【イスラマバードINPS Japan/London Post=モハマド・ラーシド】
世界の勢力均衡が大きく変化し、大国が地域への関与を見直す一方、米国・イスラエル・イラン間の対立の余波や、イスラエルの積極的な軍事行動、イランの地域的影響力への懸念などを背景に、中東・南アジアの4つのイスラム教徒多数派国家が、新たな安全保障の枠組みを静かに構築しつつある。|英語版|
サウジアラビア、トルコ、エジプト、パキスタンは、「R-4(アール・フォー)」あるいは「中東四カ国協力」とも呼ばれ、従来の二国間協力を超えて、より緊密な連携へと歩みを進めている。
これは、集団防衛義務を伴うNATO(北大西洋条約機構)のような正式な軍事同盟ではない。しかし、軍事協力、防衛産業の連携、外交的仲介、そして共通の戦略的利益を組み合わせた、現実的かつ多層的な新たな安全保障パラダイムである。
新たな安全保障構想を後押しする要因
この動きの背景には、湾岸地域への攻撃や地域紛争が激化した際に米国の対応が限定的だったことなどを受け、「米国はもはや信頼できる安全保障の担い手ではない」との共通認識がある。また、イランへの対抗や紛争後の地域安定化を図る必要性も各国に共有されている。
かつて存在したトルコとエジプトの対立や、サウジアラビアとトルコの競争関係も、共通の脅威を前に実利的な協調へと変わりつつある。
それぞれの国は異なる強みを持つ。
サウジアラビアは豊富な資金力とエネルギー大国としての地位を背景に、西側諸国への過度な依存から脱却し、安全保障の多角化を目指している。国家改革構想「ビジョン2030」では、自前の防衛能力強化と戦略的自立が重要課題として掲げられている。
トルコは、無人機(ドローン)、ミサイル、海軍装備など先進的な防衛技術を有し、NATO加盟国として培った経験と積極的な地域戦略を持つ。
エジプトはアラブ世界最大規模の通常戦力を擁し、スエズ運河という世界有数の戦略的要衝を抱えるほか、シナイ半島での対反乱作戦など豊富な治安維持の経験を有している。
パキスタンは核抑止力を備え、実戦経験豊富な軍隊と、長年にわたる軍事訓練・防衛装備輸出の実績を持つ。
すなわち、
「サウジアラビアの資金力」「トルコの技術革新」「エジプトの人的戦力」「パキスタンの戦略的抑止力」
という補完関係が、この枠組みの大きな特徴となっている。
新たな枠組み形成への主な動き
その基盤となったのは、2025年9月に締結された**「サウジ・パキスタン戦略的相互防衛協定(SMDA)」**である。
この協定は、一方への攻撃を双方への攻撃とみなす内容となっており、長年続いてきたパキスタン軍によるサウジ軍への訓練支援などの軍事協力を制度化したものである。一部では、パキスタンによる「核の傘」の可能性についても議論されている。
その後、2026年初頭から協力はさらに加速した。
3月19日にはリヤドで、3月下旬にはイスラマバードで、さらに4月にはアンタルヤで外相会合が開かれ、イラン情勢の緊張緩和、湾岸地域の安全保障、防衛協力の強化などについて協議が行われた。
また、トルコはサウジ・パキスタン協定への参加、あるいは並行する新たな枠組みの構築を模索しており、三カ国・四カ国による防衛産業協力(共同軍事演習、兵器共同開発、技術移転など)が検討されている。
一方、エジプトもトルコとの二国間軍事協定や、サウジアラビア・パキスタンとの関係強化を通じてこの枠組みに組み込まれ、スーダンやアフリカの角地域などにおける地域協力でも連携を深めている。
この枠組みを支える主要な柱
この協力体制は、厳格な条約義務よりも実務的な協力を重視している。
主な柱は以下のとおりである。
防衛産業と装備調達の連携
ドローン、ミサイル、装甲車両、海軍装備などの共同開発・共同生産を推進する。パキスタンのJF-17戦闘機計画やトルコのバイラクタル無人機は、サウジ資本とエジプト市場を得ることでさらなる発展が期待される。
情報共有とテロ対策
非国家武装勢力やイラン系武装組織への対応について、情報共有と協調行動を強化する。
外交・仲介機能
4カ国は米国とイランの対話の仲介役としての役割を模索するとともに、パレスチナ国家樹立を支持する立場を共有し、外交的影響力の拡大を目指している。
地域を越えた安全保障協力
ソマリア、スーダンなどで協力を進め、海上交通路の安全確保や域外国の影響力拡大への対応を図る。
経済と安全保障の一体化
エネルギー協力、インフラ整備、貿易拡大を通じて地域の安定を促進する。
新しい安全保障パラダイムの特徴
この新たな枠組みは、冷戦期のような固定的な軍事ブロックとは異なる。
むしろ、「協調する地域大国による協議体(Concert of Powers)」あるいは柔軟な協議メカニズムとして発展する可能性が高い。
具体的には、
- 定期的な政策調整を行う「4カ国首都協議会(Four-Capitals Council)」の設置
- 共通の早期警戒システム
- 共同訓練施設
- 相互運用性(インターオペラビリティ)の標準化
などが想定されている。
また、通常戦力に加え、パキスタンの核抑止力やトルコの非対称戦力を組み合わせた**「ハイブリッド抑止」**も重要な特徴となる。
同時に、加盟国は米国、中国などとの関係を維持しながら、自立的な安全保障能力を強化するという「ヘッジ戦略」を採用するとみられる。
残る課題
もっとも、この構想には課題も少なくない。
トルコがクルド問題を最重要課題とする一方で、サウジアラビアはイランを最大の脅威とみるなど、安全保障上の優先順位には違いがある。
経済力の格差や、米国・イスラエル、さらにはアラブ首長国連邦(UAE)など地域の競合国からの圧力も予想される。
また、過去の対立が再燃する可能性もあり、正式な制度として定着するまでにはなお時間を要すると考えられる。
地域秩序への戦略的意味
この四カ国協力は、中東から南アジアにかけての安全保障地図を塗り替える可能性を秘めている。
イランや域外国による影響力に依存した従来の秩序に代わる、スンニ派諸国を中心とした新たな安全保障モデルとなる可能性がある。
また、共同防衛能力の向上、防衛産業の自立、イスラム協力機構(OIC)など国際舞台での発言力強化にもつながるだろう。
パキスタンにとっては地域を結ぶ戦略的ハブとしての役割が高まり、サウジアラビアにとっては石油依存から脱却し、より多角的な国家戦略を進める契機となる。
多極化が進む国際社会において、この新たな安全保障パラダイムは、地域諸国が自ら秩序形成の主体となろうとしていることを示している。
今後、この枠組みがより拘束力を持つ正式な同盟へと発展するのか、それとも柔軟な協議体として存続するのかは、加盟国の政治的意思と、今後の危機管理能力にかかっている。
しかし一つ確かなことがある。
サウジアラビア、トルコ、エジプト、そしてパキスタンは、もはや受動的な地域プレーヤーではない。21世紀の安全保障環境に適した新たな地域秩序を、自ら設計しようとしているのである。
INPS Japan
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