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右派政治の台頭と核軍縮の現状

【ロンドンLondon Post=サクライン・イマーム】

現在の国際政治情勢では、右派ポピュリズムの台頭が見られ、その影響が安全保障政策にも及んでいる。国粋主義や防衛能力の強化を国家安全保障の必要性として強調するポピュリスト指導者たちが台頭する中、核不拡散条約(NPT)や核兵器禁止条約(TPNW)といった条約の重要性は一層高まっている。

ロシアの核政策の見直し

Vladimir Putin. Photo: ЕРА
Vladimir Putin. Photo: ЕРА

世界最大の核兵器を保有するロシアの核プログラムは、ウラジーミル・プーチン率いる右派の権威主義的リーダーシップを反映している。予防措置が軍事教義の中心となり、核軍縮の取り組みを複雑にしている。

2024年9月、プーチン大統領は高官とのテレビ会議で、ロシアに対する「大規模な空爆」に対して核兵器を使用する可能性を示唆した。その後、核保有国の支援を受けた非核保有国による攻撃を核保有国による攻撃とみなす新たなルールを提案。2024年11月、米国がウクライナによる長距離ミサイル使用禁止を解除すると、プーチン大統領は核ドクトリンの改正案に署名した。これにより、ロシアは核兵器の使用を合法的に認めることになった。

防衛情報ウェブサイト「Janes」は、2023~24年にロシアがベラルーシへの核兵器配備、新たな配備手段の公開、戦術核兵器の訓練、条約義務からの脱退を行ったと報告している。

インド太平洋研究センターのリサーチアナリスト、ムリチュンジャイ・ゴスワミ氏は、「右派政府が戦時に核兵器使用を主張する傾向が強まっている。」と指摘し、特にロシアがウクライナ戦争における戦術核使用の選択肢を模索していると述べている。

Büchel , Germany:Activists participate in a peace walk against nuclear weapons around Büchel Military Air Base.. Image Credit :shutterstock
Büchel , Germany:Activists participate in a peace walk against nuclear weapons around Büchel Military Air Base.. Image Credit :shutterstock

インド:隣国との核競争

Narendra Modi, Prime Minister of the Republic of India
Narendra Modi, Prime Minister of the Republic of India

3期目を務めるナレンドラ・モディ首相は、インドの核能力を誇示している。2024年の選挙では、与党インド人民党(BJP)が小型モジュール型原子炉の開発や原子力発電への投資拡大を掲げた。モディ首相は、野党が核兵器を廃止すると批判し、隣国が核兵器を保有している中でインドを「無力化」する計画だと述べている。

さらにモディ氏は、中国の軍事・核能力の強化を警戒しており、特に中国が米国との戦略的均衡を目指していることを指摘した。一方、ポーランドやドイツの右派勢力は、ウクライナ侵攻を受けて独自の核抑止力を求める声を強めている。

イラン対イスラエル:核緊張の高まり

核兵器を保有していないイランは、西側諸国やイスラエルから核兵器開発の疑いをかけられている。2024年12月、国際原子力機関(IAEA)のラファエル・グロッシ事務局長は、イランがウラン濃縮を最大60%に加速していると発表した。イランは核兵器を目指していないと主張しているが、国際社会の懸念は依然として高いままである。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、2024年11月にイランの核研究施設を攻撃し、これに対してイランは報復を誓った。この行動は核軍縮の取り組みに大きな打撃を与えた。

核軍縮を取り巻く議論は、米国とロシアの関与の欠如、中国の非協力的態度により危機的状況にある。ゴスワミ氏は、「主要核保有国間の戦略的コミュニケーションチャネルの再構築が必要だが、近い将来に進展が見られる可能性は低い。」と指摘している。(原文へ

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INPS Japan

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世界の軍事紛争で「真の勝者」とは誰か?

【国連IPS=タリフ・ディーン】

ウクライナやガザでの壊滅的な軍事紛争が終結したとしても、最終的な勝者となるのはロシアでも米国でもイスラエルでもなく、皮肉を込めて「死の商人」と呼ばれる世界の武器産業である。

同様に、シリア、ミャンマー、レバノン、イエメン、スーダン、アフガニスタンといった内戦や紛争でも、利益を得るのは武器産業だ。

SIPRI
SIPRI

スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の最新報告によると、2023年における世界の主要100社の武器と軍事サービスの売上高は6320億ドルに達し、2022年比で実質4.2%の増加となった。

SIPRIが12月2日に発表したデータによれば、武器売上の増加は全地域で見られ、特にロシアや中東を拠点とする企業の増加が顕著だった。

特にガザやウクライナの戦争、東アジアの緊張、その他の再軍備プログラムに関連する新たな需要に対して、小規模な武器メーカーが迅速に対応し、大幅な成長を遂げた。

SIPRIによると、2023年、多くの武器製造企業が需要の急増に対応して生産を拡大した。その結果、22年に減少した武器売上高が23年には回復した。

上位100社のうち、ほぼ4分の3の企業が前年比で武器売上を増加させた。特に、売上を増加させた企業の多くは上位100社の下位半分に位置する企業だった。

「2023年には武器売上が顕著に増加し、この傾向は24年も続くと予想されます。」と、SIPRIの軍事費および兵器生産プログラムの研究者であるロレンツォ・スカラッツァート氏は述べた。

「上位100社の武器製造業者の売上は、依然として需要の規模を完全には反映していません。多くの企業が採用活動を開始しており、将来的な売上増加に対して楽観的であることを示しています。」と彼は語った。

拷問被害者センター(Center for Victims of Torture)の会長兼CEOであるサイモン・アダムズ博士はIPSの取材に対し、迫害、紛争、残虐行為によって世界で家を追われた人々の数が過去10年で3倍以上に増加し、現在では1億2000万人を超えていると語った。

アダムス博士は、この人道的惨状の拡大で最も利益を得ているのは、戦争犯罪者、拷問者、人権侵害者たちだと語った。

Prikaz Tabuta prije ukopa poginulih civila./ By Juniki San - Own work, CC BY-SA 3.0
Prikaz Tabuta prije ukopa poginulih civila./ By Juniki San – Own work, CC BY-SA 3.0

「しかし、彼らはそれを可能にする武器を供給する武器メーカーなしには生き残れません。そして、最も直接的に利益を得ているのは武器メーカーです。」と、アダムス博士は強調した。

アダムズ博士はまた、「どこで民間人が苦しみ、建物が爆撃され、死と破壊が広がっているのを目にしても、そこには新たなビジネスチャンスと利益率の増加を見込む武器商人がいるのです。」と指摘したうえで、「この産業の経済的な生命線は、まさに流血そのものです。」と、断言した。

Dwight Eisenhower/ Wikimedia Commons
Dwight Eisenhower/ Wikimedia Commons

さらに、The Nation誌7月号の「War Profiteering(戦争で利益を得ること)」と題した記事で、デイビッド・ヴァインとテレサ・アリオラは、戦争産業で利益を上げている米国のの5大企業を特定した。それは、ロッキード・マーティン、ノースロップ・グラマン、レイセオン、ボーイング、そしてゼネラル・ダイナミクスだ。

1961年、米国のドワイト・アイゼンハワー大統領は「軍産複合体(Military-Industrial Complex, MIC)」の力について国民に警告を発した。

この記事で引用されているブラウン大学の「戦争の費用」プロジェクトによると、「軍産複合体は世界中で計り知れない破壊を引き起こし、米国を終わりの見えない戦争に縛り付けてきた。その結果、2001年以降、約450万人が死亡し、数百万人が負傷し、少なくとも3800万人が故郷を追われた。」とされている。

カナダのブリティッシュ・コロンビア大学で、軍縮、グローバルおよび人間の安全保障に関するシモンズ講座の教授であるM.V.ラマナ博士は、SIPRIが発表した最新の統計についてIPSの取材に次のように語った。「軍需産業やそれらの武器製造企業に投資する人々は経済的に繁栄している一方で、それらが民間人の大量虐殺や複数の国々での人権侵害を継続させる役割を果たしていることがますます明らかになっている。この不名誉なリストの筆頭にあるのは米国。米国は世界の武器販売の約半分を占めており、上位5社の武器商社はすべて米国企業で、全体の売上の約3分の1を占めています。」と、ラマナ博士は語った。

この状況は非常に悲劇的だとラマナ博士は述べている。その理由は、ガザやレバノン、ウクライナといった世界各地で武器がもたらす人的被害だけでなく、本来ならこの資金が世界中で差し迫った人道的ニーズに使われるべきだからだという。

M.V.-Ramana
M.V.-Ramana

例えば、国連世界食糧計画(WFP)によれば、2030年までに世界の飢餓を終わらせるためには年間400億ドルが必要とされている。この額は、武器産業の上位2社の売上の40%未満である。

ラマナ博士は、「SIPRIが毎年綿密に提供するデータは、政府や強力な機関が支出を決定する際の優先順位がいかに歪んでいるかを示す非常に悲しい証拠だ。」と語った。

SIPRIによると、上位100社のうち米国に拠点を置く41社の武器売上高は3170億ドルに達し、上位100社全体の武器売上高の半分を占めている。これは2022年比で25%の増加である。2018年以降、上位100社のトップ5はすべて米国企業が占めている。

41社のうち30社は2023年に売上を増加させたが、ロッキード・マーティンとRTX(旧レイセオン)のような世界最大の武器製造会社は売上が減少した企業の中に含まれている。

SIPRIの軍事費および兵器生産プログラムのディレクターであるナン・ティアン博士は次のように述べている。「ロッキード・マーティンやRTXのように幅広い武器製品を製造する大企業は、複雑で多層的なサプライチェーンに依存しているため、2023年には依然として残るサプライチェーンの課題に脆弱でした。特に航空宇宙およびミサイル分野においてこの傾向が顕著でした。」

一方で、ロシアを除く欧州に拠点を置く上位100社のうち27社の武器売上高は2023年に合計1,330億ドルとなった。これは2022年比でわずか0.2%の増加であり、世界の地域別で最も小さい伸び率となっている。

しかし、この低成長率の背後には、より複雑な事情がある。2023年、欧州の武器メーカーの多くは複雑な兵器システムを製造しており、主に過去に結ばれた契約に基づいて業務を行っていた。そのため、その年の収益には新規注文の急増が反映されていない。

「複雑な兵器システムは製造に長いリードタイムが必要です。」とロレンツォ・スカラッツァート氏は指摘した。「そのため、これらを製造する企業は需要の変化に対応する速度が遅くなる傾向があります。そのため、新規注文が急増したにもかかわらず、2023年の武器売上高は比較的低かったのです。」と説明した。

一方で、ウクライナ戦争に関連した需要によって、弾薬、大砲、航空防衛システム、陸上システムに特化した欧州の他の企業では収益が大幅に増加した。

特に、ドイツ、スウェーデン、ウクライナ、ポーランド、ノルウェー、チェコの企業がこの需要を活用した。例えば、ドイツのラインメタル社は155mm弾薬の生産能力を拡大し、レオパルト戦車の納入や新規注文、さらには戦争関連の「リングエクスチェンジ」プログラム(各国がウクライナに軍事物資を供給し、同盟国から代替品を受け取る仕組み)を通じて収益を増やしている。

2002年から2023年のより詳細なデータを掲載したSIPRIの武器産業データベースは、SIPRIのウェブサイト(https://www.sipri.org/databases/armsindustry)で確認可能である。(原文へ

INPS Japan/IPS UN BUREAU

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希望の継承: サハラウィ難民の故郷を取り戻す闘い

【サハラウィ難民キャンプ(アルジェリア)Lodon Post=アリ・アウイエチェ】

アルジェリア南西部に位置するサハラウィ難民キャンプ。砂漠の砂が果てしなく広がり、灼熱の太陽が照りつけるこの地に、西サハラ出身の若い女性サルカさんが家族と共に暮らしている。彼女が幼い頃、戦争のために故郷を追われ、避難したこのキャンプが、長い年月を経て第二の故郷となった。

Sahrawi Arab Democratic Republic in Africa (claimed), Wikimedia Commons.
Sahrawi Arab Democratic Republic in Africa (claimed), Wikimedia Commons.

サルカさんは、人間らしい生活に必要な多くのものを欠いたキャンプで育った。しかし、過酷な環境にもかかわらず、彼女の決意は揺るがなかった。単なる人道支援に頼る難民のままでいることを、彼女は受け入れることができなかった。彼女の心には、シンプルだが壮大な夢が宿っている。それは、いつの日か故郷に帰り、自由な国を目にし、テントと砂から離れた尊厳ある生活を送ることだ。

サルカさんは農業を始め、ヤギを飼うことを決意した。与えられた土地は広くはなかったが、自分と家族を養うためにいくつかの作物を育てるには十分だった。時には生活費を補うために収入を得ることもあった。トマト、ピーマン、ジャガイモなどの簡単な野菜を育て始めた彼女は、不毛の地に種を蒔くたびに、それが故郷へ戻るための一歩だと信じていた。

しかし、キャンプでの生活は容易ではなかった。熱風が土地を乾かし、水の確保も度々困難だった。それでも、サルカさんは夜遅くまで起きて、より良い季節を願い、計画を立てた。土地に種を蒔き、一生懸命働き続けた彼女は、この過酷な地において土地が唯一の希望だと確信していた。

農業は単なる生存手段ではなく、抵抗の一形態だと彼女は考えている。彼女は希望を心に蒔き、農民とは土地を耕すだけでなく、価値や理念を全てに植え付ける人だと学んだ。毎日、彼女は故郷に帰る夢を育み続けたが、その帰還は物理的なものだけでなく、キャンプでの生活を通じて彼女が成し遂げた成長や発展も必要だと知っていた。

Image Credit:Ali Aouyeche
Image Credit:Ali Aouyeche

サハラで再燃する戦争がもたらす悲劇

年月が経ち、西サハラでの戦争が2020年に再開されると、サルカさんと家族にとってキャンプでの状況はさらに厳しいものとなった。時折届く故郷からのニュースは、彼女たちが後にした土地や砂と共に埋もれた夢を思い出させた。サルカさんはその出来事を注視しながらも、深い悲しみを抱きつつ、農作業を続けた。作物を植えるごとに希望をも同時に蒔いていると信じていたからだ。

西サハラでの戦争の再開は、帰還の未来をさらに複雑なものにした。モロッコ軍とポリサリオ戦線の戦闘が激化し、安全壁の東側にある解放地域から避難してきた難民が増加し、キャンプの状況はさらに厳しさを増した。それでも、サルカさんは抵抗とは武器だけではなく、一粒の種を土地に植えることや、心に抱いた決意を育てることも含まれると信じていた。

ある日、ポリサリオ戦線の代表団が彼女を訪れ、精神的な支援を提供してくれた。解放運動の一環として西サハラの独立を目指す彼らは、彼女にとってよく知られた存在だった。代表団の一人のリーダーが、サルカさん等に悲しげな微笑みを浮かべながらこう語った。「君は土地に希望を植え、私たちは闘争に希望を植えている。しかし、闘いはまだ長く、帰還にはさらなる犠牲が必要だ。我々は君たちのために、決して屈しない人々のためにここにいるのだ。」

Image Credit:Ali Aouyeche
Image Credit:Ali Aouyeche

この言葉は、サルカさんに希望と悲しみが入り混じった感情をもたらした。自由への道はまだ遠く、戦争は一夜にして終わらない。しかし、彼女は土地に蒔いた希望こそが、自分を生かし続け、他の難民たちの心にも抵抗の精神を宿すものだと確信している。

続く戦争の中で、サルカさんはキャンプで得た農業の知識を他の人々に役立てる方法を考え始めた。厳しい条件と資源の不足が続く中でも、農業が難民の生活改善に役立つ部分的な解決策となり得ると彼女は考えた。彼女は簡単な農業技術を教える小さなワークショップを組織し、不毛の地でも応用可能な方法を伝授した。キャンプでの農業は、生活条件を改善する一助となる可能性を秘めていた。

子どもたちへの戦争の心理的影響

数か月が過ぎ、サルカさんは農業を教えた子どもたちの目に、戦争の影響が刻まれているのを見た。ほぼ毎日のように死傷者のニュースを耳にし、そのたびにサハラウィの人々の目に宿る悲しみに心を打たれた。彼女は希望は戦争や戦いにあるのではなく、困難な状況にあっても揺るがぬ信念、努力、そして人間の変革能力にあると確信している。

SDGs Goal No. 16
SDGs Goal No. 16

そして、サルカが恐れていた日が訪れた。地元ラジオがスピーカーで、彼女の父親が解放地域でラクダの世話をしている最中に、モロッコ軍のドローンによって車を攻撃され、命を落としたと伝えた。このニュースはキャンプ中に瞬く間に広まり、戦争とその破壊的な影響について皆が語った。父を失った悲しみに暮れる中で、サルカはこの危機の終焉と新たな始まりが訪れることを信じていた。彼女は、帰還の夢が以前よりも近づいたと感じ、自分がこの偉大な変化の一部になることを確信した。

サルカさんの畑は、サハラウィの人々にとって、どんな状況下でも生き続ける希望と、故郷に戻る夢の象徴となった。毎朝、サルカさんは自分の畑を見てこう繰り返す。「ここに木を植えるように、私たちは自由を故郷に植える。そして、いつの日か私たちは帰るのだ。」(原文へ

西サハラ紛争とは:北西アフリカの西サハラ地域を巡るモロッコとポリサリオ戦線(西サハラ独立を目指すサハラウィ民族解放運動)との間の対立である。1975年にスペインが植民地支配を放棄した後、モロッコとモーリタニアが領有を主張したが、サハラウィの人々は独立を目指して抵抗した。1976年、ポリサリオ戦線が「サハラ・アラブ民主共和国」を樹立し、紛争は激化。1991年に国連の停戦合意が成立し、西サハラの住民投票が提案されたが、実施されないまま現在も膠着状態が続いている。この紛争により、多くのサハラウィ人が難民となり、アルジェリアの難民キャンプで過酷な生活を余儀なくされている。

INPS Japan/ London Post

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ネパールのエネルギー転換に適した環境

経済成長を目指す再生可能エネルギーの活用も気候リスクにさらされている

【カトマンズNepali Times=ラメシュ・クマール】

ネパールは現在、再生可能な水力発電による電力が供給過多の状態にある。国土の約半分が森林で覆われており、脱炭素目標を達成していると言える。しかし、気候変動の影響により、水力発電所は増大するリスクに直面している。

9月28日まで、ネパールは1,000メガワット以上の電力を電力不足に苦しむインドに輸出していたが、記録的な豪雨による鉄砲水と地滑りで、国内の30以上の水力発電所が損壊し、一時的に発電量がほぼ半減した。

特に大きな被害を受けたのはドルアカ郡の456メガワットのアッパー・タマコシ発電所で、修復には6か月と20億ルピーが必要と見られている。この影響で、輸出量と国内発電量の大幅な減少が生じた。2か月経った現在でも輸出の約束を完全に履行できず、インドには1億ルピーの罰金を支払っている。

ネパール独立発電事業者協会(IPPAN)によると、既存および建設中の37のプロジェクトが合計25億ルピーの被害を受けている。その中には、洪水の土砂でほぼ埋没したマクワンプールの22メガワットのバグマティプロジェクトも含まれる。

9月の記録的な豪雨以前にも、15の水力発電所が洪水で被害を受けていた。昨年も局地的な豪雨による洪水で28の発電所が被害を受けた。

各国政府はアゼルバイジャンのバクーで開催されたCOP29で損失と損害基金や適応基金について議論したが、ネパールのような国々にとって、それらの提案は金銭的な支援に変わらない限り実効性はない。また、気候変動に関連する損害に対する十分な補償が得られる可能性は、遠い将来、もしくは実現しないかもしれない。

ネパールの国家戦略は、豊富な水力資源を活用し、経済成長、雇用創出、輸出収入の増加を目指している。しかし、これらの発電所は地滑りや洪水が発生しやすいヒマラヤ山脈の狭い渓谷に位置しており、気候変動による極端な天候でリスクがさらに高まっている。

現在、ネパールは3,300メガワット以上のクリーンな水力発電を行っており、今後5年で12,700メガワットを目指している。また、6,000メガワット分のプロジェクトが建設中または開始準備が整っている。エネルギー・水資源・灌漑省は、2035年までに28,500メガワットを生産し、そのうち半分以上を輸出することを目標としたエネルギー開発ロードマップとアクションプランを持っている。

「気候危機により降雨パターンがさらに変化し、将来的には水力発電が大きな疑問符を伴うことになるでしょう」と、UNFCCC(国連気候変動枠組条約)でLDC(後発開発途上国)議長のネパール顧問を務めるマンジート・ダカル氏は述べている。「私たちはリスク評価なしに河川で水力発電プロジェクトを進めています。このプロセス全体を見直し、再考する必要があります。」

昨年、森林・環境省が発表した国家適応計画の報告書によれば、水力発電の生産、送電、配電は、鉄砲水、土砂流、氷河湖決壊、気温上昇によるリスクに晒されている。

このリスクはネパールに限ったものではない。平均気温は産業革命前と比べて1.3℃上昇している。さらに、標高依存の温暖化のため、ヒマラヤ山脈の気温上昇率は世界平均の0.7℃を上回っている。

2017年にネパールの水文気象局が実施した研究では、過去40年間でネパールの平均気温が上昇していることが示された。科学者たちは、これが極端な天候を引き起こし、地震で既に不安定化した斜面で洪水や地滑りを誘発していると指摘している。

記録的な豪雨:

2023年9月27日から28日にかけて、アッパー・タマコシプロジェクトサイトで記録的な豪雨が発生し、制御室を破壊、4名のスタッフが死亡、沈殿池が埋没した。RSS提供の写真がこの被害を記録している。

気温の上昇によりモンスーンの降雨パターンは不規則になり、本来降るべき時期に雨が降らず、降らないべき時期に集中豪雨が発生するようになっている。9月の洪水はモンスーンがネパール中部から撤退すべき2週間後に発生し、カトマンズ盆地では年間降水量の半分がわずか1日で降った。

BIBLICAL RAIN: Photo taken during catastrophic rain on 27-28 September at the Upper Tamakosi project site that destroyed the control room, killing four staff and burying the sedimentation tanks. Photo: RSS
BIBLICAL RAIN: Photo taken during catastrophic rain on 27-28 September at the Upper Tamakosi project site that destroyed the control room, killing four staff and burying the sedimentation tanks. Photo: RSS

冬の降水量も減少しており、特に高地やヒマラヤ山脈越えの谷間地域では深刻である。過去19年間のうち13年で冬の干ばつが発生し、それが乾季の河川流量に影響を与え、水力発電の減少を招いている。

通常、ネパールの発電能力は冬に4分の1減少するが、その差は広がりつつある。例えば、カベリ回廊では設置容量が200メガワットであるにもかかわらず、11月から3月にかけて20メガワットしか発電できなかった。同様に、昨冬にはアッパー・タマコシ発電所の能力は456メガワットに対して最大65ガワットにとどまった。

ネパール電力庁(NEA)は、冬季の電力に対して2の価格、1ニットあたり8.4ルピーを支払っている。冬季運転は利益が大きいものの、河川の流量が低いため、NEAはインドから輸入して需要を賄う必要がある。

気候に対応する設計と政策の課題

「これは単なる天候の問題ではなく、国のエネルギーの未来にとって重大な挑戦です。気候に配慮した優れた設計を政策と効果的な実行と組み合わせる必要があります」と、水力発電投資家であり、サニマ・マイ水力発電のCEOであるスバルナ・ダス・シュレスタ氏は述べている。「保険料も上がり、損害補償も迅速には行われません。」

一時は高い利益率が期待された水力発電投資も、リスクの増大で投資家が慎重になっている。IPPANのウッタム・ブロン・ラマ氏は、「安定した収益を期待された水力発電プロジェクトが、今ではリスクが高いものとみなされています。気候適応設計と計画は高額であり、将来的な修理や維持費も増大するでしょう」と指摘した。

ネパールには現在、貯水型ダムは1つ(クレカニダム)しかなく、もう1つがタナフで建設中だが、これらもリスクに晒されている。9月にはクレカニダムの放水ゲートが開かれ、下流で死者と破壊を引き起こした。また、2023年10月にシッキムで氷河湖の決壊によって10億ドルのチュングタンダムが崩壊した惨事から教訓を得る必要がある。

ネパールにおける氷河湖決壊洪水(GLOFs)はインフラに壊滅的なリスクをもたらす。8月にエベレスト地域の4,760メートル地点にある2つの氷河湖が決壊し、タメ村の半分が損壊した。幸いにも人的被害はなかったが、このようなリスクは高まっている。

ヒマラヤ山脈東部の47の高リスク氷河湖のうち、21がネパールにあり、残りは中国に位置するアルン川やボテコシ川の支流にある。これらの地域では、ネパールが主要な水力発電プロジェクトを建設中、または計画している。

増大する氷河湖とそのリスク

地球温暖化はヒマラヤの雪と氷の融解を加速させ、氷河湖の数と規模を増加させている。例えば、インジャ・ツォ氷河湖は25年前まで古いトレッキングマップには存在しなかったが、現在は2キロメートルにわたる湖となっている。

ICIMOD/NEA
ICIMOD/NEA

国際山岳統合開発センター(ICIMOD)の気候学者アラン・バクタ・シュレスタ氏は、「山岳地帯のモレーン(氷堆石)ダムは脆弱で、下流のプロジェクトに甚大な被害をもたらす可能性があります。このリスクは将来さらに高まるでしょう」と警告している。

ICIMODが2019年に行った評価では、現在の温暖化傾向が続けば、今世紀末までにヒマラヤの氷河の3分の2が失われると予測されている。

長期的な視点での水力発電計画への懸念

「一般的に、水力発電事業者は30年後にプロジェクトを政府に引き渡しすが、その頃には気候リスクのために資産価値を失っている可能性があります。」とマンジート・ダカル氏は述べている。実際、インドがアルン川で建設している一連の高額なプロジェクト群は25年後にネパールに引き渡される予定だが、その時までに耐えられるかどうかは不透明である。

現在の水力発電プロジェクトの計画は過去の水文データに基づいており、将来的な気温上昇とその影響を十分に考慮していない。一方で、投資家たちは、気候変動を考慮した設計を行うことで、プロジェクトコストがさらに高額になると懸念している。「気候リスクに備えていないわけではありません。100年に1度の洪水を想定して設計しています」とIPPANのウッタム・ブロン・ラマ氏は語っている。「しかし、1,000年に1度の洪水を基準に設計を始めると、コストが膨大になり、プロジェクトの実現が不可能になります。」

それでも、サニマ・マイ水力発電のスバルナ・ダス・シュレスタ氏は、「高コストであっても気候に適応したインフラを採用する以外に選択肢はありません。」と強調している。サニマ・マイの発電所は完全に地下に設置されており、気候リスクを考慮した設計の好例と言える。また、国内各地の川に分散して低コストの発電所を建設し、リスクを分散する戦略も考えられている。

水力発電依存からの脱却と再生可能エネルギーの多様化

ネパールは現在、電力網の92%を水力発電に依存しており、残りのほとんどは太陽光発電から供給されている。しかし、太陽光発電の潜在能力はほとんど活用されていない。「水力発電に代わるエネルギー源として、太陽光発電や風力発電を拡大することで気候リスクへの対応が進むでしょう。」とエネルギー専門家たちは提案している。また、グリッドストレージ技術の導入や送電網の強化も、エネルギーセキュリティの向上に不可欠である。

気候変動がネパールの未来を試す

ヒマラヤ山脈の雪や氷は、この地域の主要な水源であり、水力発電や農業に依存するネパールの経済にとって生命線となっている。しかし、気候変動が進むにつれて、これらの資源は予測不可能で不安定なものになりつつある。

この変化に対応するためには、国際的な支援と気候資金が重要だが、現状では損失と損害基金や適応基金が具体的な形で機能するのは遠い未来の話である。一方で、ネパール国内でも、より持続可能で気候リスクに強いエネルギー政策を練り直し、適応策を実行する必要がある。

結論

ネパールの水力発電の未来は、気候変動に直面して試練を受けている。過去のデータに基づく計画だけではなく、未来を見据えた柔軟な適応戦略が求められている。エネルギーインフラを「気候スマート」に変えることで、経済成長を続けながら気候リスクを最小限に抑えることが可能となるだろう。(原文へ

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INPS Japan

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ディマシュ・クダイベルゲン、新曲ミュージックビデオでカザフスタンの雄大な風景と文化遺産を紹介

【The Astana Times=ダナ・オミルガジ】

カザフスタンの歌手ディマシュ・クダイベルゲンが11月127日、新曲「キエリ・メケン」(カザフ語で「神聖な故郷」)のミュージックビデオを公開した。

「このプロジェクトは、私の故郷の圧倒的な美しさに対する心からの敬意です。このビデオでは、カザフスタン(=カザフ人の国の意)の息をのむような風景や豊かな文化遺産を最大限に表現しようと努めました。この国が世界中の旅行者にとって夢の目的地となる可能性を秘めていると、心から信じています。」とディマシュは自身のInstagramアカウントでコメントしている。

このビデオは、カザフスタン国内の壮大な風景の中で撮影され、同国の象徴的かつ神聖な場所を強調している。神秘的な山々、透明度の高い湖、謎めいた洞窟、深い峡谷、果てしなく広がるステップ(草原)、自由な風、そして何世紀にもわたる歴史と伝統を受け継ぐ心温かい人々──これらすべてがカザフスタンを象徴しているとdimashnews.comは伝えている。

このミュージックビデオのプレミアは、中国での2024「カザフスタン観光年」の締めくくりとして開催されたフォーラム中、アルマトイで行われた。

「ビデオの主なコンセプトは、ディマシュとカザフスタンの大自然とのつながりを表現することでした。当初は、スタジオでCGを使って観光名所や動物を再現する計画でしたが、カザフスタン観光局が、これらの風景の本質をリアルに捉えるため、実写映像の使用を提案しました。」とガリム・アシロフ監督は語っている。(原文へ

INPS Japan/The Astana Times

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https://astanatimes.com/2024/11/dimash-qudaibergens-new-music-video-shows-beauty-of-kazakh-land/

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プロジェクト・サファイア:米国とカザフスタンの安全な世界への使命30周年

【The Astana Times=ダナ・オミルガジ】

今年、プロジェクト・サファイアの30周年を迎える。この歴史的な作戦は1994年に実施され、ウスチ・カメノゴルスクの危険な施設から600キログラムの高濃縮ウラン(HEU)を撤去するというものだった。

Map of Central Asia
Map of Central Asia

米国カザフスタン大使館によると、このウランはソ連時代の核計画の遺産で、盗難の危険性が高い状況にあった。この状況はソ連崩壊後、米国の外交的関与を通じて発見された。この物資を米国に輸送することで、核拡散の脅威が大幅に削減された。ビル・クリントン元米大統領は、この類を見ない作戦を機密解除し、1994年11月23日に世界に発表した。

プロジェクト・サファイアは、特に核安全保障の分野で、米国とカザフスタンの戦略的パートナーシップの持続性を象徴している。米国は1991年12月25日にカザフスタンの独立を最初に承認した国であり、この関係を核不拡散協力を基盤として重視してきた。この作戦は、グローバルな安全保障課題に対処するための協力の力を示し、両国間に深い信頼を築くとともに、協調的脅威削減(CTR)プログラム(通称:ナン=ルーガープログラム)の成功の礎を築いた。

国際安全保障・不拡散担当国務次官補のC.S.エリオット・カン氏は次のように述べている。
「プロジェクト・サファイアは、外交が直接的にグローバルな安全保障を向上させる具体的な成果をもたらすことができるという力強い教訓を示しています。継続的な関与と協力を通じて、核拡散防止や脆弱な核物質の安全確保において意味のある進展を達成することができます。」

国防脅威削減局のレベッカ・ハースマン局長によると、今日カザフスタンと行われている核安全保障関係者の訓練や装備、旧セミパラチンスク核実験場の安全確保といった共同の取り組みは、プロジェクト・サファイアにそのルーツを持つとされている。「私たちは、脅威削減という共通の使命を支えるために、これまでの信頼関係から力を引き続き得るつもりです」とハースマン氏は語った。

Semipalatinsk Former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri
Semipalatinsk Former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri

HEUはC-5輸送機3機でテネシー州オークリッジのY-12国家安全保障複合施設に輸送された。同施設では、エネルギー省国家核安全保障局(DOE/NNSA)が国際原子力機関(IAEA)の監視下で、これを民生利用のために低濃縮ウラン(LEU)に転換した。

DOEの核安全保障担当次官でありNNSA管理者のジル・フルビ氏は次のように語っている。
「プロジェクト・サファイアから30年が経過した今も、NNSAは核安全保障を促進するための地域および世界的なパートナーシップを技術的専門知識で支援し続けています。この画期的な作戦の完了以降、カザフスタンと協力してさらに210キログラムの高濃縮ウランを撤去または低濃縮化してきました。今後もこのパートナーシップを強化することを楽しみにしています。」

Astana Times
Astana Times

プロジェクト・サファイアの遺産は、安全で安心な世界の実現に向けた継続的な努力を奨励している。米国は、カザフスタンや他のパートナーと協力してグローバルな核不拡散体制を強化するというコミットメントを堅持している。

核兵器の拡散防止は、国家安全保障上の必須事項であるだけでなく、共有されたグローバルな責任でもある。この脅威を削減するために協力することで、各国は共同の安全を高め、すべての国々にとってより安定し繁栄した世界を促進することができる。(原文へ

今年4月、『アスタナタイムズ』は、プロジェクト・サファイアに参加し、カザフスタンの核兵器なき未来への最初の一歩を目撃したアンディ・ウェバー氏(戦略的リスク評議会ジャネ・E・ノーラン戦略兵器センターのシニアフェロー)にインタビューを行った。このインタビューは以下のYouTubeでも視聴可能。

The Astana Times

INPS Japan/Astana Times

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【エランカタ・エンテリット(ケニア)IPS=ロバート・キベ】

赤いマサイ族のショカを身にまとったルモシロイ・オレ・ムポケさん(52歳)は、古びた牛革のマットにあぐらをかいて座り、悲しみが刻まれた表情で家の外にたたずんでいる。かつて鋭かった彼の目は、今やトラコーマによりかすんでしまい、以前は誇りをもって世話をしていた牛の影すらまともに見えない。

「まだ見えていたうちに何かをするべきだった…」と彼は静かに呟く。声には後悔がにじみ出ている。「今や私は家畜の世話もできず、子どもたちが私を家の周りで案内してくれています。父親として家族に提供できるものが何もない。」

ケニアのナロク郡エランカタ・エンテリット村は、ナイロビから北西に93マイル離れた僻地に位置し、ムポケさんは視力だけでなく、養い手としての役割も失い、貧困と依存の悪循環に陥ってしまっている。

逞しさと土地との深い絆で知られるマサイ族は、ケニアの遊牧民コミュニティの一つであり、トラコーマに対して特に脆弱である。彼らが暮らす埃っぽく乾燥した環境は、この感染症を蔓延させやすく、すでに十分な医療サービスから隔絶されている地域社会で、この病魔は猛威をふるっている。世界保健機関(WHO)の「サイツセーバーズ」とケニア保健省は、この病の撲滅に向けて取り組んでいるが、ルモシロイのようなコミュニティにとって、闘いはなお続いている。

Pascal, a Community Drug Distributor (CDD), hands azithromycin tablets to a woman identified as Abedi during a Mass Drug Administration (MDA) in Kajaido, near the Kenyan-Tanzania border. Credit: Sightsavers/Samuel Otieno
SDGs Goal No. 3
SDGs Goal No. 3

ケニアの過酷なリフトバレー州や北部の乾燥地帯では、水源が乏しく衛生状態が劣悪なため、トラコーマ(クラミジア・トラコマティスが引き起こす忘れ去られた熱帯病)は慢性的な苦痛と失明を引き起こし、牧畜民コミュニティの生活を脅かしている。トラコーマ撲滅は、2030年までの国連持続可能な開発目標(SDGs)、特にSDG 3(すべての人々へのユニバーサルヘルスケアの提供)を達成するために不可欠である。

他方、バリンゴ郡東ポコットのチェモリンゴト病院の中庭には、医療ケアを求めるのではなく、郡政府から配布される救援物資を受け取るために集まった年配の女性たちが座っている。6人の痩せた女性たちは杖に頼りながら、少年たちに案内されて所定の場所に向かっている。彼女たちは全員失明しており、トラコーマによって視力を奪われている。彼女たちの赤く腫れた目は、絶え間ない痛みに耐えながら擦り続けており、疲れ果てた表情には諦めのしわが刻まれている。「たくさんの目薬をもらったけれど、もう治療には興味がありません。今はただ食べ物がほしいだけです。」と、カカリア・マリムティチさんは疲れ切った声で呟いた。

彼女もここにいる多くの人々と同じように、トラコーマで失明し苦しんでいる。トラコーマは主に貧困地域に住む世界で約190万人に影響を与えている。バリンゴの乾燥地帯では、人々が失明とともに飢え、貧困、そして基本的な資源の欠如と戦っている。

Julius, a Community Drug Distributor (CDD), educates two women about trachoma and encourages them to take the treatment during a Mass Drug Administration (MDA) in Kajaido, near the Kenyan-Tanzania border. Credit:Sightsavers/Samuel Otieno
Julius, a Community Drug Distributor (CDD), educates two women about trachoma and encourages them to take the treatment during a Mass Drug Administration (MDA) in Kajaido, near the Kenyan-Tanzania border. Credit:Sightsavers/Samuel Otieno

チェモリンゴトの住民、チェポスクト・ロクダップさん(68歳)は近くに座り、鋭い刺すような痛みを和らげようと目を擦っている。「何かが私の目を切り裂いているように感じます。」と、彼女は独り言のようにささやく。2年前、彼女の残っていた視力が失われ、彼女を「暗闇の世界」に突き落とした。その日を彼女は鮮明に覚えている。太陽や影を見つめるために頼っていた目が、とうとう失われてしまった。

トラコーマはケニア全土、特にトゥルカナ、マルサビット、ナロク、ワジールなどの牧畜地域で蔓延している。WHOによると、トラコーマは世界中で失明の主要な感染症原因でありながら、資金が不足しており、ほとんど注目されていない。この病は清潔な水や医療へのアクセスが限られたコミュニティで広がりやすく、牧畜民にとっては特に深刻である。

2024年4月のWHOのデータによると、約1億300万人がトラコーマの流行地域に住んでおり、この病による失明のリスクにさらされている。

「ここマルサビットでは、清潔な水は権利ではなく贅沢品です。」と、ナイトレ・レカンさん(40歳)は語った。彼女の夫は牛飼いである。「私たちの子どもたちは常に目の感染症に悩まされていますが、きちんとした診療所がなく、時には薬草を使ったり自然治癒を祈ったりしますが、治らないことが少なくありません。」彼女の体験は、牧畜民コミュニティにおけるトラコーマの治療と予防が伝統的な信念や知識の不足によって妨げられていることを浮き彫りにしている。

レカンさんは家族のトラコーマとの闘いについて、「娘のアイシャは昨年から視力を失い始めました。最初は単なる目の感染症だと思ったのですが、診療所ではトラコーマだと言われました。抗生物質をもらったけれど、診療所は遠すぎて交通費も払えないから再診には行けません。」と語った。レカンさんのような家庭では、医療センターまでの距離と経済的な制約がトラコーマ治療の大きな課題となっている。

マルサビットの地域保健従事者であるハッサン・ディバさんは、トラコーマ撲滅に向けて取り組んでいる。「意識啓発が重要です。」と彼は言う。「私は様々な家庭を訪れ、トラコーマ、その原因、予防について教えていますが、私一人で行ける場所には限りがあります。より多くの資源と支援が必要です。」と語った。

トラコーマの影響は健康だけでなく、牧畜民の経済的な安定も脅かしている。「家族の誰かが病気になると、すべてが止まります。」とルモシロイさんは語る。「私は動物の放牧に行けず、家畜が健康でなければそれを売ることもできません。そうなると食べ物も買えず、学費も払えなくなります。」WHOによれば、トラコーマの経済的負担は貧困を深刻化させ、家族が医療費に資源を振り向けなければならなくなる。

ケニアの保健システムは、特に牧畜民地域の遠隔地において大きな課題を抱えている。政府のユニバーサルヘルスカバレッジへの取り組みは称賛されるが、地理やインフラの影響で医療サービスへのアクセスが制限されている地域では実施が遅れている。

Pascal, a Community Drug Distributor (CDD), measures 3-year-old Praygod’s height to determine the correct dose of azithromycin syrup during a Mass Drug Administration (MDA) in Kajaido, near the Kenyan-Tanzania border. Credit: Sightsavers/Samuel Otieno

「この地域の医療施設のほとんどは、人員も資金も不足しています。私たちは、きれいな水や衛生設備といった予防策への資金提供を優先し、トラコーマの症例を管理する医療従事者を育成する必要があります。こうした基本的な対策がなければ、トラコーマとの闘いは成功しません。」と、マッサビットの公衆衛生担当官であるワンジル・クリヤ博士は語った。

サイツセーバーズ・ケニアのディレクターであるモーゼス・チェゲ氏は、「トラコーマは最も貧しいコミュニティに不釣り合いに影響を与えており、その根絶は個人やコミュニティ全体にとって多大な利益をもたらします。ケニアはトラコーマとの闘いで大きな進展を遂げており、それにより多くの子どもが学校に通い、大人が働き、家族を支えられるようになっています。」と説明した。

「ケニアでトラコーマを根絶する課題は膨大で、まだ110万人以上がリスクにさらされています。手や顔を清潔に保つことが病気の拡散を防ぐために不可欠ですが、清潔な水がないと衛生を保つのは困難です。マサイのような遊牧民のグループに一貫した医療サービスを提供するのは難しい。また、一部のマサイは、家の周りにハエがいることを家畜の繁栄の証と考える文化的な側面もありますが、これらのハエはトラコーマを引き起こす細菌を運んでいるのです。」とチェゲ氏はIPSの取材に対して語った。

チェゲ氏によると、ケニアは戦略的かつエビデンスに基づいた投資と緊急の行動を通じてトラコーマを根絶し、すでにこの病を撲滅した他の21カ国の仲間入りを果たす可能性がある。2010年以来、サイツセーバーズ・ケニアは保健省の強力なパートナーとして、トラコーマの治療を1300万件以上提供し、2022年には160万件の治療を行ってケニア人を病から守ってきた。

また、最近、保健省は「忘れ去られた熱帯病(NTD)マスタープラン」を発表し、トラコーマや他のNTDの予防、根絶、撲滅、管理に向けた取り組みの加速が期待されている。

サイツセーバーズや保健省のような組織は、マス・ドラッグ・アドミニストレーションや教育キャンペーンを通じてトラコーマと闘うためのプログラムを実施している。これらの取り組みは、感染者を治療するだけでなく、病気の拡散を防ぐための衛生習慣を促進することも目指している。「変化は見られています。コミュニティが衛生の重要性を理解し、治療にアクセスできるようになると、トラコーマの悪循環を断ち切ることができます。しかし、これには皆の協力が必要です。」と、ワンジルさんは語った。

2022年には、マラウイが南部アフリカで初めてトラコーマを根絶し、バヌアツは太平洋諸国で初めてこの目標を達成した。

世界が2030年のSDGsの目標達成期限に向けて進む中、牧畜民コミュニティにおけるトラコーマの対策は、すべての人に健康を約束するために必要不可欠である。これには、コミュニティ教育、インフラ開発、平等な医療アクセスを組み合わせた多面的なアプローチが求められている。ナイトレ、ルモシロイ、マリムティチのような牧畜民にとって、これらの介入は健康の回復の約束だけでなく、より良い未来への命綱でもある。(原文へ

Note: This article is brought to you by IPS Noram in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International in consultative status with ECOSOC.

INPS Japan

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【カトマンズNepali Times

今年9月にニューヨークの国連本部で開催された「国連未来サミット」では、ネパールのオリ首相を含む多くの首脳が、自然災害を頻発化および激甚化させている気候変動の影響を強調した。

一方、サミットにおいて、あまり注目されなかったのは、気候危機が食糧生産に及ぼす長期的な影響である。実際、熱ストレスや天候の極端さ、天水農業への影響は、すでに世界中で実感されており、国連の持続可能な開発目標(SDGs)が2030年までに達成される可能性を脅かしている。

SDGsの17の目標は、ネパールのような国々に対し、貧困と不平等の削減、栄養失調の撲滅、自然環境の保護、そしてすべての市民が健康、正義、繁栄を享受できるようにし、誰も取り残さないことを約束している。

しかし、気候変動が農業生産に与える影響に加え、ネパールでは、都市の拡大や生産性の低下、高価な肥料や農薬などの投入の必要性によって耕作面積が影響を受けている。

カトマンズの都市スプロールは肥沃な耕作地を蝕んでいる。写真: テイラー・メイソン

現在、オランダのフローニンゲン大学のネパール人研究者、プラジャル・プラダン氏が率いる新たな研究が、都市農業が減少する食糧生産の解決策となり、SDGの目標達成に寄与する可能性を探っている。

研究者たちは、都市農業のポジティブな影響とネガティブな影響の両方を探る1,450件の出版物を評価し、その結果を学術誌『Cells Report Sustainability』で発表した。

都市農業はSDGsの17の目標達成に貢献し、81のターゲットにポジティブな影響を与えることができる。しかし、51の目標を損なう可能性もある。

「都市農業は持続可能な開発にとって計り知れない可能性を秘めていますが、この可能性を実現するには、都市農業の利点を最大限に生かしながら、その悪影響を最小限に抑える方法を採用することが重要です。」とプラダン氏は説明する。

都市農業は、都市の食糧安全保障を大幅に向上させ、都市の貧困層に雇用を提供し、市街地の地下水涵養の役割を果たし、地震などの災害時に安全な避難所となる空き地を保全することができる。しかし一方で、汚染による潜在的な健康リスクや、高価な投入資材の必要性といった問題もある。    

「都市農業はSDGsを推進する上で決定的な役割を果たしますが、これを達成するには、さまざまな地域特有の課題に対処する、適切で具体的な解決策が必要です。」と、ポツダム気候影響研究所研究員で中国武漢大学のユアンチャオ・フー氏は言う。また、「しかし、公平なアクセスと環境リスクの厳密な管理が必要です。」と述べた。

急速な都市化がネパールで最も肥沃な農地を侵食している。つまり、都市内に残された空き地で農業を営むことは、特に食料価格が上昇する中で、有効な代替手段になり得る。

ティミの新しい家々の間にある野菜畑。写真: テイラー・メイソン

「ネパールで最も肥沃な土地が都市に転用されることは深刻な問題です。」とプラダン氏はNepali Timesに語った。「作物栽培、園芸、アグロフォレストリー、養蜂、家畜飼育、水産養殖はすべて、都市内および都市周辺での農業活動として行うことができます。」

この研究は、都市農業の利点を生かしながら、欠点を軽減することで将来的に、より持続可能な都市とするための実践方法について提言している。

調査によると、都市農業は、教育や空き地の保全に役立つと同時に、食料安全保障や生物多様性を強化することで、多くの国がSDGsの目標達成に貢献している。

実際、カトマンズ・バレーやその他の都市部に定住している内陸部の農民の多くは、インフレや収入減のために自分たちで食料を栽培する必要に迫られ、また充実した趣味として、近所の畑を借りたり、屋上庭園を耕したりして都市農業を実践している。

ストーリー・サイクルの持続可能性の提唱者で、現在はタイのアジア工科大学の研究員であるサウラヴ・ダカル氏は、都市農業には社会経済的、環境的なメリットがあると言う。

「都市農業は、所得状況にかかわらず、都市に住むすべての人に恩恵をもたらします。」とダカル氏は言う。「家族は新鮮な食料を得ることができ、保水、熱調整、生物多様性など、他にも多くの恩恵がある。これらはすべて公共財なので、政府による特別な優遇措置が必要かもしれません。」

カトマンズ市内では、野菜畑や水田を見かけることも珍しくない。そこでは、年配の農民世代が、利用可能な肥沃な土地や屋上庭園を利用して、新鮮で栄養価の高い食料を生産している。遠距離からトラックで運んで買わなければならない食料品への依存を減らすことができる。

古い世代の農民たちは、少しでも肥沃な土地を利用して農業を続けているが、それはますます難しくなっている。写真: テイラー・メイソン

ネパールの都市人口は、1991年にはわずか3.6%だったが、現在では25%に急増している。山間部からタライの都市周辺部、カトマンズ・バレーやポカラへの移住が盛んで、多くの若者が仕事のために海外に移住している。カトマンズ・バレーの人口は300万人近くに膨れ上がり、年率6.5%で増加している。

ディリップ・シュレスタ氏(71歳)はかつてネパール食品公社で働いていたため、インフレや品不足、残留農薬のある野菜について身をもって知っていた。そこで彼は、カトマンズの新居を設計する際、広々とした屋根を作り、そこでキュウリ、ショウガ、ニンニク、コリアンダー、タマネギ、トマト、チリ、豆、オクラ、カボチャ、レタスを栽培した。彼の家族はより健康的な食生活を送り、市場への依存も減ったという。

『Cell Reports Sustainability』誌の論文の共著者で、北京林業大学の博士課程に在籍するダヤ・ラジ・スベディ氏は、都市農業は包括性と心理社会的な健康も促進すると言う。

またスベディ氏は、「この研究の重要な発見は、都市農業に関連する機会と課題の特定です。都市農業は、社会の持続可能な変革を促進することができます。」と述べた。

バネパに住む55歳のビジャヤ・マナンダル氏は、かつてカトマンズに野菜を供給していた近所の肥沃な農場が、今では完全に開発され、空き地がなくなっているのを目の当たりにしてきた。パンデミックの封鎖によって、彼女は家族の伝統的な生計に戻り、テラス農園ではなく、現代の都市環境に適応させた屋上テラスで食料を育てるようになった。

マナンダル氏は現在、「कौसी खेती र करेसाबारी क्रान्ती」(屋上農業とガーデン革命)の一員で、オンライン会員は52,000人に上る。また、都市農業で優れた成果を上げた女性に年次賞を授与している。

屋上農業は都市農業の一形態として人気を集めている。写真: テイラー・メイソン

プラダン氏は、今の課題はこうした成功した都市農業の実例を拡大し、ネパールのSDG達成への取り組みを支えることだと述べている。また、「都市周辺での作物栽培は土地利用計画や規制によって保護されるべきです。屋上庭園を含む地域に基づいた農業の促進には、地域の参加と食料バリューチェーン全体での公私パートナーシップが必要です。」と付け加えた。

このような支援があれば、カトマンズ渓谷の屋上農業やコミュニティガーデン、ポカラのキッチンガーデンの取り組みがさらに普及し、バクタプルやバネパのように伝統的な農業が都市環境に取り入れられ、維持されることが促進されるだろう。ラリトプールでは、女性起業家支援センターが都市農業を推進し、持続可能性とエンパワーメントの両方を高めている。

報告の別の共著者である中国のユアンチャオ・フー氏は、チームのフォローアップ研究が地域の都市農業の良い実践を特定することを目指すと述べている。彼は、「持続可能性を最適化し、各国がSDG目標を達成しようとする中で、都市にとって実行可能な解決策であり続ける都市農業の例が存在します。」と付け加えた。(原文へ

This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

INPS JAPAN

Link to the project article on Nepali Times: https://nepalitimes.com/here-now/back-to-the-land-in-the-cities

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米国主導のイスラエルとヒズボラの停戦が発効

【国連IPS=ナウリーン・ホサイン】

イスラエルとヒズボラの間の停戦が11月27日(水)早朝に発効した。これにより、レバノンでの両者間の13か月に及ぶ敵対行為が終結することが期待されている。

停戦のニュースは、米国のジョー・バイデン大統領から火曜日午後に発表された。テレビ演説で、イスラエル政府とレバノン政府間で合意が成立したと述べたバイデン大統領は、この停戦が「敵対行為の恒久的な停止」となることを期待すると語った。

「両国の市民が安全に自分たちの地域に戻り、家や学校、農場、ビジネス、そして生活そのものを再建することができるようになるだろう。」「この紛争を暴力の新たなサイクルにはしないという決意を持っています。」と、バイデン大統領は語った。

停戦合意の詳細

停戦合意は60日間継続する予定で、イスラエルとレバノンの国境での戦闘が終了する。また、イスラエル軍は南レバノンから段階的に撤退し、ヒズボラは南レバノンからリタニ川の北側へ撤退することが求められている。

この停戦の実施は、米国、フランス、そして国連が国連レバノン暫定軍(UNIFIL)を通じて監督する。国連は、イスラエルとヒズボラ間の敵対行為の終結と、レバノンが政府の統制を強化する必要性を求めた国連安全保障理事会決議1701(2006年)の完全実施を繰り返し呼びかけている。

双方の反応

レバノンのナジブ・ミカティ首相は停戦合意を歓迎し、「レバノンにおける平穏と安定を取り戻すための重要な一歩」と評価したが、イスラエルが合意を遵守し、決議1701を遵守すべきだと警告した。一方、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は停戦合意前にビデオ声明で、ヒズボラが停戦条件に違反する行動を取れば報復すると語った。

国連のアントニオ・グテーレス事務総長を含む高官らも停戦の発表を歓迎した。グテーレス事務総長のオフィスから発表された公式声明では、両当事者が「合意のすべての約束を完全に尊重し、迅速に実施すること」を強く求めた。

また、国連レバノン特別調整官のジャニーヌ・ヘニス=プラスハート氏は、「停戦合意は、決議1701の完全実施を基盤とする重要なプロセスの始まりを意味する」と述べ、民間人の安全と治安を回復するための取り組みが必要であると指摘した。

紛争の影響と人道的状況

1年以上続いた紛争では、2023年10月7日のハマスによるイスラエルでのテロ攻撃を契機に緊張が高まった。今年9月には、イスラエル国防軍(IDF)が南レバノンを繰り返し攻撃し、敵対行為が激化した。

国際移住機関(IOM)のデータによれば、2023年10月以降、90万人以上の民間人が避難を余儀なくされた。レバノンとイスラエルの両国で3,823人以上の民間人が犠牲となり、そのうち少なくとも1,356人が死亡した。

国連児童基金(UNICEF)のキャサリン・ラッセル事務局長は、平和を維持するための努力を強調し、避難民やホストコミュニティの子どもたちと家族が安全に戻れるようにする必要性を訴えた。

「すべての当事者が国際法を尊重し、国際社会と協力して平和を維持し、子どもたちのより明るい未来を保証することを求めます。」とラッセル氏は語った。

停戦前の攻撃とUNIFILへの影響

停戦が迫る中、火曜日にはイスラエルの戦闘機がベイルート南部を爆撃し、24人の民間人が死亡した。アルジャジーラはバイデン大統領の発表時点でも「レバノンでの戦争は依然として続いている。」と報じた。

最近ではUNIFILも銃撃戦に巻き込まれ、任務遂行に困難をきたしている。UNIFIL本部への攻撃でイタリア人平和維持軍4名が負傷する事態も発生している。

バイデン大統領はまた、ガザでの戦闘に言及し、ガザにおける停戦の必要性を訴えた。「レバノンの人々が安定と繁栄の未来を望むように、ガザの人々も同様に平和と安定を望む権利があります。」と語り、ガザでの暴力の終結とすべての人質の解放を目指す努力を続けると語った。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN BUREAU

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水、メキシコで科学が取り組む課題

【メキシコシティーINPS Japan=ギレルモ・アヤラ・アラニス】

Photo: The Science and Humanities Festival:Attendees listening to an organizer of an exhibition booth. Author: Guillermo Alaya.

メキシコでは、1200万人が飲料水サービスを利用できず、約900万人が配水管の水を得られないという現状がある。これに対し、メキシコ国立自治大学(UNAM)は、危機ではなく解決策に焦点を当てた視点で水の問題を取り上げた科学祭を開催した。

UNAMが主催した第12回科学人文祭(Science and Humanities Festival)は、科学博物館「ユニベルスム(UNIVERSUM)」で行われ、屋外講演、映画上映、ワークショップ、展示会、コンサートなど500以上の活動が実施された。

今回のイベントの主なテーマは「水」であり、その保護、重要性、そして地球上のすべての生物にとっての基本的な役割について焦点が当てられた。

Photo: Milagros Varguez, UNAM.
Author: Guillermo Ayala.

「水、私たちの生命の挑戦」というスローガンのもと、主催者は、2024年の科学人文祭が学びや批判的思考を生み出す遊び心のある空間となることを目指しており、国内外の様々な大学や機関に所属する学者、科学者、学生たちの知識を共有する場であることを強調した。UNAM科学普及メディアのディレクターであり、企画委員会のメンバーであるミラグロス・バルゲス氏は次のように述べている。「今年は水をテーマに決めました。これは現代の重要な課題であり、迅速に考察が求められるテーマだからです…危機的側面に焦点を当てるのではなく、水をさまざまな視点、特に学際的な観点から捉え、その保全と管理のための可能な解決策を見出したいと考えました。」

メキシコにおける水問題は深刻であり、当局、科学者、市民社会による即時の対応が求められている。メキシコ社会科学評議会の調査によれば、1200万人が飲料水サービスを利用できず、UNAMの報告では約900万人が配水管の水を利用できない状況にある。また、1300万人が適切な衛生インフラを欠いている。そのため、水へのアクセス、保護、衛生に関する研究や調査を広く普及させることが、持続可能な開発目標(SDGs)第6項「安全な水とトイレをすべての人に」の達成において重要である。

プエブラ・アメリカ大学の教授でユネスコ講座のディレクターを務めるベニート・コロナ・バスケス氏は、水の保護と衛生に関する研究の傾向について、変化の激しい現代において、水という重要な液体を十分な量と質で確保する必要性を強調した。「私たちは、水文気象学的な極端な現象がますます頻繁に発生する時代に生きています。その中で、どうやって水の量と質を確保するのか…。『意思決定者が次のステップを取れるよう、より明確で具体的な指針を提供する必要があります。』」と語った。

Photo: Professor, Benito Corona Vázquez, Universidad de las Américas Puebla and director of the UNESCO Chair.
Author: Guillermo Ayala Alanis.

さらに、UNAM社会研究所のアリアナ・メンドーサ・フラゴソ氏は、質の高い水へのアクセスは基本的人権であり、これが保障されない場合、暴力や社会的不平等といった深刻な影響が被害を受けるコミュニティに及ぶと指摘した。これらの状況は、貧困の撲滅、飢餓ゼロ、不平等の削減、健康と福祉の促進といった他の持続可能な開発目標(SDGs)の達成をも妨げるものである。アリアナ・メンドーサ氏はまた、メキシコ盆地のパラドックスについての講演にも参加した。この地域では、水問題が常に政治的な議題ではあるものの、環境的・生態学的な問題だけにとどまらない。この地域は雨季には洪水が発生する一方で、生命の維持に欠かせない水が恒常的に不足しているコミュニティも存在している。

SDGs Goal No. 6
SDGs Goal No. 6

彼女は、聴衆に対して「水不足を当たり前のことと受け入れるのではなく、反応して当局が水へのアクセスを保障するよう促す必要があります。」と強く訴えた。「何もできないと考えるのではなく、この問題を常に話題にし、広めることでその異常性を認識し、さらに達成可能な代替案について考えることが重要です。」と語った。

科学人文祭では、水の保護に役立つ新技術や人工知能も紹介された。UNAM応用科学技術研究所のリカルド・カスタニェダ教授とセレネ・マルティネス教授は、「Aguas con el agua」(水に注意を、という意味のスペイン語の表現)というポッドキャストを運営している。このポッドキャストは、新技術が社会的および持続可能な課題に取り組む手段として活用できることを若者に示すことを目的としている。また、次世代に対して、水の保護への参加がいかに重要であるかを教えると同時に、入浴時の節水、蛇口を閉める、漏水への対応、無駄遣いを避けるといった、家庭から始められる節水文化の推進に貢献することを目指している。

Imagen: Selene Martínez y Ricardo Castañeda, Instituto de Ciencias Aplicadas y Tecnología de la UNAM. Autor: Guillermo Ayala.

第12回科学人文祭では、海とその保全もテーマの一つとして取り上げられた。考古学者でプロのダイバーでもあるダニエル・オルティス氏は、海水の保全がダイビングスクールの間でますます重要な課題となっていることを強調した。学生や観光客はこの活動を通じて、多くの動植物種が共存するこのような生息地を保護する重要性に気づき、海洋生態系を間近で観察することで意識が高まっている。

オルティス氏は、ダイビングを通じてより多くの人々が水環境の保全について認識を深め、教育を受ける機会を得ていると述べた。「ダイビングを始めるきっかけは人それぞれですが、素晴らしいのは誰もがこの海を保全する必要性について同意できる点です。」と語っている。

メキシコには、世界で2番目に大きなサンゴ礁であるメソアメリカンリーフがある。このサンゴ礁は、同国でも観光地として有名なユカタン半島のキンタナ・ロー州沿岸、カンクン近くに広がっている。

Image: Daniel Ortiz, (above) and colleagues from the, UNAM Diving School. Author: Guillermo Ayala Alanis.

科学人文祭では、最年少の出展者として9歳のバレンティナさんが注目を集めた。メキシコ州にある学校「セントロ・エスコラル・サマー」に通う彼女は、研究プロジェクトの一環として、メキシコ文化を象徴する両生類であるアホロートル(メキシコサンショウウオ)の研究を推進する役割を担っている。

バレンティナさんは、自身の研究とアホロートルの生息地であるチナンパス(水田のような土地)や水環境の保全活動との関係について、来場者や他の出展者と知識を共有した。彼女は次のように語っている。「サラマンダーのような絶滅の危機に瀕している種がたくさんいます。多くの人が海辺に行ってゴミを捨てるため、ウミガメが絡まってしまうこともあります。水が無駄にされていることも非常に重要な問題だと思います。」

Image, Valentina, exhibitor. Author: Guillermo Ayala Alanis.

科学人文祭は11月15日と16日に開催され、2万人以上が来場した。(原文へ

This article is brought to you by INPS Japan in partnership with Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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