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宗教団体・市民団体が朝鮮半島危機終結を訴え

【国連IDN=タリフ・ディーン】

700以上の宗教団体・市民団体が、朝鮮半島の危機を終結させ「戦争を挑発する軍事行動」を回避するよう訴えている。

これら団体は共同声明の中で、「私たちは今日、大きな危機感を抱いてここにいる。戦争という言葉がかつてないほど身近に感じられる。韓国、米国、北朝鮮の軍事演習が何日も続き、かつてないほど緊張が高まっている。」と述べた。

韓国プレスビテリアン教会、韓国全国教会協議会、韓国平和アピールキャンペーン、6月15日共同声明履行韓国委員会などが署名した。

10月27日に立ち上げられたこのキャンペーンでは、朝鮮半島で進行中の紛争に関わるすべての当事国政府に対して、あらゆる敵対行動を即時停止し、対話と相互の信頼醸成を通じた紛争解決に戻るよう呼び掛けている。

声明文では、和平協定の締結、核兵器と核の脅威のない朝鮮半島(及び世界)の実現、制裁と圧力ではなく対話と協力を通じた紛争の解決、軍拡競争の悪循環からの脱却と、人間の安全保障と環境の持続可能性への投資などを訴えている。

集められた署名は、国連と、大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国・米国・中華人民共和国を含めた朝鮮危機の当事国政府に届けられる。

共同声明はまた、危険な軍の演習が繰り返し行われ、この土地のすべての命の安全が危険に晒され出口が見えなくなっていると警告した。

Image: South Korean commuters watch TV coverage of the North Korean missile launch from a Seoul railway station. (AFP: Jung Yeon-je)
Image: South Korean commuters watch TV coverage of the North Korean missile launch from a Seoul railway station. (AFP: Jung Yeon-je)

「このままでは、一瞬の過失から予期せぬ武力衝突が起こり、戦争が現実のものとなってしまうかもしれない。軍事的危機と不安定な状況が続けば、社会・経済全体に大きな影響を与える。」

「『新冷戦』と言われる混沌とした国際秩序と軍拡競争の激化の中で、朝鮮半島の危機がどのようなリスクをもたらすか予測することは困難である。現在の火急の課題は、一触即発の状態から脱出することだ。」

他方で、平和的な解決を求める声明は、北朝鮮が核武装を続け、隣国の韓国と長年の宿敵である米国を脅かす弾道ミサイルを相次いで発射する中で出された。

ニューヨーク・タイムズ紙は11月14日、北朝鮮が先週発射した23発を含め、今年に入ってから「どの年よりも多い」86発ものミサイルを発射したと報じた。

同紙は、北朝鮮はまた「韓国に向けて核ミサイルを発射する準備を行っている」としている。

「北朝鮮は開発中の新型大陸間弾道ミサイルを実験するのみならず、米韓同盟が共同軍事演習を強化する中で、両国に対峙するために短距離ミサイルを頻繁に発射している。」

このミサイル実験は、「北朝鮮はいつミサイルを使い果たすのか」という修辞的な疑問も誘発してもいる。

Photo: The writer addressing UN Open-ended working group on nuclear disarmament on May 2, 2016 in Geneva. Credit: Acronym Institute for Disarmament Diplomacy.
Photo: The writer addressing UN Open-ended working group on nuclear disarmament on May 2, 2016 in Geneva. Credit: Acronym Institute for Disarmament Diplomacy.

核に関する専門家で「核兵器廃絶国際キャンペーン」の初代代表であり、1996年の包括的核実験禁止条約と2017年の核兵器禁止条約の交渉にも参加したことのあるレベッカ・ジョンソン博士は「北朝鮮における緊張の高まりは、ある文脈の下で理解されねばならない。」と語った。

彼女はIDNに対し、「北朝鮮の非核化は、単に指をくわえて見ているだけではだめで、朝鮮半島全体とその周辺の島や海を非武装化し、非核化するための交渉の中で行われなければなりません。」と語った。

米国、中国、南北朝鮮、日本、ロシアは、過去数十年間の「六者協議」に参加した政府であるが、近年の核の脅威の高まりに対応し、前提条件なしに平和と非核化に関する地域交渉にもっと建設的に関与する必要がある。

「もしそうすれば、核兵器の製造や脅威、使用を防ぐためのより良い方法を見出すことができる。核兵器禁止条約の履行と検証のための新しい多国間ツールを活用することは、各国政府と国民が国家の安全保障を見直す道を開くことにもなり、紛争含みの地域における脅威的な体制の非核化に向かう協議が可能となるだろう。」とジョンソン博士は主張した。

北朝鮮の国営「朝鮮中央通信」によると、10月に相次いだミサイル実験は、米韓による大規模な海上機動訓練に対抗して行われたものである。この実験は、韓国への戦術核の投下を想定したもので、劇的な警告の意味合いが含まれている。

Ned Price, Spokesperson for the U.S. Department of State/ U.S. Department of State, Public Domain
Ned Price, Spokesperson for the U.S. Department of State/ U.S. Department of State, Public Domain

米国務省のネッド・プライス報道官は11月7日、北朝鮮の軍司令官による「反撃」の脅威について問われ、「我が国の対応は、今回の一連の挑発行為を通じて皆さんが聞いてきた通りです。条約上の同盟国、つまり日本と韓国の防衛と安全に対するわが国のコミットメントは、確固たるものです。」と記者団に語った。

「我が国は、防衛と抑止の態勢を強化するための多くの措置を取ってきました。今後もそのアプローチや活動を適切に調整していきます。」

プライス報道官はまた、「朝鮮半島の完全な非核化は、昨年の対朝鮮半島政策見直し(新たな対北朝鮮政策についてトランプ政権の『グランドバーゲン〈一括取引〉』とオバマ政権の『戦略的忍耐』のアプローチはとらないと明言。日韓両国と連携して『調整された現実的アプローチ』をとり、北朝鮮の非核化を目指すとした:INPSJ)完了以来の目標であり、その後変更ありません。また今後も変更はないだろう。」と説明した。

国連のステファンドゥジャリク報道官は10月、「北朝鮮最高人民会議が(9月8日に)採択した『核戦力に関する朝鮮民主主義人民共和国の政策について』の法律に対して国連のアントニオ・グテーレス事務総長が懸念を持っています。安全保障ドクトリンにおける核兵器の役割と重要性を強化することは、核のリスクを削減し根絶しようとしてきた国際社会の数十年に及ぶ努力に反するものです。」と記者団に語った。

「北朝鮮は、弾道ミサイル技術を利用したミサイルを開発するなど、核兵器計画を推進することによって、そうした活動を停止するよう求める安保理の諸決議を無視し続けている」と、国連事務総長の言葉を引用して語った。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

グテーレス事務総長は北朝鮮に対して、朝鮮半島の持続可能な和平と、完全かつ検証可能な非核化を達成することを視野に入れて、主要な当事者との対話を再開するよう求めている。

他方で、韓国・国連間の第21回軍縮不拡散協議が11月3・4両日にソウルで開催された。

韓国政府と国連軍縮局が主催しているこの協議は「地域および国際安全保障にとって重要な問題について率直な議論を行い、現在の軍縮関連問題を検討すること」を目的としたものである。

国連によるとこの会議には、韓国の朴容民外交調整官(多国間・グローバル問題担当)、中満国連軍縮問題上級代表を初めとして、政府関係者、国連関係者、シンクタンクや 学術機関を含む市民社会組織の代表者など、国内外から50人以上が参加した。

この会議では、「『将来の軍縮状況の評価:宇宙の安全保障とミサイル開発』と題し、国際安全保障の分野で新たな課題に直面している諸問題に対処しようとするものであった。

国連によると、宇宙システムに対する脅威と誤算によって起こるリスクには幅広いものがある。これは、宇宙空間における新たな軍拡競争の可能性に関して国際社会が懸念を強めており、これらの脅威に対応する規範やルール、原則を確立する必要性が高まっている、という。(原文へ

INPS Japan

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【ウィーンIDN=オーロラ・ワイス

国連教育科学文化機関(UNESCO)、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)、オーストリア連邦欧州国際問題省(BMEIA)は11月初旬、「ジャーナリストの安全に関する国連行動計画」の10周年を記念して、「ジャーナリストの安全:民主主義を守るためにメディアを保護する」と題するハイレベル会議に参加した。

この会議には、外務大臣、メディア担当大臣、国際機関、市民社会、学界の関係者など、400人以上が参加した。

ユネスコは会議に先立ち、アフリカ、アジア、欧州、ラテンアメリカ、アラブ地域で地域別・テーマ別の協議を開催した。これらの協議の結果を踏まえ、11月3日、関係者、特に市民社会組織(CSO)、学術界、ジャーナリスト、学生の代表者がウィーンに集まり、国連行動計画の実施を改善するための具体的な勧告を策定するためのプレ会議を開催した。

Image source: Sky News
Image source: Sky News

今年は11月1日までに、すでに76人のジャーナリストが職務中に落命しており、そのうち10人はロシアのウクライナ侵攻を取材している最中であった。2006年から21年の間に、1200人以上のジャーナリストが殺害され、約86%のケースで犯人が処罰されないままとなっている。

会議では、ジャーナリストの保護と報道の自由強化に向けた締約国のコミットメントを再確認する政治宣言を採択した。11月4日現在、53カ国がこの宣言への支持を表明しており、さらなる各国の支持を募っている。

さらに37の国、国際機関、市民社会組織が、報道の自由とジャーナリストの安全を支援する具体的な誓約を表明した。28名の大臣・副大臣が、直接またはビデオメッセージを通じてコミットメントを表明した。

11月3日から4日にかけてウィーンで開催されたハイレベル会合の重要性は、2017年6月に国連が「行動計画」の実施を強化するための世界協議会を開催し、そこで市民社会組織がジャーナリスト殺害に対する不処罰を国家やその他のステークホルダーが今後取り組むべき優先課題として挙げたことを想起すればより理解できるだろう。

Safety of Journalists: Protecting media to protect democracy High-level Conference, Vienna  Credit: BMEIA/Michael Gruber
Safety of Journalists: Protecting media to protect democracy High-level Conference, Vienna Credit: BMEIA/Michael Gruber

この30年間で、ジャーナリストを殺害した犯人と黒幕の両方が捕まった事件の割合が5%という事実が示しているように、国際社会は全体として、必要な対応策を打ち出せていないとの見方がある。

この会議では、人権活動家の一部から、「法執行機関、警察、シークレットサービス、司法制度といった機関は信頼できないパートナーだが、同時に、ジャーナリストの保護と安全確保のために、これらの組織と協力することが必要」との指摘があった。ジャーナリストに対する犯罪の90%は起訴されないままであるため、法制度との協力も重要な役割を担っている。現状では、捜査官も弁護士も裁判官も、襲撃された際にそのジャーナリストはどんな記事を書いていたのか、以前はどんな記事を書いていたのかといった動機を考慮していない。

また、これらの組織の教育、専門化、感化が特に重要であることが指摘された。ジャーナリストに対する襲撃事件で、警察が関与したり、その他の政府職員が関与したりした場合には、第三者機関を設置し、独立した立場で調査を行うことが必要である。

High-level Conference – Safety of Journalists: Protecting media to protect democracy/ Österreichisches Außenministerium

重要なことは、様々な犯罪集団が、警察のみならず政界や法曹界にも影響力を持ち、その結果、証拠の改ざんや目撃者の抑え込み、捜査妨害が行われたり、判決結果そのものに影響を及ぼすことがしばしばあることを念頭に置く必要がある点である。また、検察や司法は、政治指導者などの権力者によって、特に外国人特派員の信用を失墜させる目的で、ジャーナリストを標的にした迫害の道具として利用されることがある。

会議ではまた、ジャーナリストの避難プロトコルや、ある国から別の国へ一晩で避難させる方法、身分の変更、経済的支援、家族の避難、受け入れ国への再統合などについても話し合われた。

残念ながら、政府が解決策として提示した保護メカニズムは機能していない。例えば、オランダ政府は、手続きを始めるには、まず申請して結果を待つ必要があると語った。「シェルター・シティ」という人権活動家を保護する素晴らしいプロジェクトがあるが、残念ながら、生命と安全が脅かされているジャーナリストにとっては選択肢にならない。このような場合、致命的な結果を防ぐために、48時間以内の即時の行動が求められる。恐怖と絶え間ない脅威の中で生活することは、自己検閲、経済的損失、長期的な心理的ダメージ、さらには命の損失など、ジャーナリストという職業に極端な影響を及ぼしている。

様々なNGOが資金を集め、プロジェクトから利益を得ていることも、多くの組織がこの会議に参加した動機となっていた。しかし、(ジャーナリストに対して)いざサービスを提供できるかという議論になると、具体的なリアクションはほとんどなかった。このことは、多くのメディア関係者が目撃している。

したがって、ジャーナリストへの無差別な攻撃に関する恐ろしい統計に関して、政府組織だけを責めることはできないということで意見が一致した。ここでは、この仕事のために経済的利益を得ているすべての人々の共生と具体的な行動が絶対的に重要である。また、ジャーナリストの安全を目的とした資金提供プロジェクトの成果を点検し、管理することが必要である。

外国特派員は深刻な危険に晒されているが、政治家はしばしば彼らを国家の安全保障に対する脅威と決めつけている。

相互依存がますます進む世界では、人々は国境を越えて何が起きているのかについての知識と理解を必要としている。対外的に発信されるジャーナリズムは、このニーズを満たすのに役立つ。いわゆる 「外信」と呼ばれるものは、専門家の検証を経たニュースや情報に基づいた分析を提供し、国内の読者の疑問に答えたり、海外の重要な動向に対する認識を高めたりすることを目的としている。

Safety of Journalists: Protecting media to protect democracy High-level Conference, Vienna  Credit: BMEIA/Michael Gruber
Safety of Journalists: Protecting media to protect democracy High-level Conference, Vienna Credit: BMEIA/Michael Gruber

このような特別なコンテンツを制作するジャーナリストは、例えば、自然災害に対する連帯、気候変動の緩和、新型ウイルスに対する世界的な予防接種の確保、人口移動の管理、世界を変える出来事の重要な証人として戦争と平和の問題に取り組むなど、人類が共通の利害に基づいて行動するために不可欠な存在となり得る。

残念ながら、今日、外国人特派員を含む多くの人々が、その職業上の活動により、暴力的な攻撃、誘拐、恣意的な逮捕や虐待の恐怖の中で生きることを強いられている。特に女性ジャーナリストは、今回の会議を主催したオーストリアのような民主主義国家であっても、悪質な女性差別的嫌がらせ、性的攻撃、脅迫の被害を受けやすい。

ジャーナリストの自己検閲が、表現の自由とメディアの自由に対する深刻な障壁となっていることは、数多くの研究が示している。威嚇や報復が「常態」になると、外国特派員として働く人々にも冷ややかな影響が及ぶ。外国特派員として勤務するホスト国の国民であれ、外国人として仕事をする者であれ、彼らは皆、国家または非国家主体からの深刻なリスクに直面する可能性がある。

政治指導者のなかには、外国人ジャーナリストや外国特派員として働く現地人を、国家の安全に対する脅威や虚偽の情報の拡散者という烙印を押すことによって、信用を失墜させ、委縮させようとする人々もいる。

ウィーンに本拠を置く国際プレス研究所(IPI)によると、2020年10月28日現在、2000年以降、職業活動の結果として殺害されたジャーナリストは1700人を超え、2020年だけでも世界で39人が殺されている(2019年:48人、18年:79人)。

A photojournalist in a gas mask on Mansour Street during protests near the Ministry of Interior in central Cairo in February 2012. Later, in 2014, a reporter commented that a gas mask was the only free piece of safety equipment provided to him by his newspaper ( www.thecairopost.com/news/106461/inside_egypt/reporter-li... ) but in 2012 I think even these were still mostly bought by journalists themselves.
A photojournalist in a gas mask on Mansour Street during protests near the Ministry of Interior in central Cairo in February 2012. Later, in 2014, a reporter commented that a gas mask was the only free piece of safety equipment provided to him by his newspaper ( www.thecairopost.com/news/106461/inside_egypt/reporter-li… ) but in 2012 I think even these were still mostly bought by journalists themselves.

実際の被害者の数は、この職業ゆえに攻撃されたり脅迫されたりしている人たちの数よりも何倍も多いと推測される。特に、批判的なメディアの代表者に対する標的型殺人の増加は憂慮すべきものである。同時に、解決されたケースの数は驚くほど少なく、報告されたケースの約90%は、加害者が事件の影響を恐れることなく行動するため、解決されることはない。

ジャーナリストの安全は、世界人権宣言第19条および市民的及び政治的権利に関する国際規約第19条(2)に規定されているように、表現の自由および報道の自由に対する普遍的で不可侵の権利の実現に必要な要件である。

国家には、安全な労働条件を確保してジャーナリストを保護する明確な責任がある。しかし残念ながら、この責任はあまりにも頻繁に無視されている。ジャーナリストやメディア関係者だけでなく、メディア組織、市民社会の代表、各国政府、国際機関を含む包括的なアプローチのみが、ジャーナリストの効果的な保護につながると、有識者筋は述べている。

特に女性ジャーナリストの保護に重点を置いている。女性ジャーナリストは、とりわけオンライン上で標的とされ、ジャーナリストとして、また女性であることを理由に攻撃されることが多くなっている。2021年、殺害されたジャーナリスト全体に占める女性の割合は、前年の6%から11%へとほぼ倍増している。2022年9月30日現在で入手可能なデータでは、これまでに殺害された記者の11%が女性ジャーナリストであることが再び示されている。

また、このデータは、ジャーナリストに安全な空間がないことを示している。2020-21年に殺害された117人のジャーナリストのうち、78%にあたる91人が、事務所を離れている間に殺害された。ほとんどの殺害はニュースルームの外で起きているが、彼らの職業に関連していたと思われる。路上や車の中で殺害されたジャーナリストもいれば、誘拐されて死体で発見されたジャーナリストもいる。何人かは子供を含む家族の目の前で殺された。

ジャーナリストに対する犯罪の加害者を非難するだけでは十分ではなく、その背後にいる黒幕を非難する必要がある。

欧州評議会のドゥニャ・ミヤトヴィッチ人権担当委員に話を聞いた。ミヤトヴィッチ委員は、加害者を裁くだけでなく、ジャーナリストの襲撃を命じた者についても調査を行うよう主張することが非常に重要だと指摘した。ミヤトヴィッチ氏は、人権担当委員として、また以前はOSCEのメディアの自由に関する代表として、ジャーナリストやその他のメディア関係者が欧州全域、そして欧州以外の各地でいかに脅かされているかを直接目撃してきた。

Council of Europe Commissioner for Human Rights Dunja Mijatovic (left) and our correspondent Dr Aurora Weiss.

ミヤトヴィッチ委員によると、欧州では今年、13人のジャーナリストが職務遂行中に殺害されており、そのほとんどがウクライナ戦争の取材中に殺害された。昨年は欧州連合(EU)諸国を含め、さらに6人が殺害された。過去30年間に欧州で殺害されたジャーナリストは150人以上に上る。つまり、2カ月に平均して1人のジャーナリストが欧州の地で殺されていることになるが、視野を世界に移せば、状況はさらに深刻だ。紛争を取材中に殺害された者もいれば、犯罪行為を世間の目に触れさせようとしたために殺された者も少なくない。

ミヤトヴィッチ委員は、2018年に欧州安全保障協力機構(OSCE)で報道の自由に関する代表として、また欧州人権委員としての任期の間に取り組んだマルタのダフネ・カルアナ・ガリジアさんのケースに言及した。ダフネの職業生活は、ジャーナリストが直面している多くの困難(暴力、嫌がらせ、誹謗中傷)がジェンダーの次元で悪化していることを証言するものだった。しかし、ダフネは真実と正義を守るために声を上げることを選択した。彼女は、公共の利益のために自立して考え、行動することを選んだ。この無私の献身が彼女の人生のトレードマークだったのだが、そのために彼女は殺害されることになった。

ミヤトヴィッチ委員は、「私があの事件に取り組み始めたのは、OSCEでの任期の終盤2017年2月のことです。当時、彼女が家族と共に大きな圧力に晒されていて、多くの訴訟が起こされているという情報を得たのです。また、5万ユーロ入っていたダフネの口座も封鎖されていました。当時のマルタ政府のメンバーからの圧力だったのです。」と語った。

何十年もの間、EUは、ジャーナリストが自由に活動できる地域だったが、ダフネの殺害事件や、スロバキアの調査ジャーナリスト、ヤン・クツィアクと婚約者、北アイルランドのライラ・マッキー、オランダの調査ジャーナリストで犯罪記者のピーター・R・デ・フリースなどの殺人事件とその後に起こったことは、まったく新しい雰囲気を作り出した。

Matthew Caruana Galizia at the conference, he describes the horror in which he tries to pull his mother out of a burning car after an explosion. All he saw was fire and body parts scattered around. Credit: BMEIA/Michael Gruber
Matthew Caruana Galizia at the conference, he describes the horror in which he tries to pull his mother out of a burning car after an explosion. All he saw was fire and body parts scattered around. Credit: BMEIA/Michael Gruber

ミヤトヴィッチ委員はマルタを訪問中、(事件後に就任した)ロバート・アベラ首相と会談し、ダフネが殺害された場所を訪れた。また、彼女の家族にも接見した。これに先立ち、ミヤトヴィッチ委員はアベラ首相に公開書簡を送り、引き続き実行犯の逮捕起訴に留まらず、この暗殺を指示し組織した黒幕を捜査していくことと、政府による情報開示・捜査協力を要請した。これに対して、情報公開と協力を約束したアベラ首相からの回答は公開されている。ここでは1つの事例を挙げたが、これだけではない。徹底した捜査と不処罰との戦いが、こうしたジャーナリスト殺害事件の解決にとっては最も重要なことだ。

ミヤトヴィッチ委員は、この忌まわしい犯罪の首謀者を処罰すると同時に、この犯罪を可能にした動機と組織的責任に全面的に光を当てることが重要であると主張している。

ダフネの暗殺事件に関する公開調査は、彼女の死について国に責任があることを明らかにした。報告書は、「国は記者の生命に対するリスクを認識し、それを回避するための合理的な手段を講じることができなかった。その結果、最高幹部によって生み出された不処罰の雰囲気が醸成された。」と指摘した。

Memorial to murdered investigative journalist Daphne Caruana Galizia at the foot of the Great Siege Monument in Valletta, Malta./ By Ethan Doyle White - Own work, CC BY-SA 4.0
Memorial to murdered investigative journalist Daphne Caruana Galizia at the foot of the Great Siege Monument in Valletta, Malta./ By Ethan Doyle White – Own work, CC BY-SA 4.0

女性ジャーナリストはますます危険な状況に直面しており、ジェンダーに配慮したアプローチの必要性が浮き彫りになっている。専門的な職務を遂行する上で、彼女らはしばしば性的暴力の危険に晒される。それは、しばしば仕事の報復として狙われる性暴力、公共のイベントを取材するジャーナリストを狙った暴徒による性暴力、あるいは拘留中や監禁中のジャーナリストに対する性的虐待という形のものである。さらに、こうした犯罪の多くは、強力な文化的・職業的スティグマの結果、報告されない

UN global ambassador against sexual violence  credit:UNWomen/Catalina Barragán
UN global ambassador against sexual violence  credit:UNWomen/Catalina Barragán

「ジャーナリストに対する犯罪は、常に腐敗と権力に絡んでおり、セクハラや暴力があれば、裁判の段階に至る可能性は、行動や証拠が増えるごとに低くなります。」と、ウィーンでの会議でコロンビア人ジャーナリストのヒネス・ベドヤ・リマは強調した。

ボゴタのラ・モデロ刑務所の入口で準軍事組織のリーダーを取材するために待っていた彼女は、拷問を受け、誘拐した3人の男たちにレイプされた。彼女は罠に誘われたのだ。彼女はジャーナリストであることが命取りになるという想定はしていなかった。前年に最初の襲撃を受け、この襲撃に至るまで何度も脅迫されていたにもかかわらず、彼女は犯人がこれほど大胆になるとは思ってもみなかった。ベドヤは、その日まで、準軍事組織、ゲリラ闘士、コロンビア治安部隊のメンバーによって組織された武器取引と人身売買のネットワークを非難し続け、自分こそが大胆な人間であったと語っている。

2000年、26歳のジャーナリスト、ベドヤは、国家公務員と右派民兵組織「コロンビア自警軍連合」による武器取引について調査していた。彼女は「ベーカー」と呼ばれる準軍事組織のリーダーへのインタビューの約束を取り付けてボゴタのラ・モデロ刑務所を訪れた。彼女はエル・エスペクタドールの編集者とカメラマンを連れていたが、刑務所に入る許可を待つ間、二人が一瞬離れた隙に姿を消した。彼女は右翼準軍事組織によって誘拐され、集団レイプされ、拷問され、監禁された。誘拐犯らはベドヤをレイプする際に「よく覚えておけ。これはコロンビアの報道陣に対するメッセージだ。」と語った。

それから4年も経たないうちに、こんどは左派民兵組織「コロンビア革命軍(FARC)」に誘拐され、拷問を受けた。分裂した国の手によって信じられないような恐怖を味わった後、ベドヤは沈黙を破った。2009年、彼女は、過去10年間に戦争と紛争の名の下にレイプと拷問に晒された50万人以上の女性の代弁者として、その権利を主張した。

ベドヤは、「もし私が男性だったら、迷うことなく殺害命令を実行したことでしょう。つまり、殺し屋に頭を撃たれて終わりだったと思います。しかし、私が女性であったために、彼らは私を誘拐するだけでなく、これだけのことをする勇気のある女性に屈辱を与えるために私を利用する必要があったのです。」と述べ、勇敢にジャーナリストとしての仕事をしたためにレイプされたことを説明した。

べドヤにとってとりわけ辛かったことは、同僚たちが彼女に汚名を着せたことだ。同僚たちは彼女を被害者と見なさず、彼女に起こったことの責任は彼女だけにあるとした。彼女が事態の全体像を理解するのに時間がかかったのは恐らくこのためだろう。

「私は何年もの間、検察庁での無数の公聴会で証言し、私がレイプされたことを証明しようとしました。当時はジャーナリストとして、組織からの支援もなく、さらに悲しいことに自分のメディア仲間からの支援もないという過酷な状況でした。そんな疲弊した日々が続いた2009年のある日の午後、まだ始まってさえいない司法手続きの追求を諦めようかと検察庁の階段に座って泣いていた私に、『報道の自由のための財団』の元理事が声をかけてきました。彼は私を信じ、私を襲った犯人を特定することが可能だと考えていた唯一の人でした。これが不処罰との戦いの転機となりました。」とベドヤは語った。

その後、彼女は亡命を拒否し、ジャーナリストとしての仕事を続けた。現在、彼女はエル・ティエンポの記者兼編集者として、性暴力のサバイバーが感じる非難を根絶するために精力的な活動を続けている。「被害者に自分の体験を名乗り出る勇気を与えることが、性暴力に直面した女性の現実を変える手段です。」とベドヤは語った。

「未だに道のりは長い。私の事件では3回も検察官が交代したのに未だに犯人は処罰されていません。加害者が裁かれることはないかもしれない。コロンビアの裁判所を通じての進展はありません。」と、べドヤは数年前に指摘していた。

ベドヤが米州人権委員会に提訴するまで、この事件はコロンビア検察庁で10年以上停滞したままだった。2011年5月、準軍事組織の兵士が逮捕され、ベドヤを襲った3人のうちの1人であると自白した。21年10月、地域の人権裁判所は、ベドヤの誘拐、拷問、レイプについてコロンビア政府の責任を認めた。

明らかに世論喚起が必要

Leon Willems, Director of Free Press Unlimited  Credit: BMEIA/Michael Gruber
Leon Willems, Director of Free Press Unlimited Credit: BMEIA/Michael Gruber

「不処罰の主な理由は、政治的な意志の欠如です。沈黙を破り、不処罰の連鎖を断ち切ろうと真剣に考えるなら、政治的な意志の欠如をいかに断ち切るかに目を向けなければなりません。」と、 フリー・プレス・アンリミテッドのレオン・ウィレムス前事務局長は、市民社会の視点から語った。

対談の中でウィレムス前事務局長は、不処罰を減らすという意味で有効なポイントをいくつか挙げた。

例えば、目撃者が公式に保護されれば、彼らは名乗り出るでしょう。ジャーナリストが殺される事件では、目撃者が次の標的になることを恐れて話さないケースが多く見受けられる。だからこそ、証人保護制度は重要だ。

また、証拠がきちんと収集され確保されても、迅速な反応が得られないということもある。だからこそ、迅速な対応が必要だ。それだけでなく、迅速な世論喚起も重要である。つまり、現地の市民社会、メディア、国際機関のすべてが連動して世論喚起を組織しなければならない。政治家はそれに最も敏感なのである。

メディア関係者が、職務故に標的にされないようにするためのメカニズム、つまり、国や地方の司法機関に、より迅速に行動するよう強制できるシステムが必要だ。

「次のステップは、警察の捜査員に、ジャーナリスト殺害はただの殺人ではなく、沈黙と弾圧を目的とした特定の動機に基づく殺人であることを理解させることです。つまり、この問題とジャーナリストの安全確保の必要性を理解するよう警察の捜査員に指導する警察署長、政府高官との関わりが必要です。しかし、警察はジャーナリストを理解していないので、これは長い道のりです。」と、ウィレムス前事務局長は強調した。

ジャーナリストが殺されたりレイプされたりすることへの認識を高め、捜査過程や訴追を改善することは、長い道のりだ。だからこそ、法の支配、司法、内政、国際NGO、監視団、EUのメカニズムが連携できるよう、効率的で誠実なつながりを作る必要がある。

紛争地でのジャーナリストの殺害はメッセージではなく、戦争犯罪である。

Boris Nemzow, By Olaf Kosinsky - Own work, CC BY-SA 3.0 de
Boris Nemzow, By Olaf Kosinsky – Own work, CC BY-SA 3.0 de

2022年5月30日現在、2014年にロシア・ウクライナ紛争が始まって以来、少なくとも15人の民間人ジャーナリストやメディア関係者が殉職している。その内訳は、ロシア人6名、ウクライナ人4名、イタリア人1名、米国人1名、リトアニア人1名、アイルランド人1名、フランス人1名である。

さらに、少なくとも6人のウクライナ人ジャーナリストが職務外または曖昧な状況で殺害されている。

「私は10日間ウクライナに滞在し、国内外のジャーナリストと会いましたが、彼らの話では、出版社は十分な注意を払っていないとのことでした。彼らは、紛争地帯で働く人々、つまり、他の人々が行けないところに行き目と耳となる人々を保護することを考えなかったのです。」

「犯罪に光を当て、何が起きているのかを指摘すること。機材だけでなく、十分な保険や心理的な支援も必要です。紛争や紛争地域に対処する際には、これは非常に重要です。」と、ミヤトヴィッチ委員は強調した。

ロシアのジャーナリストで2021年ノーベル平和賞受賞者のドミトリー・アンドレーエヴィチ・ムラトフ氏は、ウィーン会議での講演で、「過去にはプレスラベルはジャーナリストを保護するために役立ちましたが、今では標的にされています。ジャーナリストの殺害や、彼らが巻き込まれる組織的な罠は、政治的なメッセージを発信する手段になっているのです。このような場合、調査を主張し、犯人を戦争犯罪法廷に引きずり出すことが必要です。」と語った。

ウィーン会議では、国連行動計画を実施するために設けられた制度的枠組みを把握し、ジャーナリストに対する犯罪の不処罰と戦うための行動を拡大するために、既存の人権メカニズムの活動やSDG16.10.1に関する各国の自主報告といかにうまく結びつけるかについて検討された。

Safety of Journalists: Protecting media to protect democracy High-level Conference, Vienna Credit: BMEIA/Michael Gruber
Safety of Journalists: Protecting media to protect democracy High-level Conference, Vienna Credit: BMEIA/Michael Gruber

これは、国連システム内のアクターやメカニズムだけでなく、他の地域・国際機関や、司法、立法者、検察、治安部隊、国内人権機関、その他のステークホルダーを含む国内機関にも言及するものである。また、デジタル化に関連する課題や、ジャーナリストに対する組織的な嫌がらせなど、過去10年間に出現した新たな課題についても議論された。(原文へ

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【レイキャビクIDN=ロワナ・ヴィール】

北極地域は地球の生態系の中でも特異な地位を占めている。この地域の諸文化や先住民族らは寒冷で極端なこの地の気候に適応してきた。北極での生活は、動物プランクトンや植物プランクトン、魚類や海洋生物、鳥類、陸上生物、人間社会を包含している。

北欧の国アイスランドの首都レイキャビクは、第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)まであと4週間を迎える中、「北極圏会議」の主催地となった。北極は、エジプトのシャルム・エルシェイクで行われる2022年の年次会合の議題には上がっていない。

しかし、10月13日から16日にかけて開催された北極圏会議には2000人が参加し、600以上の講演やセミナーが持たれるなど、「大成功」を収めたとみられている。

10月にレイキャビクで開催された北極圏会議は、公式のイベントに加えて、継続中の研究やその結果の公表や拡散、社会・環境問題の議論など、ネットワークを広げるために多くの時間を費やすことができる構成となっていた。あまり知られていない研究でも、多くの人々に届けることができる。

The Frederik Paulsen Arctic Academic Action Award 2022: Ceremony and Reception/Arctic Circle

例えば、スウェーデン製薬業界の億万長者フレデリック・ポールセン氏は北極圏会議でを創設し、2年目を迎えた。気候変動の劇的な影響を具体的に反転させようと試みる行動志向の科学的取り組みに対して賞を与えることにしたのだ。

今年の受賞者は、ロングイェールビーンのスヴァールバル大学センターに勤めるハン・H・クリスチャンセン氏とマリウス・O・ヨナッセン氏であった。彼らの研究は、異常気象とインフラに関連して北極圏社会の適応力をつけることを目的とした先進的な永久凍土・気候変動対応システムの開発に力を注ぐものだ。

アイスランドの左派緑運動党の議員で「西部ノルディック評議会」の議長であるスタイナン・トーラ・アルナドッティル氏は、「西部ノルディック地域におけるグリーンイノベーションと若者の新しい機会」と題したセミナーを開いたが、北極圏会議から特に具体的な動きが出てきていないことを認めた。「北極圏会議は人脈作りと交流の場、つまり、アイディアをもらい意見を交換する場です。しかしそれが北極圏会議の目的でもあります。政治家や学者、研究者、企業人を一堂に会させるという役割です。」とアルナドッティル氏は語った。

アルナドッティル氏は、自らにとって何が重要かを語る若者たちが多くのセミナーに参加していたことに感心した。あるセミナーでは、先住民族の英知について言及がなされた。「英知をいかに世代を超えて伝えるか、自然の力に対処するにあたって過去の世代の英知を科学者が理解できるような『言語』に先住民族がいかにして翻訳していくかが重要です。」と指摘した。

Photo: Anders Oskal from Norway's International Centre for Reindeer Husbandry said the Arctic Council’s Arctic Monitoring and Assessment Programme works with reindeer herders and how they deal with climate change. Credit: Lowana Veal | IDN-INPS.
Photo: Anders Oskal from Norway’s International Centre for Reindeer Husbandry said the Arctic Council’s Arctic Monitoring and Assessment Programme works with reindeer herders and how they deal with climate change. Credit: Lowana Veal | IDN-INPS.

アイスランド「若者環境協会」のエステル・アルダ・フラフンヒルダー・ブラガドッティル氏は、先住民族社会や環境正義、それにエコフェミニズムという考え方に特に関心を持っており、いくつかのセミナーに出席した。

彼女は、技術的な解決策について、先住民のコミュニティと欧米諸国の人々の間で考え方に違いがあることに気づいた。あるセミナーでは、「カナダ、グリーンランド、米国の先住民が、「自然を基盤とした解決策(Nature -based Solutions=NbS)」や地球工学といった欧米の解決策は、彼ら先住民が実際に目の当たりにし直面している問題を考慮した不可欠な解決策ではないと語っていた。」しかし、彼女が次に参加した「欧米の白人が主導したセミナー」では、「欧米のパネリストらが、まさにこうした解決策を賞賛していた。」のだ。

にもかかわらず、ブラガドッティル氏は、より良い方向に向けて何かが変わりつつあると感じている。先住民族に関する数多くのイベントが開かれ、「先住民族に関する状況は、2013年に第1回北極圏会議が開催されて以来、かなり改善してきた」という評価が見られた。

「同じことは女性に関しても言えます。」とブラガドッティル氏は語った。今回の会議では、アイスランドのカトリーン・ヤコブスドッティル首相が北極圏におけるジェンダー平等と女性のリーダーシップに関する部会の司会を務めた。「この部会が開かれるまでに5年を要したことをあとで知り驚きました。それでも今回開催できたことはよかったと思います。」とブラガドッティル氏は付け加えた。

Ólafur Ragnar Grímsson/ By premier.gov.ru, CC BY 4.0
Ólafur Ragnar Grímsson/ By premier.gov.ru, CC BY 4.0

オラフール・ラグナー・グリムソン氏は、自身が大統領在任中に北極圏会議を創設した(2016年まで大統領職にあった)。16年間の職責の間、多くの政治家に会い、有名なスピーカーを多く北極圏会議に招いてきた。

一部の国は、北極圏内にはないためにオブザーバーという形で参加してきた。例えばシンガポールがそうである。シム・アン外務担当兼国家開発担当上級国務大臣は、シンガポールはその地理的な特徴ゆえに北極圏会議に参加している、と語った。

彼女は発表でこう述べている。「北極で起こっていることはシンガポールのような小規模な島嶼国には重大な影響を及ぼしています。我が国の約3割は海抜5メートル以下のところにあり、地球温暖化による海水面の上昇に脆弱です。従ってシンガポールとしては、気候変動のマイナスの影響に対処する上で多くの北極圏国家と積極的に協力していきたいと思っています。」

シンガポールは2050年までに温室効果ガス排出ゼロ(ネットゼロ)を目指している。

今も北極圏会議の議長を務めるグリムソン氏は、「北極圏会議の特徴は、設立以来、気候変動対策、クリーンエネルギー開発、北極の氷の急速な融解に対するより良い理解など、多くの重要な分野における複数のアクションやプロジェクトにつながる条件やコンタクトを創出させてきたところにあります。2022年の会議は、様々なパートナーや組織、政府を一堂に会して、複数の方法で行動を強化する北極圏の招集力を再び見せてくれました。」と説明した。

「『北極圏』の民主的な性格によるならば、このイニシアチブの役割は、必ずしも新たにアクションを生み出すことではなく、他者が具体的な方法で前進するのを可能にするところにあります。さらに、今回の会議では、近年で最も重要な気候-北極圏研究である歴史的な「北極気候研究のための学際的漂流観測(モザイク)」探検隊を表彰し、北極圏賞を授与しました。」と付け加えた。

「『モザイク』は、北極海の北極に近いところで砕氷船を用いた1年に及ぶ探査である。砕氷船には科学調査の機器を積み、その目的は、地球温暖化の震源地である北極に迫り、気候変動に関する理解を深める知見を得ることである。20カ国から数百人の研究者が関わっている。」

「このように、2022年の会議は、北極圏の科学と気候変動の脅威を理解することの根本的な重要性を伝えています。」とグリムソン氏は締めくくった。

シンガポールのような熱帯の国々にも利するところがある。アイスランドでの毎年のイベントに加えて、特定の問題に焦点を当てた小規模のフォーラムが各地で開かれている。次のフォーラムは、来年1月と3月にそれぞれアラブ首長国連邦のアブダビと日本で開催の予定だ。(原文へ

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【ハラレIDN=ジョフリー・モヨ】

ジンバブエの首都ハラレにある人口密度が中程度の郊外で、かつては森林が豊かな土地であったグラウディナでは、木々が消えゆく中で住宅の建設が進んでいる。

ザンビアの首都ルサカに程近いジンバブエ北西部では、かつて豊かな森林だった場所をつぶして、数十年かけてスラムやバラック街が形成されてきた。

Map of Zambia
Map of Zambia

国連ハビタットによると、ザンビアでは公的な低コスト住宅が十分にないため、都市部の成長とともに住宅危機が相次ぎ、都市周辺部では無許可の居住地が拡大しているという。

環境活動家によると、ザンビアの都市部の木々がこのために伐採されているという。同国の環境活動家ノムサ・ムレンガ氏は、「人々がよりよい経済的機会を求めて村を去っていくため、都市部の人口が増えている。人々は残り少ない都市部の木々を伐採して、住宅のためのスラム街を形成しています。」と語った。

6人の子を抱える未亡人ポーリーン・チャンダさん(56)も、そうして都市の木々を容赦なく伐採して都市部に定住してきた多くのザンビアの人の一人だ。

チャンダさんはIDNの取材に対して、「20年前にこの地にやってきたときに自生していた木々を、子どもたちと切り倒しながら生きてきました。当初は、まずは自分たちが住む家を建てるために、木々を伐採するところから始めました。」と語った。

土地・天然資源・環境保護省によると、ザンビアでは毎年、25万~30万ヘクタールの森林が失われ森林破壊が進んでいるという。

「グローバル森林ウォッチ」(GFW)によれば、昨年、ザンビアでは20万1000ヘクタールの木々が失われたが、これはCO2排出量7830万トン分に相当するという。

GFWは、最新の技術を利用し、森林の状況を監視するデータとツールを提供して、世界の森林がどこでどのように変化しているのかを誰でもリアルタイムに把握できるオンラインサイトを運営している。

Map of Mozambique
Map of Mozambique

非政府科学機関である国際森林研究センター(CIFOR)によれば、ザンビアでは電化が進んでいないため、約9割の世帯が薪燃料のみに依存している。

モザンビークでも、都市化の進展が森林を蝕み、遠隔地での経済的困難から逃れるために、都市部の土地を求め、しばしば違法に住居を建てる人々が後を絶たない事態が進行している。モザンビークではかつて、都市と農村の両方に豊かな森林があったが、現在では徐々に森林が絶滅の危機にある

昨年、海岸沿いの国であるモザンビークでは27万8000ヘクタールの森林が失われたが、これはCO2排出量1億900万トン分に相当する。

ジンバブエの北側にあるマラウィでも、同様に森林破壊の影響が町や都市を襲っている

Map of Malawi
Map of Malawi

マラウィの首都リロングウェの独立系環境専門家であるニコラス・カソンゴ氏は、IDNとの電話インタビューで、「マラウイの多くの都市部では、木材燃料の需要の増加が、100キロメートル圏内まで森林破壊の輪を広げています。」と語った。

人口2000万人のマラウィでは都市の人口が12%程度だが、政府によれば、昨年だけでも1万4700ヘクタールの森林(CO2排出量530万トン相当)が失われたという。

マラウィの開発専門家らは、都市を襲っている森林破壊を引き起こす農村部から都市への大量移住を非難している。

マラウィの開発専門家アジボ・ブウェラニ氏は、「多くの人々が都市への移住を選択するようになり、都市部のサービス低下が顕著になっています。結果として、住宅で電力が利用できないために、木材を燃料として使うようになってきています。」とIDNに語った。

ジンバブエでは、農村から都市への移住者の多くが、経済的な機会を求めて仮設住宅を建てるために木を切り倒し、環境保護活動家らによると、これが森林を絶滅の危機に晒しているとしている。

しかし、ハラレの東南25キロのところにあるチトゥングウィザ郊外の町デマのトライノス・ガバさん(46)のような都市への移住者は、同じような境遇の人々がいくら木々を切り倒していたとしても後悔はないと語った。「生計を立てたいのです。畑を耕さないといけないし、毎日のように停電している近くの町チトゥングウィザに燃料用の薪を売りに行かなきゃならない。12年前に田舎からここに出てきてから、ずっと仕事がないのです。」と、ガバさんは語った。

Uncontrolled woodcutting in remote areas of Zimbabwe like Mwenezi district has left many treeless fields. Credit: Jeffrey Moyo/IPS
Uncontrolled woodcutting in remote areas of Zimbabwe like Mwenezi district has left many treeless fields. Credit: Jeffrey Moyo/IPS

ジンバブエのネリスワ・チョンベ氏のような生態学者は、都市化の進展が南部アフリカの森林を破壊するにつれ、この地域の自然生態系も脅威に晒されていると指摘している。「都市にやってきた人々が家を建てることで森林が破壊され、生態系にも影響が出てきています。」

ジンバブエ森林委員会によると、同国では毎年26万2000ヘクタールの森林が消失している。

この中には、ガバ氏のような都市移住者の行為によって失われた森もある。なにしろ彼らは、森林を伐採して建てた小屋に住み続けるために、街で必死に薪を売って生計を立ているのだ。

しかし、環境活動家らによると、ハラレのようなジンバブエの大都市でもまた、緑地帯が急速に消滅していっているという。ハラレの環境活動家リバティー・ムセヤンワ氏は、「公園のような緑地帯をつぶして住居や工場を建設する一方で、その代わりとなる再森林化計画がないためにこのような事態が生じています。」と説明した。

国連によれば、ジンバブエのようなアフリカ南部の国で人口が増える中、世界の都市人口の割合は2050年には70%近くにまで上昇する見通しであるという。

ムセヤンワ氏は「この流れが、都市部の森林破壊を加速することになるだろう。」と語った。

実際、「森林は都市で大規模に破壊されている。建設のための開発も進み、倒された木々を盗んで稼ぎにしようとする者もいます。」とムセヤンワ氏は語った。

現在、ジンバブエのエネルギー供給全体に占める木材利用の割合は6割以上である。

Southern Africa regions/ Burmesedays, minor amendments by Joelf – Own work based on the earlier map by Shaund and Nick Roux, CC BY-SA 3.0
Southern Africa regions/ Burmesedays, minor amendments by Joelf – Own work based on the earlier map by Shaund and Nick Roux, CC BY-SA 3.0

ジンバブエ森林委員会によると、家庭内の料理、暖房、そして主要農産物であるタバコの乾燥加工のために、同国では毎年最大1100万トンの薪が必要とされている。

ジンバブエの森林は現在国土の約45%を森林が覆っているが、近年、毎年約15%~20%のペースで減少している。(原文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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【バンコクIDN=パッタマ・ビライラート】

質の良い教育と不平等の削減は「持続可能な開発目標」(SDGs)の一部をなしている。タイの全人口の3.3%が「障害者」とされているが、スコータイ・タマシラート放送大学(STOU)は、高等教育の領域において取り残されかねない人々に対して新たな命を吹き込む革新的な事業を行っている。

タイには推定210万人の障害者がおり、障害者エンパワーメント局によるとその4割に当たる85万5025人が労働年齢(15~59歳)であるという。

SDGs Goal NO.10
SDGs Goal NO.10

障害者の78%が障害者IDカードをもち、政府からの支援を受けることができる。しかし、国家経済社会開発評議会によると、障害者のうち46万3000人が、働くことができるにも関わらず職業上の資格を持っていないという。

障害者エンパワーメント局の最新の報告書によると、障害者の大半は農業部門で働いており(全体の54%)、次に一般労働(23%)、官民いずれかの従業員(6%)が続く。

IDカードを持つ障害者には毎月800バーツ(21米ドル)の手当が支給され、「障害者基金」から最大12万バーツ(3158米ドル)の資金貸与を受けることができる。また、障害者エンパワーメント局のセンターで無料の職業訓練を受けることができ、技術・施設・メディア・教育支援サービスなど初等教育から高等教育レベルまで無償で受けることができる。

STOUコミュニケーション・アート学部のシラファット・イアムニルン学部長によれば、同学部は、視覚障害、聴覚障害、身体障害、精神障害、知的障害、学習障害、スペクトラム障害、重複傷害の8つの分野において教育を提供しているという。

「2020年には30人の障害者が卒業しました。現在、STOUには500人の障害者がいて、これはタイの大学では最大の数です。加えて、本大学で学んでいる間に全ての科目で『優』を取ると、奨学金を得ることができます。」とイアムニルン学部長は指摘した。

障害者は法律に従って無償教育を受けることができる。STOUのコミュニケーション・開発知識管理研究センターのセンター長、カモルラート・インタラタート博士は、「STOUは障害者の支援サービスを確立しています。」と語った。

Dr Kamolrat (left) Dr Thiraphat (right)

「学生が質の高い教育を受け卒業できるよう学習方法を提供することが、私たちの長年のモットーです。コロナ禍は、人々がよりデジタルに精通するための積極的な後押しとして登場しました。そこで、今年(2022年)、私たちはSTOUモジュールプログラムを開始しました。」とインタラタート氏はIDNの取材に対して語った。

このいわゆる「ピープル・アカデミー」プログラムは、誰もがオンラインで学習し、STOUが自分の資格や職業に最適なように調整した学位や証明書を取得することができる。」

STOUのコミュニケーション・アート学部で2022年に始まったばかりの「ピープル・アカデミー」は、「クレジットバンク」のしくみになっている点で旧来型の教育と異なっている。

「クレジットバンク」とは、学生が単位や能力を貯めておいて、それをのちにSTOUの教育制度のなかに移行できるというものだ。学生が一つのモジュールを受講すれば3単位相当とする。1単位当たり15学習時間が必要だ。

学生は、そうした「クレジット」を貯めることができるように、読み書きができることだけが履修の条件となっている。「小学校から大学院レベルまで、学生のレベルに合わせて調整することができる。『タイ職業資格研究所』や職業大学校、『タイ大規模オープンオンラインコース』(MOOC)などのネットワークとともに、学位を移行することができる(MOOCとは、ある授業を受講したい全ての学生に対して、出席制限なしにオンラインで学習コンテンツを提供するモデルのこと)。また、クレジットをSTOUに移行することもできます。」とカモルラート博士は説明した。

「私たちには大きなネットワークがあります。公的機関や民間企業とも取引をしており、『障害者のためのレデンプトール財団』も活発なネットワークの一つです。」

シラファット博士は、「ピープル・アカデミー」は、STOU教育システムの既存の遠隔学習から発展したものだと語った。「学部課程では、自習、自習付きオンラインチュートリアル、混合学習(自習、オンラインチュートリアルとオンライン演習)の3種類の学習方法があります」とし、「この学習方法はコロナ禍以前から発展してきたもので、奇しくもコロナ禍がこのしくみを一層向上させ拡大する大きな契機となった。」と指摘した。

Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en
Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en

「私達のコースの学費は高くない。学生はどの場所からでも満足感をもって勉強することができる。個人的には、ポストコロナの時代においては学生が教室に来て講師の話を聞く必要はなくなると思っている。オンラインで学位を取ることが可能だ」とシラファット博士は語った。

彼は「ピープル・アカデミー」モデルは障害者にも適切だと述べた。「日常生活において彼らは移動に困難を抱えている。私達には電話相談センターとアプリケーション『SISA』があり、障害者でもスマホで簡単にダウンロードできる。また、オープンチャットのしくみもある。障害者たちは頭がよくICTも使いこなすから、実に多くの人たちがオンラインを利用している。私達は、彼らのデジタルコミュニケーションの能力に見合うように学位や資格証明取得のあり方を調整してきている。」

STOUは、学生は自分の将来の職業や情熱に合ったコースを選択することができる、と強調する。「これは、学生が4年間勉強のみに専念する必要がないという、教育の新しい流れでだ。」とカモルラート博士は語った。「『ピープル・アカデミー』は幸福と能力を基礎に登場してきたものだ。我々の教育は生涯を通じてつづくものであり、学生がその気になった際に学習することができる」。

STOUは、障害者がしばしば学習でつまずくことがある事実を認識している。障害者は、自らが望む時にこのプログラムで学ぶことができる。教育の機会はすぐ目の前に与えられている。現在、放送大学は、タイ職業資格研究所のようなパートナー機関と、障害者の学生に対して専門的な資格証明を提供する方法論について議論している。

Map of Thailand
Map of Thailand

高等教育・科学・研究・イノベーション省は、タイの「国家20年計画」に沿って、「全国クレジットバンクシステム」(NCBS)の導入に向けてスタートアップ企業と協力し始めている。NSCBは、すべての年齢層を対象に能力開発を支援することで生涯学習を促進することになっている。このしくみが導入されれば、学生の立場にない学習者たちもまた、さまざまなテーマやコース、職務経験から得た学習成果を、全国クレジットバンクに貯める単位に変えることができる。

学習者らは、NSCBに十分な単位を貯めたら、タイの高等教育機関に対して学位を申請することができる。政府のラチャダ・タナディレク副報道官は、今後2年以内に公立・私立の約150大学がNCBSに参加する予定だと語った。

「『ピープル・アカデミー』は、デジタル時代の最中において教育を促進することに力を入れる『国家20年計画』と連携している。教育は生涯にわたる学習となり、もし自分が何かを学ぼうと思ったら、自分のクレジットバンクに何単位残っているかを確認して、仕事をしながらでも学習を続けることができる。」とカモルラート博士は指摘した。(原文へ

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核秩序崩壊を防ぐ決め手は核タブー

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ラケッシュ・スード】

本稿は、2022年6月24日(金)に戸田記念国際平和研究所とウィーン軍縮不拡散センター(VCDNP)が、VCDNPにて開催した研究発表会において、ラケッシュ・スード大使が行った発表のテキストです。

今日の核シナリオは、混乱をきたしているようだ。一方では核タブーが維持され、核不拡散条約(NPT)はほとんど普遍的な条約となっており、核兵器備蓄量は冷戦最盛期の4分の1である。しかし、他方では核リスクがかつてないほど高まっているという認識がある。

そのような現在、基本原則、すなわち70年以上前に核秩序の基盤構築を促した認識に立ち返ることが有益だろう。

1945年7月16日に米国が成功させたトリニティ核実験から得られた第1の認識は、この新型兵器の甚大な破壊力であった。きのこ雲を目にしたロバート・オッペンハイマーは、「いまや我は死神なり、世界の破壊者なり」と慨嘆した。翌月、広島と長崎に原爆が投下され、この認識をいっそう強めた。(原文へ 

第2の認識は、いまや他国もまたこの道をたどるのではないかという懸念であった。1946年、この懸念から国家が核兵器を保有することがないよう国際機関に管理を移行することを構想したバルーク・プラン(バーナード・バルークが立案)が提案された。しかし、米国内に意見の相違があり、ソビエト連邦は米国を信用していなかった。1949年にソ連が自前の核爆弾を爆発させると、バルーク・プランは自然消滅した。米国とソ連は、核軍拡競争に乗り出してもなお、核物質とノウハウは制限されなければならないという考えに一致点を見いだしていた。不拡散が共通の目的となり、1968年の核不拡散条約へとつながった。

第3の認識は、核リスクの管理が必要不可欠だということである。それを強く印象付ける出来事が1962年のキューバ・ミサイル危機であり、米国とソ連の指導者は両国が核応酬の瀬戸際まで行ったことを認識したのである。その結果、軍備管理体制と併せて、絶対確実な通信手段、ホットライン、核リスク低減措置が確立された。

これら三つの認識の折り合いをつけることが、冷戦の政治力学によって形成された核秩序の基盤となったのである。二極化した世界において、核の2国間対立が一組、すなわち米国とソ連の2国間対立があり、抑止は2国間ゲームだった。戦略的安定性は核の安定性に還元され、その答えは核軍備管理だった。それが、同盟国を牽制し、第三世界の国々に対して二つの核超大国が「責任をもつ」姿勢であることを保証したのである。

核軍備管理は、「均衡」と「相互脆弱性」という概念を中心に発展した。なぜなら、米国とソ連の核備蓄は、同様の3本柱に基づいていたからである。弾道弾迎撃ミサイル制限(ABM)条約(1972年)は、ミサイル防衛を制限し、それにより相互脆弱性を保証するものだった。一方で、戦略立案者や交渉者が戦略兵器発射装置および弾頭の数量制限に取り組み、それがSALT I及びII(第1次及び第2次戦略兵器制限交渉)、START I及びII(第1次及び第2次戦略兵器削減条約)、そして2010年の新STARTへとつながった。これらの軍備管理措置やソ連崩壊後になされた一方的取り組みにより、米国とロシアを合わせた核弾頭数は、1980年代初には65,000発近くあったが、現在は12,000発を下回り、80%以上削減された。このほか、両国以外の7核武装国が1,300発の核弾頭を保有している。

1995年にNPTが無期限かつ無条件に延長され、不拡散は規範となった。ほぼ全世界が遵守するまでになったが、インド、イスラエル、パキスタン(未加盟国)と北朝鮮(NPTから脱退)の4カ国は条約の外に留まっている。この4カ国はいずれも核武装国であるため、NPTは成功の限界に達したと言える。

最も重要な点は、間一髪の状況があったとはいえ、核タブーが破られていないことである。

今日、このような「タブー」、軍備管理、不拡散からなる核秩序は緊張にさらされている。「タブー」は規範に過ぎず、軍備管理はほころびかけており、NPTはその成功の犠牲者となっている。

根本的に、政治秩序が変化している。抑止は、もはや2国間のゲームではない。核の2国間対立は複数あり(米国・ロシア、米国・中国、インド・中国、インド・パキスタン、米国・北朝鮮)、それらがゆるい鎖でつながり合っている。現代は、ドクトリンと軍備の両面において、均衡ではなく非対称の時代である。「均衡」と「相互脆弱性」なくしては、軍備管理を再定義する必要がある。その一方で、増大する不信感があり、新たな一致分野を定義する大国間の有意義な対話を妨げている。

NPTは拡散を非合法化したが、核兵器を非合法化していない。核兵器の研究開発は継続され、ほとんどの核大国は軍備を近代化し、拡張している。今日、核科学技術は誕生から80年の成熟技術である。「核敷居国」「リードタイム」「ブレークアウト」といった言葉は、NPTの交渉が行われていた頃は存在していなかった。5年ごとの再検討会議のたびに、特に1995年以降、NPTに内在する政治的課題が浮上している。

最後に、技術は立ち止まらない。ミサイル防衛、サイバー・宇宙技術、極超音速などのデュアルユースシステム、通常兵器のグローバル精密攻撃能力の開発により、通常兵器と核兵器の間の境界線が曖昧になっている。これが核のもつれを生み出しており、透明性とガードレールがない状況では、故意、不注意、偶発、または判断の誤りにより核兵器が使用されるリスクを高める。グローバル・テロの出現とともに新たな脅威が浮上し、核安全保障の重要性を浮き彫りにしている。

ウクライナにおける紛争は、増大する核リスクを際立たせている。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は繰り返し核レトリックを弄しており、ロシアの戦力を「特別警戒態勢」に置き、その後は「予測不能な結果」を警告した。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ウクライナが1994年のブダペスト覚書に署名して自発的に領内の核兵器を放棄していなかったら、ロシアは侵攻していなかったはずだと不満を述べた。そのような発言は、核兵器の顕著な特徴を浮き彫りにしている。軍事力が上回る敵対国に脅威を感じている国々にとって、核兵器は究極の安全保証手段なのだ。それは同時に、核抑止力を持つ国が核兵器を持たない小国を侵略できるということを意味する。NATO加盟国は何十億ドルもの武器供与を行っているが、NATOは、ウクライナに派兵することもできず、核武装国ロシアとの直接紛争に発展しかねない「飛行禁止区域」の設定もできずにいる。

核秩序の基盤は、核軍備管理、核不拡散、核タブーであった。今日、旧来の核軍備管理モデルはほとんど効力を失い、新たな一致点に到達する可能性はありそうもない。不拡散は、新たに見いだされた核兵器の魅力を前に試練にさらされている。非核兵器国は原子力潜水艦の取得を積極的に検討しており、それがNPTをめぐる議論にさらなる緊張をもたらす。「核タブー」は、そもそも規範に過ぎず、現在はロシア、そして近年では米国、北朝鮮、インド、パキスタンの指導者が核レトリックをエスカレートさせるなかで力を失いつつある。

しかし、旧来の認識はまだ生きている。核兵器は、依然として人類に対する実存的脅威である。理想的世界においては、軍備管理が復活し、不拡散が増強され、望ましくは法的手段によって「タブー」が強化されるべきである。しかし、われわれは理想的世界に生きておらず、選択をしなければならない。軍備管理を復活させるためには、大国間の暫定協定が締結されるのを待たねばならない。また、「不拡散」と「タブー」の間では、核兵器の使用に対する「タブー」を保持することのほうが「不拡散」よりも重要であると、私は確信している。世界は、当初2カ国、後に5カ国、そして現在は9カ国の核兵器保有国と共存してきた。もしかしたらもう1~2カ国ぐらいなら、NPTと世界は共存できるかもしれない。しかし、もし核兵器が1945年以降初めて使用され、核タブーが破られてしまえば、NPTも不拡散体制も存続することはできない。「タブー」を破れば、核秩序全体の崩壊を招くだろう。

今日、NPTと核兵器禁止条約を調和させ、核リスクを低減する唯一の方法は、核タブーを強化することである。それは、1945年から存続してきた。新たな核の時代の課題に対して、より永続的な解決を共同で取り決めることができるよう、このタブーが21世紀を通じて存続することを確保する必要がある。

ラケッシュ・スードは、ニューデリーのObserver Research Foundation (ORF)の特別フェロー。ジュネーブ軍縮会議における初めてのインド代表部大使、後にアフガニスタン、ネパール、フランスでの駐在大使を歴任。2013年に引退後、2014年まで軍縮・不拡散担当特使を務めた。

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【ロンドンIDN=レベッカ・ジョンソン

ここ数カ月、北東アジアでは核兵器に対する恐怖が高まっています。北朝鮮は、11月初旬から戦術核運用部隊の訓練、さらなる核実験に向けた準備、さらに韓国と日本に向けて約25種類のミサイルを発射するなど、より直接的な軍事的脅迫をエスカレートさせています。

Launches during Vigilant Storm Source: Joint Chief of Staff

北朝鮮のミサイルのいくつかは、通常よりはるかに韓国に近い場所(約25〜60km)に着弾したと報告され、恐怖と怒りを引き起こしました。 その背景には何があり、どのような手段を講じれば緊張を緩和し、核兵器の使用を阻止できるでしょうか。

北朝鮮は、米国と韓国が10月31日から計画・実施した空中合同訓練「ビジラント・ストーム」に反応してミサイルを発射したことを明らかにしました。北朝鮮国境に近い韓国上空で実施されたこの大規模な軍事演習は6日間にわたり、核兵器を搭載できるB-1BやF-35ステルス爆撃機など240機の戦闘機が1600回以上出撃しました。

予想通り、北朝鮮は「軍事的な軽挙妄動と挑発はもはや容認できない」と反発しました。 韓国の合同参謀本部も同様の表現で、北朝鮮のミサイル発射に異議を唱え、「わが軍は北朝鮮の挑発行為を決して容認せず、米国と緊密に協力して厳正に対処する。」と述べました。

日本の浜田靖一防衛大臣は、北朝鮮が「執拗な挑発行為を一方的にエスカレートさせている」と非難し、「北朝鮮の行動は、わが国、地域および国際社会の平和と安全を脅かすもので断じて容認できない。」と語りました。

こうしたレトリックは、その背景をあいまいにしてはなりません。1910年から45年にかけての日本の過酷な朝鮮統治、広島と長崎を壊滅させた原子爆弾の恐ろしい影響、そして1950年代の朝鮮戦争の遺産が認識される必要があります。朝鮮戦争当時、米国の上院議員らは、金日成政権下の北朝鮮軍に対して核兵器を使用するようホワイトハウスに働きかけていました。

Kim Jong-un/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0
Kim Jong-un/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

金日成の孫にあたる現指導者の金正恩朝鮮労働党委員長は、金王朝の不安定な3代目であり、恐怖と愛国心を鼓舞するプロパガンダ、そして核の神話と偽りの約束によって北朝鮮の国民を支配しようとしています。ジョージ・W・ブッシュ米大統領が2002年の「一般教書演説」で北朝鮮をイランやイラクと並んで「悪の枢軸」と呼び、核兵器を持たないイラクに侵攻して、今日まで続く壊滅的な人道的被害を引き起こした時、正恩はまだ20歳でした。

弱い指導者にとって、核兵器は力の誇示、行動の自由、体制の存続のために魅力的に映ります。しかし、核兵器は人々を養うことも、離散家族を結びつけることも、安全をもたらすこともできません。

朝鮮戦争は、南北朝鮮の強制的な分離と、米国と北朝鮮間の不安定な休戦によって終結しました。 朝鮮半島は38度線に沿った「軍事境界線」(DMZ)によって分断され、「永続的な戦争状態」に陥ったのです。この戦争では、核兵器が米国と金王朝との間の政治的行き詰まりに大きな影響を及ぼすようになりました。

2017年に核兵器禁止条約(TPNW)が国連で交渉され採択された後の18年5月、私は韓国の女性や活動家、ノーベル賞受賞者たちとともに、韓国のソウルで「非武装地帯を超える女性たち」主催の平和行動に参加できたことを光栄に思っています。

私たちが韓国に滞在していた5月24日、ドナルド・トランプ大統領はシンガポールで予定されていた金正恩委員長との会談を突然キャンセルすると通告する書簡を北朝鮮に突き付けました(のちに撤回して米朝首脳会談は6月12日に開催された:INPSJ)。私たち6,000人以上の参加者は同日、「統一大橋」を歩いて渡り、北朝鮮の女性たちと一緒に食事をしました。

私たちが主に訴えたのは、安全保障と平和の構築という共通の利益を認識した朝鮮半島の真の平和条約であり、北朝鮮への開発援助、南北に分断された家族の再会を可能にする政治的・軍事的障壁の撤廃でした。再び「統一大橋」を渡って韓国に再入国した私たちは、韓国の文在寅大統領が私たちから僅か数キロ先の非武装地帯(板門店北側施設「統一閣」)で金正恩委員長と首脳会談したことをニュースで知りました。

しかし、この和平交渉によってもたらされた楽観論は、残念ながら長続きしませんでした。金正恩委員長は、北朝鮮にルーツを持つ韓国大統領との真剣な話し合いよりも、米国大統領のお世辞の方を望んだのです。しかし、ここから教訓を得ることはできます。

トランプ大統領には多くの欠点がありますが、彼の取引的なアプローチは金正恩委員長を取り込むための革新的な方法でした。しかし数カ月もしないうちに、トランプ大統領は現実の、あるいは想像上の軽蔑に腹を立て、米朝の不相応な2人の指導者は「私の核の方が大きい」などと主張する核の威嚇の応酬を再開しました。

各方面からの賢明な提案に対する大きな障害は、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(外交専門用語でCVID)という長年にわたる米国の強硬な、そして正直に言えば失敗したマントラ(持説)です。米国がCVIDというドグマに固執するあまり、南北朝鮮、米国、中国、日本、ロシアが参加する「6者会合」は何年も膠着状態に陥っています。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

もちろん、核兵器を廃絶することは、世界全体の持続可能な安全保障のために不可欠です。だからこそ、現在、ほとんどの国連加盟国が、2021年に国際法として法的効力を持つようになった核禁条約を支持しているのです。ただし韓国で前進させるには、まず別のことが必要です。

北朝鮮の非核化は、単に指をくわえて見ているだけではだめで、朝鮮半島全体とその周辺の島や海を非武装化し、非核化するための交渉の中で行われなければなりません。

ロシア、中国、米国の関係が不安定なため、金正恩委員長が使えるカードはほとんどありません。ロシアがウクライナへの軍事侵攻でますます泥沼化しているため、北朝鮮は枯渇したロシア軍の在庫を補充するために大砲や砲弾を売却していると伝えられています。

しかし、金正恩委員長はロシアのウラジーミル・プーチン大統領のように、核による威嚇を攻撃にエスカレートさせる能力を有しています。ここで明確にしておきたいのは、戦術的な核攻撃などあり得ないということです。いかなる核兵器の使用も、戦略的に意図されたものであり、恐ろしい結末をもたらすでしょう。

Rebecca Johnson at the 2022 Vienna Conference on the Humanitarian Impact of Nuclear Weapons/ photo by Katsuhiro Asagiri
Rebecca Johnson at the 2022 Vienna Conference on the Humanitarian Impact of Nuclear Weapons/ photo by Katsuhiro Asagiri

まず第一歩として、南北朝鮮の女性の要求と経験に注意を払ってください。前提条件なしの平和と非核化に関する地域交渉に、すべての関係者がより建設的に関与する必要があります。

核軍縮と検証を実施するための核禁条約のツールを活用することは、政府と国民が国家安全保障を再考し、脅威となるすべての体制と兵器の非核化を開始する道を開くことにもなるでしょう。(原文へ

INPS Japan

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COP27閉幕、「損失と損害」に関する途上国支援基金を設立へ

【シャ―ム・エル・シェイクIDN】

エジプトで開かれた国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)は11月20日、気象災害など気候変動によって引き起こされる「損失と損害」で甚大な被害を受けた途上国支援のための基金を設立することに合意して閉幕した。

「損失と損害」を巡る議論は、バヌアツなど島嶼国連合が提唱して以来、30年以上に亘って途上国が繰り返し被害への支援を求めてきたが、現在の地球温暖化を引き起こした「責任」の議論を回避したい先進国が法的責任や賠償などにつながりかねないと議論自体避けようとし、根深い対立が続いてきた。

COP27でも当初、先進国側は、損害の補償を要求するような枠組みには応じられないとの姿勢だったが、会議の終盤で歩み寄り基金創設に合意した。ただし、基金に関する具体的な決定の多くは来年に持ち越され、「移行委員会」が「財源の特定と拡大」を勧告し来年アラブ首長国連邦(UAE)で開催されるCOP28での採択を目指すことになる。

INPSグループではCOP27に関連して以下の特集記事を配信しました。

Photo source: Pesticide Action Network – North America
Photo source: Pesticide Action Network – North America

COP27: Leaders Launch Global Alliance Against Future Drought Impacts

COP27: A Win for Loss and Damage

Agroecology, The Antidote for Climate Change?

Done Deal on Loss and Damage but More Work on Cutting Emissions

A New Initiative Seeks to Transform Agriculture & Food Systems

Indigenous Societies Draw Focus of the Arctic Circle Assembly

Africa Needs A Massive Aid Programme

COP 27: The World’s Rich Urged to Pay Reparations for Climate Damage

UN Climate Panel Warns of Sea ‘Swallowing’ Alexandria and Other Historic Cities

Photo: A photo posted on Twitter on October 18 shows flood-impacted communities in Bayelsa State, Nigeria, who depend on canoes to travel around. © Twitter/@YeriDekumo
Photo: A photo posted on Twitter on October 18 shows flood-impacted communities in Bayelsa State, Nigeria, who depend on canoes to travel around. © Twitter/@YeriDekumo

COP 27: An ‘Implementation COP’ To Save People and the Planet

UN Climate Conference Must Make Funds for Poor Nations A Priority

Pacific Leaders Urge Re-Focus on Climate Emergency

UN Talks Fail to Finalise High Seas Biodiversity Treaty

ロンドンの博物館がジンバブエから盗まれた遺骨を返還へ

【ニューヨーク|ロンドンIDN=リサ・ヴィヴェス

欧州の博物館が、何年も前にアフリカから持ち帰った戦争の英雄の骨や頭蓋骨の所有権を主張する時代は、ついに終わりを告げようとしているのかもしれない。

Caricature of Cecil John Rhodes, after he announced plans for a telegraph line and railroad from Cape Town to Cairo.
Caricature of Cecil John Rhodes, after he announced plans for a telegraph line and railroad from Cape Town to Cairo.

アフリカから持ち帰った遺骨を返還するための交渉がロンドン自然史博物館とケンブリッジ大学との間で行われ、両組織は現在、協力して植民地時代に持ち去られたものを返還する用意があるとしている。

遺骨は、不法な墓荒らしの結果、優生学のような人種差別的な医学研究のため、転売のため、あるいは貴重な記念品として欧州各国のコレクションに収められている。この2つの博物館は、ジンバブエからの代表団が訪問した6つの英国機関の一部である。

ジンバブエへの人骨の本国送還の可能性を巡っては、2014年12月から協議が行われている。1890年代の大英帝国による植民地支配に立ち上がったショナ人、ンデベレ人伝統社会の反乱(第一次チムレンガ)の指導者たちの遺骨の一部が、戦利品として英国に持ち去られた疑いが長い間持たれていた。

その中でも、大英帝国の植民地支配に対する抵抗の象徴であったムブヤ・ネハンダ(ショナ語でネハンダおばあさん)としても知られるネハンダ・チャルウェ・ニャカシカナの遺体は最も有名なものだ。彼女は英国人官吏殺害の罪で起訴され、ハラレで処刑された。今日、彼女は国民的英雄として崇められている。ハラレのビジネス街の中心にあるサモラ・マシェル通りとジュリアス・ニエレレ通りの交差点には、高さ10フィートの彼女の像が建てられている。

Nehanda Nyakasikana (Left)/ Public Domain

2015年、ジンバブエのロバート・ムガベ大統領(当時)はこうコメントしている。「植民地占領軍によって処刑された第一次チムレンガの指導者たちの遺骨は、その後、大英帝国が地元住民に勝利し、服従させたことを示すために英国に持ち去られたのです。確かに、この時代に、戦利品として処刑した人骨を国立歴史博物館に保管することは、人種差別主義者の道徳的退廃、サディズム、人間の無神経さの最たるものに位置づけられるべきだろう。」

25,000体の人骨を有するロンドン自然史博物館は、18,000体の遺骨を有するダックワース研究所(ケンブリッジ大学生物人類学部)と並んで、世界最大級のアーカイブを有している。(原文

INPS Japan

*チムレンガ:ジンバブエ解放闘争をさすショナ語。この記事では、1890年代植民地支配確立期に起こったショナ人、ンデベレ人伝統社会による一連の武力抵抗を第1次チムレンガと言及している。これに対して、1970年前後から80年独立の前夜まで戦われたローデシア少数白人支配に対するアフリカ人の武装解放闘争を第2次チムレンガと言う。

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|タイ|精神医療の危機への仏教の対応を妨げる世俗主義

【バンコクIDN=カリンガ・セレヴィラトネ】

タイ北東部の辺鄙な町で10月7日に発生した、就学前児童26人を含む37人が集団殺害された事件がタイ全土を揺るがしている。この事件は公的な精神医療体制の不備を白日の下に晒したが、仏教徒が多数を占めるこの国において重大な社会的な危機の解決に仏教がどの程度介入すべきかという議論はまだ始まっていない。

健康と福祉は持続可能な開発目標(SDGs)の一つであるが、SDGsの非宗教的な性格は、宗教的な英知のこの目標達成への貢献を妨げかねない。タイの現在の状況がそのよい事例だ。「目標達成へのパートナーシップ」を呼びかけたSDGsの第17目標は、この王国の精神医療上の重大な危機に対応するための伝統的な仏教の英知を利用するために使うことができるかもしれない。

SDGs Goal No. 3
SDGs Goal No. 3

仏教は、瞑想、とりわけ「マインドフルネス瞑想」を通じて穏やかな生活を過ごすために精神を落ち着けるというそのメッセージ性ゆえに、近年世界的に人気を見せており、西側社会ではブームとなっている。

数世紀にわたって「マインドフルネス」を実践し、全土に100を超える「マインドフルネス(ビパサーナ)瞑想」専門の場所を抱え、とりわけ西側社会から毎年多数の観光客を集めているこの国では、現代の精神医療上の危機に対応するために公的な医療体制にこうした実践を取り入れることに国民が消極的になっている。

今回の集団殺人は、薬物の乱用や銃犯罪、政治的汚職など、タイにおける重大な社会危機への関心を高めた。これに加えて、高齢化によって老人性うつへの対処が迫られるなど、精神医療上の危機が目前に迫っている。

容疑者のパンヤ・カムラプは34歳の元警察官で、メタンフェタミンを所持していたとの理由で6月に警察を解雇になっていた。しかし彼は、バンコクの大学に通い警察官となったような典型的な村の優等生であった。彼は現在、本来ならば数年前に対処すべきであった精神医療上の問題を抱えていると診断されている。

タイのメディアは、集団殺人発生を受けて、死者を悼む儀式を全土で行った僧侶の存在に注目し、王室の人々もこうした儀式に参加した。しかし、仏教の僧侶とメディアのいずれもが、精神的なストレスを癒し銃犯罪の危機に対処するためにいかに仏教が役割を果たしうるかという点について、沈黙を保っている。

タイの「PBNネットワーク」の元副代表であり地域メディアの一員であるピポペ・パニッチパクディは「タイのジャーナリストは中立性の概念に捕らわれて、宗教的な実践(この場合は、事態の解決策となりうるような実践)から距離を取ることで、特定の宗教を利してはいないことを示そうとしています。」とIDNの取材に対して語った。

「問題解決のために心理学のような近代科学(西洋科学)に頼るのではなく、問題から目を背けているとみられかねない宗教的な解決策を提示することは、古いやり方だとおそらくはみなされています。」とパニッチパクディは語った。

世界保健機関(WHO)の統計によると、タイには人口10万人あたり7.29人の精神医療従事者がいる。パニャの村ノンブアランプには精神科医がおらず、必要ならば100キロ以上も移動する必要があった。しかし、何千人もの僧侶や寺院には、精神的な問題を処理する能力が十分に備わっており、メディアや医療関係者がそれを認識するように国民を導くべきだと主張する評論家もいる。。

Map of Thailand
Map of Thailand

タイには僧侶が20万人以上いるが、精神科医は1000人以下しかいないと指摘するのは、タイ仏教の刷新を訴える社会運動家のマノ・ラオハバニッチ博士である。「タイには数千もの瞑想場があることで知られていますが、残念なことに、自己の修練や精神的な覚醒にばかり焦点を当てており、地域に手を差し伸べることを考えていません。」と彼は論じた。

ラオハバニッチ博士はIDNの取材に対して、「タイ仏教の弱点は、個人(精神的な修練)にばかり着目して、社会の懸念や問題に目を向けていないことにあります。この意味で、タイにおいては、仏教は解決策を提示するというよりも問題の一部となってしまっているのです。」と語った。

バンコクのワット・チャク・デンの僧院長フラ・マハ・プラノム・ダマランガロは、この問題点を認めて、「タイでは、寺院に出てきて地域の人々と関わり癒しを提供する僧侶がごく一部しかいないという問題があります。だからこうした社会問題が発生するのです。」と語った。

「寺院はもっと僧侶が民衆に対して仏教の教えを積極的に説くよう取り組まねばなりません。そうした活動は民衆に瞑想を広めるのと同様に有益だと思います。」

ワット・ボボルニウェット・ビハラの高僧であり、バンコクの世界仏教大学の学長でもあるフラ・アニル・サクヤ師は、IDNのインタビューに対して、「タイの深刻な社会問題に関して仏教を責めるのはお門違いだ」と語った。「仏教徒か非仏教徒かは関係ありません。普通の社会問題です。社会問題というのは、経済だったり政治だったりに根っこがあって、家族という伝統的な価値の道徳的倫理が崩れてきたことが原因です。」

「現在の社会では、宗教は子供を育てることにあまり関与していません。人々は『宗教』という言葉を避けようとしています。」とサクヤ師は語った。タイ文化には、家庭・学校・村・政府を巻き込んだ「ボーロン」という概念があるという。「タイの伝統社会では、かつて村や寺院、学校などが一緒になって関わり、社会を調和のうちに保つために協力していました。」

サクヤ師は心理的な「カウンセラー」というのは西洋的な用語であって、仏教の僧侶は仏陀の時代からその役割を果たしてきている、という。「心理的なカウンセリングに対する仏教のアプローチは、民衆に対する共感を持ち、どのような苦しみに対処しなければならないかを理解することです。2500年前はそのことが仏僧の主な仕事でした。」

サクヤ師は、近代的な精神医療体制に言及して、「ひとたび精神病患者として入院すると、非宗教的に扱われ、近代医療を通じて対応されることになります。それが問題なのです。」仏教の心理学は「すべての穢れ、すなわち貪欲、憎悪、無知から心を浄化すること」であると、サクヤ師は説明した。

薬物乱用や銃犯罪の問題に加えて、急速に高齢化するタイ社会は高齢者の間での「うつ」問題を抱えており、医療当局もまだ十分にこの問題を把握していない。タイの精神医療部局によると、タイの1200万人の高齢者のうち約14%に「うつ」の可能性があり、問題は今後悪化するとみられている。

サクヤ師は、仏教徒が多い国で、伝統的な仏教社会の価値観を精神保健当局が認めれば、この問題に取り組むことができると考えている。

Fra Anil Sakya Photo: WBU

バンコクのチュラロンコン王記念病院の神経科医ナタワン・ウトオムプルックポーン博士は、「ロンドンで勤務していたとき、現地の病院には仏教の信仰を用いた『マインドフルネス』のコースがありましたが、バンコクの病院では、(患者の)精神活動を刺激する活動が宗教と関係しないように気をつけています。」と語った。「タイでは、私たちはとても包括的でありたいと思っています。ここで行っている活動のほとんどは世俗的なものです…リハビリのように、私たちは非常に包括的であろうとしています。」と語った。

タマサート大学の開発経済学者であるニティナント・ウィサウェイスアン博士は、「精神の発展に関する仏教の教えは、仏教を単なる儀式と見ないのであれば、地域開発における健康科学と組み合わせることができると考えています。仏教は自己啓発を教えることができ、それは社会にも利益をもたらすはずです。…これはSDGs実現にあたっての重要な要素です。」と語った。

ウィサウェイスアン博士は、タマサート大学財団ががん患者と連携して、仏教の哲学と瞑想を用いて患者らが「絶望や苦しみ、痛みを伴わない価値を持って」亡くなっていく支援をしていると説明した。「医療部門における仏教は精神的なエネルギーを高める役に立ちます。」

サクヤ師は、「若い人たちや医療の専門家らは仏教の実践や哲学を精神的なストレスを癒す近代的な道筋とは見ていません。なぜなら、タイ政府が仏教の道徳や倫理を学校で教えることをかなり前にやめてしまったからです。」と指摘したうえで、「2つの主要な仏教系大学であるマハマクート、マハチュラロンコン両大学で仏僧らが仏教哲学を再導入し、来たる任務に備えて仏僧を訓練しようとしています。」と語った。

「これは(学校の)課外活動で、強制はできません。私たちは仏教とは呼ばず、『シラダマ』(道徳の教え)と呼んでいます」とサクヤ師は説明し、同時に村の多くの寺院には老人ホームがあり、高齢者は一日の大半を寺院の活動に費やし、それが精神療法になっていることを指摘した。

タイの多くの県で知事らの顧問を務めるほど影響力を持っている仏僧であるサクヤ師は、「仏教徒たちはそうやって生きてきました。世俗化してそれらを社会の中から排除してしまい、それが宗教の問題ということにされているのです。」と語った。(原文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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