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インダス川水利条約の停止:アジア太平洋地域の結束への警鐘?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=シネイド・バリー、エマ・ウィテカー】

インドは4月23日、インダス川水利条約(IWT)を停止した。この65年にわたる協定は、数十年にわたり敵対関係が続くインドとパキスタンにとっては希有な協力の象徴となっていた。この停止の前日には、紛争地域であるジャム・カシミールで武装勢力が民間人を襲撃し、26人が死亡した。その大半はインド人観光客であった。インドはパキスタンが「越境テロ」を支援していると非難し、条約を停止することで対抗した。パキスタンは攻撃への関与を否定し、インドの措置を「戦争行為」と呼んだ。() 

1960年に調印されたIWTは、両国がインダス川水系の水を共有することを可能にした画期的な協定だった。この協定により、インドは東部支流(ラビ川、サトレジ川、ベアス川)を、パキスタンは西部支流(インダス川、ジェルム川、チェナブ川)を支配することになった。この条約は、水の共有にとどまらず、データ共有、技術協力、紛争解決のためのメカニズムを確立した。何十年にもわたり、この条約は外交と環境協力の勝利として称賛されてきた。しかし、その停止はこの遺産を今にも崩壊させる恐れがあり、特にパキスタンに壊滅的な結果をもたらしかねない。

なぜIWTが重要なのか

パキスタンの経済は農業に大きく依存しており、農村部の労働力の約70%が農業に従事している。インダス川はパキスタンの農地の80%を灌漑しており、何百万人もの人々の生命線となっている。もしインドが水流を迂回させたり削減したりすれば、パキスタンの農業は壊滅的な打撃を受け、広範な食糧不安と経済的不安定が引き起こされる可能性がある。リスクは高く、共有されている水資源を責任を持って管理できなければ、その影響はパキスタンの国境をはるかに越えて波及するだろう。

IWT停止のタイミングはこれ以上ないほど悪い。アジア太平洋地域全体で気候・環境リスクが高まっており、極端な気象現象はますます頻繁かつ深刻化している。2008年から2023年にかけて、インドだけで洪水によって5,700万人が避難を余儀なくされた。パキスタンでは、洪水が家屋を破壊しただけでなく、土壌の質も低下させ、農民が生きていくのに十分な作物を育てることができなくなっている。こうした圧力が都市への移住を促し、移住者は搾取的な状況に直面し、多額の負債を抱えることが多い。

気候リスクと地域の不安定性

気候変動と地域の不安定性の関連は無視できなくなっている。中央アジアでは、2021年にキルギスとタジキスタンの間で越境水資源を巡って衝突が起こり、50人が死亡、1万人が避難を余儀なくされた。太平洋地域では、海面上昇によってコミュニティー全体が移転を余儀なくされ、パプアニューギニアやソロモン諸島などの国々で緊張が高まっている。一方、東南アジアの水力発電ダムなどの大規模なインフラプロジェクトは、何千人もの人々を立ち退かせ、ラオス、タイ、ベトナムなどの国々との関係を緊張させている。

再生可能エネルギー源を構築するために必要な重要鉱物の需要は、問題をさらに複雑にしている。これらの資源を巡る中国と米国の競争は、世界の緊張を高めている。重要な鉱物の採掘は、フィリピンやインドネシアなどの採掘地域での搾取と暴力を助長している。これらの事例は憂慮すべき現実を浮き彫りにしている。すなわち、気候・環境リスクは単なる環境問題にとどまらず、安全保障問題でもあるということだ。

地域協力の事例

これらの課題に対応するには、集団的なアプローチが必要である。気候リスクは国境を問わないため、単独で取り組もうとするのは勝ち目のない戦略である。協力は、資源を結集し、知識を共有し、回復力を構築する方法を提供する。特に低所得国にとっては、気候資金、データ共有、技術移転を通じた地域の連帯が、生き残るか崩壊するかの分かれ目になる可能性がある。

しかし、協力は単に生き残るためだけのものではなく、機会を捉えるためのものでもある。共同の気候変動対策は、地域の絆を強め、平和を育み、共有の繁栄を創り出すことができる。気候・環境問題に関する国境を越えた協力は、関係機関、研究コミュニティー、市民社会を結びつけ、将来の課題に取り組むための基盤を築くことができる。協力することで、アジア太平洋地域は共有された課題を共有された強みに変えることができる。

IWTの停止は警鐘である。協力がかつてないほど重要になっている今、地政学的緊張によって気候変動対策が頓挫することは許されない。アジア太平洋地域は計り知れない課題に直面しているが、同時に計り知れない可能性も秘めている。対立よりも協力を優先することで、気候危機は平和、回復力、そして繁栄の共有のための機会を提供することができる。前へ進む道は簡単ではないが、それが進む価値のある唯一の道である。

シネイド・バリーは、adelphiの気候外交・安全保障プログラムのアナリストである。エマ・ウィテカーは、adelphiの気候外交・安全保障プログラムの上級顧問である。

INPS Japan

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ヒマラヤにおける持続可能な廃棄物管理モデル

【クンブ地方Nepali Times=レイラ・エザット

カトマンズ空港では毎日、大きなバックパックや登山装備を抱えた数百人の旅行者が、エベレストへの玄関口であるネパール東部のクンブ地方へ向かう航空機に乗り込んでいる。トレッキングや登山、あるいは精神修養のためのリトリートなど、その目的はさまざまだが、この神聖なヒマラヤの渓谷は、氷雪に覆われた名峰に囲まれた唯一無二の冒険の舞台となっている。|英語版

しかし、その人気には代償も伴う。

クンブ地方には毎年、登山者やトレッカー、ポーターを合わせて約6万~10万人が訪れる。その結果、数千トンもの固形廃棄物が発生し、地球温暖化の影響ですでに大きな負荷を受けている脆弱な山岳生態系をさらに脅かしている。

登山道の清掃から始まった取り組み

こうした問題に対応するため、サガルマータ汚染防止委員会(Sagarmatha Pollution Control Committee:SPCC)は1991年から活動を続けている。

同委員会は、エベレスト・ベースキャンプや登山道、そして世界最高峰群の麓に点在する地域社会において、ごみ管理を担ってきた。

「私たちの最初の目標は、登山道をきれいにすることでした。」SPCCのヤンジ・ドマ・シェルパ氏はそう語る。

「人気のトレッキングルートではポイ捨てを大幅に減らすことができました。しかしその一方で、大量のプラスチック、缶、ガラス、電子機器、さらには医療廃棄物までが焼却・埋設されるという慣行は、ほとんど改善されませんでした。」

「ごみ」も資源になる

一方で希望もある。ネパールでは、アルミ缶、スチール缶、PETボトルなど、多くの資源ごみをリサイクルできる体制が整いつつある。また、生ごみは堆肥や家畜の飼料として再利用され、紙も地域住民によって再活用されている。

こうした循環型社会の実現を目指し、2022年、ナムチェ・バザールに「サガルマータ・ネクスト(Sagarmatha Next)」が設立された。この非営利団体は、地域住民や観光客に対して持続可能な廃棄物管理について啓発活動を行うとともに、SPCCの活動を支援し、シェルパ文化と自然環境を尊重する持続可能な観光の実現を目指している。

地域ぐるみで廃棄物管理計画を策定

Nepali Times

地域行政や住民からの要請を受け、サガルマータ・ネクスト共同設立者のトミー・グスタフソン氏は、コロラド大学ボルダー校の山岳地理学者・自然保護研究者アルトン・C・バイヤーズ氏、アリゾナ州立大学の環境人類学者ミラン・シュレスタ氏とネトラ・チェトリ氏らと協力し、SPCCや地域関係者とともに包括的な廃棄物管理計画の策定に取り組んだ。

「サガルマータ・ネクストとSPCCは、国立公園内にある70カ所以上の埋立地について、位置、規模、廃棄物の種類、環境への影響などを詳細に調査していました。」そう語るのはバイヤーズ氏である。

「地域住民の考え方を理解し、廃棄物管理計画の策定を望んでいることが分かってからは、それほど難しい作業ではありませんでした。」「私たちが重視したのは、リサイクル、再利用、ごみの削減、そして遠方から運ばれる加工食品ではなく、地域で生産される食品をより多く利用することでした。従来のように、ごみを燃やしたり埋めたりする持続可能性に欠ける方法から脱却することを目指したのです。」

国家地理学協会の支援を受けた計画

この計画は、2019年にナショナルジオグラフィック協会の助成を受けて策定され、2020年に完成した。その後2023年には、SPCCとクンブ・パサン・ラム農村自治体(KPLRM)が、この計画の主要な提言を取り入れた「クンブ持続可能廃棄物管理計画」を正式に策定した。以来、SPCCと自治体は、3段階から成る廃棄物管理システムを運用している。

① ごみの回収・分別

各集落に設置された「環境ステーション(Environmental Station)」で、ごみを回収し種類ごとに分別する。

② 中間処理

分別されたごみは「資源回収施設(Material Recovery Facility)」へ運ばれ、圧縮・梱包などの前処理が施される。

③ カトマンズへ搬送

前処理された廃棄物はカトマンズまで輸送され、リサイクルまたは最終処分される。

着実に整備が進むインフラ

これまでにSPCCは、①登山道や学校を中心に125基のごみ箱、②クンブ各地に9カ所の環境ステーション(さらに18カ所建設予定)、③ナムチェ・バザールに資源回収施設1カ所(ルクラにも新設予定)、を整備してきた。

資源回収施設は建設費が高額であるものの、クンブ地域の循環型廃棄物管理を支える重要なインフラとなっている。

意識を育む拠点「サガルマータ・ネクスト」

サガルマータ・ネクストは、環境教育の拠点としての役割を担うとともに、SPCCや地域住民による環境保全活動を財政面からも支援している。

「私たちの役割は、人々の意識を呼び覚ますことです。」そう語るのは、サガルマータ・ネクスト共同設立者であり、登山家でもあるトミー・グスタフソン氏である。元企業経営者でもある同氏は、2016年からネパールで暮らしている。

「ここを訪れるすべての人にインスピレーションを与え、ごみが回収されてからリサイクルされるまでの仕組みを理解してもらうことが私たちの使命です。」

「Carry Me Back」─一人1キロのごみを持ち帰る

SPCCとサガルマータ・ネクストは共同で、「Carry Me Back(私が持ち帰ります)」というユニークな取り組みを始めた。この活動では、トレッカー一人ひとりが、あらかじめ処理された1キログラムのリサイクル可能なごみを背負い、各地の回収地点からルクラ空港まで運ぶ。その後、ごみは航空機でカトマンズへ輸送され、リサイクルされる。サガルマータ・ネクストの運営責任者ラクシュマン・ラマ・ブロン氏はこう説明する。

「すべてのトレッカーが環境保全活動に参加できます。未来の世代や自然のために何かを残して帰ることで、この旅はより深い意味を持つものになります。」

4年間で45トン以上を搬送

この取り組みは、訪問者から高い評価を得ている。開始以来4年間で、3万5千人以上が参加し、45トンを超える廃棄物が山から運び下ろされた。一人当たり1キロという小さな負担であっても、多くの人が参加することで大きな成果につながっている。

Cleanup campaign organised by SPCC. Photo: SPCC
Cleanup campaign organised by SPCC. Photo: SPCC

「ごみを見る目」を変える

サガルマータ・ネクストの目標は、ごみを回収することだけではない。「ごみに対する考え方そのものを変えること」が、その大きな使命である。センターでは、①クンブ地域の歴史、②山岳環境が直面する課題、③持続可能な解決策、④バーチャル・リアリティ(VR)体験、などを通して、来館者が地域の環境問題を体感できるよう工夫されている。

さらに館内にはアートギャラリーも設けられ、ネパール国内外のアーティストが、ごみや自然をテーマとした作品を展示している。2022年の開館以来、7万5千人以上がこの施設を訪れている。

アートも環境保全の力になる

Vulture sculptures by Ines Issa Villido, an environmental artist in residence at Sagarmatha Next in Fall 2025. Photo: SAGARMATHA NEXT

https://nepalitimes.com/cleaning-up-mt-everest-top-to-bottom
Vulture sculptures by Ines Issa Villido, an environmental artist in residence at Sagarmatha Next in Fall 2025. Photo: SAGARMATHA NEXT
https://nepalitimes.com/cleaning-up-mt-everest-top-to-bottom

2025年秋、センターのアーティスト・イン・レジデンスとして滞在したエストニア人環境アーティスト、イネス=イッサ・ヴィリド氏は次のように語る。

「サガルマータ・ネクストは、問題が実際に起きている場所で、人々を結び付ける場です。」

「廃棄物は私の作品づくりに欠かせない素材です。ごみだからこそ、より力強くメッセージを伝えることができます。」

「創造力と技術を組み合わせ、ごみから美しい作品を生み出す作業は、とても刺激的で楽しいものです。」

UN Photo
UN Photo

世界の山岳地域へ広がる可能性

地域住民の協力を得ながら進められているこの廃棄物管理モデルは、将来的には世界各地の高山地域でも応用できる可能性がある。

ヒマラヤだけでなく、多くの山岳地帯が観光客の増加と廃棄物問題という共通の課題に直面している。

クンブで培われた経験は、そうした地域にとって貴重な先例となるかもしれない。

依然として残る課題

毎年春になると、SPCCの「アイスフォール・ドクター」たちがエベレストへ入り、ベースキャンプからキャンプ2までのルートに梯子や固定ロープを設置する。

彼らは最初に山へ入り、最後に山を離れる存在でもある。

そしてルート整備だけではなく、ごみを回収して山から運び下ろす役割も担っている。

ベースキャンプからカトマンズまで

回収されたごみはまずベースキャンプからゴラクシェプへ運ばれ、そこで種類ごとに分別される。

その後、ゾッキョ(ヤクと牛の交配種)によってナムチェ・バザールまで運ばれる。

さらにリサイクル可能なごみはラバでスルケまで運ばれ、そこからカトマンズへ輸送される。

ヤンジ・ドマ・シェルパ氏によると、2025年には7トン(7,000kg)の廃棄物Carry Me Backで5トン(5,000kg)がカトマンズへ運ばれ、リサイクル会社Blue Wasteへ引き渡された。

標高6,000メートル以上に残る「凍ったごみ」

The carry me back initiative launched by SPCC and Sagarmatha Next aims at encouraging trekkers and visitors to transport recyclable waste from collecting points throughout their descent to Lukla. The G-Adventures team carried 50 + bags from Namche to Lukla in May 2026. Photo: SPCC
https://nepalitimes.com/cleaning-up-mt-everest-top-to-bottom

しかし、本当の課題は標高6,000メートルを超える場所にある。

ベースキャンプより上では、ごみだけでなく人間の排泄物も氷の中に凍結したまま残されることが多く、高山生態系や人の健康への深刻な脅威となっている。この問題への対策として、現在エベレスト遠征隊には、4,000ドルのごみ保証金の支払いが義務付けられている。

登山許可証を取得した旅行会社が観光局へ保証金を納め、登山終了後にSPCCが規則の遵守状況を確認した上で返還される仕組みである。

2025年、ネパール政府とSPCCは、エベレストの環境保全をさらに強化するため、ごみの持ち帰りに関する新たな取り組みを進めている。

2015年からSPCCは、「8キログラム・ルール」を導入した。これは、登山者一人につき8キログラム以上のごみをベースキャンプより上から持ち帰ることを義務付ける制度である。さらに2026年の登山シーズンからは、そのうち少なくとも2キログラムはキャンプ2(標高約6,400メートル)より上で回収したものでなければならないという規定が追加された。

加えて、登山者にはSPCCが配布する携帯用排泄物回収袋(Human Waste Bag)の使用も義務付けられている。

同様の制度は人気登山ルートにも広がっており、アマ・ダブラムでは登山者に3キログラムのごみと排泄物の持ち帰りが求められる。SPCCは現在、ロブチェ峰やアイランドピークのベースキャンプにも管理事務所を設置し、廃棄物管理を行っている。

それでも課題はなお残る。
An environment station in Khumjung. Photo: YANGJI SHERPA

標高6,000メートルを超える場所では、ごみや排泄物の多くが氷に閉じ込められたまま残されている。

パキスタンでの登山経験を持つフランス人アルピニスト、バンジャマン・ヴェドリーヌ氏は、高所での廃棄物管理の難しさを目の当たりにしてきた。同氏によれば、ベースキャンプではごみや排泄物は箱やドラム缶に回収され、高所ポーターが背負って約5日かけて村まで運び、そこからラバで搬出されていた。

一方、標高の高い場所では、毎年専門チームがキャンプ2まで登り、回収できる廃棄物を持ち帰るものの、多くは依然として氷の中に取り残されたままだという。しかも、作業員たちは長期間高所に滞在する装備や支援を十分に持たず、それ以上高い場所へ向かうことも難しい。

ヴェドリーヌ氏は当時を振り返り、こう語る。「その取り組み自体は本当に素晴らしいものです。しかし、彼らが命懸けでキャンプ2まで登っていく姿を見るのは、とてもつらい経験でした。命を落とす危険さえあるのです。現実とは思えない光景でした。」

Drone credit: Public Domain.
Drone credit: Public Domain.

ドローンが未来を変える可能性

ヴェドリーヌ氏は、将来的にはドローンが高山での廃棄物輸送を大きく変える可能性があると考えている。ネパールではすでに、エベレストのキャンプ1から廃棄物を空輸する貨物ドローンの実証実験が成功している。現時点では、キャンプ3やキャンプ4といったさらに高所まで飛行できる性能には達していない。そのため現在も、ごみの回収はシェルパや外国人登山者、そして清掃活動に参加するボランティアに大きく依存している。

しかし技術が進歩すれば、高所で働く人々の危険を大幅に減らせる可能性がある。

変化は私たち一人ひとりから始まる

どれほど技術が進歩しても、本当の変化は私たち自身から始まる。

訪問者も地域住民も、それぞれが環境保全の担い手であることに変わりはない。

観光が変えたナムチェ・バザール

1960年頃まで、ネパールの山岳地帯の多くの住民は、農業と牧畜を中心とした生活を送っていた。

しかし、標高3,440メートルに位置するナムチェ・バザールは、エベレストへの玄関口という立地を生かし、大きく発展する可能性を秘めていた。

現在では、トレッキング観光の中心地であり、シェルパ文化の拠点、そして登山者が高所順応を行う重要な場所となっている。

だが、この変貌は比較的新しいものである。

ナムチェで1973年に最初のロッジ「クンブ・ロッジ」を開業したペンバ・ギャルツェン氏は、当時をこう振り返る。

「観光が本格化したのは1990年代に入ってからです。それ以前のナムチェは交易の町でした。谷から運ばれてきた米や水牛の皮と、チベットから運ばれてきた塩や肉を交換する重要な市場だったのです。」

当時の暮らしは決して豊かではなかった。

電気も水道もなく、暖房や調理には薪を使い、夜は石油ランプだけが頼りだった。

「谷の下まで水を汲みに行かなければなりませんでした。20リットルの水を運ぶだけでも20分ほどかかりました。当時の生活は本当に大変でした。」

ヒマラヤから世界へのメッセージ

今日、エベレストは世界中の人々を魅了し続けている。

しかし、その美しさを未来へ引き継ぐためには、登山者、地域住民、行政、研究者、そして企業が協力し続けなければならない。

クンブ地域で進められている取り組みは、単なる「ごみ処理」の事例ではない。

それは、自然保護、地域社会、観光、教育、芸術、そして科学を結びつけた持続可能な山岳管理のモデルである。

世界各地の高山地域が同様の課題に直面するなか、この「クンブ・モデル」は、ヒマラヤを越えて広く応用できる可能性を秘めている。

エベレストを守ることは、世界の山岳環境を守ることにつながる。

そして、その第一歩は、一人ひとりが自然に対する責任を自覚し、小さな行動を積み重ねることから始まるのである。

Four 8,000m peaks (Cho Oyu, Everest, Lhotse and Makalu) showing the rapidly receding snowline in the Himalaya. Photo: KUNDA DIXIT
Four 8,000m peaks (Cho Oyu, Everest, Lhotse and Makalu) showing the rapidly receding snowline in the Himalaya. Photo: KUNDA DIXIT
レイラ・エザットは、ソルボンヌ大学で環境科学の博士号を取得。サンゴ礁から高山渓流に至るまで、水生生態系を専門とする研究者である。

INPS Japan/Nepali Times

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トランプ政権とインド太平洋地域における気候安全保障

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=トビアス・イデ】

大統領2期目の最初の100日間で、ドナルド・トランプは相当の混乱を引き起こしている。連邦政府予算の大幅な削減、民主主義のガードレールに対する懸念すべき攻撃、巨額関税の導入(の可能性)、ロシアとウクライナの間の不安定な仲介は、米国の、さらには世界の現実が急速に変化していることを示している。これらの懸念の中でも、気候変動は21世紀最大の安全保障課題の一つであり続けている。() 

本稿では、第2次トランプ政権の政策が気候安全保障にいかなる影響を及ぼしているかについて、特にインド太平洋地域に焦点を当てて概要を説明する。ただし、第2次トランプ政権は発足したばかりであるため、このようなリストはその性質上あくまでも暫定的なものとならざるを得ない。同様に、政権の政策が及ぼすと考えられる影響は広範囲にわたることから、考え得る全ての気候安全保障上の影響を論じることは本稿の簡潔な分析の範囲を超えるものとなろう。とはいえ、第2次トランプ政権は、インド太平洋地域における気候安全保障に明白かつ有害な影響を及ぼすだろう。

まず、トランプ大統領は就任1日目に、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)とそれに関連するパリ協定から米国を離脱させた。UNFCCCとパリ協定は、完璧とはとても言えないものの、温室効果ガス排出削減を目指す協調的な国際努力の基礎である。世界第2位のCO2排出国である米国の離脱は、特に他の国々もこれを機に自国のコミットメントを削減する(または本気度が低下する)恐れがあることから、国際気候政策に深刻な打撃を与えるものだ。太平洋島嶼国はもちろん、バングラデシュ、カンボジア、パプアニューギニアなどの国も含め、インド太平洋地域の大部分はすでに気候変動の影響に対して非常に脆弱な状態にある。トランプ政権の気候政策崩壊により気温上昇がさらに進めば、小数点以下の温度であっても、これらの脆弱性に拍車をかけるだろう。

さらに、気候変動への適応は経済的影響を伴う。計画または円滑化されたコミュニティー移転、干ばつに対して強靭な農業への投資、気候関連災害リスクの削減、医療インフラの改善など、気候変動がもたらす人間の安全保障上のコストを削減する対策には、高い費用がかかる。トランプの関税やそれがもたらす経済的混乱(たとえ関税が完全に実施されない場合でも)は、国家や家計が気候適応策の費用を支払う能力を制約する可能性がある。この問題に関する地域的関連性を把握するために、最も高い関税率のいくつかがインド太平洋地域に課せられる恐れがあることを念頭に置いて欲しい。スリランカ(44%)、ベトナム(46%)、ラオス(48%)、そしてもちろん中国(125%)である。

対外援助の削減も、状況をさらに悪化させる。USAIDは2024年、南アジア、東アジア、中央アジア、オセアニアに対して約30億米ドルの支援を提供した。USAIDの全予算のうちかなりの部分が、人道的対応(99億米ドル)、医療(95億米ドル)、農業(11億米ドル)といった、気候ハザードへの対処や準備に不可欠な分野に充てられていた。例えばバングラデシュとネパールでは、USAIDの資金によるプログラムがサイクロン、干ばつ、洪水のリスクに対処するうえで主要な役割を果たしていた。USAIDが機関として解体される見込みであるため、これらのプログラムも廃止または大幅な縮小を余儀なくされ、インド太平洋地域は気候変動に対していっそう脆弱な状態に置かれるだろう。

多くの気候変動対策が最先端の科学に基づいている。高精度気候モデル、災害予測システム、気候スマート農業を考えれば分かるだろう。トランプ政権は近頃、気候問題に関する研究助成金の多くを縮小している。また、環境問題に取り組む連邦政府機関の資金と人員も削減している。これによって、多くの気候研究者が利用している主要な気象データがもはや利用できなくなるかもしれない。災害対応や公衆衛生といった隣接分野への資金削減と併せ、これは気候変動対策に不可欠な知識基盤に深刻な打撃となる。

トランプ政権によるこれらの影響は、人間の安全保障を損なう一方、気候変動に直面する国家安全保障にも重大な影響を及ぼす。米国平和研究所やウィルソン・センターの環境変動と安全保障プログラムのような研究機関は、気候変動が武力紛争、移住、軍隊にいかなる影響を及ぼすかに関する政策関連の(かつ公表された)知識を生み出す最前線に立っていた。現在、米国政権はその両方を解体しようとしている。トランプ政権によるこのような常軌を逸した振る舞いと国際規範の無視は、インド太平洋における国際安全保障協力にも問題をもたらす恐れがある。この地域におけるオーストラリアやフィリピンのような主要な米同盟国の軍隊は、災害件数の増加、気候変動が軍事インフラに及ぼす影響、そして(フィリピンの場合であるが、インドやインドネシアなども)環境ストレスに関連する国内不安に対処するために苦慮する可能性がある。

要するに、第2次トランプ政権はすでに、インド太平洋地域などで気候安全保障分野における知識と能力の深刻な不足をもたらしている。このような状況による影響は、今後何年間も悪化していくと見込まれる。それゆえ、他の関係国は、少なくとも部分的にその不足を埋めるために取り組みを強化する必要があるだろう。幸いなことに、反発や懐疑的な見方があふれる中で、インド太平洋地域にはいくつかの明るい兆しが見られる。インドの軍部は、気候変動による安全保障上の影響を徐々に考慮するようになっている。オーストラリアの現政権は、気候変動への対策を講じることに対して従来の政権よりもはるかに意欲的である。日本は近頃、インド太平洋地域における気候安全保障に関する体系的かつ公開されたアセスメントの実施を支援している。そしてフィリピンは、災害救援活動を、特に国内の政治的に脆弱な地域において強化している。これらのイニシアチブは、いずれも単独では十分とは言えないが、正しい方向への一歩として重要性を高めつつある。

トビアス・イデは、マードック大学(オーストラリア・パース)の政治・国際関係学准教授。最近までブラウンシュバイク工科大学で国際関係学特任准教授を務めていた。環境、気候変動、平和、紛争、安全保障が交わる分野の幅広いテーマについて、Global Environmental Change、 International Affairs、 Journal of Peace Research、 Nature Climate Change、 World Developmentなどの学術誌に論文を発表している。また、Environmental Peacebuilding Associationの理事も務めている。

INPS Japan

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絡み合う危機の時代?

核廃絶 vs. 核抑止力──中間点は可能か?

【ウィーンLondon Post=オラミデ・サミュエル】

およそ80年間、核兵器は世界の安全保障を形づくってきた。それは、あまりに恐ろしいために使用できず、しかしあまりに戦略的に重要であるために放棄できないというパラドックスの象徴である。核兵器の全面廃絶を目指す「核廃絶」と、戦争を防ぐ手段として報復の脅威に依拠する「核抑止力」の間には、根深い対立が存在する。この対立は道徳的命題と地政学的現実を突き合わせるものであり、核心的な問いを提起する──対立する両者の間に、中間的な立場は存在しうるのか?|ドイツ語版英語

核兵器を保有する9か国が約12,500発の核弾頭を抱える現在(Global Zero, 2023)、そのリスクは計り知れない。本稿では、歴史的背景、ロシア・ウクライナやインド・パキスタンといった最近の事例、そして今後の展望を通じて、現実的な中間路線が存在しうるかを考察する。

歴史的背景

核兵器は、第二次世界大戦中に米国の「マンハッタン計画」を通じて誕生し、1945年の広島・長崎への原爆投下によってその破壊力が世界に知られることとなった。この出来事がもたらした倫理的衝撃は、世界の軍事戦略と外交政策に深く刻み込まれた。

冷戦時代、米ソ両大国は「相互確証破壊(MAD)」という戦略に依拠し、核戦争の勃発を回避しようとした。これは、いずれかが先制攻撃すれば、双方が壊滅的な報復を受けるという前提に基づいており、抑止理論の中核を成すものであった。

この戦略的バランスは、いまだに一部の国々が核兵器保有を正当化する根拠となっている。

現代の事例:ロシア・ウクライナ、インド・パキスタン

21世紀に入り、核兵器の現実的脅威はむしろ高まっている。ロシアのウクライナ侵攻(2022年)では、ウラジーミル・プーチン政権がたびたび核兵器使用の可能性を示唆し、西側諸国に対する抑止力として機能させようとした。これは、核兵器が依然として地政学的駆け引きの道具として使われていることを示している。

一方、南アジアでは、インドとパキスタンという2つの核保有国が、カシミール問題をめぐってたびたび緊張を高めている。両国とも先制不使用政策を標榜しているが、実際には衝突のたびに核戦争の可能性が取り沙汰される。

これらの事例は、核兵器の保有が必ずしも安定をもたらすとは限らず、むしろ危機を増幅させうることを示している。

核廃絶への道:理想か現実か?

核廃絶を主張する立場は、核兵器の人道的・環境的・倫理的リスクを強調する。国連の「核兵器禁止条約(TPNW)」は、核兵器の開発・実験・配備・使用、さらには使用の威嚇までも禁止する包括的な枠組みであり、2021年に発効した。

しかし、核兵器を保有するどの国もこの条約に署名していないことが、現実とのギャップを象徴している。現実的な安全保障上の脅威に直面する国々にとって、完全な核廃絶は理想主義的すぎると受け取られることが多い。

中間点は可能か?

この対立を乗り越えるには、妥協と現実主義に基づく中間的アプローチが必要かもしれない。たとえば以下のような施策が考えられる:

  • 段階的削減:すぐに全廃するのではなく、各国が段階的に核兵器を削減する。
  • 先制不使用政策(No First Use):核保有国が核兵器を先に使用しないと誓約することで、リスクを低減する。
  • 透明性の強化と信頼醸成措置(CBMs):核兵器の数や戦略についての情報公開、定期的な対話の枠組みを導入する。
  • 地域的非核兵器地帯の拡大:ラテンアメリカ、東南アジア、アフリカのように、地域ごとに非核兵器地帯を創設する。
  • デュアルトラック戦略:核抑止を維持しつつ、核軍縮への道筋を確保する。

これらのアプローチは、現実的な安全保障の懸念と、核廃絶という倫理的理想の間を橋渡しする可能性を持つ。

結論:共存か、選択か

核廃絶と核抑止の対立は、単なる政策の違いではなく、世界の未来をめぐる根本的なビジョンの対立である。中間点が可能かどうかは、国際社会がどれだけ現実を見据えつつ理想を追求できるかにかかっている。

究極的には、核兵器のない世界が可能か否かではなく、そうした世界をどのように築いていくかが問われている。核兵器が存在する限り、私たちは終末の可能性と隣り合わせで生きることになる──そのリスクを許容し続けるのか、それとも変革への道を選ぶのかが、いま問われている。(原文へ

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INPS Japan

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世界人口の半数が教育より利払いを優先──取り残される34億人

【ニューヨークIPS=マキシミリアン・マラウィスタ】

現在、世界の34億人が、教育や保健よりも債務の利払いに多くの国家予算を費やしている国々で暮らしている。これは、国連が掲げる「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の実現が危ぶまれていることを示す深刻な兆候である。

目標年まで5年を切るなか、開発途上国は年間4兆ドルにのぼる資金ギャップに直面しており、持続可能な開発への取り組みが後回しにされている。地域別の格差は次の通りである。

【アジア・オセアニア】
・教育より利払いに多くを支出:21億3900万人
・保健より利払いに多くを支出:22億4000万人

【アフリカ】
・教育より利払いに多くを支出:4億200万人
・保健より利払いに多くを支出:7億9100万人

【ラテンアメリカ・カリブ】
・教育より利払いに多くを支出:1億4000万人
・保健より利払いに多くを支出:3億5600万人

【世界全体】
・教育より利払いに多くを支出:34億人
・保健より利払いに多くを支出:24億人

教育は、貧困からの脱却に向けた最も有効な長期的手段とされている。にもかかわらず、世界人口の半数近くが教育より債務返済を優先する地域に暮らしている現状は、SDG4(質の高い教育)やSDG1(貧困の撲滅)の達成に向けた進展を妨げる要因となっている。

セビリア行動プラットフォーム

第4回開発資金国際会議(FfD4)において、「セビリア行動プラットフォーム」が発表された。これは再建的かつ拡張的な政策の即時実施を目指し、130の「高インパクト」施策を提示している。

このプラットフォームは、以下の3つの重点分野を柱としている。

1.大規模な投資の促進
税収の動員、ブレンデッド・ファイナンス(官民連携)、保証制度や地域通貨による融資を通じてSDG資金ギャップの解消を図り、危機対応に必要な資金の供給を強化する。

2.債務改革の推進
開発と引き換えに債務を相殺する「債務スワップ」、返済一時停止を可能にする条項を設けた連携枠組み、債務国同士の協議の場(ボロワーズ・フォーラム)などが含まれている。

3.グローバル金融構造の改革
各国主導の制度改革や、GDPに代わる脆弱性指標を取り入れた資金配分の見直し、国際開発協力の再設計など、制度の根本的見直しを目指す。

UNCTAD(国連貿易開発会議)のレベッカ・グリーンスパン事務局長は、「開発を考えるには、貿易・投資・金融・技術の各要素が相互に補完し合う統合的視点が必要だ」と述べ、プラットフォームの意義を強調した。

UNCTADはまた、貿易が「地域経済と世界成長を結びつける最も強力な手段」であるとし、予見可能な貿易ルールと透明な政策により、開発途上国の競争力と回復力を高める必要性を訴えている。

さらに、プラットフォームは「公的債務を負担から開発の手段へと転換する」という提案を掲げている。これは借入コストの引き下げ、公平な債務再編制度の導入を意味し、G20の債務処理共通枠組みを超える対応を想定している。具体的には、融資限度額を500億ドルから1500億ドルへと3倍に拡大する構想も盛り込まれている。

深まる「グローバル債務の罠」

過去10年間で、開発途上国は先進国よりも高金利で多額の債務を抱えるようになり、その結果、保健や教育などの基礎的な公共サービスが縮小を余儀なくされてきた。2010年以降、途上国の債務は先進国の2倍の速度で拡大し、現在では102兆ドルに達している。これは前年比で5兆ドルの増加に相当する。

2024年だけでも、61か国が政府歳入の10%以上を利払いに充てており、その合計額は9210億ドルに上った。開発途上国全体では、31兆ドルが債権者への返済に回されており、本来であれば教育や医療といった公共財に充てられるべき資源が奪われている。

多くの開発途上国は、返済能力に乏しいにもかかわらず、米国の2〜4倍の金利で借り入れを行っており、これは深刻な機会損失をもたらし、最も脆弱な人々の生活を直撃している。

本来、債務は適切に運用されれば、開発のための有効な手段となるはずである。しかし現状では、急増する利払いが将来の投資を圧迫し、債務の連鎖が遅延と依存の悪循環を生んでいる。この構造により、開発途上国は毎年250億ドルを超える利子を純流出させており、持続可能な開発を実現する余地が失われている。多くの国が、今や「生き延びるためだけの経済運営」に追い込まれている。

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、現在の債務システムについて「持続不可能で、不公平かつ非現実的だ」と断じたうえで、「多くの政府が、保健や教育の支出を上回る額を債務返済に充てている」と警鐘を鳴らした。事務総長は、長期的かつ持続可能な資金調達を可能にする新たなグローバル債務制度の創設を強く呼びかけている。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau

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パリから車椅子へ:ギラン・バレー症候群、リハビリ、そして連帯の力

Press Room in Paris with Kevin Lin, my colleague (second from right) and the author (extreme right). Credit: Katsuhiro Asagiri
Press Room in Paris with Kevin Lin, my colleague (second from right) and the author (extreme right). Credit: Katsuhiro Asagiri

【東京INPS Japan=浅霧勝浩

2024年9月、私は中央アジアと欧州を巡る出張の途上にありました。数々の有意義な出会いと意見交換に恵まれ、各地の人々との交流は実り多いものでした。パリで3日間の国際会議を取材を終え、旅の締めくくりに差しかかっていた夜、突如としてすべてが一変しました。

I was put on oxygen, and given a battery of tests at American Hospital in Paris.
I was put on oxygen, and given a battery of tests at American Hospital in Paris.

夜10時頃、ホテルの部屋で、太ももと指先に焼けつくような激しい痛みが走り始めました。数分のうちにその痛みは胸のあたりまで這い上がり、私は汗だくとなり、横になることも眠ることもできなくなりました。同行していた同僚のケビン・リンがすぐに救急病院へ連れて行ってくれました。私の酸素濃度は93%まで低下しており、アメリカン・ホスピタルに3日間緊急入院することになりました。酸素投与と一連の検査が行われましたが、命にかかわる異常は見つからなかったが、できるだけ早く帰国するよう勧められました。

ケビンは終始私のそばにいて、医師との連絡を取り合い、帰国の手続きをサポートしてくれました。私たちは医師の見立てに納得がいかず、帰国を決意。片道航空券を購入し、ケビンはシャルル・ド・ゴール空港まで私を付き添って送り届けてくれました。日本航空の乗務員の皆さんが脚を伸ばせる手配してくださったおかげで、何とか長時間のフライトを乗り越えることができました。

しかし、真の試練はここから始まったのです。

帰国後:制度の限界と向き合う
Japan Airline Airbus A350-900 credit: Wikimedia Commons.
Japan Airline Airbus A350-900 credit: Wikimedia Commons.

帰宅後、症状はさらに悪化し、激しい痛みのために立ち上がることも困難になりました。3日目、ついに救急車を呼ぶことにしました。そこで直面したのは、まさにパンデミック時代の慎重な対応を思い起こさせるような現実でした。海外渡航歴があることを理由に、4つの病院から受け入れを拒否されたのです。幸い、5件目の秀和病院がようやく診察を引き受けてくれました。診察の結果、医師からはギラン・バレー症候群(GBS)の疑いがあると告げられました。これは、免疫システムが自らの神経を攻撃するという、稀ながらも重篤な自己免疫疾患です。私は直ちに、獨協医科大学埼玉医療センターへ緊急搬送されることになりました。

Dokkyo Medical University Saitama Medical Center
Dokkyo Medical University Saitama Medical Center

同大学埼玉医療センターに入院した当初、麻痺は脚だけにとどまらず、顔面にも広がっていました。顔の筋肉がまったく動かせず、笑うことも、眉をひそめることも、自力でまばたきすることすらできませんでした。食事も困難で、麺をすすることはもちろん、口まわりの動きを要するものは口にできず、おかゆや細かく刻んだ食事をなんとか飲み込むのが精一杯でした。医師からは、症状がさらに進行すると、喉にまで麻痺が及び、飲み込むことすらできなくなったり、肺に達して呼吸ができなくなる危険性があると説明されました。幸いにも、麻痺は顔面で止まりました。言語聴覚士(ST)による集中的なリハビリを受け、少しずつ表情筋の機能を取り戻していきました。

激痛と日常の崩壊

治療にもかかわらず、激しい痛みは続きました。特にベットで横になると、両脚の筋が激しくつって激痛が走りました。ベッドの端に座ることでわずかな緩和が得られ、私は3週間以上、昼夜を問わずリクライニング車椅子で過ごしました。この不自然な姿勢は足の腫れを引き起こし、毎日のマッサージが欠かせませんでした。さらに深刻だったのが、パリでの初発症状の晩から始まった重度の便秘です。最大限の薬を投与しても、2週間近く排便がなく、身体的にも精神的にも極限に追い詰められました。

Sitting on the edge of the hospital bed to ease pain.While receiving intravenous painkillers, I sat on the edge of the hospital bed to ease the pain rising from my legs, cooling my hands with a wet towel to cope with the burning sensation in my fingertips. credit:Katsuhiro Asagiri.
Sitting on the edge of the hospital bed to ease pain.While receiving intravenous painkillers, I sat on the edge of the hospital bed to ease the pain rising from my legs, cooling my hands with a wet towel to cope with the burning sensation in my fingertips. credit:Katsuhiro Asagiri.

免疫グロブリン療法とステロイドパルス療法により、状態は安定しましたが、すでに13キロの体重が減り、筋力は著しく低下していました。歩くことも立つこともできず、リハビリに望みを託すしかありませんでした。

静かなるヒーローたち──PTとOTの力
The author practicing walking in the corridor of Amakusa Hospital’s ward, using Nordic walking poles. Credit: Katsuhiro Asagiri
The author practicing walking in the corridor of Amakusa Hospital’s ward, using Nordic walking poles. Credit: Katsuhiro Asagiri

11月8日、私は社会医療法人敬愛会・天草リハビリテーション病院に転院し、本格的な回復への道のりが始まりました。そこで始まったリハビリは、私にとって奇跡のような変化をもたらしてくれたのです。

病院では、担当医をはじめ、理学療法士(PT)作業療法士(OT)で構成されるチームが、私のために全力を尽くしてくれました。毎日3時間にわたる集中的なリハビリの中で、筋力の再構築、筋肉の再訓練、そして基本的な運動機能の回復に取り組みました。

PTの皆さんは、麻痺した下肢に少しずつ刺激を与えながら、最も基本的な動作から一つひとつ丁寧に指導してくださいました。OTは、動作の協調性やバランス感覚を取り戻すための訓練を重ね、日常生活の自立に向けて寄り添ってくれました。

彼らは単なる医療従事者ではありません。私にとっては、まさに「命の綱」と言える存在でした。自分自身が回復を信じられなくなったときでも、彼らは常に私を信じ、励まし続けてくれました。そのおかげで、私は少しずつ立ち上がる力を取り戻し、歩けるようになり、再び日常を取り戻す希望を見出せたのです。

資料:天草リハビリテーション病院

2025年2月7日、私は退院しました。そしてその1カ月後には、ニューヨークで開催された国際会議の取材に出かけ、仕事に復帰しました。いまも杖を必要とし、手足の感覚は完全には戻っていませんが、プロジェクトパートナーや同僚たちの支えを得て、生きがいと使命感を持って現場に復帰しています。

GBSから学んだこと:健康、共感、そして責任

私はこれまで、核廃絶持続可能な開発目標(SDGs)をテーマに、ウクライナ、スーダン、イエメンといった地域の人道危機を報道してきました。しかし、自身が病を患ったことで、それらの出来事を単なる「取材対象」としてではなく、「他人事ではない、共に生きる人々の現実」として、改めて捉え直すようになりました。

The author posing in front of UN Headqualters in NY. Credit: Katsuhiro Asagiri
The author posing in front of UN Headqualters in NY. Credit: Katsuhiro Asagiri

私の取材活動を支えてきた理念の一つに、「同苦(どうく)」という仏教の言葉があります。これは「共に苦しむ」「他者の痛みを自分の痛みとして受け止める共感的連帯」を意味します。この考え方は、今の私にとって一層深い意味を持つようになりました。報道の中で紹介される人々の立場になって想像してみると、医療にアクセスできずに病気やケガに直面することが、どれほど恐ろしいことかを身をもって実感しています。

だからこそ、特に米国のような大国による人道支援の削減を目にするたびに、胸が締めつけられるような思いになります。それは単なる予算の数字ではなく、実際の人間の命や暮らしに直結する重大な決断なのです。

私はたまたま、世界でも有数の医療体制が整った国に住んでいたからこそ、生き延びることができました。その幸運に報いるためにも、誰もが公平に医療を受けられる世界の実現を、これからも強く訴えていきたいと思います。

SDGs for All Banner 1
https://sdgs-for-all.net
感謝の言葉

この危機を乗り越えられたのは、以下の方々のおかげです。

  • パリで迅速に対応してくれた救急病棟の医師と看護師の皆さん
  • 常にそばにいてくれたケビン・リン氏
  • 帰国便で配慮してくださった日本航空の客室乗務員の皆さん
  • 入院を断られても搬送を諦めなかった救急隊員の皆さん
  • GBSの兆候を見抜いてくれた秀和病院の医療チームの皆さん
  • 確実な診断と治療を行ってくれた獨協医科大学埼玉医療センターの医療チームの皆さん
  • 睡眠もままならぬ夜を支えてくれた看護師の皆さん
  • 獨協医科大学埼玉医療センターと天草リハビリテーション病院のST、PT、OT、看護師の皆さん

彼らの仕事は決してニュースの見出しになることはありません。しかし、彼らなしでは回復はあり得ませんでした。これは、ギラン・バレー症候群からの生還の物語にとどまりません。リハビリの奇跡、介護者の人間性、そして「誰もが癒される権利」を支える連帯の力を語る記録でもあるのです。(原文へ)中国語版

INPS Japan

浅霧勝浩:東京を拠点に活動するジャーナリスト。国際通信社INPS Japanの代表として、核兵器廃絶や持続可能な開発目標(SDGs)に関する国際メディアプロジェクトを推進している。2024年には、「外国メディアが見たカザフスタン」コンテストにおいて、アジア太平洋地域の最優秀賞を受賞。彼の研究成果には、2000年7月にニューヨークで発行されている学術誌『Geographical Review』に掲載された「ドミニカ共和国に渡った日本人移民の軌跡」がある。

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釈迦の誕生と悟りを記念する祈願祭、ロ・モンラム・チェンモに僧侶らが参集

【カトマンズNepali Times=ソニア・アワレ】

チベット暦の最初の月、信仰者たちは「サガ・ダワ(聖なる月)」に「ロ・モンラム・チェンモ」の儀式を行い、仏陀の誕生、悟り、入滅を記念する。

「ロ・モンラム・チェンモ(Lo Monlam Chenmo)」は直訳すれば「ムスタン大祈願祭」となり、6月初めには1週間にわたり開催された。この間、すべての衆生の長寿と幸福、仏法(ダルマ)の継承・存続・普及、そして世界平和を願って、百万回を超えるマントラ(真言)が唱えられた。

photo: MANI LAMA IN MUSTANG
photo: MANI LAMA IN MUSTANG

祈願祭には、ムクティナート近郊の僧院の町ジャルコットに、僧侶と尼僧あわせて578人、さらに多くの地元住民が集まった。この祭りは600年以上の歴史を持つが、20世紀後半には衰退期を迎えた。当時、モンラム・チェンモはダライ・ラマの長寿を祈る場として用いられていた。

「ロ・モンラム・チェンモは7年前、ネパールで再び復興された。多くの寄付が、海外に移住した地元出身者から寄せられている」と語るのは、伝統文化や地元教育、ムスタンの遺産保護に取り組むジャルコットのノルブスム財団に所属するクンジョン・タクリ。「この祭りは来年はアッパー・ムスタン(上ムスタン)で、その翌年はロウワー・ムスタン(下ムスタン)で開催され、両地域が隔年で交互に主催している」

photo: MANI LAMA IN MUSTANG
photo: MANI LAMA IN MUSTANG

この祭りは、チベットをはじめ、ネパール(カトマンズを含む)、インドのラダックやシッキム、そしてブータンでも祝われている。

モンラム・チェンモは、1409年にチベットでラマ・ツォンカパによって初めて執り行われた。釈迦牟尼仏が示した奇跡を記念するために、新年の最初の2週間にわたり実施されたものである。最終日は満月の日であり、今年は6月11日に当たった。この日は「奇跡の日(Day of Miracles)」とも呼ばれ、多くの祭礼や儀式が行われる。

photo: MANI LAMA IN MUSTANG
photo: MANI LAMA IN MUSTANG
photo: MANI LAMA IN MUSTANG
photo: MANI LAMA IN MUSTANG

「最終日はとくに吉日とされ、祈りや修行を行うには最も適した日とされている。この日に行う善行は、功徳が何倍にも増幅されると信じられている」とタクリは言う。「そのため、スワヤンブナートやボダナートなど、主要な仏教聖地では、祈りを捧げる人々が真夜中から集まり始める」

この日、多くの人々がスワヤンブを時計回りに21周巡礼する「コラ(kora)」に挑む。その全長は約30kmにも及ぶ過酷な道のりである。また、他の信仰者たちは、サガ・ダワの月の間に聖地を108周する巡礼を行い、自らのカルマを浄化し、霊的な功徳を得ようとする。

photo: MANI LAMA IN MUSTANG
photo: MANI LAMA IN MUSTANG

祭りの期間中、個人でプージャ(供養)を行うこともできる。例えば、ヒンドゥー教の儀式である「シュラッダー(श्राद्ध)」―先祖を供養するためのもの―を捧げる者もいる。ジャルコットがムクティナートに近いことから、この祭りは仏教徒とヒンドゥー教徒の両方にとって意味深いものである。

また、多くの参加者は、仏教の非暴力の教え(アヒンサー:अहिंसा)に従い、サガ・ダワの月の間は殺生や害を及ぼす行為を慎み、菜食主義を貫く。さらに「ダーナ(दान:布施)」の実践として、僧侶や僧院に飲食物などを寄進し、慈悲の行為を体現する。

この祈願祭は、カトマンズを中心にネワール仏教徒によって実施されるもう一つの月例祭「グンラ(Gunla)」と多くの点で類似している。グンラは「功徳の月」を意味し、ネパール暦では第十月にあたり、通常は雨季にあたる時期に行われる。

グンラは、経典の読誦、断食、奉納音楽の演奏、巡礼の実施、そして五戒(पञ्चशील)――不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒――を実践しながら、仏法に対する内省と精神的修養の時間として位置づけられている。(原文へ

INPS Japan/Napal Times

Original URL: https://nepalitimes.com/here-now/a-million-mantras-in-mustang

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米国、マレーシアと戦略的民生原子力協定に署名 アジア太平洋地域での安全保障同盟構想も進行

【国連発IPS=タリフ・ディーン】

米国は現在、アジア太平洋地域において、32か国が加盟する長年の集団防衛条約「北大西洋条約機構 (NATO)」にならった、正式または非公式の安全保障同盟の創設を検討している模様である。この構想が実現すれば、新たな同盟には日本、韓国、オーストラリアに加え、ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムから成る10か国の東南アジア諸国連合 (ASEAN) 加盟国などが含まれる見通しだ。|ヒンディー語版英語

米紙「ニューヨーク・タイムズ」は先月、ピート・ヘグセス米国防長官の発言として「米国のインド太平洋地域の同盟国・パートナーへの関与を疑う者はいないはずだ。我々は友好国を包み込み、ともに協力する新たな方法を見出し続ける」と報じた。ヘグセス長官はまた、インド太平洋は「米国が安全保障同盟において混乱よりも継続性を重視する地域だ」と述べている。

米国防総省でインド太平洋安全保障問題を担当した元次官補のエリー・ラトナー氏も、外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」への寄稿で、米国とアジアの同盟国がNATO型の集団防衛条約を結ぶべきだと提案している。

新たな同盟は、主に同地域の2つの核保有国、中国と北朝鮮への防護盾となることを目的としている。世界には9つの核保有国が存在するが、そのうち4か国 (インド、中国、パキスタン、北朝鮮) がアジアに集中している。米国、英国、フランス、ロシア、イスラエルはアジア以外の核保有国である。

一方、オーストラリア、英国、米国による三国間安全保障パートナーシップ「AUKUS」は、「自由で開かれ、安全で安定したインド太平洋」の促進を目的としている。

ヘグセス長官の地域訪問に続き、マルコ・ルビオ米国務長官も訪問を行った。ルビオ長官は7月10日のクアラルンプールでの記者会見で「就任直後の最初の会合は日本、韓国、インドとのものだった」と振り返り、「その後も何度もこのグループで会合を重ね、日本のカウンターパートとは8~12回会っており、もはやお互い自分の家族より会っていると冗談を言い合う仲だ」と語った。

米国務省のタミー・ブルース報道官は、ルビオ長官がASEAN関連の外相会合や二国間会談のためクアラルンプールを訪れ、「自由で開かれ、安全なインド太平洋」への米国の揺るぎない関与を再確認したと説明した。

ルビオ長官はASEAN・米国ポスト閣僚会議に出席し、アンワル・マレーシア首相やマレーシア、ロシア、日本、フィリピンの外相と会談した。インド太平洋地域は世界の経済成長の3分の2を占め、米国外交政策の中心的焦点であり続けていると述べた。

また、ルビオ長官はマレーシアとの間で民生用原子力協力に関する覚書に署名し、最高水準の安全性・セキュリティ・不拡散基準の下での協力推進を確認した。現在、「123協定」に向けた交渉が進行中で、これが締結されれば、平和目的での原子力資材や機器の移転が可能となり、エネルギー・安全保障・経済分野での二国間関係がさらに深まることになる。

米原子力法第123条は、米国から他国への重要な核資材や機器の移転に際して、平和目的の原子力協力協定の締結を義務付けている。こうした協定 (通称「123協定」) は、技術交流、科学研究、保障措置に関する協議など、他の分野での協力も促進する。核不拡散条約 (NPT) と併用され、米国の不拡散原則を推進する法的枠組みを提供する。

パートナー国が123協定を結ぶには、厳格な不拡散要件を満たす必要がある。米国務省が交渉を担当し、エネルギー省 (DOE) や国家核安全保障局 (NNSA)、原子力規制委員会 (NRC) と協議しながら進められる。現在、約25か国が米国との123協定を有効にしている。

しかし、この安全保障同盟構想には、より軍事色の濃い見方もある。

カナダ・ブリティッシュコロンビア大学公共政策・世界問題大学院のM.V.ラマナ教授(軍縮・地球・人間安全保障担当シモンズ講座)はIPSの取材に対し、「もし新たな枠組みができれば、軍事化の傾向がさらに強まり、とりわけ中国との戦争リスクが高まり、気候変動対策など緊急の課題から資金が奪われる」と警告した。

さらに、「設立されれば、米国政府は加盟国に米国製の高価で破壊的な兵器を購入させ、米国の政策決定における軍需産業の影響力を強化し、それが米国内の社会状況をさらに悪化させるだろう」と指摘した。

ルビオ長官は「米国がインド太平洋や東南アジアから目をそらすことはあり得ない」と強調し、「21世紀の物語の多くがこの地域で書かれ、今後25~30年で世界経済成長の3分の2がここで生まれる」と述べた。東南アジア諸国は世界でも最も若い国々の一部であり、労働市場の急拡大が見込まれているとし、「これは一世代に一度の歴史的機会であり、経済的変革だけでなく米国との関係強化にもつながる」と語った。米国企業6,000社以上が過去20~30年にわたり同地域経済に大規模投資を行っており、この関係を維持・発展させる意向を示した。

国連条約局元局長で、前スリランカ駐中国大使のパリタ・コホナ氏は、中国は核兵器を保有しているが「先制不使用」政策を採っており、北朝鮮も攻撃抑止を中心とした政策を取っていると指摘。その上で、「東アジアや東南アジアでNATO型の抑止同盟を推進するのは過剰に思える」と述べた。

また、中国の海外基地はジブチの1か所のみで、北朝鮮には海外基地は存在しない。両国とも自国外に軍事要員を派遣していない一方で、米国は中国周辺に数千人規模の軍事要員を配備しているとし、「対中戦略の一環として米国がアジアに軸足を移してきた」と述べた。

コホナ氏は「意図的にあおられたものを含む、現実・想像上の緊張を緩和する最善策は、当事者間の対話を促すことだ。人類の進歩には紛争ではなく平和が必要だ」と強調。「途上国のインフラ整備、気候変動対策、極度の貧困撲滅を促進し、世界をより良くする同盟こそ必要である。過去の米国の軍事介入は平和をもたらさず、むしろ各国の発展を阻み、多くの戦闘員・民間人の死傷を招いた」と指摘した。

また、ルビオ長官は日米関係について「我々は日本との間に非常に強固なコミットメントと同盟関係を持ち、緊密に協力している。現在も日米間で共同訓練が行われている」と述べ、日本の自衛能力強化についても「憲法の枠内であれば支持する」とした。

INPS Japan

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【メルボルン LondonPost=マジド・カーン】

2025年6月中旬に発生したイランとイスラエルの軍事衝突は、国際社会に大きな衝撃を与えた。イスラエルは今回の事態をイランによる「重大な戦略的誤算」と非難。一方、イランは甚大な軍事的損失に加え、防衛体制への国民の信頼が揺らぐ事態に直面した。

この衝突のさなか、一部メディアは「イラン国内のインド人が危険にさらされた」「標的にされた」と報じた。しかし、詳細な検証によって、状況はより複雑かつ事実に基づいたものであることが明らかになった。

6月12日と13日、イスラエルはイラン領内深部に対して、空爆と秘密作戦を組み合わせた高度な軍事作戦を実施した。ナタンツやイスファハンの核濃縮施設、ミサイル基地、レーダー施設など、戦略的インフラが標的となった。

『The Wall Street Journal』や『AP通信』によると、この作戦ではイスラエルの諜報機関モサド主導とみられるサイバー攻撃と無人機を用いてイランの防空網を無力化し、その後、有人機を投入して精密爆撃を行った。合計15カ所の施設が攻撃され、イスラム革命防衛隊(IRGC)の幹部や核科学者を含む多くの死傷者が出た。

イスラエルの攻撃は、そのタイミングと複雑さにおいてイラン側の想定を大きく超えており、特にSNS上では「防空システムはどこにあったのか?」という国民の疑問と批判が広がった。

イラン側が対応に失敗した要因の一つとして、イスラエルの戦略的意図を誤読したことが挙げられる。イランの分析官らは、イスラエルによる軍事行動は核協議(オマーン)での進展の行き詰まりと連動すると誤って予測していた。

その誤認により、イスラエル軍の動きを示す初期情報は「心理戦」と見なされ、真剣に受け取られなかった。この判断ミスは、要員の移動や資産の防護といった防衛行動の遅れを招き、結果として攻撃時に複数のIRGC高官が標的施設内に居合わせていた。

この事態は、単なるイラン諜報機関の失策ではなく、誤情報、準備不足、そして硬直化した指揮体制が複雑に絡み合った深刻な機能不全だった。現場の指揮官が即応判断を下す裁量を持たず、上層部の承認を待たねばならない体制が、対応の遅れに拍車をかけた。

軍事的な展開と並行して、「インド人が攻撃に巻き込まれた」「標的にされた」との噂がSNSや一部メディアで拡散された。中には「インド人留学生がミサイル攻撃の近くにいた」「犠牲者が出た」といった未確認の報道も含まれていたが、いずれも信頼できる証拠に基づいていなかった。

6月13日以降、在テヘラン・インド大使館は注意喚起を発出し、在留インド人に対し安全な地域への一時的な避難を促した。24時間対応のホットラインも設置され、インド人留学生や労働者との連絡が強化された。

『The Times of India』や『WION』といった主要メディアは、大使館の対応を中心に冷静な報道を行い、在イランのインド人に取材したインタビューでは「不安はあるが、今のところ直接的な危険は感じていない」との声が多く寄せられた。

誤情報が拡散した背景には、地政学的緊張に伴う不安感、SNS上での未確認情報の拡散、そして過剰な反応があるとみられる。インド政府の安全勧告が一部では「実際にインド人が被害を受けた」と誤って解釈され、外交的な混乱を引き起こすおそれもあった。

より広い視点では、今回の衝突はイラン防衛体制の脆弱性と、現代戦の性質の変化を浮き彫りにした。イラン国内では、諜報機構の刷新、軍指揮系統の分散化、そして予測分析への過度な依存を見直すよう求める声が高まっている。

イスラエルの作戦は、サイバー戦、人間情報(HUMINT)、精密爆撃を統合した「ハイブリッド戦」のモデルを示し、被害を最小限に抑えつつ、戦略的成果を上げた。この戦術は、今後の中東各国の軍事ドクトリンに影響を与えるとみられている。

一方、チャーバハール港などのインフラ事業に従事するインド人が「イスラエルのスパイ活動に関与していた」との報道がインドおよび一部の国際メディアで浮上した。

『The New Indian Express』や『India Today』によれば、複数のインド人がスパイ容疑でイラン当局に拘束されたとされているが、これらはすべて匿名情報に基づいており、具体的な証拠は示されていない。

イランでは過去にも外国人がスパイ容疑で拘束された例があるものの、イスラエルとの関係が立証されたケースはない。今回の報道も文書、証言、公式な確認を欠いており、あくまで憶測の域を出ていない。

一部の専門家は、こうした報道はイスラエルの心理戦の一環として、同国の情報網の広がりを印象づける狙いがあるとみている。また、イラン政府が外国人労働者に対する監視強化や国内の治安対策の失敗を覆い隠す目的でこの種の情報を利用している可能性もある。

いずれにせよ、こうした報道はインドの外交的立場を複雑にし、テヘランとの間に不必要な摩擦を生む危険性をはらんでいる。

『The Hindu』や『The Wire』といったインド主要紙は、スパイ関与説に対して裏付けが乏しい点を指摘し、懐疑的な見解を示した。イラン国営メディアもこれらの報道を「西側による偽情報」として一蹴している。

匿名情報による報道と、これに続く公式な否定という構図は、情報戦の典型的なパターンに一致しており、相反する言説が世論や政策判断に影響を与える手段として用いられている。

仮にインド人がイスラエルの作戦に直接関与していなかったとすれば、なぜこのような報道が広がったのか。その一因は、現代の戦略的欺瞞という構造にある。第三国の関与を持ち出すことで、混乱を生み、信頼を損ね、外交的コストの転嫁が可能になる。

あるいは、まったく関係のない第三者が独自の意図でこうした危機を利用し、偽情報の拡散を図った可能性もある。

今回の衝突は、現代の戦争が物理的戦場にとどまらず、デジタル空間や情報領域でも同時に展開されていることを改めて示した。人的諜報の重要性はいまだ高く、今回のイスラエルの作戦も、長年にわたりイラン国内に構築された情報ネットワーク──おそらくIRGC内部の情報源も含まれる──によって支えられていたと考えられている。

さらに、米国および西側諸国との情報共有、特に衛星監視や通信傍受は、作戦成功において重要な役割を果たしたとみられている。しかし、明確な証拠がないままイスラエルの成功を外国人民間人の協力によるものとすることは、誤解を招きかねない。

最も重要な教訓は、現代の紛争がもはや伝統的な戦場だけで行われるものではなく、サイバー空間、メディアによる情報戦、秘密作戦といった複数の領域で同時に行われているという現実である。

この現実は、事実と操作された情報を見極めることを一層困難にし、政府、専門家、ジャーナリストに対して、かつてないレベルの注意と検証責任を求めている。(原文へ

INPS Japan/London Post

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1日で過去最多の1,200人超が英仏海峡を渡る 英国防相「国境管理は崩壊した」

【ロンドンLondon Post】

英国では土曜日、過去最多となる1日で1,194人の移民が18隻の小型ボートで英仏海峡を渡り、記録的な越境となった。これを受けて、ジョン・ヒーリー国防相は「英国は国境管理の主導権を失った」と厳しく批判した。

内務省が確認したこの数値は、今年に入ってからの1日あたりの最多記録であり、5月に記録された825人というこれまでの2024年の最多記録を上回った。これにより、今年の海峡越境者数の累計は14,811人に達し、前年同期比で42%増、年初5カ月としては過去最多となった。

ヒーリー氏はこの状況を「衝撃的」と形容し、仏海岸で密航業者が「まるでタクシーのように」移民を乗せて運んでいると非難。フランス側が合意された新たなルール(浅瀬での警察によるボートの摘発)を適用していないことが危機の要因だと指摘した。

ヒーリー氏は、スカイニュースの番組『サンデー・モーニング・ウィズ・トレヴァー・フィリップス』で「事実として、過去5年間で英国は国境の管理能力を喪失し、前政権が亡命制度を混乱に陥れ、移民は過去最多を記録した」と述べた。「密航業者は別の場所から出発し、海上で移民を拾っているのです」と語った。

一方で、現在のフランスとの協力関係は「求められるレベルに達している」としながらも、ルール変更の早期実施が急務だと強調。「我々の最大の課題は、このルール変更を実行に移し、密航業者を摘発し、ボートに乗った人々を海上だけでなく、出発前の段階で止めることです」と述べた。

仏海上当局によると、土曜日に阻止できた移民は184人にとどまり、試みられた越境のわずか15%にすぎなかった。英国側では、国境警備隊や救命艇が救助に当たったが、対応が追いつかず、ヨットやカヤックでの遭難に対処するために漁船まで動員された。

SNS上では、移民がゴムボートに密集して乗る様子を撮影した動画が拡散されている。

この急増は、労働党政権が純移民数削減とビザ要件の厳格化方針を発表してから3週間も経たない時期に起きた。また、移民問題が争点となるスコットランドの重要な補欠選挙を木曜日に控えており、政治的影響も大きい。

保守党の野党は土曜日を「労働党にとっての恥の日」と呼び、「英国は海の上で混乱に陥り、国境警備隊は限界に達している」と非難した。

キア・スターマー首相は、「犯罪組織の壊滅」を掲げ、国際協力の強化、新たな国境安全司令部の設置、そしてテロ対策レベルの権限を関連機関に付与する方針を打ち出している。しかし、季節外れの穏やかな天候も重なり、過去最多の越境が発生したことで、首相の公約は重大な試練にさらされている。(原文へ

INPS Japan/London Post

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