SDGsGoal16(平和と公正を全ての人に)広島からの問い―核の影の下で生き続けるのか

広島からの問い―核の影の下で生き続けるのか

【広島INPS Japan=浅霧勝浩】

被爆81年の平和宣言と国連事務総長メッセージは、崩れつつある核秩序の先に二つの未来を描いた 広島市長による今年の平和宣言は、追悼の言葉だけでは始まらなかった。最初に置かれたのは、核兵器を威嚇の道具に使う軍事侵攻、国際法を軽んじる大国の振る舞い、そして3回続けて成果文書を採択できなかった核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議であった。|英語版|

その順序には意味がある。81年前の惨禍は、過去に閉じ込められた記憶ではない。核兵器が再び国家の力を誇示し、相手を屈服させる手段として語られる現在と、直接つながっているからである。

松井一實市長は、不信が報復を生み、報復がさらなる暴力を正当化する世界を描いた。その先にあるのは「第三のヒロシマ・ナガサキ」かもしれない、と警告した。

同じ式典で、中満泉・国連事務次長(軍縮担当上級代表)が代読したアントニオ・グテーレス国連事務総長のメッセージは、その警告を一つの問いに凝縮した。人類は広島から何を学んだのか。平和な未来を選ぶのか。それとも、核による破滅の影の下で生き続けるのか。

これは、式典のための修辞的な問いではなかった。直後に示されたのは、核兵器削減の流れの逆転、核実験禁止規範の動揺、急増する軍事費、そして核による威嚇が横行する世界の姿であった。

一つは被爆者の記憶から語り、一つは国際制度の危機から語った。だが二つのメッセージがたどり着いた場所は同じだった。恐怖によって維持される秩序を安全と呼び続けるのか。それとも、対話、外交、国際法、信頼という、時間のかかる手段を再び安全保障の中心に戻すのか、という選択である。

個人の記憶を、世界の現在へ

Photo: The remains of the Prefectural Industry Promotion Building, after the dropping of the atomic bomb, in Hiroshima, Japan. This site was later preserved as a monument. UN Photo/DB
Photo: The remains of the Prefectural Industry Promotion Building, after the dropping of the atomic bomb, in Hiroshima, Japan. This site was later preserved as a monument. UN Photo/DB

平和宣言の中心に置かれたのは、核戦略ではなく人間だった。

そこには、原爆で皮膚が崩れ、顔が変わり果てた姉を記憶する女性がいる。3歳で被爆し、その後も病に襲われ、次はどのような病気になるのかという恐怖を抱えて生きた女性がいる。

そして、9歳で被爆した男性は、ロシアによるウクライナ侵攻で一般市民が犠牲になる光景を見ながら、争いのない世界をつくるには、まず自分の中の争う心を乗り越え、相手の考えを受け入れる努力が必要だと若者に訴えた。

この証言は、核兵器の被害が爆発の瞬間に終わらないことを思い起こさせる。放射線による病、家族の喪失、差別、将来への不安は、数十年にわたって人の生活を規定する。核兵器を保有することの戦略的な価値を論じるとき、その計算から消えやすいのが、こうした時間の長さである。

UN Photo
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グテーレス氏のメッセージは、被爆者の数が減るほど、その言葉の重要性は増すと指摘した。被爆証言は、悲劇を記録するだけのものではない。それは、核抑止という抽象的な概念を、人間の身体と生活の現実に引き戻す証拠でもある。

松井市長は市民と若者に、異なる価値観を持つ人々との国境を越えた交流を求めた。グテーレス氏は各国に、分断より対話、対立より協力を選ぶよう促した。一見すると規模の異なる二つの提案だが、根には共通の認識がある。国家間の不信も、社会の中で他者を理解しようとする力が失われたところから深まっていく、という認識である。

合意できなくなった核の「取引」

現在の危機を理解するには、NPTがどのような約束の上に成り立っているかを見る必要がある。

非核兵器国は核兵器を取得しない。核兵器国は核軍縮を誠実に進める。そして、原子力の平和利用は国際的な保障措置の下ですべての締約国に認められる。条約は、この三つを一つの取引として束ねてきた。

ただし、その枠組みは初めから完全ではなかった。インド、パキスタン、イスラエルは条約の外にあり、北朝鮮は脱退を表明した。条約上、核兵器国として特別な地位を認められた国々が軍縮を進めるという約束も、長年にわたって十分に実行されてきたとは言い難い。

NPT under pressure. Credit: INPS Japan
NPT under pressure. Credit: INPS Japan

2026年の再検討会議は、その不均衡に地政学的な対立が重なった。

最終文書では、イランが核兵器を求めてはならないとする文言が争点の一つとなった。米国などは、イランのウラン濃縮や国際原子力機関(IAEA)との協力をめぐり、より強い表現を求めた。イランは、自国だけが名指しされることに反発し、米国とイスラエルによる核施設への攻撃こそ国際法と不拡散体制を損なったと主張した。

だが、イラン問題は決裂の唯一の原因ではなく、より深い亀裂が表面化した場所であった。

ウクライナ戦争では、ザポリージャ原子力発電所など核関連施設の安全が脅かされてきた。中東では、1995年に約束された核兵器・大量破壊兵器のない地帯が今も実現していない。米英豪の安全保障枠組みAUKUSをめぐっては、非核兵器国への原子力潜水艦技術の移転が、保障措置にどのような前例をつくるのかという懸念が残る。

その一方で、中国は核戦力を拡大し、米国とロシアの軍備管理は後退し、核武装する九つの国はすべて戦力の近代化を進めている。核保有国とその同盟国が核抑止の重要性を高めながら、非核兵器国にだけ自制を求めれば、条約は核拡散を防ぐ制度ではなく、核を持つ国の特権を固定する制度ではないかという疑念が強まる。

NPT再検討会議が成果文書に合意できなかったのは、2015年、2022年、2026年と3回連続である。最後に合意できたのは2010年だった。

条約が明日なくなるわけではない。ほぼすべての国が参加するNPTに代わる枠組みもない。しかし、制度は一夜にして崩れるとは限らない。約束が繰り返し先送りされ、違反への批判が選択的に適用され、会議が合意なしに終わるたび、その制度に従う方が安全だという信頼が少しずつ失われていく。

中満氏が再検討会議後に述べたように、不拡散と軍縮は表裏一体である。核兵器国がNPT第6条の軍縮義務を実行しないまま、非核兵器国に核を持たないよう求め続けることはできない。問題は条約の文言ではなく、各国がその取引を今も信じているかどうかである。

軍縮が逆向きに進むとき

An AI-generated conceptual illustration shows opposing rows of strategic missile launchers beyond a broken restraint, symbolizing the collapse of binding arms-control limits and a renewed nuclear arms race in which each side’s pursuit of security increases the danger for all. Image: Katsuhiro Asagiri

その信頼を損なう兆候は、会議室の外にもある。

米国とロシアの戦略核戦力に検証可能な上限を設けてきた新戦略兵器削減条約(新START)は、2026年2月5日に失効した。世界の核兵器の大半を保有する両国の戦略核戦力に、法的拘束力のある上限がなくなるのは半世紀余りで初めてである。

核実験を禁じる規範も揺れている。2025年、米大統領が「実験」の再開に言及し、それが核爆発実験を意味するのかミサイル試験を指すのか明らかでない中、米国は包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効を求める国連総会第1委員会の決議案に唯一反対した。爆発実験が実際に行われなくても、大国が長年の規範への支持を曖昧にすれば、他国に同じ行動を取る口実を与える。

軍事費も増えている。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、2025年の世界の軍事費は過去最高の2兆8870億ドルに達し、実質ベースで11年連続の増加となった。欧州では14%、アジア・オセアニアでは8.1%増えた。

各国には、それぞれの説明がある。ロシアの侵攻、中国の台頭、同盟国への不安、地域紛争への備え。どれも個別に見れば安全保障上の理由として理解できる。しかし、一国の備えは別の国には脅威に映る。相手の増強に備えて自国も増強し、その動きが再び相手の軍拡を促す。安全を求める行動が、全体として不安定を増すのが安全保障のジレンマである。

核抑止の支持者は、広島と長崎以来、戦争で核兵器が使われなかった事実を、その有効性の証しとして挙げる。だが、誤警報、機器の故障、情報の誤読、指導者の誤算によって、世界が核戦争に近づいた事例も複数ある。

2026年のNPT再検討会議に合わせて開かれた討論会では、その教訓が「幸運は安全保障戦略ではない」という言葉で表現された。核抑止は、将来のすべての指導者、情報、通信システムが、危機のたびに正しく機能することを必要とする。人工知能(AI)が警戒や指揮統制に組み込まれ、判断の速度が上がれば、誤りに気づいて修正する時間は短くなる可能性がある。

核抑止が過去に一定の役割を果たしたかという議論と、それが永続的に安全な制度かという問いは、同じではない。

禁止条約が担うもの―そして担えないもの

United Nations Headquarters Photo:Katsuhiro Asagiri
United Nations Headquarters Photo:Katsuhiro Asagiri

こうした状況で、核兵器禁止条約(TPNW)の第1回再検討会議が11月30日から12月4日まで、ニューヨークの国連本部で開かれる。議長国は、かつて自国の核兵器を廃棄した南アフリカである。

2026年7月にトンガが加入し、TPNWへの署名、批准または加入という正式な行動を取った国は100カ国となった。うち締約国は75カ国である。

TPNWは、核兵器の開発、実験、生産、保有、使用、使用の威嚇を包括的に禁じる。さらに、核兵器の使用や実験で被害を受けた人々への支援と、汚染された地域の環境修復を締約国の義務とした。

ここにNPTとの違いがある。NPTが主として核保有国と非保有国の関係を管理するのに対し、TPNWは核兵器そのものを人道と国際法の問題として扱う。核兵器を誰が持つべきかではなく、そもそも持つことを許容できるのかと問うのである。

再検討会議では、核使用と核威嚇を例外なく拒む政治宣言、2022年のウィーン行動計画の履行状況、科学諮問グループの成果、被害者支援と環境修復の仕組み、核兵器廃棄を検証する国際的な機関、条約のさらなる普遍化が主要な課題となる見通しだ。

中でも注目されるのが、被害者支援と環境修復のための国際信託基金である。広島と長崎だけでなく、カザフスタンのセミパラチンスク、マーシャル諸島、太平洋の島々など、核実験の影響は今も続く。基金が具体化すれば、軍縮は将来の核弾頭数をめぐる交渉だけでなく、すでに生じた被害に誰が責任を持つのかという「核の正義」の問題にもなる。

TPNWには明らかな限界もある。核武装国は一国も参加しておらず、条約だけで核弾頭を廃棄させることはできない。その限界を無視すれば、禁止という規範と実際の軍縮との距離を見誤る。

しかし、核武装国の合意を待つだけでは進展しないことも、3回続けて合意できなかったNPT再検討会議が示している。NPTが核軍縮の法的義務を維持し、TPNWが禁止規範、被害者支援、環境修復、検証の方法を発展させる。二つの条約は、競争相手ではなく、それぞれの欠落を補う枠組みとして扱うことができる。

日本はどこに立つのか

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

広島平和宣言は、日本政府にTPNW再検討会議へのオブザーバー参加を求め、その先に早期の締約国入りを促した。

オブザーバーとして会議に出ることは、直ちに条約へ加入することを意味しない。米国の核抑止に依存するNATO諸国も、立場の違いを明確にした上で過去の締約国会議に参加している。

日本が参加すれば、核抑止に依存する安全保障政策との矛盾を問われることになるだろう。しかし同時に、被爆医療、放射線影響研究、証言の保存、被害者支援、環境修復、軍縮教育など、日本に蓄積された知識を具体的な制度づくりに生かすこともできる。

日本政府は長年、核保有国と非保有国の「橋渡し」を自らの役割としてきた。だが橋渡しには、双方が何を恐れ、何を不公正と感じているかを同じ場で聞くことが必要になる。一方の岸から離れたままでは、その役割の説得力は弱まる。

「現実」と呼ぶものを選び直す

二つのメッセージが市民にも行動を求めたのは、核政策が政府と専門家だけで決まるものではないからである。

核兵器を安全の保証とみなす考え方も、それを人道上許容できない兵器とみなす考え方も、教育、報道、選挙、文化、投資、日常の言葉を通じて社会の「常識」になる。その常識が、政府に許される政策の範囲を形づくる。

核兵器の影に怯える未来は、ある日突然、一人の指導者が選ぶとは限らない。核による威嚇を自国側のものなら容認し、軍拡を安全と同じ意味で語り、被爆者と核実験被害者の証言を記念日の中に閉じ込める。そうした小さな容認の積み重ねによっても選ばれていく。

核なき世界も、一度の会議で実現するものではない。被爆と核実験の実相を学ぶこと。異なる立場の人と話すこと。核威嚇を行う国が敵か味方かにかかわらず拒むこと。政府に軍縮義務の履行とTPNW会議への参加を求めること。被害者支援や軍縮教育を支えること。いずれも小さな行動だが、核兵器をめぐる社会の基準を変える行動でもある。

広島が今年世界に示したのは、楽観的な予言ではない。選択肢である。

核の恐怖を均衡させ続ける未来か。核兵器を必要としない共通の安全保障を築く未来か。

その問いに答えるために、専門家になる必要も、政府の許可を待つ必要もない。都市を焼き尽くすという威嚇に依存する安全を、自分は本当に安全と呼べるのか。まずそう問い直すことが、最初の政治的な行動となる。

Toward a Nuclear Free World
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This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC.

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