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専門家らが米国のイラン核合意離脱がもたらす幅広い悪影響を予測

【ニューヨークIDN=J・ナストラニス】

専門家らによると、ドナルド・トランプ大統領のイラン核合意からの離脱決定は、多くの計り知れない不安要因をもたらした。1995年のノーベル平和賞受賞団体である科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議は、「(この判断は)これまで厳密に核に限定されていた枠を超えて、幅広い悪影響を招きかねない高くつく過ちだ。」と断じた。

2017年のノーベル平和賞受賞団体である核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)も、この判断は、「機能している合意を台無しにするのみならず、協定・外交上のパートナーとしての米国の信用に大きな打撃となるものだ。」と警告した。

核時代平和財団は、米国の離脱は、「国際的に重大な結果を伴う」「危険な動き」と述べた。また、独立系シンクタンク軍備管理協会(ACA)のダリル・キンボール会長は、トランプ大統領の決断は、「外交を誤る無責任な行為だ」と語った。

Sergio duarte
Sergio duarte

トランプ大統領の決定は、イランとP5+1(米国・英国・フランス・中国・ロシア・ドイツ)が長年にわたる前向きかつ忍耐強い外交交渉を経て締結した画期的な不拡散合意を台無しにするものだ、とパグウォッシュ会議のセルジオ・ドゥアルテ議長とパオロ・コッタ・ラムシーノ事務局長は、5月9日に発表した声明の中で述べた。

「(核合意は)イランに対して最も強力で包括的な検証体制を課しているのみならず、国際原子力機関(IAEA)も、イランの核計画を担保する包括的共同作業(JCPOA)をイラン政府が遵守していると繰り返し認定してきた。」

バグウォッシュ会議の声明は、イランのハサン・ロウハニ大統領が(核合意の)現状維持について他の締結国と協議するとした発言を歓迎するとともに、「このことに関して、(米国以外の)他の締約諸国が、共通の安全保障のために、引き続き合意内容の履行にコミットしていると声明を出したことを歓迎する。」と述べている。

パグウォッシュ会議の両リーダーは、全ての関係諸国に対して、とりわけ不安定な中東地域において、これ以上緊張を高めるような行動を避けるよう強く要請した。中東地域は既に、地域の不安定さを引き起こす力学を変えるにはあらゆる国々の外交的関与を必要とする様々な紛争に見舞われている。いまこそ、包括的共同作業(JCPOA)に留まっている残りの締約諸国が責任あるリーダーシップを発揮する時であり、国際社会に対して、これらの国々による努力を支持するよう要請する、とバグウォッシュ会議の声明は述べている。

サンタバーバーラに本拠を置く核時代平和財団は、声明の中で「イラン核合意からの離脱は、(1)イランが核兵器の開発を推進する可能性をかえって高めることになる。(2)米国とイラン間の戦争が勃発するリスクを高めることになる。(3)米国と主要な同盟国の間に溝を生むことになる。(4)米国の公約は信頼がおけないことを示すことになる。(5)国際社会における米国の指導力の欠如を一層印象付けることになる。(6)北朝鮮との核協定の実現に悪影響を及ぼすことになる。」と警告している。

David Krieger/ NAPF
David Krieger/ NAPF

声明はさらに、「トランプ大統領の決断は、米国と同盟諸国との関係を、新たに不確実な領域に誘うことになった。これらの同盟国はイラン核合意にとどまる決意をかためているため、今後米国がイランに対して厳格な経済制裁を再開すれば、米国との間に外交・経済的論争が発生する公算が高い。」と述べている。

「トランプ大統領のイラン核合意離脱という決断は、欧州各国の首脳が代替案の交渉のための時間をもうけるよう、トランプ大統領に対して懸命な説得を続けていたにもかかわらず、こうした努力を全く無視した形でなされた。」トランプ大統領の前任の補佐官たちも、昨年2度にわたって、イラン核合意から脱退しないよう大統領の説得に成功していた。しかし前任の補佐官らよりもはるかにタカ派のマイク・ポンペオ氏ジョン・ボルトン氏は、トランプ大統領の今回の決断に際して、思いとどまらせようとはしなかった。

核兵器平和財団のデイビッド・クリーガー所長は、「これは現代において最悪の外交政策上の決定になるかもしれません。今回の出来事は、弱い者いじめをする不適任な人物を米国の大統領に持った負の側面が如実に表れたといえるでしょう。トランプ大統領は、イランが核保有国になるのを防ぐために主だった同盟国の支援を得て練り上げられた協定を維持するどころか、むしろイランに無理強いすることに余念がないようです。これは、トランプ大統領を早急に弾劾すべき、もう一つの理由になります。」と語った。

ワシントンDCに本拠を置く独立系シンクタンク軍備管理協会(ACA)のダリル・キンボール会長は、JCPOA(イランに関する包括的共同作業計画)として知られる、P5+1(中国、フランス、ドイツ、ロシア、英国、米国)とイランの間の2015年核合意の柱の一つである、(イラン中央銀行と石油部門の取引をめぐる)制裁免除措置の延長を認めないとしたトランプ大統領の決定を非難した。

The ministers of foreign affairs of France, Germany, the European Union, Iran, the United Kingdom and the United States as well as Chinese and Russian diplomats announcing the framework for a Comprehensive agreement on the Iranian nuclear programme (Lausanne, 2 April 2015). /United States Department of State
The ministers of foreign affairs of France, Germany, the European Union, Iran, the United Kingdom and the United States as well as Chinese and Russian diplomats announcing the framework for a Comprehensive agreement on the Iranian nuclear programme (Lausanne, 2 April 2015). /United States Department of State

「トランプ大統領が、これまでイランによる核爆弾取得の道を成功裏に封鎖してきたイラン核協定に違反する決断をしたことは、無責任な外交上の過ちと言わざるを得ません。」とキンボール会長は非難した。

Kelsey Davenport / ACA
Kelsey Davenport / ACA

「イランによる違反がない中で、制裁を再開することは、2重の意味でイラン核合意における米国の公約を破棄するものであり、米議会議員とP5+1パートナー諸国は、トランプ大統領の行動を協定破棄として非難することが非常に重要です。」と、核軍備管理協会の核不拡散政策部門の責任者であるダベンポート・ケルシー氏は説明した。

「トランプ大統領による今日の措置が、イラン核合意そのものの存立を脅かすものではないが、他の当事国、とりわけE3(フランス、ドイツ、英国)が、既にイランとの取引を開始している自国の企業や銀行を米国による第二次制裁の影響から保護する措置を早急にとらないかぎり、イラン核合意の将来を危うくすることになります。」とダベンポート氏は警告した。

「私たちは、E3、ロシア、中国、及びその他の責任ある国々に対して、米国抜きでイラン核合意の履行を追求するよう、そして米国による第二次制裁の適用から保護する措置をとるよう呼びかけています。私たちはまた、イラン政府に対して引き続き核合意での義務を遵守するよう強く促しています。核合意で制限されている厄介な核活動を再開することは、イランの利益にはならず、一層深刻な危機を誘発するリスクがあります。」とダベンポート氏は語った。

「欧州のパートナー諸国が、トランプ大統領の不満に対処すべく追加規制の可能性を米側と交渉してきた取り組みは、トランプ大統領がイラン核合意における米国の公約順守を頑なに拒否し、欧州のパートナーに対して合意内容の大幅変更を一方的に課すよう協力を求めたことで、実を結ばなかった。」とキンボール会長は語った。

イラン核合意は、イランの核活動を強力な国際監視下に置くとともに、ウラン濃縮能力を厳格に制限し、その他の微妙な原子力活動を禁止する、強力な核不拡散合意です。トランプ大統領は、今後合意に基づいて同盟諸国と協力して長期にわたる外交戦略を作り上げるというよりは、無謀な行動を通じて、むしろ核拡散の危機を促進しているのです。」とキンボール会長は非難した。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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【バンガロールIDN=スジャ・ラマチャンドラン】

焼きつくような夏がインドにまためぐり来て、川の水が干上がろうとする中、水問題の解決をめざす政府の河川連結事業が熱い議論の的になっている。

この事業を熱心に推奨しているナレンドラ・モディ首相は、水不足と水の不平等な分配の問題に焦点をあて、「一部の川は水で溢れているのに、他方で干上がっている川があります。」と指摘した。そして「もし(川が)連結されれば、こうした問題は解決できるのです。」と語った。

By Narendra Modi - State Visit of the President of the Republic of Singapore to India, CC BY-SA 2.0
By Narendra Modi – State Visit of the President of the Republic of Singapore to India, CC BY-SA 2.0

インドの河川流域では、人口一人当たりの水の使用可能量に大きな差がある。「2015年全国水ミッション」報告書によると、2010年、ガンガ=ブラマプトラ=メグナ流域では1人当たり2万136立方メートルの水が利用可能だったのに対し、サバルマティ流域ではわずかに263立方メートルであった。

ヒマラヤの氷河からの流れ込みがあるインド北部・北東部の河川とは異なり、インド半島部の河川の場合、モンスーンの状況に左右される。結果として、ガンガ=ブラマプトラ=メグナ流域の東部では繰り返される洪水によって潤っているものの、同国の西部・南部の流域では水が不足している。河川連結事業は、こうした水分配の不平等に対応するためのものだ。

河川を連結するという発想は新しいものではない。1858年、英国のエンジニアが、インド内陸部における航行を容易にするために河川を連結する計画を出したことがある。1970年代から80年代にかけて、水が地理的に不平等に分配される状況に対処するために数多くの計画が出されたが、そのどれとして、設計段階から先に進んだものはなかった。

河川連結が真剣に考えられるようになったのは、インド人民党(BJP)が2002年に政権を取ってからである。事業を動かそうとしたが、統一進歩連合(UPA)政府が熱心でなかったために、その後10年は凍結されたままであった。BJPが2014年に政権に返り咲き、河川連結事業は政権の旗艦事業となった。

広い意味では、事業は2つの要素から成り立っている。ひとつは14の連結部を持つヒマラヤ河川部分、もうひとつは16の連結部をもつ半島河川部分である。事業が完成するまでには、約1万5000キロにわたる運河が掘削され、約3000の大小のダムや貯水構造物が建設されることになる。

設計上は、きわめてシンプルに見える。しかし、河川の水を通す実際の土地の多様性や高低差などをみれば、その実現はきわめて複雑なものだ。加えて、中央政府は、各州を糾合して計画に合意させなくてはならない。運河や貯水構造物をつくるために市民が自分の土地に別れを告げる選択をあえてするとも思えない。

河川連結事業には870億米ドルかかると推計されている。インド水資源省中央水委員会の元委員(水計画・事業担当)であるチェタン・パンディット氏は「出すに値する金額」だと語る。「黒字」の流域から「赤字」の流域へと水を移動させる構想であることから、洪水や干ばつへの対策にもなるというのだ。

水資源省によれば、加えて、3500万ヘクタールの土地の灌漑、約3万4000メガワットの水力発電、内地航行の促進にもなるという。

しかし、河川連結事業には批判も多い。そもそも、「黒字」流域と「赤字」流域の存在という根本的な前提条件に疑問が呈されている。

持続可能な開発の観点から水問題に取り組むNGO「マンタン・アヂャヤン・ケンドラ」の創設者シュリパッド・ダルマディカリー氏は、流域の「黒字・赤字」概念は「完全に非科学的で非合理的」だと語った。

ダルマディカリー氏は、IDNにこのことを説明して、「それぞれの川の自然の流れの量とパターンは、それが黒字であれ赤字であれ、独自の生態系を維持し守るために必要だから、そうなっているのです。」と指摘したうえで、「河川連結の文脈で使われる黒字・赤字の概念は、生態系や環境が意味するところに対する完全な無理解と、川を単に人間のニーズに奉仕させるための水を運ぶ通路としか見ない著しく人間中心的な見方を示すものです。」と語った。

インド工科大学のアシュヴァニ・ゴサイン教授は、気候変動が河川連結事業に及ぼし得る影響を指摘した。ヒマラヤ山系の氷河と水量が減るようなことがあれば、「黒字」流域が「(赤字流域に水を提供する)ドナー流域」でなくなってしまう。

ダルマディカリー氏は、財政費用の問題に加え、河川連結には「深刻な」社会・環境面のコストが伴っていると指摘し、「巨大ダムや水の迂回路によって、数多くの人々が立ち退きにあい、下流が干上がり、森を飲み込み、水の送り出し側と受け取り側の両方の河川流域において生態系が変わってしまいます。」と警告した。

水保護家のラジェンドラ・シン氏は、川の「特異な動植物」の存在を指摘し、「川が連結され、水が混じり合ってしまうと」これらは破壊されると警告した。

Dr. Rajendra Singh (born on 9 August 1959) is a well-known water conservationist from Alwar district, Rajasthan in India/ By Mullookkaaran – Own work, CC BY-SA 4.0

クリシュナ川では早くも破壊の兆候が現れている。ゴダヴァリ川とクリシュナ川が2015年に連結されてから、クリシュナ川には生息していなかった肉食性のヨロイナマズが現れるようになった。他の魚はヨロイナマズを避けるだけではなく、捕食されるものも出てきた。地元漁民の生活にも影響を与え始めている。

川の連結は住民を追い出しその生活を破壊するものだ。治安は乱れ、紛争を煽ることだろう。また、州の間の紛争も引き起こしかねないと予想されている。

「黒字」の州は他の州の川に連結させることを望まないかもしれない。たとえば、オリッサ州政府は、今後数十年でマハナディにおいて重大な水不足が予想されることから、マハナディ=ゴダヴァリ川連結に反対している。マニバドラ・ダムの建設による土地減少の程度についても懸念を持っている。マハナディ=ゴダヴァリ連結は他の9つの連結の「母線」となっていることから、オリッサ州の参加拒否は、インド半島部分の河川連結計画に暗い影を投げかけかねない。

さらに懸念されるのは、インドの隣国を流れる国際河川の迂回の持つ意味である。ガンガ=ブラマプトラ=メグナ流域の「黒字」を他の地域に流し込む計画は、低地の沿岸国バングラデシュへの流量を減らすことになるだろう。

すでに、ガンガ川とブラマプトラ川のダム建設、とりわけファラッカ・ダムが、バングラデシュに入り込む直前の所で同国への流量を減らしているだけではなく、土壌の塩化を引きおこし、営農はほぼ不可能になっている。

河川の水問題ですでに紛争含みのインド・バングラデシュ関係は、河川連結計画が実行されることになるとさらに悪化すると予想される。

計画推進派は、困難は伴うものの、計画は実行されるべきだと主張している。パンディット氏は、「他にとり得る道はありません。やらねばならないのです。」と指摘したうえで、「『我々の水問題の解決』などというものはありませんが、河川連結計画のあらゆる連結部が、この地域における問題の深刻さを緩和することになるだろう。」と語った。

環境活動家で水問題の専門家ヒマンシュ・タカール氏は、「地上の水はインドの生命線」であることから、その「水政策や計画、事業は、その生命線をいかにして維持するかに焦点を当て、優先的に考えなくてはなりません。」と語った。

SDG Goal No. 6
SDG Goal No. 6

タカール氏はさらに、「河川連結計画はその実現には寄与しません。インドは既存の水インフラの利用最適化を優先し、地上の水の維持に寄与するような雨水の利用を中心的課題に据えるべきです。」と語った。

ダルマディカリー氏は、「インドは、それぞれの地域の土壌・環境・気候の特徴に合わせて、作付様式や農業その他の生活体系を徐々に発展させる必要があります。工業のようなその他の経済活動は、水が地域にもたらすものを念頭に入れたうえで位置付けられなければなりません。」と語った。

強力なインフラ・ロビー勢力に対峙しているのは、一群の科学者、エンジニア、社会科学者、水専門家、社会活動家たちだ。こうした専門家らが表明している懸念に政府が応えるかどうかは、まだわからない。(原文へPDF 

INPS Japan

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【ジュネーブIDN=ラメシュ・ジャウラ】

信仰を基盤とする多様な団体および個人が、ジュネーブの国連欧州本部に集まった各国政府代表に対して、世界から核の大惨事の危険を取り除き、人類のために持続可能な開発を推進することを訴えて、道徳的な義務と倫理的規範をあらためて確認している。

キリスト教、クウェーカー、イスラム教、ヒンズー教、創価学会インタナショナル(SGI)など様々な宗派の20の団体・個人が4月25日、ジュネーブの国連欧州本部で開催されている2020年核不拡散条約(NPT)運用検討会議第2回準備委員会での市民社会によるプレゼンテーションの場において、共同声明を発表した。

「核兵器を憂慮する宗教コミュニティー」を代表してSGIのヘイリー・ラムゼイ=ジョーンズ氏が読み上げたこの共同声明は、これまでのNPTのあらゆる取り決めに従うとともに、「核兵器のない世界という共通目標に向けて」「具体的かつ測定可能な成果」を2020年NPT運用検討会議に向けて生むよう求めた。

仏教系NGOであるSGIは60年以上に亘って、核兵器の廃絶に向けて取り組んできた。

共同声明の賛同者らは、1945年の広島・長崎への原爆投下がもたらした壊滅的な人道上の結末を想起するよう求めている。「それ以降、人類は核兵器による黙示録的な破壊の影のもとで暮らし続けることを余儀なくされています。」と共同声明は述べ、「ひとたび核兵器が使用されれば、人類文明のこれまでの成果が破壊されるだけでなく、現世代は傷つき、将来の世代もこの上なく悲惨な運命へと追いやられるのです。」と警告している。

Photo credit: Hiroshima Peace Memorial Museum, Shigeo Hayashi - RA119-RA134
Photo credit: Hiroshima Peace Memorial Museum, Shigeo Hayashi – RA119-RA134

共同声明の賛同者らは、信仰者として全人類が安全と尊厳の中で生きる権利を求め、良心と正義の要請を心に留めるよう努力し、弱き者を守り、現在と未来の世代のために地球を守る責任を果たす決意を共有している。

共同声明はさらに、「核兵器は、こうした価値観や約束事を蔑ろにするものです。私たちは、ある特定の国や民族の利害を、人類や地球全体の利益に優先させるような安全保障観を決して受け入れることはできません。核兵器の恐ろしい破壊力を鑑みれば、核兵器の廃絶は、真の人間の安全保障への唯一の道だといえます。」と述べている。

信仰者として、信仰を基盤とした多様な団体・個人らは、5月4日までジュネーブの国連欧州本部に集っている諸国政府に対して、次のことを求めている。

・世界のヒバクシャ(核兵器のすべての犠牲者)の声に耳を傾け心に刻み、核兵器のない世界を達成し維持するという明確な約束を再確認する。そして、核兵器禁止条約の根拠は、核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道上の結末を防ぐことにあることに留意する。

・すべての枠組みは相互に補完し合うものであり、各分野の前進がその他の分野の前進へと繋がることを認識する。核兵器禁止条約の発効、包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効、核分裂性物質の生産停止並びに世界中の備蓄の廃絶(FMT)、核兵器生産施設の不可逆的な解体、核兵器の精度の向上・多様化・使用への敷居の低下を企図するプログラムの中止、新たな核兵器開発競争の防止、備蓄核兵器の廃絶は、その他の有効な取り組みとともに、NPTで規定された目標と約束と完全に一致しており、その実現に資する世界的な事業である。

・NPTと核兵器禁止条約には、核兵器禁止条約への立場がいかなるものであれ賛成が可能な、核兵器の移転、他国の核兵器の取得の援助等といった、両条約に共通する中核的禁止事項が存在することを認識する。

これらを念頭に、共同声明は「NPTに定められた、核軍縮交渉の完結に向けた義務履行の具体的かつ実際的な一歩として、すべての締約国がそうした禁止事項の強化に関する建設的な対話を行うこと」を求めた。

核軍縮の課題が停滞している事実は、この熱烈な呼びかけの重要性を高めている。ロナルド・トランプ政権の「核態勢見直し」は、核兵器使用のハードルを下げかねない新型核兵器の生産計画にも言及しているからだ。

SDGs logo
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このような行動は、これまでこのNPTのフォーラムでなされてきた約束と真逆の立場に立つものであると共同声明は主張し、「持続可能な開発目標(SDGs)の達成に振り向けられたならば、その大きな前進をもたらすことができるであろう額の資金・資源が、核兵器の近代化計画のためだけに費やされようとしています。その資金により、生活必需品の提供、環境保護、女性や少女、そして未来の世代の健康の促進、さらには、世界中の戦争や対立のリスクを軽減することができるのです。」と述べている。

2020年NPT運用検討会議第2回準備委員会の会期(4月23日~5月4日)で発表された今回の共同声明は、2014年以来、今回で9回目となる。「核兵器を憂慮する宗教コミュニティー」は、2014年から16年にかけて開かれた「核兵器の人道的影響に関する国際会議」の場で共同声明を発表してきた。また、2017年5月の2020年NPT運用検討会議第1回準備委員会(ウィーン)や、同7月にニューヨークで核兵器禁止条約が採択された際にも発表してきた。

パックス・クリスティのジョナサン・フレリックス国際代表は4月25日の共同声明に関して「私たちはいまや核兵器禁止条約を発効させる機会を手にしました。禁止条約に署名・批准する国が増えるたびに、核兵器に対する悪の烙印と非正当性が強まっていくのです。」と語った。

SGIの石渡一夫平和運動局長はさらに、「宗教コミュニティーの役割は、人々の価値観や考え方に働きかけるものであり、その点で重要な役割を果たしています。市民が、核兵器によらない安全保障を選択する必要があります。」と語った。

石渡局長はまた、4月25日、2020年NPT運用検討会議第2回準備委員会の議長を務めるポーランドのアダム・ブガイスキー大使にSGIの声明を手渡した。ブガイスキー大使は市民社会による取り組みへの感謝を表明した。

今回の第2回準備委員会は、昨年7月に核兵器禁止条約が採択されて以来、非核保有国・核保有国・核依存国が参加する初の討議の場である。SGIは、核兵器のない世界というNPTに内包された究極の目標に沿う具体的な結果を生み出せるよう、建設的な議論を行うとともに、市民社会、特に世界の被爆者の声に耳を傾け続けるよう、締約国に求めた。

共同声明には次の諸団体・個人が署名している。

オールソウルズ核軍縮タスクフォース:アンソニー・ドノバン、ビバリー・ジョンストン(パックスクリスティ・インターナショナル)、ブルース・ノッツ(ユニテリアン・ユニバーサリスト国連事務所長)、クリスチャン核軍縮キャンペーン上級上長者協議会、エラ・ガンジー(ガンジー開発トラスト)、フランシスコ会行動ネットワーク、寺崎広嗣(SGI平和運動総局長)、マリク・マジャヒド(サウンドビジョン)、世界的関心のためのメリノール事務所ムスリム平和フェローシップ、ムスタファ・チェリッチ(ボスニア・ヘルツェゴビナ・イスラム共同体最高指導者、世界ボシュニャク会議議長)、パックスパックス・クリスティ豪州支部パックス・クリスティ・インターナショナルパックス・クリスティ米国支部ユニテリアン・ユニバーサリスト協会統一メソジスト教会ジェネラル・ボード・オブ・チャーチ&ソサイェティ世界教会協議会。(原文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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原爆投下を生き延びて(和田征子日本原水爆被害者団体協議会事務次長)

「できることから始める」相馬雪香さんの信念と生き方(石田尊昭尾崎行雄記念財団事務局長)

【IDN東京=石田尊昭

尾崎行雄の三女・相馬雪香さんと出会ったのは、1996年。

日本のNGOの先駆けとなった「難民を助ける会」の創設者であり会長、そして尾崎行雄記念財団では副会長(会長は時の衆議院議長)として指揮を執り、メンバーの精神的支柱でもあった相馬さんは、私にとって「雲の上の人」でした。

当時、相馬さんは84歳、私は24歳。

政界の御意見番のごとくテレビや新聞に登場し、時には国会議員を直接呼んで「叱咤激励」していた相馬さん。かたや、学業を終えたばかりで社会経験もろくに無く、口を開けば青臭いことばかり言う、孫ほど歳の離れた小僧・・・。

しかし相馬さんは、そんな私といつも正面から向き合い、真剣に議論してくれました。相手が大臣であろうが、小僧であろうが、相馬さんが投げかける「民主主義と平和」への強い思い、言葉は全く同じものでした。

Yukika Sohma/ Ozaki Yukio Memorial Foundation
Yukika Sohma/ Ozaki Yukio Memorial Foundation

相手が誰であろうと、分け隔てなく、「良いもの良い。悪いものは悪い」と真剣に語るその姿勢。それはまさに父・尾崎行雄がそうであったように「誰が正しいかではなく、何が正しいか」を常に考える相馬さんの強い信念からくるものでした。

出会った当初、「雲の上」の相馬さんにいつも緊張し、遠慮し、思ったことをなかなか口に出せなかった私に、相馬さんは痺れを切らして怒鳴りました。

「石田さん、言いたいことがあったらハッキリ言いなさい! あなたは私の『教え子』じゃなくて、日本の未来と、財団のやるべきことを一緒に考える『パートナー』なんですよ! わかってますか!」

それ以来私は、生来の気性もあってか、相馬さんに対して、言いたいこと、言うべきことは遠慮せずに言う、強く言う、強過ぎるくらい言うようになりました。すると、相馬さんから「倍返し」。私もまた「倍返し」――毎日のように「白熱した議論」をしていました。(他のスタッフからは、二人は「喧嘩」しているように見えていたそうです)

そんな日々が2年ほど続いた1998年。

Ozaki Yukio Memroial Foundation
Ozaki Yukio Memroial Foundation

いつものように相馬さんと、ああでもない、こうでもないと議論している時、なんとなく以前から(ぼんやりと)考えていたアイデアを口にしました。尾崎行雄の雅号・咢堂(がくどう)の名を冠した「咢堂塾」です。

相馬さんはすぐに興味を示してくれて、「具体的に聞かせて!」と言ってくれたのですが、「なんとなく」「ぼんやり」としか考えていなかったので、口ごもってしまいました。するとまた相馬さんの怒声が。

「石田さん、本当に大事なことは、思いつきで(思いついたまま)口に出すもんじゃありません! 自分の頭でよく練って、考え抜いて言葉にしなさい。そして、言葉にしたら、行動しなさい!」
その年、第1期「咢堂塾」が開講しました。

あれから20年。多くの支援者・協力者、講師陣、そして累計550名を超える塾生たちに支えられ、咢堂塾は今年「成人式」を迎えます。

不偏不党の咢堂塾。

異なる意見・主義主張にも触れながら、「誰が正しいかではなく、何が正しいか」を自分の頭でしっかりと考え抜く。

「独り善がり」や「思い込み」でないか――常に自らの信念を見つめ直し、磨き、強くしていく。

そして日本のため世界のために何ができるか――自ら志を立て、「できることから始める」。

尾崎行雄と相馬雪香の「心の力」「言葉の力」「行動する力」を身につけ、有権者として、地域リーダーとして、政治家として、NGOとして、会社員として、学生として、それぞれの立場・分野で、「できることから始める」。

Photo Credit: Soka Gakkai
Photo Credit: Soka Gakkai

相馬雪香さんの遺志・哲学をしっかりと受け継ぎ、この5月から第20期「咢堂塾」が始まります。

INPS Japan

石田尊昭氏は、尾崎行雄記念財団事務局長、INPS Japan理事、「一冊の会」理事、国連女性機関「UN Women さくら」理事。

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【ローマIDN=ロベルト・サビオ

3つ目の「決まりの悪い事実(Dirty Secret)」を見てみよう。それは、気候変動問題への真の対処から私たちがいかにかけ離れた地点にいるかを示してくれるだろう。パリで協議された非常に重要な問題のひとつは、この協定が化石燃料業界による排出削減にのみ関するものだったということだ。その他の排出に関しては、完全に捨て置かれている。

レオナルド・ディカプリオ氏がプロデュースした『陰謀:持続可能性の秘密』という新しいドキュメンタリーは、気候変動に対する動物の影響に関して完全菜食主義者が収集したデータを分析している。データはやや誇張されている面もあるが、その次元はきわめて大きく、もうひとつの「最後の一撃」をあらゆる意味において加えるものだ。

Holstein-Friesian milk cow/ Keith Weller/USDA, Public Domain
Holstein-Friesian milk cow/ Keith Weller/USDA, Public Domain

動物はCO2を排出しないが、CO2より少なくとも25%は有害であるメタンを排出する。自動車から飛行機に至るすべての交通手段は全排出量の13%を占めるが、牛のゲップから排出されるメタンガスは、全排出量の実に18%を占めると国連も認めている。

真の問題は水使用の点にあるのだが、ここで詳述することができない。水は、石油が長年そうだったように、近い将来紛争の原因になりうると、軍事戦略家らですら考えている。

1ポンドの牛肉を生産するには2500ガロンの水を要する。つまり、ハンバーガー1個がシャワー2か月分ということだ! そして、牛乳1ガロンを得るには、水が100ガロン必要になる。人類全体で、牛が必要とする量の10分の1の水しか利用していない。牛は水全体の33%、地球の45%を利用し、アマゾンの森林破壊の91%の原因になっている。また、人間の130倍の廃棄物を出している。オランダの養豚は、廃棄物の酸によって使用可能な土地を減らし、大問題を引き起こしている。肉の消費はアジアやアフリカで急速に伸びている。肉食は、豊かな社会に到達したことの指標と見なされているのだ。

SDGs Goal No. 13
SDGs Goal No. 13

地球に対するこの深刻な影響に加え、人類にとっての持続可能性の強力な逆説が存在する。現在人類は75億人だが、まもなく90億人に到達する。世界全体の食料生産で食べることができるのは130~140億人だ。しかし大部分が廃棄され、人間の口には入らない。しかし、動物のための食べ物で、60億人が食べることができるのだ。かたや10億人が飢えている。地球上に生きる人びとのために資源を合理的に利用できてないことの証左だ。人類は、皆のための十分な資源を持ちながら、それを合理的に回していけていない。肥満の人々の数は、今や飢える人々と同じ数に到達している。

この状況への論理的な解は、人類の地球の利益のために、グローバル・ガバナンスに関する合意を得ることだ。しかし、実際には、私たちは逆の方向に向かっている。今日、国際システムはナショナリズムに包囲され、意味のある解決策を導くことがますます難しくなっている。

最後の例を出して結論としよう。魚の乱獲の問題である。(国連システムの一部分ではなく、国連に対抗して作られた)世界貿易機関(WTO)が、莫大な量の魚を捕獲できる巨大網による乱獲に関する協定を結ぼうとして、すでに20年が経つ。27億匹を捕獲するが、取っておくのは5分の1だけで、残りの5分の4は捨てるのである。

ブエノスアイレスで昨年12月13日に開かれた最近のWTO会議で各国は、違法漁業を制限する協定に到達することができなかった。大規模漁業は現在、1970年の1割にしかすぎない。すべての魚のうち、3分の1を獲ってしまった。17の専門機関による調査は、100~230億匹の魚が違法に闇市場に流されていると推定している。そしてここでも、各国政府はそれぞれの漁業を強化するために年間200億ドルを支出している。既得権が共通善を押しつぶしているまた別の例をここに見ることができる。

各国の政府が、地球が破滅に向かいつつあることを示す必要な情報を手にしながら、その責任を真剣に負うことができていないことを認識するには、もうこのあたりで十分だろう。

気候制御の必要は「中国のデマ」であり、米国の利益に対抗すべく発明されたものだというトランプ大統領の宣言は、通常の世界なら、世界的な反発を引きおこしてしかるべきものだ。それに、トランプ大統領の国内政策は米国の問題でありながら、気候変動は地球上の75億人すべてに影響を及ぼす問題でもある。トランプ大統領は有権者のわずか4分の1以下である6300万票によって当選したに過ぎない。人類全体に影響を及ぼす決定を下す権限をトランプ氏に与えるにしては、あまりに少なすぎる数である。

Roberto Savio
Roberto Savio/ photo by Katsuhiro Asagiri

欧州の閣僚たちは、「思考のささやきとカネの大声」ということわざを地で行っているようだ。気候変動による投機に備える人々が実際に多くいる。北極の氷の7割が失われたいま、海運産業は、コストと時間を17%カットできる「北方ルート」の開拓に手ぐすねを引いている。

そして、英国のワイン産業は、地球の温暖化以来、毎年生産を5%ずつ伸ばしている。英国はすでに500万本のワインとスパークリングワインを生産しているが、それらは完売している。

欧州でもハリケーンや嵐が増え、山火事も史上最も多くなっているが、人間にはどうしようもないのが現状だ。国連は、少なくとも8億人が気候変動によって移住を余儀なくされ、世界のいくつかの地域は居住不能になるとみている。こうした人々はどこへ行くことになるのだろうか? 恐らく行先は、米国や欧州ではないだろう。なぜならこうした環境難民も欧米諸国では「侵略者」と見られることになってしまうからだ。

Map of Syria
Map of Syria

100万人の農民が都市に流出した4年間の干ばつ(1996~2000)のあとにシリア危機が勃発したことを私たちは忘れている。干ばつ後の社会的不満が内戦を加速させて、40万人が亡くなり、600万人の難民が生まれた。発生しつつある被害に市民が気づいたとしても手遅れだ。(このまま気候変動を放置すれば)こうしたことが30年後の世界では各地で現実になると科学者らは予測している。

では、企業が政府を共謀してその支援を得ながら、最後の最後まで利益を得ようとしている時に、次の世代にとっての問題をなぜ今心配しなくてはならないのだろうか? (皮肉を込めて)それならむしろ、気候変動の波に乗って、良質の英国産シャンペンを買い、ぜいたくな北極クルーズでそれを楽しみ、ちょうどタイタニック号で最後までそうだったように、オーケストラの演奏を楽しんでいてはどうだろうか?(前編へ)(原文へ

翻訳=INPS Japan

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【ローマIDN=ロベルト・サビオ】

欧州連合(EU)は、国連気候変動条約の全締約国にあたる195カ国とEUが全会一致で採択し、すでに172カ国が批准している「気候変動に関するパリ協定」へのコミットメントを弱める決定をしてしまったかのようだ。

欧州28カ国の環境閣僚が昨年12月20日にブリュッセルに集まって、CO2排出削減に関するEUの計画を討議し、パリ協定の順守について話し合ったが、デンマークやポルトガルからの多少の抵抗があったものの欧州が決定したのは、ドナルド・トランプ大統領が取った方向に従うということだった。トランプ大統領はすでに、米国の国益を優先し、地球の置かれた状況を無視して、パリ協定からの離脱を表明していた。

COP21 Logo
COP21 Logo

これは、価値やビジョンをないがしろにして、狭い国益を優先することの一例だ。もちろん、現在生きている人々がその代償を払うことはない。次の世代の人々が、新たに出現しつつあるますます住みにくくなる世界の犠牲者になるのだ。

地球を救うために全人類を代表して2015年にパリで重大な約束をした人々のほとんどが、(気候変動への取り組みの)結果が不可逆的な形で明らかになる30年後に生きてはいないだろう。人間だけが、自らの生息環境を防衛することも保護することもできないことの証左だ。

現在の地球が置かれている状況の原因を分析してみるとしよう。第一に、パリ協定は、具体的な公約を伴わない善意の寄せ集めに過ぎない。それぞれの国がそれぞれの目標を定め、その履行に責任を持つだけだ。例えれば、何の制裁らしきものも設けないまま、各国のすべての市民に対して、税金をいくら払うつもりがあるか決めさせ、その履行を彼らに委ねているようなものだ。

科学者たちは、パリ協定までの20年で、気候変動は人間の活動によって引き起こされたものであると確証を持って結論づけた。彼らは、それを否定しようとする化石燃料業界の強力で潤沢な資金を伴ったキャンペーンに抗して、そう結論したのである。

国連の下で活動する組織であり、加盟国は194カ国、支援する活動家は154カ国の2000人以上を数える「気候変動に関する国際政府間パネル(IPCC)」は、1988年から2013年という長い時間をかけて、ひとつの決定的な結論に到達した。すなわち、地球が急速に悪化するのを防ぐ唯一の方法は、1850年の地球と比較して気温が1.5度以上上昇しないように温室効果ガスの排出を抑えるべき、というのだ。

人類は、産業革命のさなかの1850年、とりわけ19世紀の後半にかけて、温度計を用いて気温の測定を開始した。これにより、石炭などの化石燃料が大気といかに反応し始めたかをよく知ることができる。先の科学者たちは、もし1850年の気温から1.5度以上上昇するようなことがあれば、超えてはならない線を不可逆的に超えることになる、と結論づけた。つまり、人類はこの流れに影響を及ぼすことはもはやできず、気候は制御不能に陥って、地球に非常に重大な帰結がもたらされる、というのである。

OLYMPUMaurice Strong, shortly after having rewarded the Freedom from Want Award in Middelburg, the Netherlands, 29th of May 2010./ Lymantria – Own work, CC BY-SA 3.0S DIGITAL CAMERA

2015年のパリ協定に関して言うならば、それは、リオデジャネイロで1992年に開かれた「国連環境開発会議(リオ環境サミット)」に始まるプロセスの最終的な帰結であった。この環境問題に関する史上初のサミットの開催実現に尽力したリーダーのうち、ブトロス・ブトロス=ガリ氏とモーリス・ストロング氏は既にこの世にはない。

環境問題を中心課題とすることに生涯を捧げたストロング氏が、会議を政府代表に限定せず、市民社会の代表に対しても門戸を開放したことは銘記されてよい。その結果、2万以上の団体や学者、活動家がリオに集い、国際社会によって認知されたグローバルな市民社会が創設される基礎を築くことになった。

1997年、リオ環境サミットの結果として、温室効果ガスの排出削減を目的とした京都議定書が採択された。その当時からパリ協定まで20年が経過したが、結果はどちらかというと控えめなものになった。パリ協定以後、緊急の課題が残された。世界銀行によれば、2014年には10億1700万人が電気を利用できていない。アフリカでは人口のわずか2割しか電気を使えないのだ。専門家は、温室効果ガス排出の大幅増加を避けるために、アフリカでは再生可能エネルギーを利用すべきだと考えている。

京都議定書とは異なり、パリ協定は真にグローバルな協定となるはずであった。したがって、できるだけ多くの国々を参加させるために – そしてこれはほとんど知られていない「決まりの悪い事実(Dirty Secret)」なのだが – 国連は、厳密な「摂氏1.5度」の目標にこだわらず、受け容れられやすい「摂氏2度」を目標としたのだ。

しかし、残念なことに、人類はすでに1.5度を超えてしまったというのがコンセンサスだ。国連環境計画(UNEP)によれば、仮にパリ協定が改定されることがあれば、気温上昇は6度にもなるという。科学界によれば、これでは地球の大部分が住めない場所になってしまう。

実際、この4年は1850年以来もっとも暑い夏が続いた。そして、2017年、温室効果ガスの排出量は41.5ギガトンとなり、史上最大を記録した。このうち9割は人間の活動に由来するものであるが、再生可能エネルギーは、今まや化石燃料と価格面で競争可能になったにもかかわらず、世界全体のエネルギー消費のうち18%を占めるにすぎない。

もうひとつの「決まりの悪い事実(Dirty Secret)」は、人類は、化石燃料の使用削減について議論するかたわらで、真反対のことを行っているということだ。この瞬間にも、化石燃料業界を補助するために、1分あたり1000万ドルが消費されている。

国連によれば、直接補助金は7750億~1兆米ドルの間であるという。G20諸国の公的額だけでも4440億ドルである。しかし、これが最終的な額ではない。国際通貨基金は、補助金だけが唯一の支払い金ではないとのエコノミストの見方を受け入れている。それは、土壌の破壊、水の使用、政治的関税(いわゆる外部不経済。企業予算の外部にあるコストのこと)のような、地球と社会の使用のことなのだ。こうしたものを含めれば、コストは5.3兆ドルという巨額に達する。2013年には4.9兆ドルだった。化石燃料の使用は、世界全体の国内総生産のうち6.5%分のコストを、各国政府や社会、地球に課している。

しかしメディアはこれを報じない。化石燃料業界の強さを知っている者はごくわずかだ。トランプ大統領が炭坑を再開したがっているのは、時代遅れのこの仕事を失った人々からの票を期待しているからというだけではなく、化石燃料業界が共和党の強力な支持基盤だからだ。米国最大の炭鉱保有者である億万長者のチャールズ・コークデイビッド・コーク兄弟は、前回の大統領選挙戦で8億ドル使ったと明らかにしている。

Transparency International Logo
Transparency International Logo

あるいはこう言う者がいるかもしれない。米国ではこんなことはよくある、と。しかし、高い評価を得ている「トランスペアレンシー・インターナショナル」によれば、欧州にも4万人以上のロビイストがいて、政治的影響力を発揮しようとしている。金融部門を監視している「ヨーロッパ企業観測所」は、ブリュッセルだけでも、年間に1億2000万ドルが使われ、1700人のロビイストが雇われている。また、彼らは規則に違反して700以上の組織にロビー活動をしているが、これは労働運動や市民団体の7倍であるという。

化石燃料業界の持つ影響力を見れば、2009年に各国政府が同部門に5570億ドルもの補助金を与え、他方で再生可能エネルギー部門全体にわずか430~460億ドルしか与えなかった理由がよく分かる(数字は国際エネルギー機構の推計)。

明らかに、一般の人びとは、地球の破壊に一役買っていることを十分認識している部門に対してかなりの利益をもたらすお金が、自分たちの懐から流れ出ていることに気づいていないようだ。この部門は、CO2が350ppmが限界だとされている時に400ppmを排出していることを認識しているのである。恐るべき偽善の狂宴が繰り広げられている。

国連は2015年、970万人が参加した大規模な調査を行った。対象者は16のテーマの中から重要なものを6つ選ぶように求められた。気候変動もリストに入っていた。650万人の回答者が真っ先に選んだのが「よい教育」であり、500万人以上が選んだ第2位・第3位の回答が「よりよい保健システム」「よりよい労働機会」であった。

SDGs Goal No. 13
SDGs Goal No. 13

200万人以下からしか肯定的な回答が得られず、16テーマのうち最下位だったのが「気候変動」だった。この優先順位の付け方は、気候変動最大の被害者になるであろう後発開発途上国においても同じであった。後発開発途上国の430万人のうち、300万人が教育を優先事項として選んだ。気候変動は最下位で、56万1000票しか集まらなかった。海面の上昇により消滅するかもしれないポリネシアやミクロネシア、メラネシアにおいてですら、気候変動は最優先事項にはならなかった。これは、私たちが今どんな状況にあるのか、すなわち、私たちが数千年間知っているはずの地球の生存そのものが危機に立っているということを、人々が理解できていないことを示す十分な証左なのである。

もし市民がこうした現実を知らず、それゆえに関心を持っていないとすれば、なぜ政治家が関心を持つべきということになるのだろうか? その答えは、政治家は、市民によって彼らの利益を代表するために選ばれるのだから、もっと多くの情報を得たうえで決定を下せるはずだ、というものだ。しかしこれはどのように聞こえるだろうか? ロビイスト達が自らの利益のために「雇用」や「安定」を売りにしている時に、それよりも魅力的なものがあるだろうか? 後編に続く(原文へ

翻訳=INPS Japan

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飢餓撲滅と食料安全保障のカギを握るアグロエコロジー

【ローマIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

国連食糧農業機構(FAO)によれば、全ての人を養うのに十分な食料が世界で生産されているにも関わらず、依然として8億1500万人が飢えている。2050年までに100億人にまで増えると見込まれる世界の人口が必要とする食料を十分得られるようにすることは、国際社会が直面している最大の課題の一つだ。専門家らは、アグロエコロジーにひとつの解決策を見出している。

専門家によると、アグロエコロジーを普及することによって、従来の化石燃料に依存する工業化された農業に代わって、持続可能な食料・農業システムへと移行することが可能だという。これは、食料安全保障と栄養をすべての人に保証し、社会的・経済的平等をもたらし、農業が依存する生物多様性とエコシステムを保全するものだ。

José Graziano in Itamaraty Palace press meeting/ Renato Araújo/ABr - Agência Brasil [1], CC BY 3.0 br
José Graziano in Itamaraty Palace press meeting/ Renato Araújo/ABr – Agência Brasil [1], CC BY 3.0 br

FAOのジョゼ・グラジアノ・ダ・シルバ事務局長は、4月3~5日にローマのFAO本部で開催された第2回国際アグロエコロジーシンポジウムの閉会あいさつで、「家族経営の農家(世界の食料のうち約8割をまかなっている)が、今後もアグロエコロジー導入の中心に据えられるべきです。」と語った。

ダ・シルバ事務局長は、「今こそ、アグロエコロジーの実行を加速すべき時です。」「私たちは、かつてアグロエコロジーとは何かを議論していた段階から、今では今後数年で達成すべき特定の事業目標を持ち、このシンポジウムを成功させるべく尽力いただいている市民社会や各国政府から強い支持を得られるところまで、歩みを進めてきました。」と語った。

ダ・シルバ事務局長はまた、「私たちは、アグロエコロジーについて語る際、単に技術的な問題を語っているのではありません。むしろ社会的な側面を強調したいのです。つまり、FAOの業務の中でアグロエコロジーの役割を強化すると言えば、それは、家族や小農、漁民、牧畜業者、女性や若者の役割を強調することを意味しています。」と語った。

さらにダ・シルバ事務局長は、「家族農業の10年」(2019~28)と「栄養のための行動の10年」(2016~25)を、家族農業とアグロエコロジー、持続可能な開発の間の有益な繋がりに対する認識を高める機会として強調した。

SDGs Goal No. 2
SDGs Goal No. 2

シンポジウムでは、アグロエコロジーの規模を拡大することが、2015年9月に国際社会が承認した持続可能な目標(SDGs)を達成するための重要な要素であるとはっきりと理解する必要性が強調された。SDGsの第2目標は「飢餓に終止符を打ち、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成するとともに、持続可能な農業を推進する」ことを目標としている。

シンポジウムには、72カ国の政府、約350の市民団体や非政府組織、6つの国連機関から700人以上が参加した。

シンポジウムの「まとめ」を発表したブラウリオ・フェレイラ・デソウザ・ディアス議長は、「アグロエコロジーは、数多くの利益をもたらしてくれます。」と指摘したうえで、具体例として、(アグロエコロジーは)食料安全保障やレジリエンス(=リスク対応能力)を増し、暮らしや地域経済を向上させ、食料生産と食事を多様化し、健康と栄養を促進し、天然資源や生物多様性、生態系の機能を保護し、土壌の肥沃度と健全性を向上させ、気候変動への対応を容易にし、気候変動を緩和し、地域に根付いている文化や伝統的な知の体系を守ることにつながる、と語った。

ディアス議長はまた、「アグロエコロジーを基盤とした持続可能な農業や食料システムに向けた変革を可能にし、土地や水、種子といった生産資源に対する農民の権利とそれらへのアクセスを尊重し保護し満たすような方法で、法的・規制の枠組みを実行することが極めて重要です。」と語った。

「議長まとめ」はまた、関係者による「緊急に必要な」取り組みのリストを挙げるなど、前進する道筋を示している。各国政府に対しては、アグロエコロジーや持続可能な食料システムを促進・保護し、持続不可能な農業への「逆向きのインセンティブ」を取り除く政策的・法的枠組みを策定するよう呼びかけた。

「議長まとめ」はまたFAOに対して、アグロエコロジーに関する詳細な10年行動計画を策定し、「アグロエコロジー強化イニシアチブ」の履行を開始するよう求めた。

消費者や市民に対しては、食料システムにおける変革の担い手として行動し、責任ある消費を促進するよう呼びかけた。ドナーに対してはアグロエコロジーへの長期的投資を増やすよう呼びかけ、学界や研究機関に対してはアグロエコロジー研究の強化を呼びかけた。

シンポジウムと並行して、世界未来評議会(WFC)がFAOやIFOAM・オーガニクスインターナショナルと共催して、アグロエコロジーの実施に向けた環境整備に貢献する先進的な政策を世界的に表彰する「2018年未来政策賞」を開始した。受賞式は2018年後半にローマのFAO本部で開かれる。

FAO’s headquarters in Rome, in Via delle Terme di Caracalla./ Scopritore – Egið verk, CC BY-SA 3.0

「2018年未来政策賞」は、FAO、世界未来評議会、IFOAM・オーガニクスインターナショナルが主催し、国際グリーンクロス、DO-IT(オランダオーガニック国際貿易)、セケムグループ(エジプト)が後援している。

人類の緊急な課題に取り組むもっとも先見の明のある政策に対して、毎年、未来政策賞が授与されている。これまでに、人間ではなく政策を表彰する世界で唯一の賞である。世界未来評議会は国連機関と協力して2010年以来この賞を与えている。

「今年の未来政策賞は、持続可能な農業を実現する実証済みの解決策を明らかにすることになるでしょう。世界未来評議会は、将来世代の利益のためにアグロエコロジーを推進する最高の政策を特定し、普及していくために、FAOとの協力を一層推進する決意です。すでに影響力を及ぼしている政策から学ぶことが非常に重要です。」と、世界未来評議会のアレクサンドラ・ワンデル会長は語った。

「世界の指導者や国連総会は、すべての人にとっての健康的な栄養摂取を達成し、社会の不正義や気候変動、生物多様性の損失に対処するアグロエコロジーの潜在力を、認識しています。」「私たちは、正しい政策枠組みが変革をなしとげた事例を多くの国で見てきました。そうした革新的な政策を積極的に広め報いていこうではありませんか!」とIOFAM・オーガニクスインターナショナル世界理事会のペギー・マイアーズ理事長は語った。(原文へPDF

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翻訳=INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

2人の南アフリカ人女性が、反アパルトヘイト闘争を通じて修得した知識を駆使して、南アフリカ共和国(南ア)政府が秘密裏に進めていた数十億ドル規模の原子力取引に異議を申したてた。この秘密取引が実現していれば、将来南ア各地にロシアからの原子炉が導入されることになっていただろう。南アはアフリカ大陸で唯一原発を稼働させている国である。

マコマ・レカラカラ氏とリツィウェ・マクデイド氏は5年前、原発建設に反対する法廷闘争を開始した。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と南アのジェイコブ・ズマ元大統領(当時)の間に結ばれた秘密合意の存在など大きな困難が立ちはだかったが、ケープタウン高等法院は、2017年4月26日、760億ドルに及ぶ原発導入プロジェクトを憲法違反とする判決を下した。この判決は、未曾有の規模で原発産業が国内に拡大し大量の放射性廃棄物が生産される事態から南アを守ったという点で、画期的な法的勝利だった。

権威あるゴールドマン環境賞(環境分野のノーベル賞と言われる)の国際審査員は、レカラカラとマクデイド両氏を、今年のアフリカ部門(大陸毎に選出する)の受賞者に選んだ。

「(アパルトヘイト下の)1970年代と80年代に育った私たちは、社会で起こっているあらゆる不正義に立ち向かう決意をしました。」「私たちはやっと手に入れた権利を守っていかなければなりません。」とレカラカラ氏はBBCの取材に対して語った。

マクデイド氏は、「(私たちにとっての)成功とは、既存の原発が廃炉となり、政府が核のない南アを宣言したときのことです。」と述べ、今回の高等法院における勝利は、「核のない南ア」実現という目標に向けた一歩に過ぎないとの認識を示した。

この裁定により、南ア政府には今後原子力発電所を設ける計画を進める場合、まずは議会の承認を得て国民に公開する義務があることが確認された。(関連映像

今年のゴールドマン環境賞(北米部門)を受賞したのは、米国のリー・アン・ウォルターズ氏だ。彼女は、ミシガン州フリント市で進行していた水道水汚染の実態を明らかにする市民運動を率いた人物だ。水質検査の結果、フリント市住民の6軒に1軒(影響を受けた住民は10万人を超えた)において環境保護庁(EPA)が設定した安全基準値の7倍から800倍の鉛が検出された。ウォルターズ氏らの粘り強い運動の結果、行政当局も問題解決に乗り出した。(関連映像

その他、今年のゴールドマン環境賞(中南米部門)を受賞した人物に、南米コロンビアのアフリカ系コロンビア人コミュニティーの女性リーダーフランシア・マルケス氏がいる。マルケス氏は、外部から大挙して地元のコミュニティーバックホーを持ち込み森林伐採や金採掘による水質汚染を引き起こしていた違法業者の活動をやめさせるため、地元の女性達を組織して抗議活動を率いた人物だ。問題の舞台となった山がちなラ・カウカ地区には約25万人規模のアフリカ系コロンビア人が(その多くが古くは奴隷貿易時代から)暮らしている。マルケス氏は、80人の地元女性らとともに、アフロコロンビア音楽を奏でながら、首都ボゴタまでの200マイルの道のりを10日かけて練り歩き、中央政府に対して違法伐採・採掘をやめさせるよう訴えた。ついにはコロンビア政府は非合法業者の立退きを命令し、従わない業者にたいしては治安部隊を派遣して強制的に排除した。(関連映像)(原文へ

翻訳=INPS Japan

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【東京IDN=浅霧勝浩】

日本政府は核兵器禁止条約(核禁条約)に署名・批准するよう求める国内からの圧力にさらされている。核禁条約は1945年8月に広島と長崎に投下された史上初の原爆を生きのびた被害者(ヒバクシャ)にもたらされた「容認しがたい苦しみ」に留意している。

昨年7月、国連加盟国のうち122カ国・地域が、正式には「核兵器の開発、実験、製造、備蓄、移譲、使用及び威嚇としての使用の禁止ならびにその廃絶に関する条約 (TPNW)」として知られる核禁条約を賛成多数で採択した。

高齢化が進む(2017年3月現在平均年齢が81.41歳)ヒバクシャらは、核禁条約に加盟すれば「核兵器国と非核兵器国間の溝が一層拡がりかねない」として同条約への関与を拒否した日本政府の決定を公然と非難してきた。

Photo: Hiroshima Peace Memorial Park (Credit: Wikimedia Commons)
Photo: Hiroshima Peace Memorial Park (Credit: Wikimedia Commons)

昨年8月、広島の第72回平和祈念式典後の記者会見で安倍晋三総理大臣が述べた所見に対して、元広島平和記念資料館館長の原田浩氏(78歳)が怒りを口にした。

報道によると原田氏は、「もし日本政府が今後もなにもしないならば、(安倍首相)には演説の中で、『日本が戦時に原爆被害を被った唯一の国』と表現し続けるのはやめてほしい。」「もしその事実を訴えていくのなら、適切な行動が伴ってしかるべきです。」と語ったいう。

その8か月後、核兵器廃絶日本NGO連絡会が4月13日に外務省を訪問し、同NGO連絡会を代表して、田中煕巳日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表委員及び森瀧春子核兵器廃絶をめざすヒロシマの会共同代表が、岡本三成外務大臣政務官に対して、核兵器禁止条約への署名・批准を求める要請兼質問書を手交した。

この意見交換会は、4月23日から5月4日にジュネーブで開催される2020年核不拡散条約(NPT)運用検討会議第2回準備委員会を前にして開催された。同NGO連絡会は今回手交された文書のなかで、核軍縮・不拡散政策や米国の「2018核態勢見直し」に対する日本政府の立場についても要請・質問していた。

Photo (left to right): Terumi Tanaka, co-chairperson of Nihon Hidankyo ; Haruko Moritaki, co-director of HANWA; Mitsunari Okamaoto, Parliamentary Vice Foreign Minister. Credit: Katsuhiro Asagiri | IDN-INPS
Photo (left to right): Terumi Tanaka, co-chairperson of Nihon Hidankyo ; Haruko Moritaki, co-director of HANWA; Mitsunari Okamaoto, Parliamentary Vice Foreign Minister. Credit: Katsuhiro Asagiri | IDN-INPS

岡本政務官は、「広島・長崎の方々が、長年にわたり被爆の実相を世界に伝える活動に取り組まれてきた努力に改めて敬意を表したい。」と述べた上で、「核禁条約は、核廃絶というゴールを共有している一方で日本政府とアプローチを異にしている。」と回答した。

岡本政務官はまた、日本政府としては、3月29日に河野太郎外務大臣に提出された「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」の提言をNPT第2回準備委員会に然るべくインプットし「効果的な核軍縮に向けた橋渡し役」として、核軍縮の進展に向けた国際社会の機運を高めることに貢献したい、と語った。

Mitsunari Okamoto, Parliamentary Vice Foreign Minister/ Credit: Katsuhiro Asagiri | IDN-INPS

NGO連絡会の代表らは、この意見交換会で外務省側から伝えられた回答に対して失望感を隠さなかった。外務省訪問後に開催した記者会見で、昨年ノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の川崎哲国際運営委員は、外務省は核兵器禁止条約には参加しない従来の方針のままだと批判した。

川崎氏はまた、「今度の準備会合で、どのような発言を行うかまとまっていないという印象を受けました。これでは日本政府の核軍縮に対する方針が全く見えてきません。」と語った。

Haruko Moritaki, co-director of HANWA. Credit: Katsuhiro Asagiri | IDN-INPS

核軍縮の進め方をめぐる核兵器国及び非核兵器国間、さらには非核兵器国間での意見対立が顕在化する中,岸田文雄外務大臣(当時)がウィーンで開催された2020年NPT運用検討会議第1回準備委員会(昨年5月)において「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」(賢人会議)の立ち上げを表明した。

核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」の森滝春子共同代表は「失望しました。」と指摘したうえで、日本政府は「核禁条約とは別のアプローチを重視して核保有国と非保有国との橋渡しを果たすというのなら、その具体策を示すべきです。」と語った。

16名で構成される賢人会議(議長を含む日本人有識者6名に加えて,核兵器国と核禁条約を推進している非核兵器国双方からの外国人有識者10名)は、その後25項目からなる広範囲にわたる提言を提出した。

賢人会議は、全ての国連加盟国に対して、「NPTの今次運用検討プロセスにおいて、同プロセスの実施の促進と、異なるアプローチを収斂させるための基盤を創出する観点から、核軍縮・不拡散を活性化するための橋渡しの措置に直ちに取り組まなければならない。」と、強く促している。

賢人会議は、73年にわたる不使用の実行に裏打ちされた「核不使用の規範」は、核軍縮・不拡散体制を維持するための前提として、あらゆる手段で維持されなければならない、と述べている。

The Group of Eminent Persons on the Substantive Advancement of Nuclear Disarmament/ MOFA
The Group of Eminent Persons on the Substantive Advancement of Nuclear Disarmament/ MOFA

さらにNPTは、「核兵器のない世界」という共通の目標の前進に向けて、引き続き中心的な存在でなければならない。賢人会議は、「NPTを維持するため、全ての国連加盟国は究極的な核廃絶に向けた共同のコミットメントと過去の運用検討プロセスにおける合意を実現させなければならない。」と、訴えている。

さらに賢人会議は、「1995年に採択した中東に関する決議と2010年の行動計画に基づいて、中東地域の関連主体と同決議の共同提案国(米国・ロシア・英国)は、利害関係にあるNPT締約国並びに国連と緊密に連携し、『中東非大量破壊兵器地帯に関する会議』を、中東の全ての国の出席を得て早期に開催すべく取り組まなければならない。」としている。

CTBTO
CTBTO

賢人会議は、CTBT(包括的核実験禁止条約)が「核実験の不実行の規範」の強化及び軍縮・不拡散にとり不可欠な役割を果たすと考えており、残りの付属書Ⅱの国々(=44の発効要件国の残り8か国)に対して、遅滞なく署名/批准するよう求めるとともに、全ての国に対して、核実験の不実施と呼びかけている。「全ての国は、NPTの検証メカニズムの有効性の維持に向け、またCTBTO準備委員会暫定技術事務局(TPS)への十分な資金調達を確かなものにすべく、更なる取組をすべきである。」

日本はカザフスタンとともに、約22年に亘って停滞が続いているCTBTの早期発効に向けた取り組みの牽引役となってきた。

賢人会議は、「米露の軍備管理の枠組みは国際の核軍備及び脅威の削減の基である。」と指摘したうえで、米露両国に対して、核戦力の更なる削減に向けて枠組みの再構築に努力するよう訴えている。そして、「最も喫緊の課題は,新START条約(新戦略兵器削減条約)の5年延長である。」と強調している。

賢人会議はまた、「JCPOA(イランに関する包括的共同作業計画)を全ての関係国が完全に遵守することは核不拡散レジームの一体性にとり不可欠である。」としたうえで、「全ての関係国は引き続き安保理決議第2231号に裏打ちされたJCPOAの完全な履行を支持しなければならない。」と述べている。

北朝鮮の核・弾道ミサイル開発の危機による悲惨な結末は防止されなければならない、と賢人会議は断言している。「全ての当事者は,本件の平和的解決及び完全に検証可能で不可逆的な朝鮮半島の非核化に向けあらゆる努力をしなければならない。」

さらに賢人会議は、「効果的な監視・検証・順守メカニズム」の開発は核廃絶に向け必要なステップであるとしてその重要性を強調している。「そのようなメカニズムを開発するプロセス自体が、核兵器保有国間の、さらには核兵器保有国と核兵器非保有国間の信頼醸成に資する。」と述べている。(原文へ

翻訳=INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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