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気候変動、災害、武力紛争

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=トビアス・イデ 】

人類は、地球温暖化を摂氏2度(産業革命前の気温に対し)に抑えることはまずできなさそうだ。つまり、人類は21世紀中に地球の重要な一線を越え、今よりはるかに気候が不安定な未来へ足を踏み入れるということだ。このような未来の一つの特徴として、干ばつ、嵐、洪水、熱波といった気候関連災害のリスクが高くなる。(

専門家も政策立案者も、以前から、気候変動を安全保障リスクと捉えて懸念を表明しており、こういった議論において災害は重要な役割を果たしている。バラク・オバマ米国元大統領、チャールズ皇太子(現チャールズ国王)、G7外相をはじめとする政治指導者たちは、気候関連の災害は武力紛争の可能性を高めると主張してきた。これと足並みを揃えるように幾人かの著名な専門家らは、干ばつがシリア内戦の勃発を促し、スーダンの人権侵害を助長し、ナイジェリアでは貧困層の若者をボコ・ハラムのもとに走らせたと訴えている。片や別の学者らは、そのような主張に異議を唱え、武力紛争に対する災害の影響は証明されておらず、せいぜい弱いものだと論じている。二つの派閥のどちらが正しいのだろうか?

筆者の新たな著書は、災害が武力紛争リスクを高めるか否かという問いに対する包括的な答えを提供している。著書では、1990年から2015年の間に22カ国の紛争地帯を大規模災害が襲った36件の事例を検討した。これらの災害のうち20件が気候関連のものだった(手短な概要は、こちら)。研究の主な目的は、災害が紛争の強度や紛争当事者の行動をどのように決定付けるかを追跡することである。

気候関連の災害に関する結果から、少なくとも四つの知見が明らかになった(これらは、地震などの気候変動に関係ない災害を含むより大きな実例においても、一般的に当てはまっている)。

第1に、ほとんどのケースで、災害が紛争のダイナミクスに及ぼす影響は全くないかごく軽微である。例えばネパールにおける1996年の洪水やパキスタンにおける2015年の熱波は、非常に短期間であり、紛争の中心的な地帯からは非常に遠く、(および/または)紛争当事者に顕著な影響を及ぼしてはいなかった。気候と紛争の関連性について懐疑的な人々に1ポイントである。

第2に、全ケースの3分の1近くにおいて、気候関連災害が災害の翌年に戦闘のエスカレーションを引き起こすことが分かった。例えばウガンダでは1999~2001年の干ばつの後、「神の抵抗軍(LRA)」が民間人を襲撃して寄付を強要し、援助食料を強奪する事例が増えた。その理由は、干ばつによる影響の中でも特に、自発的寄付やLRAが入手できる食料が減ったことである。同様に、アッサム統一解放戦線(ULFA)は、1998年の洪水の後、より多くの同調者を集めることができた。洪水に関連する政府への不満や生計への不安が広まったためである。そして今度は、これらの新兵が、反政府勢力の軍事力を強化した。従って、気候と災害と紛争のつながりの提唱者にも1ポイント進呈する。ただし、そのようなつながりは主に、高い貧困率や極めて経済の多様化が乏しいような脆弱性の高い国々で生じることに留意するべきである。経験的に、貧困率が低く経済が多様化している国々では、災害関連の武力紛争の勃発や激化が起こる可能性は非常に低い。

第3に、全ケースの残り3分の1近くでは、気候関連災害は武力紛争の緩和を促進した。例えばパキスタンでは2010年の洪水の後、政府軍もパキスタン・タリバン運動(TTP)の反乱軍も災害救援活動を行わざるを得ず、国土の約20%が水没した状況では兵士を動かすこともほとんどできなかった。TTPは、パキスタン北西部の被災者からの志願者流入や(強制または自発的)寄付が減ったことにも対処しなければならなかった。最近の2022年にも、パキスタン南部のバルチスタン州の反乱軍は同様の課題に直面した。紛争当事者の資源と人員が大洪水の損害をこうむったため、戦闘活動を少なくとも一時的に縮小する必要があった。このような災害と武力紛争リスク低下の関連性は、気候安全保障をめぐる議論において今のところほとんど認められていない。災害外交環境平和構築の提唱者らは、環境の脅威を共有することで、紛争を削減し、紛争による分断を超えて協力する絶好の機会がもたらされると主張する。2対1で懐疑論者の優勢である。

第4に、紛争の激化と緩和のどちらの事例でも、武力紛争の当事者は通常、日和見主義的な行動を取る。確かに、気候に関連する極端な事象の後には、行政の準備不足や対応の不手際への大きな不満が渦巻く一方、多くのケースで地域の連帯や相互支援が高まった。しかし、こういった連帯や不満はほとんどの場合、地域の社会運動にはつながったが、より大規模な紛争のダイナミクスには影響を及ぼさなかった。むしろ、紛争当事者は災害がもたらした機会(リクルート機会の拡大、政府の混乱)や制約(資源の利用可能性の減少、軍の機動性の制限)を戦略的に利用して行動した。

人類が地球の安全な活動域を越え、気候非常事態へと向かっていくなか、今後数十年の間に気候関連の災害は増加する可能性が高い。このような状況に伴う安全保障リスクは非常に現実的であるが、決して決定付けられたものではない。第1に、意思決定者は、根強い不平等や管理が行き届かない都市化といった災害リスクを促進する他の要因に取り組むことができる。第2に、災害によって紛争の強度に変化がなかったか、緩和された場合すらあるため、災害は援助提供と紛争当事者間の交渉を実現する絶好の機会も提供する。災害も紛争も、気候変動の不可避の帰結ではない。未来を決めるのは、われわれである。

トビアス・イデは、マードック大学(パース)で政治・政策学講師、ブラウンシュヴァイク工科大学で国際関係学特任准教授を務めている。環境、気候変動、平和、紛争、安全保障が交わる分野の幅広いテーマについて、Global Environmental Change、 International Affairs、 Journal of Peace Research、 Nature Climate Change、 World Developmentなどの学術誌に論文を発表している。また、Environmental Peacebuilding Associationの理事も務めている。

INPS Japan

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|視点|長崎の原爆投下は日本とカトリック教会への攻撃だった(ヴィクトル・ガエタン ナショナル・カトリック・レジスター紙シニア国際特派員)

【ワシントンDC INPS Japan=ヴィクトル・ガエタン

1945年の8月9日、日本に対して2発目の原爆を投下するという決断について詳しく調べれば調べるほど、その戦術は道徳的に身勝手なものであったように思える。「無条件降伏を強要するために軍事施設を爆撃した」という米国政府の公式見解から一歩離れて現実に起こったことを観察すれば、米国政府は明らかに民間人を標的にし、国際法と軍事行動規範に違反したことがわかる。

バチカンの外交官と公文書館員らは、長崎への核攻撃は、日本とカトリック教会への攻撃であったと確信しており、この悲劇の不可解な側面に対する一般的な困惑をよそに、めったに議論されることがない理論的根拠を提供している。

爆心地:カトリック教会の精神的中心地

2回目の原爆攻撃は、長崎の商業地区と三菱造船所の北に位置する長崎の有名なカトリック集落である浦上地区最大の大聖堂をほぼ直撃した。

Urakami Tenshudo (Catholic Church) Jan.7, 1946./ Photo by AIHARA,Hidetsugu. / Public Domain
Urakami Tenshudo (Catholic Church) Jan.7, 1946./ Photo by AIHARA,Hidetsugu. / Public Domain

長崎とカトリック教会の結びつきは古い:1580年、ある領主(大村純忠)がポルトガルから来たイエズス会の宣教師たちに土地を寄進した。新宗教は瞬く間に広まり、地元の支配者に対する脅威として非合法化された。1597年、26人の殉教者が長崎の丘で磔にされた。幕府が鎖国政策をとった期間も唯一外国貿易が継続的に行われた港が長崎であり、長く続いたキリスト教弾圧(1614年~1873年)の間、隠れキリシタンによる信仰の拠点となった。

浦上地区上空で爆発した爆縮型のプルトニウム原爆「ファットマン」は、即時に約4万人、年末までにさらに3〜4万人の犠牲者を出した。この原爆は、神道や仏教に隠れて信仰を守っていた「隠れキリシタン」の子孫であるカトリック教徒の71パーセント(信徒 1万2千人のうち 8千5百人)を壊滅させた。

米軍の軍事計画担当者がこの地域の歴史とカトリック的意義を知らないはずがない。1930年、カリスマ的なポーランド人のフランシスコ会士、聖マクシミリアン・コルベがこの地に修道院を開いたほど、この地域は精神的な中心地として有名だった。(その11年後、彼はアウシュビッツ強制収容所で殺害された)。

米軍は当時レーダーではなく、目視による爆撃を行っていた。8月9日の朝、爆撃手のカーミット・ビーハンは、雲が開けていくのを見た。その際、原爆投下任務の標的として地図に記されていた眼前に光景はどのようなものだったのだろうか。…それは国立公文書館から消えている。

謎の人物が「長崎」を標的に追加していた

ハリー・トルーマン大統領は、大統領に就任した後に初めて原爆計画について知った。その頃には、政策決定者の間で、ウラン爆弾と爆縮型のプルトニウム爆弾の両方を実験的に使用しようという機運が高まっていた。

Nagasaki, Japan, before and after the atomic bombing of August 9, 1945., Public Domain
Nagasaki, Japan, before and after the atomic bombing of August 9, 1945., Public Domain

軍によって任命された将校と核科学者で構成される 目標検討委員会は、最も人道的でない選択肢、すなわち、少なくとも直径3マイルの都市全体に最大限の被害を与えるように爆弾を爆発させるという選択肢を選んだ。

しかし、ドワイト・デイヴィッド・アイゼンハワー陸軍大将やオマール・ブラッドリー大将のような経験豊富な軍人は、核兵器の使用に反対した。アイゼンハワーは後に、「日本はすでに敗北しており、原爆投下はまったく不必要だった。」と説明している。

機密解除された文書によると、ヘンリー・スティムソン陸軍長官は態度を決めかねていた。彼は焼夷弾爆撃による民間人の犠牲を非難し、6月6日にはトルーマン大統領に「残虐行為においてヒトラーを凌ぐという汚名を米国に与えたくない」と語った。ポツダム滞在中には、文化的価値に基づいて古都京都の保護を要請するために大統領に直談判した。スティムソンが日記で報告したところによると、大統領は同意した。

長崎は5月と6月に作成された標的リストには載らなかった。山がちで不規則な地形が、標的委員会の選考にそぐわなかったのだ。その代わり、長崎は5回にわたって残忍な焼夷弾攻撃を受けた。原爆攻撃の主な標的となった都市は焼夷弾攻撃を免れたので、都市の破壊は原爆投下に伴う壊滅的な爆発と衝撃によるものだったと言えるだろう。また、長崎に連合軍捕虜の収容所があったことも、長崎を原爆攻撃で消滅させることに対する反対議論があった理由の一つだ。

土壇場になって、7月24日付の攻撃命令案に長崎が標的候補として登場した。この日はスティムソン陸軍長官とトルーマン大統領が攻撃目標について議論した日と重なっており、手書きの追記であった。

タイプされた極秘文書は、「広島、小倉、新潟を優先的に攻撃する」と命じている。そしてそこには誰かがペンで「そして」と「記載された優先順位で」を取り消し、矢印で「そして長崎 」を「新潟 」の後に挿入した。長崎が追加されたこの修正文は、翌日正式に回覧された。この文書に最初に注目した歴史家アレックス・ウェラーステインによると、長崎を追加した人物は不明だという。

一連の不幸な出来事

第2次原爆投下作戦に関する米側の証言は、不幸な出来事の連続を措定している:

原爆を搭載したB-29は燃料ポンプに問題があり、一向に現れないカメラ搭載機を待つために飛行時間を浪費した。 小倉に3度にわたって核爆弾の投下を試みたが、標的を目視できなかった。そこで次の標的である長崎に向かったが、到着時はまだ上空が雲に覆われていた。

日本の論者は様々な説を唱えているが、米軍が誤って浦上地区を消滅させたと考える人はほとんどいない。この歴史的な場所が破壊されたのは、浦上天主堂が帝国陸軍の米や食糧を貯蔵するために使われていたからだと考える人もいる。

原爆投下からまもなく、カソリック信者でない長崎の被爆者の一部の間では、街が破滅されたのは異国の神を崇拝する冒涜的な行為が招いたものだとしてカソリック信者をスケープゴートにする反応が見られた。

最近のいくつかの研究では、浦上地区のカトリック被爆者たちが殉教と赦しの思想によって、この不可解な出来事とどのように折り合いをつけていったかを探っている。グウィン・マクレランドは『長崎の原爆を生き延びたカトリック教徒の物語』で、チャド・ディールは『長崎の復活』で、カトリック信徒指導者であり被爆者であり、『長崎の鐘』の著者でもある永井隆博士が果たした重要な役割を指摘している。

永井は、浦上天主堂の廃墟の前で行われた死者への弔辞の中で、原爆投下を神の摂理(犠牲者の死が天罰ではなく神の前での意味ある「潔き」死であったとする説明)によるものだと述べた。この言説はキリスト教徒の犠牲者たちを安堵させたが、その反面、彼らが250年間実践してきた自己抑制を強化し、沈黙させる効果もあった。連合国最高司令官総司令部は、「浦上の聖人」をベストセラー作家にする手助けをした: 永井は国際的な出版を許された唯一の被爆者だった。

その後何十年もの間、日米両国政府は永井の言説を利用し続けた。昭和天皇は永井を直々に訪問さえした。それは永井の説明によって両国の責任が免責されたからである。

バチカンでの見方

バチカンは、1945年8月9日に米国が日本におけるカトリック信仰の中枢部を襲った背後にある偏見について、公の場で議論したことはない。ローマの公文書館関係者や専門家は、米国政府とバチカンが日本を巡って激しい外交論争を繰り広げ、それが戦争中ずっと両者の関係を悪化させたことを私に教えてくれた。

Pius XII with tabard, by Michael Pitcairn, 1951/ Public Domain
Pius XII with tabard, by Michael Pitcairn, 1951/ Public Domain

真珠湾攻撃の3ヵ月後、教皇ピウス12世は大日本帝国と外交関係を樹立した。バチカンがそのことを連合国政府高官に伝えると、彼らは憤慨した。サムナー・ウェルズ国務次官は教皇の決定を「嘆かわしい」と呼んだ。フランクリン・ルーズベルト大統領は「信じられない」という反応を示した。バチカン在住の米国特使によれば、ピウス12世の米国政府に対する答えは明確で、 「外交関係とは、相手国のすべての行動を承認することではない。」というものだった。

国家間外交は、カトリック教会が信者を守り、その使命を推進するための不可欠な手段である。1942年、昭和天皇の特使がバチカンに対して長らく求めていた提案を持ちかけたとき、教会は現実的な観点から同意した。というのも、当時は大日本帝国の軍事進出により、より多くのカトリック信者が日本軍の支配下に置かれようとしていたからである。日本軍の占領下にある約2000万人のカトリック信者の精神的な利益を擁護することは、バチカンの基本的な責任であった。

「悪魔との直接対決」への対処

教皇ピウス11世はかつてこう述べている:「魂を救済、或いは魂へのより大きな害を防ぐことが問題になるとき、私たちは悪魔ともでも直接対話する勇気を感じる。」と。壊れかけた世界に対する宣教の場としてのバチカンの外交観は、教会が不道徳な行為者と関わることで妥協すべきではないとする世俗系と宗教系双方の論者によって、しばしば評価されないことが少なくない。しかし、ピウス11世の見解では、それ以前と以後の教皇が結論づけたように、悪意ある政権に対しても影響を与える唯一の方法は、対話を通じて直接関与することである。

浦上天主堂が核爆弾の直撃を受け、日本で最も歴史あるカトリック共同体が消滅したとき、バチカンはそれを、「米国の敵」を外交と対話を通じて「人扱いしたこと」に対する同国の仕返しと考えた。(原文へ

ビクター・ガエタンはナショナル・カトリック・レジスター紙のシニア国際特派員であり、フォーリン・アフェアーズ誌の寄稿者でもある。著書『God’s Diplomats: Pope Francis, Vatican Diplomacy, and America’s Armageddon』はローマン&リトルフィールド社より出版された。

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|視点|ハマスとイスラエルの紛争(ケビン・クレメンツ戸田記念国際平和研究所所長)

【東京INPS Japan=ケビン・クレメンツ

「真実と平和を愛しなさい」 旧約聖書ゼカリヤ書8章19節

世界と中東はもう暴力的な紛争を必要としていない。この地域は、長年にわたって余りにも多くの暴力を経験してきた。ハマスによる罪のない市民への絶望的な攻撃は、イスラエルの過剰反応を誘発し、とりわけ湾岸諸国やサウジアラビアとのイスラエルの外交交渉を危うくし、イスラエル国内に全般的な不安を生じさせることを意図していた。それはまた、ハマスの軍事力を誇示し、長年にわたる屈辱的なガザ封鎖への復讐を示す目的もあった。イスラエル市民の誘拐は冷酷で残忍なものだったが、イスラエルにおけるパレスチナ人囚人の解放をめぐる交渉の切り札として人質を使う計画の一部だった。(原文へ 

罪のないイスラエル人に対するハマスの暴力のどう猛さは恐ろしいものであり、侵攻から24時間の間に多くの戦争犯罪が行われた。最初の衝撃の後、イスラエル軍の報復は直ちに実行された。

週末10月7日(土)の出来事以来、ガザの内部でも、大規模な人道的大惨事やその他多くの戦争犯罪が発生している。ベンヤミン・ネタニヤフ首相は「復讐」を約束した。彼は、「軍の自制」はないと述べ、新たに樹立された連立政権が、「野獣」や「野蛮人」と彼が呼ぶハマスの戦闘員を粉砕すると述べた。

「われわれは残忍な敵と戦っている。ISIS(イスラム国)よりもひどい敵とだ」と彼は言い、「世界がISISを粉砕し排除したように、われわれはハマスを粉砕し排除する」と付言した。迅速な軍事的対応は理解できるが、イスラエルがガザを「包囲」し、水、エネルギー、電気、食糧の供給を遮断している以上、殺された1,200人のイスラエル人の復讐を果たそうとするために、イスラエルがなにも制約を設けない軍事作戦を展開することは、さらに多くの犠牲者と新たな殉教者を生む可能性が高い。医療・保健施設は手一杯で、物資は不足している。

現在、二つの戦争が行われている。一つは、地上での戦闘である。当初はハマスの抑制のない民兵組織が優勢だったが、今やイスラエルの恐るべき軍事機構が行動を開始し、ハマス支持者ばかりではない230万人のガザ住民に恐るべき結果をもたらしている。そのうち100万人が19歳未満である。イスラエル空軍は、昼夜問わずの空爆で数百発の爆弾をガザに投下している。空、陸、海からの激しい砲撃がパレスチナ居住区を襲い続ける中、ガザ地区では263,000人以上が自宅からの避難を余儀なくされている。これらの避難民が行く場所はない。ガザの封鎖と空爆が始まって以来、2,000人以上のパレスチナ人が殺されている。

エジプトへの出口はなく、もちろんイスラエルへの出口もない。ガザ周辺全域には、戦車や歩兵の数千人のイスラエル軍が展開しており、230万人のパレスチナ人がイスラエルの「復讐」から逃れられない状況にあり、ガザ地区侵攻の可能性が非常に高いと見られる。

二つ目の戦いは、ストーリーの主導権をめぐるものである。イスラエルはすぐに、ハマスの攻撃を9.11アメリカ同時多発テロ事件、真珠湾攻撃、ホロコーストになぞらえ、被害者の立場のストーリーへと移行した。バイデン大統領はハマスの攻撃を「純然たる悪」と呼んだ。これらの対比は全て、迅速で「正当な」軍事行動と「復讐」の記憶を呼び起こすことを意図している。一方、ハマスは、長年の封鎖、抑圧、屈辱によって自らの行動は正当化されると主張している。例えば、ガザはしばしば世界最大の野外刑務所と呼ばれる。世界のメディア(米国主導)は第1の物語を推進し、親パレスチナ諸国や自由なアラブメディアは第2の物語を推進する。しかし、どちらのストーリーも、他方を悪者扱いし、それに対する無制限な流血を正当化するために使うことはできない。

イスラエルによる長年の占領と屈辱にもかかわらず、ハマスがイスラエルの民間人を殺害・誘拐し、イスラエル住民を無差別に恐怖に陥れることによって得るものは何もない。

他方、イスラエルがハマスへの「復讐」を宣言し、民間人を爆撃し、今やガザを封鎖しても何も得られない。

全ての犠牲者は、友人や家族によって悲しまれ、追悼されるだろうし、そうしなければならない。この戦争に勝者はいない。誰にとっても災難である。

国連事務総長はこう述べた。この最近の暴力は、「単独で発生したものではなく」、「56年にわたる占領と政治的終わりが見えない長年の紛争から生じている」。

アントニオ・グテーレス事務総長は、「流血、憎悪、対立の悪循環」に終止符を打つよう訴えた。

イスラエルは、安全保障に対する正当なニーズが具体化されるのを目撃しなければならないし、パレスチナ人は、自らの国家建設が実現されるという明確な展望を目撃しなければならない。パレスチナ人とイスラエル人の合法的な民族的願望を、彼らの安全保障とともに満たす交渉による和平(国連決議、国際法、過去の合意に沿った、2国家間解決という長年のビジョン)だけが、この土地とさらには中東地域の人々に長期的な安定をもたらすことができる。

Kevin P. Clements,Director, Toda Peace Institute
Kevin P. Clements,Director, Toda Peace Institute

その一方で、われわれは目の前で人道的大惨事が繰り広げられているのを目の当たりにしている。双方の暴力に直面して、われわれは黙っているわけにはいかない。パレスチナ紛争に軍事的解決はあり得ないのである。ガザからの脱出を望む人々がそうできるようにする人道的回廊を確保し、国連やその他の人道支援組織が、包囲された住民のニーズに応えて水、エネルギー、食糧、医療物資を搬入できるようにするためには、迅速な交渉が不可欠である。また、(イスラエル軍が侵攻の準備をしているとしても)双方が、長い間に確立されてきた戦争のルールを思い出し、それに従って戦う意思を持っていることも重要である。イスラエルが「無制限に」戦うと企てることは、ハマスがすでに犯している人権侵害に対抗して、さらに多数の人権侵害を引き起こすことになる。

人質の帰還を望み、そのために努力し、停戦と戦争終結のための交渉に向けたトルコと国連の動きの全てを強化しよう。想像力と勇気を持たなければ、パレスチナ人の絶望、屈辱、死、破壊に終わりはない。イスラエル側に想像力と創造性がなければ、真の安全保障はなく、復讐と暴力の連鎖は深まり、常態化するだろう。課題は、ハマスの恐ろしい虐殺への対応を相応かつ抑制的なものにするために、赦しと和解というユダヤ人の豊かな伝統の全てを活用することである。ガザは、イスラエルが復讐に燃える死と破壊に対して責任を負う、もう一つのワルシャワ・ゲットーになる余地はない。

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

INPS Japan

ケビン・クレメンツは戸田記念国際平和研究所の所長。

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世界伝統宗教指導者会議、アスタナで新たな10年ビジョンに着手

【東京/アスタナINPS Japan=浅霧勝浩】

ユーラシア大陸の中心地カザフスタンで、10月11日、世界伝統宗教指導者会議第21回事務局会議が開催され、次の10年のビジョンが採択された。

この会議は、9・11同時多発テロ事件後に高まった特定の宗教に対する排他主義や過激主義に対して、世界の伝統宗教指導者自らが率先して対話を重ね、平和と協力関係を模索するイニシアチブとしてカザフスタンの呼びかけて2003年に始まったイニシアチブである。以来、3年に一度開かれる会議は、130もの多民族・多宗教が平和に共存するカザフスタンの首都アスタナが開催され、回を重ねるごとに参加する宗教指導者が増え、議題も急速に変化する国際情勢を反映しつつ、多様な宗教間の対話を促進し、団結を築き、平和を訴える中心的なフォーラムへと進化してきた。

7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions Group Photo by Secretariate of the 7th Congress
7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions Group Photo by Secretariate of the 7th Congress

発足20年目となった2022年に開催された第7回会議のテーマは「ポストパンデミック期における人類の精神的および社会的発展への世界の宗教指導者の役割」で、カソリック教会のローマ法王フランシスコや、イスラム教スンニ派の最高権威アフマド・アル・タイーブ師をはじめ、英国国教会、ロシア正教会、バハイ教、イスラム教、ヒンズー教、仏教、ユダヤ教、ジャイナ教、神道等、世界50カ国から100以上の代表団が参加した。ちなみに日本からは、8万社の神社を包括する神社本庁と世界100カ国以上に1200万人の会員を擁する創価学会インタナショナル(SGI)が参加した。SGIはまた、カザフスタン外務省と緊密に協力し、核兵器のない世界を実現するために、核兵器使用がもたらす人道的影響に焦点を当ててきた。

A group photo of the international press team at Astana Grand Mosque. Photo: Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan.
A group photo of the international press team at Astana Grand Mosque. Photo: Katsuhiro Asagiri, President and Multimedia Director of INPS Japan.

INPS Japanは、パキスタン、アラブ首長国連邦、バチカン、英国、イラン、タイ、イタリア、米国、韓国、タジキスタン、アゼルバイジャン、モンゴルからの国際プレスチームとともに、この重要な平和イニシアチブの節目を記録するためにアスタナに滞在した。記者たちは、世界各地から参集した宗教指導者への取材を行うとともに、20年にわたって世界から宗教指導者を惹きつけてきたカザフスタンの歴史や社会についても、触れる機会を得た。

古代シルクロード以来東西交易の中心地として多様な文化と宗教を受け入れてきたカザフの寛容な文化については知られているが、ソ連時代に繰り返された核実験で150万人もの被爆者を出した歴史や、強制移住や大飢饉、カザフの遊牧・宗教・文化が抑圧された歴史はあまり知られていない。こうした中で特筆すべきは、1991年にソ連から独立したカザフスタンが、国内のあらゆる少数民族・文化・宗教をカザフ人と平等に扱うことを憲法に明記し、教育や関連行事を通じて、自国の多様性を国の誇るべき強みとし、積極的な文化・宗教の共生を重視している点である。

Ethnic Diversity in Kazakhstan/ Astana Times
Ethnic Diversity in Kazakhstan/ Astana Times

世界中で宗教的、民族的な分裂や紛争が拡大する中、カザフスタンの先見的な政策は、将来の国際社会のモデルとして、世界中の宗教指導者から称賛されている。カザフスタンの先見的なリーダーシップと宗教間対話への揺るぎないコミットメントは、多様な宗教間の団結、寛容、協力という明るい未来を約束している。

2003年から23年までの会議の初期のビジョンは、多国間の宗教間対話の強化と普及に重点を置いていた。「今日、私たちはこの使命が達成されたことを確信をもって表明することができます。」と、事務局議長であり、カザフ国会の上院議長でもあるマウレン・アシンバエフ氏は語った。

INPS Japan joined distinguished journalists from from Pakistan, the United Arab Emirates, the Vatican, the United Kingdom, Iran, Thailand, Italy, the United States, South Korea, Tajikistan, Azerbaijan, and Mongolia, stayed in Astana to document this important milestone in the peace initiative. Filmed and edited by Katsuhiro Asagiri, President and Multimedia Director of INPS Japan.

今回の事務局会合で示された次のステップは、この成功をさらに発展させることである。会議は、宗教間対話を発展させ、確固たるものにするための努力を強化する態勢を整えており、スピリチュアル外交に無限の可能性を見出している。

Kairat Umarov, First Deputy Foreign Minister and Deputy Secretary General. Photo: Kazakh Foreign Ministry.
Kairat Umarov, First Deputy Foreign Minister and Deputy Secretary General. Photo: Kazakh Foreign Ministry.

カザフスタンのカイラト・ウマロフ第一外務副大臣兼事務局次長は、新たに打ち出された開発コンセプトの包括的な性質について説明し、「文書の大部分は、これまで7回にわたる会議の成果の実施に焦点を当てています。私たちの願いは、このの対話プラットフォームを、世界レベルで宗教間の結びつきを強化するための真のメカニズムに発展させることです。特に、スピリチュアル外交の能力開発という問題に注意を払っています。」と語った。

今後10年間の開発コンセプトは、英知の結集であり、急速に変化する世界においてその進化を促進するために考案された野心的なロードマップである。それは、各々の教義を超越し、精神的・道徳的価値が単に保存されるだけでなく、国際関係の礎となる世界を育むという世界的なコミットメントを表している。

INPS Japanを含む国際記者団がアスタナでのこの歴史的な会合を記録したように、世界は、より包括的で調和のとれた世界への旅路における重大な前進の証人となった。カザフスタンの穏やかな多文化モザイクを背景に開催された第21回世界伝統宗教指導者会議事務局会議は、単なる歴史の一章にとどまらず、多様性が称賛され、スピリチュアリティが無数の色彩を持つ人類を結びつける架け橋となる時代への明確な呼びかけである。(英文へLondon Post

INPS Japan

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世界伝統宗教指導者会議は希望の光

カリブ諸国、「殺人ロボット」禁止へ

【ディエゴ・マーティン(トリニダード・トバゴ)IDN=ピーター・リチャーズ】

カリブ諸国が、「殺人ロボット」とも呼ばれる自律型致死兵器システム(AWS)の禁止に向けた意思を鮮明にしており、15カ国から構成されるカリブ共同体(CARICOM)で共通の方針を策定しようとしている。

AWSは、人工知能を使って人間の介入なしに標的を特定し、選択し、殺害する兵器システムである。カリブ海地域、特に殺人事件の急増に悩むジャマイカ、トリニダード・トバゴ、バハマにとって、AWSはきわめて大きな課題となっている。

メラニー・レジンバル国連軍縮部ジュネーブ事務所長は、この目的は、法律が検討され研究され始めている枠組みを理解することだと述べた。

「この場合、これは特定通常兵器に関する条約であり、条約未加盟のカリブ諸国を条約に加盟させることがここでの目的だ。」とレジンバル所長は語った。

トリニダード・トバゴのリージョナル・アーマー法務長官は、アルゴリズムによって駆動し増殖しつつある自律型兵器を規制する立法についてキース・ロウリー政権に勧告する予定であると示唆している。

Photo: Killer robot. Credit: ploughshares.ca
Photo: Killer robot. Credit: ploughshares.ca

「もし私の勧告が受け入れられれば、まずは法改革委員会がこれに検討を加え、立法の参考に供されることになろう。」とアーマー長官は語った。

しかし、トリニダード・トバゴだけがこのような動きに出ているのではない。9月5・6両日にポート・オブ・スペインで開催された「特定通常兵器に関する条約の普遍化」に関する会議で、バルバドスやベリーズなどのカリブ諸国が、AWSは、多くの利害関係者による慎重な検討と討論を必要とする「複雑で物議を醸す問題」であると認識しているとの見解が示された。

たとえばバルバドスは、これらの兵器には軍事上の利点をもたらす可能性があるが、その採用には倫理的かつ実際的な重大な懸念も生じると指摘している。

カリブ海諸国の政府高官、国際機関、技術専門家、学界、市民社会組織のメンバーが一堂に会した会議で、バルバドス政府は、「自律型致死兵器をめぐる主要な問題のひとつは、戦闘における重大な意思決定において人間の関与が及ばなくなる可能性があるということだ。」と語った。

ベリーズはすべてのCARICOM加盟国に対して、AWS禁止条約の交渉プロセスを開始するよう求め、「人権を守り、人間の安全を確保し、国際の平和と安全に貢献する基本的責務が我々にはある。」と指摘した。

「ベリーズは、AWSに関して、カリブ地域や国際社会と人道・法律・安全保障面での懸念を共有している。したがって、我が国は、国際法の普遍的な原則と規範に則ったAWSに関する地域的立場に関する宣言を支持する用意がある。」

カリコム犯罪・安全保障問題実施機関創価学会インタナショナル(SGI)、英国の「ストップキラーロボット」が共催した会合での発表で、トリニダード・トバゴは、自律型兵器の無差別使用の可能性によって民間人の生命にもたらされる甚大な脅威を認識し、民間人を保護するために、人間による意味のある管理を維持する必要性を支持すると語った。

「トリニダード・トバゴは、これら兵器が恣意的かつ無差別的に重大な負傷や破壊、生命の喪失をもたらす危険性を強調し、したがって、自律型兵器システムを禁止・規制する新たな法的拘束力のある協定の採択を支持することをあらためて表明する。」

ストップキラーロボット」のキャンペーン・アウトリーチ・マネージャーであるイザベル・ジョーンズは記者団に対して、この10年間国際社会で議論が続いてきたが、「自律的な兵器システムがますます利用され開発されるようになってきており、これは政治指導者や諸政府、国際社会にとって本当に緊急で差し迫った問題だ。」と語った。

SGI国連事務所ジュネーブ連絡所のラムゼイ=ジョーンズ所長は、仏教の理念に基づいて平和、文化、教育の促進に取り組むNGOとして、「私たちは人間の尊厳を信じ、生と死の決定を決して機械に委ねるべきではないと考えている。」と語った。また、「規制がなければ、非国家主体を含め、自律型兵器が世界的に拡散し、地域的に犯罪を増加させ、社会的不平等を悪化させ、各国の資源やインフラを圧迫し、社会や国家の安全を毀損する可能性がある。」と指摘した。

今回のワークショップでは、法的拘束力のある文書を求める声が、90カ国以上、国連事務総長、テクノロジーと人工知能の専門家、宗教指導者、そして世界中の市民団体によって支持されていることが報告された。

討論を締めるにあたって、会議の参加者らは「自律型兵器システムに関するCARICOM宣言」を採択し、国際法を遵守するためにAWSに関する法的拘束力のある措置の合意をあらためて呼びかけ、AWSに関する国際協定とその後の国内立法を協議する際に人間や社会を考慮に入れる必要性を強調した。

宣言は、「戦力の使用に対する人間による意味のある規制が不可欠であるとの認識を支持し、それによってAWSの禁止・規制を盛り込んだ国際的なな法的拘束力のある文書の追求を奨励する」という決意に言及している。

また、AWSに関する法的拘束力のある国際協定創設を最優先し、「不拡散、非国家武装集団やテロリスト集団を含む非国家主体への転用リスク、法執行や国境警備を含む国内の安全保障に対するAWSの課題に関連する問題を考慮する」ことで、関連するすべての適切なプラットフォームを通じて統一した立場を維持することに合意した。

Map of Carribean. Credit: Wikimedia Commons.
Map of Carribean. Credit: Wikimedia Commons.

また、カリコム犯罪・安全保障問題実施機関などの関連主体が、AWSに関して合意された立場を促進すること、そして、人種や民族、国籍、階級、宗教、性別、年齢などの属性を基にしたデジタル差別の問題も含め、拡散の危険、意図しないエスカレーション、倫理的考慮、デジタルの非人間化、AWSに関連したその他の人間・社会的意味合いを諸国が認識すべきことを約束した。

宣言は、カリコム加盟国が「自律型兵器システムに関する多国間協議に有意義に関与し、カリコム諸国の脆弱性を増大させる可能性のある技術格差のギャップを埋める」ことができるようにするため、国際機関、開発パートナー、民間セクター、学界、その他関連する利害関係者に対し、財政的・技術的援助と能力構築のイニシアティブに貢献するよう求めている。(原文へ

※著者は、セントルシア生まれのカリブのジャーナリストであり、カリブメディア社(バルバドス)の上級編集者である。

INPS Japan

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|視点|カザフスタンの宗教間対話イニシアチブ:知恵とリーダーシップで世界の調和を育む(浅霧勝浩INPS Japan理事長)

【アスタナINPS Japan=浅霧勝浩】

中央アジアの中心部に位置し、豊かな文化的多様性と、多民族社会、精神的伝統で知られるこの国は、近年、世界的な宗教間の調和と相互理解を促進する道標として注目を浴びている。

The 20th anniversary Logo of the Congress of Leaders of World and Traditional Religions.
The 20th anniversary Logo of the Congress of Leaders of World and Traditional Religions.

過去20年にわたり、カザフスタンの世界伝統宗教指導者会議は、世界中の多様な宗教間の対話を促進し、団結を築き、平和を訴える中心的な役割を果たしてきた。同国の深い精神的遺産と知恵に根ざしたこのイニシアチブは、国際協力と寛容の象徴へと発展を遂げてきた。その目覚ましい歩みを振り返り、カシム・ジョマルト・トカエフ大統領のリーダーシップの下で進められているこのイニシアチブの未来を展望するとき、このイニシアチブが相互理解を醸成する対話プラットフォームとして、世界の調和と団結を育むために、さらに大きな前進を遂げる用意ができていることは明らかである。

レジリエンスと寛容の歴史

カザフスタンの歴史は、レジリエンス(困難で脅威を与える状況にもかかわらず,うまく適応する能力)、寛容さ、不屈の精神が織り成すタペストリーである。遊牧文明から近代的な多民族・多宗教社会へと移行したこの国は、その過程で数々の試練や苦難に直面した。しかし、カザフスタンの人々は、自らの精神的ルーツとの揺るぎないつながりを維持し、多様で包括的な社会の中で多民族が共に繁栄する道を選択した。

歴史的苦難と精神的レジリエンス

A side -event titled “Addressing victims assistance, environmental remediation, and international cooperation in accordance with the TPNW Article 6-7” was co-organized by The Ministry of Kazakhstan, Permanent Mission of Kiribati to the UN, Nuclear Age Peace Foundation and Soka Gakkai International on June 21, 2022 at Austria Center Vienna Hall D during the First Meeting of State Parties to the TPNW. Filmed and edited by Katsuhiro Asagiri,President of INPS Japan.

歴史を通じてカザフの人々が耐えてきた苦難は、彼らの深い精神性と独自の知恵を形成してきた。ロシア帝国の膨張からソビエト時代の圧政による国土の荒廃まで、カザフの人々は途方もない困難に直面してきた。強制移住政策、大飢饉、カザフの文化的・宗教的アイデンティティの抑圧政策は厳しい現実だった。しかし、これらの試練は、困難の中を耐え忍び、かつ伝統文化や信仰を守るというカザフの人々の集団精神に火をつけることとなった。

信教の自由と寛容

カザフスタンの独立への道のりは、信教の自由と寛容へのコミットメントをもたらした。1949年から89年まで、ソビエト連邦はカザフスタン東部のセミパラチンスク核実験場(日本の四国或いはベルギーにほぼ等しい面積)で456回の核実験を行った。これらの核実験の結果、約150万人が世代を超えた健康被害を被ったと推定されている。このような逆境の歴史にもかかわらず、ソビエト連邦が崩壊すると、カザフスタンはすべての民族の平等と信教の自由(ソビエト政権下では宗教は毒とみなされ弾圧されていた)を保障しただけでなく、セミパラチンスク核実験場の閉鎖と当時世界第4位の核兵器の完全放棄を実現し、ロシアだけでなく西側諸国からも安全保障をとりつけることに成功した。それ以来、カザフスタンは国連の枠組みに基づく、「核兵器のない世界」を提唱する最も積極的な国の一つであり、2024年には第3回核兵器禁止条約(TPNW)締約国会合の議長国を務めることになっている。

文化遺産の保護

遊牧文化の根絶と定住促進を目指したソビエト政府の政策にもかかわらず、カザフの人々はその豊かな文化遺産の保存に成功した。祖先から受け継がれてきた伝統を維持するだけでなく、カザフ人以外の人々の伝統、文化、宗教をカザフ文化と同等に扱う政策を独立国家カザフスタン共和国の憲法に明記した。この先進的なアプローチは、社会の調和を促進し、ソビエト時代のカザフ文化弾圧からの強力な教訓となっている。

世界伝統宗教指導者会議:輝く道標

pope Fransisco(Left)and Kassym-Jomart Kemeluly Tokayev, President of Kazakhstan (Right). Photo: Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan

2003年にカザフスタンが開始した世界伝統宗教指導者会議は、カザフスタンの深い精神性と知恵の証左である。過去20年間、このイニシアチブは、宗教間の対話を促進し、相互理解を育み、世界平和を推進するための重要なプラットフォームへと成長した。その目覚ましい成功には、いくつかの重要な要因が寄与している:

宗教間の調和:カザフスタンの宗教間の調和と宗教的寛容に対する揺るぎない取り組みが、この会議の原動力となっている。それは、多様な宗教指導者が一堂に会し、それぞれの視点を共有し、より平和な世界を目指して協力し合うためのユニークなプラットフォームを提供している。

平和の促進:対話を通じて平和を推進し、世界的な課題に取り組むという会議のひたむきな姿勢は、宗教の枠を超えた思いやり、愛、非暴力という共通の価値観を強調している。

文化の多様性:カザフスタンの豊かな文化遺産は、イスラム、テュルク、遊牧民の伝統(祖先崇拝やテングリ信仰)の影響を受けており、多様な宗教指導者が集うのに理想的な環境を提供している。こうしで多文化と精神的遺産が融合したカザフスタンには、東洋と西洋、イスラム教とキリスト教、仏教、その他さまざまな信仰体系を橋渡しする議論を育む精神的土壌がある。

中立と外交:国際関係におけるカザフスタンの中立政策(マルチ・ベクトル外交)は、多様な国々から集う宗教指導者らが、政治的やイデオロギー的な圧力を受けることなく、議論に参加することができる中立的な対話の場を提供している。

信教の自由へのコミットメント:カザフスタンは一貫して、国内における信教の自由と寛容へのコミットメントを示しており、会議のミッションの核心にある原則と一致している。

世界の諸課題への取り組み:この会議は、宗教的過激主義、テロリズム、環境問題など、現代のグローバルな課題にも積極的に取り組んでいる。多様な背景を持つ宗教指導者を巻き込むことで、これらの差し迫った問題に対する共通の立場と解決策を模索している。

文化交流:公式の議論に加えて、この会議にはカザフスタンの伝統や芸術を紹介する文化交流、パフォーマンス、展示が行われる。このような豊かな文化的側面は、世界各地から宗教指導者をカザフスタンに惹きつけるイベントの魅力を高めている。

‘Peace Concert’ Presents a Feast of Harmony: The 6th Congress of the Leaders of World and Traditional Religions concluded with an appeal “to all people of faith and goodwill” to unite, and called for “ensuring peace and harmony on our planet”. The event was celebrated with a Peace Concert in which 500 choir singers from five continents of the world took part. Filmed and Edited by Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan.

トカエフ大統領の未来へのビジョン

カシム=ジョマルト・トカエフ大統領のリーダーシップのもと、世界伝統宗教指導者会議はさらなる進化を遂げようとしている。大統領は、世界が政治的な不確実性に晒される中、文化や文明間の架け橋がこれまで以上に求められていると認識している。

トカエフ大統領は、今回の事務局会合に先立って寄稿したオピニオン記事において、国際的な緊張の高まりと国連設立以来の世界秩序が毀損しつつある現状認識に言及したうえで、文明間の信頼と対話を強化することの重要性を強調した。その手段として外交が不可欠であると指摘しつつ、宗教指導者は国際安全保障の新しいシステムを構築する上で不可欠な変革の担い手であるという認識を表明している。

伝統宗教指導者の役割

世界人口の約85%が宗教を信仰しており、宗教指導者は世界情勢に大きな影響力を持つ。トカエフ大統領は、人命の神聖な価値、相互扶助、破壊的な対立や敵意の否定など、すべての宗教が共通する原則が、平和に焦点を当てた新しい世界システムの基礎を形成できると確信している。

実践的な貢献

トカエフ大統領は、宗教指導者が世界平和に貢献できる実践的な方法として、紛争後の社会の傷を癒すこと、寛容・相互尊重・平和共存の文化を損なう否定的な傾向を防ぐこと、デジタル技術が社会に与える影響に対処することなどを概説している。また、急速な技術進歩がもたらす諸課題を乗り越えるために、精神的な価値観や道徳的な指針を培う必要性を強調している。

団結と調和の未来

Press Briefing was held at Ministry of Foreign Affairs ahead of the XXI anniversary meeting of the Secretariat of the Congress of Leaders of World and Traditional Religions on October 11, 2023. The agenda for the meeting includes an exchange of views on the outcomes of the VII Congress of Leaders of World and Traditional Religions. Discussions will also focus on the Concept of Development of the Congress of Leaders of World and Traditional Religions for 2023-2033. Photo: Ministry of Foreign Affairs of Kazakhstan.
Press Briefing was held at Ministry of Foreign Affairs ahead of the XXI anniversary meeting of the Secretariat of the Congress of Leaders of World and Traditional Religions on October 11, 2023. The agenda for the meeting includes an exchange of views on the outcomes of the VII Congress of Leaders of World and Traditional Religions. Discussions will also focus on the Concept of Development of the Congress of Leaders of World and Traditional Religions for 2023-2033. Photo: Ministry of Foreign Affairs of Kazakhstan.

カザフスタンの世界伝統宗教指導者会議が進化を続ける中、分裂が進む世界における「希望の光」としての役割を果たしている。トカエフ大統領の先見的なリーダーシップと宗教間対話への揺るぎないコミットメントは、多様な宗教間の団結、寛容、協力という明るい未来を約束している。不確実性が増す今日の世界において、カザフスタンの宗教間対話への揺るぎないコミットメントは、精神性と知恵がより平和で調和のとれた国際社会への道を開くことができることを私たちに思い起こさせてくれる。

カザフスタンが激動の過去から宗教間対話の「希望の光」となるまでの道のりは、国民の深い精神性と知恵の証しである。トカエフ大統領のリーダーシップの下、世界伝統宗教指導者会議は、対話の力、相互理解、そして不朽の人間精神を示しながら、世界の調和と団結への道を照らし続けている。(英文へ

INPS Japan

The Astana Times, London Post, Inter Press Service, 世界伝統宗教指導者会議ウェブサイト 

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カザフスタンは現実的かつ平和を志向した「マルチ・ベクトル外交」政策をとっている(ロマン・ヴァシレンコカザフスタン共和国外務副大臣)

第21回世界伝統宗教指導者会議事務局会合を取材するために世界11カ国からアスタナに来訪した国際記者団のメンバーであるロンドンポスト紙のラザ・サイード記者が、ロマン・ヴァシレンコ外務副大臣に、この世界的な宗教間対話イニシアチブの役割や成果、その背景にあるカザフスタン政府が推進する「マルチ・ベクトル外交」についてインタビューを行った。以下はその主な抜粋である。

【アスタナINPS Japan/London Post=ラザ・サイード】

ロンドンポスト(LP):近年、カザフスタンは建設的な平和外交を提唱している国として定評がありますが、貴国の外交政策についてお聞かせください。

ロマン・ヴァシレンコ:カザフスタンの対外政策は、平和を志向し、多方面にわたって現実的かつバランスの取れた外交政策(=全方位外交「マルチ・ベクトル外交」)を特徴としています。この戦略は(カザフスタンがソ連から独立した)1990年代初頭に策定され、以来30年以上にわたって一貫して成功裏に実施されてきました。

Central Downtown Astana with Bayterek tower/ Wikimedia Commons
Central Downtown Astana with Bayterek tower/ Wikimedia Commons

今日、カザフスタンは186カ国と外交関係を維持し、62の大使館と20以上の領事館を含む代表事務所を全大陸に開設しています。また、戦略的パートナーシップ関係は、世界の多くの主要国との間に結ばれています。

「敵ではなく友を得る」ことを目的とした外交戦略は、国の安全と安定を確保する上で重要な役割を果たしています。今日カザフスタンは、世界のどの国とも紛争や未解決の問題を抱えていません。

現実的かつ多方面にわたる外交政策により、カザフスタンは国際社会に溶け込み、可能な限り効果的に国益を促進し、国内の開発問題に取り組むための最適な対外条件を作り出すことに成功しています。これには経済発展も含まれます。カザフスタンは、外国直接投資の誘致という点では、中央アジアにおける紛れもないリーダーであり、この地域の外国直接投資総額の60%を占めています。

カザフスタンは、独立黎明期に策定された路線を堅持しています。カシム=ジョマルト・トカエフ大統領のリーダーシップの下、カザフスタンは世界舞台での関与を維持・強化するため、外交政策の視野を常に広げる取り組みを進めています。

反核運動のリーダー

カザフスタンの独立は、当時の指導部による史上前例がないいくつかの大きな決断から始まりました。

ソ連が運営していた世界最大規模のセミパラチンスク核実験場は、1991年8月29日、大統領令によって閉鎖されました。この核実験場は数十年間機能し、カザフスタンの大地に深い傷跡を残し、150万人の市民の生活に世代を超えて深刻な影響を与えました。

Kazakh Foreign Ministry has co-organized a series of events focusing on the humanitarian consequences of the use of Nuclear Weapons to support TPNW at UN, Vienna and Astana together with Soka Gakkai International(SGI), a faith based organization from Japan which has participated in the 6th and the 7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions. Credit: Jibek Joly (Silk Way) TV Channel

独立後、カザフスタンはもう一つの差し迫ったジレンマに直面しました。ソ連から受け継いだ世界第4位の膨大な核兵器をどうするかという問題です。指導部は、核保有国の地位を自主的に放棄するという現実的な決断を下しました。このことで、国際舞台におけるカザフスタンの権威が高まっただけではなく、特に投資家からの信頼も高まりました。

このような決断は、わが国の外交政策の中核をなす考え方のひとつを確固たるものにしました。今日、カザフスタンは核軍縮・不拡散の世界的な運動のリーダーとして認められています。セミパラチンスク核実験場の閉鎖を記念する8月29日は、国連総会の全会一致の決定により、「核実験に反対する国際デー」として国連カレンダーに刻まれました。また、2016年には、中央アジア非核兵器地帯が設立されました。さらに17年には我が国東部のオスメケンに低濃縮ウラン(LEU)備蓄バンクが開設されました。

カザフスタンは、すべての主要な国際核軍縮・不拡散条約に加盟しています。特に、核兵器禁止条約(TPNW)に最初に署名・批准した国の一つです。

多国間協力

カザフスタンは、国連(1992年3月2日以降)とその専門機関、世界貿易機関(WTO)、国際原子力機関(IAEA)、欧州安全保障協力機構(OSCE)、上海協力機構(SCO)、イスラム協力機構(OIC)、独立国家共同体(CIS)、集団安全保障条約(CSTO)を含む40以上の国際機関に積極的に加盟しています。さらに、国際通貨基金(IMF)、国際復興開発銀行(IBRD)、欧州復興開発銀行(EBRD)といった主要なグローバル金融機関にも加盟しています。

カザフスタン独自の「マルチ・ベクトル外交」の特徴の一つは、主要な国際機関の活動に積極的に参加するだけでなく、対話と協力のための新たな多国間プラットフォームを構築するというコミットメントにあります。

Organization of Turkic States Green (Member States), Pale Blue (Observer States). Credit: Jelican9 – Own work – Eurasia, CC BY-SA 3.0

このしたアプローチの好例として、独立間もない1992年にカザフスタンが国連総会で設立を提唱した「アジア相互協力信頼醸成措置会議(CICA)」があります。今日、CICAには28カ国が加盟し、本格的な組織へと変貌を遂げつつあります。

カザフスタンは、旧ソ連邦構成国間の経済協力を大幅に強化した独立国家共同体とユーラシア経済同盟の創設において重要な役割を果たしました。

我が国はまた、実質的かつ影響力のある国家連合「上海協力機構」(中国、カザフスタン、キルギス、インド、イラン、パキスタン、ロシア、タジキスタン、ウズベキスタン)の創立メンバーでもあります。

カザフスタンは、他の国々とともにテュルク評議会の設立を主導し、同評議会は最近テュルク諸国機構へと発展させるなど、国際社会における積極的な姿勢をさらに強固なものにしています。

世界的認知

30数年にわたって、カザフスタンは独立以来一貫して堅持してきたこの外交政策の有効性を認められてきました。

2010年にカザフスタンが欧州安全保障協力機構の議長を務めたことは、我が国が国際社会における責任ある国家としての役割を大きく肯定するものでした。

カザフスタンは、旧ソ連構成国として、またアジアの国として初めて、加盟国が50カ国を超える国際組織の議長国を任されました。カザフスタン外交の最高の成果は、21世紀最初の、そして現在のところ唯一のOSCE首脳会議の開催に成功したことです。このサミットはアスタナ宣言の採択に結実しまし。また、2017年から18年にかけて、カザフスタンは国連安全保障理事会の非常任理事国としてデビューしました。この選挙で、中央アジアの国が初めて安全保障理事会の理事国となりました。この2年間、カザフスタンは、核兵器のない世界の実現、地域紛争と脅威の解決、地域安全保障分野における中央アジアの利益の促進、テロリズムへの対抗など、優先事項を熱心に追求しました。

Expo 2017. “The Sphere” left deep impression on our minds. All this was beyond what we have known from Science fiction. Filmed and edited by Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan.

過去30年間、カザフスタンは、SCO、CIS、OIC、CICA、EAEU、テュルク評議会といった国際組織の首脳会議など、最高レベル参加者が集うイベントを数多く主催してきました。2017年には、カザフスタンの首都でアスタナ国際博覧会(Expo2017)も開催しました。

カザフスタンは「誠実な仲介者」として国際社会で高い評価を得ています。例えば、カザフスタンのマルチ・ベクトル外交の成果として、シリア内戦を解決するための和平交渉がカザフスタンの首都で始まりました。この「アスタナプロセス」を通じて、シリアの政府当局と武装反体制派の双方が、イラン、ロシア、トルコという3つの保証国の代表とともに、カザフスタンで初めて交渉のテーブルにつき、以後協議は20回に及びました。

カザフスタンの外交が評価されているさらなる証左は、我が国の代表が主要な国際機関や機構で重要な役割を担っていることです。例えば、2011年から13年にかけて、カシム・ジョマルト・トカエフ現大統領は、国連事務次長およびジュネーブ事務所長を務めました。18年から22年にかけて、バグダット・アムレーエフがチュルク諸国機構事務総長を務めました。現在、アスカル・ムシノフはOIC副事務総長、カイラト・サリバイはCICA事務総長、カイラト・アブドラフマノフはOSCE少数民族高等弁務官を務めています。

LP: 世界規模で宗教間対話を推進するうえでの、世界伝統宗教指導者会議の役割と意義について詳しくお話しください。

ヴァシレンコ:世界伝統宗教指導者会議は、2003年にカザフスタンの首都アスタナでカザフスタンのイニシアチブによる始まりました。その主な使命は、世界中のさまざまな宗教指導者間の対話、理解、協力を促進することにあります。

このイニシアチブでは、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、仏教、ヒンドゥー教、道教、その他多くの伝統信仰を含む世界の宗教を代表する多様な宗教指導者が一堂に会します。この多様性が、豊かな議論のための宗教的信念と実践の包括的な表現を保証しているのです。

会議は3年ごとに開催され、宗教間対話のための一貫したプラットフォームを提供しています。これにより、平和と相互理解を促進するための議論を継続し、戦略を進化させることが可能となるのです。

7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions Group Photo by Secretariate of the 7th Congress
7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions Group Photo by Secretariate of the 7th Congress

会議での議論は、神学的、教義的な問題に限定されるものではありません。この宗教間対話ではテロリズムや過激主義、暴力的な目的のための宗教の悪用など、今日の世界的な課題を取り上げることも少なくありません。そうすることで、宗教の教えを現代的な文脈の中に位置づけ、宗教的原則の歪曲に反対する集団的な姿勢を促しているのです。国際的に広範な参加を得ることにより、会議の決議、宣言、討議は世界的な広がりを持つことになります。会議は、他の地域や地方の宗教間イニシアティブの道標として機能し、複数のレベルでの宗教間対話の重要性を強調します。

この会議における極めて重要な成果のひとつは、異なる宗教的伝統間の相互尊重の醸成にあります。互いの違いを認めつつ、共通の利益のために超越されるプラットフォームを提供することで、会議は宗教的偏見や誤解を減らす役割も果たしています。

Photo: The 7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions was held in Astana on 14–15 September 2022 Credit: Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan
Photo: The 7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions was held in Astana on 14–15 September 2022 Credit: Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan

この宗教観対話イニシアチブが目指す最終的な目標は世界平和の促進にあります。対話と相互理解を通じて、会議は宗教的対立と緊張を緩和し、宗教が団結、平和、建設的発展の力となるよう望んでいます。

2022年9月にアスタナで開催された第7回会議には、ローマ法王フランシスコ、カイロのアルアズハル大学の総長で同モスクのグラントイマームであるアフマド・アル・タイーブ師、イスラエルの首席ラビなど、著名な宗教指導者が参加しました。

会議は、世界規模で宗教間対話を推進する上で極めて重要な役割を果たしています。この取り組みは、相互の結びつきが強まる一方で、宗教的な誤解や誤った解釈という課題にも直面している今日の世界における、相互尊重と理解の重要性を強調しています。

LP:トカエフ大統領は、カザフスタンの豊かな文化的・宗教的多様性について言及しています。この多様性は、カザフスタンの宗教間対話や協力へのアプローチにどのような影響を与えていますか?

ヴァシレンコ:カザフスタンの豊かな文化的・宗教的背景が、この宗教間対話と協力に対するカザフスタンのアプローチを形成する上で、重要な役割を果たしてきた。

欧州とアジアの結節点に位置するカザフスタンは、歴史的に文化、民族、宗教の交差点でした。この地域を通るシルクロードは、貿易だけでなく、思想や信仰の交流も促進しました。この地域では、何世紀にもわたって、イスラム教、キリスト教から仏教、シャーマニズムまで、さまざまな宗教的伝統が共存してきました。

今日、カザフ人の多くはイスラム教徒(主にスンニ派)を自認していますが、ロシア正教徒、プロテスタント、カトリック、さらに仏教徒、ユダヤ教徒、その他の宗教の信奉者などのコミュニティーも存在します。このような多様性から、これらのグループ間の相互尊重と調和を促進する統治アプローチが必要とされてきました。

Ethnic Diversity in Kazakhstan/ Astana Times
Ethnic Diversity in Kazakhstan/ Astana Times

カザフスタン憲法は国家の世俗性を強調し、いかなる宗教も他の宗教を支配したり、他の宗教の権利を侵害したりすることができないようにしています。この世俗的な枠組みは、さまざまな宗教共同体が国家の干渉を受けずに共存し、信仰を実践する場を提供してきました。

カザフスタンは、その宗教的多様性の価値を認識し、国内外での宗教間対話の促進に積極的です。世界伝統宗教指導者会議は、この大義に対するカザフスタンのコミットメントの証です。この世界的なイベントを主催することで、カザフスタンは宗教間対話の仲介者、橋渡し役としての役割を強調しています。

カザフスタン国内のさまざまな教育プログラムやイベントは、我が国の宗教的多様性の歴史と価値を強調しています。国内に存在する様々な宗教的伝統について若い世代を教育することで、カザフスタンは相互尊重と相互理解の感覚を育むことを目指しています。

トカエフ大統領のリーダーシップの下、カザフスタンは一貫して宗教的寛容政策を強調してきました。このアプローチは、トップダウンの指示だけでなく、歴史的に多民族・多宗教社会で暮らしてきたカザフスタンの人々の文化的精神に根付いています。

カザフスタンの宗教間対話へのコミットメントは、その外交努力にも表れています。カザフスタンは、他国や国際機関との交流において、宗教的寛容と対話の重要性を頻繁に強調しています。

カザフスタンの豊かな文化的・宗教的多様性は、宗教間の対話と協力に対する積極的で包括的なアプローチの原動力となっていいます。カザフスタンは、多様性を課題と捉えるのではなく、むしろ強みとして受け入れ、その立場を活かして、国内だけでなくグローバルな舞台でも平和、理解、協力を促進しているのです。(原文へ

INPS Japan/ London Post

この記事は、London Postに初出掲載されたものです。

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2026年NPT再検討会議に向けた準備が続く

【ニューヨークIDN=セルジオ・ドゥアルテ】

核不拡散条約(NPT)再検討会議の準備サイクルは、同条約の無期限延長を決めた要素の一つとして、再検討・延長会議において決められたものだ。

プロセスは、再検討会議に先立つ3年間に毎年開かれる準備委員会会合で成り立っており、続く再検討会議における合意形成を促進することを目的として、組織的な手続き及び実質的な議論を進めることが想定されている。

残念ながらこれまでの再検討会議の結果は芳しいものではなかった。2005年、2015年、2022年には最終文書に合意できず、2000年と2010年に達成された実際の進展のほとんどは否定され、事実上忘れ去られている。

The Preparatory Committee for the 2026 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons (NPT) took place from 31 July to 11 August at the United Nations in Vienna. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN-INPS.
The Preparatory Committee for the 2026 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons (NPT) took place from 31 July to 11 August at the United Nations in Vienna. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN-INPS.

第11回再検討会議第1回準備委員会会合(2023年)が今年8月にウィーンで開催されたが、この重要な条約の権威と意義に疑問が付されるような残念な結果に終わった。

すでに2022年の再検討会議で見られていた対立する立場が、激しい応酬の中で再現された。核軍縮の進展具合に関する核兵器国と非核兵器国との間の見解の相違が依然として主要な対立点ではあるが、核兵器国自身を直接に巻き込んだ新たな緊張関係が前面に表れてきた。

現在の準備サイクルは、ロシアとウクライナの戦争がNATOの関与のもとで進行している最中に行われている。これは、1962年のキューバ・ミサイル危機以来、最大の核兵器を保有する国同士の最も危険な危機であり、実際に核兵器が使用される危険性をはらんでいる。

現在の安全保障環境における別の重大な問題は、すべての核保有国による、より殺傷力の高い新兵器の開発、米ロ間の有意義な意思疎通の欠如、インド太平洋地域における安全保障枠組みの構築、戦闘における核兵器使用の可能性などである。

同時に、その他2つのカテゴリーの大量破壊兵器の規制と廃絶をめぐる既存の国際枠組みも困難に直面している。生物兵器禁止条約の最近の再検討会議は最終文書の実質的部分を採択できずに終わった。同時に、この5月に終わった化学兵器禁止条約第5回再検討会議も同様に残念な結果に終わった。

最終的に、国連安全保障理事会が、国際の平和と安全の維持に向けた主たる責任を持つ国際機関としての役割を果たす上できわめて重要になる。

核兵器拡散への懸念

核兵器拡散の懸念は、1945年に核爆発装置の爆発実験に初成功した78年前に始まっている。6か月後、国連総会は、原子兵器とその他すべての大量破壊兵器の廃絶に向けた提案を行う委員会を創設した。しかし、委員会は目標を達成しないまま1948年に解散された。生物兵器と化学兵器は国際法で禁止されているが、核兵器の脅威は依然として人類を悩ませている。

1965年、総会決議2028(XX)は、合意された5点の主要原則に則って、核兵器の拡散を予防する条約を交渉するよう「18カ国軍縮委員会」(ENDC)に呼びかけた。そのうち最初の2つの原則は、条約は「核兵器国や非核兵器国が、どのような形態であっても、核兵器を直接あるいは間接に拡散することを許すような抜け穴があってはならないこと」、次に、条約は核兵器国と非核兵器国との間で相互に合意された権利義務のバランスを保っていなければならない、というものだった。

1965年から68年にかけてENDCの条約草案の議論は妥結しなかったが、国連総会が1968年にNPTを採択し、同条約は核不拡散・軍縮体制の礎石とみなされている。その中心的な合意点は、核軍縮に向けた早期かつ効果的な措置を採ることと引き換えに、核兵器を持たない国々が核の取得を放棄するという形式だった。NPTはまた、条約第1条・第2条にしたがって、すべての加盟国による核エネルギーの平和的な開発・研究・生産・使用の不可侵の権利を謳っている。

これまでに開催された10回の再検討会議を悩ませてきた不和と意見の不一致の多くは、条約を最終的に採択した当事国の多くが、それぞれ別個の、かつ慎重にバランスが取られた義務に文面上も精神の上でも誠実に従っていない、という認識から生じている。時が経つにつれ、NPTは実際、権利と義務のバランスが大きく崩れ、締約国を2つのはっきりと分かれたグループに分断してきてしまった。

たとえば、非核兵器国の条約履行状況を検証する詳細かつ強制的な手続きが定められているのに対して、核兵器国には同様の条項が存在しない。条約上の核軍縮義務を果たそうとすらしない核兵器国側の政治的意思の欠如は、NPT再検討プロセスが直面している困難の主な原因だとみなされてきた。核兵器国は核軍縮義務そのものは否定していないが、自国の核兵器は安全確保のために肝要なものであり、現在の安全保障環境は、核兵器を最終的にゼロに導くような法的拘束力があり時限を定めた措置の採択を許すものではないと主張している。

他方、圧倒的大多数の国々は、核軍縮は核兵器国やその市民も含めた国際社会の安全を全体として向上させ、核兵器に付随した人間と環境に与えられるリスクは、核兵器が持っているとされるメリットを上回るものだと考えている。

NPT発効から53年

条約発効から53年、NPTははたして核兵器廃絶という目標を前進させたのだろうかという疑問は消えない。核兵器の数自体は冷戦最盛期の7万発から劇的に減少したが、今日の核兵器は、数の上でも、あるいはその秘匿性や破壊力の上でも急速に拡散している。核兵器使用の影響が及ぶ範囲は交戦当事者に限られないから、人類全体を脅威にさらしている。地球上の人間の生命が核交戦によって絶滅しかねない。

NPT再検討会議準備委員会会合の最初の2回の任務は、条約の原則及び目的、それに、条約の完全履行及び普遍性の促進を念頭に置いた特定の課題について検討するものであり、第3回会合の目的は、前2回の会合の結果を考慮に入れて、再検討会議そのものに対する全会一致の勧告案を形成することにある。

2022年の第10回再検討会議は、条約再検討プロセスのさらなる強化に関する作業部会を設置した。部会は第1回準備委員会会合に向けて会合を持ったが、報告書に合意することができなった。同様に、第1回準備会合そのものも、実質的な全会一致報告書を採択できずに終了した。

NPT再検討会議の準備段階はこれまでも常に対立含みではあったが、近年、さまざまな国やグループがとる立場は、以前と比べて著しく柔軟性を欠いているように感じる。

2010年再検討会議で合意された行動計画の「行動20」「行動21」の下で核兵器国が認めた公約を効果的かつ検証可能にするという目標をもって、上述の作業部会の議長は、自らの権限において、準備委員会に向けた26の勧告を含む作業文書案を提示した。核軍縮に向けた行動に関する締約国の各国報告の透明化などが勧告として盛り込まれている。

批判的検討

このような報告書を批判的に検討するとともに、核兵器の近代化計画に関する説明責任を向上させるための標準モデルの採用が提案された。この標準モデルには、核弾頭の数、種類、状態(配備されているか、配備されていないか)、偶発的または非自発的な使用のリスクを低減するために採用された措置、安全保障政策とドクトリンにおける核兵器の役割、兵器システムの運用上の警戒を低減するために採用された措置、解体された兵器の数と種類、そして最後に兵器目的で利用可能な核分裂性物質の量が含まれている。

The planary session of The Preparatory Committee for the 2026 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons (NPT) held from 31 July to 11 August at the United Nations in Vienna. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN-INPS.

最終的に、準備委員会会合の閉幕にあたって、議長がその責任において「事実概要案」を提示した。しかし、それを作業文書に含めることにすら反対する意見が出て、議長はそれを単なる「勧告」に格下げせざるを得なかった。今回手続き的議論にあたって建設的態度を欠いていたことは、過去の準備委員会会合の悲惨な状況を考えても、異例のことだった。

核抑止が人間に与える影響やリスクの問題が初めて取り上げられたことは銘記すべきだ。核共有がNPT第1条と矛盾しないかについても、ロシアがベラルーシに核配備したことやNATOが一部諸国に核兵器を配備していることを念頭に取り上げる一部締約国があった。また、人間や環境に危険があるとして、原子力発電を段階的に廃止することに言及する国もあった。

Photo: Sergio Duarte speaks at the August 2017 Pugwash Conference on Science and World Affairs held in Astana, Kazakhstan. Credit: Pugwash.
Photo: Sergio Duarte speaks at the August 2017 Pugwash Conference on Science and World Affairs held in Astana, Kazakhstan. Credit: Pugwash.

2024年と25年にはさらなる準備委員会会合があり、2026年が第11回再検討会議である。終わったばかりの今回の準備委員会会合で唯一よかった点は、条約の目標に関して―その相対的な意味合いについては異論があるにしても―すべての締約国がコミットし続ける意思を示したことだ。再検討会議が2回連続で残念な結果に終わったことで、各締約国は、いつまでも対立しているのではなく、条約の強化につながる意義ある意見交換が可能になるように現在の再検討サイクルを継続させるべく、自らの態度や立場を見直すだろう。大量破壊兵器に関する現在の国際協定の構造が、下手をすると意義を失い、あるいは時代遅れになってしまう真のリスクがあるからだ。

NPTは、その履行に関する欠陥が指摘され様々な見解があるにも関わらず、国際社会の圧倒的多数の支持を依然として受けており、核軍拡競争の停止と核軍縮という目標に締約国を法的に縛り続ける唯一の取り決めであり続けている。来たる再検討会議に向けた準備段階での現在の混乱は、NPTが今後も意義を持ち続ける上で重大な悪影響を及ぼす。NPTの権威と意義をこれ以上損なわないようにすることが急務だ。(原文へ

※著者は国連軍縮局元上級代表で、現在は「科学と世界問題に関するパグウォッシュ会議」議長。

INPS Japan

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ヒマラヤ山脈の氷河、融解速まる

【カトマンズNepali Times】

科学者らが、ヒマラヤ山脈の氷河の喪失を憂慮する報告書を発表した4年前より、この問題ははるかに深刻であると警告する新たな報告書を発表した。

この新しい研究は、ヒマラヤ山脈の雪、氷、永久凍土について、これまでで最も正確な評価を行ったものである。これによると、 ヒマラヤ山脈の氷河は、今世紀末までにその氷塊の80%を失う可能性があるとしている。また、ヒマラヤ山脈だけでなく、世界最高峰の山々から流れる水に依存する下流の国々(アフガニスタン、バングラデシュ、ブータン、中国、インド、ミャンマー、ネパール、パキスタン)に住む20億人近い人々にも深刻な影響を及ぼす可能性があるとしている。

Water, ice, society, and ecosystems in the Hindu Kush Himalaya /Credit: ICIMOD
Water, ice, society, and ecosystems in the Hindu Kush Himalaya /Credit: ICIMOD

インドや中国などヒマラヤ山脈周辺国8か国が参加する政府間組織「国際山岳総合開発センター(ICIMOD)(事務局:カトマンズ)」は、2019年に報告書「ヒンドゥークシュ・ヒマラヤ・アセスメント」を発表していた。しかし今回発表された新報告書によると、「2011~20年の10年で、その前の10年よりも65%速く氷河が融解しており、このままでは、今後数十年で融解が加速するだろう。」と予測している。

新報告書『ヒンドゥークシュ山脈とヒマラヤ山脈の水、氷、社会、生態系(HI-WISE)』は、山々の雪、氷、永久凍土の融解が、ヒマラヤ流域の水、生態系、社会にどのような影響を及ぼすかについて、最近の科学的進歩をもとに描き出したものである。

報告書では、今世紀半ばまでに「水のピーク」が訪れ、その後は灌漑、家庭用水、工業用水、水力発電に利用できるヒマラヤ山脈を源流とする河川(揚子江、メコン川、インダス川、ガンジス川)の水がますます少なくなると予測している。同時に、気候変動による異常気象は、この地質学的にも生態学的にも脆弱な山岳地帯において、地滑りや洪水のリスクを増大させるとしている。

The south face of Saipal Himal in western Nepal, showing shrinking ice over the past 15 years. Image via Nepali Times. Used with permission.
The south face of Saipal Himal in western Nepal, showing shrinking ice over the past 15 years. Image via Nepali Times. Used with permission. (ネパール西部にあるサイパル・ヒマールの南面。過去15年間で氷河が縮小しているのがわかる。)

気候変動と開発のための国際センター(バングラデシュ)のサリーム・ウル・フック氏は、「この報告書は、ヒンドゥークシュ・ヒマラヤ地域が気候変動の影響に対して特に脆弱であることを示している。この地域と人々を守るために、私たちは今すぐ行動を起こさなければなりません。」と語った。

報告書によると、氷河の融解が脆弱な山岳地帯の生息地に与える影響は特に深刻で、生態系や生物多様性に連鎖的な影響を及ぼすという。

ヒンドゥークシュ・ヒマラヤ地域の生態域(エコリージョン)の67%と、この地域の4つの世界的生物多様性ホットスポットの39%が保護地域外であるため、この地域の非常に豊かな生物多様性は気候の影響に対して特に脆弱である。」と報告書は警告している。

ヒマラヤ山脈の氷河は、山岳地域の住民約2億4000万人に加え、河川流域16カ国の約16億5000万人にとって重要な水源となっており、氷河の融解により水不足の影響を受けるだろう。ヒマラヤ地域の農民はすでに、異常気象による作物の損失、飼料不足、家畜の死に直面している。

Nepali Times

12カ国の35人の科学者によって作成されたこの報告書は、「災害はより複雑で壊滅的なものになっている。」と指摘している。

報告書は、この流域の人々(=世界人口の約4分の1)に影響を及ぼしている気候変動がもたらす連鎖的な影響に備えるよう、政策立案者に求めている。また、避けられない近い将来の損失と被害に対して緊急の国際的な支援と地域間の協力を求め、地域社会が適応するのを支援するよう呼びかけている。(原文へ

INPS Japan/Nepali Times

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アフリカのクーデターと資源の権利

【ワシントンIPS=ソランジュ・バンディアキー=バジ

今年の9月、国連総会で全加盟国の首脳が演説を行った際、いくつかのアフリカの指導者は軍事クーデターで失脚しており、出席できなかった。

表面的には、これらの国々は地理と植民地支配の歴史以外にはあまり共通点がない。最近「政権交代」を経験したガボンとニジェールのケースを考えてみよう。ガボンは生物多様性に富んだ小さな国で、軟禁されている大統領とその前の父親が1967年から権力を握っていた。ニジェールはガボンよりはるかに大きく、ほとんどが砂漠の国である。軟禁中の大統領は2021年に選出された。

西アフリカと中央アフリカで起きているこの不安定な情勢は、地域的にも国際的にも注目を集めている。しかし、それぞれのクーデターの背後にどの国際勢力があるのか、あるいはクーデターを容認すべきかどうかという議論には、資源に関するはるかに基本的な問題が欠けている。

フランス、米国、ロシア、中国は、相次ぐクーデターを非難したり憂慮したりはしているが、「憲法秩序」と民主主義を回復する必要性に焦点を当てている。アフリカにおけるクーデターや紛争の根本的な原因は、貧困と人権侵害を引き起こす資源の採取に関連している。

現在、軍隊がクーデターで政権を排除したアフリカ諸国は7カ国あり、その経済はすべて資源採掘に大きく依存している。マリブルキナファソは世界有数の金産出国である。チャドスーダンは石油採掘に依存している。ニジェールは世界第4位のウラン生産国である。ギニアはアルミニウムの主原料であるボーキサイトの埋蔵量で世界の4分の1から半分を占める。ガボンはアフリカ第2位のマンガン生産国で、その経済も石油とガスの採掘に依存している。政府は、国土の90%近くを占める熱帯林の炭素クレジット市場を開拓する方法を模索していた。

African countries that have had successful coups between 2020 and 2023. Photo credit: Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0

資源採掘に必要な土地、鉱山や掘削作業、精製に必要な労働力、こうした経済活動にはコストがかかる。農業や林業で生計を立てている家族は、より大きな利害関係者が現地に進出して、彼らの土地や資源を奪ってしまった場合、ほとんど手段を講じることができない。

これらの国々では、農村コミュニティーは何世代にもわたってその土地に住み、手入れをしてきた。土地と財産の所有権は、グローバルノースでは個人の富の基盤である。しかし、グローバルサウスコミュニティーーに含まれる資源を理由に、農村コミュニティの権利を奪う法制度が容認されている。

資源採掘セクターは、土地を奪われたコミュニティーの住民が失う生計の代わりとなる適切な手段を提供しない。例えば、鉱山労働者が適切に補償され、職場の危険から保護されている例はまだ見られない。

サヘル地域では、ニジェールが慣習的な土地所有権を認めていることがしばしば評価されている。ニジェールには1993年に採択された先進的な農村法があり、革新的な土地管理システム、法律、制度が定められている。

2021年には、権利の承認と土地紛争の防止を定めた農村土地政策が採択された。ニジェールには2010年に採択されたサヘル地域で最も先進的な牧畜法もあり、家畜に依存する遊牧民コミュニティの権利を認めている。ブルキナファソとマリにも、コミュニティーの権利を強力に保護する法律があるが、その施行は3カ国とも不十分だった。

外国人投資家は、これらの国の資源を開発することに常に関心を示しており、コミュニティーの権利の行使が優先されることはない。採掘セクターからの利益の公平な共有、地元の若者に有益な雇用や土地所有権を提供し、農村土地所有の取り決めを尊重することはほとんど議論されない。

私が生まれ育ったセネガルを見れば、この国がクーデターの連鎖に加わるための材料はすべて揃っている。政府の収入は資源採掘に依存しており、リン鉱山が経済の大部分を占めている。

沖合では天然ガスと石油が発見されており、政府の野心はセネガルを石油、ガス、炭化水素の資源大国にすることだ。セネガルはサヘル地域で最も安定した国であったが、野党の政治指導者や市民が逮捕され、大規模な街頭抗議行動が引き起こされるなど、民主主義の後退が見られる。

また、セネガルの法制度は農村コミュニティーの土地の権利を保護しておらず、農民らは富の基盤が保証されないまま放置されている。セネガルは、現在の政治的・経コミュニティーし、コミュニティーに所有権を与える新しい土地政策と法律を打ち出すのに苦労している。現在施行されている土地法は、1964年にフランスから独立した直後に採択された「国有地法」である。

結局のところ、これは誰が権力を握っているかという問題ではなく、旧フランス植民地に限ったことでもない。これは、資源採掘がどのように優先されるかということなのだ。アフリカに必要なのは、土地統治における抜本的な組織的変革である。コミュニティーは自分たちの土地の処分について決定権をもつ必要がある。住民が経済的不安定から抜け出せなければ、平和は決して実現しない。

「アフリカは金鉱の上に座っている乞食だ。」と、20世紀のセネガルの詩人であり語り部であったビラゴ・ディオップは述べている。自然が豊かであるにもかかわらず、この7カ国のうちマリ、ニジェール、スーダン、チャドの4カ国は、世界の「繁栄度指数」で下位10%、残りの3カ国は下位40%にランクされている。

西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)アフリカ連合(AU)のようなアフリカの地域機関、そして国連のようなグローバル機関にとって、私たち全員が直面している課題は、このような時代遅れの経済モデルから脱却するかということである。今世紀に入り20年が経過したが、自然資源に対するより公平なアプローチの必要性を受け入れる必要がある。それを行わない限り、どの政府も安全ではない。(原文へ

ソランジュ・バンディアキー=バジ博士は、Rights and Resources Initiative(権利と資源イニシアティブ:RRI)のコーディネーター。マサチューセッツ州クラーク大学で女性学とジェンダー研究の博士号を、セネガルのチェイク・アンタ・ディオプ大学で環境科学と哲学の修士号を取得。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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