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仏紙「ルモンド」でスト、不振続く欧州新聞業界

【パリIPS=ジュリオ・ゴドイ】

経営不振の仏紙『ルモンド』で4月中旬に2日間に及ぶ前代未聞のストライキが行われた。これは、フランスをはじめとする欧州諸国の新聞界が直面する危機の拡大を象徴するものだ。 

フランスの新聞は読者と広告が絶え間なく減少し、大打撃を受けている。インターネットの普及、フリーペーパーの台頭も追い討ちをかける。 

週刊の文化雑誌『Les Inrockuptibles』の編集長Sylvain Bourmeau氏は今年初めに、インターネットで会員向けにニュースと分析を提供するMediapartに転職した。同氏はこの職場がフランスのジャーナリストに「新聞改革の機会」を与えると考えている。実際、Mediapartに転職した『ルモンド』の記者、編集者は多い。

 Bourmeau氏はフランスの新聞出版業界の危機は「季節的あるいは一時的な現象ではなく、一つの時代の終わりだ。フランス人は新聞を読むことを忘れた」と言う。 

ストライキのために『ルモンド』は4月15日と19日が休刊となった。これは1944年の創刊以降初めてのことだ。ストライキは経営陣が示した厳しい経費削減案に抗議したものだ。 

この経費削減案はルモンド社が発行する様々な雑誌の販売予測に基づいて、130人の解雇を計画したもので、新聞部門では90人が対象となる。 

さらに、個人投資家が資本を買い増すことが予定されている。そうなれば、社員が経営に意見を言うことはできなくなる。『ルモンド』は現在、協同組合形式で運営されている。経営陣は、これらの対策でおよそ1億5,000万ユーロ(2億2,000万ドル)の負債を完済できるとしている。 

『ルモンド』の副会長David Guiraud氏は4月25日の声明で「我々には、この案を夏になる前に、直ちに実行に移すしか道はない。社員の皆さんが、自ら退職を希望する決断の機会とする」と宣言した。 

しかし、社員はまだ計画を受け入れていない。全国ジャーナリスト組合ルモンド支部のChristiane Chombeau氏は記者会見で「社員の大多数が新しい再建案を求めている」と述べた。 

ルモンド社の財政難は今に始まったことではない。2005年3月にも年間赤字が1,500万ドルとなり、90人を解雇し、株式の15%を軍事産業を抱えるコングロマリットのラガルデール・グループ(Groupe Lagardere)に売却した。さらに15%をスペインのメディアグループPRISAに売却している。 

 2007年末には地方紙を多数売却し、従業員を3,200人から1,600人に削減した。同社の経営で新聞部門を代表する協同組合のSociete de Redacteurs du Mondeは、資本の29.5%を握って拒否権を確保している。しかし、ラガルデール・グループとPRISAが株を買い進めれば、拒否権も失ってしまう。 

苦境にある新聞は『ルモンド』だけではない。2006年秋には『リベラシオン』が個人投資家のEdouard de Rothschild氏に売却された。Rothschild氏は新しい編集長を連れてきて、『ルモンド』のような再建案を採用した。ある記者グループは退職して、インターネット・マガジンの『Rue 89』を創刊した。 

フランスの多くの新聞が同じような困難に直面している。1960年代半ばに100万部以上の発行部数を誇った『フランス・ソワール』は、現在3万部を発行するにすぎない。 

フランス共産党の機関紙『ユマニテ』は毎日5万部を発行するが、1975年に比べると読者数は80%減となっている。資本の一部は軍事産業グループのラガルデールを含むコングロマリットに握られている。 

これらの変化はジャーナリズムの独立性の質に大きな影響を及ぼしているとBourmeau氏は指摘。「保守系『ル・フィガロ』のオーナー軍事産業Serbe Dassaultのビジネスに関する報道を見れば分かる」と言う。 

他の国でも新聞読者は着実に減少している。ドイツでは政府と幾つかの新聞社、ジャーナリスト組合が協力して、4月17日から若者に新聞購読を勧めるキャンペーンが立ち上がっている。 

キャンペーン開始時にベルント・ノイマン文部副大臣「この時代に政治社会問題で議論をしたい人は、新聞を読まなければならない」と宣言。学校や青少年クラブにおける定期新聞購読会などの計画を実行していく。 

ドイツ文化省は声明の中で「児童、青少年の活字離れ」に懸念を表明している。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩 

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逮捕された親チベットの抗議活動家

 【スバIPS=シャイレンドラ・シン】


フィジーの首都スバで、チベットでの死者を出した軍隊の弾圧を非難し、中国大使館の外で平和的な抗議活動を行った17人が逮捕された。フィジーの市民運動組織と主要労働組合は、この逮捕を非難している。

非難する人々は、9日の逮捕は憲法に違反しており、抗議活動を行った人々(現在は釈放されている)を起訴する根拠はないと主張している。

フィジー政府は現在、中国から2億2,800万ドル相当の融資を受けるために協議中であり、中国政府のチベット政策を支持している。

隣国のトンガのタウハ・アハウ・トゥポウ5世国王も、先週の中国公式訪問の際に、中国のチベット騒乱への対応を支持すると表明した。

フィジーとトンガは、他の太平洋諸島の国々と同様に中国から多大な支援を受けており、政府は中国の「一つの中国」政策を堅持している。

新華社通信によると、温家宝中国首相に海南省へ招待されたトゥポウ国王は、「中国の問題は中国だけが対処できるもので、他国からの干渉は容認できない」と語った。

フィジーとは異なり、トンガからは、国王の見解に反対して一般市民が抗議した、あるいはデモを行ったという報告はない。

バヌアツもトンガやフィジーのように中国からの多額の無利子融資を求めていて、チベット問題には口を閉ざしている。メラネシアの国、バヌアツからは中国の軍隊による弾圧に関する抗議活動やデモなどの報告は聞こえてこない。

インドにあるチベットの亡命政府は3月10日に始まった抗議活動を鎮圧するために中国の軍隊が侵攻して数十人が死亡したと述べており、世界中からの批判を招いている。

先週スバで逮捕された人々の中には、フィジー人権委員会の委員でフィジー女性危機センター(FWCC)のシャミラ・アリ代表も含まれていた。

アリ氏によると、同氏らのグループは中国の軍隊によってチベットで殺害された人々を追悼する徹夜の座り込みを行っていたが、プラカードを掲げたり、通行人の妨げになったりするようなものはいなかった。

アリ氏は「逮捕は言論の自由を記したフィジー憲法に違反している」とし、「チベットの人権侵害に抗議する平和的な座り込みには何の問題もない」という。スバの中国大使館はプレスリリースで警察の行動を支持すると述べた。

軍の有力者であるバイニマラマ首相が率いるフィジーの暫定政府は、逮捕に関して沈黙したままでいる。

2006年12月5日にクーデターで権力についたバイニマラマ首相は、チベットで騒乱が発生し、それに引き続き軍事的弾圧が行われた直後に中国政府に書簡を送り、先のラサでの暴動における中国政府の対応を支持すると表明した。

書簡では、中国は国家の平和と安全を守るために適切な手段を取る必要があったとされ、チベット問題は国内問題であり、中国が対処する問題だと明言された。

けれども市民運動組織の激しい抗議と、多くの怒りに満ちた手紙が投稿記事に掲載されるのを受け、バイニラマラ首相は暫定政府の主張を守勢する立場に追い込まれていた。

同首相は、政府の主張は法律の範囲内で平和的に問題を解決するという点で非常に明確で筋が通っていると述べ、この問題は「フィジーにとって長期的な友好国である」中華人民共和国の国内問題であるとしていた。

古くからフィジーの緊密なパートナーだったオーストラリアやニュージーランド、主要大国である米国や英国は、フィジーのクーデターを非難し、その体制に制裁を科したが、中国はクーデターに関して非難を行わず、フィジーとの友好関係を維持してきた。

フィジーは2億2,800万ドル以上に相当する中国からの融資を交渉中であり、すでに1億1,300ドルは国内の地方道路の整備資金として承認されている。

大手労働組合は逮捕を非難し、抗議活動家を支持すると声明を出した。

フィジー諸島労働組合評議会のアター・シン事務局長は、逮捕が言論の自由の権利を侵害しているとし、抗議活動家は起訴されてはならないと述べた。

フィジー女性の権利運動のタラ・チェティ広報官も逮捕された1人だったが、警察の行為は不当だと述べた。「こうした無益な逮捕により、チベットでの仲間の活動家との連帯を示す静かな平和的抗議活動が、とんでもない出来事のように仕立て上げられた」とチェティ氏はいう。「フィジーの憲法と国際法で守られている言論の自由や平和的集会の自由という人権の侵害は、特に現在、フィジーが選挙で選ばれていない政府によって統治されているため、問題である」

逮捕された人々は、公の集会を統制する法律を順守するため、個別のグループで座り込みをしようとしていた。尋問はグループごとに行われた。チェティ氏によると警察が逮捕者を虐待することはなかった。

「非合法の集会を行ったことで逮捕され、そのうち数人は起訴されている。けれども現場の警察官はどのような法律に違反しているとされているかについて当初は混乱しているようだった」とチェティ氏はいう。

市民憲法フォーラム(CCF)は抗議活動を行った人々に対する起訴を取り下げるよう要請している。

「CCFは平和的な市民グループが静かなデモを行って逮捕されたことを憂慮する。こうした市民は国の平和を脅かしていなかったし、何の業務の支障にもなっていなかった」とCCFのヤバキ牧師は語り、さらに「フィジー暫定政府がチベットで中国政府が犯した人権侵害を容認しているように見えるのは非常に遺憾である」と述べた。

「フィジーの歴史にとって大事なこの時期に、政府はフィジーへの中国からの支援の約束のために中国政府寄りの立場をとっているように見える」とヤバキ牧師はいう。

「CCFはフィジー政府に、表現の自由、移動の自由、不当な捜査押収からの自由などの、基本的人権を尊重する姿勢を示すよう求めている」(原文へ

翻訳=IPS Japan

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|エジプト|ムバラク政権に抗議する第2のデモ

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【カイロIPS=アダム・モロー&カーリド・ムッサ・アル・オムラニ】

カイロから車で2時間の所にあるマハラ市の国営繊維工場の労働者が、食糧価格高騰に見合った賃金の引き上げを要求するストライキを計画。イスラム系の労働党、民主化を求めるケファヤ運動がこれに参加して、4月6日マハラ市では実際にデモは行われなかったものの、別の町で緊急経済支援、政治変革を要求する大規模な抗議行動が勃発した。 

治安部隊はデモ鎮圧にゴム弾、催涙ガスを使用。死者3人、けが人多数を出す騒ぎとなった。(カイロを始めとする多くの都市でもデモが計画されたが、治安部隊の出動で実現が阻まれた)

 当局は、デモ鎮圧後数日間で労働組合リーダー、政治活動家、政治主張を掲載するブログ関係者など数百人を逮捕。その内200人は釈放されたが、依然450名が騒乱罪で拘束されている。 

 4月半ば、検察庁長官は、20人(その半数は、インターネットを通じデモ参加を呼びかけた所謂オンライン活動家)の釈放を命じたが、内務省は緊急事態法を盾に彼らの再逮捕と無期拘束を命令した。カイロに本部を置くエジプト人権組織(Egyptian Organization for Human Rights)のハフェズ・アブ・サエダ事務局長は、「非暴力の活動家の拘束、再逮捕は許されない。政治活動家の大量逮捕は、政府が表現の自由の権利を認識していないことの表れ」と憤る。 

しかし、この逮捕にも拘わらず、活動家はムバラク大統領の誕生日に当たる5月4日に第2の全国抗議行動を行うべく、市民に当日の職場放棄、不買運動を呼びかけている。11万5000人のメンバーを有するエジプトの人気ブログ“フェイスブック”の支持グループ2つは既に支持を表明している。今回は、抗議の内容を社会/経済分野に絞り、生活費高騰に見合った賃金の引き上げ、インフレ/市場寡占対策、拘束者の釈放を要求。スト指導者に対しては、大量の逮捕者を出さないよう、一か所に多数の人員を集めないよう指示している。 

この動きに対し、政府は目下沈黙を守っているが、アブ・サエダ氏は、「内務省によるフェイスブックのシャットダウン、同サイト設立メンバーの逮捕はあり得る」と語っている。 

食糧価格高騰が引き金となったエジプトの社会不安について報告する。(原文へ) 

翻訳/サマリー=IPS Japan浅霧勝浩 

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EUの大義を台無しにする引き渡し


【ブリュッセルIPS=デビッド・クローニン】

EU高官の内部文書によると、EU各国の政府は米国の拷問と誘拐の秘密計画に結託し、人権を推進するEUの活動を台無しにしている。2001年にEUは、「拷問に対する戦いの実践」として、他国の抑留者に対する不当な扱いをめぐる懸念の表明についてガイドラインを承認していた。

 ガイドラインの適用に関する新たなEU評価は、米国のCIAによる特例拘置引き渡しにかかわるEU加盟国のダブルスタンダードに対し非難があることを認めた。この内部文書は、IPSが確認したところによると、「EUの信頼性を強化」するよう特に推奨し、人権に対する「十分な尊重」を保証すべきとしている。 

英国を始め、ドイツ、スウェーデン、ポルトガル、アイルランド、イタリアはCIAの秘密工作に協力したことが非難されており、ポーランドとルーマニアは両国におけるCIAの収容所の存在について情報を提供しないと欧州委員会(EC)から批判されている。 

欧州議会の調査委員会が作成した2007年報告書によると、2001~5年の間にCIAの航空機が少なくとも1,245回、欧州を通過、あるいは着陸している。調査委員の1人で英国労働党の政治家であるクロード・モラエス氏は、「EUとCIAの共謀ということでは信頼性が崩壊する」という。 

CIAの活動を調査しているレプリーブのC.デイビーズ氏は、「人権擁護者としてのEUの名声が失墜しつつある」という。さらに、拷問あるいは死刑の道具の輸出を禁ずる法規が破られているとアムネスティ・インターナショナルに抜け穴を指摘され、英国政府はEUと協力して対策に乗り出した。EUの人権に対するダブルスタンダードについて報告する。(原文へ) 

INPS Japan浅霧勝浩 

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地域を問わず、報道の自由に賛同

【ワシントンIPS=ジム・ローブ】

5月3日報道の自由の日に先がけ、ワールド・パブリック・オピニオン(World Public Opinion. org )は、20ヶ国18,000人を対象に、メディアに関する世論調査を行った。(対象国は人口の多い中国、インド、米国、ロシア、インドネシア。ラテンアメリカからはメキシコ、ペルー、アルゼンチン。欧州から英、仏、ポーランド。その他アゼルバイジャン、エジプト、イラン、ヨルダン、パレスチナ自治区、トルコ、韓国、ナイジェリアなど) 

「メディアが政府の統制から自由であることは、どれくらい重要であるか」という質問に、「とても重要」または「どちらかといえば重要」と答えた人は、全体の8割に上る。その意見は、南米諸国、エジプト、韓国、ナイジェリアで特に強い。「報道の自由の原則は、幅広く力強い支持を得ている。」と、WPOを運営するメリーランド大学のメリーランド大学国際政策志向プログラム(PIPA)理事スティーブ・カル氏は、IPS記者に語った。 

「とても重要」と答えた人の比率だけで見ると、メキシコが約80%ともっとも高く、他の南米諸国ではアルゼンチン70%、ペルー65%が続く。その比率が低いのは、ロシア23%、イラン29%、インド34%である。 

インドは「敵とみなされている国も含めて、どんな国の出版物でも人々は読む権利があるか」という質問についても、イエスと答えた人の比率は低く、唯一70%以下であった。 

全体の56%が、「メディアは政府の統制なしに、ニュースや意見を発表する権利をもつべき」と答えたが、反対に「政府は、政治的不安定の原因となるものについては、発表を阻止する権利をもつべき」と答えた人も少なくなく、ヨルダン66%、パレスチナ自治区59%、インドネシア56%、エジプト52%、イラン45%などであった。 

世界の報道の自由については、フリーダム・ハウス(Freedom House)の調査もある。それによると、2001年同時多発テロ以来、6年間連続で、「明らかに後退」しているという。理事のジェニファー・ウィンザー氏によると、いくつかの国で前進が見られたものの、中国、中央欧州、東欧州、旧ソ連、南アジア、アフリカの何カ国かでは状況は悪化しており、報道の抑制、暴力、脅迫、記者に対する名誉毀損罪の適用が増加している。 

 前出のWPOによる調査では、インターネットについての質問もあった。全体の60%が「人々はインターネット上のすべてを見る権利がある」と答え、この答えが多くの国で多数派意見であった。7割以上がそう答えた国は、アゼルバイジャン、米国、ナイジェリア、中国である。一方、全体の32%は、「政府が一定のアクセス制限をすべき」と答え、イランとヨルダンではこちらの答えが上回った。 
 
 「自国により多くの報道の自由を望むか」という質問に対しては、10ヶ国で半数以上が「より多くを望む」と答えた。上位から、メキシコ75%、ナイジェリア70%、中国66%、韓国65%、エジプト64%、パレスチナ自治区62%である。 

多数派ではないが、「自由がより制限されることを望む」と答えた人の比率が高いのは、インド32%、トルコ30%であった。 

WPOの世界各地における世論調査には、報道の自由拡大を支持する傾向が表れている。(原文へ) 

翻訳/サマリー=IPS Japan 浅霧勝浩 

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アフガニスタンで死刑制度議論が再燃

【カブールIPS=タヒル・カディリ】

生存死刑囚、およそ100人。これまで秘密のベールに包まれていた死刑囚の人数をアフガニスタン政府が明らかにしたことで、同国の審理手続に重大な疑念を残す結果となった。 

アフガニスタン最高裁判所は16日、誘拐・強盗・殺人・強姦など重大犯罪を犯した約100人の刑事被告人に対して死刑判決を出したことを発表した。これは昨年10月、カブール郊外の刑務所で1日のうちに15人が(事前の予告なしに)銃殺刑に処せられた出来事を思い出させるものだ。 

「100人というのはアフガニスタンにおける全死刑囚のあくまで『推定の』数だ。最高裁は死刑囚の氏名および収監場所については未だ公表していない」と、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)のエレイン・ピアソン氏はIPSとの取材で答えた。

 北アフガニスタンの独立系の人権委員会も詳細については把握していないとした。同委員会のQazi Sayed Mohammed Sami氏はIPSの取材に対して「名前が判明すればメディアに公表するつもりだ。そうすれば、全ての裁判で国際的に公正な審理が行われているかどうかを判断できるようになるだろう」と述べた。 

一部の専門家は100人の死刑囚が公正な審理を受けてこなかったとして、最高裁が死刑判決を破棄するよう強く求めている。 

カブール大学の国際法の専門家、Wadi Safi教授はHRWに対して「全ての裁判は、立会人なしで(殆どが法定代理人もいない)非公開で行われたものである」 

「しかも、地方裁判所では被告人が(自分に有利な)証言を述べさせてもらえないのが普通だ」と話した。 

HRWも同教授の意見を支持した。ピアソン氏は「死刑裁判だけでなく多くの刑事裁判で正当な法の手続きが行われていない」と語った。 

一方、これらの批判に対して最高裁の関係者らは「死刑裁判では専門の判事が『透明性の確保された』裁判で審理を行っている」と主張。Abdul Rashid Rashed判事はアフガニスタン裁判所の見直し手続きを求める訴えを撥ね退けた。 

「我々は法律のプロ集団であり、確固たる公正な採決を行っただけである。全ての判決はイスラム法に従って下されるのだ」。 

昨年1月若いアフガニスタン人ジャーナリスト、サイード・パルウィッツ・カムバクシ氏が死刑判決を受けたことを期に近年、アフガニスタンの法制度は非難の的になっている。カムバクシ氏は女性の権利に関するコーランの論議を呼ぶ部分を指摘したインターネットの記事を印刷・配布したことで告発された。もちろん、裁判の内容は明らかにされなかった。 

ピアソン氏は同裁判の違法性を指摘した。「特殊な裁判にも拘らず、カムバクシ氏には弁護士が付けられなかった。彼の家族は、拘留中に彼が肉体的暴行や心理的脅迫を受けた可能性があると訴えている」。 

 (アフガニスタン北部バルク州の裁判所で最初に死刑判決を受けた)カムバクシ氏は現在、カブールに移送されたと報じられている。ハミド・カルザイ政権の関係者は「同氏は間もなく釈放される」と語った。 

HRWをはじめ西側諸国の人権擁護団体が取り上げたカムバクシ氏の裁判は、アフガニスタンの裁判官が過激で超保守的な信仰に基づき判決を下した例として、世界的にも広く報道された(特に、情報発信の手段としてインターネットが大きな役割を果たした)。 

最高裁が示した死刑判決確定の突然の発表は、再び、アフガニスタンの法制度をめぐり国際世論を喚起する結果となった。 

2006年、カルザイ大統領は最高裁に数名の若い新人判事を指名した。彼らは明らかに高齢で保守的なイスラム教徒とは無関係のようであった。また、カルザイ大統領は(保守派のFaisal Ahmad Shinwari氏に代わって)Abdul Salam Azimi氏を最高裁裁判長に任命した。 

最高裁の判事は裁判官の選定および下級裁判所への指令公布など重要な役割を担っている。新たな裁判長の任命は、タリバン崩壊以降、大きな変化を求め続けた政府の期待がAsimi氏の肩にかかっていることを示すものになった。 

「2001年のタリバン政権崩壊以降、莫大な資金が司法制度改革のためにつぎ込まれている。アフガニスタン政府は現在、司法関連の費用として3億6,000万ドルの追加資金を求めている」と、カルザイ大統領は昨年11月の米国訪問の際、USINFOの記者に語った。 

アフガニスタン最高裁による100人の刑事被告人への死刑判決は、同国の死刑制度について様々な議論を巻き起こしている。 

カルザイ大統領は最高裁の発表後の翌日の記者会見で、自分は死刑制度に反対の立場であると述べた。しかし、同政権は死刑執行を現在も実際に行っていることに変わりはない。アフガニスタン憲法では、死刑執行までに大統領の執行命令への署名が必要であると定められている。 

カルザイ大統領は16日の会見で今回の問題に触れた。「タリバンが囚人らの処刑に反対し、国際社会に囚人らの助命を嘆願していると聞いた。彼らにも慈悲があるのだなと感じた」。 

しかし、皮肉にも、27日のカブールで行われた軍事式典ではカルザイ大統領を狙った暗殺未遂事件が起こった。 

一方、HRWはカルザイ大統領に対してこれ以上の死刑執行命令に署名することのないよう強く求めている。 

HRWのピアソン氏は次のように述べた。「カルザイ大統領は即刻、死刑制度を撤廃するべきだ。アフガニスタン、米国、いかなる国であっても我々は断固として死刑制度に反対する」。 

「差し迫った死刑執行などない。もし大統領が『ある権力者』からの圧力に屈すれば、今年15名の囚人が処刑されることになると、アフガニスタンの多くの有識者からHRWに情報が寄せられた」。 

カルザイ大統領の記者会見後、IPSは100人の死刑囚に刑の執行延期が認められるか否かについて検討した。 

マザリシャリフ市のMohammad Usaman検事はIPSとの取材で「アフガニスタンは他国に依存しない独立した国であるため、裁判所の決定は絶対的である。アフガン最高裁は今回の裁判について適切な判決を下したと思う」と答えた。 

また、バルク大学のUstad Norollah教授は「私はこの判決に賛成である。アフガニスタンには同じような罪で罰せられるべき犯罪者が他にもたくさんいる」と述べた。 

一方、(少数派の意見として)ジャーナリズムを専攻する学生Arzoo Gesoは「私は死刑が怖い。かつてテレビで見たが、数日間は眠れなかった。死刑の代替刑として終身刑を導入するべきだ」とIPSとの取材に応じて語った。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩 

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【国連IPS=タリフ・ディーン】

世界中で食糧の値段の高騰が続き、発展途上の貧しい国は社会的、政治的な騒乱の危機に瀕している。

小麦、米、ソルガム(コウリャン)、トウモロコシ、大豆など主食の値段が急上昇したことが引き金となり、およそ40カ国で動乱が広がると国連は見ている。

ハイチでは先週、食べ物を求める暴動が発生して4人の犠牲者を出した。潘基文国連事務総長は、カリブ諸国のなかで最も貧しいハイチのために緊急支援を世界の援助国に求めた。

ワシントンで週末に行われた各国蔵相会議は、政治・社会の安定にとって現在の国際資本市場の危機よりも、食糧価格上昇の方が大きな脅威だと警告を発した。

国連食糧農業機関(FAO)は「食糧の生産と供給が著しく不足する国」としてレソト、ソマリア、スワジランド、ジンバブエ、イラク、モルドバの6カ国を挙げた。

さらに「食糧不足が広がっている国」として、エリトリア、リベリア、モーリタニア、シエラレオネ、アフガニスタン、北朝鮮を列挙。

 エジプト、カメルーン、ハイチ、ブルキナファソでは基本的食糧の急騰がデモや暴動を引き起こし、インドネシア、コートジボワール、モーリタニア、モザンビーク、セネガルでは燃料と食糧の値上がりで政治社会不安が広がっている。

FAOはまた、家計の50から60%が食糧に費やされる国々では、政治社会不安がいつ起きても不思議でないと警告した。

「基本的な食糧需要を満たすことのできない貧しい人の数が膨大になり、放置されると、多岐にわたって福利が損なわれた人々は要求を『聞き入れてもらう』ために街頭で訴えざるを得ない事態となる」と最近まで世界銀行の国際農業研究協議グループ(CGIAR)でコンサルタントを務めたアーネスト・コレア氏は言う。

IPSの取材に応じたコレア氏は、これは歴史の中で繰り返されてきたことであり、食糧を巡る暴動は程度の差こそあれ幾つかの国で今すでに起きていると述べた。
 
 『CGIARの革命的発展』(Revolutionising the Evolution of the CGIAR)の共同執筆者であるコレア氏は、「暴力は顧みられることのない人々の声」という米公民権運動活動家マーチン・ルーサー・キング牧師の言葉を紹介した。

サンフランシスコに本部を置き、食糧貿易と農業問題について徹底的な研究を行うオークランド研究所のアヌラダ・ミッタル所長はIPSの取材に応じ、「政策担当者は現在の危機をもたらした様々な要因のひとつとして中国、インドなど新興国の需要増加を挙げ、一人当たりの国民所得が高い伸びを示した新興諸国では、食料需要が変化していることを指摘している」と語る。

「また、食糧価格の高騰には燃料や肥料の値上がり、気候変動などの要因に加え、バイオ燃料の増産が槍玉に上がっている。農作物を原料とするバイオ燃料は2006年から2007年の穀物消費増加分の半分を占めることが挙げられている。

反対に無視されていることがある。それは米国、欧州連合など豊かな国が後援する国際金融機関が数十年来、農業自由化を推進し、販売委員会などの国営機関の解体を進め、途上国に輸出用のコーヒー、ココア、綿、花卉などの換金作物に特化するよう奨励してきたことだ」と指摘。

これらの改革は、最貧国を急降下に追い込んだ。「第三世界の市場から関税障壁を取り除き、北側の一握りの国が多額の補助金をつぎ込んだ商品で牛耳って、現地の食糧生産の価値をおとしめた」

この結果、途上国は食糧輸出国から大量輸入国となり、1970年代に食糧輸出で得た10億ドルの黒字が、2001年には110億ドルの赤字に反転した。

「販売委員会の解体が事態を悪化させた」とミッタル氏は言う。販売委員会は従来、商品在庫を管理し、不作のときに放出して価格の乱高下から生産者と消費者を保護していた。

コレア氏は過去数年間の農業投資の不足、農業開発に対するODAの激減を危機の原因とする。

さらに、自然災害と食糧安全保障の基本である農業開発に対する人為的妨害を挙げる。「FAOが『食糧危機』に瀕して支援が必要と指定した37ヶ国のうち、21ヶ国が洪水、旱魃などの異常気象に見舞われている。さらに20カ国では最近の国内紛争あるいは内戦により、多くの国民が国内難民となっている」と指摘。

さらにコレア氏は「人口と収入の増加が食料需要を拡大させている」と言う。

「収入が増えると、食糧消費パターンが変化するのが常だ。たとえば、高収入の人は貧しい人よりも肉を多く消費する。このような傾向が備蓄食糧の家畜飼料化を招いている」とコレア氏は主張する。

さらに、「原油と石油製品が高騰し、米国ではバイオ燃料用の穀物を生産する農家に補助金支給が始まった。これも食品価格高騰の原因だ」とコレア氏は非難する。2008年には米国のトウモロコシ生産量の3分の1が食品加工ではなくエタノールの生産にまわされることになっている。燃料の高騰は、肥料や輸送費など農業関係の価格上昇にもつながっている。

食糧を燃料に加工することについて、途上国から『人類に対する犯罪行為』と非難の声がすでに上がってきている。

コレア氏は、「1960年代、1970年代にアジアとラテンアメリカで小麦生産の飛躍的増大をもたらし、ノーベル平和賞を受賞したノーマン・ボーローグ博士のような農業技術の画期的発明が見られない」と言う。そこで雑穀、自生植物、土着の根菜、塊茎(かいけい)作物などいわゆる『見捨てられた農作物』への注目を促す。これらの作物は米、小麦、トウモロコシなどのような商品性には欠けるものの、『食糧危機』に見舞われる37カ国のうち26カ国において重要な食糧となっている。

IPSがミッタル氏に食糧危機が激しくなると思うかと尋ねたところ、「この危機の原因、そもそも途上国を脆弱化させた原因を無視し続けるなら、状況はさらに悪化するだろう」という答えが返ってきた。さらに『食糧危機』を解決する最善策について尋ねると、ミッタル氏は国内外における幾つかの手段を挙げた。

「第1に、飢餓の拡大を予防するため、セーフティネットと公の配給制度を整備することが欠かせない。資源に乏しい最貧国には、このような制度を整備するための緊急支援を提供しなければならない。

貧しい国の政府を支援するために、援助国は直ちに支援拡大を表明して実行し、国連諸機関の求めに応じるべきだ。

また、貧しい国に西側市場向けの換金作物を奨励するのではなく、小規模で持続可能な農業を行う農家が現地作物を生産し、これを消費するよう開発政策で奨励していくべきだ。

このような『食糧危機』に対抗するためには食糧の在庫と価格調整を国が行い、食糧価格の変動を一定に保つ政策がきわめて重要である。途上国が極めて貧しい農家と消費者を保護するためには、食糧主権の考え方を採用することが必要だ」とミッタル氏は結んだ。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan

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|カンボジア|米国の景気後退が労働搾取工場撲滅運動に影響か

【プノンペンIPS=アンドリュー・ネット】

カンボジアでは繊維産業における労働搾取工場撲滅運動が展開されてきた。しかし米国の景気後退で、他に類を見ないこの実験的試みの先行きが危ぶまれている。 

カンボジアの繊維産業は、70%を米国に輸出している。また繊維産業の輸出は、カンボジアの総輸出高のおよそ80%を占める。産業の雇用数も多く、総人口1300万人のこの国で、100万人が直接・間接的に繊維産業に依存しているとする推定もある。 

「組織的に労働搾取工場の撲滅に取り組む唯一の国として、その成否は重要」と話すのは、プノンペンに本拠を置く作家Rachel Louis Snyderさんである。 

Snyderさんは最近米国で著書『Fugitive Denim: A Moving Story of People and Pants in the Borderless World of Global Trade』を刊行した。カンボジアの章では、カンボジアの対米繊維輸出の割当を労働搾取工場の撲滅に関連づけた貿易協定がカンボジア政府とクリントン政権の間で締結された背景を取り上げている。 

協定により、カンボジアは、労働法の改正、労働組合結成の容認、国際労働機関(ILO)による工場監視受け入れとその結果の公表が義務付けられた。 

Snyderさんによれば「これによりカンボジアは大きな実験場となった。うまくいくかどうか大きな疑問だったが、成功した。産業は成長し、労働・社会保障条件は大幅に改善した」 

この貿易協定は、カンボジアが世界貿易機関(WTO)に加盟した2005年1月に失効したが、米政権は、一定のカテゴリーにおいて中国が一定量以上の繊維製品を輸出できないように一連の暫定的割当を設定した。 

しかし、カンボジアの繊維産業保護のこうした施策も2008年末に終了する予定である。国際基準から見ればまだ未熟なカンボジアの繊維産業が、労働・社会保障条件がカンボジアほど良好ではない中国やベトナムなどの有力産業に圧倒されるのではないかとの危惧が生じている。 

「世界的景気後退の可能性が懸念される時期に、これらの施策が終了される。消費者がより安い衣類を求めるようになるのに。経済的圧力が強まれば、まず労働法と社会保障条件に手がつけられる。カンボジアにとって正念場となる。この素晴らしい実験を失う危機にある」とSnyderさんは述べている。 

カンボジアの労働搾取防止の試みを巡る動向を報告する。 

INPS Japan 浅霧勝浩

|ペルー|発祥地にジャガイモの遺伝資源バンク

【ペルー、クスコIPS=ミラグロス・サラザール】

世界最大のジャガイモの遺伝資源バンクがペルーにある。5,000品種の種子、組織培養、苗木が保存されている。 

1971年にリマでサンプルの収集を始めた非営利団体「国際ジャガイモ・センター」(CIP)に協力する生物学者、遺伝学者、農学エンジニアが、農村地域の助けを得て実験室および田畑で研究を行っている。 

CIPが保存する在来品種4,500種と改良品種500種のうち2,500種以上がペルー在来である。

 「私たちは、これらの有機ジャガイモを私たちの子どものため、家族のために栽培している。化学肥料を使わず、肥やしだけで育てている」。古代インカの都クスコにあるジャガイモ公園協会の副会長マリオ・パコ・ガレゴスさんは、IPSの取材に応えて述べた。 

ガレゴスさんが代表を務めるパラパラ・コミュニティは、CIPに協力して、科学的研究と先住民族の伝統的知識に基づいてジャガイモを保存し、持続可能な使用を保証する協定を2004年に結んだ6つのコミュニティのひとつである。 

この協定に基づき、ジャガイモ公園が創設された。インカの聖なる谷にある公園ではおよそ1万ヘクタールの畑で農民コミュニティが共同で働いている。 

IPSがジャガイモ公園を訪れた時には、パラパラ・コミュニティの農民たちが、IPSの取材に同行するCIPとNGO「アンデス協会」の研究者チームをつるはしと鍬を手に待っていた。種子保存のためのコミュニティの温室を建設するためだ。アンデス協会によれば、ジャガイモ公園には1,200家族6,700人が暮らす。 

 CIPのディレクター、パメラ・アンダーソンさんはIPSの取材に応えて「世界最大のジャガイモのコレクションを保護する責任が私たちにはある。この仕事は終わることはない。農村と協力して、ジャガイモの動的保存も行う。農民たちがジャガイモの多様性を保全できるように彼らの宝であるジャガイモを彼らの手に返すというのがその狙いである」と語った。 

この5年間にCIPは30の高地コミュニティからジャガイモの在来種の25%をウイルスのない状態で「帰還」させた。 

CIPは、8,000年前に栽培品種化され始めた7原種とともに、150種の野生のジャガイモを試験管、冷蔵庫そして畑で保全する。 

国連食糧農業機関(FAO)が「地球の食糧安全保障」に貢献する農作物と評価するジャガイモのペルーにおける遺伝子資源の保全について報告する。 (原文へ

翻訳/サマリー=IPS Japan浅霧勝浩

|米国|アグリビジネスに搾取される農民と消費者

【ニューヨークIPS=マット・ホーマー】

世界の穀物備蓄量が記録的な少なさになり、食物価格は各地で高騰している。この原因はいったいどこにあるのだろうか。

欧米では工業的農業の手法が定着している。この手法は確かに作物の生産量を増やすことはできるが、その代わりに、アグリビジネスによる独占と環境破壊という問題を引き起こしている。

先日発表された「開発のための農業科学技術国際評価」(IAASTD)の最終報告書では「巨大なアクターが食物の生産・加工・販売に圧倒的な影響を与えている」と評価されている。このために農家と消費者との関係が切れてしまうと同時に、巨大ビジネスが利益を独占する結果となっている。

 農業問題の専門家ラージ・パテル氏によると、この20年間で食物生産は毎年平均2%伸びているにもかかわらず、農民の収入は4割減ったという。また、全米農民同盟(NFU)の推計によると、米国の消費者が食物のために支払う1ドルのうち農民や牧畜業者の手に渡るのはわずか20セントである。その他の部分は、加工・流通・小売業者が手にする。

ミズーリ大学のメアリー・ヘンドリクソン氏の研究によれば、米国におけるアグリビジネスの影響力はとみに増している。大豆の粉砕においては上位4社が市場の80%を独占し、小麦製粉では上位4社が60%を独占している。

また、種子供給ではトップ2社が市場の58%を占め、食料小売部門の約半分はわずか5社が抑えている(ウォルマート、クローガー、アルバートソンズ、セイフウェイ、アホルド)。
 

このような市場の寡占状態は消費者にとって決してよい結果を生まない。競争がなくなって企業が食物価格を不当に釣上げることができるからだ。

消費者だけではなく農民も巨大アグリビジネスに支配されることになる。たとえば、農民は種子や肥料の入手に関して巨大企業に依存せねばならない。種子の知的財産権をこれらの企業が保有している場合、農民は種子を貯蔵しておくことを許されず、翌年新しい種子を買いなおすことを迫られる。

こうしたアグリビジネスの独占体質は、みえない外部環境を破壊することによってしか成立しえない。水資源の浪費、肥料の大量使用による土壌の破壊、モノカルチャーの推進による生物多様性の喪失など、さまざまな問題が発生している。

多くの科学者らは、現在のような手法を採らなくとも、伝統的な農法と近代的な農法を組み合わせることでじゅうぶんな量の食物を確保できると考えている。また、これによって、食物価格も下げられるし、環境への負荷も小さくなる。

まず何よりも、アグリビジネスの影響力を抑えて農民の手に決定権を取り戻すことが必要だ。それが多くの人々の結論である。(原文へ

翻訳=山口響/IPS Japan浅霧勝浩