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|視点|核兵器の先制不使用政策:リスク低減への道(相島智彦創価学会インタナショナル平和運動局長)

【東京IDN=相島智彦】

この夏に開かれた核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議では、最終文書の採択には至らなかったが、核兵器使用のリスクを減らすための議論が繰り返されたことは、わずかではあるが希望となった。核兵器の先制不使用(NFU)の方針が、会議の歴史で初めて最終文書案の中で言及されたのである。

Izumi Nakamitsu/ UNODA
Izumi Nakamitsu/ UNODA

核軍縮の進展が止まったこの最も激動の年に、核リスク低減に関する多国間での進展があったことを認識することができる。

第一委員会の一般討論の初日(10月3日)、中満泉・国連軍縮担当上級代表は次のように述べた。「私はすべての核兵器保有国に対し、人類を絶滅の危機から救うための緊急措置として、いかなる核兵器についても先制不使用を約束するよう緊急に訴える」。この呼びかけは、8月のNPT再検討会議において、多くの非核保有国や市民社会の代表が上げた深い懸念の声と完全に調和している。

Photo: Dr. Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun.
Photo: Dr. Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun.

池田大作SGI会長は、NPTの核兵器国5カ国(P5)に対し、1月の核戦争防止に関する共同声明を順守し、「先制不使用」の原則を直ちに宣言するよう促した。また、核兵器を保有するすべての国や核依存国の安全保障政策として普遍化するよう求めた。

第一委員会の討議に参加した国の発言には、この文脈で重要なものがいくつもある。まず、すでにNFUを宣言しているインドと中国の2つの核保有国が、この政策を世界の理想像として推進していることである。そして、中国は、核保有国は核兵器の先制不使用を約束すべきであるとし、P5に対して、核兵器の相互先制不使用に関する条約を制定することを促した。

また、米国は、核政策においてリスク低減の追求を優先させるとしている。これに対してロシアは、自国の核抑止政策は純粋な防衛的性格のものであると宣言している。また、英仏は、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」とした1月の共同声明に引き続きコミットすることを表明している。これは核軍縮の努力を長年支えてきた精神であり、国際社会が厳粛に見守る中で行われたこれらの声明に見合った行動をとることが肝要である。

リスクの低減は軍縮と同じではないが、「先制不使用」の姿勢を貫くことで、安全保障政策における核兵器の役割を低減することができる。これは、世界的なイデオロギーの闘争によって高められた緊張を和らげ、すべての当事者が崖っぷちから一歩下がり、恐怖と不信による自縄自縛の連鎖を断ち切って、核軍縮に向けた有意義な交渉を再開させるための条件を整えることができるだろう。

Photo: The UN General Assembly Hall. Credit: Manuel Elias/UN.
Photo: The UN General Assembly Hall. Credit: Manuel Elias/UN.

釈尊が水利権をめぐる2つのコミュニティーの対立を調停したときの言葉は次のようなものである。「殺そうと争闘する人々を見よ。武器を執って打とうとしたことから恐怖が生じたのである」(『ブッダのことば』中村元訳、岩波文庫)。

この言葉は、軍備を増強することで、真の意味で持続的な安全保障を実現することはできず、むしろ恐怖感や相互不信、危険性を増大させるという現実を証明している。中満氏が指摘するように、核兵器の場合、その危険性は人類の存亡に関わるものである。

この機会を捉えて、すべての国が核保有国の先制不使用を求め、この原則を支持することで、消極的安全保障をすべての非核兵器国に事実上、拡大することが必要である。

核兵器のない世界の実現は、人類社会のすべての構成員に固有の生存権を保障するために、実現しなければならない重要な目標であることは言うまでもない。核兵器は決して使われてはならず、この悲惨な事態を防ぐために有効な手段を講じるという明確な認識こそが、この目標への道筋を支えるのである。(原文へ

INPS Japan

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核の脅威が高まる中、停滞する軍備管理

【国連IDN=タリフ・ディーン

ロシアや北朝鮮による核の脅威が高まる中、国連は10月24日から軍縮週間を迎え、大量破壊兵器、特に核兵器はその破壊力と人類への脅威から、引き続き最大の関心事であると警告した。

しかし、これまでのところこれらは、軍事力或いは攻撃的な見せかけだけの脅しを派手に誇示したものに過ぎない。

先日発表された国連の最新版「2021年軍縮年鑑」では、2021年の核軍縮に関する国際社会の「進展」の一部が掲載されている。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

この年の画期的な出来事と言えば、1月22日に核兵器禁止(核禁)条約が発効したことであろう。

この画期的な成果を受けて、2月上旬には「米国とロシア連邦の戦略的攻撃兵器のさらなる.削減と制限のための措置に関する条約(新START条約)」が5年間延長された。

米国とロシアがこの二国間の唯一の法的拘束力のある軍備管理協定の延長に協定の期限まであと数日というタイミングで合意したことは、次世代の軍備管理に向けた基礎作りが火急の課題であることを示した、と同年鑑は記述している。

しかし、2021年から22年にかけての核軍縮分野における進展の停滞についてはどうだろうか。それでもって、これまでの進展は打ち消されてしまうだろうか。

国際原子力機関(IAEA、本部ウィーン)でかつて検証・安全保障政策局長を務めたタリク・ラウフ氏は「私の見方では軍縮の『赤字』が2020年から21年にかけて増大してしまった。」とIDNの取材に対して語った。

「軍備管理は停滞し、包括的核実験禁止条約(CTBT)発効への動きは一向に進まず、中国・エジプト・イラン・米国は条約を批准せず、インド・パキスタン・北朝鮮は署名を拒否、イスラエルも批准を拒否しています。」

ラウフ氏は、2020年から21年にかけては核軍備管理も崩壊し、唯一の明るい話題は核禁条約が米国などの反対にもかかわらず発効に必要な批准数50カ国のしきい値に達したことだと指摘した。

核禁条約は現在、91カ国が署名、68国が批准を終えている。

国連軍縮部が1976年以来発行してきた刊行物である軍縮年鑑は、兵器の規制・管理・廃絶を通じて平和の大義を前進させる多国間の取り組みに関心を持つ外交官や一般市民に対して、包括的かつ客観的な情報を提供してきた。

2021年、これらの取り組みは新型コロナウィルス感染症のパンデミックという逆風に晒され続けた。

「コロナ禍は、軍縮や不拡散、軍備管理に関連した火急の課題に対して、政府間の公式かつ対面の会合で対応する能力に大幅に制約を課したのみならず、紛争地帯に対する人道支援の提供を困難にし、近年進展してきた経済的平等・ジェンダー平等の成果を打ち消す役割を果たしてきた。」と年鑑は記述している。

「さらに、コロナ禍によって、公衆衛生のような重要部門に公的資源を追加投入する必要性が世界中で感じられているにも関わらず、世界の軍事支出は、武力衝突が続く中で、あらたな歴史的なレベルに達しつつある。」

M.V.-Ramana
M.V.-Ramana

ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ)公共政策グローバル問題大学校で「軍縮・グローバル人間安全保障」プログラムの責任者を務めるM.V.ラマナ教授は、2022年という地点から21年の成果を見てみると、軍縮における成果が核兵器国(とりわけ現在はロシア)の行動によっていかに打ち消されてしまっているかを見ることができる、とIDNの取材に対して語った。

キューバミサイル危機以来最も核戦争の危機が高まっているこの2022年にあって、核禁条約発効という極めて大きな成果を見失ってしまうことはたやすい。」

しかし、核の脅威が定期的に取り沙汰されるという事実そのものが、とりわけ核兵器の使用の威嚇を禁じている核禁条約第1条の重要性を際立たせている、とラマナ博士は語った。

現状を見れば、「すべての国が普遍的にこの条約を遵守することを目的として、締約国でない国にも署名、批准、受容、承認又は加入を促す」ことを締約国に呼びかけた同条約第12条を思い起こさざるを得ない。

「もちろん、核兵器国がこの条約に加入する可能性は、現在はほぼゼロに近い。しかし、冷戦期に人類を核戦争から救った最も影響力のある核軍備管理条約は、キューバミサイル危機以後に署名されたものだということを忘れてはなりまえん。」とラマナ氏は指摘した。

国連は軍縮週間を記念しながら、「通常兵器の過剰な蓄積と不正取引は国際の平和と安全、持続可能な開発を危うくし、人口密集地での通常兵器の重火器の使用は民間人を著しく危険に晒している」と指摘している。

Photo: Wide view of the General Assembly Hall. UN Photo/Manuel Elias
Photo: Wide view of the General Assembly Hall. UN Photo/Manuel Elias

自律兵器のような新たな兵器技術は世界の安全を危機に晒し、近年国際社会からの関心が高まっている、と国連は警告する。

軍縮週間は軍縮問題と領域を超えたその重要性への意識喚起と理解の増進を図ることを目的としているが、この1週間にわたるイベントは、1978年の国連総会軍縮特別総会の最終文書(決議 S-10/2)によると、国連創設記念日にあわせて実施されている。

1995年、国連総会は加盟国やNGOに対して、市民の間に軍縮問題の理解を広めるために、軍縮週間に引き続き積極的に参加するよう呼びかけた(決議50/72B、1995年12月12日)。

「歴史を通じて、各国はより安全で安心な世界を築き、人々を危険から守るために軍縮を追及してきた。国連の創設以来、軍縮と軍備管理は危機と武力紛争の予防し終結させるうえで重要な役割を担ってきた。高まった緊張や危機は、より多くの武器によってではなく、真剣な政治的対話と交渉によってより良く解決されるのである。」

国連はまた、軍縮のための措置は、国際の平和と安全の維持、人道原則の保持、民間人の保護、持続可能な開発の促進、諸国間の信頼と信用の促進、武力紛争の予防・終結など、多くの理由から追求されてきた、と指摘している。

軍縮および軍備管理措置は、21世紀における国際および人類の安全保障の確保に役立つものであり、したがって、信頼性が高く効果的な集団安全保障システムの不可欠な一部でなければならない。

「国連は引き続き、軍縮・軍備管理・不拡散の取り組みを通じて、より安全かつ平和な共通の未来に貢献するさまざまな主体の取り組みと関与を歓迎する。」

Photo: UN Secretary-General António Guterres speaks at the University of Geneva, launching his Agenda for Disarmament, on 24 May 2018. UN Photo/Jean-Marc Ferre.
Photo: UN Secretary-General António Guterres speaks at the University of Geneva, launching his Agenda for Disarmament, on 24 May 2018. UN Photo/Jean-Marc Ferre.

この世界が、大量破壊兵器や通常兵器、あらたなサイバー戦の脅威にさらされるなか、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、人類を救い、命を救い、私達の共通の未来を守るための「新たな軍縮アジェンダ」を発表している。(原文へ

INPS Japan

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ウクライナ戦争で頭もたげる冷笑主義

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=チャンイン・ムーン】

わずか4カ月の間に、ウクライナ戦争は消耗的な世界規模の紛争となり、すでに西側の疲労感は高まるばかりとなっている。

「欧州の兄弟愛を頼りにしてください」

フランスのエマニュエル・マクロン大統領が、近頃ウクライナを訪問した際に述べた言葉である。これは、ウクライナへの全面的支援を我先に約束する他の西側諸国の指導者の言葉と同調するものだ。

ロシアによるウクライナ侵攻に対して国際社会がどれほど反感を抱いているか、悲劇に直面するウクライナへの支援がどれほど広がっているかが、ここに明確に表れている。(原文へ 

同時に、西側諸国によるこの積極的支援に対する冷笑的な見方も広がっている。

6月13日、筆者はプラハで2日間にわたって行われたEUとインド太平洋諸国のハイレベル対話に出席した。中国の台頭や世界経済システムの不安定性といった課題に対応する、EUとインド太平洋地域の協力を模索する場として意図されたものだが、話題の中心は明らかにウクライナにおける戦争だった。

特に有意義な質問をしたのは、今年40歳になったリトアニアのガブリエリウス・ランズベルギス外相である。

第1に、西側はウクライナにおける戦争を終わらせ、欧州の平和のためにロシアを完全に孤立させる手段と意志があるのかと彼は尋ねた。第2に、西側は、ウクライナが求める勝利のために支援を提供し続けられるのか。第3に、現在の通常戦争が核紛争にエスカレートするのを防ぐ有効な手段は存在するのか。第4に、戦争が長引くにつれて西側民主主義国の間に「戦争疲れ」が広まるのを防ぐことは可能か。

これらの問いは、ウクライナ情勢に内在するジレンマを要約している。また、ここには、西側の対応に対する冷笑的な態度も現れている。

戦争勃発以来、西側主要国はロシアを完全に孤立させることを目指して厳しい制裁を集中的に浴びせ、「民主主義」と「独裁主義」という二項対立によって状況を定義してきた。その一方で、彼らは現実的に深刻な制約に直面してきた。

まず、ドイツやフランスといった一部の欧州主要国は、ロシアを完全に孤立させることに懐疑的である。ハンガリー、セルビア、トルコ、イスラエルなど、長期にわたってロシアと密接な関係を続けてきた国々も、このアプローチには同意していない。

一方、インド、メキシコ、ブラジル、南アフリカなど、地理的に遠い民主主義国は、多かれ少なかれ中立性を保っている。このことは、広範な反ロシア戦線の確立が困難となっている理由を説明している。

もう一つの障害は、相互依存の兵器化による皮肉な効果に関係する。制裁は、エネルギー価格や穀物価格の急騰に起因するインフレ圧力や、不活性ガスの輸出制限によるサプライチェーンへの制約という、意図せざる結果ももたらしている。

その一方で、戦争初期の予想に反して、ロシアの通貨価値と株式指数は回復の兆しを見せている。厳しい制裁によるこのブーメラン効果は、ロシアを完全に孤立させることがいかに難しいかを示している。

戦争の最終的な帰結に対する共通認識を見いだすことは、さらに難しい注文である。目標は単なる平和協定ではなく「勝利」であるべきだという意見に対する国民の支持の高まりを受けて、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ドンバス地方だけでなく、2014年にロシアが強制的に併合したクリミア半島も奪還するという意図を宣言した。

しかし、現実の状況は厳しい。米国や他の西側主要国は、事態の長期化を防ぐために適切な条件で戦争の早期終結を受け入れる準備があることをちらつかせ始めてさえいる。

このことは、近頃のジョー・バイデン米大統領の発言にも表れている。彼は、ウクライナがロシアとの和平交渉で優位に立てるようになるまで、米国は支援を提供すると述べたが、それ以上に攻撃的な措置については否定的な口調であった。これは、戦争がキーウの望む通りになる見込みが低いことを示唆している。

米国や欧州諸国の直接軍事介入を妨げている主な要因として、特に核エスカレーションの懸念がある。西側の戦略目標は、ウクライナの存続を確保し、領土を保全し、ロシアに侵略への罰を与え、同時に、核エスカレーションを防ぎ、戦争を早期終結させることと特徴付けられる。

これらの目標の中で最も重要なのは、核エスカレーションを防ぐことである。言い換えれば、キーウのためにニューヨーク、パリ、ロンドン、ベルリンを犠牲にするという選択肢はない。これは、西側の軍事行動に対する決定的な足かせとなっている。

同じように、戦争の長期化を許すことも受け入れられる選択肢ではない。わずか4カ月の間に、ウクライナ戦争は消耗的な世界規模の紛争となり、すでに西側の疲労感は高まるばかりとなっている。

さまざまな国で、インフレをはじめとする経済的悪影響の中、国民の関心は急速に低下しつつある。欧州の世論調査では、戦争の「平和的終結」への支持が、ロシアを罰するために戦争を継続することへの支持を大きく上回っている。

冷笑的・懐疑的感情の広がりは、ウクライナにおける戦争について国際社会が公言してきたような連帯の限界を示唆するものである。それはまた、各国がそれぞれの費用・便益計算に基づいて行動を決定する可能性が高くなっているということでもある。

最終的には、関係する全ての国が現実主義に戻り、平和的解決を優先する必要があるだろう。戦争を本当に終わらせるためには外交的妥協によらざるをえないということを、歴史はわれわれに教えている。

チャンイン・ムーン(文正仁)は、世宗研究所理事長。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。

INPS Japan

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|バーレーン対話フォーラム|宗教指導者らが平和共存のための内省と行動を訴える

【マナマINPS Japan=浅霧勝浩

国連「文明の同盟(UNAOC)」のミゲル・アンヘル・モラティノス上級代表は、11月3日の第1回バーレーン対話フォーラムの開会セッションにおいて、「今日の世界は、紛争が多発し、宗教や文化、民族によってアイデンティティを規定された人々が憎悪に苛まれ続ける、かつてないほどの困難に直面しています。社会的、文化的な溝は深まり、部族主義、民族抗争、イスラム恐怖症、反ユダヤ主義、外国人恐怖症、ヘイトスピーチ、超国家主義が横行しているのです。」と語った。

Mr. Miguel Ángel Moratinos/ UNAOC
Mr. Miguel Ángel Moratinos/ UNAOC

「このようなグローバルな課題に対応するためには、全体的なアプローチが必要です。テロリズムや宗派対立、人種差別的な言説が引き起こす惨劇を食い止めるには、安全保障上の措置だけでは十分ではありません。私たちは、これらの誤ったナラティブに対して、人間の連帯を示し希望を提供する必要があります。」とモラティノス上級代表は述べ、このフォーラムのテーマ「東洋と西洋、人類共存に向けて」のベースとなっている『世界平和と共生のための人類の友愛に関する共同宣言書』は、「暗いトンネルの終わりに輝く一条の光であり、すべての信仰を包含する宗教間対話の青写真に他なりません。」と語った。

この共同宣言書は、カトリック教会教主であるローマ教皇フランシスコとイスラム教スンニ派で最も権威のあるアル・アズハルモスクのグランド・イマームであるアフマド・アル・タイーブ師が2019年2月4日にアラブ首長国連邦のアブダビで署名したものだ。

ローマ教皇フランシスコとタイーブ師の友情が生み出した「人類の友愛」文書の核心は、テロや暴力のために宗教を利用することを非難し、環境保護などの現実的な問題で協力するよう呼びかけている。共同署名式典で2人が頬を寄せ合う写真は、「希望の象徴 」として話題となり、カトリック教会とイスラム世界との関係を大きく前進させたと広く称賛された。さらに、2020年12月に国連総会は、共同宣言書が署名された2月4日を、世界中で平和、調和、異文化間の対話を促進する人々の意識を高め、その努力を認識することに捧げられる日として「人類友愛国際デー」に定めた。

Map of Bahrain

ペルシャ湾に浮かぶ33の島で構成されるバーレーン王国は、外国人労働者が人口の半数を占める多文化・多宗教社会で、国内にはモスクの他、キリスト教の教会、シナゴーグ、ヒンズー教や仏教の寺院が並立している。また政権を担う王室はイスラム教スンニ派だが、国民の約7割がシーア派である。こうした背景から、バーレーン政府は、「共存・寛容・開放」の方針を重視し、宗教・文化間の対話の機会を率先して創出してきた。今回初の開催となったバーレーン対話フォーラムは、この流れを汲み、ハマド・ビン・イーサ・アール・ハリーファ国王が、「人類の友愛」文書に公式に賛同したことにより開催が実現した。

この2日間のフォーラムは、宗教、宗派、思想、文化の指導者間の対話の架け橋となることを目指すバーレーンの熱意のもと、ムスリム長老評議会、イスラム最高評議会、キングハマド平和共存グローバルセンターが主催し、フランシスコ教皇やアフマド・アル・タイーブ師など、世界各国の著名な宗教指導者や学者約200人が出席した。

First day of the Bahrain Dialogue Forum was held at Isa Culture Center photo: Seikyo Shimbun

フォーラムのプログラムは、地球規模の共存と人類の友愛、対話と平和的共存の推進を取り上げ、時代の課題に取り組む宗教指導者や学者の役割を考察するセッションから構成された。

ムスリム長老評議会のシェイク・ハーリド・ビン・ムハンマド・アル・カリファ議長は、古来より文明の十字路としてバーレーン(2つの海の意味)が多様な文明を寛容に受入れてきた社会的な背景と、宗教への寛容に関するバーレーン王国宣言をはじめとする、平和と共生に向けた同国の取組みを紹介したうえで、「地域社会における共存を広め、維持し、定着させるためには、宗教と宗派の特異性を尊重し、信教の自由を認めることが重要である。」と語った。

カリファ議長はまた、「バーレーンは、人口や面積に対するモスクや礼拝所の数の割合が世界一で、誰もが積極的な共存の中で宗教儀式を実践しています。」と指摘したうえで、「バーレーンは、この分野で追随すべきグローバルなモデルとなっている。」と語った。

Ecumenical Patriarch Bartholomew I/ By President.gov.ua, CC BY 4.0
Ecumenical Patriarch Bartholomew I/ By President.gov.ua, CC BY 4.0

ヴァルソロメオス1世コンスタンティノープル総主教は、宗教的原理主義が横行している現状に対する正教会の対応として、宗教間対話の重要性を強調し、「宗教間対話への反対は、通常、宗教的多様性に対する恐れと無知または不寛容から来るものです。対照的に、本物の誠実な宗教間対話は、宗教的伝統の間の違いを認識し、民族と文化の間の平和的共存と協力を促進します。これは自らの信仰を否定するのではなく、他者に心を開くという観点から自らのアイデンティティと自意識を適応させ、豊かにしていくことを意味します。また、偏見を癒し、払拭し、相互理解と平和的な紛争解決に貢献することができます。」と語った。

「グローバルな共生と友愛を推進するための経験」と題したセッションでは、ニジェール前大統領でムスリム長老評議会のメンバーであるマハマドゥ・イスフ氏が、貧困、飢餓、気候の問題に加え、政治、経済、安全保障上の紛争や危機という点で、今日の世界情勢は、人々に大きな重圧をもたらしており、平和と安全を実現するために、宗教間の対話を通じた協力、和解、収束が求められていると説明した。

Bulat Sarsenbayev, chairman of the board of the Nazarbayev Center for the Development of Interfaith and Inter-Civilization Dialogue photo: Katsuhiro Asagiri, President and Multimedia Director of INPS Japan.
Bulat Sarsenbayev, chairman of the board of the Nazarbayev Center for the Development of Interfaith and Inter-Civilization Dialogue photo: Katsuhiro Asagiri, President and Multimedia Director of INPS Japan.

カザフスタンの「ナザルバエフ宗教間・文明間対話発展センター」のブラート・サルセンバエフ所長は、9月14日と15日にローマ教皇フランシスコとアル・タイーブ師をはじめ、バーレーン対話フォーラムの参加者の多くが参加して、首都アスタナで開催した第7回世界伝統宗教指導者会議の成果文書について説明し、同会議は恒久的な宗教間対話のプラットフォームとして、今後も連携を深めていきたいと語った。世界伝統宗教指導者会議は、ソ連時代にカザフスタン東部のセミパラチンスク核実験場で行われた核実験で100万人以上の犠牲者を出した経験から独立後核兵器を放棄し、調和の中で人々が生きる多宗教・多文化社会を目指してきたことを誇るカザフスタンが、9・11同時多発テロ後に世界全体で宗教的対立が起こる中、2003年に開始したイニシアチブである。第7回会議では、成果文書の一部として「人類の友愛」文書が採択された。

「現代の危機―気候変動と世界的食糧危機への宗教リーダーと学術者の役割」と題したセッションでは、創価学会の寺崎広嗣副会長が、環境問題や食料問題等と仏教思想の関係について述べた「仏教の特質は万物に対する慈悲にあり、自らの受けている恩恵を正しく認識し、自らが環境や他の生物のために貢献していくことが、人間としての正しい生き方であると教えている。」という池田大作SGI会長の言葉に言及したうえで、「仏法者の私たちに備わる役割は、一人一人が慈悲の精神を拡大して主体的に問題の対処に望むこと、また、そのような主体者を増やすべく、周囲の人々に働きかけていくことではないかと確信します。」と語った。

寺崎副会長はまた、「困難な問題ほど市民の理解と支持を得る努力なしには前進はなく、問題解決のためには、一人一人が行動に立ち上がる必要がある点を踏まえて、創価学会では、現実は変えられるとの『希望』のメッセージを発信することを心がけ、またそれを実践する青年の姿などにもフォーカスしています。」と語った。さらに、「気候変動による食料問題の解決等は、こうした問題が実際に個人に与えている苦痛という観点から考えていくことがますますます重要であり、そのような視点を社会の中であらゆる機会を通し共有することも重要です。」と指摘した。

Session Three: The Role of Religious Leaders and Scholoars in Adressing Contemporary Challenges: Climate Change and the Global Food Crisis   photo: Seikyo Shimbun
Session Three: The Role of Religious Leaders and Scholoars in Adressing Contemporary Challenges: Climate Change and the Global Food Crisis photo: Seikyo Shimbun

翌日サヒール宮殿で行われたフォーラムの閉会式で、アル・タイーブ師は、コーランが説く3つの原則(①人には違いがあること、②信仰の自由があること、③人間関係を成立させる唯一の方法は知己であること)に言及して、「コーランには、人間関係を規定する規則が論理的に列挙されており、再解釈や歪曲の余地はありません。人々の自然な相違は信仰の自由を必要とし、それは人々の間の平和的な関係を必要とするのです。」と語った。

Dr. Ahmed Al Tayeb photo: Katsuhro Asagiri
Dr. Ahmed Al-Tayeb, the Grand Imam of Al-Azhar and Chairman of the Muslim Council of Elders
photo: Katsuhro Asagiri

そのうえでアル・タイーブ師は、「このことを、現代の学術プログラムに適応し、宗教哲学の目から見て、人生には異なる信仰、人種、肌の色、言語を持つ人々のための余地があること、そして文化の多様性が文明を豊かにし、今日欠けている平和を確立できることを若者に教え、説いていく必要があります。」と述べ、宗教学者や思想家たちに、宗教的共通点に関するこのような議論の余地のない事実について、若者たちの教育にもっと力を入れるよう呼びかけた。

さらに、「相違点を理解した上で、共通点と一致点に焦点を当てるべきです。私たちは共に、憎しみや挑発、破門といった言葉を追い払い、古今東西のあらゆる形態の、そしてあらゆる負の派生物である紛争を脇に追いやろうではありませんか。」と述べ、スンニ派とシーア派の対話について画期的な呼びかけを行った。

ローマ教皇フランシスコは、「バーレーン」の国名が「二つの海」を意味することに着目しつつ、「東洋と西洋はまるで対立する二つの海のように見えますが、私達はこのフォーラムのタイトル『東洋と西洋、人類共存に向けて』にあるように、対立とは異なる、出会いと対話の針路をとりながら、同じ海を航海するためにここに集っています。」と語った。

Pope Francisco/ Wikimedia Commons
Pope Francisco/ Wikimedia Commons

教皇はさらに、「世界の各地で破壊的な紛争は続き、誹謗中傷、脅迫、非難の声が上がる中、私たちは今にも崩れそうな均衡状態の中にあります…世界の多くの人が食糧危機や環境問題、パンデミックなどで苦しむ一方で、ごく少数の権力者たちが自分たちの利益を得るための争いに没頭し、『人類の園』は皆に大切にされるどころか、ミサイルや爆弾による『火遊び』の舞台となり、武器が人々に涙と死をもたらし、私たちの『共通の家』を灰と憎しみで覆っています」と指摘したうえで、「こうした荒れる海を前に、神と兄弟たちに信頼を置く私たちは、人類のただ一つの海を無視し、自分の潮流だけを追う『孤立の思想』を退けるためにここに集い、東西の対立の構図を皆の善のために改めながら、劇的に拡大するもう一つの分裂、『世界の南北格差』にも注意を向け続けています。」と語った。

さらに教皇は、「宗教指導者たちの課題は、『互いに関係しながらも分裂している人類』が皆、共に航海できるよう力づけることであります」と述べ、そのために必要なものとして、「祈りの精神」「女性や子供たちの保護も含めた市民の権利・義務と兄弟愛の教育」、そして「戦争や暴力を明確に拒絶し平和のために取り組む行動」を挙げた。(英語版

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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反核運動、中東へ

COP27の中心に農産物システムの変革を据える

【ローマIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

国連食糧農業機関(FAO)、国際農業研究協議グループ(CGIAR)、ロックフェラー財団は、11月6日から18日までエジプトのシャルムエルシェイクで開催される国連気候変動枠組条約第 27回締約国会議(COP27)で初めて食料・農業パビリオンを公式に主催する。

COP27は、世界的なパンデミック、気候危機による圧力の高まり、エネルギーや肥料の価格高騰、紛争の長期化といった複合的な影響に世界中のコミュニティが直面している時期に開催される。これらの影響により、生産とサプライチェーンは混乱し、特に最も脆弱な人々にとって世界規模の食糧不安は劇的に増加している。

2022 Global Report on Food Crises/ WFP

2022年の食料危機に関するグローバル報告書によると、2021年には53の国・地域で約1億9300万人が危機的またはそれ以上の深刻な食糧不安に直面し、数十年にわたる進展が損なわれている。

食料・農業パビリオンは、気候危機の解決策の重要な一部として、農業食料システムの変革を初めてCOPの議題の中心に据えることになる。

国連より承認されたパビリオンは、交渉が行われる会議場やオブザーバー団体主催の展示やサイドイベントが行われる「ブルーゾーン」に設置される。その目的は、人類と地球が直面している食糧と農業の最も差し迫った問題についての理解を深め、知識と革新的な解決策を共有することである。

様々なイベントが開催され、農業・食品システムを保護するために各国が効果的な気候変動対策を講じるための革新的なソリューションが紹介される予定だ。

Qu Dongyu、Director-General of FAO/ By World Trade Organization – World Cotton Day — 7 October 2019, CC BY-SA 2.0

FAOの屈冬玉事務局長は、「COP27では、気候変動と科学・イノベーションの2つのテーマ別FAO戦略を立ち上げ、相乗効果を発揮する予定であり、食糧と農業のパビリオンを設置することを誇りに思います。」と語った。

「このパビリオンは、農民や若者を含む地域、国、世界の関係者を招集し、農業食糧システムをより効率的、包括的、弾力的かつ持続可能に変革し、飢餓と栄養不良の撲滅に向けた努力から誰も置き去りにしないためのソリューションを模索します。」

CGIARのクラウディア・サドフ事務局長は、「気候危機における食糧、土地、水のシステム転換を支援することはCGIARの使命であり、そのリスクは今までになく高いものとなっています。何百万人もの人々が食糧不安の瀬戸際に立たされ、零細農家の生活への脅威が増しています。私たちは、FAOとロックフェラー財団と協力し、これらの重要な問題が今年のCOPの議題として確実に取り上げられることを光栄に思います。」と語った。

ロックフェラー財団のラジブ・J・シャー会長は、「気候変動は人類にとって唯一無二の脅威であり、人類と地球の両方に栄養を与える、公平で、弾力性のある、持続可能な食糧システムを構築しない限り、この問題に完全に対処することはできません。食料システムを変革するための優れたアイデアや行動は誰のものでれ歓迎すべきものであり、私たちはそうした知識を共有できるプラットフォームを支援できることを誇りに思います。」と語った。(原文へ

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【ジュネーブIDN=ルネ・ワドロー】

イラン・イスラム共和国の各地で「女性・命よ・自由を!」という叫び声が上がっている。この抗議運動がどの程度の規模で行われ、具体的にどのような改革が要求されているのか、事前に知ることはできない。しかし政府は不安を感じている。10月3日、最高指導者のアリ・ハメネイ師は、陸軍士官学校での講演で抗議運動に対する弾圧を正当化し、今回のデモは米国とイスラエルの仕業だと語った。

The beginning of the First vice squad of guidance patrol in Tehran – 22 April 2006/Fars Media Corporation, CC 4.0,

2022年9月13日、髪の毛を隠すために身につける布「ヒジャブ(ヘジャブ)」のつけ方をめぐって22歳のマフサ・アミニが「道徳警察」に逮捕された後に急死した事件を受け、抗議運動が始まった。彼女はクルド人であった。抗議は当初、イラン国内のクルド人地域で始まったが、まもなくすべての民族と多くの地域に広がった。

しかし、イラン政府はクルド人、特に隣国イラク国内のクルド人からのデモへの支持が拡大し、多民族間の緊張が高まることを懸念している。イランは9月28日にも、イラク北部のクルド人地域の武装勢力を標的にミサイルと無人機で攻撃を行ったばかりである。

イラン・イスラム共和国は社会政策として女性問題に焦点をあててきた。1979年に政権を取る前から、フランスに亡命中のホメイニ師は、パフラヴィ―朝イラン治世下で女性に認められた自由が大きすぎることが自分の政策の障害になっていると語っていた。ヒジャブ着用義務など、女性に対する抑圧的な政策はイラン・イスラム革命後すぐに実行に移された。

アフガニスタンのタリバンとは異なり、イランでは女性が高等教育を受けることは禁じられていない。現時点でイランの大学生の約65%が女性であると言われている。多くの女性が社会の中で重要な役割を担っているが、目立たないようにし、規則に沿った服装をし、少なくとも人前に出るときは男性の支配下に置かれなければならない。

今、多くの女性と一部の男性によって宣言された「女性・命よ・自由を!」の叫びは、変化の兆しを示している。明らかに、指導者のハメイネイ師と保守派のエブラヒム・ライシ大統領率いる政府はこの抗議運動を警戒しており、警察、革命防衛隊、その他の準軍事的な軍隊が動員されている。

デモ参加者の中には、推定100人が死亡し、負傷者も出ている。逮捕者の数は不明。ジャーナリストは取材を妨害され、インターネットサービスも遮断されたり、不規則になったりしている。したがって、イラン国内でデモを捉えた写真は限られている。

イランではこれまでにも抗議行動の波があったが、政策に大きな変化をもたらすことはなかった。しかし、今回の抗議行動には、主に若者が主導する新しい気運が見られるとみる向きもある。「女性・命よ・自由を!」は今後大きな波となる可能性があり、注視する必要がある。(原文へ

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途上国、2030年を前に持続可能な開発目標達成はすでに困難か

【国連IDN=タリフ・ディーン

米国の政治家である故エヴァレット・マッキンリー・ダークセンの有名な言葉がある。「こちらに何十億ドル、あちらに何十億ドルと、(国の予算要求などでは大きな金額を各省庁が出してくるが)、すぐに実際にお金を工面する段階になっててんやわんやすることになる。(= 「机上の空論」ではいくらでもお金を出せるが、実際の話になると大変なことだ。)

Everett Dirksen/ Public Domain

おそらくこのセリフは、国連の17項目の持続可能な開発目標(SDGs)に当てはめるべきものかもしれない。途上国は、2030年までにこれらの目標を達成すべく、数十億ドル―今やそれは数兆ドルに跳ね上がりつつあるのだが―の確保という厳しい闘いを続けている。

しかし、ただの口約束だけではなく本当のお金を求めたこの訴えは、世界中で昂進するインフレ、西側ドナーによる開発援助の大幅削減、ウクライナ戦争の余波、コロナ禍に伴う都市封鎖(ロックダウン)が引き起こした悪影響などを原因とした資金不足によって、実質的に損なわれている。

「持続可能な開発目標の達成に向けて軌道に乗れない理由は主に2つある」と語るのは、「人権と環境に関する国連特別報告官」のデイビッド・ボイド氏である。彼は10月21日、国連総会に対して自身の報告を発表した。

David R. Boyd/ UNOHCHR

「第一は、諸国はSDGsを、本来は国際人権法に明確な根拠を持っている内容であるにも関わらず、単なる政治的願望と誤解していることである。すべての目標と、169のターゲットのうちの93%以上が国際人権条約に直接関連したものだ。」

「第二の問題は、目標達成に必要な資金が著しく不足していることで、毎年4兆ドル以上が不足している。」とボイド特別報告官は指摘した。

彼の報告書は、持続可能な開発目標達成に向けて毎年最大7兆ドルを確保可能な資金源について指摘している。

カリフォルニアにある著名な政策シンクタンク「オークランド研究所」のアヌラダ・ミッタル氏はIDNの取材に対して、資金調達に関する特別報告官の勧告を迅速に実行に移すべきだと語った。

貧困層と環境を犠牲にして富を蓄えてきた富裕層に課税し富の再分配を図ることが唯一の解決策だ、とミッタル氏は指摘した。

「億万長者たちはロケットに乗って『最高の一日』を宇宙空間で満喫でき、税金を払わず、政府を通じて政策を取り込むことができる一方で、数十億人の人々は人間の尊厳を満たす基本要素である安全な飲み水や食料を手にすることすらできていない。」

Anuradha Mittal/ Aukland Institute

ミッタル氏は、「国が公的資金を必要とするのは、政府が統治し、国民のためになる制度、政策、プログラムを導入するためです。しかし現実には、いわゆる『開発機関』が、億万長者たちや企業が世界を支配し続けられるように『ビジネスに親和的』な環境を作り出して支援しています。」と語った。

ボイド特別報告官は、「2030年に向けて世界が折り返し地点を回る中、現在の状況は、ほぼすべての国がほぼあらゆるSDGsとターゲットを達成できないであろうことを示しています。その場合、何十億もの人々が悲惨な状態に留め置かれ、すべての人にとって地球の未来の住みやすさが損なわれてしまいます。」と語った。

「他方で、SDGsが達成できれば、数十億もの人々の生活の質を劇的に改善し、すべての形態の生命を維持するために必要なこの稀有な地球を守ることにもつながります。」と指摘した。

Pooja Rangaprasad/ UN Photo

「国際開発協会」政策ディレクター(開発金融問題)のプージャ・ランガパラサッド氏は、国際租税回避や持続不可能かつ非合法な債務のようなグローバル経済上の大きな問題に取り組まない限り、SDGsの公約が満たされることはないだろうと語った。

数兆ドルの公的収入が、多国籍企業や裕福なエリートによる大規模な国際的租税回避を止めることができないために失われている。

ランガパラサッド氏は、「私たちは、民間部門もSDGsに貢献すべきであり、そのことは各国政府が民間や企業の富に対してより効果的な課税を行うことから始まるという認識を持っています。」と指摘したうえで、「このことを迅速に始めるための解決策が不足しているわけではありません。」と付け加えた。

9月の国連総会では、「G77プラス中国」がアフリカグループと共に、この欠陥のある国際課税体系の問題に対処するために国連での交渉を求める決議案を提出した。

同決議案は、「私達は、これらの解決策を実行し、SDGsを実行する財政的裏付けを得るために、世界の富裕国こそが主導すべきだと考えている。」と述べている。

ボイド特別報告官は、「今日のグローバル経済は、人々の搾取と地球の搾取という2本の柱に基づいており、これらは根本的に不公正で持続不可能であり、人権の完全な享受とは相容れないものである。」と指摘した。

SDGsは、経済を転換し、不平等を緩和し、環境を保護することによってこれらの問題に対処することを目的としている。

例えば、裕福な個人や公害に対する新たな課税、低・中所得国に対する債務免除、課税の抜け穴解消、環境破壊的な活動から持続可能な活動への補助金の振り向け、海外援助及び気候関連金融に対する長期的な公約の実行といったことが挙げられる。

ボイド特別報告官は、「クリーンで健康で、持続可能な環境に対する人権を国連が近年認知したことが、持続可能な開発目標を達成するための行動を加速させる触媒となることだろう。」と指摘したうえで、各国に対して、「大気の質を向上させ、誰もが安全で十分な水を利用できるようにし、工業型農業を健康で持続可能な食糧生産に転換し、世界の気候・エネルギー危機への対処に必要な行動を加速し、化石燃料を再生可能エネルギーに置き換え、生物多様性を保全・保護・回復するために人権基準に基づく(ライツ・ベースト)行動を直ちに取るよう訴えた。

また、ポスト2020生物多様性枠組の中心に人権に基づくアプローチ(RBA)を確保し、人々の身体と地球を無害化するよう各国に呼びかけた。

「持続可能な開発目標の17項目のそれぞれに人権に基づくアプローチを提供することは、効果的かつ平等なアクションを実施し、脆弱かつ周縁化された人々を優先し、『誰も置き去りにしない』SDGsの原則を実現する最善の方法です。」とボイド特別報告官は語った。

17項目からなるSDGsには、極度の貧困と飢餓の撲滅、経済的不平等と男女格差の解消、ヘルスケアの改善、持続可能なエネルギー、環境の保護、持続可能な開発のためのグローバルパートナーシップなどが盛り込まれている。

Frederic Mousseau/ Aukland Institute

「オークランド研究所」の政策責任者フレデリック・ムソー氏は、IDNの取材に対して、「各国政府が与信者や金融市場から経済成長という単一の目標を追求するように強要されているときに、世界がSDGsを達成できると期待するのは非現実的だ。」と語った。

ムソー氏は、経済成長が人間開発の引き金になるとの観念は、トリクルダウン理論が機能していない現実を無視していると指摘した。逆にこの観念は、富んでいる者をさらに富ませ、貧しい者と環境をさらに貧しくするという不平等を永続化させている。

「SDGsを推進するエンジンとして支持されている経済モデルは、自己利益と利潤を優先する既得権益によって動かされています。ボイド特別報告官は正しい診断を下し、合理的な勧告を行っています。」と、ムソー氏は指摘した。

ムソー氏はまた、工業型農業の段階的廃止は、問題を例証する賢明な提言の一つであると語った。アブラヤシ、アグロ燃料、飼料用のプランテーションを設立し、企業が商品を輸出できるようにするために、コミュニティーは移転を強いられ、生活は破壊され、水源は汚染され、森林は荒廃している。

ムソー氏は、「搾取的農業モデルは、経済発展を約束するものであるが、現実には、地域社会は破壊され、農民はプランテーション労働者にさせられ、『南』の豊かな生物多様性が富める者のために商品作物化され、『南』の経済は略奪され植民地化されている。」と主張した。(原文へ

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平和に貢献する女性への支援の遅さ

【ニューヨークIDN=キャロライン・マワンガ】

22年前に採択された画期的な国連決議で定められた年次報告をアントニオ・グテーレス事務総長が発表したことを受けて、「女性・平和・安全に関する安保理公開討論」が先ごろ開催された。この中でアミナ・モハマド国連副事務総長は、女性の人権擁護とさらなる包摂の促進は、平和と安全をもたらす戦略として既に証明されたものであると語った。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

グテーレス事務総長はその年次報告で「2000年以降の規範的な合意があり、ジェンダー平等が持続的な平和と紛争予防への道を提供するとの証拠があるにも関わらず、事態はその反対方向に向かっています。今日、世界では女性の人権に関してこの世代を通じて勝ち取られてきた成果がなきものにされようとする一方で、暴力的な紛争や軍事支出の増大を目の当たりにしています。」と語った。

グテーレス事務総長はさらに、「民主的で包摂的な政治に対する最近の挑戦は、女性嫌いと権威主義は相互に強化し合い、安定し繁栄する社会と相反するものであることを改めて示しています。一部の国では、暴力的な過激グループと軍関係者が力で権力を奪取し、ジェンダー平等に関する過去の公約を取り消し、女性が発言をしたり単に日常生活を送ろうとしたりするだけのことを理由に迫害しています。」と語った。

Amina J. Mohammed/ UN Photo
Amina J. Mohammed/ UN Photo

モハマド副事務総長は、「今日の世界において平和が危機的状況にあることは、家父長制の破壊的な影響と女性の声を圧殺する傾向と切り離すことができません。紛争の激化から人権侵害の悪化まで、私たちが直面している課題は、多くの点で女性の権利の踏みにじりと、世界中に深く根付いた女性差別と関係しています。従って、政治・経済・社会の構造やそれを維持する規範にも挑戦することが必要です。」と語った。また、「女性、平和、安全保障の課題は、歴史的な過ちや疎外に対する答えというだけでなく、これまでとは異なる方法で物事を進める機会でもあります。(女性に対して)包摂と参加への扉を開くとき、私たちは紛争予防と平和構築において大きな一歩を踏み出すことができるのです。」と指摘したうえで、選挙監視、治安部門改革、武装解除、動員解除、司法制度などの領域で、女性の包摂を促進するためのクォータ制の導入など、完全なるジェンダー平等を呼びかけた。

またモハマド副事務総長は、「あらゆるレベルにおける女性の参加が、この20年にわたる国際社会による平和と安全へのアプローチの方法を変えるにあたって中心的な役割を果たしてきた。」と述べる一方で、その進歩は、統計が示すように『あまりに遅い』と指摘した。

例えば、1995年から2019年の間で、ジェンダー平等の条項を含めた和平合意の割合は14%から22%まで増えたに過ぎなかった。すなわち、全体の8割の協定はジェンダーの問題を無視している。

さらにこの間、女性は平均して、交渉人の13%、仲介人の6%、主要な和平合意への署名者の6%を占めるに過ぎない。

「和平プロセスへの女性の参加と、女性の生活を左右する決定への影響力の行使は大幅に遅れた状態にあり、包摂的で耐久性があり、持続可能な平和への障壁となっています。私達は事態を改善できるはずだし、今やらねばなりません。」とモハメド副事務総長は語った。

UN Women Executive Director Sima Bahous.
Photo: UN Photo/Evan Schneider.
UN Women Executive Director Sima Bahous.
Photo: UN Photo/Evan Schneider.

UNウィメン」のシマ・サミ・バホス事務局長は挨拶で、地域や世界のために行動することで自らの命を危険に晒している女性人権活動家たちの窮状にも言及した。

バホス事務局長は、国連高等人権弁務官事務所は、過去1年間に国連への協力に対する脅迫や報復があった350件近い個別事例のうち、60%が女性に関するものだったと報告した。

UNウィメンの調査ではまた、国連安保理に対して情報提供した女性の市民団体関係者の約3分の1がやはり報復を受けたことを明らかにしている。

バホス事務局長は、女性の人権活動家やその団体に対して、物質的・政治的支援を行ったり、女性であることを理由とした弾圧に対する保護や一時的移転、一時的保護地位の付与などのための立法を行うことといった措置を呼びかけた。

さらに、「女性を疎外することで安全が保たれると考える人がいないように、はっきりさせておきましょう。安全への配慮から女性の居場所やアクセス、資金を奪うことは、加害者を増長させ、彼らの目には彼らの戦術を正当化するように映るのです。」と指摘した。

バホス事務局長は、包括的で持続可能な平和に不可欠な女性の参加の価値を支持し、平和プロセスや議会、コロナ対策のような別の文脈における女性の参加率の低さを嘆いた。

「私たちは何をすべきかをよく理解しています。クォータ制や一時的な特別措置は、こうした不均衡を是正し、意思決定における平等を促進する最良の手段であり続けています。」

またバホス事務局長は、言葉を現実にするための重要な手段の一つである資金について、「女性のリーダーシップ、女性の市民社会組織、そして紛争状況における女性の人権擁護者を支援することが火急の課題であり、以前にもまして意味を持つようになってきている。」と語った。

SDGs Goal No. 5
SDGs Goal No. 5

女性・平和・安全保障に関する行動計画」を策定する国が、10年前の37か国と比較して103か国にまで伸びてきていることはよい傾向だが、課題の大きさに対応する資金によって支えられて初めて、その約束を果たすことができる。

2021年、人道危機下におけるジェンダーを基礎とした暴力を予防し対処するための資金には72%の不足が生じていた。ジェンダー平等に対処するために脆弱かつ紛争下の文脈に対して行う二国間援助の割合は、わずか5%である。

最も必要とされている、紛争下にある国々の女性団体への資金提供は、2019年の1億8100万ドルから2020年の1億5000万ドルへと減少してしまっている。アフガニスタンでは2022年、女性市民団体の77%に対して全く資金援助がなく、活動をもはや続けることができなくなっていた。ミャンマーでは、女性団体のおよそ半分が2021年のクーデター後に閉鎖を余儀なくされた。

こうした中、UNウィメンのバホス事務局長は、国際社会に対して、この傾向を逆転させるよう促した。「そうすることができる立場にあるすべての人々は、紛争下におけるジェンダー平等への資金提供を強化してほしい。もしそれができなければ、私達の公約は果たせないということになります。」(原文へ

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【ニューヨークIDN=アリエル・ゴールド、メディア・ベンジャミン】

ロシアへの厳しい非難と評された2022年のノーベル平和賞は、ベラルーシの人権擁護活動家のアレシ・ビャリャツキ氏、ロシアの人権団体メモリアルとともに、ウクライナの人権団体「市民自由センター」に授与された。一見すると、ウクライナの「市民自由センター」はこの栄誉にふさわしい団体のように思えるが、ウクライナの平和活動家ユーリイ・シェリアジェンコ氏は、刺々しい批判を書き込んでいる。

Image source: Sky News
Image source: Sky News

「ウクライナ平和主義運動(UPM)」の事務局長で「良心的兵役拒否のための欧州事務局」の理事を務めるシェリアジェンコ氏は、「市民自由センター」が米国務省や全米民主主義基金といった問題のある国際的な援助団体の思惑を受け入れていると非難している。

全米民主主義基金は、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟を支持し、ロシアとの交渉は不可能と主張し、妥協を求める者を辱め、西側が危険な飛行禁止区域を設けることを望み、ウクライナで人権侵害をしているのはプーチンだけだと言い、親ロシアのメディア、政党、公人を弾圧するウクライナ政府を批判せず、ウクライナ軍による戦争犯罪と人権侵害を批判せず、国際法で認められた軍役拒否という人権の擁護には立ち上がろうとしない。

良心的兵役拒否者を支援するのが、シェリアジェンコ氏と彼の組織であるウクライナ平和主義運動の役割である。ロシアの戦争抵抗者のことはよく耳にするが、欧米のメディアではロシアとの戦争で完全に結束した国として描かれているウクライナ国内にも、戦いたくないと思う人々がいるとシェリアジェンコ氏は指摘する。

ウクライナ平和主義運動は、分離主義者が支配するドンバス地方での戦闘がピークに達し、ウクライナ政府が国民に内戦への参加を強いていた2019年に設立された。シェリアジェンコ氏によると、ウクライナの男性は 交通違反や公共の場での泥酔、警察官への何気ない無礼など、ちょっとした違反で路上やナイトクラブ、寮から軍召集をかけられたり、兵役にさらわれたりしていたという。

American social reformer, Jane Addams/ Public Domain
American social reformer, Jane Addams/ Public Domain

さらに悪いことに、2022年2月にロシアが侵攻したとき、ウクライナ政府は国民の良心的兵役拒否権を停止し、18歳から60歳までの男性の出国を禁じた。それでも2月以降、10万人以上のウクライナ人徴兵予定者が国外へ脱出し、さらに数千人が拘束されたと推定されている。国際人権法では、原則的な信念に基づいて軍事紛争に参加することを拒否する人々の権利を認めており、良心的兵役拒否には長い歴史がある。1914年、差し迫った戦争を回避するために、欧州のキリスト教徒が良心的兵役拒否者を支援するために「国際和解の会」を結成した。米国が第一次世界大戦に参戦した時、社会改革者で女性の権利活動家であるジェーン・アダムス氏は抗議した。アダムス氏は厳しい批判を浴びたが、1931年には米国人女性として初めてノーベル平和賞を受賞した。

ロシアでは、何十万人もの青年が戦いを拒否している。ロシア連邦保安庁の関係者によると、ロシアが30万人の「部分的動員」を発表してから3日以内に、26万1千人が国外に逃亡したという。

飛行機を予約できる者は飛行機で、それ以外の者は車や自転車、徒歩で国境を越えた。ベラルーシ人もまた、国外脱出に加わっている。良心的兵役拒否者や脱走兵を支援する欧州の団体「コネクションe.V.」の推計によると、戦争が始まって以来、徴兵資格を持つベラルーシ人2万2000人が国外に逃亡したという。

ロシアの組織「コフチェグ」(方舟)は、反戦の立場、ロシアのウクライナへの軍事侵攻への非難、ロシアでの迫害などを理由に逃亡するロシア人を支援している。ベラルーシでは、ナッシュ・ドムという団体が「NO means NO」キャンペーンを行い、徴兵資格のあるベラルーシ人に戦わないように勧めている。徴兵拒否の罰則は、ロシアでは最高10年の禁固刑、ウクライナでは最低でも3年、おそらくそれ以上で、審理や判決は非公開である。戦わないことは平和のための高貴で勇気ある行為であるにもかかわらず、コフチェグもナッシュ・ドムもウクライナ平和主義運動も、ノーベル平和賞受賞団体には選ばれなかった。

White House Principal Deputy Press Secretary Karine Jean-Pierre holds a press briefing on Thursday, July 29, 2021, in the James S. Brady Press Briefing Room of the White House/The White House - P20210729CS-0032, Public Domain
White House Principal Deputy Press Secretary Karine Jean-Pierre holds a press briefing on Thursday, July 29, 2021, in the James S. Brady Press Briefing Room of the White House/The White House – P20210729CS-0032, Public Domain

米国政府は名目上、ロシアの戦争抵抗者を支援している。9月27日、ホワイトハウスのカリーヌ・ジャンピエール報道官は、プーチン大統領の徴兵から逃れたロシア人は米国で「歓迎」されると宣言し、亡命を申請するよう奨励した。しかし、ロシアがウクライナに侵攻する前の昨年10月の時点で、米露の緊張が高まる中、米国政府は今後、ロシア人へのビザはモスクワから750マイル離れたワルシャワの米国大使館を通じてのみ発給すると発表している。

さらに、ホワイトハウスは、ロシア人の米国亡命の希望に水を差すかのように、徴兵資格を持つロシア人に米国での亡命を勧めたのと同じ日に記者会見を開き、バイデン政権は、2022年度の世界からの難民受け入れ枠12万5000人を2023年度まで継続することを発表した。

この戦争に抵抗する人々は、ベトナム戦争から逃れた米国人がカナダに避難したように、欧州の国々に避難先を見つけることができると思うだろう。実際、ウクライナ戦争が初期段階にあったとき、シャルル・ミシェル欧州理事会議長は、ロシア兵に脱走を呼びかけ、EU難民法の下での保護を約束した。しかし、8月、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は、欧米の同盟国に対し、すべてのロシア人移民を拒否するよう要請した。現在、ロシアからEU諸国へのビザなし渡航はすべて停止されている。

プーチン大統領による部分的動員令発表後、ロシア人男性の国外脱出が増加すると、ラトビアはロシアとの国境を閉鎖し、フィンランドはロシア人に対するビザ発給を厳格化する可能性が高いと発表した。

もしノーベル平和賞の受賞者が、戦争抵抗者や平和構築者を支援しているロシア、ウクライナ、ベラルーシの団体であったなら、この勇敢な若者たちに世界の注目が集まり、おそらく彼らが海外で亡命する道も開けたことだろう。

また、ジョー・バイデン大統領が「核のハルマゲドン」と警告するほど危険な戦争を終わらせるための交渉を進めず、米国がウクライナに際限なく武器を供給していることについて、必要な交渉を始めることができたかもしれない。それは確かに、アルフレッド・ノーベル氏の「国家間の友好と常備軍の廃止または削減を推進するために最も、あるいは最良のことをした人たち」に世界的な評価を与えたいという願いに沿ったものであっただろう。(原文へ)

アリエル・ゴールドは、米国で最も古い平和組織「和解のフェローシップ」の事務局長。以前はCODEPINKの国内共同ディレクターとして、Peace in Ukraine連合の運営に携わっていた。メディア・ベンジャミンは、米国の戦争と軍事主義の廃絶を目指して活動する女性主導の草の根組織反戦団体CODEPINKの共同創設者であり、「War in Ukraine Making Sense of a Senseless Conflict」など多数の著書を持つ。

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この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ジョリーン・プレトリウス】

本稿は、2022年6月24日(金)に戸田記念国際平和研究所とウイーン軍縮不拡散センター(VCDNP)が同センターにて開催した研究発表会において、ジョリーン・プレトリウス准教授が行った発表のテキストです。当日は、“The Nuclear Ban Treaty: A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order” (Routledge, 2022)の出版記念イベントも開催されました。

私が担当した章では、核兵器禁止条約が持つ力について考察した。章の着想源となったのは、オーナ・ハサウェイとスコット・シャピーロによる2017年の著作『逆転の大戦争史』』である。同書において彼らは、1928年のケロッグ・ブリアン条約、より正式には「国策の手段としての戦争の放棄に関する一般条約」がいかに国際システムを変えたかを示している。この本から私が得た教訓は、禁止とは抽象的道徳の発揮ではなく、権力の問題に関わるということだ。とりわけ重要な点は、人々がいかにして言説の力を集結して国際システムのルールや運用を変更し、それによって侵略戦争が“不可と見なされる”ようになったかである。“不可と見なされる”という表現が意味するところは、侵略戦争が二度と起こらないということではなく、その違法性が個人、組織、国家、国際レベルでのディスインセンティブとなり、戦争が1928年以前のような通常の慣行ではなく逸脱になったということである。また、戦争行使へのディスインセンティブは、紛争の平和的解決へのインセンティブによってさらに強化され、前記全てのレベルで平和のための仕組みが構築されるようになった。(原文へ 

私が担当した章では、このように、行為主体が核兵器の取得、開発、備蓄、使用、使用の脅しといった核兵器活動を“不可と見なす”ようになるために、核兵器禁止条約がいかなる役割を果たしているかを検討している。確かに、核武装国やそのほとんどの同盟国は核兵器禁止に加わっていない。それでも、人道イニシアチブが持つ言説の力に基づいた永続的変化に向けて、禁止条約がさらなる一歩となり得ること、そして、条約に加盟した全ての国において核兵器活動が違法となったことの実際的影響について説明する。禁止条約の力は、締約国の遵守を寄せ集めただけのものではない。国際慣習法としての地位が予期されており、そのため、核兵器禁止条約(TPNW)不参加国も準拠する既存の国際法制度に組み込まれるのである。この条約を中心として、核兵器のない世界の実現に必要な政治的努力がなされている。私が見る限り、このような政治的努力は、国家、個人、組織が核活動に従事することへのディスインセンティブをもたらすと同時に、非核化や核の自制を相互に保証するインセンティブ構造を構築している。

ロシアによるウクライナ侵攻以来、私は、この戦争が核秩序にどのような影響を及ぼすかに関するいくつかの議論に参加し、その都度、本末転倒の論理に私たちは陥っていると訴えている。問題は、核不拡散条約(NPT)の弱点、抜け穴、実行力の欠如、そして無期限延長後の核武装国の思い上がりが、いかにロシアによるウクライナ侵攻や他の侵略戦争(2003年の米国によるイラク侵攻、2006年のイスラエルによるレバノン侵攻、今後起こる戦争など)を許したか、ということであるべきだ。そのためには、国策の手段としての戦争の禁止と核兵器の禁止という、二つの禁止の相互作用を検討することが有益である。

侵略戦争に対する人類の考え方に生じた心理的変化は、1928年にケロッグ・ブリアン条約によって成文化され、1945年に国連憲章に盛り込まれた。しかし、それは、日本への原爆投下の後になされた核による平和という詭弁によって影が薄れ、力を奪われた。バーナード・ブローディが、核の時代において米国の軍事体制の主要な目的は、戦争に勝つことではなく戦争を避けることであると勧告し、それにより、核兵器には戦争抑止による軍事的有用性があるという考え方が生まれ、そこから、核兵器には平和維持と国際的安定性の維持による政治的有用性があるという考え方が生まれた。ハサウェイとシャピーロは、1945年以降戦争が減少した理由を国策としての戦争の違法化であるとしているが、ガディスとウォルトは核の膠着状態が理由だとしている。責任ある少数の国が保有する核兵器は、本質的に平和維持装置として位置づけられるようになった。そのため、TPNWあるいは核廃絶論全般に対する主な反論として、核兵器を禁止したら通常戦争が勃発する可能性が高まるという主張がある。これが詭弁であることは、核武装国による侵略戦争を見れば明らかである。1945年以降、戦争は、核兵器のおかげではなく、核兵器があるにもかかわらず減少したのである。2003年の米国、2006年のイスラエル、そして今日のロシアに対するほぼ全世界からの非難は、慣行としての戦争に対する人類の嫌悪感を証明するものである。

1960年代より非常に苦心して構築された核軍備管理体制と大いなる幸運のおかげで、今のところ地球はアルマゲドンを免れている。しかし、1995年以降、弾道弾迎撃ミサイル制限条約、オープンスカイズ条約、中距離核戦力全廃条約(INF)と、軍備管理体制は体系的に解体されている。核兵器およびその運搬システムは近代化され、より「使える」ものになっている。国連の集団安全保障体制は、一方的行為に取って代わられている。平和の基盤となる相互保証を構築する条約を各国が破棄している状況で、結果的に戦争が起こったからといって何を驚くことがあるだろうか? 核兵器が平和を維持してくれると信じているからだろうか?

ウクライナ戦争は、核兵器がいかに平和と安全保障を阻害するかを示す一つの事例であるが、唯一の例ではない。それは、1994年にウクライナに与えられた安全の保証を無力化しただけではない。核兵器は、両サイドのリスク認知を低減することによって関係国を増長させた。ロシアは、自国の核の脅威によって、ウクライナは侵攻に抵抗せず、NATOは介入しないだろうと計算している。米国は、ますます殺傷力の高い武器をウクライナに供与することによってロシアをウクライナで行き詰らせ、体制転換の瀬戸際に追い込むことが可能だと計算している。なぜなら、NATOの核抑止力がロシアの報復を阻止するからだ。これらの賭けでウクライナ国民が払う代償はどうでもいいということだ。その一方で、米国と中国は、台湾に関して同様の計算をめぐらせている。それは、第三次世界大戦のきっかけとなりかねないものだ。つまり、核兵器は、通常戦争に乗り出すことに対する核兵器国のリスク認知を低減させるため、侵略のインセンティブを提供しており、外交と戦争回避の相互保証による平和構築という骨の折れる努力のインセンティブとはなっていない。

では、何をするべきだろうか? 私が担当した章では、TPNWの慣習法としての地位をNPTが阻害すると主張している。なぜなら、NPTは、核兵器国が核兵器にしがみつく法的足掛かりを与え、しかも1995年から無期限にそれを認めているからである。また、NPTがもたらした体制を核兵器国は巧みに利用し、核による平和という詭弁を弄して核兵器を正当化しようとしている。核兵器国は、NPTに関する話し合いの場で定期的に軍縮を約束しているが、核兵器保有によって得られると彼らが認識する安全保障上の純便益は、NPTに定める軍縮義務への熱意に勝るようだ。

TPNW締約国にとって、NPTの枠の外に出て考えることに価値がある。差し当たっては、第6条がなし崩しにされて、核兵器が再び核兵器国の軍事政策と軍事費の中心になっていることに抗議するため、今年この後に開催されるNPT再検討会議でこれらの国々が退場するよう提言する。長期的には、NPTから集団で脱退することを勧める。これは、抵抗を象徴する行動となり、NPTに代わる核ガバナンスの手段としてTPNWを強力に推進するものとなるだろう。核兵器は非人道的な攻撃兵器であるという心理的変化を体現する手段であり、それ自体が、戦争に反対し、紛争の平和的解決に向かう心理的変化の延長である。

ジョリーン・プレトリウスは、南アフリカのウェスタンケープ大学政治学科准教授として、国際関係学および安全保障研究について教えている。英国のケンブリッジ大学より博士号を取得した。リバプール・ホープ大学デズモンド・ツツ大主教戦争・平和研究センター(Archbishop Desmond Tutu Centre for War and Peace Studies)で研究員を務めた。また、「科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議」の南アフリカ支部会員である。

INPS Japan

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