核兵器をめぐる議論の中心に、一人ひとりの生命と尊厳をどう取り戻すか。ICANとSGIなどが共催した宗教間ウェビナーで、5人の登壇者が、信仰を核廃絶への行動につなぐ可能性と責任を語った。
【東京INPS Japan=浅霧勝浩】

核兵器を持つ9カ国の指導者と食卓を囲み、乾杯の言葉を求められたら、何を語りかけるだろうか。|英語版|
創価学会女子学生部長の黒田恵美氏が思い描いたのは、忙しい指導者たちを家族のように迎えることだった。「今夜は、くつろいで、こうして一緒に食卓を囲む時間を楽しんでいただければと思います。」
娘、あるいは孫のような立場から、そう話しかけたいという。指導者と呼ばれる人も、誰かの子であり、誰かの親かもしれない。一人の人間として温かさと敬意、誠実さをもって接することが、その人自身の智慧や勇気、慈悲を引き出すきっかけになると、黒田氏は考えた。
これは、9月30日(日本時間10月1日)に開かれた宗教間ウェビナーの終盤で、司会が投げかけた仮定の問いだった。核兵器をめぐる議論を、国家や戦力の比較から、人間同士の関係へと引き戻す問いでもあった。
「Choose Life(いのちを選ぶ)」と題した会合には、仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教の伝統に立つ活動家や研究者ら5人が登壇した。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のプログラム・ディレクター、スージー・スナイダー氏が司会を務め、宗教共同体が核兵器のない世界を求める運動に参加し、主導すべき理由を問いかけた。

全3回の企画の第1回で、ICAN、創価学会インタナショナル(SGI)、アメリカ・フレンズ奉仕委員会、バハイ国際共同体、ガンジー開発トラスト、米国キリスト合同教会、「核兵器のない世界を求める声」、世界メソジスト協議会が共催した。
宗教間の平和団体「Religions for Peace」で紛争転換・平和構築を担当するシアム・トゥーラン氏にとって、核廃絶は二つの問いに行き着く。
「人の命に、どのような価値を置くのか。そして、他者の命に対して行使する力に、どう責任を負うのか。」
イスラム教徒である同氏は、一人の命を救うことを全人類を救うことになぞらえるコーランの教えを挙げた。一人の命には計り知れない価値がある。それに対し、核兵器の論理は、紛争に直接関わっていない人々を含め、膨大な数の命が失われる可能性を受け入れるよう求めると指摘した。
もう一つ挙げたのが、人間に託された責任を意味する「アマーナ」だった。自らの選択がもたらす結果に責任を負う。その影響が国境や宗教の違いを越え、将来世代にまで及ぶ核兵器の問題では、この責任をいっそう重く受け止める必要があるという。
ナイジェリアのメソジスト派牧師、コラデ・ファダフンシ氏の出発点は、十戒の「殺してはならない」という教えだった。人を大量に殺す兵器に対し、信仰者には声を上げる責任があると語った。
ナイジェリア・キリスト教協議会の教会・社会研究所長を務める同氏は、解放の神学を学んだ経験から、共感を自らの活動の中心に置いている。「善きサマリア人」のたとえに登場するのは、路上で襲われた見知らぬ人に手を差し伸べ、回復を支える人物だ。相手が誰であるかを問うより先に、その苦しみに寄り添う。ファダフンシ氏は、そこに思想や立場の隔たりを越える手がかりを見いだした。
南アフリカの平和活動家エラ・ガンジー氏も、他者の苦しみを理解することから話を始めた。「真の信仰者とは、他者の痛みを理解する人です。」
ヒンドゥー教とガンジーの非暴力の伝統に立つ同氏は、広島の被爆者や核実験の被害を受けた人々が、長く苦しみ続けていることに目を向けた。そのような痛みを他者に与えることは、自らの信仰に反すると語った。すべての人の内に神聖さを認めること、そして自然を敬い守ることも、核兵器に反対する根拠に挙げた。
ガンジー氏にとって、非暴力は、紛争を終わらせる手段であると同時に、その後にどのような関係を残すかという問題でもあった。暴力は相手に痛みを与え、憎しみを生み、新たな暴力を招く。非暴力によって不正を変えようとする営みは、共感や思いやりを育てる。だからこそ、家庭での対立から国家間の紛争まで、非暴力で向き合う方法を幼いころから学び、生涯を通じて実践する必要があると訴えた。
SGIユースとして登壇した黒田氏は、核兵器を生み出す人間の内面に焦点を当てた。あらゆる人の生命には、智慧、勇気、慈悲を発揮する可能性がある。同時に、人間には他者に無関心になり、見下す傾向もある。自らの心を変え、その変化を身近な場所での行動につなげる「人間革命」が、平和への実践の基盤になると説明した。
その原点として挙げたのが、戸田城聖・創価学会第2代会長が1957年に発表した「原水爆禁止宣言」だった。黒田氏は、戸田氏が核兵器を人類の生存を脅かす「絶対悪」として非難したことに触れ、廃絶とは、兵器そのものをなくすだけでなく、それを正当化する考え方や破壊的な衝動を克服することでもあると語った。
一方、宗教の伝統の中にも、核兵器をめぐる葛藤はある。
米ホーリークロス大学で宗教学を教えるジャック・リンダー氏は、隣人を愛し、敵をも愛するというキリスト教の教えを出発点にしながら、カトリック教会が核抑止を条件付きで容認してきた歴史を振り返った。
米国の司教団は1983年の司牧書簡で、核廃絶へ向かう段階として抑止を条件付きで受け入れた、と同氏は説明した。その後、フランシスコ教皇は2017年、核兵器による威嚇だけでなく、保有そのものも強く非難した。
リンダー氏は、レオ14世教皇が今年発表した回勅『マグニフィカ・フマニタス』の一節にも注目した。同回勅は、厳格な意味での自衛の権利を認めつつ、あらゆる戦争の正当化に使われてきた正戦論を批判し、人類には対話、外交、赦しという、紛争を解決するためのより有効な手段があると説いている。
教会の指導者による教えの変化とともに、リンダー氏が重視したのは、草の根の実践だった。核兵器基地で象徴的な軍縮行動を行う「プラウシェアズ」の活動家たち。復活祭前の聖週間に、ネバダの核実験場へ歩く「ネバダ・デザート・エクスペリエンス」の参加者たち。教会の指導層と現場で行動する人々の対話を続け、被爆者や核実験場の風下住民の経験を中心に据えることが必要だと述べた。
こうした道義的な訴えを、政府の判断にどう結びつけるのか。米国務省の民主主義・人権・労働局で勤務した経験を持つトゥーラン氏は、政府が国益、同盟、安全保障上の制約の中で行動していることを認めた。
危険なのは、核兵器や抑止、同盟だけが判断の枠組みになり、人権侵害や戦争の犠牲者が「報告書の数字」に置き換えられてしまうことだという。宗教者には、政策や軍事の専門家の議論の陰に隠れがちな問いを、繰り返し投げかける役割がある。その決定は、人間の命に何をもたらすのか。
一国の安全を他国の犠牲の上に築けるという発想も、問い直す必要があるとした。「核の惨事を、一国だけで解決することはできません。」
米ロ間の新戦略兵器削減条約(新START)の失効にも触れ、トゥーラン氏は、条約や国際機関を支えるのは国家間の関係と信頼でもあると強調した。敵対する相手とも協力できるという確信がなければ、多国間協力は成り立たない。政府との継続的な関わり、国境や宗教を越えた支持の形成、国際法と多国間機関の擁護、そして政治関係が悪化しても対話の経路を保つ取り組みを求めた。
核兵器は国際政治からなくならないという宿命論に抗うことも、宗教者の責任だと語った。政府が抱える安全保障上の難題は単純ではない。しかし、その難題を理由に、核兵器が決して使われないことに人類の生存を委ねる体制を、無期限に受け入れてはならないと訴えた。

ファダフンシ氏は、西アフリカ諸国に核兵器禁止条約(TPNW)への署名・批准を働きかけてきた経験から、説得と粘り強さの重要性を指摘した。他国の影響もあり、当初は実現しそうにないと見えた。だが、署名・批准する国は増えてきたという。
宗教活動でも軍縮外交でも、結果がすぐに出るとは限らない。相手に別の選択肢を示し、目標を見失わずに働きかけ続ける。その力は両方の活動を支えていると語った。
運動を続けるうえでの困難は、若者にもある。
黒田氏は、時間や経済面の制約から活動を維持するのが難しく、燃え尽きてしまうこともあると話した。そこで支えになるのが、互いの中に希望を見いだす「励まし合いの共同体」だという。池田大作・創価学会第3代会長の言葉を引き、絶望や無力感に抗しながら、希望と粘り強さを支え合うことの意味を語った。
黒田氏自身を核廃絶へと向かわせたのも、人との出会いだった。関西創価中学・高校で聞いた被爆者の証言。核時代平和財団元会長のデイビッド・クリーガー氏が核廃絶にささげた生涯。そうした出会いを通じ、運動を広げるのは、最後には人の心であり、一対一の対話と交流なのだと学んだという。
2025年に、米国、オーストラリア、カザフスタン、日本、マーシャル諸島の若者を対象に行った「青年平和意識調査」にも触れた。被爆者の証言を聞き、核兵器の影響を学ぶことが、廃絶への意識に深く関わっていたと説明した。
カザフスタンの青年団体のメンバーが制作した、核実験の影響、とりわけ女性への影響を伝えるドキュメンタリーを、東京周辺の若者たちと鑑賞した経験も紹介した。AIが生み出した画像や映像に慣れた世代にとっても、実体験に基づく証言には、本物の感情がある。それに触れることが、核被害の重みを理解する想像力につながると語った。
TPNW第3回締約国会議で出会った若者たちには、人権や報道に関わる人だけでなく、美術教師や数学者もいた。それぞれが自分と核兵器の問題とのつながりを見つけ、国境を越えて連帯していたという。誰もが平和の運動に加わることができるという黒田氏の確信は、そうした交流に支えられていた。

シリーズは10月29日の第2回を経て、11月29日、ニューヨークのリバーサイド教会で開かれる「核兵器禁止フォーラム」での対面イベントへと続く。翌30日から12月4日には、同市の国連本部でTPNW初の再検討会議が予定されている。
第1回の会合の終わりに、登壇者たちは、核保有国の指導者との仮想の食卓で何を語るかを、それぞれの言葉で答えた。リンダー氏は、まず沈黙し、互いの目を見つめ、一人ひとりの尊厳を認める時間を持ちたいと語った。ガンジー氏は、パンを分かち合いながら、共通の人間性を思い起こすよう呼びかけるとした。
ファダフンシ氏が求めたのは、人類を破壊するのでなく、守るための決断だった。その決断は、食卓を囲む指導者たちの手と心に委ねられているという。
「私たちの食卓が、脅威ではなく、正義と愛、自由に基づくものとなるように。」
This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International, in consultative status with the UN’s Economic and Social Council (ECOSOC).

INPS Japan
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