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沈みゆく船から

【バルセロナIDN=フェデリコ・マヨール・サラゴサ】

「地球」という人類を乗せた船が沈もうとしている中で、問題の本質から人々の目を逸らせようとしている諸勢力の現実を指摘するとともに、歴史の教訓から今日の危機的な状況を主体的に把握し、持続可能な開発(SDGs)のような人類救済の処方箋に目を向け、共通の未来のために行動していくことの大切さを訴えた、フェデリコ・マヨール元ユネスコ事務局長の視点。(原文へ

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エリトリアからリビアを通過して欧州に旅する危険

【ニューヨーク/ニアメIDN-INPS=フランク・クオヌ/ルイス・ドナヴァン】

ニジェールの難民収容所にひとり、後悔にうなだれながら座り込んでいる若い男性がいる。「私は必ずしもこんなに遠くまで来たかったわけではありません。ハルツームに留まっていてもよかったかもしれない。」と顔に苦悶の表情を浮かべながら語った。

どうしてこんな未知の土地まで逃避行を重ねてしまったのだろう、とこの男性は自分に問いかけていた。彼は砂漠を横切る危険な旅を生き延びたが、そのために酷い代償を払わされることになった。彼は、慕っていた兄と母国のエリトリアを脱出したあと、一旦は、スーダンの首都ハルツームに短期間落ち着いたが、さらに欧州を目指して旅を続けることとなり、先発した兄は砂漠で命を落としてしまったのだ。

 「私もハルツームを離れることにしたのです。」とテクレさん(仮名:36歳)は、先の見通しが全く立たず絶望していた当時の心情を吐露した。

SDGs Goal No. 16
SDGs Goal No. 16

「ハルツーム警察の私たち移民に対する扱いは酷いものでした。私たちには何の権利も認められないのです。」と、テクレさんは当時の辛い状況を語った。そこでテクレさんは、ハルツームにそのまま留まるのではなく、チャンスにあふれるヨーロッパに辿りつく運命にあるのだと考えるようになり、旅を続けることにした。

「私はもう子供ではありませんでしたから、旅の目的はお金ではありませんでした。ただただ平和な人生が送れるところに行きたかったのです。」とテクレさんは語った。彼は、サハラ砂漠を横断して欧州に逃れようとして途中リビアで囚われの身となった多数の難民や移民のうちの一人である。

国際移住機関(IOM)の推計によると、現在リビア国内で足止めを食らっている移民の数は、70万人から100万人とみられている。そのうち、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、これまでに55,000人以上を登録している。

UNHCRやIOMのような人道支援団体が全ての難民収容施設へのアクセスを確保できているわけではないことから、収容所のなかには、密入国業者や民兵組織が運営するものもあり、国際的な保護を必要としている難民の実数は、国連の推計よりもずっと多い可能性がある。

「ハルツームからリビアに旅をするには密入国業者を頼るしか選択肢がありませんでした。」とテクレさんは思い出していた。移民たちはリビアに到着すると、一棟当たり1300人から1400人収容できる大きな倉庫に収容された。砂漠を超える困難な旅を通じて移民たちは絆を形成する。「旅の途中で出会った人々は…家族になるのです。もし私が脱落しそうになれば、誰かが助けてくれる。移民の間には、友達以上の、いわば家族のような絆が生まれるのです。」とテクレさんは語った。

多くの移民にとって旅は致命的なものだった

AP通信は2018年6月、IOMの統計を引用して、2014年以来、推計約30000人が砂漠で行方不明になっていると報じた。UNHCRは、(アフリカ大陸から欧州に渡る途上の)地中海で遭難して命を失う移民1人に対して、少なくとも2人以上の移民が砂漠で落命している可能性があると推計している。

砂漠で落命した移民の大半は、砂漠の焼け付くような太陽光による脱水で倒れたと考えられている。遺体の中には、強力な砂塵や砂嵐に覆われて、痕跡が分からなくなってしまうものもある。

テクレさんの兄もそうした犠牲者の一人だった。彼はリビアを目指してスーダンを一足先に出発していた。テクレさんは兄が辿ったサハラ砂漠越えのルートを追って移動したが、のちに兄はサハラ砂漠で2週間を費やした末に、一緒に旅をしていた4人の仲間とともに水不足で死亡していたことを知った。「私はこの兄と一緒に育ちました。大好きな兄でした。」と、テクレさんは語った。

身内を失い一人旅となったテクレさんだが、途中旅で出会った女性たちのたくましさが印象に残っている。「彼女たちは、大変な中でも私たちの面倒をみてくれました。」とテクレさんは語った。

しかし女性達は、夜になると酒や麻薬を煽った状態で迫ってくる密入国業者を前に無防備な状態に置かれていた。「彼らは夜な夜な女性たちを引きずり出していきました。その光景は見るに堪えませんでした。自分の家族に同じことが起こっていると思うと、いたたまれませんでした。彼女達に対する仕打ちはますます悪化し、(彼女たちの)悲鳴が聞こえてきました。」

Photo: IOM transit centres in Niger. Credit: IOM | Amanda Nero 2016
Photo: IOM transit centres in Niger. Credit: IOM | Amanda Nero 2016

テクレさんは、彼女たちに対する酷い仕打ちに抗議したことで密入国業者に激しく殴打されたが、自分の命が惜しいとは思わなかった、と語った。「私たちの文化では、決して人を見捨てたりしない。できるだけのことをして助けようとするものなのです。彼らが女性たちにした(強姦を含む)酷い仕打ちを思い出すと心が痛みます。…今でもその時の光景を口にはできません…とても心が痛くなるのです。」

テクレさんと他の移民の一行は、5か月にわたってリビア国内の密輸業者が運営する収容所を転々としたのち、やっと正規の収容所に辿りついた。ここでUNHCR職員の訪問を受けることができ、今年の初めに国連が手配した人道救援のための航空機でリビアを出国することができた。

テクレさんは現在、ニジェールの首都ニアメに、UNHCRが2017年11月以降に救援した1675名の難民・亡命希望者の一人として暮らしている。テクレさんは、この施設で住居、法的保護、食糧、医療支援、精神カウンセリングを受けながら、定住先が決まるのを待っている。

「私も年を取り、もう一度同じ経験をやりとおすことはできないと思います。そのようなスタミナは残っていません。」「私の姉は私よりも先にエリトリアを離れてリビアを目指しました。弟は私より後に出国しましたがサハラ砂漠で落命しました。私にはもう一人、弟がいますが、今なおエリトリアで兵役に就いています。」

Map of North Africa/ Google Earth
Map of North Africa/ Google Earth

「この弟はもう成人ですから、たとえ私が砂漠を超えて欧州を目指す旅はやめるようアドバイスしても、耳を貸してくれないでしょう。誰もが自身の人生をいちかばちか運命に委ねるものですから、いつか彼が砂漠を横切る旅に運命を託するような決断をするのではないかと、心配でなりません。」とテクレ氏は語った。(原文へ

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|国連|インドによる軍縮専門家育成プログラムを評価

【ニューデリーIDN=デビンダー・クマール】

インドは、各国の若手外交官を対象にした軍縮・国際安全保障プログラムを立ち上げた初の国連加盟国となった。あるインド外務省高官は、この取り組みについて、「核問題と軍縮に対するインドのコミットメントを示すもの」とコメントした。

このプログラムには、広範な地域からの若手外交官の参加を重視している点など、1978年の国連軍縮特別総会によって実施が決定された「国連軍縮フェローシップ」と類似点がある。

国連軍縮フェローシップでは、開始以来、国連の大多数の加盟国から1000人以上の外交官がプログラムに参加してきた。インドは、外交官をもっとも熱心に送り出してきた国のひとつだ。参加者らのその後のキャリアは、この訓練プログラムの価値と、参加を許された個人の力量の高さを如実に示すものとなっている。

Secretary General Ban Ki-moon with 2015 United Nations Disarmament Fellows/ UNODA
Secretary General Ban Ki-moon with 2015 United Nations Disarmament Fellows/ UNODA

インド外務省は、今回初めての実施となる軍縮・国際安全保障プログラムに、27人の外交官(全員が35歳以下)を招き、外交研究所を担当機関として2月1日まで3週間にわたるプログラムを実施した。ベトナム・中国・バングラデシュ・スリランカ・ミャンマー・モンゴル・エジプト・エチオピアが参加者を派遣した。

国連の中満泉事務次長(軍縮問題上級代表)とインドのビジェイ・ケスハフ・ゴケール外務次官は1月14日、第一回プログラムの開会イベントに出席した。

中満事務次長によると、若手専門家や学生を軍縮問題に関与させることの価値は、単に将来の可能性に投資することにとどまらないという。アントニオ・グテーレス国連事務総長が2018年5月に発表した「軍縮アジェンダ」は、世界に変革をもたらす最も重要な力として若者をエンパワーする必要性を説いている。

若者は、地雷やクラスター弾、最近では核兵器の禁止運動の先頭に立ってきた。中満事務次長は、「このプログラムの参加者年齢は、最も適切に設定されていると思います。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が2017年にノーベル平和賞を授与されたとき、すべてのスタッフが35才以下でした。」と指摘したうえで、「若者が導く対話は、サイバーツールやドローン、人工知能(AI)のような新技術の脅威を理解しようとする中で、創造性の源となるでしょう。」と語った。

Photo: Killer robot. Credit: ploughshares.ca
Photo: Killer robot. Credit: ploughshares.ca

中満事務次長はまた、「軍縮を追求し、『持続可能な開発に向けた2030アジェンダ』や人道支援活動、武力紛争の予防と解決、環境保護といった他の重要問題とも軍縮の関連を持たせようとしている中で、若者たちの創造性はカギを握ることになるだろう。」と付け加えた。

さらに、若者が中心となった政治的連合は、政府間の軍縮プロセスではあまり役割を与えられていない女性の声を大きく取り上げてきた。「すべての軍縮・国際安全保障のプロセスで女性の完全かつ平等な参加を確実にすることによってのみ、地球が直面している難題に効果的に対応する幅広いアイディアと才能を応用することができるだろう。」と中満事務次長は語った。

インドは、この新たな軍縮・国際安全保障プログラムへの参加候補国として、まずはジュネーブ軍縮会議(65カ国で構成)の加盟国が適切だと考えている。初回プログラムの参加国は、この65ヶ国の中から地理的バランスを考慮して最終的に30カ国が選ばれ、若手外交官の参加が要請された。主な選定基準は、軍縮問題で以前からの活動実績があるということだった。

プログラムでは、グローバル安全保障環境、大量破壊兵器、特定通常兵器、宇宙安全保障、海洋協力、サイバー空間の安全保障、輸出管理、新技術といった、軍縮と国際安全保障に関連する幅広い問題を扱う。

Izumi Nakamitsu/ UNODA
Izumi Nakamitsu/ UNODA

このプログラムでは、さまざまな現代の軍縮・不拡散・軍備管理・国際安全保障問題に関する専門知識や視点を参加者に授けることを目的としている。

国連軍縮研究所(UNIDIR)、国際原子力機関(IAEA)、化学兵器禁止条約機関(OPCW)、通常兵器及び関連汎用品・技術の輸出管理に関するワッセナー協定の高官らが、プログラムに協力している。

ウィーンを本拠としたワッセナー協定は1995年に結ばれ、通常兵器及び汎用品・技術の移転に関する透明性と責任を高めることによって、不安定要素となる武器の蓄積を防ぎ、地域や世界の安全保障・安定に寄与することを目的としたものである。また、テロリストによるこれらの物品入手の予防も目的としている。

インド外務省によれば、プログラムには、ウッタル・プラデシュ州のナローラ原子力発電所やトゥグラカーバードの内地コンテナ置き場、インド宇宙研究機関(ISRO)の現地訪問も含まれている。

外務省は、この独自プログラムの背景について、インドが国連安保理決議1540に関する会議を開催したことを挙げている。同決議は加盟国に対して、核兵器とその運搬手段の拡散防止のために国内で規制をするよう義務付けている。

「私たちは、安保理決議1540や化学兵器禁止条約のような、輸出管理や核問題のさまざまな側面に関して、多くのワークショップを開いてきました。しかし、インドがすべての関連問題を包含するようなプログラムを実施するのは初めてのことです。」とこの高官は語った。

SDGs Goal No.4
SDGs Goal No.4

中満事務次官は、プログラムの開会にあたって、「核軍縮・国際安全保障問題で各国の外交官に訓練を提供するというインドの取り組みは、軍縮アジェンダの主要な側面の1つである、『軍縮教育への投資』に沿うものです。」と語った。軍縮教育は、「平和及び非暴力的文化の推進」を謳った持続可能な開発目標(SDGs)の第4目標の実現に寄与するものと解釈されている。

軍縮アジェンダの第4の柱はパートナーシップだ。軍縮分野で意味ある進展を達成するには、地域機関や科学者、エンジニア、民間部門、市民社会と組んで、国連システムを横断する効果的な連携がなされねばならない。

「軍縮・国際安全保障プログラムを立ち上げたインドを称賛したいのは、この最後の点に関してです。こうしたアクションは、世界的に核軍縮を推進してきたインドの歴史的役割に沿うものです。」と中満事務次長は語った。

中満事務次長はまた、「戦略的安全保障関係が悪化し、分断が深まっているこの時代にあって、インドを含む全ての核兵器保有国には、率先して対話を再開し、リスクを減らす相互的なステップを追求し、核兵器の完全廃絶へとつながる共通のビジョンと道筋に国際社会を連れ戻す特別な責任があります。」と語った。(原文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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国連で、国際先住民族言語年(2019)が始動

【ニューヨークIDN=UN DESA VOICE】

世界で話されている約6700の言語の内、4割(その大半が先住民の言語)が消滅の危機に直面している。言語の消滅は、そのコミュニティーの価値観や伝統といった独自の文化アイデンティティーの消滅につながる。国際先住民族言語年に指定された今年は、年間を通じて、こうした言語を記録、継承、保護する様々な取り組みが行われていくだろう。(原文へFBポスト

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ICC検察官、係争案件に関する、アフリカ、カリブ、太平洋(ACP)諸国による支持を称賛

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【ブリュッセルIDN=ロバート・ジョンソン】

国際刑事裁判所(ICC)のファトゥ・ベンソーダ 検察官を招いて1月24日に開催された、途上国の連合体「アフリカ、カリブ、太平洋(ACP)諸国(79カ国で構成)」の委員会を取材した記事。ICCについては、対象は弱小国に限定しているという批判がアフリカ諸国より挙がってきたが、昨年ベンソーダ 検察官が初めて米国人のアフガニスタンでの戦争犯罪について全面捜査を申請したことからトランプ政権が反発を強めている。(原文へ

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フォルケ・ベルナドッテ、伝説的な意志力を備えた人道主義者

【ルンドIDN=ジョナサン・パワー】

ブダペスト駐留のスウェーデン人外交官で、ナチス・ドイツ占領軍の手を逃れてスウェーデンに逃れられるよう、少なくとも6000人のユダヤ人に「保護証書」を発行したラウル・ワレンバーグ氏についてはよく知られている。ワレンバーグ氏はユダヤ人虐殺計画を察知し、責任者の将校と交渉して阻止することにも成功した人物であり、米国は同氏に史上2番目(第一号はウィンストン・チャーチル英首相)の名誉市民権を付与している。

また、ナチス・ドイツ占領下にあった多くのデンマーク人が、小舟を使って約7000人のユダヤ人を、海峡を越えて当時中立国であったスウェーデンに入国させた素晴らしい取り組みについてもよく知られている。

Zwangsarbeiterinnen im KZ Ravensbrück/Von Bundesarchiv, Bild 183-1985-0417-15 / CC-BY-SA 3.0, CC BY-SA 3.0 de
Zwangsarbeiterinnen im KZ Ravensbrück/Von Bundesarchiv, Bild 183-1985-0417-15 / CC-BY-SA 3.0, CC BY-SA 3.0 de

また、ドイツ人ビジネスマンのオスカー・シンドラー氏についても、のちにスティーヴン・スピルバーグ監督による名作「シンドラーのリスト」で有名になった。映画では、シンドラー氏が、いかにしてポーランドの工場を利用して数千人におよぶユダヤ人を保護したかが描かれている。

一方で、ウィンストン・チャーチル首相が、ナチス・ドイツの強制収容所の存在について、実態を知りたくはないと語ったとされる大戦末期に、そうした収容所から人々を救うために多大な尽力をしたスウェーデン人貴族、フォルケ・ベルナドッテ伯については、どれほど多くの人が知っているだろうか。

シェリー・エムリンク氏は、最近出版したベルナドッテ伯の伝記のなかで、これまで謎だった多くの部分に光を当て、同氏の生涯を鮮明に蘇らせている。

Map of Sweden
Map of Sweden

ゆうまでもなく、スウェーデンにおいてベルナデット伯は、ワレンバーグ氏のように人々の記憶に残る歴史上の人物である。彼はフランス皇帝ナポレオン・ボナパルトの幕僚の一人でスウェーデン議会の招きで王位を継いだジャン=バティスト・ジュール・ベルナドッテ元帥(カール14世ヨハン)の子孫である。カール14世ヨハンは国民に人気の君主で、それまでデンマーク領だったノルウェーを併合して同君連合(スカンジナビア半島の統一)を実現した功績を残している。

スウェーデンによる対外戦争はこの時のデンマークとの戦争が最後となった。1814年以来、スウェーデンは平和主義とはいわないまでも、一貫して中立の立場を堅持してきた歴史がある。後に、フォルケ・ベルナドッテ伯が、当時ヒトラー政権の第二の実力者であったハインリッヒ・ヒムラーへの定期的なアクセスを確保し、次々と大規模な囚人の解放を交渉できた背景には、こうしたスウェーデンの歴史がある。

元将校でもあったベルナドッテ伯も、この王家の理想主義を受け継いでいた。彼はかつて「私たちがこの世に生まれてきたのは、自身が幸せになるためではなく、他者を幸せにするためだ。」と記している。

Portrait of Count Folke Bernadotte, Public Domain
Portrait of Count Folke Bernadotte, Public Domain

ナチス・ドイツによる絶滅計画は、ユダヤ人のみならず、ロマ、同性愛者、共産主義者、売春婦、ドイツ人と結婚した外国人女性、反体制派として起訴されたドイツ人女性が対象とされ、ヒムラー指揮下の親衛隊将校アドルフ・アイヒマンが実行にあたっていた。

ベルナドッテ伯はヒムラーとの会談を画策し、3度にわたる会談を実現した。交渉は難航したが、デンマーク人とノルウェー人の囚人をスウェーデン赤十字の保護下に置けるよう一か所の収容所に集めることに同意させるなど、少しづつ譲歩を獲得していった。

ヒムラーは、1944年までに、ドイツの敗北を予感するようになっていた。ベルナドッテ伯は、ヒムラーの弱みに付け入ることで、ヒムラーが連合軍に絶滅収容所の証拠が発見されないように焼却炉の破壊や生き残ったユダヤ人を皆殺しにする計画を未然に防ぐ決意を固めた。彼はヒムラーに対して、ドイツが連合軍に敗北した際に自身をアドルフ・ヒトラー総統よりも良く見せる工夫をすべきだと説得を試みた。

しかし、ヒムラーはベルナドッテ伯との協力関係が知られればヒトラーの逆鱗に触れることを恐れており、ベルナドッテ伯に対する譲歩は遅々として進まなかった。

結局、ヒムラーは譲歩の第一弾として、1000人のユダヤ人を含む約7500人の女性の囚人をラーフェンスブリュック強制収容所から解放することに同意した。ヒムラーは、スウェーデン赤十字社のバスが強制収容所の入り口までくることを認めたのだ。ベルナドッテ伯は、ソ連軍が収容所に先に到着すれば女性たちが凌辱されることを恐れ、急いで救出作戦を進めていった。その後もあらゆる手段を講じて、終戦までにさらに30000人の救出に成功している。

ヒムラーはベルナドッテ伯との最後の会談で、ある取引をもちかけた。内容は、もしベルナドッテ伯がスウェーデン政府を通じて連合軍最高司令官のドワイト・アイゼンハワー将軍に対して、「ドイツはソ連の前進を食い止める協力をする用意がある」というヒムラーのメッセージを伝えるならば、すべての強制収容所の囚人を解放するというものであった。

The Commander of American Forces in the European Theatre, Major General Dwight Eisenhower, at his desk./ By Official photographer, Public Domain
The Commander of American Forces in the European Theatre, Major General Dwight Eisenhower, at his desk./ By Official photographer, Public Domain

ベルナドッテ伯にとってヒムラーの提案を本国政府に伝えること自体、なんのリスクを伴うものでもなかったが、この機会を利用してヒムラーからさらなる譲歩を引き出すことに成功した。デンマークとノルウェーに駐留していたドイツ軍の降伏を認めさせたのである。

エムリンク氏の伝記には、その際、ベルナデット伯が発揮した行動力、狡猾さ、説得力の強さが余すところなく描写されている。こうした情熱は戦後に国連に請われて調整官としてパレスチナに赴任した際にも発揮された。しかし、ベルナドッテ伯は、エルサレムをイスラエルの首都であると当時に新生パレスチナの首都とすべきという考えを支持したために、武装シオニストの過激派分子の標的となり殺害されてしまった。この事件は、20世紀における大いなる運命の皮肉の1つに数えられている。後にイスラエルの首相をつとめたイツハク・シャミル氏は、ベルナドッテ暗殺を立案した人物だった。

ベルナドッテ伯は享年54歳だった。彼が襲撃を生き延びていたらどのような功績を残しただろうかについては、推測することしかできない。恐らく、念願だった2国家共存解決案をイスラエルに受け入れされるべく説得工作を試みただろう。ベルナドッテ伯の意志の力は伝説的なものであった。(原文へ

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【ニューヨークIDN=メディア・ベンジャミン、アリス・スレイター】

シリアから米軍を撤退させ、アフガニスタン駐留米軍を半減させるとのドナルド・トランプ大統領の決定に対して、米国の左派・右派・中道から激しい不満の大合唱が起こっている。これにより米軍を本国に帰還させようとする大統領の試みは減速することになるかもしれない。

しかし、新年になって、米外交政策の脱軍事化が、議会の最優先事項になりそうだ。時代を先取りした「グリーン・ニューディール」への動きが強まる中、終わりなき戦争と、破滅的な気候変動と並んで地球の生存そのものを危機にさらす核戦争の脅威を否定する「ニュー・ピースディール」の時代がやってきた。

「狂犬」ジェームズ・マティス国防長官と他のタカ派軍人らが突然辞任した機会を、私たちは大いに利用し、行動に移さねばならない。また、イエメン内戦に介入するサウジアラビアを軍事支援しているトランプ政権を議会が前例のない形で批判しているが、これも脱軍事化に向けた、もうひとつの動きである。さらにトランプ大統領が、実績のある核軍備管理協定からの離脱を提案しているが、こうした新たな危機は同時に好機でもある。

Trump ending U.S. participation in Iran Nuclear Deal. Credit: White House.
Trump ending U.S. participation in Iran Nuclear Deal. Credit: White House.

トランプ大統領は、1987年にロナルド・レーガン大統領(当時)とミハイル・ゴルバチョフ書記長(当時)が交渉した中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱を発表し、バラク・オバマ大統領とドミトリ・メドベージェフ大統領が交渉した穏健的な新戦略兵器削減条約(新START)を更新することに関心はないと警告している。

オバマ大統領は、新STARTへの議会の批准を得るために、大きな代償を払った。つまり、30年にわたって1兆ドル規模を投資する核近代化事業(核爆弾工場2カ所の新設、新型核弾頭の開発、核の運搬手段であるミサイルや航空機、潜水艦の開発)を承認し、その事業計画は、トランプ政権下でも継続されている

新STARTは、米国とロシアがその巨大な核戦力の中から物理的に配備できる弾頭上限合計数を米露双方で1550発に制限したものだが、米国が1970年の核不拡散条約(NPT)において核兵器を廃絶するとした約束を違えるものだ。NPTでの約束がなされてから50年近くが経つ現在ですら、米国とロシアは依然として、地球上に存在する核爆弾1万5000発のうち、実に1万4000発を保有している。

明らかに混乱状態にあるトランプ政権下の米国の軍事態勢をみれば、軍縮に向けた大胆な新しい行動を起こす数十年に一度の機会が訪れていると言えるだろう。核軍縮に向けてもっとも可能性のある突破口は、2017年に国連で交渉され122カ国の賛成で採択された核兵器禁止条約(核禁条約)である。

この前例なき条約は、生物兵器・化学兵器と同じく、ついに核兵器を禁止したものであり、その推進者である核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)はノーベル平和賞を受賞した。核禁条約が発効するには50カ国の批准が必要である。

ICAN
ICAN

しかし私たちは、米議会が核禁条約を支持したり、1970年のNPTにおいて核軍縮に向けた行動を「誠実」に行うとした約束を認める姿ではなく、旧態依然とした不十分な提案をしている実態を目の当たりにしている。

懸念されるのは、下院軍事委員会の新委員長に就任したアダム・スミス議員が、大規模な核戦力削減の実行や、大統領が核兵器を使用できるケースの制限に関してのみ関心を持ち、核禁条約を支持したり、核兵器の放棄を約束したNPTの順守に目を向けるそぶりもないことだ。

米国や北大西洋条約機構(NATO)諸国、太平洋の同盟国(オーストラリア・日本・韓国)はこれまでのところ、核禁条約の支持を拒否しているが、ICANが組織化した世界的な取り組みによって、これまでに同条約には69カ国が署名し、19か国が批准している。

12月には、オーストラリア労働党が、同国が現在、米国の核同盟の一員であるにもかかわらず、次の総選挙に勝利したら核禁条約に署名・批准することを誓約した。また、NATO同盟の加盟国であるスペインでも核禁条約署名に向けた動きがみられる。

世界各地の都市や州、議会が、核禁条約を支持するよう政府に求めるキャンペーンにますます加わるようになってきている。しかし、米議会では、米国に核禁条約支持を求めるICANの誓約に署名しているのは、これまでのところわずか4人の議員(エレノア・ホルムズ・ノートン、ベティー・マッカラム、ジム・マクガバン、バーバラ・リー)にとどまっている。

米議会は、世界を核の惨禍から救う新しいこの画期的な機会を無視していているほか、米国の電力を今後10年で持続可能なエネルギー源のみで完全に賄うという「グリーン・ニューディール」(アレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員が主導)を求めるキャンペーンにもマイナスの影響を及ぼしている。

US Capitol, west side By Martin Falbisoner - Own work, CC BY-SA 3.0
US Capitol, west side By Martin Falbisoner – Own work, CC BY-SA 3.0

ナンシー・ペロシ下院議長は、議会に「グリーン・ニューディール特別委員会」の設置を求める多数の若者たちによる提案を拒絶した。ペロシ議長は代わりに「気候危機に関する特別委員会」を設置したが、同委員会には召喚の権限がない。また、委員長のキャシー・キャスター下院議員は、化石燃料関連企業から献金を得ている議員を委員に指名することを禁止せよとの「グリーンディール・キャンペーン」の要求も拒絶している。

「ニュー・ピースディール」は、上下両院の軍事委員会の委員に対して同様の要求をすることになるだろう。同委員会の委員長であるアダム・スミス下院議員(民主)やジェームズ・インホーフ上院議員(共和)が兵器業界から25万ドル以上の献金を得てきたというのに、彼らに公正中立を期待することなどできようか。

兵器から金融資産を引き揚げろ」という連合体は、米議会の議員らが毎年新兵器に数千億ドルを配分する国防総省の予算を承認していることから、全議員に対して、兵器業界からの献金を拒否するよう強く求めている。

Divest from the War Machine
Divest from the War Machine

献金拒否の誓約は、軍事委員会の委員にとって特に重要だ。兵器産業から相当の献金を受け取っている議員は誰も、軍事委員会の委員になるべきではない。とりわけ、国防総省が昨年の監査を通す能力がなかったというスキャンダラスな報告書と、これまでにもそうした能力を欠いていたという発言を議会が検証しようとしているのだから、なおさらだ。

私たちは、民主党主導の下院議会が、気候変動への対策資金の確保に四苦八苦する一方で、7000億ドルの年間軍事予算と今後30年で1兆ドルにのぼる新型核兵器開発計画に予算配分を維持するという、これまでのやり方を続けることを、容認できない。

パリ気候変動協定とイラン核合意からの離脱をトランプ大統領が表明したことで、異例の混乱が生み出されている。だからこそ私たちは、破滅的な気候の破壊と核による絶滅という二つの存続に関わる脅威から地球を救うための緊急の行動を開始しなくてはならない。

今こそ、核時代から離脱し、兵器産業から金融資本を引き上げて、今後10年間で大量の無駄な資金を別の方面に回すべきだ。破滅的なエネルギーシステムから持続可能なそれへと転換し、自然や人類すべてを平和に保つ真の国家・国際安全保障を創り出すべきだ。(原文へ

※メディア・ベンジャミン氏は「コード・ピンク:平和を求める女性」共同代表で、『イランの内側:イスラム共和国の本当の歴史と政治』など著作多数。アリス・スレイター氏は「ワールド・ビヨンド・ウォー」調整委員会委員、「核時代平和財団」ニューヨーク支部長。

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【ローマIDN=ロベルト・サビオ】

英国のテレサ・メイ首相が1月15日に欧州連合(EU)とまとめた離脱協定案を下院議会で圧倒的多数で否決されて以来、新たな亡霊が欧州に憑りついていることは明らかだ。それは、1848年のカール・マルクスの「共産党宣言」への道を開いた共産主義の亡霊ではなく、新自由主義型グローバリゼーションの失敗という亡霊である。新自由主義は、ベルリンの壁崩壊から2009年の金融危機までは向かうところ敵なし、といった状態だった。

2008年、各国政府は金融システム救済のために62兆ドルという巨費を投じた。また翌年の2009年に投じた額もそれに近いものだった(ブリタニカ年鑑2017年度版を参照)。米国連邦準備制度理事会の調査によると、当時、米国民は一人当たり7万ドルを失っている。

Dr. Roberto Savio/ Photo by Katsuhiro Asagiri
Dr. Roberto Savio/ Photo by Katsuhiro Asagiri

経済機関は、遅ればせながら、それまで国民総生産(GNP)の成長を測るために使っていたマクロ経済に見切りをつけ、成長がいかに再分配されるかに目を向け始めた。国際通貨基金(IMF)と世界銀行は(そして、とりわけオックスファムなど市民社会による調査の刺激もあって)格差の拡大には大きな問題があると認めたのである。

もちろん、仮に巨万の富が民衆に渡っていたとしたら、それが消費の拡大につながり、製造やサービス、教育、病院、研究などの活性化につながっていたであろう。しかし、民衆はこのシステムの優先順位からは完全に外されていた。

イタリアのマッテオ・レンツィ政権の下で、銀行4行を救うために200億ドルが費やされたが、同じ年にイタリアの若者対策予算はせいぜい10億ドル程度のものであった。

2008年から09年の危機の後、すべてが収拾のつかない状態になった。欧州のすべての国で、ポピュリスト的な右翼政党が勢いを取り戻し、伝統的な政治システムが瓦解し始めた(スペインはここから外れていたが、最近ではそうでもなくなってきた)のである。

Marine Le Pen during her presidential campaign, on 26 March 2017./ By Jérémy-Günther-Heinz Jähnick / Lille - Meeting de Marine Le Pen pour l'élection présidentielle, le 26 mars 2017 à Lille Grand Palais (132) / Wikimedia Commons, GFDL 1.2
Marine Le Pen during her presidential campaign, on 26 March 2017./ By Jérémy-Günther-Heinz Jähnick / Lille – Meeting de Marine Le Pen pour l’élection présidentielle, le 26 mars 2017 à Lille Grand Palais (132) / Wikimedia Commons, GFDL 1.2

こうした右派諸政党は、グローバリゼーションの敗者に訴えかけている。つまり、①利益を最大化させるためにより安い場所に工場が移転されてしまった労働者たち。②大型スーパーの出店により店を閉じざるを得なかった商店主たち。③新技術の普及で不必要と見なされた職種の人々(例えばインターネットの普及で失業した秘書など)。④国家の赤字を減らすために年金を凍結されてしまった定年退職者たち(この20年間で、世界全体で公的債務は2倍に膨れ上がった)だ。グローバリゼーションの波に乗れた者と、その犠牲になった者との間に新たな分断線が引かれている。

明らかに、政治システムは勝者に対して目を向ける必要があると感じている。予算は勝者のために取り置かれてきた。インフラ投資は、市民の63%以上が居住する都市部が優先され、より敗者が集中している農村部に対しては、ほとんどなされてこなかった。それどころか、効率化の名の下に、多くの行政サービスが削減され、鉄道の駅や病院、学校、銀行が閉鎖されてきた。

その結果、農村部の民衆は職場にたどりつくために、しばしば家から何キロも車を運転しなければならなくなった。フランス政府によるガソリン価格の引き上げ決定が「黄色いベスト」の反乱を引き起こした背景には、こうした低所得者層の切迫した事情がある。フランス政府がエネルギー関連として徴収した400億ドルにのぼる税収のうち、交通インフラの整備とサービスのために使われたのはわずかの4分の1以下だったという実態も、火に油を注ぐことになった。

対照的に、都市部では公共交通が利用可能であり、便利な立地にある大学や病院、その他のサービスはそれほど影響を受けなかった。ここで明らかになったのは、教育を受け、様々な研究活動に勤しむことができる都市住民と、こうした経済活動の中心部から遠く離れた農村部に点在する住民との間に、あらたな分断が生まれているという現実である。

あらたな分断が生まれ、民衆を無視してきた旧来の政治システムに人々はそっぽを向き始めた。このからくりがドナルド・トランプ氏を権力の座に押し上げ、英国ではEU離脱派の勝利につながった。この分断が旧来型の政党をなぎ倒し、ナショナリズムや外国人排斥、ポピュリズムを呼び戻している。イデオロギー的な右翼を呼び戻したのではなく、戻ってきたのは、直情的な右翼とイデオロギーなき左翼だった……

このことは明らかだろう。

ここに至って、システムがようやく敗者に目を向け始めているが、遅すぎたと言わざるを得ない。グローバリゼーションは不可避であるとみなし、その波に乗ることは可能だと見定めたトニー・ブレア氏の幻影に、左翼はまだ憑りつかれている。こうして左翼は犠牲者とのつながりを失い、人権を求める闘いをその主たるアイデンティティとし、右翼との違いを打ち出してきた。

これは、ゲイやLGBT、マイノリティ(そして女性のようなマジョリティ)が集住できる都市部住民にとっては朗報だったが、農村部に暮らす人々にとっては、ほとんど優先事項ではなかった。

他方で、金融が成長し続け、それ自体一個の世界を構成するようになり、もはや産業やサービスではなく投機との結びつきを強めていった。そして、政治は金融の従者になってしまった。各国政府は、実に62兆ドルという信じがたい巨額(「租税の正義ネットワーク」調べ)を租税回避地に貯め込んでいた人々に対する税金を引き下げた。年間の資金フローは推定6000億ドルだが、これは国連のミレニアム開発目標にかかった費用の2倍に相当する。

パナマ文書は、口座保有者のほんの一部を明らかにしたに過ぎないものだったが、少なくとも64カ国・140人の主要政治家の名前を特定している。そこには、(のちに辞任を迫られた)アイスランド首相、アルゼンチンのマウリシオ・マクリ氏、ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領、ウラジーミル・プーチン氏の取り巻きたち、デイビッド・キャメロン氏の父親、ジョージア首相などの名前があった。

政治家が輝きを失い、さらには、腐敗し、あるいは不要だとみなされるようになってきたのも不思議ではない。

現在の経済秩序では、投資を招くために富める者の税金を引き下げたエマニュエル・マクロン大統領は合理的だということになる。しかし、無事に月末を迎えられるか不安に思っているフランス国民にとっては、こうした行為は彼らを完全に無視しているという証拠以外のなにものでもなかった。そして、社会学者らは、「黄色いベストの反乱の本当の『原動力』は、尊厳の追求である」という点で一致している。

皮肉なことに、英国の諸政党、とりわけ保守党と労働党は、EU離脱論議に感謝すべきだ。英国が経済的・戦略的意味合いにおいて自殺行為をしつつあることは明らかだ。もし英国が欧州連合との合意を伴わない「強硬」なEU離脱に踏み切れば、GDPの少なくとも7%を失いかねない。

あらゆる諸都市やザ・シティ、経済・金融部門、学者、知識人、諸機関の反対を押し切って、EU離脱支持という投票結果を生み出した分断は、農村部の人々が抱える恐怖を確認する機会となった。欧州連合に属することは、エリートにとっては利益ではあっても、農村部の人々にとっての利益にはならないのだ。スコットランドがEU離脱に反対したのは、英国とは異なる目的を持つようになったからだ。この分断は、次の国民投票に変化をもたらすことはないだろう。

ウェストミンスター(英国議事堂)という議会制民主主義の揺籃の地で妥協に達することがないだろうという事実は、この論議が、まるで大英帝国への回帰の是非を問うがごとく、もはや政治ではなく神話の衝突であるということを雄弁に物語っている。その点では、トランプ大統領による、(時代に逆行する)炭鉱再開という考えもしかりで、支持者らは、神話的な過去に将来を重ねてしまっているのだ。スペインで極右政党ボックスが急速に躍進した背景にもこうした幻想がある。この政党の支持者は、かつてのスランシス・フランコ右派独裁政権の時代は、今よりも生活が楽で費用はかからず、腐敗はなく、女性はいるべき場所(=家庭)にいて、スペインはカタルーニャ州バスク州に分離主義者などいない統一された国だった考えているのだ。ブラジルのジャイル・ボルソナーロ大統領も、こうした民衆の感情を巧みに利用し、軍事独裁時代を(今日と違って)暴力が抑制されていた時代、すなわち、あたかもブラジルの未来は過去にあり……といった調子だ。

従って、いったん、英国が何らかの形でEU離脱のジレンマを解決させた後、この分断は、通常の政治の領域に入り込んでくるだろう。そして、外国人排斥や国家主義を訴えるポピュリズム政党が、政権を取ったうえで、問題への解決策を実は持ち合わせていないということが明らかにならない限り、この分断は、他国で起こったように、英国の旧来型の二大政党(保守党と労働党)の急速な衰退をもたらすだろう。(原文へ

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【東京IDN=倉橋みどり】

今夏に体験した異常な暑さと世界各地で頻発した山火事は、記憶に新しい。世界中の多くの人々が「なんとなく空恐ろしいことが進行しつつある」と肌身で感じていることだろう。にもかかわらず、遅々として対応策が講じられずにいる。その理由は、一方で「地球温暖化を止める費用は効果に見合わない」と考えている人々が世界を動かしているからだ。

私たちは好むと好まざるとに関わらず同じ船の乗組員で、魚釣りをしながら航海している。どうやら船底に小さな穴があいてしまったようだが、魚釣りに夢中で、船底の小さな穴の事にはかまっていられない様子だ。

Midori Kurahashi

だが手を打たないでいると船底の穴は確実に大きくなっていく。加速度がつき大量の海水がなだれ込み、どうすることもできず船は沈む。優先させるべきことは、誰にでもわかるのだが、リーダーたちは、目の前の魚群に心を奪われ、穴があいてしまっている事実さえ認めない、あるいは過小評価して先送りしようとしている。

私たち人類(ホモサピエンス種)は、大脳を発達させ、他の動物と一線を画す(少なくともそう信じている)生物種として、最近地球上に出現した。事実、これまで大脳は、複雑な社会を創り上げ、矢継ぎ早に新しい発見、発明、開発を続け、とうとう人工知能まで生み出そうとしている。

なかでも、石油の発見・開発による恩恵は計り知れず、私たちの生活を劇的に変化させた。そもそも石油は、生態系には取り込まれず眠っていた物質である。私たち人類は、この眠っていた物質に目をつけ、120年~140年ほど前から本格的に利用を開始し、燃やし続けた。

ところが今、石油に代表される化石燃料を大量に燃焼させ続けたことにより、ホモサピエンス種の存続に黄色信号がともってしまった。

By ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ, パブリック・ドメイン

現実世界に起こっているこの出来事は、あたかもギリシャ神話のパンドラの箱の実写版を見ているかのようだ。パンドラの箱から飛び出したものは、二酸化炭素だけではない。化学物質による環境ホルモン、オゾンガス、核のゴミや最近話題のマイクロプラスチックなど、様々なものを創り出し放出したものの、どれひとつ回収しきれていない。

さて、私たちホモサピエンスの大脳は、これまでのように、今回の難題も乗り切ることができるのだろうか?残念ながら、私の予想は悲観的である。

その理由の一つは、二酸化炭素濃度の上昇スピードがあまりにも早いことである。これまで地球上の二酸化炭素濃度は、およそ10万年の周期で170~300 ppm間の増減を繰り返してきたが、1958年に315 ppmに、それから僅か57年後の2015年には400ppmを突破した。

この間、研究者は二酸化炭素濃度の上昇と気候変動の因果関係や現状の把握に時間を費やし、最近ようやく北極グマやサンゴ、あるいは水没する小さな島国の悲しい未来の話を紹介するようになった。しかし、これでは私たちの危機感が不足しすぎるのも無理はない。

無用に危機感を煽る意図はないが、実際のリスクと私たちの危機感の間には相当の開きがある。今後気候変動の影響は、直接的な災害のみならず、ありとあらゆる方面から火の手があがってくるだろう。

例えば、パンデミックの問題を考えてみる。生物は環境の変化に対し、それぞれのDNAを変化させながら適応進化してきた。今起こっている超高速の環境変化に対しても、細菌などであれば素早くDNAを変化させることによって適応できるだろう。

しかし、家畜や人間などは、DNAの組み換え(子供を産むまで)に、数年~数十年を要する。すなわち、急激な気候変動ついていけず弱っている家畜や人間に、元気のよいウイルスや細菌が襲いかかるのはたやすいこととなる。

その結果、パンデミックがスクリーンから現実社会に飛び出してくるのは、もはや時間の問題と言わざるを得ない。今後研究者は、大気中の二酸化炭素濃度が1000ppmを超過したとき何が起こるか、多方面から膨大な調査と実験を繰り返し、その結果をまとめ、コンセンサスを得たのちに発表するだろう。しかし、その頃には、実験のなかで仮定していた二酸化酸素濃度が現実化している。このように、人類の大脳の解決スピードは、二酸化炭素濃度の早すぎる上昇スピードに追い付けないのである。

これまで、日常のちょっとした閉鎖空間で誰もが体験している1000~3000ppm程度の二酸化炭素濃度であれば、人体への直接的な影響は、それほど心配する必要はないものと考えられてきた。ところが最近のいくつかの信頼性の高い研究によって、1000~3000ppm程度の濃度であっても、その濃度に長時間滞在すると、「戦略を立てる」などのより高次の能力が著しく低下してしまうことが、実験により確かめられた。

このままだと(この可能性はかなり高い)、わずか80年後には、大気中の二酸化炭素濃度は1000ppmを超えるだろう。そうなると人類は、ますます解決策から遠のき、結果的には、オウンゴールによって絶滅した種として地球の生物史に刻まれることになる。皮肉な話だが、「自然の摂理」と言えないこともない。

悲観的予想の理由は他にもある。大問題とはいえ、自慢の大脳はとっくに解決策を提出している。今なら船底にゴム栓をするだけでよい。

Photo Credit: climate.nasa.gov
Photo Credit: climate.nasa.gov

すなわち「化石燃料の使用をすぐにやめる」だけでよい。私たちが化石燃料を燃やす主な目的は、「電気エネルギー」と「熱エネルギー」を得ることである。2次エネルギーである電気は、その地域に適する再生可能エネルギーから造ればよいし、熱エネルギーとしての利用分は、カーボンニュートラルなグリーンエネルギーに代替すればよい。

同時に、既存のヒートポンプ技術などの利用を徹底し熱利用効率を高めるだけでも、相当量の二酸化炭素排出量を削減できる。簡単だ。でも、できない。できるのに、しない。「しない」という選択も大脳が下している。

「不都合な真実」に向き合えない。目先の利益に囚われる、際限のない欲望・強欲。

一度手にした金塊を手放せず、抱えたまま深海に沈んでいくようなバカげた話なのだが、これらも偽らざる大脳の姿であり、「大脳の限界」を露わにしている。決して批判しているのではなく、限界を知っておくべきだ、ということである。

パンドラの箱の話には続きがある。すべての「悪と災い」が飛び出した後に、箱の底には「希望」と書かれたカードが貼り付いていた。希望につながる道は、まだ残っているはずだ。

ここでその一助として、私が提案する「バイオマス・ショア構想(BSP)」を紹介したい。前に述べたように、化石燃料を燃焼させる主な目的は、エネルギーを得ることである。正直、エネルギー密度の高い化石燃料は、言わば精製糖であり、私たちは中毒(アディクション)の状態にある。私たちが成し遂げなければならないのは、化石燃料(高エネルギー密度)使い放題社会から、再生可能エネルギー(低エネルギー密度)使いこなし社会への転換である。

Biomass Shore Project

このプロジェクトの目的は、これまで利用されることのなかった海岸沙漠地域に、石油コンビナートに替えバイオマス・コンビナートを形成させることで、二酸化炭素を削減しながら産業活動を行える社会のモデルを形成することである。

大気中の二酸化炭素濃度を増やさない再生可能な社会を創造するための目標は、

・大規模(大気成分にコミットするような規模)

・プラス経済収支(経済的に持続可能であることが推進力となる)

・短期間で実用化する(危機はすでに引き返すことのできないポイントに達したといわれており、一刻の猶予も許されない状況にある)

このコンビナートは、太陽熱を利用した温度差淡水化システム、高度好塩性微細藻類を基盤とした大規模な微藻類バイオマス生産システム、微細藻類生産物を出発点とした植物由来化学品産業、発酵産業、スマートアグリ産業、スマートアクア産業のユニットで構成される。

BSPの内容を簡単に説明すると、例えばペルー、チリ沖に大量湧昇している海洋深層水(DOW)を、温度差(太陽熱とDOWの低温性を利用)淡水化技術により、濃縮DOWと淡水(農業などに利用)に分ける。

沙漠海岸に水田を造成し、肥料入り海水である濃縮DOWを引き込み、高度好塩性微細藻類を培養する。

微細藻類から様々な有機物質を抽出し、これらを原料とする上記産業を集合・連結させ、バイオマス・コンビナートを造成する。

重要な点は、BSPで必要となるエネルギーは、すべて再生可能エネルギー(第一候補は、太陽熱)で賄うことである。二酸化炭素収支も保たれ、各産業は再生可能ネルギーと低価格な原料を利用することで、強い競争力も持つことになる。

SDGs Goal No. 2, No. 12, No. 13, No. 14, No.17
SDGs Goal No. 2, No. 12, No. 13, No. 14, No.17

縮小していく熱帯雨林に替わって、沙漠に出現した微細藻類大規模水田が二酸化炭素を吸収してくれるであろう。早期にBSPが実現し、ポスト化石燃料社会のモデルの一つになることを切に願っている。 (原文へPDF

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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アラル海は不死鳥の如く「灰」のなかから蘇りつつある

人類の生存を危機にさらす核兵器と気候変動(デイビッド・クリーガー核時代平和財団会長インタビュー)

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【コペンハーゲン/サンタバーバラIDN=ジョン・S・アベリー】

Mで始まる5つの英単語、つまり、悪意(Malice)、狂気(Madness)、過失(Mistake)、計算違い(Miscalculation)、操作(Manipulation)の1つでもあれば、核戦争の引き金となり得る。「この5つのうち、核抑止で防げる可能性があるのは『悪意』だけです。しかもそれに関しても確実ではありません。また核抑止(核報復の威嚇)は、狂気・過失・計算違い・操作(ハッキング)に対しては全く効果がありません。」と、ジョン・スケールズ・アベリー氏によるインタビューに答えたのは、デイビッド・クリーガー氏である。

クリーガー会長は、1982年、「核兵器なき世界」の実現を目指す「核時代平和財団」を創設し、平和と核兵器の完全廃絶に向けて着実かつ弛みない取り組みを進めてきた。アベリー氏は著名な学者・科学者であり、情熱的な平和活動家でもある。

インタビューの内容は以下の通り。

ジョン・アベリー(JA):クリーガーさん、核兵器の完全廃絶に向けたあなたの献身、ご自身の生涯をかけた英雄的な取り組みを私は高く評価しています。まずは、あなたの家族や若い時期、教育についてお話いただけますか。核兵器の完全廃絶を目指す、世界で最も著名な活動家の一人にあなたを作り上げたものは何だったのでしょうか。

デイビッド・クリーガー(DK):アベリーさん、核時代平和財団の顧問に就任いただき光栄に思っています。あなたは、核兵器やその他の技術が地上の生命の未来に及ぼす危険に関して、私が知る限り最も見識が高い人物のひとりであり、これらの脅威に関して素晴らしい著述を残しておられます。

私は核兵器が広島・長崎を破壊する3年前に生まれました。私の父は小児科医、母は主婦で病院のボランティアでした。両親ともに平和を志向しており、軍事主義を無条件に拒絶していました。

私はオクシデンタル大学に通い、そこですばらしい教養教育を受けました。大学卒業後、日本を訪問し、広島・長崎の惨状に目を見開かされたのです。米国で私たちは、原爆をキノコ雲の上から眺めて技術的進歩だと捉えていますが、日本ではそれをキノコ雲の下から見て、無差別大量殺戮の悲惨な出来事として捉えているのです。

日本から帰国後ハワイ大学の大学院に進み、政治学科の博士号を取得しました。徴兵されましたが、当初は兵役義務の代替手段として予備役に加わることができました。しかし後に実際の軍務に招集されました。

軍ではベトナムへの派兵を拒否し、良心的兵役拒否の立場を取りました。ベトナム戦争は違法で非道徳的な戦争だと考えていましたから、良心の問題として、前線に赴くことはできないと思ったのです。私の事案は連邦裁判所にかけられ、結果的に名誉除隊となりました。日本と米陸軍での私の経験は、平和と核兵器に対する私の見方を形作りました。平和は核時代の必須条件であり、核兵器は廃絶されねばならない、と考えるようになったのです。

JA:人類と生命圏が、すべてを破壊する熱核戦争の脅威に晒されています。それは、技術や人為的な過ちによって、あるいは、通常兵器による戦争が制御不可能な形でエスカレートすることによっても起こり得るのです。この大きな危険について何かコメントはありますか。

DK:核戦争が始まるきっかけはいくつもあります。5つのMについてお話ししましょう。すなわち、悪意(Malice)、狂気(Madness)、過失(Mistake)、計算違い(Miscalculation)、操作(Manipulation)です。この5つのうち、核抑止によって防げる可能性があるのは『悪意』だけです。しかもそれに関しても確実ではありません。また核抑止(核報復の威嚇)は、狂気・過失・計算違い・操作(ハッキング)に対しては全く効果がないのです。

あなたがおっしゃるように、核時代のあらゆる戦争は、核戦争に発展する可能性があります。核戦争は、それがどのように始まるにせよ、人類が直面する最大の脅威を与えるものであり、核兵器の完全廃絶によってのみ達成できるのです。そのことは、段階的で、検証可能で、不可逆的で、透明な交渉を通じて達成できます。

JA:核兵器がオゾン層や地球温暖化、農業に与える影響について教えていただけますか? 核戦争は大規模な飢餓を引きおこす可能性はありますか?

DK:私の理解では、核戦争によってオゾン層が破壊され、大量の紫外線が地上に降り注ぐことになるでしょう。加えて、核戦争によって地球上の温度は極端に下がり、地球にあらたな氷河期をもたらしかねません。核戦争が農業に与える影響は計り知れないものになるでしょう。

大気科学者は、インド・パキスタン両国がそれぞれ50発の核兵器を使用し合う比較的「小規模」な核戦争ですら、大気中に煤をまき散らして太陽光を遮り、作物の成長期間を短くして、20億人が飢える大規模な飢餓につながりかねないことを指摘しています。大規模な核戦争ならば、地球上の最も複雑な生命を破壊する可能性も含めて、もっと厳しい状況が生まれることでしょう。

JA:放射性降下物による影響についてはどうでしょうか。ビキニ核実験がマーシャル諸島や近隣の島々の人々に与えた影響について教えていただけますか?

DK:放射性降下物は、核兵器に独特な危険の一つです。1946年から58年の間に米国はマーシャル諸島で67回の核実験を行いましたが、これは広島型爆弾1.6発を12年にわたって毎日爆発させ続けるのに匹敵する破壊力です。これらの実験のうち23回がマーシャル諸島のビキニ環礁で行われました。

これらの実験の一部は、実験場から数百マイルも離れた島々や漁船を汚染しました。一部の島は依然として汚染されており、住民が帰還することができません。米国は恥知らずにも、放射性降下物の影響を被ったマーシャル諸島の人々をモルモットのように扱い、人体の健康に放射線が与える影響を調査するために利用したのです。

JA:核時代平和財団はマーシャル諸島政府と協力して、NPTに署名し現在核兵器を保有しているすべての国々を、核不拡散条約第6条に違反しているとして訴えました。この訴訟について教えていただけますか。マーシャル諸島のトニー・デブルム外相は、この訴訟で果たした役割に対して「ライト・ライブリフッド賞」を受賞しました。このことについても教えてもらえますか。

DK:核時代平和財団は、9つの核武装国(米国・ロシア・英国・フランス・中国・イスラエル・インド・パキスタン・北朝鮮)に対する訴訟についてマーシャル諸島政府と協議しました。ハーグの国際司法裁判所(ICJ)における訴訟では、核軍拡競争を終結させ核軍縮を達成する交渉をNPT第6条の下で行う義務を果たさなかったかどで最初の5カ国が訴えられ、NPT加盟国でない他の4つの核兵器国に関しては、交渉を行わなかったという理由は同じですが、慣習国際法に違反するとして訴えられました。さらに、米国は米連邦裁でも提訴されました。

9カ国のうち、英国とインド、パキスタンだけが、ICJの強制的管轄権を受諾しました。これら3つの国の事案に関してICJは、当事者間に十分な争いが存在しないとして、実質的な審理に入る前に門前払いしました。16人の裁判官の投票は僅差でした。英国の事案では裁判官は8対8に分かれ、フランス人裁判長の投票によって決したのです。

米連邦裁の事案もまた、実体的審理を行わずに棄却されました。マーシャル諸島政府はこれらの訴訟において9つの核兵器国を訴えようという意思を持った世界で唯一の政府であり、訴訟はトニー・デブルム氏の勇敢なリーダーシップによって遂行されたものです。残念ながら、デブルム氏は2017年に逝去してしまいましたが、これらの訴訟に関してデブルム氏と協力できたことは光栄なことでした。

JA:2017年7月7日、核兵器禁止(核禁)条約が国連総会の圧倒的多数の支持を受けて採択されました。これは、核兵器による大量殺戮の脅威を世界から取り除く闘いにおける大きな勝利でした。核禁条約の現状について教えていただけますか。

DK:核禁条約はまだ、署名と批准を獲得するプロセスにあります。50カ国目が批准書を寄託するか、条約に加盟してから90日後に条約が発効することになっています。現在、署名国は69、批准・加盟国は19ですが、この数字は頻繁に変わります。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)とパートナー組織は、各国政府へのロビー活動を行い、核禁条約への参加を呼びかけています。

JA:ICANは核禁条約の成立につながる取り組みを行ったとして、ノーベル平和賞を受賞しました。核時代平和財団はICANを構成する468団体の一つであり、その意味では、あなたは既にノーベル平和賞受賞者だと言ってよいでしょう。私はこれまでにも個人的に、あなた自身を、そして核時代平和財団をノミネートしたことがあります。この賞を受けるに値するこれまでの活動について振り返っていただけますか。

DK:アベリーさん、私と財団をこれまでノーベル平和賞にノミネートしてくださったことを感謝申し上げます。私のこれまでの最大の成果といえば、この財団を創設しリードしてきたこと、平和と核兵器の完全廃絶に向けて着実に、たゆみなく行動してきたことぐらいでしょうか。これがノーベル平和賞に値するかどうかわかりませんが、満足のいく活動をしてきたことを誇りに思っています。私はまた、私の財団の活動は国際的なものではありますが、概して米国に焦点を当てたものであり、この国は進歩をもたらすことがとりわけ難しい国だと感じています。

しかし、こうも言えます。全人類にとって意味のあるこうした目標のために活動してきたことに満足してきましたし、そうした活動を行うことによって、アベリーさんも含め、ノーベル平和賞に値する多くの献身的な人々に出会うことができました。平和・核兵器廃絶運動には、能力があり熱心な多くの人々がいますが、彼らの活動には頭がさがります。ノーベル賞受賞で認知度が高まり前進がもたらされることも事実ですが、何よりも大事なのは、賞や、ましてノーベル賞ではなく、核廃絶を目指す活動そのものなのです。私が当初から加わり長年にわたって共に活動してきたICANについてもそう言えます。ですから、この賞を共に受賞できて、嬉しく思っています。

JA:世界中の軍産複合体が、その莫大な軍事予算を正当化するために、危険な対立を必要としています。その結果として引き起こされている瀬戸際的な政策の危険についてコメントがありますか。

DK:ええ。世界の軍産複合体はきわめて危険な存在です。瀬戸際的政策そのものが問題であるというだけではなく、医療や教育、住宅、環境保護などの社会政策から莫大な資金を奪い取っているという意味においてもそう言えます。多くの国々で軍産複合体に向けられている資金の量は、とりわけ米国においては、悲憤慷慨すべきものだといえましょう。

私は最近、ジュディス・イブ・リプトン氏とデイビッド・P・バラシュ氏が記した素晴らしい本『平和を通じた強さ』を読みました。1948年に軍隊を放棄し、それ以来、世界で最も危険な地域のひとつで平和裏に存続してきたコスタリカに関するものです。本の副題は「脱軍事化がいかにコスタリカで平和と幸福につながったか、そして、世界がこの小さな熱帯の国から学べることは何か。」でした。

平和を追及するには軍事力に訴えるよりも優れた方策があるということを示してくれる良書でした。その中でローマの古い諺を覆しています。つまり、ローマでは「平和を望むのなら、戦争に備えよ」といいました。しかし、コスタリカは「平和を望むのなら、平和に備えよ」という範を示したのです。こちらの方がはるかに合理的であり、平和へのまともな道筋だと思います。

JA:ドナルド・トランプ政権によって核戦争への危険は増していると思いますか?

DK:ドナルド・トランプ大統領自体が核戦争の危険を増していると言えるでしょう。彼はナルシストであり、頭に血が上りやすいタイプであり、概して妥協を嫌います。世界で最強の戦力を手にしている人物の気質としては、最悪の組み合わせと言えましょう。そしてまた、彼の取り巻きはイエスマンばかりです。トランプ大統領が聞きたいことしか耳に入れないのです。さらにトランプ大統領は、イランとの核合意から撤退してしまい、ロシアとの中距離核戦力(INF)全廃条約からも脱退するとの意向を明らかにしました。トランプ大統領が米国の核戦力を握っていることは、核時代始まって以来、核戦争の危険がもっとも差し迫っていることを意味するかもしれません。

JA:カリフォルニアで起こっている山火事について何かコメントありますか。壊滅的な気候変動がもたらす危険は、核による大惨事に匹敵するでしょうか。

DK:カリフォルニアの山火事は恐るべきもので、同州史上最悪のものとなっています。ハリケーンや台風、その他の気候関連の事象と同じく、地球温暖化のひとつの現れです。壊滅的な気候変動は、核による大惨事に匹敵するものだと思います。核による大惨事はいつでも起こり得るものです。気候変動に関しては、平常にもはや戻ることのできない地点に私たちは近づきつつあり、神聖なる地球に人間が住めなくなってしまうかもしれません。(原文へ

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