絶することになることを覚悟のうえで、はたしてイスラエルに対して核兵器を使用するリスクを冒すだろうか? 」というものである。

シェンカー氏はこの点について、「もしイランが核武装を選ぶならば、その主要な動機は、イスラエルを攻撃することではなく、自国の体制を守ることでしょう。それでも、イランが核兵器を取得しない方が望ましいです。」と語った。

これまで核軍縮を強力に主張してきたシェンカー氏はまた、「もちろん、こうした危険への根本的な解決策は、中東地域に非大量破壊兵器地帯を創設することです。これには、並行する2つのプロセスが必要になるでしょう。つまり一つは、イスラエル・パレスチナ紛争解決に向けた道であり、もう一つは、(中東地域の)非大量破壊兵器地帯化を主要課題とするアラブ平和イニシアチブ(API)の支援を受けながら、中東の平和・安全保障体制を構築していく道です。」と語った。

ニューヨークで4月末から始まる予定の次の核不拡散条約(NPT)運用検討会議の開催以前に中東非核・非大量破壊兵器地帯化に関する会議(中東会議)が開かれる可能性について、シェンカー氏は、「この提案は依然として生きています。」と語った。

3月中旬、「アカデミック平和オーケストラ・中東イニシアチブ」がドイツのベルリンで「2015年NPT運用検討会議にあたり、ヘルシンキ会議に与えられた任務を果たす」というテーマで国際会議を開催することになっており、その中には、イスラエル、サウジアラビア、エジプト、ドイツの政府代表を交えて、中東会議のファシリテーターであるフィンランドのヤッコ・ラーヤバ大使に焦点をあてたセッションも予定されている。

シェンカー氏によれば、この国際会議にはイランからの参加者もあるという。

リグ氏によれば、イスラエルのベン・グリオン初代首相はイスラエル建国当初から核保有を望んでいたという。イスラエルは、1948年当時はまだ55か国ほどの加盟国しかなかった国連によって承認された。当時発展途上世界の大半は、依然として第二次世界大戦からの復興途上にあり、多くの新興国家はまだ誕生していなかった。

リグ氏は、「米国と当時の西側諸国が、国連創設に大きな役割を果たしました。」「これらの国々は、スウェーデンの国連代表であるフォルケ・ベルナドッテ伯がパレスチナ人に対して親和的だと疑われてイスラエルのテロリストにより殺害されたにもかかわらず、イスラエルの建国を望んだのです。」と語った。

「その際、パレスチナにも意見が求められ、イスラエル建国に反対しましたが、意見は無視されました。当時国連加盟国だったアラブ諸国は僅か2か国で、これらの意見もまた無視されました。今日のイスラム国家の大半は当時まだ存在していなかったか、あるいは無視されたのです。」

「国連がイスラエルを承認したとき、周辺のアラブ諸国(エジプト・トランスヨルダン・シリア・レバノン・イラク)はイスラエル国家の成立を阻止しようとパレスチナに侵攻しましたが、イスラエル軍に撃退されています。これらの国々は、アラブ世界のど真ん中にイスラエルが移植されるのを当時望まなかったし、今も望んでいません。そしてこれまで何も変わっていないのです。」

「欧米西側諸国がイスラエルを建国したことに対するアラブ諸国の頑なな敵意に直面するという状況の中、イスラエルはより安心感を増すために核兵器を開発したのです。」「もしイスラエルによる中東地域での核独占が終わるようなことがあれば、イスラエルは脆弱な立場に立たされます。そこで米国は、イスラエル以外の国による核保有を阻止するために前面に出てくるのです。」とリグ氏は語った。

今日、イスラエルですら、イランが核兵器を保有しているなどとは主張していない。

「中東地域における非核兵器地帯創設など単なる冗談のように思えます。もしイスラエルがNPTに加盟すれば、自国が保有する核兵器について申告し破棄しなければならなくなるのですから。」

米国は、イスラエルにNPT加盟を迫ることを回避する言い訳を続けている。米国は実際には中東で核拡散を進める要因になっているが、歴代の米国大統領はイスラエルが核兵器を保有していると公然と認めることは拒否している、とリグ氏は付け加えた。

こうしたことのために、たとえオバマ米大統領とネタニヤフ首相の関係が険悪でなかったとしても、中東非核兵器地帯は現実のものにならないだろう。

シェンカー氏は、ネタニヤフ首相の発言が出たのは、イスラム協力機構(加盟57か国)に支持されたアラブ連盟(加盟22か国)が、2002年以降、イスラエルに対して「アラブ平和イニシアチブ」(API)を提示する状況下においてであった。

APIは、パレスチナ占領の終了、東エルサレムを首都とした、西岸地区とガザで構成されるパレスチナ国家の樹立、難民問題への合意された解決策と引き換えに、和平と関係正常化を求めるものである。

「これは、核拡散の危険が中東で問題とはなっていないということを意味するわけではありません。」とシェンカー氏は語った。

「イスラエルが核兵器の独占を維持し、それを最後の手段としてのみ使うと約束している限り、誰もがこの状況と共存していくと思われます。」

「イランによる核兵器開発疑惑という難題は、地域の現状を崩し、核軍拡競争を引き起こしかねません。」とシェンカーは指摘する。残念なことに、国際社会は、ウクライナ情勢やイスラム過激派組織『イラク・レバントのイスラム国(ISIL)』問題といった別の危機に現在のところエネルギーを奪われている。

「したがって、来るNPT運用検討会議に関連した問題と、中東非大量破壊兵器地帯化に関して進展をもたらす必要性についても、必要な政治的関心が集まることが望まれます。」とシェンカー氏は語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service(IPS) and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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国連人権トップ「テロとの闘いは、拷問・スパイ活動・死刑を正当化しない」

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【国連IPS=タリフ・ディーン】

拷問、違法な拘禁、戦時捕虜への非人道的な処遇、強制的失踪の禁止などを禁じた様々な人権条約の法的な管理者である国連が、紛争地帯におけるテロとの闘いを根拠に、ますます多くの国が国連の諸条約違反を正当化するようになってきていることを問題視している。

ヨルダン出身のザイド・ラアド・ザイド・アル・フセイン国連人権高等弁務官は、暗に大国のあり方を批判して、「戦争がそれを許すから拷問するのだ。不快なことだがテロ対策に必要だから自国民に対するスパイ行為を行うのだ…。こうした論理が今日の世界には溢れかえっています。」と単刀直入に語った。

「地域社会のアイデンティティや自分の生活様式がこれまでになく脅かされているから、新たな移民は望まないし、マイノリティを差別するのだ。他人が私を殺そうとするから、他人を殺すのだ…。こういう論理が長々と続いていきます。」

ワシントンDCにある「ホロコースト記念博物館」で2月5日に講演したフセイン氏は、全ての人々にとっての人権と基本的自由への関心に導かれた「深く人々を鼓舞するようなリーダーシップ」を世界は必要としていると語った。

「私たちは、全ての差別、多くの人々からの剥奪、戦争における残虐行為と行き過ぎを禁じるために策定された全ての法と条約を、一切の口実を設けることなく完全順守するような指導者を必要としています。そうして初めて、私たちは、迫りくる重大で一見したところ出口が見えない現在の危機から抜け出すことができるでしょう。」

昨年、米中央情報局(CIA)は、水責めや睡眠の剥奪、身体的苦痛等を伴う「強化尋問技術」をテロ容疑者に対して用いていたとして非難された。

アフガニスタンやイラク、シリア、リビア国内で空爆を実施してきた西側諸国は、数多くの民間人の殺害を「コラテラルダメージ(=予期せぬ巻き添え被害)」だとして正当化し、批判をかわしてきた。しかしこれらの国々は、国連総会や安全保障理事会の場では、人権や民間人の生命がいかに神聖なものであるかについて説き続けているのである。

他方で、ヨルダンやパキスタン、サウジアラビアのように、テロとの闘いの一環として、テロリストを死刑に処したり、ブロガーや反体制活動家らを公開むち打ち刑に処したりすることを正当化している国々もある。

イスラム過激派組織『イラク・レバントのイスラム国(ISIL)』は、同勢力に対する空爆連合にヨルダンが加担しているとしてヨルダン空軍のパイロットを残虐な方法で殺害して、国際的な非難に晒された。

ヨルダン政府は、パイロット殺害への報復として、アルカイダとのつながりがあるとされる2人の死刑囚を即刻処刑した。

あるヨルダン人は、(この政府の措置について)「目には目をだ」と発言したとされる。

昨年12月、国連の193加盟国のうち117カ国が、死刑のモラトリアムを求める国連総会決議に賛同した。しかし、その後も処刑は続いている。

死刑に反対している国連の潘基文事務総長は、「死刑は21世紀にはあってはならないものだ」と述べている。

Mr. Javier El-Hage, International Legal Director Human Rights Foundation

米国の人権擁護団体「人権財団(The Human Rights Foundation)」の法務顧問であるハビエル・エル=ハージュ氏は、IPSの取材に対して、「私たちは、現在と過去における『世界各地にみられる最悪の紛争や残虐行為の原因』との闘いにおいて、国際社会が恩恵を得られるであろう2つの対抗手段、すなわち「よりよいリーダーシップ」「世界的に教育のありかたを見直すべき」をとする、ザイド・フセイン国連人権高等弁務官の呼びかけを称賛します。」と語った。

特に、リーダーシップの問題に関して、ザイド・フセイン氏は、国際人権諸条約を完全順守し、「全ての人々の基本的自由への関心に突き動かされた」指導者が出てくることへの期待を述べた。

一方、教育の問題についてザイド・フセイン氏は、「『偏見や狂信的愛国主義がどのようなものであるか』『それらがどんな悪弊をもたらすのか』『(そうしたプロパガンダへの)盲従がいかに邪悪な目的のために当局によって利用されるのか』について、あらゆる地域の子どもたちが教育される必要があります。」と語った。

「人権高等弁務官が指摘しているように、人類最悪の残虐行為は、国民の一部あるいは多数を代表する頑迷で狂信的に愛国主義的な権威的指導者によって引き起こされたものです。そうした指導者は、反体制的とみなした独立メディアを弾圧して教育と情報の独占を達成することで、急進主義的な経済政策、国民主義的、人種主義的、あるいは宗教的に過激な政策を、少数派やあらゆる種類の反対者の権利を踏みにじる形で推進したのです。」とエル=ハージュ氏は付け加えた。

Wikimedia Commons

たとえば、国家主義的、民族主義的、あるいは宗教的に過激な政策は、ドイツにおいてはユダヤ人に対してソ連においてはウクライナ人に対してトルコにおいてはクルド人に対して、また、南アフリカのアパルトヘイト体制下においては黒人に対して、そして奴隷制廃止までは西側社会の大部分において黒人に対して、採られたものである。

こうした差別主義的な政策は、今日でも依然として、中国においてはウイグル人チベット人に対して、中東各地においては宗教独裁の下でキリスト教徒や少数派のイスラム教徒に対して実行されている。西側民主主義国に親和的なサウジアラビアヨルダンのような国においてもそうだし、親和的でないイランやシリアのような国においてもそうである。

ザイド・フセイン氏は、「国際人権法は、人類による残虐非道の経験を経て生み出されたものであり、再発を防止する救済手段にほかなりません。」と指摘したうえで、「しかし今日、指導者らは往々にして意図的に国際人権法を侵犯する選択をしています。」と苦言を呈した

ホロコースト後の数年間、特定の条約に関する交渉がなされ、人権を擁護する法的義務へと高められました。世界中の国々がそれを受け入れたが、現在は残念なことに、あまりにも頻繁に法が破られています。」

ザイド・フセイン氏は、子どもに対する攻撃や、(ザイド・フセイン氏と同じヨルダン人)同胞であるパイロットのムアズ・カサースベ氏のISILによる野蛮な焼殺などの残虐行為に対する暴力的な報復は、限定的な効果しか生んでいない、と指摘した。

「単にISILを爆撃したり、資金源を断ったりするだけでは、明らかに効果はあがっていません。なぜなら、これらの過激派テロ集団は依然として拡大し、勢力を増しているからです。必要なのは別の種類の戦線、すなわち、思想を基盤とし、もっぱらムスリム指導者やイスラム教国による新たな戦線を構築することです。」

またザイド・フセイン氏は、他の国々における主要な市民権・政治的な権利に対する波及効果について、「多くの国々において、検討不足の、あるいは実に搾取的な対テロ戦略の重圧のもとで、反対意見が述べられる空間が崩壊しつつあります。こうした中、人権擁護活動家からは大きな圧力に晒されています。彼らは、基本的な人権を平和的に擁護しようとするだけで、逮捕・収監、あるいはそれ以上の弾圧を加えられるリスクに直面しているのです。」と指摘した。

UN General Assembly/ Wikimedia Commons
UN General Assembly/ Wikimedia Commons

HRFのエル=ハージュ氏は、IPSの取材に対して、「20世紀を通じて、旧ソビエト連邦と衛星国の指導者らは、単一政党が支配する国家機構を作り上げました。そして強力なプロパガンダ機能を備えたこうした一党独裁体制の下では、オープンな教育や独立のメディアは存在せず、急進的な経済政策が推し進められ、国民の大多数が苦境に陥ったのです。」と語った。

「これらの権威主義的な一党独裁政権下では、大規模な飢餓のような大惨事を引き起こされました。それらは、ウクライナ飢饉のような、特定の少数民族に対する直接的で物理的な抑圧の結果ではなかったものの、基本的人権を否定し、小農や事業主の移動と資源へのアクセス、財産権、情報の自由、他者と協力しあう自由を国が統制することで、彼らが自立できる能力を制限する経済政策が引き起こしたものだったのです。」

「またこれらの国々では、党が大衆を救うという理念を謳いながら、実際にはその大衆の一員である個人を苦しめ、あまつさえ飢餓に陥らせることさえあったのです。」とエル=ハージュ氏は付け加えた。(原文へ

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マーシャル諸島政府の核不拡散訴訟、米裁判所で門前払い

【国連IPS=ジョシュ・バトラー】

核軍縮交渉の開始を怠ったとしてマーシャル諸島政府が米国政府を訴えていた裁判で、米裁判所が訴えを退ける判断を下した。

マーシャル諸島政府は現在、1968年の核不拡散条約(NPT)で義務づけられている核軍縮交渉を履行していないとして、インド、パキスタン、英国国際司法裁判所(ICJ)で訴えている。

しかし、米国はICJの管轄権を受諾していないため、カリフォルニア州の米連邦地方裁判所で米国政府を訴えることとなったものである。

核時代平和財団のデイビッド・クリーガー会長は、「米国は1946年から58年にかけてマーシャル諸島で67回の核実験を行ったが、これは、広島型原子爆弾1.6発を毎日、12年間にわたって爆発させた威力に相当します。」と語った。

マーシャル諸島の住民らには依然として健康被害が確認されているが、米連邦地裁のジェフリー・ホワイト判事は2月3日、NPTに違反して米国による被害がもたらされたというのは「憶測にすぎない」として、申し立てを棄却した。

David Krieger/ NAPF
David Krieger/ NAPF

ホワイト判事はマーシャル諸島政府には原告適格がないとする一方で、裁判所の判決は「政治的問題の原則」による制約を受けると述べた。すなわち、この問題は法的なものではなく政治的なものであるから、マーシャル諸島政府の訴えを判断できない、というのである。

マーシャル諸島政府による訴訟を支援している核時代平和財団のクリーガー氏は、この連邦地裁の判断について、「愚かな決定だ」と批判した。

「判事は誤った判断をしました。マーシャル諸島政府には原告適格があるとの十分な根拠がありますし、これは政治的な問題とみなされるべきではなかったと思います。」

「マーシャル諸島政府は、ある国に核爆弾が投下されるとどんなことになるか、よく分かっています。彼らは多大な被害を受けたのですから、決して『憶測』などではありません。」

マーシャル諸島政府によって提起された複数の訴訟の基礎には、米国をはじめとした核保有国が、核兵器の拡散を防ぐための交渉を誠実に行ってこなかったという事情がある。しかし、米国が核不拡散のための交渉を行わないことは有害だとの主張は「憶測にすぎない」というのがホワイト判事の判断だった。

Flag of Marshall Islands
Flag of Marshall Islands

クリーガー氏は、「マーシャル諸島政府は第9巡回区控訴裁判所に控訴する予定です。」と指摘したうえで、「今回の判決は、米国の国際協定遵守に関する悪しき先例となりました。」と語った。

さらにクリ―ガ―氏はその理由として次のように語った。「米国はICJの管轄権を受諾しておらず、今回の事案の場合、判事は他国には(米国の裁判所では)原告適格がないという判断を下しました。このことは突き詰めると、米国と条約を結ぼうとする国は、今一度再考した方がいい、ということになります。」

「今後他国の政府も、米国の裁判所による同じような判断に服することになるでしょう。すると、米国が条約に従って行動していないと考える(条約相手)国はどうなるのでしょうか?」

「法的根拠に関する判断を避けることで、米国が本質的に述べていることは、自分たちがしたいことをしたい時にこれからもやるということであり、(米国が)義務を順守するかどうかは世界の他の国々には関係ない、ということになります。」

ICAN
ICAN

クリーガー氏は、本事案が「憶測的な」性格を持っているとの判事の発言は、本質的に、「被害が起きる可能性が証明されるまでの間に核事故や核戦争は起きてしまうということを意味します。」と語った。

「今回の判決が述べているのは、被害が憶測のものでなくなる以前に、何らかの核使用事案が生じるまで国家は待っていなくてはならない、ということです。米国が核軍拡競争を終わらせるための交渉を誠実に行うとの義務を果たしていないと主張することは『憶測に過ぎない』と判事が述べたことは、ばかばかしいことです。」

マーシャル諸島政府は、当初、核不拡散の交渉を怠っているとして、9つの核保有国全て(米国、中国、ロシア、パキスタン、インド、英国、フランス北朝鮮イスラエル)をICJに提訴する意向だった。

International Court of Justice/ Wikimedia Commons
International Court of Justice/ Wikimedia Commons

マーシャル諸島政府は、パキスタン、インド、英国に対するICJ訴訟を継続しているが、「核政策法律家委員会」のジョン・バローズ事務局長は、ICJの強制的管轄権を受諾していない他の国々への訴訟は止まっていると語った。

「マーシャル諸島政府は、他の6か国に対して、管轄権を受け入れ自主的に出廷するよう招請し促しています。これは完全に正規の手続きですが、まだどの国も受け入れていません。」とバローズ氏はIPSの取材に対して語った。

ICJ訴訟における国際チームの一員でもあるバローズ氏は、「中国は出廷しないことを既に明確にしています。」と指摘したうえで、「(それでも)これらの国々は、管轄権の受諾にまだ同意することが可能です。」と語った。

インドとパキスタンに対する予備的な書面がすでに提出され、それに対する反論は今年半ばまでに行われることになっている。また対英国訴訟に関しては、3月に書面が出されることとなっている。

バローズ氏は、今回の米連邦地裁における判断がICJにおける審理に影響を及ぼすかどうかについて懐疑的だ。

「今回の判決は何の影響も及ぼさないと思います。」とバローズ氏は語った。(原文へFBポスト

翻訳=IPS Japan

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報道の自由度が「大幅に悪化」、とメディア監視団体

【国連IPS=レイラ・レムガレフ】

有力な国際メディア監視団体が、「2014年は世界中で報道の自由が後退する事態が見られた」と警告している。

フランスのパリに本部を構える「国境なき記者団」が2月12日に発表した2015年版『世界報道の自由度ランキング』によると、報道の自由度は世界的に後退傾向にあり、調査対象の180カ国・地域の3分の2が、前年よりランクダウンした。

上位の国は、5年連続1位となったフィンランドを筆頭に、ノルウェー、デンマーク、オランダ、スウェーデンと続き、上位20か国のうち15か国を欧州の国が占めた。一方下位を占めたのは、中国(176位)、シリア(177位)、トルクメニスタン(187位)、北朝鮮(179位)、エリトリア(180位)だった。

「国境なき記者団」のデルフィン・ハルガンド米国代表は、IPSの取材に対して、いくつかの事例について解説した。例えばワースト5位の中国については、「投獄中のジャーナリストが世界最多。さまざまな手段で情報の流通も制限している。」と指摘したほか、アゼルバイジャン(162位)については、「政府は最後の独立系メディアを閉鎖に追い込むなど多元主義の痕跡をほぼ全て排除した。」と解説した。

Delphine Halgand/ Reporters without boarders
Delphine Halgand/ Reporters without boarders

「国境なき記者団」は2002年から各国の報道の自由度を評価したインデックスを毎年発表している。このインデックスは、メディアの質を評価したものではない。

「このインデックスは、多くの国々で報道の自由やジャーナリストが攻撃に晒されている実態を、誰もが知ることができる有効な手段です。例えば、私たちは、「トルコに行ってみたい。」「ベトナムに行ってみたい。」という時、実はこれらの美しい国々では、多くのジャーナリストが標的になっているという事実を知らないことが往々にしてあります。そこでこのインデックスがこの重要な問題を認識する手段となるのです。」とハルガンド氏は語った。

またハルガンド氏は、質的・量的両面の基準を用いるこのインデックスの作成手順や透明性を向上させる目的で、今回初めて多くのデータを公開した、と語った。

2015年版『世界報道の自由度ランキング』は、報道の自由度が2014年に急速に後退した背景について以下の7つの要因を挙げている。

報道統制:「情報統制を強める政権の存在」(東欧、アフリカ、アジア、中東)

北朝鮮、エリトリア、トルクメニスタン、ウズベキスタン(政府がメディア・情報を完全に統制している国家として、他の非民主主義国家がモデルにしている。)中国、イラン、カザフスタン、サウジアラビア、バーレーン(徹底したインターネット検閲、ジャーナリストの逮捕・抑留、虐待)、スリランカ(新聞社を軍隊が包囲)他

紛争:紛争を有利に運ぶ手段として情報戦争を展開している紛争当事者の存在(ウクライナ、シリア、イラク、アフガニスタン、タイ、南スーダン)

メディア関係者は殺害・拘束の直接の標的となっているほか、プロパガンダ活動に協力する圧力をかけられたりしている。

無法な組織:非国家主体による専制君主的な報道統制の存在(ボコ・ハラム、イスラム国、イタリアのマフィア、ラテンアメリカの麻薬組織)

犯罪組織の宣伝活動に利用されることを拒否したジャーナリストやブロガーは口を封じられている。また、北アフリカと中東には顕著な「ブラックホール(非国家主体に地域全体が支配され、独立した情報提供者が全く存在しない地域)が存在する。

神聖を汚す行為:神への冒涜を犯罪と見なす国々の存在(サウジアラビア、イラン、モーリタニア、クウェートなど全世界の約半分の国々)

体制を批判したジャーナリストやブロガーを、政府が神への冒涜と結びつけて厳罰に処す事例や、過激派組織が、神や預言者への敬意が足りないと一方的に断定したジャーナリストやブロガーを標的にする事例が増えている。

抗議デモ取材の危険性:抗議デモを取材するジャーナリストやブロガーに対する暴力事件が増えてきている。

ウクライナ、エジプト、イエメン、香港、ベネズエラ、ギリシャ(治安警察による暴力)。タイ、ハイチ、フランス、ベネズエラ、香港(デモ抗議側からの攻撃)。中国、ベネズエラ(反政府デモ報道の検閲、シャットダウン)。トルコ(抗議デモ現場への立ち入り制限)。

欧州モデルの崩壊:欧州の国々はランキング1位のフィンランドから106位のアゼルバイジャンまで様々。

比較的上位を占める国が多い欧州でも、経済の低迷、社会不安の増大を背景にフィンランド(欧州の上位諸国でも、少数のオーナーへのメディア統合が進み相対的な報道の独立性が低下する傾向にある。)オランダ(国会の撮影を許可制に変更)。ノルウェー(報道は自由だが開発問題の取材が希薄)。デンマーク(年金スキャンダルを告発した活動家を逆に罰金処分に)。ハンガリー(政府機関のメディア干渉)。イタリア(国営放送による自己検閲)。アゼルバイジャン(欧州でも最も多くのジャーナリストを収監)。フランス(有力右翼政党によるメディアの占め出し)。

法律によるメディア規制:非民主的な政権と民主的な政権双方において、国の安全保障、領土保全等を名目にメディア規制・言論弾圧を行う事例が増えている。

タイ、インドネシア、ミャンマー(軍当局によるメディア支配強化)。(米国、英国、フランス(反テロ法制による国民の監視)。ロシア、モロッコ、エジプト、ソマリア、エチオピア(報道内容が領土保全を脅かすとして逮捕・収監)オーストラリア、日本(安全保障に関連して情報検閲体制を強化)

報道の自由度をどのように計測するかは、非常に複雑な課題だ、とハルガンド代表は言う。

「スーダンにおける報道の自由とイタリアのそれは、同一のものではありません。そこで、私たちは7つの基準(①多元主義、②メディアの独立、③自己検閲、④法的支配、⑤透明性、⑥インフラ、⑦ジャーナリストへの暴力)に照らして報道の自由度を評価しています。」

「これは非常に複雑な課題です。最大限に正確さを期すためにも多くの基準に当てはめる必要があります。しかし、そうした努力をしても、当然ながら、(報道の自由を巡る)状況は各国独自のものになります。」とハルガンド代表はIPSの取材に対して語った。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)メディア・コミュニケーション学部の教授で同校のジャーナリズムシンクタンクの所長でもあるチャーリー・ベケット氏は、(報道の自由度を計測する難しさについて)「あるレベルでは複雑ですが、また別のレベルでは極めてシンプルです。」と指摘したうえで、「もしジャーナリストが、投獄されたり、肉体的に傷つけられたりするケースを調べるのであれば、たしかに基本的な報道の自由度を測る尺度にはなります。しかし私としては、例えば偽情報のような、より微妙な問題が気になります。」と語った。

ベケット氏はIPSの取材に対して、「今日のメディアはあまりにも複雑になったため、報道の自由度を計測することも益々困難になってきています。」と指摘したうえで、「私たちは情報が豊富に溢れた世界に暮らしています。しかし、そうした情報や情報源をどのように信頼し、理解するかは、様々な力によって左右されているのです。」と語った。

ベケット氏は、「報道の自由は、もはや検閲や法律、或いはジャーナリストに対する肉体的な暴力という直接的に分かりやすい問題のみでは説明が困難になってきています。」さらに今では、「一人のジャーナリストが殺されると、残りの99人のジャーナリストが、以前よりはるかに言われた通りの行動をするようになるという恐ろしい状況があります。」と語った。

さらにベケット氏は、「たとえ新聞社が何かを出版している場合でも、果たして、ジャーナリストたちが脅迫されているのか、買収されているのか、或いは圧力をかけられているのか、実際にはどのような状況下で出版がされているかは知る由もありません。そしてもう一つのポイントは、もし人々に情報を共有する自由がないならば、自由なジャーナリストがいても意味がないということです。」と語った。(原文へ

INPS Japan

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|NATO・ロシア|危険な核陣営間の言論戦

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【ベルリンIDN=ジュリオ・ゴドイ】

米ロ両政府は、ウクライナ危機を、恐るべき核戦力の強化を正当化する理由として利用している。

そのことは、ドイツの保守系日曜週刊紙『フランクフルター・アルゲマイネ・ゾンターグツァイトゥング』(FAS)が1月25日の1面全部を使って、核兵器に関して「威嚇のジェスチャーを取っている」としてロシアを非難したことからも明らかだ。

「核兵器がふたたび前面に」と題されたFASのこの記事は、情報源を明かしていないものの、重装甲戦車から航空機に至るまで、ロシア軍の「核能力を有する(この言葉の曖昧さに注意)」輸送手段の動向を巡って数多くのインシデント(安全保障上問題があった事例)が起こったことを報じている。しかも全てがこの数か月間に起こったことだとされている。

また同紙は、2月5日にベルギーのブリュッセルで開催される北大西洋条約機構(NATO)防衛相会議では、欧州・北米のNATO加盟国や、ウクライナなどの非公式同盟国を標的にしたロシアの核体制分析がテーマになるとまで主張している。

この警告調のFAS記事には、情報源が明示されていない点を除けば、一つの重要な不実記載がある。それは、「ウクライナ危機が2014年に起こるまでは、NATOは核戦力削減の圧力下にあった。」と記載している箇所だ。

現実はその真逆であった。バラク・オバマ米大統領が2009年にチェコの首都プラハで「米国は核兵器なき世界の平和と安全を追求すると信念を持って」表明したにも関わらず、米国政府の主導の下、NATOは2010年に、欧州に配備されている180発の核爆弾「B-61」の実質的な改修作業を開始しているのである。この改修計画の費用は、少なくとも100億ドルに達する。

Lawrence Wittner
Lawrence Wittner

この計画は、実際の核弾頭から研究施設、関連産業に至る米国の核関連施設の大規模な近代化のプロセスのほんの一部分にすぎない。全体としては、10年間で3550億ドル以上の費用がかかるとみられている。しかし、ニューヨーク州立大学の教授で3部作『核兵器との闘い』の著者であるローレンス・ウィットナー(歴史学)氏は、「数多くの新核兵器が製造されてこの近代化プロセスが終わるころには、費用は急増することになるだろう。」と自身のブログの中で指摘している。

またウィットナー教授は、オバマ政権が国防総省(ペンタゴン)に対して、12隻の新規核搭載可能潜水艦、最大100機の新規核搭載可能爆撃機、400基の新規(或いは改修された)地上発射型核ミサイルの製造計画を立てるよう要求している点を指摘している。米議会と国防総省が調査を委託した外部専門家で構成される超党派独立委員会よると、これらの米核兵器の増強のコストはおよそ1兆ドルに達するという。

『ニューヨーク・タイムズ』が昨年9月に報じたように、こうした異例の核戦力増強には多くのオバマ支持者も失望を表明している。同紙は、オバマ大統領にも大きな影響を及ぼした核軍縮に関する著作があるサム・ナン元上院議員の以下のコメントを引用している。「(オバマ氏の核兵器政策)の多くについては、説明するのが困難です。大統領が表明したビジョンは、(それまでの核兵器をめぐる議論に)大きな方向転換をもたらすものでした。しかし、その後のプロセスは、現状維持をはかるものに過ぎませんでした。」実際のところ、オバマ大統領の核拡張政策は、むしろ事態を悪化させてきた。

こうしてみてくると、(NATOが核戦力削減の圧力下にあったとする)FAS紙の主張はきわめて奇妙なものになる。さらに言えば、欧州に配備されているNATO核戦力の近代化方針が、ドイツ外務省が明確に反対する中で採られてきたのである。

「耐用年数延長措置」以上のもの

2010年に承認されたNATO核戦力の近代化は、B-61爆弾の「全面的耐用年数延長プログラム」(LEP)と公式には呼ばれている。これらの核兵器は、すべて米国が主導する軍事同盟の参加国であるドイツ、イタリア、オランダ、トルコに配備されている。

Euromap
Euromap

米国家核安全保障局によると、現在開発4年目にあたるB61-12のLEPには、「老朽化に対応した核・非核両方の部品改修、運用期間延長の実現、核爆弾の安全性・信頼性・保全性の強化が含まれる。空軍の尾翼部品を組み合わせることによって、B61-12は既存の核爆弾B61-3、-4、-7、-10と置き換えられることになる。さらに、B61-12を配備すれば、米国の最後のメガトン級兵器であるB83を退役させることが2020年代半ばから末にかけて可能になる。」

LEPに関する民間の研究者らは、そうした核兵器の近代化は単に「耐用年数延長プログラム」を意味するのではなく、NATOの核能力を大幅に増強することになると指摘している。

米国科学者連盟核情報プロジェクトの責任者で、核兵器に関するもっとも著名な民間専門家のひとりであるハンス・M・クリステンセン氏は、新型核兵器の特徴を見る限り、「LEPは新たな軍事作戦を支援するものでもなく、新たな軍事能力を付与するものでもない」とした米政権の初期の公約は、説得力を持たなくなっている、と指摘している。

それどころか、LEPに関する新たな情報は、(米政権の公約とは)全く逆の内容を示している。

「誘導尾翼を取り付けたことで、B61-12の命中精度が他の兵器と比較して向上し、新たな戦闘能力が付与されることになります。」「米軍当局は、50キロトンのB61-12が(再利用されたB61-4核弾頭とセットで)360キロトンのB61-7核弾頭と同じ標的をたたく能力を得るには、誘導尾翼が必要だと説明しています。しかしB61-7が配備されたことがない欧州では、誘導尾翼が付くことで(B61-12)軍事能力が格段に向上することになるのです。これは核兵器の役割を低減させるという公約には見合わない改善措置と言わざるを得ません。」と、クリステンセン氏は語った。

それに比べ、米国が1945年8月6日に広島に投下した核爆弾「リトルボーイ」の爆発力は13~18キロトンであった。また、その3日後に長崎に投下された核爆弾「ファットマン」の爆発力は22キロトンだった。

Atom bomb dropped in Japan in 1945/ Public domain
Atom bomb dropped in Japan in 1945/ Public domain

2013年10月に行われた米下院公聴会では、B61-12は、1997年に導入された地表貫通型の400キロトン核爆弾「B61-11」や、最大1200キロトンの爆発力を持つ戦略核爆弾「B83-1」と置き換えられることが明らかにされた。

クリステンセン氏は、「B61-12の軍事能力は、最小爆発力のB61-4(0.3キロトン)から1200キロトンのB83-1、さらには地表貫通能力を持つB61-11に至る自由落下核爆弾の標的打撃能力の全体をカバーするものになります。破壊能力がこのように向上すれば、新たな核戦力は、これまでの自由落下爆弾の打撃力全般を網羅したうえに(誘導尾翼の導入により)どこでも攻撃できる精密誘導核爆弾になってしまいます。」と指摘した。

このFASによる記事は、米国や欧州のメディアやシンクタンクによって発表された一連の記事や研究の最新のもので、内容はすべて、NATOからのリークや噂を基礎にしたものである。例えば、広く噂されるところよれば、ロシアは、2014年に同国が併合した(ウクライナの黒海沿いにある)クリミア半島において、短距離弾道ミサイル「イスカンデルM」を配備したという。

この噂の情報源は、インターネット上にある映像で、ロシアの弾道ミサイル発射機がクリミア半島のセバストポリ市街を運ばれていく様子を映し出している。しかし、クリステンセン氏をはじめとした核兵器専門家は、問題の映像に映っているのはイスカンデルMではなく、沿岸防衛用の巡航ミサイル「バスティオンP」(K300P、あるいはSSC-5)であると指摘している。

ブリードラブ将軍とストレンジラブ博士

西側メディアの他の報道は明確に誤認があるというわけでもないが、少なくとも、ロシアの核戦力への警戒を引き起こす程度に曖昧なものである。昨年11月、NATO最高司令官である米国のフィリップ・ブリードラブ(Bleedlove)将軍(核戦争を風刺したスタンリー・キューブリック監督の『ストレンジラブ博士(Dr. Strangelove)[邦題:博士の異常な愛情]または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』と極めてよく似ている名前なのは皮肉だ)は、ロシアはクリミアで基地を強化していると主張した。

General Breedlove/ Wikimedia Commons
General Breedlove/ Wikimedia Commons

他方でブリードラブ将軍は、ロシアの軍事作戦に核兵器の配備も含まれているかどうか、NATOは情報を持っていないことを認めている。

ブリードラブ将軍はその際、「核攻撃能力を持つ」ロシアの戦力がクリミア半島に移動した、と述べただけである。

再び、ハンス・クリステンセン氏の言葉を引用してみよう。「何がクリミア半島に移動されそこに何が貯蔵されているかを巡る不透明性は、非戦略核戦力の抱える特別な問題を示しています。なぜなら、非戦略核戦力は核・非核両方の能力を保持しているため、通常戦力の展開であっても、意図したものか現実のものであるかに関わりなく、(対立陣営によって)核配備のシグナルあるいは核へのエスカレーションとすぐさまみなされる可能性があるからです。」

さらにクリステンセン氏は、「クリミアの状況をめぐる不確実性は、(重要な違いはあるものの)NATOがバルト諸国、ポーランド、ルーマニアに一時的にローテーション配備している核能力を持つ爆撃機をめぐる不確実性と似たところがあります。ロシア政府は現在、NATOによるこうした配備を、ロシアの作戦に対してNATOが投げかける非難をかわすために利用しています。」と語った。

民間専門家らはここでもやはり、こうした作戦に関する議論は誇張されていると考えている。なぜなら、旧ソ連も今日のロシアも、1950年代以降今日まで、クリミア半島に核兵器を配備したことがないからだ。

核兵器に関するレトリックはNATOや米政府に限られたものではない。ブリードラブ将軍の記者会見とほぼ時を同じくした昨年11月、ロシアの『プラウダ』紙が「ロシア、NATOへ核のサプライズを準備」と題する以下の論評を掲載した。「ロシアは今日、ずっと少ない数の戦略核兵器運搬手段でもって、米国と同等の核戦力を保持することに成功している。ロシアの戦略核戦力は米国のそれと比較してもさらに進んでいるのだ。」

冷戦期の困難な時代へ後戻り

かつてソ連共産党の機関紙であったプラウダ紙は、それがまるでプライドの問題であるかのように、さらに次のように報じている。「ロシアの防衛当局がロシアの戦略核戦力を新世代ミサイルで再び武装すると約束している以上、(ロシアと米国の間のギャップは)将来的にさらに拡大するかもしれない。」

ロシアとNATOは合計で1万5000発の核弾頭を保有している。これは世界の核戦力全体の93%に相当する。世界を破滅に陥れ、時代遅れで、維持コストもきわめて高いこの恐るべき能力は、オバマ大統領がプラハ演説で述べたように、「冷戦が残した最も危険な遺産」であろう。

しかしそれでも、米ロ両国はウクライナ危機という目の前の機会を利用して、核戦力の増強を正当化した。これは民間の専門家らにとっては驚くことではない。米国にとっては、ウクライナ危機は悪化した米EU関係の改善を図るまたとない機会だった。両者の関係は、同盟国元首の携帯電話の通話など、ジブラルタルとベルリンの間のすべての電子通信を米国の国家安全保障局やその他の諜報機関が盗聴していた事実が明らかになって、著しく悪化していた。

米国としては、欧州のNATO諸国からB61-12の高価な耐用年数延長プログラムへの無言の支持を取り付けるだけではなく、反対論が根強い「環大西洋貿易投資パートナーシップ」(TTIP)を欧州諸国に受け入れさせ、エドワード・スノーデン氏が亡命するあらゆるチャンスを奪うための大きな危機を必要としていた。

ロシア側としては、核軍備管理に関する米国の別の専門家であるマイケル・クレポン氏が言うように、この危機は、米国に対してまるで懇願するかのような態度を改める機会を提供したと考えている。

米ロ間の核をめぐる言論戦の犠牲となった、いわゆる「ナン=ルーガー協力的脅威削減法」の突然の終了に関して、クレポンはこう書いている。「冷戦終結から四半世紀が経過し、米ロ関係は再び困難な時を迎えている。(ナン=ルーガー)プログラムは今や、ロシアのウラジミール・プーチン大統領や米議会両院の多数によって不必要かつ不適切なものとみなされている。ロシアはもはや何かを懇願する側ではなく、米議会ももはや寛容ではいられなくなっている。」

ナン=ルーガー法は、アゼルバイジャンやベラルーシ、グルジア、カザフスタン、ウズベキスタンなど旧ソ連領内に配備されていた旧ソ連の核戦力を保全し解体することを目的としたものであった。

或いは、「カーネギー・モスクワ・センター」の所長であり、ロシアの著名な平和研究者の一人であるドミトリ・トレーニン氏の言葉を引用するならば、「2014年初頭にウクライナで起こった危機は、1989年のベルリンの壁崩壊に始まるロシア・西側関係の時代を終わらせてしまった。危機によって、両者間の総じて協力的な局面は終わりを告げた…。替わって、ウクライナ危機は、かつての冷戦期の敵対国間における厳しい競争、さらには対立の新たな時代の幕開けとなった。」両者は実際のところ、核兵器で武装する以上の状況になっているのである。(原文へ

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