【ダッカ(バングラデシュ)IPS=モハマド・ザマン】
原因は、政治、都市計画、生態系管理の失敗にある。すなわち、湿地の消失、水路の不法占拠、無秩序な都市拡大、不十分な法執行、行政機関の縦割り、そして短期的な土木工事頼みの対策である。ダッカが水没するのは、雨が降るからではない。雨水の行き場を顧みず都市を築いてきたからである。|英語版|
かつてダッカは、河川、水路、池、氾濫原、低地の貯留区域が織りなす「水の景観」の一部だった。こうした場所は決して空き地ではなく、雨水を蓄え、流出を緩やかにし、余分な水を周辺の河川へ流すために欠かせない排水インフラだった。しかし都市の拡大に伴い、水域と緑地から成るこの「ブルー・グリーン・ネットワーク」は埋め立てられ、狭められ、あるいは分断された。その結果、排水施設は中程度の雨にさえ対応できなくなった。

都市化は、雨水を吸収する土地をコンクリートで覆うことで、事態をさらに悪化させた。道路や建物、舗装された中庭は、雨水の地中への浸透を妨げ、地表を流れる水の量と速度を増大させる。ダッカの内水氾濫を扱った2023年の研究は、土地利用の変化によって自然水路が失われ、浸水への脆弱性が高まっていると指摘した。都市の拡大が続けば、将来の浸水リスクはさらに増大するとみられている。湿地や洪水流下区域に建造物が一つ建つたびに、その危険は周辺地域へ転嫁される。
排水路や水路の機能も低下している。その多くはごみで詰まり、違法建築物によって狭められ、小規模な排水路との接続も絶たれている。近代化の手段としてしばしば推進されてきたボックスカルバート(箱型暗渠)は、一部では水路を生きた排水回廊として再生するどころか、地下に埋めてしまった。排水が機能しないのは、管渠の容量が小さいからだけではない。より広範な水文システムそのものが寸断されているからである。
気候変動は、雨をより短時間に集中させ、激しさと予測困難性を増すことで、さらなる圧力を加えている。しかし、それを劣悪な都市計画の言い訳にしてはならない。世界銀行は、ダッカ都市圏の都市洪水に関する調査で、同市がすでに深刻な「適応不足」を抱えていると警告してきた。真の問題は、ダッカが衝撃を吸収する自らの力を削いできたことである。浸水を都市全体の水管理の課題ではなく、排水管の口径を調整すれば済む季節的な問題として扱ってきたのだ。
その影響は、まず交通のまひとなって表れる。ミルプール、ダンモンディ、グリーン・ロード、モティジール、シャンティナガル、旧市街をはじめとする地域で主要道路が冠水すると、通勤者は何時間も足止めされ、公共交通は滞り、企業活動も打撃を受ける。車両や商品在庫の損傷、物流の遅延、生産性の低下に加え、雨が降るたびに機能を失う都市を移動しなければならない日々のストレスも、その代償に含まれる。
浸水は格差も深刻化させる。非正規居住地や低地に暮らす低所得層は、汚水の家屋への流入、日々の収入の喪失、家財の損傷、疾病リスクの増大に直面する。下水やごみ、汚染物質が混じった水は、感染症や水系疾患を広げる。貧困層は二重の代償を払わされる。被害にさらされる度合いが大きいうえ、医療や蓄えに乏しく、政治に声を届ける力も弱いからである。

影響の大きさを見れば、これが季節的な不便にすぎないとは言えない。GIS(地理情報システム)とリモートセンシングを用いた2023年の研究によると、ダッカ市域の約35%が、冠水への脆弱性が「高い」または「非常に高い」区域にあり、スラム世帯はこうした区域に不均衡に集中している。近年の豪雨は、このリスクを裏付けている。2024年7月12日には、ダッカで6時間に130ミリの雨が降った。2025年にも24時間で196ミリを記録し、大規模な排水対策への投資にもかかわらず、主要道路が水没した。
インフラへの支出は、都市の強靱化につながっていない。ダッカの二つの市当局は、2024年までの4年間に、排水路やボックスカルバートなど計334・19キロの関連インフラ整備に26億2000万タカ以上を投じたとされる。それでも広範な地域が浸水した。
都市計画に関するデータによると、1995年の詳細地域計画で洪水流下区域、雨水貯留区域、水域に指定された9556エーカーのうち、3440エーカーが失われた。また、中心市街地で水域が占める割合は、1995年の20・57%から2023年には2・9%まで低下したと報告されている。ダッカは、排水を可能にしてきた仕組みの消滅を容認しながら、水を排出するために巨額の資金を投じているのである。
こうした失敗をさらに深刻にしているのが、行政機関の縦割りである。責任はダッカ上下水道公社(Dhaka WASA)、二つの市当局、ダッカ首都圏開発庁(RAJUK)、バングラデシュ水資源開発庁などに分散している。それぞれが問題の一部を所管しているが、排水路、水路、雨水貯留区域、排水ポンプ、河川への放流口、土地利用規制を含む流域全体を一元管理する機関は存在しない。その結果、つぎはぎの対策が繰り返され、そのたびに浸水が再発している。
法執行の弱さは、計画そのものを有名無実にしている。マスタープランや詳細地域計画は、洪水流下区域、雨水貯留池、湿地を指定してきた。それにもかかわらず、こうした場所は住宅、道路、商業施設の開発にのみ込まれ続けている。不法占拠がなくならないのは、それが利益を生み、政治的な庇護を受け、あるいは行政によって黙認されているからである。
説明責任も不十分である。支出額は公表される一方、成果が検証されることはほとんどない。ダッカに必要なのは、排水だけに焦点を当てた新たな事業ではない。既存の計画を実行し、水路を取り戻し、残された湿地を守る政治的勇気である。
市は、水路、湿地、池、洪水流下区域を、不可欠な公共インフラとして扱わなければならない。残された湿地を保護し、不法占拠された水路の境界を確定して取り戻すとともに、主要水路を周辺河川につながる開放型の排水回廊として再生する必要がある。
ダッカにはまた、土地利用の承認、水路の回復、排水事業への投資、ポンプの運用、廃棄物管理、緊急対応を一元的に担う、明確な権限を備えた統合的な洪水管理体制が必要である。
今後の都市計画では、脆弱な地域社会を中心に据えなければならない。非正規居住地や低所得地域の住民、露天商、学童、日雇い労働者は最も深刻な影響を受けているにもかかわらず、計画づくりの当事者として扱われることはほとんどない。地域住民による排水路の詰まりの通報、衛生上の注意喚起、緊急時の輸送計画、繰り返し被る損失への補償を、防災・減災政策に組み込むべきである。浸水に強いダッカを実現するには、生態系の再生、行政組織の規律、そして社会正義が欠かせない。
ダッカの浸水は、自然に逆らう都市計画への警鐘である。同市は、土地転用、制度的な弱さ、生態系の軽視が招いた危機を、土木技術だけで切り抜けようとしてきた。ブルー・グリーン・ネットワークを不可欠なインフラとして再生し、適切に管理しない限り、モンスーンのたびに同じ光景が繰り返される。かつて共存するすべを知っていた雨によって、巨大都市の機能が停止するのである。
もはや選択すべきなのは、開発か排水かではない。人々を守るのか、それとも進歩の名の下に人々を水害にさらすのかである。
モハマド・ザマン博士は国際開発コンサルタント。アジアとアフリカで、社会的セーフガード、住民移転、再定住、包摂的開発を中心に活動してきた。カナダのバンクーバー在住。連絡先:mqzaman.bc@gmail.com
INPS Japan/ IPS UN Bureau Report
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