ニュース│コーカサス│平和を求める、くぐもった声

│コーカサス│平和を求める、くぐもった声

【ステパナケルト(コーカサス・ナゴルノカラバフ共和国)IPS=エンゾー・マンギーニ】

イリーナ・グリゴリアン(60)さんの声は、お昼ご飯を待ちわびた230人の子どもたちの叫び声にかき消された。彼女は、コーカサス地方ナゴルノ・カラバフ共和国の首都ステパナケルト(人口50,000人)で幼稚園の園長を務めている。グリゴリアン先生は、子どもたちの喧騒にもにこやかに笑いかけている。

しかし、「平和にチャンスを与えよ」という、グリゴリアン先生のデスクの後ろの壁に貼られたポスターの標語は、モスクワから2400キロ南の霧深い山岳地帯に位置するこの街をとりまく環境が、決して望ましい状態ではないことを示唆している。

ナゴルノ・カラバフ共和国は、アゼルバイジャンとアルメニアとの間の長く忘れ去られた紛争の中心に位置している。

旧ソ連時代、ヨシフ・スターリン(当時ボリシェヴィキの民族問題担当人民委員)がナゴルノ・カラバフを自治州としてアゼルバイジャンの下に置くことと決定して以来、アルメニア人口の多い(当時住民の94%)同地では自治権拡大を求める声が絶えることがなかった。

ソ連崩壊間近の1980年代末から、ナゴルノ・カラバフ自治州では隣国アルメニアへの統合を求める市民の活動が活発になり、ステパナケルトでも大規模なデモが発生した。これに対して、アゼルバイジャン政府は自治州を廃止し、ナゴルノ・カラバフを直轄統治下に置いた。

1991年末、ナゴルノ・カラバフ側は人口19万1000人(この時点で75%がアルメニア系住民)をもって「ナゴルノ・カラバフ共和国」としての独立を宣言、これに対して、アゼルバイジャン政府は翌92年1月、分離主義運動鎮圧を名目に軍事介入に踏み切り、93年までの戦闘で一時はナゴルノ・カラバフ全土の7割近くを制圧することに成功した。しかし、このことがナゴルノ・カラバフ側を支援するアルメニアの軍事介入を招くことになった。

アルメニアとアゼルバイジャン間の戦闘は本格化し、1994年にロシアとフランスの仲介による停戦が合意されるまでに双方で約30,000人の死者と1,000,000人を超える難民を出した。停戦時に引かれた現在のナゴルノ・カラバフ共和国とアゼルバイジャンの境界線はソ連時代のものよりも数キロ東側(=アゼルバイジャン側)にシフトしており、緩衝地帯はアルメニア軍が支配している。

今日、アルメニアとアゼルバイジャン両国は、公式には引き続き戦争状態にある。一方、ナゴルノ・カラバフ共和国(人口150,000人)は、事実上、独立状態を維持しているものの、アルメニア以外に独立を承認している国はない。こうした不安定な状況から、紛争を生き延びた人々は、停戦から20年近くたった今でも、戦争の影に怯えながら、日々ストレスと不安を抱えて生きていくことを余儀なくされている。

「戦時には地元の中学校(ギムナジウム)で教えていましたが、私が受け持った男子生徒のうち80%は戦闘で死んでしまいました。」とグリゴリアン先生は当時を振り返って語った。

「私はあのような悲劇を二度と繰り返してほしくない。だからこの幼稚園では、戦争のことについて話しませんし、子ども達に憎しみについて教えないのです。」

グリゴリアン先生は戦争の記憶について多くを語らないが、1992年当時、ここスケパナケルトの街を包囲したアゼルバイジャン軍が、郊外の町(シュシャ)の高台にグラッドミサイル発射台を配置して、連日市街にロケット攻撃をしかけていた際の街の様子を鮮明に覚えている。

当時、スケパナケルトの市民は、アゼルバイジャン兵がグラッドミサイルの装填に1回につき18分かかる事実を知ると、(攻撃が中断される)18分の時間を利用して、街を移動したり、僅かな時間ながらも日常に平静を取り戻そうとした。

「(街が包囲された当時)隣の教室から子供たちの父兄が制限時間18分のサッカーの試合をしている音が聞こえてきたのを覚えています。」とグリゴリアン先生は語った。

またグリゴリアン先生は、現在、アルメニアのNGOと、かつてナゴルノ・カラバフ地域に居住していたアゼリー人難民をつなぐ団体「公共外交研究所」の活動にも積極的に参加している。

グレゴリアン先生は、長年にわたって共存してきたアルメニア人とアゼリー人コミュニティーが引き裂かれている現状は嘆かわしく、双方の民衆と平和活動家らが直接対話を重ねることで、再び関係を構築していきたいと希望している。

グリゴリアン先生は、同胞のアルメニア系市民に対しては、「もし平和を願うのならば、ナゴルノ・カラバフ共和国周辺にも設けられた緩衝地帯を放棄するとか、難民化したアゼリー人の帰還を認めるとかいった譲歩が必要だ。」と説いている。

「次の世代の子ども達まで、戦争で失いたくありませんから。」グレゴリアン先生は、現在もアルメニアが占拠しているナゴルノ・カラバフと、アゼルバイジャンとの軍事境界線では小競り合が頻発しており、アゼルバイジャン政府が定期的に脅迫じみた声明を発していることに、このままでは近い将来本格的な軍事衝突が再発するのではないかと懸念を深めている。

また、グレゴリアン先生のようなNGOや平和活動家らによる国境を越えた民間外交の努力は、2009年ごろまでは、インターナショナル・アラートミンスク・グループをはじめとした国際社会からの支援が行われてきた。しかしその後、いずれの対話イニシアチブも行き詰まりを見せてきている。

地政学が平和の機会を妨げる

ナゴルノ・カラバフ共和国には議会も外務省もあるが、国際的にはほとんど承認されていない。アゼルバイジャン政府も、同共和国を「占領」しているアルメニア政府を交渉相手とはしても、ナゴルノ・カラバフ共和国政府を相手にしようとはしない。

ナゴルノ・カラバフ共和国のカレン・ミルゾヤン外務大臣は、「我々はアゼルバイジャン側と交渉のテーブルにつく用意があるが、問題は先方に当政府関係者と交渉する意思がないことです。」と語った。

ミルゾヤン外務大臣は、昨年7月の大統領選挙で2期目の再選を果たしたバコ・サハキャン大統領(投票率64%)によって数か月前に任命された。

「私たちは(今回の選挙で)国民から明確な信任を得ました。国民は自由と独立を求めているのです。私はその目標を達成するためには、必要な譲歩をする用意があります。」と語った。

ただし外務大臣の言う「譲歩」が現実的に何を意味するのかは明確ではない。

ナゴルノ・カラバフ共和国政府は、イルハム・アリエフ大統領が率いるアゼルバイジャン政府が国際的に反アルメニアキャンペーンを展開する一方で、国内においても反対者の口を封じていると非難している。

専門家らは、こうした批判の根拠を裏付ける多くの事例を指摘しているが、コジャリ虐殺事件についてアゼルバイジャン当局の発表内容の信頼性を疑わせるような調査報道をおこなったとして8年半の禁固刑を言い渡された同国のエイヌラ・ファトゥラーエフ記者の件もその一つである。なお、ファトゥラーエフ氏は、その後2011年5月に無罪判決を受けている。

コーカサス南部の独立系シンクタンク「地域研究センター」のリチャード・ギラゴジアン氏は、緩衝地帯からのアルメニア軍の全面撤退など、(現状を転換するには)大胆かつ想像力に富んだ政治的信頼醸成措置がとられなければならないと考えている。

「アルメニアとアゼルバイジャンは政治的な膠着状態に陥っており、このことが両国の利益を損なう結果となっているのです。また両国の対立は、トルコや西欧諸国をはじめとした多くの国々のエネルギー安全保障を確保する上で地政学的な要となるカフカス地域全体の安定を脅かしかねないのです。」とギラゴリアン氏は語った。

アゼルバイジャンからトルコに石油・天然ガスを運ぶ、バクー・トビリシ・エルズルムパイプラインの他、トルコとグルジアの港まで伸びているバクー・トビリシ・ジェイハンパイプライン及びバクー・トビリシ・スプサパイプラインは、いずれもナゴルノ・カラバフ共和国の境界からわずか数マイル離れたところを通過している。

こうしたことから、専門家らは、国際社会がナゴルノ・カラバフ問題をこのまま放置していれば、紛争が勃発した場合、ロシア・トルコのような近隣の大国が巻き込まれたり、欧州諸国に深刻なエネルギー危機をもたらすような深刻な波及効果が生じかねないと警告している。また、両国は大型の最新兵器で軍備の増強を行ってきており、勢力も拮抗しているため、有事の際には数年前のグルジア紛争のような短期間の戦闘で終わらないリスクが指摘されている。

「長年にわたって、ナゴルノ・カラバフの帰属問題がアルメニア、アゼルバイジャン双方にとって国家の誇りや国のアイデンティティーの問題とされてきたため、ますます譲歩を難しくしてきた経緯があります。」とギラゴシアン氏は語った。

ギラゴシアン氏は、両国と堅固な外交関係を有し、軍事基地さえ構えているロシアが、より積極的に仲裁の役割を果たすべきだと考えている。(原文へ

関連記事:

ロシアに新しい機会を提供する中東(エリック・ワルバーグ中東・中央アジア・ロシアアナリスト)

過去の残虐行為の歴史を政治利用してはならない(トーマス・ハマーベルグ)

最新情報

中央アジア地域会議(カザフスタン)

アジア太平洋女性連盟(FAWA)日本大会

2026年NPT運用検討会議第1回準備委員会 

「G7広島サミットにおける安全保障と持続可能性の推進」国際会議

パートナー

client-image
client-image
client-image
client-image
Toda Peace Institute
IPS Logo
The Nepali Times
London Post News
ATN
IDN Logo

書籍紹介

client-image
client-image
seijikanojoken