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危険に晒される先住民族の言語に警鐘を鳴らす

【ニューヨークIDN=J.ナストラニス】

第77回国連総会議長のチャバ・コロシ(元ハンガリー国連大使)氏は、12月16日に「先住民言語の国際の10年」を開始するにあたり、「先住民は、世界に残る生物多様性の約8割の保護者である。」と語った。

Csaba Korosi, President of UN General Assembly/ By Palácio do Planalto, CC BY 2.0

カナダのモントリオールで開催された国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)から戻ったばかりのコロシ議長は、「このイベントの目的は、先住民の言語を保護し、促進することにあります。そして、次の10年がその保護をどのように形成していくかを考えることです。」と語った。

「自然保護を成功させるためには、先住民の声に耳を傾け、それを彼らの言語で行わなければなりません。しかし、2週間に1つのペースで先住民の言語が死滅しています。先住民の言語が消滅するたびに、その言語に付随する文化、伝統、知識も消滅してしまうのです。」と、コロシ議長は指摘した。

北極圏のコミュニティが自分たちの言語で公共サービスを受けることを望み、コロンビアのアルワコ族が今もイカ語を話すなど、世界各地の先住民が母国語を守り続けようと決意している。

このような背景から2007年、国連総会は「先住民族の権利に関する宣言」を採択し、「先住民族の歴史、言語、口承、哲学、文字体系および文学を再生し、使用し、発展させ、将来の世代に伝える」権利を認めた。

「国際の10年」の宣言は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が世界的な取り組みを主導する「2019年国際先住民族語年」の重要な成果である。

ユネスコは、国連経済社会局やその他の関連国連機関と協力し、引き続き「国際の10年」の実施に向けた主導的な国連機関としての役割を担う。

国連経済社会局によると、先住民は世界人口の6%未満を占めるが、世界の約6700の言語のうち4000以上を話している。

UNESCO

しかし、控えめに見積もっても、今世紀末には先住民の言語の半分以上が絶滅するといわれている。

コロシ議長は、各国に対し、先住民族コミュニティと協力して、彼らの母語による教育や資源へのアクセスといった権利を保護し、先住民自身や彼らの知識が搾取されないように促した。

「そして、おそらく最も重要なことは、先住民族と有意義な協議を行い、意思決定プロセスのあらゆる段階で彼らと関わることです。」と助言した。

文化的アイデンティティと知恵

UNニュースは、先住民族と各国の国連大使が、先住民族の言語の保護と保全の必要性を訴えたと報じた。

メキシコのフアン・ラモン・デ・ラ・フエンテ大使は、22のメンバーからなる「先住民族フレンズグループ」を代表して、「言語は単なる言葉以上のものです。」と述べた。

「言語は、話者のアイデンティティと、民族の集合的な精神の本質です。言語は、人々の歴史、文化、伝統を体現しており、驚くべき速さで消滅しています。」と警告した。

UN Photo/Eskinder DebebeAmbassador Leonor Zalabata Torres of Colombia addresses UN General Assembly members at the launch of the International Decade of Indigenous Languages.
UN Photo/Eskinder DebebeAmbassador Leonor Zalabata Torres of Colombia addresses UN General Assembly members at the launch of the International Decade of Indigenous Languages.

コロンビアの国連大使であるアルワコ族のレオノール・ザラバタ・トーレス氏は、彼女の故郷で話されている65の先住民言語の一つであるイカ語で演説し、喝采を浴びた。

「言語は知恵と文化的アイデンティティの表現であり、私たちが祖先から受け継いだ日々の現実に意味を与えてくれるツールです。」と、スペイン語に切り替えて語った。

「残念ながら、言語の多様性は危機に瀕しており、その原因は、先住民の言語が劇的に減少し、多数派社会の言語に取って代わられることが加速しているからです。」

トーレス氏は、コロンビア政府が、強化、承認、文書化、活性化を柱とする先住民言語の国際の10年の実施に取り組む姿勢を強調したことを報告した。

言語と自己決定

「北極圏の先住民族コミュニティにとって、言語は政治的、経済的、社会的、文化的、精神的権利に不可欠です。」と、代表のアルキ・コティエク氏は語った。

コティエク氏はまた、「実際、先住民が先住民族の言語で言葉を発するたびに、それは自己決定の行為なのです。」と語った。

「先住民の言語や方言には、様々なレベルの活力がある。」というコティエク氏は、北極圏の先住民が「尊厳を持って自分たちの故郷に堂々と立ち、生活のあらゆる面で、自らの言葉で、健康、司法、教育の分野で不可欠な公共サービスを受ける」時代が到来することを思い描いている。

言語的公正に向けて

アフリカ社会文化圏の先住民代表であるマリアム・ワレット・メド・アブバクリン女史もまた、「先住民言語の国際の10年」の開始にあたり、国連総会で演説を行った。

UN Photo/Eskinder Debebe Ms. Mariam Wallet Med Aboubakrine, Indigenous peoples' representative of the Socio-Cultural Region of Africa, addresses the UN General Assembly at the launch of the International Decade of Indigenous Languages.
UN Photo/Eskinder Debebe Ms. Mariam Wallet Med Aboubakrine, Indigenous peoples’ representative of the Socio-Cultural Region of Africa, addresses the UN General Assembly at the launch of the International Decade of Indigenous Languages.

マリ出身の医師であるアブバクリン女史は、アフリカの先住民族、特にトゥアレグ族を擁護している。彼女は、各国に「先住民に言語文化的な正義をもたらすこと」を促し、それこそが和解と永続的な平和に貢献することになると語った。

アブバクリン女史は、国際の10年が国連条約の採択へと繋がり、「すべての先住民族の女性が、自分の言語で揺りかごの幼児をあやすことができ、すべての先住民族の子供が自分の言語で遊ぶことができ、すべての若者と成人がデジタル空間を含めて自分の言語で自己表現し、安心して働くことができ、すべての高齢者が自分の経験を自分の言語で伝えることができるようになる。」という希望を表明した。(原文へ

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西側が直面する専制政治と神権政治の新同盟

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この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=アミン・カイサル】

世界の政治は、分極化の不穏な局面に達している。この状況の根底には、おもに米国が主導する民主主義国家と、ロシアと中国が主導する専制主義国家との間の闘争がある。しかし、ほかにも危険な側面がある。専制主義の大国とアフガニスタンのタリバンのような過激な神権主義勢力との密接な関係が浮上してきたことである。

1991年のソ連崩壊は、まぎれもなく西側に楽観主義の新時代を引き起こした。多くの人々、特に重要なのは当時の米国指導者の見解では、それが世に知られていた冷戦を終結に導き、共産主義に対する民主主義の勝利、息が詰まるような中央集権的社会主義に対する自由主義的資本主義の勝利を印象付けたのである。これを受けて、フランシス・フクヤマのような思想家は「歴史の終わり」を主張した。非常に挑発的な共産党独裁主義の中国や高飛車なロシアの台頭とともに、パワーが西側から東側へと目立たぬところで移ると気付いた者はほとんどいなかった。(原文へ 

同様に、ジョセフ・ナイが説いた力の拡散を予見し得た者も多くはなかった。その典型的な例が、アルカイダやイスラミック・ステートのような多国籍の暴力的過激主義グループやネットワークである。また、米国とNATOおよび非NATOの同盟国がアフガニスタンから敗北のうちに撤退し、その結果、2001年9月11日の米国テロ攻撃を実行したアルカイダをかくまったタリバンが、再びアフガニスタンで政権を握ることになるとは、概して思いもよらないことだった。あるいは、その点で言えば、現代の独裁者ウラジーミル・プーチンの権力への野心を体現するものとして、ロシアがウクライナを侵攻するということも予想外だった。

一方で、それ以上に当惑をもたらすのは、対立する国家グループを率いる二つの大国が、利害のうえで自国側につくならどの国でもおかまいなしに仲間に引き込んでいることだ。米国のジョー・バイデン政権は、当初外交政策で重視していた人権と民主主義的価値の推進を放棄してしまった。中国とロシアは、米国に敵対している、あるいはその可能性がある勢力なら相手かまわずすり寄っている。例えば、バイデンはいまや、かつてパーリア国家と呼んだ国(サウジアラビア)に再び歩み寄ろうとしており、イスラエルにパレスチナ領の暴力的占領をやめるよう圧力をかけるふりさえもしなくなっている。中国とロシアの指導者は、タリバンに対して非常に友好的になっている。

北京とモスクワは、もはやタリバンを過激派勢力ではなく同盟国になりうる相手として見ている。アフガニスタンのタリバン政権を公式承認してはいないものの、両国は緊密な外交関係を確立し、貿易・経済関係を結んでいる。

北京はタリバン指導者を大いに歓迎し、2国間関係を促進するため中国外相がカブールを訪問した。いまや中国は、アフガニスタン、特にその鉱業部門に対する最大の投資国となる構えで、アフガニスタンからの輸入品に対する関税を撤廃した。北京は非常に影響力の大きいプレイヤーとして浮上しつつあり、タリバンから望ましい経済的パートナーという宣言を得ている。

中国の影響力、アフガニスタンの二つの隣国であるパキスタンおよびイランと中国の経済的・戦略的パートナーシップ、そしてパキスタンによる決定的なタリバン支援により、北京は非常に強固な地域グループを築いている。中国の「神なき」世俗的共産主義が、タリバンのイスラム過激主義ともイランの政治的多元性を持った神権秩序とも都合よく付き合っている様子は、驚くべきものである。

同じことは、タリバン政権をほぼ承認しているロシアにも言える。ロシアは、タリバンがモスクワでアフガニスタン大使館を運営することを認めており、パキスタン以外でそれを認める唯一の国である。プーチンのアフガニスタン特使、ザミル・カブロフは近頃、ロシアはあらゆる実用的目的のため、タリバン政権を承認された存在として見なして対応すると発表した。

ロシアは、アフガニスタンに対して天然ガスを割安な価格で販売することを申し出ている。ただし、いずれのパイプラインを経由するかは明確になっていない。タリバンは、ロシアのウクライナ侵攻を支持しているため、百戦錬磨のタリバン戦闘員がロシア軍の前線に配置されている可能性はある。ロシアは、タリバンのイスラム過激主義が裏庭である中央アジアに広まることへの懸念をほとんど捨てており、タリバンも、1980年代にソ連がアフガニスタンを占領していた時期のロシア人の残虐行為を忘れ、プーチンがその専制支配の裏付けとしてキリスト教への信仰を改めて強化していることも見逃しているようである。

米国とその同盟国は、長期に及ぶウクライナ支援の態勢を整えている。これらの国々は、プーチン率いるロシアが欧州秩序、ひいては世界秩序の変更を狙う敵国であり、中国はインド太平洋地域における脅威であると断じている。二つの東側の大国は、支援を得られるなら相手かまわず手を結ぼうとしてきた。その相手には、アルカイダとつながりのあるタリバンや、アジア、中東、特にアフリカなど、世界各地に広がるその関連組織のような神権主義的勢力さえ含まれる。

 現在展開されている戦線は、冷戦時代よりもさらに世界情勢を微妙に、そして危険にしている。

アミン・サイカルは、シンガポールの南洋理工大学ラジャラトナム国際学院で客員教授を務めている。著書に“Modern Afghanistan: A History of Struggle and Survival” (2012)、共著に“Islam Beyond Borders: The Umma in World Politics” (2019)、“The Spectre of Afghanistan: The Security of Central Asia” (2021) がある。

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医療従事者は私たちを守ってくれるが、誰が彼女らを守ってくれるのか?

【ワシントンDC/オックスフォードIDN=ローパ・ダット、ベッキー・コックス】

新型コロナウィルス感染症の世界的流行(パンデミック)では、9割を女性が占める最前線の医療従事者の活躍に称賛の声が広がったが、その陰では、こうした女性医療従事者を標的にした悪質な行為が横行している。私たちの2つの組織は、彼女たちの安全と保護に関する問題が増えているという報告を受けたが、その中には「性的搾取、虐待、嫌がらせ(SEAH)」に関連するものもあった。この問題の規模を確認するためにデータを探したところ、正式に収集されたものはほとんどなかった。

そこで私たちは、それぞれのオンラインプラットフォーム「#HealthToo」と「Surviving in Scrubs(手術着で生き延びる)」を開設し、女性達自身の言葉で話を聞くことにした。被害を受けた女性医療従事者が匿名で体験談を投稿できるサイトを開設することで、医療現場で横行している虐待の実態と、それを隠蔽する力学をよりよく理解することを目指した。

グローバルヘルスにおける女性(Women in Global Health)の報告書「#HealthToo: 女性医療従事者にとっての安全な職場環境」は、虐待の種類と原因を示し、実現すべき制度改革への提言を行うものだ。

多数の投稿から、女性医療従事者達が、性差別的な発言や習慣、不本意な誘い、身体的暴行に至るまで、職場に関連した「性的搾取、虐待、嫌がらせ(SEAH)」を経験していることが明らかになった。その証言は暗いものばかりだ。

ナイジェリアの女性歯科医は、「ある日、男性の医師がドアを閉めてキスを求めてきたので、拒否しました。すると顔をひっぱたかれました。」と証言した。

セネガルでは、ある女医が診察の後、祖父ほどの年齢の男性に診察室に閉じ込められた際の経験を証言した。「彼は医療界で尊敬されている人でした。彼は、私の服装(制服)が悪いのだと言って、無理やり壁に押し付けてキスをしようとしたのです。」

また、メキシコ人の研修医が、上司から高評価と引き換えに性行為を求められるなどの嫌がらせに遭った例もある。「この上司は楽な道を示してやる。だが、もし申し出を断れば、失格にする。」と脅迫されたという。

ある米国のコミュニティヘルスワーカーは、嫌がらせをした人について、「彼は職場の人に大声で『なぜこの女を雇ったのか理解できない。他のマネージャーが職場の『かわいい顔』として雇ったに違いないと主張した。」と証言した。

「#HealthTooプロジェクト」の報告書で強調された2つの大きな問題は、①被害の規模を示す公式な統計が存在しないこと、②虐待の被害者の多くが、恐怖や汚名、報復を恐れて報告しないこと、であった。証言では、女性が報告する際に支援を得られないと感じたいくつかの事例が強調されている。

#HealthToo
#HealthToo

ガーナの医師は、「報告しなかったのは、私がことを荒立てていると見られると思ったからです。また、誰も私の言っていることを信じてくれないだろうし、同僚や上司を敵に回したくないという気持ちもありました。」と証言した。

「証拠はないし諦めました。」と証言したルワンダの女性医療技師も、同様の心情から裁判所に訴え出なかった。

スペインの看護婦も、「その男性が私にしたことを証明することは不可能だし、訴え出ても誰も私を信じてくれないと思いました。」と証言した。一方、エチオピアの看護婦の場合、「口外すれば退職させる」と脅されたと証言している。

女性たちが職場で経験した「性的搾取、虐待、嫌がらせ(SEAH)」に関する生々しい証言は、身体的傷や長期に亘る精神的なトラウマなど、女性に及ぼす深刻で有害な悪影響を示している。

職場における「性的搾取、虐待、嫌がらせ(SEAH)は人権侵害であり、被害女性に正義が求められる。共有された個人的な体験談は、女性の安全を守れなかった世界の保健システムの不十分さを露呈している。このセクターの大多数を占める女性医療従事者は、虐待にさらされる環境で働いているだけでなく、多くの場合、環境そのものが虐待の横行を助長しているのだ。

この報告書は、国や状況に関係なく、男性に有利な力の不均衡が加害者にとって有利な環境を作り出し、虐待の主な根本原因の一つになっていることを明らかにしている。保健医療従事者の70%、現場スタッフの90%が女性であるにもかかわらず、保健医療分野の指導的地位の4分の3が男性によって占められている現状が大きな壁となっている。

特に低・中所得国では、性差別やセクハラを禁止する法律など、職場における男女平等を支援する法的枠組みがないことも問題を深刻にしている。

また、適切なインフラの欠如(共有の当直室、更衣室、暗い廊下)や、女性に対する虐待を矮小化し常態化する文化など、女性の安全に対する優先順位が低いことも要因として挙げられる。

地域や国の法律が必要な一方で、個々の職場は、この問題を認識し、内部告発の仕組みから義務的な研修や被害者の救済措置まで、安全策を提供する政策や慣行を導入しなければならない。

国際労働機関(ILO)の調査によると、職場での暴力は実質的にすべての経済部門とすべてのカテゴリーの労働者に影響を与えるが、職場における暴力事件の4分の1は保健部門で起きていることが明らかになった。

私たちのデータや、エチオピア、英国、エジプト、パキスタン、米国における様々な国内調査の報告書からも、「性的搾取、虐待、嫌がらせ(SEAH)」が世界の医療現場で横行している問題であることが明らかになっている。

世界レベルでは、2019年に採択されたILO条約190号について、ジェンダーに基づく暴力やハラスメントを含む暴力やハラスメントのない労働環境に対するすべての人の権利を認める画期的な条約として、一定の進展が見られた。この種のものとしては初の国際条約で、2021年6月25日に発効した。しかしながら、この画期的な条約を批准した国はその後僅か22カ国にとどまっている。

Tedros Adhanom Ghebreyesus/ WHO
Tedros Adhanom Ghebreyesus/ WHO

今こそ、ILO条約をさらに前進させ、加盟国が保健医療従事者をキャリアのあらゆる段階で「性的搾取、虐待、嫌がらせ(SEAH)」から保護するための世界基準を追加し、署名する時である。女性の保健医療従事者は、研修生や移住労働者が特に弱い立場にあり、日々人権侵害に苦しんでいる。

このような違反は、女性にとって大きな個人的犠牲を伴うものであり、保健医療サービスに大きな影響を与えるにもかかわらず、常態化しているのが現状である。特に女性が大量に離職する現象が続く中、2030年までに1000万人の保健医療従事者が不足すると予測されていることから、警鐘が鳴らされている。今こそ、世界の保健医療界が緊急に対応し、すべての保健医療従事者に安全で尊厳のある労働環境を提供すべき時だ。

世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム・ゲブレイエスス事務局長は、「医療従事者の安全を確保しない限り、いかなる国、病院、診療所も患者の安全を確保することはできない。」と述べている。(原文へ

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人身売買の境界とフロンティア―ウィーン会議報告

【ウィーンIDN=オーロラ・ワイス】

人身売買との闘いは、政府と非政府主体の緊密な協力を要するグローバルな現象だ。一国・地域・国際の各レベルで分野を横断した協力や意識喚起、予防的な行動がこの点で必要だ。効果的な予防措置は、人身売買撲滅活動の実践者たちの間で経験をいかに専門的に持ち寄ることができるかにかかっている。

オーストリアにとって人身売買との闘いは、2004年に人身売買撲滅タスクフォースを立ち上げてから常に外交政策上の高い優先順位を与えられていた。タスクフォースは2007年以来、国際移住機関(IOM)や欧州安全保障協力機構(OSCE)、そしてこの数年はリヒテンシュタイン政府と協力して年次会議を開催している。

今年のウィーンでの会議は「人身売買の境界とフロンティア」をテーマとした。さまざまな差異や限界、可能性を検討しようというものだ。人身売買の分類論自体が、移民の密航やその他の非合法な行為などの関連する現象と区別されるものでもあり、それと重なるものでもある。これらの行為は人身売買と併存し、被害者の確定を困難にしている。

人身売買と、最近現れつつあるその他の形態の搾取との違いが重要な議論のテーマになった。国境という概念はあらゆるところに現れ、ウクライナに対する戦争だけではなく、人身売買や非正規移住、難民の流れの関係にも見られるものだ。(人身売買の加害者にとってもそうなのだが)可能なことの限界が、最近の通信技術やシステムの発展によって引き上げられている。同様に、他人の身分の窃取や詐欺のようなあらたな形態の犯罪が、複雑なITシステムが普遍化するにつれて広がっている。

つながりを断つ

欧州連合(欧州連合)のダイアン・シュミット人身売買撲滅担当は、連鎖を断つことは意識を喚起することだと強調した。

毎年、7000人以上の人身売買被害者がEUで見つかっている。しかしこれは「氷山の一角」だ。暗数が多く被害者の本当の数はわからない。これがすでに第一の壁となっている。すなわち、認知と身元の確認だ。被害者とコンタクトを取ろうとする者はそのサインを見逃し、被害者は時として助けを求めることを恐れるかもしれない。これが人身売買の加害者と被害者をつなぐ見えない鎖だ。

シュミット氏は、「この連鎖を断ち切る第一歩は意識を喚起することだ。被害者になりかねない人々を含む市民らの人身売買に対する意識を喚起することで、まずもって犯罪の発生を予防することができるし、次に被害者の存在を認知して支援したり、加害者の行為を止め訴追することができる。」とウィーン外交アカデミーで行われた今回の会議で強調した。

意識喚起は、人身売買被害者の支援者訓練や人身売買の需要抑制策とあいまって効果を生み出す、とシュミットは語った。その明確な例は、ウクライナへの軍事侵攻から逃げてきた人々を保護するために各国やEUのレベルでさまざまな主体が実施している予防策だ。これらの措置のおかげで人身売買はきわめて低いレベルにとどまっている。

人身売買の加害者と被害者をつなぐ連鎖は、デジタル空間ではさらに見えにくいものになる。オンライン上での出来事とオフラインでの出来事との間の境界線が消えつつある。今日では、ほぼすべての人身売買が何らかの形でオンライン上でなされる。ここで重要なのは、オフラインで違法なことはオンラインでも違法だということだ。

オンラインの側面に触れると、性的搾取のことを考えがちだ。しかし、その他の形態の搾取も無視することができない。搾取的な労働や犯罪行為への参加を強制するためにオンライン上でリクルートされてくる被害者がいるからだ。

オンラインという要素は、人身売買の各段階の一要素に過ぎない。

国連麻薬犯罪事務所(UNODC)のイリアス・チャツィス人身売買・密航移民局長は、人身売買の加害者はその活動のあらゆる局面にきわめて迅速に新技術を取り入れてきているとという。2003年にはサイバー空間を利用した人身売買はわずか1件だったが、今日の人身売買では、被害者の勧誘からサービスの「販売」、違法利益のロンダリングに到るまで、少なくともひとつの形態においてはインターネットが必ず利用される。インターネットは、すぐに利用できるツールの一つとなったのだ。

「UNODCでは、加害者がいかにして偽サイトを作り、正当な求人サイトに広告を投稿し、あるいはSNSやマッチングアプリなどをいかに活用しているかについて追ってきた。『ハンティング』や『フィッシング』といった手法を通じて、彼らは〔搾取できる人間を〕必要としている集団や個人を積極的にターゲットとするのだ」とチャツィス氏は強調した。

5、6件の事例において、被害者は身分を騙った者から接触を受け、別の国に連れてこられると搾取が始まる。たとえば、加害者はIT部門の仕事を探している若者をターゲットとし、アジアの国での仕事を好条件で持ちかける。しかし、被害者がその国に到着すると、使用者はパスポートを取り上げ、契約は変更になったと告げる。そして彼らを、オンライン上での偽仕事に従事させるのである。今日、被害者の6割以上がオンライン上でリクルートされた者だ。

「今日、オンライン技術を利用しない人身売買のケースを見つけるのは難しくなっている。人身売買を将来的に根絶するには、加害者の技術レベルに各国がどれだけ追いつけるかにかかっている」とチャツィスは説明する。

違法売春とコロナ危機

見逃せない事実は、加害者は、ナイトクラブのダンサー、ウェイトレス、モデルなどのいずれであろうとも、うその約束をして出身国から被害者を連れてきているということだ。人間がある国から別の国へ移動させられるため、交通費のために借金をさせられることがあり、そこから抜け出せなくなる。

しばしば、同じ組織犯罪集団がさまざまな犯罪の背後にいて、カネを生み出す。有能な当局であれば、違法密航や麻薬密輸の背後にある犯罪者に焦点を当てるが、捜査を進める中で、保護を必要としている人身売買の被害者に出会うことも忘れてはならない。

違法売春は特にコロナ禍の間に激しさを増し、現在でもはびこり続けている。売春女性が公的空間や売春宿から消え、民間のアパートで働き始めた時期でもあった。このやり方は今日でも続いている。自らオンライン上で売り出し、自宅を仕事場とすることもできる。ベトナム人身売買売春局のクラウディア・D氏は、売春に従事させられている児童は自動的に被害者と見なすべき時が来ていると指摘する。

EUでは、人身売買の大半のケースが性的搾取だ。同時に、労働搾取も他の形態の搾取とともに増えている。人身売買と、不法移住、麻薬密輸、臓器切除、詐欺、汚職、マネーロンダリングなどその他の形態の犯罪との結びつきも強まっている。

オーストリア犯罪情報局で人身売買売春対策中央サービスのトップを務めるジェラルド・タツェルン氏は、被害者の存在そのものを証拠とせざるを得ない人身売買捜査は困難を極めると指摘した。証拠品や足跡が残りにくいということでもある。タツェルンは、人身売買の被害者は保護されねばならないが、インターネットを通じて攻撃がなされるとき、それはきわめて難しいと語る。技術の進展にしたがって、犯罪環境はサイバー空間に広がっている。

これまでに紹介してきた専門家に加え、国連ウィーン本部のガーダ・ワリー事務局長、フォルカー・トゥルク国連人権高等弁務官、欧州評議会人身売買撲滅条約のペトヤ・ネストロバ事務局長もタスクフォースに加わっている。(原文へ

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|インド|核兵器禁止条約加入への要求強まる

【ベルリン/ニューデリーIDN=ラメシュ・ジャウラ】

インドのナレンドラ・モディ首相に対して、核兵器禁止条約に加入するよう求める声が強まっている。同条約は国連総会にて2021年1月に122カ国という明確な賛成多数をもって採択され、50カ国以上の批准を経て発効した。以降、署名国の数は91に増えている。核禁条約は、核兵器の使用・保有・実験・移転を国際法によって禁じている。

モディ首相に対する呼びかけの重要性は、インドが世界の核保有9カ国の一つであるという事実による。現在、世界全体で推定1万3000発程度の核兵器が存在しており、そのほとんどが広島に77年前に投下された原子爆弾よりもはるかに強力である。

国連安全保障理事会の五大国であるロシア・米国・中国・フランス・英国がこの核兵器の大部分を保有している。だからと言って、パキスタン・インド・イスラエル・北朝鮮の核兵器もそれに劣らず危険である。

Global Nuclear Warhead Inventories 2021/ SIPRI
Global Nuclear Warhead Inventories 2021/ SIPRI

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の2021年の年鑑によると、165発の核兵器を保有するパキスタンに、156発のインドが続く。さらに、イスラエル90発、北朝鮮40~50発と続く。これら9カ国の核兵器保有国はいずれも核禁条約には加入していない。

The Union Minister for Panchayati Raj and Development of North Eastern Region, Shri Mani Shankar Aiyar addressing the Press Conference on 4th NE Business Summit to be held in Guwahati on 15th & 16th September 2008, in New Delhi on September 11, 2008./ By Ministry for Development of North-East Region (GODL-India), GODL-India
Shri Mani Shankar Aiyar addressing the Press Conference on 4th NE Business Summit to be held in Guwahati on 15th & 16th September 2008, in New Delhi on September 11, 2008./ By Ministry for Development of North-East Region (GODL-India), GODL-India

元外交官として高く評価されているマニ・シャンカール・アイヤール氏は、「インドが、この恐ろしい兵器を世界からなくすという問題で、従来の先駆的な役割を再開するならば、事実上の核保有国として初めて、この非常に危険な兵器の廃絶を主張する国になるだろう。」と語った。

インディアン・エキスプレス紙への投稿で、インドの学者、ジャーナリストであり、外交政策の専門家であるC・ラジャ・モハン氏は、インドの戦略は「信頼性のある最小限抑止」という考え方を前提にしていると論じている。いったい何が「信頼」に足るものであり、何が「最小限」なのかを考える時が来た、とモハン氏は言う。

「インドは、新たな次元に入りつつある世界的な核の言説により大きな関心を払い、自らの民生用・軍事用核計画について再考すべきだ。」

ムンバイの「アジア協会インドセンター」の下部組織である「アジア協会政策研究所」の上級研究員も務めるモハン氏は、1998年の核実験後、インドの関心は世界的な経済制裁も含め、核実験遂行の決定がインドに及ぼす影響への対処に移っていった、と指摘する。

Dr. C. Raja Mohan (Director, Carnegie India, Neu Delhi)/ By Heinrich-Böll-Stiftung from Berlin, Deutschland - C. Raja Mohan, CC BY-SA 2.0
Dr. C. Raja Mohan (Director, Carnegie India, Neu Delhi)/ By Heinrich-Böll-Stiftung from Berlin, Deutschland – C. Raja Mohan, CC BY-SA 2.0

2005年7月の歴史的な米印原子力合意は、インドが署名していない核不拡散条約(NPT)体制との長年の対立にようやく終止符を打つ枠組みを生み出した。

合意の要旨は、インドの民生用核利用と軍事利用を分離することにある。米印核協定が数年後に締結されたことで、インドは、核戦力を充実させ、1974年5月の同国初の核実験以来停止してきた世界の他の国々との民生用核協力を再開する自由を得た。

インド政府内では、米国との核協定の条件を巡って、しばしば激しい政治論争があった、とモハン氏は言う。

「政府中では、インドの核開発と外交政策の自立性を犠牲にするものではないかとの意見が根強かった…。インドは米国から原子炉を一基も購入したことがないし、米国の『ジュニアパートナー』となったこともない。インドの独立した外交政策は、うまくいっているように見える。しかし皮肉なことに、インドの核の孤立が2008年に解けると、核を巡るインド国内の議論は緊急性を失っていった。」

「2022年8月の第10回NPT再検討会議が失敗に終わったことは、今日の世界の核秩序が直面している新たな課題とそのインドへの影響を明らかにしている。」と、モハン氏は付け加えた。

Mahatoma Gandhi/ Wikimedia Commons
Mahatoma Gandhi/ Wikimedia Commons

アイヤール氏は、インドは核禁条約を支持しなかっただけではなく、この8年間、「インドは普遍的な核軍縮を謳うことも止めてしまっていた。」と指摘する。

このことは、マハトマ・ガンジーやジャワハルラル・ネルー首相、インディラ・ガンジー首相が、核兵器の保有や使用に対して明確に反対していたのとは好対照だ。つづけて、ラジブ・ガンジー首相は1988年、22年以内、すなわち2010年までに核兵器に依存しない非暴力的な世界秩序を段階的に建設するための詳細な行動計画を国連に対して提示した。

この提案された行動計画を履行する試みがまったくなされないまま2010年の期限を迎えようとする中、2006年、インドのプラナブ・ムカルジー外相(当時)は、この行動計画の主要な目的をまとめた作業文書を国連に提出した。

「しかし、(モディ首相が率いる)インド人民党(BJP)主導の政権が2014年に成立すると、インドはこの行動計画も作業計画も捨て去ってしまったようだ。ムカルジー元外相の作業文書は、インドがその10年前に事実上の核兵器国になった後に発表されたものであり、それに先立つものではなかったことは重要だ。」とアイヤール氏は断言している。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

1988年のラジブ・ガンジー首相が提唱した行動計画と作業文書に対する支持者は少なかったが、今では大量破壊兵器のない世界を追求する多数の非核保有国が登場してきている。

アイヤール氏は、「化学兵器の使用、あるいは使用の威嚇を違法化する国連条約という先例が存在する。核禁条約は化学兵器禁止条約の主要な条項の多くを取り込んでいる。もし化学兵器が国連の決定によって禁止されたのならば、核兵器に関してそうしてはいけない理由はない。」と強調する。

モディ首相がそこに向けて必要な措置を採るかどうかは未知数である。(原文へ

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「咢堂香風・日米交流の軌跡」

【東京IDN-INPS=尾崎行雄記念財団】

12月3日は 憲政記念館で尾崎行雄記念財団主催「米国桜寄贈110周年記念の集い・記念講演会」が開催されました。

土井孝子・NPO法人咢堂香風(がくどうこうふう)理事長による記念講演「桜とハナミズキ・日米交流の軌跡」では、長年にわたる米国との交流の歩みを披露いただき、日米両国の友好にも多大な貢献を果たされてきたことが改めて実感できました。

Ozaki Yukio Memorial Foundation
Ozaki Yukio Memorial Foundation

激動の国際情勢において、もしも相手国が困ったとき、両国政府は良好な関係であり続けられるか。

その時に強力な後押しとなるのは、それぞれの国民感情です。国民感情が良好であれば、危機的状況に陥ることなく頼もしい味方となります。逆に国民感情が冷え切って、さらには敵意につながると最悪の事態にも繋がります。

そうした歴史を鑑みると、咢堂香風が担ってきた民間外交は間違いなく意義深いものであります。

全米桜まつりは同国でも春の風物詩となっていますが、桜の由来が尾崎行雄市長による東京からの友好の印であることは意外と知られていません。

咢堂香風の活動は、桜とハナミズキを通じての咢堂精神普及にも大きな役割を果たしています。(尾崎財団ウェブサイト

INPS Japan

Filmed and Edited by Katsuhiro Asagiri/ INPS Japan

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いまだ幻想にとどまる中東非核兵器地帯化構想

【国連IDN=タリフ・ディーン

政治的にも軍事的にも不安定な中東に非核兵器地帯(NWFZ)を設けるという長年の提案が、1960年代から国連の廊下や委員会の部屋で議論されてきた。

1974年にエジプトとイランが行った共同宣言は国連総会決議につながった。しかし、それが政治的現実の領域に達したことはない。

Photo: António Guterres, United Nations Secretary-General, at the Security Council meeting on Non-proliferation/Democratic People's Republic of Korea on December 15, 2017. Credit: UN Photo/Manuel Elias.
Photo: António Guterres, United Nations Secretary-General, at the Security Council meeting on Non-proliferation/Democratic People’s Republic of Korea on December 15, 2017. Credit: UN Photo/Manuel Elias.

ニューヨークの国連本部で11月14日から18日にかけて開催された第3回「中東非核兵器地帯創設に関する国際会議」に出席したアントニオ・グテーレス国連事務総長は、会議が「成功裏に終了したこと」を歓迎し、提案の明るい面に着目した。

グテーレス事務総長は、レバノンを議長国とするこの会議に参加した国々に対して、「将来的な条約確立に向けた建設的な関与」を歓迎した。

会期間にも作業を継続することを会議参加者らに求め、「核兵器やその他の大量破壊兵器がない地帯を中東に創設することをオープンかつ包摂的な形で追求する努力」を支援すると語った。

現在、5つの国連安保理常任理事国である米国・英国・フランス・中国・ロシアに加え、インド・パキスタン・イスラエル・北朝鮮という9つの核兵器国が存在する。

イスラエルは中東における唯一の核保有国であり、それにイランが続いている。サウジアラビアとエジプトも核保有への関心を度々示している。

『パレスチナ・クロニクル』の編集者で作家のラムジー・バロウド博士は「核兵器のない中東地域を確立するための国連のいかなるイニシアチブも歓迎するが、歴史が教えてくれるのは、そうしたジェスチャーはせいぜい象徴的なものでしかないということだ。」とIDNの取材に対して語った。

Dr. Ramzy Baroud speaking in Seattle. (Photo: Waleed Hishmeh/ The Palestine Chronicle
Dr. Ramzy Baroud speaking in Seattle. (Photo: Waleed Hishmeh/ The Palestine Chronicle

「さらに悪いことに、米国を中心とした国際社会は核不拡散の問題を政治的に扱ってきた。たとえばイランのような国々は、核能力の開発を目指そうとしているだけであらかじめ制裁の対象になるのに対して、イスラエルのように90発から140発ほどの核兵器を保有しているとみられる国には何のお咎めもない。」とバロウド博士は指摘した。

10月31日の国連総会では、イスラエルに核兵器の放棄と核施設を国際原子力機関(IAEA)の監視下に置くことを求める決議案が採択されたが、イスラエル自身も含めわずか5カ国だけの反対があった中に米国とカナダの姿もあった。

「残念ながら、米国や西側の国々がイスラエルを支持している限り、中東非核兵器地帯はすぐには実現しないことは分かっている。」

「だから、この地域に非核兵器地帯を求めることは、米国がイスラエルの敵とみなされる国々の核開発を抑制することにしか関心がないことを考えると、空虚な呼びかけにすぎない。これでは、大量破壊兵器に関する倫理的な話し合いの出発点にはなり得ないし、成功するはずもない。」とバロウズ博士は断言した。

ニューヨーク大学グローバル問題センター国際関係学の元教授であるアロン・ベン=ミーア博士は、中東に非核兵器地帯を設立しようとの国連総会の取り組みは、いくつかの理由により何度も失敗に終わっていると指摘した。

Dr. Ben-Meir in Jerusalem, Israel. The Temple Mount sits in the background./ By MikeAbdullah - Own work, CC0
Dr. Ben-Meir in Jerusalem, Israel. The Temple Mount sits in the background./ By MikeAbdullah – Own work, CC0

そもそも、中東で唯一核兵器を保有するとされながら、核拡散防止条約(NPT)に加盟していないイスラエルに常に焦点が当たってきた。

20年以上にわたり、国際交渉と中東研究の講座を担当しているベン=ミーア博士は、「イスラエルの視点からは、ミハエル・マーヤン国連副大使が言ったように、NPTは遵守の度合いによってのみ意味を持ち、中東の「固有の安全保障上の課題」に対する解決策を提供するものではない。」と語った。

イスラエルの考える限りでのこれらの「固有の安全保障上の課題とは、第一に、イスラエルが中東の大部分の国家から承認されておらず、そのうちいくつかの国家がイスラエルを敵と宣言していることにある。」とベン=ミーア博士は指摘した。

第二に、皮肉にも、NPT加盟国であるイランが核兵器を追求し高濃縮ウランを大量に保有しているという点だ。イスラエルの観点からすれば、イランは自国の生存を脅かす脅威なのである。また、シリアでも未申告の核活動が残っており、イスラエルにとって重大な懸念となっている。

最後に、ユダヤ人の歴史的経験とイスラエルの現代的安全保障の観点から、イスラエルの国家安全保障を巡るイスラエルの懸念は特に重要である。

「イスラエルが核兵器を保有していることは公然の秘密化しているが、中東の他の国々が核保有することを抑止するために、核保有を否定も肯定もしない『あいまい政策』を採り続けている。」とベン=ミーア博士は語った。

「イスラエルはNPTに加入することを拒み続け、国連総会が要求するように、すべての核兵器を放棄したり国際原子力機関の監視下に核施設を置いたりすることを拒み続けている。」

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               

「従って、こうした状況が続き、イスラエルとイランを含む地域のすべての国との間で包括的な和平合意が成立しない限り、核兵器やその他の大量破壊兵器のない地帯を中東に創設するというのは幻想にしか過ぎないだろう。」と、ベン=ミーア博士は主張した。

中東の非核化を加速させる上で、もう一つ極めて重要な動きは、米国がこの地域の友好国・同盟国に核の傘を提供するという条約上の保証を与えることだ。

Map of Middle East
Map of Middle East

「こうした措置によって、イランなどの国々が核兵器取得を目指すという危険な道を回避することができる可能性がある。」と、ベン=ミーア博士は付け加えた。

国連によると、現在、南半球の大部分と中央アジアに5つの非核兵器地帯(NWFZ)が存在する。また、南極大陸とモンゴルも特別の非核地位を有している。

「非核兵器地帯は、世界の核不拡散・軍縮の規範を強化し、平和と安全に向けた国際的な努力を強化するための重要な地域的アプローチである。」

非核兵器地帯のそれぞれの領域では、核兵器の取得・保有・配備・実験・使用が禁止されている。

さらに、これら非核兵器地帯条約の締約国は、核保有国がこれら非核地帯を構成する国々に対して核兵器を使用したり使用の威嚇を行ったりすることを予防する法的拘束力のある協定を正式に締結するための努力を続けている。

グテーレス事務総長が「軍縮アジェンダ」で述べているように、「非核兵器地帯は、核兵器のない世界に向かう地域的取り組みと世界的取り組みとの相乗効果を示す優れた例となる『画期的な手段』である。」

国連は「非核兵器地帯はそれ自体が目的であると考えるべきではないが、これらの地域協定はそれぞれがより平和で安定した世界を実現するための集団的な取り組みに大きな価値を与えることになるだろう。」としている。(原文へ

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|世界人権デー|アントニオ・グテーレス国連事務総長メッセージ

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【国連IDN=アントニオ・グテーレス】

世界は、人権における未曽有かつ相互に連鎖する課題に直面しています。

飢餓と貧困が拡大しています。これは、何億もの人々の経済的・社会的権利に対する侮辱です。

シビック・スペースが狭められています。 世界のほぼすべての地域で、報道の自由とジャーナリストの安全が危険なほどに低下しています。

特に若者たちの間で、制度に対する信頼が失われつつあります。 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより、女性と女児への暴力のレベルが上昇しています。

人種主義、不寛容、差別が蔓延しています。 気候変動、生物多様性の喪失、汚染という地球の三重の危機から、人権をめぐる新たな課題が浮上しています。

また私たちは、一部のニューテクノロジーが人権に及ぼす脅威をようやく理解し始めたばかりです。

こうした試練の時代において、私たちは、市民的、文化的、経済的、政治的、社会的権利を含むあらゆる人権に対する決意を新たにしなければなりません。

私が2020年に立ち上げた「人権のための行動呼びかけ」では、私たちが直面する課題の解決策の中心に、人権を据えています。

このビジョンは、人権に根差した新たな社会契約の導入を求める、『私たちの共通の課題(Our Common Agenda)』に関する私の報告書に反映されています。

来年迎える世界人権宣言の75周年を、行動の機会としなければなりません。 私は、加盟国、市民社会、民間セクターなどに対して、悪影響をもたらしている今日の傾向を反転させる取り組みの中心に人権を据えるよう要請します。

人権は人間としての尊厳の基礎であり、平和で包摂的、かつ公平・平等な繁栄する社会の礎です。 人権は、求心力であり、団結のための掛け声です。

人権は、私たち共通の人間性という、私たちが共有する最も基本的な部分を反映しています。 今年の「人権デー」にあたり、私たちは、すべての人々の人権を擁護するとともに、あらゆる権利の普遍性と不可分性を再確認します。(原文へ

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|視点|インドのG20議長国就任は、世界をひとつの家族に変えるチャンスか?(イマーネ・デルナイカ・カマリ セントジョセフ大学講師)

【トリポリINPS/Aldonyanews(レバノン)=イマーネ・デルナイカ・カマリ】

インドのナレンドラ・モディ首相は9月に地域協力組織「上海協力機構」首脳会議に合わせて開催した印露首脳会談の席で「今日、私たちは生存のために戦う必要はない。われわれの時代は戦争の時代である必要はない。実際、そうであってはならない。」と、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に対して苦言を呈したが、この宣言が20カ国・地域(G20)バリ・サミットの最終コミュニケへの道を切り開いた。

By Imane Dernaika Kamali
By Imane Dernaika Kamali

今日の世界が地政学的地経学的に困難な状況にあることは間違いなく、これらのリスクに効果的に対処する方法が見直されなければならない。

気候変動、テロリズム、パンデミック(疾病の世界的流行)など国境を越えた問題が広がる中、万人の平等と世界平和のために多国間協力が必要になってきている。

私たちは、土地や資源を巡って他国と争えば、どの国でも勝利と進歩が得られると信じようとした時点で失敗したのだ。

世界中の何十億という人々が欠乏の中で生活しているのに、私たちは自分たちの生存のためにこれらの資源を巡って争い失敗したのだ。

真の主権とは、何よりも人道的かつ普遍的な責任であることを知らずに、国家のいわゆる「主権」を口実に、戦争や虐殺への人道的介入を回避して、私たちは失敗したのだ。

さらに、国連は戦争を止め、紛争を防ぐことができなかった。残念ながら、国連は、諸国に対する権威ではなく、より高次の機関(=国連)に主権を譲渡することを拒否してきた諸国の手に委ねられた権威にとどまっている。

国連が政治的現実を変え、大国間の合意を形成し、紛争を消滅させることに失敗した後、多国間協議の仕組みが登場し、この暗いシナリオの中で状況を覆し、ゲームのルールを変えようと試みているのである。

その中でも、G20はユニークなプラットフォームであることは間違いない。

G20は、1990年代後半に東・東南アジアを襲った金融危機を背景に、中所得国の関与によって世界金融の安定を確保することを目的に、1999年に結成された。

G20 は世界の政府間フォーラムの一つとして登場し、20の先進国と発展途上国(アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、中国、フランス、ドイツ、インド、インドネシア、イタリア、日本、韓国、メキシコ、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ、英国、米国、欧州連合)から構成されている。

G20は、世界のGDPの85%以上、商業の約75%、世界人口の60%を占める経済圏を代表している。

G20の議長国は加盟国間で毎年交代し、議長国を務める国は前・次期議長国とともに、いわゆる「トロイカ」を形成している。

インド(12月1日に就任)は、2023年12月末までG20の議長国を務め、9月の1ヶ月間、インドのG20議長国を癒しと調和と希望のあるものにするために、各国政府・首脳との会議を200以上開催する予定だ。

ここで、いくつか疑問が生じるかもしれない。つまり、インドは本当にこの世界に根付く戦争と紛争の論理を廃絶することができるのか?富と貧困の両極を際立たせるだけの現在の経済システムを改革するよう、世界を後押しできるのか?根本的な「一体感」を提唱し、人間の安全保障を確保するために、すべての人が共に行動するよう促すことができるのか?といった疑問だ。

実際、インドは多国間協議のプラットフォームにおいて途上国や新興国がより広く代表されるよう努力してきた。またグローバルサウスを代表して、何度もこうした国々の問題や不満を提起してきた。つまり、インドは今年の議長国として、途上国や新興国が関心を持つ問題をG20のトップテーブルに上げて強調することは確実であろう。

G20のロゴマークは、インドの文化、歴史、遺産を象徴する蓮の花をデザインし、インドの国旗の色であるサフラン、白、緑、青を使用した。ロゴの7枚の花びらは、7つの海、そして2023年に議長国インドに集う7つの大陸を表しており、蓮の花の周りに座ることで、世界がひとつの家族であるというインドのビジョンと、人類が難局を乗り越え勝利するためにインドが取るアプローチを表現している。

インドが掲げたG20のタイトル「一つの地球、一つの家族、一つの未来」は、「ヒンドゥー教の教典に登場し、インドの国会議事堂の入り口に刻まれている「世界はひとつの家族」を意味するサンスクリット語「Vasudhaiva Kutumbakam」に由来している。

モディ首相は、このG20のテーマを単なるテーマではなく、気候変動、食糧安全保障、医療、技術など、インドが世界の緊急課題と考える課題に取り組むことが使命であり責任であると考えている。

その上で、モディ首相は、私たちの家族において、最も必要としている人が常に最初の関心事でなければならないように、G20でも、その声が聞こえないことが多い「グローバルサウス」の国々のパートナーに優先順位をつけていくことを強調した。

さらに、来年インドが中国の習近平国家主席をニューデリーに迎えることは、平和への一歩となるだろう。特に、中印関係は、ヒマラヤにおける両国の国境をめぐる領土問題で現在行き詰っているからだ。

G20サミットに合わせてニューデリーでの開催が見込まれるロシアのプーチン大統領とウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領の会談は、外交と対話を通じて戦時下の両国の間に事態収束の橋をかける契機となり得るものである。

最後に、現在の地政学的な状況において、各国間の緊張が高まり、多国間機構がますます信頼性を失っている中、インドの課題は極めて困難であると思われる。

世界の人口の6分の1を擁し、マハトマ・ガンジーの思想に基づき賢明にも世界最大の民主主義国家と世界第5位の経済大国に成長したインドが、G20議長国への就任を、単なる多国間機関の議長交代に終わらせるのか、それとも世界を一つの家族に変える絶好の機会にするのか、今後一年を通じてその真価が問われることとなる。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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太平洋諸島における気候関連の移動と人間の安全保障を方向づける

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ティム・ウェストバリー 】

太平洋諸島の安全保障をめぐる言説は、多くの場合、地域外の意見や関心に支配されている。近頃行われたシャングリラ対話では、太平洋地域における地政学的な戦略的競争をめぐる喧噪の中で、フィジーのイニア・セルイラトゥ防衛相が「われわれの存在そのものに対する唯一最大の脅威は[……]人間が引き起こす壊滅的な気候変動である」と述べた。太平洋島嶼各国の政府は、ずっと以前より安全保障の概念を拡大して人間の安全保障の観点を含める必要があることを認識してきた。直近では、2018年のボエ宣言で、気候変動を「太平洋の人々の生活、安全、福祉にとって唯一最大の脅威」と指摘している。2019年に採択されたボエ宣言行動計画は、人間の安全保障や紛争との相互関係など、気候変動が太平洋地域の安全保障に及ぼす影響をよりよく予測し、理解し、状況に沿った把握をする必要があるという認識を示している。これは、太平洋地域で人々が直面している、単独で扱うことはできない安全保障課題に取り組むためには、伝統的な安全保障のアプローチでは不十分であるという認識を反映している。気候変動は、生計手段、淡水供給、食料安全保障を脅かし、健康に悪影響を及ぼし、貧困と不平等に拍車をかけている。また、太平洋地域の気候安全保障に関する一部の報告では、人口移動や資源競争によって国内紛争や不安定性が引き起こされ、地域安全保障に影響が及ぶリスクが指摘されている。(原文へ 

気候変動が人間の移動に及ぼす影響は、太平洋地域コミュニティーの人間の安全保障を脅かすリスクの例として広く取り上げられ、地域における気候安全保障のリスク経路として認識されている。個人、世帯、地域社会、そしておそらく環礁の島々や国の住民にとって、移動は気候変動への対応としてますます現実味を帯びている。気候変動は、地域における多様な移動パターンに深刻な影響を及ぼすと予想される。しかし、気候移住が人間の安全保障にもたらす影響は、それをどのように捉え、管理するかに大きく依存する。例えば、伝統的な安全保障のアプローチは、国境の警備を促進し、また、移民を安全保障上の脅威と見なすことができる。法律上も概念上も不正確であるにもかかわらず、「気候難民」という表現は、太平洋地域の気候安全保障課題に関する世界の言説に依然として広く行き渡っている。しかし、このような特徴付けは、気候変動の被害を受けている人々を非人間的に扱いその力を奪うリスクがあり、太平洋地域では広く拒絶されている。それはまた、生計手段の多様化や環境リスクマネジメントの方法として長い歴史を持つ、太平洋地域における人間の移動の複雑性を考慮に入れていない。また、都市化や災害からの避難など、現代的な移動課題にもこの地域は直面している。移動の決定には複数の原因があり、貧困、社会的排除、土地や資金やサービスへのアクセスの不平等といった問題の影響を受ける。知識へのアクセスといった経済的・社会的要因も、移動がどの程度強制的か自発的か、そもそも実際に人々が移住するか否か(しばしば「不動性」と呼ばれる)にも影響する。

太平洋地域の全ての国が、計画外の移動による悪影響を防ぎ、移動できない、または移動を望まない人々を支援するための策を講じる必要があることは明らかである。移動は、選択によってなされ、人間の安全保障のアプローチ(国連総会決議66/290を参照)を通じて促進される自由と呼応する太平洋の人々のさまざまな希望や能力に見合ったものでなければならない。人間の安全保障は、気候変動と安全保障の関係を理解し、移動による対応を導く人間中心の視点を提供する。しかし、それは万能薬ではなく、人間の安全保障に対する幅広いアプローチへの批判があることも認めなければならない。このような状況で、気候移動に対する人間の安全保障のアプローチの価値を示し、それが、安全保障、レジリエンス、気候変動への適応、持続可能な開発に重点を置いた既存の政策領域をいかに補足するかを明確にすることが重要である。太平洋諸国の政府は概して小規模であり、競合する政策ニーズへの対応やサービス提供において、すでに課題に直面している。政策の調整と一貫性が肝要である。人間の安全保障は、太平洋コミュニティーが直面する「日常的」な不安の複雑性と、脆弱性を低減するために移動が果たす役割に注意を向けている。また、太平洋諸島の豊かな文化的、政治的、歴史的、経済的な多様性にも注意を払っている。気候関連の人の移動に対する人間の安全保障のアプローチは、地域に合わせた調整、予防、保護、エンパワーメントの重要性を強調するべきである。

人間の安全保障は、国家計画プロセスに分析的な支援を提供し、人間の移動のガバナンスに関する規範を導くことができる。また、重要な点は、安全保障と開発を結びつける枠組みを提供し、さまざまな規模にわたって、幅広い関係者の能力を集結させる統合的行動を支援することである。とはいえ、明らかに国や地方レベルで真のインパクトをもたらすためには、人間の安全保障を実用化することが鍵である。人間の安全保障のアプローチは、現地の移動に関する課題に合わせて対処能力を構築することの重要性を認識しなければならない。また、人間の安全保障を実用化するためには実用的な定義も必要であり、国家レベルの重要課題を反映し、政府全体の賛同を確保しなければならない。また、インパクトと有効性を測定するためにモニタリングを行うべきである(太平洋人間の安全保障枠組み2012-2015<Pacific Human Security Framework 2012-2015>の総括報告書に指摘されるように)。人間の安全保障のアプローチに関する概念を明確にし、文脈に沿ったものにすることが重要となる。

人間の安全保障の視点は、移動する人々やその出身地および目的地のコミュニティーにとって、移動がいかに不安への対処や人権の実現に寄与するかを理解するために役立つ。人間の安全保障のアプローチを実用化し、実施に必要な資源を分配するなど、このアプローチを採用することの価値を評価するのは、明らかに国家政府の役割である。人間の安全保障の価値は、両立可能な目標を掲げ、脆弱性の原因となる絡み合う問題を解決し、レジリエンスを構築する政策的アプローチを促進する形で実用化されるとき、明白になる。気候移動に対する人間の安全保障のアプローチが太平洋地域全体のプロセスとして統合され、強化されるようにすることが重要である。このような「入り口」としては、提案されている太平洋人間の安全保障枠組みの「刷新」、気候関連の人間の移動に関する地域的議論、ボエ宣言行動計画に基づく国家安全保障戦略の策定などがある。太平洋地域の人々が日常的に直面する安全保障課題の脅威への対処を助けるため、太平洋島嶼民の実体験と移動に伴う彼らの希望や能力に基づいて、人間の安全保障を理解し、地域の状況に応じて把握しなければならない。

ティム・ウェストバリーは、気候安全保障、人間の移動、地域主義、持続可能な開発に関心を持つ国際開発実務者である。太平洋地域における国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)持続可能な開発担当シニアオフィサーなど、20年以上にわたりアジアおよび太平洋地域において国連システムの業務に従事してきた。シドニー大学より環境法修士号を取得し、現在はクィーンズランド大学の博士課程で太平洋地域の気候安全保障と人の移動に重点を置いて研究に取り組んでいる。本稿は、太平洋気候変動移住と人間の安全保障(PCCMHS)プログラムの元で発表した政策提言‘Navigating human security and climate mobility in the Pacific Sea of Islands’に基づく。

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