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核兵器不拡散条約再検討会議に向けた軍縮対話の促進

【国連IPS=ナウリーン・ホセイン】

第二次世界大戦終結以来、核軍縮の重要性がこれほどまでに問われたことはなかったかもしれない。核兵器を保有する国(核兵器保有国)同士、また核兵器保有国と非保有国との間に広がる溝が深まる現在において、軍縮の必要性は一層切実なものとなっている。

2026年に開催されるNPT再検討会議に向けた準備委員会(4月28日~5月9日)のサイドイベントとして、専門家によるパネル討論が国連本部近くのチャーチセンターで行われた。このイベントは、創価学会インタナショナル(SGI)とカザフスタンの国連常駐代表部の共催によるもの。

William Potter, the director of the James Martin Center for Nonproliferation Studies
William Potter, the director of the James Martin Center for Nonproliferation Studies

新たな紛争が発生し、既存の紛争が長期化・激化するなか、核兵器の位置づけを含む安全保障の在り方について、国際社会が合意形成を目指す必要性は増している。ジェームズ・マーティン不拡散研究センター所長のウィリアム・ポッター氏は、核兵器をめぐる規範の「浸食」について懸念を表明。「世界は混乱状態にあります。従来の同盟国と敵対国の境界も曖昧になっています。」と語った。

ポッター氏は、核兵器保有国と非保有国の間で核軍縮に対する緊急性の認識に大きな隔たりがあると指摘した。

SGIの砂田智映平和・人権部長は、「本当の敵は核兵器そのものではなく、それを正当化し、使用を合理化する思考そのもの」と語る。「他者を脅威や障害とみなして排除しようとする思考、人間の生命の尊厳を軽視する考え方こそが危険なのであり、私たちはそのような思考に立ち向かわなければなりません。」と訴えた。

世界の一部の大国が核兵器の配備制限の緩和を検討するなかでも、核兵器禁止に向けた外交的手段は有効に機能している。その一例が、地域ごとの条約で定められた非核兵器地帯(NWFZ)の設立である。

Nuclear Weapon Free Zones. Credit: IAEA
Nuclear Weapon Free Zones. Credit: IAEA
Gaukhar Mukhatzhanova, Japan Chair for a World Without Nuclear Weapons (VCDNP)
Gaukhar Mukhatzhanova, Japan Chair for a World Without Nuclear Weapons (VCDNP)

アフリカ、中南米、太平洋、中東、中央アジア、東南アジアでは、各国が核兵器の保有や実験を行わないことに合意している。こうした非核兵器地帯は、核を保有しない国々が自らの地域安全保障の枠組みを主体的に定める手段にもなっていると、VCDNP(核軍縮・不拡散に関するウィーンセンター)の「核兵器のない世界」実現に向けた日本政府支援プログラム議長を務めるガウハル・ムハジャノヴァ氏は語った。

このサイドイベントでは、「核兵器の先制不使用(NFU)」政策にさらなる重みを持たせることの重要性も議論された。NFUとは、核保有国が他の核保有国との戦争で先に核兵器を使用しないという誓約である。

現時点でNFUを明確に掲げているのは中国のみであり、他のP5構成国(米、英、仏、露)、ならびにパキスタンや北朝鮮は、核兵器の先制使用を排除していない。インドもNFU政策を取っているが、生物・化学兵器攻撃への報復は例外とする条項がある。

Adedeji Ebo,Director and Deputy to the High Representative of the United Nations Office of Disarmament Affairs (UNODA)
Adedeji Ebo,Director and Deputy to the High Representative of the United Nations Office of Disarmament Affairs (UNODA)

このような先制不使用の誓約をより広く支持することで、誤解や誤算による壊滅的事態を防げる可能性がある。核関連の条約交渉においては、国連軍縮局(UNODA)副代表であるアデデジ・エボ氏が言及する「信頼醸成の対話」が不可欠だ。これは報告や透明性の強化を通じて実現される。

今年のNPT準備委員会(PrepComm)は、この問題に関する議論から始まった。オーストリア外務省軍縮・軍備管理・不拡散局のアレクサンダー・クメント局長は、NPTに関する協議の中で、核保有国は核兵器の保有によって安全保障が確保されていると感じているため、現状維持を優先する傾向が強く、政治的にも優位に立っていると指摘した。これは明らかなパワーバランスの不均衡を示している。

Alexander Kmentt, Director of the Disarmament, Arms Control, and Non-Proliferation Department of the Austrian Ministry of Foreign Affairs photo credit: OPANAL

今年のNPT準備委員会や核兵器禁止条約(TPNW)締約国会合のような会議は、各国代表団やその他の関係者が十分な知識を持ち、自信をもって発言できる環境を整えることが求められている。

エボ氏は、「核軍縮を実質的に前進させるためには、非核保有国の存在が不可欠です。」と強調した。

また、核の傘の下にある国々(核保有国との間で核による安全保障の取り決めを結んでいる国々)は、自らの立場を活かし、非核保有国の非拡散方針を支援すべきだと述べた。  

また、核をめぐる議論を「専門的な領域に閉じ込めず、誰もが関われるようにする」必要性についても述べた。外交官をはじめとした核問題に関与する人々には、正確な知識が求められる。同時に、エボ氏は、一般市民や草の根運動によって、選挙で選ばれた指導者に核軍縮の責任を問い、行動を促すことができる可能性にも言及した。この問題を政治家の関心事項に押し上げることで、「無視するのが難しくなる」と語った。

彼は最後に、「核の問題は、国家だけに任せておくには重要すぎます。」と語った。

Chie Sunada, SGI’s Director of Disarmament and Human Rights

SGIのようなNGOや市民社会団体を通じた軍縮・非拡散教育も進められている。1957年以降、核軍縮はSGIが推進する「平和の文化」の広範な取り組みの一環として位置づけられてきた。砂田氏は、教育が「力強く、国境を越えた連帯意識」を育む上で重要な役割を果たすと語った。

そのためにSGIは、広島・長崎の原爆被害を体験した被爆者による証言を国内外で共有する講演や、年間1万人以上に届けられるワークショップなどを実施している。

パネルでは、国際的な外交努力と草の根運動の両面から核軍縮の取り組みを評価した。核関連の条約が尊重され、順守されるためには、根本において「核兵器に対するタブーとは何か」についての共通認識(例えば、先制不使用や完全禁止など)が必要である。

ムハジャノヴァ氏は、政策決定者、外交官、研究者、そして一般市民の間でも、この「核兵器に関する理解」が異なっている点を指摘し、2026年のNPT再検討会議(2026年4月27日~5月22日)に向けて共通の基盤を探る議論の必要性を訴えた。(原文へ

This article is brought to you by IPS Noram in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International in consultative status with ECOSOC.

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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悲しみから行動へ―バルカン半島における民主主義刷新への要求

【モンテビデオIPS=イネス・M・ポウサデラ】

バルカン半島で起きた3つの壊滅的な出来事が、体制改革を求める力強い運動を生み出した。ギリシャで57人が死亡した列車衝突事故、北マケドニアで若者59人が命を落としたナイトクラブ火災、そしてセルビアで15人の命を奪った鉄道駅屋根の崩落―これらの悲劇は、単なる偶発的な事故ではなく、放置された安全規制、違法に発行された許認可、そして監視の形骸化といった「構造的失敗」の帰結であり、共通の要因は“腐敗”であった。

こうした運動の先頭に立っているのは、若者、特に学生たちである。そして被害者の家族も、変革を求める強力な声となっている。ギリシャでは「テンピ事故の遺族協会」が、説明責任を求める正統な声として台頭した。北マケドニアでは、抗議運動が経済的・政治的分断を超えて市民を結びつけ、若者の将来への希望のなさと蔓延する腐敗に対する広範な幻滅感が集約された。セルビアの運動は、約400の都市や町に広がり、犠牲者への黙祷後に「30分間の騒音」を鳴らすなど、革新的な抗議手法を生み出している。

3か国はいずれも、国民の記憶に新しい時期に民主化を果たしている。ギリシャは約50年前に軍事政権が崩壊し、北マケドニアとセルビアは1990年のユーゴスラビア解体を経て共産主義から脱した。だが現在、これらの社会には深い幻滅が広がっている。縁故主義、腐敗、パトロネージ(政治的見返り)は蔓延し、国家機能は国民のためではなく、エリートの利益のためにあるかのようだ。特にセルビアでは、北マケドニアほどではないにせよ、政府が権威主義的な方向に傾いている。最も大きな失望を抱いているのは、民主化後に育ち「もっと良い社会」を期待してきた若者たちだ。

2023年2月にギリシャで起きた鉄道事故は、慢性的な投資不足と維持管理の欠如により崩壊した鉄道システムの姿を露呈した。これは腐敗した契約慣行と密接に関係している。政府の否定や無反応に対し、遺族が雇った民間調査員は、衝突直後に多くの乗客がまだ生存していたものの、その後の火災――おそらくは申告されていなかった可燃性化学物質の積載によって引き起こされた火災――によって死亡したことを突き止めた。

北マケドニアでは、3月に火災が発生した「パルス」ナイトクラブがまさに“事故を待つ時限爆弾”だった。工場跡地を改装した建物で、実質的に出口は1つのみ。非常口は施錠され、可燃性素材が多用され、消防設備は皆無。しかも、営業許可証は違法に発行されていた。

セルビア・ノヴィサドの鉄道駅で2024年11月に起きた屋根崩落事故も同様だ。同駅は中国企業との秘密契約で改修されたばかりだったが、安全よりも利益が優先されていたことが悲劇を招いた。

3か国に共通しているのは、過剰な民間資本の影響力が行政を支配し、安全性が私益の犠牲になったことだ。市民社会団体、ジャーナリスト、野党政治家らが警鐘を鳴らし続けていたにもかかわらず、警告は無視されてきた。北マケドニアの抗議スローガン「私たちは事故で死んでいるのではない、腐敗で死んでいる」には、その怒りが凝縮されている。ギリシャでは「彼らの政策が人命を奪った」、セルビアでは「お前たちの手は血で汚れている」と政府に訴える声が上がった。セルビアの「私たちは皆、あの屋根の下にいる」というスローガンには、腐敗が生み出す構造的脆弱性への共通の恐怖が表現されている。

3か国の抗議者は、共通する要求を掲げている。直接的な加害者だけでなく、安全規則違反を可能にした行政官への責任追及、政治的干渉のない透明な調査、そして腐敗の根本的原因に対処する制度改革だ。彼らは、選挙だけでなく、制度化された監視機構と公共の関与による説明責任の確保が、民主主義に不可欠であると理解している。

政府の対応は、予測可能なパターンを辿っている。小さな譲歩を見せたあと、怒りの本質的な解決ではなく、事態の“管理”に動くのである。

北マケドニアでは、内務大臣がナイトクラブの営業許可が違法であったことをすぐに認め、クラブ経営者や公務員など20人の身柄を拘束した。しかし抗議者たちはこれを“スケープゴート探し”であり、制度的改革ではないと捉えている。ギリシャでは列車事故の原因を「悲劇的な人的ミス」として片付けた後に運輸大臣が辞任したが、調査は遅々として進まず、証拠隠蔽や政治的責任回避が指摘されている。セルビア政府は一時的に一部の機密文書を公開し、要求に応える姿勢を見せたが、抗議が継続するとヴチッチ大統領は一転し、抗議者を「西側諸国の諜報機関の傀儡」と非難し始めた。

象徴的なジェスチャーのあとに本質的改革への抵抗が続き、時に抗議の弾圧まで伴うこの対応は、政府と市民の間に深い「信頼の欠如」があることを示している。改革の実行が、そもそも腐敗した機関に依存している限り、改革を信じることはできない―それが、なぜ市民たちが国際基準と市民社会による監視の導入を重視しているかの理由である。

これらの悲劇による感情的な衝撃は、通常なら政治に関心を持たない市民をも動員し、改革への圧力を高める「政策の窓」を生み出した。だがその窓が、目に見える変化のないまま閉じてしまうのか、それとも持続的な圧力が意味ある制度改革を導くのかは、今後にかかっている。

これらの運動が直面する課題は多い。感情的な高まりが落ち着いた後も動員を維持できるか、政府の表層的な改革アピールに取り込まれずに済むか、そして明白な過失への批判から、実現可能かつ変革的な制度提案へと舵を切れるかどうか――である。歴史が示すように、真の改革は稀であり、政府が行動しなければ、怒れる民意はポピュリスト政治家に取り込まれ、逆に反動的な目的に利用される危険性もある。

それでも希望はある。今回の抗議運動には、既存の政治的分断を越えて広範な市民連携が見られる。要求は抽象的ではなく、具体的で文書化された行政の失敗に基づいており、的を絞った制度改革の提案に繋がっている。犠牲者の記憶を尊重するという倫理的重みは、運動のエネルギーを持続させる資源となる。そしてこの運動は、経済的苦境のなかですでに正統性を問われていた腐敗エリート層の統治に追い打ちをかけている。

バルカン半島各地の広場に集まり続ける抗議者たちは、「市民のための民主主義」という力強いビジョンを体現している。繰り返し裏切られてきた民主主義の約束を取り戻そうとするその姿は、「本来、民主主義における権力とは、全ての人のために存在するべきものだ」と私たちに改めて気づかせてくれる。(原文へ

イネス・M・ポウサデラは、市民社会国際連合(CIVICUS)の上級研究員であり、「CIVICUS」の共同ディレクター及びライター、「世界市民社会レポート」の共同著者。

INPS Japan

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カシミール: 楽園の喪失

2025年4月22日、カシミール地方のインド支配地域で観光客26人が惨殺された。その後数日のうちに、インド軍とパキスタン軍の間で銃撃戦が勃発した。カシミールに今再び戦争が迫っているのだろうか?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】

「抵抗戦線(TRF)」が攻撃を実行したと主張した。インド治安当局は、TRFをパキスタンが支援する武装組織と分類している。襲撃犯らは非ムスリムの男性を選んで襲った。犠牲者は1人を除く全員が非ムスリムで、インド国内からの観光客である。彼らは、インドで人気の行楽地、カシミール地方のパハルガムを訪れていた。パキスタン政府は犠牲者遺族に哀悼の意を表明したが、襲撃を非難することはなかった。()

インドとパキスタンは両国とも、この係争地域を自国領土と主張している。カシミールは、1947年に亜大陸がインドとパキスタンに分離したとき以来の係争地である。一部の地域はパキスタンが支配し、別の地域はインドが支配しており、カシミールの分離主義者らは長年にわたって独立を求めている。1971年に両国間で合意された一種の停戦ラインである「管理ライン」が、事実上の国境となっている。しかし、軍事衝突が頻繁に起こっている。

1947年から1949年まで、インドとパキスタンはカシミールをめぐって戦争を行った。その後は1965年に第2次印パ戦争が、1971年には東パキスタン(現バングラデシュ)をめぐる第3次印パ戦争が起こった。最後は1999年に、敵対する二つの隣国はカシミール地方の係争地カルギル地域で4度目の戦争を行った。これらの戦争のほとんどにおいてインドが軍事的に優位であったが、カシミール紛争に対する永続的解決はいまだ図られていない。政治的にも外交的にも、山あり谷ありである。国境の開放や越境貿易による和解の試みの後には繰り返し、パキスタンやカシミールの武装グループによる野蛮なテロ攻撃が行われ政治的に疎遠な時期が続いた。例えば2008年には、最も大規模なテロ攻撃の一つとしてムンバイのホテルで武装ムスリム集団による攻撃が発生した。

近年ニューデリーの政府は、強硬な政策によってカシミールの事態を鎮静化させた。2019年、インドのナレンドラ・モディ首相は、ムスリムが多数派を占める地域が持つ憲法上の特別な地位を署名一つで廃止し、インドのジャンムー・カシミール州を連邦直轄領として中央政府の支配下に置いた。ニューデリーは約4万人の部隊を追加配備し抗議者らを容赦なく弾圧した。なぜなら政府が抗議者をテロリストと見なしたからである。何千人もの野党政治家やジャーナリストが投獄された。カシミール渓谷のインド支配地域は、長期にわたって外部からの通信が遮断されている。カシミールの数百万人の人々は、その圧倒的多数がインド国籍を拒絶し、数十年にわたり自決権を求めて闘ってきたが、軍により包囲され、占領された。

支配的な軍と警察の存在は、テロ攻撃の減少をもたらした。2025年4月初め、インドのアミット・シャー内相はジャンムー・カシミールを訪問した際に地域の「テロリストの生態系全体」が「機能不全に陥った」と宣言した。このような判断は、インド政府がいかに情報不足だったか、そして、先般のテロ攻撃がいかに寝耳に水だったかを示すものだ。

 ニューデリーは、今回の攻撃の背後にパキスタンの関与があると見ている。武装グループは、パキスタンの治安部隊の支援を受けているといわれている。モディ首相は、インドは「全てのテロリストとその支援者を特定し、追跡し、罰する。地の果てまで追い詰める。テロの温床に残っているものを徹底的に壊滅するべき時が来た」と述べた。当然ながら、パキスタンの見方は大きく異なる。つい最近、アシム・ムニール陸軍参謀長は、カシミールをイスラマバードの「頸動脈」と呼び、いわゆる「二国家論」を提唱した。それによれば、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒は二つの別個の国家に帰属する。従って、ムスリムが多数派を占めるカシミールはパキスタンに帰属することになる。

今回の襲撃と非難の応酬を受けて、両国のソーシャルメディアには報復措置を求める声が広がっている。政府は、安全保障の強化に対する国民の要求に応えるため、軍を動員しようという誘惑に駆られるかもしれない。

計算されたエスカレーション

ニューデリーの政府は当初、計算されたエスカレーションによって対応しており、パキスタンから外交官の半分を召還し、インドに駐在するパキスタン外交官を追放し、アタリ・ワガ国境検問所を閉鎖し、インダス川水利条約を停止した。同条約は世界銀行の仲介により両国間で締結されたもので、強力な武器になり得る。過去の紛争においても、インド政府は水の堰き止めをちらつかせてきた。もしニューデリーがこの措置を実行に移せば、パキスタンの農業と国民への水供給に深刻な影響を及ぼすことになるだろう。すでに惨状にあるパキスタン経済は、その収入の4分の1を農業に依存している。危機はさらに悪化するだろう。それに対し、インドが失うものはほとんどない。パキスタン政府は、水の堰き止めが行われた場合それは「戦争行為」であると述べた。

国内では、インド政府は水利条約を断固停止することによってポイントを稼げるかもしれないが、国際的には拘束力のある条約を破ることに対して批判を受ける可能性が高い。第5次戦争まではいかなかったものの、カシミールをめぐる前回の危険な衝突は2019年2月に発生した。自爆テロによってインド人兵士40人が死亡した。インド空軍は越境攻撃を行い、これに対してパキスタンは戦闘機をインド領空に飛行させた。インド空軍が狼狽したのは、インドの戦闘機がパキスタン領内で墜落したことだった。紛争は最終的に、ワシントンからの外交圧力によって終結した。しかし、今日、敵対する隣国間の外交関係は凍結したままである。両国とも、互いの首都から大使を撤退させて久しい。2014年にモディ首相が就任したとき、彼はパキスタンに歩み寄って関係改善を図った。しかし、これまでの多くの場合と同様、かつての姉妹国の間に培われた敵意が妨げとなった。

インドは今回、武力で対応するのだろうか? 世論の圧力は強烈である。これまでのところ、限定的な軍事的小競り合いが起こるにとどまっている。もしパキスタンが攻撃されれば、「わが国の軍はそれに対する準備ができている。(中略)適切かつ即時の対応が取られるだろう」とイスラマバードの政府は表明した。その裏では、軍事衝突がエスカレートして核兵器が使用される、あるいは少なくともその威嚇がなされるのではないかという懸念が常に存在する。

何が、この問題の持続可能な解決策となり得るだろうか? 75年以上にわたり、平和的解決を見いだそうとする過去の試みは全て失敗してきた。ニューデリーが強力な警察や軍の存在によって法と秩序を維持しようとした過去5年間の試みは、今回の攻撃によって失敗に終わったようだ。インド政府は長年にわたり、外交的駆け引きによってパキスタンを国際的にのけ者にしようとしてきた。これは、一方ではインドの経済力と政治的影響力、他方ではパキスタンの脆弱性のおかげで大いに成功を収めている。しかし、インドの国際的優位は、不穏なカシミール地方に平穏をもたらしてはいない。妥協するつもりは、どちらの側にもない。

インドの中央政府は、世論が強く求めるパキスタンに対する報復措置ばかりに目を向けるのではなく、カシミールの地元住民の不安や抗議を真剣に受け止めるべきだ。ただし、それは、モディと彼の政府が何年にもわたって追求している、社会のあらゆるレベルでヒンドゥー教を重視するという政策とは全く相容れないものである。(原文へ

ハルバート・ウルフは、国際関係学の教授であり、ボン国際紛争研究センター(BICC)元所長である。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学・開発平和研究所の非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所の研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会の一員でもある。

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都市の住宅危機が深刻化する中、アフリカの若者が都市生活から締め出される

【アブジャIPS=プロミス・エゼ】

2019年に大学を卒業したジェレマイア・アチムグは、より良い機会を求めてナイジェリア北西部のソコト州から首都アブジャへと移り住んだ。しかし、都市での生活は予想外の困難に満ちていた。中でも住宅費の高さは大きな障壁だった。

アチムグは当初、叔父の家に身を寄せ、月給12万ナイラ(約73米ドル)のマーケターとして働き始めた。しかし、この収入では生活費すら賄えなかった。

「ナイジェリアの急速に発展する首都の生活費が、すぐに私の給料を食いつぶしました」と彼は語る。「月末にはいつも金欠でした。交通費、食費、その他の支出があまりに多かったのです。」

独り暮らしを始めようと部屋探しを始めたが、提示された家賃に衝撃を受けた。辺鄙な場所の狭いワンルームですら、年間約50万ナイラ(約307米ドル)だった。

「その程度の部屋に、そんな金額を払うなんて無理でした」と彼は振り返る。

数か月後、アチムグは仕事を辞めて故郷ソコトに戻った。都市で人生を築くという夢は、高すぎる生活費によって断ち切られたのだった。

「ナイジェリアの都市部では、若者にとって生活費や家賃があまりに高い」と彼は嘆く。「それでも、こうした都市こそが仕事のチャンスにあふれている場所です。都市に出てくる若者を狙って、家主たちが家賃をつり上げているのです。」

アフリカ全土に広がる家賃危機

アチムグの経験は、ナイジェリア中の若者が直面するより広範な問題を反映している。ナイジェリアの人口の約63%は24歳以下であり、都市部の人口は急増している。国連は、ナイジェリアの都市人口の増加スピードが全国平均の約2倍であると警告している。しかし、住宅供給はこの成長に追いついておらず、わずかに存在する住宅は法外な価格に高騰している。世界銀行によると、ナイジェリアは1700万戸以上の住宅不足に直面している。

African Continent/ Wikimedia Commons
African Continent/ Wikimedia Commons

ラゴス、アブジャ、ポートハーコートといった主要都市では、立地や部屋の種類によって年間家賃は40万ナイラ(約246米ドル)から2500万ナイラ(約16000米ドル)にも及ぶ。

最低月給は7万ナイラ(約43米ドル)だが、支払いが遅れる、あるいはまったく支払われないことも多く、失業率も高いため、多くの若者にとってまともな住宅を借りることは不可能に近い。これは、定住や社会的つながりの構築、経済的安定を妨げている。

こうした傾向はナイジェリアに限らない。アフリカ各国の都市部でも、若者が家賃の高騰によって締め出されている。急速な都市化、人口増加、経済的困難が、手頃な住宅の供給を脅かしている。IPSがガーナ、ケニア、南アフリカ、ナイジェリアの若者にインタビューしたところ、どの国でも同様の課題が報告された。

フォーマルな住宅はアフリカの大多数の人々にとって手が届かず、わずか5〜10%の富裕層だけがアクセス可能だ。残された多くの人々は、電気や清潔な水、適切な衛生設備すらないインフォーマルな居住地で暮らすしかない。専門家は、手頃な住宅への投資を増やさない限り、若者の住居確保はますます困難になると警鐘を鳴らしている。

若者の夢を閉ざす家賃の壁

ガーナ・クマシのクワンタミ・クワメ氏は、都市部の家賃高騰を「資本主義と不動産業者の貪欲さ」によるものと指摘する。

「数週間前、アクラでワンルームを探していたが、2年分の前払いとして38275ガーナ・セディ(約2500米ドル)を要求された。その部屋は基準以下で、水道、電気、ごみ処理費も別途必要だった。とても不公平だ」と彼は語る。

月額最低賃金が539.19ガーナ・セディ(約45米ドル)に過ぎないガーナでは、都市に集まる若者のために政府が手頃な住宅を確保する仕組みが必要だと訴える。

政府による家賃規制を求めるクワメ氏に対し、ナイジェリア・ラゴスの不動産専門家オライタン・オラオエ氏は、「土地の不足と建築資材の価格上昇が主因であり、単純な価格統制では解決しない」と反論する。

「例えば、ナイジェリアでは燃料補助金の撤廃によって物価が急騰し、それが建設コストにも波及した。政府がその状況で家主に家賃を下げろと言うのは筋が通らない」と語る。

オラオエ氏も、一部の家主の強欲を否定しないが、今後は家を借りるどころか「持ち家を持つ夢すら非現実的になる」と懸念する。

社会住宅制度の不備

ケニア・ナイロビのフィービー・オティエノ・オチェン氏は、教育職に就いて首都に移住したが、月給18000ケニア・シリング(約140米ドル)では賃貸物件は到底無理だった。

「学校から提供された小さな部屋に住むしかなかった。ナイロビではワンルームですら月120000ケニア・シリング。生活は成り立たない」と彼女は語る。

ケニア政府は低・中所得層向けの「手頃な住宅プログラム」を打ち出しているが、実際には高額であり、住宅税の義務化にも国民の反発が強まっている。

ナイジェリアでも、住宅供給を目指した国家プログラムが幾度となく立ち上げられてきたが、資金不足、腐敗、ずさんな実施により多くが頓挫している。

南アフリカでは、急速な都市化と経済危機、アパルトヘイトの遺産が住宅危機を深刻化させている。かつて黒人が強制的に押し込められたタウンシップは今も十分なインフラを持たず、多くの若者が都市に移っても家賃が高すぎて生活基盤を築けない。

「夢を捨てるしかない若者たち」

南ア・ケープタウンのレセプショニスト、ンタンド・ムジ氏は「賃貸契約の際には3か月分の前払いを求められ、収入も厳しく審査される」と訴える。

SDGs Goal No. 11
SDGs Goal No. 11

「住宅開発を担っているのは商業目的の企業ばかり。だから家賃が高い。」と話すのはブフラ・マジョラ氏。学生エリアの安アパートに入居できるまでに1年かかったという。

「高すぎる家賃は若い専門職の可能性を奪っている。働ける場所の近くに住む選択肢すらなくなっている」と彼は警告する。

ナイジェリア南西部イバダンのピース・アビオラ氏も、貯金600000ナイラ(約369米ドル)を全て使って部屋を借りたが、収入が不安定なため更新できず、実家に戻ることを検討している。

「家賃高騰を抑える法律をしっかり施行することが一つの解決策だと思う」と語る彼女は、政府の対応を求めてデモに参加する市民の一人だ。

「政府はテナント保護の方針を何度も掲げてきたが、実現されたことは一度もない。私たちは毎日、生き延びることばかりを考えている。これが人生のあるべき姿ではない」と、アビオラ氏は語った。(原文へ

※本記事は、ECOSOC協が議資格を持つ創価学会インタナショナル(SGI)およびINPS Japanとの協力により、IPS NORAM提供しています。

INPS Japapn

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【ベルギー・ブリュッセル/ウルグアイ・モンテビデオIPS=サミュエル・キング & イネス・M・ポウサデラ】

世界の人口は高齢化している。世界の平均寿命は1995年の65歳未満から、現在は73.3歳へと大きく伸びた。60歳以上の人は現在11億人に達し、2030年までに14億人、2050年には21億人に達すると予測されている。

この人口動態の変化は、公衆衛生の進歩、医療の発展、栄養状態の改善を反映した「勝利」とも言える現象だ。しかし一方で、人権の観点から新たな課題を突きつけている。

エイジズム(年齢差別)は、高齢者を「負担」と見なす偏見を助長している。家族、地域社会、ボランティア活動などで多大な貢献をしているにもかかわらず、多くの高齢者は差別、経済的排除、サービスの拒否、不十分な社会保障、放置、暴力といった深刻な人権侵害に直面している。

このような状況は、他の理由でも差別を受ける高齢者にとってはさらに深刻だ。高齢女性、LGBTQI+の高齢者、障がいを持つ高齢者、その他社会的に排除された集団の高齢者は、複合的な脆弱性を抱えている。紛争や気候災害が起きた際には、高齢者は特に深刻な被害を受けるが、その実態はあまり注目されず、保護も不十分である。

こうした課題は、日本のような高齢化が進んだ先進国だけのものではない。グローバル・サウス諸国でも、過去の北半球よりもはるかに速いペースで高齢化が進行しており、支援のインフラや社会保障が不十分な社会で老後を迎えるという現実がある。

にもかかわらず、現時点で高齢者の人権を特に保護する国際条約は存在しない。現在の国際法体系は断片的であり、急速に変化する人口構成にはもはや適合していない。

国際的な最初の重要な進展は、2015年に米州機構(OAS)が採択した「高齢者の人権保護に関する米州条約」だった。この画期的な条約は、高齢者を権利の主体として明確に認め、差別、放置、搾取からの保護を規定している。ただし、加盟国間での実施にはばらつきがある。

一方、世界保健機関(WHO)が推進する「2021〜2030年 健康的な高齢化の10年」は、年齢にやさしい環境や医療体制の促進に向けた前進ではあるものの、法的拘束力のない自主的枠組みに過ぎない。真に人権を保障するには、拘束力のある条約が必要だ。

そうした中で、2025年4月3日、国連人権理事会が「高齢者の権利条約の起草に向けた政府間作業部会の設置」を決定したことは、実現への大きな希望となる。地政学的分断が深まる昨今において、全会一致での採択は特に意義深い。

この動きは、2010年に国連総会で設置された「高齢化に関する公開作業部会」による10年以上にわたる粘り強い取り組みの成果である。これまで14回の会合を重ね、各国政府、市民社会、国家人権機関などが議論を重ね、2024年8月には条約起草を求める勧告が出された。AGEプラットフォーム・ヨーロッパ、アムネスティ・インターナショナル、ヘルプエイジ・インターナショナルなど市民団体による国境を越えたキャンペーンや連携も、今回の前進に大きく貢献した。

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今後は、原則を法的保護に変える重要な段階が始まる。人権理事会決議は、その具体的な手順を示しており、年内には作業部会の初会合が開かれる予定だ。条文が草案としてまとまれば、国連システムを通じて検討・採択へと進む。採択されれば、1989年の児童の権利条約、2006年の障害者権利条約に続く新たな保護枠組みとなる。

この条約は、高齢者が社会にどう評価されるかを再定義する稀有な機会でもある。宣言から実施までの道のりでは、市民社会による粘り強い監視と働きかけが不可欠となる。まずは、条文に実効性のある保護を盛り込むこと、次に採択後の履行で保護が骨抜きにならないようにすることが重要だ。

その努力が実を結べば、年齢を重ねることが人間の尊厳と権利を損なうのではなく、むしろ高める未来が実現するだろう。(原文へ

サミュエル・キング:EU資金による研究プロジェクト「ENSURED」の研究員。
イネス・M・ポウサデラ:市民社会連合CIVICUSの上級研究員、CIVICUS Lensライター、『市民社会の現状レポート』共同執筆者。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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弁護士から活動家へ──児童婚根絶の運動を率いたブワン・リブー氏が表彰される

【ニューデリーIPS=ステラ・ポール】

ブワン・リブー氏は、もともと子どもの権利活動家になるつもりはなかった。しかし、インドで数多くの子どもたちが人身売買され、虐待され、児童婚を強いられている現実を目の当たりにし、沈黙を選ぶことはできなかった。

「すべては“失敗”から始まりました。」とリブー氏は語る。「助けようとはしていましたが、問題を止めることはできなかった。そのとき気づいたのです──この問題は社会正義ではなく、刑事司法の問題なのだと。そして、解決には包括的で大規模なアプローチが必要だと。」

現在、リブー氏は世界最大級の子どもの権利保護ネットワーク「ジャスト・ライツ・フォー・チルドレン(Just Rights for Children)」を率いている。児童婚や人身売買と闘い続けてきた功績により、同氏はこのたび世界法曹協会(World Jurist Association)から名誉勲章を授与された。授与式は、ドミニカ共和国で開催された世界法律会議(World Law Congress)にて行われた。

しかし、リブー氏にとってこの賞は「栄誉」ではなく「責任の証」だ。「この賞は、世界が注目していること、そして子どもたちが私たちに希望を託しているということの証なのです」と、授賞後初のインタビューでIPSにの取材に対して語った。

原点─1つの会議が人生を変えた

弁護士としての訓練を受けたリブー氏の道のりは、長く困難ながらも輝かしいものだった。そのきっかけは、インド東部ジャールカンド州で開かれた小規模なNGOの会合だった。ある参加者が発言した──「私の村の少女たちがカシミールへ連れて行かれ、結婚相手として売られています。」

その一言が、リブー氏の心を強く打った。

「そのとき気づいたのです──州境を越える問題を、1人や1団体で解決するのは不可能だと。」そこで全国的なネットワークづくりを始めた。

こうして「児童婚のないインド(Child Marriage-Free India/CMFI)」キャンペーンが誕生。数十の団体が次々に加わり、その数はやがて262団体に拡大した。

これまでに2億6千万人以上がこのキャンペーンに参加。インド政府も「バル・ビバフ・ムクト・バラト(Bal Vivah Mukt Bharat/児童婚ゼロのインド)」という国家ミッションを立ち上げた。

現在、村や町、都市の至る所で「児童婚ゼロのインド」に向けた声が上がっている。

「かつては不可能と思われていたことが、今や手の届くところまで来ています」とリブー氏は語る。

法廷での戦い

弁護士であるリブー氏にとって、法律は強力な武器である。

2005年以降、彼はインドの裁判所で多数の重要な訴訟を提起し、勝訴してきた。これにより、児童人身売買の法的定義が明確化され、行方不明児童の届け出に対する警察の義務化、児童労働の刑事罰化、被害者支援制度の整備、有害な児童性的コンテンツのネット上からの削除など、数々の改革が実現した。

特に大きな転換点となったのは、「行方不明の子どもは、人身売買の可能性があるとみなすべきだ」と裁判所が認めたこと。この判断により、行方不明の児童数は11万7480人から6万7638人へと大幅に減少した。

「これこそが“行動する正義”の姿です」とリブー氏は語る。

宗教指導者の協力を得る

CMFIの最も画期的な取り組みのひとつは、宗教指導者への働きかけだった。

「なぜなら、どの宗教であれ、結婚を執り行うのは宗教指導者だからです。彼らが児童婚を拒否すれば、習慣そのものが止まるのです。」

キャンペーンのメンバーは全国の村々を訪れ、ヒンドゥー教の僧侶、イスラム教のウラマー、キリスト教の神父や牧師などに「児童婚は行わず、見かけたら通報する」という誓約を促した。

その効果は絶大だった。例えば結婚が多く行われる吉日「アクシャヤ・トリティヤ(Akshaya Tritiya)」でも、寺院が児童婚を拒否するようになった。

「信仰は、正義のための大きな力になり得るのです。宗教の教義も、子どもたちの教育と保護を支持しています」とリブー氏は話す。

世界へ広がる運動

このキャンペーンはもはやインド国内にとどまらない。2025年1月にはネパールがこの動きに触発され、「児童婚ゼロ・ネパール」イニシアチブをカドガ・プラサド・シャルマ・オリ首相の支持のもと開始。全7州が参加し、児童婚撲滅に取り組んでいる。

さらに、この運動はケニアやコンゴ民主共和国など39カ国へと広がっており、国境を越えた子ども保護のための法的ネットワーク創設への機運が高まっている。

「法制度は国や地域によって異なっていても、“正義”の理念は同じでなければなりません」と語るリブー氏は、2冊の著書『Just Rights』『When Children Have Children』の中で、PICKETと呼ばれる法的・制度的・倫理的枠組みを提唱している。「叫ぶだけではなく、子どもたちを日々守るためのシステムを築くことが必要なのです。」

犠牲と希望

リブー氏は、将来有望だった弁護士としてのキャリアを捨てた。当初は理解されなかったという。

「周囲から“時間の無駄だ”と言われました。でもある日、息子がこう言ったんです──“たったひとりでも救えたら、それで十分じゃない?” それが私にとってすべてでした。」

彼は“ガンディー的信託主義”──つまり、自分の才能や特権を、最も支援を必要とする人のために使うべきだという考えを信じている。

「私がイラクやコンゴで児童婚と闘うことはできないかもしれません。でも、必ず誰かが立ち上がります。そして私たちは、その人のそばに立ちます。」

勲章は“より大きな使命”への扉

世界法曹協会の勲章は単なる栄誉ではない。リブー氏にとってそれは“舞台”である。

「この賞が伝えているのは、『変化は可能だ』『すでに変化は始まっている』というメッセージです。共に歩もう、という呼びかけなのです。」

この受賞をきっかけに、新たなパートナーとの協力が広がり、活動地域もさらに拡大できることを期待しているという。

「2024年だけで2.6万件以上の児童婚が阻止され、5万6千人を超える子どもたちが人身売買や搾取から救出されました。これが、夢物語ではない“現実の変化”なのです。」

2030年までに、インドにおける児童婚の割合を5%未満に抑えることが目標だ。

しかし、世界にはまだ多くの課題が残っている。イラクでは10歳の少女が結婚できる法制度があり、米国でも35州で一定の条件下における児童婚が合法である。

「正義は“一時的”ではいけない。世界のどこであっても、“日常の一部”でなければならないのです。“正義”がただの言葉で終わらないように──それが私たちの使命です。」(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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ハイチ中部県で武装ギャングの支配拡大

【国連IPS=オリトロ・カリム】

2025年3月下旬、ハイチ中部県のミルバレ(Mirebalais)およびソードー(Saut d’Eau)で発生した一連の凄惨な衝突の後、現地のギャングが両コミューンを掌握し、住民の避難と治安悪化が深刻化している。これは、ポルトープランス首都圏以外にも武装勢力の支配が拡大し続けていることを示しており、ハイチにおける人道状況の悪化が続いている証左である。

5月2日、ホワイトハウスは「ヴィヴ・アンサム(Viv Ansamn)」および「グラン・グリフ(Gran Grif)」という2つのギャング組織をテロ組織に指定し、ハイチの問題の根幹にはこれらのグループの活動があると断定した。マルコ・ルビオ米国務長官は、「これらのギャングは、違法取引やその他の犯罪活動が自由に行われ、国民を恐怖に陥れる“ギャング国家”の樹立を最終目標としている」と述べ、こうした指定は対テロ対策として極めて重要であり、彼らへの支援や取引には、ハイチ国民のみならず米国永住者や米国市民も制裁の対象となる可能性があると警告した。

国連児童基金(UNICEF)は4月29日、首都圏および中部県の状況に関する報告書を発表した。それによると、4月初旬に発生した襲撃で、ミルバレの刑務所から515人以上の囚人が脱走。民間人の死者が相次ぎ、略奪や警察署の破壊も確認されている。4月25日には、中部県の治安回復を目指して法執行機関による作戦が実施され、8名の武装者が死亡、3丁の銃が押収されたが、ギャングの根絶には至らなかった。

さらに、ハイチ当局は、ヴィヴ・アンサムがラスカオバス(Lascahobas)と接するデヴァリュー(Devarrieux)地区の掌握を試みていると警告している。UNICEFによると、中部県でのギャング活動の激化により、人道支援団体の活動にも深刻な支障が出ており、ヒンチェ(Hinche)とミルバレ、ラスカオバス、ベラデール(Belladère)を結ぶ道路の一部が封鎖されている。一方で、ヒンチェとカンジュ=ブーカン=カレ(Cange-Boucan-Carré)間は比較的安全とされ、支援物資の輸送が許可されている。

国際移住機関(IOM)の統計によると、2023年に敵対行為が激化して以来、国内避難民は100万人を超えた。中部県ではおよそ5万1千人が避難しており、そのうち2万7千人が子どもである。また、IOMの報告では、ドミニカ共和国によるハイチ人の国外追放が大幅に増加しており、ベラデールおよびオアナミンテ(Ouanaminthe)といった国境地域で、2025年4月だけで2万人以上が送還された。これは今年最大の月間記録である。

人道団体は、女性、子ども、新生児など、特に脆弱な立場にある人々が多く含まれていることから、これらの強制送還に懸念を示している。IOMのエイミー・ポープ事務局長は「ハイチの状況は日に日に悪化しており、強制送還とギャングによる暴力が、すでに脆弱な現地社会をさらに悪化させている」と述べた。

また、避難所の状況も深刻で、IOMによると、現在1万2500人以上が95ヵ所に設置された避難所に分散しているが、その多くには食料、水、医療といった基本的なサービスすら行き届いていない。ミルバレでのギャング活動の激化により、ベラデールは事実上、他地域から孤立した状態にある。IOMハイチ代表のグレゴワール・グッドスタイン氏は、「これは首都圏を超えて拡大する複合的な危機であり、国境をまたぐ追放と国内避難がベラデールのような地域で収束している。支援活動の関係者自身も、救援を必要とする人々と共に閉じ込められてしまっている。」と危機感を示した。

ハイチの医療制度も、暴力の激化により崩壊寸前である。米州保健機関(PAHO)によると、首都ポルトープランスでは42%の医療施設が閉鎖中であり、国民の約5人に2人が緊急医療を必要としている。

さらに、性的暴力も蔓延している。国連の統計によれば、これまでに333人以上の女性や少女がギャングによる性暴力の被害を受けており、その96%が強姦である。人身売買や少年兵への強制徴用もポルトープランスで頻発している。

複数の分野にわたる資金不足が、ハイチの人々が生き延びるために必要な資源へのアクセスを困難にしている。構造的な障壁や社会的タブーのために、加害者が処罰されることは少なく、暴力の多くが見過ごされている。

国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、ハイチの2025年人道支援計画に必要な9億0800万ドルのうち、実際に集まったのはわずか6100万ドルで、支援充足率は7%未満にとどまっている。国連およびパートナー団体は、急速に悪化するこの危機への対応のため、各国に緊急の支援拠出を呼びかけている。(原文へ

INPS Japan

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AIによる「情報汚染」から選挙を守れという呼びかけ

【国連IPS=ナウリーン・ホセイン】

人工知能(AI)の普及は、情報の流れやアクセスのあり方を変化させており、表現の自由にどのような影響が及ぶかという点で、広範な影響をもたらしている。国家レベルおよび地方レベルの選挙では、AIが有権者や選挙キャンペーンに与える影響の大きさと、悪用される脆弱性が顕在化しやすい。人々が制度や情報に対して懐疑的になる中、政府やテック企業は、選挙期間中における表現の自由を守る責任を果たす必要がある。

今年(2025年)の「世界報道自由デー」(5月3日)は、AIが報道の自由、情報の自由な流通、そして情報と基本的自由へのアクセスに与える影響に焦点を当てた。AIは誤情報・偽情報の拡散や、オンライン上のヘイトスピーチの助長といったリスクを伴い、選挙の文脈では、言論の自由やプライバシーの権利を侵害しかねない。

同時に開催された世界報道自由グローバル会議2025の関連イベントでは、国連教育科学文化機関(UNESCO)と国連開発計画(UNDP)が共同で発表したブリーフィングペーパーが紹介され、AIの影響と、選挙における表現の自由を巡るリスクと可能性について論じられた。

UNDP人間開発報告室のペドロ・コンセイソン所長は、情報アクセスに影響を与える「レコメンド・アルゴリズム」の役割について、「その仕組みは極めて複雑で、かつ新しいものであり、さまざまな利害関係者の視点を集める必要がある」と述べた。

選挙が信頼性と透明性を持って実施されるには、表現の自由の保障が不可欠である。この自由と情報アクセスがあることで、市民の関与や討論が可能になる。各国は国際法上、表現の自由を尊重し保護する義務を負っているが、選挙期間中にはその責務の実行が困難になる場合もある。AIへの投資が拡大する中で、選挙に関わるさまざまな主体がAI技術を利用している。

選挙管理機関は、有権者に投票方法などを伝える責任があり、SNSなどを通じて情報を迅速に届けるためにAIを活用することがある。また、AIは広報戦略や意識啓発、オンライン分析・リサーチの分野でも用いられている。

ソーシャルメディアやデジタルプラットフォームでは、親会社が生成AIの統合を進めており、コンテンツモデレーションにもAIが使われている。しかし、利用者の滞在時間やエンゲージメントを優先するあまり、情報の健全性が損なわれているリスクもある。BBC Media Actionのシニア・リサーチマネージャーであるクーパー・ゲートウッド氏は、「特に若者はソーシャルメディアを主な情報源としている」と述べた。

ゲートウッド氏が紹介したインドネシア、チュニジア、リビアでの調査では、偽情報・誤情報に日常的に触れていると答えた人はそれぞれ83%、39%、35%にのぼった。一方で、「拡散のスピードが真偽より重要」と考える傾向もチュニジアやネパールで見られたという。

「こうした調査結果は、選挙や人道危機、情報の入手が困難な状況下において、AI生成の偽情報が迅速に拡散されることで、深刻な被害をもたらす可能性があることを示しています」とゲートウッド氏は警鐘を鳴らした。

AIは選挙の健全性に複数のリスクをもたらす。まず、技術基盤が国によって大きく異なること。特に開発途上国では、AIの活用も、その規制や対応にも限界がある。UNESCOの『デジタル・プラットフォームのガバナンスに関するガイドライン』(2023年)や『AI倫理に関する勧告』(2021年)は、人権と尊厳の保護を軸とした政策的指針を提供している。

UNESCO報道の自由・ジャーナリストの安全担当の選挙プロジェクトオフィサー、アルベルティナ・ピテルバーグ氏は、「デジタル情報を白黒つけるように単純化して語るのはますます難しくなっている」と語り、「マルチステークホルダー・アプローチの重要性」に言及した。政府、テック企業、投資家、学術機関、メディア、市民社会などが協力し、キャパシティビルディング(能力構築)を通じて共通認識を築く必要があるという。

「私たちはこの課題に、人権尊重に基づき、平等な方法で取り組む必要があります。どの選挙もどの民主主義も重要です。商業的な利益やその他の私的利益よりも、それを優先すべきです」とピテルバーグ氏は語った。

チリ選挙管理委員会のパメラ・フィゲロア委員長は、AIによる「情報汚染」が政治参加における非対称性を生み出し、制度や選挙プロセス全体への信頼を損なうリスクを指摘した。

情報の複雑さはAIによってさらに増しており、「ディープフェイク」をはじめとするAI生成コンテンツが、候補者の信用失墜や政治的混乱に使われている。こうした技術は一般市民にも容易にアクセス可能となっており、その悪用が懸念される。

AIモデル自体が人間の偏見や差別を反映することもある。特に女性政治家は、性的に描写されたディープフェイクなどの嫌がらせやサイバーストーキングの被害を受けやすく、それが政治参加を阻む要因にもなっている。

とはいえ、AIは表現の自由を促進する機会も提供している。ブリーフでは、情報の健全性を保つための多様な利害関係者の関与と、戦略的コミュニケーションの必要性が指摘された。信頼できる選挙のためには、メディア、市民社会、テック企業が連携し、メディア・リテラシーの強化に取り組むことが求められている。

デジタルプラットフォームにも、選挙文脈でAIに対する保護措置を講じる責任がある。たとえば、選挙期間に適したコンテンツ監視への投資、選挙関連情報の推薦アルゴリズムの公共的利益の優先、リスク評価の公開、正確な情報の推進、選挙管理機関や市民団体との協議などが挙げられる。

AI、表現の自由、選挙の相互作用には、複数の立場からの連携と理解が不可欠であることが今回明らかになった。選挙に限らず、AIを人類のために活用するための方策として、今後の指針となる可能性がある。

UNDPで技術と選挙を専門とするアジャイ・パテル氏は、「AIツールはすでにすべての人のスマホに入り、ある意味で“無料”です。では、それがどこへ向かうのか?何が起こるのか?善にも悪にも、どんな革新が生まれるのか?」と問いかけた。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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ヒマラヤの栄光とリスク

2025年春、記録を追い求める登山隊が続々とヒマラヤへ

【カトマンズNepali Times=ヴィシャド・ラジ・オンタ】

2025年春の登山シーズンが始まり、ヒマラヤの山々における栄光とリスクの微妙な均衡を、早くも思い知らされる事態が起きている。

エベレストは例年どおり最大の注目を集めているが、初登頂から75周年を迎えるアンナプルナでも記録的な数の登山隊が集結しており、カンチェンジュンガの初登頂から70周年となる節目も、多くの登山者に記憶されている。

しかし、気候変動によって一層深刻化しているヒマラヤ登山の危険性が、アンナプルナでの2人の有望な若手高所ガイドの悲劇的な死によって、あらためて突きつけられた。

エベレストはエベレストであるがゆえに、多くの登山者を引きつける。今年すでに22隊、約220人の外国人登山者とガイドがベースキャンプに到着しており、今後その数は450人を超え、2023年の外国人登山者478人という過去最高記録を更新する可能性もある。

登山許可証の料金がこの秋から1万1000ドルから1万5000ドルに引き上げられることもあって、許可証の需要が高まっているようだ。しかし、4000ドルの値上げが登山者数の抑制、すなわちリスクの低減にはつながらないと見られている。

ネパール政府観光局では、登山許可証の発行は毎年4月上旬から開始されるが、登山者たちは数年前から準備を始めているため、これには不満も多い。「これが現在の制度なのです。登山者がネパール到着時にすべての書類が揃っていることを確認したいのです。」と、観光局のゴマ・ライ氏は語った。

Nepali Times
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エベレストではすでに氷河の危険地帯クンブ・アイスフォールに最初のアタックが始まっているが、他のヒマラヤの峰々でも活動は活発だ。標高8485メートルのマカルーでは、すでに登頂に成功したチームも出ている。4月10日にはロープ固定を担当した10人のガイドが、世界第5位の高峰の頂上に到達した。

標高8586メートルで世界第3位のカンチェンジュンガには、インド隊が2隊入っており、インド側からの登山が認められていないため、ネパール側からのアプローチとなっている。その1隊は、エベレストを3度制覇したランヴィール・シン・ジャムワル大佐が率い、「ハル・シカール・ティランガ(すべての州の最高峰にインド国旗を掲げる)」キャンペーンの最後の行程に挑んでいる。

“カンチ”の北壁は天候が読めず技術的にも困難なため、非常に危険である。1953年以来エベレストには1万2884回の登頂がある一方で、カンチェンジュンガは70年でわずか250回の登頂しか記録されていない。

アンナプルナでは4月6~7日にかけて45人が登頂に成功したが、天候の悪化により事態は一変した。7日には雪崩が発生し、ニマ・タシ・シェルパとリマ・リンジェ・シェルパの2人が命を落とした。ともにロープで結ばれていたペンバ・テンドゥク・シェルパは奇跡的に生還した。

「家よりも高い巨大な雪崩でした」と、ペンバは振り返る。「私とクライアントはセラックの真下にいて助かりました。2人が巻き込まれたことに気づきましたが、発見できませんでした。」

4日間にわたりヘリ2機を使って捜索が続けられたが、遠征会社セブンサミット・トレックはついに捜索の打ち切りを決定した。ニマ・タシは、前年エベレストで身動きの取れなくなったマレーシア人登山者を標高8400メートルから背負って救出し、国際的な注目を浴びた“無名の英雄”だった。

しかし今回、アンナプルナでは彼とリマ・リンジェの2人の命が尽きた。セブンサミットは声明で「我々が誇る2人の優秀なシェルパガイドを失いました。これだけの時間が経過した氷の下では生存の可能性はなく、捜索の継続は他のシェルパの命を危険にさらす行為です」と述べた。

アンナプルナは、過去75年間でヒマラヤの峰の中でも最も致死率が高く、登ろうとした者の3人に1人が帰らぬ人となっている。今年も北壁のクレバスが多すぎてロープが足りず、落石や雪崩も例年以上に頻発した。

南アフリカの登山者ジョン・ブラックは、この雪崩に巻き込まれる寸前だった。彼は第3キャンプを出発して間もなく登頂を断念した。

「直感という人もいれば、計算だという人もいますが、私は不安を拭えませんでした」とブラックは語る。実は彼は雪崩に巻き込まれた2人のシェルパと直前にチョコレートを分け合っていた。「これは、リスクが現実であること、そして状況が一瞬で変わることを突きつける警告です。」

この雪崩の後、緊急事態でないにもかかわらず、一部の登山者がヘリで北壁から撤退したことには批判も集まっている。

近年のヒマラヤ登山では、未熟な登山者が増加しており、自身のみならずガイドや他の登山者にも危険を及ぼしている。苦しいときに撤退の判断ができない者も多い。

「アイゼンを使いこなせない人もいれば、岩や氷を登る基本的な技術すら身に付いていない人もいました」とブラックは言う。「技術がないうえに、動きが遅く、困難な地形で効率的に進むことができないのです。アンナプルナのような山では、スピードこそが危険にさらされる時間を減らす唯一の手段です。」

この傾向に拍車をかけているのが、SNSを通じた即時満足への欲求だ。ヒマラヤ登山の本来の挑戦は、「インスタグラムの登頂自慢」へと変質し、遠征会社も顧客の希望に応じざるを得なくなっている。

もう一つの論争を呼んでいるのは、イギリス軍退役兵による4人組の登山隊である。彼らは登山前にキセノンガスを吸引して赤血球の増加を図っており、「実験」とされているが、これはアンチ・ドーピング機関が禁止しているパフォーマンス向上手段である。

スリランカのIT技術者ディマンタ・ディラン・テヌワラは、美しいアマ・ダブラム登頂を目指している。スリランカとネパールの国旗を山頂に掲げ、ネパールの民族衣装ダウラ・スルワルを着て登る予定だ。「南アジアの団結による繁栄」というメッセージを伝えたいという。

テヌワラは、2004年のスリランカ津波で父親を亡くした元“甘やかされた子ども”だった。その悲劇が、彼の登山の原動力となっている。

「この遠征は、20年前に始まった私の使命です」と語るテヌワラは、自立のために技術学校に通い、自ら資金を工面してこの旅に臨んでいる。アマ・ダブラムは、年内に計画しているK2遠征の準備でもある。

注目すべき遠征のもうひとつは、スロバキアのピーター・ハモールとイタリア人カップルのニヴェス・メロイ&ロマーノ・ベネットのチームで、カンチェンジュンガ山塊の7590メートル峰ヤルンピークで新ルート開拓を試みている。

また、イギリス人2人によるチームはすでにエベレスト・ベースキャンプに入り、ローツェフェイスを登ったのち、ウィングスーツで山から飛び降りる挑戦を再び試みようとしている。(原文へ

INPS Japan/Nepali Times

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「ジブリ化」は可愛いピクセルだけじゃない

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【カトマンズNepali Times=アニル・ラグヴァンシ】

やわらかいパステルカラーに、まるで宮崎駿の映画から切り取ったような幻想的な背景―。今月はじめ、姪が初めてのジブリ風ポートレートを見せてくれたときの興奮は、言葉に表せないほどだった。

これは、個人の写真をスタジオジブリ風に変換する最新の生成AIツールによるもので、「ジブリ化(Ghiblification)」と呼ばれ、世界中で注目を集めている。

しかし、その裏には重大な危険が潜んでいる。この楽しいブームは、プライバシーの侵害や、児童ポルノ、セクストーション(性的脅迫)、いじめ、ヘイトスピーチといった問題への新たな扉を開いてしまう可能性があるのだ。

ChildSafeNetとUNICEFネパールが実施した生成AIと児童安全に関する最近の調査では、カトマンズの若者の60%以上が生成AIを試しており、多くがその潜在的リスクを認識していなかった。

画像生成アプリに写真をアップロードするたびに、ユーザーは単なるピクセル以上のもの―肖像、メタデータ、そして私的空間の情報―を、ブラックボックスのようなシステムに託している。これらの情報は無期限に保存され、AIモデルの訓練データに組み込まれる可能性がある。特徴的な顔立ちや位置情報、背景の細部さえも記憶され、他人の画像として再生成されるおそれがあるのだ。

The Nepali TImes.

OpenAI(ChatGPTやDALL·Eの開発元)などの企業では、ユーザーがオプトアウトしない限り、共有された画像を訓練データとして使用している。しかし、その悪用リスクは計り知れない。

生成AI画像の急速な普及により、家族や子どもたちの写真が無意識にアップロードされてしまうケースが多発している。これらの画像には、顔認識に役立つ情報だけでなく、社会的関係や文化的背景も含まれており、企業にとって貴重なデータ資源となる。

Body and Dataの計算機科学者ドヴァン・ライ氏は、「視覚的に魅力のある画像は、偽情報の拡散や文化的ステレオタイプの強化にも悪用されやすい。子どもは特に脆弱で、性的なディープフェイク画像を作るのも容易です。」と警告する。

Nepali Times
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多くのAI画像生成プラットフォームは、アップロードされたコンテンツの取り扱いについて明確に説明していない。子どもの写真が取り込まれると、その特徴がモデルに内在化され、意図しない形で再現される可能性がある。これは、倫理的な時限爆弾だ。

ライ氏はさらにこう警告する。「子どもの顔が、広告やミーム、論争のあるコンテンツに無断で使われることもあり得ます。」

インターネット・ウォッチ財団によると、最近1か月で、3500件以上のAI生成による児童性的虐待コンテンツが暗号化フォーラムで確認された。中には、児童の顔を性的画像に合成した悪質なディープフェイクも含まれていた。ジブリ風ではなかったものの、どんな無害に見えるフィルターでも、悪用され得ることを示している。

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さらに一部のAIツールは、被害者の顔をポルノ映像に合成した児童強姦・拷問のディープフェイク動画さえ生成可能になっている。これは性的暴力を常態化させ、性的脅迫やいじめ、憎悪表現を助長する危険がある。

ネパール警察サイバー犯罪課のディーパク・ラジ・アワスティ警視は「AI画像や動画を用いた誹謗中傷、偽情報拡散、ヘイトの事案が国内で発生しており、政治家や著名人を中傷するディープフェイクの苦情も受けている。」と述べている。

保護者は、AI生成画像が子どもの安全や創造性に与える影響を懸念すべきだ。AIへの過度な依存は、絵を描くといった伝統的な創造力の低下を招くこともある。

Smart Parents Nepalのカビンドラ・ナピット氏は、「保護者は子どもにオンラインリスクを教え、常に新たな脅威に注意を払う必要があります。」と話す。

若者を守るための提言:
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  • 安全設計(Safety-by-Design):製品開発の初期段階から子どもや脆弱層の安全を組み込む設計手法を導入する(豪eSafety委員会が提唱)。
  • 同意と透明性:画像が訓練データに使われる可能性があることを明示し、簡単にオプトアウトできる仕組みを整備。
  • 強化されたモデレーション:自動検出と人間による監視を組み合わせ、児童の性的画像に関するプロンプトや生成物を即時にブロック・削除。透かしや指紋技術の導入も有効。
  • 法的保護:AIによる児童性的虐待コンテンツの作成・流通・使用を犯罪とし、国際協力による追跡と処罰を強化。
  • 多主体連携:技術企業、法執行機関、教育機関、NGOが連携し、情報共有と資源統合を図る。
  • デジタル・リテラシー教育:子どもに空想と現実の区別を教え、リスクを認識させる。被害報告のための明確で秘密保持されたチャネルも必要。
  • 保護者の支援:子どもとオープンで信頼できる関係を築き、AIの危険性を伝える。年齢に応じたフィルターや監視ツールも導入。
  • 支援サービスの整備:子どもや若者に配慮したカウンセリングや法的支援体制を提供。(原文へ

※掲載されたすべてのジブリ風画像は、著者が著作権フリーの素材を使って生成。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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