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次期米国大統領が北朝鮮に対して取りうる実際的アプローチ

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ジョセフ・ユン/フランク・オウム】

3年にわたり北朝鮮に対して一貫性のないアプローチを続けた揚げ句、トランプ政権は、核の脅威の低減や朝鮮半島における平和と安全保障の強化をほとんど進展させなかった。現在、北朝鮮は相変わらずウランを濃縮し、ミサイル攻撃力を高め、2018年に講じられた南北朝鮮融和策を覆している。次期米国大統領は、このような憂慮すべき状況に対処しなければならない。(原文へ 

米国政府は、過去のアプローチの失敗から正しい教訓を学ぶべきである。近い将来の非核化というドン・キホーテ的な夢に立脚した過激な政策を捨てるべきである。そのかわり、次期大統領は長期的な非核化と並行して平和と安定性を優先し、相互的かつ均衡的な対策を講じて、現実的な短期的成果と安全保障上の具体的見返りを求め、地域のパートナーから支援を得る、より実際的かつ積極的な外交を追求するべきである。そうしなければ、北朝鮮はいっそう挑発的な行動に出るようになり、近隣諸国だけでなく米国本土にも脅威となるだろう。

圧力だけでは十分ではない。

これまで、米国が北朝鮮を非核化するための実用的理論は、核兵器か国家の存続かの二者択一を迫ることだった。金正恩(キム・ジョンウン)の選択肢をより明確にするため、オバマ政権は国際社会に協力を求めて、世界的圧力キャンペーンを行った。その後トランプ政権は、圧力キャンペーンを強化した。トランプ大統領は、北朝鮮が脅しを続けるなら「炎と怒り」に直面するだろうと断言し、もし攻撃を受けたら米国は北朝鮮を「完全に破壊」すると警告した。

しかし、北朝鮮を説得して非核化させるには程遠く、圧力アプローチは、確実な核抑止力の追求に拍車をかけただけのように思われる。キム(金)はミサイル実験と核実験にいっそう力を入れ、2017年にはついに、250キロトンの核爆弾と米国本土全体を射程に入れることができる長距離弾道ミサイルの実験に成功した。というのも、制裁は、多大な犠牲を払わせるにもかかわらず、政治体制の行動を変化させるにはほとんど効果がないからである。特に、敵の攻撃を抑止するために、圧力には圧力で対応しなければならないと信じている政治体制の場合はなおさらである。

北朝鮮体制は、制裁逃れ、銀行や暗号通貨取引所からのサイバー窃盗、人民に対する完全支配、多くの第三国、特に中国とロシアによる制裁実施の緩さによって、世界的圧力キャンペーンにも持ちこたえることができた。結局のところ、圧力のみを前提とした理論は、対象となる体制がそれに逆らうような反応をし、回避する方法を積極的に模索すると、大きな犠牲と人民の苦しみをいとわない結果を招き、また、実効的な圧力をかけることを好まない、またはそれができない第三国から援助を受ければ、役に立たないのである。

何が効果的か?

持続的な成果を達成するためには、米国の政策は範囲を大幅に広げ、より現実的かつ実際的な対策を盛り込む必要がある。最近発表した報告書「朝鮮半島における平和体制」( “A Peace Regime for the Korean Peninsula”)において、我々は、米国平和研究所の同僚とともにこれらの問題の多くを検討した。

非核化と並行して、平和を優先する。

2018年6月のシンガポール宣言において、キムは、「完全な非核化に向けて取り組むこと」を自分が約束するのであれば、米国は「新たな米国―DPRK関係」を確立し、「朝鮮半島における長期的かつ安定的な平和体制」を構築することを約束しなければならないと主張した。現在交渉は膠着状態であるものの、北朝鮮はシンガポール宣言を明確に放棄していない。そこが他の過去の合意と違う点である。現実的かつ論理的なアプローチは、平和と非核化を並行して追求することである。六者会合参加国の大部分、すなわち、韓国、北朝鮮、中国、ロシアは、この枠組みを速やかに承認するだろう。

相互性と均衡性を確保する。

平和と非核化を並行して交渉するには、両サイドの利益を考慮した、相互的、均衡的、同時的な譲歩の交換が必要である。バランスの取れたアプローチとは、非核化措置と並行して、制裁緩和、外交正常化、朝鮮半島における米国の軍事活動の縮小といった、北朝鮮が望むことに取り組むことである。

現実的な、短期で得られる安全保障上の見返りを強調しつつ、長期的な非核化交渉に取り組む。

北朝鮮は、その歴史において唯一注目に値する成功をもたらした“宝刀”を簡単に放棄するはずがない。短中期的未来における完全な非核化は夢物語ではあるが、北朝鮮の核・ミサイル活動を凍結させる暫定的な取引の実現と検証はおおむね可能であり、それはただちに安全保障上の見返りをもたらすというのが、こんにち多くの専門家が認識するところである。つまり、米国は北朝鮮の非核化に向けた段階的アプローチを追求するべきであり、そのためには長年にわたる交渉、度重なる後退、そして持続的な信頼醸成措置が必要であるという現実を受け入れるべきである。

地域パートナーからの主体的参加を強める。

平和と非核化に向けた真摯な努力には、米朝と並んで朝鮮戦争の主要交戦国であった中国と韓国の参加が必要である。米国は、中国および韓国との連携なくして朝鮮半島の平和と安全保障を推進する持続可能な枠組みを創出することはできないだろう。また、適切な時期に日本とロシアの関与も取り付けるべきである。

北朝鮮は、米国大統領選を非常に注意深く見守るだろう。勝者がドナルド・トランプであれジョー・バイデンであれ、北朝鮮政府は、レバレッジを創出して有利な条件で駆け引きを始められるよう、意図的に危機を作り出すことによって相手を試そうとする可能性が高い。そうさせないよう、次期米国大統領は、平和と非核化の両面から北朝鮮政府と協議し、中国および韓国との対話を開始する準備があることを示唆することにより、素早く主導権を握るべきである。そうすることにより、朝鮮半島の平和と安全保障を実現する新たな枠組みの構築に向けた、実際的な道筋を敷くことができるだろう。

ジョセフ・ユン大使は、米国平和研究所でアジアプログラムのシニアアドバイザーを務めている。フランク・オウムは、米国平和研究所で北朝鮮のシニアエキスパートを務めている。本稿で表明された見解は、あくまでも執筆者の見解であり、彼らが関係するいかなる機関の立場を必ずしも反映するものではない。本稿は、最初に「原子力科学者会報」において、より長文で発表されたものである。:
https://thebulletin.org/2020/10/a-practical-approach-to-north-korea-for-the-next-us-president

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【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

冷戦時代の兵器統制構造は、もはやその目的を満たすものではない。現代の地政学情勢において、核の二国間対立は核の鎖となった。現行の核兵器管理体制は、軍縮とは二国間の妥協的取引によって成し遂げられるものであり、その両国の存続こそが安定した戦略的二大国体制に依存しているという概念に基づいて構築されている。しかし、ますます多極化する世界秩序において、そのような体制では他の核兵器保有国の選択を制御することも抑制することもできない。(原文へ 

中国―インド―パキスタンの関係を取り巻く戦略地政学的環境が、その適例である。この核の三つ巴関係は、互いに接する国境、重大な領土問題、1947年よりたび重なる戦争の歴史という点で、冷戦時代にも他に類を見ない。3カ国のうち中国のみが、1968年の核兵器不拡散条約(NPT)加盟国であり、1996年の包括的核実験禁止条約(CTBT)の署名国である。中国はCTBTをまだ批准しておらず、また、インドとパキスタンはNPTとCTBTのどちらにも署名することを拒否しており、世界の核秩序の基礎をなす条約でもこれらの国の核政策を制御できないことを明確にしている。したがって、これらの国の核兵器、核ドクトリン、核態勢を抑制するために別のメカニズムが必要である。

数十年にわたり、北大西洋地域における実質的な核の二極体制が続いた後、我々は現在、はるかに複雑な時代に直面している。いまやインド太平洋地域にも同等の注意が向けられ、複数の均衡が求められ、能力レベルの大きな差は必然的に戦略的奇襲の可能性をはらんでいる。サイバー戦争、宇宙におけるデュアルユースシステム、人工知能を用いた自律型兵器といった新技術は、力関係に新たな不安定性をもたらしている。このような増大するリスクは、インド太平洋地域において、目的にかなった核規制体制を早急に制度化する必要があることを示している。

「原子力科学者会報」に掲載された論文において、マンプリート・セティ(Manpreet Sethi)氏と私は、中国とインドの核兵器先制不使用政策および態勢が、6月の激しい衝突とその後の緊迫した軍事的にらみ合いの只中でさえ、戦略的安定性にいかに寄与したかについては、世界の他の核兵器保有国も広く見習うべきであり、より広範な国際研究に値すると論じた。この論文で私は、戸田記念国際平和研究所の最近の政策提言を引用しつつ、インド太平洋地域もまた、北大西洋地域で形成された二つのメカニズムが、地域の核の鎖にとってどのような意味を持ちうるかを検討すべきことを論じる。

オープンスカイズ条約(領空開放条約)

5月21日、米国は1992年オープンスカイズ条約から脱退した。この条約は、1955年にドワイト・D・アイゼンハワー大統領が行った大胆な提案に端を発する。当時ソ連政府はそれを拒絶したが、冷戦終期、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領は、1990年の欧州通常戦力条約に基づく戦力の制限を検証するために有効な方法としてこれを再提案した。ソ連崩壊後のロシア政府はこれを受け入れ、オープンスカイズ条約は1992年3月24日に調印され、2002年1月1日に発効した。条約加盟国は2020年までに35カ国に達した。

同条約は、これまでに約1,500件のミッションを承認しており、そのうち500件以上がロシア上空での飛行である。ロシアは、上空を最も多く通過され、最も監視されている国である。飛行は直前の通知によって実施され、主要な軍備と欧州域内での経路を証明する写真が提出される。上空通過については、回数、状況、タイミング、そして監視設備の技術的能力が厳重に監視される。オープンスカイズ条約は、信頼醸成およびリスク低減への政治的取り組みを象徴するとともに、実際的な貢献を行うものであり、飛行のたびに奇襲攻撃への懸念が軽減される。

また、印パ間と中印間でそれぞれ相互拘束的な二国間協定を締結する、あるいは、3カ国すべての間で三国間協定を締結することも考えられる。アルナーチャル・プラデーシュからアクサイチン、ラダック、カシミールを経てアラビア海に抜けるふたつの実効支配線の周辺を上空から査察することは、境界の維持、侵犯の検知、侵入の防止に役立つといえる。2020年春および初夏にガルワン渓谷で発生した事案のように、国防侵犯を早期に検知することで、核兵器による軍事対応の敷居が高くなり、外交的解決に向けて先手を打ちやすくなる。

海上事故防止協定

米露の戦略的対立関係において、潜水艦搭載核兵器は生存性を高め、先制攻撃成功の可能性を低減することによって、安定性を確かなものにしている。それとは対照的に、インド太平洋地域において、潜水艦搭載核兵器によって継続的な海上抑止力を達成しようとする競争は、不安定化をもたらすおそれがある。なぜなら、インド太平洋地域の強国は、十分に練られた作戦構想、堅牢で冗長性を備えた指揮統制体系、航行中の潜水艦の安全な通信を欠いているからである。

1960年代後半、米ソ海軍の間で船舶と航空機が関与する接近事故が数回発生しており、状況がエスカレートして制御不可能になるおそれもあった。このようなリスクを低減するため、1972年5月25日に海上事故防止協定が締結された。同協定は特に、衝突の防止、混雑海域での機動回避、監視対象艦船の挑発や危険を誘発しない安全な距離を維持した監視活動、潜水艦が付近で演習を行っている場合の船舶への通知、相手方の航空機または船舶に対して模擬攻撃を行わない措置を、両サイドに求めている。

他の信頼醸成措置と同様、この協定も、両海軍の規模、兵器、戦力構成に直接影響を与えるものではない。むしろ、機能的な海軍間プロセスによって、相互の軍事活動に関する知識と理解が深まり、事故、誤算、コミュニケーション不足による紛争の可能性が低くなり、平時においても危機においても安定性が強化されるのである。協定の個別の規定ではなく、このような一般原則が、中印パ関係において同様の協定を策定しようとするときに重要な検討事項となるだろう。

核規制体制の制度化

地政学的緊張が高まる中で緊迫する国際安全保障環境、一部の核保有国首脳の無責任な発言、北朝鮮やおそらくイランのような国家への核兵器拡散、最新の核ドクトリンで想定されるこれらの国の役割拡大、新技術の出現、崩壊しつつある軍備管理構造はいずれも、偶発的または意図的な核兵器使用のリスクを増大させている。インド太平洋地域では、軍備管理協定がなく、実際的な信頼醸成措置の歴史もないため、リスクはとりわけ深刻である。

軍備管理措置は、政治的雰囲気が良好であれば容易に開始できるが、政治的雰囲気が緊迫しているほど、それらの必要性がより重大になる。核軍縮は、それが目標としてどれほど望ましくても、また、論理的に正しいことがどれほど明白であっても、依然として見通しのきく範囲の先にある。その一方で、偶発的、非承認、あるいは閾値超過による武力衝突がアジア・世界の核兵器発射という事態を招くリスクが増大しており、それに対する追加的な安全措置の制度化が緊急に必要である。本稿で提案したように、信頼醸成措置とリスク低減措置を制度化し、核規制体制を実践することによって、グローバルレベルでもインド太平洋地域でも、危機時および軍拡競争時の安定化措置を強化することができるだろう。

ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、核軍縮・不拡散アジア太平洋リーダーシップ・ネットワーク(APLN)理事を務める。元国際連合事務次長補、元APLN共同議長。

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【Global Outlook=タウキエイ・キタラ

2020年10月19日、太平洋諸島出身の鋭い知性を持つ有識者たちがフォーラムに登壇し、母国での生活や気候変動の影響と戦う日々について、幅広い豊かな経験を人々に伝える。スピーカーのうち2名は元国家首脳で、元ツバル首相のエネレ・ソポアガ(Enele Sopoaga)閣下と元キリバス大統領のアノテ・トン(Anote Tong)閣下である。太平洋諸島フォーラム事務局気候変動アドバイザーのエクスレー・タロイブリ(Exsley Taloiburi)氏、気候変動活動家であり詩人であるマーシャル諸島出身のキャシー・ジェトニル=キジナー(Kathy Jetnil-Kijiner)氏も討論に参加する。10月19日のオンラインフォーラムは、気候変動と主権を議題とするオンラインフォーラム・シリーズの第1回となる。狙いは、島ならではの知識と経験に脚光を当てることである。それは、太平洋諸島における主権のあり方がなぜ独特であるか、また、長年受け継がれてきたヴェストファーレン的主権概念(我々は、これを脱植民地化する必要がある概念とみなし始めている)となぜ異なるのかを理解するために不可欠である。(原文へ 

太平洋諸島の人々が、土地や海への直接的脅威となっている気候変動と戦っていることは、誰もが知っている。しかし、気候変動のために、私たちが政治的独立とアイデンティティーを求める戦いも強いられていることを、どれだけの人が知っているだろうか? これは、私たちの主権の問題である。たとえ祖国の土地が大きなリスクにさらされていようとも、主権を私たちの手から奪われるままにするわけにはいかない。

主権という概念に初めてふれる人のために説明すると、主権とは、それぞれの国が独立した国であり、国民や領土に関して独自の決定を下すことを認める基本的な国際法である。私の祖国であるツバルは、独立国家であるために、英国とキリバスの両方からの独立を確保するために、必死に戦った。ツバルの独自の文化を他者に支配されたくなかったからであり、自分たちの決定を自分たち自身で下したかったからである。自分たちの文化と国民のことは、自分たちが最もよく知っている。主権なくして、人々のために決定を下すことはできない。また、ヴェストファーレン体制では居住可能な土地があることが条件とされる。他国の一部の人々は、気候変動によって私たちの国が常に居住可能ではなくなったのだから、より大きな国で安全な居住地を手に入れる代わりに主権を放棄すればよいと考えているようだ。しかし、気候変動はほとんど私たちのせいではないのに、土地が居住困難になったからといって、なぜ私たちが、国民として国民のために決定を下す権利を放棄しなければならないのだろうか?すべての人は安全な居住地を持つ権利があるが、気候正義と人道主義のあらゆる原則に鑑みて、私たちの土地に何が起ころうとも、私たちが大切にするもの、つまり主権を放棄しなければならないということがあってはならない。その土地に根差す人々は、その領土に対する権利を持ち、その領土について決定を下す永遠の権利を持つ。たとえ領土がどれほど変化し、他の国々が私たちに何を負わせようとも、それは変わらない。

いずれ私たちはより安全な居住地を必要とするとしても、それを手に入れるために主権を放棄する必要はまったくなく、また、私たちの海を放棄する必要はまったくないと、私たちは認識する。豊かな国々は、私たちの豊かな海へのアクセスを求めるが、海は彼らの所有を得るためのものではない。大国は、私たちの豊かな海、私たちの祖国である島々、私たちの祖先が住み、私たちが文化を通して深く結びついている場所を奪う方法を模索し始めている。私たちは今、自分たちのものを持ち続ける権利を求めて戦う必要がある。何があろうとも、私たちの主権を守る必要がある。それを実現する方法について論じ始める必要がある。

10月19日のオンラインセッション(https://events.humanitix.com/climate-change-challenges-to-the-sovereignty-of-our-pacific-atoll-nations)は最初の一歩であるが、2021年には再びオンラインセッションが開催される。その際はさらに多くのスピーカーを迎え、もしかしたら対面の会議となるかもしれない。このオンラインフォーラムは、太平洋諸島の人々の視点から見た主権、そして、気候変動が太平洋地域に散らばる多くの小さな島々の主権にどのような影響を及ぼすかについて意見を表明し、公開討論する場をもたらす。オンラインフォーラムでの議論を足掛かりとして、いずれ、ここオーストラリアや太平洋地域から有識者、市民社会団体、関心を持つコミュニティーメンバーを招いた対面会議が行われるだろう。対面会議によって参加者同士の交流や議論が深まり、政策決定に役立つ、そして太平洋地域ならびに国際領域における法的境界の保全に影響を及ぼすビジョンが生まれるだろう。私たち太平洋島嶼国は、私たちの土地、価値、慣習、海洋領域に対する主権を気候変動によって奪われるままにすることはできないし、またそうするつもりもない。

タウキエイ・キタラはツバル出身で、現在はオーストラリアのブリスベーンに居住している。ツバル非政府組織連合(Tuvalu Association of Non-Governmental Organisation/TANGO)というNPOのコミュニティー開発担当者であり、ツバル気候行動ネットワークの創設メンバーでもある。ツバルの市民社会代表として、国連気候変動枠組条約締約国会議に数回にわたって出席している。ブリスベーン・ツバル・コミュニティー(Brisbane Tuvalu Community)の代表であり、クイーンズランド太平洋諸島評議会(Pacific Islands Council for Queensland/PICQ)の評議員でもある。現在、グリフィス大学の国際開発に関する修士課程で学んでいる。

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新型コロナウィルス感染症が拡大するなか「二重の脅威」に直面する移民たち

【バージニアIDN=ジャクリーン・シャルスキ-ファウツ】

移住労働者は、新型コロナウィルスの感染が世界的に広がる中、「エッセンシャルワーカー(=社会にとって必要不可欠な労働者)」として、世界経済の最前線に立ち続けてきた。しかしこれは大きなリスクを伴うもので、彼らは、「国際救援委員会」が「想像を超える二重の緊急事態」と言及しているものに直面している。

紛争や強制退去を経験した移民たちは、世界的なパンデミックだけではなく、経済不況がもたらす影響にも立ち向かっていかなければならない。脆弱な立場にある移民たちは貧困に陥りやすく、紛争や追放の憂き目にあったり、危険な労働環境や厳しい生活環境に追いやられやすい。従って、ホストコミュニテイーで失業が増えれば、移民たちに対する経済支援や法律面での支援、さらには感染から身を守るための個人防護具へのアクセスを支援する必要がある。

米国では、西海岸一帯に広がった山火事で空が赤く染まり、大気が危険な状態になっているなかで、カリフォルニア州のワイン産地であるセントラルバレーの農場では多くの移住労働者たちが働いている。

スペイン・アルメリアの農場では、モロッコからの移住労働者たちが、新型コロナウィルス感染症の拡大を防ぐためのマスクや消毒液といった防護措置がほとんど取られていないことに不満を漏らしていた。

photo: The virus highlighted the world’s structural dependence on cheap, exploitable labour. Source: salud-america.org

欧州連合(EU)内でスペインは移住労働者の割合が最も高い国の一つである。少なくとも同国の農業の25%が、外国人移民の労働に依存している。同様に、米国の農業労働者の3割と、EUの労働者の390~410万人が不法滞在者である。これらの外国人労働者は各国経済や世界経済で重要な役割を果たしているが、今やパンデミックの危険に正面から晒されている。

移住労働者と同じように、難民や国内避難民についても、パンデミックに伴う経済活動の停止の影響に対して脆弱であり、感染拡大に伴って健康上の懸念が持たれている。

経済活動の停止によって、基本的な生活水準をかろうじて保っていた多くの人々が、失業と、政府から経済支援を得る資格を喪失するリスクに晒されている。

新型コロナウィルス感染症に伴う経済活動の停止で世界中の国々の小規模ビジネスは大打撃を受け、今後「厳しい」経済不況に見舞われると予想されている。結果として、106万人が今年末までに貧困に陥る危険がある。その中には、非正規部門労働者のかなりの部分を占め、こうした危機に「とりわけ脆弱」な移民や難民が含まれている。

最近の研究によると、モロッコの非正規労働者の数は、労働者全体の3分の1以上にあたる約240万人であった。消費者が仕事を失い、企業がより安い商品とサービスを求めるなか、非正規労働者の数は今後も増えていくと予想されている。経済活動が停止していた間は、多くの非正規労働者は、顧客を見つけたり、交通手段がないために職場に行くことができなかった。

Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en
Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en

モロッコでは、労働市場と民間部門が経済活動の停止によって大きな影響を受けているが、なかでも最も影響を受けたのが非正規部門の労働者で、既に全体の66%が職を失っている。モロッコ政府は、とりわけ非正規労働者に関して収入喪失の影響を緩和しようと努めているが、7月半ば時点で、わずか19%の世帯しか恩恵を受けていない。こうした支援の大半は、移民、とりわけ非正規雇用や不法滞在状態にある者には届かない。

過去の金融危機の事例からも明らかなように、ほとんどの移民は本国に帰らない。むしろ、本国の経済的見通しが暗いことから、多くの人々が欧州に渡るべく北へ向かう。この数か月、チュニジアではイタリアに向う移民が増えて、昨年の6倍に達している。

しかし、旧来の(トルコ-バルカン半島を経由する)陸路での移動ルートが閉鎖されてしまったため、多くの移民がブローカーを通じて(地中海を渡る)海路による密航を選択した結果、今年だけでも675人以上が亡くなっている。

人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は、新型コロナウィルスの感染拡大がもたらす複雑な状況について警告している。移住労働者はしばしば危険な労働環境や生活環境に直面しており、その結果、ウィルスに対してより脆弱な立場に立たされている。

SDGs Goal NO.10
SDGs Goal NO.10

2009年の経済不況に際して、ロンドンのブルガリア移民を調査したカヴィタ・ダッタ氏によると、解決策は2つしかないという。一つは移民を減らすこと。もう一つは、その国の中で移民に法的支援を与え、移民に関する理解を促進して、彼らが搾取される可能性を減らすことである。

移民政策センター」が主催したウェビナーでゲストスピーカーを務めた同センターのアンドリュー・ゲデス所長は、移民に関する新たな議論を呼びかけ、責任の共有や法的な道筋といった現在の政策を各国政府が再検討する必要性について語った。

自国を経由して非正規移民の大半を欧州に送り出しているリビアやモロッコといった北アフリカの国々に多くの非難が向けられている。移民を減らす英国政府の計画は、モロッコのような外国に収容所を設置するという内容を盛り込んだ。オーストラリア政府の同様の計画ではパプアニューギニアを利用している。この計画は、国連やその他の人権団体から批判された。

しかし、移民の増加に対して収容所の増設で対処するよりも、法的支援団体や移民支援政策はより人道主義的なアプローチを採用している。その方がより効率的に非正規移民を減らすことができるかもしれない。

権利と正義」のようなモロッコの団体や、フェスのシディ・モハメド・ベンアブドラ大学の学生団体「法学部法律クリニック」(CJFD)はそうした方向を進めている。

Map of Morocco
Map of Morocco

CJFDは「米国中東パートナーシップ・イニチアチブ」や「全国民主主義財団」の支援を得て、「ハイアトラス財団」との協力でプロジェクトを実施している。ここでは、法学生たちが、欧州を目指す移民の数を減らす多面的なアプローチの一環として、人権や社会的統合、起業訓練を促進しながら、法的支援を行っている。こうすることで、旧来からの移民送出地を支援の場に変え、定住を促している。

新型コロナウィルス感染症の拡大に対応して、世界中でボランティア活動と地域の連帯が活発化した。これは、移民を保護し受容するプログラムに対する支援を増やす基礎となった。移民送出国は、危険を伴う移動や搾取、あるいは貧困のリスクを抱えた移民の数を減らすために、各国政府と地域で活動する社会団体とをつなぐ動きを強めねばならない。(原文へ

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青年・平和・安全に関する初めての国連安保理決議

国連事務総長、軍備管理協議の停滞に懸念を示す

【ジュネーブIDN=ジャムシェッド・バルーア】

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は9月26日の「核兵器の全面的廃絶のための国際デー」を記念して、「私たちは、信頼を基盤としつつ、核兵器のない世界という共通目標の達成に向けた指針となりうる国際法に基づいた、より強く、より包摂的な多国間主義を必要としています。」と語った。

この言葉は、国連に地球上から核兵器を廃絶するという目標を課した1946年の国連総会決議の精神を繰り返したものだった。グテーレス事務総長は、「総会決議から75年が経過した今も、私たちの世界は核による惨禍の影におびえ続けています。」と語った。

1959年、国連総会は全面的かつ完全な軍縮という目標を是認した。さらに1978年には、第1回国連軍縮特別総会が、「核軍縮と核戦争の防止のための効果的措置が最優先事項」であることを確認している。

ICAN
ICAN

しかし、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が指摘するように、約1万3400発の核兵器が依然として世界に存在する。核保有国は資金が豊富であり、核戦力を近代化する長期的な計画を有している。世界の人口の半数以上が、核保有国、もしくはそうした国の核の傘に依存する国で暮らしている。

冷戦が最高潮だった時代に比べると配備済核兵器の数はかなり減っているが、条約に従って物理的に廃棄された核兵器は、これまでただの一発も存在しない。また、現在進行中の核軍縮交渉もない。

さらに核抑止のドクトリンは、全ての核保有国とその大半の同盟国の間で、安全保障政策の一要素として根強く残っている。冷戦以来国際の安全に貢献してきた軍備管理の枠組みは、核兵器の使用にブレーキをかけ、核軍縮を前進させてきたが、現在では、次第に崩壊の危機に直面するようになってきている。

米国は2019年8月2日、それまで米ロ両国に特定のカテゴリーの核ミサイル廃棄を義務づけていた中距離核戦力(INF)全廃条約からの脱退を表明した。

さらに、「戦略攻撃兵器のさらなる削減と制限に向けた措置に関する米ロ間の条約」(いわゆる新START)は、2021年2月に失効する。同条約の効力が条項に従って延長されない、あるいは、後継条約の締結を見ないまま失効することになれば、1970年代以来初めて、世界最大の二大核保有国が条約に拘束されない状態になる。

新STARTによる現地査察は新型コロナ感染症対応のために3月以来停止しており、依然として再開されていない。新STARTの遵守履行機関である二国間協議委員会(BCC)の次回会合も延期されたままだ。

米国は矛盾するシグナルを送り続けている。

ワシントンのシンクタンク「軍備管理協会(ACA)」によると、米国は、査察とBCCでの協議をいつどのように再開するかについて検討しているが、他方で、両国のすべての関連職員が新型コロナウィルス感染症に罹患するリスクをいかに低減するかについても考慮しているという。ある国務省筋は「米国は新STARTを履行し、同条約に従い続ける」と述べている。

また、トランプ政権は、中国が米ロ中3カ国の軍備管理協議に即時に参加すべきとの要求を弱め、ロシアと政治的に拘束力のある中間的な枠組みを追求し始めているとの報道がなされている。

By Pacific Southwest Region 5 – Donald J. Trump, 45th President of the United States, Public Domain

しかし、トランプ政権は、2010年の新STARTを単純に5年間延長するというロシアの要求を撥ねつけ、いくつかの条件が満たされない限り条約延長を検討しないとしている。

トランプ政権は、ロシアとの新たな枠組みは、全ての種類の核弾頭を対象とし、検証体制を強化したうえで将来的に中国を入れる構造にしなくてはならないと主張している。

マイク・ポンペオ国務長官は8月31日、米国は「軍備管理協定に関してロシアと緊密な協議を行っており、両国が今年末までに合意に達するようにしたい。」と語った。

ロシアのセルゲイ・リャブコフ外務副大臣を相手にウィーンで8月17・18両日開かれた協議の後、米国のマーシャル・ビリングスリー軍備管理大統領特使は、「条約の検証体制の不備を修正し、新しい枠組に合意することが、新START延長の条件だ。」と語った。

ビリングスリー特使は8月18日の記者会見で「オバマ=バイデン政権で交渉された新STARTには大きな欠陥がある。検証体制に重大な不備があります。」と指摘したうえで、不備の例として、ミサイルの遠隔測定に関する十分な情報交換がないこと、現地査察の頻度が低いことなどを挙げた。

Vladimir Vladimirovich Putin/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

核軍備管理に加えて、宇宙の安全保障問題も、両国間の核不拡散協議に影響を及ぼしている。新しい宇宙技術の急速な発展と世界の三大宇宙大国(米国・ロシア・中国)の間の競争は、宇宙という最後のフロンティアの「兵器化」への懸念を高めている。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、第75回国連総会に寄せたビデオ・メッセージの中で、米ロ両国が宇宙で武力紛争を起こすことを避けるための協定について話し合うとの考えを示した。

「ロシアは、全ての主要な宇宙大国の間で、宇宙空間に兵器を設置したり、宇宙空間の物体に対して武力を行使したり、或いは行使を威嚇したりすることを禁じる法的拘束力のある協定を締結するよう提唱している。」とプーチン大統領は語った。

中国の汪文斌報道官は、プーチン提案に賛同して、中ロ両国は宇宙空間における軍備管理に関する協定案を提出したと指摘し、宇宙空間の軍事化を禁止することを目的とした協議を米国が妨害していると非難した。

汪報道官は、米国が、空軍や宇宙司令部を創設し、宇宙空間の軍事化を激化させることで宇宙支配を進めようとしていることを中国は深く憂慮しているとの見解を明らかにした。(文へ

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【キングストンIDN=マイケル・W・ロッジ】

アントニオ・グテーレス国連事務総長は、創設75周年に当たって国連に求められているものをテーマにした国連経済社会理事会での演説(7月)で、平和と安全、人権、持続可能な開発という大きな目標に向けられた多国間主義の強化と刷新を呼びかけた。

最大かつ最も長期的な効果をもたらした国連の成果の一つは、海洋に関する法的枠組みを打ち立てたことであろう。これは、正しくも「海の憲法」と称されている1982年の国連海洋法条約という形で結実した。我々は今週、国連創設75年を迎えるが、「より公正で平等な社会」という事務総長のビジョンに対する同条約の貢献を考えてみることは価値があるだろう。

第3回国連海洋条約会議(1973~82)は、それまでに招集された最大かつ最も複雑な多国間会議であった。一方的な主張が横行し、1958年と60年の2回の会議が失敗に終わり、海洋法の行く末に不確実性が漂う中での出来事であった。英国・アイスランド間で勃発した「タラ戦争」のように、アクセスや通過の権利を巡って武力紛争につながるケースもあった。

Michael W. Lodge

急速な脱植民地化とその結果として約100カ国が誕生したことで、「海洋の自由」の原則に見られた旧来の海洋秩序が挑戦を受けた。しかし、この原則は同時に、少数の海洋大国が海洋の排他的な利用を主張するために効果的に使われてきたものでもある。同時に、科学技術の急速な進歩が、過剰利用に対する海洋の脆弱性や公害の影響に関する我々の理解を深めてきた。

1982年の海洋法条約は、海洋法における確実性を打ち立て、海洋に平和と秩序をもたらした。海洋の利用における平等な関係を国家間にもたらし、国際の平和と安全に対する主要な貢献となってきた。同条約は、人間の海洋利用に関するあらゆる側面を網羅した多面的なものでありながらも、とくに4つの側面が際立っている。

第一に、海洋法条約は、諸国の海洋における管轄権の範囲という困難な問題を解決した。海軍大国が権利の究極の決定者であった400年間を経て、12海里の領海、200海里の排他的経済水域、大陸棚の定義、主張が競合した場合の紛争解決の仕組みについての合意がなされた。国際海運に用いられる海峡の通航権がすべての国に認められ、内陸国にも海への恒久的なアクセス権が確保された。90%以上の物資は海を通じて運ばれているため、このことは国際貿易・取引の発展にとって大きな貢献となった。

第二に、しばしば見過ごされている事実は、この条約が、これまでに採択された最も重要な環境関連条約の一つであるということである。一つの章がまるごと海洋環境の保護にあてられていることに加えて、「公害」の定義を条約として初めて盛り込んだ。この定義は、その発生源がどこであるかにかかわらず、人間の活動に由来したCO2の排出にも適用される。さらに、海洋環境に関連した同条約の条項は義務的なものであり、無条件、かつ例外を認めない。「能力に従って」「適切に」「実行可能な限り」といった、近年よく見られる語句が使われていないのである。

SDGs Goal No. 14
SDGs Goal No. 14

第三に、私が最も感心したのは、同条約が、地球上で開発されていない最大の天然資源に関する全く新たな法制度を作り上げたことである。「人類共通の財産」と位置づけられたこれらの資源は、国際海底機構(ISA)という国際機関によって管理され、全人類の利益のために持続可能な形で利用される。これらの資源へのアクセスは、先進国であれ途上国であれ、富裕国であれ貧困国であれ、大国であれ小国であれ、保証される。地球上のどの資源もこのような形では管理されておらず、同じような理念を地球外の資源にも適用するよう我々は努力してきたところである。

第四に、海洋法条約が効力を持ち続けていることである。国連が創設わずか37年で採択された同条約は強さを増し、今や加盟国は主要な海洋大国のほとんどを含む168を数える。海をめぐる紛争は条約に従って平和裏に解決され、他のどの条約よりも充実した包括的な紛争解決の仕組みを通じて、国際司法裁判所国際海洋法裁判所によって支援されている。

海洋法条約は、1994年に深海底の採掘について、1995年には国際漁業についてそれぞれ実施協定が採択され、変化する環境や新たな課題に対応できるものであることを示した。特に重要なのは、これらの協定が、1982年に合意された権利や管轄権の基本的なパッケージを損なうことなく、新たな科学的知見と高まる環境破壊への懸念に照らして条約の条項を発展させた点にある。

基本的な海域の区分/CC 表示-継承 3.0

海洋法条約は、国際法と衡平の原則がイデオロギーに勝利したことを示している。残念なことに、この勝利は依然として不完全なものであり、脅威に晒されてもいる。「不完全」だというのは、条約への普遍的な参加をまだ勝ち取っていないという意味だ。米国など一部の国々がまだ条約に加わっていない。「脅威に晒されている」というのは、グテーレス国連事務総長が指摘するように、不平等が強まり、より複雑化しているということだ。海洋に関して言えば、海洋科学技術の分野で起きている目まぐるしい進歩において格差が生じていること、その科学技術から利益を得る能力がほとんどの途上国に欠けていることに、そうした不平等の実態を見てとることができる。金持ちが先進的な船舶を建造して自由に研究できるのに対して、途上国は、国際的な科学研究に実効的に参加できていないことは言うに及ばず、自らの領海すらまともに調査できていない。

国連75周年は、国際社会が国際海洋法条約へのコミットメントを再確認し、その条項が、平等の原則に従い、全人類の利益になるよう確実な履行を保証する重要な節目なのである。(原文へPDF

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気候変動(巨大サイクロンや高潮)に加えてパンデミックの影響で主要産業の観光業(15万人を雇用しGDPの30%を占める)が壊滅的な影響(昨年同期比99.2%減)を受けたフィジーの現状と、依然として出口が見えない中で、コロナ後に向けて創意工夫で希望を繋ごうとしている人々の姿を取材したINPS東南アジア総局長による記事。大量失業した観光業界の人々の多くは、当面の手立てとして故郷の村に身を寄せて家庭菜園や漁業を手伝ってなんとか生計を繋いでいるが、社会保障制度が未整備のフィジーでパンデミックが長期化すれば、さらに厳しい状態に追い込まれることになる。(原文へ

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