この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=ジョン・デラリー】
地政学上の重心が中東へと大きく振れ戻るなか、アジア太平洋は世界のメディアの関心から再び影に押しやられたように見える。だが、この地域では、イラン戦争が何をもたらすのかを各国が神経をとがらせながら見極めようとしている。歴史を手がかりにするなら、私たちはまだドナルド・トランプ氏の「小さな遠征」の始まりに立っているにすぎない。米国の同盟国も敵対国も、長期化を見据えた備えを進める必要がある。朝鮮半島からの兵器移動、日本駐留米軍の中東への移動、中国で予定されていた首脳会談の延期は、いずれも氷山の一角にすぎない。
イランとの戦争が始まってから2週間、朝鮮半島をめぐって最初に大きく報じられたのは、『ワシントン・ポスト』の記事だった。米軍が、韓国の小都市・星州(ソンジュ)に配備していたTHAAD(終末高高度防衛)ミサイルシステムを移動させているという内容である。おそらく、イランのミサイル攻撃から米国の拠点や同盟国を守るためとみられる。
しかし、米当局から明確な説明がないため、それが一時的な措置なのか、それともより大きな変化の前兆なのかは判然とせず、韓国では「THAAD監視」とも言うべき状況が続いた。もともとこの配備には地元で強い反対があり、発射機が星州を離れる映像は一部で歓迎された。李在明(イ・ジェミョン)大統領は撤去に反対する考えを公に示したが、皮肉なことに、同大統領の進歩派勢力は、THAADが韓中関係に打撃を与えたとして、その配備には従来消極的だった。その後の映像では、発射機1基が再びゴルフ場に戻った可能性も示された。さらに、衛星画像分析で知られるジェフリー・ルイス氏は、6基のうち3基が現地にあるとの見方を示した。まさに「戦争の霧」である。
次に日本が見出しを飾った。より明確な動きとして、米国が沖縄の基地に駐留する第31海兵遠征部隊(31st Marine Expeditionary Unit)を中東へ移動させたことが明らかになったのである。任務の詳細は示されていないが、イランとの戦争を支援するための展開とみられている。星州の場合と同様、沖縄でも米軍の大規模な駐留体制には地元の強い反発がある。実際、日米合意では、沖縄に駐留する約1万8000人の海兵隊員のうち、およそ半数を移転させ、基地負担の軽減を図る方針が確認されている。そうしたなかでの今回の突然の発表は、決して小さくない波紋を広げた。
そしてカーグ島への爆撃後、トランプ氏は中国、韓国、日本の東アジア主要3カ国に対し、フランス、英国などとともに、ホルムズ海峡への軍艦派遣を求めた。3カ国を同列に扱い、米国主導の砲艦外交への参加を促すという異例の要請であった。さらにトランプ氏は、中国が応じなければ、近く予定していた中国訪問を延期すると示唆した。その後、同氏は訪問を約1カ月先送りすると明らかにし、「戦争があるから、私はここにいたいのだ。」と記者団に語った。
こうした動きを踏まえると、いくつかの疑問が浮かぶ。私たちは、対アジア重視政策、いわゆる「アジアへのピボット」の終焉を目の当たりにしているのだろうか。米国の同盟国は、戦略的自律性を見据えた備えを一段と急ぐべきだと感じるだろうか。逆に、米国の敵対国は、ワシントンがインド太平洋から後退するなかで生じる隙や空白を突こうと勢いづくだろうか。
それとも、これらは単なる一時的・戦術的な調整にすぎないのだろうか。トランプ氏は、中東で本格的な戦争を続け、アフリカで空爆を行い、ベネズエラの指導者を排除し(次はキューバか)、中南米・カリブ海で船舶への攻撃を進める一方、インド太平洋では防衛態勢を強化し、中国の台頭を抑え込みつつ、台湾防衛を最優先課題の一つとして位置づけようとしているのかもしれない[この構図の中で、ロシアとの戦争を続けるウクライナ支援がどこに収まるのかは定かでない。]
来年度の国防費を50%増の1兆5000億ドルに引き上げるよう求めるトランプ氏の構想は、まさに「すべてを同時にやる」―imperium sine fine(終わりなき帝国)―という発想を示している。だが、議会は朝鮮戦争以来最大となる国防総省予算の増額を認めるだろうか。11月の選挙で共和党が議会の支配権を失い、その一因としてイラン戦争の不人気が作用した場合はどうなるのか。ポール・ケネディの言う「帝国の過剰拡張」とも映るこうした負担を、米国は本当に支え続けることができるのだろうか。
あらゆる戦争と同じく、行方の多くは、それがいつ、どのように終わるかで決まる。イラン国内外では政治・軍事両面の状況がめまぐるしく変化しており、何をもって「勝利」とするかは、トランプ氏の流動的な定義に左右される。仮に同氏が比較的早い段階で「任務完了」を宣言すれば、この増派局面は終息し、投入された戦力も再び元の配置へ戻っていくかもしれない。炎症が引けば血流が自然な状態に戻るように。
だが、トランプ氏は本当に、いつこの戦争が終わるのかを決められるのだろうか。
この点で、歴史の教訓は米国にとって好ましいものではない。はるか以前に終わっていてほしいと本人や米国民、あるいはその双方が望んでいた戦争から抜け出せなくなった大統領は、トランプ氏が最初ではない。
ハリー・トルーマンは1950年6月、北朝鮮の侵攻から韓国を守るため、全面関与に踏み切るという重大な決断を下した。だがトルーマンは、その翌年の夏にはすでに出口を探り始めていた。中国と北朝鮮との交渉は始まったものの、進展はなかった。ドワイト・アイゼンハワーは、朝鮮戦争を終わらせると曖昧ながら約束したこともあり、1952年11月の大統領選で勝利した。だが実際に休戦へこぎつけるまでには苦しい6カ月を要し、得られたのは平和条約ではなく休戦協定だった。その結果、米国は韓国への巨額の軍事・財政支援を長く背負うことになった。朝鮮戦争は最初の「終わらない戦争」であり、金正恩氏がしばしば想起させるように、いまなお終結していない。
次に挙げられるのがリンドン・ジョンソンである。彼は、アイゼンハワー、そしてケネディから引き継いだ東南アジアでの紛争から抜け出そうとしたが、結局は泥沼へとさらに深く沈んでいった。先週は、ジョンソン大統領が第9海兵遠征旅団のダナン上陸を決断してから61年に当たった。これに合わせ、米外交問題評議会(CFR)は、外交史家たちがこの決定を米外交史上で2番目に悪い判断と評価していることを会員向けに改めて紹介した。
ベトナム戦争はジョンソン政権を破壊したが、それで終わりにはならなかった。この戦争は、その後のニクソン大統領の首にぶら下がる重荷となった。ニクソンもまた、アイゼンハワーが朝鮮戦争でそうだったように、「名誉ある平和」を掲げて戦争終結を訴え、当選した。だが、ニクソンとキッシンジャーが和平合意にこぎつけるまでには4年を要し、その2年後には北ベトナムが南を呑み込み、共産主義政権の下で国を統一した。
ジョージ・W・ブッシュ政権を象徴する言葉として忘れがたいのは、「Mission Accomplished(任務完了)」の横断幕である。バラク・オバマは、イラク戦争終結への期待を背負って大統領に選ばれた。ドナルド・トランプもまた、最初の大統領選で「終わらない戦争」への根深い不満を巧みに取り込んだ。ジョー・バイデンがようやくアフガニスタンから米軍を撤収させた際には、その撤退のあり方をめぐって激しい批判を浴びた。そして20年を経ても、タリバンは再び政権を握っていた。
おそらく経験則として言えるのは、米国は戦争を始めるのは得意だが、終わらせるのは苦手だということだろう。
歴史が示すように、イラン戦争がいつ終わるかは、トランプ氏が思うほど自身で左右できるものではない。戦争が長引くほど、その余波は東アジアでも強まっていく。短期的には、高市早苗首相がワシントンを訪れ、関係悪化に歯止めをかけるとともに、日米同盟への信頼回復を図ろうとするだろう。だが、トランプ氏が中国訪問の延期に言及していること自体、米国の外交的余力が大きく損なわれていることを地域に印象づけている。長期的には、イランとの戦争が長引けば、アジア太平洋における米国の存在感は低下すると、同盟国も敵対国も受け止めるだろう。(原文へ)
Original URL: https://toda.org/global-outlook/2026/the-us-good-at-starting-but-bad-at-ending-wars.html
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