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|バングラデシュ|社会の調和を訴える仏教徒たち

【ダッカIPS=ファリード・アハメド】

バングラデシュ南東部で、イスラム教徒の群衆が仏教寺院十数カ所と多数の仏教徒の住居を焼き討ちしてから一週間が経過したが、仏教徒らの不安は収まりそうにない。むしろ彼らは、今後暴力行為が一層エスカレートするに違いないと見ている。

バングラデシュ政府は、宗教的マイノリティである仏教徒に対して国による保護と支援を繰り返し約束しており、国家人権委員会のミザヌール・ラーマン会長も、今回の仏教徒に対する残虐行為が発生したことを謝罪した。しかしこうした政府の公約をもってしても、数千人の仏教徒の間に広がっている「新たな暴動が起こるのではないか」との恐れを払拭するには至っていないようだ。

 ダッカにあるダルマ・ラジカ寺院でIPSの取材に応じたプラナップ・クマール・バルヤ博士は、「私たちは今回の予期しなかった暴動に大きなショックを受けています…全てのバングラデシュ人に対して、仏教は平和と非暴力を説く宗教であることを指摘しつつ、平静を保つよう訴えかけています。」と語った。

「私たちが望んでいるのは社会の調和です。(人口1億4200万人のバングラデシュで)仏教徒は僅か100万人ですので、政府と人口の大半を占める人々の支援が必要です。バングラデシュは私たちの故郷ですし、仏教が1000年以上に亘って信仰されてきた国でもあるのです。」とバルヤ博士は付け加えた。

政府に対して、今回の暴動について司法調査を始めるべきとの声が高まる中、バングラデシュの財界リーダーらからも、このような事態が繰り返されれば国のイメージの悪化につながり、投資や国際貿易にも支障がきたしかねないとの懸念の声が上がっている。

バングラデシュ商工会議所連合会は10月4日、政府に対して「このような不測の事態が(再び)起こらないよう」早急に対策を講じるよう要請した。

「仏教徒の人々は今なお恐怖に苛まれています。適切な治安環境を提供して、犯罪者に正義をもたらすのは政府の責任なのです。」と元政府高官のランジット・クマール・バルアー氏はIPSの取材に対して語った。

古い仏教遺物が破壊される

暴動はバングラデシュで最も仏教徒の人口が集中している南東部で9月29日に始まった。暴徒化したイスラム教徒数千人が、仏教寺院や仏教徒の家屋を次々と焼き討ちした。

暴徒たちは口々に仏教徒を非難するスローガンを叫びながら、観光地として名高いコックスバザール地区のラム村で、夜通し破壊行為を続けた。さらに暴動は、翌日には周辺地域へと広がった。

この事態に地方当局は、治安を維持するため、軍隊、国境警備隊、警察の出動を要請せざるを得なかった。

バルヤ博士によると、民間伝承や法話をシュロの葉に筆写した写本と共に仏教の遺物が焼かれ、数百体に及ぶ貴重な仏像が暴徒によって損傷や略奪にあった。

「精巧な彫刻で飾られた寺院や修道院の殆どはが焼き討ちされ損傷を免れなかった。多くが数百年の歴史を持つが、中には17世紀末から18世紀初頭に創建されたものもあります。」とバルヤ博士は語った。

セントラル・シマ・ビハール寺院(今回の焼き討ちで最も深刻な被害を受けた修道院の一つ)の常駐ディレクターであるプラギャナンダ・ビク氏は、IPSの取材に対して「被害は修復が不可能なほど深刻で、失われた価値を取り戻すことはできません。体の傷は癒えるかもしれませんが、心に受けた傷は深く血を流し続けていくでしょう。」と語った。

「寺院は仏教徒のものですが、同時に私たちの文化遺産であり、祖国バングラデシュの掛け替えのない宝でもあるのです。」と、ダッカ大学のネハール・アーメッド教授は語った。

警察や暴動の目撃者らの証言によると、今回の暴動は、ある仏教徒の若者が、一部が消失したコーランの写真をフェイスブックに掲載したことが発端とされている。

当初の報道によると、問題の少年は写真のタグを貼られていただけであり、自身が問題の写真をアップロードしたものではなかった。フェイスブックではその後、問題のユーザーアカウントを消去している。

アーメッド教授は、最近米国で制作された低予算映画「イノセンス・オブ・ムスリム」が預言者ムハンマドを侮辱したものであるとして暴力的な抗議運動が数カ国に広がりを見せた現象に言及して、「この比較的平和な南アジアの国(バングラデシュ)で、このような暴動が起きるとは全く受け入れられません。」と語った。

政治的膠着状態が続く

与党アワミ連盟と野党バングラデシュ民族主義党(BNP)の指導者らは、責任のなすり合いに終始しており、こうした中央政界の混迷に直面して、イスラム教徒が圧倒的な大多数(全人口の約90%)を占める同国において、人口の僅か1%に過ぎない仏教徒らはますます不安を募らせている。

暴動の直後に被害現場を訪れたモヒウディン・カーン・アランギール内務大臣は、焼け崩れた修道院や家屋から火薬や石油の痕跡が発見されたことから「暴動は事前に計画されたもの」と断定した上で、襲撃の責任は野党バングラデシュ民族主義党にあると非難した。

またアランギール内務大臣は首相と同じく、20年前に隣国ビルマの迫害を逃れてコックスバザールに移ってきたロヒンギャ族の難民が、今回の仏教徒襲撃を扇動した可能性があると示唆した。

一方、野党バングラデシュ民族主義党のカレダ・ジア党首(前首相)は6日、現政権自身が、今回の暴動の背後にあると主張した。

今週、バングラデシュ最高裁は、政府に対して仏教徒をはじめとする国内少数グループの保護に万全を期すよう命じた。

ビルマ、タイ、スリランカなど海外各国では、仏教僧らが、バングラデシュ大使館前に集まり、今回の仏教徒襲撃事件への怒りを表すとともに、襲撃事件に関する公正な捜査を行うよう要求した。

またアムネスティ・インターナショナルを含む国際人権擁護団体は、バングラデシュ政府に対して犯罪者を一刻も早く特定して裁きを受けさせるよう要請した。

バングラデシュの仏教徒の多くは、今回の捜査結果がたとえどんなものであったとしても、仏教に対するこれまでで最悪レベルの迫害で受けた恐ろしい記憶は長きにわたって忘れられないだろう、と感じている。(原文へ

翻訳=IPS Japan

|パキスタン|レンガ作りの奴隷にされる労働者

【ラホールIPS=イルファン・アフメッド】

必ずしも、過去に戻るのにタイムマシンが必要なわけではない。パキスタンのパンジャブ州にあるレンガ窯を訪ねてみれば、人間が家畜や奴隷のように扱われていた時代を思い起こすことができるだろう。

パキスタン国内の約1万8000のレンガ窯で、約450万人の労働者が借金返済を口実に家族ぐるみで奴隷同様の生活を強いられている。

たとえば、アタ・ムハマドさん(28)とその妻は、ラホール郊外の窯で1日に18時間も働いている。給与は出来高制で、レンガ1000個あたり450ルピー(約4.8ドル)しか支払われていない。パキスタン労働省の推計によると、これだけのレンガを作るには家族5人がかり(子供を含む)で丸一日かかる。また、「労働条件・環境改善センター」が実施した調査によると、「大人2人と子ども3人からなる家族が一日に生産できるレンガの数は、彼らの技術レベルや体調によるが、500個から1200個」との推計が報告されている。

レンガ作りには、2~3キロ離れたところから泥を運んで水洗いし、レンガの型に入れ、窯に運んで焼き上げ、成形するところまでが含まれる。

ところが天候が荒れたり、労働者が体調を崩して作業がすすまなければ、労働者の懐には一銭も入らず、その結果、窯の所有者からのさらなる借金に縛られることになる。労働者は前渡金が現金で返済されない限り、雇い主の元を離れることが許されないため、一旦借金を負うと、結局はその借金を返済するために働きづめになり、事実上の奴隷状態におかれてしまっているのである。

「レンガ焼成労働者たちは、ウルドゥ語で「ペシュギ」と呼ばれる前払金制度に苦しめられているのです。」とパキスタンで奴隷労働の廃止を目指して活動している人権団体「奴隷労働解放戦線(BLLF)」のグラム・ファティマ事務局長はIPSの取材に対して語った。

またファティマ事務局長は、「窯の所有者らは、結婚や出産、死亡といった機会を利用して労働者にさらなる借金をさせ、彼らをますます隷属的な状態に陥れるのです。しかし、こうした行為は、パキスタン最高裁が1988年に下した判決に従えば、違法である。なぜなら法律には、窯の所有者らは、賃金2週間分以上の借金をさせてはならないとされているからである。」と語った。

前出のアタさんの場合、賃金が400ルピー支払われるごとに、窯の所有者が150ルピー(約1.6ドル)を父親の借金の返済のためとして差し引いている。しかしアタさん自身には父親がそんな借金をしていた記憶がない。

ファティマ事務局長は、アタさんのケースについて「政府が設定した最低賃金は、レンガ1000個あたり665.7ルピーであり、全くの不正行為です。」と指摘するとともに、「多くの窯所有者が僅か300ルピー(3ドル)しか支払っていない現実があります。」「もし政府が、レンガ焼成労働者への最低賃金の支払いを保証し、支払いが法定基準を下回っている窯の所有者から正当な報酬を回収するならば、労働者の大半は借金を解消することができるだろう。」と語った。
 
またレンガ焼成労働者らは、未登録のため、大半が社会保障に加入できていない。窯の所有者らは、労働者の賃金の一部を非常事態に備えて取り置いたりしないため、労働者は財政難に直面してもセーフティーネットがないのである。

「もし窯の所有者が労働者に代わって社会保険料を支払うようになれば、『ペシュギ(前払金)制度』に終止符を打つことができる。」と語るのは全パキスタンレンガ焼成労働者(Bhatta Mazdoor)同盟のメフムード・ブット事務局長である。

「もし娘が結婚する際や家族が死亡した際に助成金を受け取ることができたり、社会保障病院で本人や家族が無料診療を利用できたならば、誰が好んで(窯の所有者が提供する)搾取的な融資を希望するでしょうか?」とブット事務局長は問いかけた。

ブット事務局長は、レンガ焼成労働者の家族は債務残高を明記した値札を持ち歩いており、レンガ窯の所有者たちは、その借財を支払うことで、実質的に労働者一家を買い上げる仕組みが出来上がっている現実を指摘した。

このような状況に耐え兼ねてもし労働者が窯から逃亡をはかっても、窯の所有者は、地元警察官や政治家の助けを借りて追跡し、いったん捕まれば、搜索に要した全ての費用が逃亡者の借金に加算されるという。

また身分証明書を持っていないことが、レンガ焼成労働者の社会的流動性を妨げる追加要因となっている。労働教育財団(LEF)のカーリッド・メフムード理事長は、コンピュータ管理された国民IDカード(CNIC)の所持は、全てのパキスタン市民の権利であるが、この恩恵は大半のレンガ焼成労働者に及んでいない点を指摘した。

「一旦CNICを取得すれば、社会保障登録を申請でき、有権者登録がなされ、社会保障プログラムの恩恵を得られ、銀行口座の開設や、仕事に応募することも可能となります。しかしレンガ焼成労働者には、こうした恩恵が及んでいないのです。」

メフムード事務局長はIPSの取材に対して、「今年既に政府(国民情報登録局・NADRA)は、レンガ焼成労働者へのCNIC発行を目的に、ラホール近郊のいくつかのレンガ窯付近で移動キャンプを設置しました。しかし窯の所有者が雇ったヤクザのために、殆どの労働者がキャンプに近づくことさえできませんでした。」と語った。

パンジャブ州労働局のシャウカット・ニザイ報道官は、教育を通じて労働者のエンパワーメントを行わない限り、奴隷労働は根絶できないと確信している。「レンガ焼成労働者たちに教育を通じたエンパワーメントがなされれば、彼らもこうした僻地の窯で一生を終えるのではなく、新たな人生に踏み出す力を身につけることが可能となります。教育を通じて新たな技術や知識を身につけなければ、こうした労働者と家族は、この奴隷労働の軛につながれたまま、灼熱の過酷な労働を一生強いられることになるのです。」と、ニザイ報道官はIPSの取材に対して語った。

ニザイ報道官は、具体的な施策として政府は「レンガ窯産業における奴隷労働根絶」(EBLIK)プログラムを2009年に開始し、ラホール州カスール地区にレンガ焼成労働者の子ども8000人を対象とした200校を設立し教育プログラムの提供に乗り出している、と語った。

「このプログラムを実施に移すのは容易ではありませんでした。レンガ窯の所有者らに、こうした教育プログラムが彼らにとっても有益だということを納得させるのに、多くの時間を要したからです。」

またニザイ報道官は、政府は奴隷労働の原因である『ペシュギ(前払金)制度』を根絶するため、レンガ焼成労働者を対象としたソフトローン(長期低利貸付)を開始した、と付け加えた。

また政府は、レンガ窯所有者らに労働者を社会保障省に登録させるよう働きかけている。さらに、レンガ焼成労働者が政府が定めた最低賃金やその他の権利を雇用者に要求できるように支援するヘルプラインや苦情相談室の設置も進めている。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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|グアテマラ|かつて性奴隷にされた女性たちが証言台に立つ

【グアテマラシティINPS=ダニーロ・バラダレス】

「駐屯地には、私たちをレイプするための部屋がありました。兵士は、時には3人、4人、5人といました。」こう法廷で証言したのは、グアテマラ内戦において国軍から性奴隷扱いを受けたローサ・ペレスさん(仮名)である。

顔を布で覆い、心理学者と通訳の助けを得て出廷したペレスさんは、国軍兵士が夫を拉致し、彼女自身は、北部イザバル県エル・エストール市のセプール・ザルコ国軍駐屯地において、性奴隷兼使用人として扱われた、と泣きながら証言した。

9月の最終週、グアテマラシティで行われた元軍人37人に対する容疑の予備的審問で、1982年から86年の間に性的虐待・奴隷労働を強いられたペレスさんを含む15名の先住民族ケクチマヤ族の女性が証言台に立った。

ペレスさんの証言によると、彼女ら女性たちは、駐屯地の指揮官ミゲル・アンヘル・カールから「駐屯地に行けば洗濯したり料理をしたりする人間が必要だ」と言われて連れてこられたという。その時は、軍駐屯地でその後長期に亘ってどんな恐ろしいことが待ち構えているか、考えてもみなかったという。

ペレスさんは、「当時は朝6時から兵士たちの食事を作り、洗濯をし、給仕したあと、様々な兵士にレイプされました。兵士たちは、『拒否すれば殺すぞ』と言ってレイプしながら銃を胸元に突き付けてきました。」と付け加えた。

「ある日、意を決して中尉に苦境を訴えたところ、『兵士らがそうする原因はあなたにあるのではないか』と言われました。」と証言したペレスさんは、日常的に強いられた性的虐待が原因で流産も経験した。

またペレスさんは、彼女自身が駐屯地に連れて行かれる前、3人の子どもの父親でもある夫が兵士たちに拉致された、と証言した。結局、ペレスさんは、数十年後に夫の遺体が発見されるまで、夫の消息がわからないまま不安な日々を過ごすこととなった。

1960年から96年にかけてのグアテマラ内戦の間、主に同国の高地に住むマヤの先住民族を中心に約20万人が殺害され、4万5000人が拉致された。国連の支援した「歴史解明委員会(Historical Clarification Commission)」の調査によると、遺体は秘密裏に指定された集団埋葬地や墓地の片隅、或いは国軍関連施設の敷地に埋められたという。

国連は、1999年に発表した同委員会報告の中で、それら犠牲者の90%以上が国軍の犯行によるものであり、人権侵害を受けた4人に1人は女性であった、と結論づけた。

山に逃げた母子を飢餓が襲った

なかでも、フアナ・モラレスさん(仮名)の証言は、最も悲惨なものであった。モラレスさん一家(夫婦と子供3人)はイザバル県とアルタ・ベラパス県の境に位置するサンマルコスという村で暮らしていたが、ある日、数人の兵士が突然家にやってきて夫を拉致し(夫の行方はいまだにわからない)、自身もレイプされたという。

「3人の兵士が入れ替わり立ち代り私の胸に銃を突きつけレイプしました。他の兵士たちはただその光景を見ていました。当時家の中には4才になる子どもがいたのですが、母親がレイプされている様子を見ながら泣き叫んでいました。」とモラレスさんは証言した。

モラレスさんは、自分と子ども3人の命を守るために近くの山に逃げ込んだ。「私たちには何も食べるものがありませんでした。トルティーリャ(トウモロコシ粉でできた主食)も何もないのです。まもなく子供たちは衰弱して病気に罹っていきました。」

「ある日娘が、『ママ。テーブルの上に卵があるよ。家に帰ろうよ。』って訴えたのを覚えています。3人の子供たちは一人、また一人と山の中で餓死していったのです。」とモラレスさんは、時々声を詰まらせながら、証言した。

モラレスさんは、結局6年間を山中で過ごした。ある日、サンマルコスの自宅に戻ると、家のあった場所には何もなくなっていた。「私は家を2軒所有していました。でも兵士たちはすべてを焼き払っていたのです。」

地元NGO「Women Transforming the World(女性が世界を変革していく)」のルシア・モランさんは、IPSの取材に対して、「グアテマラ法廷は、人類にとって歴史的に重要な先例を刻もうとしています。なぜなら世界のどこの国の法廷も、レイプや性奴隷に関する審問を開いたことがないからです。」と語った。

「性暴力は、戦争の武器として使われてきました。しかしこうした犯罪に対する正義の裁きが行われ始めたのは、ユーゴスラヴィア内戦及びルワンダ内戦を裁いた国際法廷が開かれた1990年代になってからです。」とモランさんは語った。

またモランさんは、1982年から88年の間、今回法廷で証言した女性たちが居住していた北部山岳地帯(Franja Transversal del Norte)では、国軍とゲリラ間の軍事衝突は起こっていない点を指摘した。にも関わらず国軍は、大地主や鉱業、石油産業の経済権益を保護するためとして、セプール・ザルコに駐屯地を設置した。

国軍は、1982年から83年にかけて、焦土作戦を敢行し、その結果少なくとも440の村が破壊され住民が殺害された。

「まさにこの時期に、国軍は自らの土地に対する法的な権利を主張していた農民リーダーたちのリスト作りを始めたのです。」とモランさんは語った。今回証言した女性15人に共通しているのは、夫がすべて農村活動家であったということ、そしていずれも国軍に拉致され、その後の消息が未明のままということである。

またある証言者は、彼女がいかにしてセプール・ザルコ国軍駐屯地でレイプされ使用人として酷使されたかを語った。

マルタ・ロペスさんは、「私は6ヶ月間、一日おきに朝8時から夕方5時まで駐屯地で働かなければなりませんでした。当時駐屯地では、いつも5人の兵士から性的虐待を受けました。」と語った。1982年に国軍兵士に夫を連行・殺害された彼女は、残された8人の子供たちを自宅に残したまま、駐屯地に出勤せざるを得なかった。夫は殺害された後、地中に掘られた穴に捨てられていたという。

国軍側の反論

女性たちが予備審問で証言を行う中、グアテマラ国軍の元予備役軍曹リカルド・メンデス・ルイス氏も法廷で証言に立ち、「たしかに国軍は内戦時にそのような人権侵害を行った。」「しかし同時に、ゲリラも同じことをやっており、正義は全ての人々に平等になされなければならない。」と証言した。

現在は実業家であるルイス氏は、2011年、左翼ゲリラによって自身が誘拐された事件について、当時事件に関与したとされる26人を告発する裁判を起こしている。今日、ルイス氏は、人権侵害の容疑で訴追された元軍人を支援する活動を行っている。

IPSの取材に応じたルイス氏は、証言台に立った女性達について、「検察が指定した証人や原告たちは、みんな教育レベルが低いのは明らかだ。正確な日付だって覚えちゃいない。つまり、彼女たちは、誰かに操られているかもしれないってことだ。」と語った。

ルイス氏は、検察のやり方は「偏見」に満ちており、「国軍に対する復讐を目論んでいるのは明らかだ。」と繰り返し語った。

そして、今回の予備審問の場合、「金儲け」も動機として作用している、と批判した。

「これまでにも米州人権裁判所は、グアテマラ政府に対して数百万ドルにおよぶ莫大な賠償金の支払いを命じているが、その大半は原告のポケットに入るだろう。」とルイス氏は語った。

翻訳=INPS Japan浅霧勝浩

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|UAE|真の慈善事業は、民族や宗教の違いに左右されない

【アブダビWAM】

慈善事業は特定の人種や宗教のみを対象にするものであってはならない。もしある人が自分よりも不幸な人や緊急に支援が必要な人に施しをすることが出来る立場にあるとしたら、支援の対象が特定のタイプの人に限定されるべきではない、とアラブ首長国連邦(UAE)の日刊紙が報じた。

英字日刊紙「ガルフニュース」紙は、10月2日付の論説の中で、慈善行為はそれを必要とする人々のニーズに応じて全ての人々に開かれたものであるべき。」と報じた。

 アブダビ首長国のムハンマド・ビン・ザイード・アール・ナヒヤーン皇太子殿下は、マイクロソフト社の創業者で著名な慈善家であるビル・ゲイツ氏を迎えて開催された評議会で、自身の経験を交えて、境界や制限を乗り越えて施しをする必要性について語った。同殿下は、「20年前にタンザニアを訪問した際、多くの人々が飢饉で亡くなっていくのを目の当たりにしました。しかし犠牲者らがイスラム教徒ではなかったので、なんら手を差し伸べることをしませんでした。帰国してこの経験を父ザイード・ビン・スルタン・アルナヒヤン首長(故人)に話したところ、彼は『我々を創造したもうた神が彼らも創造したのですよ。』と私を諭したのです。」と語った。

 それ以来、ビン・ザイード・アール・ナヒヤーン殿下は、どのような慈善事業でも必ずそれがもたらす全体的な人道上のインパクを最も重視するようになった。同殿下は、「真の慈善家になるには、限界を克服し、支援のレパートリーから民族、人種、宗教に関わる制限を取り払わなければなりません。」と語った。

ゲイツ氏は、慈善事業を管理運営するにあたっては、本当に支援を必要としている人々に援助の手が届くよう、細心の注意を払う必要がある、と指摘した。ゲーツ氏は、支援を受けた人々が健康で地域社会で成功を収められるよう励ます観点から、慈善事業の対象とする分野として、食料、ワクチン、薬、教育関連のプロジェクトを重視していると語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan 

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アラブの民主主義と西側社会(エミール・ナクレー:CIA政治的イスラム戦略分析プログラム元ディレクター)

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【ワシントンIPS=エミール・ナクレー】

米国で制作されたとされる反イスラム的な映像を非難する反欧米デモがアラブのイスラム世界を席巻しているが、これは、エジプト、チュニジア、リビア、イエメンなどの新しい民主政府にとって重大な試練となっている。

アラブの春を経て新しく誕生したこれらの民主主義国家は、西側諸国における個別の行動がいかに侮辱的であったとしても、西側社会全体、或いは各国政府の政策とは関係がないことを、明確に民衆に対して説明すべきである。

西側社会は多様かつ複雑である。イスラム社会と同じように、たとえ一つ一つの行為が宗教あるいは聖典に対して侮辱的なものであったとしても、西洋社会全体に一部の過激な人びとの行為の責任を負わせてはならない。

 アラブ民主主義の萌芽は、かつての独裁者たちが長年にわたってないがしろにしてきた新しい指導者、イデオロギー、権力の中心を生み出しつつある。もしアラブの民主主義が成功することを望むのであれば、憎悪と不寛容を教える狭量で排除的なサラフィ主義が蔓延る場所となってはならない。アラブの諸国家は、急進的なサラフィ主義の高揚を断固として抑えにかからねばならない。

少なくとも4つの要素が中東での大衆抗議の背景となっている。第一は、かつての独裁者たちが厳しく蓋をしていた民主主義とエンパワーメント(内発的な力の開花)を求める新たな感情が、民衆の間に芽生え、主張したいことがあればいつでも自由に街頭に繰り出せるようになった点である。集会の自由という考え方にひとたび慣れると、アラブの民衆は大義にかかわらず自らの職場を離れ街頭に押し寄せる傾向は少なくなるだろう。

第二に、ジョージ・W・ブッシュ政権からバラク・オバマ政権に到るまで、米国政府が反イスラム的な政策を採っているとみられているために反米主義が広がり、それが最近のデモの底流となっている。

第三に、人工的な民主主義と西洋との平和的関係を拒否する急進的なサラフィ主義が、抗議活動を利用して、エジプトやチュニジア、リビアで起こりつつある民主主義の実験を掘り崩し、アラブ諸国の「街頭」において反西洋感情を煽っている。サラフィのいわゆるジハーディストたちは、シリアの反アサド革命を乗っ取り、それを過激主義で塗り込めようとしている。

最後に、イエメン、北アフリカ、イラクなどのアルカイダやその関連集団が、街頭抗議を利用して、アラブの体制や、西洋の個人や西洋が中東で持っている権益に対するテロ攻撃を仕掛ける隠れ蓑に使っている。

アラブの民主主義が根付くにつれ、各国政府は、西洋民主主義の性格や、言論・表現・集会の自由といった民主社会の特徴について、自国の市民に教育しなければならない。

例えば、ユダヤ教徒やイスラム教徒、キリスト教徒、仏教徒、シーク教徒に対する米国での反宗教的な攻撃やヘイトスピーチに対しては、通常ほとんどの宗教信徒が非難の声を上げる。しかしこれらは、米国内のイスラム教徒ですら、同国の文化的・政治的モザイクの一場面として、渋々容認されているのが現状である。

長年にわたって、私は同僚たちとともに、政策決定者に対して、イスラム教徒の世界は多様かつ複雑であり、過激主義者やテロリストであるのはほんの一部に過ぎないと説明してきた。私たちは、16億人のイスラム教徒の圧倒的多数は中庸であり、オサマ・ビン・ラディンやアルカイダがイスラムの名の下に称揚してきたテロの言説を否定していると判断したのだ。

私たちは、国益のためにも、私たちの指導者はイスラム世界全体をテロリズムのレッテルで塗り込めてしまうべきではないと考えた。ブッシュ大統領とオバマ大統領は、ほとんどの場合、この分析を受け入れ、それにしたがって行動してきた。両大統領はしばしば、「アルカイダと世界的なテロに対する戦いはイスラムに対する戦いではなく、西洋とイスラム社会は多くの価値を共有している」と言及してきた。

同じように、今回の侮辱的なユーチューブの映像すらほぼ見たことのない暴発的な集団による暴力的なデモや無差別の破壊行為は、西洋の人々をして、イスラム社会全体が過激な言説にあふれ、荒れ狂う暴徒に満ち溢れた場所であるとの見方を取らせてしまうかもしれない。

ヒラリー・クリントン国務長官は、今回の反イスラム的なアマチュア映像を最大限の言辞を持って非難した。長官は、米国政府と米国民はこの映像とは何の関係もなく、その内容とメッセージを拒否すると強調した。

ベンガジにおけるクリス・スティーブンス大使の悲劇的な死に関する公的な情報はあまり出てきていないが、攻撃の差配の仕方や使われた武器などを見ると、アルカイダの行動様式が伺われる。アルカイダの関連集団あるいは下位集団が、同地域において同じような作戦を行ってきた。

スティーブンス大使の死に関してもっとも悲劇的なことは、言動いずれの面においても、大使がイスラム教徒との真剣な対話を行おうと真面目に取り組んでいたことであった。

スティーブンス大使は、家族への愛や、公正・正義へのコミットメントなど、米国人とイスラム教徒が多くの価値を共有していると信じていた。不幸なことに、サラフィ主義者であれアルカイダの関連テロ集団であれ、今回のデモの急進的な要素は、対話に反対し、非イスラム的な西洋社会を「異教徒」とみなしてきた。

ほとんどの主流のイスラム教徒はこうした見方を共有せず、実際には、米国を含めた西側社会との経済的、政治的、文化的関係を歓迎している。数千人のイスラム教徒学生が、米国やオーストラリア、カナダ、西欧の大学で学んでいる。

最近のデモにおいて暴力と破壊行為を容認し、奨励し、参加してきた急進的サラフィ主義の指導者や聖職者に対して、引き起こされた死傷や財産の破壊の責任を各国政府が取らせねばならない。これら急進的サラフィ主義の指導者や活動家らは、専制的なイデオロギーや行動ゆえに、民主主義への移行に参画する権利を失ってしまった。

数百万のアラブ人が、昨年、彼らの圧制を非難して街頭に集った。権力の座から引きずり落とされた独裁者らは、恐怖と拷問を使って、民衆に最も基本的な人権・市民権を与えることを拒んだ。彼らは、たとえ平和的に要求がなされていたとしても、民主主義を求める作家や詩人、映画監督、コメディアン、ブロガーを拉致・監禁し、殺害した。

急進的サラフィ主義は、こうしてようやく勝ち取られた民主的な権利を人質にすべきでない。

「アラブの春」が高揚する中で希望と楽観主義のメッセージ拡散に一役買った新しいソーシャル・メディアは、残念ながら落ち目である。「無知なイスラム教徒たち」という今回のユーチゥーブ映像が、こうした面の最新のシンボルとなってしまった。(原文へ

※エミール・ナクレーは、CIA政治的イスラム戦略分析プログラムの元ディレクター。著書に『必要な関与―米・イスラム教徒世界関係の作り直し』。

翻訳=IPS Japan

|リビア|「依然として不安定な状況が続いている」とUAE紙

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【アブダビWAM】

リビア政府は今日の不安定な治安状況に緊急に対処する必要がある、とアラブ首長国連邦(UAE)の英字日刊紙が報じた。

「もしこのまま状況が放置されるようなことになれば、リビアは危険な道に進みかねない。リビアは昨年長年に亘った独裁政権の崩壊という劇的な変革を経験したが、それはリビア国民にとってより良い未来を構築していくための機会とすべきである。従って、新政府(リビアを暫定統治する国民評議会)のリーダーシップと国の方向性がより鮮明に打ち出され、それを国民が感じられるようになることが重要である。」とガルフ・ニュース紙が報じた。

また同紙は、「暫定政府軍は、10月17日、西部のバニワリド(首都トリポ南方170キロ)を拠点とする故ムアンマール・カダフィ大佐派の残党勢力を攻撃し、少なくとも11名を殺害した。バニワリドは、故カダフィ大佐に対する忠誠心が依然として薄れていない地区の一つで、暫定政府軍との衝突が繰り返されている(5日後、残党勢力は国民評議会派民兵の拠点を攻撃し、再びバニワリドを掌握した:IPSJ)。バニワリドのケースは孤立した事件ではなく、暫定政府軍と国内各地の各種民兵組織(旧政権支持派とは限らない)の間で衝突が繰り返されている。」「このように衝突が頻繁に繰り返され、暫定政府が依然として反乱撲滅に追われている現状は驚くべきことである。」と報じた。

 「カダフィ独裁政権が崩壊して、リビアをとりまく現実が大きく転換してから既に1年以上が経過している。しかし、(当時内戦の原動力となった)各地の民兵組織が依然として勢力を温存し影響力を行使し続けるとすれば、新生リビアは間違いなく大きな危機に直面することになるだろう。またこうした民兵勢力が引き続き存在し続けていること自体、暫定政府の力が弱く、リビア全域に法と秩序を再構築することに失敗している証左でもある。また繰り返される衝突は、こうした民兵組織が政府を攻撃するという行動がもたらす結果について恐れを抱いていないという現実を示している。さらに、こうした民兵組織が武装したまま勢力を維持できている現状は、今後もリビアにとって脅威であり、大きな不安定要素となり続けるだろう。」

ガルフ・ニュース紙は、「暫定政府はリビアにおける唯一の正当な政権として、こうした勢力を抑え込み、自身の権力を確立することが極めて重要である。もしそれに失敗すれば、混乱が続き、将来の見通しも不確定なままとなるだろう。決して、独裁政権の終焉が、無法な国家を誕生させてしまったということにしてしまってはならない。」とガルフ・ニュース紙は結論づけた。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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【プラハIPS=パボル・ストラカンチスキー】

ダライ・ラマや投獄されたロシアのバンド「プッシー・ライオット」といった「派手な政治的大義」を追いかけるのはやめたらどうか、というチェコ首相(ペトル・ネチャス氏)からの呼びかけに対して、同国の外務省が、人権擁護は「売り物ではない」と主張し続けている。

ダライ・ラマは、チベットの宗教的・政治的指導者。プッシー・ライオットは、ウラジミール・プーチン大統領に対して批判的な歌を歌ったとして投獄されたロシアの音楽グループである。

近年の歴史においては、もっとも有名な抵抗者の一人ヴァーツラフ・ハヴェル前大統領を輩出し、人権と権威主義体制への抵抗者の擁護をビロード革命による共産体制崩壊後の外交政策の柱としてきたこの国で、首相からこうした発言が出たことに、怒りが噴出している。

 人権活動家らはペトル・ネチャス首相の発言を非難しているが、プッシー・ライオットの投獄を今年初めに批判していたカレル・シュワルツェンベルグ外相は、首相の発言について「恐るべきものだ」と述べた。

チェコ外務省は、「人権擁護は原則の問題であり売り物ではない」とする声明を発している。

しかし、財界や経済大臣は、首相発言を利用して、チェコ外交政策の再考を訴えるようになっている。活動家らは、こうした変更は誤っているだけではなく、あまりに単純なものであると批判している。

ハヴェル大統領(当時)も創設に尽力した「フォーラム2000財団」のヤクブ・クレパル氏は、「人権に関する原則的な立場は、経済的な利益と取り引きできるものではありません。首相の発言は、単純に間違っているとしか言いようがない。」と語った。

「しかし、それだけでなく、チェコ政府が外交政策や人権に関するスタンスを変えたところで、中国やロシアといった国の経済政策には何らの影響もない。こうした大国は、人口がたかだか1000万人の小国の意見によって経済政策を変えることはない。」

「チェコ共和国は人権に関する原則的な立場を長らく維持してきたが、これにも関わらず対中貿易は近年好調である。外交政策を変える必要はない。」

チェコの対中国・ロシア輸出は5%以下であり、輸出者協会は、ダライ・ラマやプッシー・ライオットを支持する外相の発言によって、チェコの輸出に悪影響はないだろうと述べている。

人権は、チェコのポスト共産主義外交政策の中心的な柱であった。ダライ・ラマを公に支持していたハヴェル前大統領を筆頭として、チェコ外交は、人権に関する強固なスタンスで知られていた。

チェコが共産主義の過去を持っていることは、人権、とりわけ少数派による抵抗への支持が、社会の中に強く根差していることを意味する。

このため、ネチャス首相の発言が、メディアや人権活動家だけではなく、思想の左右を問わず多くの政治家からの批判を招いていることは頷けることだ。

ロシア系・中国系企業も参加して行われたブルノ市での貿易フェアで、ネチャス首相は、「客観的に言って我々の輸出を阻害することになる派手な政治的言明は避けねばなりません。」と述べた。

チェコ共和国は「一つの中国」政策を支持しており、(ダライ・ラマへの)賞賛は、自由や民主主義の支持を意味しない、と首相は述べた。チベットの体制は、「半封建的、神権的な性格であり、強い権威主義的な要素を持つものであります」とも発言した。

ネチャス首相は、それ以来自らの発言を擁護し続けており、演説の後半では人権擁護を明確にしたと述べている。

しかし、人権という大義を支持することの経済的帰結について首相が疑問を呈したことで、経済界の中にも、とくに中国に対する従来の外交政策を表立って批判する傾向が出てきた。

経済・貿易の推進団体である「チェコ・中国商工会」のヤン・コフート代表は、地元の報道に対して、首相発言は「不況を乗り切る方法として、外交政策と輸出政策の関係に関する重要な公的議論の始まり」だと見なくてはならない、と述べた。

他方、ネチャス首相と同じ右派ODS党に所属するマルティン・クーバ経済相は、地元メディアに対して、政府は「チェコ共和国のある特定の国々との関係を速やかかつ真剣に考え直すべきだ。」と語った。

クーバ経済相は、「GDPに占める輸出のシェアは80%もあるわけですから、外務省は外交政策のためだけに存在し、それが輸出に依存している部分もあるという事実を尊重しないという哲学は理解できません」と発言した。

他の政治家らはこうした見解を否定し、貿易は国の繁栄にとって重要ではあるが、人権を守ることは経済的利益に常に優先されるべきものだと論じている。

前首相で次の大統領選の候補者であるヤン・フィッシャー氏は、チェコのメディアに対して、「チェコの経済的利益の推進は政府の義務の一つではあるが、世界の人権に関心を持つことが犠牲にされてはならない。ビジネスを自由に優先してはならないのです。」と語った。

しかし、人権侵害が疑われる国と付き合うときであっても、経済的利益の追求と人権擁護は相互に排他的なものではないという意見もある。

「フォーラム2000」のクレパル氏はIPSの取材に対して、「この国の歴史を知っている人なら、貿易という短期的利益のために外交政策の原則を捨て去るべきだという考えが出てきたことに驚いたと思う。私たちは、たとえ原則を曲げてまで貿易を優先しても、そこから得られる利益はきわめて短期的なものだということを理解しなければなりません。」「一方、外交政策の一翼として人権に関する原則的な立場を貫いていくことは、人権問題を抱える国と前向きに経済的関与をしていくことと両立し得るのです。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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ポテンシャルを発揮する人権教育

A Path to Dignity: The Power of Human Rights Education is a 28 minute long documentary which demonstrates the impact of human rights education. Successful practices and projects in India, Australia and Turkey illustrate the power of human rights education in transforming people’s lives and empowering individuals to make a difference in their communities. The film is a collaborative effort between Human Rights Education Associates, Sokka Gakkai International and the Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights.

【ジュネーブIPS=グスタボ・キャプデビラ】

国連の専門家と市民社会の支援によって製作された短編ドキュメンタリーで、近年注目されている人権教育のインパクトに焦点があてられている。

開会中の第21回国連人権理事会の公式関連行事として9月19日に上映された人権教育映画『尊厳への道―人権教育の力(A Path to Dignity – The Power of Human Rights education)』では、人権教育・研修、人権侵害の被害者と、加害者になる可能性のある人々にいかにして大きな変化をもたらしうるかについて描いている。

 この人権教育映画では、インドの(かつて「不可触民」と呼ばれていた)ダリットの子どもたち、若くして嫁いた先で夫に暴力を振るわれつづけたトルコの女性、オーストラリア南部ビクトリア州の警察官らが登場し、人権教育によっていかに彼らの人生が大きく変わったかについて描写されている。

ナヴァネセム・ピレー国連人権高等弁務官は、この映画の冒頭で、「人権の完全実現には、すべての人間が自らと他人の人権、そしてその擁護のための手段に気づくことが必要です。」と述べている。

創価学会インタナショナル(SGI)平和運動局の河合公明氏は、IPSの取材に対して、この人権教育映画に込めたメッセージの核心は、「変化は一人から始まる。一人から変革を起こすことができる、との一点にあります。」「もし個人が強く、決意を持って立ち上がるならば、社会に対してインパクトを与える何かが起こりうるのです。その意味において、教育とは、知識と理解を与え、知恵を共有する、そして誰かがしっかりと立ち上がり、社会に貢献していくのです。つまりエンパワーメント(内発的な力の開花)のようなものです。」と語った。

この人権教育映画は、日本に本部を置く仏教系NGOであるSGIと国際的ネットワーク「人権教育アソシエイツ(HREA)」、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)による共同プロジェクトとして制作された。

ダリットの子どもらは、インドの非政府組織によって人権教育を受け、ヒンドゥーのカースト制度のもとで彼らを苦しめてきた最も屈辱的な差別と闘い、それを乗り越えてきた。

トルコ東部に在住の先述の女性は、暴力的な夫から逃れる決意をしたために、自らの家族から追われる立場になった。しかし同国のある女性団体からの支援を受け、ついには、この自らの意思に反する結婚から逃れ、名前を変えるに至った。

オーストラリア・ビクトリア州の警察官は、専門家と専門組織から人権教育を受け、警察活動における人権侵害の苦情を減らすことができた。

「人権教育映画『尊厳への道―人権教育の力』は、人権教育を深化させ拡大する希望をもたらしました。」と国連人権理事会のコスタリカ代表クリスチャン・ギレルメット-フェルナンデス氏は、IPSに語った。

フェルナンデス氏は、ジュネーブのパレデナシオン(国連欧州本部)で行われた上映会で、「コスタリカは1940年代に軍隊を廃止し、かつては軍隊に振り向けられていた予算を教育や医療に向けることを決めました。」と語った。

グッド・シェパード総会」代表のヘドビッヒ・ヨール氏は、「軍隊のない国は、人権教育の良い模範です。」と語った。

ギレルメット-フェルナンデス氏は、「映画監督で国際的な人権活動家でもあるエレン・ブルーノ氏が製作したこの28分のドキュメンタリーは、人権分野に大きなインパクトをもたらすツールです。」と語った。

「しかし、人権教育はまだ多くの課題を乗り越えねばなりません。」とフェルナンデス氏は言う。「我々は革新的、創造的であらねばならず、この映画のように行動しなくてはならないのです。」

さらにフェルナンデス氏は、「各国政府と市民社会は人権教育を国際組織の討議事項としなくてはなりません。特に、国連の最高レベルの機関である人権理事会のみならず国連総会での課題とすることが必要です。」と語った。

最大の課題の一つは、各国の政府関係者と政治家を教育することです、とフェルナンデス氏は語った。

河合氏は、「教育は知識を他人に与えるプロセスではありません。相互作用が教育の中心でなければならないのです...教育とは、誰かに働きかけて、自ら考え立ち上がることができるようにすること、それによって自分自身も影響を受けることなのです。」と語った。

河合氏は、伝統と人権という価値の間に横たわる溝について映画の中で語っていた若いトルコ人女性のケースに言及し、そうした溝は「バランス」によって乗り越えることができる、と語った。

「そして、バランスは、沈黙ではなく、話し合いをすることによって生まれてきます。」意見の違いは人々の間の相互交流の中で生まれるが、「その違いや溝を埋めるには、暴力ではなくまず対話が必要なのです。」と河合氏は強調した。(原文へ

翻訳=IPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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日中関係を依然として縛る過去

【ロンドンIDN=リチャード・ジョンソン】

9月15日から16日にかけての週末に中国各地で行われた反日抗議デモは、15年戦争(1931~45)の発端となったいわゆる満州事変から81周年にあたる9月18日にも、北京・上海・広州・成都等で見られた。

中国公安当局による厳重な警備にも関わらず、一部の暴徒化した抗議デモ参加者による暴力・破壊行為により、日系企業や日本車が被害を受けたことが、中国メディア、海外メディアの双方により広く報じられた。

 こうした事態を受けて9月19日、日本の野田佳彦首相は、中国政府がこれらの被害の責任を取るべきであるとの声明を発した。これに対して中国政府は、今回被害を受けた日系企業や日本政府の在外公館は、公安当局や、商務省などの関連政府機関に提訴すべきだと主張した。

識者らによれば、中国では、日本が国連安全保障理事会の常任理事国入りを目指した2005年以来最大の反日ナショナリズムが噴出しているという。この時は、3月から4月にかけて中国全土で反日抗議行動が広がり、それまでの30年間で日中関係がもっとも冷え込んだ。

報道によれば、中国では、日本政府が「東シナ海」にある沖縄県尖閣諸島(5島と3つの岩礁からなる諸島)の3島(魚釣島、北小島、南小島)を民間人地主から購入し国有化する決定をしたことを受けて、反日的な民衆の怒りが爆発したとされている。同諸島をめぐっては中国と台湾(中国側の呼称は「釣魚島」)が領有権を主張しているが、日本が実効支配している。

日中間の緊張は、石原慎太郎・東京都知事が、民間人が所有する尖閣諸島の3つの島を購入する計画を今年4月に明らかにしてから、高まってきた。その後、日本政府が中国政府による度重なる抗議をよそに、計画を粛々と進めたことから、中国社会に深く根差している反日ナショナリズムに火がつく形となった。

抗議活動で日系企業に被害

「日系企業に対する攻撃は、主要な都市部に限られてはいるものの、資産と従業員の安全へのリスクが高まっていることを示している。抗議活動参加者による日系企業への攻撃によって、すでに多くの企業が中国における営業活動を停止している。中国に広く工場を展開しているキヤノンやパナソニック、トヨタ、ホンダ、日産といった製造業者が、すでに生産を一時停止している。」と英国のリスク分析企業「メイプルクロフト」社は報告している。

さらにメイプルクロフト社は、「セブンイレブンやユニクロといった小売業者が、破壊行為の対象になることを恐れて、店舗を閉めたり、ブランド名を隠したりしているほか、工場や店舗が閉鎖されたことで、サプライ・チェーンを中国に大きく依存している日系企業への投資家の信頼にも悪影響が出ている。このことは、2日間の反日抗議行動を経た9月17日に『日経中国関連株50』(中国で広くビジネスを展開している企業からなる)の指標が前取引日よりも0.3%下がったことに現れている。」と付け加えた。

メイプルクロフト社のリスクアナリストらは、こうした騒乱が長引けば、日系企業だけではなく中国に投資する海外企業全般が影響を受け、結果的に中国のビジネス環境そのものが損なわれることになりかねない、と警告している。9月18日にあらたに暴力的な抗議行動が起こったことで、格付け機関の「フィッチ」は、尖閣諸島を巡る領土紛争が今後もエスカレートしていくようであれば、日本の自動車・技術産業が圧力に晒されることになるだろう、としている。また「フィッチ」は、日産(26%)、シャープ(20%)、ホンダ(20%)、トヨタ(10%)のように、海外市場からの収入の大きな部分を中国に依存している日系企業は、金融面の悪影響に関して高いリスクを有していると指摘している。

また同リスクアナリストらは、今回の日系企業を標的とした攻撃が、他国系列の企業や外国組織にも波及効果を及ぼしている点に着目している。例えば、今回の一連の暴動では、広州にあるイタリア公使館の車両が攻撃されたり、日系企業とは関係ない小売店が破壊されたりしている。

流動的な中国の政治状況

またメイプルクロフト社は、「2012年10月に10年に1度の権力移譲という政治的にデリケートな時期を控えている中国政府にとって、社会的安定を維持するためには、民衆のナショナリズムを注意深く抑制することがきわめて重要な課題になっている」と指摘したうえで、「中国政府が今回の一連の反日抗議活動に暗黙の了解を与えた背景には、中国自身が抱えている国内の社会経済的諸問題(貧富の格差や共産党当局の腐敗問題など)や今年初めに発生した薄熙来氏に関する政治スキャンダル(時期最高指導部入りが有望視されていた元重慶市共産党委員会書記が重大な規律違反があったとして突然失脚した事件:IPSJ)が影響している可能性がある。」と分析している。

日本政府による尖閣諸島国有化に先立って、日中両国の活動家が領有権を主張して島への上陸を図った。尖閣諸島の領有を巡る緊張関係が高まり、それに比例して国内の反日感情が急速に強まるなか、明らかに中国政府には、民衆のナショナリズムをガス抜きする以外にほぼ選択肢はなかった。中国共産党にとっては、重要な権力移譲期を目前に控えて、社会的安定を維持することこそが、最大の課題だったのである。

メイプルクロフト社の分析では、今回引退する中国指導部は、自らの政治的遺産を残す観点から、日本の挑発的行為に対して弱腰とみられることを嫌っている、と見ている。事実、中国主導部の弱腰を非難する批判が、ソーシャル・ネットワークにすでに表れている。

他方で、野放図なナショナリズムとそれに伴う暴力を容認することは諸刃の剣であり、習近平氏が継承するとみられる新指導層にとってもマイナスの影響をもちかねない。内外における権力基盤固めを進めねばならない時期にある習氏は、民衆のナショナリズムに押されて、日本に対する強硬措置を余儀なくされる事態は望んでいない。

またリスクアナリストらは、日本では、野田政権への国内的支持が弱く、一連の事態を受けて右派の影響力が拡大していることから、日本政府が尖閣諸島の領有を巡って妥協する可能性は低いと見ている。また今の時期は、野田政権が消費税の5%増税提案を巡って今年8月に提起された不信任投票を乗り切ってから、国内での支持調達に躍起になっている時期でもある。

野田政権は、尖閣諸島の領有を主張する中国に対して強い姿勢を取ることで、影響力を持つ右派の政治家や政治活動家らからの支持を得られるかもしれない。しかし、そうした支持が得られたとしても、野田首相が今年11月に予定されている総選挙後も続投できるかどうかは不透明である。

他方、中国政府にとっては、日本の政権が頻繁に交代するため、日本の対中政策を測り、前向きな外交戦略を構築することが難しくなっている。そして最近は、不安定な日本の政府がしばしば反中感情を利用して権力固めを行おうとし、日中関係がさらに不安定化する結果を招いているだけに、ますますそうである。

武力紛争の可能性は低い

メイプルクロフト社は、外交上の報復合戦が両者で続き、地域における企業活動を阻害する可能性があるとみている。しかし、全面的な武力紛争が起こる可能性は極めて低い。尖閣諸島のうち3島を購入し国有化したとの日本の発表に対して、中国は、自らの管轄下にあると主張する特定の海洋線を即座に引いた。

[領海を示す]座標が、日本政府による尖閣国有化2日後の9月13日に国連に提出された。この提出後、中国の漁業当局の船舶や海洋監視船が紛争海域において定期巡視の頻度を増している。

日本のメディアは、9月19日時点で、14隻の中国の非軍事法執行船舶が尖閣諸島周辺海域で巡視を行っており、同海域での中国海洋法執行船舶の数としては過去最大となっている。両国間での海洋摩擦のリスクが高まっていることの証左であり、同海域の漁業や石油・ガス採掘に影響を及ぼす可能性もあるとメイプルクロフト社のレポートは述べている。

またレポートには、「これまで尖閣諸島海域では、紛争の激しさゆえに、外国企業が共同石油・ガス探査を進めることができなかった。とはいえ、紛争の対象となっている島々は日米安全保障条約の対象であると米国が繰り返し表明していることから、中国も日本も、武力紛争の可能性を回避するためにも、外交努力を放棄することはないだろう。」と述べた。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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ロシアに新しい機会を提供する中東(エリック・ワルバーグ中東・中央アジア・ロシアアナリスト)

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【トロントIDN=エリック・ワルバーグ】

世界はまるでスローモーションの地震の中を生きているようだ。もし物事が計画どおりに進めば、アフガニスタンとイラクに対する米国の強迫的執着は、早晩、もっとも醜悪な歴史的傷となるだろう。ただしそれは、少なくとも殆どの米国民にとっては、まもなく記憶の彼方に忘れ去られるものだろうが―。

リチャード・ニクソン大統領とベトナムとの関係のように、バラク・オバマ大統領も、「兵士を復員させた」大統領として記憶されることになるだろう。しかし、国内政治の仕組みにこれらの動きを合わせていく慎重な帳尻合わせに読者は気づくことだろう。イラクの動きは、国際面では物事がうまく進んでいることを米国民に見せるものだし(グアンタナモの件は触れてはいけない)、アフガニスタンの動きは、オバマ大統領第二期の最後まで都合よく先送りされて、事態が展開しても―必ずそうなるが―選挙でその影響を受ける心配をする必要がない。

 もちろん、ロシアは米国のアフガニスタン侵攻によって地政学的に時間を浪費し、米国が中央アジアから撤退すれば、地政学的な覇権の地位を獲得することができる。地図があれば見てみるとよい。しかし、米国の触手は伸びたままだ。ロシアが帝国主義に対するオルタナティブとして社会主義を提示し得なくなった今、中央アジアには、新自由主義的なグローバル経済以外に政治的、経済的な真のオルタナティブは存在しない。

遠隔地のキルギスからの米兵と米空軍の撤退を見ておくとよい。すでにしてかなり貧相なキルギス政府の予算と外貨予備にそれが残した穴以外、何もなくなってしまう。ロシアは、旧ソ連と比べて、経済的にも政治的にもはるかに弱体である。米国の弱さからロシアが得るところは大きくない。

くわえて、ロシアも米国も―イランと同じく―タリバンに対抗する現在のアフガニスタン政権を支持している。実際のところ、米国務省と国防総省(ペンタゴン)が明白なことに気づいていない場合に備えて言っておくと、米国がアフガニスタンとイラクに侵攻してもっとも得しているのは、一般に考えられているのとは違って、イランであった。侵攻によって、民族的にはペルシャ系のタジク人がアフガニスタンの政権を握り、イラク侵攻によって現地にできたのはシーア派主導の政権であった。

同様に、米国がイラクに侵攻した際、ロシアは政治的にも経済的にも失点した。米国はサダム・フセイン大統領(当時)の国家債務を帳消しにしたが、損をしたのは米国ではなくロシアと欧州諸国だった。米国はそれ以前の10年間、たまたまイラクに経済制裁を加えており、この措置は米国の政策に同調しなかったかつての同盟国が手ひどい損を被る結果となった。しかし、イラクの政治家が自国の外交政策へのコントロールをふたたび要求し始めれば、ロシアは国際的にみて、イラクにより同調的なパートナーとみなされることになるだろう。

皮肉なことに、多くの面において、政治的な闘技場を調整し、米国の参加するアフガニスタンやイラクなどにおける死闘から離脱するルールを確立するカギを握っているのはイランである。この役割は、核軍縮や米・EU関係、とりわけ、世界の準備通貨としてのドルの継続した地位という、より広い問題に対するより広い意味を持っている。このため、すでに信頼を失ってしまったモスクワの親欧米派ドミトリー・メドベージェフ大統領(当時)が目指していた米ロ世界覇権というあいまい(で無内容な)約束をめぐって、ロシアはイランと友好関係を維持しようとしている。

低調な関係

ソ連崩壊以降の中央アジアと中東に対するロシアの関係は低調なものだった。中東では、パレスチナのハマスと関係を保ち、中東交渉のいわゆる「カルテット」の一員として(他に欧州連合(EU)、米国、国連)、さらなる交渉の条件として、イスラエルが占領地において入植地を拡大しないよう要求してきた。2008年のガザ侵攻は戦争犯罪であるとイスラエルを非難した国連のゴールドストーン報告を支持して、旧ソ連とアラブ諸国との間にあった善隣友好関係を取り戻そうとしているかに見える。

2008年、シリアとエジプトに原子炉供給の提案を行って、アラブ諸国に対する外交的攻勢を開始した。シリアの現在の内戦を通じて、地中海沿いのシリアの港町タルトゥースに軍事的プレゼンスを再確立しようとしている。シリア内戦ではロシアとイランが欧米およびアラブ諸国と対峙する形になり、ロシアは負け組に入ることになるかもしれない。

「権力に飢えたロシアがシリアで悪事を働こうとしている」という欧米の描き方には筋が通っていない。ロシアは、シリアのバシャール・アサド大統領の敵であるアラブ諸国と欧米によって反体制側が公然と武器供給を受け、国民が均等に分断されて厳しさを増す内戦に懸念を持っている。アラブ世界における偽善は驚くべきものだ。湾岸の王制諸国とサウジアラビアは、エジプトの新政府が彼らの内政に「干渉」するいかなる試みもしないことを要求しているが、みずからは、シリアの反体制派をずうずうしくも武装しているのだ。

ロシアは、自国領域におけるチェチェンでの悲劇的な内戦を依然として戦っており、ムスリムも交渉のテーブルにつかせるようにしなくてはならない。1600万人のムスリム(人口の12%)を抱えるロシアは、イスラム協力機構への参加にも関心を示している。シリアを内戦に落ち込ませまいとするロシアの努力によって、コーカサス地方などのイスラム分離主義者に対する得点稼ぎはまだできていないが、つかの間の平和のために、シリアあるいはロシア連邦の蚕食を許すようなことはない。

ソ連解体後のロシア

ソ連解体後のロシアでは、ユダヤ系の金融・経済勢力が、銀行・産業エリートと「コーシェル・ノストラ」[IPSJ注:ユダヤ系マフィア]の両面において重要性を持っているため、イスラエルはロシア指導層から好意的な取り扱いを受けることができた。イスラエルのアビグドル・リーバーマン外務大臣は、ソ連から1978年に移住してきたロシアのユダヤ人だった。

イスラエルはまた、終わる気配のないムスリムの蜂起と、ロシア内におけるコーカサス独立の夢を利用して、モスクワが強硬な立場をとってイスラエルに圧力をかけないようにしてきた。ロシアにとっては厄介な隣国であるグルジアにはチェチェン系の反乱勢力が匿われており、グルジアのミハイル・サーカシビリ大統領はイスラエルと米国の軍事顧問を使っている。もちろん、イスラエルがロシアに圧力をかけることは米国にとっても有益だ。これが、米国とイスラエルが新しい帝国の「中心」として機能する現在の「グレイト・ゲーム」の核心的な特徴である。

この時代を「新しい冷戦」と呼ぶのが一般的なのだろう。しかし、歴史はそれ自体を繰り返すことはない。9・11以降の世界政治には間違いなく新たな緊張が生まれている。あらたな攻勢に出た米国が、ロシアを含めた世界に対する覇権の主張に失敗していることで、米国内には国粋主義の火の手が上がっている。

さらに拡散した冷戦

米国サイドでは、ロシアは単なるソ連の再来であり、世界の共産主義支配というソ連国家保安院会(KGB)の目標を隠すための策略であると目されている。もう少しまともな判断力を持つオバマ派の間では、それは、米国・イスラエルによる新しい帝国の中心(「1個半の帝国」)によって支配された「さらに拡散した冷戦」だと考えられている。ここでは、同盟は便宜的に組み替えられる。地平に現れた新たな対抗手は、イラン・トルコ・エジプトを筆頭とした、より分別があり互いに連携するようになったイスラム世界である。

イラン政府を転覆するという米・イスラエルによる希望は、この「1個半の帝国」に最後に残された唯一の共通目標である。しかし、これはイスラエルが運転席に座っている限りにおいての共通目標だ。イスラエルはイランを、イスラエル自身にとってではなく、「大イスラエル」と地域の支配にとっての存在上の脅威とみなしている。イランは、イスラム諸国家に対して第三の道を示す強力な模範であり、中東の覇権国としてイスラエルへのライバル関係に立つ国である。

新しく生まれた「アラブの春」諸国の中ではエジプトだけがイスラエルにとっての心配の種である。エジプトとイランが協力し始めたらどうなるか。そこにシーア派支配のイラク、トルコ、ロシアが加わって、ロシアが4か国と友好関係を結び、世界政治で共通目標を追求し始めたら。突如として、中東の闘技場は、まったく違った様相を呈するだろう。

新しいユーラシアの闘技場

米国がロシア・中国と組んでイランを抑えにかかる合理的な政策を採れば、ぐらつくドルを救うか、あるいは少なくとも、新たな国際通貨へと整然と移行する準備をするチャンスが米国に与えられるかもしれない。もし、ロシア・中国・イランが米・イラン間の現在の核危機を平和裏に収め、トルコからの承認も得、イスラエルを核不拡散条約に加盟させる決意を持つならば、新しいユーラシアの闘技場の形成へと道が開けることになるかもしれない。もし米国がアフガニスタンから撤退すれば、パキスタンとインドも同様に手を引くことだろう。

これが、現在の「グレート・ゲーム」の様相を一変させる出来事の連鎖を生み、ロシア・インド・イラン・中国枢軸が生まれ(すでに2001年以来、ロシア・インド・中国首脳会談は毎年開かれている)、パキスタン、アゼルバイジャンアルメニア、イスラエルは、それぞれの地域紛争を、新しい、それまでとはまるで異なったグレート・ゲームの外側で解決することになろう。米国の利害も顧慮されはするが、米国が自らの望む同盟づくりを強制したり、そうした余裕を与えられることはないであろう。イランはついに、地域の正当なプレーヤーとしての地位を認められる。一方、もし米国が、自ら生み出した中東での危機から名誉ある撤退を図ることに失敗したならば、たんに自らの衰退を加速させるだけの結果に終わるだろう。

ロシアは、反シオニスト的なソ連の継承者として中東全体で持たれている好意的な記憶を継承する。ロシアは今や、中東だけではなく世界の非同盟諸国において、主義を持ったパートナーとして長期的な信頼を獲得するチャンスを得た。そして、帝国の残滓に対して、非帝国的な要塞を築くことになるだろう。(原文へ

翻訳=IPS Japan

※カナダ人のエリック・ワルバーグは、中東、中央アジア、ロシアを専門とするジャーナリストとして世界的に知られる。トロント大学、ケンブリッジ大学で経済学を修める。1980年代以降、東西関係に関する文章を書く。国連のアドバイザー、作家、通訳、講師として、旧ソ連とロシア、ウズベキスタンに居住した経験を持つ。現在は、カイロで最も有名な『アル・アフラム・ウィークリー』のライター。著書に『ポストモダン帝国主義―地政学とグレート・ゲーム』等がある。