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地政学的通貨としての核の価値を国連は引き下げることができる

【国連IPS=タリフ・ディーン

国連総会(193が加盟)は今年9月に初めて核軍縮に関するハイレベル会合を開催するが、核兵器保有国がこの致命的な兵器を段階的になくすか廃絶すると明確に約束する見通しは、ほとんどない。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が6月3日に発表した世界の軍備動向に関する2013年の年次報告書によると、英国、米国、ロシア、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエルの8か国が保有している作戦配備されている核弾頭の数は、2013年初頭時点で約4400発である。

このうち約2000発が高度な警戒態勢下に置かれているという。

グローバル安全保障研究所の所長でワイドナー大学法学部の客員教授(国際法)であるジョナサン・グラノフ氏は、IPSの取材に対して、「軍備管理と核軍縮におけるスローペースを転換するために必要なのは、高度な政治的意思です。」と指摘したうえで、「例えば、ある国のリーダーが『私の国は非核兵器地帯にある114の国のひとつです。我が国は、安全保障を核兵器に依存している国々が世界全体を非核兵器地帯化することによって利益を得る支援をしたいと考えています。』と国連総会の場で述べたらどうなるでしょうか。」と語った。

SIPRI年次報告書は、核軍縮を実際の行動に移すという、2010年の核不拡散条約(NPT)運用検討会議で厳粛になされた誓約を実行する必要性について焦点を当てている。

「約束とは実際に何かを意味するものでなくてはなりません。」とグラノフ氏は言う。

SIPRIによれば、すべての核弾頭がカウントされた場合、8か国が保有する核弾頭の合計は、2012年初頭の1万9000発に対して、計1万7265発になるという。この減少は主に、「戦略攻撃兵器の一層の削減および制限のための措置に関する米国およびロシアの間の条約」(新START)の条件に従って、ロシアと米国が戦略核を削減しているため、さらには、老朽化、陳腐化した核兵器を退役処分しているためである。

またSIPRIは、「それと同時に、法的に核兵器国と認められている5か国(中国、フランス、ロシア、英国、米国:P5)は、新型の核兵器運搬システムを導入するか、将来的な導入を発表しており、核兵器を永久に保持する意志を明確にしている。」「またP5の中では、中国だけが核戦力の拡大を行っているようだ。」と指摘している。

一方P5以外の核兵器保有国では、「インドとパキスタンが核兵器の備蓄とミサイル運搬能力を拡大している。」と指摘している。

SIPRI年次報告書はこうした分析結果から、「核兵器保有国が真に核を放棄しようとしているかどうかについては、またしても、希望を見出せるような材料がほとんど見いだせなかった。」と述べている。

SIPRI軍備管理・軍縮・不拡散プログラムのシャノン・カイル上席研究員は、「これらの国々で進行中の長期的な核近代化計画を見れば、核兵器が依然として国際的な地位とパワーを象徴するものであることがわかります。」と語った。

カイル氏は、9月に予定されている国連総会の軍縮問題ハイレベル会合が、核兵器廃絶に向けて何らかの成果を生み出しうるかというIPSの質問に対して、「世界の核戦力の現在の状況からすれば、国連総会が、核兵器保有国に核兵器廃棄を開始させるか、核戦力態勢や作戦実務を変更させることを求める具体的な措置を採択できるとは、あまり考えられません。」と述べたうえで、「しかし、既存の規範強化という点で国連総会は積極的な役割を果たしうるし、核軍縮を追求するという政治的誓約を過小評価してはなりません。」と語った。

そのためには、まずもって、国家安全保障戦略や防衛態勢における核兵器の役割と重要性を低減するよう、核兵器保有国に政治的圧力をかけ続けることが必要である。

これは例えば、核兵器保有国を説得して核兵器の先制使用をしないと宣言する政策を採用させるとか、法的拘束力のある消極的安全保証(非核兵器国に対して核兵器を使用しないと保証すること)を提供させることなどを通じてなしうるだろう。

カイル氏は、「国連総会は、長期的には、国際的地政学の通貨としての核兵器の価値を引き下げ、核保有を非正当化することに貢献し、その取り組みを強化することができるでしょう。」と語った。

さらにカイル氏は、「これは確かに、相当な忍耐と外交的一貫性を必要とする長期的なプロセスになるでしょうが、それが規範形成に及ぼす重要性には無視しえないものがあります。」と付け加えた。

一方、グラノフ氏は、「バラク・オバマ政権が新START批准を上院で勝ち取るために必要だと考えた取引材料の中には、核戦力の近代化という内容が含まれています。その内容を見ると、単に核兵器を安定的な状態に保つというものもありますが、中には、核兵器の能力(正確性と安定性)を実際に向上させるような内容もあることから、垂直拡散の一形態と見なしうるものもあります。」と語った。

「こうした措置に予算をつけるべきでありませんが、仮に予算がついたとしても、軍の地戦略的な計画のために、実行に移されていません。」とグラノフ氏は語った。

グラノフ氏は、(オバマ政権の)こうした行動は、核兵器の地位を認めたり、核兵器なき世界に向かうとのNPTの下での誓約を放棄したりすることを意味する訳ではありません、と語った。

カイル氏は、この点について「(オバマ政権の行動は)きわめて困難な国内の党派的環境において、穏健的な軍備管理措置を達成するために必要な短期的な政治取引であるにすぎないのです。」と語った。

一方グラノフ氏は、「現在世界各国の政策が正しい方向に進んでいないと結論付けてしまうことは正しくありません」と指摘したうえで、「ジュネーブでは(多国間の核軍縮交渉を前進させるための提案を策定する)オープン参加国作業グループ」が始動し、勧告を行うことになっていること」さらに、「先頃ノルウェー政府が多数の国の参加を得て、核兵器の使用が及ぼす恐るべき人道的帰結に焦点を当てた大きな会議を開催したこと」を挙げ、「こうした活動は我々の未来にとってよい先ぶれになっています。」と語った。

またグラノフ氏は、こうした活動にP5が加わっていないことについて「奇妙なことだ」と批判しつつも、「しかしこのことは、これらの(核兵器保有)国が望むならば、協力をし、同じ戦略と立場に至ることができるということを示しています。」と指摘した。

グラノフ氏はそのうえで、「我々の任務は、政治的な優先順位の中で核兵器廃絶の問題を上にあげ、P5が核軍縮に協力するよう仕向けることです。」と語った。

カイル氏は、SIPRI年次報告書が北朝鮮を核兵器国のリストに入れていないのはなぜかというIPSの質問に対し、報告書が、北朝鮮の核兵器能力に関して述べた「核戦力に関する章」において、同国が作戦配備できる(軍事的に使用可能な)核兵器を製造したかどうかは不明だと指摘している点を挙げたうえで、「作戦配備できる兵器とは、単なる核爆発装置とは異なり、製造のためにより高度な設計と工学的技術を要するのです。」と語った。

さらにカイル氏は、「我々は、2013年のSIPRI年次報告書の中で、北朝鮮のプルトニウム製造活動に関する公知の情報に基づいて、同国の核保有最大数は6~8発と見積もっています。」「しかし、ここでもまた、北朝鮮が作戦配備可能な核兵器を実際に製造したかどうかは明らかでなかったため、報道発表の表の中には含めなかったのです。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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|タイ|政府によるエイズ対策の転換(前半)

【バンコクAPIC=浅霧勝浩】

Mechai Viravaidya
Mechai Viravaidya

タイは90年代初頭に政府、産業界、メディア、NGOなど社会のあらゆるセクターを動員したエイズ対策を実施して当初の爆発的なエイズの流行を抑制することに成功した世界でも数少ない国であるが、この思い切ったエイズ対策が可能になった背景には、今日もタイで「ミスターコンドーム」と親しまれている人物の活躍があった。

タイでは当初エイズは同性愛者やIDU(薬物常用者:静脈注射の共用で高い確率で感染する)など一部の限られた人々の間に感染する外来の病気であり、最初の事例発見後数年が経過しても一般のタイ人には関係ないと考えられていた。

 また、タイ政府は1987年を”Visit Thailand Year”と定め、軌道に乗ってきた外国投資を背景に観光産業を大幅に飛躍させるべく世界各国で政府を挙げた観光客誘致に取り組んでいた時期であり、政府は観光イメージを損なう恐れのあるエイズ問題に対して、沈黙する姿勢をとった。メチャイ・ウィラワイヤ氏は、当時既に欧米で解明されていたHIV/AIDS感染パターンから推測して、買春率が高いタイ社会はHIV/AIDS流行の危機的な状況にあり、政府主導の強力な教育キャンペーンが必要との見解を政権内部で働きかけたが政策に取り上げられなかった。

PDA
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そこで、メチャイ氏は、官房長官としてではなく、タイのNGOであるPDA(Population & Development Association)の総裁としての立場で、エイズの感染経路と予防法を説明する各種教材(オーディオテープ、ビデオ、パンフレット、本など)を作成し、メディア、政府、産業界に対してエイズ予防キャンペーンを実施した(注1)。しかしそれに対する政府の反応は鈍かった。

1988年、メチャイ氏は官房長官の職を辞して1年間渡米し、ハーバード大学に客員研究員としてエイズ対策の最先端を研究する一方、ロックフェラー財団を初めとする将来のタイにおけるエイズ対策事業を支援することになる援助機関を開拓した。この頃、タイにおけるHIV/AIDS感染は同性愛者間の流行からIDU間の流行の波に移っていた。

タイ政府は、National Sentinel Surveillance Surveyを開始し、ハイリスク人口における流行状況のモニタリングに着手したが、メチャイ氏が主張する一般国民を対象とした強力な教育キャンペーンは実施されなかった。メチャイ氏はそこで1989年6月にカナダのモントリオールで開催された国際エイズ会議に基調講演者として参加し、タイから送られてくる最新のデータに基づいて、エイズに晒されているタイ社会の危機的な状況を国際社会に対して訴えた(注2)。

その直後、メチャイ氏はタイに帰国したが、政府はエイズ問題を依然として性行動に起因する問題ではなく、あくまでも医療分野の問題とする立場をとり、沈黙を守っていた(注3)。一方、タイのエイズ流行は既に第2波のIDU間の流行を超えて第3波の売春婦間の流行が始まっていた(感染率約6%)。

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メチャイ氏は、”Mr. Condom”と異名をとった家族計画キャンペーン等でのメディアに対する圧倒的な知名度(注4)と政府、産業界、NGO、及び英米学術機関との太いパイプを活用して、あえてタイ「性産業」の既得権益者(売春宿経営者、一部警察・政治家等)の反対を押し切って、大胆なエイズ予防キャンペーンを実施した。

以降、Chuan氏は「性産業」の既得権益層の徹底的な攻撃にあい、新聞各紙もChuan氏の政治生命は長くないと予想する事態となった。ついに当時のチャートチャーイ首相は欧州周遊中、「タイにエイズ問題はない」と改めて言明せざるをえなかった。巨大な既得権益勢力の抵抗にあって、政府も軍も公式にエイズ問題に取り組む姿勢を打ち出すことは出来なかった。
 
 メチャイ氏は、反対勢力に対して先手を打つために、すぐさま、タイ「性産業」の象徴的なパッポン通りにボランティアと賛同者を引き連れて乗り込み、”Condom Night with Mechai”と題した派手なデモンストレーションを実施する一方、タイ政界のトップに対して直接的なアプローチを敢行した。

パッポン通りでは、メチャイ氏は拡声器ごしに「エイズとの戦いに勝つために皆が結束しなければならない。私たちタイ人は嘗て首都アユタヤを2度ビルマ人に奪われたが最後は奪回できた。このエイズとの闘いにも勝つことができるのだ。」と訴え、ヘリウムを充填したコンドームを風船代わりに人目を惹きながら、エイズ防止のメッセージのプラカードを並べて行進した。

会場では、道行く人々を巻き込んで、キャンペーンT-shirtsを懸賞にしたコンドームの膨らまし大会、各種性感染症を表記したダーツを使ったクイズ大会、Miss Condom Beauty(注5)を選ぶコンテストなど、数々の奇抜な催しで多くの群集を惹き付けた(注6)。このイベントにはメチャイ氏の後輩ハーバード大学MBAの学生達がスーパーマンのような衣装に身を包んだCaptain Condomに扮してGo-Go-Barを廻りSafe Sexを訴えた。メチャイ氏自身も、バーやナイトクラブに立ち寄り、コンドームを配布しながら、「これが(コンドーム)あなたの命を救います。このことに慎重でなければ死ぬのですよ。」と訴えて廻った。

この突然のイベントには、タイ国内のメディアのみならず、諸外国のメディアもこぞって取材に訪れた。メチャイ氏は各国のメディアを前に次のように演説した。「タイであからさまにエイズ防止キャンペーンを行うことは、観光客を遠のかせることにはなりません。なぜなら、ニューヨーク、ロンドン、パリといったタイよりもエイズ感染率が高い都市に対して、相変わらず多くの人々が訪れているではないですか。
 
重要なことは、我々がエイズの問題に正面から真剣に取り組むことで、タイを訪れる観光客に対して、この死をもたらす病の問題について我々は無頓着ではないですよという姿勢をしっかり伝えることです。もし仮にエイズが本当に旅行者を遠のかせるのならば、それは買春目的の観光客ということですからタイにとってはいいことではありませんか。エイズと効果的に戦うために私たちに今残されている時間は3年しかありません。もしそれまでに売春婦を通じて急速に広がっているエイズの流行を阻止できなければ、手の打ちようがなくなってしまいます。」そして、メチャイ氏の主張は、タイ全土のみならず、世界各地に配信され、大きな反響を引き起こした。

次に、メチャイ氏は、タイ政界の実質上の最高権力者であるチャートチャーイ首相及びChavalit将軍へのアプローチを試みた。メチャイ氏は、まずチャートチャーイ首相に対して、首相を首班とする国家エイズ対策委員会の創設を具申したが、拒否されたばかりか、政府が管轄する488のラジオ局と6つのテレビ局においてエイズ関連の情報を放送することも断られた。

しかし、Chavalit将軍は、近年深刻化していたタイ軍人間のエイズ感染の拡大と保健省発表の数値の低さ(注7)に懸念を持っており、「3年以内に対策を講じないと手遅れになる」と主張するメチャイ氏の主張を受け入れ、1989年8月14日、上記政府系メディアの中から軍が実質的に管轄する3分の2を動員して3年間に亘るエイズ防止教育キャンペーン(注8)を実施することを発表した。

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一方チャートチャーイ政権は、それでも様々な理由を挙げて抜本的なエイズ対策を実施することに抵抗した。例えば、政府がエイズ対策に慎重な理由として、1.エイズの流行は一時的でまもなく収束するとの説を挙げる、2.予算不足から段階的な戦略を立てる必要性を強調する、3.エイズ感染関連情報は、他国がタイを中傷するために使用することを防ぐために徐々に公表していく必要性を説く等、を挙げたが、その間にも、HIV/AIDS感染は急速に深刻化し、1990年の2月にはタイ全国の関係者を戦慄させるチェンマイ大学によるタイ北部(Chiang Mai, Lampang, and Lamphun)で実施されたランダムサーベイの結果が報告された。
 
 これによると、性感染によるHIV/AIDS感染率は保健省発表の全国数値10%を遥かに上回る59%~91%にのぼった。また、チェンマイの売春婦における感染率は44%~72%で一般の庶民が出入りする下級売春宿ほど感染率が高い傾向が確認された。また、感染者の44%は未成年で、売春婦として働いて6ヶ月から1年で約70%がHIV/AIDSに感染しているという結果が出た。

そして、この傾向は1990年6月に発表された全国の売春宿の女性を調査した保健省のNational Sentinel Serveillance dataでも前年を6%も大幅に上回る14%という結果で裏付けることとなった。(後半に続く)

注1:「もしタイ人が今エイズの脅威に気付かなければ、すぐにエイズは蔓延し手をつけられない事態になる。」「私たちはこの病気を抑えこまなければならない。今、行動しないと、手遅れになるかもしれない。」(Mechai Viravaidya, 1987)

注2:この際、タイにおいてもエイズは6つの波(1.男性同性愛者、2.IDUs、3.売春婦、4.買春顧客、5.買春者の妻又は恋人、6.母子感染)を経て蔓延すると警告した。「エイズがタイの一般市民の間に爆発的に広がる事態を回避するには、今すぐにタイ社会の全てのセクターの参加を得て圧倒的なエイズ対策教育を実施しなければならない。」(Mechai Viravaidya, 1989)

注3:一方、タイ政府の中にもエイズ問題に積極的に取り組むべきとの意見は出始めていた。当時公衆衛生大臣のChuan Leekpai氏は1988年10月、「エイズはタイにとって深刻な問題であり、これ以上の感染を防ぐためにも、我々はタイの巨大な『性産業』を抑制しなければならない。」と発言し、マレーシア政府がタイ国境地域の売買春産業地域Hat Yaiへの買春観光自粛を勧告して地元「性産業」関係者と対立した際にも「性産業」を擁護しない姿勢をとった。

注4:メチャイ氏は、タイ政府の国家経済開発局を皮切りに政府官僚として国内の開発問題に取り組む一方、GNPというペンネームでタイの貧困問題、経済格差など開発に関する本音の部分を新聞・雑誌に寄稿し、タイ内外で好評を博した。また、Nicholaというペンネームで人気ラジオのパーソナリティーを勤めたり、人気テレビドラマに主役で登場するなど、タイのメディアでは若い頃から有名人であった。

注5:「私はミスユニバースに対抗してミスコンドームのビューティーコンテストをプロモートしたい。なぜなら、こちらの方が多くの人の命を救うことになりますからね。」(Mechai Viravaidya, 1989)

注6:これらの手法は家族計画キャンペーンの際に使用したものを参考に実行されたが、今回のエイズ防止キャンペーンは、家族計画キャンペーンの時のようなジョークとユーモアで群集を惹きつけるという手法はとらなかった。この点をメディアに質問されてメチャイ氏は、「確かに家族計画の時には常にユーモアを使っていたが、エイズにユーモアは使えない。人が死ぬことに関してなんら可笑しいことはないからね。」と答えている。

注7:1989年の保健省発表のHIV/AIDS感染者数は10,000人であったのに対して、他のサーベイデータは150,000人から200,000人を示していた。

注8:キャンペーン広告の作成にはメチャイ氏のハーバード時代に支援を約束したロックフェラー財団が資金支援に乗り出した。このようにタイ国軍が全面的にメチャイ氏のエイズ防止キャンペーンを後押ししたことから、他のタイ政府系各局の中にも国軍系メディアの前例に従うところも出てきたが、一方で、メーチャイ氏のエイズ宣伝は過剰でタイの観光産業に悪影響を及ぼすとする政府内の批判も根強く、エイズ関連情報の放送を徹底的に拒否する放送局も少なくなかった。

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|報告書|イランが核を保有しても地域のパワー・バランスは崩れない

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【ワシントンIPS=ジム・ローブ、ジョー・ヒッチョン】

米国のシンクタンク「ランド研究所」が5月17日に発表した新しい報告書によれば、イランが核兵器を保有した場合でも、米国や米国の中東における同盟国(イスラエルや湾岸地域のアラブ君主国家)にとって重大な脅威にはならない、という。

『核保有後のイラン:核武装したイラン政府はどう行動するか?』と題された報告書は、もしイランが核兵器を取得することがあったとしても、それは、攻撃的な目的ではなく、おそらくはイスラエルや米国などの敵対国からの攻撃を抑止することを目的としている、と断定している。

この50ページの報告書は、イランが核保有すれば、スンニ派が支配する近隣諸国との間に緊張が高まることになるだろうが、イランが他のイスラム教国に対して核兵器を使用する可能性は低いだろうと結論づけている。また、ランド研究所の国際政策アナリストで報告書の著者であるアリレザ・ネイダー氏によれば、イランは「アラブの春」や内戦状態にあるシリアバシャール・アサド政権を支援した結果、中東における影響力が低下してきているが、核武装でこの流れを止めることはできないだろう、と結論付けている。

「イランの核兵器開発は外敵からの攻撃を抑止する能力を強化することにはなるが、中東の地政学的秩序をイランにとって有利な方向に変えることにはつながらないでしょう。」「中東地域の覇権を目指すイランの挑戦は、国際的な信用力の低下、経済の弱体化、限定的な通常軍事能力のために制約されています。つまりイランは、たとえ核武装したしても、衰退国家であることに変わりないのです。」とネイダー氏はIPSの取材に対して語った。

報告書はいくつかの結論を導き出しているが、その全てにおいて、イランが概して国際関係においては合理的アクターであると想定している。

ネイダー氏はイランについて、中東における(イランが見るところの)米国支配の秩序を弱体化させようとする「修正主義国家」と呼んでいるが、「イランには領土奪取の野望はなく、他国を侵略、征服、占領しようとはしていない。」と強調している。

さらに報告書は、イランの軍事ドクトリンは基本的に防衛的な性質のものだとみている。この背景には、イランが位置する中東地域が対立含みで不安定なものであることに加えて、スンニ派とアラブ人が多数を占める同地域において、イランがシーア派とペルシア人が多数を占める国家であるという事情が影響している。

イランはまた、イラクとの8年にわたった凄惨な戦争(1980年~88年)で100万人もの国民が命を落としており、未だにこの痛手から回復できていない。

この新しい報告書は、核武装化したイランは果たして米国とその同盟国によって「封じ込め」うるのか、中東で攻撃的な政策にでたり、核兵器を実際に敵に対して使用するのを抑止しうるのか、という論争が米国内で高まっている中で発表された。

イラン自体は、核兵器開発疑惑を激しく否定しており、米国の諜報当局もこの6年間、イランの指導層は核開発の決断を下していない、と一貫して主張してきた。ただし、もしそうした決断が下されたならば、[既存の]核計画の進展度合いとインフラ状況からして、1発の核兵器を速やかに製造することは可能だと、としている。

バラク・オバマ大統領をはじめとした米政府首脳部が繰り返し明言してきたとおり、米国の公式政策は、イランによる核兵器取得を「予防」することであり、現在の外交的手段や深刻な影響を伴う経済制裁をもってしても、なおイランに核兵器計画の相当部分を抑制させることに失敗したならは、軍事行動も辞さない、というものである。

米政権は、核を保有したイランは、イスラエル国家に対する「存続上の脅威」とみなしている。さらにこのような見方は、イスラエル・ロビーが最大の影響力を持っている米議会で、より熱心に支持されている。

さらに米政権によると、イランの核保有はイラン自身やその同盟集団、とりわけレバノンのヒズボラを増長させ、敵に対してこれまでより攻撃的な行動を活発化される恐れがあり、その結果、とりわけサウジアラビアやトルコ、エジプトといった中東の他の大国に独自の核兵器計画開始を余儀なくさせるような「連鎖効果」を引き起こしかねない。

しかし、イランに対する「予防戦略」(とりわけ、軍事行動に頼るという部分)に対して批判が徐々に強まり、イランが核武装化しても、現在の支配的な見方が想定するほど、危険な存在とはならないだろう、との論が出てきている。

例えば1年前、国家諜報官(中東・南アジア担当)を2000年から05年まで務めたCIAの元分析官、ポール・ピラー氏が、『ワシントン・マンスリー』誌に長い文章を寄稿したが、その題名は「核保有したイランとは共存可能:イランの手に核が渡るという恐怖は大げさであり、それを予防する戦争など問題外だ」というものであった。

より最近では、オバマ政権第一期で国防総省中東政策部門のトップを務めたコリン・コール氏(「新アメリカ安全保障センター(CNASアナリスト」)が、2本の報告書を発表している。ひとつは、中東における「連鎖効果」を疑問視するものであり、もうひとつは、5月13日に発表された『すべてが失敗したとしても:核兵器国イラン封じ込めという難題』と題された報告書である。コール氏はこの中で、例えば、イランの核に脅威を感じる国家に対して米国の核の傘を提供するなどの「封じ込め戦略」について詳述している。これによって米国は、イランが核兵器を使用したり、ヒズボラのような非国家主体に核を移転することを抑止でき、中東各国に自前の核能力開発を思いとどまらせることができる、というのである。

さらに、2002年の著書『迫りくる嵐:イラク侵略に賛成する理由』でリベラル派や民主党支持者ら多数をイラク侵略賛成に回らせたケネス・ポラック氏(元CIA分析官、現ブルッキングズ研究所)は、出版予定の新著『考えられないこと:イラン、核兵器、米国の戦略』の中で、イランが核を保有した場合の封じ込め戦略について同じく論じることになっている。

ブルッキングズ研究所もCNASも現政権に近いと見られているため、ネオコン論者の一部は、これらの報告書は、オバマ政権が「予防戦略」を捨て、別の名による「封じ込め」に走るための舞台を設定する「観測気球」だと警戒する論陣を張っている。

歴史的にペンタゴンと緊密な関係を保ってきたとみられるランド研究所からネイダー氏の先述の報告書が出たことは、同じような見方を招くであろう。

ネイダー氏の報告書は、イランが核兵器を取得すれば湾岸のアラブ君主国家との緊張が高まり、中東の不安定性が増すであろうことは認めている。さらに、イスラエル・イラン間における、不注意による、あるいは偶発的な核交戦は「危険な可能性」として残るという。報告書の検討対象外としつつも、「連鎖効果」についても「十分な考慮」を払うべきだとしている。

報告書は、イランがイスラエルに対して強力なイデオロギー的嫌悪を抱いているにも関わらず、イスラエルを核攻撃すれば自国の体制崩壊をほぼ確実に招くことから、攻撃には踏み切らないだろう、と論じている。

ネイダー氏の見方では、イスラエルは、イランが核能力を獲得することで、イスラエル軍のパレスチナやレヴァーント地方、或いはより広い地域での軍事作戦を大幅に抑制することになるイランの同盟相手に対する「核の傘」になるのでないかと恐れている。

しかし報告書は、ヒズボラなどの同盟に対して核抑止力を拡大することはないだろうとしている。なぜなら、これらの集団の利害は、イランのそれと常に、あるいは時々であっても、一致するとは限らないからだ。またイランは、それらの集団に対して核兵器を移転することもなさそうだと同報告書は見ている。(原文へ)

翻訳=IPS Japan

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|UAE|日本企業5社がマスダールの学生に実務研修を提供

【アブダビWAM】

アラブ首長国連邦(UAE)のマスダール科学技術大学院大学(MIST)は、日本の大手5社が、昨年に引き続き8週間にわたる日本での夏季実務研修をUAEの学生に提供する予定であると発表した。

実務研修プログラムは、日本国際協力センター(JICEが、経済産業省(METIの後援を得て実施している。

山野幸子JICE理事長は、「今年で2年目となる、日本企業5社で実施される実務研修は、学生の皆様にとって各々の研究分野における最新の技術を習得する良い機会となるでしょう。研修に先立って実施される語学研修やビジネスエチケット講習、文化学習フィールドトリップ等が、受入企業関係者との交流を一層深めるうえでお役にたつことを期待しております。皆様を心から歓迎するとともに、8週間にわたる日本滞在期間を通じて、皆様が充実した学習経験を得られることを希望しております。」と語った。

フレッド・モアヴェンザデMIST学長は、「研修生たちは、文字通り知識移転の受け皿として、日本の大手企業において各々の研究分野における最新の技術を学習します。MISTは今後もUAE政府の支援を得ながら、引き続きJICEの研修プログラムを通じた学生向け海外研修の機会を拡充していく予定です。生徒たちが日本滞在中に新たな洞察を得て、祖国の経済成長に貢献するクリーン・テクノロジー関連の専門技術を持ち帰ることを期待しています。」と語った。(原文へ

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過ぎ去った時代の核戦力に固執する米国とロシア

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【国連IPS=ジョージ・ガオ】

19世紀末のロシアの劇作家アントン・チェーホフ(1860年~1904年)は、ドラマチックな劇を作るためのひとつの黄金律を残している。それは、弾を込めた銃を劇の冒頭で観客に見せたなら、最終場面までにその銃で撃たなくてはならない、というものだ。

しかし、演劇に関するチェーホフのこの喩えは、今日の世界の兵器に適用されたならば、問題を生じるだろう。そこには、一部の国々が国際的な影響力を生み出すテコとして利用している、推定1万7300発の核兵器が含まれるからだ。

「プラウシェア財団」の「世界の核備蓄レポート(World Nuclear Stockpile Report)」によると、ロシアが推定8500発、米国が7700発の核を保有している。核兵器を保有する他の7か国はこれよりもはるかに少ない。フランスが300、中国が240、英国が225、パキスタンが90~110、インドが60~110、イスラエルが60~80、そして最近では北朝鮮が10発以下である。

「1発の核兵器の使用を必要とする軍事作戦があるとは考えにくい。10発でも人類の経験を超える大惨事をもたらし、50発となるともはや想像もつかない。」と語るのは、ワシントンの平和・安全保障関連団体「プラウシェア財団」のジョセフ・シリンシオーネ代表だ。

「敵が核兵器を使用するか否かを問わず、米国への攻撃を思いとどまらせるのに実際に必要な[核兵器]数は、きめわて少ない。安全寄りにみても、数百発もあれば十分です。」とシンシオーネ氏はIPSの取材に対して語った。

「数千発もの核が必要だという考えは…時代遅れで非合理的、かつ非常に高くつく冷戦時代の遺物のようなものです。」

米国の核予算は機密扱いだが、シリンシオーネ氏は、今後10年で核兵器とその関連事業(ミサイル防衛、核活動の環境浄化、既存核戦力の技術的更新など)のために6400億ドルを費やすと推定している。

The first launch of a Trident missile on Jan. 18, 1977 at Cape Canaveral, Florida. Credit: U.S. Air Force
The first launch of a Trident missile on Jan. 18, 1977 at Cape Canaveral, Florida. Credit: U.S. Air Force

核軍縮・不拡散を世界規模で推進する上での米国の役割について、シンシオーネ氏は、「米国はおそらくこの問題についてもっとも大きな影響力を持っていますが、単独では無理でしょう。最も重要なことは、ロシアと共に核戦力を減らしていかねばならないということです。」と語った。

2011年2月5日、米国とロシアは、新しい戦略兵器削減条約(STARTを発効させた。両国は、2018年までに核弾頭を1550発にまで削減し、両国の保有する大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、核弾頭搭載可能な重爆撃機の合計を800にまで削減することに合意している。

「例えば、米露が1980年代、90年代のように、核戦力を半減することに合意できれば、世界で歓迎されるでしょう。そして、どちらの国においても、官僚や政治家の反対勢力が抵抗を続けることはきわめて難しくなるでしょう。」とシリンシオーネ氏は言う。

しかし、この数年、核軍縮・不拡散に関する米国の取り組みは失速気味である。カーネギー国際平和財団核政策プログラムの責任者ジョージ・パーコビッチ氏は、この失速の原因は、部分的にはワシントンにおける国内政治に起因すると言う。

パーコヴィッチ氏は今年4月に発表した研究論文『(己の欲するところを)他者にも施せ:擁護可能な核ドクトリンに向けて』の中で、「比較的小人数の専門的な知識を持つ専門家や官僚のコミュニティーが、米国の核政策を決定している」と述べている。

パーコヴィッチ氏は、「このコミュニティーのメンバーは、米国への核の脅威や、そうした脅威に対応する最善の方法について、事実を捻じ曲げている。」「彼らのこうした態度は、米国の安全保障上の利益のためではなく、『弱腰で職責に値しない』という国内のライバルからの攻撃から自身のキャリアを守るという動機に起因している。」と主張している。

核は米国主導の体制転覆を抑止する

またパーコヴィッチ氏は、前記の研究論文の中で、「イランや北朝鮮、パキスタンは、自前の核を持つことで米主導の体制転覆を抑止しうると考えている。つまりこれらの国が恐れるのは、いずれも核兵器を持っていなかった2003年のイラクと2011年のリビアが辿った運命だ。」と指摘している。

将来的に米国の国益に反して行動している国(抑圧的な国であるか否かに関係なく)が体制転覆を防止するために核の保有を目指した場合、米国政府はどのように対処すべきかというIPSの質問に対して、パーコヴィッチ氏は、「それは非常に難しい問題だ」と回答した。

「核兵器の唯一の役割は、自らの国への侵略を防ぐという点にあるので、侵略を恐れる国家や指導者は、核保有あるいは米国との同盟を魅力的なオプションと考えがちです。」

「国家が核を保有しなくても、侵略あるいは体制転覆を恐れなくてもよくなれば、核不拡散は容易に達成できるでしょう。」

「しかしここではっきりと問題になってくるのは、一部の政府は自国民や隣国に対して極めて残虐で抑圧的なため、そうした政権を転覆させるような試みはしないと誓うのは困難だということです。」とパーコヴィッチ氏は付け加えた。

パーコヴィッチ氏は、米国が抑圧的体制に対して圧力をかける場合は、政治的・道義的手段、或いは制裁のみに制限し、対象国が隣国を攻撃したり核保有を追求したりしない限り、軍事行動は起こさないと明確にすることが必要だと提言している。

『核の恐怖:核兵器の歴史と将来(Bomb Scare: The History and Future of Nuclear Weapons)』の著者であるシリンシオーネ氏は、イランや北朝鮮の場合、核をめぐって張り合うことは逆効果だと論じている。

「(両国にとって核保有を追及することは)安全保障環境を好転させるどころか、逆にさらなる孤立を招くだけだと思います。核保有を追及する政策は、両国を真に支援して経済を築き、影響力を増大させるような国際的連携をかえって妨げる結果となるのです。」

「すなわち、これらの国が核を取得したり保持したりすることを阻止しようとするならば、彼らの正当な安全保障上の懸念に応える必要があります。少なくとも、これらの国を攻撃しない、あるいはその隣国からの攻撃もないという安全保障上の確証をこれらの国に与えることが必要になってきます。」

オバマ大統領の核の遺産

バラク・オバマ大統領は、昨年12月にワシントンの国防大学で行った演説の中で、「ミサイルにはミサイル、弾頭には弾頭、砲弾には砲弾という過去の時代は、もう過ぎ去った。」と述べた。

シリンシオーネ氏は、核軍縮・不拡散の追求は、オバマ氏にとって若いころから重要な問題だったという。オバマ氏が大統領として初めて行った、2009年4月のプラハでの外交演説と、再選後初めての外交政策演説は、いずれも核兵器をテーマとしていた。

「大統領は数多くの緊急の問題に直面しているが、その中でも、地球全体を破壊の脅威にさらしているのは、地球温暖化と核兵器という2つの問題だけなのです。」とシリンシオーネ氏は語った。

ワシントンの中では核軍縮・不拡散への反対意見も強いが、地球温暖化や移民問題、税制改革などにおける反対勢力と比較すれば、それほど強力なものでもない。

シリンシオーネ氏は「今日核問題は、大統領が比較的少ない時間で米国と世界の安全保障を大きく改善しうる領域です。」と指摘したうえで、「核を削減しようというオバマ大統領の取り組みは、ジョン・F・ケネディ大統領が1960年代に始め、ロナルド・レーガン大統領が1980年代に加速した歴史的な『弧』の最後を締めくくるものになるかもしれません。」と語った。

「(オバマ大統領は)それをやるのに3年半の任期を傾けることができます。今始めれば、任務を完遂することは可能でしょう。オバマ大統領は、核兵器の数を減らし、究極的にはその脅威を地球上からなくすという後戻りできない道に、米国の核政策を乗せることが、可能なのです。」とシンシオーネ氏は語った。(原文へ)

翻訳=IPS Japan

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│アルゼンチン│独裁者ビデラ、獄死す

【ブエノスアイレスINPS=マルセラ・ヴァレンテ】

37年前に軍事クーデターを引き起こしアルゼンチン史上最も凄惨な軍事独裁体制を敷いたホルヘ・ラファエル・ビデラ元陸軍総司令官が、5月17日、連邦刑務所で老衰のため死去した。87才だった。

ビデラは、ブエノスアイレス州東部のマルコス・パス市にある連邦刑務所の一角で、軍事独裁政権時代(1976年~83年)の人権侵害事件で有罪判決を受けた他の服役囚とともに複数の懲役刑(終身刑+15年)に服していた。

公判中ビデラ被告は「私は誰も殺していない。」と証言したが、人道に対する罪として起訴された全ての件について、事件の黒幕として有罪判決が下された。事実、ビデラ被告自身、ジャーナリストのマリア・セオアネとヴィセンテ・ムレイロが出版した著書「独裁者」の中で、著者のインタビューに答えて「(軍事政権時代)支配統制は行き届いており、私自身は全てを超絶した存在だった。」と述べている。

人権擁護団体や軍事独裁政権の被害者・遺族らは、一般刑務所におけるビデラ元総司令官の死はひとつの象徴的な出来事だとしつつも、真相解明のプロセスの中の一環に過ぎないと考えている。

アムネスティ・インターナショナル・アルゼンチン支部のマリエラ・ベルスキ代表は、アルゼンチンが中南米諸国や途上国世界全体にとって、軍事独裁時代の真相究明と法に基づく裁きを追求する先進的なモデルとなっている点を強調したうえで、「ビデラは軍事独裁政権が犯した最も残虐かつ凄惨な行き過ぎの首謀者として記憶されるでしょう。しかしここで最も重要なことは、裁判が行われてビデラが有罪になり、彼が獄死したという事実です。」と語った。

さらにベルスキ氏は、「独裁者の死によって「[人権侵害究明の]プロセスを終わらせられてはなりません。アルゼンチンが先導しているこのプロセスは(同じく過去に軍事独裁政治を経験した)他の中南米諸国においても引き継がれていくべきものなのです。」と警告した。

南米南部共同市場(メルコスール)人権公共政策研究所のビクター・アブラモヴィッチ事務総長は、「ビデラの獄死は、非常に重要かつ象徴的なできごとです。」と指摘したうえで、「10年前だったらこのような展開は想像さえできなかったでしょう。今日、法律や進捗ペースはそれぞれ異なるものの、(軍事独裁時代の)真相を究明しようという動きが、この国の他にもチリ、ブラジル、ペルー、コロンビア、ウルグアイ、そして(元独裁者ホセ・エフライン)リオス・モントが(5月10日に)懲役80年の判決を受けたグアテマラに広がりを見せており、様々な興味深い議論が噴出してきています。」と語った。

また米州人権委員会の前副理事でもあるアブラモヴィッチ氏は、「元独裁者が一般刑務所で獄死したという事実は、全ての人が法の前では平等であるという原則を再確認する出来事となりました。」と付加えた。

アルゼンチンでは、1983年以来、軍事独裁期の人権侵害により422人(その大半が軍人)が裁判にかけられ、378人が有罪、44人が無罪となっている。また軍の秘密施設で行われた拷問等に関する調査が進展したおかげで、この2年間は裁判件数が急速に増えている。2012年には24件の裁判が行われ、134人が有罪、17人が無罪となった。

アルゼンチンで軍事独裁政権の責任追及を行っている市民グループ「Grandmothers of the Plaza de Mayo(マヨ広場のおばあさん)」は、これまでに、政治犯とされた両親とともに拉致されたり、身柄拘束先で母親が出産した子供たちを100人以上特定している。そしてこのような背景を有する人々の中には、マルティン・フラスネダ人権担当大臣のような国会議員をはじめ、市議会議員、政府高官など公な職に就いているものも少なくない。

1976年3月24日、当時陸軍総司令官だったビデラは、当時の大統領マリア・エステラ・マルティネス・デ・ペロン(イサベラ・ペロン)をその座から失脚させた軍事クーデターで政権を掌握し、自身を含む陸海空3軍の最高司令官で構成される軍事評議会を設置、5日後の29日に大統領に就任した。

ビデラの独裁時代(1976年から大統領を退任した81年まで)に、後に「汚い戦争」とよばれる左翼ゲリラ掃討を名目にした苛烈な弾圧政策が実行され、多くの民衆が拉致、拷問、殺害などの憂き目にあった。政府の記録では約1万1000人が強制失踪(拉致)されたとされているが、人権擁護団体は犠牲者の合計を3万人と推計している。

軍事独裁政権は[ビデラ退陣後も英国とのフォークランド戦争の敗北の責任をとってレオポルド・ガルティエリ大統領が退陣した]83年まで続いたが、その後成立したラウル・アルフォンシン政権の下で、軍事独裁政権における関係者に対する裁判が始まった。ビデラは1985年に、66件の殺人、306件の誘拐、93件の拷問、26件の窃盗の罪により、終身刑に処せられた。

ビデラは他の軍関係者とともにその後5年間に亘って軍刑務所に収監されたが、特別待遇を受けたため、メディアや人権擁護団体の批判に晒された。そして1990年になるとカルロス・メネム大統領(1989年~99年)の恩赦により解放された。

しかし1998年になると、ビデラは、新たに政治犯の子どもを誘拐した容疑(それまでこの容疑で有罪が確定しておらず、従って、恩赦の対象にならなかった)で再逮捕された。

ビデラをはじめとした人権侵害に関わったとされる人々に対する公判が再び本格化したのは、大統領による恩赦と人権侵害に対する訴追免責がアルゼンチン最高裁判所で憲法違反と判断された2005年以降のことである。2010年には、政権担当当時にコルドバ州で行ったとされる人道に対する犯罪容疑(31人の左翼政党員の殺害、6人の誘拐、拷問)で終身刑の判決を受け、さらに2012年には、左翼系活動家の子どもを強制的に軍人の養子にしていた事件に関与していた罪で懲役50年の刑に処された。

ビデラはこの他にも、アルゼンチン中央部のサンタフェ州及び北部トゥクマン州で軍事独裁政権が行ったとされる人道に対する犯罪に関与したとして起訴されていた。

ビデラは、一連の公判において、「民間法定に自分を裁く権限はなく、自分はキンチネル政権による政治的復讐劇の標的にされた「政治犯」だと主張した。ビデラが生前最後に出廷した公判は、5月14日に開かれた「コンドル作戦」(1970年代と80年代に当時アルゼンチン、ボリビア、ブラジル、チリ、パラグアイ、ウルグアイを支配した軍事独裁政権が連携して、左翼活動家の捜索・捕縛・交換・処刑を行った軍事作戦)への関与について審議されたものだったが、この際ビデラの顔色は悪く、歩行もままならず、声も震えていた。

にもかかわらず、ビデラは公の場で自らしてきたことについて悔やむ姿勢を見せることはなかった。それどころか、この際の公判でも自分が無罪であるとの従来の主張を繰り返し、犯罪は命令を受けた部下がやったことだと主張した。

またビデラは、3月のスペイン雑誌「Cambio」によるインタビューが最後のメディア取材となったが、その際、アルゼンチン国軍の若い兵士らに向けて「共和国の体制を守るために」クリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル現政権打倒に立ち上がるよう檄を飛ばしている。(原文へ

翻訳=INPS Japan浅霧勝浩

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「安全保障上の脅威」と認識される気候変動

【ワシントンIPS=ジム・ローブ】

 先ごろ発表された報告書『気候変動に関するグローバル安全保障防衛指標―中間集計』によると、調査対象155か国のうち少なくとも110か国が、気候変動問題を安全保障上の脅威としてとらえていることが分かった。

報告書を作成したのは「アメリカン・セキュリティ・プロジェクト」で、先月ソウルで開催された「アジア太平洋地域気候安全保障会議」において発表された。今後、専用ウェブサイトに、気候変動と安全保障の関係に関する各国政府、とりわけ軍当局による公式文書や声明を随時アップロードし、公開していく予定だ。

これまで各国政府は、気候変動をたんに環境問題のひとつとみなし、他の重要課題、とりわけ経済成長と比べて低い優先順位に置いてきた。そのため、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの排出を抑制する各国間の取り組みが遅々として進まず、気候科学者や活動家らは懸念を深めていた。しかし、ここ数年の間に、気候変動を国家安全保障の問題と考える国が増えており、認識は徐々に変わりつつある。

今年2月、米国の元官僚、軍人、超党派の議員ら38人がバラク・オバマ大統領と議会に公開書簡を提出し、とりわけ貧困国を支援して温室効果ガスの排出を抑制する策を早急に取るよう求めた。書簡では、対策がとられなければ、気候変動によって大量の移住や内戦などが起き、世界情勢は予想不可能な状態に陥ると警告している。

アメリカの進歩センタースチムソン・センター気候安全保障センターが共同で出した報告書では、気候変動に伴う自然災害(洪水、旱魃、熱波)によって引き起こされた食糧不足がアラブ諸国での民衆蜂起を呼び起こし、いわゆる「アラブの春」につながった、と指摘している。

Admiral Samuel J Locklear III
Admiral Samuel J Locklear III

また、米太平洋軍のサミュエル・ロックリアー司令官は、気候変動によって安全保障環境は悪化すると予想されるが、それは現在考えられているどのシナリオよりも起きる可能性が高い、と述べている。また同司令官は、ボストン・グローブ紙の取材に対して、米太平洋軍が、気候変動問題対策について中国とインドを含む地域主要国の軍との協力関係にあることを明かした。

報告書の共同執筆者の一人であるザンダー・ヴァグ氏は、「政治体制、経済慣行、地理的な位置が様々な多くの国々が、気候変動が直接間接的にもたらす危険性について、もはや環境問題としての脅威にとどまらず、安全保障問題ととらえるべきとの共通認識を持っていたのは興味深い結果でした。」とIPSの取材に対して語った。

また同報告書によると、北米、欧州、東アジア諸国では、安全保障戦略への気候変動問題の組み込みが進んでいるという。

また、太平洋、インド洋、カリブ海に面した島嶼国や沿岸諸国にとっては、気候変動に国の存亡がかかっており、切実度が高い。

他方、インドやブラジルは、気候変動問題を安全保障上の脅威ととらえることに反対する勢力(32カ国)の急先鋒である。両国は先月、気候変動を国連安保理での議題にするというパキスタン・英国の共同提案に反対した。

ロシアと中国は安保理の議題にすることには反対したが、気候変動の問題が、世界的な流行病やテロ、国際犯罪ネットワークと並んで安全保障上の脅威であるとの認識自体は持っている。

また同報告書によると、地域別では、中東・北アフリカ諸国が、トルコ、イスラエル、カタール、ヨルダン、クウェートなどの例外を除いて、気候変動を安全保障上の脅威とはみなしていない傾向にある。(原文へ

IPS Japan浅霧勝浩

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報告書:「核保有国」イランは封じ込め・抑止できる

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【ワシントンIPS=ジム・ローブ】

バラク・オバマ大統領に近い有力シンクタンク「新アメリカ安全保障センター(CNAS)」が5月13日、「イランの核保有は防止することが望ましいが、仮に核を持ったとしても米国はイランを抑止することが可能だ」とする報告書を発表した。

『すべてが失敗したとしても:核兵器国イラン封じ込めという難題』と題された報告書は、イランによる核の使用、あるいは非国家主体への核移転を抑止し、中東の他の国々に核能力を持たせないようにする「封じ込め戦略」について概説している。

オバマ政権第一期で国防総省中東政策部門のトップを務め、この80ページに亘るCNAS報告書を著したコリン・カール氏は、「米国はイランの核武装化を阻止するためにあらゆる手段を講じるべきであり、いかなるオプションも排除すべきでない。」と述べている。

またカール氏は、「しかし、武力行使も含め、イランの核武装を阻止するための努力が失敗に終わる可能性も想定しておかなければなりません。」「その場合には、核武装化したイランが米国の死活的利益と同盟国に与える脅威を管理し軽減するための戦略が必要となってきます。私たちはまさにこのことに焦点を当てているのです。」とIPSに宛てたメールの中で述べている。

この報告書は、オバマ政権は、(外交努力や経済制裁が失敗に終わった場合には軍事行動に出ると威嚇することも含めて)これまで一貫して「予防政策」を推進してきており、ここであからさまにアプローチを転換することは、「イラン核問題に効果的に対処するために必要な信頼性そのものを損ないかねないため不可能だろう。」と指摘している。

しかし同時に、あらゆる予防措置が試される前に、イランが「中止・反転不可能な核兵器製造能力」を持つか、秘密裏に核兵器を製造してしまうかもしれない。さらに、米国やイスラエルが軍事行動に出ても、イランの核計画には小規模の損害しか与えられず、むしろ、体制維持のためには核抑止が唯一の道だと見なすイランの強硬派を勢いづかせる結果に終わる可能性がある。

この報告書は、「これらのどのシナリオにおいても、米国は、現在の方針に関わりなく、封じ込め政策への移行を余儀なくされるだろう。」と指摘したうえで、「米国政府は効果的な戦略の必要条件を検討する必要がある。」と主張している。

核計画は核兵器開発のためのものであることを一貫して否定してきたイランに対処する米国のオプションについて、ますます多くの論説が出されているが、この新しい報告書がそれに加わることになった。

一方、米国の諜報当局もこの6年間にわたり、イラン指導部は核兵器開発の決断を下していないものの、ひとたび決定が下されれば、その核計画の進展とインフラからすれば、核爆弾を速やかに製造することは可能、との見方を報告してきた。諜報各部局は、イランが「核兵器製造」能力を獲得しようとすれば、それを探知することは可能だと自信を表明している。

オバマ政権は、2009年の発足以来、イランの核兵器開発阻止について「二重トラック」アプローチを採用してきた。すなわち、イランと、国連安保理5大国(米国・英国・ロシア・中国・フランス)にドイツを加えたいわゆる「P5+1」交渉プロセスによる外交努力と、イラン経済を「弱体化」させることを目的とした厳しい経済制裁(一部は多国間だが、大部分は単独)を課す経済的圧力の2本立てである。

経済制裁は既に混乱したイラン経済に深刻な影響を及ぼしているが、イラン政府は、フォルドウの地下ウラン濃縮施設のすべての操業停止や20%濃縮ウランの大部分の国外への移送などの大幅な妥協については、これまでのところ拒否している。

カザフスタンのアルマトイで先月開催した会合以降、「P5+1」・イラン間では多少の意見交換があるものの、来月に行われるイランの大統領選待ちで外交交渉は一時停止状態にあるようだ。

外交的成果が上がらない一方で、イラン核計画の技術は日々進歩している。イランは、来年春か夏ごろまでのきわめて短い期間で核爆弾1発を製造するのに十分な濃縮ウランを手に入れるものとみられている。こうした状況の中、米国では徐々に対立構造が顕在化してきている。

オバマ政権によるより厳しい制裁と「信頼性のある武力行使の威嚇」を求める親イスラエル派とタカ派勢力が一方におり、外交をより重視すべきだと訴えるハト派勢力が他方にいる。

元軍人・諜報関係者・外交官も含めた外交政策関係者のほとんどは後者寄りの考え方である。「イランプロジェクト」「大西洋評議会」「カーネギー財団」「国益センター」などによる厳選されたメンバーから成るタスクフォースが最近出した報告書では、「交渉において米国がより柔軟に対応すべきだとのコンセンサスがエリート間で強くなってきている」としている。

しかし、イスラエルロビーが幅を利かせている米議会では、依然として圧力による打開を求める強硬派が優勢である。上下両院で現在審議されている措置は、仮に承認されれば、イランに対する事実上の禁輸措置にあたるような形で、外国企業・金融機関を狙い撃ちするものである。

CNASの対イラン政策関連の最新報告書は、このどちらの戦略についても言及していない。ただカール氏は、米国は交渉を柔軟に行うよう、過去に論じたことがある。しかし、同氏の今回の議論は、仮に「予防」戦略が失敗に終わった場合に米国が核保有国イランと共存できるかどうかについて、タカ派とハト派との現在の論争に拍車をかける効果を持つだろう。

カール氏と2人の共著者ラジ・パタニ、ジェイコブ・ストークスの両氏によると、封じ込め戦略は、抑止、防衛、妨害、エスカレーション防止、非核化の5つの要素を統合したものであるという。

「抑止」とは、とりわけ、イランが核兵器を使用した場合に米国が核で報復するとの威嚇を強化し、中東の他の国々に対して、独自の核能力を保持しないとの誓約と引き換えに核の傘を拡大するものである。

「防衛」とは、米国のミサイル防衛能力及び中東での海軍展開を強化し、湾岸諸国やイスラエルとの安全保障協力を強めることで、イランが核兵器を持つメリットをなくすことを目指したものである。

「妨害」とは、「イランの影響力拡大に耐えうる中東の環境を形成すること」で、例えば、エジプトやイラクを(イランに対する)戦略的な対抗手として強化すること、湾岸地域における「進歩的な政治改革を推進すること」、ヒズボラに対する対抗手としてのシリアの反体制派やレバノン軍を穏健化させるための援助強化などが含まれる。

「エスカレーション防止」とは、イラン関連の危機が核戦争に発展することの防止を意味し、「先制攻撃指向の核ドクトリンや不安定化を招くような核態勢を採らないようイスラエルを説得すること」、有事における意思疎通メカニズムを構築しイランとの間で信頼醸成措置を探ること、「体制転覆」が米国の目的でないことをイランに納得させること、危機において「面子を保つための出口」をイランに提示すること、などである。

最後に、「非核化」とは、対イラン制裁を維持・強化し臨検を強化することで、イランの核計画を封じ込め、不拡散体制へのダメージを和らげることである。

同報告書は、こうした戦略には大きなコストも伴うとしている。たとえば、「米国の中東に対する安全保障上のコミットメントが著しく増大する」ため、アジア太平洋地域への軍事的「リバランス」戦略が困難になること、アラブの同盟諸国における「改革推進の取り組みをきわめて難しくすること」、「オバマ政権が核廃絶を主張する一方で米国の安全保障戦略における核兵器の役割を拡大させてしまうこと」、などである。

この報告書に対しては、一部の著名なネオコンたちからすぐさま厳しい批判が投げかけられた。イスラム教徒が国民の大半を占める国家とまた別の戦争を行うことにはっきりと消極的なオバマ政権は、「[名目はともかく]実質上の封じ込め」戦略を採って、予防戦略を避けるであろうと彼らは警告してきた。

しかし、カール氏が指摘しているように、もし米国が、「イランの核兵器使用や、イラン政府のパートナーや代理テロリストのネットワークによる攻勢を抑止することができると示せる」ならば、核武装化したイランを「封じ込め抑止する」ことは米国にとって「もっとも悪くない」政策になるかもしれない、と1年半前に結論づけたのは、ネオコン系シンクタンクの「アメリカンエンタープライズ研究所(AEI)」の報告書であった。

封じ込めに関するカール氏の立場と同様の見方が、ブルッキングス研究所所員でCIAの元分析官だったケネス・ポラック氏が出版予定の『考えられないこと:イラン、核兵器、米国の戦略』でも表明されると見られる。ポラック氏の2002年の著書『迫りくる嵐:イラク侵略に賛成する理由』は、当時、多くのリベラル派や民主党支持者らをイラク侵略賛成に回らせる効果を持った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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核軍縮ハイレベル会合に熱心でない国連への批判高まる

【国連IPS=タリフ・ディーン】

国連の潘基文事務総長は「核兵器なき世界」をもっとも熱心に推奨しているひとりだ。

「核軍縮と核不拡散はユートピア的な理想ではありません。それは世界の平和と安全にとって絶対不可欠なものなのです。」と潘事務総長は言う。

しかし、開発途上国132か国からなる最大の国家連合であるG77は、今年9月26日に予定されている「核軍縮に関するハイレベル会合」の周知に、国連が十分に取り組んでいないと批判している。

G77
G77

5月初め、G77議長国であるフィジーのピーター・トムソン大使は、予定されている会合は「核軍縮に関するものとしては国連総会が開催する史上初のハイレベル会合となる」と評したうえで、「この会合は、途上国にとって重要な機会となります。従って、会合に関する時宜にかなった広報を幅広く行っていく必要があります。」と語った。

またG77のある代表は、IPSの取材に対して、おそらくは、米国・英国・ロシアという3つの大国が会合にあまり積極的でないために、本来あるべき会合に関する事前広報があまり徹底されていないのだろう、と語った。

この筋によると、「このハイレベル会合について[の宣伝を]これまでまったく聞いたことがない」という。

こうした周知不足は、核兵器の完全廃絶をこれまで一貫して訴えてきた潘事務総長の強い姿勢とは対照的である。

核政策法律家委員会(本部:ニューヨーク)のジョン・バローズ事務局長は、この会合の重要性について、バラク・オバマ大統領も含めた世界の指導者らが、「この5年間多くの言葉が語られながら今や漂流状態にある」核軍縮の取り組みに方向性を与えるチャンスになるものだ、と語った。

John Burroughs/ LCNP
John Burroughs/ LCNP

またバローズ氏は、「もちろん、各国の指導者は、核兵器の世界的廃絶は国際社会共通の目的であることを改めて訴えるべきです。」と指摘したうえで、「しかし、彼らはそこに留まるのではなく、その目的を達成するための具体的で多国間のプロセスを始動すべきです。」と語った。

さらにバローズ氏は、「核物質の保全に焦点を当てた核安全保障サミットができるのなら、なぜ『核軍縮サミットプロセス』ができないのだろうか?」と問いかけるとともに、「あるいは、ジュネーブ軍縮会議の16年間に及ぶ行き詰まりを打開するために、必要なら別のプロセスを確立するという形で決定的な行動をとることもできるはずだ。」と語った。

インドネシアと非同盟諸国運動(120カ国が加盟)が共同提出した、ハイレベル会合の開催を求める国連総会決議は、昨年12月、賛成179・反対0・棄権4(イスラエルと安保理5大国のうち3つにあたるフランス・英国・米国)で採択された。他の5大国メンバーである中国とロシアはこの決議に賛成した。

5つの国連安保理常任理事国は、同時に5つの公式核兵器国であり、このP-5核クラブの外側に、インド・パキスタン・イスラエル、それに最近では北朝鮮が事実上の核兵器国として位置している。

英国のガイ・ポラード国連代表部次席代表は、昨年12月、各国代表を前に、「核軍縮に関する議論の場がすでに多く存在しているにもかかわらず、さらに国連総会のハイレベル会合を開催することに意味があるとは思えない」と、採決を棄権した理由を説明した。そして、そのような既存の議論の場として、国連総会第一委員会(軍縮問題)、国連軍縮委員会、ジュネーブ軍縮会議を挙げた。

さらにポラード次席代表は、「2010年に全会一致で合意されたNPT(核不拡散条約)行動計画の目標を、国連総会のハイレベル会合でさらに推し進めることができるかどうか、疑わしい。」と指摘したうえで、「英国政府は、この行動計画こそが、関連問題とともに、多国間の核軍縮という課題を前進させる最善の方法だと考えています。」と語った。

またポラード次席代表は、「英国政府は、核不拡散と核軍縮は相互に補強し合う関係にあると引き続き確信しており、従って、このハイレベル会合がその両側面をバランスよく取り扱っていないことを残念に思います。」と語った。

他方、カーネギー国際平和財団のジョージ・パーコビッチ副理事長(兼核政策プログラム責任者)は、先月発表した報告書の中で、オバマ大統領が米国の意図に関する信頼を回復する数少ない手段の一つが、同盟国の防衛も含めて、米国の安全保障政策における核兵器の役割に関する宣言を改めて見直すことだ、と指摘している。

ノーベル賞受賞のスピーチ(2009年12月)でオバマ大統領は、戦争が時として避けがたいこと、戦争を正当に戦うことの必要性に言及した。」

「従ってオバマ大統領は、たとえ一時的なものであったとしても、現存する核戦力を、その使用を防止するという道徳的・戦略的要請とどう折り合わせることができるのかを検討することができるはずだ。」と、パーコビッチ氏は報告書:『(己の欲するところを)他者にも施せ:擁護可能な核ドクトリンに向けて』の中で述べている。

「オバマ大統領は、核兵器が存在し続けるかぎり、他国が真似をしても、米国がなお擁護可能と確信できるような『核兵器の正当な使用に関する限定的な枠組み』(=核兵器の使用を、米国及び同盟国の生存に関わる脅威に対してのみに限定するというもの:IPSJ)を構築できるはずだ。」とパーコビッチ氏は同報告書の中で述べている。

こうした核政策は、米国防総省が今年末に策定予定の『4年毎の国防見直し』に盛り込むことができる、とパーコビッチ氏はいう。

一方、バローズ博士は、非核兵器国は軍縮に関する明確な道筋を作る機会を作り出すために最善を尽くしてきた、とIPSの取材に対して語った。

2012年の国連総会第一委員会では、オーストリア・メキシコ・ノルウェーが主要提案国となり、多国間の核軍縮交渉を前進させるための提案を策定する「オープン(=期限を定めない)参加国作業グループ」を創設した。この夏にジュネーブで3週間の会合を持つことになっている。

そして、インドネシアと非同盟諸国運動は昨年、核軍縮に関するハイレベル会合を今年9月に開くよう求める決議を提案した。

「しかし、安保理五大国の姿勢は頑なままです。これまでのところ、これら諸国は『オープン参加国作業グループ』に参加しないとしています。」とバローズ博士は語った。

また、五大国はオスロ会合への参加招請も拒絶した。そして昨年、英国・米国・フランスは、イスラエルとともに、ハイレベル会合実施に関する決議採択を棄権して、その意義に疑問を投げかけた。

「こうした経緯からも、各国首脳や外務大臣の積極的な関与が、明らかに必要なのです。」「ちなみに下級レベルでは五大国の担当者は苦悶を続けています。」とバローズ博士は語った。

またバローズ博士は、「政府のトップレベルからの政策変更が起こらないかぎり、9月のハイレベル会合は全く実りのないものとなってしまうだろう。」と警告した。

こうしたなか、朝鮮半島危機は、国際社会に警鐘をならす出来事として捉えるべきである。

またノルウェーは、核爆発がもたらす人道的影響に関する国際会議を、3月にオスロで主催した。

Oslo Conference/ MFA
Oslo Conference/ MFA

北朝鮮と米国との間で交わされた核の脅しは、核兵器に依存することからくる容認不可能なリスクという、普段は軽視されがちな事実を、改めて白日の下に晒すこととなった。

安保理五大国と他の核兵器国の指導者らは、この9月に開催されるハイレベル会合の機会をとらえて、自国の市民だけでなく国際社会に対して、核兵器の世界的削減に向けたプロセスに関して非核兵器国と建設的に関与していく意志を明確に示すべきだ、とバローズ博士は語った。

またバローズ博士は、「核兵器なき世界」の実現に取り組む国会議員や市長、市民団体も、驚くことに核軍縮に関して国連総会が初めて開催するハイレベル会合というこのグローバルな議論の場を、積極的に活用すべきである、と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service(IPS) and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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【国連IPS=ジョアン・エラキット】

話はこうだ。たったいま出産を終えたばかりの若い母親が、薄暗い明かりが灯っている部屋に横たわっている。その後1週間、母親は赤ちゃんを注意深く世話し続けるが、数日後に亡くなってしまうことを恐れて、赤ちゃんの名前を付けることを拒む―。

残念ながら、依然として世界の多くの女性が直面している現実はこういうものだ。毎年世界で1億3500万件の出産があるが、そのうち、十分な質のケアが受けられるのはわずか1100万件に過ぎない。これは、貧富の格差というだけではなく、生死の格差でもある。

国際援助団体「セイブ・ザ・チルドレン」は5月7日、『母の日レポート2013―1日目を生き延びる』を発表した。この報告書は、世界176カ国を対象に、母子を取り巻くさまざまな環境の評価結果をランキング形式にまとめたもので、2013年の報告書では、妊娠期、出産時、そして出産後における母親と新生児の健康状態に重点が置かれ、教育と利用可能な医療サービスを充実させることの大切さを強調している。また今回の報告書では初めて、国別の「出生日リスク指標(Birth Day Risk Index)」が算出された。

報告書によると、新生児の誕生から最初の数時間、数日が決定的に重要な意味を持っている。すべての新生児死亡のうち、4分の3(200万人以上)が生後1週間以内、36%(100万人)が出生初日に死亡している。

こうした新生児の死亡原因は様々だが、適切な訓練を受けた助産師や地域の巡回看護婦へのアクセスがない場合が最も一般的である。一方そうでない場合でも、出産のために病院に行くことについて夫も許可を待たざるを得ず、その間に死産してしまう事例も少なくない。

また無事出産しても、新生児が罹りやすい感染症疾患の問題や、出産中、産後における母体の健康問題がある。

「セイブ・ザ・チルドレン」のキャロライン・マイルズ事務局長は、国連における報告書発表会の席で、「子どもにとって最良の存在は、社会的な力と教育を身に付けた母親なのです。」と語った。

報告書は、新生児死亡の3つの主要因として、重度の感染症、未熟児出産、出産時の合併症を挙げている。

問題の根本にあるのは、非常に多くの女性が医師や医療機関、助産師などにアクセスできないという現実である。

「新生児対策に一層取り組むにあたり、十分な質のケアを提供することが重要なポイントとなってきます。なぜなら、私たちは新生児を単に生き長らえさせることにとどまらず、身体障害を負わせないようにすることを目標としているからです。」と、ロンドン大学公衆衛生学・熱帯医学大学院のジョイ・ローン教授は語った。

このことはつまり、母子保健を、政府当局やコミュニティーの指導者の優先事項にすることであり、夫や父親と出産計画について話し合う環境を整えるということである。

「男性を積極的に巻き込まなければ、母子保健の問題を解決することはできません。」「コミュニティーにおいて、実際に出産計画に関与するよう、夫たちに働きかけなければなりません。つまり妻が、無事出産できるよう病院に行く計画を立て、夫をその計画に関与させるのです。その際、夫には病院までの車代が必要な場合にはその支払いができるようあらかじめお金を取っておくなど、当事者として協力するよう事前に確認しておくことが必要です。男性も実際には当事者に他ならないのです。」

助産師を育てる

出産中の新生児の死亡は、途上国ではありふれた出来事である。一般的に出産とは、時折悲惨な結果を伴う困難な出来事だが、それでも自然の摂理だと理解されている。

「妊婦たちの間には、新生児は早産など様々な要因で死ぬもの、つまり『仕方がないこと』という感覚があります。多くの新生児が出生後一週間以内に死亡することから、母親たちは出産後7日経過しなければ、子どもに名前を付けようとしないのです。」とマイルズ代表はIPSの取材に対して語った。

報告書によると、800人の女性が妊娠中か出産時に死亡している。また8000人におよぶ新生児が、出生後一か月以内に死亡している。こうした母子死亡を引き起こす要因としては、教育と利用可能な医療サービスへのアクセスの問題が考えられる。

また、とりわけ農村部では、助産師や出産に立ち会う人がいる場合でも、出産前、出産後のケアに関する十分な知識や経験を欠いている場合が少なくない。また、たとえわずかな知識を身に付けていたとしても、失敗事例を含むそれまでの出産の現場で見よう見まねで習得したものに過ぎない。

公衆環境衛生の擁護者は、助産師には、出産後にへその緒を消毒するといった基本的な処置や新生児の母親に感染症のリスクについて教えるスキルを習得させるため、適切な訓練が必要と述べている。

またこのことは、妊婦が出産に際して十分なケアを受けられないもう一つの障害要因である医療サービスへのアクセスの問題とも関わっている。農村部へのアクセスは一般に厳しく、コミュニティーワーカーも診療のために移動ができるほどの十分な支払いがされていない。また、母子保健のための財源は一般的に乏しいのが現実である。

「この(アクセスの)問題を一部解決する方策は、より多くのコミュニティーの助産師や医療関係者に対して訓練を実施することです。」と、ナイジェリアのザリアにあるアハマドゥ・ベロ大学病院のキャサリン・オジョ看護長は語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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