ニュース視点・論点すべての形態の平等に銃を向けた男(ウテ・ショープ)

すべての形態の平等に銃を向けた男(ウテ・ショープ)

ムスリムを極端に嫌っていただけではない。彼は、多文化主義を忌み嫌い、女性を嫌っていた。それが、彼の自称「マニフェスト」を貫く赤い糸である。

アンネシュ・ブレイビク[7月22日にノルウェーで起きたテロ事件の容疑者]のイスラム教への敵視は、国家人民主義、原理主義的なキリスト教の考え方に由来している。彼の目的は、男性が女性の上位に、白人が非白人の上位に、キリスト教徒がイスラム教徒の上位に来る階層的な秩序を、崩壊の危機から救うことにあった。

ブレイビクは、男女平等と「ジェンダーの主流化」を達成し男性のアイデンティティーを抹消しようとする「全体男女同権主義」の撲滅を訴えるブロガー”Fjordman”を自身の思想的模範と仰いて、自称「マニフェスト」の中に同氏の主張を数多く引用している。離婚、経口避妊薬、同性愛…これらはブレイビクにとって、神の天罰が下るべき憎悪の対象であった。

Norwegian terrorist Anders Behring Breivik’s fake police ID (forged police identification card) in plastic bag as evidence item on display at 22 July Information Center in Regjeringskvartalet, Oslo, Norway. / By Wolfmann – Own work, CC BY-SA 4.0

【ベルリンIDN=ウテ・ショープ】

 ブレイビクは、伝統的な家父長的家族秩序を守って、「ベビーブーム」を再興する必要があると考えていた。「女性は、大学の学士号以上をとってはならず、外界から孤立した「性特別区」を創設せねばならない―彼はそのように考えていた。

マルクス、レディー・ガガ、メンズ・ヘルス誌

ブレイビクは、「フランクフルト学派の『文化的マルクス主義』が、多文化主義への道を開き、『全体主義的な』ラディカル・フェミニズム(急進的男女同権主義)を呼び込んだ、と主張している。マルクスはブルジョア家庭を破壊し、『女性コミュニティー』の建設を切望した。ヴィルヘルム・ライヒヘルベルト・マルクーゼらが、女性上位の社会を作り上げた。結果として、『欧州文化の女性化』がいまや『完成の域に達している』」と主張している。

また、「男性優位の最後の砦である、警察、軍隊も今や脅威に晒されている。それでも物足りないかのように、『メンズ・ヘルス(Men’s Health)』誌のような男性雑誌でさえも、『女性化された男性』を公開している、また、ハイディ・クルム、マドンナ、レディー・ガガのような人間は「人種の混交」と道徳の最悪の弛緩を体現する人びとである。」との主張を展開している。

ブレイビクはまた、若い女性の性行動を判断基準に欧州諸国を「性道徳」に基づいてランク付けしている。それによるとノルウェーを最低ランクに、マルタ(かつてテンプル騎士団の本拠地があったところ)を最高ランクに位置づけている。彼は性病というテーマにもとらわれている。それは、彼の母親と血のつながらない姉妹が性病に冒されていたことと関連しており、「私の姉妹と母親は私と私の家族を恥にさらしただけではなく、自分たち自身も恥じていた。男女同権主義者達が引き起こした性革命の影響で、私の家族は崩壊したのだ。」と書いている。それにしても、ブレイビクはなぜ女性だけを悪者扱いするのであろうか?

コントロールを失うことに対する恐怖
 
 
ブレイビクの自称「マニフェスト」には、事態の成り行きについて制御できなくなることを極端に恐れている彼自身の心理が反映されている。彼は、性的関心、柔軟さ、男性アイデンティティーの解体は全て女性化(feminization)がもたらしたのとみなしている。まさにこの点に、詳細に違いはあっても、ナチス(国家社会主義)、急進イスラム主義、その対極にあるイスラムを敵視する保守勢力等、全ての独裁的・全体主義的なイデオロギーに共通して見られる核心部分をみてとることができるのである。

クラウス・テーヴェライトは代表作『男たちの妄想』の中で、20世紀初頭の右翼「義勇軍」やナチス信奉者の心理を支配した「(女性との)肉体的混合」に対する病的な恐れを分析している。当時彼らは、「銃を持つ女性」を恐れたものが、ブレイビクにとってこの恐れの対象は「男女同権主義者」に変化している。かつてナチスは、「男らしくない」ユダヤ人を軍隊的な男らしい役割モデルを衰退させた元凶とみなした。今日、ノルウェーでこれにあたる偏見の対象がイスラム教徒と男女同権主義者ということになる。

モハメド・アタの鏡像

おそらくブレイビクは女性に対するある種の嫉妬を抱いているのだろう。彼の自称「マニフェスト」には、あらゆる犠牲を払っても「名誉」を守ろうとするムスリム戦士に対する深い賞賛の気持ちが随所に記されている。「名誉」こそ「最も重要なもの」とブレイビクは記している。

ブレイビクは、言葉や写真で自らを厳格な修道士にたとえているが、彼の姿は皮肉にもイスラム原理主義に殉じた(9・11同時多発テロの首謀者とみなされている)モハメド・アタのそれに近づいている。アタもまた、極端に女性を恐れ、集団虐殺を招く「純潔のカルト」を喧伝していた人物である。またブレイビクは、アタと同じく、自身を公共の大儀のために殉じる「殉教者」とみなしている。
 
ブレイビクは、男女間や社会の幅広い階層や民族間において高いレベルの平等が実現している今日のノルウェー社会にあって、欧州の歴史の中で国民国家の興隆を背景に軍隊階級組織の中で育まれてきた「男らしさの模範」が消失しつつあると嘆いている。

軍事訓練は、兵士が殺戮という「仕事」を遂行できるように、自らの感情を完全に封じ込め肉体を支配できるよう鍛えあげることを目的としている。そこでは感情移入は「女性的なもの」すなわち弱さと臆病を象徴するものとみなされ、封殺の対象となるのである。これが世界のほぼ全ての軍隊及び専制的なイデオロギーが追求するパターンであり、「コントロール狂(control freak)」のブレイビクもこのパターンに分類できる。
 
しかし欧州諸国の中で、どうしてノルウェーのような国から、ブレイビクのような「殉教者」が生まれてしまったのだろうか?ノルウェーは、バイキングの時代(8世紀~11世紀)以降、他国に戦争を仕掛けたことはなかった。事実スカンジナビア諸国では、男女間の平等を図ることが、男性優位主義と「戦士の英雄視(Heldenkriegertum)」に対する最大の防御と考えられてきた。しかし、こうした政策も、個々の病理に対しては、必ずしも効果が無いということは明らかである。

しかし比較的平等主義的な社会が確立したノルウェーでは、暴力と支配妄想に囚われたブレイビクのような人物は孤立した存在とならざるを得ず、ブレイビクは結局、単独で凶行に及ぶ決断をしたのだ。(原文へ

※ウテ・ショープは、ドイツ在住のフリーのジャーナリスト。

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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